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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-03
(45)【発行日】2023-07-11
(54)【発明の名称】金属硫化物の加圧酸化浸出方法
(51)【国際特許分類】
   C22B 23/00 20060101AFI20230704BHJP
   C22B 3/04 20060101ALI20230704BHJP
   C22B 17/00 20060101ALI20230704BHJP
   C22B 19/20 20060101ALI20230704BHJP
【FI】
C22B23/00 102
C22B3/04
C22B17/00 101
C22B19/20
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2019140834
(22)【出願日】2019-07-31
(65)【公開番号】P2021025060
(43)【公開日】2021-02-22
【審査請求日】2022-02-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001704
【氏名又は名称】弁理士法人山内特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】横川 友彦
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 悠介
(72)【発明者】
【氏名】柴山 敬介
【審査官】藤長 千香子
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第104928467(CN,A)
【文献】特開2018-193588(JP,A)
【文献】特開2003-082420(JP,A)
【文献】特開2017-186589(JP,A)
【文献】特開昭61-113733(JP,A)
【文献】特開2016-003360(JP,A)
【文献】特開昭56-093832(JP,A)
【文献】特開昭56-009338(JP,A)
【文献】特開2019-143172(JP,A)
【文献】特開2019-143173(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 1/00-61/00
B01J 3/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニッケル硫化物、コバルト硫化物、亜鉛硫化物、およびカドミウム硫化物のうちのいずれか一または複数からなる金属硫化物を含む原料スラリーを、直列に配置された複数の反応室を有するオートクレーブに連続供給し、該金属硫化物を加圧酸化浸出して金属硫酸塩水溶液を得るにあたり、
前記複数の反応室のうち前記原料スラリーが最初に供給される第1室における浸出率を75%以下に制御し、
前記原料スラリーの固形分濃度が200~300g/Lであり、
前記オートクレーブから排出される浸出液の固形分濃度が20g/L以下である
ことを特徴とする金属硫化物の加圧酸化浸出方法。
【請求項2】
ニッケル硫化物、コバルト硫化物、亜鉛硫化物、およびカドミウム硫化物のうちのいずれか一または複数からなる金属硫化物を含む原料スラリーを、直列に配置された複数の反応室を有するオートクレーブに連続供給し、該金属硫化物を加圧酸化浸出して金属硫酸塩水溶液を得るにあたり、
前記オートクレーブ内の圧力および/または前記複数の反応室のうち前記原料スラリーが最初に供給される第1室への空気の供給量を増減することで前記第1室における浸出率を75%以下に制御する
ことを特徴とする金属硫化物の加圧酸化浸出方法。
【請求項3】
ニッケル硫化物、コバルト硫化物、亜鉛硫化物、およびカドミウム硫化物のうちのいずれか一または複数からなる金属硫化物を含む原料スラリーを、直列に配置された複数の反応室を有するオートクレーブに連続供給し、該金属硫化物を加圧酸化浸出して金属硫酸塩水溶液を得るにあたり、
前記オートクレーブ内の圧力をゲージ圧で1.7~1.9MPaGとし、前記複数の反応室のうち前記原料スラリーが最初に供給される第1室への空気の供給量を前記原料スラリーの供給量に対して0.40~0.75Nm3/m3とすることで、前記第1室における浸出率を75%以下に制御する
ことを特徴とする金属硫化物の加圧酸化浸出方法。
【請求項4】
