(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-21
(45)【発行日】2023-07-31
(54)【発明の名称】乳がんの予防又は治療剤及び乳がん細胞の増殖抑制剤
(51)【国際特許分類】
A61K 31/122 20060101AFI20230724BHJP
A61P 15/00 20060101ALI20230724BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20230724BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20230724BHJP
A61K 39/395 20060101ALI20230724BHJP
【FI】
A61K31/122
A61P15/00
A61P35/00
A61P43/00 121
A61K39/395 T
(21)【出願番号】P 2019052951
(22)【出願日】2019-03-20
【審査請求日】2022-03-01
(73)【特許権者】
【識別番号】519135633
【氏名又は名称】公立大学法人大阪
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松原 勤
(72)【発明者】
【氏名】松原 三佐子
(72)【発明者】
【氏名】河田 則文
(72)【発明者】
【氏名】池田 一雄
【審査官】新熊 忠信
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-203783(JP,A)
【文献】特開2018-065793(JP,A)
【文献】特開2018-015002(JP,A)
【文献】特開昭63-139125(JP,A)
【文献】DARU Journal of Pharmaceutical Sciences,2018年,Vol.26,pp.11-17
【文献】ACS Chemical Biology,2018年,Vol.13,pp.1950-1957
【文献】Journal of Medical Science,Vol.7, No.7,2007年,pp.1098-1102
【文献】Pharmaceutica Analytica Acta,2013年,Vol.4, No.1, 1000203,pp.1-6
【文献】Biomedical Research and Therapy,2014年,Vol.1, No.4,pp.112-120
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00-33/44
A61K 39/00-39/44
A61P 15/00
A61P 35/00
A61P 43/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
2-ヒドロキシ-1,4-ナフトキノン及び/又はその薬学的に許容される塩を有効成分として含有する
HER2陽性乳がんの予防又は治療剤。
【請求項2】
抗HER2抗体の投与を受ける動物に投与するための、請求項1に記載の
HER2陽性乳がんの予防又は治療剤。
【請求項3】
抗HER2抗体、並びに、2-ヒドロキシ-1,4-ナフトキノン及び/又はその薬学的に許容される塩を含有する
HER2陽性乳がんの予防又は治療剤。
【請求項4】
2-ヒドロキシ-1,4-ナフトキノン及び/又はその薬学的に許容される塩を有効成分として含有する
HER2陽性乳がん細胞の増殖抑制剤。
【請求項5】
2-ヒドロキシ-1,4-ナフトキノン及び/又はその薬学的に許容される塩の濃度が10μM以下である、請求項1~3のいずれか一項に記載のHER2陽性乳がんの予防又は治療剤、又は請求項4に記載のHER2陽性乳がん細胞の増殖抑制剤。
【請求項6】
2-ヒドロキシ-1,4-ナフトキノン及び/又はその薬学的に許容される塩の濃度が10μM以下であり、抗HER2抗体がトラスツズマブであり、トラスツズマブの濃度が0.05ng/mL~0.5ng/mLである、請求項2又は3に記載のHER2陽性乳がんの予防又は治療剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の一態様は、乳がんの予防又は治療剤に関する。
