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特許7324504走査型透過電子顕微鏡による観察方法、走査型透過電子顕微鏡システム及びプログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-02
(45)【発行日】2023-08-10
(54)【発明の名称】走査型透過電子顕微鏡による観察方法、走査型透過電子顕微鏡システム及びプログラム
(51)【国際特許分類】
   H01J 37/22 20060101AFI20230803BHJP
   H01J 37/28 20060101ALI20230803BHJP
   H01J 37/244 20060101ALI20230803BHJP
【FI】
H01J37/22 502G
H01J37/28 C
H01J37/244
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2019203552
(22)【出願日】2019-11-08
(65)【公開番号】P2021077523
(43)【公開日】2021-05-20
【審査請求日】2022-10-14
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 https://iap-jp.org/jsm/conf/youshi/youshi.html、令和1年6月11日 公益社団法人日本顕微鏡学会 第75回学術講演会 名古屋国際会議場(愛知県名古屋市熱田区熱田西町1番1号)、令和1年6月19日(開催期間:令和1年6月17日~令和1年6月19日) https://doi.org/10.1017/S1431927619003155、令和1年8月5日 Microscopy & Microanalysis 2019 the Oregon Convention Center(777 NE Martin Luther King,Jr.Blvd,Portland,OR 97232 USA)、令和1年8月8日(開催期間:令和1年8月4日~令和1年8月8日) https://confit.atlas.jp/guide/event/denchi60/subject/3A16/advanced、令和1年11月6日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業(先端計測分析技術・機器開発プログラム)、開発課題「原子分解能磁場フリー電子顕微鏡の開発」、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002675
【氏名又は名称】弁理士法人ドライト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】柴田 直哉
(72)【発明者】
【氏名】関 岳人
(72)【発明者】
【氏名】大江 耕介
(72)【発明者】
【氏名】幾原 雄一
【審査官】中尾 太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-110878(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2012/0187293(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 37/22
H01J 37/28
H01J 37/244
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子線を試料上で走査し、前記試料を透過した電子を検出して前記試料中の構造を観察する走査型透過電子顕微鏡による観察方法であって、
前記試料を透過した電子を、明視野領域に配置された複数の検出領域を有する分割型検出器で検出した結果を取得するステップと、
前記複数の検出領域でのそれぞれの検出結果に基づいて複数の分割画像を生成し、前記複数の分割画像のそれぞれに対し、信号ノイズ比に基づいて定められたフィルタを作用させて再構成像を生成するステップと、
を有し、
前記信号ノイズ比は、前記複数の検出領域のそれぞれに対応する複素数の位相コントラスト伝達関数と重み付け係数との積和演算によって得られたトータル位相コントラスト伝達関数の絶対値を、ノイズレベルで規格化した値に比例し、
前記複数の検出領域のそれぞれに対応する前記フィルタは、前記信号ノイズ比が最大となる前記重み付け係数に基づいて定められる、観察方法。
【請求項2】
前記信号ノイズ比が最大となる前記重み付け係数は、前記位相コントラスト伝達関数の複素共役とバックグランドレベルから一意に定まる、請求項1に記載の観察方法。
【請求項3】
前記再構成像を生成するステップでは、
前記複数の分割画像をそれぞれフーリエ変換して複数のフーリエ像を求め、
前記複数のフーリエ像と前記重み付け係数との積和演算によってトータルフーリエ像を求め、
前記トータルフーリエ像を逆フーリエ変換して前記再構成像を求める、請求項1又は2に記載の観察方法。
【請求項4】
前記再構成像を生成するステップでは、
前記複数の分割画像のそれぞれにおいて走査済みの領域に対し、前記重み付け係数の逆フーリエ変換として定義される点拡がり関数の一部を切り抜いた窓関数を畳み込むことで、前記再構成像を生成する、請求項1又は2に記載の観察方法。
【請求項5】
前記複数の検出領域にそれぞれ対応する前記位相コントラスト伝達関数は、前記複数の検出領域のそれぞれの形状及び配置に依存した値をとる、請求項1~4の何れか1項に記載の観察方法。
【請求項6】
電子線を試料上で走査し、前記試料を透過した電子を検出して前記試料中の構造を観察する走査型透過電子顕微鏡システムであって、
