(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-23
(45)【発行日】2023-07-03
(54)【発明の名称】グルコースデヒドロゲナーゼ変異体
(51)【国際特許分類】
C12N 9/04 20060101AFI20230626BHJP
C12N 15/53 20060101ALI20230626BHJP
C12N 15/63 20060101ALI20230626BHJP
C12N 1/15 20060101ALI20230626BHJP
C12N 1/19 20060101ALI20230626BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20230626BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20230626BHJP
C12Q 1/32 20060101ALI20230626BHJP
C12M 1/40 20060101ALI20230626BHJP
C12Q 1/54 20060101ALI20230626BHJP
C12Q 1/00 20060101ALI20230626BHJP
G01N 27/327 20060101ALI20230626BHJP
G01N 27/416 20060101ALI20230626BHJP
【FI】
C12N9/04 D ZNA
C12N15/53
C12N15/63 Z
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
C12N5/10
C12Q1/32
C12M1/40 B
C12Q1/54
C12Q1/00 B
G01N27/327 353Z
G01N27/416 338
(21)【出願番号】P 2018195155
(22)【出願日】2018-10-16
【審査請求日】2021-09-14
(31)【優先権主張番号】P 2017200521
(32)【優先日】2017-10-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004477
【氏名又は名称】キッコーマン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】鉞 陽介
【審査官】西村 亜希子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2012/026493(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/129475(WO,A1)
【文献】特開2013-116102(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 9/
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(i)FAD依存性グルコースデヒドロゲナーゼ(FAD-GDH)変異体であって、当該FAD-GDH変異体の由来する野生型FAD-GDHのアミノ酸配列においてリシン残基である位置のうち7つ以上の位置のアミノ酸が、リシン以外のアミノ酸残基
である、アルギニン、アスパラギン、グルタミン、フェニルアラニン、メチオニン、ロイシン、イソロイシン、バリン、アラニン、セリン、トレオニン又はヒスチジンに置換されている、FAD-GDH変異体、又は
(ii)FAD-GDH変異体であって、当該FAD-GDH変異体の全長アミノ酸配列中の合計リシン残基数が、当該FAD-GDH変異体の由来する野生型FAD-GDHの全長アミノ酸配列中の合計リシン残基数と比較して、リシン残基数が7以上少ない、FAD-GDH変異体、
ここで(i)又は(ii)において、配列番号1の54位、129位
、152位、153位
、178位、179位
、286位
、409位、414位
、580位
、及び630
位、に対応する位置からなる群より選択される位置のうち、当該FAD-GDH変異体の由来する野生型のFAD-GDHのアミノ酸配列においてリシン残基である位置のうちの7つ以上の位置のアミノ酸が、リシン以外のアミノ酸
である、アルギニン、アスパラギン、グルタミン、フェニルアラニン、メチオニン、ロイシン、イソロイシン、バリン、アラニン、セリン、トレオニン又はヒスチジンに置換されており、
(i)又は(ii)において、アミノ酸置換前のFAD-GDHが、配列番号1と
92%以上のアミノ酸配列同一性を有するFAD-GDH、配列番号3と
92%以上のアミノ酸配列同一性を有するFAD-GDH又は配列番号4と
92%以上のアミノ酸配列同一性を有するFAD-GDH、及び、配列番号14と
92%以上のアミノ酸配列同一性を有するFAD-GDHからなる群より選択されるものである、
グルコースデヒドロゲナーゼ活性を有するFAD-GDH変異体。
【請求項2】
前記配列番号1の54位、129位
、152位、153位
、178位、179位
、286位
、409位、414位
、580位
、及び630
位に対応する位
置がいずれもリシン以外のアミノ酸残基
である、アルギニン、アスパラギン、グルタミン、フェニルアラニン、メチオニン、ロイシン、イソロイシン、バリン、アラニン、セリン、トレオニン又はヒスチジンに置換されている、請求項1に記載のFAD-GDH変異体。
【請求項3】
請求項1
又は2に記載のFAD-GDH変異体をコードするFAD-GDH遺伝子。
【請求項4】
請求項
3に記載のFAD-GDH遺伝子を含むベクター。
【請求項5】
請求項
4に記載のベクターが導入されている宿主細胞。
【請求項6】
以下の工程を含むFAD-GDHを製造する方法:
請求項
5に記載の宿主細胞を培養する工程、
前記宿主細胞中に含まれるFAD-GDH遺伝子を発現させる工程、及び
前記培養物からFAD-GDHを単離する工程。
【請求項7】
請求項1
又は2に記載のFAD-GDH変異体を含むグルコースアッセイキット。
【請求項8】
請求項1
又は2に記載のFAD-GDH変異体を含む電極。
【請求項9】
請求項1
又は2に記載のFAD-GDH変異体を含むグルコースセンサー。
【請求項10】
請求項
9に記載のグルコースセンサーを有する、持続血糖測定装置。
【請求項11】
請求項1
又は2に記載のFAD-GDH変異体、請求項
7に記載のキット、請求項
8に記載の電極、請求項
9に記載のセンサー、又は請求項
10に記載の装置を用いるグルコース測定方法。
【請求項12】
グルコース測定が持続血糖測定装置による測定である、請求項
11に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グルコースデヒドロゲナーゼの変異体に関する。
【背景技術】
【0002】
血中グルコース濃度(血糖値)は、糖尿病の重要なマーカーである。グルコースの検出には種々の方法が用いられるが、中でもグルコースセンサーを用いた方法が着目されている。グルコースセンサーに用いる酵素としては、グルコースオキシダーゼ(GOD)、ピロロキノリンキノン依存性グルコースデヒドロゲナーゼ(PQQ-GDH)、或いはFAD依存性グルコースデヒドロゲナーゼ(FAD-GDH)等が挙げられる。持続血糖測定装置やバイオ燃料電池におけるセンサーでは通常、酵素は固定化されて使用される。
【0003】
GODはグルコースを酸化する際に、酸素を電子受容体とする。これは測定サンプル中に存在する溶存酸素の影響を受けうる。PQQ-GDHは、マルトースなど他の基質も認識しうる。これは測定誤差の原因ともなりうる。
【0004】
特許文献1は、ムコール属由来のGDHを開示している。非特許文献3はMucor prainii由来のFAD-GDHを開示している。
【0005】
特許文献2は、Burkholderia cepacia由来のGDHを開示している。開示されているGDHは膜結合性タンパク質であり、シトクロムドメインを有する。B. cepacia由来のGDHのアミノ酸配列はムコール属由来のFAD依存性GDHと類似していない。Burkholderia cepacia由来のGDHを用いたグルコース検出デバイスの構築が検討されている(非特許文献2)。
【0006】
特許文献3はMucor guilliermondii (MgGDH)由来のGDHを開示している。特許文献4はMucor hiemalis (MhGDH) 由来のGDHを開示している。特許文献5はCircinella simplex由来のCsGDH及びCircinella sp.由来のCRGDHを開示している。特許文献6はMucor RD056860由来のMrdGDHを開示している。特許文献7はMucor subtilissimus由来のMsGDHを開示している。特許文献8及び特許文献9は、それぞれ、M. prainii由来のGDHを開示している。
【0007】
特許文献10は、ビス活性化ポリエチレングリコールを架橋剤として使用し、グルコース脱水素酵素を架橋し高容量にて固定化する方法を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】国際公開第2015/099112号(US2016/0319246)
【文献】国際公開第2002/036779号(US2004/0023330)
【文献】国際公開第2013/051682号
【文献】特開2013-116102号
【文献】国際公開第2013/022074号(US2014/0154777)
【文献】特開2013-176363号
【文献】特開2013-176364号
【文献】国際公開第2012/169512号(US2014/0287445)
【文献】国際公開第2015/129475号(EP3112461)
【文献】特表2017-512478(WO 2015/150263)
【非特許文献】
【0009】
【文献】THE JOURNAL OF BIOLOGICAL CHEMISTRY Vol. 278, No. 27, Issue of July 4, pp. 24324-24333, 2003
【文献】Sekimoto, et al., American Diabetes Association, 76th Scientific Sessions, 2016, 881-P-2016
【文献】Satake, et al., J Biosci Bioeng. 2015 Nov;120(5):498-503
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、架橋反応に適したグルコースデヒドロゲナーゼを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、グルコースセンサー用のグルコースデヒドロゲナーゼについて種々の検討を行ったところ、架橋剤の種類、pHや温度などの架橋反応条件、用いるタンパク質量といった要因以外にも、グルコースデヒドロゲナーゼそのものが特定の架橋反応において望まれる反応性を示さないことをつきとめ、すなわち重要な要因であることを見出した。そしてこの問題について鋭意研究した結果、架橋反応に適したFAD依存性グルコースデヒドロゲナーゼの変異体を作製し、本発明を完成させた。
