(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-19
(45)【発行日】2023-06-27
(54)【発明の名称】酸性地下水の浄化方法
(51)【国際特許分類】
C02F 1/66 20230101AFI20230620BHJP
B09B 3/70 20220101ALI20230620BHJP
B09C 1/08 20060101ALI20230620BHJP
【FI】
C02F1/66 510M
B09B3/70
B09C1/08 ZAB
C02F1/66 521B
C02F1/66 521C
C02F1/66 530C
C02F1/66 530K
C02F1/66 530L
(21)【出願番号】P 2019108177
(22)【出願日】2019-06-10
【審査請求日】2022-06-03
(73)【特許権者】
【識別番号】000206211
【氏名又は名称】大成建設株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】502362758
【氏名又は名称】JX金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001807
【氏名又は名称】弁理士法人磯野国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】根岸 昌範
(72)【発明者】
【氏名】小松 寛
(72)【発明者】
【氏名】山田 誠之
(72)【発明者】
【氏名】川代 晋太郎
【審査官】宮部 裕一
(56)【参考文献】
【文献】特表平09-507425(JP,A)
【文献】特開2016-222776(JP,A)
【文献】特開平06-039055(JP,A)
【文献】特開2000-237735(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C02F 1/66-1/68
B09C 1/00-1/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
地下水汚染範囲の上流側に、地表から帯水層に至る第1液供給設備を備え、
前記地下水汚染範囲の下流側に、地表から帯水層に至る第2液供給設備を備えており、
前記第1液供給設備を用いて第1液を酸性水を含有する地盤に供給
した後、地下水流動により前記第1液のイオンを前記地盤内に拡散させる工程と、
前記第2液供給設備を用いて第2液を前記地盤に供給する工程と、
前記地盤中で塩を形成する工程とを含
み、
前記第1液がカルシウム塩溶液であり、
前記第2液が炭酸塩溶液であることを特徴とする酸性地下水の浄化方法。
【請求項2】
前記第1液が塩化カルシウム溶液であり、
前記第2液が炭酸ナトリウム溶液であり、
前記塩が炭酸カルシウムであることを特徴とする請求項
1に記載の酸性地下水の浄化方法。
【請求項3】
鉱さい堆積場における酸性地下水を中和し、重金属類の漏出を抑制することを特徴とする請求項1
又は請求項2に記載の酸性地下水の浄化方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸性地下水の浄化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鉱さい堆積場や山岳トンネル工事等で発生する掘削ずりを転用した盛り土等においては、鉱さいや掘削ずりに含有される硫化鉱物等が長期に渡って酸化し続けることがある。酸化に始まる一連の化学反応は、鉱さいや掘削ずりに含有される鉱物を溶解させるため、鉱さいや掘削ずりを含有する地盤に降雨等が浸透すると、pHが低くかつ金属類を含む酸性水が発生するおそれがある。金属類とは、具体的には鉛、カドミウム、亜鉛、鉄等である。
【0003】
このような酸性水の浸透が、断続的に地盤中の帯水層にまで及ぶと、酸性水が土壌や地下水の緩衝作用を上回ってしまい、重金属等を含んだ酸性地下水が周辺環境へ拡がる懸念がある。自然由来の重金属類や鉱さい等を含んだ土壌による酸性化問題に対処する技術として、例えば特許文献1には、酸性土壌を中和する改良剤として、産業廃棄物(高炉スラグ、転炉スラグ、石炭灰等)と、アルカリ資材(消石灰、生石灰、石灰石等)とを複数種混合して使用する地盤改良方法が開示されている。
【0004】
また、特許文献2には、鉛等の重金属により汚染された酸性汚染土壌・地下水を中和する方法として、ボーリング孔又は井戸から弱アルカリ性水を酸性地下水面下に入れる方法が開示されている。