前記電子線を発生する照射源と、
前記照射源から発生された前記電子線を前記試料に向けて収束させる収束装置と、
明視野領域に配置された複数の検出領域を有する分割型検出器を有し、前記試料を透過した電子を検出領域ごとに検出する検出部と、
前記複数の検出領域でのそれぞれの検出結果に基づいて複数の分割画像を生成し、前記複数の分割画像のそれぞれに対し、信号ノイズ比に基づいて定められたフィルタを作用させて再構成像を生成するコンピュータと、
を備え、
前記信号ノイズ比は、前記複数の検出領域のそれぞれに対応する複素数の位相コントラスト伝達関数と重み付け係数との積和演算によって得られたトータル位相コントラスト伝達関数の絶対値を、ノイズレベルで規格化した値に比例し、
前記複数の検出領域のそれぞれに対応する前記フィルタは、前記信号ノイズ比が最大となる前記重み付け係数に基づいて定められる、走査型透過電子顕微鏡システム。
【請求項7】
走査型透過電子顕微鏡による観察方法をコンピュータに実行させるためのプログラムであって、
前記コンピュータに、
試料を透過した電子を、明視野領域に配置された複数の検出領域を有する分割型検出器で検出した結果を取得するステップと、
前記複数の検出領域でのそれぞれの検出結果に基づいて複数の分割画像を生成し、前記複数の分割画像のそれぞれに対し、信号ノイズ比に基づいて定められたフィルタを作用させて再構成像を生成するステップと、
を実行させ、
前記信号ノイズ比は、前記複数の検出領域のそれぞれに対応する複素数の位相コントラスト伝達関数と重み付け係数との積和演算によって得られたトータル位相コントラスト伝達関数の絶対値を、ノイズレベルで規格化した値に比例し、
前記複数の検出領域のそれぞれに対応する前記フィルタは、前記信号ノイズ比が最大となる前記重み付け係数に基づいて定められる、プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、走査型透過電子顕微鏡による観察方法、走査型透過電子顕微鏡システム及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
材料中の原子を観察する手法として走査型透過電子顕微鏡法(STEM)が知られている。STEMは、細く収束させた電子線(プローブ)を試料上で走査して、試料の各点から透過散乱された電子を検出器により検出して、試料中の構造を観察する手法である。STEMでは、試料を透過して高角度散乱された電子を環状検出器で検出する高角度環状暗視野(HAADF)法が広く利用されている。また、近年、試料を透過して低角度散乱された電子を明視野領域に配置された環状検出器で検出する環状明視野(ABF)法が利用されている(例えば、非特許文献1参照)。
【0003】
HAADF法により、主に試料中の重元素を観察することができ、ABF法により、主に試料中の軽元素を観察することができる。特に、水素(H)、リチウム(Li)、酸素(O)等の軽元素は、蓄電池や燃料電池等のキャリアとして働くため、そのダイナミクスや局所構造による電池特性への影響を原子レベルで解明することは極めて重要である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】S. D. Findlay, N. Shibata, H. Sawada, E. Okunishi, Y. Kondo, T. Yamamoto, and Y. Ikuhara, “Robust atomic resolution imaging of light elements using scanning transmission electron microscopy” Applied Physics Letters 95, 191913 (2009).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来の環状検出器では、電子線の強度を円環状に一括平均して検出していたため、電子散乱の異方性等の情報を取得することができず、利用可能性が限定的であった。また、軽元素を含む材料は電子線照射に弱いため、ABF法による観察は、照射損傷が少ない低電子線量(低ドーズ)条件下で行うことが好ましいが、低ドーズ条件では、得られる画像の信号ノイズ比(SN比)が低下してしまうという課題がある。そのため、低ドーズ条件でも試料中の原子を高コントラストで観察可能な手法が必要とされている。
【0006】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、複数の検出領域を有する分割型検出器を用いて試料中の原子を高コントラストで観察可能とする走査型透過電子顕微鏡による観察方法、走査型透過電子顕微鏡システム及びプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の実施形態に係る観察方法は、電子線を試料上で走査し、試料を透過した電子を検出して試料中の構造を観察する走査型透過電子顕微鏡による観察方法であって、試料を透過した電子を、明視野領域に配置された複数の検出領域を有する分割型検出器で検出した結果を取得するステップと、複数の検出領域でのそれぞれの検出結果に基づいて複数の分割画像を生成し、複数の分割画像のそれぞれに対し、信号ノイズ比に基づいて定められたフィルタを作用させて再構成像を生成するステップと、を有する。信号ノイズ比は、複数の検出領域のそれぞれに対応する複素数の位相コントラスト伝達関数と重み付け係数との積和演算によって得られたトータル位相コントラスト伝達関数の絶対値を、ノイズレベルで規格化した値に比例し、複数の検出領域のそれぞれに対応するフィルタは、信号ノイズ比が最大となる重み付け係数に基づいて定められる。
