(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-10
(45)【発行日】2023-07-19
(54)【発明の名称】合金材料、該合金材料を用いた合金製造物、および該合金製造物を有する機械装置
(51)【国際特許分類】
C22C 30/00 20060101AFI20230711BHJP
B33Y 70/00 20200101ALI20230711BHJP
B22F 10/28 20210101ALN20230711BHJP
B22F 10/366 20210101ALN20230711BHJP
B22F 10/64 20210101ALN20230711BHJP
C22C 1/04 20230101ALN20230711BHJP
【FI】
C22C30/00
B33Y70/00
B22F10/28
B22F10/366
B22F10/64
C22C1/04 B
(21)【出願番号】P 2022554041
(86)(22)【出願日】2021-09-29
(86)【国際出願番号】 JP2021035816
(87)【国際公開番号】W WO2022071378
(87)【国際公開日】2022-04-07
【審査請求日】2022-12-27
(31)【優先権主張番号】P 2020163540
(32)【優先日】2020-09-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】株式会社プロテリアル
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】木村 達哉
(72)【発明者】
【氏名】白鳥 浩史
(72)【発明者】
【氏名】品川 一矢
(72)【発明者】
【氏名】桑原 孝介
(72)【発明者】
【氏名】太期 雄三
【審査官】河口 展明
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/088157(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/088158(WO,A1)
【文献】特開2008-069455(JP,A)
【文献】特表平06-500361(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 30/00-30/06
B33Y 70/00-80/00
B22F 10/00-10/85
B22F 3/105;3/16
C22C 1/04-1/047
C22F 1/00;1/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Coを25原子%以上38原子%以下で含み、
Crを16原子%以上23原子%以下で含み、
Feを12原子%以上20原子%以下で含み、
Niを17原子%以上28原子%以下で含み、
Moを
1原子%
以上7原子%以下で含み、
Tiを1原子%以上
5.5原子%
以下で含み、
Ta
を0.5原子%以上4原子%以下で含み、
N
bを0原子%
以上4原子%以下で含み、
かつ前記Ti
と前記Ta
と前記N
bとの合計が3原子%以上8原子%以下であり、
残部が不可避不純物からなることを特徴とする合金材料。
【請求項2】
請求項1に記載の合金材料において、
前記Tiを2原子%以上5原子%未満で含むことを特徴とする合金材料。
【請求項3】
請求項1
又は請求項
2に記載の合金材料を用いた合金製造物であって、
走査型電子顕微鏡を用いて前記合金製造物の断面の二次電子像を観察したときに、η相およびLaves相のサイズ1μm以上の析出物の合計占有率が
2面積%以下であることを特徴とする合金製造物。
【請求項4】
請求項
3に記載の合金製造物において、
前記合金製造物の母相結晶粒の中に平均粒径130 nm以下の極小粒子が分散析出していることを特徴とする合金製造物。
【請求項5】
請求項
3又は請求項
4に記載の合金製造物を有する機械装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐腐食性および機械的特性に優れる合金の技術に関し、特に、ハイエントロピー合金と称される合金材料、該合金材料を用いた合金製造物、および該合金製造物を有する機械装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、従来の合金(例えば、1~3種類の主要成分元素に複数種の副成分元素を微量添加した合金)の技術思想とは一線を画した新しい技術思想の合金として、ハイエントロピー合金(HEA)/多種主要元素合金(MPEA)が提唱されている。HEA/MPEAとは、少なくとも4種類の主要金属元素(それぞれが過半を占めない、例えば5~35原子%)から構成された合金と言われており、次のような特徴が発現することが知られている。
【0003】
例えば、(a)ギブスの自由エネルギー式における混合エントロピー項が負に増大することに起因する混合状態の安定化、(b)複雑な微細構造による拡散遅延、(c)構成原子のサイズ差に起因する高い格子歪みによる機械的特性の向上、(d)多種元素共存による複合影響(カクテル効果とも言う)による耐腐食性の向上などを挙げることができる。
【0004】
例えば、特許文献1(WO 2017/138191 A1)には、ハイエントロピー合金を用いた合金部材であって、Co(コバルト)、Ni(ニッケル)、Cr(クロム)、Fe(鉄)、Ti(チタン)の各元素をそれぞれ5原子%以上35原子%以下の範囲で含み、かつMo(モリブデン)を0原子%超8原子%以下の範囲で含み、残部が不可避不純物からなり、母相結晶中に平均粒径40 nm以下の極小粒子が分散析出している合金部材、が開示されている。
【0005】
