(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-05
(45)【発行日】2023-07-13
(54)【発明の名称】フォトンアップコンバージョン材料
(51)【国際特許分類】
C09K 11/00 20060101AFI20230706BHJP
C09K 11/06 20060101ALI20230706BHJP
C08G 59/24 20060101ALI20230706BHJP
C07D 303/12 20060101ALI20230706BHJP
【FI】
C09K11/00 Z
C09K11/06 660
C08G59/24
C07D303/12 CSP
C09K11/06 690
(21)【出願番号】P 2019207129
(22)【出願日】2019-11-15
【審査請求日】2022-10-12
(73)【特許権者】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000003986
【氏名又は名称】日産化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001999
【氏名又は名称】弁理士法人はなぶさ特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】君塚 信夫
(72)【発明者】
【氏名】楊井 伸浩
(72)【発明者】
【氏名】細山田 将士
(72)【発明者】
【氏名】晴気 伶菜
(72)【発明者】
【氏名】菓子野 翼
【審査官】黒川 美陶
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-081829(JP,A)
【文献】特表2016-536449(JP,A)
【文献】特表2011-505479(JP,A)
【文献】特開2011-231024(JP,A)
【文献】特開2010-120853(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09K 11/
C07D
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
マトリクス樹脂、
光を吸収して励起三重項状態となり増感剤として機能するドナー化合物及び
前記ドナー化合物からの三重項エネルギー移動を受けて励起一重項状態となり発光体として機能するアクセプター化合物とを含む組成物であって、
前記マトリクス樹脂が多官能エポキシ化合物と硬化剤とを含み、
前記アクセプター化合物がイオン液体である、
フォトンアップコンバージョン発光体形成用組成物。
【請求項2】
前記マトリクス樹脂の硬化物が、300K超のガラス転移点を有する、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記アクセプター化合物が、
イミダゾリウム、イミダゾリニウム、ピリジニウム、ピラゾリウム、ピペリジニウム、ピロリジニウム、ホスホニウム、アンモニウム及びスルホニウムからなる群から選択される少なくとも一種のカチオン種、又は、
ハロゲン、カルボキシレート、サルフェート、スルホネート、チオシアネート、ニトレート、アルミネート、ボレート、ホスフェート、アミド、アンチモネート、イミド及びメチドからなる群から選択される少なくとも一種のアニオン種の何れか一方をイオン性部位として有する分子イオンと、
該イオン性部位に対して対となるアニオン種又はカチオン種を有するイオンとからなる、請求項1又は請求項2に記載の組成物。
【請求項4】
前記アクセプター化合物が、前記アニオン種の何れかをイオン性部位として有する分子イオンと、
炭素原子数1乃至50の、非置換の若しくは置換された、アルキル基、オキシアルキレン基、及びポリ(オキシアルキレン)基からなる群から選択される基を1以上有するカチオン種を有するイオンとからなる、請求項3に記載の組成物。
【請求項5】
前記マトリクス樹脂100質量部に対する、前記アクセプター化合物の配合量が10~500質量部であり、且つ、
前記ドナー化合物とアクセプター化合物のモル比率が1:100~1:100,000である、
請求項1乃至請求項4のうち何れか一項に記載の組成物。
【請求項6】
前記アクセプター化合物が、ナフタレン構造、アントラセン構造、テトラセン構造、ピレン構造、ペリレン構造、ビフェニル構造、ターフェニル構造、ペリレンジイミド構造、ナフタレンジイミド構造、又はBODIPY(ホウ素ジピロメタン)構造を含む化合物である、請求項1乃至請求項5のうち何れか一項に記載の組成物。
【請求項7】
前記ドナー化合物が、ポルフィリン構造、フタロシアニン構造、フラーレン構造、又は2-フェニルピリジナト構造を含む化合物である、請求項1乃至請求項6のうち何れか一項に記載の組成物。
【請求項8】
前記硬化剤が酸無水物である、請求項1乃至請求項7のうち何れか一項に記載の組成物。
【請求項9】
請求項1乃至請求項8のうち何れか一項に記載の組成物の硬化物からなる、フォトンアップコンバージョン発光体。
【請求項10】
光を照射することにより、その照射光よりも波長が短い光を放射する、請求項9に記載のフォトンアップコンバージョン発光体。
【請求項11】
請求項9又は請求項10に記載のフォトンアップコンバージョン発光体に光を照射し、当該照射光のエネルギーよりも高いエネルギー光を発生させる、フォトンアップコンバージョン方法。
【請求項12】
請求項1乃至請求項8のうち何れか一項に記載の組成物を100~120℃の温度で予備硬化し、そして120~200℃の温度で本硬化する工程を含む、フォトンアップコンバージョン発光体の製造方法。
【請求項13】
下記式[A]で表される多官能エポキシ化合物。
【化1】
(式中、E
1及びE
2は、それぞれ独立して、グリシジル基又は3,4-エポキシシクロヘキシルメチル基を表し、
R
1及びR
2は、それぞれ独立して、単結合、炭素原子数1乃至6のアルキレン基、炭素原子数1乃至6のオキシアルキレン基、又はポリ(オキシアルキレン)基を表し、
X
1及びX
2は、それぞれ独立して、-O-又は-NR
7-を表し(ここでR
7は、それぞれ独立して、水素原子又は炭素原子数1乃至5のアルキル基を表す。)、
p、q、r、sはそれぞれ環に結合するR
3、R
4、R
5、R
6の数を表し、それぞれ独立して0乃至4の整数を表し、
R
3、R
4、R
5、R
6は、それぞれ独立して、ハロゲン原子、炭素原子数1乃至5のアルキル基、炭素原子数1乃至5のアルコキシ基、炭素原子数2乃至6のアルキルカルボニル基、又は炭素原子数2乃至6のアルコキシカルボニル基を表す。)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はフォトンアップコンバージョン材料に関し、詳細には、フォトンアップコンバージョン技術による発光体及び該発光体形成用組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
フォトンアップコンバージョン(UC)とは、低エネルギー(長波長)の光を高エネルギー(短波長)光に変換する技術である。本技術を用いることにより、例えば近赤外光を可視光へ、また可視光を紫外光へ変換できることから、従来利用が進んでいない光をより有効に活用することが可能になる。このため、太陽光を始めとする光の利用効率を飛躍的に向上させる技術として注目されており、太陽電池の高効率化や近赤外光駆動型の光触媒開発などを始めとする様々な分野への応用が期待されている。
【0003】
近年、フォトンアップコンバージョンの機構の一つとして、太陽光などの比較的弱い励起光でもアップコンバージョン発光を観測できる三重項-三重項消滅(triplet-triplet annihilation;TTA)を経る機構が研究されている。
三重項-三重項消滅からなるフォトンアップコンバージョン(TTA-UC)は、ドナーとして機能する増感剤と、アクセプターとして機能する発光体を含む系からなる。まず長波長側の励起光を吸収して励起一重項状態となったドナー分子(S
D)が、系間交差(ISC)を経て励起三重項状態に遷移する(T
D)。この励起三重項状態となったドナー分子からアクセプター分子に三重項エネルギーが移動し(三重項-三重項エネルギー移動(TTET;triplet-triplet energy transfer))、アクセプター分子の三重項励起状態が生成する(T
A)。この三重項励起状態にあるアクセプター分子同士が拡散・衝突することによりTTAが生じると、衝突した2分子のうち1分子が三重項状態よりも高い励起一重項状態(S
A)となり、アップコンバージョン発光が生じる(以上、
図1参照)。
【0004】
TTA-UC技術の高効率化・実用化に向けた課題の一つに、残存酸素による失活がある。TTA-UCは、三重項励起分子が電子交換(デクスター)機構を介したエネルギー移動により発現するため、酸素が存在すると容易に失活し、量子収率が低下する。そのため、空気中の酸素の影響を如何にして防ぐかがひとつの課題となっている。
