(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-27
(45)【発行日】2023-07-05
(54)【発明の名称】コバルト溶液の製造方法、コバルト塩の製造方法、ニッケル溶液の製造方法、及びニッケル塩の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22B 23/00 20060101AFI20230628BHJP
C22B 3/04 20060101ALI20230628BHJP
C22B 3/32 20060101ALI20230628BHJP
C22B 3/44 20060101ALI20230628BHJP
H01M 10/54 20060101ALI20230628BHJP
C01G 53/00 20060101ALI20230628BHJP
【FI】
C22B23/00 102
C22B3/04
C22B3/32
C22B3/44 101Z
H01M10/54
C01G53/00 A
(21)【出願番号】P 2022555716
(86)(22)【出願日】2022-09-12
(86)【国際出願番号】 JP2022034087
【審査請求日】2022-09-14
(31)【優先権主張番号】P 2021182150
(32)【優先日】2021-11-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2022077154
(32)【優先日】2022-05-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】502362758
【氏名又は名称】JX金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】有吉 裕貴
(72)【発明者】
【氏名】阿部 洋
(72)【発明者】
【氏名】三木 譲
【審査官】岡田 隆介
(56)【参考文献】
【文献】特開2021-172856(JP,A)
【文献】特開2020-105599(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 3/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウムイオン電池廃棄物の電池粉に対して少なくとも浸出処理を施すことで得られるコバルト含有溶液であって、マグネシウムイオンを含む前記コバルト含有溶液から、マグネシウムイオンを除去し、コバルト溶液を製造する方法であって、
前記コバルト含有溶液に対し、カルボン酸系抽出剤を含む溶媒を用いてコバルトイオンを抽出してマグネシウムイオンを分離した後、当該溶媒からコバルトイオンを逆抽出し、逆抽出後液として前記コバルト溶液を得るマグネシウム分離工程を含
み、
前記マグネシウム分離工程で、コバルトイオンの抽出後に得られる抽出後液がカルボン酸系抽出剤を含み、平衡pHを5.5以下として前記抽出後液から前記カルボン酸系抽出剤を回収し、前記抽出後液から回収した前記カルボン酸系抽出剤をコバルトイオンの抽出に使用する、コバルト溶液の製造方法。
【請求項2】
前記マグネシウム分離工程で、コバルトイオンを抽出するときの平衡pHを6.0~7.0とする、請求項1に記載のコバルト溶液の製造方法。
【請求項3】
前記マグネシウム分離工程で、コバルトイオンを抽出した後の前記溶媒に対し、逆抽出前に、平衡pHを5.5~6.5としてスクラビングを行う、請求項1又は2に記載のコバルト溶液の製造方法。
【請求項4】
前記コバルト含有溶液のマグネシウムイオン濃度が、0.002g/L~1.000g/Lである請求項1又は2に記載のコバルト溶液の製造方法。
【請求項5】
前記マグネシウム分離工程で、硫酸、塩酸もしくは硝酸を含む逆抽出液を用いて、前記溶媒からコバルトイオンを逆抽出し、逆抽出時のpHを1.0~4.0とする、請求項1又は2に記載のコバルト溶液の製造方法。
【請求項6】
前記マグネシウム分離工程のコバルトイオンの抽出に用いる前記溶媒中の前記カルボン酸系抽出剤の濃度を、25体積%~30体積%とする、請求項1又は2に記載のコバルト溶液の製造方法。
【請求項7】
コバルトイオン、ニッケルイオン及びマグネシウムイオンを含む金属含有溶液に対し、ホスホン酸エステル系抽出剤を含む溶媒を用いて、コバルトイオン及びマグネシウムイオンの一部を抽出し、当該溶媒から少なくともコバルトイオンを逆抽出し、前記コバルト含有溶液を得るコバルト抽出工程を含む、請求項1又は2に記載のコバルト溶液の製造方法。
【請求項8】
前記金属含有溶液のマグネシウムイオン濃度が、0.002g/L~1.000g/Lである、請求項
7に記載のコバルト溶液の製造方法。
【請求項9】
コバルトイオン、ニッケルイオン及びマグネシウムイオンを含む酸性溶液に対し、カルボン酸系抽出剤を含む溶媒を用いた抽出及び逆抽出を行い、マグネシウムイオンの一部を除去し、前記金属含有溶液を得るマグネシウム除去工程を含む、請求項
7に記載のコバルト溶液の製造方法。
【請求項10】
前記コバルト抽出工程の抽出で得られる抽出後液に対し、カルボン酸系抽出剤を含む溶媒を用いてニッケルイオンを抽出し、当該溶媒からニッケルイオンを逆抽出するニッケル抽出工程を含む、請求項
7に記載のコバルト溶液の製造方法。
【請求項11】
前記ニッケル抽出工程で、ニッケルイオンを抽出するときの平衡pHを6.3~7.5とする、請求項
10に記載のコバルト溶液の製造方法。
【請求項12】
前記ニッケル抽出工程で、ニッケルイオンを抽出した後の前記溶媒に対し、逆抽出前に、平衡pHを5.5~6.5としてスクラビングを行う、請求項
10に記載のコバルト溶液の製造方法。
【請求項13】
請求項1又は2に記載のコバルト溶液の製造方法を用いて、コバルト塩を製造する方法であって、
前記マグネシウム分離工程で得られるコバルト溶液から、結晶化によりコバルト塩を晶析させる結晶化工程を含む、コバルト塩の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この明細書は、コバルト溶液の製造方法、コバルト塩の製造方法、ニッケル溶液の製造方法、及びニッケル塩の製造方法について開示するものである。
【背景技術】
【0002】
近年は、製品寿命もしくは製造不良その他の理由より廃棄されたリチウムイオン電池廃棄物から、そこに含まれるコバルトやニッケル等の有価金属を湿式処理により回収することが、資源の有効活用の観点から広く検討されている。
【0003】
これに関連して、特許文献1には、「工程(1):リチウム、マンガン、ニッケル、及びコバルトからなる金属群Aと、銅、アルミニウム及び鉄からなる金属群Bとを含有する金属混合水溶液に対して、ホスホン酸エステル系抽出剤及びカルボン酸系抽出剤を含有する第一混合抽出剤を使用して溶媒抽出し、当該金属混合溶液から金属群Bに属する金属分を分離する工程、工程(2):工程(1)後の抽出残液に対して、燐酸エステル系抽出剤及びオキシム系抽出剤を含有する第二混合抽出剤を使用して溶媒抽出し、当該抽出残液から更に金属群Bに属する金属分を分離すると共にマンガンも分離する工程、工程(3):工程(2)後の抽出残液に対して、ホスホン酸エステル系抽出剤を使用して溶媒抽出し、当該抽出残液からコバルトを分離する工程、工程(4):工程(3)後の抽出残液に対して、カルボン酸系抽出剤を使用して溶媒抽出し、当該抽出残液からニッケルを分離する工程、を順に行うことを含む金属混合水溶液からの金属の分離回収方法。」が記載されている。
【0004】