特許文献1によると、高機械的強度かつ高耐腐食性を有するハイエントロピー合金を用い、合金組成および微細組織の均質性に優れ、かつ形状制御性に優れた合金部材を提供できるとされている。
【0006】
また、特許文献2(WO 2019/088157 A1)には、Co、Cr、Fe、Ni、Tiの各元素をそれぞれ5原子%以上35原子%以下の範囲で含み、Moを0原子%超8原子%未満の範囲で含み、かつ前記Co、Cr、FeおよびNiの原子半径に比してより大きい原子半径を有する元素を0原子%超4原子%以下の範囲で含み、残部が不可避不純物からなる合金材、が開示されている。
【0007】
特許文献2では、特許文献1の化学組成をベースとし、より大きい原子半径を有する元素としてTa、Nb、Hf、ZrおよびYのうちの一種以上を添加することによって、更に高い機械的特性および/または更に高い耐腐食性を示す合金材を提供できるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】国際公開第2017/138191号
【文献】国際公開第2019/088157号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1や特許文献2に記載の合金材は、母相結晶粒の中に極小粒子が分散析出しており、機械的特性および耐腐食性に関して他のNi基合金やステンレス鋼などと同等以上に優れた特性を有するとされている。ただし、当該合金材は、望まない金属間化合物相(例えば、η相(Ni3Ti相)やLaves相(Fe2Ti相)など)が粗大粒成長したり凝集析出したりすると、機械的特性(例えば、引張強さ、延性)が大きく低下するとされている。
【0010】
本発明者等は、特許文献1や特許文献2に記載の合金材をベースにして、様々な応用を検討したところ、製造しようとする合金製造物の体積が大きくなるにつれて析出物の制御が難しくなることに気付いた。その要因について種々調査し考察した結果、この現象は、当該合金製造物の熱容量が大きくなることに起因して、擬溶体化熱処理工程における冷却速度の制御が難しくなることが影響していると考えられた。
【0011】
合金製造物の信頼性や製造歩留まりの観点から、合金製造物がその体積や熱容量(以下、体積/熱容量と記載する)に影響されることなく期待される特性を再現性よく示すことが好ましく、そのためには、望まない金属間化合物相の粗大粒成長や凝集析出を制御して抑制できることが望ましい。
【0012】
したがって、本発明の目的は、望まない金属間化合物相(例えば、η相(Ni3Ti系の相)やLaves相(Fe2Ti系の相)など)の粗大粒成長や凝集析出を抑制できる合金材料、該合金材料を用いた合金製造物、および該合金製造物を有する機械装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
(I)本発明の一態様は、Coを25原子%以上38原子%以下で含み、Crを16原子%以上23原子%以下で含み、Feを12原子%以上20原子%以下で含み、Niを17原子%以上28原子%以下で含み、Moを1原子%以上7原子%以下で含み、Tiを1原子%以上5.5原子%以下で含み、Taを0.5原子%以上4原子%以下で含み、Nbを0原子%以上4原子%以下で含み、かつ前記Tiと前記Taと前記Nbとの合計が3原子%以上8原子%以下であり、残部が不可避不純物からなることを特徴とする合金材料、を提供するものである。
【0014】
本発明は、上記の合金材料(I)において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(i)前記Tiを2原子%以上5原子%未満で含む。
【0015】
(II)本発明の他の一態様は、前記合金材料を用いた合金製造物であって、
走査型電子顕微鏡を用いて前記合金製造物の断面の二次電子像を観察したときに、η相およびLaves相のサイズ1μm以上の析出物の合計占有率が2面積%以下であることを特徴とする合金製造物、を提供するものである。
【0016】
本発明は、上記の合金製造物(II)において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(ii)前記合金製造物の母相結晶粒の中に平均粒径130 nm以下の極小粒子が分散析出している。
【0017】
(III)本発明の更に他の一態様は、上記の合金製造物を有する機械装置である。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、所定の金属間化合物相の粗大粒成長や凝集析出を抑制できる合金材料、該合金材料を用いた合金製造物、および該合金製造物を有する機械装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明に係る合金製造物の断面微細組織の一例を示す走査型電子顕微鏡(SEM)の二次電子像である。
【
図2】本発明に係る合金製造物を有する機械装置の一例である動力伝達装置を示す模式図である。
【
図3】本発明に係る合金製造物の製造方法の一例を示す工程図である。
【
図4A】合金材料A3を用いた合金製造物P3の試料の断面微細組織を示すSEMの二次電子像である。
【
図4B】合金材料A2を用いた合金製造物P2の試料の断面微細組織を示すSEMの二次電子像である。
【
図5】合金製造物P1の試料を高倍率で観察したSEMの二次電子像である。
【
図6A】合金材料A7を用いた合金製造物P7の試料の断面微細組織を示すSEMの二次電子像である。
【
図6B】合金材料A8を用いた合金製造物P8の試料の断面微細組織を示すSEMの二次電子像である。
【
図6C】合金材料A11を用いた合金製造物P11の試料の断面微細組織を示すSEMの二次電子像である。
【
図7】走査型透過電子顕微鏡観察により得られた母相結晶粒の暗視野像(a)および母相結晶粒の電子回折パターン(b)である。
【