また別の課題として、分子拡散を如何に実現するかがある。エネルギー移動には分子間衝突が必要であるため、ドナー・アクセプター分子の容易な拡散と衝突を促進させるため、これまで低粘度の揮発性溶媒中での評価がなされてきた。しかし上述したように厳密な脱酸素条件が必要であることや、太陽電池などへの実製品への展開にあたり揮発性溶媒の使用は事実上困難となっている。
【0005】
残存酸素の影響や揮発性溶媒の使用を回避するべく、エチレンオキシド・エピクロルヒドリン共重合体やポリウレタンなどの柔らかいポリマーマトリクス内にドナー分子とアクセプター分子を分散させた固体材料が提案されている(非特許文献1~非特許文献3等)。
また、還元能を有する構造を組み込み、系中の酸素濃度を下げる方法も提案されている(非特許文献4、非特許文献5等)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Castellano et al., J. Am. Chem. Soc., 129, 12652 (2007)
【文献】Castellano et al., Chem. Mater., 24, 2250 (2012)
【文献】A. Monguzzi et al., Advanced Energy Materials, 3, 680 (2013)
【文献】F. Li et. al., J. Am. Chem. Soc., 135, 5029 (2013)
【文献】F. Marsico et al., J. Am. Chem. Soc., 136, 12652 (2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし上述のポリマーマトリクスを使用した場合、酸素の拡散の低下は防げるものの、ドナー・アクセプター分子の拡散係数も低下して量子収率が低下するとともに、経時的にドナー・アクセプター分子の凝集や相分離が起こる懸念がある。
また還元能を利用する方法にあっても、長期安定性に欠ける懸念がある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、以下の構成を備えるフォトンアップコンバージョン発光体形成用組成物により、発光効率の高い新規なアップコンバージョン発光体を得られることを見出した。
【0009】
すなわち本発明は、第1観点として、マトリクス樹脂、光を吸収して励起三重項状態となり増感剤として機能するドナー化合物及び前記ドナー化合物からの三重項エネルギー移動を受けて励起一重項状態となり発光体として機能するアクセプター化合物とを含む組成物であって、前記マトリクス樹脂が多官能エポキシ化合物と硬化剤とを含み、前記アクセプター化合物がイオン液体である、フォトンアップコンバージョン発光体形成用組成物に関する。
第2観点として、前記マトリクス樹脂の硬化物が、300K超のガラス転移点を有する、第1観点に記載の組成物に関する。
第3観点として、前記アクセプター化合物が、イミダゾリウム、イミダゾリニウム、ピリジニウム、ピラゾリウム、ピペリジニウム、ピロリジニウム、ホスホニウム、アンモニウム及びスルホニウムからなる群から選択される少なくとも一種のカチオン種、又は、ハロゲン、カルボキシレート、サルフェート、スルホネート、チオシアネート、ニトレート、アルミネート、ボレート、ホスフェート、アミド、アンチモネート、イミド及びメチドからなる群から選択される少なくとも一種のアニオン種の何れか一方をイオン性部位として有する分子イオンと、該イオン性部位に対して対となるアニオン種又はカチオン種を有するイオンとからなる、第1観点又は第2観点に記載の組成物に関する。
第4観点として、前記アクセプター化合物が、前記アニオン種の何れかをイオン性部位として有する分子イオンと、炭素原子数1乃至50の、非置換の若しくは置換された、アルキル基、オキシアルキレン基、及びポリ(オキシアルキレン)基からなる群から選択される基を1以上有するカチオン種を有するイオンとからなる、第3観点に記載の組成物に関する。
第5観点として、前記マトリクス樹脂100質量部に対する、前記アクセプター化合物の配合量が10~500質量部であり、且つ、前記ドナー化合物とアクセプター化合物のモル比率が1:100~1:100,000である、第1観点乃至第4観点のうち何れか一項に記載の組成物に関する。
第6観点として、前記アクセプター化合物が、ナフタレン構造、アントラセン構造、テトラセン構造、ピレン構造、ペリレン構造、ビフェニル構造、ターフェニル構造、ペリレンジイミド構造、ナフタレンジイミド構造、又はBODIPY(ホウ素ジピロメタン)構造を含む化合物である、第1観点乃至第5観点のうち何れか一項に記載の組成物に関する。
第7観点として、前記ドナー化合物が、ポルフィリン構造、フタロシアニン構造、フラーレン構造、又は2-フェニルピリジナト構造を含む化合物である、第1観点乃至第6観点のうち何れか一項に記載の組成物に関する。
第8観点として、前記硬化剤が酸無水物である、第1観点乃至第7観点のうち何れか一項に記載の組成物に関する。
第9観点として、第1観点乃至第8観点のうち何れか一項に記載の組成物の硬化物からなる、フォトンアップコンバージョン発光体に関する。
第10観点として、光を照射することにより、その照射光よりも波長が短い光を放射する、第9観点に記載のフォトンアップコンバージョン発光体に関する。
第11観点として、第9観点又は第10観点に記載のフォトンアップコンバージョン発光体に光を照射し、当該照射光のエネルギーよりも高いエネルギー光を発生させる、フォトンアップコンバージョン方法に関する。
第12観点として、第1観点乃至第8観点のうち何れか一項に記載の組成物を100~120℃の温度で予備硬化し、そして120~200℃の温度で本硬化する工程を含む、フォトンアップコンバージョン発光体の製造方法に関する。
第13観点として、下記式[A]で表される多官能エポキシ化合物に関する。
【化1】
(式中、E
1及びE
2は、それぞれ独立して、グリシジル基又は3,4-エポキシシクロヘキシルメチル基を表し、R
1及びR
2は、それぞれ独立して、単結合、炭素原子数1乃至6のアルキレン基、炭素原子数1乃至6のオキシアルキレン基、又はポリ(オキシアルキレン)基を表し、X
1及びX
2は、それぞれ独立して、-O-又は-NR
7-を表し(ここでR
7は、それぞれ独立して、水素原子又は炭素原子数1乃至5のアルキル基を表す。)、p、q、r、sはそれぞれ環に結合するR
3、R
4、R
5、R
6の数を表し、それぞれ独立して0乃至4の整数を表し、R
3、R
4、R
5、R
6は、それぞれ独立して、ハロゲン原子、炭素原子数1乃至5のアルキル基、炭素原子数1乃至5のアルコキシ基、炭素原子数2乃至6のアルキルカルボニル基、又は炭素原子数2乃至6のアルコキシカルボニル基を表す。)
【発明の効果】
【0010】
本発明のフォトンアップコンバージョン発光体形成用組成物は、熱又は光硬化により簡単にフィルム等の成形体の作成が可能であり、発光効率が高く、保存安定性に優れるアップコンバージョン発光体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、三重項-三重項消滅(TTA)を利用したアップコンバージョン発光を説明する図であり、S
Dはドナー分子の励起一重項状態、T
Dはドナー分子の励起三重項状態、T
Aはアクセプター分子の三重項励起状態、S
Aはアクセプター分子の励起一重項状態をそれぞれ示す。
【
図2】
図2は、レーザー強度(励起強度)に対する量子効率QYの値を示す図である((a)実施例1、(b)比較例1、(c)比較例2、各サンプルの厚さ0.05mm)。
【
図3】
図3は、実施例1乃至実施例5のサンプル(厚さ0.05mm)の量子効率QYを示す図である。
【
図4】
図4は、実施例1のサンプル(厚さ1mm)における発光スペクトル((a)保管前(硬化物製造直後)、(b)2週間保管後)を示す図である。
【
図5】
図5は、実施例1のサンプル(厚さ1mm)におけるレーザー強度(励起強度)に対する量子効率QYの値((a)保管前(硬化物製造直後)、(b)2週間保管後)を示す図である。
【
図6】
図6は、比較例3のサンプル(厚さ1mm)における発光スペクトル((a)保管前(硬化物製造直後)、(b)2週間保管後)を示す図である。
【
図7】
図7は、比較例3のサンプル(厚さ1mm)におけるレーザー強度(励起強度)に対する量子効率QYの値を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
前述の残存酸素の問題やドナー・アクセプター分子の拡散の確保といった課題は、TTA-UCの発現が分子の拡散による衝突に依るものであるところが大きい。
