IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社明治の特許一覧

<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-24
(45)【発行日】2023-08-01
(54)【発明の名称】軟質カビ系チーズ用スターター
(51)【国際特許分類】
   A23C 19/032 20060101AFI20230725BHJP
   A23C 19/068 20060101ALI20230725BHJP
【FI】
A23C19/032
A23C19/068
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2018182528
(22)【出願日】2018-09-27
(65)【公開番号】P2020048505
(43)【公開日】2020-04-02
【審査請求日】2021-09-07
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006138
【氏名又は名称】株式会社明治
(74)【代理人】
【識別番号】110003971
【氏名又は名称】弁理士法人葛和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小島 公実子
(72)【発明者】
【氏名】松永 典明
【審査官】高山 敏充
(56)【参考文献】
【文献】特表2007-506411(JP,A)
【文献】特開2014-171456(JP,A)
【文献】特開2018-044903(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23C
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
高温性乳酸菌および中温性乳酸菌を含み、高温性乳酸菌と中温性乳酸菌との菌数比が10:1~1:10であり、高温性乳酸菌と中温性乳酸菌との総菌数が、1×10 cfu/g~9×10 10 cfu/gである、軟質カビ系チーズ製造用スターター(但し、イノシン-5’-一リン酸(IMP)およびイノシンの混和物を含有するものを除く)を用いて発酵することを含み、製造される軟質カビ系チーズの軟質チーズ部分の中心部の硬度が、90gf~250gfであり、軟質チーズ部分の周辺部の硬度が、40gf~120gfである、軟質カビ系チーズの製造方法。
【請求項2】
高温性乳酸菌と中温性乳酸菌との菌数比が、4:1~1:1である、請求項1に記載の軟質カビ系チーズの製造方法。
【請求項3】
軟質カビ系チーズ製造用スターターによる発酵が、27℃~37℃で行われる、請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載の製造方法によって製造された、軟質チーズ部分の中心部の硬度が、90gf~250gfであり、軟質チーズ部分の周辺部の硬度が、40gf~120gfである、軟質カビ系チーズ。
【請求項5】
水分が、45重量%~58重量%である、請求項に記載の軟質カビ系チーズ。
【請求項6】
カマンベールチーズである、請求項4または5に記載の軟質カビ系チーズ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カマンベールチーズなどの軟質カビ系チーズ用スターター、該スターターを用いた軟質カビ系チーズの製造方法、および、該製造方法により製造された軟質カビ系チーズに関する。
【背景技術】
【0002】
カマンベールチーズなどの軟質カビ系チーズは、「硬い」や「軟らかすぎる」などのチーズの組織が不良になると商品価値がなくなってしまう。硬いカマンベールチーズは食感や風味が悪く、軟らかすぎるチーズは手や口にベタついて食べ難い。
【0003】
カマンベールチーズの製法は、乳酸菌スターターに中温性乳酸菌のみを用いる伝統的製法と、高温性乳酸菌のみを用いたスタビライズド製法とに大別される。カマンベールチーズはチーズ表面から白カビによってタンパク質がアンモニアまで分解されるが、伝統的製法で作られたカマンベールチーズは、pHが高い周辺部がとろけすぎているのに対し、中心部は少し硬く、風味的には酸味、苦味を強く感じるという問題があった。スタビライズド製法で作られたカマンベールチーズは、全体的に硬く、芳香性物質のジアセチルやアセトインを産生する乳酸菌を用いないことから風味が穏やかで淡白になりやすいという問題があった。
【0004】
このようなチーズの組織の特性を改善する試みとして、例えば、白カビチーズ中の遊離β-ラクトグロブリン含有量を低減させて、白カビチーズが高脂肪で高水分であっても常温化で内部組織が流出しないようにすること(特許文献1)や、低温性および/または中温性乳酸菌を用い、白カビ系チーズの中身部分のカゼイン結合型カルシウム量を所定量以上とすることにより、切断面からチーズが流れ出す現象(ランニング)を防止すること(特許文献2)などが挙げられる。
