(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-10
(45)【発行日】2023-07-19
(54)【発明の名称】スパッタリングターゲット及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 14/34 20060101AFI20230711BHJP
【FI】
C23C14/34 C
(21)【出願番号】P 2019132184
(22)【出願日】2019-07-17
【審査請求日】2022-04-26
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001405
【氏名又は名称】弁理士法人篠原国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100065824
【氏名又は名称】篠原 泰司
(74)【代理人】
【識別番号】100104983
【氏名又は名称】藤中 雅之
(74)【代理人】
【識別番号】100166394
【氏名又は名称】鈴木 和弘
(72)【発明者】
【氏名】山岸 浩一
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 宏幸
(72)【発明者】
【氏名】金谷 純
【審査官】安齋 美佐子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/075183(WO,A1)
【文献】特表2005-538257(JP,A)
【文献】特表2004-511656(JP,A)
【文献】国際公開第2018/136368(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/00-14/58
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ターゲット材と、前記ターゲット材を保持するバッキングプレートと、を有するスパッタリングターゲットにおいて、
前記バッキングプレートの前記ターゲット材が保持されていない部位における少なくとも一部の領域に、深さ方向の断面形状が略三角形状
をなす、略円錐形状の凹部を、先端角度が30°以上
45°以下、平均深さが0.1mm超
0.2mm以下、かつ、前記一部の領域の面積に対する全ての前記凹部の開口の総面積が20%以上の割合で、複数個有することを特徴とするスパッタリングターゲット。
【請求項2】
前記凹部の平均深さが、0.15mm以上
0.2mm以下であることを特徴とする請求項
1に記載のスパッタリングターゲット。
【請求項3】
前記凹部を、前記バッキングプレートの前記ターゲット
材を保持する側の面に有することを特徴とする請求項1
又は2に記載のスパッタリングターゲット。
【請求項4】
ターゲット材と、前記ターゲット材を保持するバッキングプレートと、を有するスパッタリングターゲットの製造方法において、前記バッキングプレートの前記ターゲット材が保持されていない部位における少なくとも一部の領域に、機械加工により、深さ方向の断面形状が略三角形状
をなす、略円錐形状の凹部を、先端角度が30°以上
45°以下、平均深さが0.1mm超
0.2mm以下、かつ、前記一部の領域の面積に対する全ての前記凹部の開口の総面積が20%以上の割合で、複数個形成する工程を有することを特徴とするスパッタリングターゲットの製造方法。
【請求項5】
前記機械加工を、刻印機を用いて行うことを特徴とする請求項
4に記載のスパッタリングターゲットの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スパッタリングターゲット及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、基板上に薄膜を形成する成膜技術としてスパッタリング法が用いられている。このスパッタリング法では、真空槽内に導入されたAr等の希ガスがイオン化し、このイオン化したArがターゲット材に衝突することで、ターゲット材からスパッタ粒子が叩き出され、成膜対象となる基板上に薄膜を形成する。