また、掘削ずりや鉱さいは経年により風化細粒化等することで、透水性を低下させていく。特許文献3には、透水性の低い酸性土壌を中和する方法として、噴射管を酸性土壌底部まで挿入し、pH濃度がpH8~pH11の弱アルカリ性固体と水とを混合した懸濁液を回転噴射させて、所定の直径の弱アルカリ性固体と土壌との撹拌混合体を形成する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2000-282034号公報
【文献】特開2008-194544号公報
【文献】特開2008-136956号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載の方法は、重機等の機材で汚染土壌に砂利状のアルカリ資材を混合する方法であるため、当該土壌を含む土地が公園等に利用されていた場合は適用不能であり、利用されていなかった場合でも、大量の汚染土に十分な量のアルカリ資材を混合することは困難であった。また、砂利状のアルカリ資材は粒径が大きく被表面積が小さいため、中和効果が低く、重金属の吸着能においても劣るものであった。
特許文献2に記載の方法では、ボーリング孔等を用いているため特許文献1に記載の方法のような困難はないが、弱アルカリ水の注入では既に流出している重金属を吸着することはできず、重金属の漏出を抑制する化学的なバリアを形成できない。
特許文献3に記載の方法によれば、懸濁液に含まれる水和生成物による重金属の表面吸着が期待できるが、透水性の低い土壌内の意図した位置に懸濁液を供給するためには高圧噴射を行う必要があり、設備が高コストとなる問題がある。
【0007】
本発明は、以上のような状況を踏まえてなされたものである。すなわち、本発明は、過去にストックされた、または、これから発生する掘削ずりや鉱さいなどを含有する地盤において、酸性地下水を中和し、かつ金属類の漏出を抑制する、低コストな地下水の浄化方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため、本発明に係る酸性地下水の浄化方法は、地下水汚染範囲の上流側に、地表から帯水層に至る第1液供給設備を備え、前記地下水汚染範囲の下流側に、地表から帯水層に至る第2液供給設備を備えており、前記第1液供給設備を用いて第1液を酸性水を含有する地盤に供給した後、地下水流動により前記第1液のイオンを前記地盤内に拡散させる工程と、前記第2液供給設備を用いて第2液を前記地盤に供給する工程と、前記地盤中で塩を形成する工程とを含み、前記第1液がカルシウム塩溶液であり、前記第2液が炭酸塩溶液である。
かかる浄化方法によれば、従来の懸濁液に含まれる塩の粒子では通り抜けることのできないような透水性の低い地盤においても、成分の溶解した薬液を地盤内に浸透させて塩を析出させることで、特殊な設備を要することなく酸性地下水の浄化に効果的な深度に塩を供給し、酸性地下水を中和したり、酸性地下水中の重金属を吸着したりすることができる。
【0009】
また、かかる浄化方法によれば、アルカリ性が弱く、環境負荷が低い炭酸カルシウム塩を地盤内に析出させることにより、酸性地下水の浄化を行うことができる。
【0010】
さらに、本発明に係る酸性地下水の浄化方法は、前記第1液が塩化カルシウム溶液であり、前記第2液が炭酸ナトリウム溶液であり、前記塩が炭酸カルシウムであることが好ましい。
かかる浄化方法によれば、地下水の窒素汚染等を引き起こす懸念がなくかつ安価な材料を用いて、酸性地下水の浄化を行うことができる。
【0012】
また、かかる浄化方法によれば、地盤内に供給された第1液内のカルシウムイオンの移動を観測することにより、酸性地下水の主たる移動経路に対して炭酸カルシウムを析出させ、酸性地下水の漏出を効果的に抑制することが可能となる。
【0013】
さらに、本発明に係る酸性地下水の浄化方法は、鉱さい堆積場における酸性地下水を中和し、重金属類の漏出を抑制することが好ましい。
かかる浄化方法によれば、地下水の酸性化の原因となる鉱物を多く含む鉱さいの堆積場からの酸性地下水の流出を抑制することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る酸性地下水の浄化方法は、実施コストを抑えつつ、過去にストックされた、または、これから発生する掘削ずりや鉱さいなどを含有する地盤において、酸性地下水を中和し、かつ金属類の漏出を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1A】石灰石を粉砕して製造した炭酸カルシウムの電子顕微鏡画像である。