【0012】
すなわち、本発明は以下の実施形態を包含する。
[1] FAD依存性グルコースデヒドロゲナーゼ(FAD-GDH)変異体であって、当該FAD-GDH変異体の由来する野生型FAD-GDHのアミノ酸配列においてリシン残基である位置のうち7つ以上の位置のアミノ酸が、リシン以外のアミノ酸残基に置換されている、FAD依存性グルコースデヒドロゲナーゼ(FAD-GDH)変異体、又は
FAD-GDH変異体であって、当該FAD-GDH変異体の全長アミノ酸配列中の合計リシン残基数が、当該FAD-GDH変異体の由来する野生型FAD-GDHの全長アミノ酸配列中の合計リシン残基数と比較して、リシン残基数が7以上少ない、FAD依存性グルコースデヒドロゲナーゼ(FAD-GDH)変異体。
[2] FAD依存性グルコースデヒドロゲナーゼ(FAD-GDH)変異体であって、配列番号1の54位、129位、149位、152位、153位、173位、178位、179位、267位、274位、286位、289位、293位、309位、319位、380位、409位、414位、438位、439位、476位、525位、580位、624位、630位、634位及び638位に対応する位置からなる群より選択される位置のうち、当該FAD-GDH変異体の由来する野生型のFAD-GDHのアミノ酸配列においてリシン残基である位置のうちの7つ以上の位置のアミノ酸が、リシン以外のアミノ酸に置換されている、FAD依存性グルコースデヒドロゲナーゼ(FAD-GDH)変異体。
[3] 置換される位置が、配列番号1の54位、129位、152位、153位、178位、179位、286位、409位、414位、580位、及び630位に対応する位置からなる群より選択される、2に記載のFAD-GDH変異体。
[4] 前記位置のうち、11以上の位置のアミノ酸がリシン以外のアミノ酸残基に置換されている、2又は3に記載のFAD-GDH変異体。
[5] 前記位置のうち、21以上の位置のアミノ酸がリシン以外のアミノ酸残基に置換されている、2に記載のFAD-GDH変異体。
[6] FAD-GDH変異体が、配列番号1と75%以上のアミノ酸配列同一性を有するFAD-GDH、配列番号3と75%以上のアミノ酸配列同一性を有するFAD-GDH又は配列番号4と75%以上のアミノ酸配列同一性を有するFAD-GDH、及び、配列番号14と75%以上のアミノ酸配列同一性を有するFAD-GDHからなる群より選択されるものである、1~5のいずれかに記載のFAD-GDH変異体。
[7] 1~6のいずれかに記載のFAD-GDH変異体をコードするFAD-GDH遺伝子。
[8] 7に記載のFAD-GDH遺伝子を含むベクター。
[9] 8に記載のベクターが導入されている宿主細胞。
[10] 以下の工程を含むFAD-GDHを製造する方法:
9に記載の宿主細胞を培養する工程、
前記宿主細胞中に含まれるFAD-GDH遺伝子を発現させる工程、及び
前記培養物からFAD-GDHを単離する工程。
[11] 1~6のいずれかに記載のFAD-GDH変異体を含むグルコースアッセイキット。
[12] 1~6のいずれかに記載のFAD-GDH変異体を含む電極。
[13] 1~6のいずれか1項に記載のFAD-GDH変異体を含むグルコースセンサー。
[14] 13に記載のグルコースセンサーを有する、持続血糖測定装置。
[15] 1~6のいずれかに記載のFAD-GDH変異体、11に記載のキット、12に記載の電極、13に記載のセンサー、又は14に記載の装置を用いるグルコース測定方法。
[16] グルコース測定が持続血糖測定装置による測定である、15に記載の方法。
【0013】
本明細書は本願の優先権の基礎となる日本国特許出願番号2017-200521号の開示内容を包含する。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、架橋反応に適したFAD依存性グルコースデヒドロゲナーゼ変異体が提供される。これは例えば固定化してグルコースセンサーに用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1-1】各種由来のGDHのマルチプルアライメントを示す。MpGDHはMucor prainii由来GDH(配列番号1)であり、MhGDHはMucor hiemalis由来GDH(配列番号3)であり、MrdGDHはMucor RD056860由来GDH(配列番号4)であり、MsGDHはMucor subtilissimus由来GDH(配列番号5)であり、MgGDHはMucor guilliermondii由来GDH(配列番号6)であり、CsGDHはCircinella simplex由来GDH(配列番号7)であり、CrGDHはCircinella属由来GDH(配列番号8)であり、McGDHはMucor circinelloides由来GDH(配列番号9)である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
(FAD-GDHの作用原理および活性測定法)
FAD-GDHは、電子受容体存在下でグルコースの水酸基を酸化してグルコノ-δ-ラクトンを生成する反応を触媒する。
【0017】
FAD-GDHの活性は、この作用原理を利用し、例えば、電子受容体としてフェナジンメトサルフェート(PMS)および2,6-ジクロロインドフェノール(DCIP)を用いた以下の系を用いて測定することができる。
(反応1) D-グルコ-ス + PMS(酸化型)
→ D-グルコノ-δ-ラクトン + PMS(還元型)
(反応2) PMS(還元型) + DCIP(酸化型)
→ PMS(酸化型) + DCIP(還元型)
【0018】
(反応1)において、グルコースの酸化に伴い、PMS(還元型)が生成する。続いて進行する(反応2)により、PMS(還元型)が酸化されるのに伴ってDCIPが還元される。この「DCIP(酸化型)」の消失度合を波長600nmにおける吸光度の変化量として検知し、この変化量に基づいて酵素活性を求めることができる。
【0019】
FAD-GDHの活性は、以下の手順に従って測定する。100mMリン酸緩衝液(pH7.0) 2.05mL、1M D-グルコース溶液 0.6mLおよび2mM DCIP溶液 0.15mLを混合し、37℃で5分間保温する。次いで、15mM PMS溶液 0.1mLおよび酵素サンプル溶液0.1mLを添加し、反応を開始する。反応開始時、および経時的な吸光度を測定し、酵素反応の進行に伴う600nmにおける吸光度の1分間あたりの減少量(ΔA600)を求め、次式に従いGDH活性を算出する。この際、GDH活性は、37℃において濃度200mMのD-グルコース存在下で1分間に1μmolのDCIPを還元する酵素量を1Uと定義する。
【0020】
【0021】
なお、式中の3.0は反応試薬+酵素試薬の液量(mL)、16.3は本活性測定条件におけるミリモル分子吸光係数(cm2/μmol)、0.1は酵素溶液の液量(mL)、1.0はセルの光路長(cm)、ΔA600blankは酵素の希釈に用いた緩衝液を酵素サンプル溶液の代わりに添加して反応開始した場合の600nmにおける吸光度の1分間あたりの減少量、dfは希釈倍数を表す。
【0022】
(FAD-GDHのアミノ酸配列)
FAD-GDHは、配列番号1、3、4、14、16若しくは配列番号18、27で示されるアミノ酸配列、又は該アミノ酸配列と同一性の高い、例えば75%以上、80%以上、85%以上、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、例えば99%以上同一なアミノ酸配列、又は該アミノ酸配列において1もしくは数個(例えば15個、14個、13個、12個、11個、10個、9個、8個、7個、6個、5個、4個、3個又は2個)のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列を有するものであり得る。
【0023】
天然のFAD-GDHや、それに由来する改変FAD-GDHは、通常、アミノ酸配列中に複数のリシン残基を有する。特定の架橋剤は、タンパク質のリシン残基と反応する。したがって、ある実施形態において、本発明のFAD-GDH変異体は、そのアミノ酸配列中の、置換前にリシン残基であった残基が、置換後にリシン以外のアミノ酸残基、例えばアルギニン、アスパラギン、フェニルアラニン、グルタミン、アスパラギン酸、グルタミン酸、チロシン、トリプトファン、ロイシン、イソロイシン、バリン、アラニン、グリシン、プロリン、セリン、スレオニン、メチオニン、システイン、又はヒスチジンに置換されていてもよい。好ましくは、アルギニン、アスパラギン、フェニルアラニン、又はグルタミンに置換されていてもよい。置換残基数は、1以上、2以上、3以上、4以上、5以上、6以上、例えば7以上、8以上、9以上、10以上、11以上、例えば12以上、例えば22以上であり得る。これにより、該架橋剤と反応しうるリシン残基の数が低減され、したがって単位タンパク質当たりの架橋剤との反応可能箇所が低減される。これによりFAD-GDH変異体の架橋特性を改変することができる。ある実施形態において、本発明のFAD-GDH変異体は、未変異のFAD-GDHと比較して、架橋剤との反応性が低減されている。ある実施形態において、本発明のFAD-GDH変異体は、未変異のFAD-GDHと比較して、架橋剤と反応したときに生じる多量体(2量体、3量体、・・・n量体、ただしnは自然数)が増大している。別の実施形態において、本発明のFAD-GDH変異体は、未変異のFAD-GDHと比較して、架橋剤と反応したときに生じる多量体(2量体、3量体、・・・n量体)が低減されている。
【0024】
酵素の固定化には、大きく分けて、1)担体結合法、2)架橋法、3)包括法が挙げられる。例えば固定化酵素と固定化微生物の利用、有機合成化学第32巻第4号(1974年)286-296頁を参照のこと。2)架橋法では、分子内に2以上の反応性官能基を有する架橋剤が使用され、これで複数の酵素を架橋する。酵素内に、架橋可能な部位が多いと、分子間架橋(酵素-架橋剤-酵素が生じる)ではなく、分子内架橋が生じうる(例えば酵素=架橋剤が生じ得る。ここで「=」は、異なるアミノ酸残基での架橋剤との2つの結合を示す)。ある実施形態において、本発明のFAD-GDH変異体は、アミノ酸配列中の、置換前にリシン残基であった1以上の残基が、置換後にリシン以外のアミノ酸残基に置換されている。これにより、単位タンパク質当たりの架橋剤との反応可能箇所が低減され、望ましくない分子内架橋を低減しうる。分子内架橋は特に、2以上の架橋可能な部位(例えばリシン残基)が立体的に近接している場合に生じうる。したがってある実施形態において、本発明のFAD-GDH変異体は、立体的に近接している可能性のある2つの架橋可能な部位(例えばリシン残基)がある場合、そのいずれか一方または両方が置換されていてもよい。
