(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-15
(45)【発行日】2023-06-23
(54)【発明の名称】固体電解質組成物、全固体リチウムイオン電池、固体電解質組成物の製造方法及び硫化物系固体電解質の保管方法
(51)【国際特許分類】
H01M 10/0562 20100101AFI20230616BHJP
H01M 10/052 20100101ALI20230616BHJP
H01B 1/06 20060101ALI20230616BHJP
H01B 1/10 20060101ALI20230616BHJP
H01B 13/00 20060101ALI20230616BHJP
C03C 3/16 20060101ALI20230616BHJP
C03C 3/23 20060101ALI20230616BHJP
【FI】
H01M10/0562
H01M10/052
H01B1/06 A
H01B1/10
H01B13/00 Z
C03C3/16
C03C3/23
(21)【出願番号】P 2019140330
(22)【出願日】2019-07-30
【審査請求日】2022-02-22
(73)【特許権者】
【識別番号】502362758
【氏名又は名称】JX金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】木村 誠
【審査官】結城 佐織
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-050182(JP,A)
【文献】特開2018-067552(JP,A)
【文献】特開2009-152077(JP,A)
【文献】特表2018-516438(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 10/0562
H01M 10/052
H01B 1/06
H01B 1/10
H01B 13/00
C03C 3/16
C03C 3/23
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
硫化物系固体電解質と、前記硫化物系固体電解質の表面に存在する水分不透過性被覆層とを有し、
前記水分不透過性被覆層は、
ニオブ酸リチウム、リン酸リチウム及びケイ酸リチウムからなる群から選択される一種または二種以上である酸化物系固体電解質であり、
前記硫化物系固体電解質が、Li
10
GeP
2
S
12
、Li
10.35
[Sn
0.27
Si
1.08
]P
1.65
S
12
、Li
6
PS
5
Cl、及び、75Li
2
S・25P
2
S
5
から選択される少なくとも1種で構成される、
固体電解質組成物。
【請求項2】
前記硫化物系固体電解質中のLi原子数が、前記硫化物系固体電解質中の全原子数の30~50%である請求項
1に記載の固体電解質組成物。
【請求項3】
請求項1
または2に記載の固体電解質組成物で構成された固体電解質層と、正極層と、負極層とを含む全固体リチウムイオン電池。
【請求項4】
前記硫化物系固体電解質の表面にスパッタ法により前記水分不透過性被覆層を被覆する工程を含む、請求項1
または2に記載の固体電解質組成物の製造方法。
【請求項5】
請求項1
または2に記載の固体電解質組成物を得た後、前記組成物を大気中に移す工程を含む、大気中で硫化物系固体電解質を保管する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体電解質組成物、全固体リチウムイオン電池、固体電解質組成物の製造方法及び硫化物系固体電解質の保管方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年におけるパソコン、ビデオカメラ、及び携帯電話等の情報関連機器や通信機器等の急速な普及に伴い、その電源として利用される電池の開発が重要視されている。該電池の中でも、エネルギー密度が高いという観点から、リチウムイオン電池が注目を浴びている。また、車載用等の動力源やロードレベリング用といった大型用途におけるリチウム二次電池についても、高エネルギー密度、電池特性向上が求められている。
【0003】
ただ、リチウムイオン電池の場合は、電解液は有機化合物が大半であり、たとえ難燃性の化合物を用いたとしても火災に至る危険性が全くなくなるとは言いきれない。こうした液系リチウムイオン電池の代替候補として、電解質を固体とした全固体リチウムイオン電池が近年注目を集めている。その中でも、固体電解質としてLi2S-P2S5などの硫化物やそれにハロゲン化リチウムを添加した全固体リチウムイオン電池が主流となりつつある。
【0004】
しかしながら、硫化物系固体電解質は、大気中の水分と反応して硫化水素を発生するとともに、潮解性を示し、固体電解質におけるイオン伝導度の急激な劣化が生じる。
