(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-04
(45)【発行日】2023-08-15
(54)【発明の名称】遺伝子改変鳥類の作出方法および遺伝子改変鳥類
(51)【国際特許分類】
A01K 67/027 20060101AFI20230807BHJP
C12N 15/11 20060101ALN20230807BHJP
【FI】
A01K67/027 ZNA
C12N15/11 Z
(21)【出願番号】P 2018221019
(22)【出願日】2018-11-27
【審査請求日】2021-09-10
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110003753
【氏名又は名称】弁理士法人シエル国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】田上 貴寛
【審査官】山本 匡子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/199225(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/111144(WO,A1)
【文献】特開2005-278614(JP,A)
【文献】特表2008-532939(JP,A)
【文献】特表2006-512062(JP,A)
【文献】内藤 充,ニワトリ受精卵(胚)の体外培養と初期胚操作,ABRI,1992年,Vol.20,p.1-13
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-90
C12Q
A01N
MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/CAPLUS/REGISTRY(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
遺伝子改変鳥類のメスが産卵した受精卵中の胚を、発生初期は、他の卵由来の第1の代理卵殻内において卵殻と接触させた状態で人工培養する工程
と、
発生後期は、前記第1の代理卵殻内で前記卵白組成物の一部を取り除いて又は前記第1の代理卵殻の内容物を第2の代理卵殻に移して、前記胚が空気と接触するようにして前記胚由来の産子が孵化するまで保温する工程と
を有し、
前記第1の代理卵殻内で人工培養する工程では、前記受精卵の胚及び卵黄のみを前記第1の代理卵殻に移すと共に、前記第1の代理卵殻内を他の卵から採取された卵白を用いて調製された前記卵黄よりも比重が大きい卵白組成物で満たして密封し、前記胚が前記卵殻に接触するようにして保温する遺伝子改変鳥類の作出方法。
【請求項2】
前記卵白組成物は、野生型鳥類の未受精卵若しくは受精卵から採取された水様性卵白、又は、該野生型鳥類由来の水様性卵白と前記遺伝子改変鳥類のメスが産卵した未受精卵若しくは受精卵から採取された濃厚卵白及び水様性卵白を超音波処理して得た組成物との混合物である請求項
1に記載の遺伝子改変鳥類の作出方法。
【請求項3】
遺伝子改変鳥類のメスが産卵した受精卵中の胚を、発生初期は、他の卵由来の第1の代理卵殻内において卵殻と接触させた状態で人工培養する工程を有し、
前記第1の代理卵殻内で人工培養する工程では、前記受精卵の胚及び卵黄のみを前記第1の代理卵殻に移すと共に、前記第1の代理卵殻内を他の卵から採取された卵白を用いて調製された前記卵黄よりも比重が大きい卵白組成物で満たして密封し、前記胚が前記卵殻に接触するようにして保温すると共に、
前記卵白組成物として、野生型鳥類の未受精卵若しくは受精卵から採取された水様性卵白、又は、該野生型鳥類由来の水様性卵白と前記遺伝子改変鳥類のメスが産卵した未受精卵若しくは受精卵から採取された濃厚卵白及び水様性卵白を超音波処理して得た組成物との混合物を用いる遺伝子改変鳥類の作出方法。
【請求項4】
前記遺伝子改変鳥類のメスにおける遺伝子改変が、第1の内因性卵白タンパク質遺伝子への第1の外因性構造遺伝子のヘテロ又はホモのノックインである請求項1~3のいずれか1項に記載の遺伝子改変鳥類の作出方法。
【請求項5】
前記遺伝子改変鳥類のメスにおける遺伝子改変が、前記第1の内因性卵白タンパク質遺伝子への前記第1の外因性構造遺伝子のヘテロのノックインであり、前記遺伝子改変鳥類のメスが産卵する受精卵中の胚における遺伝子改変が、前記第1の内因性卵白タンパク質遺伝子への前記第1の外因性構造遺伝子のホモのノックインである請求項4に記載の遺伝子改変鳥類の作出方法。
【請求項6】
前記遺伝子改変鳥類のメスにおける遺伝子改変が、第2の内因性卵白タンパク質遺伝子のヘテロ又はホモのノックアウトである請求項1~3のいずれか1項に記載の遺伝子改変鳥類の作出方法。
【請求項7】
前記遺伝子改変鳥類のメスにおける遺伝子改変が、前記第2の内因性卵白タンパク質遺伝子のヘテロのノックアウトであり、前記遺伝子改変鳥類のメスが産卵する受精卵中の胚における遺伝子改変が、前記第2の内因性卵白タンパク質遺伝子のホモのノックアウトである請求項6に記載の遺伝子改変鳥類の作出方法。
