(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-12
(45)【発行日】2023-07-21
(54)【発明の名称】有機リン化合物
(51)【国際特許分類】
C07F 9/38 20060101AFI20230713BHJP
【FI】
C07F9/38 CSP
C07F9/38 Z
(21)【出願番号】P 2022046289
(22)【出願日】2022-03-23
(62)【分割の表示】P 2018124404の分割
【原出願日】2018-06-29
【審査請求日】2022-03-23
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】平 敏彰
(72)【発明者】
【氏名】井村 知弘
【審査官】奥谷 暢子
(56)【参考文献】
【文献】特開昭62-283858(JP,A)
【文献】特開2007-051104(JP,A)
【文献】特表2010-526081(JP,A)
【文献】Okamoto, Yoshiki; Nitta, Tsutomu; Sakurai, Hiroshi,Preparation of long-chain alkenephosphonic acid derivatives. II. Preparation by the addition of pho,油化学,1969年,18(12),,882-5
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07F
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(B)で表される有機リン化合物またはその陰イオンを主成分とする中空状粒子。
【化5】
(式(B)中、R
2は炭素数10以上20以下の
直鎖アルキル基を表す。)
【請求項2】
請求項1において、
前記R
2が炭素数10以上16以下の直鎖アルキル基である中空状粒子。
【請求項3】
請求項1
または2の中空状粒子の製造方法であって、
前記式(B)で表される有機リン化合物またはその塩と、親水性液体とを混合する混合工程を有する中空状粒子の製造方法。
【請求項4】
請求項1
または2の中空状粒子を含有する化粧料、肥料、農薬、展着剤、または表面処理剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、界面活性を有し、中空状粒子を自己集合で形成する有機リン化合物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
界面活性剤は、同一分子骨格内に親水基と疎水基の両方を有し、水溶液中でミセル、ベシクル、または液晶などの多様な分子集合体を形成する。このため、界面活性剤は、洗浄、分散、防錆、湿潤、浸透、気泡形成、乳化、可溶化、および帯電防止などの様々な作用を有することが知られている。親水基のリン原子とアルキル基の炭素原子が酸素原子を介して連結されている、すなわちP-O-C結合を有するリン酸エステル型の界面活性剤は、アニオン性界面活性剤の中で、帯電防止性が高いうえ、皮膚刺激性が低い安全性を有する。このため、リン酸エステル型の界面活性剤は、帯電防止剤、防腐剤、表面改質剤、潤滑剤、身体洗浄剤、および化粧品用乳化剤などに用いられている。
【0003】
さらに、リン酸エステル基を含む脂質を構造中に有するリン酸エステル型の界面活性剤は、膜構造を備える球殻状の分子集合体(マイクロカプセル、ベシクル、またはリポソーム)が形成できる。この界面活性剤に水溶性高分子を配合し、マイクロカプセルを多重膜構造にして、膜形成効率と膜安定性を高めることが特許文献1に記載されている。一方、マイクロカプセルに、薬剤、農薬、および肥料などの種々の有効成分を内包させることが近年試みられている。しかしながら、P-O-C結合は、酸性やアルカリ性の条件下で加水分解することが知られている。したがって、P-O-C結合を有する界面活性剤が形成するマイクロカプセルは、酸性やアルカリ性で使用すると分解し、性能劣化を引き起こす。
【0004】
有機リン化合物の一種であるホスホン酸は、リン酸エステルとは異なり、リン原子とアルキル基の炭素原子が直接連結しており、P-O-C結合を有するリン酸エステルと比べて、化学的および熱的に安定である。このため、ホスホノ基を分子骨格内に有する界面活性剤は、優れた耐酸性および耐アルカリ性を示す。ホスホノ基を分子骨格内に有する界面活性剤は、リン酸エステル型の界面活性剤の使用が困難な高い耐久性が求められる金属表面の修飾剤として、主に用いられている(特許文献2、非特許文献1、非特許文献2)。
【0005】