【0008】
本発明の実施形態に係る走査型透過電子顕微鏡システムは、電子線を試料上で走査し、試料を透過した電子を検出して試料中の構造を観察する走査型透過電子顕微鏡システムであって、電子線を発生する照射源と、照射源から発生された電子線を試料に向けて収束させる収束装置と、明視野領域に配置された複数の検出領域を有する分割型検出器を有し、試料を透過した電子を検出領域ごとに検出する検出部と、複数の検出領域でのそれぞれの検出結果に基づいて複数の分割画像を生成し、複数の分割画像のそれぞれに対し、信号ノイズ比に基づいて定められたフィルタを作用させて再構成像を生成するコンピュータと、を備える。信号ノイズ比は、複数の検出領域のそれぞれに対応する複素数の位相コントラスト伝達関数と重み付け係数との積和演算によって得られたトータル位相コントラスト伝達関数の絶対値を、ノイズレベルで規格化した値に比例し、複数の検出領域のそれぞれに対応するフィルタは、信号ノイズ比が最大となる重み付け係数に基づいて定められる。
【0009】
本発明の実施形態に係るプログラムは、走査型透過電子顕微鏡による観察方法をコンピュータに実行させるためのプログラムであって、コンピュータに、試料を透過した電子を、明視野領域に配置された複数の検出領域を有する分割型検出器で検出した結果を取得するステップと、複数の検出領域でのそれぞれの検出結果に基づいて複数の分割画像を生成し、複数の分割画像のそれぞれに対し、信号ノイズ比に基づいて定められたフィルタを作用させて再構成像を生成するステップと、を実行させる。信号ノイズ比は、複数の検出領域のそれぞれに対応する複素数の位相コントラスト伝達関数と重み付け係数との積和演算によって得られたトータル位相コントラスト伝達関数の絶対値を、ノイズレベルで規格化した値に比例し、複数の検出領域のそれぞれに対応するフィルタは、信号ノイズ比が最大となる重み付け係数に基づいて定められる。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、分割型検出器を構成する複数の検出領域でのそれぞれの検出結果に基づいて生成された複数の分割画像に対して、信号ノイズ比が最大となる重み付け係数に基づくフィルタを作用させて再構成像を生成するようにした。これにより、試料中の原子を高コントラストで観察することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本実施形態の走査型透過電子顕微鏡システムの主な構成を示す模式図である。
図2図1の分割型検出器と第1光センサ部との接続関係を示す模式図である。
図3】本実施形態の観察方法を実行するコンピュータの構成を示す概略図である。
図4】周波数フィルタリングによる観察方法を説明するための模式図である。
図5】周波数フィルタリングによる観察方法及び従来の環状明視野法のシミュレーション結果の一例である。
図6】周波数フィルタリングによる観察方法及び従来の環状明視野法の実験結果の一例である。
図7】実空間フィルタリングによる観察方法と周波数フィルタリングによる観察方法とを比較する模式図である。
図8】一検出領域の真の点拡がり関数と近似点拡がり関数とを示す模式図である。
図9】近似点拡がり関数を用いた畳み込みによる実空間フィルタリングを説明する模式図である。
図10】周波数フィルタリングで得られたシミュレーション画像と、近似点拡がり関数を用いた畳み込みによる実空間フィルタリングで得られたシミュレーション画像の一例である。
図11】分割数の異なる様々な分割型検出器を用いて得られる画像と、従来の環状明視野法で得られた画像の一例である。
図12】円形及び環状の検出領域からなる分割型検出器の構成を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照して本発明の実施形態について説明する。図面全体を通して、同一又は同様の構成要素には同一の参照符号を付している。図面は模式的なものであり、平面寸法と厚みとの関係、及び各部材の厚みの比率は現実のものとは異なる。また、図面相互間においても互いの寸法の関係や比率が異なる部分が含まれていることは勿論である。
【0013】
<システム構成>
まず、本実施形態のシステム構成について説明する。
【0014】
図1に、本実施形態の走査型透過電子顕微鏡システム100の主な構成を示す。走査型透過電子顕微鏡システム100は、STEM結像法を実現するシステムであり、図1に示すように、照射源101と、収束レンズ102と、試料ホルダ103と、検出部107と、A/Dコンバータ109と、コンピュータ110とを備える。検出部107は、分割型検出器105と、暗視野検出器106と、第1光センサ部108Aと、第2光センサ部108Bとを備える。
【0015】
分割型検出器105は、光ファイバ束121を介して第1光センサ部108Aに接続され、暗視野検出器106は、光ファイバOP20を介して第2光センサ部108Bに接続されている。光ファイバ束121は、図2に示すように、光ファイバOP1~OP16から構成される。また、第1光センサ部108A及び第2光センサ部108BはA/Dコンバータ109に接続され、A/Dコンバータ109はコンピュータ110に接続されている。
【0016】
照射源101は、電子銃を有し、陰極から放出された電子を陽極で加速させて電子線EBを発生する。
【0017】
収束レンズ102は、照射源101の下流側に配置されており、照射源101から発生された電子線EBを試料ホルダ103内の試料Sに向けて収束させる収束装置である。
【0018】
試料ホルダ103は、観測対象の試料Sを保持し、且つ試料Sを位置決めする。
【0019】