この課題に対し、本発明者らは、分子拡散ではなく、近年提唱され始めた励起エネルギーの拡散を利用する方法、すなわち三重項励起分子間のエネルギーマイグレーション(Energy Migration)を利用したアップコンバージョンを利用した発光材料の検討を進めた。エネルギーマイグレーションは、結晶などにおいて密集した同一の色素(発色団)上を励起エネルギーが移動する現象であり、分子拡散を必要とせず、残存酸素の問題も解決できる利点がある。ただしエネルギーマイグレーションの有効範囲は1nmオーダー以下のレベルとされるため、系内でアクセプター分子が高濃度に、且つドナー分子とともに均一な分散状態を保つことが、本現象を高効率のアップコンバージョンに利用するためのカギとなる。しかし均一な分散状態にある結晶体の報告はわずかであり、またポリマーをマトリクスとして採用した系では、アクセプター分子を高濃度で分散させることができず、しかも殆どの場合においてドナー・アクセプター分子の凝集や相分離などが生じるなどの課題が残るものであった。
本発明者らはアクセプター分子を高濃度・均一に分散させ、且つ、酸素の拡散を抑制する、すなわち分子運動が凍結する“堅い”材料として自立膜を作製できる材料を検討した。そして、ドナー・アクセプター分子のマトリクスとして、エポキシモノマーと硬化剤からなるエポキシ樹脂を採用した。そして該マトリクスにアクセプター分子を高濃度に分散させるべく、これを液状化することを検討し、その方法としてアクセプター分子をイオン液体化させたところ、上記マトリクスに対して高濃度に分散できることを見出した。
以下、本発明について詳述する。
【0013】
[フォトンアップコンバージョン発光体形成用組成物]
本発明のフォトンアップコンバージョン発光体形成用組成物は、マトリクス樹脂、ドナー化合物及びアクセプター化合物とを含み、ここで前記マトリクス樹脂が多官能エポキシ化合物と硬化剤とを含み、前記アクセプター化合物がイオン液体であることを特徴とする。
【0014】
[アクセプター化合物]
前述した三重項-三重項消滅からなるフォトンアップコンバージョン(TTA-UC)の機構に示すように、本機構におけるアクセプター化合物とは、後述するドナー化合物のドナー部位からエネルギーを受容して三重項励起状態を形成し得るアクセプター部位を有する化合物をいう。本発明にあっては、当該アクセプター化合物を、ドナー化合物からの三重項エネルギー移動を受けて励起一重項状態となり発光体として機能する化合物と定義する。
本発明で使用するアクセプター化合物は、三重項励起状態をとるアクセプター部位同士で、三重項-三重項消滅(TTA)により励起一重項状態を形成し得るもの、そして後述するようにイオン液体であれば、その構造は特に制限されない。
なお、以降の本明細書において、当該アクセプター化合物を「液状アクセプター化合物」とも称する。
【0015】
前記アクセプター部位の具体例として、芳香環を含むアクセプター部位を挙げることができ、例えば、縮合芳香族環や2以上の芳香族環が集合した環集合芳香族環を含むアクセ
プター部位を挙げることができる。より具体的には、ナフタレン構造、アントラセン構造、テトラセン構造、ピレン構造、ペリレン構造、ビフェニル構造、ターフェニル構造、ペリレンジイミド構造、ナフタレンジイミド構造、BODIPY(ホウ素ジピロメテン;4,4-ジフルオロ-4-ボラ-3a,4a-ジアザ-s-インダセン)構造を含むアクセプター部位を好ましく採用することができる。なお前記アクセプター部位における「部位」とは原子団を意味する。
以下にアクセプター部位として好ましく採用することができる構造の具体例を挙げるが、下記の具体例によって本発明が限定的に解釈されることはない。
【0016】
【0017】
前記「アクセプター化合物がイオン液体である」とは、アクセプター化合物が、カチオン種又はアニオン種の何れか一方をイオン性部位として有する分子イオンと、そして対となるアニオン種又はカチオン種を有するイオンとからなることを意味する。
本発明においてアクセプター化合物がイオン液体であることにより、該アクセプター化合物が液状を呈し、マトリクス樹脂やドナー化合物に対する分散性を相互に優れたものとすることができる。これにより、組成物中のアクセプター化合物の高濃度な均一分散を実
現することができる。
【0018】
前記「イオン液体」としては、一般に「イオン液体」として既知のものを使用でき、例えばイミダゾリウム、イミダゾリニウム、ピリジニウム、ピラゾリウム、ピペリジニウム、ピロリジニウム、ホスホニウム、アンモニウム及びスルホニウムからなる群から選択されるカチオン種と、ハロゲン、カルボキシレート、サルフェート、スルホネート、チオシアネート、ニトレート、アルミネート、ボレート、ホスフェート、アミド、アンチモネート、イミド及びメチドからなる群から選択されるアニオン種との組み合わせが挙げられる。すなわち本発明のアクセプター化合物がイオン液体である態様とは、これらカチオン種又はアニオン種の何れか一方が、前記アクセプター部位又はアクセプター部位を有する分子に連結し分子イオンとなり、対となるアニオン種又はカチオン種を有するイオンがイオン性相互作用にて結合した態様を挙げることができる。
【0019】
このような態様の一例として、前記アニオン種の何れかをイオン性部位として有する分子イオンと、炭素原子数1乃至50の、非置換の若しくは置換された、アルキル基、オキシアルキレン基、ポリ(オキシアルキレン)基からなる群から選択される基を1以上有するカチオン種を有するイオンがイオン性液体を形成してなるアクセプター化合物を挙げることができる。
前記アルキル基、オキシアルキレン基、ポリ(オキシアルキレン)基のそれぞれにおいて、炭素原子数は1乃至40、1乃至30、1乃至20とすることができる。また前記アルキル基、オキシアルキレン基、ポリ(オキシアルキレン)基は分岐状、直鎖状の何れであってもよい。
【0020】
前記アクセプター化合物の一例として、9,10-ジフェニルアントラセンにスルホネートアニオン(-SO3
-)を連結し、これとテトラアルキルホスホニウムカチオン(PR4
+)と組み合わせたイオン液体が挙げられる。
また9,10-ジメトキシアントラセン-2-スルホン酸ナトリウムや、9-カルボキシアントラセンに、テトラアルキルホスホニウムヒドロキシドや、テトラアルキルアンモニウムヒドロキシドなどを組み合わせて、イオン液体化させたアクセプター化合物を挙げることができる。
【0021】
なお本発明において、アクセプター化合物としては液状のものを使用するが、本発明の効果を損なわない範囲において、液状以外、例えば固体(粉体等)のアクセプター化合物を使用してもよい。なおこの場合には、前記アクセプター部位はアクセプター化合物の一部であり得、またアクセプター化合物全体がアクセプター部位となり得る。
【0022】
[ドナー化合物]
ドナー化合物は、アクセプター化合物のアクセプター部位にエネルギーを供給して、アクセプター部位に三重項励起状態を形成し得るドナー部位を有するものであれば、その構造は特に制限されない。本発明にあっては、当該ドナー化合物を、光を吸収して励起三重項状態となり増感剤として機能する化合物と定義する。
なお前記ドナー部位における「部位」とは原子団を意味し、当該「ドナー部位」はドナー化合物の一部であってもよいし、ドナー化合物全体が「ドナー部位」であってもよい。
【0023】
前記ドナー部位の具体例として、例えば金属原子を有するドナー部位を挙げることができ、その金属原子としてPt、Pd、Zn、Ru、Re、Ir、Os、Cu、Ni、Co、Cd、Au、Ag、Sn、Sb、Pb、P、Asを挙げることができる。また、ドナー部位は、ポルフィリン構造、フタロシアニン構造、フラーレン構造、2-フェニルピリジナト構造を含むものであることが好ましいが、これら以外の構造を有するドナー部位も採用し得る。
以下においてドナー部位として好ましく採用することができる構造の具体例を挙げるが、下記の具体例によって本発明が限定的に解釈されることはない。
【0024】
【0025】
【0026】
【0027】
【0028】
【0029】
[マトリクス樹脂]
本発明で用いるマトリクス樹脂は、多官能エポキシ化合物と硬化剤とを含むいわゆるエポキシ系マトリクス樹脂である。
本発明にあっては、フォトンアップコンバージョン発光体の使用(発光)環境において
、例えば該発光体がフィルム形態である場合、該フィルムが自立性を有する堅いフィルムであること、例えばマトリクス樹脂の硬化物が300K超のガラス転移点、また例えば350K以上のガラス転移点を有することが好ましい。本明細書においてガラス転移点は示唆走査熱量測定によって得られる温度をいう。なお、前述の液状アクセプター化合物及びドナー化合物を配合した硬化物(後述する発光体)は、マトリクス樹脂のみの硬化物に比べ、ガラス転移点が低くなり得るが、アクセプター・ドナー化合物を含む硬化物(発光体)の態様においても、そのガラス転移点が300K超であることが好ましい。
