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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-19
(45)【発行日】2023-06-27
(54)【発明の名称】粒子含有樹脂組成物及び成形品
(51)【国際特許分類】
   C08L 81/02 20060101AFI20230620BHJP
   C08L 101/00 20060101ALI20230620BHJP
   C08K 3/30 20060101ALI20230620BHJP
   C01G 39/06 20060101ALI20230620BHJP
   C10M 125/22 20060101ALI20230620BHJP
   C10N 10/12 20060101ALN20230620BHJP
   C10N 30/06 20060101ALN20230620BHJP
【FI】
C08L81/02
C08L101/00
C08K3/30
C01G39/06
C10M125/22
C10N10:12
C10N30:06
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2022575174
(86)(22)【出願日】2022-03-22
(86)【国際出願番号】 JP2022012998
(87)【国際公開番号】W WO2022202759
(87)【国際公開日】2022-09-29
【審査請求日】2022-12-05
(31)【優先権主張番号】P 2021050473
(32)【優先日】2021-03-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002886
【氏名又は名称】DIC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100215935
【弁理士】
【氏名又は名称】阿部 茂輝
(74)【代理人】
【識別番号】100189337
【弁理士】
【氏名又は名称】宮本 龍
(74)【代理人】
【識別番号】100188673
【弁理士】
【氏名又は名称】成田 友紀
(72)【発明者】
【氏名】小池 晃広
(72)【発明者】
【氏名】狩野 佑介
(72)【発明者】
【氏名】高田 新吾
(72)【発明者】
【氏名】袁 建軍
【審査官】蛭田 敦
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-115920(JP,A)
【文献】特許第6614471(JP,B1)
【文献】特開2010-196813(JP,A)
【文献】特開2011-068873(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08L 1/00 ~ 101/14
C08K 3/00 ~ 13/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリアリーレンスルフィド(PAS)樹脂と、二硫化モリブデン粒子とを含む粒子含有樹脂組成物であって、
動的光散乱法により求められる前記二硫化モリブデン粒子のメディアン径D5020nm以上400nm以下であり、
前記二硫化モリブデン粒子の一次粒子の形状が、円盤状、リボン状またはシート状であり、厚さが、3~100nmの範囲である、粒子含有樹脂組成物。
【請求項2】
動的光散乱法により求められる前記二硫化モリブデン粒子のメディアン径D50が20nm以上400nm以下であり、
前記二硫化モリブデン粒子の一次粒子の形状は、50個の平均で、長さ(縦)×幅(横)=100~500nm×100~500nmの範囲であり、厚さが、10~100nmの範囲である、請求項1に記載の粒子含有樹脂組成物。
【請求項3】
BET法で測定される、前記二硫化モリブデン粒子の比表面積が10m/g以上である、請求項1又は2に記載の粒子含有樹脂組成物。
【請求項4】
前記二硫化モリブデン粒子の嵩密度が、0.1g/cm以上1.0g/cm以下である、請求項1~3のいずれか1項に記載の粒子含有樹脂組成物。
【請求項5】
前記二硫化モリブデン粒子が、二硫化モリブデンの2H結晶構造及び3R結晶構造を有する、請求項1~のいずれか1項に記載の粒子含有樹脂組成物。
【請求項6】
前記粒子含有樹脂組成物の全質量100質量%に対し、前記二硫化モリブデン粒子を0.0001質量%以上10質量%以下含有する、請求項1~のいずれか1項に記載の粒子含有樹脂組成物。
【請求項7】
請求項1~のいずれか1項に記載の粒子含有樹脂組成物の硬化物である、成形品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、粒子含有樹脂組成物及び成形品に関する。
本出願は、2021年3月24日に、日本に出願された特願2021-050473に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
二硫化モリブデンは、自動車業界を中心に摩擦摩耗低減のための潤滑剤として知られており、特にエンジンオイルなどの液体系潤滑剤として様々な国で使用されている。二硫化モリブデン(MoS)に代表されるモリブデン硫化物は、例えば、固体の摺動部材やグリースに含まれる潤滑剤としての応用が知られている(特許文献1~3参照)。
【0003】
天然の二硫化モリブデン鉱物を削って作られた安価な粉末は、μmオーダーのサイズであり、かつ比重が5程度と非常に大きいため、添加重量当たりの効果が小さいという欠点があった。加えて、一般に潤滑剤として使用されている二硫化モリブデンは、六方晶固体潤滑材であり、結晶構造としてほぼ2H(六方晶)を有することが分かっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2017-115920号公報
【文献】特開2013-144758号公報
【文献】特許第6614471号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
金属よりも比重が極めて小さい有機高分子材料、特にエンジニアリングプラスチックの様な高耐熱性の熱可塑性樹脂は、省エネルギー化が進む昨今において、車載材料の軽量化を目的とした金属代替用途に幅広く採用されつつある。その一つにより高い摺動性を要するギヤ用途への展開が考えられている。
中でも、ポリフェニレンスルフィド樹脂(PPS)に代表されるポリアリーレンスルフィド樹脂(PAS)は、耐薬品性・寸法安定性・難燃性に特に優れるという点で、金属代替用途に好適に用いられる。しかし、PPSのTgを超える100~150℃程度の温度域(例えば、車のエンジン付近の走行時定常温度域)では弾性率の低下による耐摩耗性の低下が、摺動性に悪影響を及ぼす問題がある。本出願人は、以前の検討の中で使用する樹脂の分子構造の変更による高温領域の耐摩耗性付与を試みたが、樹脂のみの改良では限界があった。
樹脂組成物や成形品へより高い摺動性を付与し、特に高温領域での使用下においては樹脂そのものの性質からなる弾性率の低下、耐摩耗性低下をも抑制することを満足する材料として、種々の材料の添加による摺動性付与を試みるも、未だ満足した特性が得られるものが見出されていない。
【0006】
同様に、二硫化モリブデン粒子を無機フィラーとしてPASなどの樹脂に含有させた場合の粒子含有樹脂組成物の耐摩擦摩耗特性についても、十分な性能が得られていない。また、成形品の軽量化などの観点からは、十分な耐摩擦摩耗特性が得られることを前提として二硫化モリブデン粒子の添加量が少ない方が望ましいが、二硫化モリブデン粒子の含有量と粒子含有樹脂組成物の耐摩擦摩耗特性との関係についての知見も無い。
【0007】
本発明は、適正な粒子サイズを有し、高温、高負荷環境下においても耐摩擦摩耗特性を向上することができる粒子含有樹脂組成物及び成形品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、結晶構造として2Hのみならず、従来の合成や天然物では達成し得ない、3R(菱面体晶)の構造を有したnmサイズの二硫化モリブデン粒子を、無機フィラーとして樹脂に含有させることにより、粒子含有樹脂組成物の表面における滑りが良くなることで表面を削れにくくし、また高温環境下における弾性率の低下が抑制され、高温、高負荷環境下においても耐摩擦摩耗特性を向上できることを見出した。
また、本出願人が保有する技術「nmサイズの三酸化モリブデン微粒子」を原料として二硫化モリブデン粒子を製造すると、粒子含有樹脂組成物の鉱山品の粉砕や汎用三酸化モリブデン(μmスケール)からの合成では達成困難な、3R結晶構造を有した板状構造をもち且つ単位重量当たりの表面積が大きいnmサイズの二硫化モリブデン粒子が得られる。よって、樹脂組成物にnmサイズの二硫化モリブデン微粒子を極少量添加した場合であっても、粒子含有樹脂組成物の表面で潤滑作用が効果的且つ十分に発現し、その結果耐摩擦摩耗特性を発揮しつつ、粒子含有樹脂組成物の軽量化を実現できることを見出した。
【0009】
すなわち、本発明は以下の構成を提供する。
[1]樹脂組成物と、二硫化モリブデン粒子とを含む粒子含有樹脂組成物であって、
動的光散乱法により求められる前記二硫化モリブデン粒子のメディアン径D50が10nm以上1000nm以下である、粒子含有樹脂組成物。
【0010】
[2]前記二硫化モリブデン粒子の一次粒子の形状が、円盤状、リボン状またはシート状であり、厚さが、3~100nmの範囲である、上記[1]に記載の粒子含有樹脂組成物。
【0011】
[3]BET法で測定される、前記二硫化モリブデン粒子の比表面積が10m/g以上である、上記[1]又は[2]に記載の粒子含有樹脂組成物。
