(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-10
(45)【発行日】2023-07-19
(54)【発明の名称】ポリアリーレンスルフィド樹脂組成物、成形品及びそれらの製造方法
(51)【国際特許分類】
C08L 81/02 20060101AFI20230711BHJP
C08K 7/10 20060101ALI20230711BHJP
C08K 3/013 20180101ALI20230711BHJP
C08K 3/04 20060101ALI20230711BHJP
C08K 3/26 20060101ALI20230711BHJP
C08K 3/34 20060101ALI20230711BHJP
【FI】
C08L81/02
C08K7/10
C08K3/013
C08K3/04
C08K3/26
C08K3/34
(21)【出願番号】P 2022543725
(86)(22)【出願日】2022-02-03
(86)【国際出願番号】 JP2022004169
(87)【国際公開番号】W WO2022190723
(87)【国際公開日】2022-09-15
【審査請求日】2022-07-19
(31)【優先権主張番号】P 2021037197
(32)【優先日】2021-03-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002886
【氏名又は名称】DIC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149445
【氏名又は名称】大野 孝幸
(74)【代理人】
【識別番号】100163290
【氏名又は名称】岩本 明洋
(74)【代理人】
【識別番号】100214673
【氏名又は名称】菅谷 英史
(74)【代理人】
【識別番号】100186646
【氏名又は名称】丹羽 雅裕
(72)【発明者】
【氏名】黒川 隆平
(72)【発明者】
【氏名】根岸 浩明
【審査官】岡部 佐知子
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-119383(JP,A)
【文献】特開平05-171042(JP,A)
【文献】国際公開第2019/208377(WO,A1)
【文献】特開2010-053350(JP,A)
【文献】特開2016-147956(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08K 3/00-13/08
C08L 1/00-101/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリアリーレンスルフィド樹脂(A)と、ガラス繊維(B)と、粉粒状充填剤(C)と、黒鉛(D)を必須成分として配合してなるポリアリーレンスルフィド樹脂組成物であって、
前記ポリアリーレンスルフィド樹脂(A)のナトリウム含有量が2300ppm以下の範囲であり、非ニュートン指数が0.90以上から、1.50以下の範囲であること、
前記粉粒状充填剤(C)の平均粒子径(D
50
)が1~45μmの範囲であること、
かつポリアリーレンスルフィド樹脂(A)100質量部に対して、前記ガラス繊維(B)が10~150質量部、前記粉粒状充填剤(C)が1~120質量部、前記黒鉛(D)が10~130質量部の範囲であること、
燃料膨潤量が0.16質量部以下であることを特徴とする
、燃料タンク、燃料センサー、ベーンポンプ又はオートレシオ流量計用ポリアリーレンスルフィド樹脂組成物。
(ただし、燃料膨潤量は、オートクレーブに試験片と燃料(Fuel D85vol%+メタノール15vol%)を封入し、60℃に加熱してオートクレーブ内を燃料蒸気で満たしたまま、1000時間暴露した際の、試験片の初期重量に対する重量変化率である。)
【請求項2】
ポリアリーレンスルフィド樹脂(A)100質量部に対して、ガラス繊維(B)と、粉粒状充填剤(C)と、黒鉛(D)の合計が21~400質量部の範囲である、請求項1記載のポリアリーレンスルフィド樹脂組成物。
【請求項3】
前記粉粒状充填剤(C)が炭酸カルシウム及び/又はタルクである、請求項1または2記載のポリアリーレンスルフィド樹脂組成物。
【請求項4】
溶融混練物である請求項1~3の何れか一項に記載のポリアリーレンスルフィド樹脂組成物。
【請求項5】
請求項1~4の何れか一項に記載のポリアリーレンスルフィド樹脂組成物を溶融成形してなる成形品。
【請求項6】
ポリアリーレンスルフィド樹脂(A)と、ガラス繊維(B)と、粉粒状充填剤(C)と、黒鉛(D)を必須成分として配合し、ポリアリーレンスルフィド樹脂(A)の融点以上の温度範囲で溶融混錬する工程を有するポリアリーレンスルフィド樹脂組成物の製造方法であって、
前記ポリアリーレンスルフィド樹脂(A)のナトリウム含有量が2300ppm以下の範囲であり、非ニュートン指数が0.90以上から、1.50以下の範囲であること、
前記粉粒状充填剤(C)の平均粒子径(D
50
)が1~45μmの範囲であること、
かつポリアリーレンスルフィド樹脂(A)100質量部に対して、前記ガラス繊維(B)が10~150質量部、前記粉粒状充填剤(C)が1~120質量部、前記黒鉛(D)が10~130質量部の範囲であること、
燃料膨潤量が0.16質量部以下であることを特徴とする
、燃料タンク、燃料センサー、ベーンポンプ又はオートレシオ流量計用ポリアリーレンスルフィド樹脂組成物の製造方法。
(ただし、燃料膨潤量は、オートクレーブに試験片と燃料(Fuel D85vol%+メタノール15vol%)を封入し、60℃に加熱してオートクレーブ内を燃料蒸気で満たしたまま、1000時間暴露した際の、試験片の初期重量に対する重量変化率である。)
【請求項7】
ポリアリーレンスルフィド樹脂(A)100質量部に対して、ガラス繊維(B)と、粉粒状充填剤(C)と、黒鉛(D)の合計が21~400質量部の範囲である、請求項6記載のポリアリーレンスルフィド樹脂組成物の製造方法。
【請求項8】
前記粉粒状充填剤(C)が炭酸カルシウム及び/又はタルクである、請求項6または7記載のポリアリーレンスルフィド樹脂組成物の製造方法。
【請求項9】
請求項1~4の何れか一項に記載のポリアリーレンスルフィド樹脂組成物を溶融成形する工程を有する成形品の製造方法。
【請求項10】