【0003】
このようなスパッタリング法による成膜では、ターゲット材と対向する位置に成膜対象となる基板等を配置し、ターゲット材から叩き出されたスパッタ粒子により成膜する。このとき、スパッタ粒子は、ターゲット材と対向する位置に配置した成膜対象となる基板以外にも、例えば、ターゲット材を保持するバッキングプレートの一部に付着して堆積膜を形成する。この堆積膜は、密着力が弱く、その一部が微細な箔となり易い。そして、一部の堆積膜は、剥離することでパーティクルとなり、スパッタリング時の異常放電の原因となる等、薄膜形成に悪影響を及ぼすことがある。
【0004】
スパッタリングターゲットに形成される堆積膜の剥離を防止する方法として、例えば、次の特許文献1には、スパッタリングターゲットにおける堆積膜が形成される部位に、表面粗さ(Ra)が10~20μmの金属溶射被膜を形成し、金属溶射被膜固有の表面粗さと表面構造のアンカー効果により、当該部位に付着した堆積物の剥離によるパーティクルの発生を減少させることが提案されている。
【0005】
また、次の特許文献2には、スパッタリングターゲットにおける堆積膜が形成される部位に、ブラスト処理することで表面粗さ(Ra)が1μm以上4μm以下に粗面化したブラスト処理部を形成し、ブラスト処理部による堆積膜との密着性を向上させてパーティクルの発生を減少させるとともに、ブラスト処理部を超音波洗浄し、超音波洗浄したブラスト処理部をエッチングし、または洗浄液でジェット洗浄し、さらに、ジェット洗浄したブラスト処理部を超音波洗浄することで、ブラスト処理部に突き刺さったブラスト材を適切に除去し、ブラスト材による突発的なパーティクルの発生を減少させることが提案されている。
【0006】
また、次の特許文献3には、スパッタリングターゲットにおける堆積膜が形成される部位に、エッチング処理により表面粗さ(Ra)が5μm以上100μm以下である複数の凹凸部を形成し、当該凹凸部により、表面積を著しく増加させ、堆積膜に対する凹部または凸部のアンカー効果による密着力を十分に持たせて、単位面積当たりの堆積量を減少させ、また堆積量の増大に伴う内部応力の上昇を抑制して堆積物の亀裂及び剥離を著しく低減させることが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特許第3791829号公報
【文献】特許第4965480号公報
【文献】特開2001-26862号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、特許文献1~3に提案されている方法を用いても、スパッタリング処理時間が蓄積されるにしたがって、バッキングプレートに施された、金属溶射被膜、ブラスト処理部、エッチング処理による凹凸部等に密着した堆積膜が成長して行き、薄箔状の堆積膜が剥がれ、剥がれた剥離状の堆積膜が成膜対象となる基板上に付着するといった不具合が発生する。このため、スパッタリングターゲットを定期的にクリーニングして堆積膜を除去する必要がある。
しかるに、堆積膜を除去するためのクリーニングの頻度が多いとコスト高となってしまう。このため、定期的にクリーニングするまでの期間を極力延ばすことが重要であり、定期的にクリーニングするまでの期間を極力延ばすには、バッキングプレートに付着する堆積膜をより一層剥がれ難くする必要がある。
【0009】
本発明者らが、鋭意検討したところ、特許文献1~3に提案されている方法による堆積膜を密着させる方法に比べて、バッキングプレートに付着する堆積膜の剥がれを抑えて、定期的にクリーニングするまでの期間を格段と延ばすことができ、しかもコストを低減させることのできる方法があることが判明した。
