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特許7308805ジホモ-γ-リノレン酸含有微生物油及びジホモ-γ-リノレン酸含有微生物菌体
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-06
(45)【発行日】2023-07-14
(54)【発明の名称】ジホモ-γ-リノレン酸含有微生物油及びジホモ-γ-リノレン酸含有微生物菌体
(51)【国際特許分類】
   C12P 7/64 20220101AFI20230707BHJP
   A23L 33/115 20160101ALI20230707BHJP
   C12N 1/14 20060101ALI20230707BHJP
   A61K 8/00 20060101ALI20230707BHJP
   A61K 8/37 20060101ALI20230707BHJP
   A61K 8/92 20060101ALI20230707BHJP
   A61K 8/99 20170101ALI20230707BHJP
   A61K 8/36 20060101ALI20230707BHJP
   A61K 35/74 20150101ALI20230707BHJP
   A61P 37/08 20060101ALI20230707BHJP
   A61P 29/00 20060101ALI20230707BHJP
   A61K 31/202 20060101ALI20230707BHJP
   A61K 31/232 20060101ALI20230707BHJP
   A23K 10/16 20160101ALI20230707BHJP
【FI】
C12P7/64
A23L33/115
C12N1/14 C
C12N1/14 A
A61K8/00
A61K8/37
A61K8/92
A61K8/99
A61K8/36
A61K35/74 G
A61P37/08
A61P29/00
A61K31/202
A61K31/232
A23K10/16
【請求項の数】 15
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2020202893
(22)【出願日】2020-12-07
(62)【分割の表示】P 2019160981の分割
【原出願日】2014-12-04
(65)【公開番号】P2021040657
(43)【公開日】2021-03-18
【審査請求日】2020-12-11
(31)【優先権主張番号】P 2013251401
(32)【優先日】2013-12-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000004189
【氏名又は名称】株式会社ニッスイ
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100138210
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 達則
(74)【代理人】
【識別番号】100087871
【弁理士】
【氏名又は名称】福本 積
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 誠造
(72)【発明者】
【氏名】深江 拓朗
(72)【発明者】
【氏名】大塚 尚美
(72)【発明者】
【氏名】山口 秀明
(72)【発明者】
【氏名】池田 理恵
【審査官】山内 達人
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2005/083101(WO,A1)
【文献】特表2017-502114(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 7/62-7/64
C11B 1/00-15/00
C11C 1/00-5/02
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
油の構成脂肪酸としてジホモ-γ-リノレン酸を含む微生物油であって、ジホモ-γ-リノレン酸に対するアラキドン酸の重量比(アラキドン酸/ジホモ-γ-リノレン酸)が1/100未満である、モルティエレラ(Mortierella)属に属する微生物の微生物油をエステル交換反応又は加水分解反応に供することを含む、ジホモ-γ-リノレン酸を含む低級アルコールエステル組成物又はジホモ-γ-リノレン酸を含む遊離脂肪酸組成物の製造方法。
【請求項2】
油の構成脂肪酸としてジホモ-γ-リノレン酸を含む微生物油であって、ジホモ-γ-リノレン酸に対するアラキドン酸の重量比(アラキドン酸/ジホモ-γ-リノレン酸)が1/100未満である、モルティエレラ(Mortierella)属に属する微生物の微生物油を含有する微生物菌体。
【請求項3】
請求項記載の微生物菌体を含む培養液。
【請求項4】
微生物菌体の含有率が、乾燥菌体重量として2.5g/リットル以上である請求項記載の培養液。
【請求項5】
油の構成脂肪酸としてジホモ-γ-リノレン酸を含む微生物油であって、ジホモ-γ-リノレン酸に対するアラキドン酸の重量比(アラキドン酸/ジホモ-γ-リノレン酸)が1/100未満である、モルティエレラ(Mortierella)属に属する微生物の微生物油を、0.4g/リットル以上の含有率で含む請求項又は請求項記載の培養液。
【請求項6】
培養液に、少なくとも2種類のΔ5不飽和化酵素阻害剤を添加すること、及び、
前記培養液中で、Δ5不飽和化活性が低下又は欠失した微生物を培養して、ジホモ-γ-リノレン酸含有微生物油を製造すること、
を含む、油の構成脂肪酸としてジホモ-γ-リノレン酸を含む微生物油であって、ジホモ-γ-リノレン酸に対するアラキドン酸の重量比(アラキドン酸/ジホモ-γ-リノレン酸)が1/100未満である、モルティエレラ(Mortierella)属に属する微生物の微生物油の製造方法。
【請求項7】
前記少なくとも2種類のΔ5不飽和化酵素阻害剤のうちのひとつが2-アミノ-N-(3-クロロフェニル)ベンズアミドである請求項記載の方法。
【請求項8】
前記少なくとも2種類のΔ5不飽和化酵素阻害剤のひとつ、又は2-アミノ-N-(3-クロロフェニル)ベンズアミド以外のΔ5不飽和化酵素阻害剤は、次の一般式(I):
【化1】
(式中、R1,R2,R3,R4,R5、及びR6はそれぞれ独立に水素原子、炭素数1~3のアルキル基、あるいはR1とR2、及び/又はR4とR5は一緒になってメチレン基もしくはエチレン基を表し、そしてn,m及びLは、0又は1を表す。)
で表わされるジオキサビシクロ〔3.3.0〕オクタン誘導体;
ピペロニルブトキサイド、クルクミン、又は次の一般式(II):
【化2】
(式中、R1は低級アルキル基を示し、R2は水酸基、アルキル基、アルコキシ基、アルケニル基、又はオキシアルキル基を示す。R2が複数ある場合には、複数のR2は同一であっても異なっていてもよい。nは0~5の整数を示す。)
で表わされる化合物である請求項又は請求項記載の方法。
【請求項9】
前記ジオキサビシクロ〔3.3.0〕オクタン誘導体が、セサミン、セサミノール、エピセサミン、エピセサミノール、セサモリン、2-(3,4-メチレンジオキシフェニル)-6-(3-メトキシ-4-ヒドロキシフェニル)-3,7-ジオキサビシクロ〔3.3.0〕オクタン、2,6-ビス-(3-メトキシ-4-ヒドロキシフェニル)-3,7-ジオキサビシクロ〔3.3.0〕オクタン、又は、2-(3,4-メチレンジオキシフェニル)-6-(3-メトキシ-4-ヒドロキシフェノキシ)-3,7-ジオキサビシクロ〔3.3.0〕オクタンである請求項記載の方法。
【請求項10】
前記少なくとも2種類のΔ5不飽和化酵素阻害剤のひとつ、又は2-アミノ-N-(3-クロロフェニル)ベンズアミド以外のΔ5不飽和化酵素阻害剤が、セサミン又はクルクミンである請求項記載の方法。
【請求項11】
油の構成脂肪酸としてジホモ-γ-リノレン酸を含む微生物油であって、ジホモ-γ-リノレン酸に対するアラキドン酸の重量比(アラキドン酸/ジホモ-γ-リノレン酸)が1/100未満である、モルティエレラ(Mortierella)属に属する微生物の微生物油から、ジホモ-γ-リノレン酸の低級アルコールエステル組成物又は遊離脂肪酸組成物を製造する方法であって、
(a)前記微生物油の加水分解又はアルコリシスによって、遊離脂肪酸又は低級アルコールエステルの混合物を得ること、並びに、
(b)前記遊離脂肪酸又は低級アルコールエステルの混合物を、精製して、炭素数が少なくとも20の脂肪酸を有する遊離脂肪酸又は低級アルコールエステル組成物を得ること、
を含む方法。
【請求項12】
低級アルコールジホモ-γ-リノレン酸エステル又は遊離ジホモ-γ-リノレン酸を製造する方法であって、
請求項11の方法により低級アルコールエステル組成物又は遊離脂肪酸組成物を製造することを含み、次いで、
(c)炭素数が少なくとも20の脂肪酸を含む遊離脂肪酸又は低級アルコールエステル組成物から、逆相分配系カラムクロマトグラフィーによって、ジホモ-γ-リノレン酸の低級アルコールエステル又は遊離ジホモ-γ-リノレン酸の分画精製を行うこと、
を含む方法。
【請求項13】
ジホモ-γ-リノレン酸を含む低級アルコールエステル又は遊離脂肪酸を製造する方法であって、
(a)培養液中の1、2又はそれ以上のΔ5不飽和化酵素阻害剤の存在下で、ジホモ-γ-リノレン酸を生成するための培養液において、Δ5不飽和化活性が低下又は欠失したアラキドン酸生成機能を有する、モルティエレラ(Mortierella)属に属する微生物を培養し、ジホモ-γ-リノレン酸に対するアラキドン酸の重量比が1/100未満である微生物油を生成すること;
(b)微生物油の精製の後で、微生物油の加水分解又はアルコリシスにより、ジホモ-γ-リノレン酸を含有する遊離脂肪酸又は低級アルコールエステルの混合物を得ること;
(c)脂肪酸又は低級アルコールエステルの混合物を精製すること、
を含む方法。
【請求項14】
工程(c)において混合物を精製して、炭素数が少なくとも20の脂肪酸を含む脂肪酸又は低級アルコールエステル混合物を得る請求項13記載の方法であって、更に、
(d)前記精製された混合物から、逆相分配系カラムクロマトグラフィーによって、ジホモ-γ-リノレン酸又はジホモ-γ-リノレン酸の低級アルコールエステルの分画精製を行うこと、
を含む方法。
【請求項15】
精製された遊離ジホモ-γ-リノレン酸又はジホモ-γ-リノレン酸の低級アルコールエステルを医薬品に組み込むことを更に含む、請求項12、請求項13又は請求項14記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ジホモ-γ-リノレン酸(以下、DGLAと称する場合ある。)含有微生物油、ジホモ-γ-リノレン酸含有微生物菌体、並びにその製造方法及びその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