分割型検出器105は、明視野領域に配置された円盤状の検出器であり、試料Sを透過して低角度散乱された電子を検出する。分割型検出器105は、図2に示すように、円形を動径方向に4分割し、且つ方位角方向に4分割して得られる16個の扇型の検出領域1~16を有する。検出領域1~16は、それぞれ、光ファイバOP1~OP16を介して第1光センサ部108Aに接続されている。
【0020】
検出領域1~16の各々は検出面上にシンチレータを有し、試料Sから散乱された電子の信号をシンチレータによって光信号に変換する。検出領域1~16のシンチレータによって取得された光信号は、それぞれ、光ファイバOP1~OP16を介して第1光センサ部108Aに出力される。
【0021】
なお、分割型検出器105を構成する検出領域の数は2以上であればよく、特に限定されない。また、各検出領域の形状は任意に設計することができる。
【0022】
暗視野検出器106は、試料Sを透過して高角度散乱された電子を検出するHAADF検出器である。暗視野検出器106は検出面上にシンチレータを有し、試料Sから散乱された電子の信号をシンチレータによって光信号に変換する。暗視野検出器106で取得された光信号は光ファイバOP20を介して第2光センサ部108Bに出力される。
【0023】
第1光センサ部108Aは、図2に示すように、分割型検出器105の検出領域1~16にそれぞれ対応して16個の光電子倍増管(PMT)を有する。これら16個のPMTは、それぞれ、光ファイバOP1~OP16に接続されている。各PMTは、対応する光ファイバを介して入力された光信号に対して光電変換と増幅処理を施し、得られた電気信号(アナログ信号)をA/Dコンバータ109に出力する。
【0024】
第2光センサ部108BはPMTを有し、暗視野検出器106から光ファイバOP20を介して入力された光信号に対して光電変換と増幅処理を施し、得られた電気信号(アナログ信号)をA/Dコンバータ109に出力する。
【0025】
A/Dコンバータ109は、第1光センサ部108Aの各PMTから出力された電気信号と、第2光センサ部108BのPMTから出力された電気信号とをデジタル信号に変換し、これらのデジタル信号をコンピュータ110に出力する。
【0026】
コンピュータ110は、図3に示すように、制御装置111と、ディスプレイ112と、記憶装置113と、メインメモリ114と、入力装置115と、通信インターフェース116とを備え、各装置はバスを介して相互に接続されている。
【0027】
制御装置111は、Central Processing Unit(CPU)を有し、記憶装置113に格納されたプログラムに従って、検出部107からA/Dコンバータ109を介して得られた検出結果に基づき、後述の観察方法(図4図7図9参照)を実行する。
【0028】
ディスプレイ112は、液晶ディスプレイ(LCD)、プラズマディスプレイ、又は有機エレクトロ・ルミネッセンス(EL)ディスプレイ等のディスプレイであり、制御装置111により実行された観察方法により得られた結果を表示する。
【0029】
記憶装置113は不揮発性メモリであり、制御装置111によって実行される各種のプログラム及びこれらのプログラムの実行時に必要なデータを格納している。
【0030】
メインメモリ114は揮発性メモリである。記憶装置113に格納されたプログラム及びデータは、メインメモリ114にロードされて実行される。
【0031】
なお、制御装置111によって実行されるプログラム及びこれらのプログラムの実行時に必要なデータは、コンピュータ110に着脱可能で、且つ非一時的なコンピュータ読み取り可能な記録媒体(例えば、メモリカード)に記録されていてもよいし、通信インターフェース116を介してネットワークから受信するようにしてもよい。
【0032】
入力装置115は、キーボード、マウス、タッチパネル等の入力デバイスであり、ユーザによる操作入力を受け付ける。
【0033】
通信インターフェース116は、Local Area Network(LAN)、Wide Area Network(WAN)、インターネット等のネットワークを介して外部機器との間でデータの送受信を行うためのインターフェースである。
【0034】
なお、制御装置111では、CPU等の汎用ハードウェアの代わりに、本実施形態の観察方法の実現に特化した、Application Specific Integrated Circuit(ASIC)又はField Programmable Gate Array(FPGA)等の専用ハードウェアを採用してもよい。
【0035】
<走査型透過電子顕微鏡による観察方法>
次に、図4図10を参照して、本実施形態の走査型透過電子顕微鏡による観察方法(STEM結像法)を詳細に説明する。
【0036】
(I)周波数フィルタリングによる観察方法
まず、図4図6を参照して、本実施形態に係る周波数フィルタリングによる観察方法を説明する。
【0037】
周波数フィルタリングによる観察方法は、図4に示すように、分割型検出器105の検出領域1~16から同時取得したSTEM像(強度I1~I16の分割画像)に対して周波数フィルタ(重みW1~W16)を作用させ、得られたそれぞれの信号を足し合わせて1枚のSTEM像を再構成するものである。試料S中の原子を高コントラストで結像するためには、以下で詳細に述べるように、分割型検出器105の各検出領域に最適な周波数フィルタを設計する必要がある。
【0038】
以下では、まず、試料Sが十分薄いときに有効な弱位相物体近似(weak phase object approximation)(以下、WPOAと呼ぶ。)のもとでのSTEM結像法を説明する。その後、有限の厚みを有する試料Sを考慮したthick WPOA(以下、tWPOAと呼ぶ。)のもとでのSTEM結像法を説明する。