【0005】
このような問題に対し、例えば、非特許文献1では、75Li2S・25P2S5組成の固体電解質ガラスにFeSなどを添加することで、大気中での水分との反応を低減し、硫化水素の発生量を減少させる技術が開示されている。
【0006】
また、特許文献1及び2には、それぞれ固体電解質の組成を制御することで大気安定性を高め、硫化水素の発生が抑制された硫化物固体電解質を提供する技術が開示されている。
【0007】
また、特許文献3には、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、酸化チタン、酸化ホウ素、酸化ケイ素及びそのリチウム塩、並びにリチウムチタン酸スピネル、リチウム酸化タンタル、リチウム酸化ニオブから選択される1以上の化合物で被覆した固体電解質について開示されている。
【0008】
さらに、特許文献4には、正極層が、リチウムイオン伝導性の硫化物粒子の表面にリチウムイオン伝導性酸化物からなる被覆を形成した電解質粒子を含有する構成について開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特許第5458740号公報
【文献】特開2018-41671号公報
【文献】特開2008-103146号公報
【文献】特開2009-152077号公報
【非特許文献】
【0010】
【文献】Suppression of H2S gas generation from the 75Li2S・25P2S5 glass electrolyte by additives, J. Mater. Sci., 48 (2013) 4137
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、非特許文献1に記載の技術では、どのような組成の固体電解質であってもFeSを添加することで大気中での水分との反応を低減することができるわけではない。また、75Li2S・25P2S5組成の固体電解質ガラスにおいても、大気安定性を上げるために固体電解質に添加物を加えると、イオン伝導度の低下や電子伝導性の増加といった固体電解質の特性上の劣化を引き起こしてしまうおそれがある。
【0012】
また、特許文献1及び2に記載の技術についても、決まった組成の固体電解質のみに対して大気安定性を高めるものであり、組成が変わると、そのような効果を得ることができない。
【0013】
さらに、特許文献3及び4に記載の技術は、正極層における正極活物質と混合される固体電解質粒子を被覆したものであり、固体電解質層の固体電解質は被覆されておらず、正極と固体電解質との反応を抑制するための技術である。
【0014】
本発明の実施形態では、硫化物系固体電解質がどのような組成であっても、大気中での劣化を良好に抑制することができる硫化物系固体電解質を含む固体電解質組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者は、種々の検討を行った結果、硫化物系固体電解質と、硫化物系固体電解質の表面に存在する水分不透過性被覆層とを有し、水分不透過性被覆層がリチウムイオン伝導性を有する固体電解質組成物によれば、上述の課題が解決されることを見出した。
【0016】
上記知見を基礎にして完成した本発明は実施形態において、硫化物系固体電解質と、前記硫化物系固体電解質の表面に存在する水分不透過性被覆層とを有し、前記水分不透過性被覆層は、ニオブ酸リチウム、リン酸リチウム及びケイ酸リチウムからなる群から選択される一種または二種以上である酸化物系固体電解質であり、前記硫化物系固体電解質が、Li
10
GeP
2
S
12
、Li
10.35
[Sn
0.27
Si
1.08
]P
1.65
S
12
、Li
6
PS
5
Cl、及び、75Li
2
S・25P
2
S
5
から選択される少なくとも1種で構成される、固体電解質組成物である。
【0018】
本発明の固体電解質組成物は更に別の実施形態において、前記硫化物系固体電解質中のLi原子数が、前記硫化物系固体電解質中の全原子数の30~50%である。
【0022】
本発明は別の実施形態において、本発明の実施形態に係る固体電解質組成物で構成された固体電解質層と、正極層と、負極層とを含む全固体リチウムイオン電池である。
【0023】
本発明は更に別の実施形態において、前記硫化物系固体電解質の表面にスパッタ法により前記水分不透過性被覆層を被覆する工程を含む、本発明の実施形態に係る固体電解質組成物の製造方法である。
【0024】
