(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-04
(45)【発行日】2023-07-12
(54)【発明の名称】ワックスエステル高含有ユーグレナの生産方法および生産システム、並びに、ワックスエステル又はバイオ燃料組成物の製造方法および製造システム、並びに、ワックスエステル発酵促進剤
(51)【国際特許分類】
C12N 1/12 20060101AFI20230705BHJP
C12N 1/10 20060101ALI20230705BHJP
C12P 7/64 20220101ALI20230705BHJP
C10L 1/02 20060101ALI20230705BHJP
【FI】
C12N1/12 A
C12N1/10
C12P7/64
C10L1/02
(21)【出願番号】P 2023509619
(86)(22)【出願日】2022-03-30
(86)【国際出願番号】 JP2022015844
(87)【国際公開番号】W WO2022220118
(87)【国際公開日】2022-10-20
【審査請求日】2023-02-09
(31)【優先権主張番号】P 2021067233
(32)【優先日】2021-04-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】519135633
【氏名又は名称】公立大学法人大阪
(73)【特許権者】
【識別番号】521155346
【氏名又は名称】株式会社MOZU-Energy
(74)【代理人】
【識別番号】100121441
【氏名又は名称】西村 竜平
(74)【代理人】
【識別番号】100154704
【氏名又は名称】齊藤 真大
(74)【代理人】
【識別番号】100206151
【氏名又は名称】中村 惇志
(74)【代理人】
【識別番号】100218187
【氏名又は名称】前田 治子
(74)【代理人】
【識別番号】100227673
【氏名又は名称】福田 光起
(72)【発明者】
【氏名】中野 長久
(72)【発明者】
【氏名】田部 記章
【審査官】松原 寛子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/162502(WO,A1)
【文献】特開2017-148005(JP,A)
【文献】日本植物生理学会年会およびシンポジウム講演要旨集,1988年,28,p.131
【文献】化学と生物,2012年,Vol.50,p.789-791
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/12
C12N 1/10
C12P 7/64
C10L 1/02
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ユーグレナを準備する工程と、
前記ユーグレナを糖の存在下において好気的条件で培養する工程と、
培養された前記ユーグレナに酸性環境でワックスエステル発酵促進物質を与える工程と、
前記ワックスエステル発酵促進物質を与えられた前記ユーグレナを所定の時間にわたり常温に保つ工程と、を含み、
前記ワックスエステル発酵促進物質は、分子内にケト基、アルデヒド基及びヒドロキシ基のうち少なくとも1つを有し、かつ分子内の炭素原子数が2以上4以下である一価カルボン酸、及びその塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物であり、
前記ワックスエステル発酵促進物質が、グリオキシル酸、グリコール酸、及びその塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物である、
ワックスエステル高含有ユーグレナの生産方法。
【請求項2】
前記ワックスエステル発酵促進物質が、分子内の炭素原子数が1以上4以下である脂肪酸をさらに含有する、請求項1に記載されたワックスエステル高含有ユーグレナの生産方法。
【請求項3】
前記ワックスエステル発酵促進物質における前記脂肪酸のモル比(脂肪酸のモル量/ワックスエステル発酵促進物質全体の合計モル量)が0.5以下である、請求項2に記載されたワックスエステル高含有ユーグレナの生産方法。
【請求項4】
前記常温に保つ工程において窒素バブリングを行う、請求項1~3のいずれか一項に記載されたワックスエステル高含有ユーグレナの生産方法。
【請求項5】
ユーグレナを準備する工程と、
前記ユーグレナを糖の存在下において好気的条件で培養する工程と、
培養された前記ユーグレナに酸性環境でワックスエステル発酵促進物質を与える工程と、
前記ワックスエステル発酵促進物質を与えられた前記ユーグレナを所定の時間にわたり常温に保つ工程と、
所定の時間にわたり常温に保たれた前記ユーグレナからワックスエステルを抽出する工程と、を含み、
前記ワックスエステル発酵促進物質は、分子内にケト基、アルデヒド基及びヒドロキシ基のうち少なくとも1つを有し、かつ分子内の炭素原子数が2以上4以下である一価カルボン酸、及びその塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物であり、
前記ワックスエステル発酵促進物質が、グリオキシル酸、グリコール酸、及びその塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物である、
ワックスエステルの製造方法。
【請求項6】
グリオキシル酸、グリコール酸、及びその塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物を含有する、糖の存在下において好気的条件で培養されたユーグレナに酸性環境で与えるためのワックスエステル発酵促進剤。
【請求項7】
ユーグレナを糖の存在下において好気的条件で培養する手段と、
培養された前記ユーグレナに酸性環境でワックスエステル発酵促進物質を与える手段と、
前記ワックスエステル発酵促進物質を与えられてから所定の時間にわたり常温に保たれたユーグレナを回収する手段と、を備え、
前記ワックスエステル発酵促進物質は、分子内にケト基、アルデヒド基及びヒドロキシ基のうち少なくとも1つを有し、かつ分子内の炭素原子数が2以上4以下である一価カルボン酸、及びその塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物であり、
前記ワックスエステル発酵促進物質が、グリオキシル酸、グリコール酸、及びその塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物である、
ワックスエステル高含有ユーグレナの生産システム。
【請求項8】
ユーグレナを糖の存在下において好気的条件で培養する手段と、
培養された前記ユーグレナに酸性環境でワックスエステル発酵促進物質を与える手段と、
前記ワックスエステル発酵促進物質を与えられてから所定の時間にわたり常温に保たれたユーグレナを回収する手段と、
回収された前記ユーグレナからワックスエステルを抽出する手段と、を備え、
前記ワックスエステル発酵促進物質は、分子内にケト基、アルデヒド基及びヒドロキシ基のうち少なくとも1つを有し、かつ分子内の炭素原子数が2以上4以下である一価カルボン酸、及びその塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物であり、
前記ワックスエステル発酵促進物質が、グリオキシル酸、グリコール酸、及びその塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物である、
ワックスエステルの製造システム。
【請求項9】
ユーグレナを準備する工程と、
前記ユーグレナを糖の存在下において好気的条件で培養する工程と、
培養された前記ユーグレナに酸性環境でワックスエステル発酵促進物質を与える工程と、
前記ワックスエステル発酵促進物質を与えられた前記ユーグレナを所定の時間にわたり常温に保つ工程と、
所定の時間にわたり常温に保たれた前記ユーグレナからワックスエステルを抽出する工程と、
抽出された前記ワックスエステルを他の燃料用原料と混合させてバイオ燃料を調製する工程と、を含み、
前記ワックスエステル発酵促進物質は、分子内にケト基、アルデヒド基及びヒドロキシ基のうち少なくとも1つを有し、かつ分子内の炭素原子数が2以上4以下である一価カルボン酸、及びその塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物であり、