DGLA(8,11,14-エイコサトリエン酸)は魚油、海藻等における構成脂肪酸のひとつである。DGLAは、モリティエレラ・アルピナ等の微生物においてアラキドン酸(以下、ARAと記す場合がある。)の前駆物質として生成されていることが知られている。しかしながら、トリグリセリド、ジグリセリド、モノグリセリド、リン脂質及びステロールを脂質成分として含有する微生物において、DGLAの生成量はわずかである。DGLAとARAは類似の化学的特徴を持つ脂肪酸である。このため、DGLAとARAとの分離が困難である。
DGLAを効率よく生産するために、微生物におけるARAの生成量をなるべく減らす技術が提案されている。
【0003】
例えば、特開平5-091887号公報には、アラキドン酸生産能を有するが、Δ5不飽和化活性が低下又は欠失した微生物を培養して、DGLA又はDGLAを含有する脂質を生成すること、DGLA又はDGLAを含有する脂質を採取することを含むDGLA又はDGLAを含有する脂質の製造方法が開示されている。また、特開平5-091887号公報では、アラキドン酸生産能を有し、かつΔ5不飽和化活性が低下又は欠失した微生物を、Δ5不飽和化酵素阻害剤、例えばセサミン等の存在下で培養することによって得られることも開示されている。
【0004】
また国際公開第2005/083101号には、アラキドン酸、DGLA等の長鎖高度不飽和脂肪酸を構成要素として含むリン脂質の製造方法が開示されている。この方法は、長鎖高度不飽和脂肪酸を構成要素として含む脂質を生産する脂質生産菌の細胞からトリグリセリドを含む油脂を抽出することによって得られた脱脂菌体から、リン脂質を抽出する工程を包含する。
【0005】
これらの先行技術にも拘わらず、製品の満足性と使用品質の達成が技術的に困難なことから、DGLA富化微生物油の商業的な生産は、いまだにほとんどなされていない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
より高い純度でDGLAを含む油に対する要請はますます高まっており、前述の技術はこの要請には不充分である。
本発明の課題は、従来の方法で得られた微生物油よりもアラキドン酸含有率が低いジホモ-γ-リノレン酸含有油を効率よく得るために利用可能な微生物油及び微生物菌体を提供することであり、また、これに対応する製造方法及びその利用を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は以下のとおりである。
第一の態様は、油の構成脂肪酸としてジホモ-γ-リノレン酸を含む微生物油であって、ジホモ-γ-リノレン酸に対するアラキドン酸の重量比(アラキドン酸/ジホモ-γ-リノレン酸)が1/13未満である微生物油である。
アラキドン酸/ジホモ-γ-リノレン酸の重量比は、1/15以下であってもよく、1/20以下であることが好ましい。
望ましくは、微生物油は、70重量%以下、より好ましくは90重量%以下のトリグリセリド含有率を有する。微生物油はリン脂質を、例えば0.1重量%~10重量%で含むことができる。
微生物油における飽和脂肪酸の含有率が40重量%以下であることが望ましい。
【0008】
微生物油は、粗油又は精製油であってもよい。粗油では、好ましくは、トリグリセリド含有率が90重量%以上である。ジホモ-γ-リノレン酸に対するアラキドン酸の重量比は、望ましくは粗油において1/15以下であり、又は、この比について本明細書で開示される他の如何なる値である。
微生物油が精製油の場合、好ましくは、トリグリセリド含有率は、90重量%以上である。ジホモ-γ-リノレン酸に対するアラキドン酸の重量比は、望ましくは1/20以下であり、又は、この比について本明細書で開示される他の如何なる値である。
【0009】
更なる態様は、ジホモ-γ-リノレン酸エステルを含む低級アルコールエステル組成物、又はジホモ-γ-リノレン酸を含有する遊離脂肪酸組成物であって、これらはそれぞれ、本明細書で開示された如何なる微生物油をエステル交換反応又は加水分解反応に供することを含む方法によって、製造又は得られ得る。
更なる態様は、微生物油に由来し、ジホモ-γ-リノレン酸エステルを含有する低級アルコールエステル組成物、又は、微生物油に由来し、ジホモ-γ-リノレン酸を含有する遊離脂肪酸組成物であって、これらでは、ジホモ-γ-リノレン酸に対するアラキドン酸の重量比(アラキドン酸/ジホモ-γ-リノレン酸)が1/13未満、又はこの比について本明細書で開示されている他の如何なる値である。
本態様のすべての微生物油、低級アルコールエステル組成物又は遊離脂肪酸組成物では、アラキドン酸含有率は、通常、7重量%以下であり、好ましくは、後述するようにより少ない。
【0010】
本態様のすべての微生物油、低級アルコールエステル組成物又は遊離脂肪酸組成物は、医薬品としての、好ましくは、抗アレルギー剤又は抗炎症剤としての使用に提供され得る。医薬品としての本使用は、本提案の更なる態様である。この態様は、炎症若しくはアレルギー疾患の予防、治療又は寛解のための方法、又はこのような方法における使用のための物質を含み、当該方法は、本態様又は好ましい態様のすべての微生物油、低級アルコールエステル組成物又は遊離脂肪酸組成物、好ましくは、精製ジホモ-γ-リノレン酸若しくはジホモ-γ-リノレン酸の低級アルコールエステル、又はこれを含む組成物を含む医薬品を、炎症性疾患又はアレルギー疾患に罹患している又は罹患するリスクのある対象に、投与することを含む。この医薬品は、局所的に又は経口的に、好ましくは局所的に投与されてもよい。炎症性疾患又はアレルギー疾患は、アトピー性皮膚炎、アレルギー性接触皮膚炎(ACD)、一次刺激性皮膚炎(ICD)、光接触皮膚炎、全身性接触皮膚炎、リウマチ、乾癬、狼瘡などであってよいが、これらに限定されない。
本態様のすべての微生物油、低級アルコールエステル組成物又は遊離脂肪酸組成物は、一般に、食品、サプリメント、医薬品、化粧品、又は動物飼料を製造するための方法に用いられることができる。
【0011】
本発明の更なる態様は、微生物細胞と組み合わせて、本明細書で定義される如何なる微生物油を含有する微生物菌体、及びこのような微生物菌体を含有する培養液である。
このような培養液では、微生物菌体の含有率は、乾燥菌体重量として2.5g/リットル以上であってもよい。
望ましくは、この培養液は、0.4g/リットル以上の含有率で微生物油を含む。
【0012】
本発明の更なる態様は、このような微生物油を製造する方法、及びこれらを更に加工して、有用な製品にするための方法を提供する。
ある方法の態様は、本明細書で開示されるすべての微生物油のような、ジホモ-γ-リノレン酸含有微生物油を製造する方法であり、これは;
培養液に、Δ5不飽和化酵素阻害剤、特に2種類以上のΔ5不飽和化酵素阻害剤を添加することと、
培養液中で、Δ5不飽和化活性が低下又は欠失した微生物を培養して、ジホモ-γ-リノレン酸含有微生物油を製造することと、
を含む。
少なくとも2種のΔ5不飽和化酵素阻害剤のひとつは、アリールベンズアミドΔ5不飽和化酵素阻害剤、特に、2-アミノ-N-(3-クロロフェニル)ベンズアミドであってもよい。
【0013】
少なくとも2種類のΔ5不飽和化酵素阻害剤のひとつ、又は2-アミノ-N-(3-クロロフェニル)ベンズアミド以外のΔ5不飽和化酵素阻害剤は、次の一般式(I):
【0014】
【化1】
(式中、R1,R2,R3,R4,R5、及びR6はそれぞれ独立に水素原子、炭素数1~3のアルキル基、あるいはR1とR2、及び/又はR4とR5は一緒になってメチレン基もしくはエチレン基を表し、そしてn,m,Lは0又は1を表す。)
で表わされるジオキサビシクロ〔3.3.0〕オクタン誘導体;
ピペロニルブトキサイド、クルクミン、又は次の一般式(II):
【0015】
【化2】
【0016】
(式中、R1は低級アルキル基を示し、R2は水酸基、アルキル基、アルコキシ基、アルケニル基又はオキシアルキル基を示す。R2が複数ある場合には、複数のR2は同一であっても異なっていてもよい。nは0~5の整数を示す。)
で表わされる化合物であることができる。
【0017】
ジオキサビシクロ〔3.3.0〕オクタン誘導体を使用する場合、この誘導体は、セサミン、セサミノール、エピセサミン、エピセサミノール、セサモリン、2-(3,4-メチレンジオキシフェニル)-6-(3-メトキシ-4-ヒドロキシフェニル)-3,7-ジオキサビシクロ〔3.3.0〕オクタン、2,6-ビス-(3-メトキシ-4-ヒドロキシフェニル)-3,7-ジオキサビシクロ〔3.3.0〕オクタン、及び2-(3,4-メチレンジオキシフェニル)-6-(3-メトキシ-4-ヒドロキシフェノキシ)-3,7-ジオキサビシクロ〔3.3.0〕オクタンから選択されてもよい。
特に、少なくとも2種のΔ5不飽和化酵素阻害剤のひとつ、又は、2-アミノ-N-(3-クロロフェニル)ベンズアミド以外のΔ5不飽和化酵素阻害剤は、セサミン又はクルクミンであってもよい。
一般に、微生物油の供給源としてここで用いられる微生物は、最も望ましくは、モルティエレラ属に属する微生物である。これは、遺伝的に修飾されていてもいなくてもよい。
【0018】
更なる方法の態様は、上記で提案されたいずれかの微生物油から、上記で提案された低級アルコールエステル組成物又は遊離脂肪酸組成物を製造する方法であって、本方法は: (a)微生物油の加水分解又はアルコリシスにより、それぞれ、脂肪酸又は低級アルコールエステルの混合物を得ること、並びに、
(b)脂肪酸又は低級アルコールエステルの混合物を、精製して、好ましくは精留により精製して、炭素数が少なくとも20の脂肪酸を有する脂肪酸又は低級アルコールエステル組成物を得ること、
を含む。
この混合物又は組成物は、逆相分配系のカラムクロマトグラフィーのようなカラムクロマトグラフィーによって、更に精製されてもよい。例えば、低級アルコールジホモ-γ-リノレン酸エステル又は、遊離ジホモ-γ-リノレン酸は、所望の低級アルコールエステル組成物又は遊離脂肪酸組成物を製造し、逆相分配系カラムクロマトグラフィーによって、ジホモ-γ-リノレン酸の低級アルコールエステルの分画精製又はジホモ-γ-リノレン酸の分画精製を行うことによって、精製又は製造されてもよい。
【0019】
更なる方法の態様は、ジホモ-γ-リノレン酸を含む低級アルコールエステル組成物又は遊離脂肪酸組成物を製造する方法であり、本方法は:
(a)任意には培養液中の1、2又はそれ以上のΔ5不飽和化酵素阻害剤の存在下で、ジホモ-γ-リノレン酸を生成するための培養液において、Δ5不飽和化活性が低下又は欠失したアラキドン酸生成機能を有する微生物を培養し、ジホモ-γ-リノレン酸に対するアラキドン酸の重量比が1/13未満の微生物油を生成すること;
