(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-05
(45)【発行日】2023-07-13
(54)【発明の名称】金ペースト及び金ペーストの製造方法
(51)【国際特許分類】
H01B 1/22 20060101AFI20230706BHJP
B22F 9/00 20060101ALI20230706BHJP
B22F 1/16 20220101ALI20230706BHJP
B22F 1/05 20220101ALI20230706BHJP
B22F 1/00 20220101ALI20230706BHJP
H01B 1/00 20060101ALI20230706BHJP
【FI】
H01B1/22 A
B22F9/00 B
B22F1/16
B22F1/05
B22F1/00 K
H01B1/00 E
(21)【出願番号】P 2022189474
(22)【出願日】2022-11-28
【審査請求日】2023-04-17
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】509352945
【氏名又は名称】田中貴金属工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000268
【氏名又は名称】オリジネイト弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】中村 紀章
(72)【発明者】
【氏名】小川 晃平
(72)【発明者】
【氏名】村井 博
(72)【発明者】
【氏名】牧田 勇一
(72)【発明者】
【氏名】小泉 輝明
【審査官】北嶋 賢二
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-218055(JP,A)
【文献】特開2007-69270(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B 1/22
B22F 9/00
B22F 1/16
B22F 1/05
B22F 1/00
H01B 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金粉末と有機溶剤とからなる金ペーストにおいて、
前記金粉末は、純度99.9質量%以上であり、平均粒径0.1μm以上0.4μm以下であり、
前記金粉末の少なくとも一部が、Cl、Br、I、Sのいずれかの元素又は前記元素のいずれかを含むイオン、若しくは前記元素のいずれかを含む官能基の少なくともいずれかを有する被覆剤により被覆されており、
前記金ペースト1g中の前記被覆剤由来の前記元素の濃度に基づいて算出される前記元素の総断面積S
Cと、前記金粉末の比表面積S
Auとの比(S
C/S
Au)として定められる被覆率が33%以上100%以下であることを特徴とする金ペースト。
【請求項2】
前記被覆剤は、少なくともClを含む請求項1記載の金ペースト。
【請求項3】
前記被覆剤は、Cl及びチオール基を含む請求項1記載の金ペースト。
【請求項4】
金粉末の含有率が金ペーストの全体質量基準で80質量%以上98質量%以下である請求項1又は請求項2記載の金ペースト。
【請求項5】
請求項1又は請求項2記載の金ペーストの製造方法であって、
純度99.9質量%以上であり、平均粒径0.1μm以上0.4μm以下の金粉末を製造する工程と、
前記金粉末に、Cl、Br、I、Sのいずれかの元素又は前記元素のいずれかを含むイオン、若しくは前記元素のいずれかを含む官能基を有する化合物を含む有機系溶液を接触させることで、前記金粉末を被覆剤で被覆する被覆処理工程と、
前記被覆処理工程後の前記金粉末と有機溶剤とを混合する工程と
を含む金ペーストの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体デバイス、半導体素子等のエレクトロニクス分野における電極・配線形成、接合、封止等の用途に好適な金ペーストに関する。特に、塗布後の乾燥状態における加工性に優れると共に、その後の焼成によって好適な電気的特性を発揮することができる金ペースト及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電気・電子部品、半導体デバイス、半導体素子、パワーデバイス、MEMS等の各種用途の電極(バンプ)や配線の形成、接合、封止においては、かつてはろう材・半田が広く用いられてきたが、近年から金属ペースト(金属スラリー)の利用が拡大している。本願出願人は、前記の各種用途に好適に使用される金属ペーストとして、高純度(99.9質量%以上)の金(Au)からなりサブミクロンオーダー(1μm以下)の金粉末を有機溶剤に混合した金ペーストを提案している(例えば、特許文献1、2)。
【0003】
金属ペーストによる電極・配線の形成や接合材の形成においては、金属ペーストを基板等の被コーティング部材に塗布し、乾燥した後に金属粉末以外の成分を揮発させる必要がある。本願出願人による前述の金ペーストは、基本的に金粉末と有機溶剤のみで構成されていることから、比較的容易に有機溶剤等を揮発除去できる。また、この金ペーストの金粉末は、高純度且つ微細な金粒子であり、低温(350℃以下)で焼結して緻密な焼結体を形成することができる。低温プロセスが推奨される半導体素子、デバイス製造においては、このような低温焼結性は有利である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第5613253号明細書
【文献】特開2021-025091号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
金ペーストにより所望パターンの電極・配線や所望形状の接合材を形成する際には、基材をメタルマスクやレジスト等でマスキングして金ペーストを塗布する。そして、乾燥工程で金ペーストの有機溶剤を揮発除去した後、マスキング上の余剰の金粉末をスキージ等で除去している。余剰部分の除去を乾燥後に行うのは、塗布直後に粘性・流動性があるペーストが塗布された状態でスキージすると、マスクパターン孔に充填されたペーストの表面に荒れが生じるからである。
【0006】
しかし、本発明者等の検討によれば、従来の金ペーストは、乾燥工程後の金粉末の乾燥体の強度が高くなり過ぎ、余剰の金粉末の除去が困難となることがある。具体的には、マスキング表面上又は基材表面上への乾燥粉末の残留が生じる場合や、マスクパターン孔内の金粉末まで抉り取られる場合がある。この点に関し、上記のような金ペーストを乾燥後の金粉末乾燥体の加工性についての検討例は少ない。従来の金ペーストは、低温加熱での焼結性やペースト状態での金粉末の分散性・安定性を課題としたものが主であり、中間工程である乾燥工程での作業性に配慮したものはなかった。