本発明の他の一態様は、乳がん細胞の増殖抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
わが国の2013年の乳がん死亡数は女性約13,000人で、女性ではがん死亡全体の約9%を占める。2011年の女性乳がんの罹患数は、全国推計値約72,500例であり、女性のがん罹患全体の約20%を占めている。乳がんの治療は、外科的治療、放射線治療、薬物療法(ホルモン療法、化学療法、分子標的治療など)があり、それらを単独ないし複数で行われている。しかし、根治が難しい場合があるのに加え、乳房を取り除く手術を拒否する患者も少なくない。HER2陽性乳がんは、進行が速い上、再発率が高く予後が悪い。HER2陽性乳がんの治療法として、分子標的薬トラスツズマブ(Trastuzumab)を用いた治療法が開発されている。
【0003】
一方、2-ヒドロキシ-1,4-ナフトキノンは「Lawsone」と呼ばれる化合物である。非特許文献1では、Lawsoneがヒト大腸がん細胞であるDLD-1細胞の増殖を抑制する作用を有することが報告されている。非特許文献2では、Lawsoneの類似体が抗癌活性を有することが記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Biomedicine & Pharmacotherapy (2017), 89, 152-161
【文献】Journal of Heterocyclic Chemistry (2018), 55(1), 282-290
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
トラスツズマブ等の抗HER2抗体を用いたHER2陽性乳がんの治療法の有効性は個人差が大きく、副作用の可能性もある。また、再発がんの約20%で遠隔転移が認められ、脳転移の場合、トラスツズマブは適応外となる。
また、トラスツズマブ等の抗HER2抗体はHER2を標的とする抗体医薬であるため、HER2陰性乳がんの予防又は治療に用いることはできない。
そこで本発明は、単独で又は抗HER2抗体と併用して広範に使用できる乳がんの予防又は治療剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、2-ヒドロキシ-1,4-ナフトキノン(Lawsone)が、HER2陽性乳がん細胞だけでなくHER2陰性乳がん細胞の増殖を抑制することができること、並びに、2-ヒドロキシ-1,4-ナフトキノンと抗HER2抗体との組み合わせがHER2陽性乳がん細胞の増殖を抑制することができ、抗HER2抗体の投与量を低減することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
本発明は第一に、2-ヒドロキシ-1,4-ナフトキノン及び/又はその薬学的に許容される塩を有効成分として含有する乳がんの予防又は治療剤に関する。
本発明の乳がんの予防又は治療剤は、トラスツズマブ等の抗HER2抗体の投与を受ける動物に投与する用途に用いることができる。
【0008】
本発明は第二に、抗HER2抗体、並びに、2-ヒドロキシ-1,4-ナフトキノン及び/又はその薬学的に許容される塩を含有する乳がんの予防又は治療剤に関する。
この発明に係る乳がんの予防又は治療剤によれば、抗HER2抗体と、2-ヒドロキシ-1,4-ナフトキノン及び/又はその薬学的に許容される塩の、それぞれの投与量を低減することができる。このため各成分に対する副作用の症状がみられる動物において副作用を低減することができる。
【0009】
本発明は第三に、2-ヒドロキシ-1,4-ナフトキノン及び/又はその薬学的に許容される塩を有効成分として含有する乳がん細胞の増殖抑制剤に関する。
【発明の効果】
【0010】
本発明の乳がんの予防又は治療剤は、トラスツズマブ等の抗HER2抗体と併用してHER2陽性乳がんを予防又は治療するために用いることができる。本発明の乳がんの予防又は治療剤は、また、抗HER2抗体が有効でないHER2陰性乳がんを予防又は治療するために用いることもできる。
本発明の乳がん細胞の増殖抑制剤は、HER2陽性乳がん細胞及びHER2陰性乳がん細胞の両方の乳がん細胞の増殖を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】トラスツズマブ(Trastuzumab)の存在下でのLawsoneによる、HER2陽性ヒト乳がん細胞であるBT474細胞及びAU565細胞の増殖抑制作用を示す。