【0025】
図1に各種由来のGDHのアミノ酸配列を示す。ここから、アミノ酸配列中のリシン残基を特定することができ、またリシン以外の残基を特定することができる。
【0026】
MpGDHのリシンの位置及びそれに対応する位置
ある実施形態において、本発明のFAD-GDH変異体は、配列番号1又は14のアミノ酸配列に基づくもの、またはこれと同一性の高い、例えば75%以上、80%以上、85%以上、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、例えば99%以上同一なアミノ酸配列に基づくもの(MpGDH等ともいう)であり得る。配列番号1の54位、129位、149位、152位、153位、173位、178位、179位、267位、274位、286位、289位、293位、309位、319位、380位、409位、414位、438位、439位、476位、525位、580位、624位、630位、634位及び638位はリシンである。配列番号14では、これらに加え、559位がリシンである。MpGDH等に基づくFAD-GDH変異体は、これらの位置又はこれらの位置に対応する位置が1以上、2以上、3以上、4以上、5以上、6以上、例えば7以上、8以上、9以上、10以上、11以上、12以上、21以上、例えば22以上、リシン以外のアミノ酸残基(例えばR、N、F、Q、D、E、Y、W、L、I、V、A、G、P、S、T、M、C、H)に置換されていてもよい。場合によりさらに配列番号1又は14のアミノ酸配列における559位に対応する位置のアミノ酸が野生型配列においてリシンであるとき(例えば配列番号4、5、7、8が該当する)は、当該リシンは、本発明の変異体においてリシン以外のアミノ酸残基に置換されていてもよい。また、MpGDH等に基づくFAD-GDH変異体は、全長アミノ酸配列中の合計リシン残基数が27、26、25、24、23、22、21、20、19、18、17、16、15、14、13、12、11、10、9、8、7、6又は5となるようにリシン残基を置換し得る。
【0027】
MrdGDHのリシンの位置及びそれに対応する位置
ある実施形態において、本発明のFAD-GDH変異体は、配列番号4のアミノ酸配列に基づくもの、またはこれと同一性の高い、例えば75%以上、80%以上、85%以上、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、例えば99%以上同一なアミノ酸配列に基づくもの(MrdGDH等ともいう)であり得る。配列番号4の50位、66位、125位、145位、148位、149位、169位、270位、283位、286位、290位、306位、316位、370位、377位、403位、406位、418位、435位、436位、472位、473位、546位、555位、577位、585位、587位、630位及び631位はリシンである。MrdGDH等に基づくFAD-GDH変異体は、これらの位置又はこれらの位置に対応する位置が1以上、2以上、3以上、4以上、5以上、6以上、例えば7以上、8以上、9以上、10以上、11以上、12以上、21以上、例えば22以上、リシン以外のアミノ酸残基(例えばR、N、F、Q、D、E、Y、W、L、I、V、A、G、P、S、T、M、C、H)に置換されていてもよい。また、MrdGDH等に基づくFAD-GDH変異体は、全長アミノ酸配列中の合計リシン残基数が、28、27、26、25、24、23、22、21、20、19、18、17、16、15、14、13、12、11、10、9、8、又は7となるようにリシン残基を置換し得る。
【0028】
MhGDHのリシンの位置及びそれに対応する位置
ある実施形態において、本発明のFAD-GDH変異体は、配列番号3のアミノ酸配列に基づくもの、またはこれと同一性の高い、例えば75%以上、80%以上、85%以上、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、例えば99%以上同一なアミノ酸配列に基づくもの(MhGDH等ともいう)であり得る。配列番号3の22位、51位、107位、126位、146位、149位、150位、159位、170位、175位、227位、246位、262位、264位、271位、286位、290位、306位、316位、377位、435位、436位、470位、473位、522位、555位、621位、627位及び631位はリシンである。MhGDH等に基づくFAD-GDH変異体は、これらの位置又はこれらの位置に対応する位置が1以上、2以上、3以上、4以上、5以上、6以上、例えば7以上、8以上、9以上、10以上、11以上、12以上、21以上、例えば22以上、リシン以外のアミノ酸残基(例えばR、N、F、Q、D、E、Y、W、L、I、V、A、G、P、S、T、M、C、H)に置換されていてもよい。また、MhGDH等に基づくFAD-GDH変異体は、全長アミノ酸配列中の合計リシン残基数が、29、28、27、26、25、24、23、22、21、20、19、18、17、16、15、14、13、12、11、10、9、8、又は7となるようにリシン残基を置換し得る。
【0029】
なお、本発明のFAD-GDH変異体を作製するに当たり、野生型FAD-GDHから出発して、野生型配列においてリシンである位置をリシン以外のアミノ酸残基とした中間的変異体を作製し、当該中間的変異体の当該位置にさらに(リシン以外の別のアミノ酸への)アミノ酸置換を導入し、最終的なFAD-GDH変異体の全長アミノ酸配列中の合計リシン残基数を低減することも可能である。この場合、重要となるのは、最終的なFAD-GDH変異体の全長アミノ酸配列中の合計リシン残基数であって、中間的変異体のリシン残基数ではない。本明細書では、疑義が生じた場合、全長アミノ酸配列中の合計リシン残基数は、野生型(天然FAD-GDH)と、最終変異体とで比較するものとする。
【0030】
ある実施形態において、本発明のFAD-GDH変異体は、アミノ酸置換の結果、当該変異体の由来する野生型と比較して、全長アミノ酸配列中の合計リシン残基数が1以上、2以上、3以上、4以上、5以上、6以上、例えば7以上、8以上、9以上、10以上、11以上、12以上、13以上、14以上、15以上、16以上、17以上、18以上、19以上、20以上、21以上、例えば22以上少ない。
【0031】
本明細書にいう、配列番号1のアミノ酸配列におけるある位置に「対応する位置」とは、配列番号1のアミノ酸配列と、他のアミノ酸配列とをアラインさせた場合に、そのアラインメントにおける同一の位置を意味する。他のアミノ酸配列としては、配列番号1と高いアミノ酸配列同一性(例えば75%以上、80%以上、85%以上、90%以上、95%以上、98%以上、例えば99%以上)を有するアミノ酸配列が挙げられる。なお、アミノ酸配列の同一性は、GENETYX Ver.11(ゼネティックス社製)のマキシマムマッチングやサーチホモロジー等のプログラム、又はDNASIS Pro(日立ソフト社製)のマキシマムマッチングやマルチプルアライメント等のプログラムにより計算することができる。
【0032】
上記の配列番号1のアミノ酸配列におけるある位置に「対応する位置」を特定する方法としては、例えば、リップマン-パーソン法等の公知のアルゴリズムを用いてアミノ酸配列を比較し、FAD-GDHのアミノ酸配列中に存在する保存アミノ酸残基に最大の同一性を与えることにより行うことができる。FAD-GDHのアミノ酸配列をこのような方法で整列させることにより、アミノ酸配列中にある挿入、欠失にかかわらず、対応するアミノ酸残基の各FAD-GDH配列における配列中の位置を決めることが可能である。特にアミノ酸配列同一性が75%以上のアミノ酸配列を比較する場合に決めることが可能である。対応する位置は、三次元構造中で同位置に存在すると考えられ、対象となるFAD-GDHの保存安定性に関して類似した効果を有することが合理的に推定できる。なお、GDHによっては、アライメントの結果、特定のドメインやループが欠失している等により配列番号1の所定の位置に対応する位置が存在しない場合もあり得るが、そのような場合には当該対応する位置の存在ない位置はアミノ酸置換するに及ばず、対応する位置を決定できる他の位置にアミノ酸置換を導入すればよい。また対応する位置のアミノ酸が既にリシン以外のアミノ酸である場合には、当該位置は考慮から除くことができるか、またはリシン以外の別のアミノ酸に置換してもよい。
【0033】
配列番号1のアミノ酸配列における所定の位置に対応する位置は、下記表のとおりである。
【0034】
【0035】
上記の表においてMpGDH(配列番号1)の559位はリシンではない。しかしながら、当該位置に対応する位置のアミノ酸が、野生型GDHにおいてリシンであるGDHは複数種存在し(配列番号4、5、7、8等)、これらは配列番号1とアミノ酸配列同一性が高い。ある実施形態において、そのような野生型GDHに基づき本発明の変異体を作製する場合、配列番号1の559位に対応する位置のリシンを、リシン以外のアミノ酸に置換しうる。また、上記の表においてMpGDH(配列番号1)の638位に対応する位置のアミノ酸がリシンであるGDHはMpGDH(配列番号1)のみである。しかしながら、天然のGDHが見出され、それが配列番号1と高い配列同一性(例えば75%以上、90%以上、例えば95%以上)を有し、かつ配列番号1の638位に対応する位置のアミノ酸がリシンであれば、当該リシンを本発明の変異体においてリシン以外のアミノ酸に置換し得る。上記の表に関し、ある野生型GDHの、配列番号1の特定の位置に対応する位置におけるアミノ酸がリシンでない場合(例えば配列番号8の292位)、当該アミノ酸は置換せずともよい。またはリシン以外のアミノ酸に置換してもよい。
【0036】
また、FAD-GDHには、熱安定性を向上させる変異、マルトースへの反応性を低減させる変異、温度依存性を改善させる変異や、pHや特定の物質などへの耐性を向上させる変異のような変異、例えばそのような効果を奏する各種公知の変異を任意に組み合わせてもよい。
【0037】
本発明のFAD-GDH変異体は、例えば、まず任意の方法で、配列番号1、3、又は4のアミノ酸配列に類似するアミノ酸配列をコードする遺伝子を入手し、当該配列の所定の位置に対応する位置におけるいずれかの位置にアミノ酸置換を導入することにより得ることもできる。配列番号5~9についても同様である。
【0038】