【0007】
もっとも、従来の金ペーストの開発の方向性には何ら問題はない。低温焼結性は、金ペーストが利用される電子・半導体デバイスの製造プロセスで重要な特性である。また、金ペーストの分散性・安定性も精密なパターン形成に必要な特性である。従って、乾燥体の金ペーストの加工性を向上させるとしても、低温焼結性等の従来技術が有するメリットを損なうことは好ましいものではない。
【0008】
本発明は、以上のような背景のもとになされたものであり、上記本願出願人による金ペーストを基本としつつ、これらが有する低温焼結性等のメリットは維持しながら、塗布後の乾燥状態における加工性が向上された金ペーストと、この金ペーストの製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の従来技術が明らかにしているように、金ペーストの低温焼結性は、金粉末の粒径の微細化に依るところである。そして、低温焼結性が良好で焼結温度が低い金ペーストは、乾燥工程でも強度の高い乾燥体となる。本発明者等の検討結果からも、乾燥体の強度を抑制し加工性が良い金ペーストにするには、金粉末の平均粒径を大きくすれば良いことが確認されている。つまり、金ペーストの低温焼結性と乾燥後の乾燥体の加工性との関係はトレードオフの関係にある。これに加えて、本発明者等による検討では、金粉末の平均粒径が大きい場合、焼結後の焼結体は体積抵抗が高くなる傾向がある。
【0010】
従って、上記の課題解決においては、金粉末の平均粒径は従来技術の範囲内とすることを前提事項としなければならず、その上で乾燥状態においてのみ金粉末の結合力が低くなる金ペーストの構成を検討する必要がある。この方針のもと、本発明者等は鋭意検討を行った結果、金粉末を塩素等の元素・イオン又は所定の官能基で被覆し、それらを乾燥段階での金粉末の結合の障壁にして乾燥体の強度を調節する手法を見出した。
【0011】
もっとも、金ペースト中の塩素等の存在に関しては、それ自体は公知な事項である。特許文献2及びその先行技術が明らかにしているように、従来の金ペーストにおいては、湿式還元法で製造された金粉末に由来した塩素が含まれている。湿式還元法は、金塩(金化合物)の溶液に還元剤を添加して金粒子を析出させる方法であり、その原料となる金塩として塩化物(塩化金酸塩等)が使用されることが多い。そして、この原料由来の塩素が金粉末に同伴して金ペースト中に含まれることとなる。特許文献2を始めとする従来技術では、金ペースト中の塩素が焼成後も焼結体に残留していると腐食性を有する酸性溶液を生成するとし、金粉末製造の段階で徹底した洗浄を行って塩素の除去を図っている。
【0012】
本発明者等は、従来技術が提起する上記の塩素の問題を無視すべきと考えている訳ではない。但し、塩素を完全に除去せずとも焼結工程後に残留しない程度の量に調整しながら焼結の条件を適切にすることで塩素の残留の問題に対処できると考えた。また、本発明者等は、乾燥後の乾燥体の加工性確保のために金粉末を被覆する元素としては、塩素以外の元素及びこれを含む官能基にも同様の作用を有するものがあり、それらで塩素の全部または一部を置換することによっても本発明の課題を解決できることを見出した。
【0013】
上記課題を解決する本発明は、金粉末と有機溶剤とからなる金ペーストにおいて、前記金粉末は、純度99.9質量%以上であり、平均粒径0.1μm以上0.4μm以下であり、前記金粉末の少なくとも一部が、Cl、Br、I、Sのいずれかの元素又は前記元素のいずれかを含むイオン、若しくは前記元素のいずれかを含む官能基の少なくともいずれかを有する被覆剤により被覆されており、前記金ペースト1g中の前記被覆剤由来の前記元素の濃度に基づいて算出される前記元素の総断面積SCと、前記金粉末の比表面積SAuとの比(SC/SAu)として定められる被覆率が33%以上100%以下であることを特徴とする金ペーストである。以下、本発明についてより詳細に説明するが、本発明に係る金ペーストは、必須の構成として金粉末と有機溶剤とで構成される。以下の説明ではそれぞれの構成について説明する。
【0014】
(1)金粉末
本発明に係る金ペーストの金粉末は、純度(金濃度)99.9質量%以上であり、平均粒径0.1μm以上0.4μm以下の金粉末である。従来技術と同様、本発明の金ペーストも電極や接合材として利用される際に塗布後は焼結体を形成することが多い。そして、金粉末焼結体を接合材等として利用する際には、更に加圧圧縮され緻密化すること必要となる。金ペーストの金粉末の純度と平均粒径を限定するのは、これらの金粉末焼結体の形成・利用を考慮したときに好適な条件を明確にするためである。金粉末の純度を99.9質量%以上とするのは、純度が低い金は硬度が高くなり、焼結体を加圧して緻密化する際の塑性変形が進行し難くなるからである。
【0015】
金粉末の平均粒径を0.1μm以上0.4μm以下としたのは、0.4μmを超える粒径の金粉末では、焼結温度が高くなり、低温焼結性という本願金ペーストが前提とする特性が発揮されなくなるからである。また、0.1μmを下限とするのはこの粒径未満の粒径では、ペーストとしたときに凝集しやすくなるからである。
【0016】
本発明において、金粉末の平均粒径は、体面積平均径(MA:以下、DAuと称するときがある)を採用する。金ペースト中の金粉末の平均粒径の測定は、金ペーストを採取して有機溶剤を揮発させることで測定可能である。そして、金粉末の平均粒径の測定では、電子顕微鏡(SEM、TEM等)により金粉末を観察及び撮影し、その写真・画像中の金粉末を任意に複数(N個:1000個以上が好ましい)選定して粒径を測定する。このとき、適宜に画像解析ソフトウェア等の計算機ソフトウェアを使用しても良い。粒子径は、画像中の粒子の長軸及び短軸から算出する二軸法による粒子径や、画像中の粒子に外接する長方形の辺の長さによるキャリパー径(フェレ径)等を採用することができる。キャリパー径については、最小キャリパー径、最大キャリパー径、平均キャリパー径の少なくともいずれかを求めるのが好ましい。そして、金粉末の体面積平均径DAuは、測定したN個の金粉末の粒径dに基づき、「DAu=(ΣNd3
)/(ΣNd2)」の式で算出される。この金粉末の体面積平均径DAuは、後述する被覆剤の被覆率の計算において、金粉末の比表面積の計算にも用いられる。
【0017】