【請求項8】
前記遺伝子改変鳥類のメスにおける遺伝子改変が、第3の内因性卵白タンパク質遺伝子由来の発現調節配列に機能的に接続した第2の外因性構造遺伝子のゲノムへのヘテロ又はホモの非特異的挿入である請求項1~3のいずれか1項に記載の遺伝子改変鳥類の作出方法。
【請求項9】
前記遺伝子改変鳥類のメスにおける遺伝子改変が、前記第3の内因性卵白タンパク質遺伝子由来の発現調節配列に機能的に接続した前記第2の外因性構造遺伝子のゲノムへのヘテロの非特異的挿入であり、前記遺伝子改変鳥類のメスが産卵する受精卵中の胚における遺伝子改変が、前記第3の内因性卵白タンパク質遺伝子由来の発現調節配列に機能的に接続した前記第2の外因性構造遺伝子のゲノムへのホモの非特異的挿入である請求項8に記載の遺伝子改変鳥類の作出方法。
【請求項10】
前記第1~第3の内因性卵白タンパク質遺伝子は、それぞれ、オバルブミン遺伝子、オボムコイド遺伝子、オボムチン遺伝子、オボトランスフェリン遺伝子、オボインヒビター遺伝子およびリゾチーム遺伝子のいずれか1の遺伝子である、請求項4~9のいずれか1項に記載の遺伝子改変鳥類の作出方法。
【請求項11】
前記遺伝子改変鳥類が、ニワトリ、ウズラ、アヒル又はシチメンチョウである請求項1~10のいずれか1項に記載の遺伝子改変鳥類の作出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遺伝子が改変された鳥類の作出方法および当該方法により作出された遺伝子が改変された鳥類に関する。
【背景技術】
【0002】
これまでに、抗体を含む医療用タンパク質や酵素等の多くの種類の有用タンパク質が遺伝子改変された細菌や遺伝子改変された哺乳類細胞で生産される例が知られている。また、ニワトリ等の遺伝子改変動物個体における有用タンパク質生産の例も多く報告されている(特許文献1,2等)。
【0003】
特許文献1には、内因性オバルブミン遺伝子にヒトインターフェロンβ構造遺伝子がノックインされたニワトリ始原生殖細胞(Primordial germ cells、以下「PGC」という。)を作出し、ついで、当該PGCをレシピエント胚に移植することにより、当該PGC由来の遺伝子改変ニワトリを作出したことが開示されている。また、特許文献2には、この遺伝子改変ニワトリのメスが産卵する卵の卵白中にヒトインターフェロンβが高濃度(約5mg/ml)で含まれることが開示されている。当該遺伝子改変ニワトリの卵白における外因性タンパク質の量は、従来の諸研究において作出された遺伝子改変鳥類の卵白における外来タンパク質の量と比較して高いものであり、ニワトリを含む鳥類が、有用タンパク質の効率的な生産系として広く実用化される可能性を示すものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2015/199225号
【文献】国際公開第2017/111144号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、ヒトインターフェロンβ構造遺伝子がヘテロにノックインされた遺伝子改変ニワトリのメスが産卵する受精卵からは産子が通常の孵卵条件下で孵化しなかった。
【0006】
そこで、本発明は、遺伝子改変鳥類のメスが産卵する受精卵から産子を得ることを可能とする遺伝子改変鳥類の作出方法および当該方法により作出された遺伝子改変鳥類を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る遺伝子改変鳥類の作出方法は、遺伝子改変鳥類のメスが産卵した受精卵中の胚を、発生初期は、他の卵由来の第1の代理卵殻内において卵殻と接触させた状態で人工培養する工程と、発生後期は、前記第1の代理卵殻内で前記卵白組成物の一部を取り除いて又は前記第1の代理卵殻の内容物を第2の代理卵殻に移して、前記胚が空気と接触するようにして前記胚由来の産子が孵化するまで保温する工程とを有し、前記第1の代理卵殻内で人工培養する工程では、前記受精卵の胚及び卵黄のみを前記第1の代理卵殻に移すと共に、前記第1の代理卵殻内を他の卵から採取された卵白を用いて調製された前記卵黄よりも比重が大きい卵白組成物で満たして密封し、前記胚が前記卵殻に接触するようにして保温する。
前記卵白組成物には、例えば、野生型鳥類の未受精卵若しくは受精卵から採取された水様性卵白、又は、該野生型鳥類由来の水様性卵白と前記遺伝子改変鳥類のメスが産卵した未受精卵若しくは受精卵から採取された濃厚卵白及び水様性卵白を超音波処理して得た組成物との混合物を用いることができる。
本発明に係る遺伝子改変鳥類の他の作出方法は、遺伝子改変鳥類のメスが産卵した受精卵中の胚を、発生初期は、他の卵由来の第1の代理卵殻内において卵殻と接触させた状態で人工培養する工程を有し、該第1の代理卵殻内で人工培養する工程では、前記受精卵の胚及び卵黄のみを前記第1の代理卵殻に移すと共に、前記第1の代理卵殻内を他の卵から採取された卵白を用いて調製された前記卵黄よりも比重が大きい卵白組成物で満たして密封し、前記胚が前記卵殻に接触するようにして保温すると共に、前記卵白組成物として、野生型鳥類の未受精卵若しくは受精卵から採取された水様性卵白、又は、該野生型鳥類由来の水様性卵白と前記遺伝子改変鳥類のメスが産卵した未受精卵若しくは受精卵から採取された濃厚卵白及び水様性卵白を超音波処理して得た組成物との混合物を用いる。
