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特許73035093-(4-ヒドロキシフェニル)プロパン酸類縁化合物の生産方法
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  • 特許-3-(4-ヒドロキシフェニル)プロパン酸類縁化合物の生産方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-27
(45)【発行日】2023-07-05
(54)【発明の名称】3-(4-ヒドロキシフェニル)プロパン酸類縁化合物の生産方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 7/42 20060101AFI20230628BHJP
【FI】
C12P7/42
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2018021274
(22)【出願日】2018-02-08
(65)【公開番号】P2019017381
(43)【公開日】2019-02-07
【審査請求日】2021-02-04
(31)【優先権主張番号】P 2017140401
(32)【優先日】2017-07-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 第69回日本生物工学会大会 講演要旨の公開 ウェブサイト:https://www.sbj.or.jp/2017/abstract/ 掲載日:平成29年8月8日 刊行物:第69回日本生物工学会大会 講演要旨集 第137頁 発行日:平成29年8月8日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 第69回日本生物工学会大会 ポスター発表 開催場所:早稲田大学 西早稲田キャンパス 発表日:平成29年9月12日
(73)【特許権者】
【識別番号】591082421
【氏名又は名称】丸善製薬株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】599035627
【氏名又は名称】学校法人加計学園
(74)【代理人】
【識別番号】100108833
【弁理士】
【氏名又は名称】早川 裕司
(74)【代理人】
【識別番号】100162156
【弁理士】
【氏名又は名称】村雨 圭介
(74)【代理人】
【識別番号】100201606
【弁理士】
【氏名又は名称】田岡 洋
(72)【発明者】
【氏名】西谷 洋輔
(72)【発明者】
【氏名】三井 亮司
【審査官】藤澤 雅樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-003929(JP,A)
【文献】特開2016-079186(JP,A)
【文献】J. Sci. Food Agric. (2012) Vol.92, pp.2291-2296
【文献】Food Chemistry (2010) Vol.120, pp.225-229
【文献】International Journal of Food Microbiology (2011) Vol.145, pp.471-475
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 7/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(I)で表される3-(4-ヒドロキシフェニル)プロパン酸類縁化合物の生産方法であって、
【化1】

(式(I)中、Rは2位、3位、5位および6位の1または2以上が置換されていてもよいことを意味し、置換基はそれぞれ独立にヒドロキシ基、炭素数が1~3のアルコキシ基、または炭素数が1~3のアルキル基であり、Rは水素原子または炭素数が1~3のアルキル基である。)
ラクトバチルス属またはバチルス属に属する乳酸菌を、下記式(II)で表される3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物を含有する培地を用い、嫌気条件にて培養する工程を含み、
前記乳酸菌は、3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物を含有する培地にて当該乳酸菌を培養したときに、当該3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物の初期濃度の5mol%以上を3-(4-ヒドロキシフェニル)プロパン酸類縁化合物に還元する活性を有する乳酸菌である
ことを特徴とする生産方法。
【化2】

(式(II)中、Rは2位、3位、5位および6位の1または2以上が置換されていてもよいことを意味し、置換基はそれぞれ独立にヒドロキシ基、炭素数が1~3のアルコキシ基、または炭素数が1~3のアルキル基であり、Rは水素原子または炭素数が1~3のアルキル基である。)
【請求項2】
前記培養する工程は、溶存酸素濃度が6mg/L以下である培地に、前記乳酸菌を植菌して培養する工程であることを特徴とする請求項1に記載の生産方法。
【請求項3】
前記乳酸菌が対数増殖期に移行する前に、前記3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物を培地に含有させることを特徴とする請求項2に記載の生産方法。
【請求項4】
前記培養した乳酸菌を集菌する工程と、
前記集菌した前記乳酸菌の菌体と、3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物とを、嫌気条件下にて反応させる工程と、
を備えることを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載の生産方法。
【請求項5】
前記培養した乳酸菌を集菌する工程と、
前記集菌した前記乳酸菌の菌体を破砕する工程と、
前記破砕した菌体と3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物とを反応させる工程と、
を備えることを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載の生産方法。
【請求項6】
前記3-(4-ヒドロキシフェニル)プロパン酸類縁化合物は、3-(4-ヒドロキシフェニル)プロパン酸、3-(3,4-ジヒドロキシフェニル)プロパン酸、および3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロパン酸からなる群より選択される1種または2種以上であることを特徴とする請求項1~5のいずれか一項に記載の生産方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、3-(4-ヒドロキシフェニル)プロパン酸類縁化合物の生産方法に関するものであり、より詳細には、3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物を原料とし、乳酸菌を用いた還元反応により3-(4-ヒドロキシフェニル)プロパン酸類縁化合物を生産する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、飽食や運動不足等の生活習慣が原因となり、肥満、2型糖尿病、高血圧症、インスリン抵抗性等といった生活習慣病が大きな問題となっている。これら生活習慣病を改善するにあたり、医薬品による治療だけでなく、天然物由来あるいは食品由来の成分による予防・治療等も注目されている。
