(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-24
(45)【発行日】2023-08-01
(54)【発明の名称】鉄ガリウム合金の単結晶育成方法
(51)【国際特許分類】
C30B 29/52 20060101AFI20230725BHJP
C30B 11/00 20060101ALI20230725BHJP
【FI】
C30B29/52
C30B11/00 Z
(21)【出願番号】P 2019109299
(22)【出願日】2019-06-12
【審査請求日】2022-04-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504180239
【氏名又は名称】国立大学法人信州大学
(74)【代理人】
【識別番号】100134832
【氏名又は名称】瀧野 文雄
(74)【代理人】
【識別番号】100165308
【氏名又は名称】津田 俊明
(74)【代理人】
【識別番号】100115048
【氏名又は名称】福田 康弘
(74)【代理人】
【識別番号】100161001
【氏名又は名称】渡辺 篤司
(72)【発明者】
【氏名】泉 聖志
(72)【発明者】
【氏名】岡野 勝彦
(72)【発明者】
【氏名】干川 圭吾
(72)【発明者】
【氏名】太子 敏則
【審査官】安齋 美佐子
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-163187(JP,A)
【文献】特開2016-028831(JP,A)
【文献】特開2010-155762(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第104947194(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C30B 1/00-35/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
不活性雰囲気下におかれた鉄とガリウムの混合物の融解物を減圧し、当該融解物中の気泡を除去する気泡除去工程を含み、
前記減圧は、前記融解物を300~500Paに減圧する第一の減圧と、2~6Pa/分の減圧勾配で前記融解物を前記第一の減圧による圧力から200Pa以下に減圧する第二の減圧を有する、鉄ガリウム合金の単結晶育成方法
であって、
鉄ガリウム合金の単結晶の育成は、垂直ブリッジマン法または垂直温度勾配凝固法によって行う、鉄ガリウム合金の単結晶育成方法。
【請求項2】
前記混合物のガリウム含有量は、原子量%で18.0%~23.0%である、請求項1に記載の鉄ガリウム合金の単結晶育成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄ガリウム合金(FeGa合金)の単結晶育成方法に関し、特に、垂直ブリッジマン法(Vertical Bridgman method、以下「VB法」と略記する場合がある)や垂直温度勾配凝固法(Vertical Gradient Freeze method、以下「VGF法」と略記する場合がある)に代表される融液を坩堝中で固化させる、一方向凝固結晶成長法により形成された超磁歪特性を有するFeGa合金単結晶の育成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
FeGa合金は、機械加工が可能であり、100~350ppm程度の大きな磁歪を示すため、磁歪式振動発電やアクチュエータ等に用いられる素材として好適であり、近年、注目されている。
【0003】
さらに、FeGa合金は、結晶の特定方位に大きな磁気歪みを現出させることができるため、磁歪部材の磁歪を必要とする方向と結晶の磁気歪みが最大となる方位を一致させた単結晶の部材としての用途が最適であると考えられる。
【0004】
FeGa合金の多結晶の製造方法においては、粉末冶金法や、急冷凝固法(例えば、特許文献1)、液体急冷凝固法により製造した薄片状や粉末状の原料を加圧焼結して製造する方法(例えば、特許文献2)等が提案されている。しかし、これらの種々の製造方法は、いずれも部材内は単結晶にならず多結晶となり、部材内の全ての結晶方位を磁気歪みが最大となる方位に一致させることは不可能で、単結晶の部材より磁歪特性が劣る。
【0005】
一方で、単結晶の製造には、引き上げ法があるが、この単結晶製造方法は極めて製造コストが高いという問題がある。例えば、特許文献3には、引き上げ法(チョクラルスキー法)による単結晶の育成方法が記載されている。しかしながら、この方法は、高周波誘導加熱方式により原料融解を行うため、電源コストが高くなる。また、装置構成が複雑であり、装置コストが高いため、引き上げ法では結果的に製造コストが高くなってしまう。