【0012】
[4]前記二硫化モリブデン粒子の嵩密度が、0.1g/cm以上1.0g/cm以下である、上記[1]~[3]のいずれかに記載の粒子含有樹脂組成物。
【0013】
[5]前記二硫化モリブデン粒子の、モリブデンのK吸収端の広域X線吸収微細構造(EXAFS)プロファイルから得られる動径分布関数において、Mo-Sに起因するピークの強度IとMo-Moに起因するピーク強度IIとの比(I/II)が、1.0より大きい、上記[1]~[4]のいずれかに記載の粒子含有樹脂組成物。
【0014】
[6]前記二硫化モリブデン粒子が、二硫化モリブデンの2H結晶構造及び3R結晶構造を有し、
前記二硫化モリブデン粒子の、X線源としてCu-Kα線を用いた粉末X線回折(XRD)から得られるプロファイルにおいて、39.5°付近のピーク及び49.5°付近のピークが前記2H結晶構造に由来し、32.5°付近のピーク、39.5°付近のピーク及び49.5°付近のピークが前記3R結晶構造に由来し、
39.5°付近のピーク及び49.5°付近のピークの半値幅が1°以上である、上記[1]~[5]のいずれかに記載の粒子含有樹脂組成物。
【0015】
[7]X線源としてCu-Kα線を用いた粉末X線回折(XRD)から得られる回折プロファイルを用いて、解析式L=Kλ/βcosθに基づいて拡張型リートベルト解析によって算出される3R結晶構造の結晶子サイズが1nm以上150nm以下である、上記[6]に記載の粒子含有樹脂組成物。
(上記式中、KはXRD光学系(入射側及び検出器側)及びセッティングに依存する装置定数、Lは結晶子の大きさ[m]、λは測定X線波長[m]、βは半価幅[rad]、θは回折線のブラッグ角[rad]である。)
【0016】
[8]拡張型リートベルト解析により得られる前記2H結晶構造が、前記解析式に基づいて算出される1nm以上150nm以下の結晶子サイズを有する結晶子で構成される結晶相からなり、
拡張型リートベルト解析により得られる前記3R結晶構造が、前記解析式に基づいて算出される結晶子サイズが5nm以上50nm以下である結晶子で構成される結晶相からなり、
前記2H結晶構造の結晶相、前記3R結晶構造の結晶相及び非結質相の存在比の合計を100%としたとき、前記2H結晶構造の結晶相、前記3R結晶構造の結晶相及び非結質相の存在比が10~60:10~60:10~30である、上記[6]又は[7]に記載の粒子含有樹脂組成物。
【0017】
[9]前記粒子含有樹脂組成物の全質量100質量%に対し、前記二硫化モリブデン粒子を0.0001質量%以上10質量%以下含有する、上記[1]~[8]のいずれかに記載の粒子含有樹脂組成物。
【0018】
[10]前記樹脂組成物が、ポリアリーレンスルフィド(PAS)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリエーテルケトン(PEK)、ポリイミド(PI)、ポリベンゾイミダゾール(PBI)、ポリアミドイミド(PAI)、ポリアミド(PA)、フェノール、エポキシ、アクリル、ポリエチレン(PE)、ポリオキシメチレン(POM)、ポリウレタン、ポリエーテルイミド(PEI)、ポリカーボネート(PC)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリスチレン(PS)、ポリプロピレン(PP)、ポリ乳酸(PLA)、液晶ポリマー(LCP)、ポリフェニレンエーテル(PPE)、アクリロニトリルスチレン共重合樹脂(AS)、および、アクリロニトリルブタジエンスチレン共重合樹脂(ABS)から選ばれる1種又は2種以上からなる、上記[1]~[9]のいずれか1項に記載の粒子含有樹脂組成物。
【0019】
[11]上記[1]~[10]のいずれかに記載の粒子含有樹脂組成物の硬化物である、成形品。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、適正な粒子サイズを有し、高温、高負荷環境下においても耐摩擦摩耗特性を向上することができる粒子含有樹脂組成物及び成形品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1図1は、本実施形態に係る粒子含有樹脂組成物を下部に3枚固定の上、グリース存在下、上部よりSUJ2球を回転摺動させた際のストライベック曲線を、樹脂中の二硫化モリブデン粒子の含有量ごとに示す図である。
図2図2は、樹脂単体および粒子含有樹脂組成物の温度(20℃から280℃付近)と弾性率およびtanδの関係を示す図である。
図3図3は、本実施形態における二硫化モリブデン粒子の原料である三酸化モリブデン粒子の製造に用いられる装置の一例を示す概略図である。
図4図4は、摩擦係数を測定する際のBall оn Three Plates試験機による試験方法を説明する図である。
図5図5は、実施例1~4で配合した二硫化モリブデン粒子のX線回折(XRD)プロファイル、および二硫化モリブデンの2H結晶構造と3R結晶構造の参照ピークを表示した図である。
図6図6は、実施例1~4で配合した二硫化モリブデン粒子のX線回折(XRD)プロファイルからリートベルト解析によって得られた2H結晶構造及び3R結晶構造の比と結晶子サイズを算出した結果を示す図である。
図7図7は、合成された二硫化モリブデン粒子のAFM像である。
図8図8は、図7に示す二硫化モリブデン粒子の断面を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施形態を図面を参照しながら詳細に説明する。
【0023】
<粒子含有樹脂組成物>
本実施形態の粒子含有樹脂組成物は、樹脂組成物と、二硫化モリブデン粒子とを含む粒子含有樹脂組成物であって、前記二硫化モリブデン粒子の、動的光散乱法により求められるメディアン径D50が10nm以上1000nm以下である。
【0024】
(二硫化モリブデン粒子)
本実施形態の二硫化モリブデン(MoS)粒子は、2H結晶構造及び3R結晶構造を含むのが好ましい。一般に潤滑剤として使用されている二硫化モリブデンは、六方晶固体潤滑材であり、結晶構造として2H結晶構造のみを有する。本実施形態のような3R結晶構造を有する二硫化モリブデン粒子を、樹脂組成物に添加する無機フィラーとして使用した場合、例えば樹脂-樹脂間や樹脂-金属間等が接触し摩耗が生ずるであろう面においては低荷重の時はもちろん、高荷重がかかる場合においても粒子含有樹脂組成物の摩耗がより抑制され、優れた耐摩擦摩耗特性を有する。
【0025】
二硫化モリブデン粒子が2H結晶構造及び3R結晶構造を有していることは、例えば結晶子サイズを考慮できるリートベルト解析ソフト(パナリティカル社製、ハイスコアプラス)を使用して確認することができる。このリートベルト解析ソフトでは、結晶子サイズを含めた結晶構造モデルを用いてXRDの回折プロファイル全体をシミュレートして、実験で得られるXRDの回折プロファイルと比較し、実験で得られた回折プロファイルと計算で得られた回折プロファイルの残差が最小になるように結晶構造モデルの結晶格子定数、原子座標などの結晶構造因子、重量分率(存在比)等を最小二乗法で最適化し、2H結晶構造及び3R結晶構造の各相を高精度に同定、定量することにより、通常のリートベルト解析によって算出される結晶構造タイプ及びその比率に加えて、結晶子サイズを算出することができる。以下、本特許では、上記のハイスコアプラスを用いた解析手法を「拡張型リートベルト解析」と呼ぶ。
【0026】
本実施形態における二硫化モリブデン粒子のメディアン径D50は、10nm以上1000nm以下である。一般的に接触面同士の隙間にMoSが潜り込み、このMoSの層が荷重に対し垂直方向に容易にずれる事からMoSを含む層状化合物は潤滑剤として良く機能を発現する。市販のMoSは鉱石の粉砕品であり、粒径が1μmを超える大きさのものを多く含む。従って接触面同士の面積をカバーするための単位重量当たりの効率が低くなる。一方、本実施形態のように前記メディアン径D50が1000nm以下であることにより、二硫化モリブデン粒子を無機フィラーとして用いたとき、高負荷を掛けても粒子含有樹脂組成物の摩耗が抑制される。これは、二硫化モリブデン粒子がnmサイズであるが故に単位質量当たりの粒子数や表面積が大きく、摩擦摩耗で有効に働く粒子数が増えることに起因する。また、レジンとしての樹脂組成物が例えばPASなどの硫黄成分を含む場合、樹脂組成物の硫黄原子と、フィラーとしての二硫化モリブデン粒子(MоS)の硫黄原子とが互いにS-Sコンタクトを取ることができ、樹脂組成物中での二硫化モリブデン粒子の混ざりが良好となり、また、二硫化モリブデン粒子を均一に分散できることに起因すると推察される。また、前記メディアン径D50が1000nm以下であることにより、樹脂組成物に用いたとき、樹脂中での分散安定性に優れると推察される。
【0027】
また、本実施形態の粒子含有樹脂組成物を摺動部、例えば粒子含有樹脂組成物と金属部材との摺動部や、粒子含有樹脂組成物同士の摺動部に適用することができる。この場合において、例えば高負荷時に金属球と粒子含有樹脂組成物とが互いに押し付けられたとき、二硫化モリブデン粒子の前記メディアン径D50が1000nm以下と小さく、樹脂中に一様に分散しているので、金属球と樹脂組成物との間に二硫化モリブデン粒子を介在させ易く、また、二硫化モリブデン粒子が介在した状態を維持することができ、表面摩耗を抑制することができると考えられる。
【0028】