【0003】
3-(4-ヒドロキシフェニル)プロパン酸類縁化合物は、かかる生活習慣病に関与する作用を有しているものと認められ、その機能性に関心が集まっている。例えば、3-(4-ヒドロキシフェニル)プロパン酸類縁化合物の一つである3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロパン酸は、cAMPホスホジエステラーゼ活性阻害作用、ジペプチジルペプチダーゼIV活性阻害作用等を有することが報告されている(特許文献1参照)。
【0004】
3-(4-ヒドロキシフェニル)プロパン酸類縁化合物は、3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物を還元することで生成する。一部の乳酸菌においては、かかる還元反応を行い得ることが知られている(例えば非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2016-079186号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】J. Sci. Food Agric.,2012年,vol.92,pp.2291-2296
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、還元反応を行うことが知られている乳酸菌においても、3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物を還元する酵素は未同定であり、その実態は明らかになっていない。また、3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物は、還元反応の他に、カルボキシル基の脱炭酸反応により代謝されることも知られており(上述した非特許文献1)、3-(4-ヒドロキシフェニル)プロパン酸類縁化合物を収率よく生産する方法についての知見は未だ十分とはいえない。
【0008】
本発明は、3-(4-ヒドロキシフェニル)プロパン酸類縁化合物を簡便にかつ効率よく生産することのできる生産方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究した結果、乳酸菌を用いたときに、嫌気条件がトリガーとなり、乳酸菌における3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物の代謝経路が切り替わり、脱炭酸活性が抑制されるとともに還元活性が誘導され、3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物を効率よく還元することを見出した。
【0010】
かかる発見に基づき完成された本発明は、以下のとおりである。
〔1〕 下記式(I)で表される3-(4-ヒドロキシフェニル)プロパン酸類縁化合物の生産方法であって、
【化1】

(式(I)中、Rは2位、3位、5位および6位の1または2以上が置換されていてもよいことを意味し、置換基はそれぞれ独立にヒドロキシ基、炭素数が1~3のアルコキシ基、または炭素数が1~3のアルキル基であり、Rは水素原子または炭素数が1~3のアルキル基である。)
下記式(II)で表される3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物を還元し得る乳酸菌を、当該3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物を含有する培地を用い、嫌気条件にて培養する工程を含むことを特徴とする生産方法。
【化2】

(式(II)中、Rは2位、3位、5位および6位の1または2以上が置換されていてもよいことを意味し、置換基はそれぞれ独立にヒドロキシ基、炭素数が1~3のアルコキシ基、または炭素数が1~3のアルキル基であり、Rは水素原子または炭素数が1~3のアルキル基である。)
〔2〕 前記培養する工程は、溶存酸素濃度が6mg/L以下である培地に、前記乳酸菌を植菌して培養する工程であることを特徴とする〔1〕に記載の生産方法。
〔3〕 前記乳酸菌が対数増殖期に移行する前に、前記3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物を培地に含有させることを特徴とする〔2〕に記載の生産方法。
〔4〕 前記培養した乳酸菌を集菌する工程と、
前記集菌した前記乳酸菌の菌体と、3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物とを、嫌気条件下にて反応させる工程と、
を備えることを特徴とする〔1〕~〔3〕のいずれか一項に記載の生産方法。
〔5〕 前記培養した乳酸菌を集菌する工程と、
前記集菌した前記乳酸菌の菌体を破砕する工程と、
前記破砕した菌体と3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物とを反応させる工程と、
を備えることを特徴とする〔1〕~〔3〕のいずれか一項に記載の生産方法。
〔6〕 前記3-(4-ヒドロキシフェニル)プロパン酸類縁化合物は、3-(4-ヒドロキシフェニル)プロパン酸、3-(3,4-ジヒドロキシフェニル)プロパン酸、および3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロパン酸からなる群より選択される1種または2種以上であることを特徴とする〔1〕~〔5〕のいずれか一項に記載の生産方法。
〔7〕 前記乳酸菌は、ラクトバチルス科、ストレプトコッカス科、ロイコノストック科、エンテロコッカス科またはバチルス科に属する乳酸菌であることを特徴とする〔1〕~〔6〕のいずれか一項に記載の生産方法。
〔8〕 前記乳酸菌は、ラクトバチルス属、ストレプトコッカス属、ラクトコッカス属、ロイコノストック属、ワイセラ属、オエノコッカス属、エンテロコッカス属またはバチルス属に属する乳酸菌であることを特徴とする〔7〕に記載の生産方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の生産方法によれば、3-(4-ヒドロキシフェニル)プロパン酸類縁化合物を簡便にかつ効率よく生産することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】試験例2において、好気条件および嫌気条件での3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロペン酸生産量を比較したグラフである。
図2】試験例3において、好気条件および嫌気条件での溶存酸素濃度および3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロペン酸量の変化を比較したグラフである。
図3】試験例4において、植菌時の溶存酸素濃度を制御して3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロパン酸の生成率を測定した結果を表すグラフである。
図4】試験例5において、集菌した休止菌体を用いて3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロペン酸を反応させた結果を示すグラフである。
図5】試験例6において、菌体破砕物を用いて3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロペン酸を反応させた結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
