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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-26
(45)【発行日】2023-08-03
(54)【発明の名称】堤体の補強構造の設計方法
(51)【国際特許分類】
   E02B 3/10 20060101AFI20230727BHJP
   E02D 5/04 20060101ALI20230727BHJP
【FI】
E02B3/10
E02D5/04
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2019056067
(22)【出願日】2019-03-25
(65)【公開番号】P2020158960
(43)【公開日】2020-10-01
【審査請求日】2022-02-03
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504174180
【氏名又は名称】国立大学法人高知大学
(74)【代理人】
【識別番号】100104547
【弁理士】
【氏名又は名称】栗林 三男
(74)【代理人】
【識別番号】100206612
【弁理士】
【氏名又は名称】新田 修博
(74)【代理人】
【識別番号】100209749
【弁理士】
【氏名又は名称】栗林 和輝
(72)【発明者】
【氏名】及川 森
(72)【発明者】
【氏名】原田 典佳
(72)【発明者】
【氏名】中山 裕章
(72)【発明者】
【氏名】西山 輝樹
(72)【発明者】
【氏名】籾山 嵩
(72)【発明者】
【氏名】吉原 健郎
(72)【発明者】
【氏名】原 忠
【審査官】柿原 巧弥
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-013451(JP,A)
【文献】特開2014-177854(JP,A)
【文献】特開2000-248538(JP,A)
【文献】特開2009-287365(JP,A)
【文献】特開2011-214252(JP,A)
【文献】特開2013-014962(JP,A)
【文献】特開2010-024745(JP,A)
【文献】特開平09-100524(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E02B 3/10
E02D 5/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ため池の外周の少なくとも一部に設けられた堤体を補強する堤体の補強構造を設計する設計方法であって、
前記補強構造は、
前記堤体を挟んで前記ため池側を上流側とすると、
前記堤体は、前記上流側の前記堤体の上流法面に沿って、前記堤体の他の部分より遮水性が高く、かつ前記堤体の幅方向に沿って所定の幅を有する高遮水性部分を有し、
前記堤体に、当該堤体の幅方向において一列の鋼製地中連続壁が前記堤体の延在方向に沿って設けられ、
前記鋼製地中連続壁は、前記堤体の内部において前記高遮水性部分を上下に貫通するとともに、上端が前記堤体の天端に揃えられ、下端が前記堤体または当該堤体の下方に位置する基礎地盤に設置されたものであり、
前記鋼製地中連続壁の透水係数をks(cm/s)、前記高遮水性部分の透水係数をka(cm/s)、前記鋼製地中連続壁の厚さをc(cm)、前記鋼製地中連続壁が前記高遮水性部分を貫通する深度における前記高遮水性部分の幅をa(cm)とすると、
前記鋼製地中連続壁の前記高遮水性部分への貫通長さb(cm)を、下記(1)式を満たすように設定すること特徴とする堤体の補強構造の設計方法。
【数1】
【請求項2】
ため池の外周の少なくとも一部に設けられた堤体を補強する堤体の補強構造を設計する設計方法であって、
前記補強構造は、
前記堤体を挟んで前記ため池側を上流側とすると、
前記堤体は、前記上流側の前記堤体の上流法面に沿って、前記堤体の他の部分より遮水性が高く、かつ前記堤体の幅方向に沿って所定の幅を有する高遮水性部分を有し、
前記堤体に、当該堤体の幅方向において一列の鋼製地中連続壁が前記堤体の延在方向に沿って設けられ、
前記鋼製地中連続壁は、前記堤体の内部において前記高遮水性部分を上下に貫通するとともに、上端が前記堤体の天端に揃えられ、下端が前記堤体または当該堤体の下方に位置する基礎地盤に設置されたものであり、