【
図1B】塩化カルシウム溶液と炭酸ナトリウム溶液とを混合して析出させた炭酸カルシウムの電子顕微鏡画像である。
【
図2A】亜鉛の吸着量と平衡時液相濃度の関係を示すグラフである。
【
図2B】カドミウムの吸着量と平衡時液相濃度の関係を示すグラフである。
【
図2C】鉛の吸着量と平衡時液相濃度の関係を示すグラフである。
【
図3】第1液と第2液との供給後の土槽試験装置の概略図である。
【
図5】実施形態1の酸性地下水浄化設備の平面図である。
【
図6】実施形態2の酸性地下水浄化設備の平面図である。
【
図7】実施形態2の酸性地下水浄化設備の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者らは、重金属の吸着能が高い被表面積の小さい化合物を、地下水の流路(帯水層)等に供給することで、重金属の漏出を食い止め、かつ、酸性地下水を中和する、低コストな方法について鋭意検討した。
まず、本発明者らは、重金属の漏出を食い止め、かつ、酸性地下水を中和する塩の有力な候補である炭酸カルシウム(CaCO3)について、その粒子の物性を検証した。
【0017】
塩化カルシウム(CaCl2)水溶液と炭酸ナトリウム(Na2CO3)水溶液の2液を混合して析出させた炭酸カルシウムと、コンクリート混和剤等に一般的に使用される既成品と同グレードの炭酸カルシウム(石灰石を粉砕して製造した微粉末)とについて調べたところ、どちらの炭酸カルシウム粒子もその平均粒径はおおよそ8μmを超えることが判明した。このような粒径は、地盤の粘土分等と同程度である。したがって、粘土質等の透水度の低い地盤において、このような炭酸カルシウムは、細かな土粒子の作る狭い空隙を通り抜けることができず、ペーストとなって当該土粒子の層内に留まり、地下水面下の帯水層まで到達できないと考えられる。さらに、上記層内にこのようなペーストが形成された場合、土粒子間の空隙を塞いでしまうため、仮にポンプ等によって圧を加えて炭酸カルシウムの懸濁液を供給したとしても、帯水層に炭酸カルシウムを届けることは難しい。
【0018】
[炭酸カルシウムの物性試験]
そこで、本発明者らは、懸濁液ではなく、成分の溶解した薬液であれば、成分を土粒子に濾されることなく、帯水層まで届けることができることに着目した。すなわち、薬液を第1液と第2液に分けて地盤に供給し、地盤内で2液から塩をその場で合成することにより、地盤の透水性が低い場合であっても帯水層に当該塩による化学的なバリアを形成できることを見出した。
【0019】
さらに、炭酸カルシウム粒子の物性の検証により以下のことが判明した。
図1Aは石灰石を粉砕して製造した既成品と同グレードの炭酸カルシウム(以降、鉱物粉砕品とも称する)を倍率2000倍で撮像した電子顕微鏡画像である。
図1Bは塩化カルシウム溶液と炭酸ナトリウム溶液の2液を混合して析出させた炭酸カルシウム(以降、2液合成品とも称する)を倍率2000倍で撮像した電子顕微鏡画像である。
【0020】
図1Aの鉱物粉砕品の比表面積は0.27m
2/gであった。一方、
図1Bに示すように、2液合成品は立方体の微細な結晶が凝集したような形状を有していることから、比表面積測定のための乾燥過程において二次凝集が発生していると考えられる。それにも関わらず、2液合成品の比表面積は0.6216m
2/gであり、鉱物粉砕品に比べて約2.3倍も大きかった。実際に地盤中で2液から合成される炭酸カルシウムは、一次粒子の状態で存在すると考えられるため、上記2液混合品よりもさらに大きな比表面積を有するものと考えられる。よって、地盤中で2液から合成される炭酸カルシウムは、鉱物粉砕品よりもはるかに大きな比表面積を有するものと推察できる。
一般に、比表面積の大きな粒子の方が吸着能力が高いため、2液合成品の大きな比表面積は重金属の吸着に有効だと考えられる。そこで、本発明者らは、2液合成品と鉱物粉砕品の重金属の吸着能力の比較実験を行った。具体的には、亜鉛(Zn)、カドミウム(Cd)、鉛(Pb)の水溶液を作成し、2液合成品と鉱物粉砕品の重金属の吸着能力を比較した。
【0021】
各重金属について、初期濃度条件を変えた重金属水溶液を30mLずつ作成し、当該水溶液に2液合成品を0.115g(乾燥換算)添加した後、平衡後の液相濃度低下量から、炭酸カルシウム(2液合成品)1gあたりの重金属の吸着量(以降、単に吸着量とも称する)を計算した。