【0010】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、成膜対象の基板上に薄膜を形成するスパッタリング法による、スパッタリングターゲットのターゲット材を保持するバッキングプレートの一部に堆積する堆積膜の剥離を抑制し、剥離した堆積膜が成膜する基板へ付着する不具合を防止するとともに、定期的にクリーニングするまでの期間を格段と長期化させ、コストを低減することが可能なスパッタリングターゲット及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するため、本発明によるスパッタリングターゲットは、ターゲット材と、前記ターゲット材を保持するバッキングプレートと、を有するスパッタリングターゲットにおいて、前記バッキングプレートの前記ターゲット材が保持されていない部位における少なくとも一部の領域に、深さ方向の断面形状が略三角形状をなす、略円錐形状の凹部を、先端角度が30°以上45°以下、平均深さが0.1mm超0.2mm以下、かつ、前記一部の領域の面積に対する全ての前記凹部の開口の総面積が20%以上の割合で、複数個有することを特徴としている。
【0013】
また、本発明のスパッタリングターゲットにおいては、前記凹部の平均深さが、0.15mm以上0.2mm以下であるのが好ましい。
【0015】
また、本発明のスパッタリングターゲットにおいては、前記凹部を、前記バッキングプレートの前記ターゲット材を保持する側の面に有するのが好ましい。
【0016】
また、本発明によるスパッタリングターゲットの製造方法は、ターゲット材と、前記ターゲット材を保持するバッキングプレートと、を有するスパッタリングターゲットの製造方法において、前記バッキングプレートの前記ターゲット材が保持されていない部位における少なくとも一部の領域に、機械加工により、深さ方向の断面形状が略三角形状をなす、略円錐形状の凹部を、先端角度が30°以上45°以下、平均深さが0.1mm超0.2mm以下、かつ、前記一部の領域の面積に対する全ての前記凹部の開口の総面積が20%以上の割合で、複数個形成する工程を有することを特徴としている。
【0017】
また、本発明のスパッタリングターゲットの製造方法においては、前記機械加工を、刻印機を用いて行うのが好ましい。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、成膜対象の基板上に薄膜を形成するスパッタリング法による、スパッタリングターゲットのターゲット材を保持するバッキングプレートの一部に堆積する堆積膜の剥離を抑制し、剥離した堆積膜が成膜する基板へ付着する不具合を防止するとともに、定期的にクリーニングするまでの期間を格段と長期化させ、コストを低減することが可能なスパッタリングターゲット及びその製造方法が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明が適用可能な、ターゲット材と、ターゲット材を保持するバッキングプレートと、を有するスパッタリングターゲットには、所定の組成を有するターゲット材と、ターゲット材と同一の組成を有しターゲット材と一体となってターゲット材を保持するバッキングプレートとで構成されたタイプのスパッタリングターゲットと、所定の組成を有するターゲット材と、ターゲット材を保持するバッキングプレートと、ターゲット材とバッキングプレートを接合する接合材とで構成されたタイプのスパッタリングターゲットと、の両方のタイプのスパッタリングターゲットが含まれる。
【0020】
ターゲット材は、スパッタリングすることで成膜対象の基板に薄膜を形成する。ターゲット材の材質は、ニッケル-クロム合金(NiCr)、ニッケル-銅合金(NiCu)等の金属材料である。また、ターゲット材の材質は、スズを含有する酸化インジウム(ITO)、セリウム(Ce)を含有する酸化インジウム(ICO)、ガリウム(Ga)を含有する酸化インジウム(IGO)、ガリウム及び亜鉛を含有する酸化インジウム(IGZO)等で構成されたセラミックスであってもよい。
【0021】