前記鋼製地中連続壁の前記高遮水性部分への貫通長さをb(cm)、前記鋼製地中連続壁の厚さをc(cm)、前記鋼製地中連続壁が前記高遮水性部分を貫通する深度における前記高遮水性部分の幅をa(cm)、前記高遮水性部分の透水係数をka(cm/s)とすると、
前記鋼製地中連続壁の透水係数ks(cm/s)を、下記(2)式を満たすように設定することを特徴とする堤体の補強構造の設計方法。
【数2】
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、堤体の補強構造に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、大規模な地震や局所的な集中豪雨に伴い河川堤防やため池堤防の決壊が多数発生しており、また幾つかの大規模地震の発生や気候変動による激甚化災害が想定されていることから、堤体の耐震補強が重要性を増している。
【0003】
このような背景を踏まえ、これまでに鋼矢板を用いた堤防(堤体)の補強技術が提案されている(例えば特許文献1~4、非特許文献1参照)。
特許文献1に記載の堤体の耐震性能補強構造では、アースフィルダム又はため池等の盛土された堤体のほぼ中央部分の長手方向に2列縦列に鋼矢板で形成された補強用板状体を埋設し、該両補強用板状体の上端部を所定間隔毎に連結部材により連結する二重締切り構造としている。
特許文献2に記載の盛土構造物の液状化対策工法では、盛土構造物の両裾野部付近に連続地中壁を構築し、該連続地中壁の頭部と前記盛土構造物の下部へ向かって斜め下方に配されたアースアンカーとを締結している。
特許文献3に記載の盛土の補強構造では、のり尻を除く盛土の内部に盛土を貫通し、支持地盤に根入れされる深さを持つ少なくとも1列の矢板壁を盛土の長さ方向に連続的に設置し、盛土を構成する地盤中に矢板壁と、矢板壁で締め切られた地盤からなる構造骨格部を形成している。
特許文献4に記載の盛土の補強構造では、連続する盛土の略天端の範囲内に、地中鋼製壁体が前記盛土の連続方向に沿って一列以上設けられ、前記地中鋼製壁体は、支持層より浅い深さで、かつ、地震時や越水時に前記地中鋼製壁体が倒壊しない深さまで根入れされている。
非特許文献1には、堤体内に、堤体の他の部分より遮水性が高く、かつ所定の幅を有する遮水ゾーンを上流側の堤体法面に沿って設けることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2003-321826号公報
【文献】特開平11-1926号公報
【文献】特開2003-13451号公報
【文献】特開2012-7394号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】土地改良事業設計指針「ため池整備」(H27年5月)/農林水産省農村振興局整備部監修,公益社団法人農業農村工学会発行
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、ため池などの常時に貯水機能を有する堤体被災の原因の一つとして、浸透破壊がある。この浸透破壊が生じるのは、常時満水位から堤体上部のため池側(貯水側または上流側)の上流法面が、浸透破壊の原因となる堤体内部への漏水侵入口となるからである。堤体の上流法面においては、貯水位の上下動による乾湿繰り返し、貯水側への土粒子吸出、波浪による浸食を長期間受け、堤体の地盤強度が低下し、水位上昇により水圧が作用した場合、堤体が局所的に損傷したり破壊することがある。また、集中豪雨などによる水位の急上昇や堤体内部への水分供給も漏水の要因となり得る。堤体が損傷したり破壊すると、ため池の貯留水をせき止めることが困難となる。
また、地震等によってため池の堤体内部に液状化が生じると、堤体のせん断強度が失われて堤体にすべりが生じ、これによって堤体が損傷したり崩壊する虞がある。
【0007】
上述した非特許文献1に記載の技術では、地震時に堤体または堤体直下の基礎地盤が液状化して、堤体天端が沈下したり、損傷すると、ため池内の溢れ出た貯留水をせき止めることはできない。
特許文献1に記載の技術では、堤体のほぼ中央部分の長手方向に2列縦列に補強用板状体を埋設し、補強用板状体の上端部を所定間隔毎に連結部材により連結しているが、浸透破壊の起点となる上流法面からの浸透を防ぐことはできない。
また、補強用板状体が2列必要であるため、工事費用が高価となるとともに、堤体に液状化が生じると堤体にすべりが生じ、堤体が損傷する虞がある。
特許文献2に記載の技術では、浸透破壊の起点となる上流法面からの浸透を防ぐことはできない。また堤体の内部に地中連続壁が存在しないので、堤体に液状化が生じて堤体が損傷した場合には、貯留水をせき止めることは不可能である。