また、リン酸エステル型の界面活性剤が加水分解するようなpH条件下でも、ホスホノ基を分子骨格内に有する界面活性剤は、水中で界面活性を発揮することが報告されている。非特許文献3には、デシルホスホン酸が、酸性の水溶媒中で、一般的な球状のミセルではなく、ディスク状のミセルを形成することが記載されている。界面活性剤としてより一般的なドデシル基を有するホスホン酸は、水への溶解性が低下し、室温付近でワックス状の固体となるものの、加熱すると膜構造を有するマイクロカプセルやラメラ液晶に相転移することが報告されている(非特許文献4、非特許文献5)。
【0006】
ドデシル基を有するホスホン酸の特異な自己集合挙動は、ホスホノ基に働く分子間水素結合に起因するものと理解されている。すなわち、単純な長鎖アルキルとホスホノ基からなる従来の界面活性剤は、リン酸エステル型の界面活性剤と比べて、耐酸性および耐アルカリ性に優れ、水中でリン脂質のようなマイクロカプセルを形成する。しかし、この界面活性剤は、水への溶解性の低さから、室温での取扱いが容易ではなく、工業的な利用の妨げとなっている。
【0007】
また、土壌や水圏に存在する一部の微生物は、リンが欠乏すると、ホスホン酸の強固なP-C結合を切断する酵素を生産し、ホスホン酸をリン酸にまで変換することが知られている(非特許文献6)。すなわち、ホスホノ基を有する界面活性剤およびこれが形成するマイクロカプセルは、工業利用のみならず、肥料、農薬、および展着剤等の農業用途での利用も想定され、植物の育成にも有意な効果を発揮することが期待される(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2008-94809号公報
【文献】特表2016-522325号公報
【文献】米国特許第5112380号明細書
【非特許文献】
【0009】
【文献】Judit Telegdiら,Period. Polytech. Chem. Eng.,2016,60,165-168
【文献】T. Someyaら,App. Phys. Lett.,2009,95,203301-203303
【文献】Pablo C. Schulzら,J. Phys. Chem. B,2013,117,6231-6240
【文献】Pablo C. Schulzら,Langmuir,1996,12,3082-3088
【文献】R. M. Minardiら,Colloid Polym. Sic. ,1996,274,1089-1093
【文献】David L. Zechelら,Chem. Rev.,2017,117,5704-5783
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
リン脂質などのP-O-C結合を有するリン酸エステル型の界面活性剤は膜構造を有する球殻状のマイクロカプセルを形成するため、化粧品や医薬品等の外用剤、肥料、農薬、展着剤等に利用されているが、その化学的安定性に課題があると言える。また、安定性に優れるP-C結合を有するホスホン酸系界面活性剤も、水中で界面活性を発揮し、マイクロカプセルを形成することが知られているが、水への溶解性が低く、室温付近で利用することが困難であるという課題があった。本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、水溶解性に優れる有機リン化合物と、この有機リン化合物が室温で自発的に形成する中空状粒子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、ホスホノ基を親水基とする界面活性剤、特にP-C=C-C結合を有する界面活性剤が、室温かつ幅広いpHで自発的に中空状粒子を形成することを見出し、本発明を完成させた。
【0012】
本発明の有機リン化合物またはその塩は、リン原子を含有する親水性基と、炭化水素基とを有し、1つのリン原子と、炭化水素基を構成する1つの炭素原子とが、-C=C-を介して結合されている化学構造を有する。本発明の混合物は、本発明の有機リン化合物またはその塩と、親水性液体とを有する。本発明の中空状粒子は、本発明の有機リン化合物またはその陰イオンを主成分とする。本発明の中空状粒子の製造方法は、本発明の有機リン化合物またはその塩と、親水性液体とを混合する混合工程を有する。本発明の肥料、農薬、展着剤、または表面処理剤は、本発明の中空状粒子を含有する。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、室温の水中で、有機リン化合物の中空状粒子が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】実施例5の中和滴定の測定結果を示すグラフ。
【
図2】実施例6の有機リン化合物水溶液の各濃度における表面張力を示すグラフ。
【
図3】実施例8の中空状粒子のフリーズフラクチャー透過型電子顕微鏡画像。
【
図4】実施例9の有機リン化合物膜の偏光顕微鏡画像。
【