請求項1~4の何れか一項に記載のポリアリーレンスルフィド樹脂組成物を溶融成形してなる成形品を燃料系部品として使用する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリアリーレンスルフィド樹脂組成物、ポリアリーレンスルフィド樹脂成形品及びそれらの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、生産性、成形性に優れ、かつ高耐熱性を有するエンジニアリングプラスチックが開発され、軽量でもあることから金属材料に代わる材料として電気、電子機器や自動車用等の部材として幅広く使用されている。特にポリフェニレンサルファイド(以下、PPSと表す)樹脂に代表されるポリアリーレンスルフィド(以下、PASと表す)樹脂は、耐熱性に優れつつ、かつ、機械的強度、耐薬品性、成形加工性、寸法安定性にも優れるため、自動車部品や電気電子などの分野で、広範に利用されている。
【0003】
また、これら自動車部品や電気電子などの分野では、高出力化に伴って発熱量も増大しており、放熱特性を良好にするため、材料自体の熱伝導性のさらなる向上が課題となっていた。
【0004】
従来、樹脂成形材料の放熱性を改良する手段としては、熱伝導率の高い充填材料を配合する方法が知られている。PAS樹脂の熱伝導性を改良する試みについては、例えば、PPS樹脂に、熱伝導率の高い材料である黒鉛を配合してなる樹脂組成物が提案されており(例えば、特許文献1参照)、その成形品は、熱伝導性及び機械的強度に優れることが知られている。
【0005】
一方で、車載用燃料系部品では、高温環境に加えて、ガソリン等の燃料及びその蒸気に接する機会もあり、その一部あるいは全ての成分の影響により樹脂組成物が膨潤し、寸法ならびに重量変化や、機械的強度が低下する不都合があった。
【0006】
これを改善するため、非ニュートン指数が1.15以上であるPPS樹脂と、繊維状充填剤と非繊維状充填剤を特定範囲の割合で配合してなる樹脂組成物(特許文献2参照)や、分子量分布のピーク分子量が34,200~100,000であるPPS樹脂と酸変性α-オレフィン共重合体からなる熱可塑性エラストマーとエポキシ樹脂を含有する樹脂組成物が提供されている(特許文献3参照)。
【0007】
さらに、連続相を形成するPPS樹脂と、ポリオレフィン系樹脂と少なくとも一部が動的に架橋された飽和ゴム状重合体とからなる熱可塑性エラストマーと相溶化剤よりなる樹脂組成物が知られている(特許文献4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2004-339290号公報
【文献】特開2008-266616号公報
【文献】特開2004-300272号公報
【文献】特開2006-45401号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、これらの方法では、熱伝導率と低燃料膨潤性を両立しながら、さらに機械的特性に優れる樹脂成形品を得ることはできなかった。
【0010】
そこで、本発明が解決しようとする課題は、熱伝導率や機械的特性に優れ、かつ、燃料による膨潤を抑制するPAS成形品、当該成形品を提供可能なPAS樹脂組成物及びそれらの製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意検討した結果、ナトリウム含有量が特定範囲のPAS樹脂に、ガラス繊維と粉粒状充填剤と黒鉛を組み合わせることで、PAS樹脂成形品の、熱伝導率や機械的特性に優れ、かつ、燃料バリア性に優れることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本開示は、PAS樹脂(A)と、ガラス繊維(B)と、粉粒状充填剤(C)と、黒鉛(D)を必須成分として配合してなるPAS樹脂組成物であって、
前記PAS樹脂(A)のナトリウム含有量が2300ppm以下の範囲であり、
かつPAS樹脂(A)100質量部に対して、前記ガラス繊維(B)が10~150質量部、前記粉粒状充填剤(C)が1~120質量部、前記黒鉛(D)が10~130質量部の範囲である、ことを特徴とするPAS樹脂組成物に関する。
【0013】
また、本開示は、前記記載のPAS樹脂組成物を成形してなる成形品に関する。
【0014】
また、本開示は、PAS樹脂(A)と、ガラス繊維(B)と、粉粒状充填剤(C)と、黒鉛(D)を必須成分として配合し、PAS樹脂(A)の融点以上の温度範囲で溶融混錬する工程を有するPAS樹脂組成物の製造方法であって、
前記PAS樹脂(A)のナトリウム含有量が2300ppm以下の範囲であり、
かつPAS樹脂(A)100質量部に対して、前記ガラス繊維(B)が10~150質量部、前記粉粒状充填剤(C)が1~120質量部、前記黒鉛(D)が10~130質量部の範囲である、ことを特徴とするPAS樹脂組成物の製造方法に関する。
【0015】
また、本開示は、前記記載の製造方法でPAS樹脂組成物を製造する工程、得られたPAS樹脂組成物を溶融成形する工程を有する成形品の製造方法に関する。
【発明の効果】
【0016】
本開示によれば、PAS樹脂と、ガラス繊維と、粉粒状充填剤と、黒鉛とを含み、熱伝導率や機械的特性に優れ、かつ、燃料バリア性に優れた成形品、当該成形品を提供可能なPAS樹脂組成物及びそれらの製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本開示のPAS樹脂組成物は、PAS樹脂(A)と、ガラス繊維(B)と、粉粒状充填剤(C)と、黒鉛(D)を必須成分として配合してなるPAS樹脂組成物であって、
前記PAS樹脂(A)のナトリウム含有量が2300ppm以下の範囲であり、
かつPAS樹脂(A)100質量部に対して、前記ガラス繊維(B)が10~150質量部、前記粉粒状充填剤(C)が1~120質量部、前記黒鉛(D)が10~130質量部の範囲である、ことを特徴とする。以下、説明する。
【0018】
<PAS樹脂(A)>
本開示のPAS樹脂組成物は、必須成分としてPAS樹脂を配合してなる。
【0019】
PAS樹脂は、芳香族環と硫黄原子とが結合した構造を繰り返し単位とする樹脂構造を有するものであり、具体的には、下記一般式(1)
【0020】
【化1】
(式中、R
1及びR
2は、それぞれ独立して水素原子、炭素原子数1~4の範囲のアルキル基、ニトロ基、アミノ基、フェニル基、メトキシ基、エトキシ基を表す。)で表される構造部位と、必要に応じてさらに下記一般式(2)
【0021】
【化2】
で表される3官能性の構造部位と、を繰り返し単位とする樹脂である。式(2)で表される3官能性の構造部位は、他の構造部位との合計モル数に対して0.001~3モル%の範囲が好ましく、特に0.01~1モル%の範囲であることが好ましい。