特許文献3および4に記載の技術では、浸透破壊の起点となる上流法面からの浸透を防ぐことはできない。また、1列の壁体で堤体を補強できるが、堤体に液状化が生じると堤体にすべりが生じ、堤体が損傷する虞がある。
特許文献1、3および4に記載のように、ため池の盛土された堤体を地中連続壁で補強した場合、設置場所によっては、堤体内に液状化の発生の可能性があって補強効果が低下または消失する可能性があり、このような可能性を考慮した技術は存在しない。
【0008】
本発明は、前記事情に鑑みてなされたもので、ため池の近傍に設けられた堤体の浸透破壊を抑止できるとともに、堤体の内部における水位面を低下させることで、堤体自体の強度を上げ、液状化の発生を最小限とし、また地中連続壁自体の剛性で堤体が更に補強されることで堤体のすべりを抑制し、補強効果の低下または消失を防ぐことができる堤体の補強構造を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記目的を達成するために、本発明の堤体の補強構造は、ため池の外周の少なくとも一部に設けられた堤体を補強する堤体の補強構造であって、
前記堤体を挟んで前記ため池側を上流側とすると、
前記堤体は、前記上流側の前記堤体の上流法面に沿って、前記堤体の他の部分より遮水性が高く、かつ前記堤体の幅方向に沿って所定の幅を有する高遮水性部分を有し、
前記堤体に鋼製地中連続壁が前記堤体の延在方向に沿って設けられ、
前記鋼製地中連続壁は、前記高遮水性部分を上下に貫通するとともに、上端が前記堤体の天端に揃えられ、下端が前記堤体または当該堤体の下方に位置する基礎地盤に設置されていることを特徴とする。
【0010】
ここで鋼製地中連続壁としては、鋼矢板を複数連結してなるものが好適に使用されるが、これに限るものではない。例えば、鋼管矢板を複数連結してなるものや、鋼矢板と鋼管矢板を複数連結してなるものを使用してもよい。
また、「鋼製地中連続壁の上端が堤体の天端に揃えられ」とは、鋼製地中連続壁の上端が堤体の天端から上方または下方に1m以内の範囲に位置していることを含む。
また、高遮水性部分は、例えば、刃金土などの通常の地盤材料より遮水性の高い遮水性地盤材料によって形成される。このような高遮水性部分は、堤体に既設で設けられている場合が多いが、堤体に新設で設けてもよい。
【0011】
本発明においては、鋼製地中連続壁は、堤体の上流法面に沿って、堤体の他の部分より遮水性が高く、かつ堤体の幅方向に沿って所定の幅を有する高遮水性部分を上下に貫通するともに、上端が堤体の天端付近に揃えられ、下端が堤体または当該堤体の下方に位置する基礎地盤に設置されているので、上流法面から水平方向に浸透してきた水は鋼製地中連続壁で遮水されて下方に向かう。したがって、高遮水性部分と鋼製地中連続壁で流水量差を形成して、鋼製地中連続壁の背後(下流側)の堤体内で確実に先に排水させ、堤体内の水位を下げることができる。
このように、鋼製地中連続壁より内側(下流側)の堤体内部における地盤の地下水位を低下させることができるので、堤体の地震時のせん断強度を確保して、堤体内の有効応力を低下させず、堤体全体における液状化の発生を最小限とすることができ、鋼製地中連続壁自体の剛性と確保された堤体自体のせん断剛性により堤体のすべりを抑制し、甚大な被害を引き起こす要因となる補強効果の低下または消失を防ぐことができる。
【0012】
また、堤体の上流法面から水平方向に浸透してきた水は鋼製地中連続壁で遮水されて下方に向かうので、つまり鋼製地中連続壁に止水性能を担保させることで、堤体内の水流をコントロールし鋼製地中連続壁面近傍において下向きに方向転換して、動水勾配を低減できるので、堤体内のパイピングを抑制して、堤体の浸透破壊を抑止できるとともに、貯留水が常に存在しているため池であっても、工事費用を安価に留めつつ堤体の安定性を確保することができる。
また、鋼製地中連続壁を堤体の幅方向において1列とすることによって、工期・工費を抑制することができる。
【0013】
また、本発明の前記構成において、前記鋼製地中連続壁の透水係数をks(cm/s)、前記高遮水性部分の透水係数をka(cm/s)、前記鋼製地中連続壁の厚さをc(cm)、前記鋼製地中連続壁が前記高遮水性部分を貫通する深度における前記高遮水性部分の幅をa(cm)とすると、
前記鋼製地中連続壁の前記高遮水性部分への貫通長さb(cm)が、下記(1)式を満たしてもよい。
【数1】