(b)任意には微生物油の精製の後で、微生物油の加水分解又はアルコリシスにより、ジホモ-γ-リノレン酸を含有する脂肪酸又は低級アルコールエステルの混合物を得ること;
(c)脂肪酸又は低級アルコールエステルの混合物を精製すること、
を含む。
工程(c)では、混合物を精製して、炭素数が少なくとも20の脂肪酸を含む脂肪酸又は低級アルコールエステル混合物を得てもよく、また、本方法は、更に、
(d)前記精製された混合物から、逆相分配系カラムクロマトグラフィーによって、ジホモ-γ-リノレン酸又はジホモ-γ-リノレン酸の低級アルコールエステルの分画精製を行うこと、
を含んでもよい。
【0020】
精製ジホモ-γ-リノレン酸若しくはジホモ-γ-リノレン酸の低級アルコールエステル、又はこれを含む組成物は、本明細書で記載されたように用いることができ、例えば、医薬品、好ましくは抗アレルギー剤又は抗炎症剤として、又はこれらに組み込まれて用いられることができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、従来法で得られる微生物油よりもアラキドン酸含有率が低いジホモ-γ-リノレン酸含有油を効率よく得るために利用可能な微生物油及び微生物菌体、並びにそれらの利用を提供することができる。
本発明によれば、従来法で得られる微生物油よりもアラキドン酸含有率が低いジホモ-γ-リノレン酸含有脂質を製造する方法、従来よりもアラキドン酸含有率が低いジホモ-γ-リノレン酸の遊離脂肪酸及びジホモ-γ-リノレン酸の低級アルコールエステルを提供することができる。
本発明の他の形態によれば、このようなジホモ-γ-リノレン酸含有脂質、ジホモ-γ-リノレン酸の遊離脂肪酸又はジホモ-γ-リノレン酸の低級アルコールエステルの用途が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明における微生物油は、油脂の構成脂肪酸としてDGLAを含み、DGLAに対するアラキドン酸の含有量が、重量比(ARA/DGLA)で1/13未満である微生物油である。
本発明における微生物は、油の構成脂肪酸としてDGLAを含み、DGLAに対するARAの含有量が、重量比(ARA/DGLA)で1/13未満である微生物油を含有する微生物菌体である。
【0023】
DGLAとARAの含有比を、重量比(ARA/DGLA)として表現する場合もあるが、重量比(DGLA/ARA)を用いて表現する場合もある。微生物油は、本来のARA生成機能を有する微生物にしばしば由来するので、この機能が変異又は株の選択により低減されていてもよく、及び/又は培養中に阻害されていてもよいが、少なくとも微量のARAがしばしば存在する。
【0024】
本発明によれば、DGLAを含み、ARAに対するDGLAの重量比(DGLA/ARA)が13以上である微生物油と、DGLAを含み、ARAに対するDGLAの重量比(DGLA/ARA)が13以上である微生物菌体とが提供される。DGLA/ARA(重量比)が13以上となる微生物油及び微生物菌体はこれまでに知られていない。このため、本発明の微生物油であれば、または、本発明の微生物菌体を使用することにより、従来の油よりも高いDGLA純度でDGLAを含有し、低いARA含有率である油を効率よく提供することができる。
【0025】
本発明の微生物油は、DGLAを含有する脂質を生成する微生物を適切な培地中で培養し、その微生物菌体から溶媒抽出などの方法により採取することにより得られた脂質である。一般に、脂質には、トリグリセリド、ジグリセリド、モノグリセリド、リン脂質、コレステロール等が含まれ、脂質は、主成分としてトリグリセリドで構成される。これら脂質の構成脂肪酸として、各種の脂肪酸が含まれている。本発明の微生物菌体及び微生物油では、それらの構成脂肪酸のうちのDGLAの含有率が高く、ARAの含有率が少ない。
【0026】
本発明では、微生物菌体から、このような脂質を単に抽出することにより得られた状態である脂質の混合物を、微生物油の「粗油」と称する。この微生物油を精製してリン脂質やコレステロールを除去し、これにより、トリグリセリドの割合を高めることにより得られる微生物油が、微生物油の精製油である。本明細書において「微生物油」とは、特記しない限り、粗油と精製油の両方を意味する。一般に、目的とする脂肪酸を、加水分解又は低級アルコールエステルによるエステル化を用いて遊離脂肪酸又はその低級アルコールエステルにすることにより遊離脂肪酸型又は低級アルコールエステル型に変換し、次いで、遊離脂肪酸又はその低級アルコールエステルを精製することによって、目的とする脂肪酸の含有率を高めることができる。ARAとDGLAは炭素原子の数が同じ、即ち炭素数20であり、二重結合数も4個と3個であるため、化合物としての性質が似ており、実生産規模によるDGLAのARAから分離がきわめて難しいことが知られている。本発明では、粗油の段階で、ARAの含有率が低い、言い換えれば、ARAとDGLAとの含有率の差が大きい微生物油を提供することができ、従って、精製油及び/製品の化学処理品において、非常に高いDGLA/ARAを得る能力を顕著に高めることができる。
【0027】
本明細書において「ARA/DGLA」あるいは「DGLA/ARA」とは、油中に含まれる脂肪酸組成の分析による、ARAとDGLAの重量比である。脂肪酸組成は、常法にしたがって求めることができる。具体的には、測定対象となる油を、低級アルコールと触媒を用いてエステル化し、脂肪酸低級アルコールエステルを得る。次いで、得られた脂肪酸低級アルコールエステルを、ガスクロマトグラフィーを用いて分析する。得られたガスクロマトグラフィーにおいて各脂肪酸に相当するピークを同定し、例えばAgilent ChemStation積分アルゴリズム(リビジョンC.01.03[37]、Agilent Technologies)を用いて、各脂肪酸のピーク面積を求める。「ピーク面積」とは、それぞれの成分のピーク面積の全ピーク面積に対する割合であって、すなわち、構成成分として種々の脂肪酸を有する油のガスクロマトグラフィー又は薄層クロマトグラフィー/水素炎イオン化検出器(TLC/FID)により得られた分析チャートによって決定されたそのピークの成分の含有比率を示すものである。脂肪酸組成については、例えば実施例に示す方法に従った、ガスクロマトグラフィーにより決定した。脂質組成については、TLC/FIDにより決定した。詳細な条件は実施例に示した。
【0028】
本明細書において「工程」との語は、独立した工程だけではなく、他の工程と明確に区別できない場合であってもその工程の所期の目的が達成されれば、本用語に含まれる。
また本明細書において「~」を用いて示された数値範囲は、その前後に記載される数値をそれぞれ最小値および最大値として含む範囲を示すものとする。
さらに本明細書において組成物に含まれうる各成分の量は、組成物中に各成分に該当する物質が複数存在する場合、特に断らない限り、組成物中に存在する当該複数の物質の合計量を意味する。
【0029】
本明細書において「微生物」とは、真核生物及び原核生物の双方を包含し、具体的には、細菌、放線菌、ラン藻(シアノバクテリア)、古細菌(アーケア)、菌類、藻類、地衣類、原生動物等が挙げられる。
【0030】
便宜上、用語「油」は、「油脂」を指し示すために本明細書では使用される。また、用語「油」及び「油脂」とは、狭義にはトリグリセリドを意味するが、本明細書においてはトリグリセリドを主成分とし、ジグリセリド、モノグリセリド、リン脂質、コレステロール、遊離脂肪酸等の他の脂質成分を含む油、例えば粗油も含む。実際には、トリグリセリド含有率は、30重量%以上が好ましく、50重量%以上がより好ましく、70重量%以上が更に好ましく、90重量%以上が更により好ましい。
【0031】
本明細書において「粗油」とは、微生物から抽出により得られた状態の油を意味し、一般に、上述した脂質成分の混合物である。本明細書において「精製油」とは、脱ガム工程、脱酸工程、脱色工程、脱臭工程等を、これらのいくつか又はそのすべてを組み合わせて含み、リン脂質及びステロールなど目的物以外の物質を除去するための精製工程後に得られた油を意味する。当業者は、これらの用語に精通し、それらの特定の組成を参照することによって、精製微生物油から粗微生物油を区別することができる。特定の精製工程は、元々の粗微生物油から不純物の特徴的なサブセットを取り除くものであり、これは、それ自身、既に知られている微生物源の一般的な特徴であり得る。
本明細書において「微生物油」とは、特記しない限り、微生物から得られたすべての油を広く意味し、本明細書において粗油及び精製油の双方を区別することなく指称する用語として用いる。
【0032】
本明細書において、「微生物油を含有する微生物菌体」とは、本発明の微生物油を生産する微生物を培養することにより、微生物細胞内に蓄積又は微生物細胞外へ放出された微生物油を保持する微生物菌体(バイオマス)を意味する。生菌も死菌も微生物菌体に含まれていてもよい。乾燥させた微生物菌体も含まれる。乾燥菌体との表現は、実質的に水を含まない微生物菌体の乾燥物と、残存培地成分、濾過助剤などを含有する乾燥物とを意味する。「実質的に水を含まない」とは、微生物の生存が困難となり得る水分量以下となる水分量を意味する。この量は、一般に、水分量が15重量%以下のことであり、好ましくは10重量%以下の水分量である。
本明細書において、「微生物菌体を含む培養液」とは、上記「微生物菌体」が培養された培養液であって、微生物菌体が培養液から分離される前の状態を意味する。
以下、本発明について説明する。
【0033】
(1)微生物油
本発明の微生物油は、DGLAを含み、DGLA/ARA(重量比)が13以上である。DGLA/ARAの値は高いほど好ましく、15以上、20以上、又は30以上であることが更に好ましく、50以上であることが更により好ましく、100以上であることがまた更に好ましく、200以上であることが特に好ましい。DGLA/ARAの値が13未満では、微生物油におけるARAのDGLAに対する相対比率が高く、微生物油が精製等されても、残存ARA含有率が10重量%近くになり得るため、DGLAの純度を充分に高くできない。微生物油におけるDGLA/ARAの上限値については特に制限はなく、例えば、DGLA/ARAの値は3000以下とすることができる。
【0034】
微生物油におけるDGLAの含有率は、微生物油の全重量に対して、10重量%以上とすることができ、15重量%以上であることが好ましく、20重量%以上であることがより好ましく、25重量%以上が更により好ましい。微生物油は、わずかにARAを含んでもよい。微生物油におけるARAの含有率は、0.03重量%以上、0.01重量%以上、0.001重量%以上、又は0.0005重量%以上であってもよい。微生物油におけるARAの含有率は、好ましくは、10重量%以下、又は7重量%以下である。
【0035】