本発明の遺伝子改変鳥類の作出方法は、例えば、前記遺伝子改変鳥類のメスにおける遺伝子改変が、第1の内因性卵白タンパク質遺伝子への第1の外因性構造遺伝子のヘテロ又はホモのノックインである場合に適用することができる。その場合、前記遺伝子改変鳥類のメスにおける遺伝子改変が、前記第1の内因性卵白タンパク質遺伝子への前記第1の外因性構造遺伝子のヘテロのノックインであり、前記遺伝子改変鳥類のメスが産卵する受精卵中の胚における遺伝子改変が、前記第1の内因性卵白タンパク質遺伝子への前記第1の外因性構造遺伝子のホモのノックインであってもよい。
又は、本発明の遺伝子改変鳥類の作出方法は、例えば、前記遺伝子改変鳥類のメスにおける遺伝子改変が、第2の内因性卵白タンパク質遺伝子のヘテロ又はホモのノックアウトである場合に適用することができる。その場合、前記遺伝子改変鳥類のメスにおける遺伝子改変が、前記第2の内因性卵白タンパク質遺伝子のヘテロのノックアウトであり、前記遺伝子改変鳥類のメスが産卵する受精卵中の胚における遺伝子改変が、前記第2の内因性卵白タンパク質遺伝子のホモのノックアウトであってもよい。
又は、本発明の遺伝子改変鳥類の作出方法は、例えば、前記遺伝子改変鳥類のメスにおける遺伝子改変が、第3の内因性卵白タンパク質遺伝子由来の発現調節配列に機能的に接続した第2の外因性構造遺伝子のゲノムへのヘテロ又はホモの非特異的挿入である場合に適用することができる。その場合、前記遺伝子改変鳥類のメスにおける遺伝子改変が、前記第3の内因性卵白タンパク質遺伝子由来の発現調節配列に機能的に接続した前記第2の外因性構造遺伝子のゲノムへのヘテロの非特異的挿入であり、前記遺伝子改変鳥類のメスが産卵する受精卵中の胚における遺伝子改変が、前記第3の内因性卵白タンパク質遺伝子由来の発現調節配列に機能的に接続した前記第2の外因性構造遺伝子のゲノムへのホモの非特異的挿入であってもよい。
前記第1~3の内因性卵白タンパク質遺伝子は、例えば、それぞれ、オバルブミン遺伝子、オボムコイド遺伝子、オボムチン遺伝子、オボトランスフェリン遺伝子、オボインヒビター遺伝子又はリゾチーム遺伝子のいずれかであり、又は、前記第1~3の内因性卵白タンパク質遺伝子は、例えば、オバルブミン遺伝子である。
また、前記遺伝子改変鳥類は、例えばニワトリ、ウズラ、アヒル又はシチメンチョウである。
【0008】
本発明の遺伝子改変鳥類の作出方法は、遺伝子改変がヘテロになされている遺伝子改変鳥類の受精卵から、遺伝子改変がホモの遺伝子改変鳥類を作出することができる。
【0009】
(定義)
本発明において、「遺伝子改変鳥類」とは、遺伝子改変前の鳥類(たとえば、野生型鳥類)が有するゲノムの塩基配列に対して意図的に変異が導入された塩基配列を有するゲノムを持つ細胞から構成される鳥類を意味する。
【0010】
また、「鳥類胚の人工培養」とは、受精卵中の鳥類胚を、通常の孵卵条件下で培養するのではなく、受精卵およびその胚に対して何らかの人工的な変更を加えた条件で培養することを意味する。人工培養には、後に詳しく述べるように、胚を含む卵黄を本来の卵殻から取り出して別の卵殻や人工培養容器内で培養することが含まれる。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、遺伝子改変鳥類のメスが産卵する受精卵から産子を得ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の第1の実施形態に係る作出方法を示すフローチャートである。
【
図2】
図1に示す工程Aにおける人工培養方法を模式的に示す図である。
【
図3】
図1に示す工程Bにおける人工培養方法を模式的に示す図である。
【
図4】本発明の第2の実施形態に係る作出方法を示すフローチャートである。
【
図5】
図4に示す工程Dにおける人工培養方法を模式的に示す図である。
【
図6】本発明の第3の実施形態に係る作出方法を示すフローチャートである。
【
図7】
図6に示す工程Fにおける人工培養方法を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を実施するための形態について、詳細に説明する。なお、本発明は、以下に説明する実施形態に限定されるものではない。
【0014】
本発明者は、前述の課題を解決するために鋭意検討を行った結果、以下の知見を得た。特許文献1および2に記載されているヒトインターフェロンβ構造遺伝子がヘテロにノックインされた遺伝子改変ニワトリの場合、メスが産卵する卵から産子が孵化しない理由としては、当該受精卵中の卵白の組成が野生型ニワトリのメスが産卵する受精卵中の卵白の組成と異なっていることが考えられる。
【0015】