【0014】
このような構成によれば、鋼製地中連続壁の前記高遮水性部分への貫通長さb(cm)を、鋼製地中連続壁の透水係数ks(cm/s)、高遮水性部分の透水係数ka(cm/s)、鋼製地中連続壁の厚さc(cm)、鋼製地中連続壁が高遮水性部分を貫通する深度における高遮水性部分の幅a(cm)に基づいて設定できる。
【0015】
また、本発明の前記構成において、前記鋼製地中連続壁の前記高遮水性部分への貫通長さをb(cm)、前記鋼製地中連続壁の厚さをc(cm)、前記鋼製地中連続壁が前記高遮水性部分を貫通する深度における前記高遮水性部分の幅をa(cm)、前記高遮水性部分の透水係数をka(cm/s)とすると、
前記鋼製地中連続壁の透水係数ks(cm/s)が、下記(2)式を満たしてもよい。
【数2】
【0016】
このような構成によれば、鋼製地中連続壁の透水係数ks(cm/s)を、鋼製地中連続壁の高遮水性部分への貫通長さb(cm)、鋼製地中連続壁の厚さをc(cm)、鋼製地中連続壁が高遮水性部分を貫通する深度における高遮水性部分の幅a(cm)、高遮水性部分の透水係数ka(cm/s)に基づいて設定できる。
【0017】
また、本発明の前記構成において、前記鋼製地中連続壁のうち、前記高遮水性部分を貫通している部分より下方の部分の少なくとも一部が透水性を有していてもよい。
【0018】
このような構成によれば、鋼製地中連続壁のうち、高遮水性部分を貫通している部分より下方の部分の少なくとも一部が透水性を有しているので、高遮水性部分より下方の堤体下部地盤やその下方の軟弱層となっている地盤において、水流による水圧上昇を抑え有効応力低下を抑止できる。
また、高遮水性部分を支える下部地盤において、地盤の有効応力の低下を限定的に抑えることができるため、高遮水性部分の崩壊を防止できる。
さらに、堤体より下方の下部自然地盤における地下水流を阻害することがない。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、堤体の浸透破壊を抑止できるとともに、堤体の内部における液状化の発生を最小限とすることで、堤体のすべりを抑制し、補強効果の低下または消失を防ぐことができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明の実施の形態に係る堤体の補強構造を模式的に示すもので、概略斜視図である。
図2】同、(A)は堤体の横断面図、(B)は高遮水性部分の流水量を説明するための図である。
図3】堤体に鋼製地中連続壁を設けることの意義について説明するための模式図である。
図4】高遮水性部分を有する堤体に鋼製地中連続壁を設けることの意義について説明するための模式図である。
図5】本発明の実施の形態に係る堤体の補強構造に使用される鋼製地中連続壁を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、図面を参照しながら本発明の実施の形態について説明する。
図1は実施の形態に係る堤体の補強構造を模式的に示す概略図、図2は堤体と地盤の横断面図である。
まず、本実施の形態を説明する前に、ため池の堤体に鋼製地中連続壁を設けることの意義について説明する。
図3(a)~図3(d)に示すように、堤体10の左側を上流側とすると、堤体10の上流側にため池11があり、このため池11の貯留水の一部が堤体10の上流側の上流法面10bから堤体10の内部に次第に浸透していく。
【0022】
図3(a)に示すように、堤体10の天端10aの幅方向(図3(a)において左右方向)の中央部から鋼製地中連続壁20を鉛直に打設し、その下端を堤体10の直下に位置する基礎地盤12まで根入れするとともに上端を天端10aに揃えた場合、堤体10の内部において鋼製地中連続壁20より上流側の地盤中の水が飽和して液状化し易くなる。なお、以下では液状化範囲を薄墨で表現し、図3(a)では液状化範囲をL1で示す。一方、鋼製地中連続壁20より下流側の地盤には、天端10aから降雨が浸透するが、鋼製地中連続壁20より下流側に、当該降雨による浸透水の堤体外への排出を妨げるものがなく、液状化範囲とはならない。
これに対して、図3(b)に示すように、鋼製地中連続壁20を堤体10の天端10aの上流側の端部近傍(上流側の法肩近傍)から打設した場合、堤体10の内部において鋼製地中連続壁20より上流側の地盤の体積が図3(a)の場合に比して小さくなるため、液状化範囲L2を液状化範囲L1より減少させることができる。