【0006】
また、特許文献4には、一方向凝固法による多結晶の育成方法が記載されている。この方法では、比較的安価である一般的な溶解設備や鋳造設備を使用できる。しかしながら、特許文献4は多結晶の育成方法であるため、単結晶を得るためには多結晶から単結晶部分を分離することとなるため、非常に生産効率が低い。また、出発原料にFeGa合金を使用するため、まず、FeGa合金を作製する必要があり、原料コストも高く、製造コストの増加に繋がってしまう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特許第4053328号公報
【文献】特許第4814085号公報
【文献】特開2016-28831号公報
【文献】特開2016-138028号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
このように、特許文献1~4等に記載の従来の方法では、鉄ガリウム合金の単結晶を廉価かつ大量に製造することは困難である。
【0009】
これらと比較し、VB法やVGF法に代表される、融液を坩堝中で固化させる一方向凝固結晶成長法により、超磁歪特性を有するFeGa合金単結晶を廉価に製造することができる。
【0010】
一方向凝固結晶成長法においては、種結晶の上部に鉄とガリウムの混合物を配置し、当該混合物を融解した後に、種結晶の結晶方位を引き継ぎながら融解物を種結晶側から上に向かって固化する必要がある。よって、種結晶と融解物の間や融解物の内部に気泡が発生するという問題がある。
【0011】
これらの気泡の除去のために、混合物の融解後に減圧することが有効となる。しかし、短時間で減圧した場合には、融解物の突沸により坩堝上部の開放部より融解物が飛散するおそれがあり、この場合には炉内の構成物に付着して単結晶製造を中断することになる。一方で、長時間かけて徐々に減圧した場合には、不活性ガスの供給量が減少することにより、徐々に融解物の温度が上昇し種結晶が融解してしまい、シーディングできない状態となるおそれがある。
【0012】
本発明は、このような事情に鑑み、突沸による融解物の飛散を発生させることなく、鉄とガリウムの混合物の融解物内等に存在する気泡を除去することができる、鉄ガリウム合金の単結晶育成方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
不活性雰囲気下におかれた鉄とガリウムの混合物の融解物を減圧し、当該融解物中の気泡を除去する気泡除去工程を種々の条件にて行い、繰り返し融解物を観察したところ、融解物が250Pa付近の圧力に減圧された場合に融解物の液面が揺れ、気泡が抜けていることが分かった。また、長時間の減圧により種結晶の融解が進み、特に500Pa以下の低圧下ではおおよそ3時間を超えて減圧を続けると、融解物の下にある種結晶が完全に融解する事態が発生する場合があることが分かった。
【0014】
上記の知見に基づき、気泡除去工程において、炉内圧を500Pa以下まで一機に減圧し、その後200Pa以下の圧力になるまでゆっくり減圧することにより、突沸による当該融解物の飛散の防止と種結晶の完全な融解の防止を同時に達成しつつ、気泡を除去できることを見出し、本発明を想到するに至った。
【0015】
すなわち、上記課題を解決するため、本発明の鉄ガリウム合金の単結晶育成方法は、不活性雰囲気下におかれた鉄とガリウムの混合物の融解物を減圧し、当該融解物中の気泡を除去する気泡除去工程を含み、前記減圧は、前記融解物を300~500Paに減圧する第一の減圧と、2~6Pa/分の減圧勾配で前記融解物を前記第一の減圧による圧力から200Pa以下に減圧する第二の減圧を有する。
【0016】
前記混合物のガリウム含有量は、原子量%で18.0%~23.0%であってもよい。
【0017】
鉄ガリウム合金の単結晶の育成は、垂直ブリッジマン法または垂直温度勾配凝固法によって行ってもよい。
【発明の効果】
【0018】
本発明の鉄ガリウム合金の単結晶育成方法によれば、鉄ガリウム合金の単結晶を廉価かつ大量に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】鉄ガリウム合金の単結晶を育成する育成装置の概略断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の一実施形態にかかる鉄ガリウム合金の単結晶育成方法について説明する。