前記二硫化モリブデン粒子のメディアン径D50は、上記効果の点から、600nm以下が好ましく、500nm以下がより好ましく、400nm以下が更に好ましい。前記二硫化モリブデン粒子のメディアン径D50は、20nm以上であってもよく、40nm以上であってもよい。二硫化モリブデン粒子のメディアン径D50は、例えば動的光散乱式粒子径分布測定装置(マイクロトラックベル社製、Nanotrac WaveII)やレーザ回折式粒度分布測定装置(島津製作所製 SALD-7000)等を用いて測定される。
【0029】
また、本実施形態の二硫化モリブデン粒子では、前記3R結晶構造の結晶子サイズが1nm以上150nm以下である。前記3R結晶構造の結晶子サイズが1nm以上150nm以下であると、樹脂組成物に含有される無機フィラーとして用いたときに粒子含有樹脂組成物の摩擦係数を小さくすることができ、耐摩擦摩耗特性を向上することができる。上記3R結晶構造の結晶子サイズは、拡張型リートベルト解析によって得られた値であるのが好ましい。摩擦係数は、例えばBall оn Three Plates試験機又は4球試験機を用いたストライベック曲線から測定することができる。
【0030】
前記拡張型リートベルト解析により得られる前記3R結晶構造は、上記効果の観点から、前記解析式に従って得られる結晶子サイズが5nm以上である結晶子で構成される結晶相であるのが好ましく、上記結晶子サイズは10nm以上であるのがより好ましい。また、前記拡張型リートベルト解析により得られる前記3R結晶構造は、上記効果の観点から、前記解析式に従って得られる結晶子サイズが50nm以下である結晶子で構成される結晶相であるのが好ましく、上記結晶子サイズは40nm以下であるのがより好ましい。更に、前記拡張型リートベルト解析により得られる前記3R結晶構造は、上記効果の観点から、前記解析式に従って得られる結晶子サイズが5nm以上50nm以下である結晶子で構成される結晶相であるのが好ましく、上記結晶子サイズは10nm以上40nm以下であるのがより好ましい。
【0031】
また、本実施形態の二硫化モリブデン粒子では、前記2H結晶構造の結晶子サイズが1nm以上であるのが好ましい。また、前記2H結晶構造の結晶子サイズは150nm以下であるのが好ましい。更に、前記2H結晶構造の結晶子サイズは1nm以上150nm以下であるのが好ましい。前記2H結晶構造の結晶子サイズが1nm以上150nm以下であると、樹脂組成物に含有される無機フィラーとして用いたときに粒子含有樹脂組成物の摩擦係数を小さくすることができ、耐摩擦摩耗特性を向上することができる。
【0032】
上記2H結晶構造の結晶子サイズは、拡張型リートベルト解析に従って得られた値であるのが好ましい。前記リートベルト解析により得られる前記2H結晶構造は、前記解析式に従って得られる結晶子サイズが1nm以上である結晶子で構成される結晶相であるのが好ましく、上記結晶子サイズは5nm以上であるのがより好ましい。また、前記拡張型リートベルト解析により得られる前記2H結晶構造は、前記解析式に従って得られる結晶子サイズが150nm以下である結晶子で構成される結晶相であるのが好ましい。更に、前記拡張型リートベルト解析により得られる前記2H結晶構造は、前記解析式に従って得られる結晶子サイズが1nm以上150nm以下である結晶子で構成される結晶相であるのが好ましい。
【0033】
拡張型リートベルト解析により得られる前記2H結晶構造は、所定の結晶子サイズを有する結晶子で構成される一の結晶相からなるのが好ましい。後述する製造方法において、熱処理における加熱温度を比較的低温にすることにより、一の結晶相で構成される2H結晶構造を得ることができる。この場合、前記2H結晶構造の結晶子サイズは、1nm以上あるのがより好ましく、5nm以上であるのが好ましい。また、前記2H結晶構造の結晶子サイズは、20nm以下であるのがより好ましく、15nm以下であるのが好ましい。更に、前記2H結晶構造の結晶子サイズは、1nm以上20nm以下であるのがより好ましく、5nm以上15nm以下であるのが好ましい。
【0034】
前記二硫化モリブデン粒子の、X線源としてCu-Kα線を用いた粉末X線回折(XRD)から得られるプロファイルにおいて、39.5°付近のピーク及び49.5°付近のピークが2H結晶構造に由来し、32.5°付近のピーク、39.5°付近のピーク及び49.5°付近のピークが3R結晶構造に由来し、39.5°付近のピーク及び49.5°付近のピークの半値幅が1°以上であることが好ましい。さらに、前記二硫化モリブデン粒子は、1H結晶構造など、二硫化モリブデンの2H結晶構造、3R結晶構造以外の結晶構造を含んでいてもよい。
【0035】
前記2H結晶構造の結晶子サイズ及び前記3R結晶構造の結晶子サイズは、例えばXRD回折プロファイルのピーク半値幅を用いて算出することもできる。
【0036】
上記XRDから得られるプロファイルを用いてリートベルト解析により得られる前記2H結晶構造及び前記3R結晶構造の結晶相中の存在比(2H:3R)は、10:90~90:10であるのが好ましい。結晶相中の3R結晶構造の存在比が10%以上90%以下であると、二硫化モリブデン粒子を無機フィラーとして使用した場合、表面摩耗を更に抑制することができる。
【0037】
上記XRDから得られるプロファイルを用いてリートベルト解析により得られる前記2H結晶構造及び前記3R結晶構造の存在比(2H:3R)は、上記効果の観点から、10:90~80:20であるのがより好ましく、40:60~80:20であるのが更に好ましい。
【0038】
前記二硫化モリブデン粒子が、準安定構造の3R結晶構造を含む点は、X線源としてCu-Kα線を用いた粉末X線回折(XRD)から得られるプロファイルにおいて、32.5°付近のピーク、39.5°付近のピーク、及び、49.5°付近のピークが共に2H結晶構造及び3R結晶構造の合成ピークからなることで区別することができる。
【0039】
実際には、上記粉末X線回折(XRD)から得られるプロファイルを用いて、39.5°付近のピーク及び49.5°付近の幅広ピークによって、2H結晶構造の存在比が決定される。また、39.5°付近のピーク及び49.5°付近の幅広ピークの差分を、32.5°付近の2本のピークと39.5°付近の2本ピークで最適化することにより、3R結晶構造の存在比が決定される。すなわち、39.5°付近のピーク及び49.5°付近のピークのいずれも、2H結晶構造及び3R結晶構造に由来する合成波であり、これらの合成波により、二硫化モリブデン粒子に2H結晶構造及び3R結晶構造の存在比を算出することができる。
【0040】
また、二硫化モリブデン粒子は、非晶質相を含んでいてもよい。二硫化モリブデン粒子の非晶質相の存在比は、100(%)-(結晶化度(%))で表される。
【0041】
この場合、例えば拡張型リートベルト解析により得られる前記2H結晶構造が、前記解析式に基づいて算出される1nm以上150nm以下の結晶子サイズを有する結晶子で構成される結晶相からなり、拡張型リートベルト解析により得られる前記3R結晶構造が、前記解析式に基づいて算出される結晶子サイズが5nm以上50nm以下である結晶子で構成される結晶相からなるのが好ましい。
そして、前記2H結晶構造の結晶相、前記3R結晶構造の結晶相及び非結質相の存在比の合計を100%としたとき、前記記2H結晶構造の結晶相、前記3R結晶構造の結晶相及び非晶質相の存在比が10~60:10~60:10~30であるのが好ましい。2H結晶構造の結晶相、3R結晶構造の結晶相及び非晶質相の存在比が10~60:10~60:10~30であると、摩擦係数が更に低下し、耐摩擦摩耗特性をより向上させることができる。
【0042】
透過型電子顕微鏡(TEM)で撮影したときの二次元画像における前記二硫化モリブデン粒子の一次粒子の形状は、粒子状、球状、板状、針状、紐形状、リボン状またはシート状であっても良く、これらの形状が組み合わさって含まれていても良い。前記二硫化モリブデン粒子の一次粒子の形状は、円盤状、リボン状またはシート状であることが好ましい。また、前記二硫化モリブデン粒子50個の一次粒子の形状は、平均で、長さ(縦)×幅(横)=50~1000nm×50~1000nmの範囲の大きさを有することが好ましく、100~500nm×100~500nmの範囲の大きさを有することがより好ましく、50~200nm×50~200nmの範囲の大きさを有することが特に好ましい。また、前記二硫化モリブデン粒子の一次粒子の形状は、原子間力顕微鏡(AFM)で測定される厚さが、3nm以上の範囲の大きさを有することが好ましく、5nm以上の範囲の大きさを有することがより好ましい。また、前記二硫化モリブデン粒子の一次粒子の形状は、原子間力顕微鏡(AFM)で測定される厚さが、100nm以下の範囲の大きさを有することが好ましく、50nm以下の範囲の大きさを有することがより好ましく、20nm以下の範囲の大きさを有することが特に好ましい。また、前記二硫化モリブデン粒子の一次粒子の形状は、原子間力顕微鏡(AFM)で測定される厚さが、40mn以下の範囲の大きさを有していてもよく、30mn以下の範囲の大きさを有していてもよい。前記二硫化モリブデン粒子の一次粒子の形状が、円盤状、リボン状またはシート状であることで、二硫化モリブデン粒子の比表面積を大きくすることができる。また、前記二硫化モリブデン粒子の一次粒子の形状が、円盤状、リボン状またはシート状であり、且つ厚さが3~100nmの範囲であるのが好ましい。ここで、円盤状、リボン状またはシート状であるとは、薄層形状であることをいう。円盤状、リボン状、シート状の明確な区別は無いが、例えば厚みが10nm以下の場合はシート状、厚みが10nm以上で、長さ÷幅≧2の場合はリボン状、厚みが10nm以上で、長さ÷幅<2の場合は円盤状とすることができる。モリブデン硫化物の一次粒子のアスペクト比、すなわち、(長さ(縦横の大きさ))/厚み(高さ))の値は、50個の平均で、1.2~1200であることが好ましく、2~800であることがより好ましく、5~400であることが更に好ましく、10~200であることが特に好ましい。モリブデン硫化物50個の一次粒子の形状は、原子間力顕微鏡(AFM)による観察でも形状、長さ、幅、厚みを測定することが可能であり、測定結果からアスペクト比を算出することも可能である。