図5】実施例10の固体基板上の有機リン化合物膜の原子間力顕微鏡像。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の実施形態に係る有機リン化合物は、リン原子を含有する親水性基と、炭化水素基とを有し、1つのリン原子と、炭化水素基を構成する1つの炭素原子とが、-C=C-を介して結合されている化学構造を備えている。このような有機リン化合物としては、下記式(A)で表される有機リン化合物が例示できる。なお、式(A)中、R1は炭素数2以上20以下の炭化水素基を表している。R1は直鎖オクチレン基であることが好ましい。
【0016】
【0017】
式(A)で表される有機リン化合物は、2つのホスホノ基を有する双頭型構造を備え、-C=C-を有する。このため、ホスホノ基部位が折れ曲がり、分子間の水素結合が抑制されると考えられる。したがって、式(A)で表される有機リン化合物は、室温の水中で中空状粒子を自発的に形成できる。
【0018】
また、このような有機リン化合物としては、下記式(B)で表される有機リン化合物も例示できる。式(B)中、R2は炭素数2以上20以下の炭化水素基を表している。R2は、炭素数10以上16以下の直鎖アルキル基であることが好ましい。
【0019】
【0020】
式(A)で表される有機リン化合物の具体的な化合物としては、下記のBPAC12が例示できる。また、式(B)で表される有機リン化合物の具体的な化合物としては、下記のPAC12、PAC16、およびPAC18が例示できる。
【0021】
【0022】
本実施形態の有機リン化合物の塩としては、有機リン化合物のアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩、および有機塩などが挙げられる。具体的には、1ナトリウム塩、2ナトリウム塩、1カリウム塩、2カリウム塩、カルシウム塩、1アンモニウム塩、2アンモニウム塩、1モノエタノールアミン塩、2モノエタノールアミン塩、1ジエタノールアミン塩、2ジエタノールアミン塩、1トリエタノールアミン塩、2トリエタノールアミン塩、1アルギニン塩、2アルギニン塩、1リジン塩、2リジン塩、1ヒスチジン塩、2ヒスチジン塩、またはこれらの2種類以上の混合物などが例示できる。
【0023】
本発明の実施形態に係る混合物は、本実施形態の有機リン化合物またはその塩と、親水性液体とを有する。親水性液体としては、水、メタノール、エタノール、イソプロパノール、エチレングリコール、グリセリン等のプロトン性極性液体、アセトン、ジメチルアセトアミド(DMA)、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、N-メチルピロリドン(NMP)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、テトラヒドロフラン等の非プロトン性極性液体、またはこれらの2種類以上の混合物が例示できる。
【0024】
本実施形態の混合物は、本実施形態の有機リン化合物またはその陰イオンが分解されなければ、他の成分を含有していてもよい。このような他の成分としては、水溶性、油溶性、または両親媒性の物質、例えば、油性成分、低級アルコール、保湿剤、抗酸化剤、キレート剤、ビタミン類、植物抽出物、もしくはその他の各種薬効成分、粉体、香料、もしくは色材などの化粧品や医薬品等の外用剤または洗浄剤用基材が挙げられる。また、本実施形態の混合物の表面処理用途での消泡添加剤および導電性塩として、酢酸塩、リン酸塩、ドデシル硫酸ナトリウムなどのアニオン性界面活性剤が挙げられる。
【0025】
本発明の実施形態に係る中空状粒子は、本実施形態の有機リン化合物またはその陰イオンを主成分とする。本実施形態の中空状粒子は、本実施形態の有機リン化合物またはその陰イオンから構成されていてもよい。本実施形態の中空状粒子は、有機リン化合物またはその陰イオンがない空の領域を内部に備えている。この領域は、空洞であってもよいし、液体、溶液、または他の粒子などを含有していてもよい。したがって、本実施形態の中空状粒子は、各種有効成分を内包させることが可能である。
【0026】
この各種有効成分としては、化粧成分、医薬成分、肥料成分、農薬成分、緑化成分、および基材の表面処理成分などが挙げられる。すなわち、本実施形態の中空状粒子は、化粧料、医薬剤、肥料、農薬、展着剤、または表面処理剤として利用できる。なお、本実施形態の中空状粒子が分解されなければ、本実施形態の中空状粒子は、本実施形態の有機リン化合物またはその陰イオン以外の成分を含有していてもよい。
【0027】