【0021】
超磁歪特性を有する鉄ガリウム合金の単結晶は、例えば鉄とガリウムの融解物を坩堝中で固化させて育成することができ、具体的には、VB法やVGF法に代表される、一方向凝固結晶成長法により育成することができる。
【0022】
[気泡除去工程]
鉄ガリウム合金の単結晶の育成では、まず、鉄とガリウムを出発原料とし、酸化物や窒化物が生じないよう、不活性雰囲気下でこれらの混合物を融解させて融解物を得る。当該融解物には気泡が混入するため、気泡除去工程では融解物を減圧して気泡を除去する。減圧することで、鉄やガリウムよりも比重の小さい空気等の気泡が融解物の液面から脱気される。
【0023】
融解物からの気泡の脱気は、250Pa付近で発生するが、より効率的に脱気するため、200Pa以下の圧力まで融解物を減圧する必要がある。500Pa以下では当該融解物の温度が上昇するために、長時間500Pa以下の減圧状態を維持することにより、種結晶が融解するおそれがある。よって、融解物の圧力を例えば標準大気圧(101.325kPa)から300~500Paとなるように一機に減圧する第一の減圧と、第一の減圧による圧力から200Pa以下になるまで2~6Pa/分の減圧勾配で減圧する第二の減圧にて脱気する。
【0024】
(第一の減圧)
第一の減圧では、融解物を300~500Paに減圧するが、融解物の突沸や種結晶の完全な融解を防止する観点から、好ましくは350Paに減圧する。例えば、融解物の圧力が標準大気圧より10~30分程度で300~500Paに到達するように、第一の減圧の条件を適宜調整することができる。
【0025】
(第二の減圧)
第二の減圧では、6Pa/分を超える短時間で減圧した場合には、融解物が突沸しやすくなる。逆に、2Pa/分未満という条件で長時間かけて減圧した場合には、種結晶が完全に融解しやすくなる。2~6Pa/分の勾配で融解物を減圧することにより、これらの突沸や種結晶の完全な融解を回避できる。
【0026】
減圧の条件の一例として、融解物の突沸による坩堝揺れの防止および種結晶の完全融解を安定的に避けるためには、第一の減圧を標準大気圧から350Paまで10~30分で減圧する条件とし、第二の減圧を第一の減圧による圧力から200Paまで2.5~5Pa/分の減圧勾配で行うのがよい。
【0027】
また、減圧下で2時間を越えて長時間融解物を保持した場合、種結晶が完全溶解しやすくなる。このため、第一の減圧の開始時から第二の減圧を終了するまでの融解物の保持時間は、2時間以内がよい。第一の減圧後は、炉内の減圧条件が安定しない場合には、これが安定するよう更なる減圧処理を行わずに一定時間圧力を保持する必要があり、また、炉内の状態に応じて第二の減圧の減圧速度を考慮し、その条件を適宜決定することができる。例えば、第一の減圧を標準大気圧から350Paまでとし、炉内を安定させるために第一の減圧後30分圧力を保持し、その後、第二の減圧を25分から60分かけて行ってもよい。なお、炉内の減圧条件に問題が無い場合には、圧力の保持は不要であり、第一の減圧と第2の減圧を連続して行ってもよい。
【0028】
融解物中の気泡が除去されないまま、育成を開始すると、気泡が育成の邪魔をして多結晶が生じやすくなる。多結晶は、振動等により結晶粒界で割れてしまうおそれがあるため、磁歪式振動発電やアクチュエータ等の部材としては好ましくない。また、特許文献4のように、多結晶から単結晶部分を分離することもできるが、単結晶の生産効率が低くなってしまう。減圧時間が長く種結晶が完全に融解された場合には、種結晶の結晶方位が引き継がれず、任意の育成方位の結晶が育成される。本発明であれば、気泡除去工程によって融解物中の気泡を除去してから育成を開始することで、磁歪式振動発電やアクチュエータ等の部材として好適な結晶方位で、内部に欠陥等の無い鉄ガリウム合金の単結晶を廉価かつ大量に育成することができる。
【0029】
本発明では、鉄ガリウム合金の単結晶を育成するにあたり、鉄とガリウムをそれぞれ坩堝等の容器に入れて育成を行うこともできるが、粒子状の鉄の表面にガリウムが被覆したものを混合物として用いることができる。この混合物を出発原料とすれば、鉄とガリウムが均一な状態となっていることにより、合金化や単結晶化がより容易となり、また、融解物中への気泡の混入も抑制することができる。
【0030】
また、混合物として、粒状の鉄と粒状のガリウムを混合したもの、粒状の鉄と液体ガリウムを混合したもの、アーク融解等で予め鉄ガリウム合金としたものを使用することができる。さらに、多結晶化した鉄ガリウム合金を一部または全量を容器に入れて、鉄ガリウム合金の単結晶の育成を行うこともできる。容器に入れた状態での隙間が気泡の原因となるために、原料を容器へなるべく隙間なく入れることで、融解物中への気泡の混入を抑制することができる。