本実施形態に係る3-(4-ヒドロキシフェニル)プロパン酸類縁化合物の生産方法は、3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物を還元し得る乳酸菌を、当該3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物を含有する培地を用い、嫌気条件にて培養する工程を含むものである。
【0014】
1.生成化合物および誘導化合物
本実施形態において生産される化合物は、下記式(I)で表される3-(4-ヒドロキシフェニル)プロパン酸類縁化合物である。以下、かかる3-(4-ヒドロキシフェニル)プロパン酸類縁化合物を「生成化合物」と称することがある。
【0015】
【化3】
【0016】
(式(I)中、Rは2位、3位、5位および6位の1または2以上が置換されていてもよいことを意味し、置換基はそれぞれ独立にヒドロキシ基、炭素数が1~3のアルコキシ基、または炭素数が1~3のアルキル基であり、Rは水素原子または炭素数が1~3のアルキル基である。)
【0017】
本実施形態の生産方法においては、上記式(I)で表される生成化合物のうち1種のみが生産されてもよく、また2種以上が同時に生産されてもよい。具体的な生成化合物としては、例えば、3-(4-ヒドロキシフェニル)プロパン酸、3-(3,4-ジヒドロキシフェニル)プロパン酸、3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロパン酸等が挙げられ、中でも3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロパン酸の生産方法として本実施形態は好適である。
【0018】
本実施形態においては、下記式(II)で表される3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物を培地に含有させる。
【0019】
【化4】

(式(II)中、Rは2位、3位、5位および6位の1または2以上が置換されていてもよいことを意味し、置換基はそれぞれ独立にヒドロキシ基、炭素数が1~3のアルコキシ基、または炭素数が1~3のアルキル基であり、Rは水素原子または炭素数が1~3のアルキル基である。)
【0020】
本実施形態においては、後述する乳酸菌を、上記3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物を含有した培地を用い、嫌気条件にて培養することで、3-(4-ヒドロキシフェニル)プロパン酸類縁化合物の還元活性を誘導するものである。以下、培地に含有させる3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物を「誘導化合物」と称することがある。
また、かかる還元活性が誘導された乳酸菌(その菌体および菌体破砕物を含む)を用い、上記3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物を還元し、上記生成化合物を生産する。以下、還元反応に付す3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物を「原料化合物」と称することがある。
【0021】
ここで、乳酸菌の培養と原料化合物の還元反応とが同時に行われる場合(例えば、後述する方法(1))、誘導化合物と原料化合物とは同一となる。一方、乳酸菌の培養と原料化合物の還元反応とをそれぞれ別の工程として行う場合(例えば、後述する方法(2),(3))、誘導化合物は原料化合物と異なっていてもよいが、生成化合物の精製等が必要な場合にこれを容易にする観点から、誘導化合物と原料化合物とは同一であることが好ましい場合もある。
【0022】
また、本明細書において、生成化合物における上記式(I)中のRおよびRが、それぞれ原料化合物における上記式(II)中のRおよびRと同一である場合、かかる生成化合物と原料化合物とが「対応する」という。
【0023】
本実施形態においては、原料化合物として、生成化合物に対応する化合物を選択することが好ましい。例えば、3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロパン酸を生産する場合には、原料化合物として3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロペン酸を選択することが好ましい。上記式(I)で表される2種以上の化合物を生産する場合は、生成化合物に対応する2種以上の原料化合物を選択すればよい。
【0024】
ただし、本実施形態で用いる乳酸菌の中には、上記式(I)中のRが炭素数1~3のアルキル基である原料化合物や、Rが炭素数1~3のアルコキシ基である原料化合物を用いた場合に、当該RやRを加水分解する活性を有する菌株がある。このような乳酸菌を用いる場合には、かかる加水分解活性を考慮して原料化合物を選択してもよい。例えば、3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロパン酸を生産する場合において、用いる乳酸菌が、Rが炭素数1~3のアルキル基であるエステルの加水分解活性を有する場合には、原料化合物として、3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロペン酸に加え、Rが置換されたエステルを用いてもよい。
【0025】
本実施形態においては、3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物を還元し得る乳酸菌を、当該3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物を含有する培地を用い、嫌気条件にて培養する。
本実施形態においては、還元反応において、微生物である乳酸菌を用いるため、簡便な実施が可能となる。ただし、乳酸菌は、原料化合物である3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物を脱炭酸する活性を有することが分かっており、脱炭酸されると、生成化合物である3-(4-ヒドロキシフェニル)プロパン酸類縁化合物の収率が下がってしまう。
これに対し、本発明者らは、嫌気条件とすることがスイッチとなって3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物の代謝経路が切り替わり、脱炭酸活性が抑制されるとともに還元活性が誘導され、3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物を効率よく還元することを見出した。
【0026】
2.乳酸菌
本実施形態で用いる乳酸菌は、3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物を還元し得る乳酸菌であれば特に限定されない。
ここで、本明細書において「乳酸菌」とは、消費したブドウ糖に対して50%以上の乳酸を産生する細菌を意味する。