ニッケル硫化物、コバルト硫化物、亜鉛硫化物、およびカドミウム硫化物のうちのいずれか一または複数からなる金属硫化物を含む原料スラリーを、直列に配置された複数の反応室を有するオートクレーブに連続供給し、該金属硫化物を加圧酸化浸出して金属硫酸塩水溶液を得るにあたり、
前記複数の反応室のうち前記原料スラリーが最初に供給される第1室への冷却水の供給量を、該第1室で発生する反応熱と同量の蒸発潜熱を消費する量以上とすることで、前記第1室における浸出率を75%以下に制御する
ことを特徴とする金属硫化物の加圧酸化浸出方法。
【請求項5】
ニッケル硫化物、コバルト硫化物、亜鉛硫化物、およびカドミウム硫化物のうちのいずれか一または複数からなる金属硫化物を含む原料スラリーを、直列に配置された複数の反応室を有するオートクレーブに連続供給し、該金属硫化物を加圧酸化浸出して金属硫酸塩水溶液を得るにあたり、
前記複数の反応室のうち前記原料スラリーが最初に供給される第1室への冷却水の供給量を、前記オートクレーブで発生する全反応熱を基準として0.26L/MJ以上とすることで、前記第1室における浸出率を75%以下に制御する
ことを特徴とする金属硫化物の加圧酸化浸出方法。
【請求項6】
前記第1室における浸出率を50%以上に制御する
ことを特徴とする請求項1~5のいずれかに記載の金属硫化物の加圧酸化浸出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属硫化物の加圧酸化浸出方法に関する。さらに詳しくは、本発明は、金属硫化物を加圧酸化浸出して金属硫酸塩水溶液を得る方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
金属硫化物を加圧酸化浸出して金属硫酸塩水溶液を得る方法が知られている。例えば、ニッケル硫化物を含む原料スラリーをオートクレーブに連続供給し、オートクレーブ内のスラリーに高圧空気を吹き込んで加圧酸化浸出する。そうすれば、硫酸ニッケル水溶液を得ることができる(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2016-011442号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
オートクレーブから排出された浸出液に含まれる固形分は、後工程において系外に排出される。そのため、固形分に回収目的金属が含まれていると、回収目的金属のロスとなる。
【0005】
本発明は上記事情に鑑み、回収目的金属のロスを低減できる金属硫化物の加圧酸化浸出方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
第1発明の金属硫化物の加圧酸化浸出方法は、ニッケル硫化物、コバルト硫化物、亜鉛硫化物、およびカドミウム硫化物のうちのいずれか一または複数からなる金属硫化物を含む原料スラリーを、直列に配置された複数の反応室を有するオートクレーブに連続供給し、該金属硫化物を加圧酸化浸出して金属硫酸塩水溶液を得るにあたり、前記複数の反応室のうち前記原料スラリーが最初に供給される第1室における浸出率を75%以下に制御し、前記原料スラリーの固形分濃度が200~300g/Lであり、前記オートクレーブから排出される浸出液の固形分濃度が20g/L以下であることを特徴とする。
第2発明の金属硫化物の加圧酸化浸出方法は、ニッケル硫化物、コバルト硫化物、亜鉛硫化物、およびカドミウム硫化物のうちのいずれか一または複数からなる金属硫化物を含む原料スラリーを、直列に配置された複数の反応室を有するオートクレーブに連続供給し、該金属硫化物を加圧酸化浸出して金属硫酸塩水溶液を得るにあたり、前記オートクレーブ内の圧力および/または前記複数の反応室のうち前記原料スラリーが最初に供給される第1室への空気の供給量を増減することで前記第1室における浸出率を75%以下に制御することを特徴とする。
第3発明の金属硫化物の加圧酸化浸出方法は、ニッケル硫化物、コバルト硫化物、亜鉛硫化物、およびカドミウム硫化物のうちのいずれか一または複数からなる金属硫化物を含む原料スラリーを、直列に配置された複数の反応室を有するオートクレーブに連続供給し、該金属硫化物を加圧酸化浸出して金属硫酸塩水溶液を得るにあたり、前記オートクレーブ内の圧力をゲージ圧で1.7~1.9MPaGとし、前記複数の反応室のうち前記原料スラリーが最初に供給される第1室への空気の供給量を前記原料スラリーの供給量に対して0.40~0.75Nm3/m3とすることで、前記第1室における浸出率を75%以下に制御することを特徴とする。
