(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-13
(45)【発行日】2023-06-21
(54)【発明の名称】分子メモリおよび分子メモリの製造方法
(51)【国際特許分類】
H10B 53/30 20230101AFI20230614BHJP
C01B 25/45 20060101ALI20230614BHJP
【FI】
H10B53/30
C01B25/45 Z
(21)【出願番号】P 2021543643
(86)(22)【出願日】2020-07-16
(86)【国際出願番号】 JP2020027690
(87)【国際公開番号】W WO2021044743
(87)【国際公開日】2021-03-11
【審査請求日】2022-03-01
(31)【優先権主張番号】P 2019159643
(32)【優先日】2019-09-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業「超高密度記録に資する分子誘電メモリデバイスの改良と実証研究」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】西原 禎文
(72)【発明者】
【氏名】藤林 将
(72)【発明者】
【氏名】井上 克也
(72)【発明者】
【氏名】定金 正洋
【審査官】加藤 俊哉
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-095334(JP,A)
【文献】特開2018-032813(JP,A)
【文献】KATO, Chisato et al.,Giant Hysteretic Single-Molecule Electric Polarisation Switching above Room Temperature,Angew. Chem. Int. Ed.,2018年08月17日,57,pp. 13429-13432,<DOI: 10.1002/anie.201806803>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H10B 53/30
C01B 25/45
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
分子分極を示す単分子誘電体を含む単分子誘電体層を備え、該単分子誘電体の分子分極を0または1の信号に対応させて記録させる分子メモリであって、
前記単分子誘電体は、連通孔および該連通孔内に離間して設けられた複数の安定包接部を有するクラスター骨格と、いずれか1つの前記安定包接部に包接され、中空の他の前記安定包接部へ移動可能な金属イオンと、を備え、前記金属イオンがいずれか1つの前記安定包接部に包接された状態で分子分極を示し、電場をかけることによって、該金属イオンが中空の他の前記安定包接部へ移動することにより分子分極が変化し、
前記金属イオンのイオン半径に基づく、-100℃から100℃の温度領域における記録保持時間が3.0×10
-2秒から9.1×10
22秒であり、該記録保持時間に基づいて、揮発性メモリ、不揮発性メモリまたはストレージクラスメモリのいずれかに用いられることを特徴とする分子メモリ。
【請求項2】
請求項1に記載の分子メモリにおいて、
酸化反応または還元反応による前記単分子誘電体の電子状態の変化により、該反応後の該単分子誘電体を用いた場合の前記記録保持時間が、該反応前の該単分子誘電体を用いた場合の該記録保持時間と異なることを特徴とする分子メモリ。
【請求項3】
請求項1または2に記載の分子メモリにおいて、
前記クラスター骨格はポリオキソメタレート骨格であり、該クラスター骨格内で前記金属イオンが非局在化していることを特徴とする分子メモリ。
【請求項4】
請求項3に記載の分子メモリにおいて、
前記クラスター骨格は、前記安定包接部を2つ有し、化学式P
5W
30O
110または{W
2Co
2O
8(H
2O)
2}P
4W
24O
92で表されるポリオキソメタレート骨格であることを特徴とする分子メモリ。
【請求項5】
請求項4に記載の分子メモリにおいて、
前記クラスター骨格は、前記安定包接部を2つ有し、化学式P
5W
30O
110で表されるポリオキソメタレート骨格であり、
前記金属イオンは、ナトリウムイオン(Na
+)、ガドリニウムイオン(Gd
3+)、テルビウムイオン(Tb
3+)、ジスプロシウムイオン(Dy
3+)、ホルミウムイオン(Ho
3+)、エルビウムイオン(Er
3+)、ツリウムイオン(Tm
3+)、イッテルビウムイオン(Yb
3+)からなる群より選択される1種であり、
前記金属イオンのイオン半径が大きくなるにつれて、前記単分子誘電体の分子分極が変化する際の活性化エネルギーが大きくなることを特徴とする分子メモリ。
【請求項6】
請求項4に記載の分子メモリにおいて、
前記クラスター骨格は、前記安定包接部を2つ有し、化学式P
5W
30O
110で表されるポリオキソメタレート骨格であり、
前記金属イオンは、ナトリウムイオン(Na
+)、ジスプロシウムイオン(Dy
3+)、ツリウムイオン(Tm
3+)、イッテルビウムイオン(Yb
3+)からなる群より選択される1種であり、
前記金属イオンのイオン半径が大きくなるにつれて、前記記録保持時間が長くなることを特徴とする分子メモリ。
【請求項7】
請求項6に記載の分子メモリにおいて、
前記クラスター骨格は、前記安定包接部を2つ有し、化学式P
5W
30O
110で表されるポリオキソメタレート骨格であり、
前記金属イオンは、ナトリウムイオン(Na
+)、ジスプロシウムイオン(Dy
3+)、ツリウムイオン(Tm
3+)、イッテルビウムイオン(Yb
3+)からなる群より選択される1種であり、
-100℃における前記記録保持時間が1.5×10
10秒から9.1×10
22秒であることを特徴とする分子メモリ。
【請求項8】
請求項6に記載の分子メモリにおいて、
前記クラスター骨格は、前記安定包接部を2つ有し、化学式P
5W
30O
110で表されるポリオキソメタレート骨格であり、
前記金属イオンは、ナトリウムイオン(Na
+)、ジスプロシウムイオン(Dy
3+)、ツリウムイオン(Tm
3+)、イッテルビウムイオン(Yb
3+)からなる群より選択される1種であり、
-50℃における前記記録保持時間が2.0×10
5秒から8.8×10
13秒であることを特徴とする分子メモリ。
【請求項9】
請求項6に記載の分子メモリにおいて、
前記クラスター骨格は、前記安定包接部を2つ有し、化学式P
5W
30O
110で表されるポリオキソメタレート骨格であり、
前記金属イオンは、ナトリウムイオン(Na
+)、ジスプロシウムイオン(Dy
3+)、ツリウムイオン(Tm
3+)、イッテルビウムイオン(Yb
3+)からなる群より選択される1種であり、
27℃における前記記録保持時間が8.8×10
0秒から8.7×10
5秒であることを特徴とする分子メモリ。
【請求項10】
請求項6に記載の分子メモリにおいて、
前記クラスター骨格は、前記安定包接部を2つ有し、化学式P
5W
30O
110で表されるポリオキソメタレート骨格であり、
前記金属イオンは、ナトリウムイオン(Na
+)、ジスプロシウムイオン(Dy
3+)、ツリウムイオン(Tm
3+)、イッテルビウムイオン(Yb
3+)からなる群より選択される1種であり、
50℃における前記記録保持時間が1.1×10
0秒から1.9×10
4秒であることを特徴とする分子メモリ。
【請求項11】
請求項6に記載の分子メモリにおいて、
前記クラスター骨格は、前記安定包接部を2つ有し、化学式P
5W
30O
110で表されるポリオキソメタレート骨格であり、
前記金属イオンは、ナトリウムイオン(Na
+)、ジスプロシウムイオン(Dy
3+)、ツリウムイオン(Tm
3+)、イッテルビウムイオン(Yb
3+)からなる群より選択される1種であり、
100℃における前記記録保持時間が3.0×10
-2秒から2.5×10
1秒であることを特徴とする分子メモリ。
【請求項12】
分子分極を示す単分子誘電体を含む単分子誘電体層を備え、該単分子誘電体の分子分極を0または1の信号に対応させて記録させる分子メモリの製造方法であって、
前記単分子誘電体は、連通孔および該連通孔内に離間して設けられた複数の安定包接部を有するクラスター骨格と、いずれか1つの前記安定包接部に包接され、中空の他の前記安定包接部へ移動可能な金属イオンと、を備え、前記金属イオンがいずれか1つの前記安定包接部に包接された状態で分子分極を示し、電場をかけると、該金属イオンが中空の他の前記安定包接部へ移動することにより分子分極が変化し、
前記分子メモリの用途を、揮発性メモリ、ストレージクラスメモリまたは不揮発性メモリのいずれかの用途に特定する工程と、
特定された前記用途に基づいて、前記分子メモリの記録保持時間を決定する工程と、
決定された前記記録保持時間に基づいて、前記金属イオンを選択し、該金属イオンを前記クラスター骨格に包接させる工程と、を少なくとも備えることを特徴とする分子メモリの製造方法。
【請求項13】
請求項12に記載の分子メモリの製造方法において、