また特許文献2、3では、「Li、Ni、Co、Mn、Al、Cu及びFeを含むリチウムイオン電池スクラップを処理する方法であって、焙焼工程、破砕工程及び篩別工程をこの順序で行い、その後、リチウムイオン電池スクラップを酸性溶液に添加して浸出させ、Cuの少なくとも一部を固体として残す浸出工程と、浸出工程で得られる浸出後液が、酸化剤の添加によりFeを分離させて除去する脱Fe過程、および、中和によりAlの一部を分離させて除去する脱Al過程を、順不同で経ることを含む脱Fe・Al工程と、溶媒抽出により、脱Fe・Al工程で得られる分離後液からAlの残部およびMnを抽出して除去するAl・Mn抽出工程と、溶媒抽出により、Al・Mn抽出工程で得られる第一抽出後液からCoを抽出するとともに逆抽出し、電解採取によりCoを回収するCo回収工程と、溶媒抽出により、Co回収工程の溶媒抽出により得られる第二抽出後液からNiの一部を抽出するとともに逆抽出し、電解採取により当該Niを回収するNi回収工程と、溶媒抽出により、Ni回収工程の溶媒抽出により得られる第三抽出後液からNiの残部およびLiを抽出するとともに逆抽出し、当該抽出および逆抽出の操作を繰り返してLiを濃縮するLi濃縮工程と、Li濃縮工程で得られるLi濃縮液中のLiを炭酸化し、炭酸リチウムとして回収するLi回収工程とを行うことを含む、リチウムイオン電池スクラップの処理方法」が提案されている。特許文献2、3には、「Co回収工程の溶媒抽出で、前記第一抽出後液に対し、ホスホン酸エステル系抽出剤を用いる」こと、及び、「Ni回収工程の溶媒抽出で、前記第二抽出後液に対し、カルボン酸系抽出剤を用いる」ことが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2014-162982号公報
【文献】国際公開第2018/181816号
【文献】米国特許出願公開第2020/0044295号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、リチウムイオン電池廃棄物の電池粉に対して浸出処理を施すと、当該リチウムイオン電池廃棄物がある程度多くのマグネシウムを含有すること等に起因して、コバルトイオンを含む溶液にマグネシウムイオンが含まれることがある。マグネシウムイオンが十分除去されない場合には、製造しようとするコバルト溶液やニッケル溶液の純度が低下し、リチウムイオン電池の製造に有効に使用できる純度とならないおそれがある。
【0007】
この明細書では、マグネシウムイオンを含むコバルト含有溶液からマグネシウムイオンを有効に除去することができるコバルト溶液の製造方法及び、コバルト塩の製造方法を提供する。また、マグネシウムイオンを含むニッケル含有溶液からマグネシウムイオンを有効に除去することができるニッケル溶液の製造方法及び、ニッケル塩の製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この明細書で開示するコバルト溶液の製造方法は、リチウムイオン電池廃棄物の電池粉に対して少なくとも浸出処理を施すことで得られるコバルト含有溶液であって、マグネシウムイオンを含む前記コバルト含有溶液から、マグネシウムイオンを除去し、コバルト溶液を製造する方法であって、前記コバルト含有溶液に対し、カルボン酸系抽出剤を含む溶媒を用いてコバルトイオンを抽出してマグネシウムイオンを分離した後、当該溶媒からコバルトイオンを逆抽出し、逆抽出後液として前記コバルト溶液を得るマグネシウム分離工程を含み、前記マグネシウム分離工程で、コバルトイオンの抽出後に得られる抽出後液がカルボン酸系抽出剤を含み、平衡pHを5.5以下として前記抽出後液から前記カルボン酸系抽出剤を回収し、前記抽出後液から回収した前記カルボン酸系抽出剤をコバルトイオンの抽出に使用するというものである。
【0009】
また、この明細書で開示するコバルト塩の製造方法は、上記のコバルト溶液の製造方法を用いて、コバルト塩を製造する方法であって、前記マグネシウム分離工程で得られるコバルト溶液から、結晶化によりコバルト塩を晶析させる結晶化工程を含むものである。
【0010】
また、この明細書で開示するニッケル溶液の製造方法は、リチウムイオン電池廃棄物の電池粉に対して少なくとも浸出処理を施すことで得られるニッケル含有溶液であって、コバルトイオンを含み、かつマグネシウムイオンを0.002g/L~1.000g/Lの濃度で含む前記ニッケル含有溶液から、マグネシウムイオンを除去して、ニッケル溶液を製造する方法であって、前記ニッケル含有溶液に対し、ホスホン酸エステル系抽出剤を含む溶媒を用いて、コバルトイオン及びマグネシウムイオンの一部を抽出するコバルト抽出工程と、前記コバルト抽出工程での抽出後に得られる抽出後液であって、ニッケルイオンを含み、かつマグネシウムイオンを0.001g/L~0.610g/Lの濃度で含む抽出後液に対し、カルボン酸系抽出剤を含む溶媒を用いて、平衡pHを6.3~7.5としてニッケルイオンを抽出してマグネシウムイオンを分離させた後、該溶媒からニッケルイオンを逆抽出し、逆抽出後液として前記ニッケル溶液を得るニッケル抽出工程とを含むものである。
【0011】
また、この明細書で開示するニッケル塩の製造方法は、上記のニッケル溶液の製造方法を用いて、ニッケル塩を製造する方法であって、前記ニッケル抽出工程で得られるニッケル溶液から、結晶化によりニッケル塩を晶析させる結晶化工程を含むものである。
【発明の効果】
【0012】
上述したコバルト溶液の製造方法、コバルト塩の製造方法によれば、マグネシウムイオンを含むコバルト含有溶液からマグネシウムイオンを有効に除去することができる。また、上述したニッケル溶液の製造方法、ニッケル塩の製造方法によれば、マグネシウムイオンを含むニッケル含有溶液からマグネシウムイオンを有効に除去することができる。そして、得られたコバルト溶液やニッケル溶液は不純物が少なく、リチウムイオン電池の製造に使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】一の実施形態のコバルト溶液の製造方法を適用可能なリチウムイオン電池廃棄物からの金属の回収プロセスの一例を示すフロー図である。
【
図2】一の実施形態のコバルト塩の製造方法を示すフロー図である。
【
図3】実施例のコバルト抽出時の平衡pHに対する各イオンの抽出率の関係を表すグラフである。
【
図4】実施例の、コバルトイオンを含む溶媒のスクラビング時の平衡pHに対する逆抽出後液の各イオンの除去率を表すグラフである。
【
図5】実施例のニッケル抽出時の平衡pHに対する各イオンの抽出率の関係を表すグラフである。
【
図6】実施例の、ニッケルイオンを含む溶媒のスクラビング時の平衡pHに対する逆抽出後液の各イオンの除去率を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に、上述したコバルト溶液の製造方法、コバルト塩の製造方法、ニッケル溶液の製造方法、ニッケル塩の製造方法の実施の形態について詳細に説明する。
【0015】
なお、コバルト溶液とは、コバルトイオンと陰イオンを含む酸性の溶液を意味し、例えば、硫酸コバルト溶液、塩酸コバルト溶液、硝酸コバルト溶液が挙げられる。製造しようとするコバルト塩に応じて、適切な陰イオンが選択される。コバルト溶液は、リチウムイオン電池の製造に有効に使用できる程度にまで不純物が除去され高純度であることが好ましく、マグネシウムイオン濃度、ニッケルイオン濃度、マンガンイオン濃度、アルミニウムイオン濃度、鉄イオン濃度、銅イオン濃度がいずれも0.01g/L以下であることが好ましい。更にナトリウムイオン濃度が0.1g/L以下であることが好ましい。また、コバルト塩とは、コバルトイオンと陰イオンとがイオン結合したコバルト化合物(固体)を意味し、コバルト溶液から結晶化により得られ、例えば硫酸コバルト、塩酸コバルト、硝酸コバルトが挙げられる。コバルト塩のマグネシウム品位、ニッケル品位、マンガン品位、アルミニウム品位、鉄品位、銅品位がいずれも10質量ppm以下である。更にナトリウム品位が10質量ppm以下であることが好ましい。
【0016】
また、ニッケル溶液とは、ニッケルイオンと陰イオンを含む酸性の溶液を意味し、例えば、硫酸ニッケル溶液、塩酸ニッケル溶液、硝酸ニッケル溶液が挙げられる。製造しようとするニッケル塩に応じて、適切な陰イオンが選択される。ニッケル溶液は、リチウムイオン電池の製造に有効に使用できる程度に不純物が除去され高純度であることが好ましく、マグネシウムイオン濃度、コバルトイオン濃度、マンガンイオン濃度、アルミニウムイオン濃度、鉄イオン濃度、銅イオン濃度がいずれも0.01g/L以下であることが好ましい。更にナトリウムイオン濃度が0.1g/L以下であることが好ましい。また、ニッケル塩とは、ニッケルイオンと陰イオンとがイオン結合したニッケル化合物(固体)を意味し、ニッケル溶液から結晶化により得られ、例えば硫酸ニッケル、塩酸ニッケル、硝酸ニッケルが挙げられる。ニッケル塩のマグネシウム品位、コバルト品位、マンガン品位、アルミニウム品位、鉄品位、銅品位がいずれも10質量ppm以下である。更にナトリウム品位が10質量ppm以下であることが好ましい。