鉱物粉砕品についても、鉱物粉砕品を0.4g(乾燥換算)添加したこと以外は同様にして、炭酸カルシウム(鉱物粉砕品)1gあたりの重金属の吸着量を計算した。
【0022】
各重金属水溶液における、重金属の吸着量(mg/g)と平衡時液相濃度(mg/L)の関係を
図2A~Cに示す。
各グラフにおける「○」は2液合成品の各平衡時液相濃度における吸着量を、「◇」は鉱物粉砕品の各平衡時液相濃度における吸着量を示す。これら平衡時液相濃度と吸着量との関係を、以下のFreundlich型の吸着等温式で近似することにより、2液合成品の吸着量の近似曲線(太い破線)と、鉱物粉砕品の吸着量の近似曲線(細い破線)を得た。なお、qが吸着量、Cが液相濃度、kおよびl/nがそれぞれ係数を示す。
[数式1]
【0023】
得られた近似曲線に基づいて、各重金属の液相濃度が水質環境基準値(以降、環境基準液相濃度とも称する)であるときに炭酸カルシウムが吸着する重金属の量をそれぞれ算出した。この結果を表1に示す。
【0024】
【表1】
液相濃度が水質環境基準値であるとき、亜鉛の吸着量は2液合成品で0.198mg/g、鉱物粉砕品で0.060mg/gであった。カドミウムの吸着量は2液合成品で0.31mg/g、鉱物粉砕品で0.10mg/gであった。鉛の吸着量は2液合成品で0.019mg/g、鉱物粉砕品で0.009mg/gであった。以上のように、各重金属に対する2液合成品の吸着能力は、鉱物粉砕品に比べて、鉛においては2倍程度、亜鉛とカドミウムでは3倍程度優れていた。このような結果から、土中で2液合成品を形成することができれば、鉱物粉砕品よりも塩の被表面積が大きくなるため、酸性地下水の中和効果および重金属の吸着効果を向上する効果が望めると考えられる。
【0025】
[土槽試験]
そこで、本発明者らは土中に第1液と第2液とを別々に供給することにより、土中の任意の位置で炭酸カルシウムを析出させられることを確認するため、土槽試験を行った。
図3に第1液と第2液との供給後の土槽試験装置の概略図を示す。土槽は、ズリを主な成分とするかん止堤を模しており、勾配を備えた土層40と、その上に充填されたズリ層41と、土層40に接地するまで挿し込まれた薬液供給管5と、薬液供給管5から供給された第1液と第2液によって形成された炭酸カルシウム層42とを備える。
実際の酸性地下水浄化においても、このような勾配を備えた地形における、自然の地下水流動を利用し、第1液と第2液とを拡散させることを想定している。
【0026】
図3は、第1液として濃度1mol/Lの塩化カルシウム溶液2Lを、第2液として濃度1mol/Lの炭酸ナトリウム溶液2Lを、薬液供給管5から500mlずつ交互に供給した後の状態を示している。土槽試験により、後から投入された第2液が第1液を押し出すのではなく、まず第1液がズリ層41と土層40の境界付近に保水され、そこに第2液が到達することで第1液と第2液が混合され、炭酸カルシウム層42が形成されることが確認できた。
【0027】
なお、土槽試験においては、第1回目の第2液供給の直後から炭酸カルシウムが析出した。このことから、第1液を全量供給した後に第2液を供給すれば、薬液の供給の途中で析出した炭酸カルシウムによる薬液供給管、薬液供給孔等のフィルタの目詰まりを抑制し、第1液と第2液の供給を潤滑にすることができると考えられる。さらに、第1液の供給と第2液の供給との間に、薬液供給管、薬液供給孔等の付近を洗浄することにより、フィルタの目詰まりをいっそう抑制できるものと考えられる。
【0028】
[実地盤への薬液供給試験]
次に本発明者らは、実際の地盤中においても土槽試験と同じく土壌中において炭酸カルシウムが形成され、酸性地下水が浄化されることを実験により確認した。
図4に、実験を実施した実地盤の断面図を示す。
図4の実地盤は、基盤岩61の上に、酸性化土壌62を背面に有する堤体63および堤体64を有し、清浄な沢水をバイパスするためのバイパス水路8を備えている。堤体63は不透水である。堤体63上の堤体64は、砂礫土壌を主体とし、高い透水性を有する。通常時においては、堤体64は不飽和の状態であるが、降雨時などに酸性化土壌62内の浸潤水位621が上昇して
図4に示したような高さになると、酸性水の通過経路641に沿って酸性水が堤体64内を流下し、バイパス水路8の壁面の劣化箇所81に到達する。このような状況が長い年月にわたって継続することで、バイパス水路8の壁面の劣化が進行し、バイパス水路8内へ酸性水が浸みだす状況が確認されるようになった。