第4発明の金属硫化物の加圧酸化浸出方法は、ニッケル硫化物、コバルト硫化物、亜鉛硫化物、およびカドミウム硫化物のうちのいずれか一または複数からなる金属硫化物を含む原料スラリーを、直列に配置された複数の反応室を有するオートクレーブに連続供給し、該金属硫化物を加圧酸化浸出して金属硫酸塩水溶液を得るにあたり、前記複数の反応室のうち前記原料スラリーが最初に供給される第1室への冷却水の供給量を、該第1室で発生する反応熱と同量の蒸発潜熱を消費する量以上とすることで、前記第1室における浸出率を75%以下に制御することを特徴とする。
第5発明の金属硫化物の加圧酸化浸出方法は、ニッケル硫化物、コバルト硫化物、亜鉛硫化物、およびカドミウム硫化物のうちのいずれか一または複数からなる金属硫化物を含む原料スラリーを、直列に配置された複数の反応室を有するオートクレーブに連続供給し、該金属硫化物を加圧酸化浸出して金属硫酸塩水溶液を得るにあたり、前記複数の反応室のうち前記原料スラリーが最初に供給される第1室への冷却水の供給量を、前記オートクレーブで発生する全反応熱を基準として0.26L/MJ以上とすることで、前記第1室における浸出率を75%以下に制御することを特徴とする。
第6発明の金属硫化物の加圧酸化浸出方法は、第1~第5発明のいずれかにおいて、前記第1室における浸出率を50%以上に制御することを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
第1発明によれば、第1室における浸出率を75%以下に制御することで、第1室内のスラリーが局所的に高温となり金属硫酸塩が析出することを抑制できる。その結果、浸出液の固形分濃度を低減でき、回収目的金属のロスを低減できる。
第2発明によれば、比較的調整が容易なオートクレーブ内の圧力および高圧空気の供給量により第1室における浸出率を制御できる。
第3発明によれば、オートクレーブ内の圧力をゲージ圧で1.7~1.9MPaGとし、第1室への高圧空気の供給量を0.40~0.75Nm3/m3とすれば、第1室における浸出率を50~75%に制御できる。
第4第5発明によれば、第1室へ所定量の冷却水を供給することで、第1室内のスラリーの過度な温度上昇を抑制できる。これにより、スラリーの液相における金属硫酸塩の溶解度の低下を抑制でき、金属硫酸塩の析出を抑制できる。また、第1室内のスラリーに冷却水を添加することで、スラリーの液相の金属硫酸塩濃度の上昇を抑制でき、金属硫酸塩の析出を抑制できる。その結果、浸出液の固形分濃度を低減でき、回収目的金属のロスを低減できる。
第6発明によれば、第1室における浸出率を50%以上に制御することで、後段の反応室における反応負荷が過度に高まることがない。そのため、後段の反応室内のスラリーが局所的に高温となり金属硫酸塩が析出することを抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】本発明の一実施形態に係るオートクレーブの縦断面図である。
図2】第1室における浸出率と、浸出液の固形分に含まれる硫酸ニッケル一水和物に由来するニッケルを浸出液のニッケル濃度に換算した値との関係を示すグラフである。
図3】第1室内のスラリーの液温と、浸出液の固形分に含まれる硫酸ニッケル一水和物に由来するニッケルを浸出液のニッケル濃度に換算した値との関係を示すグラフである。
図4】第1室への冷却水の供給量と、浸出液の固形分濃度との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
つぎに、本発明の実施形態を図面に基づき説明する。
本発明の一実施形態に係る金属硫化物の加圧酸化浸出方法は、金属硫化物を加圧酸化浸出して金属硫酸塩水溶液を得る方法である。この加圧酸化浸出方法には、図1に示すようなオートクレーブ1が用いられる。
【0010】
(オートクレーブ)
オートクレーブ1は液密性、気密性を有する横長の槽10を有している。槽10の一端には原料スラリーを供給する供給口11が設けられている。槽10の他端には浸出液を排出する排出口12が設けられている。槽10の内部には一または複数の隔壁13が立設している。この隔壁13により、槽10の内部は長手方向に並んだ複数の反応室14a~14eに分割されている。
【0011】
反応室14a~14eの数は特に限定されない。本実施形態のオートクレーブ1は5つの反応室14a~14eを有する。5つの反応室14a~14eをそれぞれ第1室14a、第2室14b、第3室14c、第4室14d、第5室14eと称する。
【0012】