また、「3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物を還元し得る乳酸菌」であるか否かを判定する方法としては、例えば、3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物を含有する培地にて乳酸菌を培養し(好ましくは嫌気条件下で培養し)、還元された化合物(3-(4-ヒドロキシフェニル)プロパン酸類縁化合物である)が所定量以上(例えば、3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物の初期濃度の5mol%以上、好ましくは10mol%以上)生成しているか否かをHPLC等にて検出する方法が例示される。具体的な判定方法は後述する実施例にて示す。
【0027】
本実施形態で用いられる乳酸菌は、上記要件を満たすものであれば由来は特に限定されず、植物性乳酸菌であっても動物性乳酸菌であってもよく、また乳酸菌の性質としても、耐熱性、耐酸性、耐糖性、耐塩性、有胞子性等であってもよい。
【0028】
乳酸菌の具体例を挙げると、ラクトバチルス科(Lactobacillaceae)、ストレプトコッカス科(Streptococcaceae)、ロイコノストック科(Leuconostocaceae)、エンテロコッカス科(Enterococcaceae)、バチルス科(Bacillaceae)に属する以下の乳酸菌が例示され、これらは1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0029】
ラクトバチルス科に属する乳酸菌としては、ラクトバチルス属(Lactobacillus)やペディオコッカス属(Pediococcus)等に属する乳酸菌が挙げられる。
ラクトバチルス属に属する乳酸菌としては、ラクトバチルス・プランタラム(Lactobacillus plantarum)、ラクトバチルス・パラプランタラム(Lactobacillus paraplantarum)、ラクトバチルス・ペントーサス(Lactobacillus pentosus)、ラクトバチルス・アシドフィラス(Lactobacillus acidophilus)、ラクトバチルス・アミロボラス(Lactobacillus amylovorus)、ラクトバチルス・クリスパータス(Lactobacillus crispatus)、ラクトバチルス・ジョンソニイ(Lactobacillus johnsonii)、ラクトバチルス・ガセリ(Lactobacillus gasseri)、ラクトバチルス・ガリナラム(Lactobacillus gallinarum)、ラクトバチルス・ファーメンタム(Lactobacillus fermentum)、ラクトバチルス・デルブレッキイ(Lactobacillus delbrueckii)、ラクトバチルス・ブフネリ(Lactobacillus buchneri)、ラクトバチルス・ケフィラノファシエンス(Lactobacillus kefiranofaciens)、ラクトバチルス・カルバータス(Lactobacillus curvatus)、ラクトバチルス・ロシアエ(Lactobacillus rossiae)、ラクトバチルス・サリバリウス(Lactobacillus salivarius)、ラクトバチルス・カゼイ(Lactobacillus casei)、ラクトバチルス・キタサトニス(Lactobacillus kitasatonis)、ラクトバチルス・ロイテリー(Lactobacillus reuteri)、ラクトバチルス・ブレビス(Lactobacillus brevis)、ラクトバチルス・コリニフォルミス(Lactobacillus coryniformis)、ラクトバチルス・ファルシミナス(Lactobacillus farciminus)、ラクトバチルス・ラムノーサス(Lactobacillus rhamnosus)、ラクトバチルス・ブルガリカス(Lactobacillus bulgaricus)等が例示される。
ラクトバチルス・プランタラムを用いる場合、ラクトバチルス・プランタラム 22A-1(FERM P-21409)、ラクトバチルス・プランタラム 22A-3(FERM P-21411)、またはラクトバチルス・プランタラム 22B-2(FERM P-21410)を用いてもよい。これらの3株は、本出願人により漬物から単離・同定された株であり、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに寄託されている。
ペディオコッカス属に属する乳酸菌としては、例えば、ペディオコッカス・ダムノサス(Pediococcus damnosus)、ペディオコッカス ハロフィラス(Pediococcus halophilus)、ペディオコッカス・パルブルス(Pediococcus parvulus)、ペディオコッカス・ペントサセウス(Pediococcus pentosaceus)等が例示される。
【0030】
ストレプトコッカス科に属する乳酸菌としては、ストレプトコッカス属(Streptococcus)、ラクトコッカス属(Lactococcus)等に属する乳酸菌が挙げられる。
ストレプトコッカス属に属する乳酸菌としては、例えば、ストレプトコッカス・サーモフィラス(Streptococcus thermophilus)、ストレプトコッカス・サリバリウス(Streptococcus salivarius)等が例示される。
ラクトコッカス属に属する乳酸菌としては、例えば、ラクトコッカス・クレモリス(Lactococcus cremoris)、ラクトコッカス・ラクティス(Lactococcus lactis)等が例示される。
【0031】
ロイコノストック科に属する乳酸菌としては、ロイコノストック属(Leuconostoc)、ワイセラ属(Weissella)、オエノコッカス属(Oenococcus)等に属する乳酸菌が挙げられる。
ロイコノストック属に属する乳酸菌としては、例えば、ロイコノストック・ラクティス(Leuconostoc lactis)、ロイコノストック・メセンテロイデス(Leuconostoc mesenteroides)等が例示される。
ワイセラ属に属する乳酸菌としては、例えば、ワイセラ・シバリア(Weissella cibaria)、ワイセラ・コンフューザ(Weissella confusa)等が例示される。
オエノコッカス属に属する乳酸菌としては、オエノコッカス・オエニ(Oenococcus oeni)等が例示される。
【0032】
エンテロコッカス科に属する乳酸菌としては、エンテロコッカス属(Enterococcus)等に属する乳酸菌が挙げられ、エンテロコッカス属に属する乳酸菌としては、エンテロコッカス・フェカーリス(Enterococcus faecalis)等が例示される。
【0033】
バチルス科に属する乳酸菌としては、バチルス属(Bacillus)等に属する乳酸菌が挙げられ、バチルス属に属する乳酸菌としては、バチルス・コアグランス(Bacillus coagulans)等が例示される。
バチルス・コアグランスを用いる場合、バチルス・コアグランス NBRC12714を用いてもよい。本株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構バイオテクノロジーセンターにて保存され、分譲可能株としてNBRCカタログに収載されている。
【0034】
本実施形態で用いる乳酸菌は、3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物に対し耐性を示す菌株であることが好ましい。ここで、3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物には抗菌作用があるところ、特に後述する方法(1)においては、3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物は誘導化合物であるとともに原料化合物でもあるため、3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物への耐性を示す乳酸菌を用いると、原料化合物の濃度を高くしても乳酸菌が十分に増殖することができ、生成化合物である3-(4-ヒドロキシフェニル)プロパン酸類縁化合物への還元反応を十分に進行させることができる。