【0022】
ここで、前記一般式(1)で表される構造部位は、特に該式中のR1及びR2は、前記PAS樹脂の機械的強度の点から水素原子であることが好ましく、その場合、下記式(3)で表されるパラ位で結合するもの、及び下記式(4)で表されるメタ位で結合するものが挙げられる。
【0023】
【化3】
これらの中でも、特に繰り返し単位中の芳香族環に対する硫黄原子の結合は前記一般式(3)で表されるパラ位で結合した構造であることが前記PAS樹脂の耐熱性や結晶性の面で好ましい。
【0024】
また、前記PAS樹脂は、前記一般式(1)や(2)で表される構造部位のみならず、下記の構造式(5)~(8)
【0025】
【化4】
で表される構造部位を、前記一般式(1)と一般式(2)で表される構造部位との合計の30モル%以下で含んでいてもよい。特に本開示では上記一般式(5)~(8)で表される構造部位は10モル%以下であることが、PAS樹脂の耐熱性、機械的強度の点から好ましい。前記PAS樹脂中に、上記一般式(5)~(8)で表される構造部位を含む場合、それらの結合様式としては、ランダム共重合体、ブロック共重合体の何れであってもよい。
【0026】
また、前記PAS樹脂は、その分子構造中に、ナフチルスルフィド結合などを有していてもよいが、他の構造部位との合計モル数に対して、3モル%以下が好ましく、特に1モル%以下であることが好ましい。
【0027】
また、PAS樹脂の物性は、本発明の効果を損ねない限り特に限定されないが、以下の通りである。
【0028】
(溶融粘度)
本開示に用いるPAS樹脂の溶融粘度は特に限定されないが、流動性及び機械的強度のバランスが良好となることから、300℃で測定した溶融粘度(V6)が、好ましくは2Pa・s以上の範囲であり、そして、好ましくは1000Pa・s以下の範囲、より好ましくは500Pa・s以下の範囲であり、さらに好ましくは200Pa・s以下の範囲である。ただし、溶融粘度(V6)の測定は、PAS樹脂を島津製作所製フローテスター、CFT-500Dを用いて行い、300℃、荷重:1.96×106Pa、L/D=10(mm)/1(mm)にて、6分間保持した後に測定した溶融粘度の測定値とする。
【0029】
(非ニュートン指数)
本開示に用いるPAS樹脂の非ニュートン指数は特に限定されないが、0.90以上から、2.00以下の範囲であることが好ましい。直鎖状PAS樹脂を用いる場合には、非ニュートン指数が、好ましくは0.90以上の範囲、より好ましくは0.95以上の範囲から、好ましくは1.50以下の範囲、より好ましくは1.20以下の範囲である。このようなPAS樹脂は機械的物性、流動性、耐磨耗性に優れる。ただし、本開示において非ニュートン指数(N値)は、キャピログラフを用いて融点+20℃、オリフィス長(L)とオリフィス径(D)の比、L/D=40の条件下で、剪断速度(SR)及び剪断応力(SS)を測定し、下記式を用いて算出した値である。非ニュートン指数(N値)が1に近いほど線状に近い構造であり、非ニュートン指数(N値)が高いほど分岐が進んだ構造であることを示す。
【0030】
【数1】
[ただし、SRは剪断速度(秒
-1)、SSは剪断応力(ダイン/cm
2)、そしてKは定数を示す。]
【0031】
(ナトリウム含有量)
本開示に用いるPAS樹脂は、原料のスルフィド化剤などに由来するナトリウム原子の含有量が2300ppm以下の範囲であり、さらに1800ppm以下の範囲であることが好ましく、特に1600ppm以下の範囲であることが特に好ましい。一方、ナトリウム濃度の下限値は、検出限界以下まで低減させることが好ましいものの、過度な低減は生産性を低下させることがあるため40ppm以上の範囲であることが好ましく、さらに50ppm以上の範囲であることがより好ましく、さらに70ppm以上の範囲であることが特に好ましい。なお、PAS樹脂中に含まれるナトリウム原子含有量は、該樹脂を500℃で焼成し、次いで530℃で6時間焼成して得られた灰分を塩酸で溶解し、原子吸光光度計:AA-6300(島津製作所製)で測定した際のナトリウム原子の濃度(質量基準)を言うものとする。
【0032】
(分子量分布)
本開示に用いるPAS樹脂は、1-クロロナフタレンを溶媒とするゲル浸透クロマトグラフィーにより求められる分子量分布が、24,000以上の範囲にピークを有するものが好ましく、30,000以上の範囲にピークを有するものがより好ましい。PAS樹脂のピーク分子量が、この範囲であれば、PAS樹脂の分子末端量が低下するためナトリウム含有量が小さくなり、かつ、本発明のPAS樹脂組成物からなる樹脂成形体において、十分な機械的強度が得られるため好ましい。
【0033】
(製造方法)
前記PAS樹脂の製造方法としては特に限定されないが、例えば(製造法1)硫黄と炭酸ソーダの存在下でジハロゲノ芳香族化合物を、必要ならばポリハロゲノ芳香族化合物ないしその他の共重合成分を加えて、重合させる方法、(製造法2)極性溶媒中でスルフィド化剤等の存在下にジハロゲノ芳香族化合物を、必要ならばポリハロゲノ芳香族化合物ないしその他の共重合成分を加えて、重合させる方法、(製造法3)p-クロルチオフェノールを、必要ならばその他の共重合成分を加えて、自己縮合させる方法、(製造法4)ジヨード芳香族化合物と単体硫黄を、カルボキシ基やアミノ基等の官能基を有していてもよい重合禁止剤の存在下、減圧させながら溶融重合させる方法、等が挙げられる。これらの方法のなかでも、(製造法2)の方法が汎用的であり好ましい。反応の際に、重合度を調節するためにカルボン酸やスルホン酸のアルカリ金属塩や、水酸化アルカリを添加しても良い。上記(製造法2)方法のなかでも、加熱した有機極性溶媒とジハロゲノ芳香族化合物とを含む混合物に含水スルフィド化剤を水が反応混合物から除去され得る速度で導入し、有機極性溶媒中でジハロゲノ芳香族化合物とスルフィド化剤とを、必要に応じてポリハロゲノ芳香族化合物と加え、反応させること、及び反応系内の水分量を該有機極性溶媒1モルに対して0.02~0.5モルの範囲にコントロールすることによりPAS樹脂を製造する方法(特開平07-228699号公報参照。)や、固形のアルカリ金属硫化物及び非プロトン性極性有機溶媒の存在下でジハロゲノ芳香族化合物と必要ならばポリハロゲノ芳香族化合物ないしその他の共重合成分を加え、アルカリ金属水硫化物及び有機酸アルカリ金属塩を、硫黄源1モルに対して0.01~0.9モルの範囲の有機酸アルカリ金属塩及び反応系内の水分量を非プロトン性極性有機溶媒1モルに対して0.02モル以下の範囲にコントロールしながら反応させる方法(WO2010/058713号パンフレット参照。)