酸化反応または還元反応によって前記単分子誘電体の電子状態を変化させることにより、前記記録保持時間を変化させる酸化還元工程をさらに備えることを特徴とする分子メモリの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分子メモリおよび分子メモリの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
強誘電体は、結晶内に電気双極子を有し、その電気双極子は電場がない状態においても結晶内で整列している。強誘電体は、電気双極子の分極の方向および大きさを、電場の印加によって制御できる。電場の印加による分極の方向および大きさの変化は、強誘電ドメイン壁の移動によって起こる。電場を切断しても、強誘電ドメイン壁は完全には元の状態に戻らないため、誘電ヒステリシスが生じる。そのため、強誘電体は、電場が無い状態で残留した分極の方向によって、情報を記録することができる。
【0003】
一方で、単一の分子で強誘電的な性質および挙動を示すことのできる単分子誘電体がある。強誘電的な性質および挙動とは、誘電ヒステリシスおよび自発分極の発現を示す。単分子誘電体は、一般的な強誘電体におけるヒステリシスの発現機構とは異なり、遅い分極緩和現象に基づいて誘電ヒステリシスおよび自発分極を示す。
【0004】
単分子誘電体に用いられる分子構造の1つとして、Preyssler型ポリオキソメタレート(POM)がある。Preyssler型POMは、リング状構造を有する分子性の金属酸化物クラスターである。Preyssler型POMは、[Mn+:P5W30O110](15-n)-で表される。なお、P5W30O110部分はクラスター骨格であり、Mn+はそのクラスター骨格に包接されている金属イオンである。Preyssler型POMのクラスター骨格内には、中心からずれた2箇所の安定包接部が存在する。クラスター骨格内に取り込まれたイオンは、そのいずれかの安定包接部に安定に保持される。
【0005】
例えば特許文献1には、分子分極が安定保持され、構造的にも安定な分子性金属酸化物クラスターが提供可能であることが開示されている。
【0006】
また、特許文献2には、クラスター骨格の一方の包接部にジスプロシウムイオンを備えるマルチフェロイック材料が、単一分子で誘電ヒステリシスおよび磁気ヒステリシスを示すことが開示されている。
【0007】
特許文献3には、分子分極を示す分子性金属酸化物クラスターが、電界効果トランジスタに単分子誘電体層として使用したとき、メモリとして機能することが開示されている。
【0008】
非特許文献1には、クラスター骨格にカリウムイオンを包接させたポリオキソメタレート分子が開示されている。
【0009】
ところで、市場において多く見られるメモリは大きく分けて3つのタイプがある。DRAMやSRAM等のように電源が切れると記憶内容が失われる揮発性メモリ、ROMやフラッシュメモリ等のように電源が切れても長時間内容が保持される不揮発性メモリ、および揮発性メモリと不揮発性メモリの中間的な性質を持つストレージクラスメモリである。電源が切れても短時間内容が保持されるストレージクラスメモリは、高速化および大容量化を実現可能かつ安価に生産可能であり、新たなメモリとして近年注目されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2017-95334号公報
【文献】特開2018-32813号公報
【文献】特願2019-118917
【非特許文献】
【0011】
【文献】Akio Hayashi,Muh. Nur Khoiru Wihadi,Hiromi Ota,Xavier Lopez,Katsuya Ichihashi,Sadafumi Nishihara,Katsuya Inoue,Nao Tsunoji,Tsuneji Sano,Masahiro Sadakane,“Preparation of Preyssler-type Phosphotungstate with One Central Potassium Cation and Potassium Cation Migration into the Preyssler Molecule to form Di-Potassium-Encapsulated Derivative”ACS Omega 2018, 3, 2363-2373
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
特許文献1~3では、それぞれ特定の分子性金属酸化物クラスターが一部の電子デバイスへ応用可能であることが示されたに過ぎない。特許文献1~3に記載の分子性金属酸化物クラスターは、揮発性メモリ、不揮発性メモリおよびストレージクラスメモリに汎用的に適用できるものではなく、メモリのタイプによっては適さない場合がある。そのため、このような分子性金属酸化物クラスターを使いこなして種々のメモリへ適用可能とし、分子メモリとして実用化を加速させるためには更なる知見が必要である。
【0013】
本開示は上記実情に鑑みてなされたものであり、記録保持時間を広い範囲で制御可能とし、その記録保持時間に基づいて様々なメモリへ適用可能な分子メモリを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記の目的を達成するために、本実施形態の分子メモリは、分子分極を示す単分子誘電体を含む単分子誘電体層を備え、該単分子誘電体の分子分極を0または1の信号に対応させて記録させる分子メモリであって、前記単分子誘電体は、連通孔および該連通孔内に離間して設けられた複数の安定包接部を有するクラスター骨格と、いずれか1つの前記安定包接部に包接され、中空の他の前記安定包接部へ移動可能な金属イオンと、を備え、前記金属イオンがいずれか1つの前記安定包接部に包接された状態で分子分極を示し、電場をかけることによって、該金属イオンが中空の他の前記安定包接部へ移動することにより分子分極が変化し、前記金属イオンのイオン半径に基づく、-100℃から100℃の温度領域における記録保持時間が3.0×10-2秒から9.1×1022秒であり、該記録保持時間に基づいて、揮発性メモリ、不揮発性メモリまたはストレージクラスメモリのいずれかに用いられることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本実施形態によれば、記録保持時間を広い範囲で制御可能とし、その記録保持時間に基づいて様々なメモリへ適用可能な分子メモリを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】実施形態に係る単分子誘電体の分子構造の一例を平面視して示す模式図である。
【
図2】実施形態に係る単分子誘電体の分子構造の一例を側面視して示す模式図である。
【
図3】比較形態1に係る単分子誘電体の分子構造を側面視して示す模式図である。
【
図4】実施形態1に係る単分子誘電体の分極の電場依存性を示すグラフである。
【
図5】実施形態1に係る単分子誘電体の自発分極の温度依存性を示すグラフである。
【
図6】実施形態1に係る単分子誘電体の誘電率の周波数依存性および温度依存性を示すグラフである。
【
図7】実施形態1に係る単分子誘電体の焦電電流の緩和時間を示すグラフである。
【
図8】実施形態1に係る単分子誘電体の焦電電流の緩和時間を示すグラフである。
【
図9】実施形態1に係る単分子誘電体の焦電電流の緩和時間を示すグラフである。
【
図10】実施形態2に係る単分子誘電体の分極の電場依存性を示すグラフである。
【
図11】実施形態2に係る単分子誘電体の自発分極の温度依存性を示すグラフである。
【
図12】金属イオンのイオン半径と金属イオンが安定包接部間を移動する際の活性化エネルギーとの相関関係を示すグラフである。
【
図13】金属イオンのイオン半径と分子メモリの記録保持時間との相関関係を示すグラフである。
【
図14】実施形態1に係る分子性金属酸化物クラスターの還元反応、および酸化反応を示す模式図である。
【
図15】実施形態1に係る還元型分子性金属酸化物クラスターの誘電率の周波数依存性および温度依存性を示すグラフである。
【
図16】実施形態2に係る分子性金属酸化物クラスターの酸化還元反応の可逆性を示すグラフである。
【
図17】分子メモリの製造方法の手順を示すフローチャートである。
【
図18】実施形態3に係る揮発性メモリおよび不揮発性メモリを用いた記憶装置の概要を説明するブロック図である。
【
図19】実施形態3に係る揮発性メモリのメモリセルの一例を示す回路図である。
【
図20】実施形態4に係る単分子誘電体の分子構造を平面視して示す模式図である。
【
図21】実施形態4に係る単分子誘電体の分子構造を側面視して示す模式図である。
【
図22】実施形態4に係る単分子誘電体の誘電率の周波数依存性および温度依存性を示すグラフである。
【
図23】実施形態4に係る単分子誘電体の分極の電場依存性を示すグラフである。
【
図24】単分子誘電体の分子構造の他の一例を平面視して示す模式図である。
【
図25】単分子誘電体の分子構造の他の一例を側面視して示す模式図である。
【
図26】単分子誘電体の分子構造の他の一例を示す模式図である。
【
図27】単分子誘電体の分子構造の他の一例を平面視して示す模式図である。
【
図28】単分子誘電体の分子構造の他の一例を側面視して示す模式図である。
【