【0029】
図4の実験においては、酸性水の通過経路641に薬液を供給するための設備として、堤体64の小段部分から、観測井戸と同様の仕様で薬液投入用井戸7を堤体63に到達するまでの深度で構築した。薬液投入用井戸7と劣化箇所81との水平距離は約30mであった。井戸管の直径はφ50mmであり、深部4mにストレーナ(有孔部分)を備えた構造とした。実地盤における酸性地下水浄化作用に加えて、このように簡便な設備で不飽和地盤中に薬液を供給できることについても確認することとした。
【0030】
図4の実験においては、濃度約0.66mol/Lの塩化カルシウム溶液を第1液として10m
3用い、濃度約0.936mol/Lの炭酸ナトリウム溶液を第2液として10m
3用いた。なお、第2液とした炭酸ナトリウム溶液を作液する際に、第1液の作液よりも時間を要した上に、溶液を撹拌するタンクの底部に薬剤が固結した残存分が確認された。設定した第2液の濃度は飽和溶解度の理論値よりも低濃度であるにも関わらず、一部固結した薬剤が確認できたことから、実用上は0.936mol/Lよりも更に低い濃度で使用することが好ましいと考えられた。地盤の透水性などを考慮し、注水量が確保できる場合には、低濃度で作液し注水する総量を増加させるなどの対応で、より作業効率を高めることが可能である。
【0031】
図4の実地盤への薬液供給実験の結果を表2に示す。表2は、
図4に示したバイパス水路8の劣化箇所81において、壁面から浸みだした湧水を採水し室内分析した結果である。
【0032】
【0033】
表2から、第1液および第2液を全量供給した段階において、壁面からの湧き水のpHが顕著に増大し、亜鉛濃度が顕著に低減されていることが確認できる。第1液に由来する塩化物イオン(Cl-)、第2液に由来するナトリウムイオン(Na+)は増大し、薬液成分が到達することに伴って電気伝導度も増大している。なお、カルシウムイオン(Ca2+)濃度については顕著な増大が認められていないことから、供給されたカルシウムイオンが地盤中における炭酸カルシウムの形成に寄与していたものと考えられた。
以上のように、実際の地盤における試験において、簡易な投入設備(観測井戸)を使用して地下20mの位置に薬液を供給して拡散させ、水平距離でおよそ30m離れた個所のモニタリングにおいて酸性水の緩和と重金属(亜鉛)濃度の低減効果を確認することができた。以上の実験結果に基づいて、以降、実施形態を説明する。
【0034】
以下、本発明の実施をするための形態を、適宜図面を参照しながら詳細に説明する。各図は、本発明を十分に理解できる程度に、概略的に示してあるに過ぎない。よって、本発明は、図示例のみに限定されるものではない。なお、各図において、共通する構成要素や同様な構成要素については、同一の符号を付し、それらの重複する説明を省略する。
【0035】
[実施形態1]
実施形態1の酸性地下水の浄化方法を実施するための、酸性地下水浄化設備S1の平面図を
図2に示す。
酸性地下水浄化設備S1は、上述のような勾配を備えており地下水が流動する地形に設置された鉱さい堆積場の下流側に設けられ、鉱さいの酸化により発生した酸性地下水に対する化学的なバリアを形成する。酸性地下水浄化設備S1は、適宜間隔を空けて形成された複数(一例として
図2では4ヶ所)の上流側観測孔1Bと、適宜間隔を空けて形成された複数(一例として
図2では4ヶ所)の下流側観測孔2Bと、適宜、略一定の間隔を空けて形成された複数(一例として
図2では18ヶ所)の薬液供給井戸1とを備える。薬液供給井戸1は、酸性地下水に対する化学的なバリアを形成するため、地下水の流れ方向に交差する方向に沿って列を形成する。上流側観測孔1B、下流側観測孔2Bについても、薬液供給井戸1と略平行になるように形成される。なお、図中の矢印は地下水の流下方向を示す。
【0036】
薬液供給井戸1の周囲の円は、薬液供給井戸1から供給される薬液(第1液および第2液)が流動しない場合に、薬液によって土粒子間の空隙が置換されると想定される仮想の円筒領域を示している。実際には、薬液はこの円筒領域で固まることなく、地下水の流動に乗って下流側に拡散しつつ塩を形成するのであるが、この仮想の円筒領域同士を重ねるように酸性地下水浄化設備S1を設計するという指針によれば、酸性地下水を浄化する塩の化学的なバリアを漏れのないように形成できると考えられる。よって、薬液供給井戸1の設置間隔、および、薬液供給井戸1から供給される薬液(第1液および第2液)の量は、上記仮想の円筒領域が重なるように設定されることが好ましい。薬液の濃度は、酸性地下水の流速、pH等から算出される、第1液と第2液の塩の形成した化学的なバリアにかかる負荷の量に対して、当該化学的なバリアが十分厚くなり、かつ、地盤の透水係数を大きく変化させないように導出される。