で得られるものが特に好ましい。ジハロゲノ芳香族化合物の具体的な例としては、p-ジハロベンゼン、m-ジハロベンゼン、o-ジハロベンゼン、2,5-ジハロトルエン、1,4-ジハロナフタレン、1-メトキシ-2,5-ジハロベンゼン、4,4’-ジハロビフェニル、3,5-ジハロ安息香酸、2,4-ジハロ安息香酸、2,5-ジハロニトロベンゼン、2,4-ジハロニトロベンゼン、2,4-ジハロアニソール、p,p’-ジハロジフェニルエーテル、4,4’-ジハロベンゾフェノン、4,4’-ジハロジフェニルスルホン、4,4’-ジハロジフェニルスルホキシド、4,4’-ジハロジフェニルスルフィド、及び、上記各化合物の芳香環に炭素原子数1~18の範囲のアルキル基を有する化合物が挙げられ、ポリハロゲノ芳香族化合物としては1,2,3-トリハロベンゼン、1,2,4-トリハロベンゼン、1,3,5-トリハロベンゼン、1,2,3,5-テトラハロベンゼン、1,2,4,5-テトラハロベンゼン、1,4,6-トリハロナフタレンなどが挙げられる。また、上記各化合物中に含まれるハロゲン原子は、塩素原子、臭素原子であることが望ましい。
【0034】
重合工程により得られたPAS樹脂を含む反応混合物の後処理方法としては、特に制限されるものではないが、例えば、(後処理1)重合反応終了後、先ず反応混合物をそのまま、あるいは酸または塩基を加えた後、減圧下または常圧下で溶媒を留去し、次いで溶媒留去後の固形物を水、反応溶媒(又は低分子ポリマーに対して同等の溶解度を有する有機溶媒)、アセトン、メチルエチルケトン、アルコール類などの溶媒で1回または2回以上洗浄し、更に中和、水洗、濾過及び乾燥する方法、或いは、(後処理2)重合反応終了後、反応混合物に水、アセトン、メチルエチルケトン、アルコール類、エーテル類、ハロゲン化炭化水素、芳香族炭化水素、脂肪族炭化水素などの溶媒(使用した重合溶媒に可溶であり、かつ少なくともPASに対しては貧溶媒である溶媒)を沈降剤として添加して、PASや無機塩等の固体状生成物を沈降させ、これらを濾別、洗浄、乾燥する方法、或いは、(後処理3)重合反応終了後、反応混合物に反応溶媒(又は低分子ポリマーに対して同等の溶解度を有する有機溶媒)を加えて撹拌した後、濾過して低分子量重合体を除いた後、水、アセトン、メチルエチルケトン、アルコール類などの溶媒で1回または2回以上洗浄し、その後中和、水洗、濾過及び乾燥をする方法、(後処理4)重合反応終了後、反応混合物に水を加えて水洗浄、濾過、必要に応じて水洗浄の時に酸を加えて酸処理し、乾燥をする方法、(後処理5)重合反応終了後、反応混合物を濾過し、必要に応じ、反応溶媒で1回または2回以上洗浄し、更に水洗浄、濾過及び乾燥する方法、等が挙げられる。これらの方法のなかでも、(後処理4)の方法が、PAS樹脂の分子末端に存在するナトリウム等の金属原子を効果的に除去することができ、ナトリウム含有量の少ないPAS樹脂を得られるため好ましい。
【0035】
尚、上記(後処理1)~(後処理5)に例示したような後処理方法において、PAS樹脂の乾燥は真空中で行なってもよいし、空気中あるいは窒素のような不活性ガス雰囲気中で行なってもよい。
【0036】
<ガラス繊維(B)>
本開示のPAS樹脂組成物は、ガラス繊維(B)を必須成分として配合してなる。
【0037】
本開示に用いるガラス繊維(B)の原料としては当業者に公知のものが使用可能であり、その繊維径及び繊維長、さらにアスペクト比などは成形品の用途などに応じて適宜調整可能である。
【0038】
本開示に用いるガラス繊維(B)は、表面処理剤や集束剤で加工されたものを用いることもできる。これによりPAS樹脂との接着力を向上させることができることから好ましい。前記表面処理剤又は集束剤としては、特に制限はなく、例えば、アミノ基、エポキシ基、イソシアネート基、ビニル基等の官能基を有するシラン化合物、チタネート化合物、アクリル樹脂、ウレタン樹脂、ポリエーテル樹脂及びエポキシ樹脂等からなる群から選ばれる少なくとも1種のポリマー等が挙げられる。
【0039】
ガラス繊維(B)の配合量は、本発明の効果を損ねなければ特に限定されないが、PAS樹脂(A)100質量部に対して、好ましくは10質量部以上、より好ましくは50量部以上、さらに好ましくは60質量部以上の範囲から、好ましくは150質量部以下、より好ましくは100質量部以下、さらに好ましくは85質量部以下の範囲である。繊維状充填剤の配合量がこれらの範囲にあることにより、成形流動性と機械的強度に優れた成形品が得られる。
【0040】
<粉粒状充填剤(C)>
本開示のPAS樹脂組成物は、粉粒状充填剤(C)を必須成分として配合してなる。ただし、本開示に用いる粉粒状充填剤(C)は、黒鉛(D)を除くものとする。
【0041】
本発明で用いる粉粒状充填剤(C)は、燃料バリア性及び高寸法精度を向上させる必須の成分である。粉粒状充填剤(C)としては、特に制限はなく、シリカ、石英粉末、ガラスビーズ、ガラス粉、タルク(粒状)、ケイ酸カルシウム、ケイ酸アルミニウム、珪藻土等のケイ酸塩、酸化鉄、酸化チタン、酸化亜鉛、アルミナ等の金属酸化物、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム等の金属炭酸塩、硫酸カルシウム、硫酸バリウム等の金属硫酸塩、その他炭化ケイ素、窒化ケイ素、窒化ホウ素、各種金属粉末等が挙げられる。本開示では、これらを1種又は2種以上併用することができる。中でも、炭酸カルシウム、タルクを好ましく用いることができる。
【0042】
本開示に用いる粉粒状充填剤(C)の平均粒子径(D50)の範囲については、特に限定されないが、機械的強度、流動性に優れる観点から、その上限値が45μmであることが好ましく、35μmであることがより好ましく、30μmであることがさらに好ましく、25μmであることが特に好ましい。一方、機械的強度、熱伝導性に優れる観点から、その下限値は1μmであることが好ましく、3μmであることがより好ましい。なお、当該平均粒子径は、レーザー回折散乱式粒度分布測定機(Microtrac MT3300EXII)を用いて常法に従って測定した粒度分布に基づき求められる平均粒子径(D50)である。
【0043】