図29】単分子誘電体の分子構造の他の一例を平面視して示す模式図である。
【
図30】単分子誘電体の分子構造の他の一例を側面視して示す模式図である。
【
図31】単分子誘電体の分子構造の他の一例を平面視して示す模式図である。
【
図32】単分子誘電体の分子構造の他の一例を側面視して示す模式図である。
【
図33】単分子誘電体の分子構造の他の一例を平面視して示す模式図である。
【
図34】単分子誘電体の分子構造の他の一例を側面視して示す模式図である。
【
図35】単分子誘電体の分子構造の他の一例を平面視して示す模式図である。
【
図36】単分子誘電体の分子構造の他の一例を側面視して示す模式図である。
【
図37】単分子誘電体の分子構造の他の一例の還元反応を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本発明の要旨を変更しない範囲において、適宜変更して適用することができる。
【0018】
(単分子誘電体の分子構造)
図1は、本実施形態に係る単分子誘電体の分子構造である分子性金属酸化物クラスターの一例を平面視して示す模式図であり、
図2は、側面視して示す模式図である。分子性金属酸化物クラスター10は、
図1および
図2に示すように、クラスター骨格100と金属イオンMとを有する。
【0019】
-クラスター骨格-
クラスター骨格100は、連通孔101内に離間して設けられた複数の安定包接部102a,102bを有する。本実施形態において、クラスター骨格100は、1つの連通孔101に2つの安定包接部102a,102bを有し、化学式P5W30O110で表されるポリオキソメタレート骨格である。このクラスター骨格100は、回転軸方向に短く径方向に長い略扁平回転楕円体状であり、その回転軸に沿って延びる連通孔101を1つ有し、連通孔101内の一方の開放端側と他方の開放端側とに、それぞれ金属イオンMの安定包接部102a,102bを有する。2つの安定包接部102a,102bのうち、一方の安定包接部102aに金属イオンMを有し、他方の安定包接部102bは中空である。中空とは、イオンや分子が存在せず、何も包接していない空の状態であることを示す。
【0020】
-金属イオン-
金属イオンMは、いずれか1つの安定包接部に包接され、中空の他の安定包接部へ移動可能である。金属イオンMがいずれか1つの安定包接部に包接された状態で単分子誘電体は分子分極を示す。本実施形態において、クラスター骨格100に包接される金属イオンMは、連通孔101内の2つの安定包接部102a,102b間を移動可能であり、いずれかの安定包接部102a,102bに包接された状態が安定である。金属イオンMが一方の安定包接部102aから他方の中空の安定包接部102bへ移動する際には、活性化エネルギーを乗り越えなければならない。X線結晶構造解析では、金属イオンMがクラスター骨格100内で軸方向にディスオーダーしていることが確認された。
【0021】
クラスター骨格100を用いた場合、金属イオンMは、ナトリウムイオン(Na+)およびランタノイドイオンからなる群より選択される1種であることが望ましい。例えば、ナトリウムイオン(Na+)、ガドリニウムイオン(Gd3+)、テルビウムイオン(Tb3+)、ジスプロシウムイオン(Dy3+)、ホルミウムイオン(Ho3+)、エルビウムイオン(Er3+)、ツリウムイオン(Tm3+)、イッテルビウムイオン(Yb3+)からなる群より選択される1種である。上記いずれかの金属イオンMを包接した分子性金属酸化物クラスター10は、分子分極を示す。
【0022】
また、他の金属イオンとして、例えば、カルシウムイオン(Ca2+)、プラセオジムイオン(Pr3+)、ネオジムイオン(Nd3+)、サマリウムイオン(Sm3+)、ユウロピウムイオン(Eu3+)、ルテチウムイオン(Lu3+)、セリウムイオン(Ce4+,Ce3+)、イットリウムイオン(Y3+)、ビスマスイオン(Bi3+)、ウランイオン(U4+)、ランタンイオン(La3+)、トリウムイオン(Th4+)を用いた場合も、分子性金属酸化物クラスター10は安定であり、イオン半径および電子特性等の点で前記ランタノイドイオンと共通するため、同様に分子分極を示すと推定できる(Jorge A. Fernandez, Xavier Lopez, Carles Bo, Coen de Graaf, Evert J. Baerends, Josep M. Poblet, J. Am. Chem. Soc. 2007, 129, 40, 12244-12253参照)。
【0023】
クラスター骨格が化学式P5W30O110で表されるクラスター骨格100以外のポリオキソメタレート骨格である場合には、金属イオンMとしてカリウムイオン(K+)などの他の金属イオンを用いることも可能である。また、クラスター骨格として、金属イオンを包接可能なフラーレンや他の包接化合物を適用することも可能である。クラスター骨格が複数の金属イオンMを有する場合、金属イオンMは1種に限らず、2種以上であってもよい。
【0024】
低い温度領域では、包接された金属イオンMの持つ熱エネルギーが分子内の安定包接部102a,102b間に形成された活性化エネルギーより小さいために、金属イオンMはいずれか一方の安定包接部102aから他方の安定包接部102bに移動することができない。これにより、分子分極が凍結される。この温度で電場を印加すると、分子内のイオン移動が誘起され、分子分極を反転させることができ、電場を切断しても分子分極の方向を保持できるため、単分子誘電体は単一分子で強誘電体的な性質および挙動を示す。
【0025】
高い温度領域では、熱エネルギーによって、包接された金属イオンMは活性化エネルギーを超えて、一方の安定包接部102aから他方の安定包接部102bに移動することができる。これにより、分子分極の方向が定まらなくなり、分子の集合体では分極が消滅したように振る舞う。この温度で電場を印加すると、分子内のイオン移動が誘起され、分子分極を反転させることができるが、電場の切断と同時に、または、電場の切断後短い時間で、分子分極の方向が定まらなくなる。
【0026】
分子性金属酸化物クラスター10は、電場をかけると安定包接部102aに包接されていた金属イオンMが中空の他の安定包接部102bへ移動する。金属イオンMが2つの安定包接部102a,102b間を移動することにより分子分極が変化する。クラスター骨格100は、連通孔101が回転軸に沿って設けられるため、分子分極方向の選択性を高めることができる。つまり、ランダムな方向を選択することを減らし、一方向化とその逆の方向化の選択性を高めることができる。
【0027】
(比較形態1)水およびナトリウムを包接した分子性金属酸化物クラスター11
これまでに報告例のある分子性金属酸化物クラスターは、ナトリウムイオンと水分子とを包接した分子性金属酸化物クラスター11([K
12.5Na
1.5[NaP
5W
30O
110]・H
2O])を前駆体として合成されている。
図3に、この分子性金属酸化物クラスター11を側面視した模式図を示す。分子性金属酸化物クラスター11は、
図3に示すように、一方の安定包接部102aにナトリウムイオン(Na
+)を包接し、他方の安定包接部102bに水分子(H
2O)を包接している。水分子によって、ナトリウムイオンの一方の安定包接部102aから他方の安定包接部102bへの移動が妨げられているため、分子性金属酸化物クラスター11は外部電場の印加によって分子分極を反転させることができない。そのため、この分子性金属酸化物クラスター11は、強誘電的な性質を有する分子として使用できない。
【0028】
(比較形態2)カリウムイオンを包接した分子性金属酸化物クラスター
非特許文献1に示されるように、金属イオンMとしてカリウムイオン(K+)を包接した分子性金属酸化物クラスター(K13[P5W30O110K])は、カリウムイオンが2つの安定包接部の間のほぼ中央に位置し、分子分極を示さない。ナトリウムと同じアルカリ金属元素であるカリウムを包接した分子性金属酸化物クラスターが分子分極を示さないため、ナトリウムイオンを包接する分子性金属酸化物クラスターを単分子誘電体として利用する研究はこれまでにされていなかった。
【0029】
(実施形態1)テルビウムイオンを包接した分子性金属酸化物クラスター12
クラスター骨格100に金属イオンMとしてテルビウムイオン(Tb3+)を包接した分子性金属酸化物クラスター12は、単分子誘電体として不揮発性メモリに応用可能であることが特許文献3に記載されているが、その汎用性についての知見は得られていない。
【0030】
-分子性金属酸化物クラスター12の合成-
まず、すでに報告されている方法で、ナトリウムイオンと水分子とを包接した分子性金属酸化物クラスター11(K12.5Na1.5[NaP5W30O110]・H2O)を合成した。次に、36.6mg(0.1mmol)のTb(NO3)3・6H2Oに、H2Oを3ml加えて、第1の溶液を調製した。次に、1.00g(0.121mmol)の分子性金属酸化物クラスター11にH2Oを12ml加えて、第2の溶液を調製し、第2の溶液を60℃に加熱した。次に、第2の溶液を第1の溶液に滴下し、第1の混合溶液を調製した。そして、第1の混合溶液を145℃で24時間保持した。次に、室温まで冷やした第1の混合溶液にKClを4.00g(53mmol)加えた。以上により、結晶粉末を得た。