一般に、遺伝子改変鳥類の卵白中に外因性構造遺伝子の遺伝子産物を効率よく生産した場合には、遺伝子改変鳥類のメスが産卵する受精卵中の卵白の組成は大きく変化する。当該受精卵中の卵白の組成は、当該遺伝子改変鳥類のメスの遺伝子型によって決まるからである。その結果、受精卵中の胚の発生が阻害され胚由来の産子が孵化しない場合が多くあることが推測される。外因性構造遺伝子が内因性タンパク質遺伝子にノックインされた遺伝子改変鳥類の場合だけでなく、ゲノムに非特異的に挿入された外因性構造遺伝子がコードするタンパク質が卵管特異的に発現するような遺伝子改変鳥類の場合も同様の問題がある。
【0016】
また、鳥類の内因性卵白タンパク質の産生を抑えることによって卵白中に生産される外因性タンパク質の純度を上げるためや、アレルゲンでもある内因性卵白タンパク質を有さない点でより安全な卵を得ることを目指して、内因性卵白タンパク質遺伝子がノックアウトされた遺伝子改変鳥類の作出が複数行われている。このような卵白タンパク質遺伝子ノックアウト鳥類の場合にも、当該遺伝子改変鳥類のメスが産卵する受精卵中の卵白の組成は野生型鳥類のメスが産卵する受精卵中の卵白の組成と大きく異なることから、それが原因となって、当該受精卵中の胚に由来する個体が孵化しない場合があることが予測される。
【0017】
外因性構造遺伝子がノックインされた遺伝子改変鳥類の場合、外因性構造遺伝子がコードするタンパク質の効率的生産の観点から、外因性構造遺伝子がホモにノックインされた遺伝子改変鳥類が得られることが望ましい。遺伝子改変が、内因性卵白タンパク質遺伝子のノックアウトである場合、また、外因性構造遺伝子の非特異的な挿入である場合にも、それぞれの遺伝子改変によって意図された形質を有する鳥類又は鳥類の卵をより効率的に得るためには、当該遺伝子改変がホモになされている鳥類を作出することが望ましい。
【0018】
遺伝子改変がホモになされている遺伝子改変鳥類を得るためには、遺伝子改変がヘテロになされている遺伝子改変鳥類のオスとメスとを交配してその産子を得ることが必要である。また、そのためには、遺伝子改変がヘテロになされている遺伝子改変鳥類のメスが産卵した受精卵からの産子が得られることが必要である。したがって、遺伝子改変の結果、受精卵中の卵白の組成が野生型鳥類のメスが産卵する受精卵中の卵白の組成と異なっており、その結果、通常の孵卵条件下では当該受精卵中の胚由来の産子が得られないような遺伝子改変鳥類のメスが産卵する受精卵から産子を得る方法が求められている。
【0019】
のちに詳述するように、本発明の発明者は、内因性オバルブミン遺伝子にヒトインターフェロンβ構造遺伝子がノックインされた遺伝子改変ニワトリに加えて、ヒト抗体構造遺伝子がノックインされた遺伝子改変ニワトリをも作出し、この遺伝子改変ニワトリのメスが産卵した卵からも通常の孵卵条件下では産子が孵化しないことを見出した。さらに、インターフェロンβ構造遺伝子がノックインされた遺伝子改変ニワトリおよびヒト抗体構造遺伝子がノックインされたニワトリのメスが産卵する受精卵中の卵白の比重を調べたところ、それらの卵白の比重は、野生型ニワトリのメスが産卵する受精卵中の卵白の比重と比べて小さく、さらに、卵黄の比重よりも小さいことを見出した。
【0020】
(第1の実施形態)
本発明の第1の実施形態に係る遺伝子改変鳥類の作出方法(以下、単に「作出方法」という。)は、遺伝子改変鳥類のメスが産卵する受精卵中の胚を、その発生初期において、胚を卵殻に接触させた状態で第1の代理卵殻内で培養する工程(以下「工程A」という。)、および、その発生後期において、第1の卵殻とは異なる第2の代理卵殻内で培養する工程(以下「工程B」という。)を行う。なお、「第1の代理卵殻」および「第2の代理卵殻」については後に説明する。
【0021】
本実施形態の作出方法のフローチャートを
図1に示す。
図1に示すように、工程Aでは、例えば、受精卵を割卵し受精卵の内容物を容器に移す工程(S1)と、受精卵の内容物中の胚と卵黄のみを第1の代理卵殻に移す工程(S2)と、第1の代理卵殻を卵白組成物で満たし密封する工程(S3)と、胚を第1の代理卵殻内で保温する工程(S4)を行う。また、工程Bでは、例えば、第1の代理卵殻の内容物を第2の代理卵殻に移す工程(S5)と、胚を第2の代理卵殻内で保温する工程(S6)を行う。
【0022】
本明細書において、別段の記載がない場合には、鳥類の胚の発生初期とは、受精卵の産卵直後から、胚がハンバーガー・ハミルトンの発生ステージ(以下「HHステージ」という。)(V. Hamburger, H. Hamilton, “A series of normal stages in the development of the chick embryo”, Journal of Morphology, Vol.88, p.42, (1951)でステージ9~20又はそれに相当するステージにまで達する期間をいう。
【0023】
