(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-10
(45)【発行日】2023-07-19
(54)【発明の名称】細胞表面に存在するリン脂質に基づく血球の識別方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/48 20060101AFI20230711BHJP
G01N 27/62 20210101ALI20230711BHJP
G01N 33/92 20060101ALI20230711BHJP
【FI】
G01N33/48 M
G01N27/62 V
G01N33/92 Z
(21)【出願番号】P 2019094381
(22)【出願日】2019-05-20
【審査請求日】2022-04-18
(73)【特許権者】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(72)【発明者】
【氏名】兜坂 健太
(72)【発明者】
【氏名】秋山 泰之
(72)【発明者】
【氏名】森本 篤史
【審査官】三木 隆
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-191056(JP,A)
【文献】特開2019-009058(JP,A)
【文献】Masahiro Kawashima,High-resolution imaging mass spectrometry reveals detailed spatial distribution of phosphatidylinositols in human breast cancer,Cancer Sci,2013年08月06日,Vol.104 No.10,Page.1372-1379
【文献】David Balgoma,Markers of Monocyte Activation Revealed by Lipidomic Profiling of Arachidonic Acid-Containing Phospholipids,The Journal of Immunology,2010年,Vol.184,Page.3857-3865
【文献】Kaoru Kiguchi,Glycosphingolipid Patterns of Peripheral Blood Lymphocytes, Monocytes, and Granulocytes Are Cell Specific,J. Biochem,1990年,Vol.107,Page.8-14
【文献】西村一彦,LC-MS/MS はホスファチジルコリンのアシル基sn結合位置分析に有用となり得るか,道衛研所報Rep. Hokkaido Inst. Pub. Health,2020年,Vol.70,Page.33-37
【文献】中西 広樹,リピドミクス解析の実践ガイド,オレオサイエンス,2021年,第21巻 第8号,Page.329-335
【文献】小河潔,イメージング質量顕微鏡の開発,2013年05月16日
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48
G01N 27/62
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞表面に存在するリン脂質に占める特定のリン脂質の比率に基づき細胞を識別する方法
であって、
前記特定のリン脂質が少なくともスフィンゴミエリンおよびホスファチジルコリン(18:0/18:4)から選ばれるいずれか一つ以上であり、
前記細胞の識別が血液試料中に含まれる
好中球と
リンパ球および/または単球との識別である、前記方法。
【請求項2】
リン脂質の比率が、ホスファチジルコリン(18:0/18:4)量をスフィンゴミエリン量で除した値である、
請求項1に記載の方法。
【請求項3】
細胞表面に存在するリン脂質の比率に基づき細胞を識別する方法であって、
前記リン脂質が少なくともスフィンゴミエリンおよびホスファチジルコリン(18:0/18:4)から選ばれるいずれか一つ以上、ならびに少なくともホスファチジルイノシトール(18:0/20:4)およびホスファチジルイノシトール(16:0/18:0)から選ばれるいずれか一つ以上であり、