尚、本発明に係る金ペーストにおいて、金粉末の粒径分布が特段に制約されることはなく、平均粒径が上記の範囲内にあれば良い。そのため、粒径0.1μm未満の金粉末や粒径0.4μm超の金粉末が含まれていても、平均粒径が上記範囲内あれば良い。特に、粒径0.4μm超の金粉末についてはある程度の割合での含有が許される。具体的には、粒径0.4μm超の金粉末を体積基準で40%以下含んでいても良い。粒径0.4μm超の比較的粗大な金粒子は、乾燥時の金粉末の結合を緩やかにする作用があり、乾燥体の加工性向上に寄与することがある。もっとも、粗大な金粒子は、焼結の妨げになり焼結体の電気特性に影響を及ぼすことがあるため、過剰に含まれることは回避されるべきである。また、乾燥体の加工性向上の作用は被覆剤で十分に確保できるので、粒径0.4μm超の金粒子の存在は必須ではなく、その割合が0%となっていても良い。
【0018】
また、上記のとおり、金粉末は高純度の金からなるが、不可避不純物の含有は許容される。不可避不純物元素は、Na、Al、Fe、Cu、Se、Sn、Ta、Pt、Bi、Pd、Ag、Siが挙げられる。不可避不純物元素の合計量は、500ppm以下が好ましく、300ppm以下が更に好ましい。尚、これらの不可避不純物は、金粉末表面に吸着・付着した状態で存在する場合の他、金粉末と固溶した状態で存在し得る。
【0019】
尚、金ペースト中の金粉末の純度の測定に関しても、金ペーストを採取して有機溶剤を揮発させた金粉末に基づき測定可能である。金粉末の純度は、誘導結合プラズマ発光分光分析(ICP)による分析の他、エネルギー分散型X線分光分析(EDX)、蛍光X線分析(XRF)等で測定できる。
【0020】
そして、本発明に係る金ペーストの金粉末は、その少なくとも一部が、Cl、Br、I、Sのいずれかの元素又は前記元素のいずれかを含むイオン、若しくは前記元素のいずれかを含む官能基の少なくともいずれかを有する被覆剤により被覆されている。Cl、Br、I、Sの元素又はこれらの元素を含むイオンとは、原子状態のCl、Br、I、S又はこれらの元素のイオンであるCl-、Br-、I-、S2―と、これらの元素を含むイオンであるSO3
-、SO4
2-等である。また、Cl、Br、I、Sを含む官能基としては、チオール基やハロゲノ基(クロロ基、ブロモ基、ヨード基)が挙げられる
【0021】
被覆剤は、乾燥工程で金粉末同士が強固に結合するのを抑制し、乾燥体に加工性を付与する作用を有する。上記したCl、Br、I、Sの原子又はイオン若しくはこれらの元素を含む官能基が被覆剤として選択されるのは、乾燥工程で金粉末に残存して乾燥体に加工性を付与する一方で、焼結工程の加熱により揮発及び/又は分解して焼結体に残留し難いからである。
【0022】
上記のうち好ましい被覆剤は、元素又はイオンとしてはCl、Cl-であり、官能基としてはチオール基である。Clは、金粉末の製造工程(湿式還元工程)で金塩又は還元剤に塩化物を使用することで被覆剤の一部を形成することができる。また、チオール基のSは、金と好適な結合力を有し、室温及び乾燥温度では脱着し難く被覆剤としての作用を維持できる。また、チオール化合物は、金粉末表面に単分子の被覆を形成することができ、被覆率の制御も容易である。そして、Cl及びチオール基は、焼結温度では脱離が進行して残留の懸念が少ない。尚、被覆剤は、上記のCl等の元素又はイオンとチオール基等の官能基の少なくともいずれかで構成される。Cl等の元素又はイオンのみが金粉末を被覆していても良いが、Cl等の元素又はイオンと共にチオール基等の官能基が金粉末を被覆していても良い。
【0023】
そして、本発明においては、金粉末に対する上記の被覆剤による被覆率を33%以上とすることが必要である。被覆率は、金ペースト1g中の被覆剤に由来する元素の濃度に基づき算出される総断面積SCと、金粉末の比表面積Scとの比(SC/SAu)として定められる。被覆剤に由来する元素の濃度とは、被覆剤に含まれる元素であるCl、Br、I、Sの濃度である。
【0024】
被覆剤に由来する元素の総断面積SCは、具体的には、以下のようにして算出される。金ペースト1g中の被覆剤を構成する元素の濃度をCc(ppm)としたとき、金ペースト中で被覆剤由来の元素の原子数Ncは、「Nc=(Cc×10-6)/Mc×(6.02×1023)」となる。ここで、Mcは、当該元素の原子量である。そして、当該元素の総断面積SCは、当該元素のイオン半径をrcとすると「SC=Nc×πrc
2」で求める。被覆剤由来の元素のイオン半径としては、Cl(Cl-:1.81Å)、Br(Br-:1.96Å)、I(I-:2.20Å)、S(S2-:1.84Å)として計算する。
【0025】
一方、金粉末の比表面積SAu(m2/g)については、金粉末の平均粒径(0.1μm以上0.4μm以下)から算出できる。金粉末の平均粒径をDAuとし、金の密度(19.32×106g/m3)をρAuとすると、金粉末の比表面積SAu(m2/g)は、「SAu=6/(ρAu×DAu)」で算出できる。
【0026】
そして、上記のようにして算出された総断面積SCと金粉末の比表面積SAuとの比であるSC/SAuが被覆率となる。以上の被覆率の計算方法は、金ペースト中の元素(Cl、Br、I、S)の全てが金粉末の被覆に寄与していること、及び各元素・官能基が単原子・単分子で被覆していると仮定したシミュレーションに基づくものである。本発明では、金ペースト中のCl、Br、I、Sの濃度と金粉末の平均粒径に基づき、簡便に被覆率を定めることとしている。
【0027】
また、被覆剤由来の元素が複数金ペーストに含まれている場合、上記手段により各元素毎の総断面積を算出して、それらの合計を被覆剤の総断面積SCとし、金粉末の比表面積SAuとの比(SC/SAu)を被覆率とする。例えば、Clとチオール基が被覆剤となっている場合には、金ペースト1g中のCl濃度とS濃度を測定して、それぞれの元素における総断面積を算出して、それらの合計を被覆剤の総断面積SCとする。尚、金ペースト1g中の各元素の濃度については、1gの金ペーストを分析しても良いが、1g以上の金ペーストを分析して分析値を分析質量で除しても良い。
【0028】
また、金ペースト中の被覆剤が有する元素(Cl、Br、I、S)の分析方法としては、金ペーストから有機溶剤を除去し、金粉末を高温加熱してCl等を脱着さて分析する加熱脱着法が好適である。加熱脱着法には、燃焼-電量滴定、燃焼-イオンクロマトグラフィー等があり、分析する元素に応じて適宜に選択可能である。
【0029】
本発明に係る金ペーストは、上記した被覆率を33%以上とする。金粉末の被覆率が低い場合、乾燥中に金粉末間の結合が高まり乾燥体の加工性が低下する。また、金ペースト中の被覆剤は、乾燥体の加工性確保の他、金ペーストの状態下において金粉末の安定剤として作用して凝集を抑制する作用も有する。更に、被覆剤は金ペーストを塗布・乾燥させた後の乾燥体の状態を安定させる。乾燥体の形成から加工までの間の時間が長時間となっても、金粉末の被覆率が好適であれば乾燥体の加工性を維持することができる。本発明者等は、被覆剤による被覆率の検討結果から、本発明に係る金ペーストの被覆率を33%以上とする。そして、乾燥後の金ペーストの加工性の向上の観点からは被覆率の上限を100%とすることができる。