供給口11は第1室14aに設けられている。原料スラリーは最初に第1室14aに供給される。第1室14a内のスラリーは隔壁13をオーバーフローして第2室14bに供給される。このようなオーバーフローを繰り返して、スラリーは第5室14eに到達する。このように、複数の反応室14a~14eはスラリーが順に流れるように直列に配置されている。排出口12は第5室14eに設けられている。第5室14eに到達したスラリーは浸出液として排出口12から排出される。
【0013】
各反応室14a~14eには空気吹込管16が挿入されている。空気吹込管16を通して各反応室14a~14e内のスラリーに高圧空気を吹き込む。各反応室14a~14eへの高圧空気の供給量は個別に調整できる。高圧空気は酸化剤として作用する。原料である金属硫化物と酸素とが接触し、金属硫化物が酸化されることで、金属硫酸塩水溶液が得られる。金属硫化物と酸素との接触を促進し、酸化反応を効率的に行なうために、各反応室14a~14eには撹拌機15が設けられている。
【0014】
金属硫化物の酸化反応は発熱反応である。したがって、そのままではオートクレーブ1内のスラリーの温度が高くなりすぎる。オートクレーブ1内のスラリーを適切な温度に調整するため、冷却水の添加が行なわれる。
【0015】
各反応室14a~14eには冷却水供給管17が挿入されている。冷却水供給管17を通して各反応室14a~14e内のスラリーに冷却水を添加できる。各反応室14a~14eへの冷却水の供給量は個別に調整できる。また、反応室14a~14eごとに冷却水の供給を止めることもできる。すなわち、複数の反応室14a~14eの一部または全部に冷却水を供給することで、オートクレーブ1内のスラリーが適切な温度に調整される。
【0016】
冷却水は主に蒸発時に蒸発潜熱を消費する効果によりスラリーを冷却する。冷却水および原料スラリーに元々含まれている水分が蒸発することによりスラリーが冷却される。冷却水の蒸発により水蒸気が発生する。槽10の気相部には圧力調整弁18が設けられている。圧力調整弁18から余剰の水蒸気を排出することで、オートクレーブ1内の圧力が所定の圧力に維持される。また、圧力調整弁18によりオートクレーブ1内の圧力を調整できる。
【0017】
オートクレーブ1にはスラリーの液温を測定する温度計19が設けられている。本実施形態のオートクレーブ1は第1室14aに温度計19が設けられている。したがって、温度計19により第1室14a内のスラリーの液温を測定できる。
【0018】
(加圧酸化浸出方法)
つぎに、加圧酸化浸出方法の基本的な手順を説明する。
まず、原料をレパルプして原料スラリーを調製する。原料として金属硫化物が用いられる。金属硫化物としてニッケル硫化物、コバルト硫化物、亜鉛硫化物、カドミウム硫化物が挙げられる。原料としてこれらの金属硫化物のうちの一つを用いてもよいし、複数を用いてもよい。
【0019】
金属硫化物を含む原料スラリーをオートクレーブ1に連続供給する。オートクレーブ1内において、スラリーが第1室14aから第5室14eまで流れる間に、金属硫化物が加圧酸化浸出され、金属硫酸塩水溶液が生成される。オートクレーブ1から浸出液が連続的に排出される。浸出液は金属硫酸塩水溶液と固形分とからなるスラリーである。
【0020】
原料の回収目的金属含有率、原料スラリーの固形分濃度、原料スラリーの供給量、各反応室14a~14eへの高圧空気の供給量、オートクレーブ1内の温度、圧力などは、操業効率を考慮して適切に調整される。例えば、ニッケル硫化物のニッケル含有率は55~60重量%が一般的である。原料スラリーをオートクレーブ1に供給するのに用いられるダイヤフラムポンプの損耗、故障を防止するために、原料スラリーの固形分濃度は200~300g/Lとすることが好ましい。オートクレーブ1内の温度(スラリーの液温)は140~200℃、オートクレーブ1内の圧力はゲージ圧で1~2MPaGに調整することが一般的である。
【0021】
(浸出液の固形分濃度)
上記の加圧酸化浸出方法において、浸出液の固形分濃度が高くなる場合がある。浸出液に含まれる固形分は後工程において系外に排出される。固形分に回収目的金属が含まれていると、回収目的金属のロスとなる。回収目的金属のロスを低減するため、浸出液の固形分濃度、および固形分の回収目的金属濃度を低減することが求められる。
【0022】