また、粗油において微生物油の全量に対するトリグリセリドの含有率は、微生物油において70重量%以上であることが好ましく、90重量%以上であることがより好ましい。
微生物油におけるトリグリセリドの含有率が70重量%以上であれば、吸湿性が低すぎることがなく、例えば、良好な流動性が得られ得る。微生物油中のトリグリセリドの含有率の上限値については特に制限はないが、一般にトリグリセリドの微生物油中における重量比は99重量%以下である。微生物油におけるトリグリセリドの重量比は、100重量%、即ち、微生物油が、グリセリド以外の成分を実質的に含まなくてもよい。微生物油のトリグリセリドを構成する脂肪酸には、炭素数14~26の飽和又は不飽和の脂肪酸が挙げられる。精製油では、例えば公知の方法により、不純物を除去することにより、トリグリセリドの濃度を高めることができる。
【0036】
粗微生物油の脂肪酸組成では、微生物油の全重量に対して、微生物油は、炭素数18以下の脂肪酸を60重量%以下で含むことが好ましい。この含有率は、55重量%以下であることがより好ましく、この含有率は50重量%以下であることが更に好ましい。粗油における炭素数18以下の脂肪酸の含有率が低い油は、炭素数18以下の脂肪酸を除去して脂肪酸組成を調整する必要なく、トリグリセリドとして使用できるので好ましい。このような調整は、一般に、ウィンタリング(低温処理)等の歩留りの低い方法を必要とする。
【0037】
微生物油は、特に微生物油の粗油について、油の全重量に対して10重量%以下のリン脂質含有率を有することが好ましく、油の全重量に対して5重量%であることがより好ましく、1重量%以下であることが更に好ましい。しかしながら、リン脂質は、いくらか存在してもよく、例えば、油の全重量に対して、0.1~10重量%、より好ましくは0.5~7重量%、更に好ましくは1~5重量%であってもよい。
【0038】
微生物油における飽和脂肪酸は、微生物粗油の全重量に対して、40重量%以下であることが好ましく、微生物粗油の35重量%以下であることがより好ましい。飽和脂肪酸の含有率が低い微生物油は、例えば機能性サプリメントのようなある用途に好ましい。
微生物油の種々のパラメータについての上述した任意の値は、一般に独立して達成され得るものであり、また、好ましい微生物油を定義するために自由に組み合わせてもよいと理解されるべきである。
【0039】
(2)微生物油の生産
微生物油は、脂質を生産することが既知の微生物を培養することによって微生物油を生産すること(以下、生産工程)、及び、得られた微生物油を微生物菌体から分離すること(分離工程)を含む製造方法により得ることができる。
DGLA含有脂質は、脂質を生産することが既知の微生物を培養することによって微生物油を生産すること(以下、生産工程)、及び、得られた微生物油を微生物菌体から分離すること(分離工程)を含む製造方法により得ることができる。
本発明におけるDGLA含有脂質の製造方法又は微生物油の製造方法は、培養液に2種類以上のΔ5不飽和化酵素阻害剤を添加すること、及びΔ5不飽和化活性が低下又は欠失した微生物を培養液中で培養して、ジホモ-γ-リノレン酸を含有する脂質を生成することを含む、方法であってもよい。
【0040】
あるいは、本発明におけるDGLA含有脂質の製造方法又は微生物油の製造方法は、培養液に2種類以上のΔ5不飽和化酵素阻害剤を添加すること、及びアラキドン酸を生産可能な微生物を変異することにより得られたΔ5不飽和化活性が低下又は欠失した微生物を、培養液中で培養して、ジホモ-γ-リノレン酸を含有する脂質を生成することを含む方法であってもよい。
言い換えれば、本発明におけるDGLA含有脂質の製造方法又は微生物油の製造方法は、アラキドン酸を生産可能な微生物を変異させることにより得られ、Δ5不飽和化活性が低下又は欠失した微生物を培養することによって、脂質中のジホモ-γ-リノレン酸に対するアラキドン酸の含有率が低い脂質を製造する方法であって、微生物の培養液に、例えば2種類のΔ5不飽和化酵素阻害剤を添加することを含む方法であってもよい。
【0041】
生産工程で用いられる脂質生産が既知の微生物は、好ましくは、モルティエレラ(Mortierella)属、コニディオボラス(Conidiobolus)属、フィチウム(Pythium)属、フィトフトラ(Phytophthora)属、ペニシリューム(Penicillium)属、クラドスポリューム(Cladosporium)属、ムコール(Mucor)属、フザリューム(Fusarium)属、アスペルギルス(Aspergillus)属、ロードトルラ(Rhodotorula)属、エントモフトラ(Entomophthora)属、エキノスポランジウム(Echinosporangium)属、及びサプロレグニア(Saprolegnia)属の微生物からなる群から選択される少なくとも1種である。前記微生物としてはDGLA産生能を有する微生物であるべきであり、モルティエレラ(Mortierella)属に属する微生物が更に好ましい。
【0042】
前記微生物としては、天然状態と比較してΔ5不飽和化活性が低下又は欠失したような、Δ5不飽和化活性が低下又は欠失した微生物(以下、「低Δ5不飽和化活性微生物」と称する。)であることが更に好ましい。ARA生産機能を有する微生物の変異により得られるΔ5不飽和化活性が低下又は欠失した微生物であることがより更に好ましく、モルティエレラ(Mortierella)属に属し、かつ、ARA生産機能を有する微生物における及び/又はこの微生物の変異により得られるΔ5不飽和化活性が低下又は欠失した微生物であることが更により好ましい。変異に用いられるARA生産機能を有する微生物はとしては、ARA生産機能を有するモルティエレラ属の微生物が好ましい。
【0043】
ARA生産機能を有するモルティエレラ属微生物としては、例えば、モルティエレラ・エロンガタ(Mortierella elongata) 、モルティエレラ・エキシグア(Mortierella exigua) 、モルティエレラ・ヒグロフィラ(Mortierella hygrophila) 、モルティエレラ・アルピナ(Mortierella alpina)等のモルティエレラ亜属に属する微生物を挙げられる。低Δ5不飽和化活性微生物は、ARA生産機能を有する微生物に突然変異を導入して得ることができ、これには、Δ5不飽和化酵素活性が低下又は欠失した変異株が含まれる。
【0044】
突然変異操作としては、放射線(X線、γ線、中性子線等)、紫外線の照射、高熱処理などの物理的な処理が挙げられる。
また、目的とする突然変異株は、突然変異操作の対象となる微生物を、変異源の存在下で一定時間インキュベートすること、及び、定法に従って寒天培地に植菌し、目的とする変異株のコロニーを得ることを含む、変異株単離方法によって得ることができる。変異株単離方法に用いられる変異源としては、ナイトロジェンマスタード、メチルメタンサルホネート(MMS)、N-メチル-N’-ニトロソ-N-ニトロソグアニジン(NTG)等のアルキル化剤;5-ブロモウラシル等の塩基類似体;マイトマイシンC等の抗生物質;6-メルカプトプリン等の塩基合成阻害剤;プロフラビン等の色素;4-ニトロキノリン-N-オキシド等の発癌剤;並びに、塩化マンガン、重クロム酸カリウム、亜硝酸、ヒドラジン、ヒドロキシルアミン、ホルムアルデヒド、ニトロフラン化合物などを挙げることができる。また突然変異操作の対象となる微生物の形態は、生育微生物菌体(菌糸など)でもよく、胞子でもよい。
【0045】
低Δ5不飽和化活性微生物のうち、モルティエレラ属の変異株として、例えば、上述のように突然変異によって誘導された突然変異株モルティエレラ・アルピナSAM1860(微工研条寄第3589号)を使用することができる。SAM1860を用いたDGLAの製造については、特開平5-091887号公報に詳細に記載されている。この製造方法の概要は以下のとおりである。
【0046】
低Δ5不飽和化活性微生物を培養するためには、この微生物株の胞子若しくは菌糸、又は予め培養して得られた前培養液を、液体培地又は固形培地に接種し、微生物を培養する。
液体培地の場合に、グルコース、フラクトース、キシロース、サッカロース、マルトース、可溶性デンプン、糖蜜、グリセロール、マンニトール等を含む一般的に使用されている炭素源のいずれもが使用できるが、炭素源は、これらに限られるものではない。
窒素源としては、ペプトン、酵母エキス、麦芽エキス、肉エキス、カザミノ酸、コーンスティプリカー等の天然窒素源と、尿素等の有機窒素源、及び、硝酸ナトリウム、硝酸アンモニウム、硫酸アンモニウム等の無機窒素源とを用いることができる。この他に、必要に応じて、リン酸塩、硫酸マグネシウム、硫酸鉄、硫酸銅等の無機塩及びビタミン等も微量栄養源として使用できる。
液体培地の基材として使用可能な水性媒体は、基本的に水であり、蒸留水又は精製水を用いることができる。
【0047】
これらの培地成分は、低Δ5不飽和化活性微生物の成育を害しない濃度であれば特に制限されない。実用上一般に、炭素源の濃度は0.1重量%~30重量%、好ましくは1重量%~10重量%、窒素源の濃度は0.01重量%~5重量%、好ましくは0.1重量%~2重量%である。また、培養温度は5℃~40℃、好ましくは20℃~30℃である。
培地のpHは4~10、好ましくは6~9である。培養は、通気攪拌培養、振とう培養、又は静置培養とすることができる。培養は通常2日間~15日間行う。通気撹拌培養における通気量は、通常、用いられる通気量をそのまま適用すればよい。
【0048】
DGLAの蓄積を促進するため、ARA及び/又はDGLA生産のための基質となる成分を培地に添加することができる。このような基質としては、テトラデカン、ヘキサデカン、オクタデカン等の炭化水素;テトラデカン酸、ヘキサデカン酸、オクタデカン酸等の脂肪酸;このような脂肪酸の塩、例えばナトリウム塩又はカリウム塩;脂肪酸エステル;脂肪酸を構成成分として含む油脂、例えばオリーブ油、大豆油、綿実油、ヤシ油;その他を挙げることができるが、これらに限られるものではない。
【0049】
低Δ5不飽和化活性微生物の培養に用いられる固体培地としては、通常用いられる固体培地を用いることができる。このような固体培地としては、寒天培地、麦芽エキス寒天培地、麦芽寒天培地、ツァペック-ドックス寒天培地、ツァペック寒天培地、ポテトニンジン寒天培地(PCA)、ポテトブドウ糖寒天培地(商品名「ポテトデキストロース寒天培地」、potato dextrose agar:PDA)、サブロー寒天培地、コーンミール寒天培地等が挙げられる。培地は、培養に用いられる微生物の種類に応じて適宜選択され得る。これらの固体培地はいずれも市販品として入手可能であり、市販品の固体培地をその指示書にしたがって、そのまま使用することができる。このような固体培地のなかでも、低Δ5不飽和化活性微生物におけるDGLAの生産効率の観点から、PDA培地であることが好ましい。