【0030】
尚、本発明の金ペーストでは、上記の算出方法により、被覆剤由来の元素(Cl、Br、I、S)による被覆率が100%を超える量で含んでいても良い。但し、被覆率100%を超える分の各元素は、被覆剤として作用しない上に過度に存在すると金ペーストの焼結性に影響を及ぼすと共に焼結工程でも除去が困難となることがある。そのため、被覆剤由来の元素は、金ペースト中の濃度が1000ppm以下となるようにすることが好ましい。
【0031】
また、本発明の金ペーストにおいては、金粉末の被覆率が33%以上となるように被覆剤が含まれていることが必要である。被覆率は、金ペースト中の被覆剤の構成元素(Cl、Br、I、S)の濃度に加えて、種類(イオン半径)と金粉末の平均粒径から算出されるため、前記元素濃度の下限を一概に設定する必要はない。但し、本発明における金粉末の平均粒径の範囲(0.1μm以上0.4μm以下)を考慮すると、金ペースト中の前記元素は150ppm以上含まれることが好ましい。
【0032】
(2)有機溶剤
金粉末を分散させる溶剤は有機溶剤である。有機溶剤は、加熱により容易に揮発・消失することから、接合部をクリーンな状態にすることができる。有機溶剤として好ましいのは、沸点200~400℃(大気圧下)のも有機溶剤である。有機溶剤の沸点が200℃未満であると、蒸発速度が速すぎて金粒子が凝集する可能性があり、また、ペースト塗布の段階から揮発する可能性があり取り扱いが難しくなる。一方、沸点が400℃を超える有機溶剤は、加熱後であっても接合部に残留する可能性がある。
【0033】
本発明で利用可能な有機溶剤の具体例としては、分岐鎖状飽和脂肪族2価アルコール類、モノテルペンアルコール類が好ましい。より具体的には、分岐鎖状飽和脂肪族2価アルコールとしては、メンタノール、プロピレングリコール、1,2-ブタンジオール、1,3-ブタンジオール、1,2-ペンタンジオール、1,3-ペンタンジオール、1,4-ペンタンジオール、1,5-ペンタンジオール、2,3-ペンタンジオール、2,4-ペンタンジオール、1,2-ヘキサンジオール、1,3-ヘキサンジオール、1,4-ヘキサンジオール、1,5-ヘキサンジオール、1,6-ヘキサンジオール、及び、2,4-ジエチル-1,5-ペンタンジオールといったこれらの誘導体等が用いられる。また、モノテルペンアルコールとしては、シトロネロール、ゲラニオール、ネロール、メントール、テルピネオール(α、β)、カルベオール、ツイルアルコール、ピノカンフェオール、β-フェンチルアルコール、ジメチルオクタノール、ヒドロキシシトロネロール、2,4-ジエチル-1,5-ペンタンジオール、トリメチルペンタンジオールモノイソブチレート、及び、これらの誘導体等が用いられる。また、一価のカルボン酸と多価アルコールとの縮合反応より得られる化合物も有効であり、例えば、トリエチレングリコール・ジ-2-エチルヘキサノエート、トリエチレングリコール・ジ-2-エチルプタノエートがある。尚、有機溶剤の沸点は、その炭素数に依存する傾向があるため、適用する溶剤はそれぞれ炭素数5~20であるものが好ましい。この観点から、芳香族炭化水素でも良く、例えばアルキルベンゼンも機能的に問題ない。
【0034】
有機溶剤は、1種類の有機溶剤を適用しても良いが、沸点の相違する2種以上の有機溶剤を混合したものを適用しても良い。有機溶剤を低沸点と高沸点の溶剤で構成することで、金粉末の含有率調整の処理において、低沸点側の有機溶剤を揮発除去させて、調整を容易なものとすることができるからである。
【0035】
(3)金ペーストの他の構成
また、本発明に係る金ペーストは、基本的構成として金粉末と有機溶剤の2つの構成要素からなるが、適宜に添加剤を含んでいても良い。添加剤としては、アクリル系樹脂、セルロース系樹脂、アルキッド樹脂から選択される一種以上を含有することがある。これらの樹脂等を更に加えるとペースト中の金粉末の凝集が防止されてより均質な接合部が形成できる。尚、アクリル系樹脂としては、メタクリル酸メチル重合体を、セルロース系樹脂としては、エチルセルロースを、アルキッド樹脂としては、無水フタル酸樹脂を、それぞれ挙げることができる。そして、これらの中でも特にエチルセルロースが好ましい。
【0036】
(4)金ペースト中の金粉末の含有量
金ペースト中における金粉末の含有量は、質量基準(ペースト全体の質量を基準とする)で80質量%以上98質量%以下であることが好ましい。80質量%未満であると、昇温中にボイドが発生することで好適な結合状態の接合部が得難くなる。また、98質量%を超えると金粉末の凝集が生じる場合がある。金粉末の含有量は、82~96質量%がより好ましい。
【0037】
(5)金ペーストの製造方法
本発明に係る金ペーストの製造方法については、上述した金粉末と有機溶剤とを混合することで製造可能である。金粉末の製造方法については、特に限定されないが湿式還元法が好ましい。湿式還元法を適用して上記した平均粒径の金粉末を製造する方法として、金のコロイド粒子を核粒子として分散させた溶液に還元剤と金塩を供給し、粒成長させて金粉末を形成(造粒)している。また、前記造粒のための各粒子となる金コロイド粒子の合成も、基本的に湿式還元法に基づき、原料となる金塩を溶媒中で還元剤と混合して金を還元析出させて金コロイド粒子としている。湿式還元法に基づくこれら2段階の工程により、目的とする平均粒径の金粉末を製造することができる。
【0038】
上記した金コロイド粒子の合成工程と金粉末の造粒工程で使用される金塩としては、金の塩化物、硝酸塩、硫酸塩等が好ましい。具体的には、塩化金酸塩、亜硫酸金、シアン化金等が挙げられる。また、金塩(金イオン)からの金コロイド粒子の生成や金コロイド粒子を成長させるための還元剤としては、塩化ヒドロキシルアンモニウム、水素化ホウ素ナトリウム、ジメチルアミンボロン、クエン酸三ナトリウム二水和物等を適用することができる。
【0039】
そして、金コロイド粒子の合成工程と金粉末の造粒工程は、いずれも溶媒中でそれぞれの反応を進行させる。この溶媒は、上記した金塩及び還元剤を溶解できる水系溶媒が好ましい。水系溶媒は、水若しくは水と有機溶媒との混合溶媒であり、水がより好ましい。上記した金コロイド粒子の合成工程と金粉末の造粒工程経ることで金粉末を得ることができる。製造される金粉末の平均粒径は、各工程における製造条件を調整することで本発明の範囲とすることができる。
【0040】