一方、図3(c)に示すように、鋼製地中連続壁20を堤体10の天端10aの下流側の端部近傍(下流側の法肩近傍)から打設した場合、堤体10の内部において鋼製地中連続壁20より上流側の地盤の体積が図3(a)の場合に比して大きくなるため、液状化範囲L3が液状化範囲L1より増大し問題となる。
また、図3(d)に示すように、鋼製地中連続壁20を堤体10の上流法面10bの上下方向略中央部から打設した場合、堤体10の内部において鋼製地中連続壁20より上流側の地盤の体積が図3(b)の場合に比して小さくなるため、液状化範囲L4を液状化範囲L2よりさらに減少させることができるが、鋼製地中連続壁20が上流法面10bから突出しているので、ため池11の貯水量が減少するという問題がある。
【0023】
また、図4(a)~図4(d)に示すように、刃金土等の遮水性が高い地盤材料を上流法面10bに沿って設けることによって、堤体10の内部に所定幅の高遮水性部分15を設けた場合、ため池11の貯留水の一部が上流法面10bから堤体10の内部に次第に浸透していくのを抑制できる。
【0024】
図4(a)に示すように、堤体10の天端10aの幅方向(図4(a)において左右方向)の中央部から鋼製地中連続壁20を鉛直に打設し、その下端を堤体10の直下に位置する基礎地盤12まで根入れするとともに上端を天端10aに揃えた場合(すなわち、鋼製地中連続壁20が高遮水性部分15を貫通しない場合)、高遮水性部分15と鋼製地中連続壁20との間の地盤に、天端10aから降雨が浸透して、当該降雨による浸透水が溜り、当該地盤中の水が飽和して液状化し易くなる。なお、液状化範囲をL11で示す。
これに対して、図4(b)に示すように、鋼製地中連続壁20を堤体10の天端10aの上流側の端部近傍から打設した場合、鋼製地中連続壁20が高遮水性部分15を上下に貫通し、鋼製地中連続壁20より上流側では堤体10の内部の地盤に降雨が浸透し難いため、地盤中の水が飽和せず、液状化しない。
一方、図4(c)に示すように、鋼製地中連続壁20を堤体10の天端10aの下流側の端部近傍から打設した場合、図4(a)の場合と同様に、鋼製地中連続壁20が高遮水性部分15を貫通せず、液状化し易くなる。さらに、図4(c)では、堤体10の内部において鋼製地中連続壁20より上流側の地盤の体積が図4(a)の場合に比して大きくなるため、液状化範囲L13が液状化範囲L11より増大し問題となる。
また、図4(d)に示すように、鋼製地中連続壁20を堤体10の上流法面10bの上下方向略中央部から打設した場合、鋼製地中連続壁20より上流側では、地盤中の水が飽和せず、液状化しない。しかし、鋼製地中連続壁20が上流法面10bから突出しているので、ため池11の貯水量が減少するという問題がある。
【0025】
このように、堤体10の内部の液状化を抑止するには、ため池11の貯留水の一部が堤体10の上流法面10bから堤体10の内部に浸透していくのを抑制するために、上述したように高遮水性部分15を設けるとともに、鋼製地中連続壁20を天端10aから高遮水性部分15を貫通するようにして設ける、つまり図4(b)に示すようにして堤体10を補強すればよい。
この場合、鋼製地中連続壁20は堤体10の天端10aから高遮水性部分15の上面を通って当該高遮水性部分15を上下に貫通するように打設するのが好ましく、さらに鋼製地中連続壁20の上端は堤体10の天端10aと揃えてもよいし、天端10aから下方に1m以内の範囲にあってもよい。また、鋼製地中連続壁20の上端を天端10aより上方に突出させてもよい。
【0026】
次に、本実施の形態の堤体の補強構造について説明する。
本実施の形態では、本発明の堤体の補強構造をため池の一つである谷池の堤体に適用した例について説明するが、ため池の一つである皿池の堤体に適用してもよい。
図1に示すように、本実施の形態では、谷を堤体10によって堰き止めることによって谷池(ため池)11が形成されている。ため池11の周囲は堤体10を除いて、岩盤や硬質地盤等によって形成された地山12によって囲まれている。
なお、図1において、ため池11の周囲の地山12を平面視において略半分の楕円筒状に図示しているが、地山12の形状、つまりため池11の形状はこれに限ることはなく、また、地山12も谷の斜面と連続していてもよい。
また、ため池が皿池の場合、堤体によってため池の外周が囲まれているが、堤体はため池の外周の少なくとも一部に設けられていればよい。