【0031】
X線結晶構造解析により、得られた結晶は、テルビウムイオン(Tb3+)を包接した分子性金属酸化物クラスター(K12[Tb3+-P5W30O110]・nH2O)であることが確認された。なお、この結晶のnは特定できなかった。得られた結晶を最適な加熱温度である200℃~250℃で加熱し、安定包接部内に存在する水分子を完全に消失させることにより、一方の安定包接部にはテルビウムイオン(Tb3+)を包接し、他方の安定包接部は中空である分子性金属酸化物クラスター12を得た。
【0032】
加熱する温度が200℃より低いと、安定包接部内に存在する水分子を完全に消失させることが難しい。よって、前記の最適な加熱温度とは、少なくとも、安定包接部内に存在する水を完全に消失させることのできる温度である。合成された分子性金属酸化物クラスターを最適な加熱温度で加熱処理することで、誘電率測定において、自発分極は最大値を示し、従来よりも測定値を精度良く得ることが可能となった。
【0033】
(自発分極の電場依存性と温度依存性の評価)
上記した方法によって得られたテルビウムイオンを包接した分子性金属酸化物クラスター12について、強誘電テスタ(Radiant社製、Precision LCII)を用いて誘電ヒステリシスの測定を行った。分子性金属酸化物クラスター12の粉末を真空下で圧縮し、ペレットディスク(面積1.33cm2、膜厚330μm)を作製して測定試料とした。なお、誘電ヒステリシスは、D-EヒステリシスまたはP-Eヒステリシスと呼ばれる。
【0034】
図4は、実施形態1に係る分子性金属酸化物クラスター12の分極の電場依存性を示すP-Eヒステリシス曲線である。240Kから325Kまで昇温させると、誘電ヒステリシスを示し、自発分極が増大することが確認できた。詳細には、誘電ヒステリシスは、240Kから徐々に大きくなり、300Kにおいて自発分極が最大となった。分子性金属酸化物クラスター12は、誘電ヒステリシスを示したことから、テルビウムイオン(Tb
3+)は電場をかけると2つの安定包接部102a,102b間を移動することが可能であり、テルビウムイオンが2つの安定包接部102a,102b間を移動することにより分子分極が反転することがわかった。
【0035】
図5は、実施形態1に係る分子性金属酸化物クラスター12の自発分極の温度依存性を示すグラフである。分子性金属酸化物クラスター12は、270K~330Kの温度領域で自発分極を示すことが確認できる。また、約290K~310Kの温度領域において、1.5μC/cm
2以上の自発分極を示し、自発分極の最大値を示したのは300Kであった。
【0036】
(誘電率の周波数依存性の評価)
得られた分子性金属酸化物クラスター12について、誘電率の測定を行った。まず、分子性金属酸化物クラスター12の粉末からペレット(厚さ0.169μm~0.370μm、面積1.46cm2~133cm2)を作製した。次に、ペレットの両面に金ペーストを塗布して、電極を形成した。電極に配線を繋ぎ、LCRメータ(Agilent社製、E4980A)に接続した。そして、電圧を印加して、分子性金属酸化物クラスター12の誘電率の周波数依存性および温度依存性を測定した。測定周波数は150Hz~2.00MHzとし、印加電圧は2.00V、温度は100K~400Kとした。
【0037】
図6は、実施形態1に係る分子性金属酸化物クラスター12の誘電率の周波数依存性および温度依存性を示すグラフである。単分子誘電体における強誘電体的な性質および挙動は、分子分極の緩和現象に由来しているため、一般的な強誘電体の様に明確な強誘電発現温度は存在しない。そこで、概ねイオンが停止していると考えられる任意の周波数を設定し、分極緩和速度がその周波数に達した温度をブロッキング温度、あるいはヒステリシスが発現する温度としている。
【0038】
図6に示すように、350K以上の温度領域において、周波数に依存する誘電損失のピークが観測された。このピークを示す温度は周波数が減少するに従って低温側にシフトしていることから、テルビウムイオンが安定包接部102a,102b間を移動しており、温度の低下に伴って安定包接部102a,102b間を移動する速度が遅くなったことを示している。
【0039】
(焦電電流の測定による評価)
図7~
図9は、テルビウムイオンを包接した分子性金属酸化物クラスター12の焦電電流の緩和時間を示すグラフを示す。
図7は240Kにおける測定結果であり、緩和時間は8594秒であった。
図8は260Kにおける測定結果であり、緩和時間は1593秒であった。
図9は280Kにおける測定結果であり、緩和時間は460秒であった。なお、焦電電流の測定は、エレクトロメータ(Keithley社製、6517A)を用いて行った。
【0040】
このように、分子性金属酸化物クラスター12は、測定温度により異なる緩和時間が観測され、長距離秩序を持たないことが示唆された。この結果から、本実施形態に係る分子性金属酸化物クラスターが様々な電子デバイスへ適用された際に、異なる温度下において異なる応答速度を示すことが確認された。このような特性を、同様に、ナトリウムイオンや他のランタノイドイオンを包接した分子性金属酸化物クラスターも示すと考えられる。温度制御によって、緩和時間を制御することができるため、例えば、ある温度領域では長い緩和時間を活かして不揮発性メモリとして有用であり、ある温度領域では短い緩和時間を活かして揮発性メモリとして有用である。またある温度領域では、揮発性メモリと不揮発性メモリの中間の機能を発揮するストレージクラスメモリとして使用することも可能である。
【0041】
(実施形態2)ナトリウムイオンを包接した分子性金属酸化物クラスター13
クラスター骨格100に金属イオンMとしてナトリウムイオン(Na
+)を包接した分子性金属酸化物クラスター13は、
図1および
図2に示すように、連通孔101および連通孔101内の一方の開放端側と他方の開放端側とにそれぞれ設けられる2つの安定包接部102a,102bを有するクラスター骨格100と、一方の安定包接部102aに包接されるナトリウムイオン(Na
+)と、を備える。分子性金属酸化物クラスター13は、比較形態1に係る分子性金属酸化物クラスター11と異なり、他方の安定包接部102bに水分子を包接していない。他方の安定包接部102bは中空である。
【0042】
-分子性金属酸化物クラスター13の合成-
分子性金属酸化物クラスター13は、ナトリウムイオンと水分子とを包接した分子性金属酸化物クラスター11([K12.5Na1.5[NaP5W30O110]・H2O])を最適な加熱温度である約300℃で加熱し、他方の安定包接部102b内に存在する水分子を完全に消失させることによって合成される。得られた分子性金属酸化物クラスター13を水で再結晶することで得られた単結晶を用いて、単結晶X線構造解析から構造を評価したところ、安定包接部102a,102b内に水分子は確認されなかった。なお、加熱温度が低い場合は、安定包接部内に存在する水分子を完全に消失させることが難しく、安定包接部内に再び水分子が戻るおそれもある。最適な加熱温度によって安定包接部内に存在する水分子を完全に消失させれば、水による再結晶を行っても安定包接部内に再び水分子が戻らないことが明らかになった。
【0043】
(自発分極の電場依存性と温度依存性の評価)
得られた分子性金属酸化物クラスター13について、強誘電テスタ(Radiant社製、Precision LCII)を用いて誘電ヒステリシスの測定を行った。分子性金属酸化物クラスター13の粉末を真空下で圧縮し、ペレットディスク(面積1.33cm2、膜厚330μm)を作製して測定試料とした。
【0044】
図10は、実施形態2に係る分子性金属酸化物クラスター13の分極の電場依存性を示すP-Eヒステリシス曲線である。280Kから420Kまで昇温させ、次第に誘電ヒステリシスが大きくなり自発分極が増大することが確認できた。詳細には、誘電ヒステリシスは、280Kではほぼ消失していたが、350Kにおいて明確に現れ、390Kにおいて自発分極が最大となった。分子性金属酸化物クラスター13は、誘電ヒステリシスを示したことから、ナトリウムイオン(Na
+)は電場をかけると2つの安定包接部102a,102b間を移動することが可能であり、ナトリウムイオンが2つの安定包接部102a,102b間を移動することにより分子分極が反転することがわかった。
【0045】
図11は、実施形態2に係る分子性金属酸化物クラスター13の自発分極の温度依存性を示すグラフである。350K~420Kの温度領域において、2.0μC/cm
2以上の自発分極を示し、自発分極の最大値を示したのは390Kであった。実施形態2に係る分子性金属酸化物クラスター13は、実施形態1に係るテルビウムイオンを包接した分子性金属酸化物クラスター12と比較して、記録保持温度が約100K向上した。
【0046】
(他のランタノイドイオンを包接した分子性金属酸化物クラスター)
ナトリウムイオンを包接した分子性金属酸化物クラスター13の合成に成功し、この分子性金属酸化物クラスター13が自発分極を示しただけでなく、従来よりも高い温度で自発分極の最大値を示したことから、金属イオンMが安定包接部102a、102b間を移動する際の活性化エネルギーの高さは、イオン半径の大きさに関係しているのではないかと考えられた。