【0043】
前記二硫化モリブデン粒子の一次粒子の形状が、単純な球状ではなく、アスペクト比の大きな円盤状、リボン状もしくはシート状であることにより、粒子含有樹脂組成物と被摺動材との摩擦面により効率よく介在して、被摺動材と樹脂組成物との接触の確率(あるいは接触面積×時間)を減らすことが期待でき、表面摩耗が抑制されると考えられる。
【0044】
前記二硫化モリブデン粒子の、BET法で測定される比表面積は10m/g以上であることが好ましく、30m/g以上であることがより好ましく、40m/g以上であることが特に好ましい。前記二硫化モリブデン粒子の、BET法で測定される比表面積は300m/g以下であってもよく、200m/g以下であってもよい。
【0045】
前記二硫化モリブデン粒子の一次粒子は、前記一次粒子を構成する層がそれぞれ比較的弱い相互作用によって接近し、摩擦のような外力により容易に互いの層をずらすことができる。したがって、前記二硫化モリブデン粒子の一次粒子が被摺動材である金属と樹脂組成物との間に介在して摩擦力が生じた際、その摩擦力で前記一次粒子を構成する層同士がずれて、見かけの摩擦係数を下げ、また被摺動材である金属と樹脂組成物の接触も防ぐことができる。
前記二硫化モリブデン粒子の、BET法で測定される比表面積が10m/g以上であると、前記一次粒子が被摺動材である金属と樹脂組成物との間に存在するとき、被摺動材である金属と樹脂組成異物が接触する面積をより下げることができるので、粒子含有樹脂組成物の性能向上および表面摩耗の抑制の両方に寄与すると考えられる。
【0046】
前記二硫化モリブデン粒子の嵩密度は、0.1g/cm以上であるのが好ましく、0.2g/cm以上であるのがより好ましく、0.4g/cm以上であるのが更に好ましい。また、前記二硫化モリブデン粒子の嵩密度は、1.0g/cm以下であるのが好ましく、0.9g/cm以下であるのがより好ましく、0.7g/cm以下であるのが更に好ましい。更に、二硫化モリブデン粒子の嵩密度は、0.1g/cm以上1.0g/cm以下であるのが好ましく、0.2g/cm以上0.9g/cm以下であるのがより好ましい。二硫化モリブデン粒子の嵩密度が0.1g/cm以上1.0g/cm以下であると、相対的に嵩密度が高い二硫化モリブデン粒子を同じ含有量で樹脂組成物に含有させた場合と比較して、粒子含有樹脂組成物の表面に二硫化モリブデン粒子が露出し易くなり、粒子含有樹脂組成物の摩擦係数を更に小さくすることができる。また、上記のような相対的に嵩密度が高い二硫化モリブデン粒子を含有させた場合と比較して少ない含有量で所望の耐摩擦摩耗特性を得ることができ、粒子含有樹脂組成物を用いた成形品を軽量化することが可能となる。
【0047】
前記二硫化モリブデン粒子の、モリブデンのK吸収端の広域X線吸収微細構造(EXAFS)プロファイルから得られる動径分布関数において、Mo-Sに起因するピークの強度IとMo-Moに起因するピーク強度IIとの比(I/II)は、1.0より大きいことが好ましく、1.1以上であることがより好ましく、1.2以上であることが特に好ましい。
【0048】
二硫化モリブデンの結晶構造が、2H結晶構造であれ3R結晶構造であれ、Mo-S間の距離は共有結合のためほぼ同じなので、モリブデンのK吸収端の広域X線吸収微細構造(EXAFS)プロファイルにおいて、Mo-Sに起因するピークの強度は同じである。 一方、二硫化モリブデンの2H結晶構造は六方晶(hexagonal)のため、Mo原子の六角形の90°真下に同じ六角形が位置するため、Mo-Mo間の距離が近くなり、Mo-Moに起因するピーク強度IIは強くなる。
逆に、二硫化モリブデンの3R結晶構造は菱面体晶(rhombohedral)のため、六角形の90°真下ではなく、半分ずれて六角形が存在するため、Mo-Mo間の距離が遠くなり、Mo-Moに起因するピーク強度IIは弱くなる。
二硫化モリブデンの純粋な2H結晶構造では前記比(I/II)が小さくなるが、3R結晶構造を含むにつれて前記比(I/II)が大きくなる。
3R結晶構造では、3層のそれぞれのMo原子の六角形が互いに六角形の半分だけずれているため、2層のMo原子の六角形が垂直に規則正しく並んでいる2H結晶構造に比べて、各層の間の相互作用が小さく、滑りやすくなることが期待できる。
2H結晶構造においても、結晶子サイズが小さければ、接触面の滑りが発生しやすくなることが規定できる。
【0049】
前記二硫化モリブデン粒子のMoSへの転化率Rは、三酸化モリブデンの存在が潤滑性能に悪影響を及ぼすと考えられるため70%以上であることが好ましく、80%以上であることがより好ましく、90%以上であることが更に好ましい。
前記二硫化モリブデン粒子は、MoSへの転化率Rが100%近い数字を示せることにより、摩擦による加熱により潤滑性能を発揮するものの、三酸化モリブデンを副生もしくは含有しうる他の二硫化モリブデン素材やその前駆体より潤滑特性に優れるものとすることができる。
【0050】
二硫化モリブデン粒子のMoSへの転化率Rは、二硫化モリブデン粒子をX線回折(XRD)測定することにより得られるプロファイルデータから、RIR(参照強度比)法により求めることができる。二硫化モリブデン(MoS)のRIR値Kおよび二硫化モリブデン(MoS)の(002)面または(003)面に帰属される、2θ=14.4°±0.5°付近のピークの積分強度I、並びに、各酸化モリブデン(原料であるMoO、および反応中間体であるMo25、Mo11、MoOなど)のRIR値Kおよび各酸化モリブデン(原料であるMoO、および反応中間体であるMo25、Mo11、MoOなど)の最強線ピークの積分強度Iを用いて、次の式(1)からMoSへの転化率Rを求めることができる。
(%)=(I/K)/(Σ(I/K))×100 ・・・(1)
ここで、RIR値は、無機結晶構造データベース(ICSD)(一般社団法人化学情報協会製)に記載されている値をそれぞれ用いることができ、解析には、統合粉末X線解析ソフトウェア(PDXL2)(Rigaku社製)を用いることができる。
【0051】
尚、本実施形態の粒子含有グリース組成物は、二硫化モリブデン粒子(MoS)を含有するのが好ましいが、これに限らず、MoS(X=1~3)で表される硫化モリブデン粒子を含有してもよいし、MoS(X=1~3)で表される硫化モリブデン粒子の1種又は複数種を含有してもよい。
【0052】
図1は、本実施形態に係る粒子含有樹脂組成物のストライベック曲線を、二硫化モリブデン粒子の含有量ごとに示す図である。図1では、粒子含有樹脂組成物として二硫化モリブデン粒子含有PAS樹脂組成物と球状の金属製被摺動材との間にグリース(中京化成工業社製、べアレックスNo2)を介在させた場合を例に挙げて説明する。
図1において、二硫化モリブデン粒子含有PAS樹脂組成物(以下、単に粒子含有PAS樹脂組成物ともいう)と被摺動材との摩擦状態は、(I)流体潤滑領域、(II)混合潤滑領域及び(III)境界潤滑領域の3領域に区分される。(I)流体潤滑領域は、粒子含有PAS樹脂組成物と被摺動材の2面間の距離が摩耗面の表面粗さより十分に大きくあり、グリースが2面間に介在し完全に両者を分離して潤滑する領域であり、(III)境界潤滑領域は、2面間の距離が殆ど無く、粒子含有PAS樹脂組成物と被摺動材が接触する割合が多い領域である。(II)混合潤滑領域は、粒子含有PAS樹脂組成物と被摺動材の2面間の距離が摩耗面の表面粗さがほぼ同じなため一部で接触し、流体潤滑と境界潤滑が混在して起こる領域である。(III)境界潤滑領域では静止摩擦力が支配的となり、(II)混合潤滑領域では動摩擦力が支配的となる。
【0053】
粒子含有PAS樹脂組成物の耐摩擦摩耗特性を評価するべく(II)混合潤滑領域に着目すると、同領域では、全体として被摺動材の回転数の上昇に伴って摩擦係数が小さくなり、回転数0.03rpm以上の範囲では粒子含有PAS樹脂組成物の摩擦係数は、二硫化モリブデン粒子を含有しないPAS樹脂組成物よりも小さくなっている。特に、粒子含有PAS樹脂組成物中の二硫化モリブデン粒子の含有量を僅か0.5質量%とした場合でも、二硫化モリブデン粒子を含有しないPAS樹脂組成物に対して摩擦係数が大幅に低下している。更に、粒子含有PAS樹脂組成物中の二硫化モリブデン粒子の含有量を2質量%まで増やすと、粒子含有PAS樹脂組成物の摩擦係数の最小値が、二硫化モリブデン粒子を含有しないPAS樹脂組成物と比較して約60%低下していることが分かる。
【0054】
図2は、樹脂単体および粒子含有樹脂組成物の温度(20℃から280℃付近)と弾性率およびtanδの関係を示す図である。図2では樹脂組成物としてPASの一種であるPPSを用いた場合を例に挙げて説明する。
【0055】
図2に示すように、二硫化モリブデン粒子を含有しないPPS樹脂組成物のTg(約100℃)付近から170℃までの温度領域で、温度の上昇に伴ってPPS樹脂組成物の貯蔵弾性率E’が大きく低下し、クリープなどによる変形が生じ易くなる。一方、同温度領域において、本実施形態の粒子含有PPS樹脂組成物の貯蔵弾性率E’は、温度が上昇しても単体PPSよりも高い値であり、変形がより抑制されることが分かる。粒子含有PPS樹脂組成物の貯蔵弾性率E’の増大は、例えば含有されているnmサイズの二硫化モリブデン粒子の存在や同二硫化モリブデン粒子自体が硬い無機粒子であること、PPS樹脂と同二硫化モリブデン粒子の相互作用などに起因すると考えられる。よって粒子含有PPS樹脂組成物では、二硫化モリブデン粒子を含有しないPPS樹脂単体と比較して、樹脂組成物表面に存在する二硫化モリブデン粒子により耐摩擦摩耗特性を向上できると推察される。