本実施形態の肥料は、N、P、K,Ca、Mg等の供給源となる無機物または有機物を含んでいてもよい。このような無機物としては、硝酸アンモニウム、硝酸カリウム、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、硝酸ソーダ、尿素、炭酸アンモニウム、リン酸カリウム、過リン酸石灰、熔成リン肥、硫酸カリム、塩化カリウム、硝酸石灰、消石灰炭酸石灰、硫酸マグネシウム等が挙げられる。有機物としては、鶏糞、牛糞、堆肥、アミノ酸、ペプチド、有機酸、脂肪酸等が挙げられる。本実施形態の農薬は、植物の育成に有意な効果を与えうる成分として、殺菌剤、殺虫剤、殺ダニ剤、除草剤、植物成長調整剤等を含んでいてもよい。
【0028】
本実施形態の中空状粒子の製造方法は、本実施形態の有機リン化合物またはその塩と、親水性液体とを混合する混合工程を備えている。すなわち、本実施形態の有機リン化合物またはその塩と親水性液体を混合するという極めて簡便な方法で、本実施形態の中空状粒子が得られる。親水性液体は、純物質であってもよいし、混合物であってもよい。1つの親水基と1つの長鎖アルキル基からなる従来のリン酸エステル系界面活性剤やホスホン酸系界面活性剤も、水中でマイクロカプセルを形成することが知られている。
【0029】
しかし、これらの界面活性剤は水溶解度が低く、マイクロカプセルの形成に加熱等が必要であった。これに対して、本実施形態の中空状粒子は、室温、例えば10~30℃での水中という温和な環境で自発的に形成される。本実施形態の中空状粒子は、リン脂質が形成するマイクロカプセルのように、二重膜または多重膜構造を有する球殻状の中空構造体である。本実施形態の中空状粒子に有効成分を内包させる方法としては、例えば、本実施形態の有機リン化合物またはその塩と、親水性液体、有効成分を混合し、室温で撹拌してから静置する方法や、本実施形態の中空状粒子に有効成分の親水性溶液を添加して、静置する方法や、親水性液体中で調整した中空状粒子を凍結乾燥等により粉体とした後、この粉体に有効成分の親水性溶液を添加して室温で撹拌する方法が挙げられる。
【実施例】
【0030】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更することができる。したがって、本発明の範囲は以下に示す具体例により限定的に解釈されるべきものではない。
【0031】
(実施例1:BPAC12の合成)
【0032】
シュレンク管内に1,11-ドデカジエン1.99g(12.0mmol)とビニルホスホン酸2.63g(16.0mmol)を加え、減圧乾燥後、窒素ガスを充填した。このシュレンク管内に第2世代Grubbs触媒0.51g(0.6mmol)を加え、ジクロロメタン15mLに溶解した後、3時間還流した。反応後、溶媒を留去し、SiO2カラムクロマトグラフィー(酢酸エチル:ヘキサン=1:2→1:1(容量比)、Rf値0.28)で精製してBPAC12-Ethyl esterを得た(収量2.47g(6.2mmol)、収率52%)。
【0033】
1H‐NMR、13C-NMR、および31P-NMR分析によって、得られた物質がBPAC12-Ethyl esterであることを確認した。
1H-NMR (400MHz, CDCl3, r.t.) δ(ppm): 6.78(ddt, 2H, J=6.4, 17.2 and 22.0Hz, CH), 5.64 (dd, 2H, J=16.8 and 19.6Hz, CH), 4.09 (m, 8H, CH2), 2.22 (m, 4H, CH2), 1.20-1.50 (12H, CH2).
13C-NMR (100MHz, CDCl3, r.t.) δ(ppm): 153.9, 116.8, 61.6, 34.1, 29.3, 29.1, 27.8, 16.4.
31P-NMR (CDCl3, 162MHz) δ(ppm): 18.9.
【0034】
2つ口ナスフラスコ内でBPAC12-Ethyl ester2.00g(4.6mmol)とよう化カリウム9.03g(54.4mmol)を混合し、減圧乾燥後、窒素ガスを充填した。この2つ口ナスフラスコ内に、ジクロロメタン20mLとクロロトリメチルシラン5.91g(54.4mmol)を順次加え、40℃で12時間撹拌した。溶媒を留去した後、水10mLとエタノール20mLを加え、室温で12時間撹拌した。溶媒を留去した後、粗生成物を水に再度溶かし、水相をジエチルエーテルで洗浄した後、水を留去した。得られた粗生成物をエタノール200mLと水15mLで洗浄してBPAC12を得た(収量0.127g(0.39mmol)、収率8%)。
【0035】
1H‐NMR、13C-NMR、および31P-NMR分析によって、得られた物質がBPAC12であることを確認した。
1H-NMR (400MHz, D2O) δ(ppm): 6.45 (ddt, 2H, J=6.4, 17.2 and 22.0Hz, CH), 5.70 (ddt, 2H, J=1.6, 13.2 and 17.2Hz, CH), 2.11 (m, 4H, CH2), 1.37 (m, 4H, CH2), 1.18-1.28 (8H, CH2).