薬液供給井戸1の列は一列でもよいが、上記の円筒領域を重ねて酸性地下水の漏出を抑制する観点から、二列以上として千鳥配置とすることが好ましい。
【0037】
本実施形態の浄化方法では、上流側観測孔1Bで地盤の汚染状況を確認して第1液および第2液の供給量を設定し、薬液供給井戸1から地盤中に第1液および第2液を供給し、地盤中で第1液と第2液の塩を析出させ、当該塩により、酸性地下水中の重金属を吸着し、酸性地下水を中和する。第1液と第2液は同時に供給してもよいが、第1液の後に所定時間をおいて第2液を供給することが好ましい。第1液と第2液の反応性が高い場合、同時に供給すれば地盤の表面付近で塩を形成してしまう懸念があるが、第1液の後に第2液を供給すれば、所定の深度まで両液を供給して塩を形成することができるためである。
【0038】
塩を含む懸濁液を地盤に直接供給せずに、第1液と第2液とを地盤内で混合して塩を析出させると、酸性地下水の中和効果および重金属の吸着効果の大きな塩を地盤に供給することができる。さらに、薬液(第1液および第2液)は、粘土質等の透水性の低い地盤も通り抜けることができる。そのため、薬液成分を地盤内で結合させる浄化方法によれば、透水性の低い地盤であっても、帯水層に塩を供給することができ、ひいては酸性地下水に対する化学的なバリアを形成することができる。
【0039】
また、従前の塩を含む懸濁液を使用する場合、懸濁液中の粒子が凝集等して液から分離すれば、配管の閉塞等の問題を引き起こす。粒子の分散状態を維持するためには、分散剤の添加が必要となるが、分散剤は一般的に高価な高分子材料であり、また環境負荷となるケースもある。本実施形態のように薬液を供給する方法であれば、分散剤が不要であるため、分散剤によるコストや環境負荷の増加を回避することができる。
【0040】
本実施形態の浄化方法は、敷地境界などで確実に酸性地下水の漏出を抑制したい場合に有効である。汚染範囲が拡大しており、汚染範囲全域を面的浄化することがコスト等の問題から現実的でない場合であっても、本実施形態の浄化方法であれば、酸性地下水の流れを列状に受け止め、酸性地下水の拡散を抑制することができる。
【0041】
本実施形態では、地表から地中に至る薬液供給設備として薬液供給井戸1を備えることにより地表から地盤中に薬液を適切に供給し、下流側観測孔2Bで第1液および第2液に含まれるイオンの拡散状況を確認しつつ、薬液供給井戸1から二重管ダブルパッカー工法にて第1液および第2液を供給するが、薬液の供給方法はこれに限らない。薬液は、斜め井戸や水平井戸から浸透供給されてもよいし、トレンチによってカーテン状に浸透されてもよいし、有孔パイプ(例えばコルゲートパイプなど)を水平に埋設して浸透されてもよいし、その他の方法で供給されてもよい。実施形態1の浄化方法は、薬液の供給にダブルパッカー工法などの在来工法を利用可能であるため、容易かつ確実に施工することができる。
第1液および第2液は、それぞれ供給の事前に地上でハンドミキサー、水流、撹拌機つきの薬液タンク等の手段を用いて撹拌され、上記で導出した所定の濃度に調製される。
【0042】
酸性地下水中の重金属を吸着し、酸性地下水を中和する塩としては、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム(MgCO3)、ドロマイト(Ca・Mg(CO3)2 )、水酸化カルシウム(Ca(OH)2)等の中から1種以上を採用できる。これら塩の中でも、炭酸塩である炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム等が、地下水に含まれる鉱さい等由来の鉄、亜鉛、マンガン等の様々な重金属類と結合して炭酸塩を形成することにより、これら金属類を不溶化して地中に留め、漏出を抑制する点において好ましい。さらに、これら炭酸塩の中でも炭酸カルシウムが、アルカリ性が弱く環境負荷が低く、安価である点で、より好ましい。
【0043】
炭酸カルシウムは、カルシウム塩と炭酸塩との混合により析出させることができる。この混合の順序としては、第1液としてカルシウム塩を、第2液として炭酸塩を使用することが以下の理由により好ましい。すなわち、炭酸塩に含まれる炭酸イオン(CO3