図8】エネルギー分散型X線分析により得られた母相結晶粒中の極小粒子の元素マップを示す画像である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
(本発明の基本思想)
前述したように、特許文献1や特許文献2に記載の合金材料は、製造しようとする合金製造物の体積を大きくすると析出物の制御が難しくなる傾向がみられた。その要因について種々調査し考察した結果、この現象は、当該合金製造物の熱容量が大きくなることに起因して、擬溶体化熱処理工程における冷却速度の制御が難しくなることが影響していると考えられた。
【0021】
合金製造物の信頼性や製造歩留まりの観点からは、合金製造物がその体積/熱容量に影響されることなく期待される特性を再現性よく示すことが好ましく、そのためには、望まない金属間化合物相の粗大粒成長(例えば、サイズ1μm以上の析出物)や凝集析出が抑制され得る合金材料とすることが望ましい。
【0022】
そこで、本発明者等は、上記の要求を満たすため、合金における成分バランス(特に、望まない金属間化合物相(例えば、η相(Ni3Ti系の相)やLaves相(Fe2Ti系の相)などの生成に強く関与する成分のバランス)を鋭意研究した。その結果、TaおよびNbの少なくとも一種(以下、Taおよび/またはNbと記載することがある)を含有させ、さらにTiと、Taおよび/またはNbの合計含有量を制御することにより、η相やLaves相の粗大粒成長や凝集析出を抑制できることを見出した。本発明は、当該知見に基づいて完成されたものである。
【0023】
以下、本発明の実施形態について図面を参照しながら具体的に説明する。ただし、本発明は、ここで取り挙げた実施形態に限定されるものではなく、その発明の技術的思想を逸脱しない範囲で公知技術と適宜組み合わせたり公知技術に基づいて改良したりすることが可能である。
【0024】
[合金材料の化学組成]
本発明の合金材料は、規定元素全体のうち、Co、Cr、Fe、Niの各元素をそれぞれ5原子%以上40原子%以下の範囲で含み、Moを0原子%超8原子%以下の範囲で含み、Tiを1原子%以上8原子%未満の範囲で含み、TaおよびNbの少なくとも一種を0原子%超4原子%以下の範囲で含み、かつ前記Tiと、前記TaおよびNbの少なくとも一種との合計が3原子%以上8原子%以下であり、残部が不可避不純物からなる。
【0025】
Co、Cr、FeおよびNiは、基本的に合金材料または合金製造物の母相結晶粒を構成する主成分元素であり、固溶強化およびカクテル効果による機械的強度および耐腐食性の向上に寄与していると考えられる。また、これら元素を等モル程度含有することで配置エントロピーが大きくなり面心立方格子構造(fcc)の固溶体が安定化しやすくなる。
【0026】
以下、合金材料におけるこれらの成分元素の含有量についてより具体的に説明する。なお、下記する成分元素の上限値と下限値は任意に組み合わせることができる。また、好ましい範囲、より好ましい範囲、および更に好ましい範囲も適宜組み合わせることができる。
【0027】
Coの含有量は、20原子%以上40原子%以下が好ましく、25原子%以上38原子%以下がより好ましく、30原子%以上37原子%以下が更に好ましく、32原子%以上36原子%以下がより更に好ましい。
【0028】
Crの含有量は、10原子%以上25原子%以下が好ましく、16原子%以上23原子%以下がより好ましく、18原子%以上21原子%以下が更に好ましい。
【0029】
Feの含有量は、10原子%以上25原子%以下が好ましく、12原子%以上20原子%以下がより好ましく、14原子%以上17原子%以下が更に好ましい。
【0030】
Niの含有量は、15原子%以上30原子%以下が好ましく、17原子%以上28原子%以下がより好ましく、21原子%以上26原子%以下が更に好ましい。
【0031】
Moの含有量は、0原子%超8原子%以下が好ましく、1原子%以上7原子%以下がより好ましく、2原子%以上5原子%以下が更に好ましい。Moは、Crと共に耐腐食性の向上に寄与していると考えられるが、Mo含有量が0原子%だと耐食性の向上効果が得られず、8原子%を超えるとσ相(正方晶系)、μ相(菱面体晶系)、Laves相(面心立方晶系または六方晶系)などの脆い金属間化合物の形成を促す。
【0032】
Tiの含有量は、1原子%以上8原子%未満が好ましく、2原子%以上7原子%未満がより好ましく、2原子%以上5原子%未満が更に好ましい。Tiは、母相結晶粒の中に分散析出する極小粒子を構成する成分であり合金材料の機械的強度向上に寄与していると考えられる。Ti含有量が1原子%未満だと機械的強度の向上効果が得られず、8原子%以上となると望まない金属間化合物相の粗大粒成長や凝集析出を誘発し易くなる。
【0033】
Taおよび/またはNb(TaおよびNbの少なくとも一種)の含有量は、0原子%超4原子%以下が好ましく、0.5原子%以上3原子%以下がより好ましく、1原子%以上2.5原子%以下が更に好ましい。原子サイズの大きいTa及びNbの少なくとも一種を添加することで、固溶強化により合金製造物の機械的特性をさらに向上できる。さらに、合金製造物の不働態皮膜が強化されて耐孔食性が改善する効果も有する。Taおよび/またはNbの含有量が0原子%だと機械的特性や耐孔食性の向上効果が得られず、4原子%を超えると望まない金属間化合物の析出を促す。
【0034】
本発明の合金材料では、従来の合金材料に比べてTi含有量を抑える換わりにTaおよび/またはNbを適量含有させている。規定元素全体のうちのTiと、Taおよび/またはNbの合計含有量は、3原子%以上8原子%以下が好ましく、4原子%以上8原子%未満がより好ましく、4.5原子%以上7.5原子%以下が更に好ましい。Tiと、Taおよび/またはNbとの合計含有量が3原子%未満となると、極小粒子による強化や固溶強化の寄与が小さくなるため機械的特性の向上効果が得られず、8原子%を超えると望まない金属間化合物相の粗大粒成長や凝集析出を促す。