【0017】
一の実施形態に係るコバルト溶液の製造方法では、リチウムイオン電池廃棄物の電池粉に対して少なくとも浸出処理(=浸出工程)を施すことで得られるコバルト含有溶液から、コバルト溶液を製造するものである。このコバルト含有溶液には、コバルトイオンと、不純物としてのマグネシウムイオンとが含まれる。コバルト含有溶液からマグネシウムイオンを分離させるため、当該コバルト含有溶液に対し、カルボン酸系抽出剤を含む溶媒を用いてコバルトイオンを抽出し、抽出したコバルトイオンを溶媒から逆抽出するマグネシウム分離工程を行う。
【0018】
マグネシウム分離工程では、カルボン酸系抽出剤を含む溶媒を用いることにより、実質的にマグネシウムイオンを抽出せずに、コバルトイオンを抽出することが可能になる。それにより、コバルト含有溶液からマグネシウムイオンを有効に除去することができる。マグネシウム分離工程で、コバルトイオンを抽出した溶媒からコバルトイオンを逆抽出することで、マグネシウムイオンが十分に除去されたコバルト溶液が得られる。
【0019】
また、一の実施形態に係るニッケル溶液の製造方法は、リチウムイオン電池廃棄物の電池粉に対して少なくとも浸出処理(=浸出工程)を施すことで得られるニッケル含有溶液から、ニッケル溶液を製造するものである。このニッケル含有溶液には、コバルトイオン及びニッケルイオンが含まれるとともに、マグネシウムイオンが0.002g/L~1.000g/Lの濃度で含まれる。ニッケル含有溶液に対しては、コバルト抽出工程を行い、コバルトイオン及びマグネシウムイオンの一部を抽出する。コバルト抽出工程での抽出後に得られる抽出後液には、ニッケルイオンが含まれるとともに、マグネシウムイオンが0.001g/L~0.610g/Lの濃度で含まれる。この抽出後液に対し、所定のニッケル抽出工程を行う。
【0020】
ニッケル抽出工程では、上記の抽出後液に対してカルボン酸系抽出剤を含む溶媒を用いて、抽出時の平衡pHを6.3~7.5とする。これにより、ニッケルイオンを溶媒に抽出し、マグネシウムイオンは抽出させないことで、ニッケルとマグネシウムとを有効に分離させることができる。ニッケル抽出工程で、ニッケルイオンを抽出した溶媒からニッケルイオンを逆抽出することにより、マグネシウムイオンが十分に除去されたニッケル溶液が得られる。
【0021】
この実施形態は、リチウムイオン電池廃棄物の電池粉に対して少なくとも浸出処理(=浸出工程)を施して得られ、コバルトイオン及びマグネシウムイオンを含む溶液や、コバルトイオン、ニッケルイオン及びマグネシウムイオンを含む溶液であれば、種々の溶液を上記のコバルト含有溶液やニッケル含有溶液として適用することができる。また、浸出工程の後、必要に応じて中和工程や溶媒抽出工程等を入れても構わない。ここでは、
図1に示すようなリチウムイオン電池廃棄物からの金属の回収プロセスに適用した場合を例として詳説するが、このような具体的なプロセスに限定されるものではない。
【0022】
(リチウムイオン電池廃棄物)
対象とするリチウムイオン電池廃棄物は、携帯電話その他の種々の電子機器等で使用され得るリチウムイオン電池で、電池製品の寿命や製造不良またはその他の理由によって廃棄されたものである。資源の有効活用の観点から、リチウムイオン電池廃棄物から有価金属を回収することが求められている。特に、有価金属であるコバルト及びニッケルを高純度で回収し、それらをリチウムイオン電池の製造に再度使用できるようにすることが望ましい。
【0023】
リチウムイオン電池廃棄物は、その周囲を包み込む外装として、アルミニウムを含む筐体を有する。この筐体としては、たとえば、アルミニウムのみからなるものや、アルミニウム及び鉄、アルミラミネート等を含むものがある。また、リチウムイオン電池廃棄物は、上記の筐体内に、リチウム、ニッケル、コバルト及びマンガンからなる群から選択される一種の単独金属酸化物又は、二種以上の複合金属酸化物等からなる正極活物質や、正極活物質が、たとえばポリフッ化ビニリデン(PVDF)その他の有機バインダー等によって塗布されて固着されたアルミニウム箔(正極の集電体)を含むことがある。またその他に、リチウムイオン電池廃棄物には、銅、鉄等が含まれる場合がある。さらに、リチウムイオン電池廃棄物には通常、筐体内に電解液が含まれる。電解液としては、たとえば、エチレンカーボネート、ジエチルカーボネート等が使用されることがある。
【0024】
また、リチウムイオン電池廃棄物には、マグネシウムが含まれることがあり、たとえば、コバルトやニッケルに対して0.02質量%~0.10質量%の割合で含まれることがある。マグネシウムは、たとえば、正極の集電体に用いられるアルミニウム箔の合金成分元素として使用され得る。このようなマグネシウムは、後述の浸出工程で酸性浸出液に溶け出して浸出後液にイオンとして含まれる。マグネシウムは中和工程及びマンガン/アルミニウム抽出工程である程度は除去されるものの、リチウムイオン電池の製造に有効に使用できる程度にまでは除去されずに酸性溶液に含まれる。マグネシウムイオンは、さらにその後のコバルト抽出工程でコバルトイオンとともに抽出及び逆抽出され、マグネシウムイオンを含むコバルト含有溶液が得られる。この実施形態では、得られたマグネシウムイオンを含むコバルト含有溶液からマグネシウムイオンを除去するため、マグネシウム分離工程を行う。
【0025】
(前処理工程)
前処理工程には、焙焼が含まれる。焙焼では、上記のリチウムイオン電池廃棄物を加熱する。より詳細には、リチウムイオン電池廃棄物を、たとえば450℃~1000℃、好ましくは600℃~800℃の温度範囲で0.5時間~4時間にわたって加熱することができる。この焙焼は、たとえば、リチウムイオン電池廃棄物に含まれるリチウムやコバルト等の金属を、溶かしやすい形態に変化させること等を目的として行う。焙焼は、大気雰囲気下又は窒素等の不活性雰囲気下で行うことができる他、大気雰囲気下と不活性雰囲気下の両雰囲気を順次に又は順不同で行ってもよい。焙焼炉は、バッチ式でも連続式でもよく、例えば、バッチ式では定置炉、連続式ではロータリーキルン炉等があり、その他の各種の炉を用いることもできる。
【0026】
なお焙焼後は、リチウムイオン電池廃棄物の筐体から正極活物質を含む電池粉を取り出すため、リチウムイオン電池廃棄物を破砕することができる。破砕では、リチウムイオン電池廃棄物の筐体を破壊するとともに、正極活物質が塗布された集電体(アルミニウム箔)から正極活物質を選択的に分離させる。これには、種々の公知の装置ないし機器を用いることができるが、特に、リチウムイオン電池廃棄物を切断しながら衝撃を加えて破砕することのできる衝撃式の粉砕機を用いることが好ましい。衝撃式の粉砕機としては、サンプルミル、ハンマーミル、ピンミル、ウィングミル、トルネードミル、ハンマークラッシャ等を挙げることができる。粉砕機の出口にはスクリーンを設置することができ、それにより、リチウムイオン電池廃棄物は、スクリーンを通過できる程度の大きさにまで粉砕されると粉砕機よりスクリーンを通じて排出される。
【0027】
また破砕の後、たとえば集電体(アルミニウム箔や銅箔)、筐体の破片等を除去する目的で、適切な目開きの篩を用いて篩別することができる。それにより、篩上にはアルミニウムや銅が残り、篩下にはアルミニウムや銅がある程度除去された電池粉が得られる。この電池粉に対し、以下に述べる浸出工程を行うことができる。
【0028】
なお、前処理工程における焙焼、破砕、篩別は、それぞれを必要に応じて行ってもよいし、順不同で行ってもよい。
【0029】
(浸出工程)
浸出工程では、上述した電池粉を、硫酸等の酸性浸出液に添加して浸出させる。浸出工程は公知の方法ないし条件で行うことができるが、pHは0.0~2.0とすることが好適である。
【0030】
なお必要に応じて、上記の酸性浸出液による浸出の前に予め、電池粉を水と接触させ、電池粉に含まれるリチウムのみを浸出して分離させてもよい。この場合、電池粉を水と接触させた後の残渣を、上記の酸性浸出液に添加して浸出を行う。
【0031】
浸出工程により、固液分離後に、所定の金属が溶解した浸出後液が得られる。所定の金属には、コバルト及びマグネシウムが含まれる。所定の金属はさらに、ニッケル、マンガン、アルミニウム、鉄等を含むことがある。