【0056】
(二硫化モリブデン粒子の製造方法)
前記二硫化モリブデン粒子は、例えば、一次粒子の平均粒径が2nm以上1000nm以下の三酸化モリブデン粒子を、硫黄源の存在下、温度200~1000℃で加熱することにより製造することができる。
【0057】
三酸化モリブデン粒子の一次粒子の平均粒径とは、三酸化モリブデン粒子を、走査型電子顕微鏡(SEM)もしくは透過型電子顕微鏡(TEM)で撮影し、二次元画像上の凝集体を構成する最小単位の粒子(すなわち、一次粒子)について、その長径(観察される最も長い部分のフェレ径)と短径(その最も長い部分のフェレ径に対して、垂直な向きの短いフェレ径)を計測し、その平均値を一次粒子径としたとき、ランダムに選ばれた50個の一次粒子の一次粒子径の平均値を云う。
【0058】
前記二硫化モリブデン粒子の製造方法において、前記三酸化モリブデン粒子の一次粒子の平均粒径は1μm以下であることが好ましい。硫黄との反応性の点から、600nm以下がより好ましく、400nm以下が更に好ましく、200nm以下が特に好ましい。前記三酸化モリブデン粒子の一次粒子の平均粒径は2nm以上であってもよく、5nm以上であってもよく、10nm以上であってもよい。
【0059】
前記二硫化モリブデン粒子の製造に用いる三酸化モリブデン粒子は、三酸化モリブデンのβ結晶構造を含む一次粒子の集合体からなることが好ましい。前記三酸化モリブデン粒子は、結晶構造としてα結晶のみからなる従来の三酸化モリブデン粒子に比べて、硫黄との反応性が良好であり、三酸化モリブデンのβ結晶構造を含むので、硫黄源との反応において、MoSへの転化率Rを大きくすることができる。
【0060】
三酸化モリブデンのβ結晶構造は、X線源としてCu-Kα線を用いた粉末X線回折(XRD)から得られるプロファイルにおいて、MoOのβ結晶の(011)面に帰属する、(2θ:23.01°付近、No.86426(無機結晶構造データベース(ICSD)))のピークの存在によって、確認することができる。三酸化モリブデンのα結晶構造は、MoOのα結晶の(021)面(2θ:27.32°付近、No.166363(無機結晶構造データベース(ICSD)))のピークの存在によって、確認することができる。
【0061】
前記三酸化モリブデン粒子は、X線源としてCu-Kα線を用いた粉末X線回折(XRD)から得られるプロファイルにおいて、MoOのβ結晶の(011)面に帰属する(2θ:23.01°付近、No.86426(無機結晶構造データベース(ICSD)))ピーク強度の、MoOのα結晶の(021)面に帰属する(2θ:27.32°付近、No.166363(無機結晶構造データベース(ICSD)))ピーク強度に対する比(β(011)/α(021))が0.1以上であることが好ましい。
【0062】
MoOのβ結晶の(011)面に帰属するピーク強度、及び、MoOのα結晶の(021)面に帰属するピーク強度は、それぞれ、ピークの最大強度を読み取り、前記比(β(011)/α(021))を求める。
【0063】
前記三酸化モリブデン粒子において、前記比(β(011)/α(021))は、0.1~10.0であることが好ましく、0.2~10.0であることがより好ましく、0.4~10.0であることが特に好ましい。
【0064】
三酸化モリブデンのβ結晶構造は、ラマン分光測定から得られるラマンスペクトルにおいて、波数773、848cm-1及び905cm-1でのピークの存在によっても、確認することができる。三酸化モリブデンのα結晶構造は、波数663、816cm-1及び991cm-1でのピークの存在によって、確認することができる。
【0065】
前記三酸化モリブデン粉体の一次粒子の平均粒径は、5~2000nmであることが好ましい。
【0066】
硫黄源としては、例えば、硫黄、硫化水素等が挙げられ、これらは単独でも二種を併用しても良い。
【0067】
前記二硫化モリブデン粒子の製造方法は、三酸化モリブデンのβ結晶構造を含む一次粒子の集合体からなる三酸化モリブデン粒子を、硫黄源の不存在下、温度100~800℃で加熱し、次いで、硫黄源の存在下、温度200~1000℃で加熱することを含むものであってもよい。
【0068】
硫黄源の存在下の加熱時間は、硫化反応が充分に進行する時間であればよく、1~20時間であってもよく、2~15時間であってもよく、3~10時間であってもよい。
【0069】
前記二硫化モリブデン粒子の製造方法において、前記三酸化モリブデン粒子のMoO量に対する、前記硫黄源のS量の仕込み比は、硫化反応が充分に進行する条件であることが好ましい。前記三酸化モリブデン粒子のMoO量100モル%に対して、前記硫黄源のS量が450モル%以上であることが好ましく、600モル%以上であることがより好ましく、700モル%以上であることが更に好ましい。前記三酸化モリブデン粒子のMoO量100モル%に対して、前記硫黄源のS量が3000モル%以下であってもよく、2000モル%以下であってもよく、1500モル%以下であってもよい。
【0070】
前記二硫化モリブデン粒子の製造方法において、前記硫黄源の存在下の加熱温度は、硫化反応が充分に進行する温度であればよく、320℃以上であることが好ましく、340℃以上であることがより好ましく、360℃以上であることが更に好ましい。また、上記加熱温度は320~1000℃であってもよく、340~1000℃であってもよく、360~500℃であってもよい。上記加熱温度を低温にすることにより、前記二硫化モリブデン粒子の結晶化度が小さくなり、非晶質相の存在比を増大させることができる。
【0071】
前記二硫化モリブデン粒子の製造方法において、後処理として、得られた二硫化モリブデン粒子を、必要に応じて冷却した後、加熱してもよい。本加熱処理では、例えば不活性雰囲気下で二硫化モリブデン粒子を焼成することが好ましい。得られた二硫化モリブデン粒子を加熱、焼成することにより、非晶質相の結晶化が促され、結晶化度が向上する。また結晶化度の向上に伴い、新たに2H結晶構造と3R結晶構造のそれぞれが生成し、2H結晶構造と3R結晶構造の存在比が変化する。このように後処理として再加熱を行うと、二硫化モリブデン粒子の結晶化度が高くなって各層の潤滑による剥がれ易さがある程度低くなるものの、摩擦特性の向上に寄与する3R結晶構造の存在比が増大するため、2H結晶構造のみの場合と比較して摩擦特性を向上することができる。また、得られた二硫化モリブデン粒子を加熱する際の温度を変更することにより、2H結晶構造と3R結晶構造の存在比を調整することができる。
【0072】
前記二硫化モリブデン粒子の製造方法において、前記三酸化モリブデン粒子は、蛍光X線(XRF)で測定されるMoOの含有割合が99.5%以上であることが好ましい。これにより、MoSへの転化率Rを大きくすることができ、高純度な、不純物由来の二硫化物が生成する虞がない、保存安定性の良好な二硫化モリブデンを得ることができる。
【0073】
前記三酸化モリブデン粒子は、BET法で測定される比表面積が10m/g~100m/gであることが好ましい。
【0074】
前記三酸化モリブデン粒子において、前記比表面積は、硫黄との反応性が良好になることから、10m/g以上であることが好ましく、20m/g以上であることがより好ましく、30m/g以上であることが更に好ましい。前記三酸化モリブデン粒子において、製造が容易になることから、100m/g以下であることが好ましく、90m/g以下であってもよく、80m/g以下であってもよい。
【0075】
前記三酸化モリブデン粒子は、モリブデンのK吸収端の広域X線吸収微細構造(EXAFS)プロファイルから得られる動径分布関数において、Mo-Oに起因するピークの強度IとMo-Moに起因するピーク強度IIとの比(I/II)が、1.1より大きいことが好ましい。
【0076】
Mo-Oに起因するピークの強度I、及び、Mo-Moに起因するピーク強度IIは、それぞれ、ピークの最大強度を読み取り、前記比(I/II)を求める。前記比(I/II)は、三酸化モリブデン粒子において、MoOのβ結晶構造が得られていることの目安になると考えられ、前記比(I/II)が大きいほど、硫黄との反応性に優れる。
【0077】
前記三酸化モリブデン粒子において、前記比(I/II)は、1.1~5.0であることが好ましく、1.2~4.0であってもよく、1.2~3.0であってもよい。
【0078】
(三酸化モリブデン粒子の製造方法)
前記三酸化モリブデン粒子は、酸化モリブデン前駆体化合物を気化させて、三酸化モリブデン蒸気を形成し、前記三酸化モリブデン蒸気を冷却することにより製造することができる。
【0079】
前記三酸化モリブデン粒子の製造方法は、酸化モリブデン前駆体化合物、及び、前記酸化モリブデン前駆体化合物以外の金属化合物を含む原料混合物を焼成し、前記酸化モリブデン前駆体化合物を気化させて、三酸化モリブデン蒸気を形成することを含み、前記原料混合物100質量%に対する、前記金属化合物の割合が、酸化物換算で70質量%以下であることが好ましい。
【0080】
前記三酸化モリブデン粒子の製造方法は、図3に示す製造装置1を用いて好適に実施することができる。
【0081】
図3は、本実施形態における二硫化モリブデン粒子の原料である三酸化モリブデン粒子の製造に用いられる装置の一例を示す概略図である。