前記ワックスエステル発酵促進物質が、グリオキシル酸、グリコール酸、及びその塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物である、
バイオ燃料の製造方法。
【請求項10】
ユーグレナを糖の存在下において好気的条件で培養する手段と、
培養された前記ユーグレナに酸性環境でワックスエステル発酵促進物質を与える手段と、
前記ワックスエステル発酵促進物質を与えられてから所定の時間にわたり常温に保たれたユーグレナを回収する手段と、
回収された前記ユーグレナからワックスエステルを抽出する手段と、
抽出された前記ワックスエステルを他の燃料用原料と混合させてバイオ燃料を調製する手段と、を備え、
前記ワックスエステル発酵促進物質は、分子内にケト基、アルデヒド基及びヒドロキシ基のうち少なくとも1つを有し、かつ分子内の炭素原子数が2以上4以下である一価カルボン酸、及びその塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物であり、
前記ワックスエステル発酵促進物質が、グリオキシル酸、グリコール酸、及びその塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物である、
バイオ燃料の製造システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、準備したユーグレナと比べてワックスエステル(wax ester:以下「WE」ともいう。)含有量を高められたユーグレナ(以下「ワックスエステル高含有ユーグレナ」という意味で「WE高含有ユーグレナ」ともいう。)の生産方法および生産システム、並びに、WE又はバイオ燃料組成物の製造方法および製造システム、並びに、ワックスエステル発酵(以下「WE発酵」ともいう。)の促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
バイオ燃料は、動物または植物などの生物資源を原料とする燃料である。バイオ燃料として利用され得る様々な成分のうち、分子内の炭素原子数が多くて燃焼時に生じる熱量が比較的に大きい成分として、ユーグレナに由来するWEが挙げられる(特許文献1と特許文献2とを参照)。一般的にWEは、炭素原子数10以上の脂肪酸と炭素原子数8以上の脂肪族アルコールとのエステル、つまり分子内の炭素原子数が18以上のエステルである。ユーグレナ(属名:Euglena、和名:ミドリムシ)は、鞭毛運動をする動物的性質と光合成をする植物的性質とを両立させた、ユニークな単細胞生物である。ユーグレナは、栄養条件に応じて細胞内の貯蔵物質を変化させることで、多様な栄養条件下で生育可能という特性を有する。この特性を活用するために、様々な研究開発が行われてきた。
【0003】
例えば特許文献2には、ユーグレナを好気的条件で27℃から35℃程度の液温で培養してから、低酸素処理しつつ16℃程度で培養した後、培養されたユーグレナからWEを抽出するWE製造方法が記載されている。好気的条件での培養により、ユーグレナ細胞内で、多糖類の一種であるパラミロン(β-1,3-グルカン)が生成し貯蔵される。その後、低酸素処理を伴う培養により、ユーグレナ細胞内で、パラミロンを分解してATP(アデノシン三リン酸)を生合成する代謝が起こる。その代謝結果物として細胞内で、分子内の炭素原子数が24以上かつ26以下であるWEが産生され得る旨、特許文献2で説明されている。このように、嫌気的条件下においてユーグレナ細胞でパラミロンが酸素非依存的に代謝され、ATP産生の副産物がWEの形態で細胞内に貯蔵される反応は、ワックスエステル発酵(WE発酵)ともいわれ、ユーグレナ細胞に独特な現象として知られている。特許文献2では、3-ケトアシルCoAチオラーゼ(KAT)1遺伝子の発現が抑制されたKAT1ノックダウンユーグレナを用いるのが好ましい旨も説明されている。
【0004】
特許文献1では、ユーグレナを好気的条件で糖を与えて培養してから、酸性環境でプロピオン酸を与えて一定時間放置した後、放置されたユーグレナからWEを回収する、バイオ燃料製造方法が記載されている。回収されるWEは、ミリスチン酸(炭素原子数14)とミリスチルアルコール(炭素数原子数14)とのエステル、つまりミリスチン酸ミリスチル(炭素原子数28)を多く含むため、例えばジェット燃料の代替燃料として活用が期待される旨、特許文献1で説明されている。また、プロピオン酸は、ユーグレナ細胞で好気呼吸によるATP生合成を阻害し、パラミロンを分解してATP生合成せざるを得ない状態に誘導するため、細胞内でWE発酵が促される旨も特許文献1で説明されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2020/162502号
【文献】特開2017-148005号公報
【文献】特許第6329440号
【文献】特許第6019305号
【非特許文献】
【0006】
【文献】M. Cramer, 他1名, Arch. Mikrobiol., 1952, volume 17, pp.384-402
【文献】J. A. Schiff, 他2名, Methods Enzymol., 1971, volume 23, pp.143-162
【文献】L. E. Koren, 他1名, The Journal of Protozoology, 1967, volume 14, supplement, p.17
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献2に記載された製造方法と比べて、特許文献1に記載された製造方法には、次の利点があると考えられる。1つ目に、糖を与えるからユーグレナの培養に太陽光が必須でないため、天候や日照時間に左右されず、温度管理していれば年間を通じて培養可能な利点がある。2つ目に、低酸素処理と低温処理とが必須でないため、これら処理のための費用や手間を削減可能な利点がある。3つ目に、野生株のユーグレナでもWE収率が高いため、用いるユーグレナが特定の変異株などに限定されずに済む利点がある。
【0008】
しかし、将来的にWE製造の規模を拡大し事業化を図るにはさらに効率良くWE発酵を促進可能な方法を発見できれば望ましい。更に可能であれば、従来の製造方法と比べて、省力化や製造コストが低減化された製造方法を開発できれば好ましい。特許文献1で用いられているプロピオン酸は、悪臭防止法施行規則で特定悪臭物質に指定されている。このため、更に可能であれば、例えばプロピオン酸を用いる場合でも、その使用量を幾らか少なくしても効率良くWE発酵を促進可能なように、WE製造方法を改善できれば好ましい。
【0009】
そこで本発明の課題は、ユーグレナを用いる従来のワックスエステル製造方法と比べて、より効率良くワックスエステル発酵を促進可能に改善された、ワックスエステル高含有ユーグレナの生産方法および生産システム、並びに、ワックスエステル又はバイオ燃料組成物の製造方法および製造システム、並びに、ワックスエステル発酵促進剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記した課題を解決するために、本発明に係るワックスエステル高含有ユーグレナの生産方法は、ユーグレナを準備する工程と、前記ユーグレナを糖の存在下において好気的条件で培養する工程と、培養された前記ユーグレナに酸性環境でワックスエステル発酵促進物質を与える工程と、前記ワックスエステル発酵促進物質を与えられた前記ユーグレナを所定の時間にわたり常温に保つ工程と、を含み、前記ワックスエステル発酵促進物質は、分子内にケト基、アルデヒド基及びヒドロキシ基のうち少なくとも1つを有し、かつ分子内の炭素原子数が2以上かつ4以下である一価カルボン酸、及びその塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物である、ワックスエステル高含有ユーグレナの生産方法である。
【0011】
本発明に係るワックスエステル高含有ユーグレナの生産方法では、前記ワックスエステル発酵促進物質が、グリオキシル酸(グリオキシ酸ともいう。)、グリコール酸、及びその塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物であり得る。
【0012】