本発明は更に別の実施形態において、本発明の実施形態に係る固体電解質組成物を得た後、前記組成物を大気中に移す工程を含む、大気中で硫化物系固体電解質を保管する方法である。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、硫化物系固体電解質がどのような組成であっても、大気中での劣化を良好に抑制することができる硫化物系固体電解質を含む固体電解質組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】水分不透過性被覆層が硫化物系固体電解質の表面を被覆する被覆層を構成している本発明の実施形態に係る固体電解質組成物の断面模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
(固体電解質組成物)
本発明の実施形態に係る固体電解質組成物は、硫化物系固体電解質と、硫化物系固体電解質の表面に存在する水分不透過性被覆層とを有する。
【0028】
硫化物系固体電解質としては特に限定されないが、少なくともLi、P及びSを含有するものであるのが好ましく、例えば、Li10GeP2S12、Li10.35[Sn0.27Si1.08]P1.65S12、Li6PS5Cl、及び、75Li2S・25P2S5から選択される少なくとも1種で構成されてもよい。硫化物系固体電解質は、Liを含み、硫化物系固体電解質中のLi原子数が硫化物系固体電解質中の全原子数の30~50%であるのが好ましい。硫化物系固体電解質中のLi原子数が硫化物系固体電解質中の全原子数の30%未満であると、イオン伝導度の低下という問題が生じるおそれがある。硫化物系固体電解質中のLi原子数が硫化物系固体電解質中の全原子数の50%を超えると、分解電圧の低下という問題が生じるおそれがある。硫化物系固体電解質中のLi原子数が硫化物系固体電解質中の全原子数の35~48%であるのがより好ましく、37.5~46.2%であるのが更により好ましい。
【0029】
硫化物系固体電解質の表面には水分不透過性被覆層が存在し、当該水分不透過性被覆層は、リチウムイオン伝導性を有する組成物である。このような構成によれば、本発明の実施形態に係る固体電解質組成物が大気に暴露したときでも、硫化物系固体電解質の表面に存在する水分不透過性被覆層が大気中の水分を透過させず、硫化物系固体電解質の大気中の水分と反応することによる劣化を良好に抑制することができる。また、水分不透過性被覆層は硫化物系固体電解質と反応性を示さないため、硫化物系固体電解質の劣化をより良好に抑制することができる。また、硫化物系固体電解質がどのような組成であっても、大気中での劣化を良好に抑制することができる。さらに、水分不透過性被覆層はリチウムイオン伝導性を有する組成物であるため、本発明の実施形態に係る固体電解質組成物の大気中での管理が終了した後、硫化物系固体電解質層に使用する際に、当該組成物から水分不透過性被覆層を除去する必要がなく、水分不透過性被覆層が表面に存在したままの硫化物系固体電解質を硫化物系固体電解質層に使用することができる。このため、硫化物系固体電解質層及びそれを用いた全固体リチウムイオン電池の製造効率が良好となる。
【0030】
水分不透過性被覆層が、酸化物系固体電解質であるのが好ましい。水分不透過性被覆層が、酸化物系固体電解質であると、硫化物と反応し難く、乾式だけでなく湿式処理でも被覆することができるという利点が得られる。水分不透過性被覆層を構成する酸化物系固体電解質としては、ニオブ酸リチウム、リン酸リチウム及びケイ酸リチウムからなる群から選択される一種または二種以上であるのが好ましく、正極と硫化物系固体電解質との間の界面抵抗が低減される点からニオブ酸リチウムがより好ましい。
【0031】
水分不透過性被覆層は、
図1に示すように硫化物系固体電解質の表面を被覆する被覆層を構成していてもよい。硫化物系固体電解質の表面を被覆する水分不透過性被覆層の被覆層の厚さは、例えば1~1000nmであってもよく、10~500nmであってもよく、100~250nmであってもよい。
【0032】
(固体電解質組成物の製造方法)
次に、本発明の実施形態に係る固体電解質組成物の製造方法について説明する。まず、所定の組成の硫化物系固体電解質の粉末を準備する。次に、ArやN
2等の不活性ガス雰囲気下で水分不透過性被覆層として、リチウムイオン伝導性を有する材料をスパッタ材料とし、スパッタ法によって硫化物系固体電解質の粉末の表面に水分不透過性被覆層を被覆する。このようにして、
図1に示すような水分不透過性被覆層で構成された被覆層を硫化物系固体電解質の粒子表面に形成することで、本発明の実施形態に係る固体電解質組成物が得られる。
【0033】
(大気中で硫化物系固体電解質を保管する方法)
次に、本発明の実施形態に係る大気中で硫化物系固体電解質を保管する方法について説明する。まず、上述のようにして硫化物系固体電解質を、水分不透過性被覆層を被覆して本発明の実施形態に係る組成物を得た後、当該組成物を大気中に移して、大気中で当該組成物を所定期間保管する。このように本発明の実施形態に係る固体電解質組成物は大気中でそのまま保管しても、大気中の水分が硫化物系固体電解質と反応しないため大気安定性が良好であり、硫化物系固体電解質の劣化を良好に抑制することができる。