図3に示すように、製造装置1は、三酸化モリブデン前駆体化合物、又は、前記原料混合物を焼成し、前記三酸化モリブデン前駆体化合物を気化させる焼成炉2と、前記焼成炉2に接続され、前記焼成により気化した三酸化モリブデン蒸気を粒子化する十字(クロス)型の冷却配管3と、前記冷却配管3で粒子化した三酸化モリブデン粒子を回収する回収手段である回収機4と、を有する。この際、前記焼成炉2および冷却配管3は、排気口5を介して接続されている。また、前記冷却配管3は、左端部には外気吸気口(図示せず)に開度調整ダンパー6が、上端部には観察窓7がそれぞれ配置されている。回収機4には、第1の送風手段である排風装置8が接続されている。当該排風装置8が排風することにより、回収機4および冷却配管3の内部気体が吸引され、冷却配管3が有する開度調整ダンパー6から外気が冷却配管3に送風される。すなわち、排風装置8が吸引機能を奏することによって、受動的に冷却配管3に送風が生じる。なお、製造装置1は、外部冷却装置9を有していてもよく、これによって焼成炉2から生じる三酸化モリブデン蒸気の冷却条件を任意に制御することが可能となる。
【0082】
開度調整ダンパー6を開にすることにより、外気吸気口から空気を取り入れ、焼成炉2で気化した三酸化モリブデン蒸気を空気雰囲気下で冷却し、三酸化モリブデン粒子とすることで、前記比(I/II)を1.1より大きくすることができ、三酸化モリブデン粒子において、MoOのβ結晶構造が得られ易い。三酸化モリブデン蒸気を、液体窒素を用いて冷却した場合など、窒素雰囲気下の酸素濃度が低い状態での三酸化モリブデン蒸気の冷却は、酸素欠陥密度を増加させ、前記比(I/II)を低下させ易い。
【0083】
前記酸化モリブデン前駆体化合物としては、これを焼成することで三酸化モリブデン蒸気を形成するものであれば特に限定されないが、金属モリブデン、三酸化モリブデン、二酸化モリブデン、硫化モリブデン、モリブデン酸アンモニウム、リンモリブデン酸(HPMo1240)、ケイモリブデン酸(HSiMo1240)、モリブデン酸アルミニウム、モリブデン酸ケイ素、モリブデン酸マグネシウム(MgMo3n+1(n=1~3))、モリブデン酸ナトリウム(NaMo3n+1(n=1~3))、モリブデン酸チタニウム、モリブデン酸鉄、モリブデン酸カリウム(KMo3n+1(n=1~3))、モリブデン酸亜鉛、モリブデン酸ホウ素、モリブデン酸リチウム(LiMo3n+1(n=1~3))、モリブデン酸コバルト、モリブデン酸ニッケル、モリブデン酸マンガン、モリブデン酸クロム、モリブデン酸セシウム、モリブデン酸バリウム、モリブデン酸ストロンチウム、モリブデン酸イットリウム、モリブデン酸ジルコニウム、モリブデン酸銅等が挙げられる。これらの酸化モリブデン前駆体化合物は、単独で用いても、2種以上を組み合わせて用いてもよい。酸化モリブデン前駆体化合物の形態は、特に限定されず、例えば、三酸化モリブデンなどの粉体状であってもよく、モリブデン酸アンモニウム水溶液のような液体であってもよいが、好ましくは、ハンドリング性かつエネルギー効率のよい粉体状である。
【0084】
三酸化モリブデン前駆体化合物として、市販のα結晶の三酸化モリブデンを用いることが特に好ましい。また、酸化モリブデン前駆体化合物として、モリブデン酸アンモニウムを用いる場合には、焼成により熱力学的に安定な三酸化モリブデンに変換されることから、気化する酸化モリブデン前駆体化合物は前記三酸化モリブデンとなる。
【0085】
酸化モリブデン前駆体化合物、及び、前記酸化モリブデン前駆体化合物以外の金属化合物を含む原料混合物を焼成することでも、三酸化モリブデン蒸気を形成することができる。
【0086】
これらのうち、得られる三酸化モリブデン粉体の純度、一次粒子の平均粒径、結晶構造を制御しやすい点では、酸化モリブデン前駆体化合物は、三酸化モリブデンを含むことが好ましい。
【0087】
酸化モリブデン前駆体化合物と前記酸化モリブデン前駆体化合物以外の金属化合物とが中間体を生成する場合があるが、この場合でも焼成により中間体が分解して、三酸化モリブデンを熱力学的に安定な形態で気化させることができる。
【0088】
酸化モリブデン前駆体化合物、及び、前記酸化モリブデン前駆体化合物以外の金属化合物を含む原料混合物を焼成するに際して、前記原料混合物100質量%に対する、前記酸化モリブデン前駆体化合物の含有割合は、40質量%以上100質量%以下であることが好ましく、45質量%以上100質量%以下であってもよく、50質量%以上100質量%以下であってもよい。
【0089】
焼成温度としては、使用する酸化モリブデン前駆体化合物、金属化合物、および所望とする三酸化モリブデン粒子等によっても異なるが、通常、中間体が分解できる温度とすることが好ましい。例えば、酸化モリブデン前駆体化合物としてモリブデン化合物を、金属化合物としてアルミニウム化合物を用いる場合には、中間体として、モリブデン酸アルミニウムが形成されうることから、焼成温度は500~1500℃であることが好ましく、600~1550℃であることがより好ましく、700~1600℃であることがさらに好ましい。
【0090】
焼成時間については、特に制限はないが、例えば、1分~30時間とすることができ、10分~25時間とすることができ、100分~20時間とすることができる。
【0091】
昇温速度は、使用する酸化モリブデン前駆体化合物、前記金属化合物、および所望とする三酸化モリブデン粒子の特性等によっても異なるが、製造効率の観点から、0.1℃/分~100℃/分であることが好ましく、1℃/分~50℃/分であることがより好ましく、2℃/分~10℃/分であることがさらに好ましい。
【0092】
次に、前記三酸化モリブデン蒸気を冷却して粒子化する。
三酸化モリブデン蒸気の冷却は、冷却配管を低温にすることにより行われる。この際、冷却手段としては、上述のように冷却配管中への気体の送風による冷却、冷却配管が有する冷却機構による冷却、外部冷却装置による冷却等が挙げられる。
【0093】
三酸化モリブデン蒸気の冷却は、空気雰囲気下で行うことが好ましい。三酸化モリブデン蒸気を空気雰囲気下で冷却し、三酸化モリブデン粒子とすることで、前記比(I/II)を1.1より大きくすることができ、三酸化モリブデン粒子において、MoOのβ結晶構造が得られ易い。
【0094】
冷却温度(冷却配管の温度)は、特に制限されないが、-100~600℃であることが好ましく、-50~400℃であることがより好ましい。
【0095】
三酸化モリブデン蒸気の冷却速度は、特に制限されないが、100℃/s以上100000℃/s以下であることが好ましく、1000℃/s以上50000℃/s以下であることがより好ましい。なお、三酸化モリブデン蒸気の冷却速度が早くなるほど、粒径の小さく、比表面積の大きい三酸化モリブデン粒子が得られる傾向がある。
【0096】
冷却手段が、冷却配管中への気体の送風による冷却である場合、送風する気体の温度は-100~300℃であることが好ましく、-50~100℃であることがより好ましい。
【0097】
三酸化モリブデン蒸気を冷却して得られた粒子は、回収機に輸送されて回収される。
【0098】
前記三酸化モリブデン粒子の製造方法は、前記三酸化モリブデン蒸気を冷却して得られた粒子を、再度、100~320℃の温度で焼成してもよい。
【0099】
すなわち、前記三酸化モリブデン粒子の製造方法で得られた三酸化モリブデン粒子を、再度、100~320℃の温度で焼成してもよい。再度の焼成の焼成温度は、120~280℃であってもよく、140~240℃であってもよい。再度の焼成の焼成時間は、例えば、1分~4時間とすることができ、10分~5時間とすることができ、100分~6時間とすることができる。ただし、再度、焼成することにより、三酸化モリブデンのβ結晶構造の一部は、消失してしまい、350℃以上の温度で4時間焼成すると、三酸化モリブデン粒子中のβ結晶構造は消失して、前記比(β(011)/α(021))が0になって、硫黄との反応性が損なわれる。
以上、説明した三酸化モリブデン粒子の製造方法により、前記二硫化モリブデン粒子の製造に好適な、三酸化モリブデン粒子を製造することができる。
【0100】
また、本実施形態に係る粒子含有樹脂組成物は、樹脂組成物に、動的光散乱法により求められるメディアン径D50が10nm以上1000nm以下である二硫化モリブデン粒子を混合することにより、製造することができる。
【0101】
(樹脂組成物)
本実施形態の樹脂組成物は、上記二硫化モリブデン粒子をフィラーとして含有可能な樹脂であれば特に制限されないが、例えばポリアリーレンスルフィド(PAS)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリエーテルケトン(PEK)、ポリイミド(PI)、ポリベンゾイミダゾール(PBI)、ポリアミドイミド(PAI)、ポリアミド(PA)、フェノール、エポキシ、アクリル、ポリエチレン(PE)、ポリオキシメチレン(POM)、ポリウレタン、ポリエーテルイミド(PEI)、ポリカーボネート(PC)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリスチレン(PS)、ポリプロピレン(PP)、ポリ乳酸(PLA)、液晶ポリマー(LCP)、ポリフェニレンエーテル(PPE)、アクリロニトリルスチレン共重合樹脂(AS)、および、アクリロニトリルブタジエンスチレン共重合樹脂(ABS)から選ばれる1種又は2種以上を挙げることができる。
また、二硫化モリブデン粒子の硫黄原子との化学的結合の観点から、硫黄官能基を含む、上記1種又は2種以上の樹脂の誘導体であってもよい。
また、二硫化モリブデン粒子の硫黄原子との相互作用付与の観点から、硫黄官能基を含む、上記1種又は2種以上の樹脂の誘導体であってもよい。
また、上記樹脂組成物は、PAS又はその誘導体であるのがより好ましい。
【0102】