HHステージは、当初、ニワトリ胚の発生段階を胚の形態的特徴に基づき分類したものである。しかし、ニワトリ以外の鳥類胚の発生および形態形成は、ニワトリ胚の発生および形態形成と相似的に進行することが知られており、ニワトリ以外の鳥類の胚の発生に関しても、それぞれの時期における胚の形態(体節数、頭部、四肢原器の形態等)に基づき各HHステージに相当する各発生ステージが規定されている。したがって、遺伝子改変鳥類がニワトリ以外の鳥類である場合にも、発生段階が産卵直後の胚盤葉期からHHステージ9~20に相当するステージに達するまでの期間における胚を発生初期の胚とすることができる。
【0024】
鳥類の産卵直後の受精卵中の胚は、卵黄の動物極側の表面上にある直径5mmほどの扁平な細胞層として存在する。卵黄の動物極側の比重はその植物側の比重に比べて小さいため、重力下で卵黄を卵白等の水溶液中に静置した場合には、動物極側にある胚が卵黄最上部に位置する。また、野生型鳥類の受精卵中の卵黄の比重は、卵白の比重より小さい。したがって、重力下で受精卵を静置した場合、卵黄は卵中で浮上して上側の卵殻に接触した状態となる。その結果、卵黄の最上部にある胚も上側の卵殻に接触した状態となる。卵殻の内側には外卵殻膜が密着し、さらにその内側に内卵殻膜が密着している。したがって、上記の「胚が卵殻に接触した状態」とは、より具体的には、胚が卵殻の最内側にある内卵殻膜に接触した状態にあるという意味である。
【0025】
理論に拘束されるものではないが、通常の孵卵条件下で野生型鳥類の受精卵中の胚が卵殻に接触した状態であることは、特に発生初期の胚の発生にとって重要であると考えられる。上述したように、ヒトインターフェロンβ構造遺伝子がノックインされた遺伝子改変ニワトリおよびヒト抗体構造遺伝子がノックインされた遺伝子改変ニワトリのメスが産卵する受精卵中の卵白の比重は、それらの受精卵中の卵黄の比重に比べて小さい。したがって、これらの遺伝子改変ニワトリのメスが産卵する受精卵を通常の孵卵条件で孵卵した場合には、受精卵中で卵黄が沈んでしまい、卵黄上の胚が卵殻とは接触できていないと考えられる。
【0026】
上記遺伝子改変ニワトリを含む遺伝子改変鳥類のメスが産卵する受精卵から通常の孵卵条件下で産子が得られないことの主な理由は、これら遺伝子改変鳥類の受精卵中では卵黄が沈んでしまい、その結果、卵黄上の胚が発生初期において卵殻と接触できないことにあると考えられる。本発明の第1の実施形態に係る作出方法は、発生初期の胚を卵殻と接触させた状態で人工培養する工程を含む方法であり、これにより、遺伝子改変鳥類のメスが産卵する受精卵から産子を得ることができる。
【0027】
本実施形態の作出方法において、遺伝子改変鳥類のメスが産卵する受精卵中の胚を卵殻に接触させた状態で人工培養する工程(工程A)は、前記受精卵中の産卵直後における卵黄の比重よりも大きい比重を有する卵白組成物とともに卵殻内で培養する工程である。卵黄の比重よりも大きい比重を有する卵白組成物を用いることにより、卵黄が卵殻内で浮上する結果、卵黄上の胚を卵殻に接触させた状態で人工培養することができる。
【0028】
本明細書において、産卵直後における卵白又は卵黄は、それぞれ、産卵直後の受精卵に含まれる卵白又は卵黄を意味する。また、産卵直後の受精卵とは、遺伝子改変鳥類のメスが受精卵を産卵した時点の受精卵ばかりでなく、産卵直後から低温条件(4℃~25℃)下で1か月以内、より好ましくは1週間以内保存され、その後高温条件下(36℃~40℃)に移された直後の受精卵をも意味する。この場合、「高温条件下に移された直後」とは、高温条件下に移されてから12時間以内であること、6時間以内であること、又は、3時間以内であることを意味する。
【0029】
本実施形態の作出方法に用いる材料および装置について、詳細に説明する。
【0030】
〔遺伝子改変鳥類のメスが産卵する受精卵〕
本実施形態の作出方法は、遺伝子改変鳥類のメスが産卵する受精卵であって、当該受精卵中の産卵直後における卵白の比重が産卵直後の卵黄の比重と比べて同じか又はより小さい受精卵を出発材料とすることが好ましい。
【0031】
卵白の比重が卵黄の比重と比べて同じか又はより小さい場合には、当該受精卵を通常の孵卵条件下で孵卵しても受精卵中の胚は発生初期において卵殻に接触した状態でないことから、当該胚は正常に発生できない。これに対し、卵黄の比重に比べてより大きい比重を有する卵白組成物を用いて卵殻内で人工培養することによって、卵黄を卵殻内で浮上させ、その結果胚を卵殻に接触させた状態で培養することができる。
【0032】
遺伝子改変鳥類のメスが産卵した受精卵において、当該受精卵中の産卵直後における卵白の比重が産卵直後の卵黄の比重と比べて同じかより小さいものであるか否かは、産卵直後の受精卵を割卵し、その内容物をガラス製のビーカー等の透明な容器に入れて静置することにより、卵黄が卵白中で浮いているか沈んでいるかを調べることができる。
【0033】
卵黄が浮いている場合には、卵白の比重が卵黄の比重に比べて大きいことを意味し、卵黄が沈んでいる、又は、上昇も下降もせずに中間部で停止している場合には、卵白の比重が卵黄の比重と同じか、又は、卵黄の比重に比べて小さいことを意味する。この場合、受精卵中の濃厚卵白、内水様性卵白、外水様性卵白をともに超音波処理したものの中に卵黄を加えることが好ましい。濃厚卵白の粘度が高いために卵黄の卵白中での移動が妨げられる場合があるからである。この試験の結果、卵黄が卵白中で沈んでいる、又は、上昇も下降もせずに中間で停止している場合は、卵白の比重が卵黄の比重と比べて同じか又はより小さいと判断できる。