よりDGLA/ARAの高い微生物油を生成させるために、微生物の培養に用いられる培地としては、液体培地の場合、炭素源としてはグルコース、窒素源としては酵母エキスを用いた液体培地が好ましく、固体培地の場合、PDA培地が好ましい。
【0050】
(3)微生物の培養
よりDGLA/ARAの高い微生物油を生成させるためには、Δ5不飽和化酵素阻害剤の存在下で、前記微生物、好ましくは低Δ5不飽和化活性微生物を培養することが好ましい。Δ5不飽和化酵素阻害剤は、微生物細胞内で脂肪酸が生産される間に、ARAに至る合成経路中の酵素を阻害する。このため、単数又は複数のΔ5不飽和化酵素阻害剤を用いること及び/又はARA生産によりもDGLAを好む適切な微生物、例えば、既知の原理に従った変異ARA生産者を選択することによって、微生物細胞内におけるARAの合成を阻害し、かつ、微生物細胞内におけるDGLAの蓄積量を顕著に高めることができる。
【0051】
いかなる既知のΔ5不飽和酵素阻害剤も、制限なく用いることができ、1種単独で用いてもよく、2種以上を組みわせて用いてもよい。DGLA/ARAが高い微生物油をより効率よく得るために、発明者らは、2種以上のΔ5不飽和酵素阻害剤の組み合わせの使用が好ましいことを見いだした。驚くべきことに発明者らは、これまでにない高いDGLA/ARA比を有する新規な微生物油を生産するという、これまで予見できなかったであろうこのような組み合わせによって、DGLA/ARA比を顕著に高めることを達成できることを見いだした。
【0052】
2種類のΔ5不飽和化酵素阻害剤を組み合わせて用いる場合、1種類目のΔ5不飽和化酵素阻害剤としては2-アミノ-N-(3-クロロフェニル)ベンズアミドを選択するのが好ましい。2-アミノ-N-(3-クロロフェニル)ベンズアミドをその他のΔ5不飽和化酵素阻害剤と組み合わせることにより、脂質の総生産量の低下を抑えて、かつ、DGLA/ARAの比率を大きくし得る。2-アミノ-N-(3-クロロフェニル)ベンズアミドは、ここで使用され得るΔ5不飽和酵素阻害剤効果を有するアリールベンズアミドとして既知のアントラニルアニリドであるが、この種のプロセスに有効であるとはこれまで知られていなかった。
【0053】
2種類目のΔ5不飽和化酵素阻害剤としては、次の一般式(I):
【0054】
【化3】
【0055】
(式(I)中、R1、R2、R3、R4、R5、及びR6はそれぞれ独立に水素原子、炭素数1~3のアルキル基を表し、あるいは、R1とR2、及び/又はR4とR5は一緒になってメチレン基若しくはエチレン基を表し、そしてn、m、及びLは0又は1を表す。)
で表わされるジオキサビシクロ〔3.3.0〕オクタン誘導体、ピペロニルブトキサイド、クルクミン、次の一般式(II):
【0056】
【化4】
【0057】
(式(II)中、R1は低級アルキル基、例えば炭素数1~3のアルキル基を示し、R2は水酸基、アルキル基、アルコキシ基、アルケニル基、又はオキシアルキル基を示す。R2が複数ある場合には、複数のR2は同一であっても異なっていてもよい。nは0~5の整数を示す。)
で表される化合物等が挙げられる。このようなΔ5不飽和化酵素阻害剤は、単独で又は組合せて用いることができる。
【0058】
前記ジオキサビシクロ〔3.3.0〕オクタン誘導体としては、セサミン、セサミノール、エピセサミン、エピセサミノール、セサモリン、2-(3,4-メチレンジオキシフェニル)-6-(3-メトキシ-4-ヒドロキシフェニル)-3,7-ジオキサビシクロ〔3.3.0〕オクタン、2,6-ビス-(3-メトキシ-4-ヒドロキシフェニル)-3,7-ジオキサビシクロ〔3.3.0〕オクタン、2-(3,4-メチレンジオキシフェニル)-6-(3-メトキシ-4-ヒドロキシフェノキシ)-3,7-ジオキサビシクロ〔3.3.0〕オクタン等を挙げることができる。このようなジオキサビシクロ〔3.3.0〕オクタン誘導体を、単独で、又はいずれか2種類以上を組み合せて使用することができる。またこのようなジオキサビシクロ〔3.3.0〕オクタン誘導体は、立体異性体と組み合わせて使用してもよく、ラセミ体であってもよい。特に好ましくは、前記ジオキサビシクロ〔3.3.0〕オクタン誘導体は、セサミン及びクルクミンからなる群より選択される少なくとも1種である。このようなジオキサビシクロ〔3.3.0〕オクタン誘導体は、化学合成品であってもよく、天然物からの抽出物であってもよい。
【0059】
培地へ添加される2-アミノ-N-(3-クロロフェニル)ベンズアミド以外のΔ5不飽和化酵素阻害剤の添加形態としては特に制限はなく、用いられるΔ5不飽和化酵素阻害剤の種類及び形態に応じて適宜選択し得る。例えば、Δ5不飽和化酵素阻害剤は、ゴマ油、落花生油、ゴマ油に対して実質的に非混和性である有機溶媒を用いてゴマ油から抽出された天然抽出物、ゴマ種子の溶剤抽出物、五加皮の抽出物、桐木の抽出物、白果樹皮の抽出物、ヒハツの抽出物、細辛の抽出物、タラゴン(Tarragon)の抽出物、イノンド種子(Dill Seed)の抽出物、パセリ(Parsley)の抽出物、ウコン(Turmeric)の抽出物、及びナツメッグ(Nutmeg)の抽出物から選択される少なくとも1種であってもよい。Δ5不飽和化酵素阻害剤が天然抽出物である場合には、これらの天然抽出物を、微生物の培養に用いる培地に添加してもよく、あるいは、微生物が培養されている培養液に、これらの天然抽出物を添加してもよい。微生物は、これらのΔ5不飽和化酵素阻害剤を含有する培地でさらに培養することも可能である。
【0060】
Δ5不飽和化酵素阻害剤を2種以上組み合わせて用いる場合には、2-アミノ-N-(3-クロロフェニル)ベンズアミド(又は、上述で列記した他の1種類目の阻害剤のひとつ)と、前記ジオキサビシクロ〔3.3.0〕オクタン誘導体、ピペロニルブトキサイド、クルクミン及び一般式(II)で表される化合物からなる群より選択される少なくとも1種類のΔ5不飽和化酵素阻害剤との組み合わせであってもよい。DGLA/ARAの比率が高い微生物油を得る観点から、2-アミノ-N-(3-クロロフェニル)ベンズアミドと、前記ジオキサビシクロ〔3.3.0〕オクタン誘導体との組み合わせであることが好ましい。2-アミノ-N-(3-クロロフェニル)ベンズアミドと、セサミン、セサミノール、エピセサミン、エピセサミノール、セサモリン、2-(3,4-メチレンジオキシフェニル)-6-(3-メトキシ-4-ヒドロキシフェニル)-3,7-ジオキサビシクロ〔3.3.0〕オクタン、2,6-ビス-(3-メトキシ-4-ヒドロキシフェニル)-3,7-ジオキサビシクロ〔3.3.0〕オクタン及び2-(3,4-メチレンジオキシフェニル)-6-(3-メトキシ-4-ヒドロキシフェノキシ)-3,7-ジオキサビシクロ〔3.3.0〕オクタンからなる群より選択される少なくとも1種との組み合わせであることがより好ましい。
【0061】
Δ5不飽和化酵素阻害剤の添加濃度は、用いられるΔ5不飽和化酵素阻害剤の種類によって異なるが、液体培地の場合には、1日あたりのΔ5不飽和化酵素阻害剤の培養液中の添加濃度は、0.01g/L~1g/Lであることが好ましく、0.03g/L~0.50g/Lであることがより好ましい。また、固体培地の場合には、Δ5不飽和化酵素阻害剤のそれぞれの濃度は、0.0001重量%~0.1重量%であることが好ましく、0.001重量%~0.05重量%であることがより好ましい。Δ5不飽和化酵素阻害剤を、ゴマ油又は、ゴマ油抽出物のような抽出物の形態で用いる場合、抽出物中に含まれる有効成分の量などを勘案して、培養液中のΔ5不飽和化酵素阻害剤の合計の最終濃度は、例えば、0.001重量%~10重量%、好ましくは0.5重量%~10重量%の濃度が好ましい。Δ5不飽和化酵素阻害剤を2種以上組み合わせて使用する場合には、使用される複数のΔ5不飽和化酵素阻害剤の量の比率には特に制限はなく、このような比率は、使用されるΔ5不飽和化酵素阻害剤の種類に応じて適宜選択できる。例えば、2-アミノ-N-(3-クロロフェニル)ベンズアミドを、他のΔ5不飽和化酵素阻害剤と組み合わせて使用する場合には、2-アミノ-N-(3-クロロフェニル)ベンズアミド又は他のベンズアミドと、他のΔ不飽和化酵素阻害剤(天然抽出物の場合には天然抽出物中の有効成分)との比率は、重量比で、100:1~1:100とすることができ、10:1~1:10とすることが好ましく、5:1~1:5とすることがより好ましい。
Δ5不飽和化酵素阻害剤を培地に添加する場合には、微生物による脂質の生産に影響を及ぼすことがあり、その場合は、生産への影響を低減させるために、培養液中にΔ5不飽和化酵素阻害剤を、一度に全量で添加するのではなく、分割して加えるのがよい。
【0062】
Δ5不飽和化酵素阻害剤の添加時期については、特に制限はなく、微生物の培養期間において毎日添加してもよく、1日~数日おきの添加であってもよい。Δ5不飽和化酵素阻害剤を1日~数日おきに添加する場合には、添加は、等間隔であってもよく、不定期であってもよく、これらの組み合わせであってもよい。Δ5不飽和化酵素阻害剤の添加時期は、微生物の成育状態に応じて適宜選択可能である。
Δ5不飽和化酵素阻害剤を生産工程で培地に添加する場合、よりDGLA/ARA比の高い微生物油を生成するために、生産工程で用いられる培地としては、液体培地の場合、炭素源としてはグルコース、窒素源としては酵母エキスを用いた液体培地が好ましく、固体培地の場合、PDA培地が好ましい。
【0063】
生産工程に用いられる培養器については特に制限はなく、通常、微生物の培養に用いられる培養器であればいずれも使用可能である。培養器は、培養のスケールに応じて適宜選択可能である。
【0064】
例えば、1L~50Lスケールで液体培養する場合、よりDGLA/ARAの高い微生物油を生成するために、培養器としては、撹拌型培養器が好ましい。撹拌型培養器は、ディスクタービン型の撹拌翼を少なくとも1段有していることが好ましく、撹拌型培養器は、ディスクタービン型の撹拌翼を2段有することがより好ましい。ディスクタービン型の撹拌翼を2段有する撹拌型培養器の場合、培養器底面の培養液を効率よく撹拌することを目的として、底面に近い撹拌翼間の距離は短くてもよい。例えば、上段と下段の撹拌翼の設置位置は、適宜設定可能である。例えば、「培養器底面から下段の撹拌翼までの距離」:「下段の撹拌翼と上段の撹拌翼との間の距離」:「上段の撹拌翼から培養液面までの距離」の比が、「1」:「1~3」:「1~5」、好ましくは「1」:「1.5~2」:「2~4」となるように調節するのが好ましい。この比の好ましい例は4:7:15である。撹拌型培養器は、Δ5不飽和化酵素阻害剤を培地に含む培養液で前記微生物を培養する場合に特に好ましい。
【0065】
(4)培地から微生物菌体の分離及び微生物菌体から微生物油の採取