本発明ではマトリクス樹脂として、その硬化物のガラス転移点が高いものを採用することにより、硬化物中の各成分、特にドナー化合物やアクセプター化合物の移動を停止させ、長期時間経過後に起こり得る各化合物同士の凝集や相分離を抑制することができるとともに、系内への酸素の侵入や酸素の移動や拡散を抑制することができる。そしてそれにより、発光体形成後に長期間保管した後においても、フォトンアップコンバージョン発光を可能とし、また保管前の量子収率と同等の性能を維持することができる。
【0030】
<多官能エポキシ化合物>
前記マトリクス樹脂に含まれる多官能エポキシ化合物は、一般に分子内に少なくとも2個のエポキシ基を有するエポキシ化合物であれば、特に限定されることなく、市販品を含め種々の化合物を使用可能である。
【0031】
前記多官能エポキシ化合物としては、例えば、1,2,7,8-ジエポキシオクタン、1,4-ブタンジオールジグリシジルエーテル、1,6-へキサンジオールジグリシジルエーテル、1,6-ジメチロールパーフルオロヘキサンジグリシジルエーテル、(ポリ)エチレングリコールジグリシジルエーテル、(ポリ)プロピレングリコールジグリシジルエーテル、ネオペンチルグリコールジグリシジルエーテル、グリセロールトリグリシジルエーテル、ジグリセロールポリグリシジルエーテル、トリメチロールエタントリグリシジルエーテル、トリメチロールプロパントリグリシジルエーテル、ペンタエリスリトールジグリシジルエーテル、ペンタエリスリトールテトラグリシジルエーテル、ペンタエリスリトールポリグリシジルエーテル、ソルビトールポリグリシジルエーテル、1,4-シクロヘキサンジメタノールジグリシジルエーテル、2,6-ジグリシジルフェニル=グリシジル=エーテル、レゾルシノールジグリシジルエーテル、ビス(2,7-ジグリシジルオキシナフタレン-1-イル)メタン、1,1,2,2-テトラキス(4-グリシジルオキシフェニル)エタン、1,1,3-トリス(4-グリシジルオキシフェニル)プロパン、ビスフェノールAジグリシジルエーテル、ビスフェノールFジグリシジルエーテル、ビスフェノールSジグリシジルエーテル、テトラブロモビスフェノールAジグリシジルエーテル、水素化ビスフェノールAジグリシジルエーテル、ビスフェノールヘキサフルオロアセトンジグリシジルエーテル、ビス(2,3-エポキシシクロペンチル)エーテル、1,2-ビス(3,4-エポキシシクロヘキシルメトキシ)エタン、エチレングリコールビス(3,4-エポキシシクロヘキサンカルボキシレート)、3,4-エポキシシクロヘキサンカルボン酸(3,4-エポキシシクロヘキシル)メチル、4,5-エポキシ-2-メチルシクロヘキサンカルボン酸(4,5-エポキシ-2-メチルシクロヘキシル)メチル、アジピン酸ビス(3,4-エポキシシクロヘキシルメチル)、1,2-エポキシ-4-(エポキシエチル)シクロヘキサン、4-(スピロ[3,4-エポキシシクロヘキサン-1,5’-[1,3]ジオキサン]-2’-イル)-1,2-エポキシシクロヘキサン、アジピン酸ジグリシジル、フタル酸ジグリシジル、テトラヒドロフタル酸ジグリシジル、1,2-シクロヘキサンジカルボン酸ジグリシジル、トリグリシジルイソシアヌレート、トリス(3,4-エポキシブチル)イソシアヌレート、トリス(4,5-エポキシペンチル)イソシアヌレート、トリス(5,6-エポキシヘキシル)イソシアヌレート、トリス(6,7-エポキシヘプチル)イソシアヌレート、トリス(7,8-エポキシオクチル)イソシアヌレート、トリス(8,9-エポキシノニル)イソシアヌレート、トリス(2-グリシジルオキシエチル)イソシアヌレート、モノアリルジグリシジルイソシアヌレート、N,
N’-ジグリシジルN’’-(2,3-ジプロピオニルオキシプロピル)イソシアヌレート、1,3,5-トリス(2-(2,2-ビス(グリシジルオキシメチル)ブトキシカルボニル)エチル)イソシアヌレート、トリス(2,2-ビス(グリシジルオキシメチル)ブチル)3,3’,3’’-(2,4,6-トリオキソ-1,3,5-トリアジン-1,3,5-トリイル)トリプロパノエート、N,N-ジグリシジル-4-グリシジルオキシアニリン、N,N,N’,N’-テトラグリシジル-m-キシリレンジアミン、1,3-ビス(N,N-ジグリシジルアミノメチル)シクロヘキサン、4,4’-メチレンビス(N,N-ジグリシジルアニリン)、2-(4,4-ジメチルペンタン-2-イル)-5,7,7-トリメチルオクタン酸2,2-ビス(グリシジルオキシメチル)ブチル、フェノールノボラック型エポキシ樹脂、クレゾールノボラック型エポキシ樹脂、ナフタレンノボラック型エポキシ樹脂、アントラセンノボラック型エポキシ樹脂、ビフェニレンノボラック型エポキシ樹脂、キシリレンノボラック型エポキシ樹脂、トリフェノールメタンノボラック型エポキシ樹脂、テトラキスフェノールノボラック型エポキシ樹脂、ジシクロペンタジエンノボラック型エポキシ樹脂等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0032】
また上記多官能エポキシ化合物の市販品としては、例えば、TEPIC(登録商標)-G、同S、同SS、同SP、同L、同HP、同VL、同FL、同PAS B22、同PAS B26、同PAS B26L、同UC、FOLDI(登録商標)-E201[何れも日産化学(株)製]、jER(登録商標)828、同807、同YX8000、同157S70[何れも三菱ケミカル(株)製]、リカレジン(登録商標)DME100[新日本理化(株)製]、セロキサイド2021P[(株)ダイセル製]、EPICLON(登録商標)HP-4700、同HP-4710、同HP-7200L[何れもDIC(株)製]、AVライト(登録商標)TEP-G[旭有機材(株)製]等が挙げられる。
【0033】
また本発明において、下記式[A]で表される、分子内に前記アクセプター部位であるアントラセン構造を有する多官能エポキシ化合物を用いることができ、当該多官能エポキシ化合物も本発明の対象である。下記式[A]で表される多官能エポキシ化合物は、マトリクス樹脂として機能するとともに、アクセプター部位としても機能し得るため、当該化合物を含む組成物におけるアクセプター部位の存在量が増大することとなり、該組成物から得られる発光体において、フォトンアップコンバージョン発光の量子効率を向上させることができる。
【化8】
上記式中、E
1及びE
2は、それぞれ独立して、グリシジル基又は3,4-エポキシシクロヘキシルメチル基を表す。
R
1及びR
2は、それぞれ独立して、単結合、炭素原子数1乃至6のアルキレン基、炭素原子数1乃至6のオキシアルキレン基、又はポリ(オキシアルキレン)基を表す。
X
1及びX
2は、それぞれ独立して、-O-又は-NR
7-を表し、ここでR
7は、それぞれ独立して、水素原子又は炭素原子数1乃至5のアルキル基を表す。
p、q、r、sはそれぞれ環に結合するR
3、R
4、R
5、R
6の数を表し、それぞれ独立して0乃至4の整数を表す。
R
3、R
4、R
5、R
6は、それぞれ独立して、ハロゲン原子、炭素原子数1乃至5の
アルキル基、炭素原子数1乃至5のアルコキシ基、炭素原子数2乃至6のアルキルカルボニル基、又は炭素原子数2乃至6のアルコキシカルボニル基を表す。
【0034】
前記式[A]中、炭素原子数1乃至6のアルキレン基としては、メチレン基、エチレン基、トリメチレン基、1-メチルエチレン基、テトラメチレン基、1-メチルトリメチレン基、1,1-ジメチルエチレン基、ペンタメチレン基、2,2-ジメチルトリメチレン基、1,1-ジメチルトリメチレン基、1-メチルテトラメチレン基、2-メチルテトラメチレン基、1,2-ジメチルトリメチレン基、1-エチルトリメチレン基、ヘキサメチレン基、1-メチルペンタメチレン基、2-メチルペンタメチレン基、3-メチルペンタメチレン基、1,1-ジメチルテトラメチレン基、1,2-ジメチルテトラメチレン基、2,2-ジメチルテトラメチレン基、1-エチルテトラメチレン基、1,1,2-トリメチルトリメチレン基、1,2,2-トリメチルトリメチレン基、1-エチル-2-メチルトリメチレン基、1-エチル-1-メチルトリメチレン基等が挙げられる。
また、オキシアルキレン基としては、オキシ基[-O-]に前述の炭素原子数1乃至6のアルキレン基が結合した基を挙げることができる。