【0047】
そこで、化学式P5W30O110で表されるクラスター骨格100に、金属イオンMとしてテルビウムイオン以外のランタノイドイオン(Gd3+、Dy3+、Ho3+、Er3+、Tm3+、Yb3+)を包接した分子性金属酸化物クラスター10についても合成を行い、自発分極の電場依存性と温度依存性の評価を行った。各金属イオンMを包接した分子性金属酸化物クラスター10の合成は、実施形態1と同様の手順で行った。表1にランタノイドイオンを包接した分子性金属酸化物クラスター10の各合成条件を示す。表1に記載された条件以外は、実施形態1で示した分子性金属酸化物クラスター11の合成と同様である。なお、Yb(NO3)3を原料に用いた場合では、水分子の数が同定できていないため、モル数を記載しなかった。
【0048】
【0049】
合成された分子性金属酸化物クラスターは、最後に最適な加熱温度で加熱処理が施される。検討の結果、ランタノイドイオンを包接した分子性金属酸化物クラスターの加熱処理における最適な加熱温度の範囲は200℃~250℃であることが分かった。この最適な加熱温度で加熱処理することで、実施形態1と同様に、安定包接部内に存在する水分子を完全に消失させることが可能である。
【0050】
(イオン半径と活性化エネルギーとの関係)
表2は、各分子性金属酸化物クラスター10の金属イオンMの半径と、金属イオンMが安定包接部102a、102b間を移動する際の活性化エネルギーを示す表である。
【0051】
【0052】
まず、それぞれの分子性金属酸化物クラスターについて誘電率を測定した。ガドリニウムイオン(Gd
3+)、テルビウムイオン(Tb
3+)、ジスプロシウムイオン(Dy
3+)、ホルミウムイオン(Ho
3+)、エルビウムイオン(Er
3+)、ツリウムイオン(Tm
3+)、イッテルビウムイオン(Yb
3+)をそれぞれ包接する各分子性金属酸化物クラスターは、実施形態1と同様に、最適な加熱温度で加熱処理することにより、誘電率の測定値が精度良く得られた。そして、
図6と同様に得られた誘電率測定結果から、周波数毎にピークトップの温度を読み取り、この温度の逆数とLn(ω)=2πfからアレニウスプロットを作成した。なお、ωは角周波数、fは周波数である。なお、アレニウス式とは下記数式であり、この式から活性化エネルギーを算出した。
【0053】
【0054】
なお、上記の数式において、Eaは活性化エネルギー、ωは角周波数、ω0は温度無限大時の角周波数、kBはボルツマン定数、Tは温度である。
【0055】
図12は、金属イオンのイオン半径と上記アレニウス式によって得られた活性化エネルギーとの相関関係を示すグラフである。これによって、分子性金属酸化物クラスターに包接される金属イオンのイオン半径が大きくなるにつれて、単分子誘電体の分子分極が変化する際の活性化エネルギーが大きくなることが判明し、イオン半径と活性化エネルギーに相関関係があることが初めて明らかになった。
【0056】
分子性金属酸化物クラスター10は、イオン半径の異なる金属イオンMを包接させることによって、自発分極を示す温度の最大値を変化させることができる。言い換えれば、分子性金属酸化物クラスター10は、金属イオンMのイオン半径に基づいて、金属イオンMが安定包接部102a、102b間を移動する際の活性化エネルギーの高さを変化させることが可能である。
【0057】
なお、これまで公知となっている分子性金属酸化物クラスターには、一方の安定包接部に金属イオンを包接し、他方の安定包接部には水分子を包接したものと、包接していないものがあった。このような従来の分子性金属酸化物クラスターには、誘電率の測定値が精度良く得られないものが多数あり、金属イオンの違いによる傾向について分析することはできなかった。誘電率の測定値が精度良く得られなかった原因は、測定試料に水分子を包接した分子性金属酸化物クラスターが含まれていたからであると考えられる。例えば、特許文献1に記載の分子性金属酸化物クラスターは、特許文献1に記載の条件で加熱処理を行っても、他方の安定包接部から水分子が完全に消失していなかった、または、他方の安定包接部に水分子が戻っていたために測定値が精度よく得られなかった、と推測される。
【0058】
本実施形態においては、一方の安定包接部にランタノイドイオンを包接する分子性金属酸化物クラスターについて、他方の安定包接部内に存在する水分子を完全に消失させた。また、一方の安定包接部にナトリウムイオンを包接する分子性金属酸化物クラスターについて、他方の安定包接部内に存在する水分子を完全に消失させる最適な加熱温度を見出すことができた。そして、最適な加熱温度で加熱処理した分子性金属酸化物クラスターは、自発分極を最大にすることができ、誘電率の測定値が精度良く得られた。これによって、本実施形態において初めてイオン半径と活性化エネルギーに相関関係があることを導き出すことができた。
【0059】
(イオン半径と記録保持時間との関係)
本実施形態に係る分子性金属酸化物クラスター10は、自発分極を示す。そのため、このような分子性金属酸化物クラスター10を分子構造として有する単分子誘電体は、分子分極の変化を0または1の信号に対応させて記録させることによって、分子メモリとして適用することが可能である。
【0060】
金属イオンとして、ナトリウムイオン(Na
+)、ジスプロシウムイオン(Dy
3+)、ツリウムイオン(Tm
3+)およびイッテルビウムイオン(Yb
3+)をそれぞれ包接する各分子性金属酸化物クラスター10について、それらを単分子誘電体として含む単分子誘電体層を備えた場合、分子メモリとしてどれほどの記録保持時間を有するか上記のアレニウス式を用いて算出した。温度は、-100℃、-50℃、0℃、27℃、50℃または100℃とし、それぞれの温度環境下について算出した。その結果を表3および
図13に示す。
【0061】
【0062】
表3に示すように、ナトリウムイオン(Na+)、ジスプロシウムイオン(Dy3+)、ツリウムイオン(Tm3+)およびイッテルビウムイオン(Yb3+)をそれぞれ包接する各分子性金属酸化物クラスター10を単分子誘電体として含む分子メモリは、包接する金属イオンによって大きく異なる記録保持温度を示した。この結果から、本実施形態に係る分子性金属酸化物クラスターを単分子誘電体として含む分子メモリは、金属イオンのイオン半径に基づく、-100℃から100℃の温度領域における記録保持時間が3.0×10-2秒から9.1×1022秒という非常に広い範囲であることが明らかとなった。
【0063】
また、
図13に示すように、金属イオンのイオン半径が大きくなるにつれて、記録保持時間が長くなることが判明し、金属イオンのイオン半径と分子メモリの記録保持時間には相関関係があることが明らかとなった。
【0064】
詳細には、本実施形態の単分子誘電体を用いた分子メモリの-100℃における記録保持時間は1.5×1010秒から9.1×1022秒の範囲であった。このように、-100℃の環境下では、本実施形態の分子メモリは非常に長い記録保持時間を有するため、不揮発性メモリに適している。
【0065】
また、-50℃における、本実施形態の単分子誘電体を用いた分子メモリの記録保持時間は2.0×105秒から8.8×1013秒の範囲であった。このうち、ナトリウムイオン(Na+)を包接した単分子誘電体については、非常に長い記録保持時間(8.8×1013秒)を有するため、不揮発性メモリに適している。ジスプロシウムイオン(Dy3+)、ツリウムイオン(Tm3+)およびイッテルビウムイオン(Yb3+)を包接した単分子誘電体については、約2日から約半年という比較的長い記録保持時間を有するため、不揮発性メモリまたはストレージクラスメモリに適している。
【0066】
また、0℃における、本実施形態の単分子誘電体を用いた分子メモリの記録保持時間は1.5×102秒から1.7×108秒の範囲であった。このうち、ナトリウムイオン(Na+)を包接した単分子誘電体については、長い記録保持時間(約5年)を有するため、不揮発性メモリまたはストレージクラスメモリに適している。ジスプロシウムイオン(Dy3+)、ツリウムイオン(Tm3+)およびイッテルビウムイオン(Yb3+)を包接した単分子誘電体については、約3分から約30分というやや短い記録保持時間を有するため、揮発性メモリまたはストレージクラスメモリに適している。
【0067】
また、27℃における、本実施形態の単分子誘電体を用いた分子メモリの記録保持時間は8.8×100秒から8.7×105秒の範囲であった。このうち、ナトリウムイオン(Na+)を包接した単分子誘電体については、やや長い記録保持時間(約10日)を有するため、不揮発性メモリまたはストレージクラスメモリに適していると考えられる。ジスプロシウムイオン(Dy3+)、ツリウムイオン(Tm3+)およびイッテルビウムイオン(Yb3+)を包接した単分子誘電体については、約9秒から約8分という短い記録保持時間を有するため、揮発性メモリまたはストレージクラスメモリに適している。
【0068】
また、50℃における、本実施形態の単分子誘電体を用いた分子メモリの記録保持時間は1.1×100秒から1.9×104秒の範囲であった。このうち、ナトリウムイオン(Na+)を包接した単分子誘電体については、やや短い記録保持時間(約5時間)を有するため、不揮発性メモリまたはストレージクラスメモリに適している。ジスプロシウムイオン(Dy3+)、ツリウムイオン(Tm3+)およびイッテルビウムイオン(Yb3+)を包接した単分子誘電体については、約1秒から約3秒という短い記録保持時間を有するため、揮発性メモリまたはストレージクラスメモリに適している。