ここで、「3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物に対し耐性を示す乳酸菌」であるか否かを確認する方法としては、例えば、3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物を所定濃度(例えば、1mM以上)含有する培地にて、嫌気条件下で培養し、増殖の有無を確認する方法が挙げられる。増殖の有無は、例えば、前培養液を濁度(測定波長:610nm)0.05以下となるよう植菌し、25~37℃で24時間培養後の濁度が植菌時の濁度の10倍以上となるか否かをもって判定することができる。かかる培養において増殖することが確認される乳酸菌は、3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物に対し耐性を示す乳酸菌であると判断することができる。
【0035】
3.培養条件
本実施形態においては、誘導化合物と、上記乳酸菌とを、嫌気条件にて培養することで、脱炭酸活性が抑制されかつ還元活性が誘導されるとともに、還元活性が安定化され、原料化合物の還元が効率的に進行し、生成化合物の収率が向上する。
本実施形態における「嫌気条件」とは、例えば、反応液(または液体培地)の溶存酸素濃度が飽和状態(例えば、28℃においては8mg/L程度)よりも低い状態であれば良い。例えば、反応液または培養液における溶存酸素濃度が6mg/L以下であってよく、5mg/L以下であってよく、3mg/L以下であってよく、1mg/L以下であってよく、0.5mg/L以下であってよく、0.2mg/L以下であってよく、0.1mg/L以下であってよく、0.05mg/L以下であってよい。
【0036】
かかる嫌気条件を達成するための方法は特に限定されない。例えば、空気等の酸素に接しないように液体培地を(加圧)加熱殺菌して溶存酸素を追い出した後、直ちに密栓する等によりそのまま酸素に接しない状態を維持することで、溶存酸素濃度の低い培地を調製することができる。この他、嫌気ジャー法、嫌気バッグ法、窒素置換法、スチールウール法等の気相中の酸素濃度を低下させることで培地中の溶存酸素濃度を低下させる方法;脱酸素剤や抗酸化剤等の添加剤を液体培地に添加することで溶存酸素濃度を低下させる方法など、公知の方法を採用することができる。
また、培養中も上記嫌気条件を維持するため、培養中の培地は、気相と接触させないか、酸素濃度を空気よりも低く維持した気相に接触させることが好ましい。
ここで、本実施形態で用いる乳酸菌は好気条件でも培養可能であることから、乳酸菌において従来行われていた嫌気培養では、溶存酸素が十分に低下していない培地に植菌し、乳酸菌の増殖に伴う酸素の消費により培地中の溶存酸素濃度が低下した結果、嫌気条件が実現されていた。これに対し、特に後述する方法(1)においては、乳酸菌を植菌する時点において、溶存酸素濃度が6mg/L以下である培地に植菌することで、脱炭酸活性が抑制されかつ還元活性が誘導されるため、原料化合物の収率を高めることができる。
【0037】
乳酸菌を培養するための培地は特に制限されず、乳酸菌の生育に好適な培地を用いることができ、例えば、MRS培地、GYP培地など通常用いる培地から、使用する乳酸菌の生育に適した培地を適宜選択して使用することができる。また、食品素材として利用可能な植物材料等を含む培地を用いてもよく、特に後述する方法(1)においては、得られた3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物を含む組成物を食品素材等としてそのまま利用することができる。
【0038】
本実施形態において、培地のpHは、2~9であることが好ましく、3~8であることがさらに好ましく、4~7であることが特に好ましい。培地のpHがかかる範囲にあることで、乳酸菌の増殖および還元活性の誘導が効率的なものとなる。また、特に後述する方法(1)においては、培養(および還元活性の誘導)とともに原料化合物の還元反応が進行するところ、pHが上記範囲にあることで、原料化合物の還元反応が進行しやすくなる。
【0039】
また、培養温度は、20~40℃であることが好ましく、23~37℃であることがさらに好ましく、25~32℃であることが特に好ましい。培養温度がかかる範囲にあることで、乳酸菌の増殖および還元活性の誘導が効率的なものとなり、また、特に後述する方法(1)においては、原料化合物の還元反応が進行しやすくなる。
【0040】
4.反応方法
本実施形態においては、上記培養により還元活性を誘導した乳酸菌を用い、原料化合物を還元反応に付す。ここで、原料化合物と上記乳酸菌とを反応させる具体的な方法としては、例えば、(1)乳酸菌の培養とともに原料化合物を反応させる方法、(2)集菌した乳酸菌菌体と原料化合物とを反応させる方法、(3)乳酸菌の菌体破砕物と原料化合物とを反応させる方法、などが挙げられる。
【0041】
(1)乳酸菌の培養とともに原料化合物を反応させる方法
この方法では、上記培養において、乳酸菌の還元活性を誘導するとともに、かかる乳酸菌が3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物を還元して3-(4-ヒドロキシフェニル)プロパン酸類縁化合物(生成化合物)を生産する。この方法では、3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物は誘導化合物であるとともに原料化合物でもある。
【0042】
方法(1)においては、上記乳酸菌を、溶存酸素濃度が6mg/L以下である培地に植菌し、当該乳酸菌を培養することが好ましい。植菌する培地において、溶存酸素濃度を6mg/L以下とすることで、原料化合物に対する脱炭酸活性が抑制されるとともに、還元活性が誘導されやすく、その結果、生成化合物が収率よく生産される。
【0043】
一般に、微生物の嫌気培養においては、脱酸素剤や窒素置換等により酸素濃度を低下させた空間において微生物の培養を行うものの、培地の溶存酸素については、偏性嫌気性菌を除き特段の注意が払われないことが多い。特に、上記乳酸菌は好気条件でも培養可能であることから、乳酸菌において従来行われていた嫌気培養では、溶存酸素が十分に低下していない培地に植菌し、乳酸菌の増殖に伴う酸素の消費により培地中の溶存酸素濃度が低下した結果、嫌気条件が実現されていた。しかし、本実施形態においては、植菌する段階で溶存酸素濃度が高いと、原料化合物に対する脱炭酸活性が抑制される前に原料化合物が脱炭酸されてしまい、生成化合物の収率が下がるおそれがある。
これに対し、植菌する段階で溶存酸素濃度が十分に低いと、脱炭酸活性が抑制され還元活性が優先する結果、生成化合物の高い収率が実現され、特に好ましい。後述する実施例で示すとおり、植菌する培地における溶存酸素濃度を6mg/L以下とすることで、脱炭酸活性が抑制され生成化合物の高い収率が実現される。
【0044】