前記ワックスエステル発酵促進物質として分子内の炭素原子数が1以上4以下の脂肪酸をさらに含有するものとしても良い。この場合には前記ワックスエステル発酵促進物質全体に対する前記脂肪酸の含有量がモル比(脂肪酸のモル量/ワックスエステル発酵促進物質全体の合計モル量)でを0.5以下となるようにすることが好ましい。
【0013】
本発明に係るワックスエステル又はバイオ燃料組成物の製造方法は、ユーグレナを準備する工程と、前記ユーグレナを糖の存在下において好気的条件で培養する工程と、培養された前記ユーグレナに酸性環境でワックスエステル発酵促進物質を与える工程と、前記ワックスエステル発酵促進物質を与えられた前記ユーグレナを所定の時間にわたり常温に保つ工程と、所定の時間にわたり常温に保たれた前記ユーグレナからワックスエステルを抽出する工程と、を含み、前記ワックスエステル発酵促進物質は、分子内にケト基、アルデヒド基及びヒドロキシ基のうち少なくとも1つを有し、かつ分子内の炭素原子数が2以上かつ4以下である一価カルボン酸、及びその塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物である、ワックスエステル又はバイオ燃料組成物の製造方法である。
【0014】
本発明に係るワックスエステル発酵促進剤は、分子内にケト基又はヒドロキシ基を有し、かつ分子内の炭素原子数が2以上4以下である一価カルボン酸、及びその塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物を含有する組成物であり、糖の存在下において好気的条件で培養されたユーグレナに酸性環境で与えられるための組成物である、ワックスエステル発酵促進剤である。
【0015】
本発明に係るワックスエステル高含有ユーグレナの生産システムは、ユーグレナを糖の存在下において好気的条件で培養する手段と、培養された前記ユーグレナに酸性環境でワックスエステル発酵促進物質を与える手段と、前記ワックスエステル発酵促進物質を与えられてから所定の時間にわたり常温に保たれたユーグレナを回収する手段と、を備え、前記ワックスエステル発酵促進物質は、分子内にケト基、アルデヒド基及びヒドロキシ基のうち少なくとも1つを有し、かつ分子内の炭素原子数が2以上かつ4以下である一価カルボン酸、及びその塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物である、ワックスエステル高含有ユーグレナの生産システムである。
【0016】
本発明に係るワックスエステル又はバイオ燃料の製造システムは、ユーグレナを糖の存在下において好気的条件で培養する手段と、培養された前記ユーグレナに酸性環境でワックスエステル発酵促進物質を与える手段と、前記ワックスエステル発酵促進物質を与えられてから所定の時間にわたり常温に保たれたユーグレナを回収する手段と、回収された前記ユーグレナからワックスエステルを抽出する手段と、を備え、前記ワックスエステル発酵促進物質は、分子内にケト基、アルデヒド基及びヒドロキシ基のうち少なくとも1つを有し、かつ分子内の炭素原子数が2以上かつ4以下である一価カルボン酸、及びその塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物である、ワックスエステル又はバイオ燃料の製造システムである。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係るワックスエステル高含有ユーグレナの生産方法によれば、前記ワックスエステル発酵促進物質として、分子内にケト基、アルデヒド基及びヒドロキシ基のうち少なくとも1つを有し、かつ分子内の炭素原子数が2以上かつ4以下である一価カルボン酸、及びその塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物を用いているために、ワックスエステルの収率を従来よりもさらに高めることができた。また、本発明に係るワックスエステル高含有ユーグレナの生産方法によれば、プロピオン酸を使用する従来の方法と比べて、高価なプロピオン酸の使用量を低減することにより、ワックスエステル高含有ユーグレナの生産に係るコストを従来よりも低減可能である。
【0018】
さらに、本発明に係るワックスエステル又はバイオ燃料の製造方法によれば、従来の方法と比べて、培養期間を短縮することも可能であるため、培養コストを低減可能で、培養期間の短縮にも関わらずワックスエステル発酵を促進してワックスエステルの収率を高めることができる。このことは、本発明に係るワックスエステル高含有ユーグレナの生産システムや、本発明に係るワックスエステル又はバイオ燃料の生産システムについても同様である。
【0019】
本発明に係るワックスエステル高含有ユーグレナの生産方法などにおけるワックスエステル発酵促進物質は、ワックスエステルの収率を更に高めやすい観点から例えば、グリオキシル酸、グリコール酸、及びその塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物であるのが好ましい。本発明に係るワックスエステル発酵促進剤は、グリオキシル酸、グリコール酸、及びその塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物を含有する組成物であるため、効率良くワックスエステル発酵を促進可能である。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本発明に係るワックスエステル高含有ユーグレナの生産方法の一例を説明するフローチャート。
【
図2】本発明に係るワックスエステル製造方法の一例を説明するフローチャート。
【
図3】本発明に係るバイオ燃料組成物製造方法の一例を説明するフローチャート。
【
図4】実験例1で糖の存在下において対数増殖期の中期まで好気培養されたユーグレナ・グラシリスZ株を含有する各群に関して、フェノール硫酸法で定量されたグルコース含有量(パラミロン含有量)の測定結果を示すグラフ。n=3。平均値±標準偏差。グラフ縦軸は、ユーグレナ細胞を含有する50mLの培地あたりにおける、グルコースに換算した糖含有量(μg/mL)を示し、このことは以下に説明する
図6と
図8とでも同様である。
【
図5】実験例1で糖の存在下において対数増殖期の中期まで好気培養されたユーグレナ・グラシリスZ株を含有する各群に関して、分子内の炭素原子数が28である化合物(C
28)の含有量、つまりミリスチン酸ミリスチル含有量の測定結果を示すグラフ。n=3。平均値±標準偏差。グラフ縦軸は、ユーグレナ細胞を含有する50mLの培地においてユーグレナ細胞1.0×10
6個あたりにおけるC
28含有量(μg/1.0×10
6cells)を示し、このことは以下に説明する
図7と
図9でも同様である。**はウェルチのt検定(両側)においてp<0.01で有意差ありを意味し、このことは以下に説明する
図7と
図9とでも同様である。
【
図6】実験例2で糖の存在下において対数増殖期の中期まで好気培養されたSM-ZK株を含有する各群に関して、フェノール硫酸法で定量されたグルコース含有量(パラミロン含有量)の測定結果を示すグラフ。n=3。平均値±標準偏差。
【
図7】実験例2で糖の存在下において対数増殖期の中期まで好気培養されたユーグレナ・グラシリスZ株を含有する各群に関して、C
28含有量の測定結果を示すグラフ。n=3。平均値±標準偏差。*はウェルチのt検定(両側)においてp<0.05で有意差ありを意味し、このことは以下に説明する
図9でも同様である。
【
図8】参考実験例で糖の存在下において定常期に達するまで好気培養されたユーグレナ・グラシリスZ株を含有する各群に関して、フェノール硫酸法で定量されたグルコース含有量(パラミロン含有量)の測定結果を示すグラフ。n=3。平均値±標準偏差。
【
図9】参考実験例で糖の存在下において定常期に達するまで好気培養されたユーグレナ・グラシリスZ株を含有する各群に関して、C
28含有量の測定結果を示すグラフ。n=3。平均値±標準偏差。
【発明を実施するための形態】
【0021】
<ワックスエステル高含有ユーグレナの生産方法>
本発明に係るワックスエステル高含有ユーグレナ(WE高含有ユーグレナ)の生産方法は、例えば
図1に示すように、準備工程S1と、好気培養工程S2と、ワックスエステル発酵促進物質(WE発酵促進物質)混合工程S3と、ワックスエステル発酵(WE発酵)工程S4と、ユーグレナ回収工程S5とを含む。
【0022】