【0039】
WPOAでは、試料Sが電子線EBの入射方向に投影されて2次元的に扱われ、且つ試料S内部での電子の伝搬が無視されるものと仮定している。このような近似は、試料Sの厚みがプローブ(収束電子線)の被写界深度Δzよりも十分に小さいときに成り立つ。被写界深度Δzはλ/α2に等しい。ここで、λ及びαは、それぞれ、電子線EBの波長及び収束半角である。なお、WPOAで扱われる十分薄い試料Sには、グラフェンのような原子数層の厚みを有する2次元物質も含まれる。
【0040】
STEM結像法において分割型検出器105で検出されるのは、電子線EBの回折パターンの強度I(k,Rp)である。ここで、kは分割型検出器105の面上での2次元逆空間座標を示し、Rpは実空間でのプローブ位置である。
【0041】
WPOAのもとで、プローブ位置Rpでの強度I(k,Rp)をフーリエ変換すると、式(1)のように空間周波数Qpでのフーリエ像G(k,Qp)が得られる。
【数1】
ここで、*は複素共役を表す。
【0042】
式(1)のT(k)は、逆空間における入射電子の振幅及び位相を示すレンズ伝達関数であり、式(2)のように表される。
【数2】
【0043】
式(2)のA(k)は絞り関数であり、式(3)のように与えられる。
【数3】
ここで、k0は逆空間での絞り関数の半径で、A0は以下の式(4)を満たすように設定された規格化定数である。
【数4】
なお、絞り関数の半径は収束半角αによって表され、α=λk0を満たす。
【0044】
式(2)のχ(k)は収差関数であり、式(5)のように与えられる。
【数5】
ここで、Δfはデフォーカス(焦点ずれ)値である。なお、一般にはデフォーカス以外の収差が残留しており、χ(k)に収差の種類に応じた様々な項が付随して現れるが、本実施形態のSTEM結像法の理論的導出は、デフォーカス以外の収差は補正されていると仮定している。
【0045】
式(1)のVp(Qp)は逆空間における試料Sの投影ポテンシャルであり、試料Sを構成する原子種やその構造、観察方位に依存する。Vp(Qp)は、実空間における試料Sの投影ポテンシャルをフーリエ変換することで得られる。
【0046】
式(1)のσは相互作用定数であり、式(6)のように与えられる。
【数6】
ここで、hはプランク定数、mは電子の相対論的質量、eは電子の電気素量である。mとλは、加速電圧に応じた変数である。電子顕微鏡観察では、目的に応じて加速電圧を設定するため、加速電圧に応じてσの値は変化するが(例えば、200kV、80kVなど)、同一観察条件では定数となる。
【0047】
N個の検出領域を有する分割型検出器105を用いる場合、i番目(i=1、2、…、N)の検出領域での検出結果に基づいて生成されるSTEM像(分割画像)の実空間での強度Ii(Rp)は、式(7)のように与えられる。
【数7】
【0048】
式(7)のDi(k)はi番目の検出領域の検出器応答関数であり、式(8)に示すように、i番目の検出領域の内部では1を返し、その外側では0を返す。
【数8】
【0049】
強度Ii(Rp)をフーリエ変換すると、式(9)のように空間周波数Qpでのフーリエ像Gi(Qp)が求められる。
【数9】
【0050】
式(9)のdiはi番目のSTEM像のバックグランド強度(試料Sがないときに真空中で電子線EBを照射したときの強度)であり、式(10)のように与えられる。
【数10】
【0051】
式(9)のβi(Qp)はi番目の検出領域に対応する位相コントラスト伝達関数(phase contrast transfer function)(以下、PCTFと呼ぶ。)であり、式(11)のように空間周波数Qpの関数として定義される。
【数11】
PCTFは、複素数で表現され、投影ポテンシャルによって与えられる位相のフーリエ成分がどのようにi番目の検出領域から画像に伝達しているか(すなわち、STEM像のコントラストの振る舞い)を示しており、電子線EBの加速電圧(kV)、収束半角(mrad)、分割型検出器105の各検出領域の形状及び配置等のSTEM観察条件から一意に定まり、試料Sに依存しない。
【0052】
それぞれの検出領域から得られたSTEM像の強度I1(Rp)、I2(Rp)、…、IN(Rp)を足し合わせることで、位相情報を効率的に得ることができるが、本実施形態では、周波数フィルタを介してそれぞれのSTEM像の強度を足し合わせる。具体的には、式(12)に示すように、検出領域ごとにGi(Qp)と重み付け係数(i番目のSTEM像の周波数フィルタ)Wi(Qp)との積和演算をすることによって、トータルフーリエ像Gtot(Qp)を求める。
【数12】
【0053】
ここで、式(13)のように、i番目の検出領域に対応するPCTFβi(Qp)と重み付け係数Wi(Qp)との積和演算によって、トータルPCTFβtot(Qp)を定義する。
【数13】
【0054】
高コントラストでの結像に最適な重み付け条件を決定するため、まず、式(14)で与えられるノイズレベル(ノイズ強度)Ntot(Qp)を定義する。
【数14】
【0055】
式(12)~式(14)より、空間周波数Qpでの信号ノイズ比(SN比)Gtot(Qp)/Ntot(Qp)は、式(15)のように表される。
【数15】
【0056】
これより、各空間周波数Qpにおいて、トータルPCTFの絶対値をノイズレベルで規格化した値、すなわち、PCTFノイズ比|βtot(Qp)|/Ntot(Qp)が最大となる重み付け係数Wi(Qp)を求めればよい。よって、式(15)においてコーシー・シュワルツの不等式を利用すると、式(16)が成り立つ。
【数16】
【0057】