バッキングプレートは、接合材を介して、又はターゲット材と一体化して、ターゲット材を保持するとともに、電極として高い電気伝導性を有し、かつ、高い熱伝導性を有してスパッタリング時に発熱したターゲット材を冷却する。バッキングプレートの材質は、十分な冷却効率を確保できる熱伝導性があり、スパッタリング時に、放電可能な電気伝導性や、スパッタリングターゲットの保持が可能な強度等を備えているものであればどのようなものでもよい。例えば、ターゲット材の材質が金属材料である場合、ターゲット材とバッキングプレートとが一体となって構成されるタイプのスパッタリングターゲットにおいて、バッキングプレートは、ターゲット材と同一の材質、組成のものを用いる。また、ターゲット材の材質がセラミックスである場合、バッキングプレートは、SUS304以外のステンレス、チタン又はチタン合金、モリブデン又はモリブデン合金、アルミニウム又はアルミニウム合金、更には、強固な不動態皮膜の無い銅又は銅合金等の各種材質を用いることができる。
【0022】
接合材は、ターゲット材とバッキングプレートとが接合されて構成されるタイプのスパッタリングターゲットに用いる。接合材には、バッキングプレートと同様に、上述した熱伝導性等の特性を有するものを選定する。例えば、インジウム系低融点材料やインジウム粉末を含有する樹脂ペースト等を用いることができる。なお、ターゲット材とバッキングプレートとが一体となって構成されるタイプのスパッタリングターゲットには、接合材は不要である。
【0023】
なお、スパッタリングターゲットは、一般的には、平面形状が円形や矩形となった、板状の形状を有している。近年は、ターゲット材の使用効率を上げるために、スパッタリングターゲットの形状を板状から円筒形状に変更したものも開発されている。本発明は、これら、板状、円筒形状、のいずれの形状のスパッタリングターゲットにも適用できる。
【0024】
以下、本発明を導出するに至った経緯、並びに、本発明の特徴的な構成及び作用効果について詳細に説明する。
【0025】
上述したように、バッキングプレートは、ターゲット材を保持している。スパッタリング時は、ターゲットと対向する位置に成膜対象の基板等を配置し、ターゲット材から叩き出されたスパッタ粒子により成膜対象の基板に成膜する。このとき、スパッタ粒子は、ターゲット材を保持するバッキングプレートのターゲット材が保持されていない部位における一部の領域の表面に付着して堆積膜を形成する。この堆積膜は、密着力が弱く一部が剥離することでパーティクルとなり、スパッタリング時の異常放電等の原因となって薄膜成膜に悪影響を及ぼすことがある。
【0026】
また、上述したように、スパッタリングターゲットに形成される堆積膜の剥離を防止する方法としては、特許文献1に金属溶射被膜を形成する方法、特許文献2にブラスト処理部を形成する方法、特許文献3にエッチングによる凹凸部を形成する方法が提案されている。しかし、これらの方法を用いても、スパッタリング処理時間が蓄積されるにしたがって、バッキングプレートに施された、金属溶射被膜、ブラスト処理部、エッチング処理による凹凸部等に密着した堆積膜が成長して行き、薄箔状の堆積膜が剥がれ、剥がれた剥離状の堆積膜が成膜対象となる基板上に付着するといった不具合が発生するため、スパッタリングターゲットを定期的にクリーニングして堆積膜を除去する必要がある。しかるに、堆積膜を除去するためのクリーニングの頻度が多いとコスト高となってしまうため、定期的にクリーニングするまでの期間を極力延ばすことが重要であり、定期的にクリーニングするまでの期間を極力延ばすには、バッキングプレートに付着する堆積膜をより一層剥がれ難くする必要がある。
【0027】
本発明者らは、バッキングプレートに付着する堆積膜をより一層剥がれ難くするためには、堆積膜が堆積する部位の表面積をより増大させることによって、堆積物を密着させる効果を増大させることが重要であると考えた。そこで、本発明者らは、まず、特許文献1~3に記載の夫々の方法を用いて、堆積膜が堆積する部位の表面積をより増大させることの可否について検討した。
【0028】
しかるに、特許文献1に記載の金属溶射被膜を形成する方法には、表面粗さ(Ra)が20μm超の金属溶射被膜を形成した場合、金属溶射被膜が脆弱となって金属溶射被膜自体が剥離してしまうという問題がある。このため、特許文献1に記載の金属溶射被膜を形成する方法では、堆積膜が堆積する部位に形成する金属溶射被膜の表面粗さ(Ra)を大きくすることによって表面積を増大させることができず、金属溶射被膜に付着した薄箔状の堆積膜をより一層剥がれ難くすることが難しい。