【0069】
また、100℃における、本実施形態の単分子誘電体を用いた分子メモリの記録保持時間は3.0×10-2秒から2.5×101秒の範囲であった。このうち、ナトリウムイオン(Na+)を包接した単分子誘電体については、やや短い記録保持時間(約4分)を有するため、不揮発性メモリまたはストレージクラスメモリに適していると考えられる。ジスプロシウムイオン(Dy3+)、ツリウムイオン(Tm3+)およびイッテルビウムイオン(Yb3+)を包接した単分子誘電体については、1秒以下という非常に短い記録保持時間を有するため、揮発性メモリに適している。
【0070】
なお、上記した分子メモリの用途は好ましい例に過ぎず、これに限定されることない。これらの単分子誘電体を含む単分子誘電体層を備える分子メモリは、その記録保持時間に基づいて、揮発性メモリ、不揮発性メモリまたはストレージクラスメモリのいずれかに用いることが可能である。
【0071】
(酸化還元反応による記録保持時間の制御)
次に、本実施形態に係る単分子誘電体の電子状態を変化させた場合、分子メモリの特性にどのような変化が生じるかを調べるため、テルビウムを包接した分子性金属酸化物クラスター12について、酸化反応および還元反応を行った。
【0072】
上記した方法により得られた分子性金属酸化物クラスター12のクラスター骨格100には、6価のタングステン(W)が30個含まれている。そのタングステンのうち、8つを還元し、5価のタングステンを有する還元型分子性金属酸化物クラスター12bを得た。還元型分子性金属酸化物クラスター12bに対してもとの分子性金属酸化物クラスターを酸化型分子性金属酸化物クラスター12aと呼ぶ。
図14にはこの反応の模式図と、反応前後の分子性金属酸化物クラスター12a,12bの結晶の写真を示す。分子性金属酸化物クラスター12の酸化還元反応は可逆的であり、還元型分子性金属酸化物クラスター12bは、酸化反応によって酸化型分子性金属酸化物クラスター12aに戻すことが可能である。なお、分子性金属酸化物クラスター12の還元反応は以下の手順で行った。
【0073】
-分子性金属酸化物クラスター12の還元反応-
0.1g(1.2×10-5mоl)の分子性金属酸化物クラスター12に、H2Oを4ml加えて、溶液を75℃に加熱した。次に、溶液に1.38ml(2.8×10-3mоl)のヒドラジン一水和物を加えた。5分間窒素ガスでバブリングを行った後、溶液を100℃で15分間加熱した。加熱後、溶液を室温まで冷却した。半日後、濃青色の単結晶が析出した。以上により、還元型分子性金属酸化物クラスター12bを得た。
【0074】
また、還元型分子性金属酸化物クラスター12bを室温で1週間静置もしくは、120℃で半日間加熱することにより、酸化型分子性金属酸化物クラスター12aの単結晶を得た。
【0075】
得られた還元型分子性金属酸化物クラスター12bは、上記した方法で誘電率を測定し、誘電率の周波数依存性および温度依存性を確認した。その結果を
図15に示す。
図6に示す酸化型分子性金属酸化物クラスター12aの測定結果と比較して、
図15に示す還元型分子性金属酸化物クラスター12bの測定結果は大きく異なっていた。金属イオンの移動が停止する(移動速度0.1Hz)と仮定した際の温度(ブロッキング温度)は、酸化型分子性金属酸化物クラスター12aは286K、還元型分子性金属酸化物クラスター12bは254Kであった。
【0076】
さらに、実施形態2に係るナトリウムイオンを包接した分子性金属酸化物クラスター13についても、上記した方法と同様に還元反応を行い、クラスター骨格100のうち8つの6価タングステンを5価に還元し、還元型分子性金属酸化物クラスター13bを得た。還元型分子性金属酸化物クラスター13bに対して、もとの分子性金属酸化物クラスターを酸化型分子性金属酸化物クラスター13aと呼ぶ。分子性金属酸化物クラスター13の酸化還元反応特性を調べるため、サイクリックボルタンメトリーによる測定を行った。
【0077】
酸化型分子性金属酸化物クラスター13a、および、還元型分子性金属酸化物クラスター13bについて、溶液中の試料濃度を1mmol/Lに調整し、1mol/LのHCl水溶液に溶解させた。サイクリックボルタンメトリーの作用電極にはガラス状炭素電極を用い、カウンター電極と参照電極にそれぞれ、白金電極および銀/塩化銀電極を用いた。-0.6V~+0.4Vの範囲で、測定した結果を
図16に示す。
図16の電流-電位曲線は、分子性金属酸化物クラスター13の酸化還元反応が可逆反応であることを示した。
【0078】
酸化型分子性金属酸化物クラスター12a,13aおよび還元型分子性金属酸化物クラスター12b,13bについて得られた誘電率の測定結果から、上記したアレニウス式を用いて、これらを単分子誘電体として含む単分子誘電体層を備える分子メモリの記録保持時間を算出した。その結果を表4に示す。
【0079】
【0080】
ナトリウムイオンを包接した分子性金属酸化物クラスター13を還元反応により電子状態を変化させた還元型分子性金属酸化物クラスター13bは、27℃における記録保持時間が2.4×100秒であった。これは、還元反応前の酸化型分子性金属酸化物クラスター13aの27℃における記録保持時間8.7×105秒(約10日)と比較して著しく短い。他の温度条件においても還元反応の前後で、記録保持時間が大きく異なっていた。また、テルビウムイオンを包接した分子性金属酸化物クラスター12a,12bでも同様に記録保持時間が大きく異なる結果が得られた。これらの結果から、本実施形態の単分子誘電体は、酸化反応または還元反応による電子状態の変化により、反応後の単分子誘電体を用いた分子メモリは、反応前の単分子誘電体を用いた場合と異なる記録保持時間を示すことが明らかとなった。なお、本実施形態の還元反応は、クラスター骨格の一部の原子の還元によるものであり、同じまたは同様のクラスター骨格を有する単分子誘電体において、同様の結果が得られると考えられる。
【0081】
(記録保持時間を制御可能な分子メモリの製造方法)
上記したように、本実施形態の単分子誘電体は、包接する金属イオンおよび温度領域によって記録保持時間を制御可能である。また、さらに上記したように、単分子誘電体の電子状態を酸化反応または還元反応によって変化させることで記録保持時間を著しく変化させることも可能である。そのため、本発明の実施形態に係る単分子誘電体は、これを含む単分子誘電体層を備え、該単分子誘電体の分子分極を0または1の信号に対応させて記録させる分子メモリとしてさまざまな電子デバイスへ適用することが可能であり、目的とする用途に適した記録保持時間を有する分子メモリを製造することが可能となる。
【0082】
本発明の実施形態に係る分子メモリを製造に用いる単分子誘電体は、上記したように、単分子誘電体は連通孔および該連通孔内に離間して設けられた複数の安定包接部を有するクラスター骨格と、いずれか1つの前記安定包接部に包接され、中空の他の前記安定包接部へ移動可能な金属イオンと、を備える。また、この単分子誘電体は、金属イオンがいずれか1つの前記安定包接部に包接された状態で分子分極を示し、電場をかけると、該金属イオンが中空の他の前記安定包接部へ移動することにより分子分極が変化するものである。
【0083】
本発明の実施形態に係る分子メモリは、記録保持時間を制御することが可能である。この分子メモリの製造方法を
図17に示すフローチャートに基づいて説明する。
【0084】
スタート後のステップ1では、分子メモリの用途を、揮発性メモリ、ストレージクラスメモリまたは不揮発性メモリのいずれかの用途に特定する。
【0085】
ステップ2では、その特定された用途に基づいて、分子メモリのおおよその記録保持時間を決定する。
【0086】
ステップ3では、その決定された記録保持時間に基づいて金属イオンを選択する。なお、その記録保持時間は金属イオンを選択する上での目安であって、例えば、約1秒から約10秒、約1ヶ月から約3ヶ月等の範囲を有していてもよい。
【0087】
ステップ4では、選択した金属イオンをクラスター骨格に包接させることにより分子分極の変化する単分子誘電体を得る。
【0088】
ステップ5は、得られた単分子誘電体を酸化反応または還元反応によって電子状態を変化させることにより、前記記録保持時間を変化させる酸化還元工程である。
【0089】
ステップ6では、単分子誘電体を用いて単分子誘電体層を形成し、分子メモリに実装する。
【0090】
なお、ステップ5を省略し、ステップ4の次にステップ6を行ってもよい。
【0091】
例えば、電界効果トランジスタに、本実施形態の単分子誘電体の分子構造として分子性金属酸化物クラスター10を含む単分子誘電体層を実装することができる。この電界効果トランジスタのゲート電極に電圧が印加されると、単分子誘電体層が分極し、チャネル領域が形成される。電源を切った状態でも、チャネル領域は維持されるため、不揮発性メモリとして使用可能である。ナトリウムを包接した分子性金属酸化物クラスター13は、ナトリウムイオンが安定包接部102a、102b間を移動する際の活性化エネルギーが高いため、単分子誘電体層として電界効果トランジスタに実装すれば、従来よりも記録保持温度を飛躍的に向上させることができる。