そして、本発明に係る金ペーストの金粉末は、金粉末が所定の元素・イオンや官能基を含む被覆剤で被覆されている。この点、被覆剤としてCl(Cl-)等の元素(イオン)を適用する場合、上記した各工程で原料等として使用される金塩として塩化物等の被覆剤と同じ元素を含む化合物を使用することで、金塩由来の塩素等の元素が金粉末に吸着して被覆剤として作用する。もっとも、金粉末の製造工程で塩化物等を使用しても、本発明が要求する被覆率(33%以上)で金ペーストに被覆剤を含有させることは困難である
【0041】
そのため、本発明に係る金ペーストの製造においては、金粉末を製造した後、金粉末に被覆剤となる元素(イオン)・官能基を吸着させる被覆処理が必要となる。この被覆処理の具体的手法としては、上記した湿式還元で製造された金粉末を含む溶媒から金粉末を分離回収し、回収した金粉末にCl、Br、I、Sのいずれかの元素又は前記元素のいずれかを含むイオン、若しくは前記元素のいずれかを含む官能基を有する化合物を含む有機系溶液を被覆処理液として接触させる処理を行う。上述した金粉末の製造工程(湿式還元法)では、通常、水系溶液が使用され回収された金粉末には水が吸着している。被覆処理を有機系溶液で行うのは、金粉末に吸着した水と有機系溶液とを溶媒置換して、被覆剤を有効に吸着させるためである。Cl、Br、I、Sのいずれかの元素又は前記元素のいずれかを含むイオン、若しくは前記元素のいずれかを含む官能基を有する化合物を含む有機系溶液とは、分子構造中にこれらの元素又はイオン若しくは官能基を有する有機溶剤のみからなる溶液又は当該有機溶剤を適宜の有機溶媒に溶解させた溶液、若しくはこれらの元素・イオン・官能基を含む無機化合物を適宜の有機溶媒に溶解させた溶液である。有機溶剤を有機溶媒に溶解させるときの有機溶媒としては、アルコール、トルエン、ヘキサン等を使用する。
【0042】
被覆処理液の具体例としては、Cl(Cl-)の被覆には、テトラクロロエチレン(パークロロエチレン)、トリクロロメタン(クロロホルム)、次亜塩素酸ナトリウム水溶液等が使用される。Br(Br-)の被覆には、ベンジルブロミド、テトラブロモメタン、テトラブロモエチレン(テトラブロモエテン)等が使用される。I(I-)の被覆には、テトラヨードエチレン(テトラヨードエテン)、ヨウ化カリウム溶液等が使用される。S(SO4
2-)の被覆には、塩化第二鉄水溶液、二硫化炭素硫化水素ナトリウムの溶液等が使用される。また、Sを含む官能基であるチオール基の被覆には、オクタンチオール、ヘキサンチオール、ペンタンチオール、ブタンチオール等の有機系溶液が使用される。
【0043】
被覆剤による金粉末の被覆率は、被覆処理で使用する被覆処理溶液の濃度(前記の有機溶剤又は無機化合物の濃度)及び処理時間を調整することで制御することができる。尚、被覆処理は室温で行うことができる。また、被覆処理は複数回行い、金粉末を複数種の被覆剤で被覆しても良い。例えば、Clで被覆した金粉末をチオール基で被覆処理をしても良い。チオール基のSは、金粉末(特に金粉末)に対する結合性が高く、Cl等の他の被覆剤で被覆された金粉末に対し、当該他の被覆剤と置換して金粉末と結合することができる。これにより金粉末をClとチオール基の双方で被覆することができる。
【0044】
以上のようにして被覆処理液で処理し金粉末については、濾過やデカンテーション等を行って金粉末を回収し、必要に応じて洗浄を行った後に有機溶剤と混合することで金ペーストとすることができる。
【0045】
(6)本発明に係る金ペーストによる電極・接合材等の製造方法
本発明に係る金ペーストは、電器・電子分野等における接合、封止、電極・配線形成の各種用途に有効である。これらの用途に供するとき、本発明に係る金ペーストを基板や被接合材等の対象物に塗布する。そして、金ペーストを乾燥して乾燥体とし、接合時に金ペーストを加熱して接合部となる金粉末焼結体を形成する。
【0046】
金ペーストの塗布方法としては、特に限られるものはなく、例えば、スピンコート法、スクリーン印刷法、インクジェット法、滴下法、ディップコーティング等、塗布対象物のサイズや形状等に対応させて種々の方法を用いることができる。また、配線パターンや封止パターン等のパターンニングされた塗膜形成においては、メタルマスクやレジスト等により基材へのマスキングを行ってから金ペーストを塗布することができる。
【0047】
金ペーストを塗布した後の乾燥は、金ペーストを加熱して有機溶剤を揮発させる工程である。また、乾燥工程は、金ペーストをある程度の強度がある乾燥体にして、その後余剰ペーストの除去や焼結処理等での取扱いに好適な状態とする処理でもある。乾燥工程としては、有機溶剤の揮発性を利用して、金ペーストを減圧雰囲気に置く真空乾燥が有用である。真空乾燥の際の雰囲気圧力は0.01kPa~70kPaにし、保持時間を30~60分間とするのが好ましい。
【0048】
これまで述べたように、本発明に係る金ペーストによれば、上記の乾燥処理後の乾燥体についての加工性を確保することができる。金ペーストの乾燥体の加工の例としては、マスキングされた基材に金ペーストを塗布及び乾燥した後のマスク上の余剰ペーストの除去のためのかき取り加工が挙げられる。本発明ではこの加工の際に効率的に余剰ペーストの除去ができる。また、基材上での乾燥粉末の残留やマスクパターン孔内の金粉末を抉り取ってしまうこともない。
【0049】
金ペーストの乾燥後は、金粉末を焼結させて金粉末焼結体とする。この工程における加熱温度は、150℃以上350℃とするのが好ましい。本発明で金粉末が被覆剤で被覆されており、被覆剤を有効に除去するためには150℃以上で焼結することが好ましい。また、焼結温度を350℃超の温度とすると、金粒子同士の結合が過度に進行し金粉末間のネッキングが生じて強固に結合し、硬すぎる状態となるからである。更に、350℃を超える加熱は、基材や基板等の変形や熱影響が生じる恐れがある。焼結工程における加熱時間は、30分間以上120分間以下とするのが好ましい。尚、焼結工程における雰囲気は、大気中でも良いが、真空雰囲気や不活性ガス雰囲気でも良い。また、この焼結工程は、無加圧で行う。150℃未満では金粒子同士の点接触・結合が弱くなる。
【0050】
尚、上記の焼結工程の前に、金ペーストの乾燥体を焼結工程よりも低い温度で仮焼しても良い。仮焼することで乾燥体の強度が上昇し、焼結工程に供する際の取扱性が向上する。仮焼をする場合には、乾燥体を80℃以上130℃以下に加熱することが好ましい。
【0051】
また、本発明に係る金ペーストは、乾燥後の乾燥体の加工性が向上されたものであるが、乾燥工程が必要としない用途に対しても使用可能である。乾燥工程を要しない用途としては、金ペーストをパターンにする必要なく接合材として使用する場合がある。そのような用途では、金ペーストを塗布後、そのまま焼結工程に供することができる。
【発明の効果】
【0052】