【0029】
また、特許文献2に記載のブラスト法により粗面化したブラスト処理部を形成する方法には、ブラスト処理部の表面粗さが4.0μmを超えると、ブラスト処理部に堆積する膜の密着性にバラツキが生じ、パーティクル及びパーティクルの発生を低減する効果が低くなってしまうという問題がある。このため、特許文献2に記載のブラスト法により粗面化したブラスト処理部を形成する方法では、堆積膜が堆積する部位の表面積をより増大させるために、ブラスト処理部の表面粗さ(Ra)を大きくすることができず、ブラスト処理部に付着した薄箔状の堆積膜をより一層剥がれ難くすることが難しい。
【0030】
また、特許文献3に記載のエッチング処理により複数の凹凸部を形成する方法には、凹凸部の表面粗さ(Ra)が100μmを超えると、薄膜が、プラズマ側に向いた凹部又は凸部における側面にのみ集中して堆積し、全体として不均一な堆積となり、凹部又は凸部のアンカー効果が有効に働かず、剥離が生じ易くなってしまうという問題がある。また、特許文献3には、エッチング処理により形成した凹凸部の表面粗さ(Ra)が6μmのスパッタリングターゲットについて実証する実施例の記載があるが、エッチング処理により形成した凹凸部の表面粗さ(Ra)100μmのスパッタリングターゲットについては実施する実施例の記載がない。このため、特許文献3に記載のエッチング処理により複数の凹凸部を形成する方法では、堆積膜が堆積する部位の表面積をより増大させるために、凹凸部の表面粗さ(Ra)を大きくすることができず、凹凸部に付着した薄箔状の堆積膜をより一層剥がれ難くすることが難しい。
【0031】
また、特許文献2に記載のブラスト法により粗面化したブラスト処理部を形成する方法や、特許文献3のエッチング処理により複数の凹凸部を形成する方法では、ブラスト処理部の洗浄や凹凸部形成のためのエッチングに薬品を用いて処理し、処理後に排水処理工程が必要となり、そのための処理費用がかかることにより、コスト高となってしまうという問題もある。
【0032】
本発明者らは、これら特許文献1~3に記載の方法に内在する問題を鑑み、堆積膜が堆積する部位の表面積をより増大させて、堆積物を密着させる効果を増大させるための方法として、特許文献2、3に記載の方法のような排水処理工程が不要となる、機械加工により凹部を複数個形成する方法を考えた。そして、凹部の形状や深さ凹部の開口面積の割合等について、試行錯誤を重ねた。その結果、機械加工により凹部を形成する方法において、凹部の形状や深さ凹部の開口面積の割合等を所定の範囲にすると、特許文献1~3に記載の方法に比べて、堆積膜が堆積する部位の表面積をより増大させることができ、定期的にクリーニングするまでの期間を格段と延ばすことができることが判明し、本発明を導出するに至った。
【0033】
本発明のスパッタリングターゲット(スパッタリングターゲットの製造方法)は、バッキングプレートのターゲット材が保持されていない部位における少なくとも一部の領域に、深さ方向の断面形状が略三角形状をなす、略円錐形状の凹部を、先端角度が30°以上45°以下、平均深さが0.1mm超0.2mm以下、かつ、上記一部の領域の面積に対する全ての凹部の開口の総面積が20%以上の割合で、複数個有する(形成する)。
このように凹部を有する(形成する)と、堆積膜の密着性が格段と向上し、堆積膜の剥離を防止する効果が格段と向上する。その結果、定期的にクリーニングするまでの期間をより一層延ばすことができる。
このような凹部は、バッキングプレートのターゲット材を保持する部位以外の、装置内において露出している部位に有する(形成する)ことが好ましい。特に、バッキングプレートにおける、成膜対象となる基板等に対向するターゲット材を保持する側の面に凹部を有する(形成する)と、堆積膜の剥離を防止する効果が格段と向上し、定期的にクリーニングするまでの期間をより一層延ばすことができるという効果を有効に発揮させることができる。