【0031】
[混合物形成工程]
混合物の一例として紹介した、粒子状の鉄の表面にガリウムが被覆した混合物は、例えば混合物形成工程により得ることができる。すなわち、粒子状の鉄をガリウム融液に浸して攪拌後、鉄が浸されたガリウム融液をガリウムの凝固点以下に冷却することで、当該混合物を得ることができる。具体的には、テフロン(登録商標)等のガリウム融液に対し濡れ性が低い容器内に、固体のガリウム原料を入れ、湯煎等によりガリウムの融点である30℃以上まで昇温し、固体ガリウムを融解させる。次に、ガリウム融液中に粒子状の鉄原料を投入し、攪拌させた後、30℃以下まで冷却する。ガリウム融液は、鉄に対し非常に濡れ性が高いため、攪拌することで、鉄の表面をガリウムで被覆させることができる。
【0032】
混合物の原料となる粒子状の鉄のメディアン径(D50)は、40μm~3mmであることが好ましい。鉄のメディアン径が40μm未満の場合では、比表面積が大きくなるため、鉄表面の酸化被膜の割合が高くなり、原料中に取り込まれる酸化物の比率が大きくなることで、単結晶の育成が阻害されるおそれがある。さらに、粉塵爆発の危険を伴うため、取り扱いに非常に手間がかかる場合がある。一方、鉄のメディアン径が3mmを越える場合、比表面積が小さくなりすぎるため、鉄表面にガリウムを均一に被覆することが困難となるおそれがある。鉄のメディアン径(D50)が40μm~3mmであれば、粉塵爆発の危険がなく、鉄の表面にガリウムを均一に被覆することが容易であり、酸化被膜の割合が低いことで、鉄ガリウム合金の単結晶を育成することが、より容易となる。
【0033】
育成された鉄ガリウム合金単結晶は、ガリウムを原子量%で18~23%含有してもよい。この範囲でガリウムを含有させれば、鉄ガリウム合金は高い磁歪特性を得ることができる。
【0034】
このような高い磁歪特性の鉄ガリウム合金を育成するためには、原料融液からのガリウムの蒸発および偏析の影響を考慮すると、前記混合物のガリウム含有量は、原子量%で18.0%~23.0%であることが好ましい。なお、混合物からガリウムを除いた残部は、酸化物等の不可避的な不純物を除けば、鉄である。
【0035】
[他の工程]
本発明の鉄ガリウム合金の単結晶育成方法は、気泡除去工程や混合物形成工程とは別に、他の工程を含むことができる。例えば、気泡除去工程後に種結晶を基に融解物から単結晶を育成させる育成工程、気泡除去工程前に鉄とガリウムの混合物を融解して融解物を得る融解工程等を含めることができる。
【0036】
以下、本発明の一実施形態にかかる鉄ガリウム合金の単結晶育成方法について、
図1に示す単結晶育成装置を参照して、より具体的に説明する。なお、本発明は以下の例に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で、任意に変更可能である。
【0037】
[単結晶育成装置]
図1は、鉄ガリウム合金の単結晶を育成する単結晶育成装置の概略断面図である。この
図1では、単結晶育成装置100における単結晶育成用坩堝10とFeGa合金種結晶16、原料となる鉄とガリウムの混合物17との位置関係を模式的に示している。
【0038】
単結晶育成装置100は、断熱材11、上段ヒーター12a、中段ヒーター12b、下段ヒーター12c、可動用ロッド13、坩堝受け14、熱電対15、真空ポンプ18および、チャンバー19を備えている。チャンバー19内の上部が高温、下部が低温となる温度分布を実現可能な構成となっており、VB法やVGF法等の一方向凝固結晶成長法により、鉄とガリウムの混合物の融解物17を坩堝10中で固化させることで、FeGa合金の単結晶を育成することができる。
【0039】
図1に示すように単結晶育成装置100では、断熱材11の内側にカーボン製の抵抗加熱ヒーター12が配置される。FeGa合金の単結晶の育成時に、抵抗加熱ヒーター12によりホットゾーンが形成される。抵抗加熱ヒーター12は、上段ヒーター12a、中段ヒーター12bおよび下段ヒーター12cとで構成され、これらのヒーター12a~12cへの投入電力を調整することにより、ホットゾーン内の温度勾配を制御することが可能となっている。
【0040】
抵抗加熱ヒーター12の内側には、単結晶育成用坩堝10が配置され、上下方向に移動可能な可動用ロッド13が設けられた坩堝受け14(支持台)に載置されている。単結晶育成用坩堝10内の下部に、FeGa合金種結晶16が充填され、このFeGa合金種結晶16の上に、鉄とガリウムの混合物17が充填される。