式(16)の左辺を最大にする条件は式(17)で与えられる。
【数17】
ここで、K(Qp)は、空間周波数Qpで定められる任意関数である。式(17)より、SN比が最大となる重み付け係数Wi(Qp)は、各検出領域に対応するPCTFの複素共役とバックグランド強度(バックグランドレベル)から一意に定めることができる。また、この重み付け係数Wi(Qp)は、STEM観察条件から定まり、試料Sには依存しないことがわかる。
【0058】
式(17)より、SN比が最大となる重み付け係数Wi(Qp)は、PCTFの複素共役に比例し、バックグランドレベルに反比例している。これは、バックグランドレベルが大きくノイズが顕著になると、重み付けを小さくし、反対に、PCTFが大きくなるにつれ、重み付けも大きく設定することを意味している。
【0059】
式(17)を式(12)に代入して得られたトータルフーリエ像Gtot(Qp)を逆フーリエ変換することにより、式(18)のように、再構成されたSTEM像の強度Itot(Rp)が得られる。
【数18】
【0060】
上述のWPOAでのSTEM結像法は、以下で述べるように、tWPOAでのSTEM結像法に拡張することができる。tWPOAでは、試料Sがプローブの被写界深度Δzよりも厚い場合を扱い(例えば、加速電圧120kV、収束半角30mradでΔz=3.7nm)、試料S内部での電子の伝搬の効果を考慮する必要がある。
【0061】
tWPOAでは、有限の厚みを有する試料Sが多数のスライスからなるものとし、STEM像のコントラストが、各スライスのコントラストの和(積分)で表されるものと仮定している。各スライスの厚みがプローブの被写界深度Δzよりも十分小さく、各スライスの投影ポテンシャルが等しいとすると、tWPOAにおけるSTEM像のコントラストの振る舞いを示す積分型位相コントラスト伝達関数(integrated PCTF)(以下、iPCTFと呼ぶ。)は、各スライスに対する従来型のPCTFをzで積分することで求められる。
【0062】
すなわち、iPCTFβthick(Qp)は、試料Sの厚みをtとすると、式(19)のように表される。
【数19】
ここで、被積分関数β(Qp;z)は、収束された電子線EBの焦点面を基準として試料Sの厚み方向において位置zにあるスライスに対する従来型のPCTFであり、Δfは、試料Sの表面に対するデフォーカス値である。
【0063】
β(Qp;z)中の収差関数χ(k)は、式(20)のように与えられる。
【数20】
式(20)の右辺第1項は、試料S中のスライスに対するデフォーカス収差であり、第2項χ0(k)は、デフォーカス以外のレンズ収差である。
【0064】
式(9)~式(16)のPCTFβi(Qp)をi番目の検出領域に対応するiPCTFβi thick(Qp)に置き換えると、tWPOAのもとでSN比が最大となる重み付け係数Wi thick(Qp)は、式(21)のように与えられる。
【数21】
【0065】
式(12)のβi(Qp)とWi(Qp)を、それぞれ、βi thick(Qp)と式(21)のWi thick(Qp)に置き換えることでトータルフーリエ像Gtot thick(Qp)が得られ、このGtot thick(Qp)を逆フーリエ変換することにより、式(22)のように、tWPOAのもとで再構成されたSTEM像の強度Itot thick(Rp)が得られる。
【数22】
【0066】
図5に、試料S中の層状構造を有するLiCoOを、積層方向と直交する方向(ミラー指数表記では[010]方向)から観察したときに、本実施形態の周波数フィルタリングによる観察方法(Our Method)で得られたシミュレーション画像と、従来のABF法で得られたシミュレーション画像とを、ドーズ量ごとに示す。具体的には、ドーズ量が、256e/pixel=9664e/Å、64e/pixel=2416e/Å、16e/pixel=604e/Å、4e/pixel=151e/Åであるときのシミュレーション結果をそれぞれ示している。ここでは、試料Sを観察方向から見たときの厚みを10nm、加速電圧を120kV、収束半角を30mradとし、それぞれのドーズ量に対応したショットノイズを像に導入した。
【0067】
図5に示すように、ドーズ量が多くノイズが少ない場合は、本実施形態の観察方法も従来のABF方法も、リチウム(Li)、酸素(O)及びコバルト(Co)が可視化されていることがわかる。ドーズ量を下げていくと、SN比が低下し、従来のABF方法では、各原子を観察することが難しくなる。一方、本実施形態の観察方法は、低ドーズ条件下でもリチウム(Li)のカラムが可視化されていることがわかる。
【0068】
図6に、本実施形態の周波数フィルタリングによる観察方法(Our Method)及び従来のABF法のそれぞれについて、照射損傷が少ない低ドーズ条件(約275e/pixel)下の実験で取得されたSTEM像A及びBを示す。ここでも、試料Sを観察方向から見たときの厚みを10nm、加速電圧を120kV、収束半角を30mradとした。図6において、STEM像Bの右上に示す白色のスケールバーは5Åに対応している。図6より、ABF法では判別することが困難なLi(リチウム)のカラムが、本実施形態の観察方法では、低ドーズ条件下でも明瞭に可視化されていることがわかる。
【0069】
(II)実空間フィルタリングによる観察方法
次に、図7図9を参照して、本実施形態に係る実空間フィルタリングによる観察方法を説明する。
【0070】