【0034】
本実施形態の作出方法は、第1の内因性卵白タンパク質遺伝子へ第1の外因性構造遺伝子がヘテロ又はホモにノックインされた遺伝子改変鳥類のメスが産卵する受精卵を出発材料とすることが好ましい。第1の内因性卵白タンパク質遺伝子への第1の外因性構造遺伝子のヘテロ又はホモのノックインを有する遺伝子改変鳥類のメスが産卵する受精卵においては、外因性構造遺伝子の遺伝子産物が卵白中に高濃度に存在することにより、卵白の比重が卵黄の比重と比べて同じか又はより小さくなる可能性がより高いからである。
【0035】
前記第1の内因性卵白タンパク質遺伝子へ前記第1の外因性構造遺伝子がヘテロ又はホモにノックインされた遺伝子改変鳥類には、ノックインの結果前記第1の内因性卵白タンパク質遺伝子がノックアウトされた遺伝子改変鳥類も含まれる。
【0036】
本明細書において、内因性卵白タンパク質遺伝子とは、野生型鳥類のゲノム内に本来的に存在する遺伝子(以下「内因性遺伝子」という。)であって、野生型鳥類のメスの卵管で生産され当該鳥類のメスが産卵する卵の卵白中に集積される卵白タンパク質をコードする内因性遺伝子を意味する。本明細書において、外因性構造遺伝子とは、遺伝子改変される前の鳥類が本来的には生産しないタンパク質(本明細書において「外因性タンパク質」という。)のアミノ酸配列をコードするDNAを意味する。
【0037】
さらに、本実施形態の作出方法は、受精卵を産卵する遺伝子改変鳥類のメスにおける遺伝子改変が、前記第1の内因性卵白タンパク質遺伝子への前記第1の外因性構造遺伝子のヘテロのノックインであり、当該遺伝子改変鳥類のメスが産卵する受精卵中の胚における遺伝子改変が、前記第1の内因性卵白タンパク質遺伝子への前記第1の外因性構造遺伝子のホモのノックインである場合に適用されることがより好ましい。
【0038】
前記第1の内因性卵白タンパク質遺伝子への前記第1の外因性構造遺伝子のヘテロのノックインを有する遺伝子改変鳥類のオスとメスとを交配させたのち当該メスが産卵する受精卵中の胚の一部は、前記第1の内因性卵白タンパク質遺伝子へ前記第1の外因性構造遺伝子がホモにノックインされた胚である。ホモノックインを有する胚の割合は、メンデル則によれば1/4である。遺伝子改変鳥類のオスとメスとを交配させることには、オスとメスとを交尾させることやオスから採取された精液でメスを人工授精することが含まれる。
【0039】
また、本実施形態の作出方法は、第2の内因性卵白タンパク質遺伝子がヘテロ又はホモにノックアウトされた遺伝子改変鳥類のメスが産卵する受精卵を出発材料とすることが好ましい。前記第2の内因性卵白タンパク質遺伝子がヘテロ又はホモにノックアウトされた遺伝子改変鳥類のメスが産卵する受精卵においては、ノックアウトされた内因性卵白タンパク質遺伝子の遺伝子産物が発現しないことから卵白の組成が大きく変化することにより、卵白の比重が卵黄の比重と比べて同じか又はより小さくなる可能性がより高いからである。
【0040】
さらに、本実施形態の作出方法は、受精卵を産卵する遺伝子改変鳥類のメスにおける遺伝子改変が、前記第2の内因性卵白タンパク質遺伝子のヘテロのノックアウトであり、当該遺伝子改変鳥類のメスが産卵する受精卵中の胚における遺伝子改変が、前記第2の内因性卵白タンパク質遺伝子のホモのノックアウトである場合に適用されることがより好ましい。前記第2の内因性卵白タンパク質遺伝子がヘテロにノックアウトされた遺伝子改変鳥類のオスとメスとを交配させたのち当該メスが産卵する受精卵中の胚の一部は、前記第2の内因性卵白タンパク質遺伝子がホモにノックアウトされた胚である。ホモノックアウトを有する胚の割合は、メンデル則によれば1/4である。
【0041】
また、本実施形態の作出方法は、第3の内因性卵白タンパク質遺伝子由来の発現調節配列に機能的に接続した第2の外因性構造遺伝子のゲノムへのヘテロ又はホモの非特異的挿入を有する遺伝子改変鳥類のメスが産卵する受精卵を出発材料とすることが好ましい。前記第3の内因性卵白タンパク質遺伝子由来の発現調節配列に機能的に接続した前記第2の外因性構造遺伝子のゲノムへのヘテロ又はホモの非特異的挿入を有する遺伝子改変鳥類のメスが産卵する受精卵においては、外因性構造遺伝子の遺伝子産物が卵白中に高濃度に存在することにより、卵白の比重が卵黄の比重と比べて同じか又はより小さくなる可能性がより高いからである。
【0042】
本明細書において、内因性卵白タンパク質遺伝子由来の発現調節配列とは、内因性卵白タンパク質遺伝子に含まれる塩基配列であって、当該遺伝子の鳥類体内での発現の時期的、部位的又は量的特性を調節している塩基配列である。発現調節配列には、内因性卵白タンパク質遺伝子に含まれるプロモーター配列、エンハンサー配列、翻訳エンハンサー配列、転写終結シグナル配列等またはそれらの組み合わせが含まれる。
【0043】