【0041】
育成炉には、チャンバー19と真空ポンプ18が設置されており、原料を真空雰囲気に調整して単結晶を育成することができる。さらに、アルゴンや窒素等の不活性ガスをチャンバー19へ導入することができ、原料を不活性雰囲気にも調整できる。
【0042】
単結晶育成用坩堝10の材質は、鉄ガリウム合金の単結晶と化学的反応性が低く、高融点材料であるアルミナが好ましい。また、マグネシア、熱分解窒化ホウ素(Pyrolitic Boron Nitride)でもよい。
【0043】
上方側が開放された単結晶育成用坩堝10には、ゴミ落下防止用の蓋材(図示せず)を被せてもよい。単結晶育成用坩堝10は、上述したように単結晶育成装置100内で可動用ロッド13が設けられた坩堝受け14上に載置され、可動用ロッド13を上下させることにより、単結晶育成用坩堝10を育成炉内で上下させることができる。また、単結晶育成用坩堝10には、坩堝の温度をモニタリングできる熱電対15が取り付けられている。
【0044】
[FeGa合金単結晶の育成方法]
次に、単結晶育成装置100を用いた鉄ガリウム合金のVB法による単結晶育成方法について、
図1を参照しつつ説明する。まず、単結晶育成用坩堝10の下部に主面方位が<100>方位のFeGa合金種結晶16を配置する。そして、FeGa合金種結晶16の上には、原料である鉄とガリウムの混合物17を必要量配置する。
【0045】
次に、チャンバー19内にアルゴンや窒素等の不活性ガスを流し、チャンバー19内を不活性雰囲気に調整する。窒化ガリウム等が生成するおそれがある場合には、アルゴンガスを導入することが好ましい。チャンバー19内が不活性雰囲気となった後、単結晶育成用坩堝10を囲むように配置された上段ヒーター12a、中段ヒーター12bおよび下段ヒーター12cを作動して、昇温し、鉄とガリウムの混合物17の融解を開始する(融解工程)。
【0046】
鉄とガリウムの混合物17がほぼ融解して融解物となったら、真空ポンプ18を作動して、チャンバー19内を減圧し、第一の減圧および第二の減圧により融解物中の気泡を取り除く(気泡除去工程)。
【0047】
気泡除去工程後、チャンバー19内にアルゴンや窒素等の不活性ガスを流し、再びチャンバー19内を不活性雰囲気に調整した後、単結晶育成用坩堝10の内部でFeGa合金の単結晶を育成する(育成工程)。具体的には、抵抗加熱ヒーター12を用いて、FeGa合金種結晶16および融解物(鉄とガリウムの混合物17)が収納された単結晶育成用坩堝10を、高さ方向の上方の温度が高く、下方の温度が低い温度分布となるように加熱する。この状態で、チャンバー19内の温度を、FeGa合金種結晶16が高さ方向の上半分位まで融解するまで昇温し、シーディングを行う。その後、そのままのチャンバー19内の温度勾配を維持しながら、抵抗加熱ヒーター12の出力を徐々に低下させ、すべての融解物を固化させた後、所定速度で冷却を行ってFeGa合金の単結晶を得る。
【0048】
次に、チャンバー19内の温度が室温程度になったことを確認した後、育成された単結晶が入った単結晶育成用坩堝10を坩堝受け14から取り外し、さらに単結晶育成用坩堝10から育成された単結晶を取り出す。
【0049】
また、FeGa合金の単結晶を育成するためのシーディングは、FeGa合金種結晶16の上部と鉄とガリウムの混合物17とを融解させて、安定した固液界面を形成させることにより行われる。ここで、上記固液界面の温度およびその温度での保持時間が、シーディングにおいて重要な要素となる。その理由としては、FeGa合金種結晶16はその表面近傍に、FeGa合金種結晶16の加工時に形成された破砕層を有しており、単結晶を育成するためにはこの破砕層を融解させておく必要があるためである。また、FeGa合金種結晶16が全て融解してしまう前に、固液界面を形成させておく必要がある点でも、固液界面の温度およびその温度での保持時間は重要である。
【0050】
上記要件を満足させるため、FeGa合金種結晶16と融解物との境界面の温度が、FeGa合金の単結晶の融点から融点よりも20℃高い温度までの範囲内になるような位置に、単結晶育成用坩堝10をセットする。FeGa合金の単結晶をより安定して育成させる観点から、境界面の温度は、FeGa合金単結晶の融点から融点よりも10℃高い温度までの範囲内であることが更に好ましい。これらの温度で所定時間(例えば1時間以上、好ましくは3時間~6時間)保持し、FeGa合金種結晶16の上部と鉄とガリウムの混合物17とを融解させてシーディングを行う。FeGa合金種結晶16は、単結晶育成の核となるものであり、FeGa合金種結晶16は、FeGa混合原料17と一体化させるために一部を融解させるが、FeGa合金種結晶16の全部を融解させないようにしなければならない。