準備工程S1では、ユーグレナの生細胞を準備する。準備するユーグレナは、動物学の分類上でユーグレナ属(ミドリムシ属)に属する種、及びその変異種からなる群より選ばれた1種類以上の原生動物である。ここでの変異種には、例えば組換え、形質導入、又は形質転換などの遺伝的方法により得られた細胞株(変異株)も含まれる。準備するユーグレナとして例えば、Euglena acus、Euglena caudata、Euglena chadefaudii、Euglena deses、Euglena gracilis(以下「ユーグレナ・グラシリス」という。)、Euglena granulata、Euglena intermedia、Euglena mutabilis、Euglena oxyuris、Euglena piride、Euglena proxima、Euglena spirogyra、Euglena vermiformis、又はEuglena viridis等の種が挙げられる。準備するユーグレナは、野生株か又は変異株かを問わず、その細胞内でWE発酵できれば良い。例えば、準備するユーグレナは、ユーグレナ・グラシリスZ株(Euglena gracilis Z)を親株として、ストレプトマイシン処理により得られた葉緑体欠損変異株であるSM-ZK株でも、WE発酵可能であるため良い。
【0023】
準備工程S1では、池や沼などの淡水中に広く分布している野生のユーグレナを採取しても良いが、既に単離された任意のユーグレナ細胞株を入手するのが効率良い。準備するユーグレナは、適した培養条件が詳しく研究され知られており培養しやすい観点から、ユーグレナ・グラシリス、及びその変異株からなる群より選ばれた1種以上の原生動物であるのが好ましい。例えば、ユーグレナ・グラシリス、ユーグレナ・グラシリスZ株、ユーグレナ・グラシリス・バシラリス変種(Euglena gracilis var. bacillaris)、ユーグレナ・グラシリスEOD-1株(特許文献3参照、受託番号FERM BP-11530)、及びユーグレナ・グラシリスKishu株(特許文献4参照、受託番号 FERM P-22300)からなる群より選ばれた1種以上のユーグレナが好ましい。同様の観点から、準備するユーグレナとして更に好ましくは、ユーグレナ・グラシリスZ株である。
【0024】
ユーグレナは例えば、池の水、又はプールに溜めた水道水などでも培養可能である。雑菌を避けて効率良く培養する観点では、準備工程S1で、ユーグレナを培養可能な培地も準備するのが好ましい。培地は、ユーグレナを播種して15℃以上かつ35℃以下の培地温度で好気的条件に保った場合に、播種したユーグレナを培養し生育可能であれば、特に限定されない。培地は、コンタミネーションに対処しやすい観点では例えば寒天斜面培地などの固体培地でも良いが、安価で調製が容易で撹拌しやすくユーグレナを高密度で培養しやすい観点では液体培地が好ましい。
【0025】
一般的にユーグレナ培養に適した液体培地は、ビタミンB12と、アンモニウム塩と、その他の無機塩類(リン、カリウム、鉄、マンガン、コバルト、亜鉛、銅、モリブテン、又はニッケルを分子内に有する化合物)とを含有し、必要に応じて更に他の栄養素、例えば糖やアミノ酸などを含有する。適した培養条件が詳しく研究され知られており培養しやすい観点では、従来からユーグレナ培養に用いられている公知の液体培地か、又はこれに類似する組成の液体培地を準備するのが更に好ましい。公知の液体培地として例えば以下に組成を示す、クレイマー・マイヤー培地(表1、非特許文献1参照)、ハットナー培地(表2、非特許文献2参照)、又はコーレン・ハットナー培地(以下「KH培地」という。表3、非特許文献3参照)等が挙げられる。配合を一部変更する場合、次の好気培養工程S2で培地に糖を添加する手間を省く観点から、公知の液体培地から糖の配合量を増した培地を準備するのが好ましい。
【0026】
【0027】
【0028】
【0029】
本発明の目的に反しない限り、培地には、キレート剤、又はpH調整剤などが含有されているのが好ましい。例えば、表3に記載されたEDTA-Na2(エチレンジアミン四酢酸二ナトリウム塩)はキレート剤として作用する。例えば、表1乃至表3に記載された配合で、リン酸塩やクエン酸はpH調整剤として作用する。培地には、ペプチドを含有する組成物や、アンモニア水が配合されても良い。ペプチドを含有する組成物として例えば、ペプトン、カザミノ酸、酵母エキス、又はコーンスティープリカー等が挙げられる。培地には、1種以上の遊離アミノ酸またはその塩が配合されても良い。次の好気培養工程S2で糖を添加する手間を省く観点では、準備する培地は糖を含有するのが好ましい。糖は、ユーグレナがその細胞内に取り込んで代謝可能な水溶性の糖であれば、特に限定されない。例えば、グルコース、フルクトース、スクロース、マルトース、又はデンプン等が挙げられる。二糖類やデンプンは、酵素により単糖類に分解され、栄養素としてユーグレナに利用される。糖は、次の好気培養工程S2でユーグレナにパラミロン産生を促す観点ではグルコースが好ましく、または、生産コストを安価に抑える観点ではデンプン、糖蜜、又は廃糖蜜などが好ましい。
【0030】
好気培養工程S2では、ユーグレナ細胞内でパラミロンを産生し貯蔵させるために、準備したユーグレナを糖の存在下において好気的条件で培養する。培地に含有させる前記糖の濃度は好気培養工程の間、1質量%以上5質量%の範囲となるようにするのが好ましく、1.5質量%以上3質量%以下とすることがより好ましい。培地を好気的条件に保つ観点から、酸素を含む気体、例えば空気を培地に通気させつつ培養するのが好ましい。効率良く通気させる観点では、培地容量が5L以下の場合に振とう培養が良く、培地容量が5Lよりも大きい場合にバブリングを伴う通気培養が良い。培地及び糖は、先の準備工程S1の説明で例示した糖を用いれば良い。細胞数の増加やパラミロン生成を促す観点から、好気培養期間の途中で培地でのユーグレナの細胞密度に応じて、培地に追加で糖を加えるのが好ましい。十分量の糖を含有する培地を準備して用いる場合、この培地に糖を添加せず回分培養しても良い。ユーグレナ培養に適した各種の条件を維持可能な場合、例えば培地での溶存酸素濃度や各種の栄養成分の濃度などを一定範囲内に維持できる場合、連続培養しても良い。
【0031】
ユーグレナが光合成可能なように太陽光が照射される環境下で培養しても良いが、好気培養工程S2では糖の存在下で培養するため、暗黒下でもユーグレナを培養可能である。天候に左右されず培養可能とする観点では通気性を有する培養槽内でユーグレナを培養するのが好ましく、加えてコンタミネーションを避ける観点では通気培養可能な密閉空間が設けられた培養槽内で培養するのが更に好ましい。培地温度は、例えば15℃以上かつ35℃以下でも良いが、ユーグレナの細胞内で効率良くパラミロンの貯蔵を促す観点では25℃以上かつ30℃以下が好ましい。
【0032】
好気培養工程S2では、後にWE発酵工程S4で効率良くWE発酵を促進する観点により、ユーグレナを糖の存在下において好気的条件で培養する期間を、この条件での培養開始から、まだ定常期に至っていない対数増殖期の中期または後期までの期間内に留めることが好ましい。一般的には、培地にユーグレナを播種した時点が培養開始の時点となる。対数増殖期は、ユーグレナ細胞の増殖曲線において、細胞数が対数的に増加する時期である。増殖曲線は、例えば、所定の培地にユーグレナ細胞を播種し、一定時間ごとに培地における細胞数または細胞密度を計測し、計測された細胞数または細胞密度をグラフにプロットして作成可能な曲線である。定常期は、対数増殖期を過ぎ、増殖する細胞数と死滅する細胞数とが概ね平衡に達し、細胞数の増加が見られなくなる時期である。播種するユーグレナ株の種類、培地の種類、糖の種類や量、培地温度、及び培地に照射される光量などの培養条件に応じて、定常期における細胞密度、つまり培地で到達し得る最大の細胞密度は異なる。
【0033】
当業者であれば、まだ定常期に至っていない対数増殖期の中期または後期であることを、既知な任意の指標または方法で判断可能である。例えば、濁度または比増殖速度を指標として判断しても良い。例えば濁度を指標とする場合、ユーグレナ細胞を所定の培養条件で培養するときに、まだ播種されていない培地の濁度を0%とし、定常期に達した培地の濁度を100%として、培地の相対濁度(%)を指標として判断するのが良い。この相対濁度を指標とする場合、対数増殖期の中期は培地の相対濁度が35%より大きく70%以下の期間であり、対数増殖期の後期は培地の相対濁度が70%より大きく95%以下の期間である。濁度は、培養液の濁り具合の測定値である。例えば、波長660nmの単波長の光を培養液に入射し、透過光を分光光度計により測定する。入射光の強さをI0、透過光の強さをI、透過層の厚みをL、吸光度をτとしたときに、数式「I=I0Exp(-τL)」により算出された吸光度τを培養液の濁度(OD)とする。