【
図2】Lawsoneによる、HER2陽性ヒト乳がん細胞であるBT474細胞及びAU565細胞の増殖抑制作用を示す。
【
図3】Lawsoneによる、HER2陰性ヒト乳がん細胞であるBT549細胞及びMD231細胞の増殖抑制作用を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
2-ヒドロキシ-1,4-ナフトキノン(Lawsone)は以下の構造式で表される化合物である。2-ヒドロキシ-1,4-ナフトキノンを以下の説明では「Lawsone」と称する。
【0013】
【0014】
Lawsoneの薬学的に許容される塩の種類は特に限定されないが、例えばナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩;カルシウム塩、マグネシウム塩等のアルカリ土類金属塩;アンモニウム塩;アルギニン、リジン、ヒスチジン、オルニチン等の塩基性アミノ酸塩;モノエタノールアミン塩、ジエタノールアミン塩等のアミン塩等が挙げられる。これらの塩は1種単独で使用してもよいし、2種以上の組合せを使用してもよい。
【0015】
本発明の乳がんの予防又は治療剤は、HER2陽性乳がんだけでなく、抗HER2抗体等のHER2標的医薬が有効でないHER2陰性乳がんの予防又は治療に有用である。
【0016】
本発明の乳がんの予防又は治療剤は、トラスツズマブ等の抗HER2抗体の投与を受けている動物に投与する用途で用いることが好ましい。本発明の乳がんの予防又は治療剤の別の態様は、抗HER2抗体、並びに、2-ヒドロキシ-1,4-ナフトキノン及び/又はその薬学的に許容される塩を含有する乳がんの予防又は治療剤である。抗HER2抗体とLawsone及び/又はLawsoneの薬理学的に許容される塩とを併用して動物に投与することで、どちらか一方のみを動物に投与した場合と比較して、抗HER2抗体と、Lawsone及び/又はLawsoneの薬理学的に許容される塩の、それぞれの投与量を低減することができる。このため各成分に対する副作用の症状がみられる動物において副作用を低減することができる。
【0017】
本発明の乳がんの予防又は治療剤は、有効成分として、Lawsone及び/又はLawsoneの薬理学的に許容される塩、或いは、抗HER2抗体並びにLawsone及び/又はLawsoneの薬理学的に許容される塩の組み合せ以外に、他の薬理活性化合物を含んでいてもよい。
【0018】
本発明の乳がんの予防又は治療剤は,前記有効成分以外に、所望の投与形態及び製剤形態に調製するために、必要に応じて、薬学的に許容される担体や添加剤を含んでいてもよい。このような担体や添加剤としては、希釈剤、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、懸濁化剤、溶解補助剤、安定化剤、甘味剤、着色剤、矯味剤、矯臭剤、界面活性剤、保湿剤、保存剤、pH調整剤、緩衝剤、粘稠化剤等が挙げられる。
【0019】
本発明の乳がんの予防又は治療剤の剤型は特に限定されず、投与形態等に応じて適宜設定すればよい。本発明の乳がんの予防又は治療剤の剤型として、具体的には、注射剤、シロップ剤、リポソーム製剤等の液状製剤;錠剤、硬カプセル剤、軟カプセル剤、顆粒剤、散剤、丸剤等の固形状製剤等が挙げられる。また、注射剤にする場合には、使用前に生理食塩水等で溶解する用時調製用粉末(例えば凍結乾燥粉末)の形態であってもよい。
本発明の乳がんの予防又は治療剤は、生体内で乳がん細胞の増殖を抑制することによって、乳がんを予防又は治療する効果が奏される。
【0020】
本発明の乳がんの予防又は治療剤の投与対象となる動物は、典型的にはヒトであるが、これには限らず、ラット、ハムスター、モルモット、マウス、ウシ、ヒツジ、ブタ、ヤギ、サル、ウサギ等の非ヒト哺乳動物等であってもよい。
【0021】
本発明の乳がんの予防又は治療剤の投与形態としては、例えば、局所投与、皮下投与、腹腔内投与、筋肉内投与、静脈内投与、経直腸的投与、皮内投与等の非経口投与;経口投与等が挙げられ、適用する動物に応じて適宜設定すればよい。本発明の乳がんの予防又は治療剤の投与形態としては経口投与が特に好ましい。
【0022】