前記PAS樹脂は、芳香族環と硫黄原子とが結合した構造を繰り返し単位とする樹脂構造を有するものであり、具体的には、下記構造式(1)
【0103】
【化1】
【0104】
(式中、R及びRは、それぞれ独立に水素原子、アルキル基、ニトロ基、アミノ基、フェニル基又はアルコキシ基を表す。)
で表される構造部位を繰り返し単位として有する樹脂が好ましい。
【0105】
また、前記PAS樹脂は、樹脂の結晶性や流動性などを調整するという目的で、他の共重合体構成単位を含有させたものを用いても良い。この含有可能な他の共重合体構成単位の具体例としては、特に制限されるものではないが、例えば、下記構造式(2)で表されるメタ結合、下記構造式(3)で表されるエ-テル結合、下記構造式(4)で表されるスルホン結合、下記構造式(5)で表されるスルフィドケトン結合、下記構造式(6)で表されるビフェニル結合、下記構造式(7)で表される置換フェニルスルフィド結合、下記構造式(8)で表される3官能フェニルスルフィド結合及びナフチル結合等が挙げられる。
【0106】
下記構造式(2)~(7)で表される構造部位は、前記構造式(1)で表される構造部位との合計を100モル%とした量に対して30モル%以下で含んでいてもよい。特に上記構造式(4)~(7)で表される構造部位は10モル%以下であることが、PAS樹脂の耐熱性、機械的強度を保持した上で流加モリブデンの分散性を高めることができる点から好ましい。前記ポリアリーレンスルフィド樹脂中に、上記構造式(2)~(7)で表される構造部位を含む場合、それらの結合様式としては、ランダム共重合体、ブロック共重合体の何れであってもよい。
【0107】
【化2】
(式中、Rはアルキル基、ニトロ基、アミノ基、フェニル基、またはアルコキシ基を示す。)
【0108】
さらに、前期PAS樹脂は、上記アリーレンスルフィド単位から主として構成されるが、原料の単体硫黄に由来する、下記式(9):
【0109】
【化3】
で表されるジスルフィド結合に係る構成単位を主鎖中に含んでもよい。PAS樹脂が式(9)で表される構成単位を含んでも良い。これにより、二硫化モリブデン粒子をより好適に分散させることができる。
【0110】
前期PAS樹脂の末端は特に規定されないが、原料に由来してアリール基である他に、活性水素を有する官能基とそのアルカリ金属塩、ハロゲン原子、カルボキシアルキルアミノ基等のカルボキシ基を有する基であって良い。
【0111】
前期PAS樹脂は、他の配合樹脂や誘導体との反応性を向上させ機械強度や耐熱性等をより高めるために、該ポリアリーレンスルフィド樹脂の分子構造中に活性水素原子を有する官能基として、カルボキシル基で変性されたカルボキシル基含有ポリアリーレンスルフィド系樹脂(以下、CPAS系樹脂と記す。)を用いてもよい。
【0112】
前記CPAS系樹脂としては、例えば、下記一般式(10)~(12)で示される繰り返し単位を有するPASとの共重合体等が挙げられる(一般式(11)中のYは-O-、-SO-、-CH-、-C(CH-、-CO-、又は、-C(CF-を示す。)。上記CPAS樹脂中の繰り返し構造単位の含有率は、使用する目的等々によって異なるため一概に規定できないが、CPAS系樹脂中の0.5~30モル%、好ましくは、0.8~20モル%である。このような共重合によるCPAS系樹脂は、ランダムタイプでも、ブロックタイプでも、グラフトタイプでも構わない。最も代表的なものとして、PAS樹脂骨格部分がPPS樹脂骨格でCPAS樹脂骨格部分が上記一般式(10)で示されるカルボキシル基含有ポリフェニレンスルフィド樹脂(CPPS)である共重合体が挙げられる。この場合、PPS樹脂/CPPS樹脂は99.5/0.5~70/30(重量比)が好ましい。
【0113】
【化4】
【0114】
【化5】
【0115】
【化6】
【0116】
また、前記PAS樹脂として、アミノ基で変性されたアミノ基含有ポリアリ-レンスルフィド系樹脂(以下、APAS系樹脂と記す。)を用いても良い。APAS系樹脂中のアミノ基含有量は、樹脂組成物全体の0.1~30モル%が好ましい。
【0117】
前記粒子含有樹脂組成物は、前記粒子含有樹脂組成物の全質量100質量%に対し、充填剤である二硫化モリブデン粒子を0.0001質量%以上含有することが好ましく、0.01質量%以上含有することがより好ましく、0.1質量%以上含有することが更に好ましい。また、前記粒子含有樹脂組成物は、前記粒子含有樹脂組成物の全質量100質量%に対し、充填剤である二硫化モリブデン粒子を10質量%以下含有することが好ましく、5質量%以下含有することがより好ましく、1質量%以下含有することが更に好ましい。特に、二硫化モリブデン粒子の含有量を0.0001質量%以上10質量%以下含有することにより、粒子含有樹脂組成物の成形品に十分な耐摩擦摩耗特性を付与すると共に、成形品の更なる軽量化を図ることができる。
【0118】
前記粒子含有樹脂組成物は、更に、粘度調整剤、発泡防止剤、腐食防止剤、防錆剤、酸化防止剤、抗摩耗剤および摩擦調整剤、などの公知の添加剤を含有することができる。またガラス繊維など公知慣用の添加剤を用いて靱性を付与することもできる。
【0119】
(成形品)
本実施形態に係る成形品は、上記粒子含有樹脂組成物の硬化物であり、自動車をはじめとする車両、船舶、航空機などの移動体に用いられる各種金属部品の代替部品として幅広く使用することができ、特に、自動車等に設けられる変速機のギヤとして使用することができる。また、成形品は、金型等を用いた上記部品の成型品に限らず、上記部品の表面に形成されるシート状、膜状或いは層状の部材であってもよい。シート状、膜状或いは層状の部材の厚みは、例えば100nm以上1000μm以下とすることができる。
【実施例
【0120】
以下、本発明の実施例を説明する。本発明は以下の実施例に限定されるものではない。また、以下の実施例において、特に断りの無い限り、「質量部」は「質量%」を示す。
【0121】
[合成例]
(三酸化モリブデン粒子の製造)
耐熱容器に相当する焼成炉と、外気供給口を設けた冷却配管と、モリブデン酸化物を回収する集塵機を準備した。焼成炉としてRHKシミュレーター(株式会社ノリタケカンパニーリミテド製)を、集塵機としてはVF-5N集塵機(アマノ株式会社製)を用いて金属酸化物の製造を行った。
水酸化アルミニウム(日本軽金属株式会社製)1.5kgと、三酸化モリブデン(日本無機株式会社製)1kgと、を混合し、次いでサヤに仕込み、焼成炉と冷却配管と集塵機とを連結し、温度1100℃で10時間焼成した。焼成中、焼成炉の側面および下面から外気(送風速度:150L/min、外気温度:25℃)を導入した。三酸化モリブデンは炉内で蒸発後、集塵機付近で冷却され粒子として析出するため、集塵機により三酸化モリブデンを回収した。
焼成後、サヤから1.0kgの青色の粉末である酸化アルミニウムと、集塵機で回収した三酸化モリブデン0.8kgを取り出した。
回収した三酸化モリブデンは、一次粒子径が1μm以下であり、蛍光X線測定にて、三酸化モリブデンの純度は99.8%であることが確認できた。
【0122】
(二硫化モリブデン粒子の製造)
[実施例1]
アルミナるつぼ中へ、合成例1で作製した三酸化モリブデンの40.0g(277.9 mmol)、硫黄粉末(関東化学社製)40.0g(1250 mmol、Mo原子に対して4.5等量)を加え、粉末が均一になるように攪拌棒にて混合した。混合後、アルミナるつぼに蓋を載せ、高温雰囲気焼成炉(モトヤマ社製、SKM-2030P-OP)へ投入し、炉内部を真空引きの後窒素置換してから焼成を行った。焼成条件は、25℃の室温条件から、5℃/minの速度で昇温し、500℃に到達した後に4時間保持した。焼成工程中は、窒素ガスを0.5L/minにて送風した。その後、炉内を自然放冷により降温させ、44.5gの二硫化モリブデン粒子を得た。
この二硫化モリブデン粒子の試料について、比表面積計(マイクロトラックベル社製、BELSORP-mini)にて測定し、BET法による窒素ガスの吸着量から測定された試料1g当たりの表面積を、比表面積として算出したところ、44.5(m/g)であった。また、嵩密度測定器(伊藤製作所製、JIS-K-5101準拠)と電磁平衡式天秤(エー・アンド・デイ社製、GX-4000R)を用いて嵩密度を測定したところ、0.283g/cmであった。
PASの芳香環部分がフェニレンであるポリフェニレンスルフィド(PPS)(DIC社製、MA-520)99.5質量部に対し、得られた二硫化モリブデン粒子を0.5質量部入れ、ラボプラストミル混錬機(東洋精機製作所製、R60H)を用いて分散混錬を行い、粒子含有PPS樹脂組成物を分散樹脂片として得た。
【0123】
[実施例2]
PPS(DIC社製、MA-520)98質量部に対し、得られた二硫化モリブデン粒子を2.0質量部入れたこと以外は、実施例1と同様にして粒子含有PPS樹脂組成物を分散樹脂片として得た。
【0124】
[実施例3]
実施例1において、PPS(DIC社製、MA-520)95質量部に対し、得られた二硫化モリブデン粒子を5.0質量部入れたこと以外は、実施例1と同様にして粒子含有PPS樹脂組成物を分散樹脂片として得た。
【0125】
[実施例4]
実施例1において、PPS(DIC社製、MA-520)90質量部に対し、得られた二硫化モリブデン粒子を10質量部入れたこと以外は、実施例1と同様にして粒子含有PPS樹脂組成物を分散樹脂片として得た。
【0126】
[比較例1]
二硫化モリブデン粒子を配合せず、PPS(DIC社製、MA-520)のみの樹脂組成物を得た。
【0127】
実施例1~4において共通で使用した二硫化モリブデン粒子、および、実施例1~4及び比較例1で得られた粒子含有PPS樹脂組成物及び樹脂組成物を、以下の方法で測定、評価した。