以上説明したように、本発明に係る金ペーストでは、金粉末に適切な被覆剤を具備させることで、塗布後の乾燥工程で形成される乾燥体に対して適度な加工性を付与する。被覆剤は、乾燥段階でのみ金粉末の結合力を低減させるが、焼結温度で除去される。また、被覆剤は、金粉末の安定剤としての作用も有し、乾燥体とした後の金粉末の状態変化を抑制することもできる。本発明に係る金ペーストは、低温での焼結性は従来技術と同等であり、電極、接合、封止の各種用途に有用な金粉末焼結体を形成することできる。
【発明を実施するための形態】
【0053】
以下、本発明の好適な実施形態について説明する。
【0054】
予備的検討:最初に、従来技術についての予備的検討として、塩化金酸溶液を用いた湿式還元法により粒径の異なる複数種の金粉末を製造し、金粉末を被覆処理することなく金ペーストを製造した。そして、各金ペーストについて被覆剤である塩素の被覆率を測定した後、金ペースト塗布後の乾燥体の加工性評価と焼結後の体積抵抗率を測定した。
【0055】
[金粉末の製造]
純水1Lをビーカーに採り、ホットプレート上で81℃になるまで加熱した。純水が81℃になったところで、アルキルアミン酢酸塩3gを加え、温度を保持しながら溶液が透明になるまで攪拌した。攪拌後の溶液に塩化ヒドロキシルアンモニウム0.2gを添加して1分間攪拌後、塩化金酸溶液(金質量で0.04g相当)を加えた。この塩化金酸溶液は、99.99質量%以上の純度の金地金200gを王水で溶解し、その後に硝酸を除去したものである。その後、溶液を80±2℃に保持しながら1時間攪拌して赤色透明の金コロイド溶液を得た。この金コロイドは金粉末の核となるものであり、透過型電子顕微鏡により観察したところ、その平均粒径は10nm~50nmの範囲内にあった。
【0056】
金コロイド溶液に金塩及び還元剤を添加して金粉末を製造(造粒)する工程では、反応系内の金コロイドの粒子数を調整することで製造される金粉末の粒径が変化する。本実施形態の予備的検討での金粉末の製造では、上記で製造した金コロイド溶液の全量に金塩及び還元剤を添加して金粉末を製造した。更に、上記で製造した金コロイド溶液の一部を抜き出して金コロイドの粒子数を調整した金コロイド溶液を使用して粒径の異なる金粉末を製造した。このとき、金コロイド溶液の抜き出し量を調整しつつ、抜き出した溶液に純水を添加して液量を同じとした。この予備的検討では、粒径が異なる4種の金粉末を製造することとしている。
【0057】
金粉末の製造は、 上記で用意した4種の金コロイド溶液について、還元剤である塩化ヒドロキシルアンモニウム200gと、金粉末を造粒するための塩化金酸溶液2Lを添加した。塩化金酸溶液の添加後、更に溶液を80±2℃に保持しながら0.5時間攪拌して金粉末200gを製造した。この金粉末を濾別し、1Lのイソプロピルアルコール(IPA)に浸漬し3分攪拌する洗浄工程を1回行った。
【0058】
[金ペーストの製造]
予備的検討では、上記工程に基づき平均粒径が異なる4種の金粉末(No.1~No.4)を製造した。そして、各金粉末について、有機溶剤としてメンタノールを混合して4種の金ペーストを調整した。金粉末の含有率は90重量%とした。
【0059】
[金粉末の平均粒径と被覆率の測定]
各金ペーストについて、金粉末の平均粒径DAu(体面積平均径)を測定した。平均粒径DAuの測定は金ペーストを適量採取し、乾燥させた後にSEM観察を行い、得られた画像から2800個のAu粒子を任意選択し、画像解析ソフトを用いつつ個々のAu粒子の粒径(最大キャリパー径)を測定して体面積平均径DAuを算出した。
【0060】
また、各種金ペーストの被覆率の算出のため、製造直後の金粉末を使用した金ペーストを加熱脱着法により分析し塩素濃度(Cc)を測定した。塩素濃度の測定においては、金ペーストを秤量・採取し、燃焼管中で900℃に加熱して発生したガスを吸着液(過酸化水素水25mLと超純水15mLとの混合液)に吸収させた。この吸収液をイオンクロマトグラフで分析し、塩素量(μg)を測定し、採取した金ペーストの質量に基づき金ペースト1g中の塩素量を塩素濃度Cc(μg/g(ppm))とした。尚、このときの定量下限値は10μg/gである。そして、4種の金ペーストについて、金ペースト1g中の塩素濃度Ccから塩素の総断面積SCを算出すると共に、金粉末の平均粒径DAuから比表面積SAuを算出して、塩素による被覆率(SC/SAu)を求めた。
【0061】
[乾燥体の加工性評価]
各金ペーストの乾燥体の加工性評価は、メタルマスクで覆われた基板上に金ペーストを塗布して乾燥し、乾燥体のシェア強度を測定することで行った。加工性評価試験では、直径2インチの円盤状のペースト塗布面に金スパッタ膜を備えるSiウエハを基板とし、ここに厚さ350μmで寸法5mm×20mmの矩形の孔を備えるメタルマスク(ステンレス製)を孔が基板中央に位置するように被せた。そして、メタルマスク上に金ペーストを滴下してスキージで塗り広げて孔内部に金ペーストを塗布・充填した。その後余分なペーストを拭き取り、メタルマスクを取り除いた後に金ペーストを乾燥させた。乾燥は基板を真空雰囲気(圧力100Pa)に置いた。乾燥後の乾燥体の膜厚は概ね130μmとなっていた。
【0062】
そして、形成した乾燥体をボンドテスター(Nordson Corporation社製 Nordson Dage4000)でかき取り、その際のシェア強度(せん断強度)を測定した。測定条件は、テストツール幅0.03inch、テスト高さ3μm、テストスピード200μm/sとした。加工性の評価は、シェア強度10gf以下を合格基準とし、これよりシェア強度が低い場合を加工性良好と判定した。シェア強度10gf以下を合格基準としたのは、本願出願人の経験上、乾燥体の強度が10gfを超えると基板やマスクの表面上に金粉末の残留が生じて傷の要因になり、強度が50gfを超えると乾燥体の除去ができないことがあることを鑑みて設定された基準である。
【0063】
[焼結体の体積抵抗率の測定]
また、乾燥後に焼結工程を行って焼結体の体積抵抗率を測定し、焼結体の電極等としての有用性及び被覆剤による影響を確認した。この検討は、アルミナ基板に上記加工性評価試験と同じメタルマスク被せ、上記と同様にして金ペーストを塗布及び乾燥した後、焼結温度と焼結時間を230℃、1時間として焼結した。そして、焼結体の体積抵抗率を抵抗率計(日東精工アナリテック株式会社製 ロレスタGP MCP-T610)で測定した。
【0064】
本予備的検討で製造した各金ペーストについての加工性評価結果と焼結体の体積抵抗率を表1に示す。表1では、今回製造した金粉末の平均粒径と各金ペーストの塩素の被覆率を併せて示す。
【0065】
【0066】