【0051】
シーディングが終了した後、単結晶育成用坩堝10を徐々に降下させてホットゾーン内の温度勾配がある領域を通過させる。このようにして、FeGa合金種結晶16の結晶方位に従い、融解物を冷却固化させることでFeGa合金の単結晶が育成される。
【0052】
本実施形態に係る単結晶育成方法は、上述したようにFeGa単結晶の融点に対して、FeGa種結晶16と鉄とガリウムの混合物17との界面温度を上記融点から融点よりも20℃高い温度までの範囲内にして溶融を行っているため、FeGa合金種結晶16の上部数ミリ程の部分と鉄とガリウムの混合物17とが融解し、FeGa合金種結晶16と鉄とガリウムの混合物17とを一体にすることができる。尚、FeGa合金種結晶16と鉄とガリウムの混合物17との界面温度が上記融点よりも20℃を超えて高くなると、FeGa合金種結晶16の底面部まで融解してしまう場合があり、単結晶の育成に不具合が生じるおそれがある。
【0053】
また、FeGa合金種結晶16の上部と鉄とガリウムの混合物17を融解させる保持時間は、上述したように1時間以上とすることが好ましい。1時間以上保持することにより、FeGa合金種結晶16と鉄とガリウムの混合物17との固液界面を安定化させることができるため、単結晶内部に欠陥等の生じない品質の高い単結晶を育成することができる。また、かかる保持時間を4~6時間とすることは更に好ましい。すなわち、4時間以上保持すれば、概ねシーディングに関する反応は進行しており、6時間以下で概ね反応は終了している。従って、保持時間を4~6時間とすることにより、鉄ガリウム合金単結晶の生産性を低下させずにシーディングを安定して行うことが可能となる。
【0054】
上記では、単結晶育成装置100を用いたVB法による鉄ガリウム合金の単結晶育成方法について説明したが、同じ単結晶育成装置100を用いて、単結晶育成中に単結晶育成用坩堝10を上下に移動させることに替えて、抵抗加熱ヒーター12を調整して温度制御するVGF法によっても、鉄ガリウム合金の単結晶を育成することができる。
【実施例】
【0055】
以下、本発明について、実施例および比較例を挙げてさらに具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0056】
[実施例1]
まず、室温20℃の環境下で、化学量論比で鉄とガリウムの比率が80:20になるように、すなわちガリウム含有量が原子量%で20%となるように、メディアン径が約1mmの粒状鉄原料(純度:99.9%)とガリウム原料(純度:99.99%)を秤量した。秤量したガリウム原料をテフロン(登録商標)容器に投入し、湯煎により融解した。さらに、融解したガリウム原料へ鉄原料を投入し、容器内で攪拌を行った後、室温まで冷却し、混合原料である鉄とガリウムの混合物17を作製した。
【0057】
そして、厚さ3mm、内径52mm、高さ200mmの緻密質アルミナ製の単結晶育成用坩堝10内の下部に、形状や育成方向等を予め調整したFeGa合金種結晶16(直径5mm、高さ30mmの円柱形状)を充填し、かつ、当該FeGa合金種結晶16の上に鉄とガリウムの混合物17を充填した。このとき、FeGa合金種結晶16には、主面方位が<100>方位である結晶を使用した。
【0058】
次に、FeGa合金種結晶16と鉄とガリウムの混合物17が充填された単結晶育成用坩堝10を、
図1に示すように、多孔質アルミナ製の坩堝受け14上に載置し、熱電対15の先端部を単結晶育成用坩堝10の側面に接触させた。尚、上記熱電対15の単結晶育成用坩堝10への接触点は、FeGa合金種結晶16の底面から15mmの高さ位置になるよう設定した。
【0059】
次に、可動用ロッド13を駆動させて坩堝受け14をチャンバー19内の最下部にセットした。その後、チャンバー19内にアルゴンガスを導入し、チャンバー19内を大気圧のアルゴン雰囲気に調整した。また、カーボン製の抵抗加熱ヒーターからなる上段ヒーター12a、中段ヒーター12bおよび下段ヒーター12cとしては、独立に制御可能で、かつ、高さ方向の長さが200mmのものを使用した。
【0060】