本開示のPAS樹脂組成物において粉粒状充填剤(C)の配合量は、本発明の効果を損ねなければ特に限定されないが、PAS樹脂(A)100質量部に対して、好ましくは1質量部以上、より好ましくは10質量部以上、さらに好ましくは20質量部以上の範囲から、好ましくは120質量部以下、より好ましくは60質量部以下、さらに好ましくは45質量部以下の範囲である。かかる範囲において、樹脂組成物が良好な燃料バリア性及び成形性、特に離形性を有しつつ、かつ、成形品が高寸法精度、低線膨張係数を呈するため好ましい。
【0044】
<黒鉛(D)>
本開示のPAS樹脂組成物は、黒鉛(D)を必須成分として配合してなる。
【0045】
黒鉛には、大別して天然黒鉛と人造黒鉛があり、天然黒鉛には土状黒鉛、鱗状黒鉛、鱗片状黒鉛等があるが、本開示にはこれらのいずれを用いてもよい。本開示の樹脂組成物に用いられる黒鉛としては、固定炭素含有量が95%以上のものが好ましく、より好ましくは固定炭素含有量が98%以上のものである。また、黒鉛の結晶化度は80%以上であることが好ましく、より好ましくは90%以上である。固定炭素含有量が大きく、結晶化度の高い黒鉛を用いることにより、特に熱伝導性が良好な樹脂組成物を得ることが出来る。
【0046】
本開示に用いられる黒鉛(D)の平均粒子径(D50)は、特に限定されないが、1次粒子での平均粒子径(D50)が0.5μm以上の範囲であることが好ましく、500μm以下の範囲であることが好ましい。黒鉛(D)の粒子径が該範囲にある場合に、特に溶融時の流動性と機械的特性のバランスに優れる樹脂組成物を得ることが出来る。なお、当該平均粒子径は、レーザー回折散乱式粒度分布測定機(Microtrac MT3300EXII)を用いて常法に従って測定した粒度分布に基づき求められる平均粒子径(D50)である。
【0047】
本開示に用いられる黒鉛(D)の形状は、本発明の効果を損ねなければ特に限定されないが、無定型、鱗状、鱗片状、球状、ビーズ状等のいずれを用いてもよいが、特に鱗片状が好ましい。また、必要に応じ、これらの形状の黒鉛(D)を圧縮やバインダーを用いた方法等により凝集せしめて、フレーク状や玉状に加工した後、樹脂組成物に用いてもよい。
【0048】
本開示のPAS樹脂組成物において黒鉛(D)の配合量は、本発明の効果を損ねなければ特に限定されないが、PAS樹脂(A)100質量部に対して、好ましくは10質量部以上、より好ましくは35質量部以上、さらに好ましくは45質量部以上の範囲から、好ましくは130質量部以下、より好ましくは85質量部以下、さらに好ましくは70質量部以下の範囲である。かかる範囲において、樹脂組成物が良好な加工性を有しつつ、かつ、成形品の燃料バリア性及び熱伝導率に優れるため好ましい。
【0049】
本開示のPAS樹脂組成物は、PAS樹脂(A)100質量部に対して、ガラス繊維(B)と、粉粒状充填剤(C)と、黒鉛(D)の合計が21質量部以上の範囲であることが好ましく、80重量部以上の範囲がより好ましく、95質量部以上の範囲がさらに好ましく、125質量部以上の範囲が特に好ましい。また、400質量部以下の範囲であることが好ましく、300質量部以下の範囲がより好ましく、245質量部以下の範囲がさらに好ましく、200質量部以下の範囲が特に好ましい。かかる範囲において、樹脂組成物が良好な燃料バリア性及び加工性を有しつつ、かつ、機械的強度に優れるため好ましい。
【0050】
本開示のPAS樹脂組成物は、必要に応じて、ガラス繊維(B)、粉粒状充填剤(C)、黒鉛(D)以外の他の充填剤(以下、「他の充填剤」とも称する)を任意成分として配合することができる。これら他の充填剤としては本発明の効果を損なうものでなければ公知慣用の材料を用いることもでき、例えば、繊維状のものや、板状などの非繊維状のものなど、さまざまな形状の充填剤等が挙げられる。具体的には、炭素繊維、セラミック繊維、アラミド繊維、金属繊維、チタン酸カリウム、ワラストナイト等の繊維、天然繊維等の繊維状充填剤が使用でき、またガラスフレーク、ミルドファイバー、硫酸バリウム、クレー、パイロフィライト、ベントナイト、セリサイト、マイカ、タルク、アタパルジャイト、フェライト、ケイ酸カルシウム、ゼオライト、ベーマイト等の非繊維状充填剤も使用できる。
【0051】
本開示において他の充填剤は必須成分ではないが、配合する場合、その配合量は本発明の効果を損ねなければ特に限定されるものではない。他の充填剤の配合量としては、例えば、PAS樹脂(A)100質量部に対して、好ましくは1質量部以上、より好ましくは10質量部以上の範囲から、好ましくは600質量部以下、より好ましくは200質量部以下の範囲である。かかる範囲において、樹脂組成物が良好な機械的強度と成形性を示すため好ましい。
【0052】
本開示のPAS樹脂組成物は、必要に応じて、シランカップリング剤を任意成分として配合することができる。本開示のPAS樹脂シランカップリング剤としては、本発明の効果を損ねなければ特に限定されないが、カルボキシ基と反応する官能基、例えば、エポキシ基、イソシアナト基、アミノ基または水酸基を有するシランカップリング剤が好ましいものとして挙げられる。このようなシランカップリング剤としては、例えば、γ-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、β-(3,4-エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン等のエポキシ基含有アルコキシシラン化合物、γ-イソシアナトプロピルトリメトキシシラン、γ-イソシアナトプロピルトリエトキシシラン、γ-イソシアナトプロピルメチルジメトキシシラン、γ-イソシアナトプロピルメチルジエトキシシラン、γ-イソシアナトプロピルエチルジメトキシシラン、γ-イソシアナトプロピルエチルジエトキシシラン、γ-イソシアナトプロピルトリクロロシラン等のイソシアナト基含有アルコキシシラン化合物、γ-(2-アミノエチル)アミノプロピルメチルジメトキシシラン、γ-(2-アミノエチル)アミノプロピルトリメトキシシラン、γ-アミノプロピルトリメトキシシラン等のアミノ基含有アルコキシシラン化合物、γ-ヒドロキシプロピルトリメトキシシラン、γ-ヒドロキシプロピルトリエトキシシラン等の水酸基含有アルコキシシラン化合物が挙げられる。本開示においてシランカップリング剤は必須成分ではないが、配合する場合、その配合量は、本発明の効果を損ねなければその添加量は特に限定されないが、PAS樹脂(A)100質量部に対して、好ましくは0.01質量部以上、より好ましくは0.1質量部以上から、好ましくは10質量部以下、より好ましくは5質量部以下までの範囲である。かかる範囲において、樹脂組成物が良好な耐コロナ性と成形性、特に離形性を有し、かつ成形品がエポキシ樹脂と優れた接着性を呈しつつ、さらに機械的強度が向上するため好ましい。