たとえば、浸出後液中のコバルトイオン濃度は0g/L~50g/L、ニッケルイオン濃度は0g/L~50g/L、マンガンイオン濃度は1g/L~50g/L、マグネシウムイオン濃度は0.001g/L~0.1g/L、アルミニウムイオン濃度は0.01g/L~10g/L、鉄イオン濃度は0.1g/L~5g/Lである場合がある。但し、処理の対象とするリチウムイオン電池廃棄物の正極活物質が三元系の場合は、浸出後液中のコバルトイオン濃度は1g/L~50g/L、ニッケルイオン濃度は1g/L~50g/L、マンガンイオン濃度は1g/L~50g/L、マグネシウムイオン濃度は0.001g/L~0.1g/L、アルミニウムイオン濃度は0.01g/L~10g/L、鉄イオン濃度は0.1g/L~5g/Lである場合がある。
【0032】
(中和工程)
浸出後液に対しては中和工程を行う。中和工程では、はじめに、浸出後液に水酸化ナトリウム等のアルカリを添加して所定のpHになるように中和する。これにより、浸出後液に溶解していたアルミニウムの一部が沈殿する。そして、フィルタープレスやシックナー等を用いた固液分離により、当該アルミニウムの一部を含む残渣を除去することができる。
【0033】
ここでは、アルカリの添加によりpHを4.0~6.0とすることがより好ましい。またここで、浸出後液の酸化還元電位(=ORP値、銀/塩化銀電位基準)は-500mV~100mVとすることが好ましい。液温は50℃~90℃とすることが好適である。
【0034】
その後、酸化剤を添加するとともに、pHを3.0~4.0の範囲内に調整することにより、液中の鉄を沈殿させることができる。酸化剤の添加により液中の鉄が2価から3価へ酸化され、3価の鉄は2価の鉄よりも低いpHで酸化物又は水酸化物として沈殿する。多くの場合、鉄は、水酸化鉄(Fe(OH)3)等の固体となって沈殿する。沈殿した鉄は、固液分離により除去することができる。
【0035】
鉄を沈殿させるため、酸化時のORP値は、好ましくは300mV~900mVとする。なお、酸化剤の添加に先立って、pHを低下させるため、たとえば、硫酸、塩酸、硝酸等の酸を添加することができる。
【0036】
酸化剤は、鉄を酸化できるものであれば特に限定されないが、二酸化マンガン、正極活物質、及び/又は、正極活物質を浸出して得られるマンガン含有浸出残渣とすることが好ましい。正極活物質を酸等により浸出して得られるマンガン含有浸出残渣には、二酸化マンガンが含まれ得る。酸化剤として上記のマンガン(正極活物質等)を用いる場合、液中に溶解しているマンガンが二酸化マンガンとなる析出反応が生じるので、析出したマンガンを鉄とともに除去することができる。
【0037】
酸化剤の添加後は、水酸化ナトリウム、炭酸ナトリウム、アンモニア等のアルカリを添加して、pHを所定の範囲に調整することができる。
【0038】
中和工程は、多くのマグネシウムイオンが除去される条件とすれば、鉄やアルミニウムが有効に除去されないことや、コバルトやニッケル等のロスが顕著になることが懸念される。それ故に、中和工程は、上述したような条件で行うことが好ましい。この場合、電池粉中のマグネシウム含有量を100質量%としたとき、中和工程では10質量%~30質量%のマグネシウムが除去されることがあるが、中和工程後に得られる中和後液にはマグネシウムが残留する場合がある。
【0039】
(マンガン/アルミニウム抽出工程)
中和工程後に得られる中和後液に対しては、溶媒抽出法により、マンガン及び/又は、アルミニウムの残部を抽出して除去するマンガン/アルミニウム抽出工程を行う。それにより、マンガン及び/又はアルミニウムが除去された抽出後液(=水相)としての金属含有溶液が得られる。
【0040】
このとき、中和後液に対して、燐酸エステル系抽出剤を含有する抽出剤を使用することが好ましい。ここで、燐酸エステル系抽出剤としては、たとえばジ-2-エチルヘキシルリン酸(商品名:D2EHPA又はDP8R)等が挙げられる。また、抽出剤は、燐酸エステル系抽出剤に加えて、オキシム系抽出剤を混合させたものであってもよい。この場合、オキシム系抽出剤は、アルドキシムやアルドキシムが主成分のものが好ましい。具体的には、たとえば2-ヒドロキシ-5-ノニルアセトフェノンオキシム(商品名:LIX84)、5-ドデシルサリシルアルドオキシム(商品名:LIX860)、LIX84とLIX860の混合物(商品名:LIX984)、5-ノニルサリチルアルドキシム(商品名:ACORGAM5640)等があり、そのなかでも価格面等から5-ノニルサリチルアルドキシムが好ましい。
【0041】
マンガン及び/又はアルミニウムを抽出する際の溶媒抽出では、抽出時の平衡pHを、好ましくは2.5~4.0、より好ましくは2.8~3.3とする。抽出は、複数段階で行うことが望ましい。これにより、マンガン及び/又はアルミニウムに加え、より多くのマグネシウムも中和後液から除去することができる。複数段階の抽出を行う場合、少なくとも複数段階のうち、いずれかの段階の抽出時の平衡pH、たとえば一段階目の抽出時の平衡pHを上述の範囲内の値とし、段階を重ねるごとに抽出時の平衡pHを下げていくことも有効である。
【0042】
マンガン/アルミニウム抽出工程では、コバルトやニッケル等のロスを抑制しつつマンガンやアルミニウムを有効に抽出するため、上述したような条件で行うことが好ましい。この場合、抽出後液である金属含有溶液には、ある程度のマグネシウムイオンが含まれる。電池粉中のマグネシウム含有量を100質量%としたとき、マンガン/アルミニウム抽出工程では10質量%~60質量%のマグネシウムが除去されることがあるが、マンガン/アルミニウム抽出工程で得られる金属含有溶液には、マグネシウムイオンが残留する場合がある。
【0043】
マンガン/アルミニウム抽出工程で得られる金属含有溶液(たとえばニッケル含有溶液等)は、少なくとも、コバルトイオン及びニッケルイオンのうちのいずれか一方或いは両方と、不純物としてのマグネシウムイオンとを含む。当該金属含有溶液のマグネシウムイオン濃度は、たとえば0.002g/L以上、典型的には0.05g/L以上となることがある。上述の通り、中和工程やマンガン/アルミニウム抽出工程では、ある程度のマグネシウムは除去されることはあるものの、リチウムイオン電池の製造に有効に使用できる程度にまではマグネシウムイオンが除去されず、金属含有溶液中にマグネシウムイオンが含まれることがある。金属含有溶液がこのようにある程度多くのマグネシウムイオンを含む場合、たとえば、コバルトイオン及びニッケルイオンを含む金属含有溶液では、コバルト抽出工程後に当該マグネシウムイオンの多くが残留する傾向があるので、この実施形態のようにマグネシウム分離工程を行うことが特に有効である。また、コバルト抽出工程後の抽出後液にもマグネシウムイオンの多くが残留する傾向があるので、ニッケル抽出工程でもニッケルとマグネシウムの分離を行うことが有効である。なお、金属含有溶液のマグネシウムイオン濃度が、たとえば0.002g/L未満と低い場合は、それほど問題にならないことがある。金属含有溶液のマグネシウムイオン濃度は、1.000g/L以下である場合がある。
【0044】
また、金属含有溶液は、コバルトイオン濃度が、たとえば0g/L~50g/L、典型的には1g/L~15g/Lであり、ニッケルイオン濃度が、たとえば0g/L~50g/L、典型的には1g/L~15g/Lである。なお金属含有溶液は、不純物として、その他に、ナトリウムイオンを含む場合がある。この場合、金属含有溶液中のナトリウム濃度は、たとえば5g/L~40g/L、典型的には10g/L~30g/Lである。
【0045】
(コバルト抽出工程)
上記のマンガン/アルミニウム抽出工程後の金属含有溶液には、コバルトイオン及びニッケルイオンのうちのいずれか一方又は両方と、マグネシウムイオンとが含まれる。コバルト抽出工程では、コバルトイオン及びニッケルイオンを含む金属含有溶液に対して、溶媒抽出法により、金属含有溶液中の主としてコバルトイオンを、ニッケルイオンと分離させて溶媒に抽出した後、溶媒に抽出されたコバルトイオンを逆抽出する。これにより、逆抽出後液として、ニッケルを実質的に含まないコバルト含有溶液が得られる。なお、コバルト抽出工程の抽出後液にもマグネシウムイオンは残留することがある。なお、コバルトイオン及びマグネシウムイオンが含まれ、ニッケルイオンが含まれない金属含有溶液は、コバルト抽出工程を省略してマグネシウム分離工程を行うことができる。また、ニッケルイオン及びマグネシウムイオンが含まれ、コバルトイオンが含まれない金属含有溶液では、コバルト抽出工程を通さず、ニッケル抽出工程を実施してもよい。