分離工程では、生産工程の間で生産されたDGLAを含む微生物油を微生物菌体から分離する。分離工程は、好ましくは、培養に用いられた培地から培養微生物菌体を分離すること(微生物菌体分離工程)、及び、培養微生物菌体からDGLAを含む微生物油を採取すること(採取工程)、すなわち、粗油を得ることを含む。
微生物菌体分離工程及び微生物油採取工程では、培養形態に応じた分離方法及び抽出方法を用いて、培養微生物菌体からDGLAを含む微生物油を採取する。
【0066】
液体培地を使用した場合には、培養微生物菌体から、例えば、次のようにしてDGLAを含む微生物油の採取を行う。
培養終了後、培養液より、遠心分離及び濾過等の常用の固液分離手段により培養微生物菌体を得る。微生物菌体は充分水洗いし、それから、好ましくは乾燥する。乾燥は凍結乾燥、風乾、加熱乾燥等によって行うことができる。
固体培地で培養した場合には、微生物菌体と培地とを分離することなく、固体培地と微生物菌体とをホモジナイザー等で破砕し、得られた破砕物を採取工程に直接、供することができる。
【0067】
採取工程は、微生物菌体分離工程で得られた乾燥菌体を、好ましくは窒素気流下で、有機溶媒を使用することによって抽出処理することを含むことができる。用いられる有機溶媒としては、エーテル、ヘキサン、メタノール、エタノール、クロロホルム、ジクロロメタン、石油エーテル等が含まれる。あるいは、メタノールと石油エーテルの交互抽出又はクロロホルム-メタノール-水の一層系の溶媒を用いた抽出によって、良好な結果を得ることができる。抽出物から減圧下で有機溶媒を留去することにより、高濃度のDGLAを含有する微生物油が得られる。トリグリセリドを採取する場合、ヘキサンが最も一般的に用いられる。
また、上記の方法に代えて、湿微生物菌体を用いて抽出を行うことができる。メタノール、エタノール等の、水に対して相溶性の溶媒、又はこの溶媒と水及び/又は他の溶媒と含む、水に対して相溶性の混合溶媒を使用する。その他の手順は上記と同様である。
【0068】
採取した微生物油の粗油は、植物油、魚油などの精製に用いられる方法で精製することができる。通常行われる油脂の精製工程としては、脱ガム、脱酸、脱色及び脱臭が例示される。このような処理は、どのような方法で行ってもよい。脱ガムとしては水洗処理が例示される。脱酸処理としては、蒸留処理が例示される。脱色処理としては、活性白土、活性炭、シリカゲル等が例示される。脱臭としては、水蒸気蒸留等が例示される。
【0069】
(5)微生物油からの脂肪酸の低級アルコールエステル及び遊離脂肪酸の製造
微生物油の構成脂肪酸として含まれるDGLAは、触媒を用いて低級アルコールのエステル型に、又は加水分解によって遊離脂肪酸型に変換することができる。低級アルコールエステル又は遊離脂肪酸は、トリグリセリドのままよりも、容易に他の脂肪酸と分離して、DGLAを濃縮して純度を高めることができる。
【0070】
本発明におけるジホモ-γ-リノレン酸の低級アルコールエステル又は遊離脂肪酸を製造する方法は、(a)微生物油の加水分解又はアルコリシスにより、遊離脂肪酸又は低級アルコールエステルを得ること、(b)遊離脂肪酸又は低級アルコールエステルの混合物を精留し、炭素数が少なくとも20の脂肪酸を有する遊離脂肪酸又は低級アルコールエステルを得ること、及び(c)炭素数が少なくとも20の脂肪酸を有する遊離脂肪酸又は低級アルコールエステルから逆相分配系のカラムクロマトグラフィーによってジホモ-γ-リノレン酸の遊離脂肪酸又は低級アルコールエステルを分画精製すること、を含む方法であってもよい。
【0071】
本発明におけるジホモ-γ-リノレン酸の低級アルコールエステルを製造する方法は、(a)微生物油のアルコリシスにより、脂肪酸の低級アルコールエステルを得ること、(b)脂肪酸の低級アルコールエステルの混合物を精留し、炭素数が少なくとも20の脂肪酸の低級アルコールエステルを得ること、(c)炭素数が少なくとも20の脂肪酸の低級アルコールエステルから逆相分配系のカラムクロマトグラフィーによってジホモ-γ-リノレン酸の低級アルコールエステルを分画精製すること、を含む方法であってもよい。
【0072】
本発明におけるジホモ-γ-リノレン酸の遊離脂肪酸を製造する方法は、(a)微生物油の加水分解により、遊離脂肪酸を得ること、(b)遊離脂肪酸の混合物を精留し、炭素数が少なくとも20の遊離脂肪酸を得ること、(c)炭素数が少なくとも20の遊離脂肪酸から逆相分配系のカラムクロマトグラフィーによって遊離ジホモ-γ-リノレン酸を分画精製すること、を含む方法であってもよい。
【0073】
ここでの低級アルコールとしては、炭素数が3以下のアルコール、特にエタノール、メタノール等が例示される。DGLAの低級アルコールエステルとしては、ジホモ-γ-リノレン酸メチル、ジホモ-γ-リノレン酸エチル等が例示される。
【0074】
例えば、脂肪酸のメチルエステルは、無水メタノール-塩酸5%~10%、BF3-メタノール10%~50%等により、室温にて1~24時間、微生物油を処理することにより得られる。脂肪酸のエチルエステルは、1%~20%硫酸エタノール等により、25℃~100℃にて15分~60分、微生物油を処理することにより得られる。ヘキサン、エーテル、酢酸エチル等の有機溶媒を用いることにより、その反応液からメチルエステル又はエチルエステルを抽出することができる。この抽出液を無水硫酸ナトリウム等により乾燥し、次いで、有機溶媒を留去することにより、脂肪酸エステルを主成分として含む組成物が得られる。
【0075】
目的とするDGLA低級アルコールエステルの他に、エステル化処理により得られたエステル化物中には、その他の脂肪酸低級アルコールエステルが含まれる。これらの脂肪酸低級アルコールエステルの混合物からDGLA低級アルコールエステルを単離するには、蒸留法、精留法、カラムクロマトグラフィー、低温結晶化法、尿素包接法、液々向流分配クロマトグラフィー等を、1種単独で、又は2種以上を組み合わせて使用することができる。蒸留又は精留とカラムクロマトグラフィー又は液々向流分配クロマトグラフィーとの組み合わせが好ましい。
【0076】
これらの方法については、通常の方法を適用することができる。カラムクロマトグラフィーとしては、逆相分配系(好ましくは、ODS)のカラムクロマトグラフィーが好ましい。
【0077】
DGLAの遊離脂肪酸を得るには、上述のとおり微生物油の低級アルコールエステルを製造後、精製して純度を高めたDGLA低級アルコールエステルを加水分解して、純度の高い遊離のDGLAを得ることができる。DGLA低級アルコールエステルから遊離のDGLAを得るには、アルカリ触媒で加水分解した後、エーテル、酢酸エチル等の有機溶媒を用いた抽出処理を実施すればよい。
【0078】
あるいは、DGLAの遊離脂肪酸は、加水分解することにより微生物油から直接得ることもできる。例えば、微生物油を、例えば5%水酸化ナトリウムにより室温にて2~3時間、アルカリ分解して分解液を得て、この分解液から、脂肪酸の抽出又は精製に常用されている方法によって、DGLAの遊離脂肪酸を抽出又は精製することができる。
【0079】
上記の方法で得られたDGLAの遊離脂肪酸又は低級アルコールエステルは、本発明の微生物油を原料として製造され、このため、精製工程では除去することが困難なARAの含有率が少ない組成物である。ARA/DGLA比は、1/13未満、1/20未満、1/30未満;又は、更に1/50未満、1/100未満、1/200未満、1/1000未満、1/3000未満とすることができる。すなわち、ARAの濃度は、7重量%以下、5重量%以下、3重量%以下、2重量%以下、1重量%以下、0.5重量%以下、0.1重量%以下、又は0.03重量%以下とすることができる。医薬品用途では、DGLAは90重量%以上に濃縮されることが好ましい。
【0080】
(6)微生物油を含有する微生物菌体
「微生物油を含有する微生物菌体」とは、上述のような培養によって、その細胞内に微生物油を生産する微生物の集団(バイオマス)を指す。微生物菌体が本発明の微生物油を保持する限り、微生物菌体は、微生物細胞内に蓄積された微生物油又は微生物細胞外に放出した微生物油を有する微生物菌体であってもよい。微生物菌体は本発明の微生物油を保持しているので、この微生物菌体は、油の構成脂肪酸としてDGLAを含み、DGLAに対するARAの含有率が、重量比(DGLA/ARA)で13以上である。また更にこの微生物油は、好ましくはトリグリセリドの含有率が70重量%以上、80重量%以上、90重量%以上である。
あるいは、本発明にかかる微生物菌体に含まれる微生物油のDGLA/ARA比は、15以上であることが好ましく、20以上であることがより好ましく、30以上であることが更に好ましく、50以上であることが更により好ましく、100以上であることがまた更に好ましく、200以上であることが特に好ましい。
【0081】
微生物菌体におけるDGLA/ARA比は、前述したように求めた値とする。微生物菌体におけるDGLA及びARAの測定方法は、微生物菌体又はその等価物中のDGLA及びARAの相対重量を測定する場合に通常用いられる方法であれば、いずれも適用することができる。例えば、微生物を、成育の間に培養液から回収することができ、エステル化処理を、無水メタノール-塩酸5%~10%、BF3-メタノール10%~50%、1%~20%硫酸メタノール、1%~20%硫酸エタノール等により、25℃~100℃にて15分~60分で行いうことができる。次いで、エステル体の抽出を行って又は行わずに、脂肪酸中の脂肪酸組成(%)の解析を、ガスクロマトグラフィーを用いて行うことができる。遊離脂肪酸以外の他の物質の評価のためのエステル化の場合には、0.1M~10Mの濃度で、ナトリウムメトキシド、ナトリウムエトキシド等のアルコキシドにより25℃~100℃にて15分~60分の処理を用いてもよい。エステル化の後にエステル体を抽出する場合には、ヘキサン等の水溶性成分と混和しない有機溶剤を用いることができる。
【0082】
また、本微生物は、微生物油に関して既述したトリグリセリドの含有率、炭素数が18より少ない脂肪酸の含有率、リン脂質の含有率、飽和脂肪酸の含有率等の条件の少なくとも1つ、好ましくは2つ以上の任意の組み合わせを満たす油を提供可能な微生物であることが好ましい。
【0083】
(7)微生物油を含有する微生物菌体を含む培養液
「微生物油を含有する微生物菌体を含む培養液」とは、上述した微生物油の製造方法によって成育した微生物を培養液から分離する前の培養液を意味する。従って、この培養液には、上述のDGLA及び、DGLA/ARA比が13以上の微生物油が含まれる。この培養液から、微生物油を採取するためには、培養液は、乾燥菌体重量として2.5g/リットル(L)以上の微生物含有率を有することが好ましい。更に、微生物含有培養液における微生物の含有率は、乾燥菌体重量として5g/L以上であることが好ましく、30g/L以上であることがより好ましく、60g/L以上であることが更に好ましい。このような培養液からDGLA/ARA比が高い微生物油を効率よく得ることができる。