この場合、堤体が設けられていない部分は地山等の既設の地盤でかつ堤体またはそれ以上の高さを有する突部によって形成される。したがって、ため池の外周は、堤体および突部によって形成された土構造物によって囲まれることになる。なお、土構造物は、基本的に土を主体として形成された構造物であって、その内部や表面にコンクリート等で形成された各種施設や物品が設けられたものを含む。
【0027】
図2(A)に示すように、本実施の形態では堤体10は断面台形状に形成され、当該堤体10の底部は基礎地盤Sの表層部を構成する軟弱層S1の表面(上面)に設置されているが、これに限らず、堤体10の底部は軟弱層S1の表面から食い込むようにして設置されていてもよく、この場合、堤体10の底面は軟弱層S1の表面と平行であってもよいし、傾斜していてもよい。また、堤体10が設置される軟弱層S1の表面が水平面に対して傾斜していてもよい。なお、軟弱層S1の下方には支持層S2があり、軟弱層S1と支持層S2とによって基礎地盤Sが構成されている。
また、本実施の形態ではため池11は平面視円形状であるが、これに限ることはない。例えば、平面視楕円形状、長円形状、多角形状等であってもよい。
【0028】
堤体10を挟んでため池11側(図2(A)において左側)を上流側とすると、堤体10は、上流側の上流法面10bに沿って、堤体10の他の部分より遮水性が高く、かつ堤体10の幅方向(図2(A)において左右方向)に沿って所定の幅aを有する高遮水性部分15を有している。ここで、「堤体10の他の部分」とは、堤体10を構成する地盤でかつ高遮水性部分15を除く部分のことをいう。
高遮水性部分15は、刃金土のような遮水性の高い地盤材料によって横断面平行四辺形状に形成されているが、高遮水性部分15の横断面形状は、平行四辺形状に限ることはなく、鋼製地中連続壁20が堤体10の内部において高遮水性部分15を上下に貫通できるような形状であればよい。
本実施の形態では、高遮水性部分15の上面は、堤体10の天端10aの上流側略半分を占めており、天端10aと面一になっている。また、高遮水性部分15の上流側の傾斜面は、堤体10の上流法面10bのほぼ全域を構成している。このため、ため池11に貯留されている貯留水の一部が上流法面10bから堤体10の内部に次第に浸透していくのを抑制できる。
【0029】
なお、本実施の形態では、高遮水性部分15は既設の堤体10に設けられたものであるが、これに限ることはない。例えば、高遮水性部分15の一部を新たな刃金土のような遮水性の高い地盤材料で入れ替えてもよいし、高遮水性部分15に遮水性の高い地盤材料を増加してよい。さらに、堤体10を新設で施工する際に、高遮水性部分15を新設で施工してもよい。
【0030】
また、堤体10には、鋼製地中連続壁20が堤体10の延在方向(図2(A)において紙面と直交する方向)に沿って設けられている。
すなわち、堤体10の内部には、鋼製地中連続壁20が堤体10の延在方向(長手方向)に沿って平面視おいて連続的に一直線状に設置されている(図1参照)。つまり、鋼製地中連続壁20はため池11の堤体10の長手方向の一端部から他端部にかけて一直線状に連続的に設置されている。
さらに、鋼製地中連続壁20は、堤体10の幅方向における中央部より上流側に寄った位置、つまり堤体10の上流側の法肩近傍から鉛直に打設されている。
【0031】
また、鋼製地中連続壁20は、高遮水性部分15を上下に貫通するとともに、上端が堤体10の天端10a(高遮水性部分15の上面)に揃えられ、下端が堤体10の下方でかつ軟弱層S1より下方に位置する支持層S2に根入れされている。鋼製地中連続壁20の下端は、耐震性を考慮すると支持層S2に根入れされるのが好ましいが、浸透破壊だけを考慮した場合、堤体10の底部またはその近傍に設置されたり、軟弱層S1に設置されたり、支持層S2の上面に当てるだけでもよい。
【0032】
また、鋼製地中連続壁20のうち、高遮水性部分15を貫通している部分(図2(A)において高さbの部分を貫通している部分)より下方の部分の少なくとも一部は透水性を有している。例えば、鋼製地中連続壁20の高遮水性部分15を貫通している部分より下方で、かつ堤体10の下部を構成する堤体下部地盤や、軟弱層S1に設けられている鋼製地中連続壁20の下端部には、透水孔17(図5参照)が設けられている。
【0033】
鋼製地中連続壁20は、図5に示すように、ハット形の鋼矢板16を複数連結することによって形成されている。
鋼矢板16はウェブ16aと、このウェブ16aの両端部にそれぞれ形成されたフランジ16bと、このフランジ16bのウェブ16aと逆側の端部に形成されたアーム16cとを備え、このアーム16cの先端部に継手16dが形成されている。