【0034】
好気培養工程S2では、後にWE発酵工程S4で効率良くWE発酵を促進する観点により、ユーグレナの好気培養工程を対数増殖期の中期又は後期で留めるためには、ユーグレナを糖の存在下において好気的条件で培養する期間を、この条件での培養開始から定常期に至るまでの期間の長さと比べて、0.5倍以上かつ0.8倍以下の期間の長さに留めるのが好ましい。例えば、ユーグレナ細胞の培養開始から定常期に至るまでに120時間を要する培養条件があれば、好気培養工程S2では、ユーグレナ細胞の培養期間を60時間以上かつ96時間以下の範囲内に留めるのが好ましい。
【0035】
WE発酵促進物質混合工程S3では、好気培養されて細胞内にパラミロンを貯蔵しているユーグレナに、酸性環境でWE発酵促進物質を与える。酸性環境でWE発酵促進物質を与えることにより、ユーグレナ細胞内でパラミロンが分解され、分子内の炭素原子数が28である化合物(以下「C28」ともいう。)、つまりWEの産生が促される。酸性環境は、WE発酵を促す観点では、培地のpHが7.0未満であれば良く、好ましくは6.0以下、更に好ましくは3.5以下であり、ユーグレナの死滅を避ける観点では培地のpHが2.5以上であるのが好ましい。WE発酵促進物質混合工程S3では例えば、先の好気培養工程S2を済ませたユーグレナを含む培地に、WE発酵促進物質と、培地のpHを2.5以上かつ3.5以下に調製するためのpH調製剤と、を混合するのが好ましい。
【0036】
本発明におけるWE発酵促進物質は、分子内にケト基、アルデヒド基及びヒドロキシ基のうち少なくとも1つを有し、分子内の炭素原子数が2以上かつ4以下である一価カルボン酸、及びその塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物(A)である。なお、前記化合物(A)は、前記ケト基、アルデヒド基又は前記ヒドロキシ基とは、別にカルボキシル基を有するものである。この化合物(A)としては、例えば、ヒドロキシカルボン酸又は分子内にアルデヒド基又はケト基を有する一価カルボン酸を挙げることができる。前記ヒドロキシカルボン酸として例えば、グリコール酸、乳酸、2-ヒドロキシ酪酸、3-ヒドロキシ酪酸、又はγ-ヒドロキシ酪酸などの化合物が挙げられる。前記分子内にアルデヒド基又はケト基を有する一価カルボン酸として例えば、グリオキシル酸、ピルビン酸、3-オキソプロパン酸、α-ケト酪酸、又はアセト酢酸などの化合物が挙げられる。これらの中でも特に前記化合物(A)として、グリコール酸、グリオキシル酸、及びその塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物を用いることが更に好ましい。このような低分子有機化合物は、細胞膜などを透過してユーグレナ細胞内に浸透しやすいと考えられる。ユーグレナ細胞では、細胞内に透過しやすい低分子有機化合物を過剰に供給された場合に、細胞内で好気呼吸を阻害(例えばフィードバック阻害)され、好気呼吸に代わりATPを獲得するためにWE発酵が促進されやすいものと考えられる。
【0037】
WE発酵促進物質として、前述した化合物(A)の他に、分子内の炭素原子数が1以上かつ4以下である脂肪酸(B)をさらに添加するものとしても良い。前記脂肪酸(B)としては、例えば、酢酸、プロピオン酸、酪酸、イソ酪酸又はギ酸などの化合物が挙げられる。前記脂肪酸(B)が、炭素原子数が1以上かつ3以下である直鎖状の飽和炭化水素基を分子内に有する化合物を含有することが好ましい。WE発酵促進物質は、ここで例示した化合物(A)の群のうち2種以上の化合物を併用するものとしても良いし、脂肪酸(B)の群から2種類以上の化合物を併用するものとしても良い。また、前記塩とは、本発明の目的に反しない限り、培地の水溶液中で電離可能な塩であれば特に限定されない。塩は、培地中で析出しにくい観点から、ナトリウム塩、又はカリウム塩であることが好ましい。
【0038】
前記化合物(A)と前記脂肪酸(B)とを併用する場合のWE発酵促進物質は、WE発酵を促進しやすい観点から、グリオキシル酸とグリコール酸との組み合わせ、グリオキシル酸とプロピオン酸との組み合わせ、または、グリコール酸とプロピオン酸との組み合わせであることが好ましい。グリオキシル酸とプロピオン酸との組み合わせである場合、または、グリコール酸とプロピオン酸との組み合わせである場合には、プロピオン酸のみを用いる場合と比べて、WE発酵を促しつつプロピオン酸の使用量を低減可能である観点からも好ましい。同様の観点から、WE発酵促進物質としてプロピオン酸を含む2種以上の化合物を用いる場合、プロピオン酸のWE発酵促進物質に対するモル比(脂肪酸のモル量/ワックスエステル発酵促進物質全体の合計モル量)が、好ましくは0.5以下、更に好ましくは0.4以下である。
【0039】
あるいは、プロピオン酸に起因する臭いの問題を避ける観点から、促進物質混合工程S3では、培養された前記ユーグレナに酸性環境でWE発酵促進物質を与えるが、プロピオン酸を実質的に与えないものとしても良い。「実質的に与えない」とは、与えないとされている成分が微量に培地中または細胞中に含有されていても、本発明の内容や本質においてWE発酵に寄与しないと認められる程度の微量に過ぎなければ、許容されることを意味する。例えば、ユーグレナ細胞内において代謝の過程で微量のプロピオン酸が産生され得るが、WE発酵に寄与しない微量に過ぎないため、本発明では許容される。「実質的に与えない」とは、与えないとされている化合物の培地中における濃度が、例えば100μmol/L以下、好ましくは10μmol/L以下、更に好ましくは1.0μmol/L以下である。
【0040】
WE発酵促進物質混合工程S3では、ユーグレナ細胞内で効率良くWE発酵を促す観点から、ユーグレナを含む培地におけるWE発酵促進物質の含有量が、例えば0.5mmol/L以上、好ましくは1.0mmol/L以上、更に好ましくは2.0mmol/L以上になるように、培地に混合してWE発酵促進物質をユーグレナに与えるのが望ましい。ユーグレナ細胞が死滅するのを避ける観点では、ユーグレナを含む培地におけるWE発酵促進物質の含有量が、例えば10mmol/L未満、好ましくは8.0mmol/L未満、更に好ましくは6.0mmol/L未満になるように、培地に混合してWE発酵促進物質をユーグレナに与えるのが良い。含有量は、例えばWE発酵促進物質としてグリオキシル酸とグリコール酸とを用いる場合のように、該当する化合物が2種以上ある場合、2種以上の化合物の含有量の合計値を意味する。ユーグレナを含む培地の組成が上記したモル濃度比になる様に、WE発酵促進物質と、pH調整剤とを培地に混合するのが好ましい。
【0041】
WE発酵工程S4では、細胞内でWE発酵させるために、WE発酵促進物質を与えられたユーグレナを所定の時間にわたり常温に保つ。自然界では、水面で光合成をしてパラミロンを含蓄したユーグレナ細胞が、日差しの弱い冬期に水底に沈んでパラミロンを分解するWE発酵をしつつ越冬する場合があるため、水底の温度(4℃程度)でも時間をかければWE発酵が進行する。一方、35℃を超える高温では、ユーグレナ細胞内で代謝が妨げられやすい。常温に保つために、ユーグレナを含有する培地の液温を調整しても良い。省コスト化を図る観点では、外気温が5℃以上かつ35℃以下である季節や地域でWE発酵工程S4を行うことで、培地温度を調整するコストを削減するのが好ましい。WE発酵を促す観点から「常温」は、例えば5℃以上かつ35℃以下、好ましくは15℃以上かつ35℃以下、更に好ましくは20℃以上かつ30℃以下であるのが望ましい。
【0042】
個々のユーグレナ細胞で十分にWE発酵させる観点では、WE発酵工程S4での「所定の時間」は、例えば6時間以上、好ましくは12時間以上、更に好ましくは24時間以上である。必要以上に長時間を要するのを避ける観点では、「所定の時間」は、例えば96時間以内、好ましくは72時間以内、更により好ましくは48時間以内である。WE発酵促進物質を与えられたユーグレナは、WE発酵促進物質により細胞内で好気呼吸を妨げられてWE発酵を行うため、低酸素条件に保たれてもWEを産生するが、好気的条件に保たれてもWEを産生する。低酸素条件に保つ処理の手間や費用を削減する観点では、WE発酵促進物質を与えられたユーグレナを所定の時間にわたり空気の存在下で常温に保つのが好ましい。