炭素原子数1乃至5のアルキル基としては、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、シクロプロピル基、n-ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基、シクロブチル基、1-メチルシクロプロピル基、2-メチルシクロプロピル基、n-ペンチル基、1-メチルブチル基、2-メチルブチル基、3-メチルブチル基、1,1-ジメチルプロピル基、1,2-ジメチルプロピル基、2,2-ジメチルプロピル基、1-エチルプロピル基、シクロペンチル基、1-メチルシクロブチル基、2-メチルシクロブチル基、3-メチルシクロブチル基、1,2-ジメチルシクロプロピル基、2,3-ジメチルシクロプロピル基、1-エチルシクロプロピル基、2-エチルシクロプロピル基、n-ヘキシル基、1-メチルペンチル基、2-メチルペンチル基、3-メチルペンチル基、4-メチルペンチル基、1,1-ジメチルブチル基、1,2-ジメチルブチル基、1,3-ジメチルブチル基、2,2-ジメチルブチル基、2,3-ジメチルブチル基、3,3-ジメチルブチル基、1-エチルブチル基、2-エチルブチル基、1,1,2-トリメチルプロピル基、1,2,2-トリメチルプロピル基、1-エチル-1-メチルプロピル基、1-エチル-2-メチルプロピル基等が挙げられる。
炭素原子数1乃至5のアルコキシ基としては、メトキシ基、エトキシ基、n-プロポキシ基、イソプロポキシ基、n-ブトキシ基、イソブトキシ基、sec-ブトキシ基、tert-ブトキシ基、n-ペンチルオキシ基、1-メチルブトキシ基、2-メチルブトキシ基、3-メチルブトキシ基、1,1-ジメチルプロポキシ基、1,2-ジメチルプロポキシ基、2,2-ジメチルプロポキシ基、1-エチルプロポキシ基等が挙げられる。
また炭素原子数2乃至6のアルキルカルボニル基は、カルボニル基[-C(=O)-]に前述の炭素原子数1乃至5のアルキル基が結合した基を、炭素原子数2乃至6のアルコキシカルボニル基は、カルボニル基に前述の炭素原子数1乃至5のアルコキシ基が結合した基を、それぞれ挙げることができる。
【0035】
これら多官能エポキシ化合物は、単独で又は二種以上の混合物にて使用することが出来る。
【0036】
<硬化剤>
前記硬化剤としては特に限定されることはないが、例えば酸無水物、アミン、フェノール樹脂、ポリアミド樹脂、イミダゾール類、ポリメルカプタン、又はこれらの混合物を用いることができる。これらの中でも、加熱のみで反応が進行し、且つ、ドナー・アクセプター化合物に影響を与えない酸無水物を好ましく用いることができる。
硬化剤は、前記多官能エポキシ化合物における、エポキシ基1当量に対して0.5~1.5当量、例えば0.8~1.2当量の割合で含有することができる。多官能エポキシ化合物に対する硬化剤の当量は、エポキシ基に対する硬化剤の硬化性基の当量比で示される
。硬化剤の当量を上記範囲とすることで、硬化物として十分な強度を得ることができる。
【0037】
酸無水物としては一分子中に複数のカルボキシ基を有する化合物の無水物が好ましい。これらの酸無水物としては、例えば、無水フタル酸、テトラヒドロ無水フタル酸、ヘキサヒドロ無水フタル酸、メチルテトラヒドロ無水フタル酸、メチルヘキサヒドロ無水フタル酸、ノルボルナ-5-エン-2,3-ジカルボン酸無水物(無水ナジック酸、無水ハイミック酸)、メチルノルボルナ-5-エン-2,3-ジカルボン酸無水物(無水メチルナジック酸、無水メチルハイミック酸)、水素化メチルナジック酸無水物、メチルブテニルテトラヒドロ無水フタル酸、無水トリメリット酸、無水ピロメリット酸、無水ベンゾフェノンテトラカルボン酸、エチレングリコールビストリメリテート、グリセロールトリストリメリテート、無水マレイン酸、無水コハク酸、ドデセニル無水コハク酸、クロレンド酸無水物等が挙げられる。
これらの中でも常温、常圧で液状であるメチルテトラヒドロ無水フタル酸、メチルヘキサヒドロ無水フタル酸、メチルノルボルナ-5-エン-2,3-ジカルボン酸無水物、水素化メチルナジック酸無水物、メチルブテニルテトラヒドロ無水フタル酸、ドデセニル無水コハク酸、メチルヘキサヒドロ無水フタル酸とヘキサヒドロ無水フタル酸との混合物が好ましい。これら液状の酸無水物は粘度が25℃での測定で10~1,000mPa・s程度である。酸無水物基において、1つの酸無水物基は1当量として計算される。
【0038】
その他、硬化剤におけるアミンとしては、例えば、ピペリジン、N,N-ジメチルピペラジン、トリエチレンジアミン、2,4,6-トリス(ジメチルアミノメチル)フェノール、ベンジルジメチルアミン、2-(ジメチルアミノメチル)フェノール、ジエチレントリアミン、トリエチレンテトラミン、テトラエチレンペンタミン、ジエチルアミノプロピルアミン、N-アミノエチルピペラジン、ジ(1-メチル-2-アミノシクロヘキシル)メタン、メンタンジアミン、イソホロンジアミン、ジアミノジシクロヘキシルメタン、1,3-ビス(アミノメチル)シクロヘキサン、キシレンジアミン、メタフェニレンジアミン、ジアミノジフェニルメタン、ジアミノジフェニルスルホン等が挙げられる。これらの中でも、液状であるジエチレントリアミン、トリエチレンテトラミン、テトラエチレンペンタミン、ジエチルアミノプロピルアミン、N-アミノエチルピペラジン、ビス(1-メチル-2-アミノシクロヘキシル)メタン、メンタンジアミン、イソホロンジアミン、ジアミノジシクロヘキシルメタン等を好ましく用いることができる。
フェノール樹脂としては、例えば、フェノールノボラック樹脂、クレゾールノボラック樹脂等が挙げられる。
ポリアミド樹脂は、ダイマー酸とポリアミンの縮合により生成するもので、分子中に一級アミンと二級アミンを有するポリアミドアミンである。
イミダゾール類としては、例えば、2-メチルイミダゾール、2-エチル-4-メチルイミダゾール、1-シアノエチル-2-ウンデシルイミダゾリウムトリメリテート、エポキシイミダゾールアダクト等が挙げられる。
ポリメルカプタンは、例えば、ポリプロピレングリコール鎖の末端にメルカプタン基が存在するものや、ポリエチレングリコール鎖の末端にメルカプタン基が存在するものであり、液状のものが好ましい。
【0039】
<硬化促進剤>
また、前記マトリクス樹脂には、適宜、硬化促進剤が併用されてもよい。
硬化促進剤としては、特に限定されないが、例えばトリフェニルホスフィン、トリブチルホスフィン等の有機リン化合物;エチルトリフェニルホスホニウムブロミド、テトラブチルホスホニウムO,O-ジエチルホスホロジチオエート等の第4級ホスホニウム塩;1,8-ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデカ-7-エン、1,8-ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデカ-7-エンとオクチル酸との塩、オクチル酸亜鉛、テトラブチルアンモニウムブロミド等の第4級アンモニウム塩などが挙げられる。また前述の硬化剤として
挙げた2-メチルイミダゾール、2-エチル-4-メチルイミダゾール等のイミダゾール類や、2,4,6-トリス(ジメチルアミノメチル)フェノール、ベンジルジメチルアミン等のアミン類も他の種類の硬化剤に対する硬化促進剤として用いることができる。
これらの硬化促進剤は、通常、多官能エポキシ化合物と硬化剤の合計質量100質量部に対して、例えば0.001~5質量部、又は0.001~1質量部、又は0.05~1質量部、又は0.05~0.3質量部の範囲で使用可能である。
【0040】
<酸発生剤>
また、前記マトリクス樹脂には、適宜、酸発生剤が併用されてもよい。
酸発生剤としては、光酸発生剤又は熱酸発生剤を用いることができ、これらは、光照射又は加熱により直接又は間接的に酸(ルイス酸あるいはブレンステッド酸)を生成するものであれば特に限定されない。なお、一部、前記硬化促進剤として挙げた化合物を酸発生剤として分類することもある。
【0041】
光酸発生剤の具体例としては、ヨードニウム塩、スルホニウム塩、ホスホニウム塩、セレニウム塩等のオニウム塩、メタロセン錯体化合物、鉄アレーン錯体化合物、ジスルホン系化合物、スルホン酸誘導体化合物、トリアジン系化合物、アセトフェノン誘導体化合物、ジアゾメタン系化合物、などを挙げることができる。
【0042】
上記オニウム塩のうち、ヨードニウム塩としては、例えば、ジフェニルヨードニウム、4,4’-ジクロロジフェニルヨードニウム、4,4’-ジメトキシジフェニルヨードニウム、4,4’-ジ-tert-ブチルジフェニルヨードニウム、4-メチルフェニル(4-(2-メチルプロピル)フェニル)ヨードニウム、3,3’-ジニトロフェニルヨードニウム、4-(1-エトキシカルボニルエトキシ)フェニル(2,4,6-トリメチルフェニル)ヨードニウム、4-メトキシフェニル(フェニル)ヨードニウム等のヨードニウムの、クロリド、ブロミド、メシレート、トシレート、トリフルオロメタンスルホネート、テトラフルオロボレート、テトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレート、ヘキサフルオロホスフェート、ヘキサフルオロアルセネート、ヘキサフルオロアンチモネートなどのジアリールヨードニウム塩が挙げられる。
【0043】