前記細胞の識別が血液試料中に含まれる
好中球、リンパ球および単球間の識別である、前記方法。
【請求項4】
リン脂質の比率が、ホスファチジルコリン(18:0/18:4)量をスフィンゴミエリン量で除した値、およびホスファチジルイノシトール(18:0/20:4)量をホスファチジルイノシトール(16:0/18:0)量で除した値である、
請求項3に記載の方法。
【請求項5】
好中球、単球、リンパ球からなる白血球表面に存在するリン脂質の比率が、以下の(1)から(3)に示す、いずれか一つに該当した場合、前記白血球を
好中球と識別する方法:
(1)スフィンゴミエリンの存在比率があらかじめ設定した基準値を下回る、
(2)ホスファチジルコリン(18:0/18:4)の存在比率があらかじめ設定した基
準値を上回る、
(3)ホスファチジルコリン(18:0/18:4)量をスフィンゴミエリン量で除した値があらかじめ設定した基準値を上回る。
【請求項6】
単球、リンパ球からなる白血球表面に存在するリン脂質が、以下の(4)から(6)に示す、いずれか一つに該当した場合、前記白血球をリンパ球と識別する方法:
(4)ホスファチジルイノシトール(18:0/20:4)の存在比率があらかじめ設定した基準値を上回る、
(5)ホスファチジルイノシトール(16:0/18:0)の存在比率があらかじめ設定した基準値を下回る、
(6)ホスファチジルイノシトール(18:0/20:4)量をホスファチジルイノシトール(16:0/18:0)量で除した値があらかじめ設定した基準値を上回る。
【請求項7】
細胞表面に存在するリン脂質の測定を質量分析計を用いて行なう、請求項1から
6のいず
れかに記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞表面に存在するリン脂質の比率に基づき、血球を識別する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
医療診断において、血液分析が一般に行なわれている。前記血液分析の分析項目には、白血球(好中球などの顆粒球、単球、リンパ球)、赤血球、ヘモグロビン濃度やヘマトクリット値等があり、これら分析対象の量、濃度や比率等から、多血症、貧血等の血液疾患、感染症等の疾患を診断可能である。中でも、白血球の量や比率は、感染症等の疾患診断における重要な指標となり得る。
【0003】
従来、白血球の識別法として、末梢血液塗抹標本により血球の形態の観察を行なう、形態検査が用いられた。しかしながら、塗抹標本を用いた形態検査には、血液試料の処理、標本の形成、細胞の染色および同定といった多段階のステップが必要であった。さらに細胞の判定は主観的であり、白血球の識別および計数の精度面で課題があった。
【0004】
血液試料中の白血球の識別および計数の精度向上を目的とした手法の例として、特許文献1には、フローサイトメトリーを用いた白血球の識別法を開示している。フローサイトメトリーでは、血液試料が毛細管を通って流れ、当該試料中に含まれる細胞が抗原および検出装置の前を一つずつ通過する際の反射光および/または透過光を検出し、各細胞の特徴量を分析する。検出された光の特性は、試料中の細胞の特徴や染色態様(標識態様)に依存しており、これらの特性の違いを用いて細胞を識別し、計数する。しかしながら、フローサイトメトリーを用いる手法の場合、前記光の特性により細胞を客観的に分類できる一方、細胞の形態学的情報は全く得られない。そのため、細胞の染色不良や非特異的な染色等が発生すると、直ちに誤った疾患の診断につながるおそれがある。
【0005】
白血球の識別および計数のさらなる精度向上には、客観的に識別でき、かつ細胞の形態観察が可能な技術が必要といえる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、血液試料中に含まれる白血球(好中球などの顆粒球、リンパ球、単球)を精度よく識別可能な方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明者らは鋭意検討を重ねた結果、細胞表面に存在する特定のリン脂質の比率を用いることで前記課題を解決し、本発明に到達した。
【0009】
すなわち本発明の第一の態様は、