【0046】
コバルト抽出工程では、コバルトイオンをできるだけ多く抽出し、ニッケルイオンをできるだけ抽出しない条件とすれば、コバルトイオンのみならずマグネシウムイオンの一部も抽出される。電池粉中のマグネシウム含有量を100質量%としたとき、コバルト含有溶液には5質量%~30質量%のマグネシウムが含まれることがある。なお、前述の浸出工程で得られた浸出後液にコバルトイオン又はニッケルイオンが含まれず、これによりマンガン/アルミニウム抽出工程後の金属含有溶液にもコバルトイオン又はニッケルイオンが含まれない場合は、コバルトイオンとニッケルイオンを分離する必要がなくなるため、コバルト抽出工程を省略することが可能である。
【0047】
コバルト抽出工程では、ホスホン酸エステル系抽出剤を含む溶媒を用いて、コバルトイオン及びマグネシウムイオンを抽出する。上記のホスホン酸エステル系抽出剤としては、ニッケルイオンとコバルトイオンの分離効率等の観点から2-エチルヘキシルホスホン酸2-エチルヘキシル(商品名:PC-88A、Ionquest801)が好ましい。
【0048】
また、コバルト抽出工程では、抽出時の平衡pHを、好ましくは4.5~5.5、より好ましくは4.8~5.2とする。複数段階の抽出を行う場合、少なくとも一段階の抽出時の平衡pH、たとえば一段階目の抽出時の平衡pHを、この範囲内の値とすることができる。抽出の段数やO/A比は適宜設定することができる。
【0049】
コバルト抽出工程の抽出の一例として、金属含有溶液に対し、PC-88Aを含む溶媒を用いて抽出を行うことができる。溶媒は、PC-88Aを25体積%、シェルゾールD70(「シェルゾール」はシェル化学社の登録商標)を75体積%で含むものとすることがある。複数段階の抽出を行うとき、段数は適宜設定することができる。たとえば、段階を重ねるごとに抽出時の平衡pHを下げていく場合がある。O/A比は適宜設定することができ、pH調整剤としてNaOHを使用することができる。金属含有溶液のマグネシウムイオン濃度が0.002g/Lである場合、コバルト抽出工程で得られる逆抽出後液のマグネシウムイオン濃度は0.002g/L、抽出後液のマグネシウムイオン濃度は0.001g/Lになることがある。金属含有溶液のマグネシウムイオン濃度が1.000g/Lである場合、コバルト抽出工程で得られる逆抽出後液のマグネシウムイオン濃度は0.550g/L、抽出後液のマグネシウムイオン濃度は0.610g/Lになることがある。
【0050】
抽出後のコバルトイオン及びマグネシウムイオンを含む溶媒に対しては、必要に応じて、一回以上のスクラビングを行ってもよい。スクラビング液は、たとえば硫酸酸性溶液とすることができ、平衡pHは3.5~5.5とすることができる。
【0051】
コバルトイオン及びマグネシウムイオンが抽出された溶媒から、コバルトイオンを逆抽出する。その際に、マグネシウムイオンも一緒に抽出される。逆抽出後液として、コバルトイオン及び、不純物であるマグネシウムイオンを含むコバルト含有溶液が得られる。逆抽出に用いる逆抽出液は、硫酸、塩酸もしくは硝酸等の無機酸のいずれでもよい。ここでは、できる限り全てのコバルトイオンが有機相(=溶媒)から水相(=逆抽出液)に移行するようなpHの条件で行う。具体的にはpHは2.0~4.0の範囲とすることが好ましく、2.5~3.5の範囲とすることがより一層好ましい。なお、O/A比と段数については適宜決定することができる。液温は常温でもよいが、好ましくは0℃~40℃である。
【0052】
(マグネシウム分離工程)
コバルト抽出工程の逆抽出で得られる逆抽出後液は、コバルトイオンと、不純物としてのマグネシウムイオンとを含む。マグネシウムイオンは、特に後述の結晶化工程を行ってコバルト塩を製造する場合に不純物になって、その純度を低下させる。コバルト溶液の製造方法の実施形態では、この逆抽出後液をコバルト含有溶液として、溶媒抽出法により、コバルトイオンを有機相に抽出しマグネシウムイオンは水相に残すことで、マグネシウムが分離される。その後、有機相を逆抽出することで、逆抽出後液としてコバルト溶液が得られる。
【0053】
なお、マグネシウム分離工程は、コバルトイオンと、不純物としてのマグネシウムイオンとを含む溶液であれば、適用が可能である。例えば、ニッケルを含まずコバルトを含む電池粉中の金属を浸出させて浸出後液を得た場合、マンガン/アルミニウム抽出工程後の抽出後液は、ニッケルイオンが含まれないので、コバルト抽出工程を経ずに、マグネシウム分離工程を実施することができる。マグネシウム分離工程前のコバルト含有溶液のマグネシウムイオン濃度は、0.002g/L~1.000g/L、典型的には0.002g/L~0.550g/Lであることが好ましい。コバルト含有溶液のマグネシウムイオン濃度が0.002g/L未満であれば、コバルト抽出工程で抽出及び逆抽出を行って得られたコバルト含有溶液にマグネシウムイオンが含まれても、マグネシウム分離工程で除去することなく、例えばリチウムイオン電池用に適する高純度のコバルト溶液が得られるためである。一方、マグネシウムイオン濃度が高い場合、例えば、1.000g/Lを超える場合、マグネシウム分離工程でリチウムイオン電池の製造に有効に使用できる程度にまでマグネシウムイオンを除去しようとすると、コバルトイオンのロスが大きくなってしまう。一方、マグネシウム分離工程でコバルトイオンのロスが大きくならないようにすると、リチウムイオン電池の製造に有効に使用できる程度にまでマグネシウムイオンを除去することができなくなる場合がある。
【0054】
マグネシウム分離工程では、ネオデカン酸、ナフテン酸等のカルボン酸系抽出剤を含む溶媒を用いる。特に、マグネシウムイオンをできるだけ抽出せずにコバルトイオンを抽出するため、ネオデカン酸のカルボン酸系抽出剤、具体的にはシェル化学社製のVersatic Acid 10(VA-10ともいう。)が好ましい。
【0055】
上記のカルボン酸系抽出剤は、典型的には炭化水素系有機溶剤で希釈して溶媒として用いられる。有機溶剤としては芳香族系、パラフィン系、ナフテン系等が挙げられる。ここで、溶媒中のカルボン酸系抽出剤の濃度は、20体積%~30体積%とすることが好適である。カルボン酸系抽出剤の濃度を20体積%よりも低くした場合、抽出効率を高めるために多くの量の有機相が必要になるおそれがある。一方、カルボン酸系抽出剤の濃度を30体積%よりも高くした場合、有機相の粘性が高くなって分相性が悪化し、水相と有機相との分離が難しくなる懸念がある。マグネシウム分離工程以外の工程における溶媒抽出でも、抽出剤をほぼ同様にして希釈し、これを溶媒とすることができる。
【0056】
マグネシウム分離工程の抽出に用いる溶媒中のカルボン酸系抽出剤の濃度は、25体積%以上とすることが好ましい。溶媒中のカルボン酸系抽出剤の濃度が25体積%よりも低下すると、コバルトイオンの抽出時の水相側にコバルト化合物等を含む析出物が発生することがあり、これが配管の閉塞を招いて操業停止につながるおそれがある。後述するように、複数段階の抽出を行う場合は、いずれの段階における抽出時も、溶媒中のカルボン酸系抽出剤の濃度を25体積%以上に維持することが好適である。溶媒中のカルボン酸系抽出剤の濃度の好ましい範囲は、25体積%~30体積%である。
【0057】
また、コバルトイオンを抽出するときの平衡pHは、マグネシウムイオンの抽出率が20%未満となり、かつコバルトイオンの抽出率が60%近くとなるよう、好ましくは6.0~7.0とする。抽出時の平衡pHが高いと、多くのコバルトイオンが抽出されるが、マグネシウムイオンも抽出されやすくなる。抽出時の平衡pHをある程度低くすることにより、マグネシウムイオンがほぼ抽出されなくなる。また、コバルトイオンの抽出率を高水準に保ちたい場合は、マグネシウムイオンの抽出率が20%未満となり、かつコバルトイオンの抽出率が更に高い80%以上となるよう、平衡pHは6.5~7.0とすることがより好ましい。また、マグネシウムイオンの抽出率を抑えたい場合は、マグネシウムイオンがほぼ抽出されなくなるよう、平衡pHは6.0~6.5とすることがより好ましい。抽出は一段階のみとすることができる他、複数段階(たとえば三段階)行ってもよい。複数段階の抽出を行う場合、少なくとも一段階の抽出時、好ましくは一段階目の抽出時の平衡pHを上記の範囲とすることができる。他の段階の抽出時の平衡pHは特に問わないが、段数を重ねるに従って徐々に平衡pHが低くなる条件とすることが多い。特に、少なくとも最終段階の抽出時の平衡pHを6.5以下とすると、マグネシウムがより一層効果的に除去される。但し、抽出時の平衡pHを、たとえば7.5と比較的高くしたとしても、次に述べるスクラビングを行うことで、マグネシウムイオンを許容レベルまで除去することが可能である。なお、O/A比は適宜設定することができる。