また、方法(1)においては、乳酸菌が対数増殖期に移行する前に、3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物を培地に含有させることが好ましい。この場合において、3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物を含有させるタイミングは、対数増殖期に移行する前であれば特に制限されないが、培地にあらかじめ3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物を含有させて、当該培地に乳酸菌を植菌することが特に好ましい。
対数増殖期の前に3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物を培地に含有させることで、当該化合物に対する還元活性が誘導されやすくなり、生成化合物が収率よく生産される。
さらに、3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物には抗菌作用があり、本実施形態で用いる乳酸菌は当該抗菌作用に耐性を示すことが好ましいが、かかる耐性は対数増殖期には発現しにくい傾向があることを本発明者らは見出している。対数増殖期より前に3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物を含有させることで、当該化合物の抗菌作用に対する耐性を発現し、乳酸菌が効率よく増殖する結果、還元反応が十分に進行し、生成化合物が収率よく生産される。
【0045】
方法(1)において、培地中の3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物(原料化合物)の含有量は、0.5mM以上であってよく、さらに10mM以上であってよく、さらにまた25mM以上であってよい。原料化合物の濃度を高くすると、生成化合物を一度の反応で大量に生産することができ、経済性の観点から好ましい。なお、上述のとおり本実施形態の原料化合物は抗菌性を示すが、原料化合物を培地に含有させるタイミングを調整することで、一定程度の耐性を発現させることが可能となる。一方、原料化合物の含有量の上限は、使用する乳酸菌の原料化合物への耐性にも依存するが、100mM以下であってよく、さらに50mM以下であってよく、さらにまた30mM以下であってよい。
【0046】
(2)集菌した乳酸菌の菌体と原料化合物とを反応させる方法
この方法は、3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物(誘導化合物)を含有する培地を用い嫌気条件にて上記乳酸菌を培養した後、培養した乳酸菌を集菌する工程と、得られた乳酸菌の菌体と3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物(原料化合物)とを嫌気条件下にて反応させる工程とを備える。
【0047】
方法(2)における培養は、還元活性に優れた菌体を得ることが目的であるため、最終的に嫌気条件となればよく、植菌する段階における培地の溶存酸素濃度は特に制限されないが、例えば方法(1)にて上述したとおり、植菌する段階で溶存酸素濃度が十分に低いと、脱炭酸活性の抑制および還元活性の優先がより安定的に実現され、好ましい場合もある。
集菌する方法は特に制限されず、遠心分離、限外濾過等、公知の方法を採用することができる。
【0048】
方法(2)においては、集菌した菌体と原料化合物とを、嫌気条件にて反応させることが好ましい。
ここで、後述する方法(3)および実施例などで説明するとおり、原料化合物の還元反応そのものは嫌気条件である必要はないが、菌体との反応を嫌気条件で行うことで、集菌した菌体内における還元力(NADH等)の消費が抑制され、その還元力が、原料化合物の還元反応に効率的に利用されるものと推測される。
【0049】
方法(2)での反応工程において、反応液の種類は特に制限されず、培養に用いた培地の他、酵素反応に使用し得る緩衝液なども使用することができる。
反応液のpHは、2~9であることが好ましく、3~8であることがさらに好ましく、4~7であることが特に好ましい。反応液のpHがかかる範囲にあることで、原料化合物の還元反応が進行しやすくなる。
また、反応温度は、15~40℃であることが好ましく、18~37℃であることがさらに好ましく、20~32℃であることが特に好ましい。反応温度がかかる範囲にあることで、原料化合物の還元反応が進行しやすくなる。
【0050】
(3)乳酸菌の菌体破砕物と原料化合物とを反応させる方法
この方法では、3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物(誘導化合物)を含有する培地を用い嫌気条件にて上記乳酸菌を培養した後、培養した乳酸菌を集菌する工程と、得られた乳酸菌の菌体を破砕する工程と、得られた菌体破砕物と3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物(原料化合物)とを反応させる工程とを備える。
【0051】
方法(3)における培養は、還元活性に優れた菌体破砕物を得ることが目的であるため、最終的に嫌気条件となればよく、方法(2)と同様に、植菌する段階における培地の溶存酸素濃度は特に制限されないが、植菌する段階で溶存酸素濃度が十分に低いと、脱炭酸活性の抑制および還元活性の優先がより安定的に実現され、好ましい場合もある。
また、集菌する方法は、方法(2)と同様の方法が例示される。
菌体を破砕する方法も特に制限されず、例えば、超音波破砕、物理的破砕、酵素溶解処理、薬品処理等、公知の手法を採用することができる。
【0052】
方法(3)において、菌体破砕物と原料化合物とを反応させる工程では、反応液の種類は特に制限されず、酵素反応に使用し得る一般的な緩衝液などを使用することができる。
反応液のpHは、2~7であることが好ましく、3~6であることがさらに好ましく、4~5.5であることが特に好ましい。
また、反応温度は、15~40℃であることが好ましく、18~33℃であることがさらに好ましく、20~28℃であることが特に好ましい。
反応液のpHおよび反応温度が上記範囲にあることで、原料化合物の還元反応が進行しやすくなる。
【0053】
方法(3)の還元反応は、好気条件でも十分に進行するため、嫌気条件で行う必要はない。
一方で、還元反応を効率的に進行させるため、NADH等の還元型の補酵素を反応液に添加することが好ましい。かかる還元型補酵素の添加量は、1mM以上とすることが好ましく、5mM以上とすることがさらに好ましく、10mM以上とすることが特に好ましい。
【0054】
以上のようにして、生成化合物である3-(4-ヒドロキシフェニル)プロパン酸類縁化合物は、反応液(または培養液)中に含まれた状態で得ることができる。また、得られた3-(4-ヒドロキシフェニル)プロパン酸類縁化合物は、乳酸菌によるさらなる代謝を受けずに蓄積されるものと認められる。
得られた生成化合物は、反応液(または培養液)に含まれた状態で、そのまま食品素材等として利用してもよく、また分画・精製等により3-(4-ヒドロキシフェニル)プロパン酸類縁化合物の濃度を高めた組成物としてもよい。分画・精製する方法は特に限定されず、公知のカラムクロマトグラフィー、HPLC、再結晶等の手段を適宜採用することができる。
【0055】
以上述べた3-(4-ヒドロキシフェニル)プロパン酸類縁化合物の生産方法によれば、上記乳酸菌を、3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物を含有した培地を用い、嫌気条件にて培養することで、脱炭酸活性が抑制されかつ還元活性が誘導されるとともに、還元活性が安定化され、原料化合物の還元が効率的に進行し、高い収率で3-(4-ヒドロキシフェニル)プロパン酸類縁化合物を得ることができる。