2-)は、カルシウム塩中のカルシウムイオン(Ca2+)と結合して炭酸カルシウムを形成するほかに、溶液または地下水中の水素イオン(H+)と結合して、重炭酸イオン(HCO3
-)や炭酸(H2CO3)を発生させ得る。重炭酸イオンは、例えばセスキ炭酸ソーダ(NaHCO3・Na2CO3・2H2O)を析出させ得る。
【0044】
炭酸塩が、カルシウム塩と反応する前に水分中で長時間おかれれば、水素イオンと反応する炭酸イオンの割合が増加し、カルシウム塩の形成に寄与する炭酸イオンの割合が低下するものと考えられる。よって、第1液をカルシウム塩、第2液を炭酸塩とし、炭酸イオンとカルシウムイオンとを効率的に結合させることが好ましい。ただし、例えば過去に酸性地下水の浄化が試みられた土壌等、既に土壌中にカルシウム塩が存在すると考えられる場合は、第1液として炭酸塩溶液を先に供給してもよい。
【0045】
カルシウム塩としては、塩化カルシウム、臭化カルシウム(CaBr2)、ヨウ化カルシウム(CaI2)、硝酸カルシウム(Ca(NO3)2)等を採用することができ、中でも、地下水の窒素汚染等を引き起こす懸念がなく、また安価である点で、塩化カルシウムが好ましい。
炭酸塩としては、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム(K2CO3)、炭酸アンモニウム((NH4)2CO3)等を採用することができ、中でも、地下水の窒素汚染等を引き起こす懸念がなく、また安価である点で、炭酸ナトリウムが好ましい。
【0046】
[実施形態2]
実施形態2の酸性地下水の浄化方法を実施するための、酸性地下水浄化設備S2の平面図を
図3に示す。
本実施形態の浄化方法を実施するための酸性地下水浄化設備S2も、上述のような勾配を備えており、地下水が流動する地形に設置された鉱さい堆積場に設けられ、鉱さいの酸化により発生した酸性地下水に対する化学的なバリアを形成する。実施形態1の酸性地下水浄化設備S1との違いは、第1液と第2液を異なる井戸から供給することである。以降、実施形態1との共通部分については適宜省略しながら、実施形態2について説明する。
【0047】
酸性地下水浄化設備S2は適宜間隔を空けて形成された複数(一例として
図3では4ヶ所)の上流側観測孔1Bと、適宜略一定の間隔を空けて形成された複数(一例として
図3では3ヶ所)の第1液供給井戸1Aと、適宜略一定の間隔を空けて形成された複数(一例として
図3では6ヶ所)の第2液供給井戸2Aと、適宜間隔を空けて形成された複数(一例として
図3では4ヶ所)の下流側観測孔2Bとを備える。酸性地下水浄化設備S2では、第1液供給井戸1Aから供給した第1液が、下流側観測孔2B付近に到達すると、第2液供給井戸2Aから供給した第2液と反応して第1液と第2液の塩を析出させ、当該塩により、酸性地下水中の重金属を吸着し、酸性地下水を中和する。なお、図中の矢印は地下水の流下方向を示す。
【0048】
実施形態2では、地表から地中に至る薬液供給設備として第1液供給井戸1Aおよび第2液供給井戸2Aを備え、不図示の流量計で第1液と第2液の供給量をそれぞれ確認しつつ、かつ、下流側観測孔2Bで薬液に含まれるイオンの拡散状況を確認しつつ、第1液供給井戸1Aおよび第2液供給井戸2Aから水頭差を用いて薬液を供給する。なお、薬液の供給方法はこれに限らない。例えば薬液は、供給孔からパッカー供給されてもよいし、斜め井戸や水平井戸から浸透供給されてもよいし、地中浅部に設置したトレンチによってカーテン状に浸透されてもよいいし、その他の方法で供給されてもよい。トレンチを使用する際は、地下水と薬液とについて比重を比較し、薬液の方が比重が大きくなるように調製して供給をすることにより、深度方向への2液の混合促進が期待できる。いずれの場合も必要に応じてポンプ等も併用することができるが、薬液供給に対する抵抗は懸濁液の場合と比較して小さいため、ポンプ等の設備も簡易化することができる。
【0049】
具体的には、以下のように行う。本実施形態では、第1液として塩化カルシウムを、第2液として炭酸ナトリウムを使用し、塩として炭酸カルシウムを析出させる。まず、第1液供給井戸1Aから塩化カルシウムを供給する。本実施形態では、塩化カルシウムの供給開始から所定時間後に、下流側観測孔2Bから、地下水のサンプルを採取し、塩化カルシウム由来のカルシウムイオンの存在量を確認する。ここでいう所定時間は、第1液供給井戸1Aと下流側観測孔2Bとの距離を、地下水に想定される流速で除算することにより概ね求めることができる。下流側観測孔2Bで採取したサンプル中に存在するカルシウムイオン濃度が所定の値以上であったとき、第2液供給井戸2Aから炭酸ナトリウム溶液の供給を行い、炭酸カルシウムを析出させる。