細胞表面に存在するリン脂質に占める特定のリン脂質の比率に基づき細胞を識別する方法であって、
前記特定のリン脂質が少なくともスフィンゴミエリンおよびホスファチジルコリン(18:0/18:4)から選ばれるいずれか一つ以上であり、
前記細胞の識別が血液試料中に含まれる顆粒球と顆粒球以外の白血球との識別である、前記方法である。
【0010】
また本発明の第二の態様は、顆粒球が好中球であり、顆粒球以外の白血球がリンパ球および/または単球である、前記第一の態様に記載の方法である。
【0011】
また本発明の第三の態様は、リン脂質の比率が、ホスファチジルコリン(18:0/18:4)量をスフィンゴミエリン量で除した値である、前記第一または第二の態様に記載の方法である。
【0012】
さらに本発明の第四の態様は、
細胞表面に存在するリン脂質の比率に基づき細胞を識別する方法であって、
前記リン脂質が少なくともスフィンゴミエリンおよびホスファチジルコリン(18:0/18:4)から選ばれるいずれか一つ以上、ならびに少なくともホスファチジルイノシトール(18:0/20:4)およびホスファチジルイノシトール(16:0/18:0)から選ばれるいずれか一つ以上であり、
前記細胞の識別が血液試料中に含まれる白血球同士の識別である、前記方法である。
【0013】
また本発明の第五の態様は、白血球同士の識別が、顆粒球、リンパ球、および単球間の識別である、前記第四の態様に記載の方法である。
【0014】
また本発明の第六の態様は、顆粒球が好中球である、前記第五の態様に記載の方法である。
【0015】
また本発明の第七の態様は、リン脂質の比率が、ホスファチジルコリン(18:0/18:4)量をスフィンゴミエリン量で除した値、およびホスファチジルイノシトール(18:0/20:4)量をホスファチジルイノシトール(16:0/18:0)量で除した値である、前記第四から第六の態様のいずれかに記載の方法である。
【0016】
さらに本発明の第八の態様は、白血球表面に存在するリン脂質の比率が、以下の(1)から(3)に示す、いずれか一つに該当した場合、前記白血球を顆粒球と識別する方法である:
(1)スフィンゴミエリンの存在比率があらかじめ設定した基準値を下回る、
(2)ホスファチジルコリン(18:0/18:4)の存在比率があらかじめ設定した基準値を上回る、
(3)ホスファチジルコリン(18:0/18:4)量をスフィンゴミエリン量で除した値があらかじめ設定した基準値を上回る。
【0017】
さらに本発明の第九の態様は、顆粒球以外の白血球表面に存在するリン脂質が、以下の(4)から(6)に示す、いずれか一つに該当した場合、前記白血球をリンパ球と識別する方法である:
(4)ホスファチジルイノシトール(18:0/20:4)の存在比率があらかじめ設定した基準値を上回る、
(5)ホスファチジルイノシトール(16:0/18:0)の存在比率があらかじめ設定した基準値を下回る、
(6)ホスファチジルイノシトール(18:0/20:4)量をホスファチジルイノシトール(16:0/18:0)量で除した値があらかじめ設定した基準値を上回る。
【0018】
また本発明の第十の態様は、細胞表面に存在するリン脂質の測定を質量分析計を用いて行う、前記第一から第九の態様のいずれかに記載の方法である。
【0019】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0020】
本発明において細胞の識別に用いる、細胞表面に存在するリン脂質とは、
(i)細胞の識別が、顆粒球と顆粒球以外の白血球との識別の場合は、細胞膜を構成するリン脂質のうち、少なくともスフィンゴミエリンおよびホスファチジルコリン(18:0/18:4)から選ばれるいずれか一つ以上であり、
(ii)細胞の識別が、白血球同士の識別の場合は、細胞膜を構成するリン脂質のうち、少なくともスフィンゴミエリンおよびホスファチジルコリン(18:0/18:4)から選ばれるいずれか一つ以上、ならびに少なくともホスファチジルイノシトール(18:0/20:4)およびホスファチジルイノシトール(16:0/18:0)から選ばれるいずれか一つ以上である。
【0021】