そして、上段ヒーター12aの温度を1450℃、中段ヒーター12bの温度を1400℃、下段ヒーター12cの温度を1300℃の温度幅で設定し、チャンバー19内の昇温を行った。昇温が終了してチャンバー19内の温度が安定した後、可動用ロッド13を駆動させて坩堝受け14を上昇させることにより、単結晶育成用坩堝10を緩やかな速度で上昇させた。チャンバー19内には上部の温度が高く、下部の温度が低い温度勾配がつくられているので、チャンバー19の上部に移動するに従って単結晶育成用坩堝10内の温度が上昇し、鉄とガリウムの混合物17が融解してその融解物が形成された。
【0061】
混合原料がほぼ融解して融解物となったら、チャンバー19内へのアルゴンガスの導入を抑え、真空ポンプを使用して標準大気圧から350Paまでチャンバー19内を10分で減圧し(第一の減圧)、そのまま、約30分間保持した。次に、350Paから200Pa以下となるまで2.5Pa/分の勾配で60分かけて徐々に減圧し(第二の減圧)、融解物中の気泡を除去した(気泡除去工程)。気泡除去工程後、アルゴンガスの導入を再開し、チャンバー19内を標準大気圧の不活性雰囲気に調整した。
【0062】
上記融解物が形成された単結晶育成用坩堝10の位置する付近で、熱電対15の接触点位置の温度をモニターしながら、可動用ロッド13を駆動させて単結晶育成用坩堝10の位置を数mm上昇させて温度を安定させた。この工程を繰り返して、熱電対15の温度が安定した状態で1350~1400℃の範囲になるよう単結晶育成用坩堝10を上昇させた。単結晶育成用坩堝10を保持する位置が定まったら、3時間保持してシーディングを行った後、可動用ロッド13を駆動させて5mm/hで単結晶育成用坩堝10を降下させ、FeGa合金の単結晶の育成を開始した。単結晶育成用坩堝10の降下距離が150mmとなった後、育成を終了した。
【0063】
上記単結晶の育成終了後、単結晶育成用坩堝10から育成したFeGa合金単結晶のインゴットを取り出したところ、直径52mm、直胴長さ100mmのFeGa合金の単結晶が得られた。さらに、育成されたFeGa合金の単結晶を切断し、結晶内部を観察したが、目視で確認できるような空孔等の欠陥は確認されなかった。
【0064】
[実施例2]
鉄とガリウムの混合物の化学量論比について、鉄とガリウムの比率を82:18(ガリウム含有量が原子量%で18%)としたこと以外は、実施例1と同様に鉄とガリウムの混合物17を作製し、単結晶の育成を行った。単結晶の育成終了後、単結晶育成用坩堝10から育成したFeGa合金単結晶のインゴットを取り出したところ、直径52mm、直胴長さ100mmのFeGa合金の単結晶が得られた。さらに、育成されたFeGa合金単結晶を切断し、結晶内部を観察したが、目視で確認できるような空孔等の欠陥は確認されなかった。
【0065】
[実施例3]
鉄とガリウムの混合物の化学量論比について、鉄とガリウムの比率を77:23(ガリウム含有量が原子量%で23%)としたこと以外は、実施例1と同様に鉄とガリウムの混合物17を作製し、単結晶の育成を行った。単結晶の育成終了後、単結晶育成用坩堝10から育成したFeGa合金単結晶のインゴットを取り出したところ、直径52mm、直胴長さ100mmのFeGa合金の単結晶が得られた。さらに、育成されたFeGa合金単結晶を切断し、結晶内部を観察したが、目視で確認できるような空孔等の欠陥は確認されなかった。
【0066】
[実施例4]
鉄とガリウムの混合物の化学量論比について、鉄とガリウムの比率を80:20(ガリウム含有量が原子量%で20%)とした。そして、気泡除去工程において、混合原料がほぼ融解して融解物となったら、チャンバー19内へのアルゴンガスの導入を抑え、真空ポンプを使用して標準大気圧から350Paまでチャンバー19内を10分で減圧し(第一の減圧)、そのまま、約30分間保持した。次に350Paから200Pa以下となるまで6Pa/分の勾配で25分かけて減圧したところ(第二の減圧)、途中250Pa付近で坩堝が激しく揺れたが、融解物が坩堝外に飛散することはなく、200Paでは坩堝の揺れは収まった。
【0067】
上記以外は、実施例1と同様に単結晶の育成を行った。単結晶の育成終了後、単結晶育成用坩堝10から育成したFeGa合金単結晶のインゴットを取り出したところ、直径52mm、直胴長さ100mmのFeGa合金の単結晶が得られた。さらに、育成されたFeGa合金単結晶を切断し、結晶内部を観察したが、目視で確認できるような空孔等の欠陥は確認されなかった。
【0068】
[実施例5]
鉄とガリウムの混合物の化学量論比について、鉄とガリウムの比率を80:20(ガリウム含有量が原子量%で20%)とした。そして、気泡除去工程において、混合原料がほぼ融解して融解物となったら、チャンバー19内へのアルゴンガスの導入を抑え、真空ポンプを使用して標準大気圧から500Paまでチャンバー19内を10分で減圧し(第一の減圧)、そのまま、約30分間保持した。次に500Paから200Pa以下となるまで3Pa/分の勾配で1時間40分かけて減圧した(第二の減圧)。