【0053】
本開示のPAS樹脂組成物は、必要に応じて、熱可塑性エラストマーを任意成分として配合することができる。熱可塑性エラストマーとしては、ポリオレフィン系エラストマー、弗素系エラストマーまたはシリコーン系エラストマーが挙げられ、このうちポリオレフィン系エラストマーが好ましいものとして挙げられる。これらのエラストマーを添加する場合、その配合量は、本発明の効果を損ねなければ特に限定されないが、PAS樹脂(A)100質量部に対して、好ましくは0.01質量部以上、より好ましくは0.1質量部以上から、好ましくは10質量部以下、より好ましくは5質量部以下までの範囲である。かかる範囲において、得られるPAS樹脂組成物の耐衝撃性が向上するため好ましい。
【0054】
例えば、前記ポリオレフィン系エラストマーは、α-オレフィンの単独重合体、または2以上のα-オレフィンの共重合体、1または2以上のα-オレフィンと、官能基を有するビニル重合性化合物との共重合体が挙げられる。この際、前記α-オレフィンとしては、エチレン、プロピレン、1-ブテン等の炭素原子数が2以上から8以下までの範囲のα-オレフィンが挙げられる。また、前記官能基としては、カルボキシ基、酸無水物基(-C(=O)OC(=O)-)、エポキシ基、アミノ基、水酸基、メルカプト基、イソシアネート基、オキサゾリン基等が挙げられる。そして、前記官能基を有するビニル重合性化合物としては、酢酸ビニル;(メタ)アクリル酸等のα,β-不飽和カルボン酸;アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸ブチル等のα,β-不飽和カルボン酸のアルキルエステル;アイオノマー等のα,β-不飽和カルボン酸の金属塩(金属としてはナトリウムなどのアルカリ金属、カルシウムなどのアルカリ土類金属、亜鉛等);グリシジルメタクリレート等のα,β-不飽和カルボン酸のグリシジルエステル等;マレイン酸、フマル酸、イタコン酸等のα,β-不飽和ジカルボン酸;前記α,β-不飽和ジカルボン酸の誘導体(モノエステル、ジエステル、酸無水物)等の1種または2種以上が挙げられる。上述の熱可塑性エラストマーは、単独で用いても、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0055】
更に、本開示のPAS樹脂組成物は、上記成分に加えて、さらに用途に応じて、適宜、ポリエステル樹脂、ポリアミド樹脂、ポリイミド樹脂、ポリエーテルイミド樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリフェニレンエーテル樹脂、ポリスルフォン樹脂、ポリエーテルスルフォン樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、ポリエーテルケトン樹脂、ポリアリーレン樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリ四フッ化エチレン樹脂、ポリ二フッ化エチレン樹脂、ポリスチレン樹脂、ABS樹脂、フェノール樹脂、ウレタン樹脂、液晶ポリマー等の合成樹脂(以下、単に合成樹脂という)を任意成分として配合することができる。本開示において前記合成樹脂は必須成分ではないが、配合する場合、その配合の割合は本発明の効果を損ねなければ特に限定されるものではなく、また、それぞれの目的に応じて異なり、一概に規定することはできないが、本開示に係る樹脂組成物中に配合する合成樹脂の割合として、例えばPAS樹脂(A)100質量部に対し5質量部以上の範囲であり、15質量部以下の範囲の程度が挙げられる。換言すれば、PAS樹脂(A)と合成樹脂との合計に対してPAS樹脂の割合は質量基準で、好ましくは(100/115)以上の範囲であり、より好ましくは(100/105)以上の範囲である。
【0056】
また本開示のPAS樹脂組成物は、その他にも着色剤、帯電防止剤、酸化防止剤、耐熱安定剤、紫外線安定剤、紫外線吸収剤、発泡剤、難燃剤、難燃助剤、防錆剤、及び離型剤(ステアリン酸やモンタン酸を含む炭素原子数18~30の脂肪酸の金属塩やエステル、ポリエチレン等のポリオレフィン系ワックスなど)等の公知慣用の添加剤を必要に応じ、任意成分として配合してもよい。これらの添加剤は必須成分ではなく、例えば、PAS樹脂(A)100質量部に対して、好ましくは0.01質量部以上の範囲であり、そして、好ましくは1000質量部以下、より好ましくは100質量部以下、さらに好ましくは10質量部以下の範囲で、本発明の効果を損なわないよう目的や用途に応じて適宜調整して用いればよい。
【0057】
本開示のPAS樹脂組成物の製造方法は、PAS樹脂(A)と、ガラス繊維(B)と、粉粒状充填剤(C)と、黒鉛(D)を必須成分として配合し、PAS樹脂(A)の融点以上の温度範囲で溶融混錬する工程を有するPAS樹脂組成物の製造方法であって、
前記PAS樹脂(A)のナトリウム含有量が2300ppm以下の範囲であり、
かつPAS樹脂(A)100質量部に対して、前記ガラス繊維(B)が10~150質量部、前記粉粒状充填剤(C)が1~120質量部、前記黒鉛(D)が10~130質量の範囲である、ことを特徴とする。以下、詳述する。
【0058】
本開示のPAS樹脂組成物の製造方法は、上記必須成分を配合し、PAS樹脂(A)の融点以上の温度範囲で溶融混錬する工程を有する。より詳しくは、本開示のPAS樹脂組成物は、各必須成分、及び、必要に応じてその他の任意成分を配合してなる。本開示に用いる樹脂組成物を製造する方法としては、特に限定されないが、必須成分と必要に応じて任意成分を配合して、溶融混錬する方法、より詳しくは、必要に応じてタンブラーまたはヘンシェルミキサー等で均一に乾式混合し、次いで、二軸押出機に投入して溶融混練する方法が挙げられる
【0059】
溶融混錬は、樹脂温度がPAS樹脂(A)の融点以上となる温度範囲、好ましくは該融点+10℃以上となる温度範囲、より好ましくは該融点+10℃以上、さらに好ましくは該融点+20℃以上から、好ましくは該融点+100℃以下、より好ましくは該融点+50℃以下までの範囲の温度に加熱して行うことができる。
【0060】