本願発明者は浸出液の固形分濃度、および固形分の回収目的金属濃度が高くなる原因が金属硫酸塩の析出にあると考えた。例えば、硫酸ニッケルは100℃以上では温度の上昇に伴い溶解度が低下する。ニッケル硫化物の酸化反応により温度が上昇すると、硫酸ニッケルの溶解度が低下し、硫酸ニッケル一水和物が析出する。この硫酸ニッケル一水和物が浸出液に含まれる固形分の一部となる。また、未反応の原料(ニッケル硫化物)の表面に硫酸ニッケル一水和物が析出すると、原料と酸素との接触が阻害される。そうすると、その原料は未反応のままオートクレーブ1から排出され、浸出液に含まれる固形分の一部となる可能性がある。スラリーの過度な温度上昇を抑えることで、硫酸ニッケル一水和物の析出を抑制し、浸出液の固形分濃度を低減できると考えられる。
【0023】
(第1室の浸出率)
第1室14aは原料スラリーが最初に供給されるため、金属硫化物の酸化反応が活発である。第1室14aにおける酸化反応が一気に進むと、スラリーが局所的に高温となり硫酸ニッケル一水和物などの金属硫酸塩が析出することがある。すなわち、第1室14aにおける酸化反応が過剰であると、浸出液の固形分濃度が高くなる。そこで、本実施形態では、第1室14aにおける酸化反応が過剰とならないように、第1室14aにおける浸出率を適切に調整する。これにより、金属硫酸塩の析出を抑制し、浸出液の固形分濃度を低減する。
【0024】
具体的には、第1室14aにおける浸出率を75%以下に制御する。ここで、浸出率とはオートクレーブ1に供給された原料スラリーに含まれる金属硫化物のうち浸出されたものの比率を意味する。第1室14aにおける浸出率を75%以下に制御することで、第1室14a内のスラリーが局所的に高温となり金属硫酸塩が析出することを抑制できる。その結果、浸出液の固形分濃度を低減でき、回収目的金属のロスを低減できる。
【0025】
また、第1室14aにおいて酸化反応が過剰に進んだ場合、後段の反応室14b~14eで発生する反応熱が不足し、後段の反応室14b~14e内のスラリーの温度が低下する。そうすると、オートクレーブ1を全体としてみれば、反応不良が発生しやすくなる。これに対して、第1室14aにおける浸出率を75%以下に制御すれば、後段の反応室14b~14eで発生する反応熱が不足することがなく、反応不良を抑制できる。さらに、第1室14aにおける浸出率を75%以下に制御すれば、第1室14aへの設備的な負荷を低減できる。例えば、高温環境下で原料粒子による摩耗が進行しやすい空気吹込管16の先端部、撹拌機15の撹拌羽根の摩耗を抑制できる。
【0026】
一方、第1室14aにおける浸出率を低下させすぎると、後段の反応室14b~14eにおける反応負荷が高くなる。極端な場合、後段の反応室14b~14e、特に第2室14bにおいて、スラリーが局所的に高温となり金属硫酸塩が析出する可能性がある。そこで、第1室14aにおける浸出率を50%以上に制御することが好ましい。そうすれば、後段の反応室14b~14eにおける反応負荷が過度に高まることがなく、金属硫酸塩が析出することを抑制できる。
【0027】
第1室14aにおける浸出率は、オートクレーブ1内の圧力および第1室14aへの高圧空気の供給量のうち一方または両方を調整することで制御できる。ここで、オートクレーブ1内の圧力は圧力調整弁18により調整できる。また、第1室14aへの高圧空気の供給量は第1室14aに挿入された空気吹込管16の空気入口側に設けられた制御バルブにより調整できる。したがって、これらは比較的調整が容易である。
【0028】
第1室14aにおける浸出率は第1室14aにおける熱収支から求めることができる。すなわち、原料スラリー、高圧空気、冷却水などにより第1室14aに入る熱量、および飽和蒸気、第1室14aから排出されるスラリーなどにより第1室14aから出る熱量から、第1室14aで発生する反応熱が求められる。また、反応熱から浸出された金属硫化物の量が求められ、これより浸出率が求められる。なお、熱量の計算に当たっては、オートクレーブ1の各所に設けられた温度計で測定された温度情報、流量計で測定された高圧空気などの物量情報が考慮される。
【0029】
求めた浸出率をフィードバックしながら、オートクレーブ1内の圧力または第1室14aへの高圧空気の供給量を調整する。具体的には、浸出率が目標値よりも高い場合には、オートクレーブ1内の圧力および第1室14aへの高圧空気の供給量の一方または両方を低下させる。そうすれば、浸出率を低下させることができる。逆に、浸出率が目標値よりも低い場合には、オートクレーブ1内の圧力および第1室14aへの高圧空気の供給量の一方または両方を上昇させる。そうすれば、浸出率を上昇させることができる。
【0030】