上記スルホニウム塩としては、例えば、トリフェニルスルホニウム、ジフェニル(4-tert-ブチルフェニル)スルホニウム、トリス(4-tert-ブチルフェニル)スルホニウム、ジフェニル(4-メトキシフェニル)スルホニウム、トリス(4-メチルフェニル)スルホニウム、トリス(4-メトキシフェニル)スルホニウム、トリス(4-エトキシフェニル)スルホニウム、ジフェニル(4-(フェニルチオ)フェニル)スルホニウム、トリス(4-(フェニルチオ)フェニル)スルホニウム等のスルホニウムの、クロリド、ブロミド、トリフルオロメタンスルホネート、テトラフルオロボレート、ヘキサフルオロホスフェート、ヘキサフルオロアルセネート、ヘキサフルオロアンチモネートなどのトリアリールスルホニウム塩が挙げられる。
【0044】
上記ホスホニウム塩としては、例えば、テトラフェニルホスホニウム、エチルトリフェニルホスホニウム、テトラ(p-メトキシフェニル)ホスホニウム、エチルトリ(p-メトキシフェニル)ホスホニウム、ベンジルトリフェニルホスホニウム等のホスホニウムの、クロリド、ブロミド、テトラフルオロボレート、ヘキサフルオロホスフェート、ヘキサフルオロアンチモネートなどのアリールホスホニウム塩が挙げられる。
【0045】
上記セレニウム塩としては、トリフェニルセレニウムヘキサフルオロホスフェートなどのトリアリールセレニウム塩が挙げられる。
【0046】
上記鉄アレーン錯体化合物としては、例えば、ビス(η5-シクロペンタジエニル)(
η6-イソプロピルベンゼン)鉄(II)ヘキサフルオロホスフェート等が挙げられる。
【0047】
これらの光酸発生剤は単独で、又は二種以上を組み合わせて用いることができる。
【0048】
熱酸発生剤としては、スルホニウム塩及びホスホニウム塩が挙げられ、これらの例示化合物としては、上述の光酸発生剤において各種オニウム塩の例示として挙げた化合物を挙げることができる。また、ベンジル(4-ヒドロキシフェニル)(メチル)スルホニウムヘキサフルオロアンチモネート等も用いることができる。
これらの熱酸発生剤は単独で、又は二種以上を組み合わせて用いることができる。
【0049】
酸発生剤は、通常、多官能エポキシ化合物と硬化剤の合計質量100質量部に対して、例えば、0.1~20質量部、又は0.1~10質量部、又は0.5~10質量部の割合で使用可能である。
【0050】
[フォトンアップコンバージョン発光体形成用組成物]
本発明のフォトンアップコンバージョン発光体形成用組成物は、前記マトリクス樹脂(多官能エポキシ化合物、硬化剤、所望により硬化触媒)、液状アクセプター化合物、及びドナー化合物を含む。当該組成物は、上記成分を適宜配合し、均一になるまで撹拌混合すればよい。
【0051】
当該組成物において、前記マトリクス樹脂と液状アクセプター化合物の配合割合は、例えば、前記マトリクス樹脂100質量部に対して、前記液状アクセプター化合物の配合量を10~500質量部とすることができる。
また、マトリクス樹脂1モルに対して、例えば液状アクセプター化合物の配合量を、例えば0.1~5.5モルとすることができる。
マトリクス樹脂と液状アクセプター化合物の配合量を上記範囲とすることにより、当該組成物を硬化処理に付した際、液状化することなく十分に硬化が進行し、該組成物より得られる硬化物が十分な強度(硬度)を有することができる。なおこうした観点より、マトリクス樹脂と液状アクセプター化合物の配合量は、それぞれ選択した樹脂・分子の構造等によって適宜最適化され得る。
【0052】
また当該組成物において、前記ドナー化合物とアクセプター化合物のモル比率は、モル比率で、例えばドナー化合物:アクセプター化合物=1:100~1:100,000とすることができる。
【0053】
上記組成物は、本発明の効果を損なわない範囲において、その他成分を含むことができる。
その他の成分としては、例えば、界面活性剤、密着促進剤、増粘剤、増感剤、消泡剤、レベリング剤、塗布性改良剤、潤滑剤、安定剤(酸化防止剤、熱安定剤、耐光安定剤など)、可塑剤、溶解促進剤、充填材(シリカなど)、帯電防止剤、着色剤(色素、顔料)などが挙げられる。またマトリクス樹脂の粘度調整や硬化性の向上を目的として、本発明の効果を損なわない範囲で、硬化性モノマー(例えばカチオン硬化性モノマーとして、ビニル基含有化合物、オキセタニル基含有化合物等)を用いてもよい。
これらその他の成分は単独で又は二種以上組み合わせてもよい。
【0054】
本発明のフォトンアップコンバージョン発光体形成用組成物は、これをキャスティング法、ポッティング法、ディスペンサー法、印刷法等により、基材に塗布、もしくは離型剤を塗布した注型板に注ぎ込んで、100~120℃の温度で予備硬化し、そして120~200℃の温度で本硬化(後硬化)することにより、例えばフィルム状や板状の硬化物(成形体)を得ることができる。加熱時間は、1~12時間、例えば予備硬化及び本硬化と
もにそれぞれ2~5時間程度である。
また光酸発生剤を用いる場合の照射又は露光する光としては、例えば、ガンマー線、X線、紫外線、可視光線などが挙げられる。光の波長は、例えば、150~800nm、好ましくは150~600nm、さらに好ましくは200~400nm、特に300~400nm程度である。この場合の露光量は、塗膜の厚みにより異なるが、例えば、2~20,000mJ/cm2、好ましくは5~5,000mJ/cm2程度とすることができる。光源としては、露光する光線の種類に応じて選択でき、例えば、紫外線の場合は低圧水銀ランプ、高圧水銀ランプ、超高圧水銀ランプ、重水素ランプ、ハロゲンランプ、レーザー光(ヘリウム-カドミウムレーザー、エキシマレーザーなど)、UV-LEDなどを用いることができる。
また熱酸発生剤を用いる場合や、光酸発生剤を用い光照射後に必要により行われる塗膜の加熱は、例えば、室温(およそ23℃)~250℃程度で行われる。加熱時間は、3秒以上(例えば、3秒~5時間程度)の範囲から選択でき、例えば、5秒~2時間程度である。
【0055】
本発明のフォトンアップコンバージョン発光体形成用組成物から例えばフィルム形態の発光体を得る場合、その厚みは、その用途に応じて、例えば1μm~50mm程度の範囲から選択できる。
【0056】
[フォトンアップコンバージョン発光体及びフォトンアップコンバージョン方法]
上述の本発明のフォトンアップコンバージョン発光体形成用組成物から形成された、該組成物の硬化物であるフォトンアップコンバージョン発光体は、励起光を照射したときに、励起光よりもエネルギーが高い光(照射光よりも波長の短い光)を放射する機能を有する。すなわち、当該フォトンアップコンバージョン発光体は、フォトンアップコンバーターとしての機能を有するものであり、当該発光体も本発明の対象である。
また本発明は、前記フォトンアップコンバージョン発光体を使用してフォトンアップコンバージョンを達成するための方法を提供する。本発明の方法では、前記フォトンアップコンバージョン発光体に光を照射し、当該照射光のエネルギーよりも高いエネルギーの光を発生させる。
【0057】
ここでフォトンアップコンバージョン発光体から放射される光は、本発明の該フォトンアップコンバージョン発光体の使用態様によって、外部から観測できる場合と、外部から観測できない場合がある。外部から観測できる場合としては、例えば可視光や紫外光といった光が外部に放射される場合を挙げることができる。外部から観測できない場合としては、例えばフォトンアップコンバージョン発光体から放射された光がフォトンアップコンバージョン発光体の近傍に存在するエネルギー吸収材料に吸収される場合を挙げることができる。このようなエネルギー吸収材料を除去すれば、本発明のフォトンアップコンバージョン発光体から放射された光を観測することができる。
【0058】
本発明のフォトンアップコンバージョン発光体から放射される光は、励起光の波長よりも短い光である。ここで、該発光体の励起光の波長は、該発光体中のドナー化合物が吸収する光の波長に対応し、また、該発光体から放射される光の波長は、該発光体中のアクセプター化合物が発する波長に対応する。
励起光から放射光への波長シフトの程度は特に制限されないが、ドナー・アクセプター化合物の選択により、例えば20nm以上、50nm以上、80nm以上にすることが可能であり、例えば200nm以下、150nm以下、110nm以下にすることができる。
【0059】
該発光体への励起光(照射光)として、近赤外光(およそ800~2,500nm)や可視光(およそ400~800nm)が挙げられ、励起源(照射源)は、太陽光、LED
、Xeランプ、レーザーなどが挙げられ、特に限定されるものではない。また、励起(照射)時間は特に限定されるものではなく任意である。
また該発光体から放射される光の波長は特に制限されず、例えば可視光(青色など)、紫外光(およそ250~400nm)とすることができる。
【0060】
本発明のフォトンアップコンバージョン発光体から放射される光は、例えば通常の蛍光であっても、遅延蛍光であってもよい。遅延蛍光は、通常の蛍光よりも寿命が長い蛍光であり、例えば50ns(ナノ秒)以上の寿命を有する蛍光を遅延蛍光と規定することができる。