13C-NMR (100MHz, D2O) δ(ppm): 151.0, 121.3, 42.6, 34.4, 29.3, 28.3.
31P-NMR (162MHz, D2O) δ(ppm): 15.5.
【0036】
(実施例2:PAC12の合成)
シュレンク管内に1-ドデセン2.52g(15.0mmol)とビニルホスホン酸1.85g(11.3mmol)を加え、減圧乾燥後、窒素ガスを充填した。このシュレンク管内に第2世代Grubbs触媒0.64g(0.80mmol)を加え、ジクロロメタン15mLに溶解した後、3時間還流した。反応後、溶媒を留去し、SiO2カラムクロマトグラフィー(酢酸エチル:ヘキサン=1:2→1:1(容量比)、Rf値0.28)で精製してPAC12-Ethyl esterを得た(収量3.20g(10.5mmol)、収率93%)。
【0037】
1H‐NMR、13C-NMR、および31P-NMR分析によって、得られた物質がPAC12-Ethyl esterであることを確認した。
1H-NMR (400MHz, CDCl3) δ(ppm): 6.78 (ddt, 1H, J=6.4, 17.2 and 22.0Hz), 5.64 (ddt, 1H, J=1.6, 13.2 and 17.2Hz), 4.05 (ddq, 4H, J=0.8, 6.8 and 6.8Hz), 2.05-2.09 (br, 2H), 1.25-1.43 (m, 24H), 0.88 (t, 3H, J=6.4Hz).
13C-NMR (CDCl3, 100MHz) δ(ppm): 154.2, 116.6, 61.6, 34.2, 31.9, 30.0, 29.5, 29.4, 29.3, 29.1, 27.8, 22.7, 16.4, 14.2.
31P-NMR (CDCl3, 162MHz) δ(ppm): 19.0.
【0038】
2つ口ナスフラスコ内でPAC12-Ethyl ester3.20g(10.5mmol)とよう化カリウム10.50g(63.3mmol)を混合し、減圧乾燥後、窒素ガスを充填した。この2つ口ナスフラスコ内に、アセトニトリル40mLとクロロトリメチルシラン6.88g(63.3mmol)を順次加え、室温で10時間撹拌した。溶媒を留去した後、水40mLを加え、室温で1時間撹拌した後、水を留去した。酢酸エチルで抽出してPAC12を得た(収量2.57g(1.56mmol)、収率:98%)。
【0039】
1H‐NMR、13C-NMR、31P-NMR、およびIR分析によって、得られた物質がPAC12であることを確認した。
1H-NMR (400MHz, CDCl3) δ(ppm): 8.68 (s, 2H, -OH), 6.72 (ddt, 1H, J=4.0, 16.8 and 23.2Hz), 5.71 (dd, 1H, J=16.8 and 19.6Hz), 2.17-2.18 (br, 2H), 1.26-1.42 (m, 18H), 0.88 (t, 3H, J=6.4Hz).
13C-NMR (100MHz, CDCl3) δ(ppm): 153.4, 115.9, 34.0, 31.9, 29.6, 29.5, 29.4, 29.3, 29.1, 27.6, 22.9, 14.1.
31P-NMR (162 MHz, CDCl3) δ(ppm): 22.3.
IR (ATR): 1645, 1150 and 944cm-1.