上述の周波数フィルタリングによる観察方法では、図7に示すように、分割型検出器105のそれぞれの検出領域から同時に取得されたSTEM像(強度Ii(Rp))をフーリエ変換してフーリエ像Gi(Qp)を求め、Gi(Qp)と周波数フィルタ(重み付け係数)Wi(Qp)との積和演算によってトータルフーリエ像Gtot(Qp)を求め、Gtot(Qp)を逆フーリエ変換することで、実空間において再構成されたSTEM像(強度Itot(Rp))を得る。すなわち、各検出領域からのSTEM像全体を取得した後に周波数フィルタを作用させているため、周波数フィルタリングとSTEM像の再構成は後処理として行われている。
【0071】
一方、電子線EBの照射に弱い試料Sの観察では、照射損傷を防ぐため、収差等の光学系の調整や観察条件の調整を、試料Sを走査しながらリアルタイムで行うことが好ましい。このようなリアルタイム処理を実現するため、実空間フィルタリングによる観察方法では、再構成されたSTEM像の強度Itot(Rp)を式(23)のように定義する。
【数23】
【0072】
式(23)において、丸付きの乗算記号は畳み込み演算子である。Itot(Rp)は、式(18)と同様に、空間周波数Qpでのトータルフーリエ像Gtot(Qp)の逆フーリエ変換として定義される。また、wi(Rp)は、実空間フィルタとしての点拡がり関数(point spread function)(以下、PSFと呼ぶ。)であり、式(24)のように、空間周波数Qpでの周波数フィルタ(重み付け係数)Wi(Qp)の逆フーリエ変換として定義される。
【数24】
【0073】
このように、実空間フィルタリングを用いた観察方法は、図7に示すように、上述の周波数フィルタリングとは異なり、フーリエ変換を介さない実空間上での処理である。すなわち、それぞれの検出領域から得られた実空間上でのSTEM像に、実空間フィルタとしてのPSFを畳み込んで足し合わせることで、再構成されたSTEM像を得るものである。このような手法により、上述の周波数フィルタリングによる処理(後処理)と等価な結果を得ることができる。
【0074】
式(24)の周波数フィルタWi(Qp)又はPSFwi(Rp)のサンプリング画素数は、i番目の検出領域から得られるSTEM像(強度Ii(Rp))の画素数と同じである。例えば、各検出領域から得られるSTEM像が256×256画素(256画素四方)でサンプリングされるのであれば、PSFwi(Rp)も256×256画素(256画素四方)を有する。よって、このPSFwi(Rp)を用いるのであれば、STEM像全体(例えば、256×256画素)が取得された後でないと、STEM像の再構成をすることはできない。
【0075】
ここで、プローブは、焦点面(Δf=0)において実空間上で最も収束されるような形状となっている。高分解能観察に用いられるプローブは、Δfがほぼゼロ又は極めて小さい値となるように設定されることから、PSFの値は、原点付近に局在した振る舞いをする。よって、図8のAに示すように、一の検出領域に対応する真のPSFは、原点付近以外ではほとんどの成分がゼロである。この性質を利用すると、図8のA及びBに示すように、真のPSFを切り抜いて得られる小サイズの近似点拡がり関数(近似PSF)を定義し、この近似PSFと一部のIi(Rp)のみから式(23)を近似的に処理することができる。図8では、256画素四方の真のPSFから16画素四方の近似PSFを切り抜く例を示しているが、真のPSFのサイズ、及び近似PSFのサイズは特に限定されない。
【0076】
図9に示すように、i番目の検出領域に対応するSTEM像(強度Ii(Rp))は所定ラインごとに(例えば、1ラインごとに)走査することで取得されるが、取得されるSTEM像のうち走査済みの領域130について近似PSFを畳み込むことによって、STEM像全体が取得されていなくても、試料Sを走査したそばから再構成像を生成することができる。また、このようなリアルタイム処理により、試料Sを走査しながら、収差等の光学系の調整や観察条件の調整を行うことも可能となる。
【0077】
図10に、試料S中のLiCoOを[010]方向から観察したシミュレーション画像を示す。図10のAは、周波数フィルタリングで得られたSTEM像であり、図10のBは、近似PSFの畳み込みによる実空間フィルタリングで得られたSTEM像である。ここで、試料Sの厚みを10nm、加速電圧を120kV、収束半角を30mradとし、ショットノイズを導入し、ドーズ量を25e/pixel=473e/Åとしている。また、実空間フィルタリング用いた近似PSFのサイズは16画素四方(16×16画素)である。
【0078】
図10より、STEM像A及びSTEM像Bはほぼ同様の結果を示しており、低ドーズ条件でリチウム(Li)のカラムが明瞭に可視化されていることがわかる。これより、近似PSFの畳み込みによる実空間フィルタリングは、リアルタイム・イメージングに十分に利用可能であると言える。
【0079】
なお、上述の実空間フィルタリングでは、一の検出領域に対応する真のPSFから矩形の近似PSFを切り抜いた例を示した。これは、矩形窓関数で近似PSFを規定することに相当する。しかしながら、本実施形態において畳み込みに用いる近似PSFは、矩形窓関数だけでなく、ハニング窓関数、ハミング窓関数等、他の窓関数によって規定してもよい。
【0080】
本実施形態の観察方法は、様々な分割型検出器に適用可能である。図11に、LiCoOからなる同一の試料Sを[010]方向から観察した場合について、低ドーズ条件下で分割数の異なる様々な分割型検出器から上述の後処理である周波数フィルタリングによりそれぞれ再構成されたSTEMシミュレーション像と、従来型のABF検出器から得られたSTEMシミュレーション像とを示す。ここでは、試料Sの観察方向から見たときの厚みを10nm、加速電圧を120kV、収束半角を30mradとし、ドーズ量を10e/pixelとしている。
【0081】