【0050】
このような浄化方法によれば、実施形態1の浄化方法と同じく、透水度が低い地盤であっても広範囲に塩を供給することができ、また当該塩の比表面積を大きくして酸性地下水の中和性能および重金属の吸着性能を向上させることができる。さらに、実施形態2では、地盤内に供給された第1液内のカルシウムイオンの移動を観測することにより酸性地下水の主たる移動経路を把握することができる。この移動経路に対して炭酸カルシウムを析出させることにより、酸性地下水の漏出を効果的に抑制することが可能となる。また、実施形態2の浄化方法では、第1液の拡散に地下水の流動を利用するため、薬液を供給する井戸の数を減らしても第1液を十分に拡散することが可能となる。この方法は、特に、地下水に数10cm/day以上程度の流動がある場合に好適である。
【0051】
酸性地下水浄化設備S2の断面図を
図4に示す。
図4の右側が上流側であり、左側が下流側であり、図中の矢印は地下水の流下方向を示す。第1液供給井戸1Aから下流側観測孔2Bまで広がる領域20は、第1液である塩化カルシウム溶液由来のカルシウムイオンが拡散した範囲を示している。
酸性地下水浄化設備S2の設けられた鉱さい堆積場の地盤には、
図4の例では、砂礫層32、河底堆積層31、鉱さい堆積層30がこの順に重なって含まれている。砂礫層32は地下水面下にある帯水層であり、地下水は砂礫層32内で図中の矢印方向に流下する。なお、酸性地下水浄化設備Sは、このような地盤以外にも様々な地盤以外に適用可能である。
【0052】
砂礫層32と河底堆積層31との界面付近、つまり砂礫層32の上部は、河底堆積層31を介して鉱さい堆積層30から流れ込んだ酸性地下水を多く含むと考えられる。よって、第1液供給井戸1Aは、砂礫層32の上部に第1液として塩化カルシウム溶液を供給するものとする。例えば第1液供給井戸1Aには薬液供給管が挿入される。薬液供給管のうち砂礫層32上部に挿入される部分にはスクリーンが設けられていて、当該部分から薬液供給管内部の塩化カルシウム溶液を砂礫層32に供給できるものとする。
【0053】
第2液供給井戸2Aは、第2液を第1液より深い位置まで供給するため、第1液供給井戸1Aの深度よりも深い位置まで形成される。第2液供給井戸2Aは、砂礫層32の上部から上記深度までの領域に第2液として炭酸ナトリウム溶液を供給するものであり、当該領域に挿入される部分にスクリーンを備えるものとする。
このような構成とする理由は以下である。すなわち、領域20に示されるように、第1液は地下水の流れに乗って沈降しつつ下流に向かって拡散する。したがって、第1液と第2液を混合させるためには、第1液の供給された位置より深くまで第2液を供給することが好ましい。
【0054】
以上、本発明に係る実施形態について説明したが、本発明は、鉱さい堆積所以外にも、掘削ずりを転用した場所等様々な場所において酸性地下水を中和し、重金属の漏出を抑制することができる。もちろん、重金属を含まない酸性地下水が発生する場所にも適用可能である。また、前述の実施形態に限られず、各構成要素については、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で適宜追加や変更が可能である。
【0055】
例えば、実施形態1の変形例として、薬液供給井戸1を汚染範囲全域にメッシュ状に配置すれば、汚染範囲全域を面的に浄化することが可能となる。メッシュ状に配置した薬液供給井戸1については、第1液と第2液を交互に供給してもよいし、第1液の拡散状況を確認してから、効果的な供給箇所を選定して第2液を供給しても良い。
【0056】
実施形態1,2の変形例として、降雨時などに環境水の浸透にともなって酸性水が移動して拡散する不飽和帯に対して適用してもよい。不飽和帯においても、地盤中に薬液を供給することにより、環境水の浸透により酸性地下水の通過経路となる地盤中の間隙にまで薬液を浸透させて塩を析出させ、酸性地下水を中和し重金属を吸着することができる。
【符号の説明】
【0057】
S1、S2 酸性地下水浄化設備
1 薬液供給井戸
1A 第1液供給井戸
1B 上流側観測孔
2A 第2液供給井戸
2B 下流側観測孔
30 鉱さい堆積層
31 河底堆積層
32 砂礫層(帯水層)