【0040】
(実施例3:PAC16の合成)
シュレンク管内に1-ヘキサデセン0.45g(2.0mmol)とビニルホスホン酸0.25g(1.5mmol)を加え、減圧乾燥後、窒素ガスを充填した。このシュレンク管内に第2世代Grubbs触媒0.32g(0.1mmol)を加え、ジクロロメタン5mLに溶解した後、3時間還流した。反応後、溶媒を留去し、SiO2カラムクロマトグラフィー(酢酸エチル:ヘキサン=1:3(容量比)、Rf値0.20)で精製してPAC16-Ethyl esterを得た(収量0.46g(1.28mmol)、収率85%)。
【0041】
1H‐NMR、13C-NMR、および31P-NMR分析によって、得られた物質がPAC16-Ethyl esterであることを確認した。
1H-NMR(400MHz, acetone-d6) δ(ppm): 6.68 (ddt, 1H, J=6.4, 17.2 and 22.0Hz, CH), 5.71 (ddt, 1H, J=1.6, 13.2 and 17.2Hz, CH), 3.99 (ddq, 4H, J=0.8, 6.8 and 6.8Hz, CH2), 2.25 (m, 2H, CH2), 1.47 (m, 2H, CH2), 1.25-1.43 (m, 18H), 1.24 (m, 6H, CH3), 0.88 (t, 3H, J=6.4Hz).
13C-NMR (100MHz, acetone-d6) δ(ppm): 154.5, 119.7, 62.6, 35.4, 33.5, 31.1, 31.1, 30.9, 30.7, 30.5, 30.4, 30.2, 29.6, 24.2, 17.6, 15.2.
31P-NMR (162MHz, acetone-d6) δ(ppm): 17.6.
【0042】
2つ口ナスフラスコ内でPAC16-Ethyl ester0.19g(0.54mmol)とよう化カリウム0.27g(1.3mmol)を混合し、減圧乾燥後、窒素ガスを充填した。この2つ口ナスフラスコ内に、アセトニトリル40mLとクロロトリメチルシラン0.15g(1.3mmol)を順次加え、室温で12時間撹拌した。溶媒を留去した後、メタノール5mLと水40mLを加え、室温で3時間撹拌した。反応後に析出した固体をろ過によって回収し、水で洗浄してPAC16を得た(収量0.16g(0.53mmol)、収率:99%)。
【0043】
1H‐NMRおよび31P-NMR分析によって、得られた物質がPAC16であることを確認した。
1H-NMR (400MHz, D2O) δ(ppm): 6.33 (br, 1H), 5.65 (br, 1H), 2.08 (br, 2H), 1.25-1.43 (20H), 0.76 (t, 3H, J=6.4Hz).
31P-NMR (162MHz, D2O) δ(ppm): 13.4.
1H-NMR (400MHz, D2O, pH11) δ(ppm): 6.06 (br, 1H), 5.57 (br, 1H), 1.92 (br, 2H), 1.10-1.27 (20H), 0.73 (br, 3H).
31P-NMR (162MHz,D2O, pH11) δ(ppm): 11.4.
【0044】
(実施例4:PAC18の合成)
シュレンク管内に1-オクタデセン1.89g(7.5mmol)とビニルホスホン酸(0.91g,5.1mmol)を加え、減圧乾燥後、窒素ガスを充填した。このシュレンク管内に第2世代Grubbs触媒0.21g(0.26mmol)を加え、ジクロロメタン7mLに溶解した後、2時間還流した。反応後、溶媒を留去し、SiO2カラムクロマトグラフィー(酢酸エチル:ヘキサン=1:2→2:1(容量比)、Rf値0.33)で精製してPAC18-Ethyl esterを得た(収量:1.44g(3.7mmol)、収率72%)。
【0045】
1H‐NMR、13C-NMR、および31P-NMR分析によって、得られた物質がPAC18-Ethyl esterであることを確認した。
1H-NMR (CDCl3, 400MHz) δ(ppm): 6.77 (ddt, 1H, J=7.2, 16.8 and 22Hz, CH), 5.62 (ddt, 1H, J=1.6, 17.2 and 21.2Hz, CH), 4.07 (m, 4H, CH2), 2.20 (br, 2H, CH2), 1.33 (6H, CH3), 1.24-1.48, (28H, CH2), 0.88 (t, 3H, J=7.2Hz).
13C-NMR (CDCl3, 100MHz) δ(ppm): 154.1, 116.6, 61.6, 34.2, 31.9, 29.7 (4C), 29.6 (2C), 29.5 (2C), 29.4 (2C), 29.1, 27.8, 22.7, 16.4, 14.1.
31P-NMR (CDCl3, 162MHz) δ(ppm): 19.0.