【0034】
凹部の深さ方向の断面形状は、略三角形状にする。詳細は後述するが、凹部は機械加工により形成する。特に、プレス機や刻印機等を用いた機械加工により形成するのが好ましい。凹部の深さ方向の断面形状を略三角形状にすれば、プレス機や刻印機等を用いた機械加工時の作業負荷を低減できる。また、凹部における深さ方向の断面形状をなす略三角形の先端は、R形状を有していてもよい。凹部における深さ方向の断面形状をなす略三角形の先端がR形状を有するようにすれば、凹部を機械加工時の工具の先端のチッピングや摩耗を防止できる。なお、凹部の形状は、機械加工時の工具の摩耗等を考慮すると円錐形が好ましい。
凹部の深さ方向の断面形状をなす略三角形状の先端角度は、30°以上45°以下にする。先端角度が90°以上であると、堆積膜の密着性が低下する。また、先端角度が30°を下回ると、工具の寿命が短くなり生産性が劣化する。先端角度を30°以上45°以下の範囲にすると、堆積膜の密着性がより向上し、定期的にクリーニングするまでの期間をより一層延ばすことができる。
【0035】
凹部の平均深さは、0.1mm超0.2mm以下にする。凹部の深さをこのような深さにすると、堆積膜が付着する表面積が格段と多くなるため堆積膜の密着性を格段と向上させることができ、かつ、深さ方向の断面形状が略三角形状をなす凹部の側面にも堆積膜が形成され易くなる。そして、上述した深さ方向の断面形状をなす略三角形状の先端角度と相俟って堆積膜の密着性を格段と向上させた状態を維持することができる。
【0036】
なお、上述したように、特許文献3のエッチング処理により複数の凹凸部を形成する方法は、凹部の平均深さは、上限が100μmであるため、凹部の深さが浅く、本発明のように凹部の平均深さを、0.1mm超0.2mm以下にすることができない。このため、特許文献3の方法では、本発明のような堆積膜の剥離を防止する効果を格段と向上させて、定期的にクリーニングするまでの期間をより一層延ばす効果は得られない。
【0037】
凹部の平均深さが0.1mm以下であると、堆積膜が付着する表面積が小さくなり、堆積膜の密着性を向上させ難く、また、深さ方向の断面形状が略三角形状をなす凹部の側面方向に膜が形成され難くなるため堆積膜が密着した状態を維持し易くすることが難しい。
【0038】
凹部の深さは、より好ましくは0.15mm以上0.2mm以下にするのがよい。凹部の平均深さが0.3mmを超えると、バッキングプレートの材質にもよるが、バッキングプレートに、凹部加工による反りが発生する虞がある。
【0039】
凹部は、全ての凹部の開口の総面積が、凹部の加工対象となっている上記一部の領域の面積に対し20%以上となる割合で有する(形成する)。
凹部が上記一部の領域の面積に対し20%以上となる割合で有する(形成する)ようにすれば、堆積膜とバッキングプレートの密着性がより一層向上し、堆積膜の剥離を防止する効果がより一層向上する。その結果、定期的にクリーニングするまでの期間をより一層延ばすことができる。
上記一部の領域の面積に対する全ての凹部の開口の総面積の割合が20%未満の場合、堆積膜の密着性が低下する。
凹部は、隣接する凹部と一部が重なるように有する(形成する)ようにすることも可能であり、上記一部の領域の面積に対する全ての凹部の開口の総面積の割合を50%以上に設定して配設することも可能である。但し、工具の消耗等を考慮すると、この割合は小さい方が好ましく、25%~35%がより好ましい。凹部の配置は、上記一部の領域の面積に対する全ての凹部の開口の総面積の割合が20%以上であれば特に限定はない。例えば、凹部の加工対象となっている領域に対し、凹部を上下左右一定の寸法で均等に配置してもよいし、ランダムに配置してもよい。
【0040】