さらに言えば、このWE発酵工程S4において、ユーグレナを含有する培地に、例えば通気培養のためのバブリング装置を用いて窒素をバブリングするものとしても良い。窒素のバブリングはWE発酵工程の間ずっと行うようにしてもよいが、培地中に外部から酸素が入りこみにくい環境下においては、初めのうちの3時間等の所定時間のみ行うようにしてもよい。
窒素バブリングを行う代わりに、前記培地を収容する容器内を減圧して酸素量を抑えるなどによっても同様の効果が得られると推測できる。
【0043】
ユーグレナ回収工程S5では、WE発酵促進物質を与えられてから所定の時間にわたり常温に保たれたユーグレナを回収する。例えば、遠心分離機で培地を遠心分離し、沈殿物(沈殿したユーグレナ細胞)を回収すれば良い。回収したユーグレナは、先の準備工程S1で準備したユーグレナと比べてWE含有量を明らかに高められており、つまりWE高含有ユーグレナになっている。
【0044】
本発明に係るWE高含有ユーグレナの生産方法によれば、ユーグレナを、糖の存在下において好気的条件で培養後、酸性環境でWE発酵促進物質を与えて所定の時間にわたり常温に保つことにより、ユーグレナ細胞でWE発酵を促す。ユーグレナを糖の存在下において好気的条件で培養する期間を、培養開始からユーグレナの対数増殖期における中期または後期までに留めることにより、その後に所定の時間にわたり常温に保たれたユーグレナでは、意外にも、WEの収率が高められている。このように、本発明に係るWE高含有ユーグレナの生産方法によれば、従来のようにユーグレナを糖の存在下において好気的条件で培養するときに培養開始から定常期まで培養する工程を含む方法と比べて、培養期間が短縮されるため培養のコストを低減可能であり、培養期間の短縮にも関わらずWE発酵を促進してWEの収率を高めることができる。
【0045】
WE発酵促進物質としてプロピオン酸のみをユーグレナに与える場合と比べて、グリオキシル酸またはグリコール酸を与える場合に更にWE発酵が促進されるメカニズムは、不明である。グリオキシル酸とグリコール酸とが共にグリコール酸回路での中間生成物であることを考慮すると、これらの添加によってユーグレナ細胞内でより効率的に好気呼吸が阻害されてWE発酵が促されている可能性が考えられる。
【0046】
<ワックスエステルの製造方法>
本発明に係るワックスエステル製造方法(WE製造方法)は、例えば
図2に示すように、準備工程S1と、好気培養工程S2と、促進物質混合工程S3と、WE発酵工程S4と、ユーグレナ回収工程S5と、ワックスエステル抽出(WE抽出)工程S6と、を含む。工程S1乃至S5については、前述した本発明に係るWE高含有ユーグレナの生産方法において、
図1を用いて説明したとおりである。
図2に示すWE抽出工程S6では、回収されたユーグレナ、つまりWE高含有ユーグレナから、WEを抽出する。このための具体的な手法は、WEを抽出可能であれば、本発明の目的に反しない限り特に限定されない。例えば、WE高含有ユーグレナの細胞を破砕し、遠心分離し、疎水性の上清(ユーグレナに由来するWE層)を採取すれば良い。必要に応じて採取した上清を精製しても良く、例えば後述するWE抽出方法を行っても良い。本発明に係るWE製造方法によれば、その実施過程で本発明に係るWE高含有ユーグレナの生産方法を実施するため、ユーグレナを用いる従来のWE製造方法と比べて、培養期間が短縮されて培養コストを低減可能であり、培養期間の短縮にも関わらずWE発酵を促進しWEの収率を高めることができる。ユーグレナに由来するWEは、バイオ燃料組成物の原料に限らず、例えば、化粧品原料、石鹸、家畜飼料原料、又は養魚飼料原料などとしても活用可能である。
また、ここではユーグレナからWEを抽出する方法を説明したが、WE高含有ユーグレナからWEを抽出せずに、培地から回収したWE高含有ユーグレナの乾燥体をそのまま燃料として用いることも可能である。
【0047】
<バイオ燃料組成物の製造方法>
本発明に係るバイオ燃料組成物の製造方法は、例えば
図3に示すように、準備工程S1と、好気培養工程S2と、促進物質混合工程S3と、WE発酵工程S4と、ユーグレナ回収工程S5と、WE抽出工程S6と、バイオ燃料調製工程S7と、を含む。工程S1乃至S5については
図1を用いて前述したとおりであり、工程S6については
図2を用いて説明したとおりである。バイオ燃料調製工程S7では、ユーグレナに由来するWEを用いて、バイオ燃料組成物を調製する。例えば、WEを用いてバイオ燃料を製造するための公知の手法を実施すれば良い。本発明に係るバイオ燃料組成物の製造方法によれば、その実施過程で本発明に係るWE高含有ユーグレナの生産方法を実施するため、ユーグレナを用いる従来のバイオ燃料製造方法と比べて、培養期間が短縮されて培養コストを低減可能であり、培養期間の短縮にも関わらずWE発酵を促進しWEの収率を高めることができる。
【0048】
<ワックスエステル発酵促進剤>
本発明に係るワックスエステル発酵促進剤(WE発酵促進剤)は、プロピオン酸よりもWE発酵を促進しやすい化合物である観点から、グリオキシル酸、グリコール酸、及びその塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物を含有する組成物である。また、本発明に係るWE発酵促進剤は、糖の存在下において好気的条件で培養されたユーグレナに酸性環境で与えられるための組成物である。WE発酵促進剤は、糖の存在下において定常期に達するまで好気的条件で培養されたユーグレナに酸性環境で与えられるための組成物でも良い。更にWE発酵を促す観点から、WE発酵促進剤は、糖の存在下における好気的条件での培養を、まだ定常期に至っていない対数増殖期の中期または後期までに留められたユーグレナに、酸性環境で与えられるための組成物であるのが好ましい。WE発酵促進剤は、液体製剤でも良いし、又は固形製剤でも良い。固形製剤である場合のWE発酵促進剤は、液体培地中で溶解しやすいように、タブレット状、錠剤、顆粒、懸濁液、シロップ、又は乾燥粉末などの形態を採り得る。WE発酵促進剤は、WE発酵促進物質と共に、必要に応じて例えば、賦形剤、抗酸化剤、希釈剤、緩衝剤、着香剤、又は着色剤などの公知の添加剤を含有しても良い。WE発酵促進剤は、例えば、本発明に係るWE高含有ユーグレナの生産方法、本発明に係るWE製造方法、または、本発明に係るバイオ燃料組成物の製造方法においてWE発酵促進物質混合工程S3(
図1乃至
図3)で活用可能である。
【0049】
<ワックスエステル高含有ユーグレナの生産システム>
本発明に係るWE高含有ユーグレナの生産システムは、培養手段と、WE発酵促進物質供給手段と、回収手段とを備える。培養手段は、ユーグレナを糖の存在下において好気的条件で培養するための手段である。培養手段として例えば、
図1を用いて説明した準備工程S1と好気培養工程S2とを実施可能なように、ユーグレナを培養するための培養槽と、ユーグレナ培養に適した培地との組み合わせが挙げられる。培養手段として必要に応じて更に、培地に混合するのが良い糖などの栄養素や、通気培養のためのバブリング装置を有する組合せが好ましい。好気培養の期間は、培養開始からユーグレナの対数増殖期における中期または後期までに留められる。WE発酵促進物質供給手段は、糖の存在下で好気的条件培養されて細胞内にパラミロンを含蓄したユーグレナに、酸性環境で、前述したWE発酵促進物質を与えるための手段である。回収手段は、WE発酵促進物質を与えられてから所定の時間にわたり常温に保たれたユーグレナを回収するための手段である。
【0050】
<ワックスエステル又はバイオ燃料組成物の製造システム>
本発明に係るWE製造システムは、前述した本発明に係るWE高含有ユーグレナの生産システムに加えて更に、回収したユーグレナからWEを抽出するための抽出手段を備える。抽出手段として例えば、遠心分離機と、細胞破砕装置との組み合わせが挙げられる。WEを精製する場合、抽出手段として更に、WE抽出に適した溶媒を含む組合せが好ましい。WE抽出に適した溶媒として、例えばアセトンが挙げられる。本発明に係るバイオ燃料組成物の製造システムは、本発明に係るWE製造装置に加えて更に、ユーグレナに由来するWEを他の燃料用原料と混合させてバイオ燃料組成物を調製するための手段を備える。