【0005】
さらに伝統的製法の利点とスタビライズド製法の利点とを兼ね備えた白カビチーズ系チーズの製造方法として、チーズカードに食用アルカリ剤を添加し、ナトリウムおよび塩素の存在比をコントロールすることが提案されている(特許文献3)。
ところで、カスピ海ヨーグルトなどのクレモリス菌を主発酵菌として発酵する発酵乳において、保存中に次第に強くなるチーズ臭を抑制し、保存中も安定した穏やかなチーズ香を呈し、粘性による滑らかな食感を有する発酵乳とするため、サーモフィラス菌を併用した例が知られている(特許文献4)。
【0006】
【文献】特開2013-212097号公報
【文献】特開2014-180247号公報
【文献】特開2018-133号公報
【文献】特許第3645898号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、特殊な添加剤を用いることなく、上記の伝統的製法やスタビライズド製法の問題点を解消した、新たなカマンベールなどの軟質カビ系チーズの製造方法を提供することである。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、前記課題を解決すべく、鋭意研究を重ねた結果、高温性乳酸菌と中温性乳酸菌とを所定の比率で混合したスターターを用いることで、特殊な添加物を使用することなく、好ましい硬さと組織、風味を有する軟質カビ系チーズを製造することを見出し、さらに検討を進め、本発明を完成した。
【0009】
したがって、本発明は、以下に関する。
[1] 高温性乳酸菌および中温性乳酸菌を含み、高温性乳酸菌と中温性乳酸菌との菌数比が10:1~1:10である、軟質カビ系チーズ製造用スターター。
[2] 高温性乳酸菌と中温性乳酸菌との菌数比が、4:1~1:1である、前記[1]に記載の軟質カビ系チーズ製造用スターター。
[3] 高温性乳酸菌と中温性乳酸菌との総菌数が、1×10cfu/g~9×1010cfu/gである、前記[1]または[2]に記載の軟質カビ系チーズ製造用スターター。
[4] 前記[1]~[3]のいずれか一項に記載の軟質カビ系チーズ製造用スターターを用いる、軟質カビ系チーズの製造方法。
[5] 軟質カビ系チーズ製造用スターターによる発酵が、27℃~37℃で行われる、前記[4]に記載の製造方法。
【0010】
[6] 前記[4]または[5]に記載の製造方法によって製造された、軟質カビ系チーズ。
[7] 水分が、45重量%~58重量%である、前記[6]に記載の軟質カビ系チーズ。
[8] 軟質チーズ部分の中心部の硬度が、90gf~250gfである、前記[6]または[7]に記載の軟質カビ系チーズ。
[9] 軟質チーズ部分の周辺部の硬度が、40gf~120gfである、前記[6]~[8]のいずれか一項に記載の軟質カビ系チーズ。
[10] カマンベールチーズである、前記[6]~[9]のいずれか一項に記載の軟質カビ系チーズ。
【発明の効果】
【0011】
本発明の軟質カビ系チーズ製造用スターターは、高温性乳酸菌および中温性乳酸菌を所定の菌数比で組み合わせることによって、特別な添加剤を用いることなく、水分の抜けが適正となり、より好ましい硬さと組織を実現し、さらに風味が向上した軟質カビ系チーズを提供することができる。
具体的には、高温性乳酸菌のみを使用した場合、全体的に硬くなり、中温性乳酸菌のみを使用した場合、周辺部がとろけすぎている傾向があるのに対し、本発明の場合、中心部および周辺部の両方で適度な硬さととろけ具合を兼ね備えたチーズ組織を実現できる。
また、高温性乳酸菌のみを使用した場合、うま味が少なく、中温性乳酸菌のみを使用した場合、酸味、苦味が強くなる傾向があるのに対し、本発明の場合、良好なうま味および風味となる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下では、本発明を詳細に説明するが、本発明は、個々の態様には限定されない。
本発明は、一態様において、高温性乳酸菌および中温性乳酸菌を含む軟質カビ系チーズ製造用スターターに関する。
【0013】
高温性乳酸菌は、至適生育温度が37℃~45℃程度である乳酸菌であり、例えば、Streptococcus属やLactobacillus属の乳酸菌が該当する。より詳細には、Streptococcus thermophilus、Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus、Lactobacillus helveticusなどが挙げられる。
【0014】