アミノ酸置換の導入方法としては、例えばランダムに変異を導入する方法あるいは想定した位置に部位特異的変異を導入する方法が挙げられる。前者としては、エラープローンPCR法(Techniques,1,11-15,(1989))や、増殖の際、プラスミドの複製にエラーを起こしやすく、改変を生じやすいXL1-Redコンピテントセル(STRATAGENE社製)を用いる方法等がある。また、後者として、目的タンパク質の結晶構造解析により立体構造を構築し、その情報をもとに目的の効果を付与すると予想されるアミノ酸を選択し、市販のQuick Change Site Directed Mutagenesis Kit(STRATAGENE社製)等により部位特異的変異を導入する方法がある。あるいは、目的タンパク質と相同性の高い公知のタンパク質の立体構造を用いてモデリングを行い、目的の効果を付与すると予想されるアミノ酸を選択し、部位特異的変異を導入することもできる。
【0039】
FAD-GDHには、上記の同一性の範囲内で各種のバリエーションが想定されるが、各種FAD-GDHの酵素科学的性質が本明細書に記載するFAD-GDHと同様である限り、それらは全て本発明に含まれ得る。
【0040】
また、FAD-GDHにおいて、アミノ酸配列が配列番号1、3、4、14、16、若しくは18、27又はこれと75%以上、例えば80%以上のアミノ酸配列同一性を有することが重要であり、それが天然から取得されたものか、人工合成による配列であるかを問わない。例えばGDHは、発現宿主に応じてコドン最適化された遺伝子によりコードされるものであり得る。
【0041】
(FAD-GDHをコードする遺伝子の取得)
ある実施形態において、FAD-GDHをコードする遺伝子は、例えば特許文献4又は6の開示に基づき取得することができる。これとアミノ酸配列同一性の高いFAD-GDHを取得するには、遺伝子工学的手法を利用することができる。FAD-GDHをコードする遺伝子(以下、FAD-GDH遺伝子)を取得するには、通常一般的に用いられている遺伝子のクローニング方法を用いればよい。FAD-GDHを取得するには、FAD-GDH生産能を有する公知の微生物菌体や種々の細胞から、常法、例えば、Current Protocols in Molecular Biology (WILEY Interscience,1989)記載の方法により、染色体DNA又はmRNAを抽出することができる。さらにmRNAを鋳型としてcDNAを合成することができる。このようにして得られた染色体DNA又はcDNAを用いて、染色体DNA又はcDNAのライブラリーを作製することができる。
【0042】
ついで、公知のFAD-GDHのアミノ酸配列情報に基づき、適当なプローブDNAを合成して、これを用いて染色体DNA又はcDNAのライブラリーから基質特異性の高いFAD-GDH遺伝子を選抜する方法、あるいは、上記アミノ酸配列に基づき、適当なプライマーDNAを作製して、5’RACE法や3’RACE法などの適当なポリメラーゼ連鎖反応(PCR法)により、基質特異性の高いFAD-GDHをコードする目的の遺伝子断片を含むDNAを増幅させ、これらのDNA断片を連結させて、目的のFAD-GDH遺伝子の全長を含むDNAを得ることができる。
【0043】
取得されたFAD-GDH遺伝子に変異を導入し、各種の変異遺伝子から発現されるFAD-GDHの酵素科学的性質を指標に選択を行う方法を採用し得る。
出発物質であるFAD-GDH遺伝子の変異処理は、企図する変異形態に応じた、公知の任意の方法で行うことができる。すなわち、FAD-GDH遺伝子あるいは当該遺伝子の組み込まれた組換え体DNAと変異原となる薬剤とを接触・作用させる方法;紫外線照射法;遺伝子工学的手法;又は蛋白質工学的手法を駆使する方法等を広く用いることができる。
上記変異処理に用いられる変異原となる薬剤としては、例えば、ヒドロキシルアミン、N-メチル-N’-ニトロ-N-ニトロソグアニジン、亜硝酸、亜硫酸、ヒドラジン、蟻酸、若しくは5-ブロモウラシル等を挙げることができる。
【0044】
この接触・作用の諸条件は、用いる薬剤の種類等に応じた条件を採ることが可能であり、現実に所望の変異をFAD-GDH遺伝子において惹起することができる限り特に限定されない。通常、好ましくは0.5~12Mの上記薬剤濃度において、20~80℃の反応温度下で10分間以上、好ましくは10~180分間接触・作用させることで、所望の変異を惹起可能である。紫外線照射を行う場合においても、上記の通り常法に従い行うことができる(現代化学、p24~30、1989年6月号)。
【0045】
蛋白質工学的手法を駆使する方法としては、一般的に、Site-Specific Mutagenesisとして知られる手法を用いることができる。例えば、Kramer法 (Nucleic Acids Res.,12,9441(1984):Methods Enzymol.,154,350(1987):Gene,37,73(1985))、Eckstein法(Nucleic Acids Res.,13,8749(1985):Nucleic Acids Res.,13,8765(1985):Nucleic Acids Res,14,9679(1986))、Kunkel法(Proc. Natl. Acid. Sci. U.S.A.,82,488(1985):Methods Enzymol.,154,367(1987))等が挙げられる。DNA中の塩基配列を変換する具体的な方法としては、例えば市販のキット(Transformer Mutagenesis Kit;Clonetech社、EXOIII/Mung Bean Deletion Kit;Stratagene製、Quick Change Site Directed Mutagenesis Kit;Stratagene製など)の利用が挙げられる。
【0046】
また、一般的なポリメラーゼチェインリアクション(Polymerase Chain Reaction)として知られる手法を用いることもできる(Technique,1,11(1989))。なお、上記遺伝子改変法の他に、有機合成法又は酵素合成法により、直接所望のFAD-GDH遺伝子を合成することもできる。
【0047】
上記のような任意の方法により選択されたFAD-GDH遺伝子のDNA塩基配列の決定又は確認を行う場合には、例えば、マルチキャピラリーDNA解析システムCEQ2000(ベックマン・コールター社製)等を用いれば良い。
【0048】
(FAD-GDHの由来となる天然型FAD-GDHの例)
FAD-GDHは、他の公知のFAD-GDHより取得することもできる。公知のFAD-GDHの由来微生物の好適な例としては、ケカビ亜門、好ましくはケカビ綱、より好ましくはケカビ目、さらに好ましくはケカビ科に分類される微生物を挙げることができる。具体的には、ムコール(Mucor)属、アブシジア(Absidia)属、アクチノムコール(Actinomucor)属、シルシネラ(Circinella)属由来のFAD-GDH等が挙げられる。
【0049】
Mucor属に分類される微生物であって、具体的な好ましい微生物の例としては、Mucor prainii、Mucor javanicus、Mucor circinelloides f. circinelloides、Mucor guilliermondii、Mucor hiemalis f. silvaticus、Mucor subtilissimus、Mucor dimorphosporus等が挙げられる。より具体的には、Mucor prainii、Mucor javanicus、Mucor circinelloides f. circinelloides、Mucor guilliermondii NBRC9403、特許文献4に記載のMucor hiemalis、Mucor hiemalis f. silvaticus NBRC6754、Mucor subtilissimus NBRC6338、特許文献6に記載のMucor RD056860、Mucor dimorphosporus NBRC5395等が挙げられる。Absidia属に分類される微生物であって、具体的な好ましい微生物の例としては、Absidia cylindrospora、Absidia hyalosporaを挙げることができる。より具体的には、特許文献5に記載のAbsidia cylindrospora、Absidia hyalosporaを挙げることができる。Actinomucor属に分類される微生物であって、具体的な好ましい微生物の例としては、Actinomucor elegansを挙げることができる。より具体的には、特許文献5に記載のActinomucor elegansを挙げることができる。Circinella属に分類される微生物であって、具体的な好ましい微生物の例としては、Circinella minor、Circinella mucoroides、Circinella muscae、Circinella rigida、Circinella simplex、Circinella umbellataを挙げることができる。より具体的には、Circinella minor NBRC6448、Circinella mucoroides NBRC4453、Circinella muscae NBRC6410、Circinella rigida NBRC6411、Circinella simplex NBRC6412、Circinella umbellata NBRC4452、Circinella umbellata NBRC5842、Circinella RD055423及びCircinella RD055422を挙げることができる。なお、NBRC菌株およびRD菌株はNBRC(独立行政法人製品評価技術基盤機構バイオテクノロジーセンター)の保管菌株である。
【0050】
(FAD-GDH遺伝子が挿入されたベクターおよび宿主細胞)
上述のように得られたFAD-GDH遺伝子を、常法により、バクテリオファージ、コスミド、又は原核細胞若しくは真核細胞の形質転換に用いられるプラスミド等のベクターに組み込み、各々のベクターに対応する宿主細胞を常法により、形質転換又は形質導入をすることができる。
【0051】
原核宿主細胞の一例としては、エシェリヒア属に属する微生物、例えば大腸菌K-12株、エシェリヒア・コリーBL21(DE3)、エシェリヒア・コリーJM109、エシェリヒア・コリーDH5α、エシェリヒア・コリーW3110、エシェリヒア・コリーC600等(いずれもタカラバイオ社製)が挙げられる。それらを形質転換し、又は、それらに形質導入して、DNAが導入された宿主細胞(形質転換体)を得る。こうした宿主細胞に組み換えベクターを移入する方法としては、例えば宿主細胞がエシェリヒア・コリーに属する微生物の場合には、カルシウムイオンの存在下で組み換えDNAの移入を行う方法などを採用することができる、更にエレクトロポレーション法を用いても良い。更には市販のコンピテントセル(例えばECOS Competent エシェリヒア・コリーBL21(DE3);ニッポンジーン製)を用いても良い。
【0052】