【0058】
コバルトイオンの抽出時のpHがある程度高い場合、カルボン酸系抽出剤の水への溶解度が大きくなり、溶媒中のカルボン酸系抽出剤が水相に溶解してカルボン酸系抽出剤のロスになる。またこの場合、溶媒中のカルボン酸系抽出剤の濃度が低下し、先述したように析出物が発生するおそれがある。これに対処するため、後述するように、抽出後液からカルボン酸系抽出剤を回収することが望ましい。
【0059】
溶媒中のカルボン酸系抽出剤の濃度を管理するには、たとえば、溶媒中のカルボン酸系抽出剤の濃度と溶媒中へのコバルトイオンの抽出量との関係(検量線)を予め入手しておく。そして、マグネシウム分離工程から溶媒のサンプルを取り出し、このサンプルを用いて、コバルトイオンを含む溶液からコバルトイオンを抽出する試験を行う。この試験での溶媒へのコバルトイオンの抽出量から、溶媒に含まれるカルボン酸系抽出剤の濃度を推定することができる。
【0060】
抽出は、一般的な手法に基づいて行うことができる。その一例としては、溶液(=水相)と溶媒(=有機相)を接触させ、典型的にはミキサーにより、これらをたとえば5~60分間撹拌混合し、イオンを抽出剤と反応させる。抽出時の温度は、常温(15℃~25℃程度)~60℃以下とし、抽出速度、分相性、有機溶剤の蒸発の理由により35℃~45℃で実施することが好ましい。その後、セトラーにより、混合した有機相と水相を比重差により分離する。
【0061】
コバルトイオンを抽出した溶媒に対しては、必要であればスクラビングを行ってもよい。スクラビングにより、溶媒に混入し得るマグネシウムイオンが有効に除去される。また、たとえば溶媒抽出のpH調整剤等に由来して溶媒に含まれることがあるナトリウムイオンも、スクラビングで除去することが可能である。スクラビングは省略することもある。
【0062】
マグネシウムイオン等の除去を促進させるため、スクラビング時の平衡pHは、5.5~6.5とすることが好適である。スクラビング時の平衡pHが6.5を超えると、マグネシウムイオン等が十分に除去されないことが懸念される。さらに、コバルトロスをより抑制したい場合は、スクラビング時の平衡pHは、6.0~6.5とすることが好ましい。スクラビング時の平衡pHが5.5のときは、スクラビングの前後でコバルトイオンの約50%がロスとなるが、平衡pHを6.0以上とすると、コバルトイオンのロスが殆ど見られない程度まで抑制することができる。但し、コバルトイオンのロスが大きい場合であっても、スクラビング後液を廃棄せずに、浸出後液等に混ぜ合わせて循環させることが可能である。また、マグネシウムイオンに加えてナトリウムイオンを除去したい場合は、スクラビング時の平衡pHは5.5~6.0とすることが好ましい。スクラビング時の平衡pHを6.0以下とすると、ナトリウムイオンを殆ど除去することができる。
【0063】
スクラビングに用いるスクラビング液は、コバルトイオンを含むものとすることができる。溶媒に含まれ得るマグネシウムイオンやナトリウムイオン等の不純物を、スクラビングで効果的に除去するため、スクラビング液のコバルトイオン濃度は、溶媒中の不純物の合計濃度以上とすることが好適である。溶媒中の不純物は、コバルトイオン以外の、マグネシウムイオンやナトリウムイオン等のイオンを意味する。スクラビングは一段階以上行うことができ、少なくとも一段階における平衡pHをこのような範囲とすることができる。スクラビング液は、硫酸酸性溶液等とすることができる。
【0064】
その後、コバルトイオンを抽出した溶媒に対し、硫酸、塩酸もしくは硝酸等を含む逆抽出液を用いて逆抽出を行う。後述する結晶化工程で硫酸コバルトを生成させる場合は、硫酸の逆抽出液を使用することが好ましい。逆抽出時のpHは、1.0~4.0、さらには1.5~2.0とすることが好適である。O/A比と段数については特に問わない。逆抽出時の温度は、常温(15℃~25℃程度)~60℃以下とし、抽出速度、分相性、有機溶剤の蒸発の理由により35℃~45℃で実施することが好ましい。これにより、逆抽出後液としてコバルト溶液が得られる。
【0065】
マグネシウム分離工程を経ることにより、コバルト溶液のマグネシウムイオン濃度は、たとえば0.001g/L~0.002g/Lと十分に低下し得る。すなわち、リチウムイオン電池の製造に有効に使用できる程度にまでマグネシウムイオンが除去され得る。また、前工程として中和工程、マンガン/アルミニウム抽出工程およびコバルト抽出工程を行うことで、コバルト溶液中のニッケルイオン濃度、マンガンイオン濃度、アルミニウムイオン濃度および鉄イオン濃度もリチウムイオン電池の製造に有効に使用できる程度にまで低下し得る。
【0066】
溶媒にコバルトイオンを抽出した後に得られる抽出後液には、抽出時に溶媒から溶解したカルボン酸系抽出剤が含まれることがある。抽出後液を廃棄すると、そこに含まれるカルボン酸系抽出剤のロスになるため、抽出後液からカルボン酸系抽出剤を回収することが好ましい。
【0067】
抽出後液からカルボン酸系抽出剤を回収するには、たとえば、抽出後液を溶媒と混合する等して接触させ、平衡pHを5.5以下に調整して抽出後液中のカルボン酸系抽出剤を溶媒に移行させた後、比重分離等により水相から溶媒を分離させることができる。これにより、抽出後液から溶媒中にカルボン酸系抽出剤を回収することができる。上記の平衡pHは低いほど、カルボン酸系抽出剤の回収量は増えるが、低すぎるとそれほど回収量が変わらず、硫酸等の酸の添加量増加によってコストの上昇を招く。また、回収時のカルボン酸系抽出剤にはコバルトイオンが残留していることがあり、平衡pHが低すぎる場合は、当該コバルトイオンが水相に移行してロスとなる。この観点から、平衡pHは、1.0以上かつ5.0以下とすることがより一層好ましい。抽出後液と接触させる溶媒は、特に限らないが、逆抽出を経た後(場合によってはさらにスカベンジングを経た後)の溶媒とすることができる。これにより、抽出後液からカルボン酸系抽出剤を回収した溶媒は、マグネシウム分離工程のコバルトイオンの抽出に使用することができる。
【0068】
あるいは、上記のように抽出後液を溶媒と接触させずに抽出後液単独で、平衡pHを5.5以下に調整することができる。そして、たとえば比重分離等を行うと、抽出後液からカルボン酸系抽出剤が分離する。このようにして、抽出後液からカルボン酸系抽出剤を回収することも可能である。この場合も、上記の平衡pHは、1.0以上かつ5.0以下とすることがより一層好ましい。抽出後液から分離させたカルボン酸系抽出剤は、マグネシウム分離工程のコバルトイオンの抽出に使用することができる。なお、多くの場合、マグネシウム分離工程では、逆抽出を経た後(場合によってはさらにスカベンジングを経た後)の溶媒を再度、コバルトイオンの抽出に使用して循環させる。抽出後液から分離させたカルボン酸系抽出剤は、そのような循環溶媒とともに、コバルトイオンの抽出で使用され得る。抽出後液から回収されるカルボン酸系抽出剤の量に応じて、コバルトイオンの抽出に送る循環溶媒の量を調整するため、必要に応じて、逆抽出(又はその後のスカベンジング)から抽出へと循環溶媒を送る経路の途中に、循環溶媒を貯留させるタンクを設けてもよい。
【0069】
(ニッケル抽出工程)