中温性乳酸菌は、至適生育温度が25℃~35℃程度である乳酸菌であり、例えば、Lactococcus属やLeuconostoc属の乳酸菌が該当する。より詳細には、Lactococcus lactis subsp. lactis、Lactoboccus lactis subsp. cremoris、Lactococcus lactis subsp. lactis biovar. diacetylactis、Leuconostoc sp.などが挙げられる。
【0015】
軟質カビ系チーズは、ナチュラルチーズの表面に白カビなどのカビを生育させた軟質チーズであり、例えば、カマンベールチーズ、ブリーチーズ、サンタンドレチーズ、クロミエチーズ、ヌーシャテルチーズ、バラカチーズ、ボニファッツチーズ、サン・マルスランチーズ、シャウルスチーズなどが挙げられる。
【0016】
本発明のスターターは、高温性乳酸菌と中温性乳酸菌との菌数比が、10:1~1:10であってもよく、好ましくは、4:1~1:4、さらに好ましくは、4:1~1:1である。また、本発明のスターターにおける高温性乳酸菌と中温性乳酸菌との総菌数は、とくに限定されないが、1×10cfu/g~9×1010cfu/gであってもよく、好ましくは、1×10cfu/g~9×10cfu/gであり、さらに好ましくは、1×10cfu/g~5×10cfu/gである。
【0017】
本発明は、一態様において、前記の軟質カビ系チーズ製造用スターターを用いる、軟質カビ系チーズの製造方法に関する。軟質カビ系チーズの製造方法は、本発明の軟質カビ系チーズ製造用スターターを用いる以外は特に限定されないが、例えば、以下の手順で行われる。
(1)原料乳を加熱殺菌し、冷却する。
(2)スターターを添加し、所定のpHまで発酵させる。
(3)レンネットを添加し、凝固させてチーズカードを得る。
(4)チーズカードのカッティングおよびホエイ排出を行う。
(5)チーズカードを型枠に投入し、成型する。
(6)成型されたチーズカードを加塩する。
(7)白カビなどのカビ菌体を噴霧し、一次熟成する。
(8)包装後、二次熟成する。
(9)密封容器に入れ、加熱殺菌後、低温で保管する。
【0018】
本発明は、一態様において、軟質カビ系チーズ製造用スターターによる発酵が、27℃~37℃、好ましくは29℃~35℃、とくに好ましくは30℃~34℃で行われる
【0019】
本発明は、一態様において、前記の軟質カビ系チーズの製造方法によって製造された、軟質カビ系チーズに関する。
本発明の軟質カビ系チーズは、水分が、45重量%~58重量%、好ましくは47重量%~56重量%、とくに好ましくは49重量%~54重量%である。
【0020】
本発明の軟質カビ系チーズは、軟質チーズ部分(すなわち、円周部を除いた部分)の中心部(中心の位置から、円周部までの約2分の1の位置まで)および周辺部(中心部の最も外側の位置から、円周部付近の位置まで)の硬度のバランスが優れており、適度な硬さととろけ具合となる。
【0021】
軟質チーズ部分の中心部の硬度は、好ましくは90gf~250gfであり、さらに好ましくは100gf~200gfであり、とくに好ましくは110gf~150gfである。
軟質チーズ部分の周辺部の硬度は、好ましくは40gf~120gfであり、さらに好ましくは50gf~110gfであり、とくに好ましくは60gf~100gfである。
本発明の軟質カビ系チーズは、一態様において、カマンベールチーズである。
【0022】
以下では、実施例を挙げて、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は、これにより限定されない。
【0023】
1.カマンベールチーズの作製
原料乳である生乳を75℃20秒間殺菌後、32℃に冷却し、表1に記載された高温性乳酸菌と中温性乳酸菌の菌数比である乳酸菌混合スターターを4×10cfu/gとなるように添加し、発酵させた。原料乳のpHが6.4になった時点でレンネットを添加し、凝固させ、チーズカードを得た。
凝固後、チーズカードのカッティングおよびホエイ排出を行った。カッティングおよびホエイ排出条件は、チーズカードの水分が51~53%になるように調整した。
チーズカードを略円柱状の型枠(モールド)に投入した。モールドの形状は、得られるチーズの直径が7.8cm、厚さが2.0cm、質量が100gとなる形状とした。
チーズカード製造の翌日、成型されたチーズカードを塩水に浸漬させ、目標塩分1.1%になるように加塩した後に、白カビ菌体の希釈液を噴霧し、17℃、90%RH、7日間の条件で一次熟成を行った。
一次熟成終了後、包装フィルムを用いて包装し、8℃、60%RH、7日間の条件で二次熟成を行った。
得られたチーズを密閉容器に入れ、中心部が90℃になるように殺菌処理を行った後、4℃で保管した。