具体的には、オートクレーブ1内の圧力を1.7~1.9MPaGとし、第1室14aへの高圧空気の供給量を原料スラリーの供給量に対して0.40~0.75Nm3/m3とすればよい。そうすれば、第1室14aにおける浸出率を50~75%に制御できる。
【0031】
(冷却水の供給量)
また、第1室14aへの冷却水の供給量I1を適切に調整することによっても、金属硫酸塩の析出を抑制できる。
【0032】
具体的には、第1室14aへの冷却水の供給量I1を、第1室14aで発生する反応熱Q1と同量の蒸発潜熱を消費する量I1-min以上に調整する。ここで、第1室14aで発生する反応熱Q1は、例えば、数式(1)に示すように、第1室14aで酸化反応に供されるニッケル硫化物の物質量N1に、ニッケル硫化物の酸化反応における単位物質量あたりの反応熱qを乗算して求められる。
(式1)
1=N1×q ・・・(1)
【0033】
硫化ニッケル(II)の酸化反応は下記反応式(2)で示される。
(式2)
NiS+2O2→NiSO4 ΔH=-0.80MJ/mol ・・・(2)
ここで、ΔHは標準生成エンタルピーである。反応式(2)に示す反応が生じると、硫化ニッケル(II)1molあたり0.80MJの反応熱が生じる。
【0034】
数式(3)に示すように、第1室14aで酸化反応に供された硫化ニッケル(II)の物質量N1に0.80MJを乗算すれば反応熱Q1を求めることができる。なお、反応熱Q1は上記のごとく計算で求めてもよいし、経験則的に求めてもよい。
(式3)
1[MJ]=N1[mol]×0.80[MJ/mol] ・・・(3)
【0035】
水が蒸発する際に消費する蒸発潜熱は2.25MJ/Lであることが知られている。数式(4)に示すように、反応熱Q1を2.25MJ/Lで除算すれば、反応熱Q1と同量の蒸発潜熱を消費する冷却水の供給量I1-minを求めることができる。
(式4)
1-min[L]=Q1[MJ]÷2.25[MJ/L] ・・・(4)
【0036】
第1室14aへの冷却水の供給量I1を下限量I1-min以上にすれば、第1室14aで発生する反応熱Q1の全てを蒸発潜熱として消費できる。したがって、反応熱Q1によりスラリーの温度が上昇することを抑制できる。
【0037】
具体的には、第1室14aへの冷却水の供給量I1を、オートクレーブ1で発生する全反応熱Qtを基準として0.26L/MJ以上とすることが好ましい。ここで、全反応熱Qtとはオートクレーブ1が有する全ての反応室14a~14eで発生する反応熱の総和である。数式(5)に示すように、全反応熱Qtに0.26L/MJを乗算すれば冷却水の供給量I1の下限量It-minを求めることができる。第1室14aへの冷却水の供給量I1を下限量It-min以上とすれば、第1室14a内のスラリーの液温を174℃以下に調整できる。
(式5)
t-min[L]=Qt[MJ]×0.26[L/MJ] ・・・(5)
【0038】
以上のように、第1室14aへ所定量の冷却水を供給することで、第1室14a内のスラリーの過度な温度上昇を抑制できる。これにより、スラリーの液相における硫酸ニッケルの溶解度の低下を抑制でき、硫酸ニッケル一水和物の析出を抑制できる。また、第1室14a内のスラリーに冷却水を添加することで、スラリーの液相の硫酸ニッケル濃度の上昇を抑制できる。これにより、硫酸ニッケル一水和物の析出を抑制できる。その結果、浸出液の固形分濃度を低減でき、ニッケルのロスを低減できる。
【0039】
ところで、オートクレーブ1内のスラリーに冷却水を過剰に添加すると、得られる硫酸ニッケル水溶液のニッケル濃度が低くなる。後工程における精製コストを抑えるためには硫酸ニッケル水溶液のニッケル濃度は高いほど好ましい。
【0040】
そこで、オートクレーブ1への冷却水の全供給量Itを、オートクレーブ1で発生する全反応熱Qtと同量の蒸発潜熱を消費する量It-max以下とすることが好ましい。ここで、冷却水の全供給量Itとはオートクレーブ1が有する全ての反応室14a~14eへの冷却水の供給量の総和である。
【0041】
冷却水の全供給量Itを上限量It-maxにすれば、オートクレーブ1で発生する全反応熱Qtを蒸発潜熱として消費できる。冷却水の全供給量Itが上限量It-maxを超えると、全反応熱Qtを消費するのに必要な量を超えて冷却水を供給することになる。そうすると、オートクレーブ1内のスラリーおよび気相部の温度が低下して酸化反応が維持できなくなる。それとともに、硫酸ニッケル水溶液のニッケル濃度が必要以上に低下する。冷却水の全供給量Itを上限量It-max以下とすれば、オートクレーブ1で発生する全反応熱Qtを消費するのに過剰な量とはならない。そのため、冷却水の供給量を適切な量に制限でき、硫酸ニッケル水溶液のニッケル濃度を高くできる。