コバルト抽出工程で金属含有溶液からコバルトイオン及びマグネシウムイオンを分離させた場合、コバルト抽出工程の抽出で得られる抽出後液に対し、ニッケル抽出工程を行うことができる。なお、コバルト抽出工程後の抽出後液には、ニッケルイオンの他、マグネシウムイオンも若干含まれる場合がある。抽出後液のマグネシウムイオン濃度は、0.001g/L~0.610g/Lとなることがある。電池粉中のマグネシウム含有量を100質量%としたとき、抽出後液には5質量%~40質量%のマグネシウムが含まれることがある。なお、この実施形態では、ニッケル抽出工程は、コバルト抽出工程の抽出で得られる抽出後液に対して適用する場合に限定されず、ニッケルイオンと不純物のマグネシウムイオンを含む溶液であれば、適用が可能である。例えば、コバルトを含まずニッケルを含む電池粉を浸出して浸出後液を得た場合、マンガン/アルミニウム抽出工程後の抽出後液に、そのままニッケル抽出工程を適用することができる。
【0070】
ニッケル抽出工程では、カルボン酸系抽出剤を使用し、上記の抽出後液からニッケルイオンを抽出し、抽出したニッケルイオンを溶媒から逆抽出する。逆抽出後液としてニッケル溶液が得られる。カルボン酸系抽出剤としては、たとえばネオデカン酸、ナフテン酸等があるが、なかでもニッケルイオンの抽出能力に優れるネオデカン酸(特にVA-10)が好ましい。
【0071】
ニッケルイオンを抽出する際には、マグネシウムイオンの抽出率が20%近くとなり、かつニッケルイオンの抽出率が50%を超えるよう、平衡pHを、好ましくは6.3~7.5とする。また、マグネシウムイオンの抽出率が5%近くまで低くなり、かつニッケルイオンの抽出率が80%以上となるよう、平衡pHは6.4~6.9とすることがより好ましい。更に、コバルトイオンの抽出率をある程度高くしつつ、マグネシウムイオンがほぼ抽出されなくなるよう、平衡pHは6.4~6.6とすることがより好ましい。複数段階(三段階等)の抽出を行う場合、少なくとも一段階の抽出時の平衡pH、たとえば一段階目の抽出時の平衡pHを上記の範囲内とすることができる。複数段階の抽出では、後段に進むに従って平衡pHを徐々に低くすることができる。
【0072】
ニッケルイオンを抽出した溶媒は、必要に応じて、硫酸酸性溶液等のスクラビング液を用いてスクラビングを行うことがある。スクラビング時の平衡pHは、5.5~6.5とすることが好ましい。スクラビング時の平衡pHが6.5を超える場合は、ニッケルイオンとともに溶媒に抽出されることのあるマグネシウムイオンの除去が不十分になる場合がある。さらに、スクラビング時の平衡pHは、5.5~6.0とすることが好ましい。スクラビング時の平衡pHを6.0以下とすると、マグネシウムイオンに加え、ナトリウムイオンも殆ど除去することができる。
【0073】
その後、ニッケルイオンを抽出した溶媒に対して、硫酸、塩酸もしくは硝酸等を含む逆抽出液を使用して逆抽出を行う。pHは1.0~3.0とすることが好ましく、1.5~2.5とすることがより一層好ましい。なお、O/A比と段数については適宜決めることができるが、O/A比は、好ましくは5~1、より好ましくは4~2である。これにより、逆抽出後液としてニッケル溶液が得られる。
【0074】
ニッケル抽出工程を経ることにより、ニッケル溶液のマグネシウムイオン濃度は、たとえば0.001g/L~0.002g/Lと十分に低下し得る。すなわち、リチウムイオン電池の製造に有効に使用できる程度にまでマグネシウムイオンが除去され得る。また、前工程として中和工程、マンガン/アルミニウム抽出工程およびコバルト抽出工程を行うことで、ニッケル溶液中のコバルトイオン濃度、マンガンイオン濃度、アルミニウムイオン濃度および鉄イオン濃度もリチウムイオン電池の製造に有効に使用できる程度にまで低下し得る。
【0075】
(結晶化工程)
コバルト抽出工程後のマグネシウム分離工程で得られたコバルト溶液(例えば硫酸コバルト溶液、塩酸コバルト溶液、硝酸コバルト溶液)や、ニッケル抽出工程で得られたニッケル溶液(例えば硫酸ニッケル溶液、塩酸ニッケル溶液、硝酸ニッケル溶液)に対しては、それぞれ、コバルトイオン又はニッケルイオンを結晶化させる結晶化工程を行うことができる。それにより、コバルト溶液を用いた結晶化工程では、
図2に示すように、コバルト塩(例えば硫酸コバルト、塩酸コバルト、硝酸コバルト)を製造することができる。また、ニッケル溶液を用いた結晶化工程では、ニッケル塩(例えば硫酸ニッケル、塩酸ニッケル、硝酸ニッケル)を製造可能である。なお必要に応じて、結晶化工程前に溶媒抽出等の工程を行い、結晶化に先立って不純物を除去してもよい。
【0076】
結晶化工程では、コバルト溶液又はニッケル溶液を、たとえば40℃~120℃に加熱して濃縮する。これにより、コバルトイオンはコバルト塩として、又はニッケルイオンはニッケル塩として、それぞれ結晶化する。
【0077】
このようにして製造したコバルト塩やニッケル塩は、マグネシウム等の不純物が十分に除去されていることから、リチウムイオン電池の製造の原料として有効に用いることができる。
【0078】
(マグネシウム除去工程)
マンガン/アルミニウム抽出工程で得られる酸性溶液がマグネシウムイオンを比較的多く含む場合等には、その酸性溶液に対してはマグネシウム除去工程を行ってもよい。特に、マンガン/アルミニウム抽出工程で得られる酸性溶液のマグネシウム濃度が1.000g/Lを超える場合に、マグネシウム除去工程を行うことが望ましい。マグネシウム除去工程では、溶媒抽出法により、マンガン/アルミニウム抽出工程で得られる酸性溶液中のコバルトイオン及びニッケルイオンは抽出する一方で、マグネシウムイオンの一部は液中に残して除去する。これにより、その後のコバルト抽出工程への多量のマグネシウムイオンの移行を抑制することができ、具体的にはマグネシウム濃度を1.000g/L以下にすることができる。マグネシウム濃度が1.000g/L以下であれば、コバルト抽出工程(逆抽出を含む)及びマグネシウム分離工程にて得られるコバルト溶液は、リチウムイオン電池の製造に用いることができる。このとき、酸性溶液にナトリウムイオンが含まれる場合、ナトリウムイオンも液中に残って除去される。但し、マグネシウム除去工程は任意の工程であり、省略することも可能である。
【0079】
マグネシウム除去工程でマグネシウムイオンを完全に除去しようとすれば、コバルトイオンやニッケルイオンの抽出が不十分になり、それらのロスが生じ得る。それ故に、マグネシウム除去工程は、マグネシウムイオンの一部が液中に残って除去される条件とする。
【0080】
具体的には、カルボン酸系抽出剤を含む溶媒を使用し、抽出時の平衡pHを6.8~7.2、好ましくは6.9~7.0とし、O/A比を1.0~1.5、好ましくは1.0~1.2として、コバルトイオン及び/又はニッケルイオンを抽出する。これにより、良好な分相性としつつ、コバルトイオンやニッケルイオンの多くを溶媒(=有機相)に抽出する一方で、マグネシウムイオンの一部を抽出せずに抽出後液(=水相)に残すことができる。O/A比とは、水相に対する有機相の体積比を意味する。
【0081】
マグネシウム除去工程の抽出に用いるカルボン酸系抽出剤としては、ネオデカン酸、ナフテン酸等が挙げられるが、それらに限らない。なかでも、マグネシウムイオンをできるだけ抽出せずにコバルトイオンやニッケルイオンを抽出するとの観点から、ネオデカン酸が好ましい。また、カルボン酸系抽出剤は、炭素数8~16のカルボン酸を含むことが好適である。具体的には、VA-10等を使用可能である。
【0082】
抽出後の逆抽出では、上述したようにコバルトイオンやニッケルイオンを抽出した溶媒を、硫酸又は塩酸等の逆抽出液と混合させ、ミキサー等により、たとえば5~60分間撹拌することができる。逆抽出液の酸濃度は、溶媒中のマンガンイオン、コバルトイオン、ニッケルイオンを効果的に逆抽出するため、0.05g/L~200g/L(pH:-0.6~3.0)に調整することが好ましく、1.5g/L~15g/L(pH:0.5~1.5)に調整することがより好ましい。逆抽出の温度は、常温~60℃、好ましくは35℃~45℃で実施することができる。
【実施例】
【0083】
次に、上述したようなコバルト溶液、コバルト塩、ニッケル溶液及びニッケル塩の製造方法を試験的に実施し、その効果を確認したので以下に説明する。但し、ここでの説明は単なる例示を目的としたものであり、これに限定されることを意図するものではない。
【0084】
(コバルト溶液の製造方法)
リチウムイオン電池廃棄物の電池粉に対し、浸出工程、中和工程、マンガン/アルミニウム抽出工程及びコバルト抽出工程を行い、コバルト抽出工程の逆抽出後液としてコバルト含有溶液を得た。コバルト含有溶液のコバルトイオン濃度は15g/L、マグネシウムイオン濃度は1.000g/Lであった。