真核宿主細胞の一例としては、酵母が挙げられる。酵母に分類される微生物としては、例えば、チゴサッカロマイセス(Zygosaccharomyces)属、サッカロマイセス(Saccharomyces)属、ピキア(Pichia)属、カンジダ(Candida)属などに属する酵母が挙げられる。挿入遺伝子には、形質転換された細胞を選択することを可能にするためのマーカー遺伝子が含まれていてもよい。マーカー遺伝子としては、例えば、URA3、TRP1のような、宿主の栄養要求性を相補する遺伝子等が挙げられる。また、挿入遺伝子は、宿主細胞中で目的遺伝子を発現することのできるプロモーター又はその他の制御配列(例えば、エンハンサー配列、ターミネーター配列、ポリアデニル化配列等)を含むことが望ましい。プロモーターとしては、具体的には、例えば、GAL1プロモーター、ADH1プロモーター等が挙げられる。酵母への形質転換方法としては、公知の方法、例えば、酢酸リチウムを用いる方法(MethodsMol. Cell. Biol., 5, 255-269(1995))やエレクトロポレーション(J Microbiol Methods 55 (2003)481-484)等を好適に用いることができるが、これに限定されず、スフェロプラスト法やガラスビーズ法等を含む各種任意の手法を用いて形質転換を行えばよい。
【0053】
また、例えば、真核宿主細胞の他の例としては、アスペルギルス(Aspergillus)属やトリコデルマ(Tricoderma)属のようなカビ細胞が挙げられる。カビ細胞の形質転換体の作製方法は特に限定されず、例えば、常法に従って、GDHをコードする遺伝子が発現する態様で宿主糸状菌に挿入する方法が挙げられる。具体的には、GDHをコードする遺伝子を発現誘導プロモーター及びターミネーターの間に挿入したDNAコンストラクトを作製し、次いでGDHをコードする遺伝子を含むDNAコンストラクトで宿主糸状菌を形質転換することにより、GDHをコードする遺伝子を過剰発現する形質転換体が得られる。本明細書では、宿主糸状菌を形質転換するために作製された、発現誘導プロモーター-GDHをコードする遺伝子-ターミネーターからなるDNA断片及び該DNA断片を含む組換えベクターをDNAコンストラクトと総称してよぶ。
【0054】
GDHをコードする遺伝子が発現する態様で宿主糸状菌に挿入する方法は特に限定されないが、例えば、相同組換えを利用することにより宿主生物の染色体上に直接的に挿入する手法;プラスミドベクター上に連結することにより宿主糸状菌内に導入する手法などが挙げられる。
【0055】
相同組換えを利用する方法では、染色体上の組換え部位の上流領域及び下流領域と相同な配列の間に、DNAコンストラクトを連結し、宿主糸状菌のゲノム中に挿入することができる。自身の高発現プロモーター制御下で宿主糸状菌内で過剰発現することにより、セルフクローニングによる形質転換体を得ることができる。高発現プロモーターは特に限定されないが、例えば、翻訳伸長因子であるTEF1遺伝子(tef1)のプロモーター領域、α-アミラーゼ遺伝子(amy)のプロモーター領域、アルカリプロテアーゼ遺伝子(alp)プロモーター領域などが挙げられる。
【0056】
ベクターを利用する方法では、DNAコンストラクトを、常法により、糸状菌の形質転換に用いられるプラスミドベクターに組み込み、対応する宿主糸状菌を常法により形質転換することができる。
【0057】
そのような、好適なベクター-宿主系としては、宿主糸状菌中でGDHを生産させ得る系であれば特に限定されず、例えば、pUC19及び糸状菌の系、pSTA14(Mol. Gen. Genet. 218, 99-104, 1989)及び糸状菌の系などが挙げられる。
【0058】
DNAコンストラクトは宿主糸状菌の染色体に導入して用いることが好ましいが、この他の方法として、自律複製型のベクター(Ozeki et al. Biosci. Biotechnol. Biochem. 59, 1133 (1995))にDNAコンストラクトを組み込むことにより、染色体に導入しない形で用いることもできる。
【0059】
DNAコンストラクトには、形質転換された細胞を選択することを可能にするためのマーカー遺伝子が含まれていてもよい。マーカー遺伝子は特に限定されず、例えば、pyrG、niaD、adeAのような、宿主の栄養要求性を相補する遺伝子;ピリチアミン、ハイグロマイシンBオリゴマイシンなどの薬剤に対する薬剤耐性遺伝子などが挙げられる。また、DNAコンストラクトは、宿主細胞中でGDHをコードする遺伝子を過剰発現することを可能にするプロモーター、ターミネーターその他の制御配列(例えば、エンハンサー、ポリアデニル化配列など)を含むことが好ましい。プロモーターは特に限定されないが、適当な発現誘導プロモーターや構成的プロモーターが挙げられ、例えば、tef1プロモーター、alpプロモーター、amyプロモーターなどが挙げられる。ターミネーターもまた特に限定されないが、例えば、alpターミネーター、amyターミネーター、tef1ターミネーターなどが挙げられる。
【0060】
DNAコンストラクトにおいて、GDHをコードする遺伝子の発現制御配列は、挿入するGDHをコードする遺伝子を含むDNA断片が、発現制御機能を有している配列を含む場合は必ずしも必要ではない。また、共形質転換法により形質転換を行う場合には、DNAコンストラクトはマーカー遺伝子を有しなくてもよい場合がある。
【0061】
DNAコンストラクトの一実施態様は、例えば、pUC19のマルチクローニングサイトにあるIn-Fusion Cloning Siteに、tef1遺伝子プロモーター、GDHをコードする遺伝子、alp遺伝子ターミネーター及びpyrGマーカー遺伝子を連結させたDNAコンストラクトである。
【0062】
糸状菌への形質転換方法としては、当業者に知られる方法を適宜選択することができ、例えば、宿主糸状菌のプロトプラストを調製した後に、ポリエチレングリコール及び塩化カルシウムを用いるプロトプラストPEG法(例えば、Mol. Gen. Genet. 218, 99-104, 1989、特開2007-222055号公報などを参照)を用いることができる。形質転換糸状菌を再生させるための培地は、用いる宿主糸状菌と形質転換マーカー遺伝子とに応じて適切なものを用いる。例えば、宿主糸状菌としてアスペルギルス・ソーヤを用い、形質転換マーカー遺伝子としてpyrG遺伝子を用いた場合は、形質転換糸状菌の再生は、例えば、0.5%寒天及び1.2Mソルビトールを含むCzapek-Dox最少培地(ディフコ社)で行うことができる。
【0063】
また、例えば、本発明の形質転換糸状菌を得るために、相同組換えを利用して、宿主糸状菌が本来染色体上に有するGDHをコードする遺伝子のプロモーターをtef1などの高発現プロモーターへ置換してもよい。この際も、高発現プロモーターに加えて、pyrGなどの形質転換マーカー遺伝子を挿入することが好ましい。例えば、この目的のために、特開2011-239681に記載の実施例1や
図1を参照して、GDHをコードする遺伝子の上流領域-形質転換マーカー遺伝子-高発現プロモーター-GDHをコードする遺伝子の全部又は部分からなる形質転換用カセットなどが利用できる。この場合、GDHをコードする遺伝子の上流領域及びGDHをコードする遺伝子の全部又は部分が相同組換えのために利用される。GDHをコードする遺伝子の全部又は部分は、開始コドンから途中の領域を含むものが使用できる。相同組換えに適した領域の長さは0.5kb以上あることが好ましい。
【0064】
本発明の形質転換糸状菌が作製されたことの確認は、GDHの酵素活性が認められる条件下で本発明の形質転換糸状菌を培養し、次いで培養後に得られた培養物におけるGDHの活性を確認することにより行うことができる。
【0065】
また、本発明の形質転換糸状菌が作製されたことの確認は、形質転換糸状菌から染色体DNAを抽出し、これを鋳型としてPCRを行い、形質転換が起きた場合に増幅が可能なPCR産物が生じることを確認することにより行ってもよい。
【0066】
例えば、用いたプロモーターの塩基配列に対するフォワードプライマーと、形質転換マーカー遺伝子の塩基配列に対するリバースプライマーとの組み合わせでPCRを行い、想定の長さの産物が生じることを確認する。
【0067】
(ハイスループットスクリーニング)
GDHはさらに、機能性GDH変異体を取得するためにハイスループットスクリーニングに供することができる。例えば変異導入したGDH遺伝子を有する形質転換又は形質導入株のライブラリーを作製し、これをマイクロタイタープレートに基づくハイスループットスクリーニングに供してもよく、又は液滴型マイクロ流体に基づく超ハイスループットスクリーニングに供してもよい。例としてはバリアントをコードする変異遺伝子のコンビナトリアルライブラリーを構築し、次いでファージディスプレイ(例えばChem. Rev. 105 (11): 4056-72, 2005)、イーストディスプレイ(例えばComb Chem High Throughput Screen. 2008;11(2): 127-34)、バクテリアルディスプレイ(例えばCurr Opin Struct Biol 17: 474-80, 2007)等を用いて、変異GDHの大きな集団をスクリーニングする方法が挙げられる。またAgresti et al, ”Ultrahigh-throughput screening in drop-based microfluidics for directed evolution” Proceedings of the National Academy of Sciences 107 (9): 4004-4009 (Mar, 2010)を参照のこと。GDHバリアントのスクリーニングに使用しうる超ハイスループットスクリーニング手法についての同文献の記載を参照により本明細書に組み入れる。例えばエラープローンPCR法によりライブラリーを構築することができる。また飽和突然変異誘発を用いて、本明細書に記載の領域や位置又はそれらに対応する領域や位置を標的として変異導入しライブラリーを構築してもよい。ライブラリーを用いて電気コンピテントEBY-100細胞等の適当な細胞を形質転換し、約10の7乗の変異体を取得しうる。該ライブラリーで形質転換した酵母細胞を次いでセルソーティングに供しうる。標準ソフトリトグラフィー法を用いて作製したポリジメトキシルシロキサン(PDMS)マイクロ流体デバイスを用いてもよい。フローフォーカスデバイスを用いて単分散の液滴を形成することができる。個別の変異体を含有する形成された液滴を適当なソーティングデバイスに供しうる。細胞を選別する際にはGDH活性の有無を利用しうる。これには例えば上記のGDHが作用すれば発色する組成とした反応液を用いてもよい。例えばDCIPを用いる場合は、96ウェルプレート、192ウェルプレート、384ウェルプレート、9600ウェルプレート等及びプレートリーダーを用いて600nmの吸光度を測定してもよい。変異導入と選別は複数回反復してもよい。