表1から、従来の金粉末及びそれらによる金ペーストは、Clによる被覆率は31%以下となることが確認された。そして、これらの金ペーストから得られる乾燥体は、いずれもシェア強度が10gfを超えており加工性に乏しいことが確認された。平均粒径が小さい金粉末の金ペーストは、焼結後の体積抵抗は低く低温焼結性は良好であるが、乾燥体の強度が高く加工性に乏しい傾向にある。平均粒径が大きい金粉末の金ペーストは、前記と逆となっている。上述したように、金ペーストの低温焼結性と乾燥体の加工性との関係はトレードオフの関係にあるといえる。また、No.4の平均粒径が0.4μmを超える金粉末の金ペーストは、乾燥体の強度は合格基準に近かったが、焼結体の体積抵抗が高い。この予備的検討から、低温焼結性を維持する上では金粉末の平均粒径を0.4μm以下にすべきであるが、そのために金粒子の平均粒径を好適化する場合は、乾燥体の加工性を改善する必要があることが確認された。
【0067】
尚、No.1~No.4の金ペーストを対比すると、平均粒径が小さくなるに従い塩素濃度が高くなっている。これは、平均粒径が小さい、即ち、比表面積が大きい金粉末では塩素が接触する頻度が増加するので、結合した塩素量が多くなることに起因すると考えられる。そのため、金粉末の平均粒径が小さい金ペーストは塩素含有量が高くなり被覆率も高くなる。但し、洗浄の塩素除去効果は、金粉末の平均粒径が小さくなるほど低くなると考えられるので、従来工程で製造される金粉末の被覆率は、洗浄工程の有無に依らず表1で示した数値範囲が限界であると考えられる。また、平均粒径が大きい金粉末では結合する塩素の量は少ないので、洗浄前の反応液からの金粉末の分離段階で塩素量は低減し、洗浄工程の有無に依らず被覆率が低くなると考えられる。
【0068】
第1実施形態:上記の予備的検討結果を受け、本実施形態では金粉末に被覆処理を行って金ペーストを製造し、乾燥体の加工性を評価した。本実施形態では、予備的検討と同様にして湿式還元法で金粉末を製造し、金粉末に被覆剤であるClで被覆し金ペーストを製造した。そして、被覆処理の条件を調整しつつ被覆率が異なる金粉末を製造して金ペーストを製造し、製造した金ペーストについての乾燥体の加工性と焼結体の特性評価を行った。
【0069】
[金粉末の製造]
純水1Lをビーカーに採り、ホットプレート上で81℃になるまで加熱した。純水が81℃になったところで、アルキルアミン酢酸塩2gを加え、温度を保持しながら溶液が透明になるまで攪拌した。攪拌後の溶液に塩化ヒドロキシルアンモニウム0.3gを添加して1分間攪拌後、塩化金酸溶液(金質量で0.1g相当)を加え、溶液を80±2℃に保持しながら1時間攪拌して赤色透明の金コロイド溶液を得た。この金コロイドは金粉末の核となるものであり、透過型電子顕微鏡により観察したところ、その平均粒径は10nm~50nmの範囲内にあった。
【0070】
上記の金コロイド合成工程で得た金コロイド溶液に、還元剤として塩化ヒドロキシルアンモニウム200gを加えた。そして、金粉末を造粒するための塩化金酸溶液(1.5L)を添加した。そして、塩化金酸溶液の添加後、更に溶液を80±2℃に保持しながら0.5時間攪拌して金粉末200gを製造した。
【0071】
上記で金粉末を製造した反応液から金粉末を濾別して被覆処理を行った。本実施形態では、被覆処理液として100%パークロロエチレンを使用した。被覆処理は、被覆処理液を金粉末に添加・浸漬して被覆処理を行った。そして、処理後の金粉末を濾過して回収し、1Lのイソプロピルアルコール(IPA)に浸漬して洗浄した。尚、本実施形態では、金粉末のパークロロエチレンへの浸漬時間を0.5時間~24時間の間で変化させて被覆率を調整した。ここでは、一部の金粉末について、被覆処理を行わないものも用意しつつ、被覆率が異なる6種類の金粉末(a-1~a-6)を処理した。
【0072】
[金ペーストの製造]
そして、上記で製造した6種の金粉末(a-1~a-6)のそれぞれから金ペーストを製造した。金ペーストの製造は、有機溶剤としてメンタノールを金粉末に混合して6種の金ペーストを調整した。金粉末の含有率はいずれも90重量%とした。
【0073】
[金粉末の平均粒径と被覆率の測定]
製造した金ペーストについては、上記予備的検討と同様にして、SEM観察像に基づき金粉末の平均粒径DAu(体面積平均径)を測定した。また、このとき体積基準の粒径分布を測定して、粒径0.4μm超の金粉末(粗大粒子)の割合を算出した。更に、予備的検討と同様にして各種金ペーストの塩素濃度(Cc(μg/g(ppm)))を測定して塩素の総断面積SCを求めた。そして、金粉末の平均粒径DAu、比表面積SAuを算出して、塩素による被覆率(SC/SAu)を算出した。
【0074】
[乾燥体の加工性評価]
各金ペーストの乾燥体の加工性評価の方法と条件は、上記の予備的検討と同様とし、基板に金ペーストを塗布(5mm×20mm、厚さ350μm)した後に真空乾燥させて加工性評価用のサンプルを作製した。乾燥体のシェア強度の測定装置・測定条件も上記と同様とした。また、本実施形態では、評価用のサンプルを6種の金ペーストのそれぞれについて4つ作製し、そのうちの3つを室温の保管庫で保管した。そして、最初に保管しないサンプル(作製直後のサンプル)について加工性評価の測定評価を行った。その後、保管開始から3時間、24時間、28時間経過する毎に保管庫からサンプルを1つずつ取り出して加工性評価試験を行った。これにより、各金ペーストについて、乾燥体形成から前記保管時間が経過ときの加工性を確認することができる。
【0075】
[焼結体の体積抵抗率の測定]
上記予備的検討と同様にして、焼結工程後の焼結体の体積抵抗率を測定し、焼結体の電極等としての有用性及び被覆剤による影響を確認した。本実施形態では、焼結温度を100℃、230℃、300℃、350℃として乾燥体を焼結した後(加熱時間はいずれも45分)の体積抵抗率を測定した。
【0076】
更に、同様に金ペーストを基板に塗布・乾燥した後、焼結温度を230℃とし、加熱時間を10分、30分、60分、120分毎に体積抵抗値を測定して焼成時間による体積抵抗の変化を検討した。
【0077】
各金ペーストについての上記した検討結果を表2に示す。表2では、今回製造した金粉末の平均粒径と各金ペーストの塩素の被覆率を併せて示す。尚、金ペーストの塩素含有量は、保管時間による変化は生じないとして、同じ被覆処理を受けた金粉末の被覆率は共通しているとみなしている。
【0078】
【0079】
表2から、本願発明の主題事項である乾燥後の加工性に関してみると、Clによる被覆処理のない金粉末(a-1)やClによる被覆率が33%未満の金粉末(a-2:被覆率30%、a-3:被覆率31%)から製造された金ペーストは、乾燥体のシェア強度が10gfを超え加工性に劣ることが分かる。そして、金粉末の被覆率を33%以上とすることで、乾燥体の加工性が確保されることが確認された(a-4~a-6)。