【0084】
また、培養液における微生物菌体中の微生物油を考慮すれば、培養液には、前述した微生物由来の油であって、0.4g/L以上の、より好ましくは0.8g/L以上の含有率でDGLA含有油を含むことが好ましい。微生物由来のDGLAを含む油の含有率が0.4g/L以上であれば、生産コスト低減、品質安定性の向上等の利点が得られる傾向がある。
【0085】
前記微生物は、培養により成育され、微生物細胞内においてDGLAを生産する。このため、培養工程中の微生物を含む培養液をそのまま回収することにより、微生物含有培養液を得ることができる。また、培養工程中の微生物の微生物細胞内では、DGLAを含む微生物油が生成されるため、培養工程中の微生物を含む培養液をそのまま回収する、又は、培養液中の微生物を破砕等により破壊し、微生物油が培養液中に放出された培養液を回収することにより、微生物油含有培養液を得ることができる。更に、前記微生物油含有培養液及び微生物含有培養液に含まれる培養液については、前述した事項をそのまま適用することができる。
【0086】
[用途]
本発明によれば、DGLAを含む微生物油、低級アルコールエステル、遊離脂肪酸、及び微生物含有培養液は、それぞれ、DGLAに対するARAの比率が従来既知のものよりも低いものとすることができる。このため、これらはいずれも、DGLAを高い純度で要求される用途、又は少ないARA含有率が好まれる用途に極めて有用である。このような用途としては、例えば、食品、サプリメント、医薬品、化粧品、動物飼料等を挙げられる。ARAの含有率が高いDGLA含有微生物油と比較して、このDGLA含有微生物油は低いARA含有率を有するので、微生物油におけるARAの量を、同じ量の微生物油及びDGLAを使用する際に、減らすことができる。したがって、DGLAの機能性を目的とする用途が特に好ましく、このような用途としては、上述したように、例えば、特に局所用途の抗炎症及び抗アレルギー等の用途が挙げられる。
【0087】
上述したように、微生物油、低級アルコールエステル組成物又は遊離脂肪酸組成物を含む又はこれらからなる医薬品は、通常、局所的又は経口的に、好ましくは局所投与されてもよい。治療、予防又は寛解すべき炎症性疾患又はアレルギー疾患としては、例えば、いかなる皮膚の炎症も挙げることができるが、これに限定されない。皮膚の炎症は、発疹、蕁麻疹、水疱、及び膨疹からなる群より選択される少なくとも1つの皮膚の炎症であってよく、又は湿疹、放射線への曝露、自己免疫疾患及び尿毒症性そう痒からなる群より選択される少なくとも1つにより引き起こされる皮膚の炎症であってもよい。
特に、皮膚の炎症は、アトピー性湿疹、接触皮膚炎、乾癬、又は尿毒症性そう痒に伴う、又はこれらにより引き起こされる皮膚の炎症であってもよい。
【0088】
医薬品は、湿疹に関連する皮膚の炎症の治療、予防又は寛解に用いてもよい。用語「湿疹」は、多様な病因を有する幅広い皮膚の状態に適用される。一般に湿疹は、表皮の炎症によって分類される。湿疹に関連する一般的な症状としては、乾燥、繰り返し発症する皮膚の発疹、赤み、皮膚浮腫(腫れ)、かゆみ、乾燥、かさぶた形成(crusting)、剥落、水疱形成、亀裂、滲出、及び出血が挙げられる。湿疹としては、アトピー性湿疹(アトピー性皮膚炎)、接触皮膚炎、乾燥性湿疹、脂漏性皮膚炎、発汗障害、円盤状湿疹、静脈性湿疹、疱疹性皮膚炎、神経皮膚炎、及び自己湿疹化が挙げられる。湿疹は、代表的に、アトピー性湿疹又は接触皮膚炎である。
【0089】
アトピー性湿疹は、主として、アレルゲンの接触又は取り込みによりさらに悪化し、このアレルゲンとしては、動物の毛及びふけ、食物アレルゲン(例えば、木の実もしくは貝・甲殻類)、又は薬物(例えば、ペニシリン)が挙げられる。
接触皮膚炎としては、アレルギー性接触皮膚炎、刺激性接触皮膚炎、及び光接触皮膚炎が挙げられる。光接触皮膚炎には、光毒性接触皮膚炎及び光アレルギー性接触皮膚炎が含まれる。
皮膚の炎症は、電磁放射線への皮膚の曝露により引き起こされる皮膚の炎症であってよい。これには、例えば、太陽光、熱、X線、又は放射性物質への曝露が挙げられる。従って、医薬品は、日焼けを処置するために又は日焼けの処理用に使用される。
電磁放射線としては、電波、マイクロ波、テラヘルツ波、赤外線、可視光線、紫外線、X線及びガンマ線が挙げられる。電磁放射線は、好ましくは、赤外線、可視光線、紫外線、X線及びガンマ線、より好ましくは、紫外線、X線及びガンマ線である。
【0090】
自己免疫疾患は、皮膚に対する自己免疫応答に関与し得る。そのような自己免疫疾患の例としては、狼瘡及び乾癬である。
尿毒症性そう痒は、慢性腎不全に関連する皮膚の障害である。それはまた、透析処置を受けている患者に頻繁に影響する。
場合によって、ここでの微生物油、低級アルコールエステル組成物又は遊離脂肪酸組成物は、コルチコステロイド又は、上述した医薬用途に用いられる他のいかなる治療剤と共に、これらの使用のために、又はこれらと同時投与されてもよい。
【0091】
本発明の他の態様では、炎症性疾患は、アトピー性皮膚炎、アレルギー性接触皮膚炎(ACD)、一次刺激性接触皮膚炎(ICD)、光接触皮膚炎、全身性接触皮膚炎、リウマチ、乾癬、狼瘡等からなる群より選択される少なくとも1つであってもよい。
【0092】
炎症性/アレルギー疾患の治療のための医薬品は、炎症性/アレルギー疾患による症状が見出されている又は疑われる場合に、1以上の症状を抑制し、又は緩和するための医薬品をいうと理解されるべきである。一方、炎症性/アレルギー疾患の予防のための医薬品とは、炎症性/アレルギー疾患により予期される又は見込まれる1つ以上の症状の発症を、典型的には予め投与することによって、抑制するために用いられる医薬品である。ただし、「治療のための医薬品」及び「予防のための医薬品」の用語は、臨床診療に従って、使用時期及び/又は使用の際に治療/予防される症状のような複合的又一般的な局面を考慮すべきであり、限定的に適用されるべきでない。
【実施例
【0093】
以下、本発明を実施例にて詳細に説明する。しかしながら、本発明はそれらに何ら限定されるものではない。なお下記実施例において、特記しない場合、「%」は「重量%」を意味する。
【0094】
[実施例1]
微生物菌体により産生される脂肪酸に対する各種Δ5不飽和化酵素阻害剤の効果:1
5通りの平板培地、即ち、Δ5不飽和化酵素阻害剤添加なしの平板培地A、セサミン0.005重量%添加の平板培地B、セサミン0.01重量%添加の平板培地C、セサミン0.02重量%添加の平板培地D、セサミン0.01重量%及び2-アミノ-N-(3-クロロフェニル)ベンズアミド0.01重量%添加の平板培地Eを、ポテトデキストロース寒天培地(商品名、日水製薬株式会社)に対して上記の濃度となるようにΔ5不飽和化酵素阻害剤を添加せず又は添加した以外は、ポテトデキストロース寒天培地の製品取扱説明書に従って、それぞれ作製した。各平板培地のサイズはいずれも、直径90mm、厚さ5mmであった。
【0095】
平板培地A~Eに、モルティエレラ・アルピナ(Mortierella alpina)の突然変異株SAM1860の胞子懸濁液100μLをそれぞれ接種し、温度28℃、7日間、静置培養した。
培養終了後、各平板培地を微生物菌体と共に、約1cm画に細断し、フラスコに移した。次いで、ヘキサンを平板あたり50mL加え、得られた混合物を2分間ホモジナイズすることで有機溶媒混合液を得た。有機溶媒混合液を遠心分離(2000rpm、810G)し、上層のヘキサンを回収した。次いで、溶媒を留去して、各平板培地1枚当たり約40mgの微生物油A~Eを得た。
【0096】
微生物油A~Eそれぞれ0.5mgに、10%(v/v)硫酸エタノール溶液をそれぞれ0.10mL加え、80℃にて30分間反応させてエチルエステル化した。反応液の中和を目的として1.0M水酸化ナトリウムエタノール溶液0.18mLを添加し、次いで、ヘキサン0.05mL、飽和食塩水0.30mLを添加して抽出を行い、これにより、それぞれ、脂肪酸エチルエステルA~Eを得た。脂肪酸エチルエステル組成物A~E中の脂肪酸組成(%)を、ガスクロマトグラフィーを用いて分析した。ガスクロマトグラフィーの分析条件は、以下の通りである。表1にガスクロマトグラフィーの結果を示す。なお、脂肪酸組成(%)は、ガスクロマトグラムに基づく面積比である。
【0097】
ガスクロマトグラフィー分析条件
機種:Agilent 6850 GC system(Agilent Technologies社)
カラム:DB-WAX (Agilent Technologies、30m×0.25mm ID、0.25μm film thickness)J&W 122-7032
カラムオーブン:180℃-3℃/min-230℃(25min)
注入温度:270℃
注入方法:スプリット
スプリット比:20:1
検出器温度:270℃
検出器:FID
キャリアーガス:ヘリウム(1.0mL/min、コンスタントフロー)
【0098】
【表1】
【0099】
表1に示されるように、微生物油Eを原料として用いた脂肪酸エチルエステルEでは、DGLA/ARA比が実質的に13を超えており、この比率は、公知のSAM1860株を1種類のΔ5不飽和化酵素阻害剤の存在下で培養して得られた微生物油A、微生物油B、微生物油C及び微生物油Dのいずれよりも高かった。なお、微生物油Eから33.8mgの脂肪酸エステルEが得られた。
【0100】
[実施例2]
微生物菌体により産生される脂肪酸に対する各種Δ5不飽和化酵素阻害剤の効果:2
全容500mLのヒダ付三角フラスコに、グルコース2%及び酵母エキス1%を含む培地(pH6.0)100mLを入れ、次いで、4通りの培養液、すなわち、Δ5不飽和化酵素阻害剤添加なしの培養液F、セサミン10mg添加の培養液G、2-アミノ-N-(3-クロロフェニル)ベンズアミド10mg添加の培養液H、セサミン10mg及び2-アミノ-N-(3-クロロフェニル)ベンズアミド10mg添加の培養液Iを調製した。
振盪培養器としては、I-26 Stackable Shakers(New Brunswick Scientific社)を用いた。
【0101】
培養液F~Iそれぞれを121℃で15分間殺菌後、モルティエレラ・アルピナ(Mortierella alpina)の突然変異株SAM1860の前培養液1mLを各培養液に接種し、温度28℃、回転数200rpmで15日間振盪培養した。5日目及び10日目に、殺菌したセサミン10mgを培養液Gに添加し、殺菌した2-アミノ-N-(3-クロロフェニル)ベンズアミド10mgを培養液Hに添加し、殺菌したセサミン50mgと2-アミノ-N-(3-クロロフェニル)ベンズアミド10mgの組み合わせを培養液Iに添加した。培養後、遠心分離により微生物菌体を回収した。充分水洗した後、微生物菌体を凍結乾燥した。培養液Fから3.2gの乾燥菌体(乾燥菌体F)を得た。培養液Gから2.5gの乾燥菌体(乾燥菌体G)を得た。培養液Hから0.6gの乾燥菌体(乾燥菌体H)を得た。培養液Iから0.6gの乾燥菌体(乾燥菌体I)を得た。