凹部の形成は、バッキングプレートのターゲット材が保持されていない部位における少なくとも一部の領域に対する機械加工により行う。凹部を形成する機械加工としては、例えば、プレス機による刻印または刻印機による刻印等を用いることができる。凹部の形成段階に関しては、ターゲット材をバッキングプレートに接合材を用いて接合するタイプのスパッタリングターゲットでは、ターゲット材をバッキングプレートに接合する前の段階において、バッキングプレートに凹部を形成することが好ましい。ターゲット材とバッキングプレートとが一体加工されるタイプのスパッタリングターゲットでは、ターゲット材の加工が完了した後の段階において、バッキングプレートに凹部を形成してもよい。
【実施例】
【0041】
以下、本発明をさらに詳細な実施例に基づき説明するが、本発明は、これらの実施例に限定されるものではない。
【0042】
実施例1
ニッケル-銅合金(モネル:NiCu合金)の板状部材を準備し、上段がターゲット材として、長さ440mm×幅150mm×厚さ10mmとなり、下段がバッキングプレートとして、長さ460mm×幅170mm×厚さ10mmとなるようにバッキングプレートとターゲット材を一体加工し、スパッタリングターゲットを作製した。
次に、作製したスパッタリングターゲットを用いて、成膜対象となる基板等に対向するターゲット側の面における、バッキングプレートのターゲット材が保持されていない部位の一部の領域に深さ方向の断面形状が略三角形状をなす、略円錐形状の凹部を形成した。凹部の形成には、自動刻印機を使用した。刻印機における凹部を形成するピンは、φ2.4mmで、ピン先端角度が45°であるものを用いた。また、刻印機は、12mm×12mmの加工対象領域において最大で32×32点の刻印が可能であるものを用いた。そして、刻印機による刻印の位置を凹部の加工対象領域の全位置に設定する(即ち、12mm×12mmの加工対象領域において1024点を刻印するように設定する)とともに、刻印により形成する凹部の平均深さを0.2mmに設定した。このときの凹部の加工対象領域に対する刻印により形成された凹部の開口の総面積の割合は、96%であった。実施例1のスパッタリングターゲットにおける、凹部の先端角度、凹部の平均深さ、凹部の加工対象領域に対する凹部の開口の総面積の割合を表1に示す。
次に、作製したスパッタリングターゲットをスパッタリング装置に取り付け、投入出力2.5KWで連続してスパッタリングを行った。そして、スパッタリング時間が100時間を経過する毎に、バッキングプレートの凹部を形成した領域におけるスパッタ堆積膜の剥離の有無を目視で観察した。観察結果を表1に示す。
【0043】
実施例2~7、比較例1~3
実施例2~7、比較例1~3では、実施例1と同様の材質、組成のバッキングプレートとターゲット材を一体加工して作製したスパッタリングターゲットを用いて、バッキングプレートにおける、実施例1と略同様の一部の領域に、スパッタリングターゲットにおける、凹部を加工するピン先端角度、刻印による凹部の平均深さ、凹部の加工対象領域に対する刻印により形成された凹部の開口の総面積の割合を変更し、その他は、実施例1と同様の条件、方法で凹部を形成した。実施例2~7、比較例1~3の夫々のスパッタリングターゲットにおける、凹部の先端角度、凹部の平均深さ、凹部の加工対象領域に対する凹部の開口の総面積の割合を表1に示す。
次に、実施例1と同様の条件、方法で、バッキングプレートの凹部を形成した領域におけるスパッタ堆積膜の剥離の有無を観察した。観察結果を表1に示す。
なお、実施例4、7は参考例である。
【0044】
比較例4
比較例4では、実施例1と同様の材質、組成のバッキングプレートとターゲット材を一体加工して作製したスパッタリングターゲットを用いて、バッキングプレートにおける、実施例1と略同様の一部の領域に、特許文献2に記載の方法に従い、ブラスト処理装置を用いて、ブラスト材の平均粒径が200μm、ブラスト処理装置のエア圧力が40kg/cm2でブラスト処理を施した。次に、超音波洗浄装置を用いて、噴流の圧力が200kPa以上300kPa以下、超音波の周波数が18kHz以上10kHz以下でバッキングプレートを超音波洗浄した。次に、フッ硝酸を用いてブラスト処理部をエッチング処理し、エッチング処理後にバッキングプレートを水洗した。次に、超音波洗浄機を用いて、同様の条件で再度、超音波洗浄し、その後、乾燥処理を施した。このように処理を施したブラスト処理部の表面粗さ(Ra)は、表1に示すように、3.4μmであった。