【0068】
(FAD-GDH酵素の製造方法)
FAD-GDH酵素は、上述のように取得したFAD-GDHを生産する宿主細胞を培養し、前記宿主細胞中に含まれるFAD-GDH遺伝子を発現させ、次いで、前記培養物からFAD-GDHを単離することにより製造すればよい。
【0069】
上記宿主細胞を培養する培地としては、例えば、酵母エキス、トリプトン、ペプトン、肉エキス、コーンスティープリカーあるいは大豆若しくは小麦ふすまの浸出液等の1種以上の窒素源に、塩化ナトリウム、リン酸第1カリウム、リン酸第2カリウム、硫酸マグネシウム、塩化マグネシウム、塩化第2鉄、硫酸第2鉄あるいは硫酸マンガン等の無機塩類の1種以上を添加し、さらに必要により糖質原料、ビタミン等を適宜添加したものが用いられる。
【0070】
培地の初発pHは、限定されないが、例えば、pH6~9に調整することができる。培養は、10~42℃の培養温度、好ましくは25℃前後の培養温度で4~24時間、さらに好ましくは25℃前後の培養温度で4~8時間、通気攪拌深部培養、振盪培養、静置培養等により実施すればよい。
【0071】
培養終了後、該培養物よりFAD-GDH酵素を採取する。これには、通常の公知の酵素採取手段を用いればよい。例えば、常法により菌体を、超音波破壊処理、磨砕処理等するか、もしくはリゾチームやヤタラーゼ等の溶菌酵素を用いて本酵素を抽出するか、又はトルエン等の存在下で振盪若しくは放置して溶菌を行わせ、本酵素を菌体外に排出させることができる。そして、この溶液を濾過、遠心分離等して固形部分を除去し、必要によりストレプトマイシン硫酸塩、プロタミン硫酸塩、若しくは硫酸マンガン等により核酸を除去したのち、これに硫安、アルコール、アセトン等を添加して分画し、沈澱物を採取し、FAD-GDHの粗酵素を得る。
【0072】
FAD-GDHの粗酵素を、公知の任意の手段を用いてさらに精製することもできる。精製された酵素標品を得るには、例えば、セファデックス、ウルトロゲル若しくはバイオゲル等を用いるゲル濾過法;イオン交換体を用いる吸着溶出法;ポリアクリルアミドゲル等を用いる電気泳動法;ヒドロキシアパタイトを用いる吸着溶出法;蔗糖密度勾配遠心法等の沈降法;アフィニティクロマトグラフィー法;分子ふるい膜若しくは中空糸膜等を用いる分画法等を適宜選択し、又はこれらを組み合わせて実施することにより、精製されたFAD-GDH酵素標品を得ることができる。
【0073】
(FAD-GDHを用いたグルコース測定方法)
本発明はまた、FAD-GDHを含むグルコースアッセイキットを提供する。FAD-GDHを用いて血中のグルコース(血糖値)を測定することができる。
【0074】
グルコースアッセイキットには、少なくとも1回のアッセイに十分な量のFAD-GDHを含む。典型的には、グルコースアッセイキットは、FAD-GDHに加えて、アッセイに必要な緩衝液、メディエーター、キャリブレーションカーブ作製のためのグルコース標準溶液を含む。グルコース測定法やグルコースアッセイキットに用いるFAD-GDHは、種々の形態で、例えば、凍結乾燥された試薬として、又は適切な保存溶液中に溶解されて提供することができる。
【0075】
グルコース濃度の測定は、比色式グルコースアッセイキットの場合は、例えば、以下のよう行うことができる。グルコースアッセイキットの反応層にはFAD-GDH、電子受容体、そして反応促進剤としてN-(2-アセトアミド)イミド2酢酸(ADA)、ビス(2-ヒドロキシエチル)イミノトリス(ヒドロキシメチル)メタン(Bis-Tris)、炭酸ナトリウムおよびイミダゾールからなる群より選ばれる1以上の物質を含む液状もしくは固体状の組成物を保持させておく。ここで、必要に応じてpH緩衝剤、発色試薬を添加する。ここにグルコースを含む試料を加え、一定時間反応させる。この間、還元により退色する電子受容体もしくは電子受容体より電子を受け取ることによって重合し生成する色素の最大吸収波長に相当する吸光度をモニタリングする。レート法であれば、吸光度の時間あたりの変化率から、エンドポイント法であれば、試料中のグルコースがすべて酸化された時点までの吸光度変化から、予め標準濃度のグルコース溶液を用いて作成したキャリブレーションカーブを元にして、試料中のグルコース濃度を算出することができる。
【0076】
この方法において使用できるメディエーター及び発色試薬としては、例えば、2,6-ジクロロフェノールインドフェノール(DCPIP)を電子受容体として添加し、600nmにおける吸光度の減少をモニタリングすることでグルコースの定量が可能である。また、電子受容体としてフェナジンメトサルフェート(PMS)を、さらに発色試薬としてニトロテトラゾリウムブルー(NTB)を加え、570nm吸光度を測定することにより生成するジホルマザンの量を決定し、グルコース濃度を算出することが可能である。なお、いうまでもなく、使用する電子受容体および発色試薬はこれらに限定されない。
【0077】
(FAD-GDHを含むグルコースセンサー、電極)
ある実施形態において本発明は、FAD-GDHを用いるグルコースセンサーを提供する。また、ある実施形態において本発明は、FAD-GDHを含む電極を提供する。ある実施形態においてグルコースセンサーは、FAD-GDHを含む作用電極、参照電極及び対極を有する。作用電極としては、カーボン電極、金電極、白金電極などを用い、この電極上にFAD-GDHを固定化することができる。さらに、又はこれとは別に、作用電極上に電子メディエーターを固定化してもよい。対極は白金電極やPt/C等の慣用の電極でありうる。参照電極はAg/AgCl電極などの慣用の電極でありうる。固定化方法としては、架橋試薬を用いる方法、高分子マトリックス中に封入する方法、透析膜で被覆する方法、光架橋性ポリマー、導電性ポリマー、酸化還元ポリマーなどがあり、あるいはフェロセンあるいはその誘導体に代表される電子メディエーターとともにポリマー中に固定あるいは電極上に吸着固定してもよく、またこれらを組み合わせて用いてもよい。典型的には、グルタルアルデヒドを用いてFAD-GDHをカーボン電極上に固定化した後、アミン基を有する試薬で処理してグルタルアルデヒドをブロッキングする。
【0078】
グルコースセンサーの製造方法は公知文献にあり、例えばLiu, et. al., Anal. Chem. 2012, 84, 3403-3409及びTsujimura, et. al., J. Am. Chem. Soc. 2014, 136, 14432-14437が挙げられる(参照によりいずれもその全内容を本明細書に組み入れるものとする。)。公知の方法においてGODの代わりにGDHを用いることができる。
【0079】
例えば、オスミウム錯体を含むポリマーなどのレドックスポリマーを、HEPES緩衝液などの適切な緩衝液中のポリエチレングリコールなどの別のポリマー中に存在するGDHと混合して、グルコースセンシング試薬を調製することができる。オスミウム錯体は、2,2’-ビピリジンのようなビピリジン分子、2,2’-ビイミダゾールのようなビイミダゾール分子、2-(2-ピリジル)イミダゾールのようなピリジン-イミダゾール化合物またはそれらの組み合わせを含む1以上の化合物と錯体形成したオスミウム錯体であり得る。錯体を形成する有機分子は、必要に応じて、メチル基またはエチル基などのC1~C6アルキルなどのアルキル基で置換されていてもよい。一実施形態では、オスミウム錯体は、以下のとおりであり得る:
[Os有機分子複合体]-[ポリマー]
錯体を形成する有機分子の1つは、場合により、リンカーを介してポリマーに結合されてもよい。したがって、別の実施形態では、オスミウム錯体は以下の通りであり得る:
[Os有機分子複合体]-[リンカー]-[ポリマー]
例示的な分子は、Oharaら、Anal Chem. 1993 Dec 1; 65(23):3512-7及びAntiochiaら、Materials Sciences and Applications Vol.4 No.7 A2(2013)(両方とも参考として全内容を本明細書に組み入れる)にある。オスミウム錯体を含むポリマーの例には、ポリ(1-ビニルイミダゾール)で錯体化されたオスミウムビス(2,2’-ビピリジン)クロライド、ポリ(4-ビニルピリジン)錯体化オスミウムビス(2,2’-ビピリジン)クロライド、ポリ(1-ビニルイミダゾール)n-[オスミウム(4,4’-ジメチル-2,2’-ビピリジル)2Cl2]2+/+およびそれらの誘導体が挙げられる。
【0080】
溶液をカーボンセンサ上に堆積して、レドックスポリマーワイヤードGDHを含む作用電極として機能する活性電極領域を形成することができる。膜ポリマーおよび架橋剤溶液の混合物を添加して、センサー上に膜を形成することができる。膜は、ポリ(1-ビニルイミダゾール)、ポリ(4-ビニルピリジン)、それらの誘導体または組み合わせなどのポリマーを含みうる。上記のオスミウム錯体を含有するポリマーは、かかる膜ポリマーと組み合わせて用いて、ヒドロゲルフィルムを形成しうる。
【0081】
一実施形態では、グルコースセンサーは印刷電極を含みうる。この場合、絶縁基板上に電極を形成しうる。具体的には、電極は、フォトリソグラフィ又はスクリーン印刷、グラビア印刷またはフレキソ印刷などの印刷技術によって基板上に形成しうる。絶縁基板を構成する材料としては、例えば、シリコン、ガラス、セラミック、ポリ塩化ビニル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエステル等が挙げられる。様々な溶媒または化学物質に対して高い耐性を示す材料を使用しうる。
【0082】
グルコース濃度の測定は、以下のようにして行うことができる。恒温セルに緩衝液を入れ、一定温度に維持する。メディエーターとしては、フェリシアン化カリウム、フェナジンメトサルフェートなどを用いることができる。作用電極としてFAD-GDHを固定化した電極を用い、対極(例えば白金電極)および参照電極(例えばAg/AgCl電極)を用いる。カーボン電極に一定の電圧を印加して、電流が定常になった後、グルコースを含む試料を加えて電流の増加を測定する。標準濃度のグルコース溶液により作成したキャリブレーションカーブに従い、試料中のグルコース濃度を計算することができる。
【0083】
具体的な一例としては、グラッシーカーボン(GC)電極に1.5UのFAD-GDHを固定化し、グルコース濃度に対する応答電流値を測定する。電解セル中に、50mM リン酸カリウム緩衝液(pH6.0)1.8ml、及び、1M ヘキサシアノ鉄(III)酸カリウム(フェリシアン化カリウム)水溶液0.2mlを添加する。GC電極をポテンショスタットBAS100B/W(BAS製)に接続し、37℃で溶液を撹拌し、銀塩化銀(飽和KCl)参照電極に対して+500mVを印加する。これらの系に1M D-グルコース溶液を終濃度が1、2、3、4、5、10、20、30、40、50mMになるよう添加し、添加ごとに定常状態の電流値を測定する。この電流値を既知のグルコース濃度(1、2、3、4、5、10、20、30、40、50mM)に対してプロットし、検量線が作成する。これよりFAD結合型グルコース脱水素酵素を使用した酵素固定化電極でグルコースの定量が可能となる。