【0035】
各成分をそれぞれ上記の範囲に制御することにより、望まない金属間化合物相の粗大粒成長や凝集析出を抑制できる。言い換えると、各成分がそれぞれの好ましい組成範囲を外れると、望ましい性状の達成が困難になる。
【0036】
不可避不純物は、完全に除去することは困難であるが可能な限り低減することが望ましい成分を言う。例えば、Si(ケイ素)、P(リン)、S(硫黄)、N(窒素)、O(酸素)が挙げられる。不可避不純物の合計の含有量は、1質量%以下が好ましい。言い換えると、意図的に含有させる成分の合計は、合金全質量のうちの99質量%以上が好ましい。
【0037】
不可避不純物の含有量は、例えば、Siは、0.2質量%以下が好ましく、0.1質量%以下がより好ましく、0.05質量%以下が更に好ましい。Pは、0.1質量%以下が好ましく、0.05質量%以下がより好ましく、0.02質量%以下が更に好ましい。Sは、0.1質量%以下が好ましく、0.05質量%以下がより好ましく、0.02質量%以下が更に好ましい。Nは、0.1質量%以下が好ましく、0.05質量%以下がより好ましく、0.02質量%以下が更に好ましい。Oは、0.2質量%以下が好ましく、0.1質量%以下がより好ましく、0.05質量%以下が更に好ましい。
【0038】
[合金材料を用いた合金製造物]
(微細組織)
本発明の合金材料を用いた合金製造物は、母相結晶粒と、L12型規則相の極小粒子が母相結晶粒の中に分散析出している微細組織を有する。
【0039】
母相結晶粒は、平均結晶粒径が300μm以下の等軸晶であり、その結晶構造が面心立方晶(FCC)であることが好ましい。平均結晶粒径が300μm以下の場合、機械的特性や耐腐食性が向上する。母相結晶粒の平均粒径は、200μm以下が好ましく、150μm以下が更に好ましい。なお、本発明において、母相結晶粒の結晶構造に単純立方晶(SC)を含んでもよい。また、本発明において、母相結晶粒の平均結晶粒径は、微細組織観察の画像に対して画像解析を行って各母相結晶粒の等価面積円の直径を求め、それらを平均したものとする。画像解析ソフトウェアに特段の限定はなく、任意のものが使用可能である。
【0040】
分散析出する極小粒子の平均粒径は、130 nm以下であり、10 nm以上130 nm以下が好ましく、20 nm以上100 nm以下がより好ましい。極小粒子の平均粒径が10 nm以上かつ130 nm以下の場合、機械的特性が向上する。なお、本発明において、極小粒子の平均粒径は、微細組織観察の画像に対して画像解析を行って各極小粒子の最大長さを求め、それらを平均したものとする。
【0041】
さらに、当該合金製造物は、η相(Ni3Ti系の相)やLaves相(Fe2Ti系の相)の粗大粒成長や凝集析出が抑制されている。具体的には、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて合金製造物の断面の二次電子像(例えば、400μm×300μm)を観察したときに、η相および/またはLaves相のサイズ1μm以上の析出物(粗大析出物)の占有率が5面積%以下になっている。当該占有率は、2面積%以下がより好ましく、1面積%以下が更に好ましい。
【0042】
なお、「サイズ1μm以上」の「サイズ」とは、微細組織観察の画像に対して画像解析を行った際の析出物の最大長さを意味する。また、上記η相、Laves相は、Ni3Ti、Fe2Tiよりなるものの他、それらの相を構成するNi、FeおよびTi成分の一部が他の成分に置換されているものを含む。
【0043】
図1は、本発明に係る合金製造物の断面微細組織の一例(後述する合金製造物P1)を示すSEMの二次電子像である。
図1に示したように、本発明の合金製造物は、η相やLaves相の粗大粒成長や凝集析出が抑制されている。具体的には、
図1において、η相および/またはLaves相の粗大析出物の占有率を画像解析により計測したところ、0.3面積%と非常に少ないものであった。
【0044】
本発明の合金製造物は、母相結晶粒が最密充填構造の一種である面心立方晶を主として含み、母相結晶粒の中に極小粒子が分散析出し、かつη相やLaves相の粗大析出物が抑制されていることで、良好な耐腐食性と良好な機械的特性とが両立していると考えられる。
【0045】
本発明に係る合金製造物は、耐腐食性および機械的特性を改良できることから、過酷な環境下で高い機械的特性が求められる部材として好適に利用できる。このような部材としては、例えば、タービンブレード等を含むタービン用部材、ボイラ用部材、エンジン用部材、ノズル用部材、ケーシング、配管、バルブやポンプ等を含めたプラント用構造材、発電機用構造材、原子炉用構造材、航空宇宙用構造材、油圧機器用部材、軸受、ピストン、歯車、回転軸等の各種機器の機構部材などがある。
【0046】
[合金製造物を有する機械装置]
本発明に係る機械装置は、過酷環境下で高い機械的特性を改良できることから、例えば、タービン、ボイラ、エンジン、ノズル、プラント、発電機、原子炉、航空宇宙用装置、油圧機器、その他の各種機器などが好ましい。例えば、
図2は、動力伝達装置の一例を示す模式図である。合金製造物(第一歯車、第一回転軸、第二歯車、および第二回転軸)を組み合わせることで、耐腐食性と耐久性とに優れる動力伝達装置が得られる。
【0047】
第一歯車、第一回転軸、第二歯車および第二回転軸のそれぞれの製造方法に特段の限定はないが、量産性の観点からは、例えば、鋳造-鍛造法や粉末冶金法や付加製造法などを好適に利用できる。また、
図2では平歯車による歯車機構を示したが、本発明に係る動力伝達装置は、平歯車に限定されるものではなく、他の歯車(例えば、内歯車、はすば歯車、ねじ歯車、かさ歯車など)であってもよい。