【0069】
上記以外は、実施例1と同様に単結晶の育成を行った。単結晶の育成終了後、単結晶育成用坩堝10から育成したFeGa合金単結晶のインゴットを取り出したところ、直径52mm、直胴長さ100mmのFeGa合金の単結晶が得られた。さらに、育成されたFeGa合金単結晶を切断し、結晶内部を観察したが、目視で確認できるような空孔等の欠陥は確認されなかった。但し、種結晶の未融解部分は10%程度しか残っていなかったが、単結晶の育成に問題は生じなかった。
【0070】
[比較例1]
混合原料融解中に気泡除去工程を実施しなかったこと以外は、実施例1と同様に鉄とガリウムの混合物17を作製し、単結晶の育成操作を行った。単結晶の育成操作を終了後、単結晶育成用坩堝10から育成したFeGa合金結晶のインゴットを取り出したところ、直径52mm、直胴長さ100mmのFeGa合金結晶が得られたが、結晶粒界が認められ多結晶となっていた。さらに、育成されたFeGa合金の多結晶を切断し、結晶内部を観察した結果、目視により多数の空孔が確認された。
【0071】
[比較例2]
鉄とガリウムの混合物の化学量論比について、鉄とガリウムの比率を80:20(ガリウム含有量が原子量%で20%)とした。そして、気泡除去工程において、混合原料がほぼ融解して融解物となったら、チャンバー19内へのアルゴンガスの導入を抑え、真空ポンプを使用して標準大気圧から350Paまでチャンバー19内を10分で減圧し、そのまま、約30分間保持した。次に350Paから200Pa以下となるまで10Pa/分の勾配で15分かけて減圧したところ、途中で融解物が突沸し、融解物が坩堝外に飛散したため、育成を中止した。
【0072】
[比較例3]
鉄とガリウムの混合物の化学量論比について、鉄とガリウムの比率を80:20(ガリウム含有量が原子量%で20%)とした。そして、気泡除去工程において、混合原料がほぼ融解して融解物となったら、チャンバー19内へのアルゴンガスの導入を抑え、真空ポンプを使用して標準大気圧から600Paまでチャンバー19内を10分で減圧し、そのまま、約30分間保持した。次に600Paから200Pa以下となるまで2Pa/分の勾配で3時間20分かけて減圧した。
【0073】
上記以外は、実施例1と同様に単結晶の育成を行った。単結晶の育成終了後、単結晶育成用坩堝10から育成したFeGa合金結晶のインゴットを取り出したところ、直径52mm、直胴長さ100mmのFeGa合金結晶が得られたが、結晶粒界が認められ多結晶となっていた。外観観察によると種結晶部分はすべて坩堝由来の凹凸面が形成されていたことから、種結晶が全て融解していたことを確認した。X線回折装置により、種結晶部分より育成方向の<100>方位は確認できなかった。育成されたFeGa合金を切断し、結晶内部を観察したが、目視で確認できるような空孔等の欠陥は確認されなかった。
【0074】
[まとめ]
鉄とガリウムの化学量論比を変更しても、気泡除去工程を実施することで融解物中の気泡が除去されたことにより、内部の目視欠陥の認められない単結晶を育成することができた(実施例1~3)。一方で、気泡除去工程を実施せずに融解物中の気泡を除去しなかった場合には、多結晶が育成された(比較例1)。これは、残存する気泡が単結晶の育成を阻害したことが要因と考えられる。
【0075】
また、気泡除去工程において、短時間で第二の減圧を行った場合には融解物が突沸し(比較例2)、長時間かけて減圧した場合には種結晶が融解した(比較例3)。これらの融解物の突沸や種結晶の融解は、2~6Pa/分の減圧勾配での減圧により回避できるが、坩堝揺れの防止および種結晶の完全融解を安定的に避けるためには、第一の減圧を350Paとし、第二の減圧を2.5~5Pa/分の勾配で行うのがよいことを確認した。
【0076】
以上の実施例の結果より、気泡除去工程を実施することにより、鉄ガリウム合金の単結晶を安定的に育成することが可能である。すなわち、本発明であれば、気泡除去工程を含むことにより、特許文献4等に記載の従来方法と比べて、鉄ガリウム合金の単結晶を廉価かつ大量に製造できることは、明らかである。
【符号の説明】
【0077】
10 単結晶育成用坩堝
11 断熱材
12 抵抗加熱ヒーター
12a 上段ヒーター
12b 中段ヒーター
12c 下段ヒーター
13 可動用ロッド
14 坩堝受け
15 熱電対
16 鉄ガリウム合金種結晶
17 鉄とガリウムの混合物
18 真空ポンプ
19 チャンバー
100 単結晶育成装置