なお、実施例1~5および比較例1、2において、高温性乳酸菌として、サーモフィラス菌(Streptococcus thermophilus)を用い、中温性乳酸菌として、ラクティス菌(Lactococcus lactis)およびクレモリス菌(Lactococcus lactis subsp. cremoris)を用いた。
【0024】
2.硬度測定
作成したカマンベールチーズの硬度は、以下のとおり測定した。測定は2回行い、その平均値を求めた。
(1)サンプルの軟質チーズ部分の中心部および周辺部をそれぞれ直方体状にカットし、10℃で2、3時間保存し、サンプルの温度を調整した。なお、軟質チーズ部分の中心部は、円柱状のチーズを上方から見下ろした場合に見える円の中心から半径の約2分の1までの部分であり、周辺部は、円の中心から半径の約2分の1から白カビに覆われた円周部を切り落としたところまでの部分である。
(2)レオメーター(レオテック社製)を用い、下記の条件でサンプルの硬度(gf)の測定を行った。測定は、軟質チーズ部分の中心部を含むサンプル、または、軟質チーズ部分の周辺部を含む直方体のサンプルに対し、直方体のカット前のチーズの中心部側の面から周辺部側の面に向かう方向でプランジャーをサンプルに接触させて行った。
[測定条件]
RANGE:2k
P.L.:SCALER
S.ADJ(サンプルとプランジャーが接触し負荷がかかってからの距離):3.0mm
T.SPEED(試料台の昇降スピード):15cm/min
プランジャー:直径1cm(円盤型)
【0025】
3.pH測定
作成したカマンベールチーズのpHは、以下のとおり測定した。
(1)チーズをその中心を通るように扇形にカットして得た、元の約1/6サイズのチーズをミキサー等を用いて均一になるまで粉砕、混合した。
(2)粉砕後のチーズ10gに対し、約50℃の温水30gを添加(4倍希釈)し、ホモジナイズして試料液を得た。
(3)前述の試料液を約25℃まで冷却し、pHメーター(東亜ディーケーケー社製、
HM-30G)で測定した。
【0026】
4.官能評価
作成したカマンベールチーズの官能評価を、10名のパネラーにより、「風味」と「組織・食感」を5段階(5点:非常に良い、4点:良い、3:許容、2:悪い、1:非常に悪い)で評価し平均点を算出することによって行った。
【0027】
5.結果
結果の詳細は、以下のとおりである。
<実施例1>
高温性乳酸菌と中温性乳酸菌の菌数比が86:14である乳酸菌混合スターターを用いて作ったカマンベールチーズは、水分が51.8%、pHが6.51、軟質チーズ部分の硬度が、中心部で142gf、周辺部が103gfであった。適度な硬さととろけ具合であり、風味、食感ともに良好であった。
<実施例2>
高温性乳酸菌と中温性乳酸菌の菌数比が71:29である乳酸菌混合スターターを用いて作ったカマンベールチーズは、水分が52.6%、pHが6.44、軟質チーズ部分の硬度が、中心部で112gf、周辺部が86gfであった。適度な硬さととろけ具合であり、風味、食感ともに良好であった。
【0028】
<実施例3>
高温性乳酸菌と中温性乳酸菌の菌数比が53:47である乳酸菌混合スターターを用いて作ったカマンベールチーズは、水分が52.3%、pHが6.30、軟質チーズ部分の硬度が、中心部で116gf、周辺部が92gfであった。適度な硬さととろけ具合であり、風味、食感ともに良好であった。
<実施例4>
高温性乳酸菌と中温性乳酸菌の菌数比が29:71である乳酸菌混合スターターを用いて作ったカマンベールチーズは、水分が52.9%、pHが6.38、軟質チーズ部分の硬度が、中心部で106gf、周辺部が81gfであった。適度な硬さととろけ具合であり、風味、食感ともに良好であった。
<実施例5>
高温性乳酸菌と中温性乳酸菌の菌数比が11:89である乳酸菌混合スターターを用いて作ったカマンベールチーズは、水分が51.4%、pHが6.28、軟質チーズ部分の硬度が、中心部で118gf、周辺部が58gfであった。適度な硬さととろけ具合であり、わずかに苦みがあるが、風味、食感ともに良好であった。
【0029】
<比較例1>
高温性乳酸菌のみの乳酸菌スターターを用いて作ったカマンベールチーズは、水分が52.4%、pHが6.47、軟質チーズ部分の硬度が、中心部で285gf、周辺部が221gfであった。あっさりしているがややうまみが少なく、弾力が強く全体的に硬かった。
<比較例2>
中温性乳酸菌のみの乳酸菌スターターを用いて作ったカマンベールチーズは、水分が51.8%、pHが5.74、軟質チーズ部分の硬度が、中心部で110gf、周辺部が20gfであった。酸味や苦みが強く、カード中心部がやや硬くて、周辺部はとろけすぎていた。
【0030】
以上の結果を表1にまとめる。
【表1】