【0042】
具体的には、冷却水の全供給量Itを、オートクレーブ1で発生する全反応熱Qtを基準として0.44L/MJ以下とすることが好ましい。ここで、0.44L/MJは水が蒸発する際に消費する蒸発潜熱2.25MJ/Lの逆数である。全反応熱Qtを基準として0.44L/MJの供給量は、全反応熱Qtと同量の蒸発潜熱を消費する量It-maxに相当する。数式(6)に示すように、全反応熱Qtに0.44L/MJを乗算すれば冷却水の全供給量Itの上限量It-maxを求めることができる。
(式6)
t-max[L]=Qt[MJ]×0.44[L/MJ] ・・・(6)
【0043】
各反応室14a~14eへの冷却水の供給量は、その総和である全供給量Itが上記条件を満たす範囲で割り振られる。例えば、第1室14aへの冷却水の供給量I1を下限量It-minに設定し、全供給量Itを上限量It-maxに設定した場合、他の各反応室14b~14eへの冷却水の供給量は、それらの合計が上限量It-maxから下限量It-minを減算した量(It-max-It-min)となるように設定される。
【0044】
また、オートクレーブ1への冷却水の全供給量Itを上限量It-max以下とするには、第1室14aへの冷却水の供給量I1を上限量It-max以下とする必要がある。具体的には、第1室14aへの冷却水の供給量I1を、全反応熱Qtを基準として0.44L/MJ以下とする必要がある。第1室14aへの冷却水の供給量I1を上限量It-maxに設定した場合、他の反応室14b~14eへは冷却水を供給しない。
【0045】
第1室14aには最初に原料スラリーが供給されるため、未反応の原料(ニッケル硫化物)が多く存在する。このような第1室14aにおいて、硫酸ニッケル一水和物の析出が顕著であると、未反応の原料の表面に硫酸ニッケル一水和物が析出しやすいと考えられる。そうすると、特に第2室14b以降において、原料の加圧酸化浸出が阻害され、未反応のままオートクレーブ1から排出されやすくなる。その結果、硫酸ニッケル一水和物そのものに加えて、未反応の原料が排出されることとなり、浸出液の固形分濃度が増加する。
【0046】
第1室14aへ上記所定量の冷却水を供給することで、第1室14aにおける硫酸ニッケル一水和物の析出を抑制できる。そのため、未反応の原料の表面に硫酸ニッケル一水和物が析出して、原料の加圧酸化浸出が阻害されることを抑制できる。その結果、浸出液の固形分濃度を低減でき、ニッケルのロスを低減できる。
【0047】
硫酸コバルト、硫酸亜鉛、硫酸カドミウムも100℃以上では温度の上昇に伴い溶解度が低下する。特に、コバルト硫化物の酸化反応で発生する反応熱は、ニッケル硫化物の場合とほぼ等しい。また、硫酸コバルトの溶解度は、硫酸ニッケルの場合とほぼ等しい。よって、本実施形態の加圧酸化浸出方法は、原料がコバルト硫化物、亜鉛硫化物、カドミウム硫化物の場合でも、ニッケル硫化物の場合と同様の効果を奏することができる。
【0048】
すなわち、第1室14aへの冷却水の供給量I1を、第1室14aで発生する反応熱Q1と同量の蒸発潜熱を消費する量I1-min以上にするか、全反応熱Qtを基準として0.26L/MJ以上にすれば、金属硫酸塩(硫酸コバルト、硫酸亜鉛、硫酸カドミウム)の溶解度の低下を抑制でき、金属硫酸塩の析出を抑制できる。また、第1室14aへの冷却水の供給量I1を、全反応熱Qtと同量の蒸発潜熱を消費する量It-max以下、具体的には、全反応熱Qtを基準として0.44L/MJ以下にすれば、浸出液の液相の回収目的金属濃度(コバルト濃度、亜鉛濃度、カドミウム濃度)を高くできる。
【実施例1】
【0049】
つぎに、実施例1を説明する。
図1に示すオートクレーブ1を用いて加圧酸化浸出を行なった。運転の条件はつぎの通りである。
原料:ニッケルとコバルトの混合硫化物
原料のニッケル含有率:57.6~58.2重量%
原料スラリーの固形分濃度:225~262g/L
原料スラリーの供給量:32~81L/分
【0050】
原料のニッケル含有率、原料スラリーの固形分濃度、原料スラリーの供給量から、オートクレーブ1の単位時間あたりのニッケル処理量を求めた。つぎに、オートクレーブ1に供給されたニッケル硫化物が全て加圧酸化浸出される前提のもと、前記反応式(2)に基づいて、単位時間あたりの反応熱を求めた。求めた反応熱はオートクレーブ1で発生する全反応熱Qtに相当する。
【0051】