【0092】
また、本実施形態の単分子誘電体の分子構造である分子性金属酸化物クラスター10を含む単分子誘電体層を備える揮発性メモリとしても有用である。分子性金属酸化物クラスター10からなる単分子誘電体層を揮発性メモリへ実装した場合、揮発性メモリの電場応答速度は、クラスター骨格に包接される金属イオンのイオン半径に応じて異なる。比較的イオン半径の小さい金属イオンを包接した分子性金属酸化物クラスター10を実装させることによって、揮発性メモリに必要な電場応答速度を向上させることができる。
【0093】
(実施形態3)
次に、テルビウムイオンを包接した分子性金属酸化物クラスター12を揮発性メモリおよび不揮発性メモリへ応用した例を実施形態3として以下に説明する。
【0094】
本実施形態に係る分子性金属酸化物クラスター12を含む単分子誘電体層は、分子性金属酸化物クラスター12の分子分極を0または1の信号に対応させて記録させることが可能であり、揮発性メモリまたは不揮発性メモリのキャパシタへ実装することができる。この単分子誘電体層は、分子性金属酸化物クラスター12の塗布によって、例えば、キャパシタの電極間に形成される。電極間において単分子誘電体層が分極し、その分極を0または1の信号に対応させることによりデータの記録が行われる。本実施形態に係る分子性金属酸化物クラスター12は、1分子だけで情報量の基本単位である1ビットを示すため、記憶装置の大容量化が可能となる。
【0095】
図18は、本実施形態に係る揮発性メモリおよび不揮発性メモリを用いた記憶装置の概要を説明するブロック図である。例えば
図18に示すように、記憶装置200は、電源制御部201、記憶部202、CPU203、入力部204および出力部205を有する。記憶部202は、不揮発性メモリ207および揮発性メモリ206を有し、入力部204および出力部205を介して外部とデータの受け渡しを行う。CPU203は制御部208および演算部209を有する。
【0096】
揮発性メモリ206は、例えばDRAM(Dynamic Random Access Memory)である。揮発性メモリ206は、外部電場によりリフレッシュされなければ、記憶された状態を時間の経過とともに失うが、書き込み速度や読み取り速度が高いという利点がある。本実施形態に係る分子性金属酸化物クラスター12を含む単分子誘電体層が揮発性メモリ206のキャパシタへ実装されることにより、包接する金属イオンのイオン半径によって書き込み速度や読み取り速度の制御が可能となる。
【0097】
不揮発性メモリ207は、例えばフラッシュメモリである。本実施形態に係る分子性金属酸化物クラスター12を含む単分子誘電体層が不揮発性メモリ207のキャパシタへ実装されることにより、包接する金属イオンのイオン半径によって記録保持温度を制御することが可能となる。
【0098】
本実施形態では、揮発性メモリ206および不揮発性メモリ207の両方に分子性金属酸化物クラスターを含む単分子誘電体層を実装させて記憶装置を構成したが、必ずしも揮発性メモリおよび不揮発性メモリの両方に実装させる必要はなく、揮発性メモリまたは不揮発性メモリの何れかに本実施形態の分子性金属酸化物クラスターを含む単分子誘電体層を実装させても、上記したそれぞれの優位な効果を見出すことができる。
【0099】
図19は、実施形態3に係る揮発性メモリのメモリセルの一例を示す回路図である。書き込みおよび読み取り動作は、格子状に配置されるワード線410とビット線411へ電流が流れることによって行われる。メモリセルはトランジスタ412と、これに直列に接続されたキャパシタ413とを有する。トランジスタ412のゲートとドレインはそれぞれワード線410とビット線411に接続される。キャパシタ413は、電極間において分子性金属酸化物クラスター12によって形成された単分子誘電体層を備え、単分子誘電体層の分極を0または1の信号に対応させることによりデータの読み書きが行われる。
【0100】
(実施形態の作用効果)
以上説明したように、本実施形態の分子性金属酸化物クラスター10によれば、電場をかけると、金属イオンMが2つの前記安定包接部102a、102b間を移動することにより分子分極が反転する。このときの緩和時間は温度によって制御可能であるため、温度制御によって、最適な応答速度が異なる様々な電子デバイスに適用可能である。さらに、本実施形態の分子性金属酸化物クラスターは、包接する金属イオンMのイオン半径に応じて、自発分極を示す温度の最大値が異なる。つまり、包接する金属イオンMのイオン半径に応じて、分極が反転する際の活性化エネルギーの高さが異なる。よって本実施形態の分子性金属酸化物クラスターは、温度制御および包接する金属イオンMの選択により、様々な電子デバイスへ適用させた際にその用途に適した優れた特性を発揮することができる。
【0101】
本実施形態の分子メモリは、クラスター骨格の安定包接部に包接される金属イオンのイオン半径に基づく、-100℃から100℃の温度領域における記録保持時間が3.0×10-2秒から9.1×1022秒という非常に広い範囲である。よって、金属イオンと温度環境に基づいて、分子メモリの記録保持時間を非常に広い範囲で制御することが可能となる。揮発性メモリ、不揮発性メモリおよびストレージクラスメモリには、それぞれ適した記録保持時間がある。そのため、揮発性メモリ、不揮発性メモリまたはストレージクラスメモリのいずれかのメモリ用途をターゲットとし、そのメモリ用途に適した記録保持時間を有する分子メモリとするために、金属イオンと温度範囲を選択することが可能である。
【0102】
イオン半径が比較的大きい金属イオンを包接すれば、分極が反転する際の活性化エネルギーが高いという性質を利用して、例えば、不揮発性メモリの記録安定性および記録保持温度の向上、コンデンサ等の信頼性確保等が可能である。特に、包接する金属イオンMをナトリウムイオンとすれば、350K~420Kの温度領域において、2.0μC/cm2以上の自発分極を示し、従来より高い温度において自発分極の最大値を示す。そのため、ナトリウムを包接した分子性金属酸化物クラスター13は、電子デバイスの信頼性を飛躍的に向上させることができる。
【0103】
さらに、イオン半径が比較的小さい金属イオンを包接すれば、分極が反転する際の活性化エネルギーが低いという性質を利用して、例えば、アクチュエータの応答速度の向上、各種センサの感度の向上が可能である。
【0104】
(単分子誘電体のその他の分子構造)
上記実施形態では、クラスター骨格100として、
図1および
図2に示すPreyssler型のポリオキソメタレート骨格を用いたが、このクラスター骨格100に限定されることはない。連通孔および連通孔内に離間して安定包接部を有する分子性金属酸化物クラスターは、金属イオンがクラスター骨格内で非局在化(ディスオーダー)している場合、Preyssler型POMと同様に分子分極を示すことが示唆されたものとし、上記した実施形態と同様に単分子誘電体として分子メモリに適用可能であり、同様の特性を示すと考えられる。なお、本明細書において非局在化とは動的なディスオーダーのことを示す。
【0105】
図20、
図21、
図24~
図37は、Preyssler型POMと同様に、クラスター骨格としてポリオキソメタレート骨格を有し、そのクラスター骨格内で金属イオンMの非局在化(ディスオーダー)が確認された分子性金属酸化物クラスターの模式図である。なお、
図20、
図21、
図24~
図37においては、説明の便宜のため、金属イオンMがいずれかの安定包接部に納まっている状態を示すが、実際には金属イオンMは安定包接部間で非局在化(ディスオーダー)している。
【0106】
図20および
図21に示す分子性金属酸化物クラスター14は、クラスター骨格100の一部が凹んだように変形したハートライク型のポリオキソメタレート骨格をクラスター骨格140として有する。このクラスター骨格140は、上記クラスター骨格100と同様に軸方向に短く径方向に長い略扁平回転楕円体状であり、回転軸に沿って延びる1つの連通孔141を有する。連通孔141は一方の開放端側と他方の開放端側とに安定包接部142a,142bを有し、連通孔141内には金属イオンMとしてカリウムイオン(K
+)が1つ包接されている。この分子性金属酸化物クラスター14の化学式は[K
+:{W
2CoO
8(H
2O)
2}(P
2W
12O
46)
2]
19-で表される。カリウムイオンは軸方向に非局在化(ディスオーダー)する。
【0107】
-分子性金属酸化物クラスター14の合成-
まず、すでに報告されている方法で、K12[H2P2W12O48]・24H2Oを合成した。合成した2.0g(0.51mmol)のK12[H2P2W12O48]・24H2Oを、水―氷酢酸混合水溶液(体積比2:1)に溶解させ、第1の溶液を調整した。次に、6mlの塩化コバルト水溶液(1mol/L)と4mlの塩化ナトリウム水溶液(1mol/L)を混合し、第2の溶液を調整した。第2の溶液を第1の溶液に撹拌下で滴下し、10時間還流した。還流後の第1の溶液を室温まで冷却させ、分子性金属酸化物クラスター14の結晶粉末を得た(Zhiming Zhang, Shuang Yao, Yanfei Qi, Yangguang Li, Yonghui Wang, Enbo Wang, Dalton Transactions, 2008, 3051-3053参照)。