前記溶融混練機としては分散性や生産性の観点から二軸混練押出機が好ましく、例えば、樹脂成分の吐出量5~500(kg/hr)の範囲と、スクリュー回転数50~500(rpm)の範囲とを適宜調整しながら溶融混練することが好ましく、それらの比率(吐出量/スクリュー回転数)が0.02~5(kg/hr/rpm)の範囲となる条件下に溶融混練することがさらに好ましい。また、溶融混練機への各成分の添加、混合は同時に行ってもよいし、分割して行っても良い。例えば、前記成分のうち、必須成分のガラス繊維(B)や必要に応じて他の繊維状充填剤を添加する場合は、前記二軸混練押出機のサイドフィーダーから該押出機内に投入することが分散性の観点から好ましい。かかるサイドフィーダーの位置は、前記二軸混練押出機のスクリュー全長に対する、該押出機樹脂投入部(トップフィーダー)から該サイドフィーダーまでの距離の比率が、0.1以上であることが好ましく、0.3以上であることがより好ましい。また、かかる比率は0.9以下であることが好ましく、0.7以下であることがより好ましい。
【0061】
このように溶融混練して得られる本開示に係るPAS樹脂組成物は、前記必須成分と、必要に応じて加える任意成分及びそれらの由来成分を含む溶融混合物である。このため、本開示のPAS樹脂組成物は、PAS樹脂(A)が連続相を形成し、他の必須成分や任意成分が分散されたモルフォロジーを有する。本開示に係るPAS樹脂組成物は、該溶融混練後に、公知の方法、例えば、溶融状態の樹脂組成物をストランド状に押出成形した後、ペレット、チップ、顆粒、粉末などの形態に加工してから、必要に応じて100~150℃の温度範囲で予備乾燥を施すことが好ましい。
【0062】
本開示の成形品はPAS樹脂組成物を溶融成形してなる。また、本開示の成形品の製造方法は、前記PAS樹脂組成物を溶融成形する工程を有する。このため、本開示の成形品は、PAS樹脂(A)が連続相を形成し、他の必須成分や任意成分が分散されたモルフォロジーを有する。PAS樹脂組成物が、かかるモルフォロジーを有することにより、燃料バリア性、熱伝導性及び機械的強度に優れた成形品が得られる。
【0063】
本開示のPAS樹脂組成物は、射出成形、圧縮成形、コンポジット、シート、パイプなどの押出成形、引抜成形、ブロー成形、トランスファー成形など各種成形に供することが可能であるが、特に離形性にも優れるため射出成形用途に適している。射出成形にて成形する場合、各種成形条件は特に限定されず、通常一般的な方法にて成形することができる。例えば、射出成形機内で、樹脂温度がPAS樹脂(A)の融点以上の温度範囲、好ましくは該融点+10℃以上の温度範囲、より好ましくは融点+10℃~融点+100℃の温度範囲、さらに好ましくは融点+20~融点+50℃の温度範囲で前記PAS樹脂組成物を溶融する工程を経た後、樹脂吐出口よりを金型内に注入して成形すればよい。その際、金型温度も公知の温度範囲、例えば、室温(23℃)~300℃、好ましくは130~190℃に設定すればよい。
【0064】
本開示の成形品の製造方法は、前記成形品にアニール処理する工程を有してもよい。アニール処理は、成形品の用途あるいは形状等により最適な条件が選ばれるが、アニール温度はPAS樹脂(A)のガラス転移温度以上の温度範囲、好ましくは該ガラス転移温度+10℃以上の温度範囲であり、より好ましくは該ガラス転移温度+30℃以上の温度範囲である。一方、260℃以下の範囲であることが好ましく、240℃以下の範囲であることがより好ましい。アニール時間は特に限定されないが、0.5時間以上の範囲であることが好ましく、1時間以上の範囲であることがより好ましい。一方、10時間以下の範囲であることが好ましく、8時間以下の範囲であることがより好ましい。かかる範囲において、得られる成形品のひずみが低減し、かつ、樹脂の結晶性が向上するだけでなく、熱伝導率、機械的特性及び燃料バリア性がさらに向上するため好ましい。アニール処理は空気中で行ってもよいが、窒素ガス等の不活性ガス中で行うことが好ましい。
【0065】
本開示のPAS樹脂成形品は、熱伝導率及び燃料バリア性に優れることを特徴としたものであるから、特に燃料(燃料の用語には、原油、シェールオイル、シェールガス、LNG、ガソリン、灯油、軽油、重油等の化石燃料等や、n-ヘキサン、イソヘキサン、n-ノナン、イソノナン、ドデカン、イソドデカン等の飽和炭化水素類、1-ヘキセン、1-ヘプテン、1-オクテン等の不飽和炭化水素類、シクロヘキサン、シクロヘプタン、シクロオクタン、シクロデカン、デカリン等の環状飽和炭化水素類、シクロヘキセン、シクロヘプテン、シクロオクテン、1,1,3,5,7-シクロオクタテトラエン、シクロドデセン等の環状不飽和炭化水素類、ベンゼン、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素類に代表される炭化水素類などの単独又は複数種であってもよい。)及びその蒸気に接したり浸漬したりする燃料系部品に好適である。具体的には、燃料タンク、燃料チューブ、燃料センサー、燃料ポンプ、ベーンポンプ、オートレシオ流量計等といった車載用燃料系部品に好適に用いることができる。また、本開示の成形品は燃料系部品のみではなく、以下のような通常の樹脂成形品とすることもできる。例えば箱型の電気・電子部品集積モジュール用保護・支持部材・複数の個別半導体またはモジュール、センサ、LEDランプ、コネクタ、ソケット、抵抗器、リレーケース、スイッチ、コイルボビン、コンデンサ、バリコンケース、光ピックアップ、発振子、各種端子板、変成器、プラグ、プリント基板、チューナ、スピーカ、マイクロフォン、ヘッドフォン、小型モータ、磁気ヘッドベース、パワーモジュール、端子台、半導体、液晶、FDDキャリッジ、FDDシャーシ、モーターブラッシュホルダ、パラボラアンテナ、コンピュータ関連部品等に代表される電気・電子部品;VTR部品、テレビ部品、アイロン、ヘアードライヤ、炊飯器部品、電子レンジ部品、音響部品、オーディオ・レーザディスク・コンパクトディスク・DVDディスク・ブルーレイディスク等の音声・映像機器部品、照明部品、冷蔵庫部品、エアコン部品、タイプライタ部品、ワードプロセッサ部品、あるいは給湯機や風呂の湯量、温度センサなどの水回り機器部品等に代表される家庭、事務電気製品部品;オフィスコンピュータ関連部品、電話器関連部品、ファクシミリ関連部品、複写機関連部品、洗浄用治具、モーター部品、ライタ、タイプライタなどに代表される機械関連部品:顕微鏡、双眼鏡、カメラ、時計等に代表される光学機器、精密機械関連部品;オルタネーターターミナル、オルタネーターコネクタ、ブラシホルダー、スリップリング、ICレギュレータ、ライトディマ用ポテンシオメーターベース、リレーブロック、インヒビタースイッチ、排気ガスバルブ等の各種バルブ、燃料関