さらに、本実施形態の作出方法は、受精卵を産卵する遺伝子改変鳥類のメスにおける遺伝子改変が、前記第3の内因性卵白タンパク質遺伝子由来の発現調節配列に機能的に接続した前記第2の外因性構造遺伝子のゲノムへのヘテロの非特異的挿入であり、当該遺伝子改変鳥類のメスが産卵する受精卵中の胚における遺伝子改変が、前記第3の内因性卵白タンパク質遺伝子由来の発現調節配列に機能的に接続した第2の外因性構造遺伝子のゲノムへのホモの非特異的挿入である場合に適用されることがより好ましい。
【0044】
前記第2の外因性構造遺伝子のゲノムへのヘテロの非特異的挿入を有する遺伝子改変鳥類のオスとメスとを交配させたのち当該メスが産卵する受精卵中の胚の一部は、前記第2の外因性構造遺伝子のゲノムへのホモの非特異的挿入を有する胚である。ホモの非特異的挿入を有する胚の割合は、メンデル則によれば1/4である。
【0045】
本実施形態の作出方法は、前記第1~3の内因性卵白タンパク質遺伝子が、それぞれ、オバルブミン遺伝子、オボムコイド遺伝子、オボムチン遺伝子、オボトランスフェリン遺伝子、オボインヒビター遺伝子およびリゾチーム遺伝子のいずれかの遺伝子である遺伝子改変鳥類のメスが産卵する受精卵を出発材料とすることが好ましい。また、本実施形態の作出方法は、前記第1~3の内因性卵白タンパク質遺伝子がオバルブミン遺伝子である遺伝子改変鳥類のメスが産卵する受精卵に対して適用されることがより好ましい。
【0046】
オバルブミン、オボムコイド、オボムチン、オボトランスフェリン、オボインヒビターおよびリゾチームは鳥類の卵白タンパク質の中でも卵白における相対量が多く、なかでも、オバルブミンの相対量が最も多い。したがって、これらの遺伝子のいずれかに外因性構造遺伝子をノックインされている遺伝子改変鳥類、これらの遺伝子のいずれかがノックアウトされている遺伝子改変鳥類、および、これらの遺伝子のいずれか由来の発現調節配列に機能的に接続した外因性構造遺伝子を有する遺伝子改変鳥類が産卵する受精卵においては、卵白の組成が野生型鳥類の受精卵中の卵白の組成と大きく異なり、その結果卵白の比重が卵黄の比重に比べて同じか又はより小さくなる可能性がより高いからである。
【0047】
本実施形態の作出方法が適用される鳥類種としては、野生型鳥類の未受精卵等の入手が比較的容易である点で、ニワトリ、ウズラ、アヒル又はシチメンチョウであることが好ましく、ニワトリおよびウズラであることがより好ましく、ニワトリであることがさらに好ましい。
【0048】
本実施形態の作出方法が適用される遺伝子改変鳥類のメスが産卵する受精卵に導入されている前記第1および第2の外因性構造遺伝子は、医療又は物質生産において有用であり鳥類体内で生産することが可能なタンパク質をコードする遺伝子であることが好ましい。外因性構造遺伝子がコードするタンパク質には、免疫系サイトカイン、細胞外マトリクスタンパク質、抗体、酵素またはその他の有用タンパク質が含まれる。なお、第1の外因性構造遺伝子と第2の外因性構造遺伝子は、互いに同一であっても異なるものであってもよい。
【0049】
また、前記第1および第2の外因性遺伝子がコードするタンパク質は、好ましくは哺乳類由来、さらに好ましくはヒト由来のタンパク質である。哺乳類由来又はヒト由来のタンパク質には、これらタンパク質の機能が保持されている限りでそれらタンパク質の改変体やバリアントが含まれる。さらに好ましくは、前記第1および第2の外因性構造遺伝子がコードするタンパク質は、哺乳類由来の、より好ましくはヒト由来の免疫系サイトカインおよび抗体である。
【0050】
免疫系サイトカインは主に免疫系で機能するサイトカインである。免疫系サイトカインには、インターフェロンα、インターフェロンβ、腫瘍壊死因子α、腫瘍壊死因子β、インターロイキン1やインターロイキン2等の各種インターロイキン、マクロファージ成長因子、顆粒球成長因子、顆粒球マクロファージ成長因子、幹細胞成長因子(stem cell factor)が含まれるがこれらに限定されない。また、抗体には、すべてのクラス、サブクラス、アロタイプの抗体が含まれる。また、抗体には、マウス由来又はヒト由来のモノクローナル抗体やヒト化抗体等のキメラ抗体が含まれ、さらに、Fabフラグメントや1本鎖抗体等の抗体として活性を保持しつつ人工的に改変されたタンパク質も含まれる。
【0051】
〔代理卵殻〕
本実施形態の作出方法の工程AおよびBにおいて、遺伝子改変鳥類のメスが産卵した受精卵中の胚を培養するための容器として、当該受精卵以外の受精卵または未受精卵の卵殻を材料として作製される第1の代理卵殻および第2の代理卵殻が用いられる。代理卵殻の材料として用いる受精卵の内容積は、本実施形態の作出方法に供される受精卵の内容積と同程度であるか又はそれよりも大きいことが好ましい。
【0052】
代理卵殻は、本実施形態の作出方法に供される受精卵と同種の鳥由来の卵殻であってもよく、また、異種の鳥類由来の卵殻であってもよい。たとえば、野生型ニワトリの受精卵中の胚をニワトリ未受精卵又は受精卵由来の代理卵殻内で培養して産子を得ることができるばかりでなく、シチメンチョウ、アヒルまたはアイガモの未受精卵又は受精卵由来の代理卵殻内で培養して産子を得ることもできる。また、野生型ウズラの受精卵中の胚をニワトリ未受精卵又は受精卵由来の代理卵殻内で培養して産子を得ることもできる。