【0046】
シュレンク管内でPAC18-Ethyl ester1.00g(2.6mmol)とよう化カリウム2.55g(15.4mmol)を混合し、減圧乾燥後、窒素ガスを充填した。このシュレンク管内に、アセトニトリル15mLとクロロトリメチルシラン1.67g(15.4mmol)を順次加え、室温で3時間撹拌した。溶媒を留去した後、アセトニトリル15mLと水15mLを加え、室温で1時間撹拌した後、未溶固体をろ過で除去した。溶媒を留去した後、クロロホルムで抽出してPAC18を得た(収量1.44g(1.56mmol)、収率:95%)。
【0047】
1H‐NMR、13C-NMR、31P-NMR、およびIR分析によって、得られた物質がPAC18であることを確認した。
1H-NMR (400MHz,D2O, pH11) δ(ppm): 6.17 (ddt, 1H, J=6.4, 17.2 and 18.4Hz), 5.62 (ddt, 1H, J=17.2, 17.2Hz), 2.05-2.09 (m, 2H), 1.25-1.43 (m, 28H), 0.88 (t, 3H, J=6.4Hz).
13C-NMR (100MHz,D2O, pH11) δ(ppm): 141.7, 127.3, 34.2, 32.0, 30.0, 29.9, 29.7 (6C), 29.6, 29.5 (2C), 28.7, 22.7, 13.8.
31P-NMR (162MHz, D2O, pH11) δ(ppm): 11.4.
IR (ATR): 1645, 1224 and 946cm-1.
【0048】
(実施例5:中和滴定)
バイアル瓶内で、エタノール:水=2:1(容量比)の混合液に、PAC12を溶解して9mMのPAC12溶液を得た。このバイアル瓶内に50mM水酸化ナトリウム水溶液を定量滴下していき、各濃度におけるpHをpH測定装置(堀場社製、製品名「F-74pHメーター」)で測定した。その結果を
図1に示す。
図1に示すように、2価の酸であるPAC12は2段階で中和された。PAC12の見かけのpK
1およびpK
2を、それぞれ4.22および9.41と算出した。
【0049】
(実施例6:界面活性の評価)
バイアル瓶内で、種々の濃度となるようにBPAC12を水に溶解した。各濃度の水溶液をシャーレに移し、ウィルヘルミー法による表面張力測定装置(協和界面科学社製、製品名「DY-500」)を用いて、水に対するBPAC12の表面張力を測定した。この結果を
図2(a)に示す。
図2(a)に示すように、BPAC12は、室温の水中において、沈殿を伴うことなく水に良好に分散・溶解して表面張力を低下させた、すなわち界面活性を示した。また、
図2(a)のグラフで表面張力が一定値となる濃度から、臨界ミセル濃度(CMC)を決定した。
【0050】
同様の方法でPAC12の表面張力を測定した。この結果を
図2(b)に示す。
図2(b)に示すように、PAC12は、室温の水中において、沈殿を伴うことなく良好に分散・溶解し、BPAC12と比べてより低濃度で優れた表面張力低下能を発揮した。PAC12の界面活性に対する解離度の影響を明らかにするため、同様の方法で、PAC12-1ナトリウム塩(以下、「PAC12-1Na」と記載することがある)、およびPAC12-2ナトリウム塩(以下、「PAC12-2Na」と記載することがある)の表面張力を測定した。その結果を
図2(b)に示す。なお、PAC12-1NaおよびPAC12-2Naは、PAC12に対して、1当量および2当量の水酸化ナトリウムをそれぞれ加えることにより調製した。
【0051】
BPAC12、PAC12、PAC12-1Na、およびPAC12-2Naの臨界ミセル濃度と、このときの表面張力(γCMC)を表1に示す。BPAC12、PAC12、PAC12-1Na、およびPAC12-2Naは、いずれも界面活性を示すことが明らかになった。
【0052】
【0053】
(実施例7:中空状粒子形成能の評価)