【0108】
この分子性金属酸化物クラスター14について、誘電率の周波数依存性および温度依存性を測定したところ、
図22に示した結果が得られた。テルビウムイオンを包接した分子性金属酸化物クラスター12と同様に、400K以下の低温領域で周波数分散が確認された。420K~430Kの高温の周波数領域では、100Hzで分子分極の緩和現象が確認された。測定限界温度より高温域であるため、他の周波数では緩和現象を確認できなかったが、分子性金属酸化物クラスター10と同様の傾向を示すと推測される。
【0109】
分子性金属酸化物クラスター14について、誘電ヒステリシスの測定を行った。
図23は、分子性金属酸化物クラスター14の分極の電場依存性を示すP-Eヒステリシス曲線である。294Kから371Kまで昇温させると、誘電ヒステリシスを示し、自発分極が増大することが確認できた。なお、365Kが自発分極の最高温度であった。この結果からも、分子性金属酸化物クラスター14は分子性金属酸化物クラスター10と同様の物性を発現すると考えられる。
【0110】
図24および
図25には、上記したクラスター骨格100を周方向に拡張させたようなポリオキソメタレート骨格をクラスター骨格150として有する分子性金属酸化物クラスター15を示す。このクラスター骨格150は、その回転軸と略平行な方向に延びる連通孔151を周方向に4つ備える。連通孔151はそれぞれ一方の開放端側と他方の開放端側とに安定包接部152a,152bを有し、各連通孔151内に1つずつ金属イオンMを備える。この分子性金属酸化物クラスター15の化学式は[M
+
4:H
7P
8W
48O
184]
29-で表される。金属イオンMはそれぞれ軸方向に非局在化(ディスオーダー)するため、分子性金属酸化物クラスター10と同様の物性を発現すると考えられる。
【0111】
図26に示す分子性金属酸化物クラスター16は、2つのクラスター骨格100が略直交するように連結したようなポリオキソメタレート骨格をクラスター骨格160として有する。このクラスター骨格160は、互いに略直交する方向に延びる2つの連通孔161を備える。連通孔161はそれぞれ一方の開放端側と他方の開放端側とに安定包接部162a,162bを有し、各連通孔161内に1つずつ金属イオンMを備える。この分子性金属酸化物クラスター16の化学式は[{Sn(CH
3)
2}4(M
+:H
2P
4W
24O
92)
2]
26-で表される。金属イオンMは略直交する2つの方向において非局在化(ディスオーダー)するため、分子性金属酸化物クラスター10と同様の物性を発現すると考えられる。
【0112】
図27および
図28に示す分子性金属酸化物クラスター17は、クラスター骨格100の一部が開裂し、その末端にフェニル基が修飾されたようなポリオキソメタレート骨格をクラスター骨格170として有する。このクラスター骨格170は、上記クラスター骨格100と同様1つの連通孔171を有する。連通孔171は一方の開放端側と他方の開放端側とに安定包接部172a,172bを有し、連通孔171内には1つの金属イオンMを備える。この分子性金属酸化物クラスター17の化学式は、[M
+:(PhPO)
2P
4W
24O
92]
15-または[M
+:(PhAsO)
2P
4W
24O
92]
15-で表される。金属イオンMは軸方向に非局在化(ディスオーダー)するため、分子性金属酸化物クラスター10と同様の物性を発現すると考えられる。
【0113】
図29および
図30に示す分子性金属酸化物クラスター18は、クラスター骨格100の一部が開裂して末端にフェニル基が修飾されたようなポリオキソメタレート骨格をクラスター骨格180として有する。このクラスター骨格180は、上記クラスター骨格100と同様1つの連通孔181を有する。連通孔181は一方の開放端側と他方の開放端側とに安定包接部182a,182bを有し、連通孔181内には1つの金属イオンMを備える。この分子性金属酸化物クラスター18の化学式は、[M
+:{Co(H
2O)
4}
2(PhPO)
2P
4W
24O
92]
9-で表される。金属イオンMは軸方向に非局在化(ディスオーダー)するため、分子性金属酸化物クラスター10と同様の物性を発現すると考えられる。
【0114】
図31および
図32に示す分子性金属酸化物クラスター19は、クラスター骨格100を周方向に拡張させたような略扁平回転楕円体状のポリオキソメタレート骨格をクラスター骨格190として有する。クラスター骨格190は、その回転軸に略直交する方向に3つの連通孔191を有する。連通孔191は一方の開放端側と他方の開放端側とに安定包接部192a,192bを有し、連通孔191内にはそれぞれ1つの金属イオンMを備える。この分子性金属酸化物クラスター19の化学式は、[K
+:P
8W
48O
18(H
4W4O12)
2}Ln
2(H
2O)
10]
25- (Ln=La,Ce,Pr,Nd)で表される。分子性金属酸化物クラスター19に含まれる金属イオンMは、具体的には、1つのカリウムイオンと2つのランタノイドイオンである。金属イオンMは回転軸に略直交する方向に非局在化(ディスオーダー)するため、分子性金属酸化物クラスター10と同様の物性を発現すると考えられる。
【0115】
図33および
図34に示す分子性金属酸化物クラスター20は、クラスター骨格100を周方向に拡張させたような略扁平回転楕円体状のポリオキソメタレート骨格をクラスター骨格120として有する。クラスター骨格120は、その回転軸と略平行な方向および回転軸と略垂直な方向に5つの連通孔121を有する。連通孔121は一方の開放端側と他方の開放端側とに安定包接部122a,122bを有し、連通孔121内にはそれぞれ1つの金属イオンMを備える。この分子性金属酸化物クラスター20の化学式は、[K
+
3:P
8W
48O
18(H
4W
4O
12)
2}Ce
2(H
2O)
10]
25-で表される。分子性金属酸化物クラスター17に含まれる金属イオンMは、具体的には、3つのカリウムイオンと2つのセリウムイオンである。3つのカリウムイオンのうち、2つが回転軸と略平行な方向に非局在化(ディスオーダー)し、もう1つのカリウムイオンと2つのセリウムイオンが回転軸と略垂直な方向に非局在化(ディスオーダー)するため、分子性金属酸化物クラスター10と同様の物性を発現すると考えられる。
【0116】
図35および
図36に示す分子性金属酸化物クラスター21は、クラスター骨格100を周方向に拡張させたような略扁平回転楕円体状のポリオキソメタレート骨格をクラスター骨格210として有する。クラスター骨格210は、4つの金属イオンM(ランタノイドイオン)を有し、各金属イオンMに対して離間して設けられた2つの安定包接部212a,212bが存在する。分子性金属酸化物クラスター21は計8つの安定包接部を有し、4つの金属イオンMは、これら8つの安定包接部間をランダムに非局在化(ディスオーダー)する。また、各金属イオンMは安定包接部212a,212b内でさらに非局在化(ディスオーダー)する。そのため、この分子性金属酸化物クラスター21は、電圧の印加によって、分子性金属酸化物クラスター10と同様の物性を発現すると考えられる。なおこの分子性金属酸化物クラスター21の化学式は、{[Ln
3+
2(μ-OH)
4(H
2O)
X]
2[H
24P
8W
48O
184]}
12- (Ln=Nd,Sm,Tb)で表される。
【0117】
ポリオキソメタレート骨格を有するこれらの分子性金属酸化物クラスター14,15,16,17,18,19,20,21は、金属イオンMが安定包接部間で非局在化(ディスオーダー)を示すため、上記分子性金属酸化物クラスター10と同様の効果を奏することが期待される。なお、金属イオンMは上記したものに限られず、クラスター骨格内で非局在化(ディスオーダー)を示すものであれば、他の金属イオンMを用いることが可能である。
【0118】
また、
図37に示す分子性金属酸化物クラスター22は、クラスター骨格220を有し、金属イオンとしてヨウ素を包接する。分子性金属酸化物クラスター22の化学式は、[H
3W
18O
56(IO
6)]
6-で表される。還元反応により、クラスター骨格220の2つのタングステン原子を6価から5価へ還元すると、クラスター骨格220の中心にあったヨウ素周りの配位環境が変化し、ヨウ素がクラスター骨格220の片側へ変位する。酸化還元反応によって金属イオンMの位置が制御されるため、上記分子性金属酸化物クラスター10と同様の効果を奏することが期待される。
【産業上の利用可能性】
【0119】
以上説明したように、本発明は、包接する金属イオンを選択することによって、分子性金属酸化物クラスターを様々な電子デバイスに適用可能である。
【符号の説明】
【0120】
10 分子性金属酸化物クラスター
11 分子性金属酸化物クラスター
12 分子性金属酸化物クラスター
13 分子性金属酸化物クラスター
100 クラスター骨格
101 連通孔
102a 安定包接部
102b 安定包接部
200 記憶装置
206 揮発性メモリ
207 不揮発性メモリ
M 金属イオン