【0034】
(リチウムイオン電池)
本発明の実施形態に係る固体電解質組成物によって固体電解質層を形成し、当該固体電解質層、正極層及び負極層を備えた全固体リチウムイオン電池を作製することができる。このとき、本発明の実施形態に係る固体電解質組成物から水分不透過性被覆層を除去しないでそのまま固体電解質層に用いてもよい。
【実施例】
【0035】
以下、本発明及びその利点をより良く理解するための実施例を提供するが、本発明はこれらの実施例に限られるものではない。
(実施例1)
LiNbO3ターゲットを用いたバレルスパッタ装置にLi10GeP2S12粉末4.5gを投入し、500Wで5時間のスパッタを行うことで、酸化物系固体電解質が被覆したLi10GeP2S12粉末を得た。
次に、当該酸化物系固体電解質が被覆したLi10GeP2S12粉末を大気中に取り出して3時間暴露した。その後、当該酸化物系固体電解質が被覆したLi10GeP2S12粉末0.2gに550MPaで印加して両面に金電極を取り付けた直径10mmのペレットを作製し、25℃において1Hz~1MHzまでの交流インピーダンス測定を行い、イオン伝導度(表1の「暴露試験後のイオン伝導度」)を求めた。このように、試料を大気に暴露するとき以外は、Ar雰囲気のグローブボックス内で試料を取り扱った。なお、上記酸化物系固体電解質で被覆する前の原料となるLi10GeP2S12の粉末についても、同様の条件でイオン伝導度(表1の「暴露試験前のイオン伝導度」)を求めておいた。また、大気暴露を行った後の酸化物系固体電解質が被覆したLi10GeP2S12の粉末について、以下の通り、充放電試験を行った。
【0036】
<充放電試験>
まず、正極活物質、電解質、アセチレンブラックを60:35:5の重量比となるように、全量で約50mg秤量し、乳鉢で混合して合材を作製した。
次に、適量の電解質を冶具に入れプレスし、さらに、上記合材を当該治具へ適量投入し、プレスした。
プレス後、上部を固定して反転させ、治具の下パンチを外した。
次に、負極のLi-In箔を冶具に入れて下部を固定し、加圧ネジで最終固定してシール用袋ナットを締め、セルを作製した。
このセルを用いて、放電レート0.05Cで得られた初期容量(25℃、充電上限電圧:3.7V、放電下限電圧:2.5V)にて測定した。セルの構造は市販のKP-SolidCell(宝泉製)とした。
【0037】
(実施例2)
Li10GeP2S12粉末の代わりにLi10.35[Sn0.27Si1.08]P1.65S12粉末を用いた以外は、実施例1と同様に行った。
【0038】
(実施例3)
Li10GeP2S12粉末の代わりにLi6PS5Cl粉末を用いた以外は、実施例1と同様に行った。
【0039】
(実施例4)
Li10GeP2S12粉末の代わりに75Li2S・25P2S5ガラス粉末を用いた以外は、実施例1と同様に行った。
【0040】
(実施例5)
バレルスパッタで使用するターゲットについて、LiNbO3ターゲットの代わりにLi3PO4ターゲットを用いた以外は、実施例1と同様に行った。
【0041】
(実施例6)
バレルスパッタで使用するターゲットについて、LiNbO3ターゲットの代わりにLi4SiO4ターゲットを用いた以外は、実施例1と同様に行った。
【0042】
(比較例1)
Li10GeP2S12粉末を大気中に3時間暴露した。
【0043】
(比較例2)
Li10.35[Sn0.27Si1.08]P1.65S12粉末を大気中に3時間暴露した。
【0044】
(比較例3)
Li6PS5Cl粉末を大気中に3時間暴露した。その後、当該Li6PS5Cl粉末0.2gに550MPaで印加して両面に金電極を取り付けた直径10mmのペレットを作製し、25℃において1Hz~1MHzまでの交流インピーダンス測定を行い、イオン伝導度(表1の「暴露試験後のイオン伝導度」)を求めた。試料を大気に暴露するとき以外は、Ar雰囲気のグローブボックス内で試料を取り扱った。大気暴露を行う前のLi6PS5Clの粉末についても、同様の条件でイオン伝導度(表1の「暴露試験前のイオン伝導度」)を求めておいた。また、大気暴露を行った後のLi6PS5Clの粉末について、実施例と同じ条件で充放電試験を行った。
【0045】
(比較例4)
Li6PS5Cl粉末の代わりに75Li2S・25P2S5ガラス粉末を用いた以外は、比較例3と同様に行った。
【0046】
【0047】
【0048】
(評価結果)
実施例1~6については、いずれも大気暴露試験後のイオン伝導度の劣化が良好に抑制されており、電池特性も良好であった。
比較例1~4についても大気暴露試験後のイオン伝導度が劣化しており、電池特性も不良であった。