【0085】
上記のコバルト含有溶液を、マグネシウム分離工程に供した。ここで用いた溶媒は、カルボン酸系抽出剤であるVA-10をシェルゾールD70(「シェルゾール」はシェル化学社の登録商標)で希釈し、VA-10を25体積%、シェルゾールD70を75体積%含むものとした。抽出時のO/A比は2/1とし、pH調整剤には25体積%のNaOHを用いた。平衡pHを変化させて抽出を行ったところ、
図3に示す結果を得た。
図3は、抽出時の平衡pHに対する溶媒への各イオンの抽出率の関係を表すグラフである。また、表1に、
図3中の各プロットの数値を示す。なお、溶媒への各イオンの抽出率は、溶媒抽出を行う前におけるコバルト含有溶液中の各イオン濃度と液量から算出した量に対して、当該溶媒に対してその後に逆抽出を行って得られた逆抽出後液の各イオン濃度と液量から算出した量の割合から算出したものである。逆抽出は、pH1.0の硫酸を用いて、O/A比は1/1の条件とした。
【0086】
【0087】
図3より、カルボン酸系抽出剤を含む溶媒を用いることで、コバルトイオンとマグネシウムイオンを有効に分離可能であることが解かる。特に平衡pHを6.0~7.0とすれば、マグネシウムイオンの抽出を十分に抑制しつつ、コバルトイオンの多くを抽出することができる。なお、コバルトイオンの抽出時の水相には、析出物が確認されなかった。これは、抽出時に溶媒中のVA-10の濃度が25体積%程度に維持されていたことによるものと考えられる。
【0088】
また、コバルトイオンを抽出した溶媒に対し、スクラビングを行い、さらにその後に逆抽出を行った。スクラビング液としては、コバルトイオン濃度が10g/Lである硫酸酸性溶液を用いた。スクラビング前の溶媒のコバルトイオン濃度は7.6g/L、マグネシウムイオン濃度は0.1g/L、ナトリウムイオン濃度は0.1g/Lであった。この溶媒の各イオン濃度は、溶媒に逆抽出を行った後液における各イオン濃度から算出した値である。スクラビング時のO/A比は1/1とした。逆抽出は、500g/Lの硫酸を用いて、O/A比は1/1の条件とした。この逆抽出により、硫酸コバルト溶液が得られた。
【0089】
スクラビング時の平衡pHを変化させた試験を行い、スクラビングのpHに対する逆抽出後液の各イオンの除去率として、
図4に示すグラフを得た。除去率は、スクラビング前の溶媒に逆抽出を行った後液における各イオン濃度と液量から算出した量に対して、スクラビング後の溶媒に逆抽出を行った後液における各イオン濃度と液量から算出した量の割合から算出したものである。なお、スクラビング液のコバルトイオンが溶媒に移動することにより、除去率が0%を下回ることがある。この場合は、除去率を0%としている。また、表2に、
図4中の各プロットの数値を示す。
図4から解かるように、スクラビングを行ったことにより、マグネシウムイオン及びナトリウムイオンが有効に除去されていた。なかでも、スクラビングのpHを6.0以下とした試験では、マグネシウムイオン及びナトリウムイオンがいずれも検出下限以下にされていることが解かる。一方、スクラビングのpHを低くしすぎると、マグネシウムイオンやナトリウムイオンだけでなくコバルトイオンもスクラビングで除去されてしまう懸念があるといえる。
【0090】
【0091】
また、スクラビング後に逆抽出を行うことで得られた硫酸コバルト溶液に対して結晶化工程を行うことで、表3に示す硫酸コバルトが得られた。このように、マグネシウム品位が10質量ppm以下の硫酸コバルトが得られた。また、硫酸コバルトのニッケル品位、マンガン品位、アルミニウム品位、鉄品位、ナトリウム品位はいずれも10質量ppm以下であった。このように、リチウムイオン電池の製造に有効に使用できる程度まで不純物が除去されていることが確認された。
【表3】
【0092】
以上より、先述したコバルト溶液の製造方法によれば、マグネシウムイオンを含むコバルト含有溶液から、マグネシウムイオンを有効に除去できることが解かった。
【0093】
(ニッケル溶液の製造方法)
リチウムイオン電池廃棄物の電池粉に対し、浸出工程、中和工程、マンガン/アルミニウム抽出工程及びコバルト抽出工程を行った。コバルト抽出工程の抽出後液のニッケルイオン濃度は7g/L、マグネシウムイオン濃度は0.6g/L、ナトリウムイオン濃度は40g/Lであった。
【0094】
上記の抽出後液に対してニッケル抽出工程を行った。ここで用いた溶媒は、カルボン酸系抽出剤であるVA-10をシェルゾールD70(「シェルゾール」はシェル化学社の登録商標)で希釈し、VA-10を25体積%、シェルゾールD70を75体積%含むものとした。抽出時のO/A比は1/1とし、pH調整剤には25体積%のNaOHを用いた。平衡pHを変化させて抽出を行ったところ、
図5に示す結果を得た。
図5は、抽出時の平衡pHに対する溶媒への各イオンの抽出率の関係を表すグラフである。また、表4に、
図5中の各プロットの数値を示す。なお、溶媒への各イオンの抽出率は、溶媒抽出を行う前における抽出後液中の各イオン濃度と液量から算出した量に対して、当該溶媒に対してその後に逆抽出を行って得られた逆抽出後液の各イオン濃度と液量から算出した量の割合から算出したものである。逆抽出は、pH1.0の硫酸を用いて、O/A比は1/1の条件とした。
【0095】
【0096】
図5より、カルボン酸系抽出剤を含む溶媒を用いて平衡pHを6.3~7.5とすることにより、マグネシウムイオンの抽出を抑制しつつ、ニッケルイオンを有効に抽出できることが解かる。
【0097】
また、ニッケルイオンを抽出した溶媒に対し、スクラビングを行い、さらにその後に逆抽出を行った。スクラビング液としては、ニッケルイオン濃度が10g/Lである硫酸酸性溶液を用いた。スクラビング前の溶媒のニッケルイオン濃度は7g/L、マグネシウムイオン濃度は0.5g/L、ナトリウムイオン濃度は1g/Lであった。この溶媒の各イオン濃度は、溶媒に逆抽出を行った後液における各イオン濃度から算出した値である。スクラビング時のO/A比は1/1とした。逆抽出は、500g/Lの硫酸を用いて、O/A比は1/1の条件とした。この逆抽出により、硫酸ニッケル溶液が得られた。
【0098】
スクラビング時の平衡pHを変化させた試験を行い、スクラビングのpHに対する逆抽出後液の各イオンの除去率として、
図6に示すグラフを得た。除去率は、スクラビング前の溶媒に逆抽出を行った後液における各イオン濃度と液量から算出した量に対して、スクラビング後の溶媒に逆抽出を行った後液における各イオン濃度と液量から算出した量の割合から算出したものである。なお、スクラビング液のニッケルイオンが溶媒に移動することにより、除去率が0%を下回ることがある。この場合は、除去率を0%としている。また、表5に、
図6中の各プロットの数値を示す。
図6から解かるように、スクラビングを行ったことにより、マグネシウムイオン及びナトリウムイオンが有効に除去されていた。特にスクラビングのpHを5.5以上にした試験では、ニッケルイオンがほぼ除去されなかった。
【0099】
【0100】
また、スクラビング後に逆抽出を行うことで得られた硫酸ニッケル溶液に対して結晶化工程を行うことで、表6に示す硫酸ニッケルが得られた。このように、マグネシウム品位が10質量ppm以下の硫酸ニッケルが得られた。また、硫酸ニッケルのコバルト品位、マンガン品位、アルミニウム品位、鉄品位、ナトリウム品位はいずれも10質量ppm以下であった。このように、リチウムイオン電池の製造に有効に使用できる程度まで不純物が除去されていることが確認された。
【表6】
【0101】
以上より、先述したニッケル溶液の製造方法によれば、マグネシウムイオンを含むニッケル含有溶液から、マグネシウムイオンを有効に除去できることが解かった。
【要約】
コバルト溶液の製造方法は、リチウムイオン電池廃棄物の電池粉に対して少なくとも浸出処理を施すことで得られるコバルト含有溶液であって、マグネシウムイオンを含む前記コバルト含有溶液から、マグネシウムイオンを除去し、コバルト溶液を製造する方法であって、前記コバルト含有溶液に対し、カルボン酸系抽出剤を含む溶媒を用いてコバルトイオンを抽出してマグネシウムイオンを分離した後、当該溶媒からコバルトイオンを逆抽出し、逆抽出後液として前記コバルト溶液を得るマグネシウム分離工程を含む。