細胞表面に存在するリン脂質は、細胞の種類によってその構成比率が異なる。本発明では、これらリン脂質を検出し、その比率を解析することで、細胞を識別する。なお、ホスファチジルコリン(18:0/18:4)は、1位に炭素数18の飽和脂肪酸(不飽和度としては0価)、2位に炭素数18の4価の不飽和脂肪酸からなるホスファチジルコリンを、ホスファチジルイノシトール(18:0/20:4)は、1位に炭素数18の飽和脂肪酸、2位に炭素数20の4価の不飽和脂肪酸からなるホスファチジルイノシトールを、ホスファチジルイノシトール(16:0/18:0)は、1位に炭素数16の飽和脂肪酸、2位に炭素数18の飽和脂肪酸からなるホスファチジルイノシトールを、それぞれ意味する。
【0022】
血液試料中に存在する白血球は、多形核白血球(顆粒白血球、顆粒球ともいう)である好中球、好酸球、好塩基球と、単核白血球であるリンパ球、単球とに分類できる。また、正常な血液において、これら種類の白血球内での割合は一定の範囲内にある。具体的には、好中球が38から70%、好酸球が1から5%、好塩基球が0から2%、リンパ球が15から45%、単球が1から8%である。本発明は、前記白血球のうち90%以上を占めると予想される、好中球とリンパ球および/または単球との識別や、好中球、リンパ球および単球間の識別に特に適した方法である。
【0023】
なお本発明において血液試料とは、白血球を少なくとも含む試料であればよく、具体的には、血液(全血)、希釈血液、髄液、臍帯血、白血球を含む成分採血液などの試料や、尿、唾液、精液、糞便、痰、羊水、腹水などの白血球を含み得る試料や、肝臓、肺、脾臓、腎臓、皮膚、腫瘍、リンパ節などの組織の一片を懸濁させた組織懸濁液や、前述した試料または組織懸濁液より分離して得られる、試料または組織由来の細胞を含む画分、などがあげられる。このうち試料または組織由来の細胞を含む画分の一例として、試料や組織懸濁液を密度勾配形成用媒体の上に重層後、密度勾配遠心することで得られる画分があげられる。
【0024】
細胞表面に存在するリン脂質の量を測定する方法の一例として、二次元薄層クロマトグラフィー(2D-TLC)で分離し得られた各リン脂質類のスポット濃度に基づき測定する方法、リンに結合した物質の違いによって各リン脂質類を分類する31P-NMR法、HPLCを用いて各リン脂質類を分離して測定する方法、質量分析計を用いて細胞表面に存在するリン脂質類を直接測定する方法があげられる。中でも、質量分析計を用いた方法は、細胞を破砕してリン脂質を分離する必要がなく、前処理操作が容易、かつ形態学的情報が失われない点で好ましい。
【0025】
前述した方法で細胞表面に存在する、
(i)少なくともスフィンゴミエリンおよびホスファチジルコリン(18:0/18:4)から選ばれるいずれか一つ以上のリン脂質[顆粒球と顆粒球以外の白血球との識別の場合]、または
(ii)前記(i)のリン脂質、ならびに少なくともホスファチジルイノシトール(18:0/20:4)およびホスファチジルイノシトール(16:0/18:0)から選ばれるいずれか一つ以上のリン脂質[白血球同士の識別の場合]
の量をそれぞれ測定し、当該測定値から算出されるリン脂質の比率を解析することで、細胞を識別できる。なおリン脂質の比率を算出するには、二つ以上のリン脂質の量を測定する必要がある。したがって、測定するリン脂質は、
前記(i)の場合、少なくともスフィンゴミエリンおよびホスファチジルコリン(18:0/18:4)から選ばれるいずれか一つ以上のリン脂質、ならびに他のリン脂質から一つ以上となり、
前記(ii)の場合、前記(i)の場合で測定するリン脂質に加え、少なくともホスファチジルイノシトール(18:0/20:4)およびホスファチジルイノシトール(16:0/18:0)から一つ以上、ならびに他のリン脂質から一つ以上となる。
【0026】
解析に用いるリン脂質の比率は、絶対値、すなわち測定した全てのリン脂質量に占める特定のリン脂質量の割合(本明細書では、存在量比または存在比率ともいう)であってもよく、相対値、すなわち測定した前記特定のリン脂質量(存在比率であってもよい、以下同じ)を、測定した他のリン脂質量で除した値であってもよいが、相対値のほうが、細胞の識別がより明確となる点で好ましい。相対値の好ましい例として、
前記(i)の場合は、ホスファチジルコリン(18:0/18:4)量をスフィンゴミエリン量で除した値が、