【0084】
ある実施形態において、本発明は、上記のFAD-GDHを含むグルコースセンサーを有する持続血糖測定装置を提供する。持続血糖測定装置は、24時間を通した血糖値の変動を把握することが可能となるCGM(continuous glucose monitoring)デバイスやFGM(Flash glucose monitoring)デバイスを含みうる。またある実施形態において、本発明は、FAD-GDHを用いる連続グルコースモニタリング方法を提供する。
【0085】
ある実施形態において、CGMは、再キャリブレーション有りで又は無しで行うことができる。ある実施形態において再キャリブレーション頻度を従来法よりも低く設定することができ、例えば再キャリブレーションを2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13又は14日毎に行うことができる。
【0086】
ある実施形態において、本発明のCGMデバイスは、皮膚の下に配置するためのグルコースセンサーを有しうる。センサーは一定期間、例えば1日~3週間、装着されうる。センサーは使い捨て型であってもよく、再利用可能であってもよい。センサーは、組織と酵素の直接接触を防ぐためのセンサーメンブレン層を有し得る。センサーは、アプリケーターを用いて腹部に挿入するよう設計しうる。ある実施形態において、本発明は発信機及びセンサーから発信機への連結部をさらに有するCGMデバイスを提供する。発信機はインプラントせずともよい。好ましくは発信機は、電波受信機と通信可能である。CGMデバイスはさらに、グルコースレベルを連続的に表示する電気的受信機を有し得る。CGMデバイスは場合により、キャリブレーション用のフィンガースティック(指先穿刺部材)を有し得る。CGMデバイスは使用説明書を有し得る。
【0087】
(架橋及び架橋剤)
本明細書において「架橋する」とは、架橋剤を介して、2つのポリペプチド分子を共有結合により互に連結することを指す。本明細書においてポリペプチド分子は典型的にはFAD-GDHである。ある実施形態では、架橋剤を介して、同一のポリペプチド分子2つが連結されうる。これは、架橋剤をCL、ポリペプチド分子をPと表記すると、P-CL-Pと表されうる(便宜上、2量体という)。このとき、架橋剤がポリペプチド分子に結合する位置は、同一でも異なってもよい。また、架橋された分子、P-CL-Pが、さらに架橋されてもよい。3量体であるP-CL-P-CL-Pや、4量体であるP-CL-P-CL-Pが例示されるが、架橋の分岐パターンはこれに限らない。
【0088】
本明細書において「架橋剤」は、架橋対象のポリペプチド分子と共有結合を形成することのできる反応性官能基を有する分子をいう。ある実施形態において、架橋剤は2以上、例えば2つの反応性官能基を有する。架橋剤としては、少なくとも1つの反応性官能基を各末端に含む分子が挙げられる。本明細書において反応性官能基は、ポリペプチド中に存在するアミノ酸側鎖またはポリペプチドの末端アミノ酸残基と反応し、共有結合を形成することのできる官能基をいう。反応性官能基としては、シアン酸エステル、エポキシド、イソシアネート、イミダート、チオイミダート、スクシンイミド、アルデヒド基等が挙げられるがこれに限らない。反応性官能基と反応性官能基との間に介在する分子としては、ポリエチレングリコール(PEG)、ポリプロピレングリコール(PPG)、ポリエーテルが挙げられる。具体的には、架橋剤としてはポリエチレングリコールジグリシジルエーテル、4,7,10,13,16-ペンタオキサノナデカン二酸ジ(N-スクシンイミジル)、4,7,10,13,16,19,22,25,28-ノナオキサヘントリアコンタン二酸ジ(N-スクシンイミジル)、オクタン二酸ジ(N-スクシンイミジル)、デカン二酸ジ(N-スクシンイミジル)、1,4-ブタンジオールジグリシジルエーテル等が挙げられるがこれに限らない。
【0089】
架橋剤の分子量は、0.1kDa~30kDa、0.5kDa~30kDa、0.6kDa~20kDa、0.9kDa~10kDa、1kDa~5kDaであり得るがこれに限らない。
【0090】
当業者であれば架橋反応の条件、例えば架橋剤濃度やFAD-GDHの量、反応pH、反応温度などは、用いる架橋剤に応じて適宜決定することができる。反応後の架橋分子は、公知の手法により、多量体生成パターンを分析することができる。そのような手法として、例えばゲルろ過クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、疎水クロマトグラフィー、限外ろ過、透析等が挙げられるがこれに限らない。また、アミノ基を含有する化合物、例えばトリスヒドロキシメチルアミノメタン等を多量に添加することで、架橋反応を停止させることができる。
【0091】
ある実施形態において、FAD-GDHは、脱糖鎖処理されたものであり得る。脱糖鎖処理は、例えばN-グリカナーゼ、エンドグリコシダーゼ等、例えばEndoH(New England Biolab社製)やPNGase F(New England Biolab社製)等により行うことができ、脱糖鎖キット(Enzymatic Deglycosylation Kit、PZM製)等を用いることもできる。脱糖鎖処理されたFAD-GDHは、脱糖鎖処理されていないものと比較して、センサーに用いた場合の感度向上が期待される。
【0092】
特定の理論に拘束されることを望むものではないが、本発明のGDH変異体において置換されるリシン(置換前のアミノ酸リシン)は、架橋剤の反応性官能基と反応しうるアミノ酸残基である。このことから、当該リシンを、リシン以外のアミノ酸(例えばR、N、F、Q、D、E、Y、W、L、I、V、A、G、P、S、T、M、C、H)に置換することで、当該位置のアミノ酸残基は架橋剤と反応しなくなると考えられる。このようなリシンは、主として、GDHのタンパク質表面に存在するリシン残基であると考えられる。しかしながら、タンパク質に部分的に埋没しているリシン残基もまた、架橋剤の反応性官能基と反応しうる場合があり得る。そうした位置で架橋反応が生じると、得られる架橋GDHは不安定化され得る。この場合、そうした位置のリシンをリシン以外のアミノ酸に置換することにより、架橋GDHの安定性を増大させることができると考えられる。このような安定性の増大したGDHまたは安定性を増大させることのできるGDHもまた、本明細書にいう架橋反応に適したグルコースデヒドロゲナーゼに包含されるものとする。
【0093】
以下、実施例により、本発明をさらに具体的に説明する。ただし、本発明の技術的範囲は、それらの例により何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0094】
1.Mucor属由来GDH遺伝子の宿主への導入とGDH活性の確認
大まかに説明すると、まずMucor属由来GDH(MpGDH、配列番号1)にN66Y/N68G/C88A/Q233R/T387C/E554D/L557V/S559Kの各変異を導入した改変GDH(MpGDH-M1)をコードする遺伝子を取得した。MpGDH-M1のアミノ酸配列は配列番号12に示し、その遺伝子の塩基配列は配列番号13に示す。プラスミドpUC19のマルチクローニングサイトに対象遺伝子であるMpGDH-M1遺伝子を常法により挿入させたDNAコンストラクトを作製した。具体的には、pUC19は、In-Fusion HD Cloning Kit(クロンテック社)に付属されているpUC19 linearized Vectorを用いた。pUC19のマルチクローニングサイトにあるIn-Fusion Cloning Siteにて、MpGDH-M1遺伝子を、上記したIn-Fusion HD Cloning Kitを使用して、キットに添付されたプロトコールに従って連結して、コンストラクト用プラスミド(pUC19-MpGDH-M1)を得た。
【0095】
得られた組換え体プラスミドpUC19-MpGDH-M1を鋳型として、配列番号20-25の合成オリゴヌクレオチド、KOD-Plus-(東洋紡社製)を用い、以下の条件でPCR反応を行った。
【0096】
すなわち、10×KOD-Plus-緩衝液を5μl、dNTPが各2mMになるよう調製されたdNTPs混合溶液を5μl、25mMのMgSO4溶液を2μl、鋳型となるMpGDH-M1遺伝子を連結させたDNAコンストラクトを50ng、上記合成オリゴヌクレオチドをそれぞれ15pmol、KOD-Plus-を1Unit加えて、滅菌水により全量を50μlとした。調製した反応液をサーマルサイクラー(エッペンドルフ社製)を用いて、94℃で2分間インキュベートし、続いて、「94℃、15秒」-「50℃、30秒」-「68℃、8分」のサイクルを30回繰り返した。
【0097】
反応液の一部を1.0%アガロースゲルで電気泳動し、約8,000bpのDNAが特異的に増幅されていることを確認した。こうして得られたDNAを制限酵素DpnI(NEW ENGLAND BIOLABS社製)で処理し、残存している鋳型DNAを切断した後、大腸菌JM109を形質転換し、LB-amp寒天培地に展開した。生育したコロニーをLB-amp培地[1%(W/V) バクトトリプトン、0.5%(W/V) ペプトン、0.5%(W/V) NaCl、50μg/ml Ampicillin]2.5mlに接種して、37℃で20時間振とう培養し、培養物を得た。この培養物を7,000rpmで、5分間遠心分離することにより集菌して菌体を得た。次いで、この菌体よりQIAGEN tip-100(キアゲン社製)を用いて組換え体プラスミドを抽出して精製し、DNA2.5μgを得た。該プラスミド中のMpGDH-M1をコードするDNAの塩基配列を、マルチキャピラリーDNA解析システムApplied Biosystems 3130xlジェネティックアナライザ(Life Technologies社製)を用いて決定し、その結果、配列番号1記載のアミノ酸配列の175位のアラニンをシステインに、214位のアスパラギンをシステインに、及び466位のグリシンをアスパラギン酸に置換した変異体であるMpGDH-M1/A175C/N214C/G466D(配列番号14)をコードするDNAコンストラクトを得た(pUC19-MpGDH-M2)(配列番号15)。この遺伝子をコウジカビ(Aspergillus sojae; アスペルギルス・ソーヤ)で発現させ、そのGDH活性を評価した。さらにMpGDH-M2にS192P/S196N/I212L/A218H/I226T/D228N/K178F/K179N/K286N/K409Q/K414R/K559Q/K580Rの各変異を導入した改変GDH(MpGDH-M2-1)をコードする遺伝子を取得した。MpGDH-M2-1のアミノ酸配列は配列番号16に示し、その遺伝子の塩基配列は配列番号17に示す。同様にMpGDH-M2-1にK54R/K129R/K152N/K153R/K630Rの各変異を導入した改変GDH(MpGDH-M2-2)をコードする遺伝子を取得した。MpGDH-M2-2のアミノ酸配列は配列番号18に示し、その遺伝子の塩基配列は配列番号19に示す。さらにMpGDH-M2にS192P/S196N/I212L/A218H/I226T/D228Nの各変異を導入した改変GDH(MpGDH-M2-0)をコードする遺伝子を取得した。MpGDH-M2-0のアミノ酸配列は配列番号26に示し、その遺伝子の塩基配列は配列番号27に示す。上記と同様に、プラスミドpUC19のマルチクローニングサイトに対象遺伝子であるMpGDH-M2-1、MpGDH-M2-2、又はMpGDH-M2-0遺伝子をそれぞれ常法により挿入させたDNAコンストラクト用プラスミド(pUC19-MpGDH-M2-1、pUC19-MpGDH-M2-2、及びpUC19-MpGDH-M2-0)を得た。