【0051】
本発明は、その趣旨を逸脱しない範囲で当業者の知識に基づいて種々なる改良、修正、又は変形を加えた態様でも実施できる。本発明は、同一の作用又は効果を生じる範囲内で、いずれかの発明特定事項を他の技術に置換した形態で実施しても良い。次に実施例などを示して本発明を具体的に説明するが、本発明は次の実施例に制限されるものではない。
【実施例】
【0052】
<パラミロン定量方法>
後述する実験例1と実験例2と参考実験例とでは、以下に説明する方法により、ユーグレナ細胞からパラミロンを抽出し定量した。ユーグレナ細胞を含有する液体培地(例えばKH培地)を遠心分離し、沈殿物(沈殿したユーグレナ細胞)を採取し、沈殿物に100質量%のアセトンを加え、ボルテックスミキサーで激しく撹拌するか又は超音波破砕機で処理して、懸濁液を調製した。この懸濁液を、遠心分離(12,000rpm、4℃、10分)し、上清を除去し、沈殿物に100質量%のアセトンを加え、ボルテックスミキサーで激しく撹拌するか又は超音波破砕機で処理して懸濁液を調製する操作を、沈殿物が白色になるまで繰り返した。上清を除去して得られる白色の沈殿物に、1.0mLの1.0質量%のSDS(ドデシル硫酸ナトリウム)溶液を加え、ボルテックスミキサーで撹拌し懸濁させ、5分間にわたり沸騰水浴させ、氷上に静置して十分に冷やした。この氷冷されたSDS溶液を、遠心分離(12,000rpm、4℃、10分)し、上清を除去し、沈殿物を超純水で洗浄し、再び遠心分離(12,000rpm、4℃、10分)して上清を除去し、沈殿物に1.0mLかつ1.0Nの水酸化ナトリウム水溶液を加え、沈殿物を目視できなくなるまで一晩にわたり振とうすることにより、パラミロン定量用懸濁液を得た。
【0053】
懸濁液でのパラミロン含有量を、以下に説明するフェノール硫酸法により測定した。パラミロン定量用懸濁液を希釈して0.2mL採取して試験管内に注ぎ、ボルテックスミキサーで撹拌し、0.2mLの5質量%フェノール溶液を混合し、エッペンドルフ社製のMultipette(登録商標)M4で1.0mLの濃硫酸を勢いよく加え、ボルテックスミキサーでよく撹拌し混合させた混合液を調製した。この混合液を、30分間にわたり30℃に保温後、200μLずつ96ウェルマイクロプレートに分注し、マイクロプレートリーダーで波長490nmでの吸光度を測定した。フェノール硫酸法での検量線については、10mg/mLのグルコース水溶液を超純水で希釈して、各々、500μg/mL、250μg/mL、125μg/mL、62.5μg/mL、31.25μg/mL、及び15.625μg/mLのグルコース水溶液を調製し、各々のグルコール水溶液をパラミロン定量用懸濁液と同様に処理し、波長490nmでの吸光度を測定して検量線を作成した。
【0054】
<ワックスエステル定量方法>
後述する実験例1と実験例2と参考実験例では、以下に説明する方法により、ユーグレナ細胞からWEを抽出し定量した。ユーグレナ細胞を含有する液体培地(例えばKH培地)を遠心分離し、沈殿物(沈殿したユーグレナ細胞)を採取し、クロロホルム:メタノール:超純水(例えばMilli-Q(登録商標)水)=10:20:8となる体積比で混合した溶液を添加し、ボルテックスミキサーで激しく撹拌するか又は超音波破砕機で15分間処理し、遠心分離(13,000rpm、4℃、3分)して上清を採取する操作を行った。この操作を3回繰り返して得られる上清は、高濃度のWEを含有する白色の脂質溶液になった。例えば1.8mLの脂質溶液に対して1.0mLのクロロホルムと1.0mLの超純水とを添加し、ボルテックスミキサーで30秒かけて撹拌し、遠心分離(13,000rpm、4℃、3分)し、上層である水とメタノールとの混合層を除去し、下層であるクロロホルム層を採取した。採取したクロロホルム層を真空乾燥機で乾固させ、乾固物を500μLのヘキサンに溶解させ、希釈して分析用試料液を調製し、以下のようにガスクロマトグラフ質量分析計(以下「GC-MS」という。)を用い、分子内の炭素原子数が28である化合物(C28)、つまりWEの一種であるミリスチン酸ミリスチルを定量した。
【0055】
GC-MSとして、株式会社島津製作所製のGCMS-QP2010 Ultraを用いた。分離用カラムとして、アジレント・テクノロジー株式会社製のAgilent J&W GCカラム-DB-5ms(カラム長30cm、内径0.25mm、膜孔0.25μm)を用いた。1.0μLの分析用試料液を分離用カラムに注入し、キャリアガスとしてヘリウムを流量1.16mL/分で分離用カラムに注入した。分析用試料液に含有される成分の分離にあたり、最初の1分間はカラム温度を100℃に設定し、次にカラム温度を280℃まで10℃/分で昇温させ、その後にカラム温度を10分間にわたり280℃に保った。インターフェイスとイオン源とを250℃に設定した。ミリスチン酸ミリスチルは70eVでイオン化され、SIMモードでm/z=229.2とm/z=57.1とで検出され定量された。標準試料溶液として、シグマアルドリッチ社製のミリスチン酸ミリスチルの含有量が、3.0μg/mL、1.0μg/mL、0.3μg/mL、又は0.1μg/mLとなるようにヘキサンに溶解させた溶液を用いた。
【0056】
<実験例1>
ユーグレナとして、大阪府立大学の食品代謝栄養学研究室から分譲された、実験用のユーグレナ・グラシリスZ株を準備した。このユーグレナを培養するために、フラスコ内でKH培地(前述した表3参照)を調製した。フラスコの口部に綿栓を詰め、オートクレーブにより2気圧、121℃で15分間かけて加圧滅菌した。滅菌した培地をクリーンベンチ内に置き、培地が冷えてから、雑菌が混入しないように、培地に1.0×104cells以上かつ3.0×104cells以下程度のユーグレナ細胞が播種されるように、細胞の懸濁液を少量添加した。細胞の懸濁液を添加した時点を、培養開始とした。培養開始から、28℃以上かつ30℃以下に保たれた培養室内で、細胞を播種された培地を暗黒下で振とう機により80rpm程度で振とうし続けることにより、ユーグレナを2質量%の糖の存在下において好気的条件で培養した。なお、この条件で培養する場合、ユーグレナ細胞が定常期に達するには、6日間以上(144時間以上)の培養期間を要する。実験例1では、この条件での好気培養を培養開始から96時間(4日間)経過時に終えた。つまり、実験例1では、好気培養期間を、まだ定常期に至っていない対数増殖期の中期までに留めた。
【0057】
好気培養期間の終了後、直ちに培地を攪拌して少量を採取し、血球計算盤上に滴下し、液滴上にカバーガラスを貼り付けた。顕微鏡で観察し、血球計算盤上で縦1.0mm×横1.0mmの区画内にあるユーグレナ細胞数を数えた。NNを「1.0mm2あたりにある細胞数の平均値」とし、計算式「NC=NN×104」により、培地1.0mLあたりの細胞数NCを算出した。この計算式における「104」は、1.0mm2に対する容量の変換値である。実験例1で好気培養を終えた時点のKH培地において、ユーグレナ細胞数は5.37×106cells/mLであった。また、多数のフラスコを準備し、まだ定常期に至っていない対数増殖期の中期まで好気培養されたユーグレナ・グラシリスZ株を含有するKH培地を、好気培養期間の終了後に直ちに、各々のフラスコに50mLずつ分注した。分注された各々のフラスコにおけるユーグレナを、次に説明する、0時間群A、窒素処理群A、プロピオン酸群A、グリコール酸群A、グリオキシル酸群A、グリコール酸&プロピオン酸群A、および、グリオキシル酸&プロピオン酸群Aのうちいずれか1種類の群に分類した。
【0058】
0時間群Aでは、好気培養を終えると直ちに、前述した定量方法でユーグレナ細胞のパラミロン含有量とWE含有量とを定量した。窒素処理群Aでは、室温28℃以上かつ30℃以下に保たれた培養室内で、培地にWE発酵促進物質を添加することなく、培地に窒素ガスを供給してバブリングさせながら24時間にわたり静置後、同様にしてユーグレナ細胞のパラミロン含有量とWE含有量とを定量した。プロピオン酸群Aでは、培地でのプロピオン酸濃度が4.0mmol/Lとなるようにプロピオン酸を添加して培地を弱酸性にし、綿栓を介して通気させつつ前記培養室内で24時間にわたり静置後、同様にしてユーグレナ細胞のパラミロン含有量とWE含有量とを定量した。グリコール酸群Aでは、培地でのグリコール酸濃度が4.0mmol/Lとなるように培地にプロピオン酸を添加した他は、プロピオン酸群Aと同様にした。グリオキシル酸群Aでは、培地でのグリオキシル酸濃度が4.0mmol/Lとなるように培地にグリオキシル酸を添加した他は、プロピオン酸群Aと同様にした。グリコール酸&プロピオン酸群Aでは、培地でグリコール酸濃度が2.0mmol/Lとなりプロピオン酸濃度が2.0mmol/Lとなるように、グリコール酸とプロピオン酸とを培地に添加した他は、プロピオン酸群Aと同様にした。グリオキシル酸&プロピオン酸群Aでは、培地でグリオキシル酸濃度が2.0mmol/Lとなりプロピオン酸濃度が2.0mmol/Lとなるように、グリオキシル酸とプロピオン酸とを培地に添加した他は、プロピオン酸群Aと同様にした。パラミロン含有量の定量結果を