本発明の乳がんの予防又は治療剤の投与量については、乳がんの種類、投与対象動物の年齢、性別、体重、症状の程度、投与形態等に応じて適宜設定すればよく特に限定されないが、例えば、有効成分であるLawsone及び/又はLawsoneの薬理学的に許容される塩の総量が、1日あたり500~5000μg程度となる量を1回又は数回に分けて要とすればよい。
【0023】
本発明の、乳がん細胞の増殖用製剤は、生体外又は生体内において、各種の乳がん細胞の増殖を抑制する用途で用いることができる。増殖が抑制される乳がん細胞の起源は特に限定されず、上記のヒト又は非ヒト哺乳動物に由来する乳がん細胞であってよい。乳がん細胞はHER2陽性乳がん細胞であってもよいし、HER2陰性乳がん細胞であってもよい。
【実施例】
【0024】
1.材料
1.1.活性成分
活性成分の候補物質として、Lawsone(2-ヒドロキシ-1,4-ナフトキノン)(東京化成工業)及びトラスツズマブ(Trastuzumab)(Selleck Chemicals)を用いた。
【0025】
1.2.細胞
HER2(ヒト上皮増殖因子受容体2)陽性/ER(エストロゲン受容体)陽性/PR(プロゲステロン受容体)陽性のヒト乳がん細胞株としてBT474細胞(アメリカン・タイプ・. カルチャー・コレクション)を用いた。
HER2陽性/ER陰性/PR陰性のヒト乳がん細胞株としてAU565細胞(アメリカン・タイプ・. カルチャー・コレクション)を用いた。
HER2陰性/ER陰性/PR陰性のヒト乳がん細胞株としてBT549細胞(アメリカン・タイプ・. カルチャー・コレクション)及びMD231細胞(アメリカン・タイプ・. カルチャー・コレクション)を用いた。
【0026】
1.3.培地
BT474細胞、AU565細胞、BT549細胞及びMD231細胞は10%牛血清アルブミン含有RPMI1640培地(ペニシリン・ストレプトマイシン含有)で培養された。
【0027】
2.実験
2.1.実験1
96ウェルプレートに1.0×104細胞/ウェルで前記培地中のBT474細胞及びAU565細胞を播種して、1日後に終濃度0μM、1μM、3μM又は10μMのLawsone及び終濃度0.005ng/mL、0.05ng/mL、0.5ng/mL又は5ng/mLのトラスツズマブを添加し、3日後にCCK8アッセイを行い、相対細胞数を求めた。
【0028】
CCK8アッセイとは、Cell Counting Kit 8(CCK8、株式会社同仁化学研究所 CK04)を用い、細胞数を相対値として求めるアッセイである。CCK8アッセイは、すべての細胞においてRPMI1640培地(フェノールレッド非含有)で実施された(以下同じ)。
【0029】
結果を
図1に示す。Lawsoneは、トラスツズマブの存在下において濃度依存的にHER2陽性細胞であるBT474細胞及びAU565細胞の増殖を抑制したことが確認された。
【0030】
2.2.実験2
96ウェルプレートに1.0×104細胞/ウェルで前記培地中のBT474細胞及びAU565細胞を播種して、1日後に終濃度0μM、1μM、3μM又は10μMのLawsoneを添加し、3日後にCCK8アッセイを行った。n数は4とした。
【0031】
結果を
図2に示す。
図2中、有意な減少は、相対細胞数0.75以下かつLawsoneを含まない(終濃度0μM)の相対細胞数に対してone-way ANOVA Dunnett抽出でP<0.01のとき**で示し、P<0.001のとき***で示した。
【0032】
この結果から、Lawsoneは、単独で、濃度依存的にHER2陽性ヒト乳がん細胞であるBT474細胞及びAU565細胞の増殖を抑制したことが確認された。
【0033】
2.3.実験3
96ウェルプレートに1.0×104細胞/ウェルで前記培地中のBT549細胞及び5.0×103細胞/ウェルで前記培地中のMD231細胞を播種して、1日後に終濃度0μM、1μM、3μM又は10μMのLawsoneを添加し、2日後にCCK8アッセイを行った。n数は4とした。
【0034】
結果を
図3に示す。
図3中、有意な減少は、相対細胞数0.75以下かつLawsoneを含まない(終濃度0μM)の相対細胞数に対してone-way ANOVA Dunnett抽出でP<0.01のとき**で示し、P<0.001のとき***で示した。
【0035】
Lawsoneは、濃度依存的にHER2陰性ヒト乳がん細胞であるBT549細胞及びMD231細胞の増殖を抑制したことが確認された。