そして、隣り合う鋼矢板16,16どうしは継手16d,16dを互いに嵌合することによって連結され、これによって鋼製地中連続壁20が形成されている。
鋼製地中連続壁20を構成する鋼矢板はハット形の鋼矢板に限ることはなく、U形の鋼矢板、直線鋼矢板であってもよい。また、鋼製地中連続壁20は、鋼矢板に限られず、鋼管杭または鋼管矢板で構成されていてもよいし、これらを組み合わせて構成されていてもよい。
【0034】
ウェブ16aは、上側ウェブ16a1と、下側ウェブ16a2とによって一体的に形成され、下側ウェブ16a2には、複数(多数)の楕円形状または円形状の透水孔17が上下左右に所定間隔で設けられ、上側ウェブ16a1には、透水孔17は設けられていない。
そして、透水孔17が設けられている下側ウェブ16a2を有する下側部分が上述した透水性を有している部分となっている。
【0035】
また、透水性を有している部分はこれに限らず、図示は省略するが、例えば、複数の鋼矢板を連結することによって形成された鋼製地中連続壁において、所定数の鋼矢板を他の鋼矢板より短く形成することによって、鋼製地中連続壁の下端部の一部に鋼矢板の幅分の開口を形成し、この開口を上述した透水性を有している部分としてもよい。
【0036】
本実施の形態では、図2(A)に示すように、ため池11の貯留水の一部が堤体10の上流法面10bから水平方向に浸透してくるが、この浸透水は鋼製地中連続壁20で遮水されて下方に向かい、さらに、鋼製地中連続壁20の下端部に設けられた透水孔17(図5参照)を通って鋼製地中連続壁20の背面側の軟弱層S1に流れる。なお、図2(A)において水の流れを太線矢印で示す。
したがって、図2(B)に示すように、堤体10の横断面において、高遮水性部分15の一部である直角三角部分を流れる全流水量を、鋼製地中連続壁20の、前記直角三角形部分に対向する部位を透水する全流水量より多くすることで、高遮水性部分15と鋼製地中連続壁20との間で流水量差を形成して、鋼製地中連続壁20の背後(下流側)の堤体10内で確実に先に排水させ、堤体10内の水位を下げることができる。
つまり、下記式(3)を満たすことによって、高遮水性部分15と鋼製地中連続壁20との間で流水量差を形成して、堤体10内の水位を下げることができる。
【0037】
【数3】
【0038】
上記(3)式において、左辺は、前記直角三角形部分において水平方向に水が流れるとした場合に、水頭差(dx)、前記直角三角形部分の各高さにおける流線長(a/b・x)の積分値および高遮水性部分(刃金土)15の透水係数kaから定まる全流水量であり、右辺は、鋼製地中連続壁20において水平方向に水が流れるとした場合に、水頭差(b)、鋼製地中連続壁20の厚さを流線長(c)、および鋼製地中連続壁20の透水係数ksから定まる全流水量である。なお、(3)式の左辺において、aは鋼製地中連続壁20が高遮水性部分15を貫通する深度における高遮水性部分15の幅(鋼製地中連続壁20の、堤体10の幅方向に高遮水性部分15と直交する2面のうち、上流側に位置する、高遮水性部分15と接する面の最下端部から、上流法面10bまでの水平距離)、bは鋼製地中連続壁20の高遮水性部分15への貫通長さ(前記最下端部から、天端10aまでの距離)である。また上式において、全流水量を求める際の流水に直交する、流水方向の投影断面積として、奥行き方向(堤体の延在方向)は単位長さとし、高さ方向は、前記直角三角形部と鋼製地中連続壁部では同一のbとしており、左辺と右辺で同一の項目となるため省略している。
【0039】
そして、本実施の形態では、鋼製地中連続壁20の透水係数をks(cm/s)、高遮水性部分15の透水係数をka(cm/s)、鋼製地中連続壁20の厚さをc(cm)、鋼製地中連続壁20が高遮水性部分15を貫通する深度における高遮水性部分15の幅をa(cm)とすると、鋼製地中連続壁20の高遮水性部分15への貫通長さb(cm)を、上記(3)式に基づいて下記(1)式を満たすように設定する。
【0040】
【数4】
【0041】
例えば、鋼製地中連続壁(鋼矢板)の透水係数ks:1×10-6(cm/s)、
鋼製地中連続壁の板厚(鋼矢板板厚)c:1.08(cm)、
高遮水性部分(刃金土)の透水係数ka:5×10-5(cm/s)、
鋼製地中連続壁が高遮水性部分を貫通する深度における高遮水性部分の幅a:250(cm)とすると、
鋼製地中連続壁の高遮水性部分への貫通長さb>102.48(cm)となる。つまり、鋼製地中連続壁の高遮水性部分への貫通長さb(cm)を102.48(cm)より長く設定すればよい。