前記(ii)の場合は、ホスファチジルコリン(18:0/18:4)量をスフィンゴミエリン量で除した値、およびホスファチジルイノシトール(18:0/20:4)量をホスファチジルイノシトール(16:0/18:0)量で除した値が、
それぞれあげられる。
【0027】
前記好ましい態様で解析した場合、白血球表面に存在するリン脂質の比率から算出した、ホスファチジルコリン(18:0/18:4)量をスフィンゴミエリン量で除した値が、リンパ球や単球での値より増加していた場合、前記細胞を顆粒球と識別すればよい。またリンパ球および単球表面に存在するリン脂質の比率から算出した、ホスファチジルイノシトール(18:0/20:4)量をホスファチジルイノシトール(16:0/18:0)量で除した値が、単球での値より増加していた場合、前記細胞をリンパ球と識別すればよい。白血球同士の識別を行なう場合は、まずホスファチジルコリン(18:0/18:4)量をスフィンゴミエリン量で除した値に基づき、顆粒球と顆粒球以外の細胞(リンパ球、単球)との識別を行なった後、ホスファチジルイノシトール(18:0/20:4)量をホスファチジルイノシトール(16:0/18:0)量で除した値に基づき、前記顆粒球以外の細胞をリンパ球と単球とに識別すればよい。
【0028】
また、別の態様として、白血球同士を、絶対評価により識別してもよい。ここでいう絶対評価とは、すなわち基準値(しきい値)を設ける方法であり、対象白血球におけるリン脂質の存在比率の絶対値または相対値が基準値を上回る、または下回る場合に、対象白血球を顆粒球、リンパ球および単球のいずれかに分類すればよい。
【0029】
一態様として、白血球表面に存在するリン脂質の比率が、以下の(1)から(3)に示す、いずれか一つに該当した場合、前記白血球を顆粒球と識別すればよい。
(1)スフィンゴミエリンの存在比率があらかじめ設定した基準値を下回る
(2)ホスファチジルコリン(18:0/18:4)の存在比率があらかじめ設定した基準値を上回る
(3)ホスファチジルコリン(18:0/18:4)量をスフィンゴミエリン量で除した値があらかじめ設定した基準値を上回る
別の態様として、顆粒球以外の白血球表面に存在するリン脂質が、以下の(4)から(6)に示す、いずれか一つに該当した場合、前記白血球をリンパ球と識別すればよい。
(4)ホスファチジルイノシトール(18:0/20:4)の存在比率があらかじめ設定した基準値を上回る
(5)ホスファチジルイノシトール(16:0/18:0)の存在比率があらかじめ設定した基準値を下回る
(6)ホスファチジルイノシトール(18:0/20:4)量をホスファチジルイノシトール(16:0/18:0)量で除した値があらかじめ設定した基準値を上回る
前記基準値は、
(1)スフィンゴミエリンの存在比率で識別する場合は、80.0%前後に基準値を設ければよい。
(2)ホスファチジルコリン(18:0/18:4)の存在比率で識別する場合は、20.0%前後に基準値を設ければよい。
(3)ホスファチジルコリン(18:0/18:4)量をスフィンゴミエリン量で除した値で識別する場合は、0.25前後に基準値を設ければよい。
(4)ホスファチジルイノシトール(18:0/20:4)の存在比率で識別する場合は、95.0%前後に基準値を設ければよい。
(5)ホスファチジルイノシトール(16:0/18:0)の存在比率で識別する場合は、5.0%前後に基準値を設ければよい。
(6)ホスファチジルイノシトール(18:0/20:4)量をホスファチジルイノシトール(16:0/18:0)量で除した値で識別する場合は、22.0前後に基準値を設ければよい。
【発明の効果】
【0030】
本発明により、細胞表面に存在するリン脂質の比率の違いから、血液試料中に存在する白血球(例えば、リンパ球、単球、および好中球などの顆粒球)を客観的に識別できる。例えば、本発明を血液分析における白血球の分類に適用することで、感染症等の疾患を精度高く診断できる。特に、前記リン脂質の測定を質量分析計を用いて行なうと、測定対象白血球の形態を保った状態でリン脂質を測定できるため、形態学的特徴に基づく診断も行なえる点で好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【
図3】リンパ球と単球と好中球とで、PC(18:0/18:4)の存在比率を比較した図である。