【0102】
乾燥菌体F~I各々に、175mLのヘキサンを加え、室温下で30分間撹拌して脂質を抽出し、得られた混合液を濾過して微生物細胞と抽出液を得た。この操作を3度繰り返してヘキサン抽出液を得た。ヘキサン抽出液を減圧下、ロータリーエバポレーターで濃縮した。乾燥菌体Fから613.2mgの微生物油、微生物油Fを得た。乾燥菌体Gから328.3mgの微生物油、微生物油Gを得た。乾燥菌体Hから77.7mgの微生物油、微生物油Hを得た。乾燥菌体Iから105.3mgの微生物油、微生物油Iを得た。
【0103】
微生物油F~Iのうちのそれぞれの微生物油0.5mgに対し、10%(v/v)硫酸エタノール溶液を0.10mL加え、80℃にて30分間エチルエステル化を行った。中和のために反応後の液に1.0M水酸化ナトリウムエタノール溶液を0.18mL加えた。次いで、抽出のために、ヘキサンをそれぞれ0.05mL、飽和食塩水を0.30mL加えた。微生物油Fから533.2mgの脂肪酸エチルエステル、脂肪酸エチルエステルFを得た。微生物油Gから285.4mgの脂肪酸エチルエステル、脂肪酸エチルエステルGを得た。微生物油Hから67.6mgの脂肪酸エチルエステル、脂肪酸エチルエステルHを得た。微生物油Iから91.6mgの脂肪酸エチルエステル、脂肪酸エチルエステルIを得た。得られた脂肪酸エチルエステルF~I中の脂肪酸比率を、ガスクロマトグラフィーを用いて実施例1と同様にして分析した。表2にガスクロマトグラフィーの結果を示す。なお、脂肪酸組成(%)は、上述したようにガスクロマトグラムに基づく面積比である。
ガスクロマトグラフィーの分析条件は、実施例1と同様である。
【0104】
表2に示されるように、微生物油Iを原料として用いた脂肪酸エチルエステルIでは、DGLA/ARA比が13を超えており、この値は、公知のSAM1860株を培養することによって、又は、SAM1860株を1種類のΔ5不飽和化酵素阻害剤の存在下で培養することによってそれぞれ得られた微生物油F、微生物油G及び微生物油Hのいずれよりも高かった。
【0105】
【表2】
【0106】
[実施例3]
微生物菌体が産生する脂肪酸に対する各種Δ5不飽和化酵素阻害剤の効果:3
ディスクタービン型撹拌翼を2段有する1Lジャー・ファーメンターを用意した。ジャー・ファーメンターにおける撹拌翼の位置と収容する培養液(500mL)の液面との関係が、「培養器底面から下段の撹拌翼までの距離」:「下段の撹拌翼から上段の撹拌翼までの距離」:「上段の撹拌翼から培養液面までの距離」=4:7:15となるように、ジャー・ファーメンターにおける撹拌翼の位置を調節した。
4つの1Lジャー・ファーメンターに、グルコース2%及び酵母エキス1%を含む培地(pH6.0)500mLを入れ、以下の4通りの培養液を調製した:Δ5不飽和化酵素阻害剤添加なしの培養液J、セサミン50mg添加の培養液K、2-アミノ-N-(3-クロロフェニル)ベンズアミド50mg添加の培養液L、セサミン50mg及び2-アミノ-N-(3-クロロフェニル)ベンズアミド50mg添加の培養液M。
【0107】
培養液J~Mそれぞれを120℃で20分間殺菌後、モルティエレラ・アルピナ(Mortierella alpina)のΔ5不飽和化酵素欠損株の前培養液20mLを各培養液に接種し、温度28℃、通気量0.6 v.v.mで12日間、通気攪拌培養を行った。3日目、4日目、5日目、6日目、7日目、10日目及び11日目に、培養液Kに殺菌したセサミン50mgを添加し、殺菌した2-アミノ-N-(3-クロロフェニル)ベンズアミド50mgを培養液Lに添加し、殺菌したセサミン50mgと2-アミノ-N-(3-クロロフェニル)ベンズアミド50mgの組み合わせを培養液Mに添加した。培養後、遠心分離により微生物菌体を回収した。充分水洗した後、微生物菌体を凍結乾燥した。2.9gの乾燥菌体(乾燥菌体J)を培養液Jから得た。2.9gの乾燥菌体(乾燥菌体K)を培養液Kから得た。1.5gの乾燥菌体(乾燥菌体L)を培養液Lから得た。2.9gの乾燥菌体(乾燥菌体M)を培養液Mから得た。
【0108】
これらの乾燥菌体J~Mに、各々175mLのヘキサンを加え、室温下で30分間撹拌して、次いで、得られた混合物を濾過して、抽出液と微生物細胞を得た。この操作を3度繰り返してヘキサン抽出液を得た。ヘキサン抽出液を、減圧下、ロータリーエバポレーターで濃縮した。乾燥菌体Jから552.0mgの微生物油、微生物油Jを得た。乾燥菌体Kから379.5mgの微生物油、微生物油Kを得た。乾燥菌体Lから195.5mgの微生物油、微生物油Lを得た。乾燥菌体Mから552.0mgの微生物油、微生物油Mを得た。得られた微生物油J~M中の脂質の種類及び含有率を、薄層クロマトグラフィー/水素炎イオン化検出器法(TLC/FID法)(イアトロスキャン(商品名(以下同じ)、三菱化学メディエンス株式会社))により分析した。
【0109】
また、微生物油J~Mのそれぞれの微生物油0.5mgに対し、10%硫酸エタノール溶液を0.10mL加え、エチルエステル化のために80℃にて30分間反応を行った。
中和を目的として反応後に1.0M水酸化ナトリウムエタノール溶液0.18mLを添加した。次いで、ヘキサン0.05mL、及び飽和食塩水0.30mLを加えて抽出した。
微生物油Jから480.0mgの脂肪酸エチルエステル、脂肪酸エチルエステルJを得た。微生物油Kから330.0mgの脂肪酸エチルエステル、脂肪酸エチルエステルKを得た。微生物油Lから170.0mgの脂肪酸エチルエステル、脂肪酸エチルエステルLを得た。微生物油Mから480.0mgの脂肪酸エチルエステル、脂肪酸エチルエステルMを得た。得られた脂肪酸エチルエステルJ~M中の脂肪酸の種類及び含有率を、ガスクロマトグラフィーにより分析した。
【0110】
表3にイアトロスキャン及びガスクロマトグラフィーを用いて得られた結果を示す。
イアトロスキャンの分析条件、及びガスクロマトグラフィーの分析条件は、以下の通りである。
イアトロスキャン分析条件
展開溶媒:
0-3min. CHCl3:MeOH=95:5(v/v)
3-23min. ヘキサン:ジエチルエーテル:ギ酸=90:10:0.2(v/v)試料濃度:10mg/mL
添加量:5μL
【0111】
ガスクロマトグラフィー分析条件
機種:Agilent 7890 GC system (Agilent Technologies社)
カラム:DB-WAX (Agilent Technologies、30m×0.25mm ID、0.25μm film thickness)J&W 122-7032
カラムオーブン:180℃-3℃/min-230℃(25min)
注入温度:270℃
注入方法:スプリット
スプリット比:20:1
検出器温度:270℃
検出器:FID
キャリアーガス:ヘリウム (1.0mL/min、コンスタントフロー)
【0112】
表3から明らかなように、本実施例で用いたMortierella alpinaに属するΔ5不飽和化酵素欠損株を、単独で培養した場合(微生物油J)、Δ5不飽和化酵素阻害剤1種の存在下で培養した場合(微生物油K及び微生物油L)並びに、Δ5不飽和化酵素阻害剤2種の存在下で培養した場合(微生物油M)、DGLA/ARA比が15以上であった。
【0113】
これらの微生物油のなかでも、1種類のΔ5不飽和化酵素阻害剤のみを添加した微生物油Lでは、培養液中の総脂重量が低下するものの、2種類のΔ5不飽和化酵素阻害剤を併用した微生物油Mでは、培養液中の総脂重量の低下も抑制されるという、予想外の効果も見られた。
【0114】
【表3】
【0115】
[実施例4]
(1)精留による脂肪酸エチルエステルの精製
実施例3で得られた脂肪酸エチルエステルJ、K、Mをそれぞれ、減圧下での精留工程に付して、炭素数20以上の脂肪酸に由来する脂肪酸エチルエステルJ、K、Mを主成分とする留分をそれぞれ得た(それぞれ、脂肪酸エチルエステル画分J、K、M)。
【0116】
表4にその結果を示す。表4から明らかなように、実施例のセサミンと2-アミノ-N-(3-クロロフェニル)ベンズアミドの添加によってDGLA/ARA比を2836に制御されたエチルエステルを精留することによって、炭素数20以上を有し、ARAが極めて低い脂肪酸エステル画分が得られた。
【0117】
【表4】
【0118】
(2)カラムクロマトグラフィーによる脂肪酸エチルエステルの精製
精留後の表4の組成の脂肪酸エチルエステルJ、K、Mに対して、更に、ODS(Octa Decyl Silyl)-HPLCを用いた高度精製を実施した。分離条件は、以下の通りである。
分離条件
カラム:ODS AQ S-50 12nm(YMC Corp. Ltd.社)、20φ×300mm
溶離液:メタノール
流速:25mL/min
カラム温度:40℃
サンプル負荷量:1.42g
検出器:紫外可視分光計及び示差屈折計
【0119】
HPLC歩留が65%の場合における各脂肪酸エチルエステル画分のODS-HPLC精製後の脂肪酸組成を表5に示す。なお、脂肪酸組成(%)は、上述したように、ガスクロマトグラムに基づく面積比である。
【0120】
【表5】
【0121】
表5から明らかなように、脂肪酸エチルエステル画分(J、K、M)のそれぞれについて、ODS-HPLC精製は、DGLAの含有比率を高めることができた。特に脂肪酸エチルエステル画分Mでは、95重量%以上の純度を達成できた。
【0122】
一方、DGLAの更に高純度な精製によって得られた脂肪酸エチルエステル画分においても、DGLA/ARA比は、精製前の粗油の場合のDGLA/ARA比と比較して大きな変化がなかった。精製工程でDGLAとARAを分離するのは困難であることがわかる。このため、ARA含有量の少ない高濃度のDGLAエチルエステルを得るために、より早い段階で、DGLA/ARA比を高めておくことが有効であることがわかった。
特に、微生物における成育の間に、2種類のΔ5不飽和化酵素阻害剤(例えばセサミンと2-アミノ-N-(3-クロロフェニル)ベンズアミド)を組み合わせて添加しながら箘株を培養することが有効であることがわかった。
【0123】
したがって、本発明は、DGLA/ARA比の高い油を含有する微生物及び微生物油を提供し、更にこのような微生物及び微生物油から得られる低級アルコールエステル及び遊離脂肪酸を提供することがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0124】
本発明のDGLA含有微生物油はアラキドン酸の含有比率が少ない。したがって、特定の量のDGLAを投与する場合にアラキドン酸の影響が少なくすることができる。アラキドン酸が望ましくない用途、例えば抗アレルギー剤、抗炎症剤の用途に適した組成物を提供することができる。