【0056】
以上説明した実施形態は、本発明の理解を容易にするために記載されたものであって、本発明を限定するために記載されたものではない。したがって、上記実施形態に開示された各要素は、本発明の技術的範囲に属する全ての設計変更や均等の方法をも含む趣旨である。
【実施例
【0057】
以下、試験例等を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の各例に何ら制限されるものではない。なお、下記試験例においては、3-(4-ヒドロキシフェニル)プロペン酸類縁化合物(原料化合物および誘導化合物)として、3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロペン酸(和光純薬工業社製)を用い、3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロパン酸を生産した。
【0058】
〔試験例1〕3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロペン酸を還元する乳酸菌
乳酸菌として、ラクトバチルス・プランタラム 22A-3(FERM P-21411)、バチルス・コアグランス NBRC12714、およびサクラから分離されたロイコノストック・メセンテロイデス KY001を、MRS液体培地に植菌し、28℃にて1日間培養を行った(前培養)。得られた前培養液3mLを、3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロペン酸1mMを含むMRS液体培地300mLに添加し、嫌気条件下にて28℃・120rpmにて24時間振盪培養を行った(本培養)。前培養および本培養においては、メディウム瓶一杯まで培地で満たしてオートクレーブに付し、その後すぐに密栓することにより、溶存酸素を除去したMRS液体培地を用いた。なお、試験した3株とも、本培養後の培養液の濁度が植菌時の濁度の10倍以上になっていることを確認した。
本培養の後、培養液上清に含まれる生成化合物3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロパン酸の量を、下記条件にてHPLCにて定量した。
結果を表1に示す。
【0059】
=HPLC条件=
製品名:TOSOH HPLC
固定相:TSK-gel ODS-80T(TOSOH BIOSCIECE社製)
カラム長:φ4.6mm × 250mm
移動相:メタノール:水:酢酸=35:64:1
移動相流速:0.8mL/min
検出:280nm
【0060】
【表1】
【0061】
表1に示されるとおり、ラクトバチルス・プランタラム 22A-3およびバチルス・コアグランス NBRC12714は、3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロパン酸を0.05mM以上(原料化合物である3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロペン酸の初期濃度1mMの5mol%以上)生成しており、3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロペン酸を還元して3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロパン酸を生成することのできる乳酸菌であった。
一方、ロイコノストック・メセンテロイデス KY001は、3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロペン酸の還元活性を有するとは認められなかった。
【0062】
〔試験例2〕好気条件および嫌気条件での3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロペン酸生産量の比較
(嫌気条件)
ラクトバチルス・プランタラム 22A-3をMRS液体培地に植菌し、28℃にて1日間培養を行った(前培養)。得られた前培養液3mLを、メディウム瓶に入れたMRS液体培地300mLに添加した。ここで、かかるMRS液体培地は、3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロペン酸1mMを含み、また、試験例1と同様にして溶存酸素を除去したものを用いた。植菌したMRS液体培地を、試験例1と同様の方法による嫌気条件下において、28℃で菌体が沈降しないように密栓状態で振盪培養(120rpm)し(本培養)、所定時間ごとにサンプリングし、培養液の濁度(測定波長:610nm)を測定するとともに、原料化合物3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロペン酸および生成化合物3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロパン酸の濃度を、試験例1と同じHPLC条件により定量した。
【0063】
(好気条件)
嫌気条件と同様にして得られた前培養液1.5mLを、三角フラスコに入れたMRS液体培地150mLに添加した。ここで、かかるMRS液体培地は、3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロペン酸1mMを含むものを用いた。植菌したMRS液体培地を、好気条件下において、28℃で通気性のあるキャップで栓をして振盪培養し(本培養)、所定時間ごとにサンプリングし、培養液の濁度(測定波長:610nm)を測定するとともに、原料化合物3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロペン酸および生成化合物3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロパン酸の濃度を、試験例1と同じHPLC条件により定量した。
結果を図1に示す。
【0064】
図1に示されるとおり、好気条件下では、原料化合物がほぼ全て消費されているにもかかわらず、生成化合物の生成率は原料に換算してわずか30%前後であり、原料化合物の脱炭酸により生成化合物の生成率が減少したものと認められた。これに対し、嫌気条件下では生成率が90%以上であり、嫌気条件とすることで脱炭酸活性が抑制されるとともに還元活性が誘導され、3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロパン酸の収率が劇的に改善されることが明らかとなった。
【0065】
〔試験例3〕好気条件および嫌気条件での溶存酸素濃度の変化
(嫌気条件)
試験例2における嫌気条件と同様にして、ラクトバチルス・プランタラム 22A-3の前培養と、MRS液体培地(メディウム瓶入り,溶存酸素除去済み)300mLを用いた本培養とを行った。所定時間ごとにサンプリングし、溶存酸素濃度を溶存酸素計(OM-71,堀場製作所社製)にて測定するとともに、試験例2と同様にして培養液の濁度、原料化合物および生成化合物の濃度を測定した。結果を図2Aに示す。
【0066】
(好気条件)
試験例2における好気条件と同様にして、ラクトバチルス・プランタラム 22A-3の前培養と、MRS液体培地(三角フラスコ入り,通気性キャップにて栓)150mLを用いた本培養とを行った。所定時間ごとにサンプリングし、溶存酸素濃度を溶存酸素計(OM-71,堀場製作所社製)にて測定するとともに、試験例2と同様にして培養液の濁度、原料化合物および生成化合物の濃度を測定した。結果を図2Bに示す。