【
図4】リンパ球と単球と好中球とで、SMの存在比率を比較した図である。
【
図5】リンパ球と単球と好中球とで、PC(18:0/18:4)の存在比率をSMの存在比率で除した値を比較した図である。
【
図6】リンパ球と単球と好中球とで、PI(18:0/20:4)の存在比率を比較した図である。
【
図7】リンパ球と単球と好中球とで、PI(16:0/18:0)の存在比率を比較した図である。
【
図8】リンパ球と単球と好中球とで、PI(18:0/20:4)の存在比率をPI(16:0/18:0)の存在比率で除した値を比較した図である。
【
図9】リンパ球と単球と好中球とで、(a)SMの存在比率、および(b)PC(18:0/18:4)の存在比率を比較した図である。
【
図10】リンパ球と単球と好中球とで、(a)PC(18:0/18:4)の存在比率をSMの存在比率で除した値、および(b)PI(18:0/20:4)の存在比率を比較した図である。
【
図11】リンパ球と単球と好中球とで、(a)PI(16:0/18:0)の存在比率、および(b)PI(18:0/20:4)の存在比率をPI(16:0/18:0)の存在比率で除した値を比較した図である。
【実施例】
【0032】
以下、実施例を用いて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら例に限定されるものではない。
【0033】
実施例1
(1)インフォームドコンセントを取得した健常者血液から、下記[a]のキットを用いてリンパ球を、下記[b]のキットを用いて単球を、下記[c]のキットを用いて好中球を、それぞれ分離した。
[a]EasySep Direct Human total Lymphocyte isolation kit(ST-19655、ベリタス社製)
[b]EasySep Direct Human Monocyte isolation kit(ST-19669、ベリタス社製)
[c]EasySep Direct Human Neutrophil isolation kit(ST-19666、ベリタス社製)
(2)(1)で分離したリンパ球、単球および好中球を、300mMマンニトールを含む水溶液にそれぞれ添加し、前記溶液でそれぞれ2×105個/mLに調製した。
【0034】
(3)ポリマー製スライドガラス型MALDIプレート(FlexiMass-DS、島津製作所社製)に2,5-Dihydroxybenzoic acid(DHB、Sigma Aldrich社製)を含むエタノール溶液1μLを滴下し、乾燥させた。前記溶液を滴下した領域を含む近傍に、(2)で調製した前記細胞を含む懸濁液を2μL滴下し、乾燥させた。さらにエタノールを0.2μL滴下、乾燥させることでDHBを再結晶化し、細胞測定試料を作製した。
【0035】
(4)(3)で作製した細胞測定試料を、MALDI-TOF/MS(島津製作所社製、MALDI-7090)で測定した。前記測定の条件として、測定モードはLinear、極性はPositive、レーザー波長は355nm、レーザー強度は80、レーザー直径は50μm、測定質量範囲は500から1000まで、質量補正はアンジオテンシンII(外部標準)で行なった。
【0036】
(5)(4)の測定で検出したリン脂質に由来するピークのうち、代表的な検出物である分子量782.7であるホスファチジルコリン(PC(18:0/18:4))のピーク、および分子量725.7であるスフィンゴミエリン(SM)のピークを抽出し、PC(18:0/18:4)とSMとの存在比率(存在量比と同じ、以下同じ)、およびPC(18:0/18:4)の存在比率をSMの存在比率で除した値を算出した。なお各リン脂質の存在比率は、各細胞について測定を12回行ない、得られたピーク強度から算出した存在比率の平均値とした。また、算出したPC(18:0/18:4)とSMとの存在比率が外れ値であった場合は、当該外れ値を除却した数値から存在比率を算出した。
【0037】
実施例2
(1)実施例1において、マトリックス溶液として9-Aminoacridine(9-AA)を含む水溶液を用いた他は、実施例1(1)から(3)と同様な方法で、細胞測定試料を作製した。
【0038】