図11の8分割型検出器は、動径方向に2分割され、方位角方向に4分割された8個の扇型の検出領域を有する。図11の16分割型検出器は、図2に示す分割型検出器105と同じである。図11の40分割型検出器は、動径方向に4分割され、内側から外側に向かって、方位角方向に4分割、8分割、12分割、16分割されて40個の検出領域を有する。
【0082】
図11より、従来型のABF検出器から得られたSTEM像Dは、原子を全く判別することができない。一方、8分割型検出器、16分割型検出器、及び40分割型検出器からそれぞれ得られたSTEM像A、B及びCは、いずれも、原子を明確に判別することができる。
【0083】
本実施形態の分割型検出器105及び図11に示す分割型検出器は、動径方向及び方位角方向に分割された領域を有しているが、例えば、図12に示すように、動径方向のみに分割された領域(円形領域1a、環状領域2a、3a及び4a)を有する分割型検出器を採用してもよい。
【0084】
次に、分割型検出器の各検出領域の形状及び配置とPCTF又はiPCTFとの関係について説明する。
【0085】
式(11)で表されるi番目の検出領域に対応するPCTFβi(Qp)に式(2)を代入して展開すると、PCTFβi(Qp)は式(25)のように表される。
【数25】
【0086】
このとき、検出器応答関数Di(k)は、式(26)のように対称成分Di s(k)と反対称成分Di a(k)に分解することができる。
【数26】
【0087】
すなわち、Di s(k)及びDi a(k)は、それぞれ、式(27)に示す対称性及び式(28)に示す反対称性を示す。
【数27】
【0088】
式(3)及び式(5)より、絞り関数A(k)及び収差関数χ(k)は、それぞれ、式(29)及び式(30)に示すように、原点に対して対称である。
【数28】
【0089】
したがって、検出器応答関数Di(k)の対称成分Di s(k)と反対称成分Di a(k)に対応して、PCTFβi(Qp)も、式(31)に示すように対称成分βi s(Qp)及び反対称成分βi a(Qp)に分解される。
【数29】
ここで、βi s(Qp)及びβi a(Qp)は、それぞれ、βi(Qp)の実数成分及び純虚数成分である。
【0090】
式(31)を式(17)に代入することにより、SN比が最大となる重み付け係数Wi(Qp)は、式(32)のように表される。
【数30】
【0091】
よって、トータルPCTFβtot(Qp)は、式(33)のように表される。
【数31】
【0092】
ここで、分割型検出器のi番目の検出領域が、原点(検出面の中心)に対して対称な形状で配置されているとき、検出器応答関数Di(k)は対称成分Di s(k)のみを有し、反対称成分Di a(k)はゼロであることから、PCTFβi(Qp)は実数成分のみを有する。一方、i番目の検出領域が、原点に対して非対称な形状で配置されている場合は、PCTFβi(Qp)は実数成分と純虚数成分の双方を有する。
【0093】
よって、各検出領域が原点に対して非対称な形状で配置されている分割型検出器の方が、各検出領域が原点に対して対称な形状で配置されている分割型検出器よりも、高コントラストのSTEM像を得ることが可能となる。
【0094】
例えば、図12に示す分割型検出器の各検出領域(円形領域1a、環状領域2a、3a及び4a)は、いずれも原点に対して対称であることから、PCTFβi(Qp)は実数成分のみを有する。一方、図2に示す分割型検出器105の検出領域1~16の各々は、扇型であり、原点に対して非対称であることから、PCTFβi(Qp)は実数成分と純虚数成分の双方を有する。よって、図12に示す分割型検出器よりも図2に示す分割型検出器105を用いた方が、高コントラストのSTEM像を得ることができる。
【0095】
このように、PCTFβi(Qp)は、分割型検出器の各検出領域の形状及び配置に依存した値をとるため、各検出領域の形状及び配置は、取得されるSTEM像のコントラストに影響を及ぼしていると言える。iPCTFβi thick(Qp)についても同様である。
【0096】
以上の本実施形態の観察方法によれば、分割型検出器の各検出領域での検出結果に基づいてSTEM像を生成し、各STEM像に対し、SN比(∝|βtot(Qp)|/Ntot(Qp))が最大となる重み付け係数Wi(Qp)に基づくフィルタを作用させることで、再構成像を生成するようにした。これにより、低ドーズ条件下でも試料S中の軽元素を高コントラストで観察することが可能となる。
【0097】
特に、実空間フィルタリングでは、各検出領域から取得されるSTEM像のうち走査済みの領域に対して近似PSFを畳み込むようにした。これにより、試料Sを走査しながら再構成像を生成する、実空間上でのリアルタイム処理が可能となる。よって、例えば、試料Sを走査しながら、収差等の光学系の調整や観察条件の調整を行うことが可能となる。
【0098】
また、本実施形態の観察方法によれば、リチウム(Li)等の軽元素だけでなく、多孔性材料であるゼオライト、金属有機錯体(MOF)についても、高コントラストでの観察を期待することができる。
【符号の説明】
【0099】
100 走査型透過電子顕微鏡システム
101 照射源
102 収束レンズ
103 試料ホルダ
105 分割型検出器
106 暗視野検出器
107 検出部
108A 第1光センサ部
108B 第2光センサ部
109 A/Dコンバータ
110 コンピュータ
111 制御装置
112 ディスプレイ
113 記憶装置
114 メインメモリ
115 入力装置
116 通信インターフェース
121 光ファイバ束
EB 電子線
S 試料
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12