つぎに、求めた全反応熱Qtと同量の蒸発潜熱を消費するのに必要な冷却水の供給量It-maxを求めた。各反応室14a~14eへの冷却水の供給量の総和(全供給量It)が供給量It-maxとなるように、各反応室14a~14eへの冷却水の供給量を調整した。具体的には、全供給量Itを、全反応熱Qtを基準として0.38~0.44L/MJとした。
【0052】
オートクレーブ1内の圧力を1.78~1.88MPaGの間で変更した。また、第1室14aへの高圧空気の供給量を原料スラリーの供給量に対して0.52~0.94Nm3/m3の間で変更した。これにより第1室14aにおける浸出率に変動が生じる。
【0053】
第1室14aにおける浸出率を熱バランスから求めた。オートクレーブ1から排出された浸出液の固形分濃度を測定した。また、固形分に含まれる硫酸ニッケル一水和物の量を、X線回折分析装置を用いて測定した。硫酸ニッケル一水和物の量から硫酸ニッケル一水和物に由来するニッケルを浸出液のニッケル濃度に換算した値を求めた。
【0054】
図2に第1室14aにおける浸出率と、浸出液の固形分に含まれる硫酸ニッケル一水和物に由来するニッケルを浸出液のニッケル濃度に換算した値との関係を示す。図2に示すように、第1室14aにおける浸出率が高いほど、硫酸ニッケル一水和物由来のニッケル濃度が高くなる。第1室14aにおける浸出率を75%以下とすれば、硫酸ニッケル一水和物由来のニッケル濃度を2g/L以下にできることが分かる。
【実施例2】
【0055】
つぎに、実施例2を説明する。
図1に示すオートクレーブ1を用いて加圧酸化浸出を行なった。運転の条件はつぎの通りである。
原料:ニッケルとコバルトの混合硫化物
原料のニッケル含有率:57.6~58.2重量%
原料スラリーの固形分濃度:225~262g/L
原料スラリーの供給量:32~81L/分
オートクレーブ内の圧力(ゲージ圧):1.8~1.9MPaG
第1室への高圧空気の供給量:0.52~0.94Nm3/m3
【0056】
実施例1と同様の手順で、オートクレーブ1で発生する全反応熱Qtと同量の蒸発潜熱を消費するのに必要な冷却水の供給量It-maxを求めた。各反応室14a~14eへの冷却水の供給量の総和(全供給量It)が供給量It-maxとなるように、各反応室14a~14eへの冷却水の供給量を調整した。第1室14aへの冷却水の供給量I1を、全反応熱Qtを基準として0.22~0.34L/MJの間で変更した。
【0057】
第1室14a内のスラリーの液温を温度計19により測定した。オートクレーブ1から排出された浸出液の固形分濃度を測定した。また、固形分に含まれる硫酸ニッケル一水和物の量を、X線回折分析装置を用いて測定した。硫酸ニッケル一水和物の量から硫酸ニッケル一水和物に由来するニッケルを浸出液のニッケル濃度に換算した値を求めた。
【0058】
図3に第1室14a内のスラリーの液温と、浸出液の固形分に含まれる硫酸ニッケル一水和物に由来するニッケルを浸出液のニッケル濃度に換算した値との関係を示す。図3に示すように、第1室14aの液温が174℃以下の場合は、硫酸ニッケル一水和物由来のニッケル濃度が5g/L以下である。一方、第1室14aの液温が174℃を超えると、液温が高くなるほど硫酸ニッケル一水和物由来のニッケル濃度が上昇する。これより、オートクレーブ1内において、硫酸ニッケルは液温が174℃を超えると溶解度が低下し、硫酸ニッケル一水和物が析出することが分かる。
【0059】
図4に第1室14aへの冷却水の供給量I1と、浸出液の固形分濃度との関係を示す。図4に示すように、冷却水の供給量I1が0.26L/MJ未満の場合は、冷却水の供給量I1が少なくなるほど固形分濃度が高くなる。一方、冷却水の供給量I1が0.26L/MJ以上の場合は、固形分濃度が20g/L以下である。冷却水の供給量I1が0.26L/MJ以上の場合は、第1室14aの液温が174℃以下であり、硫酸ニッケル一水和物の析出が抑制される。これにより、浸出液の固形分濃度を低減できている。
【0060】
以上より、第1室14aへの冷却水の供給量I1を0.26L/MJ以上とすれば、スラリーの液温を174℃以下に調整でき、浸出液の固形分濃度を20g/L以下に低減できることが確認された。
【0061】
なお、冷却水の供給量0.26L/MJは、第1室14aで発生する反応熱Q1の70~80%程度の蒸発潜熱を消費する量に相当すると推測される。
【符号の説明】
【0062】
1 オートクレーブ
10 槽
11 供給口
12 排出口
13 隔壁
14a~14e 反応室
15 撹拌機
16 空気吹込管
17 冷却水供給管
18 圧力調整弁
19 温度計
図1
図2
図3
図4