また本発明のフォトンアップコンバージョン発光体は、強度が弱い励起光を照射したときであっても、励起光よりも波長が短い光を放射することができる。励起光の強度が例えば100mW/cm2以下、10mW/cm2以下、5mW/cm2以下、2mW/cm2以下の励起光であっても発光することができる。
【実施例】
【0061】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
【0062】
なお、実施例において、試料の調製及び物性の分析に用いた装置及び条件は、以下のとおりである。
(1)1H NMR測定
装置:核磁気共鳴装置 Ascend(商標)500、Bruker社
内部標準:テトラメチルシラン(TMS)
(2)インフュージョンESI-MS測定
装置:Triple TOF 5600+、SCIEX社
(3)元素分析
装置:有機微量元素分析装置 JM10、(株)ジェイ・サイエンス・ラボ
(4)LC-MS
装置:質量分析計 Triple TOF 5600、SCIEX社
(5)恒温器
装置:送風定温恒湿器 DNF-400、ヤマト科学(株)
(6)アップコンバージョン発光スペクトル測定
装置:マルチチャンネル分光器 MCPD-7000、大塚電子(株)
励起源:半導体レーザー(532nm、0.5mW/cm2~20W/cm2)
(7)紫外可視吸収スペクトル測定
装置:紫外可視近赤外分光光度計 UV-3600、(株)島津製作所
(8)DSC(示差走査熱量測定)
装置:DSC204 F1 Phoenix(登録商標)、NETZSCH社
(9)レーザービーム面積測定
装置:CCDビームプロファイラー SP620、Ophir Optronics社
レーザービーム面積:9.7×10-4cm2
【0063】
また、実施例等で使用した化合物は以下のとおりである。
・エポキシ化合物:YX-8000、水素化ビスフェノールA-グリシジルエーテル、三菱ケミカル(株)
・硬化剤:MH-700、4-メチルヘキサヒドロフタル酸無水物/ヘキサヒドロフタル酸無水物混合物、新日本理化(株)
・硬化促進剤:PX-4ET、テトラブチルホスホニウムO,O-ジエチルホスホロジチオエート、日本化学工業(株)、
・アクセプター化合物:DPA、9,10-ジフェニルアントラセン(>98%)、融点
245-248℃(白色粉体)、東京化成工業(株)、
・ドナー化合物:PtOEP、白金オクタエチルポルフィリン(>98%)、Aldrich社
・ヘキサメチレンジイソシアネート:東京化成工業(株)
・ポリカプロラクトントリオール:プラクセル305、(株)ダイセル
・トリメチルシリルクロロスルホネート(>99%)、Aldrich社
・トリヘキシル(テトラデシル)ホスホニウムクロリド(>95%)、関東化学(株)
・ジクロロメタン(低水分試薬)、関東化学(株)
【0064】
[合成例1:液状アクセプター化合物 ILDPAの製造]
【化9】
【0065】
1)9,10-ジフェニルアントラセン-2-スルホネートの製造:
9,10-ジフェニルアントラセン(20.0g、60.5mmol)を乾燥させたジクロロメタン300mLに溶解した。ここにトリメチルシリルスルホニルクロリド(12.6g、66.6mmol)を加え、混合物を室温(およそ23℃)で2時間撹拌した。GC及びTLCにて出発物質が完全に消失したことを確認した後、エタノール20mLを混合物に加え、室温で1時間撹拌して、未反応のトリメチルシリルスルホニルクロリドをクエンチした。反応溶媒を蒸発させ、残渣にエタノール200mLを加え、分散させた。5NのNaOHaq60mLを撹拌しながら加えた。沈殿物をろ過し、蒸留水でスラリーを洗浄し、NaClを除去した。沈殿物をメタノールで再結晶化させ、9,10-ジフェニルアントラセン-2-スルホネートを得た(20.4g、47.2mmol、78%)1H NMR(500MHz,CH3OH):δ(ppm)=7.35-7.37(m,2H)、7.43-7.46(t,4H)、7.55-7.71(m,10H)、8.26(s,1H)
【0066】
2)ILDPAの製造:
9,10-ジフェニルアントラセン-2-スルホネート(10.0g、23.1mmol)及びトリヘキシル(テトラデシル)ホスホニウムクロリド(11.9g、22.9mmol)をメタノール200mLに溶解した。室温で30分間撹拌後、減圧下でメタノールを除去した。残渣にジクロロメタンを加え、蒸留水で3回洗浄した。有機層をMgSO4で乾燥し、圧力を開放して、ILDPA(19.2g、21.5mmol、94%)を得た。
1H NMR(500MHz、CH3OH):δ(ppm)=0.87-0.93(m,12H)、1.27-1.55(m,48H)、2.14-2.20(m,8H)、7.35-7.43(m,2H)、7.43-7.46(t,4H)、7.57-7.69(m,10H)、8.25(s,1H)
元素分析:C58H86O3PS+0.2H2O
計算値:C,77.67;H,9.60;N,0.00
実測値:C,77.37;H,9.83;N,0.03
インフュージョンESI-MS:
ネガティブ:409.09(DPA-SO3
-)
ポジティブ:483.502((C6H13)3(C14H29)P+)
【0067】
[合成例2:多官能エポキシ化合物 Epo-DPAの製造]
【化10】
【0068】
1)9,10-(4-メトキシカルボニルフェニル)アントラセン(Cal-DPA)の製造:
9,10-ジブロモアントラセン(DBA、24.87g、74.0mmol)、4-メトキシカルボニルフェニルボロン酸(31.59g、162.8mmol)、炭酸セシウム(Cs2CO3、53.9g、162.8mmol)及び[1,3-ビス(2,6-ジイソプロピルフェニル)イミダゾール-2-イリデン](3-クロロピリジル)パラジウム(II)二塩化物(PEPSSI(登録商標)Ipr、0.5g、0.74mmol、1mol%)を、1,4-ジオキサン1,000mL及び純水80mL中に入れ、窒素下にて105℃で6時間撹拌し、TLC及びGCにて出発物質が完全に消失したことを確認した。混合物を室温に冷却した後、混合物を撹拌しながらここに純水500mLを加えた。沈殿物を濾過し、水で洗浄した。沈殿物をクロロホルム(CHCl3)にて3回抽出操作を行った。減圧下で溶媒を除去し、残渣をアセトニトリルで再沈殿し、Cal-DPAを得た(17.8g、62.3mmol)。
1H NMR(500MHz,CDCl3):δ(ppm)=4.02(s,6H),7.35(dd,4H),7.57(d,4H),7.62(dd,4H),8.29(d,4H)
【0069】
2)9,10-(4-カルボキシフェニル)アントラセン(COOH-DPA)の製造:
水酸化カリウム(31.4g、560mmol)を純水80mLに溶解した。この溶液をジオキサン400mLに加え、Cal-DPA(25.0g、56.0mmol)を加えた。混合物を還流させながら105℃にて6時間撹拌し、TLC及びGCにてCal-DPAが完全に消失したことを確認した。その後、溶媒を減圧下で除去し、純水200mLを残渣に加えた。混合物を室温で2時間撹拌した。6NのHClを懸濁液に加え、pH値を2に調整した。沈殿物を濾過し、水で洗浄して、COOH-DPAを得た(22.96g、54.9mmol、98%)。
1H NMR(500MHz,DMSO-d6):δ(ppm)=7.45(dd,4H),7.56(dd,4H),7.62(d,4H),8.22(d,4H),13.1(s,2H)
【0070】
3)エチレングリコールモノエポキシエーテル(Epo-OH)の製造:
エチレングリコールモノアリルエーテル(20.4g、200mmol)及びm-クロロ過安息香酸(m-CPBA、70%、59.2g、240mmol)をジクロロメタン300mLに溶解した。反応混合物を室温で6時間撹拌し、TLC及びGCにて出発物質が完全に消失したことを確認した。その後、溶媒を減圧下で除去した。反応させたm-CPBA沈殿物を濾過し、濾液をフラッシュカラムクロマトグラフィー(溶離液:酢酸エチル)で精製し、Epo-OHを得た(17.7g、150mmol、60%)。
1H NMR(500MHz,CDCl3):δ(ppm)=2.1(t,1H),2.65(dd,1H),2.82(t,1H),3.12(m,1H),3.46(dd,1H),3.61(m,1H),3.66(m,1H),3.75(q,2H),3.8
3(dd,1H)
【0071】
4)9,10-(4-エチレングリコールモノエポキシエーテル)アントラセン(Epo-DPA)の製造:
丸底フラスコに、COOH-DPA(10.5g、25mmol)、Epo-OH(7.1g、60mmol)及びトリメチルアミン(15.2g、150mmol)を投入し、ジクロロメタン20mLを加えて溶解した。別のフラスコに、1-(3-ジメチルアミノプロピル)-3-エチルカルボジイミド塩酸塩(WSCD HCl、11.5g,60mmol)及び1-ヒドロキシベンゾトリアゾール(HPBt、8.1g、60mmol)を100mLのジクロロメタンに溶解した。アイスバス中にて、これを前述の溶液に撹拌しながら加えた。その後、混合物を室温で1日撹拌した。5質量%のNaHCO3、蒸留水、及び塩水で洗浄した。有機層をMgSO4で乾燥し、減圧下で除去した。残渣をフレッシュカラムクロマトグラフィー(溶離液:ジクロロメタン/酢酸エチル=90/10(v/v))で精製し、純Epo-DPAを得た(8.8g、13.1mmol、52.5%)。
1H NMR(500MHz,CDCl3):δ(ppm)=2.67(dd,2H),2.84(t,2H),3.23(m,2H),3.53(dd,2H),3.91(m,4H),3.95(m,2H),4.59(m,4H),7.35(dd,4H),7.58(d,4H),7.63(dd,4H),8.32(d,4H)
元素分析:C38H34O8
計算値 C,73.77;H,5.54;O,20.69;N,0.00
実測値 C,73.49;H,5.54;O,20.82;N,0.01
LC-MS;C38H34O8
計算値 618.23
実測値 619.22(M+H)
【0072】
[実施例1、比較例1及び比較例2]
表1に示す量にて、マトリクス樹脂(エポキシ化合物、硬化剤、硬化促進剤)、及び、ドナー化合物、アクセプター化合物を均一になるまで撹拌混合し、各組成物を調製した。
離型処理ガラスの離型処理面上にシリコンスペーサ(スペーサ厚さ:0.2mm)にて所定形状(幅2mm×長さ20mm)のスペースを設け、該スペースを前記組成物で満たした。別の離型処理ガラスを、離型処理面が前記スペーサ及び組成物に接するように載せ、2枚の離型処理ガラスにて、前記シリコンスペーサの厚みを有する前記組成物を挟み込むように固定した。これを恒温器に入れ、100℃で2時間加熱後、その後1時間かけて150℃に昇温し、150℃にて5時間加熱後、8時間かけて30℃に降温した。離型処理ガラスとスペーサを外し、硬化物を得た。得られた硬化物サンプルはいずれも自立性を有していた。
【0073】
[発光量子収率の評価]
得られた硬化物の光学特性について、発光量子収率の評価を行った。
製造直後の各硬化物の厚さを0.05mmに調整してサンプルとした。なおこの厚さでも硬化物は自立性を有していた。これを空気下にてレーザー出力を調節(532nm、0.5~2,200mW/cm
2(実施例1)、12.4~44,000mW/cm
2(比較例1及び2))しながらサンプルに照射し、発光スペクトルを記録した。
アップコンバージョン量子収率Φ
UCは、次の式に従い、標準フィルム(PtOEPをナイルレッドに置き換えてこれを分散させたフィルム)に対して、相対法で算出した。
【化11】
Φ:量子収率
A:532nmにおける吸光度
I:発光スペクトルの積分値
η:フィルムの屈折率
各符号における“UC”はアップコンバージョン発光フィルム、“std”は標準フィルムを示す。
【0074】
なお、2分子三重項-三重項アップコンバージョンプロセスでは、2光子を1光子に変換する過程であるため、1光子あたりの量子収率のΦUCの最大値は50%となる。多くの報告において、このΦUC値に2を掛けて最大量子収率を100%に設定していることから、本実施例においても、最大収率が100%に正規化された場合のアップコンバージョン量子収率Φ’UC(=2ΦUC)にて評価する。
【0075】
レーザー強度(励起強度)に対する量子効率QY(Φ’
UC、100%maxに正規化)の値を
図2((a)実施例1、(b)比較例1、(c)比較例2)に示す。
【0076】
図2に示すように、実施例1のサンプルでは量子効率QYが4.0%に達し、一方、比較例1のサンプルでは0.105%、比較例2のサンプルでは0.103%にとどまった。
【0077】
【0078】
[実施例2乃至実施例5]
実施例2乃至実施例5の組成物として、実施例1で使用したエポキシ化合物(水素化ビスフェノールA-グリシジルエーテル)を、アクセプター部位を有する多官能エポキシ化合物Epo-DPAに置き換えた組成物を調製した。実施例1と同様の手順にて、表2に示す量にて各成分を混合し、組成物を調製して硬化物を得、製造直後の硬化物の発光スペクトルを測定し、発光量子収率の評価を行った。なお、何れの硬化物サンプルにおいても、自立性を有していた。
各サンプルの量子効率QY(Φ’
UC、100%maxに正規化)を
図3に示す。
【0079】
図3に示すように、アクセプター部位を有する多官能エポキシ化合物Epo-DPAの使用割合が増加するに従い、量子収率も増加する傾向がみられた。
【0080】
【0081】
[比較例3]
マトリクス樹脂として表3に示すようにウレタン樹脂を採用し比較例3の組成物を調製した。得られた比較例3の組成物より、実施例1と同様の手順にて、ただし厚さが1mmの硬化物を作製した。なお該硬化物サンプルは柔らかく自立せず、マトリクス樹脂としてエポキシ化合物を使用した実施例1乃至実施例5のサンプルとは異なり、自立膜とはならなかった。
【0082】
【0083】
[発光スペクトルの測定及び発光量子収率の評価(保存安定性評価)]
比較例3にて得られた硬化物を、室温(およそ23℃)、湿度60%で2週間静置保管し、保管前(硬化物製造直後)と保管後において、励起光を0.5mW/cm
2から1,770mW/cm
2に強度を変えて照射したときの発光スペクトルを測定した。また、保管前後のサンプルのぞれぞれについて、実施例1の手順と同様に532nmの励起光を0.5mW/cm
2から1,770mW/cm
2に強度を変えて照射したときの発光スペクトルの測定を行い、発光量子収率の評価を行った。
また実施例1についても厚さ1mmの硬化物を作製し(自立性あり)、室温(およそ23℃)、湿度60%で2週間静置保管し、保管前(硬化物製造直後)と保管後のサンプルそれぞれについて、発光スペクトルの測定及び発光量子収率の評価を行った。
図4に実施例1のサンプル(厚さ1mm)における発光スペクトル((a)保管前(硬化物製造直後)、(b)2週間保管後)、
図5に実施例1のサンプル(厚さ1mm)におけるレーザー強度(励起強度)に対する量子効率QY(Φ’
UC、100%maxに正規化)の値((a)保管前(硬化物製造直後)、(b)2週間保管後)をそれぞれ示す。
また
図6に比較例3のサンプル(厚さ1mm)における発光スペクトル((a)保管前(硬化物製造直後)、(b)2週間保管後)、
図7に比較例3のサンプル(厚さ1mm)におけるレーザー強度(励起強度)に対する量子効率QY(Φ’
UC、100%maxに正規化)の値をそれぞれ示す。
【0084】
図4及び
図5に示すように、実施例1の硬化物サンプルは、2週間保管後においても440nm付近にアップコンバージョン発光に由来するスペクトルがみられ(
図4)、また量子収率も同等の値を維持することが確認された(
図5)。
一方、
図6及び
図7に示すように、比較例3の硬化物サンプルは、保管前には440nm付近にアップコンバージョン発光に由来するスペクトルがみられ(
図6(a))、量子収率も5.5%と高い値が得られたものの(
図7(a))、2週間保管後には、440nm付近のスペクトルはほぼ消失し、ドナー化合物であるPtOEPの凝集に伴う800nm付近のスペクトルが観察され(
図6(b))、また、量子収率の値も不正確な結果となり、保存安定性に欠ける結果となった。
【0085】
【0086】
[硬化物のDSC測定結果]
前述の実施例1、実施例5、比較例1、比較例2及び比較例3の硬化物について、示差走査熱量測定を行い、ガラス転移点Tgを得た。
また、前述の実施例1で使用したマトリクス樹脂(エポキシ樹脂)と、比較例3で使用したマトリクス樹脂(ウレタン樹脂)(何れもドナー・アクセプター化合物を含有せず)について、実施例1と同様の手順にて硬化物を作製し、該硬化物についてもガラス転移点を測定した。得られた結果を表5に示す。
表5に示すように、エポキシ樹脂マトリクス(実施例1)は300Kを超えるガラス転移点を有し、一方、ウレタン樹脂マトリクス(比較例3)は260Kとなった。
そして、マトリクス樹脂としてエポキシ樹脂を用いた実施例1、実施例5、比較例1、比較例2の硬化物(ドナー・アクセプター化合物含む)は300Kを超えるガラス転移点を有していたが、マトリクス樹脂としてウレタン樹脂を採用した比較例3の硬化物(同)のガラス転移点は244Kとなった。
【0087】
【産業上の利用可能性】
【0088】
本発明によれば、フォトンアップコンバージョン技術の利用により低いエネルギーの光を高いエネルギーの光に変換することができ、これまで不可能とされていた弱い光の利用を可能にすることができる。このため、本発明は様々な分野で応用しうるものであり、例えば、人工光合成や太陽電池、光触媒分野、さらにバイオイメージング技術など、これらの効率を飛躍的に向上させることが期待される。