【0067】
図2Aに示されるとおり、嫌気条件では、培養開始時(0時間)および終了時(75時間)のいずれにおいても溶存酸素濃度が0mg/Lに近い値を示していたが、図2Bに示されるとおり好気条件では、培養初期においては空気中の酸素が溶解した結果溶存酸素濃度が高い値であり、乳酸菌の増殖に伴い酸素が消費された結果、10時間後には溶存酸素濃度が0.5mg/Lを下回っていた。
原料化合物および生成化合物を見ると、嫌気条件(図2A)では原料化合物3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロペン酸の速やかな減少およびこれに応じた生成化合物3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロパン酸の増加が認められ、90%以上の生成率であると認められたが、好気条件(図2B)では、乳酸菌の増殖(濁度の上昇)および溶存酸素濃度の低下に続いて原料化合物の減少および生成化合物の増加が認められ、溶存酸素濃度の低下がトリガーとなって原料化合物の還元活性が発現するものと認められた。
【0068】
〔試験例4〕植菌時の溶存酸素濃度が生成率に及ぼす影響
3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロパン酸の生成率に及ぼす溶存酸素濃度の影響をより厳密に確認するため、ジャーファーメンターを用いて植菌時の溶存酸素濃度を制御した試験を行った。
【0069】
ラクトバチルス・プランタラム 22A-3をMRS液体培地に植菌し、30℃にて24時間培養を行った(前培養)。
2Lジャーファーメンターを用い、3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロペン酸2mMを含有するMRS液体培地1Lを121℃15分間滅菌処理し、その後30℃に低下させ、空気、窒素またはその混合気体を0.5L/分で通気することにより、空気と窒素との混合比率を変えて溶存酸素を所定濃度(0mg/L,3mg/L,4mg/L,5mg/L,6mg/L,酸素飽和)に制御した。このようにして溶存酸素濃度を制御したMRS液体培地にラクトバチルス・プランタラム 22A-3の前培養液10mLを植菌し、植菌後直ちに通気を停止して、30℃、攪拌回転数100rpmにて24時間培養を行った(本培養)。
植菌前の原料化合物3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロペン酸の濃度と、24時間本培養後の生成化合物3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロパン酸の濃度とを、試験例1と同じHPLC条件により定量し、下記式により、それぞれの培養条件ごとに生成率を算出した。
【0070】
生成率(%)=B/A×100
式中の各項はそれぞれ以下を表す。
A:植菌前の原料化合物3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロペン酸の濃度
B:本培養後の生成化合物3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロパン酸の濃度
結果を図3に示す。
【0071】
図3に示されるとおり、植菌時の溶存酸素濃度を6mg/L以下とすることにより、生成率が改善した。
【0072】
〔試験例5〕集菌した菌体を用いた反応
ラクトバチルス・プランタラム 22A-3を前培養し、前培養液30mLをMRS液体培地300mL(メディウム瓶入り,溶存酸素除去済み)に植菌した。かかるMRS液体培地は、1mMの3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロペン酸(誘導化合物)を含むものと含まないものとを用意した。これらを30℃・120rpmにて15時間培養し、培養終了後に遠心分離(4℃,7000rpm,10分)により集菌した。得られた菌体を、50mMカリウムリン酸緩衝液(pH7.0)に懸濁して濁度(測定波長:610nm)を30に調整した。かかる菌体懸濁液に、原料化合物としての3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロペン酸を終濃度1mMとなるように添加し(反応液:6mL)、好気条件および嫌気条件のそれぞれにおいて、8の字振盪にて30℃・3時間反応させた。反応液について1時間ごとにサンプリングし、原料化合物3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロペン酸および生成化合物3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロパン酸の量を、上記HPLC条件にて測定した。
結果を図4に示す。ここで、図4A~Dの各図はそれぞれ以下の条件で培養・反応させたものである。
図4A(培養:誘導化合物無添加,反応:嫌気条件)
図4B(培養:誘導化合物無添加,反応:好気条件)
図4C(培養:誘導化合物添加,反応:嫌気条件)
図4D(培養:誘導化合物添加,反応:好気条件)
【0073】
図4に示されるとおり、誘導化合物を添加しない培地で培養した菌体は、その後の菌体反応において、原料化合物をほとんど還元できなかった(図4AおよびB)。一方、誘導化合物を添加した培地で培養した菌体は、その後の菌体反応においても嫌気条件下で行った場合は原料化合物が効率よく生成化合物へと還元されたが(図4C)、菌体反応を好気条件で行った場合は還元反応がわずかにしか進行しなかった(図4D)。
【0074】
〔試験例6〕菌体破砕物を用いた反応
ラクトバチルス・プランタラム 22A-3について、試験例4と同様にして、1mMの3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロペン酸(誘導化合物)を含有するMRS液体培地で嫌気条件にて培養し、遠心分離により集菌し、50mMカリウムリン酸緩衝液(pH7.0)に懸濁して、濁度30の菌体懸濁液を得た。さらに、かかる菌体懸濁液が10%となるように、50mMカリウムリン酸緩衝液(pH7.0)にて懸濁し、超音波破砕機(久保田商事社製,製品名「Model201M」)にて、180Wで15分間破砕処理を行った。得られた菌体破砕物800μL(タンパク質終濃度:10.68mg/mL)を用い、原料化合物として終濃度1mMの3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロペン酸と、NADH(終濃度:10mM)とを用い、1000μLの反応系(pH5に調整)にて25℃・24時間反応させた。
結果を図5に示す。
【0075】
図5に示すように、粗酵素(菌体破砕物)においては、嫌気条件にせずとも原料化合物の還元が進行した。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明の生産方法は、3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロパン酸を効率よく生産する方法として好適であり、様々な生理活性が報告されている3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロパン酸の利用が促進されるものと期待され、食品分野、医薬品分野、化粧品分野等に大きく貢献できる。
図1
図2
図3
図4
図5