【0048】
[合金製造物の製造方法]
図3は、本発明に係る合金製造物を製造する方法の一例を示す工程図である。
図3に示したように、本発明の合金製造物を製造する方法は、概略的に、合金材料作製工程S1と成形加工工程S2とを少なくとも有し、成形加工プロセスに応じて擬溶体化熱処理工程S3または焼結工程S4を更に有する。以下、各工程をより具体的に説明する。
【0049】
(合金材料作製工程)
まず、合金製造物の基となる合金材料を用意する合金材料作製工程S1を行う。所望の合金製造物を形成できる合金材料が得られる限り、合金材料作製工程S1の詳細手順に特段の限定はないが、例えば、所望の合金組成となるように原料を混合・溶解して溶湯を形成する原料混合溶解工程S1aと、溶湯を凝固させて合金材料を得る合金凝固工程S1bとを含む工程である。
【0050】
原料混合溶解工程S1aは、原料金属を混合し、溶解して溶湯が得られる工程であれば特段の限定はないが、例えば、合金中の不純物成分の含有量をより低減する(合金を精錬する)ため、原料金属を混合し、一旦溶解して溶湯を得る溶解工程と、この溶湯を一旦凝固させて再溶解用合金塊を形成する合金塊形成工程と、この再溶解用合金塊を再溶解して清浄化された溶湯を得る再溶解工程とを含む工程でもよい。合金の清浄度を高められる限り再溶解方法に特段の限定はないが、例えば、真空アーク再溶解(VAR)を好ましく利用できる。
【0051】
合金凝固工程S1bは、次工程である成形加工工程S2で用いるのに適した形態(例えば、合金塊(インゴット)、合金粉末等)の合金材料が得られる限り、特段の限定はないが、例えば、鋳造法やアトマイズ法を好適に利用できる。鋳造法を利用してインゴットを用意する場合、本発明の合金材料はη相やLaves相の粗大粒成長や凝集析出を抑制できることから、体積/熱容量の大きなインゴットであっても粗大析出物による望まない凝固割れを抑制できる利点がある。
【0052】
一方、合金凝固工程S1bでアトマイズ法を利用して合金粉末を用意する場合、後工程の成形加工工程S2で該合金粉末を用いた成形加工(例えば、粉末冶金プロセス、付加製造プロセス)を行う際の合金粉末の流動性や充填性の観点から、合金粉末の平均粒径は5μm以上200μm以下が好ましく、10μm以上100μm以下がより好ましく、10μm以上50μm以下がさらに好ましい。なお、本発明において、合金粉末の平均粒径は、レーザ回折式粒度分布測定装置を用いて測定した体積基準の加重平均粒径とする。
【0053】
合金粉末の平均粒径が5μm以上の場合、成形加工工程S2における合金粉末の流動性が保たれ、成形物の形状精度への影響が少ない。また、合金粉末の平均粒径が200μm以下の場合、成形加工工程S2における合金粉末の充填性が保たれる。充填性の悪化は、成形物の内部空隙や表面粗化の要因となる。
【0054】
以上のことから、合金粉末の平均粒径を5μm以上200μm以下の範囲に分級する粉末分級工程を更に行ってもよい。粉末分級工程は必須の工程ではないが、合金粉末の利用性向上の観点からは行うことが好ましい。なお、合金粉末の粒径分布を測定した結果、所望の範囲内にあることを確認した場合も、当該工程を行ったものと見なすことができる。
【0055】
(成形加工工程)
つぎに、合金材料作製工程S1で得られた合金材料を用いて、所望形状の成形体を形成する成形加工工程S2を行う。所望形状の成形加工体を形成できる限り、成形加工方法に特段の限定はない。例えば、合金材料がインゴットの場合、切断加工や塑性加工(鍛造加工、引抜加工、圧延加工など)や機械加工(打抜加工、切削加工など)を適宜利用できる。
【0056】
一方、合金材料が合金粉末の場合、粉末冶金プロセスや付加製造プロセスを好適に利用できる。粉末冶金プロセスや付加製造プロセスに特段の限定はなく、従前のプロセスを適宜利用できる。
【0057】
付加製造法(AM)は、合金粉末から所望形状の成形体を積層造形するプロセスであり、焼結ではなく局所的な溶融急速凝固でニアネットシェイプの合金製造物を製造できるので、鍛造材と同程度以上の機械的特性を有しかつ複雑な三次元形状を有する部材を直接的に製造できるという特徴がある。AM法としては、例えば、選択的レーザ溶融法(SLM)、電子ビーム溶融法(EBM)、指向性エネルギー堆積法(DED)等を用いることができる。
【0058】
SLM法における付加製造プロセスを簡単に説明する。本付加製造プロセスは、合金粉末を敷き詰めて所定厚さの合金粉末床を用意する合金粉末床用意工程と、該合金粉末床の所定の領域にレーザ光を照射して該領域の合金粉末を局所溶融急速凝固させるレーザ溶融凝固工程と、を繰り返して成形体を形成する付加製造プロセスである。
【0059】
より具体的には、成形体の密度および形状精度ができるだけ高くなるように、例えば、合金粉末床の厚さhを0.02 mm以上0.2 mm以下の範囲とし、レーザ光の出力Pを50 W以上1000 W以下の範囲とし、レーザ光の走査速度Sを50 mm/s以上10000 mm/s以下の範囲とし、レーザ光の走査間隔Lを0.05 mm以上0.2 mm以下の範囲とする。「E=P/(h×S×L)」で表される局所溶融の体積エネルギー密度Eを20 J/mm3以上200 J/mm3以下の範囲で制御することが好ましく、40 J/mm3以上150 J/mm3以下の範囲で制御することがより好ましい。
【0060】
SLM法で造形した成形体は合金粉末床の中に埋没している。このため、この積層造形プロセスは、レーザ溶融凝固工程の次に、合金粉末床から成形体を取り出す取出工程を有していてもよい。成形体の取り出し方法に特段の限定はなく、従前の方法を利用できる。なお、EBM法では、取出工程として合金粉末を用いたサンドブラストを好ましく利用することができる。合金粉末を用いたサンドブラストは、除去した合金粉末床と共に解砕することで、合金粉末として再利用することができる利点がある。