(2)(1)で作製した細胞測定試料を、MALDI-TOF/MS(島津製作所社製、MALDI-7090)で測定した。前記測定の条件として、測定モードはLinear、極性はNegative、レーザー波長は355nm、レーザー強度は90、レーザー直径は100μm、測定質量範囲は500から1000まで、質量補正はアンジオテンシンII(外部標準)で行なった。
【0039】
(3)(2)の測定で検出したホスファチジルイノシトール(PI)に由来するピークのうち、代表的な検出物である分子量885.5であるPI(18:0/20:4)のピーク、および分子量835.5であるPI(16:0/18:0)のピークを抽出し、PI(18:0/20:4)とPI(16:0/18:0)との存在比率、およびPI(18:0/20:4)の存在比率をPI(16:0/18:0)の存在比率で除した値を算出した。なお各リン脂質の存在比率は、各細胞について測定を12回行ない、得られたピーク強度から算出した存在比率の平均値とした。また、算出したPI(18:0/20:4)とPI(16:0/18:0)との存在比率が外れ値であった場合は、当該外れ値を除却した数値から存在比率を算出した。
【0040】
実施例1で得られた質量スペクトルを
図1、実施例2で得られた質量スペクトルを
図2、に、それぞれ示す。
図1では、細胞膜に存在するホスファチジルコリン(PC)およびスフィンゴミエリン(SM)に由来するピークが検出されている。また、
図2には細胞膜に存在するホスファチジルイノシトール(PI)に由来するピークが検出されている。
【0041】
実施例1で算出した、各細胞におけるPC(18:0/18:4)とSMとの存在比率[%]、およびPC(18:0/18:4)の存在比率をSMの存在比率で除した値を表1から3に示す。表1はリンパ球の結果であり、表2は単球の結果であり、表3は好中球の結果である。なお本実施例において存在比率は、PCまたはSMの分子量(m/z値)から2大きい値までの範囲で最も高い強度(Intensity)を示したピークより算出した値である。
【0042】
【0043】
【0044】
【0045】
PC(18:0/18:4)とSMの存在比率(平均値)[%]はそれぞれ、リンパ球で17.8%と82.2%(表1)であり、単球で15.7%と84.3%(表2)であり、好中球で24.8%と75.2%(表3)であった。またPC(18:0/18:4)の存在比率をSMの存在比率で除した値(平均値)は、リンパ球で0.222(表1)であり、単球で0.192(表2)であり、好中球で0.341(表3)であった。
【0046】
白血球(リンパ球、単球および好中球)で、PC(18:0/18:4)の存在比率を比較した結果を
図3に、SMの存在比率を比較した結果を
図4に、PC(18:0/18:4)の存在比率をSMの存在比率で除した値を比較した結果を
図5に、それぞれ示す。
図3からPC(18:0/18:4)の存在比率は、リンパ球、単球ともに好中球と比較して有意に低いことがわかる。
図4からSMの存在比率は、リンパ球、単球ともに好中球と比較して有意に高いことがわかる。
図5からPC(18:0/18:4)の存在比率をSMの存在比率で除した値は、リンパ球、単球ともに好中球と比較して有意に低いことがわかる。
【0047】
以上の結果から、
リンパ球、単球および好中球におけるPC(18:0/18:4)ならびにSMのピーク強度(量に相当)からそれぞれ算出される、PC(18:0/18:4)の存在比率が、リンパ球または単球における比率よりも増加しているか、
同様に前記ピーク強度からそれぞれ算出される、SMの存在比率が、リンパ球または単球における比率よりも減少しているか、
PC(18:0/18:4)の存在比率(量)をSMの存在比率(量)で除した値が、リンパ球または単球における値よりも増加していると、好中球であると識別できる。
【0048】
実施例2で算出した、PI(18:0/20:4)とPI(16:0/18:0)との存在比率[%]、およびPI(18:0/20:4)の存在比率をPI(16:0/18:0)の存在比率で除した値を表4から6に示す。表4はリンパ球の結果であり、表5は単球の結果であり、表6は好中球の結果である。なお本実施例において存在比率は、各PIの分子量(m/z値)から2大きい値までの範囲で最も高い強度(Intensity)を示したピークより算出した値である。