【0098】
2.MpGDH-M2、MpGDH-M2-1、MpGDH-M2-2、及びMpGDH-M2-0の製造
Double-joint PCR(Fungal Genetics and Biology,2004年,第41巻,p973-981)を行い、5’アーム領域~PyrG遺伝子(ウラシル栄養要求性マーカー)~TEF1プロモーター遺伝子~フラビン結合型GDH遺伝子~3’アーム領域から成るカセットを構築し、下記の手順でアスペルギルス・ソーヤNBRC4239株由来pyrG破壊株(pyrG遺伝子の上流48bp、コード領域896bp、下流240bp欠損株)の形質転換に用いた。500ml容三角フラスコ中の20mMウリジンを含むポリペプトンデキストリン液体培地100mlに、アスペルギルス・ソーヤNBRC4239株由来pyrG破壊株の分生子を接種し、30℃で約20時間振とう培養を行った後、菌体を回収した。回収した菌体からプロトプラストを調製した。得られたプロトプラスト及び20μgの対象遺伝子挿入DNAコンストラクトを用いて、プロトプラストPEG法により形質転換を行い、次いで0.5%(w/v)寒天及び1.2Mソルビトールを含むCzapek-Dox最少培地(ディフコ社;pH6)を用いて、30℃、5日間以上インキュベートし、コロニー形成能があるものとして形質転換アスペルギルス・ソーヤを得た。
【0099】
得られた形質転換アスペルギルス・ソーヤは、ウリジン要求性を相補する遺伝子であるpyrGが導入されることにより、ウリジン無添加培地に生育できるようになることで、目的の遺伝子が導入された株として選択できた。得られた菌株の中から目的の形質転換体を、PCRで確認して選抜した。MpGDH-M2、MpGDH-M2-1、MpGDH-M2-2、又はMpGDH-M2-0の遺伝子により形質転換した形質転換アスペルギルス・ソーヤを用いて、それぞれのGDH生産を行った。
【0100】
200ml容三角フラスコ中のDPY液体培地(1%(w/v)ポリペプトン、2%(w/v)デキストリン、0.5%(w/v)酵母エキス、0.5%(w/v)KH2PO4、0.05%(w/v)MgSO4・7H20;pH未調整)40mlに、各菌株の分生子を接種し、30℃で4日間、160rpmで振とう培養を行った。次いで、培養後の培養物から菌体をろ過し、得られた培地上清画分をAmicon Ultra-15, 30K NMWL(ミリポア社製)で10mLまで濃縮し、150mM NaClを含む20mM リン酸カリウム緩衝液(pH6.5)で平衡化したHiLoad 26/60 Superdex 200pg(GEヘルスケア社製)にアプライし、同緩衝液で溶出させ、GDH活性を示す画分を回収し、MpGDH-M2、MpGDH-M2-1、MpGDH-M2-2、及びMpGDH-M2-0の精製標品を得た。
【0101】
MpGDH-M2、MpGDH-M2-1、MpGDH-M2-2を終濃度20mg/ml、100mMリン酸カリウム緩衝液(pH7.4)、4% ポリエチレングリコールジグリシジルエーテル(平均分子量500、シグマ社製)を混合した100μl溶液を55℃、2時間処理し、架橋反応させた。2時間反応後、1M Tris-HCl緩衝液(pH 8.0)を50μl添加し、架橋反応を停止させた。続いて、反応処理前後の酵素溶液を50μlとり、500μlまで、20mM リン酸カリウム緩衝液(pH6.5)で希釈し、150mM NaClを含む20mM リン酸カリウム緩衝液(pH6.5)で平衡化したSuperdex 200 10/300(GEヘルスケア社製)にアプライし、多量体形成を確認した。反応処理前の酵素溶液では単量体画分にしかピークは見られず、全ピーク面積に対する単量体画分のピーク面積は100%であった。架橋反応後のMpGDH-M2は単量体を示すピークより大きい分子量を示すピークが見られ、多量体が形成されたといえる。この全ピーク面積に対する多量体画分のピーク面積は4%であった。
【0102】
同様に、MpGDH-M2-1を架橋反応させた際に、Superdex 200 10/300による解析を行ったところ、全ピーク面積に対する多量体画分(2量体、3量体若しくは4量体以上)のピーク面積は8%であった。したがって、リシン残基を減らした方が、分子間架橋反応が促進されたといえる(本発明)。同様に、MpGDH-M2-2を架橋反応させた際に、Superdex 200 10/300による解析を行ったところ、単量体を示すピークより大きい分子量を示すピークが見られ、多量体が形成されたといえる(本発明)。
【0103】
また、同様の手順でMpGDH-M2-0を架橋反応させた際に、Superdex 200 10/300による解析を行ったところ、単量体のピークのみ検出され、全く多量体は形成されなかった(比較例1)。
【0104】
本発明と比較例1の関係について
MpGDH-M2にS192P/S196N/I212L/A218H/I226T/D228Nの各変異を導入した改変GDHがMpGDH-M2-0である。MpGDH-M2-1はこれ以外にもさらにK178F/K179N/K286N/K409Q/K414R/K559Q/K580Rを有し、リシン残基数が低減されている。また、MpGDH-M2-2は、MpGDH-M2-1の有する各変異以外にもさらにK54R/K129R/K152N/K153R/K630Rを有し、リシン残基数が低減されている。
【0105】
考察
特定の理論に拘束されることを望むものではないが本発明について、以下のように考えられる。グルコースデヒドロゲナーゼは複数のリシン残基を有する。多量体を形成するためにグルコースデヒドロゲナーゼに架橋剤を作用させると、架橋剤は通常、グルコースデヒドロゲナーゼ中のN末端アミノ基若しくはリシン残基の側鎖と反応する。したがって、グルコースデヒドロゲナーゼにおけるリシン残基の数を低減することは、架橋剤と反応することのできる部位の数を減らすことを意味し、総じてグルコースデヒドロゲナーゼと架橋剤との反応性が低くなる可能性があった。また、説明の便宜上、ここでは2つの反応性官能基を有する架橋剤について例示的に考察するが、グルコースデヒドロゲナーゼと架橋剤とを反応させると、第1のグルコースデヒドロゲナーゼと架橋剤とが2箇所で連結される分子内反応が生じる可能性があり、また、第1のグルコースデヒドロゲナーゼと架橋剤とが1箇所で連結され第2のグルコースデヒドロゲナーゼと該架橋剤とが1箇所で連結される分子間反応が生じる可能性がある。また、分子内反応及び分子間反応は、リシン残基数を低減したグルコースデヒドロゲナーゼについても、リシン残基数を低減する前の未改変のグルコースデヒドロゲナーゼについても、それぞれ生じる可能性がある。そのため、リシン残基数を低減したグルコースデヒドロゲナーゼを架橋反応に用いた場合、リシン残基数を低減する前のグルコースデヒドロゲナーゼと比較して、多量体がより多く形成されるか、さほど多く形成されないか、予測することは困難であった。今回、リシン残基数を低減したグルコースデヒドロゲナーゼ変異体を用いたところ、驚くべきことに、より多くの多量体が形成された。
【0106】
グルタルアルデヒドについて
次に、ポリエチレングリコールジグリシジルエーテルの代わりにグルタルアルデヒドを用いて架橋反応を行った。
MpGDH-M2-0、MpGDH-M2-2を終濃度20mg/ml、100mMリン酸カリウム緩衝液(pH7.4)、1% グルタルアルデヒド(和光純薬社製)を混合した100μl溶液を40℃、1時間処理し、架橋反応させた。1時間反応後、1M Tris-HCl緩衝液(pH8.0)を50μl添加し、架橋反応を停止させた。
上記と同様にゲルろ過クロマトグラフィーで解析を行ったところ、MpGDH-M2-0は全て2量体を形成した。一方で、MpGDH-M2-2は24%が2量体となり、75%が単量体となり、グルタルアルデヒドとの反応効率は低下した。ただし、いずれのGDHにおいても3量体以上の多量体は形成されず、多量体形成を行う架橋剤としてグルタルアルデヒドは不適であると示唆された。
【0107】
以上のように、本発明のFAD-GDH変異体は、架橋反応により良好に多量体を生じた。これは酵素を固定化して用いるグルコースセンサーに有用である。
【0108】
本発明を例示により説明したが、本発明の精神から逸脱することなく、種々の変法を行うことができる。
【0109】
配列の簡単な説明
配列番号1 Mucor prainii GDH(MpGDH) aa
配列番号2 MpGDH遺伝子 DNA
配列番号3 Mucor hiemalis GDH(MhGDH) aa
配列番号4 Mucor RD056860 GDH(MrdGDH) aa
配列番号5 Mucor subtilissimus GDH(MsGDH) aa
配列番号6 Mucor guilliermondii GDH(MgGDH) aa
配列番号7 Circinella simplex GDH(CsGDH) aa
配列番号8 Circinella属 GDH(CrGDH) aa
配列番号9 Mucor circinelloides GDH(McGDH) aa
配列番号10 MrdGDH遺伝子 DNA
配列番号11 MhGDH遺伝子 DNA
配列番号12 MpGDH-M1 aa (M1)
配列番号13 MpGDH-M1遺伝子DNA
配列番号14 MpGDH-M1/A175C/N214C/G466D aa (M2)
配列番号15 MpGDH-M2遺伝子DNA
配列番号16 MpGDH-M2-1
配列番号17 MpGDH-M2-1遺伝子DNA
配列番号18 MpGDH-M2-2
配列番号19 MpGDH-M2-2遺伝子DNA
配列番号20-25 プライマー
配列番号26 MpGDH-M2-0遺伝子DNA
配列番号27 MpGDH-M2-0
【配列表】