【0061】
また、合金材料が合金粉末の場合、成形物の形状精度を高めるため、積層造形プロセスや粉末冶金プロセス等による成形体に対して、切断加工、塑性加工、機械加工などをさらに行ってもよい。
【0062】
(擬溶体化熱処理工程)
擬溶体化熱処理工程S3は、インゴットから成形した成形体または付加製造プロセスで作製した成形体に対して行う熱処理工程であり、成形体の中に残存する可能性のある偏析物や組成分布を均質化する目的で行う。なお、本発明の合金材料には、現段階で相平衡状態図のような学術的に確立された知見が存在せず、偏析物が完全に溶体化する温度を正確に規定することができない。そのため、本工程の熱処理を擬溶体化と称している。
【0063】
本熱処理の温度は1000℃以上1250℃以下の範囲が好ましく、1050℃以上1200℃以下がより好ましく、1100℃以上1180℃以下がさらに好ましい。本熱処理の温度が1000℃以上であれば、十分な均質化がなされる。また、本熱処理の温度が1250℃以下であれば、母相結晶粒が過度に粗大化せず、耐腐食性や機械的特性が向上する。熱処理雰囲気に特段の限定はなく、大気中でもよいし、非酸化性雰囲気(実質的に酸素がほとんど存在しない雰囲気、例えば、真空中や高純度アルゴン中や高純度窒素中)でもよい。
【0064】
また、熱処理における保持時間は、被熱処理体の体積/熱容量および温度を考慮しながら0.1時間以上100時間以下の範囲で適宜設定すればよい。本発明の合金材料および合金製造物は、η相やLaves相の粗大析出物が抑制されるので、高温保持後の冷却速度が従来の合金材のそれよりも遅くなっても、ナノスケールの極小粒子が母相結晶粒中に分散析出した微細組織を得ることができる。したがって、冷却手段の自由な選択が可能となるとともに、冷却速度の管理が容易となる。例えば、水冷、空冷や真空中からの窒素冷却が可能である。
【0065】
また、合金製造物の体積が大きいなど、均一な冷却の調整が必要な場合であっても、欠陥の発生や中心部の析出物の発生などのない一様な内部組織を得られやすくなり、機械特性等が維持できる。なお、極小粒子の平均粒径制御の観点から、金属間化合物相が成長し易い温度領域(例えば、900~800℃の温度範囲)を可能な範囲で素早く通過させることは好ましい。
【0066】
(焼結工程)
焼結工程S4は、粉末冶金プロセスで成形した成形体に対して行う熱処理工程である。熱処理方法に特段の限定はなく、従前の方法を適宜利用できる。例えば、成形加工工程S2と焼結工程S4とを完全に独立させて行ってもよいし(成形加工工程S2で成形のみを行い、焼結工程S4で焼結のみを行う)、熱間等方圧加圧法(HIP)のように成形加工工程S2と焼結工程S4とを一体的に行ってもよい。
【0067】
焼結温度としては、特段の限定はないが、例えば、擬溶体化処理工程S3と同じ温度領域を利用できる。すなわち、1000℃以上1250℃以下の範囲が好ましく、1050℃以上1200℃以下がより好ましく、1100℃以上1180℃以下が更に好ましい。
【0068】
(仕上工程)
図3には図示していないが、擬溶体化熱処理工程S3や焼結工程S4によって得られた合金製造物に対して、必要に応じて表面仕上げの工程を更に行ってもよい。
【実施例】
【0069】
以下、本発明を実施例および比較例に基づいて具体的に説明する。なお、本発明はこれら実験例に限定されるものではない。
【0070】
[実験1]
(合金材料A1~A6の作製)
まず、下記表1に示す合金材料A1~A6の名目組成で原料金属を混合し、合金材料A1~A6を作製するための混合原料をそれぞれ用意した。つぎに、合金材料A1~A6の混合原料それぞれについて、自動アーク溶解炉(大亜真空株式会社製)を使用し、アーク溶解法により、減圧Ar雰囲気中で水冷銅ハース上に配置した混合原料を溶解することで溶湯を得て、溶湯を凝固させて合金塊(直径約34 mm、質量約50 g)を作製した。さらに、合金塊の均質化のために、合金塊をそれぞれ反転させながら再溶解を6回繰り返すことで合金材料A1~A6を作製した(合金材料作製工程)。
【0071】
【0072】
表1に示した合金材料A1が本発明に係る合金材料(実施例)であり、合金材料A2は参考例となる合金材料であり、合金材料A3~A6は本発明の規定を外れる合金材料(比較例)である。
【0073】
[実験2]
(合金製造物P1~P6の作製)
続いて、合金材料A1~A6のそれぞれに対して機械加工を施して成形体(直径20 mm×高さ10 mm)を形成した(成形加工工程)。
【0074】
つぎに、合金材料A1~A6からなる成形体それぞれに対して、真空中1120℃で1時間保持した後に冷却する擬溶体化熱処理を行った(擬溶体化熱処理工程)。高温保持後の冷却は、炉内に窒素ガスを導入し流通させて行った。
【0075】
また、本発明の作用効果(η相やLaves相の粗大析出物の抑制)をより明確にするために、擬溶体化熱処理を施した成形体に対して、大気中650℃で24時間保持する時効熱処理を行った。以上により合金製造物P1~P6の試料を作製した。
【0076】
[実験3]
(合金製造物P1~P6の試験・評価)
(微細組織観察)
まず、合金製造物P1~P6の試料に対して、X線回折(XRD)測定を行い、母相結晶粒の結晶構造と析出相の同定を行った。その結果、合金製造物P1~P6の全てにおいて、母相結晶粒の結晶構造は主にfccからなると判断された。ただし、XRD測定から面心立方晶(fcc)と単純立方晶(sc)とを完全に区別することは困難なため、scを含まないとは断定できない。
【0077】
析出相に関しては、比較例となる合金製造物P3~P6の試料は、η相および/またはLaves相が検出された。一方、実施例となる合金製造物P1および参考例となる合金製造物P2の試料では、η相およびLaves相が検出されなかった。この結果から、合金製造物P1~P2の試料に何かしらの析出相が存在する場合であっても、該析出相のサイズが非常に小さいことが示唆される。