【0049】
【0050】
【0051】
【0052】
PI(18:0/20:4)とPI(16:0/18:0)の存在比率(平均値)[%]はそれぞれ、リンパ球で96.9%と3.14%(表4)であり、単球で92.0%と7.97%(表5)であり、好中球で95.4%と4.62%(表6)であった。またPI(18:0/20:4)の存在比率をPI(16:0/18:0)の存在比率で除した値(平均値)は、リンパ球で72.1(表4)であり、単球で15.8(表5)であり、好中球で30.6(表6)であった。
【0053】
白血球(リンパ球、単球および好中球)で、PI(18:0/20:4)の存在比率を比較した結果を
図6に、PI(16:0/18:0)の存在比率を比較した結果を
図7に、PI(18:0/20:4)の存在比率をPI(16:0/18:0)の存在比率で除した値を比較した結果を
図8に、それぞれ示す。
【0054】
図6からPI(18:0/20:4)の存在比率は、リンパ球、好中球ともに単球と比較して有意に高いことがわかる。
図7からPI(16:0/18:0)の存在比率は、リンパ球、好中球ともに単球と比較して有意に低いことがわかる。
図8からPI(18:0/20:4)の存在比率をPI(16:0/18:0)の存在比率で除した値は、単球と比較してリンパ球で有意に高いことがわかる。
【0055】
以上の結果から、
リンパ球および単球におけるPI(18:0/20:4)ならびにPI(16:0/18:0)のピーク強度(量に相当)からそれぞれ算出される、PI(18:0/20:4)の存在比率が、単球における比率よりも増加しているか、
同様に前記ピーク強度からそれぞれ算出される、PI(16:0/18:0)の存在比率が、単球における比率よりも減少しているか、
PI(18:0/20:4)の存在比率(量)をPI(16:0/18:0)の存在比率(量)で除した値が、単球における値よりも増加していると、リンパ球であると識別できる。
【0056】
実施例1(細胞表面に存在するPC(18:0/18:4)およびSMの測定)の結果からは、顆粒球である好中球と、顆粒球以外の白血球であるリンパ球および単球とを識別できることがわかった。一方、実施例2(細胞表面に存在するPI(18:0/20:4)およびPI(16:0/18:0)の測定)の結果からは、リンパ球と単球とを識別できることが分かった。したがって、実施例1の結果と実施例2の結果とを組み合わせることで、血液試料中に含まれる白血球同士(顆粒球、リンパ球および単球)の識別ができることがわかる。
【0057】
実施例3
実施例1から2で取得したデータに基づき、白血球(リンパ球、単球および好中球)のそれぞれのbox plotを作成した。
【0058】
白血球(リンパ球、単球および好中球)で、SMの存在比率を比較した結果を
図9(a)に、PC(18:0/18:4)の存在比率を比較した結果を
図9(b)に、PC(18:0/20;4)の存在比率をSMの存在比率で除した値を比較した結果を
図10(a)に、PI(18:0/20:4)の存在比率を比較した結果を
図10(b)に、PI(16:0/18:0)の存在比率を比較した結果を
図11(a)に、PI(18:0/20:4)の存在比率をPI(16:0/18:0)の存在比率で除した値を比較した結果を
図11(b)に、それぞれ示す。
【0059】
SMの存在比率を用いる場合は80%前後(
図9(a))を、PC(18:0/20:4)の存在比率を用いる場合は20%前後(
図9(b))を、PC(18:0/20:4)の存在比率をSMの存在比率で除した値を用いる場合は0.25前後(
図9(b))を、それぞれ基準値(しきい値)に設定することで、白血球の中から顆粒球(好中球)を識別できることがわかる。また、PI(18:0/20:4)の存在比率を用いる場合は95.0%前後(
図10(b))を、PI(16:0/18:0)の存在比率を用いる場合は5.0%前後(
図11(a))を、PI(18:0/20:4)の存在比率をPI(16:0/18:0)の存在比率で除した値を用いる場合は22.0前後(
図11(b))を、それぞれ基準値(しきい値)に設定することで、顆粒球以外の白血球(リンパ球と単球)の中からリンパ球を識別できることがわかる。