係・排気系・吸気系各種パイプ、エアーインテークノズルスノーケル、インテークマニホールド、エンジン冷却水ジョイント、キャブレターメインボディ、キャブレタースペーサ、排気ガスセンサ、冷却水センサ、油温センサ、ブレーキパットウェアーセンサ、スロットルポジションセンサ、クランクシャフトポジションセンサ、温度センサ、エアーフローメータ、ブレーキパッド摩耗センサ、エアコン用サーモスタットベース、暖房温風フローコントロールバルブ、ラジエーターモーター用ブラッシュホルダ、ウォーターポンプインペラ、タービンベイン、ワイパーモーター関係部品、デュストリビュータ、スタータースイッチ、イグニッションコイル及びそのボビン、モーターインシュレータ、モーターロータ、モーターコア、スターターリレ、トランスミッション用ワイヤーハーネス、ウィンドウォッシャーノズル、エアコンパネルスイッチ基板、燃料関係電磁気弁用コイル、ヒューズ用コネクタ、ホーンターミナル、電装部品絶縁板、ステップモーターロータ、ランプソケット、ランプリフレクタ、ランプハウジング、ブレーキピストン、ソレノイドボビン、エンジンオイルフィルタ、点火装置ケース等の自動車・車両関連部品が挙げられ、その他各種用途にも適用可能である。
【実施例】
【0066】
以下、実施例、比較例を用いて説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。なお、以下、特に断りが無い場合「%」や「部」は質量基準とする。
【0067】
<実施例1、2及び比較例1~4>
表1に記載する組成成分及び配合量にしたがい、各材料を配合した。その後、株式会社日本製鋼所製ベント付2軸押出機「TEX-30α(製品名)」にこれら配合材料を投入し、樹脂成分吐出量30kg/hr、スクリュー回転数200rpm、設定樹脂温度320℃で溶融混練して樹脂組成物のペレットを得た。ガラス繊維及び炭素繊維はサイドフィーダー(S/T比0.5)から投入し、それ以外の材料はタンブラーで予め均一に混合しトップフィーダーから投入した。得られた樹脂組成物のペレットを140℃ギヤオーブンで2時間乾燥した後、射出成形することで各種試験片を作製し、下記の試験を行った。
【0068】
<評価>
【0069】
(1)衝撃強さ(ノッチ付き)
得られたペレットをシリンダー温度340℃に設定した住友重機製射出成形機(SE-75D-HP)に供給し、金型温度170℃に温調したISO Type-Aダンベル片成形用金型を用いて射出成形を行い、各実施例及び比較例について、ISO Type-Aダンベル片を得た。なお、ウェルド部を含まない試験片となるよう1点ゲートから樹脂を射出して作製したものとした。得られたダンベル片の中央部分を長さ80mm、幅10mm、厚さ4mmの棒状に切り出し、ノッチ加工したものを耐衝撃性試験片とし、ISO179-1/1eAに準拠した測定方法でシャルピー衝撃試験を行い衝撃強度(kJ/mm2)を測定した。
【0070】
(2)線熱膨張係数
上記(1)と同様に作製したISO Type-Aダンベル片の中央部分を長さ10mm、幅10mm、厚さ4mmの直方体に切り出したものを線熱膨張係数試験片とし、ISO11359-2に準拠した測定方法で、測定温度範囲20~30℃間の、試験片の樹脂流動方向に対して直角方向の線熱膨張係数(1/K)を測定した。
【0071】
(3)熱伝導率の測定(キセノンフラッシュ法)
各実施例及び比較例についてφ10mm、厚み2mmの円柱状の試験片を作製し、JIS R 1611「ファインセラミックスのフラッシュ法による熱拡散率・比熱容量・熱伝導率の測定方法」に準拠した測定方法で、熱伝導率(W/m・K)を測定した。
【0072】
(4)燃料膨潤試験
得られたペレットをシリンダー温度340℃に設定した住友重機製射出成形機(SE-75D-HP)に供給し、金型温度170℃に温調したISO D2シート片成形用金型を用いて射出成形を行い、各実施例及び比較例について、ISO D2シートを得た。オートクレーブに試験片と燃料(Fuel D85vol%+メタノール15vol%)を封入し、60℃に加熱してオートクレーブ内を燃料蒸気で満たしたまま、1000時間暴露した。室温まで徐冷後、試験片の初期重量に対する重量変化率(wt%)を測定した。なお、Fuel Dとは、トルエン/イソオクタン=33vol%/67vol%の混合溶液である。
【0073】
(5)燃料膨潤後の引張強度変化率
得られたペレットをシリンダー温度340℃に設定した住友重機製射出成形機(SE-75D-HP)に供給し、金型温度170℃に温調したISO Type-Aダンベル片成形用金型を用いて射出成形を行い、各実施例及び比較例について、ISO Type-Aダンベル片を得た。なお、ウェルド部を含む試験片となるよう2点ゲートから樹脂を射出して作製したものとした。オートクレーブに試験片と燃料(Fuel D85vol%+メタノール15vol%)を封入し、60℃に加熱してオートクレーブ内を燃料蒸気で満たしたまま、450時間暴露した。室温まで徐冷後、ISO 527-1及び2に準拠した測定方法で引張強さ(MPa)を測定し、燃料蒸気に暴露していない試験片に対する強度変化率を算出した。
【0074】
(6)燃料膨潤後の寸法変化率
オートクレーブに、上記(4)と同様に作製したISO D2シートと燃料(Fuel D85vol%+メタノール15vol%)を封入し、60℃に加熱してオートクレーブ内を燃料蒸気で満たしたまま、450時間暴露した。室温まで徐冷後、試験片の樹脂流動方向に対して直角方向の寸法を測定し、燃料蒸気に暴露していない試験片に対する寸法変化率を算出した。
【0075】
【0076】
A-1:PPS樹脂(溶融粘度(V6)16Pa・s、ナトリウム含有量1500ppm、非ニュートン指数1.01)
a-2:PPS樹脂(溶融粘度(V6)25Pa・s、ナトリウム含有量2500ppm、非ニュートン指数1.07)
B-1:ガラス繊維(チョップドストランド、繊維径10.5μm)
b-2:炭素繊維(チョップドストランド、繊維径6μm)
C-1:炭酸カルシウム(平均粒子径(D50)4μm)
C-2:タルク(平均粒子径(D50)14μm)
D-1:黒鉛(鱗片状、平均粒子径(D50)58μm)
【0077】
表1から、実施例1及び2のPAS樹脂組成物を用いたサンプルは、比較例1~4のPAS樹脂組成物を用いた各サンプルに比べて、熱伝導率を維持しつつ、燃料浸漬後の膨潤量が抑制されて機械強度の低下率と寸法変化率が低減し、さらに機械強度や線熱膨張係数についてもバランスよく優れた効果が得られていることがわかる。