【0078】
つぎに、合金製造物P1~P6の試料を切断して一方の切断片の断面を鏡面研磨し、電解エッチング処理(10質量%シュウ酸水溶液、3 V×0.2 Aの電界条件)を行った。当該処理断面に対してSEM観察(観察面積=400μm×300μm)を行い、η相および/またはLaves相のサイズ1μm以上の析出物(粗大析出物)の占有率を画像解析により計測した。粗大析出物の占有率が5面積%超を「不合格」と評価し、5面積%以下を「合格」と評価し、2面積%以下を「優秀」と評価した。
【0079】
図4Aは、合金材料A3(比較例)を用いた合金製造物P3の試料の断面微細組織を示すSEMの二次電子像である。
図4Bは、合金材料A2(
参考例)を用いた合金製造物P2の試料の断面微細組織を示すSEMの二次電子像である。また、前述した
図1は、合金材料A1(実施例)を用いた合金製造物P1の試料のSEMの二次電子像である。
【0080】
図4Aに示したように、比較例となる合金製造物P3の試料は、η相および/またはLaves相の粗大析出物が明確に観察される。それら粗大析出物の占有率は、21.3面積%と計測された。図示は省略するが、比較例となる合金製造物P4~P6の試料も、合金製造物P3の試料と同様にη相および/またはLaves相の粗大析出物が明確に観察された。
【0081】
これらに対し、
図4B、
図1に示したように、
参考例となる合金製造物P2および
実施例となる合金製造物P1の試料は、粗大析出物が少なく、η相およびLaves相の粗大粒成長や凝集析出が抑制されていることが確認された。合金製造物P2および合金製造物P1の試料における粗大析出物の占有率は、それぞれ2.4面積%および0.3面積%と計測された。
【0082】
η相および/またはLaves相の粗大析出物の占有率の計測結果を後述する表2にまとめる。微細組織観察の結果から、実施例の合金製造物の試料は、比較例のそれらよりも高い延性や靭性を示すことが期待される。
【0083】
さらに、合金製造物P1~P6の試料を高倍率(1~5万倍程度)で観察した。
図5は、合金製造物P1の試料を2万倍で観察したSEM二次電子像である。
図5より、極小粒子が母相結晶粒の中に分散析出していることが確認される。本実験では、極小粒子の平均粒径は、SEM二次電子像の画像(観察面積=3μm×3μm)に対して画像解析を行って各極小粒子の長径(最大長さ)の平均として算出した。
【0084】
極小粒子の平均粒径に関しては、130 nm超を「不合格」と評価し、130 nm以下を「合格」と評価し、100 nm以下を「優秀」と評価した。極小粒子の平均粒径の計測・評価結果を表2に併記する。表2の結果から、実施例となる合金製造物P1および参考例となる合金製造物P2の試料は「優秀」と評価され、比較例となる合金製造物P3~P6の試料は「不合格」と評価されることが分かる。このことから、実施例の合金製造物の試料は、母相結晶粒内に分散析出する極小粒子の粗大化が抑制されていると考えられる。
【0085】
(ビッカース硬さ測定)
合金製造物P1~P6の試料の他方の切断片に対して、機械的強度の一指標として室温のビッカース硬さ(HV)を測定した。マイクロビッカース硬度計(マツザワ株式会社製、MMT-Xシリーズ)を用いて10点計測し(荷重:200 gf、保持時間:15秒)、該10点のビッカース硬さのうちの最大値と最小値とを除いた8点の平均値を当該試料のビッカース硬さとした。
【0086】
ビッカース硬さに関しては、HV450以上の場合を「合格」と評価し、HV450未満の場合を「不合格」と評価した。その結果、合金製造物P1~P6の試料は、いずれも合格と評価された。ビッカース硬さ測定の結果を表2に併記する。言い換えると、実施例の合金製造物の試料は、比較例のそれらと同等の機械的強度を有すると考えられる。
【0087】
(孔食試験)
耐腐食性試験として孔食試験を行った。合金製造物P1~P6の試料を別途作製し、孔食試験用の分極試験片(縦15 mm×横15 mm×厚さ2 mm)を採取した。孔食試験は、各分極試験片に対してJIS G 0577に準拠して行った。具体的には、「試験面積:1 cm2、分極試験片にすきま腐食防止電極を装着、参照電極:飽和銀塩化銀電極、試験溶液:アルゴンガス脱気した3.5質量%塩化ナトリウム水溶液、試験温度:80℃、電位掃引速度:20 mV/min」の条件下で分極試験片のアノード分極曲線を測定して、電流密度100μA/cm2に対応する孔食発生電位(単位:V vs. Ag/AgCl)を求めた。
【0088】
孔食試験の評価は、0.50 V未満を「不合格」と評価し、0.50 V以上を「合格」と評価し、1.00 V以上を「優秀」と評価した。孔食試験の結果を表2に併記する。その結果、合金製造物P2~P6の試料は合格と評価され、合金製造物P1の試料は優秀と評価された。言い換えると、実施例の合金製造物の試料は、比較例のそれらと同等以上の耐腐食性を有すると言える。
【0089】
【0090】
[実験4]
(合金材料A7~A11の作製)
上述した実験1と同様にして、表3に示す名目組成を有する合金材料A7~A11を作製した。合金材料A7~A11は、いずれも本発明に係る合金材料(実施例)である。
【0091】
【0092】
[実験5]
(合金製造物P7~P11の作製)
合金材料A7~A11のそれぞれについて上述した実験2と同様に成形体を形成した。各成形体に対して、真空中1120℃で1時間保持した後に冷却する擬溶体化熱処理を行った。高温保持後の冷却は、炉内に窒素ガスを導入し流通させて行った。
【0093】