次に、実施例1と同様の条件、方法で、バッキングプレートのブラスト処理部を形成した領域におけるスパッタ堆積膜の剥離の有無を観察した。観察結果を表1に示す。
【0045】
比較例5
比較例5では、実施例1と同様の材質、組成のバッキングプレートとターゲット材を一体加工して作製したスパッタリングターゲットを用いて、バッキングプレートにおける、実施例1と略同様の一部の領域に、特許文献3に記載の方法に従い、酸でエッチング処理を施して凹凸部を形成し、エッチング処理後にバッキングプレートを水洗した。その後、乾燥処理を施した。このように処理を施した凹凸部の表面粗さ(Ra)は10.6μmであった。
次に、実施例1と同様の条件、方法で、バッキングプレートの凹凸部を形成した領域におけるスパッタ堆積膜の剥離の有無を観察した。観察結果を表1に示す。
【0046】
なお、特許文献2、3に記載の方法は、上述したように、処理後に排水処理工程が必要となり、そのための処理費用がかかることにより、コスト高となってしまうという問題がある。このため、特許文献2、3に記載の方法に従った、比較例4、5のスパッタリングターゲットは、コスト高の問題を解決していない。
但し、ここでは、敢えてコストの観点を除外し、堆積物を密着させる効果のみについて、実施例1~7のスパッタリングターゲットと比較するために、比較例4、5のスパッタリングターゲットを作製した。
また、金属溶射被膜を脆弱化させることなく表面粗さ(Ra)が格段と大きくなるように形成することが難しいため、特許文献1に記載の金属溶射被膜を形成する方法に従った比較例のスパッタリングターゲットは作製せず、実施例1~7のスパッタリングターゲットとの比較を行わなかった。
【0047】
【表1】
(注1):ブラスト処理により粗面化したブラスト処理部の表面粗さ(Ra)(μm)
(注2):エッチング処理により形成した凹凸部の表面粗さ(Ra)(μm)
【0048】
表1に示すように、実施例1~7のスパッタリングターゲットでは、スパッタリング時間が200時間を経過しても堆積膜の剥離は認められなかった。
これに対し、凹部の平均深さが本発明における下限値を下回る比較例1のスパッタリングターゲットでは、スパッタリング時間が100時間を経過した時点では堆積膜の剥離は認められなかったが、200時間を経過した時点で堆積膜の剥離が認められた。
また、凹部の加工対象領域に対する刻印により形成された凹部の開口の総面積の割合が本発明における下限値を下回る比較例2のスパッタリングターゲットにおいても、比較例1と同様、スパッタリング時間が100時間を経過した時点では堆積膜の剥離は認められなかったが、200時間を経過した時点で堆積膜の剥離が認められた。
また、凹部を加工するピン先端角度が本発明における上限値を上回る比較例3のスパッタリングターゲットにおいても、比較例1と同様、スパッタリング時間が100時間を経過した時点では堆積膜の剥離は認められなかったが、200時間を経過した時点で堆積膜の剥離が認められた。
また、特許文献2に記載の方法と略同様の方法にしたがって、ブラスト処理により粗面化したブラスト処理部を形成した比較例4のスパッタリングターゲットでは、スパッタリング時間が100時間を経過した時点で堆積膜の剥離が認められた。
また、特許文献3に記載の方法と略同様の方法にしたがって、エッチング処理により凹凸部を形成した比較例5のスパッタリングターゲットでは、比較例4と同様、スパッタリング時間が100時間を経過した時点で堆積膜の剥離が認められた。
これらのことから、本発明のスパッタリングターゲットは、特許文献に記載のスパッタリングターゲットに比べて、定期的にクリーニングするまでの期間を格段と延ばすことができることが認められる。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明は、スパッタリング法による成膜を行うことが求められている分野に有用である。