【0080】
また、加工性評価用のサンプルの保管時間が長くなると、金ペーストの乾燥体の加工性が低下する傾向にあることが分かる。これは本実施形態の金ペースト全般で観られる傾向である。但し、被覆率が33%未満の金ペースト(a-1:被覆率28%、a-2:被覆率30%、a-3:被覆率31%)は、3時間又は24時間以上の保管により、乾燥体が殆ど加工できない程の強度上昇がみられた。一方、被覆率が33%以上の金ペースト(a-4~a-6)では、乾燥体の保管時間の増大による加工性の低下が抑制されている。被覆剤であるClは、乾燥体形成後の金粉末に生じる状態変化を抑制していると考えられる。
【0081】
そして、焼結体の体積抵抗率の測定結果から、金粉末の被覆剤は、それ自体は焼結体の抵抗率を上昇させる要因になり得るが、その影響は焼結条件の適性化により解消できるといえる。即ち、本実施形態においては、被覆率が33%以上であっても、焼結温度を230℃以上としつつ焼結時間を30分以上にすることで、焼結体の体積抵抗率の上昇が抑制されている。かかる焼結条件適性化により、被覆剤が脱離・除去されたためと考えられる。
【0082】
更に、本実施形態と上記予備的検討とを併せてみると、上記した被覆剤(Cl)による乾燥体の加工性向上の作用は、金ペースト中の被覆剤(Cl)の濃度のみで規定されるべきではないことが確認できる。例えば、予備的検討の表1のNo.1の金ペーストのCl濃度は、本実施形態(表2)の全ての金ペーストのCl濃度よりも高いが乾燥体のシェア強度が高く加工性が劣っている。これは、No.1の金粉末の平均粒径が小さく被覆率は33%未満であったためと考えられる。このことから、被覆剤による作用を評価するためには、金粉末の平均粒径(比表面積(SAu))と被覆剤の濃度(総断面積SC)の双方を考慮した被覆率(SC/SAu)を適用する必要がある。
【0083】
第2実施形態:ここでは、Cl及びSを有する官能基であるチオール基の2種の被覆剤を作用させた金粉末を含む金ペーストを製造し、その乾燥体の加工性と焼結体の体積抵抗率を評価した。
【0084】
[金粉末の製造]
第1実施形態と同様に、81℃の純水にアルキルアミン酢酸塩を加えて攪拌後、塩化ヒドロキシルアンモニウム0.5gを添加し攪拌した。ここに塩化金酸溶液(金質量で0.1g相当)を加え、温度を保持しながら1時間攪拌して金コロイド溶液を得た。この金コロイド合成工程で得た溶液に、還元剤として塩化ヒドロキシルアンモニウム400gを加えた。そして、塩化金酸溶液0.5Lを添加した。その後、溶液の温度を80±2℃に保持しながら0.5時間攪拌して金粉末70gを製造した(金粉末b)。
【0085】
次に、第1実施形態と同様、被覆処理液として100%パークロロエチレンに上記金粉末を添加し、24時間浸漬して被覆処理を行った。そして、処理後の金粉末を濾過して回収し、1Lのイソプロピルアルコール(IPA)に浸漬して洗浄した。
【0086】
そして、塩素にて被覆処理した金粉末にオクタンチオールを接触させ、塩素の一部をチオール基に置換した。具体的な方法としては、200mLのビーカーに分散媒をIPAとする金粉末のスラリー(金粉末90質量%)を3.33g(金質量で3g相当)を投入した。この金スラリーを攪拌しながら60℃に維持し、ここにオクタンチオールのIPA溶液を投入した。オクタンチオールによる被覆処理後は、金粉末を濾過、乾燥した。本実施形態では、オクタンチオールによる処理を行わない金粉末と、濃度が異なる3種類のオクタンチオール溶液(オクタンチオール濃度で48ppm、480ppm、4000ppm)を投入してチオールによる被覆率を調整した。
【0087】
その後は、第1実施形態と同様にして金粉末を洗浄・乾燥した後、有機溶剤で金ペーストを製造した。製造した金ペーストについては、第1実施形態と同様の方法で平均粒径と粗大粒子の割合を測定し、加熱脱着法により、ClとSの含有量を測定し、Cl及びSのそれぞれの濃度及びそれらによる被覆率を測定・算出した。
【0088】
そして、第1実施形態と同様にして乾燥体の加工性(シェア強度)を評価した。また、金ペーストを塗布した後、230℃で焼成して焼結体を作成し、その体積抵抗率の測定も行った。これらの結果を表3に示す。
【0089】
【0090】
表3から、Clで被覆された金粉末をチオール化合物溶液で処理することで、Clの一部がチオール(S)で置換されることが確認される。このとき、被覆処理溶液のチオール濃度(添加量)の増大により、塩素による被覆率は低下する一方でチオール(S)による被覆率が増加する(b-2~b-4)。そして、置換によりSを被覆剤として追加した場合でも合計の被覆率が33%を超えていれば、乾燥体の加工性は良好であるといえる(b-3、b-4)。また、この金ペーストは、焼結体を形成したとき体積抵抗率についても良好といえる。尚、b-2の金ペーストは、オクタンチオールによる被覆処理の際の処理溶液中のチオールの濃度が低かったためチオールによる被覆率が低く、合計の被覆率が33%未満となった。この金ペーストでは、チオールによる被覆率の上昇はわずかであった一方、被覆処理における溶媒(IPA)が金粉末を洗浄したため塩素の被覆率の低下が大きくなったと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0091】
本発明に係る金ペーストは、塗布後の乾燥工程で形成される乾燥体に対して適度な加工性を付与する。これにより、金ペーストの塗膜に微細形状・パターンを形成する際、乾燥体から余剰な部分を容易に除去・加工することができる。本発明に係る金ペーストは、低温焼結性は維持しながら、前記特性を有する。そして、本発明に係る金ペーストは、電気・電子部品、半導体デバイス、半導体素子、パワーデバイス、MEMS等の各種用途について、電極・配線材料や接合・封止材料の形成に有用である。
【要約】
【課題】低温焼結性に優れると共に、塗布後の乾燥状態における加工性が良好な金ペースト及びその製造方法を提供する。
【解決手段】本発明は、金粉末と有機溶剤とからなる金ペーストに関する。本発明において、金粉末は、純度99.9質量%以上であり、平均粒径0.1μm以上0.4μm以下である。そして、金粉末の少なくとも一部が、Cl、Br、I、Sのいずれかの元素又は前記元素のいずれかを含むイオン、若しくは前記元素のいずれかを含む官能基の少なくともいずれかを有する被覆剤により被覆されている。このとき、金ペースト1g中の前記被覆剤由来の前記元素の濃度に基づいて算出される前記元素の総断面積SCと、前記金粉末の比表面積SAuとの比(SC/SAu)として定められる被覆率が33%以上100%以下となっている。
【選択図】なし