【0128】
[結晶構造の同定及び解析]
二硫化モリブデン粒子の試料を厚さ2.4mm、内径27mmとなるようSUS製測定試料用ホルダーに測定面を平滑に充填し、それを多目的X線回折(XRD)装置(マルバーンパナリティカル社製、Empyrean3)にセットし、Cu/Kα線、45kV/40mA、入射側にモノクロメーター、検出器側に半導体検出器(1Dモード)を用いて、集中法にて、回転ステージを用いて、測定時間8分、ステップサイズ0.066度、走査範囲5度以上100度以下の条件で測定を行い、回折プロファイルを得た。
結晶子サイズ評価を含めたリートベルト解析は、ソフトウェア(マルバーンパナリティカル社製、ハイスコアプラス)を用いて行った。
【0129】
先ず、実施例1~4において共通で使用した二硫化モリブデン粒子のX線回折(XRD)プロファイルの一部を図5に示す。同図に示すように、実施例1~4で使用した二硫化モリブデン粒子は2θ:14°付近で主ピーク(図中のA)が一致し、また、リファレンスとしての3R結晶構造及び2H結晶構造の主ピークとも一致した。一方で、2θ:32.5°付近、2θ:39.5°付近及び2θ:49.5°付近でのブロードなピーク(図中のB)と、リファレンスとしての3R結晶構造及び2H結晶構造のピークの位置とはほぼ一致したが、2θ:39.5°付近及び2θ:49.5°付近でのピークは、3R結晶構造及び2H結晶構造のそれぞれに由来するピークの合成波であり、3R結晶構造と2H結晶構造の両方が含まれていることが判明した。
【0130】
そこで、実施例1~4において共通で使用した二硫化モリブデン粒子のXRDプロファイルをリートベルト解析してみると、3R結晶構造と2H結晶構造の2種類が存在していることが確認された。
【0131】
実施例1~4において共通で使用した二硫化モリブデン粒子中の2H結晶構造及び3R結晶構造の存在比は、具体的に図6における実施例1では、39.5°および49.5°付近の幅広ピークで2H構造の結晶子サイズと存在比を決め、その差分を32.5°付近の2本と39.5°付近の2本ピークで3R構造パラメーターを最適化することで、全体の実測XRDプロファイルを再現する作業を行うことより求めた。その結果、結晶相中の2H結晶構造の存在比は71.5%、3R結晶構造の存在比は28.5%であった。
【0132】
[結晶子サイズの評価基礎式及び算出]
一般的には、回折プロファイルを用いて、解析式L=Kλ/βcosθを基礎として、2H結晶構造及び3R結晶構造の結晶子サイズを求めた。上記式中、KはXRD光学系(入射側及び検出器側)及びセッティングに依存する装置定数、Lは結晶子の大きさ[m]、λは測定X線波長[m]、βは半価幅[rad]、θは回折線のブラッグ角[rad]である。
【0133】
次に、実施例1~4において共通で使用した二硫化モリブデンの結晶子サイズを図6内に示す。図6に示すように、2H結晶構造(結晶相)の結晶子サイズは9.6nm、3R結晶構造(結晶相)の結晶子サイズは11.8nmと評価できた。
【0134】
[二硫化モリブデン粒子のメディアン径D50の測定]
アセトン20ccに二硫化モリブデン粉末0.1gを添加し、氷浴中で4時間超音波処理を施した後、さらにアセトンで、動的光散乱式粒子径分布測定装置(マイクロトラックベル社製、Nanotrac WaveII)の測定可能範囲の濃度に適宜調整し、測定サンプルを得た。この測定サンプルを用い、上記動的光散乱式粒子径分布測定装置により、粒径0.0001μm~10μmの範囲の粒子径分布を測定し、メディアン径D50(z平均)を算出した。この測定から得られるメディアン径D50は、251nmであった。
【0135】
[二硫化モリブデン粒子の粒子形状観察方法]
二硫化モリブデン粒子を、原子間力顕微鏡(AFM)(Oxfоrd Cypher-ES)で測定し、粒子形状を観察した。
合成された二硫化モリブデン粒子のAFM像を図7に示す。図7は測定して得られたAFM像であり二硫化モリブデン粒子の上面を示している。このAFM像より長さ(縦)×幅(横)を求めたところ、180nm×80nmであった。図8図7に示す二硫化モリブデン粒子の断面を示すグラフである。この断面図より厚み(高さ)を求めたところ、16nmであった。したがって、二硫化モリブデン粒子の一次粒子のアスペクト比(長さ(縦)/厚み(高さ))の値は、11.25であった。
【0136】
図7に示した二硫化モリブデン粒子を含む二硫化モリブデン粒子50個の平均値は、長さ(縦)×幅(横)×厚み(高さ)=198nm×158nm×19nmであった。
【0137】
また、二硫化モリブデン粒子のAFM測定結果の代表例を表1に示す。表中、「二硫化モリブデン粒子(1)」は、図7に記載の二硫化モリブデン粒子である。「二硫化モリブデン粒子(2)」は、測定した二硫化モリブデン粒子の中で、最も長さが長い粒子であり、「二硫化モリブデン粒子(3)」は、最も長さが短い粒子である。「二硫化モリブデン粒子(4)は、比較的厚みが厚い粒子であり、「二硫化モリブデン粒子(5)」は、最も厚みが薄い粒子である。「二硫化モリブデン粒子(6)」は、最もアスペクト比が大きい粒子である。「二硫化モリブデン粒子(7)」は、最も厚みが厚い粒子であり、かつ、最もアスペクト比が小さい粒子である。
【0138】
【表1】
【0139】
[二硫化モリブデン粒子の(I/II)の測定]
二硫化モリブデン粒子36.45mgと窒化ホウ素333.0mgとを乳鉢で混合した。この混合物123.15mgを量り取り、φ8mmの錠剤に圧縮成形し、測定サンプルを得た。この測定サンプルを用いて、あいちシンクロトロン光センターのBL5S1にて透過法で広域X線吸収微細構造(EXAFS)を測定した。解析にはAthena(インターネット<URL: https://bruceravel.github.io/demeter/>)を用いた。
このプロファイルから得られる動径分布関数において、Mo-Sに起因するピークの強度IとMo-Moに起因するピーク強度IIとの比(I/II)は、1.26であった。
【0140】
[粒子含有樹脂組成物中のMo含有量の定量分析]
まず、実施例1~4および比較例1で得られた樹脂試料を細かく砕き、マイクロウェーブ装置にて溶解処理を行った。ETOS One(マイルストーンゼネラル社製)を用いて、試料各0.1gずつを、それぞれ第一に硫酸5mLに加え、室温で20分間、200℃に昇温して20分間処理した。ついで、第二に硝酸3mLを加え、室温で2分間、50℃に昇温して3分間、30℃に冷却して20分間、230℃に昇温して20分間処理した。得られた分解液をそれぞれ超純水で300、30000、3000000倍に希釈した。この希釈液を用いてのICP/AES測定をICP発光分光分析装置(パーキンエルマー社製、Optima8300)を用いて行った。得られたMo原子の濃度から、樹脂中の二硫化モリブデン含有量に変換した。
【0141】
[摩擦係数の測定及び摩擦評価]
得られた分散樹脂片を用い、卓上射出機(Xplore Instruments BV社製、IM12)にて射出成型を行い、ダンベル形状の成型品を作製した。この成型品を摩擦摩耗試験に供するため、ストレート部を切り出し、長さ16mm、幅4mm、厚さ2mmの試験片を作製した。
レオメーター試験機(アントンパール社製、MCR-502)に摺動特性評価専用温度制御ステージ(製品名「トライボセル」)を装着し、かつ1/2インチのSUJ2球専用治具を用いて摩擦摩耗試験を行った。図4に示すように、3つの試験片A(厚み2mm、幅6mm、長さ15mm)をスペーサーを敷いて専用金具で高さ方向に45度傾け、真上から見て水平方向に互いに120度ずつ均等に並べたステージの上部より、グリース(中京化成工業社製、べアレックスNo2)を介在させた後に、1/2インチのSUJ2特殊ステンレス製球に垂直方向に既定の荷重を加えた。5分間静置後、このSUJ2球の回転数を3.0x10-5rpmから3120rpmまで変化させ、各々の回転数における摩擦係数を記録した。摩擦係数の極小値が0.05以下である場合を良好「〇」、0.05を超える場合を不良「×」とした。
【0142】
[粘弾性評価]
射出成型により作製した実施例1~4及び比較例1のダンベル形状の成型品を用いて貯蔵弾性率E’およびtanδを動的粘弾性装置(日立ハイテクサイエンス社製、DMS6100(両持ち曲げ、応力制御型))で測定した。測定条件は、窒素雰囲気、昇温速度は5℃/min、歪振幅10μmで、測定試験片長(固定治具幅)は20mm、厚み2mm、幅5mmとした。
上記の測定、評価の結果を表2~3及び図1、2、5および図6に示す。
【0143】
【表2】
【0144】
【表3】
【0145】
実施例1~4及び比較例1で算出した摩擦係数及び摩擦評価の結果を表3に示す。表3の結果から、実施例1~4において共通で使用した二硫化モリブデンのメディアン径D50は、それぞれ251nmであり、また、AFMで測定した長さ(縦)×幅(横)×厚み(高さ)は198nm×158nm×19nmである。二硫化モリブデン粒子を含有していない比較例1と比較して、含有量増大により摩擦係数が小さくなり、摩擦特性が向上していることが分かった。
【0146】
また、表3及び図2の結果から、実施例1~4のいずれでも、120℃及び170℃で貯蔵弾性率E’が比較例1よりも高い値であり、比較例1と比べてTg(約100℃)よりも高い温度領域における変形が抑制され、その結果耐摩擦摩耗特性を向上できることが分かった。
【符号の説明】
【0147】
1 製造装置
2 焼成炉
3 冷却配管
4 回収機
5 排気口
6 開度調整ダンパー
7 観察窓
8 排風装置
9 外部冷却装置
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8