なお、高遮水性部分の透水係数は、遮水性材料として、現場にて締め固めた状態の透水係数の最大値(土地改良事業設計指針「ため池整備」、農林水産省)とした。
【0042】
また、本実施の形態では、鋼製地中連続壁の高遮水性部分への貫通長さをb(cm)、鋼製地中連続壁の厚さをc(cm)、鋼製地中連続壁が高遮水性部分を貫通する深度における高遮水性部分の幅をa(cm)、高遮水性部分の透水係数をka(cm/s)とすると、鋼製地中連続壁の透水係数ks(cm/s)を、上記(3)式または(1)式に基づいて下記(2)式を満たすように設定する。
【0043】
【数5】
【0044】
例えば、鋼製地中連続壁の板厚(鋼矢板板厚)c:1.08(cm)、
鋼製地中連続壁の高遮水性部分への貫通長さb:200(cm)、
高遮水性部分(刃金土)の透水係数ka:5×10-5(cm/s)
鋼製地中連続壁が高遮水性部分を貫通する深度における高遮水性部分の幅a:250(cm)とすると、
鋼製地中連続壁の透水係数ks(cm/s)<1.14×10-6(cm/s)となる。つまり、鋼製地中連続壁に必要な透水係数ksを1.14×10-6(cm/s)より低く設定すればよい。
なお、高遮水性部分の透水係数は上記と同様である。
【0045】
以上のように、本実施の形態によれば、鋼製地中連続壁20は、堤体10の上流法面10bに沿って、堤体10の他の部分より遮水性が高く、かつ堤体10の幅方向に沿って所定の幅を有する高遮水性部分15を上下に貫通するともに、上端が堤体10の天端10aに揃えられ、下端が堤体10の下方に位置する基礎地盤Sの支持層S2に設置(根入れ)されているので、上流法面10bから水平方向に浸透してきた水は鋼製地中連続壁20で遮水されて下方に向かう。したがって、高遮水性部分15と鋼製地中連続壁20との間で流水量差を形成して、鋼製地中連続壁20の背後(下流側)の堤体10内で確実に先に排水させ、堤体10内の水位を下げることができる。
このように、鋼製地中連続壁20より内側(下流側)の堤体内部における地盤の地下水位を低下させることができるので、堤体10のせん断強度を確保して、堤体10内の有効応力を低下させず、堤体全体における液状化の発生を最小限とすることができ、鋼製地中連続壁自体の剛性と確保された堤体自体のせん断剛性により堤体10のすべりを抑制し、補強効果の低下または消失を防ぐことができる。
【0046】
また、堤体10の上流法面10bから水平方向に浸透してきた水は鋼製地中連続壁20で遮水されて下方に向かうので、つまり鋼製地中連続壁20に止水性能を担保させることで、堤体10内の水流をコントロールし、鋼製地中連続壁面近傍において下向きに方向転換して、動水勾配を低減できるので、堤体10内のパイピングを抑制して、堤体10の浸透破壊を抑止できるとともに、貯留水が常に存在しているため池11であっても、工事費用を安価に留めつつ堤体の安定性を確保することができる。
また、鋼製地中連続壁20を堤体10の幅方向において1列とすることによって、工期・工費を抑制することができる。
【0047】
さらに、堤体10が損傷した場合にも,鋼製地中連続壁20がフェイルセーフのように機能し、ため池11の貯留水をせき止めることが可能となる。
また、鋼製地中連続壁20のうち、高遮水性部分15を貫通している部分より下方の部分の少なくとも一部が透水性を有しているので、高遮水性部分15より下方の堤体下部地盤やその下方の軟弱層S1となっている地盤において、水流による水圧上昇を抑え有効応力低下を抑止できる。
また、高遮水性部分15を支える下部地盤(軟弱層S1)において、地盤の有効応力の低下を限定的に抑えることができるため、高遮水性部分15の崩壊を防止でき、さらに、堤体10より下方の下部地盤(軟弱層S1)における地下水流を阻害することがない。
【0048】
なお、本実施の形態では、図2(A)に示すように、鋼製地中連続壁20を堤体10の上流側の法肩近傍から打設して、高遮水性部分15を上下に貫通させたが、鋼製地中連続壁20の打設位置は前記法肩近傍に限ることはない。例えば、堤体10の天端10aの幅方向中央部から打設して、高遮水性部分15を上下に貫通させてもよい。要は、高遮水性部分15を堤体10の内部において上下に貫通させるように、鋼製地中連続壁20を堤体10の天端10aから打設すればよい。
【符号の説明】
【0049】
10 堤体
10a 天端
10b 上流法面
11 ため池
20 鋼製地中連続壁
S 基礎地盤
S1 軟弱層
S2 支持層
図1
図2
図3
図4
図5