図4と次の表4とに示し、C
28含有量の定量結果を
図5と次の表4とに示す。
【0059】
【0060】
図4と表4とで示すように、プロピオン酸群Aでは、0時間群Aと比べてパラミロン含有量の減少は示されなかった。一方、プロピオン酸群Aと比べて、窒素処理群A,グリコール酸群A、及びグリオキシル酸群Aの各々では、パラミロン含有量が明らかに少なかった。窒素処理群A、グリコール酸群A、及びグリオキシル酸群Aの各々と比べて、それぞれ、グリコール酸&プロピオン酸群Aと、グリオキシル酸&プロピオン酸群Aとでは、パラミロン含有量が明らかに少なかった。
図5と表4とで示すように、0時間群Aと比べて、他の群ではC
28含有量が多かった。また、プロピオン酸群Aと比べて、窒素処理群A、グリコール酸群A、グリオキシル酸群A、グリコール酸&プロピオン酸群A、および、グリオキシル酸&プロピオン酸群Aの各々では、C
28含有量が多かった。
【0061】
図4と
図5と表4とに示した実験結果から、グリコール酸とグリオキシル酸との各々は、特許文献1で好適とされたプロピオン酸よりも、細胞内に含蓄されたパラミロンを代謝してミリスチン酸ミリスチルを産生するWE発酵を効率良く促進しやすい化合物であることが示唆された。また、WE発酵促進物質として、グリコール酸とプロピオン酸とが合計で4mmol/Lとなるように併用する場合や、グリオキシル酸とプロピオン酸とが合計で4mmol/Lとなるように併用する場合には、4mmol/Lのプロピオン酸のみを用いる場合と比べて、プロピオン酸の使用量を削減しつつもWE発酵を効率良く促進可能であることが示唆された。
【0062】
<実験例2>
ユーグレナ・グラシリスZ株を用いた実験例1と比べて、実験例2ではユーグレナとして、大阪府立大学の食品代謝栄養学研究室から分譲されたSM-ZK株を用いるように変更したことを除けば、その他は実験例1と同条件で実験を行った。実験例2で好気培養を終えた時点のKH培地において、ユーグレナ細胞数は7.05×10
6cells/mLであった。まだ定常期に至っていない対数増殖期の中期まで好気培養されたSM-ZK株を含有するKH培地を、好気培養期間の終了後に直ちに、各々のフラスコに50mLずつ分注した。前述した実験例1では0時間群A、窒素処理群A、プロピオン酸群A、グリコール酸群A、グリオキシル酸群A、グリコール酸&プロピオン酸群A、および、グリオキシル酸&プロピオン酸群Aの各々を調製したが、この順で実験例2では同様の操作により、0時間群B、窒素処理群B、プロピオン酸群B、グリコール酸群B、グリオキシル酸群B、グリコール酸&プロピオン酸群B、および、グリオキシル酸&プロピオン酸群Bの各々を調製した。実験例2で調製した各群について、パラミロン含有量の定量結果を
図6と次の表5とに示し、C
28含有量を
図7と次の表5とに示す。
【0063】
【0064】
図6と
図7と表5とに示すように、SM-ZK株を用いた実験例2では、ユーグレナ・グラシリスZ株を用いた実験例1と同様の実験結果が示された。このため、ユーグレナ・グラシリスZ株やSM-ZK株に限らず、グリコール酸とグリオキシル酸との各々は、プロピオン酸よりもWE発酵を効率良く促進しやすい化合物であろうと考えられる。
【0065】
<実験例3>
好気培養期間をまだ定常期に至っていない対数増殖期の中期までに留めた実験例1と比べて、実験例3では、定常期に達するまで好気培養を行うように変更したことを除けば、その他は実験例1と同条件で実験を行った。つまり、実験例3では、ユーグレナ・グラシリスZ株を、KH培地(糖の存在下)において好気的条件で培養開始から168時間(7日間)経過時まで培養した。実験例3で好気培養を終えた時点のKH培地において、ユーグレナ細胞数は2.04×10
7cells/mLであった。このため、実験例3では、定常期に達するまで好気培養したことにより、実験例1と比べてユーグレナ細胞数が約3.8倍となった。定常期に達するまで好気培養されたユーグレナ・グラシリスZ株を含有するKH培地を、好気培養期間の終了後に直ちに、各々のフラスコに50mLずつ分注した。前述した実験例1では0時間群A、窒素処理群A、プロピオン酸群A、グリコール酸群A、及びグリオキシル酸群Aの各々を調製したが、この順で実験例3では同様の操作により、0時間群C、窒素処理群C、プロピオン酸群C、グリコール酸群C、及びグリオキシル酸群Cの各々を調製した。実験例3で調製した各群について、パラミロン含有量の定量結果を
図8と次の表6とに示し、C
28含有量の定量結果を
図9と次の表6とに示す。
【0066】
【0067】
図9と表6とに示すように、定常期に達するまでKH培地(糖の存在下)において好気的条件で培養されたユーグレナ・グラシリスZ株でも、グリコール酸とグリオキシル酸との各々は、プロピオン酸よりもWE発酵を効率良く促進しやすい化合物であることが示唆された。表6(実験例3)と前述した表4(実験例1)とを比べると明らかなように、または、
図8(実験例3)と
図4(実験例1)とを比べると明らかなように、好気培養を対数増殖期の中期までに留めた実験例1での各群と比べて、好気培養を定常期に達するまで行った実験例3の各群では、フェノール硫酸法で定量したグルコース含有量(パラミロン含有量)が100倍前後多かった。このため、
図8(参考実験例)と
図4(実験例1)とでは、グラフ縦軸で数値の桁数が異なっている。このように、好気培養を対数増殖期の中期までに留める場合と比べて、好気培養を定常期に達するまで継続すると、個々のユーグレナ細胞内にパラミロンが多く含蓄されることが確認された。
【0068】
それにも関わらず、意外にも、表6(実験例3)と前述した表4(実験例1)とを比べると明らかなように、または
図9(実験例3)と
図5(実験例1)とを比べると明らかなように、好気培養を対数増殖期の中期までに留めた実験例1での各群と比べて、好気培養を定常期に達するまで行った実験例3の各群では、C
28含有量(ミリスチン酸ミリスチル含有量)が0.1倍前後であった。換言すれば、好気培養を定常期に達するまで行った実験例3の各群と、好気培養を対数増殖期の中期までに留めた実験例1との比較から、好気培養の期間を対数増殖期の中期までに留めた場合であっても、ユーグレナの体内におけるC
28含有量(ミリスチン酸ミリスチル含有量)は十分に高くなっていることが分かる。この結果から、グリコール酸とグリオキシル酸を与えた場合には、好気培養期間を短くした場合であってもWEを十分に高含有したユーグレナが得られることが分かった。
【0069】
従来どおりに定常期まで好気培養を行う場合と比べて、ユーグレナ1個体あたりのWE含有量が大きくなるメカニズムは、本願出願時に不明であるものの、次のように推察される。ユーグレナは、栄養条件に応じて細胞内の貯蔵物質を変化させることで、多様な栄養条件下で生育可能という特性を有する。この特性は、ユーグレナ細胞が晒されている環境に応じてその時々で生成可能な栄養素を細胞内に含蓄することによって、飢餓環境下でのユーグレナの生存力を保障する特性として、進化の過程で突然変異と自然選択(自然淘汰)との繰返しによりユーグレナ細胞に備わったものと考えられる。また、対数増殖期の途中にあるユーグレナ細胞では、細胞が盛んに分裂または増殖していることからすれば、細胞数の増加や細胞の生存に資する代謝経路は実質的に抑制されておらず、ユーグレナ細胞が本来に備えているWE発酵能が十分に発揮されやすいのであろうと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明によれば、従来よりも効率良くワックスエステル(WE)発酵を促進可能に改善された、WE高含有ユーグレナの生産方法および生産システム、並びに、WE又はバイオ燃料組成物の製造方法および製造システム、並びに、WE発酵促進剤を提供する。