BPAC12、PAC12、PAC12-1Na、およびPAC12-2Naの中空状粒子形成能を、動的光散乱測定により評価した。バイアル瓶内で10mMのBPAC12水溶液を調製し一晩静置した。開口径0.45μmのPVDFシリンジフィルターでこの溶液を濾過して不純物を除去した後、光散乱光度計(大塚電子社製、製品名「DLS-7000」)を用いて動的光散乱測定を行った。この測定では、光源にArレーザー(波長488nm)を用い、散乱角度を90°に設定した。同様の方法で、20mMのPAC12、PAC12-1Na、およびPAC12-2Naのそれぞれの動的光散乱測定を行った。その結果を表2に示す。
【0054】
【0055】
表2に示すように、BPAC12は、平均粒子径71.5±14.8nmの巨大会合体を形成することが確認された。PAC12も、平均粒子径71.6±24.3nmの巨大会合体を形成した。PAC12は、解離度が増加する、すなわちナトリウム原子に置換されている水素原子数が増加するに従って、平均粒子径が31.1±5.2nm、27.6±5.5nmと小さくなることがわかった。いずれも、一般的な界面活性剤が水中で形成する粒子径数nmのミセルではなく、中空の巨大会合体が観測された。
【0056】
(実施例8:透過型電子顕微鏡による中空状粒子の観察)
10%メタノール水溶液にPAC12を溶解して、50mMのPAC12溶液を調製した。開口径0.45μmのPVDFシリンジフィルターでこの溶液を濾過して不純物を除去した。スラッシュ窒素を用いてこの濾液を浸漬凍結させた。凍結割断レプリカ作製装置内で、冷却ナイフを用いて中空状粒子を切断して観察面を得た。この観察面に白金を蒸着し、さらにカーボンコーティング処理をしてレプリカ膜を得た。
【0057】
フリーズフラクチャー透過型電子顕微鏡(日本電子株式会社製、製品名「JEM-1010」)を用いて、加速電圧を100kVに設定して、このレプリカ膜を観察した。この結果を
図3に示す。
図3に示すように、直径約180nmの球状の粒子が観測されたことから、PAC12が水中で形成する巨大会合体は、球状の中空状粒子であることが明らかとなった。
【0058】
(実施例9:膜形成能の評価)
7.5wt%のPAC12水溶液を調製し、ヒートガンを用いた加熱とボルテックスミキサーによる撹拌を繰り返した。この水溶液を室温で1時間静置した後、ガラス基板上に塗布した。この塗布物の上に偏光フィルターを設置して、光学顕微鏡(OLYMPUS社製、製品名「BX41」)で観察した。この結果を
図4(a)に示す。
図4(a)に示すように、ガラス基板上に塗布したPAC12は、ラメラ液晶に特有のテクスチャーが観測された。これより、PAC12は基板上で膜構造を形成しやすいことが明らかとなった。
【0059】
同様の方法で、ガラス基板上に塗布したPAC12-1NaおよびPAC12-2Naを光学顕微鏡で観察した。PAC12-1Naの観察結果を
図4(b)に、PAC12-2Naの観察結果を
図4(c)にそれぞれ示す。
図4(b)に示すように、PAC12-1Naはラメラ液晶を形成するものの、
図4(c)に示すように、PAC12-2Naはラメラ液晶を形成しないことがわかった。
【0060】
(実施例10:固体基板上における被膜形成)
1mLのエタノールにPAC12を溶解して5mMのPAC12溶液を調製した。この溶液にマイカ基板(1cm×1cm)を5時間浸漬させた。その後、5mLのエタノールでこのマイカ基板表面を洗浄することにより、マイカ基板上の未反応のPAC12を除去した。得られたマイカ基板の表面形状を原子間力顕微鏡(セイコーインスツル社製「SPI4000」)を用い、タッピングモードによって観察した。
【0061】
PAC12で処理する前とPAC12で処理した後のマイカ基板表面の原子間力顕微鏡写真を、
図5(a)と
図5(b)にそれぞれに示す。なお、それぞれの表面写真の下方に示す数値と色は、基板表面からの高さとその高さを表す色を示している。
図5(a)に示すように、PAC12で処理する前のマイカ基板の表面は、凹凸のない平坦な表面であることが確認できる。これに対して、
図5(b)に示すように、PAC12で処理した後のマイカ基板には高さ数nmのドメインが認められ、マイカ基板にPAC12被膜が形成されていることが観察された。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明の有機リン化合物は、室温の水中で中空状粒子を形成する。この中空状粒子は、保存安定性に優れているので、化粧品や医薬品等の外用剤、肥料、農薬、展着剤、および表面処理剤等として利用できる。