つぎに、擬溶体化熱処理を施した成形体に対して時効熱処理を行った。合金製造物P7、P9、P11については、大気中650℃で8時間保持する時効熱処理を行った。また、合金製造物P8、P10については、大気中700℃で8時間保持する時効熱処理を行った。以上により合金製造物P7~P11の試料を作製した。
【0094】
[実験6]
(合金製造物P7~P11の試験・評価)
実験3と同様にして、合金製造物P7~P11の微細組織観察とビッカース硬さ測定とを行い評価した。測定・評価結果を表4に示す。
【0095】
また、
図6Aは、合金材料A7を用いた合金製造物P7の試料の断面微細組織を示すSEMの二次電子像であり、
図6Bは、合金材料A8を用いた合金製造物P8の試料の断面微細組織を示すSEMの二次電子像であり、
図6Cは、合金材料A11を用いた合金製造物P11の試料の断面微細組織を示すSEMの二次電子像である。
【0096】
【0097】
図6A~
図6Cおよび表4に示したように、合金製造物P7~P11の試料は、
参考例である合金製造物P2の試料(
図4B、表2参照)と比較しても析出物量が更に少なく、η相およびLaves相の粗大粒成長や凝集析出が抑制されていることが確認された。そして、合金製造物P7~P11のすべてにおいて、粗大析出物の占有率が「優秀」であり、極小粒子の平均粒径も「優秀」だった。ビッカース硬さも、合金製造物P7~P11のすべてにおいてHV450以上であり「合格」の評価であった。
【0098】
なお、図示は省略するが、合金製造物P9~P10の試料も、合金製造物P8、P11の試料と同様にη相および/またはLaves相の粗大析出物が明確に観察された。本実験では孔食試験は行っていないが、粗大析出物の占有率の結果から、合金製造物P7~P11のすべてにおいて「優秀」と評価されるものと考えられる。
【0099】
[実験7]
(合金材料A12の作製)
表5に示す名目組成で原料金属を混合し、高周波溶解炉により溶解して溶湯を形成した(原料混合溶解工程)の後に、該溶湯からガスアトマイズ法により合金粉末を形成した(合金凝固工程)。つぎに、得られた合金粉末に対して、ふるいによる分級を行って粒径20~45μmに選別し、合金材料A12を作製した。レーザ回折式粒度分布測定装置を用いて、合金材料A12の粒度分布を測定したところ、平均粒径は約30μmであった。表5に示したように、合金材料A12は、本発明に係る合金材料(実施例)である。
【0100】
【0101】
[実験8]
(合金製造物P12の作製)
積層造形装置(独国エレクトロオプティカルシステムズ社製、型式:EOSINT M280)を用いて、前述した工程に沿ってSLM法により合金材料A12からなる成形体(縦25mm×横25mm×高さ70mmの角柱材(高さ方向が積層方向))を形成した。積層造形条件は、合金粉末床の厚さhを0.04 mmとし、体積エネルギー密度Eが40~100 J/mm3となるように、レーザ光の出力P、レーザ光の走査速度S、レーザ光の走査間隔Lを制御した。
【0102】
取出工程の後、成形体に対して、大気中1120℃で3時間保持した後に冷却する擬溶体化熱処理を行った。さらに、大気中700℃で8時間保持した後に冷却する時効熱処理を施した。冷却方法としては、空冷(900~800℃の平均冷却速度が約10℃/s)を採用した。以上により、積層造形法による合金材料A12からなる合金製造物P12を作製した。
【0103】
[実験10]
(合金製造物P12の試験・評価)
実験3と同様にして、の手法で合金製造物P12の微細組織観察とビッカース硬さ測定とを行い評価した。また、ASTM E8に準拠した室温引張試験を行って0.2%耐力、引張強さ、破断伸びを測定した。測定・評価結果を表6に示す。
【0104】
【0105】
表6に示すように、粗大析出物の占有率は0.03面積%と極少量であり、極小粒子の平均粒径と共に「優秀」の評価であった。ビッカース硬さもHV450以上であり「合格」の評価であった。また、引張試験の結果、十分に高い0.2%耐力および十分に高い引張強さを有しながら、驚異的な破断伸びを示すことが確認された。
【0106】
(極小粒子観察・分析)
走査型透過電子顕微鏡-エネルギー分散型X線分析装置(STEM-EDX、日本電子株式会社製、型式JEM-ARM200F)を用いて、合金製造物P12の母相結晶粒中の極小粒子の高倍率観察および分析を行った。
【0107】
まず、合金製造物FA1の試料の一面を鏡面研磨し、集中イオンビーム(FIB)加工装置(株式会社日立ハイテク社製、型式FB-2100)を用いたマイクロサンプリング法により、研磨面から100 nm程度の厚さの試験片を切り出した。得られた試験片について、高倍率観察および分析を行った。
【0108】
図7は、STEM観察により得られた母相結晶粒の暗視野像(DFI)(a)および母相結晶粒の電子回折パターン(b)である。
図8は、EDXにより得られた母相結晶粒中の極小粒子の元素マップを示す画像である。
【0109】
図7(a)の暗視野像から、粒子径10~20 nm程度の極小粒子が分散析出していることを確認でき、
図7(b)の電子回折パターンから、面心立方晶(fcc)相に由来するパターンとγ’相に由来するパターンとを確認できる。また、
図8の元素マップ画像から、母相結晶粒中において極小粒子には他の部分よりNiおよびTiが濃化していることを確認できる。これらの観察・分析結果から、極小粒子は電子回折パターンで観察されたγ’相であると考えられる。
【0110】
上述した実施形態や実験例は、本発明の理解を助けるために説明したものであり、本発明は、記載した具体的な構成のみに限定されるものではない。例えば、実施形態の構成の一部を当業者の技術常識の構成に置き換えることが可能であり、また、実施形態の構成に当業者の技術常識の構成を加えることも可能である。すなわち、本発明は、本明細書の実施形態や実験例の構成の一部について、発明の技術的思想を逸脱しない範囲で、削除・他の構成に置換・他の構成の追加をすることが可能である。