【0053】
第1および第2の代理卵殻には受精卵の内容物を収納するための開口部が設けられる。開口部の周縁が形成する平面は、卵の長軸に対して垂直であることが培養操作上好ましい。第1の代理卵殻の場合は、開口部は卵の鋭端側に設けられることが好ましい。一方、第2の代理卵殻の場合は、開口部は卵の鈍端側に設けられることが好ましい。開口部の広さは、卵黄に傷がつかない状態で遺伝子改変鳥類のメスが産卵する受精卵の内容物(卵黄、卵白等)を代理卵殻内に移すことができる広さである。
【0054】
第1の代理卵殻における開口部の直径は、ニワトリ由来の卵殻を用いる場合は、30mm~40mmとすることが好ましい。また、第2の代理卵殻における開口部の直径は、ニワトリ、シチメンチョウ、アヒル又はアイガモ由来の卵殻を用いる場合は、35mm~45mmとすることが好ましい。代理卵殻の開口部は、受精卵の卵殻を内卵殻膜および外卵殻膜とともに開口部の周縁に沿って切断することによって設けられる。卵殻の切断は、たとえば、電動ミニドリルを用いて行うことができる。開口部が設けられた受精卵から卵内容物を除去した後、工程Aおよび工程Bにおいて用いることができる。
【0055】
〔卵白組成物〕
本明細書において、卵白組成物とは、鳥類の卵白からなる組成物を意味する。卵白は、受精卵又は未受精卵の内水様性卵白、濃厚卵白および外水様性卵白の何れかであってもよく、これらを混合した組成物であってもよい。本実施形態の作出方法の工程Aに用いる卵白組成物は、その比重が遺伝子改変鳥類のメスが産卵する受精卵中の卵黄の比重よりも大きいものである。
【0056】
これにより、工程Aにおいて、卵黄上の胚を卵殻に接触させた状態で人工培養することができる。卵白組成物が、遺伝子改変鳥類のメスが産卵する受精卵中の卵黄の比重よりも大きい比重を有するか否かは、たとえば、容器内にある卵白組成物中に当該卵黄を入れて静置し、卵黄が浮かぶかあるいは沈むかを調べることによってわかる。卵黄が浮かんで卵白組成物の表面に来れば、卵白組成物の比重が卵黄の比重に比べて大きいことがわかる。
【0057】
工程Aにおいて使用する卵白組成物としては、例えば、野生型鳥類の未受精卵もしくは受精卵から採取された水様性卵白(内水様性卵白および/または外水様性卵白)が挙げられる。また、遺伝子改変鳥類のメスが産卵した未受精卵もしくは受精卵から採取された濃厚卵白および水様性卵白(内水様性卵白および外水様性卵白)を共に超音波処理して得られる組成物と野生型鳥類の未受精卵もしくは受精卵から採取された水様性卵白との混合物が挙げられる。
【0058】
〔孵卵器〕
本実施形態の作出方法における胚1を代理卵殻内で保温する工程(S4およびS6)においては胚を保温するために自動転卵装置付きの孵卵器を用いることができる。孵卵器としては、特に限定されるものではなく、たとえば、昭和フランキ社製のType P-008等のように一般に使用されているものを用いることができる。
【0059】
〔工程A〕
まず、工程Aについて説明する。
図2は、工程Aの人工培養法を模式的に示す図である。
図1に示すように、工程Aでは、受精卵を割卵し受精卵の内容物を容器に移す工程(S1)と、受精卵の内容物中の胚と卵黄のみを第1の代理卵殻に移す工程(S2)と、第1の代理卵殻を卵白組成物で満たし密封する工程(S3)と、胚を第1の代理卵殻内で保温する工程(S4)を行う。
【0060】
〔S1〕
S1は、遺伝子改変鳥類のメスが産卵した産卵直後の受精卵を割卵し、卵の内容物を容器に移す工程である。容器としては、たとえば、直径50mm~150mmのセラミックス製、ガラス製又は金属製の蒸発皿等の開口部が大きな容器を用いることが好ましい。
【0061】
〔S2〕
S2は、容器内に移された受精卵内容物から胚1および卵黄2のみを第1の代理卵殻4内に卵黄2に傷がつかないように移す工程である。S2において、第1の代理卵殻4に卵黄2とそれに付着する胚1のみを移すために、まず、上記容器内にある受精卵内容物から、吸引ピペット等を用いて卵白等の胚1および卵黄2以外の卵内容物を吸引する。ついで、容器から胚1および卵黄2のみを代理卵殻4内に移す。
【0062】
野生型鳥類のメスが産卵する受精卵の場合は、吸引ピペット等を用いて卵白等の卵黄および胚以外の内容物を吸引することによって卵黄と卵白等とを分離することができる。しかし、遺伝子改変鳥類のメスが産卵する受精卵中の濃厚卵白の組成によっては、卵黄に対して濃厚卵白が比較的強く付着している場合がある。この場合には、卵黄に付着する濃厚卵白を滅菌したスパーテル等を用いて掻きとることによって除去することができる。また、胚が付着した卵黄を紙や布等の吸湿性素材の上で回転させることで、卵黄の付着した濃厚卵白を吸湿性素材に吸着させて除去することができる。
【0063】
その際、容器内にある卵黄2から、卵黄2に付着する濃厚卵白を除去することが好ましい。特に、胚を覆っている濃厚卵白は残さないようにすることが好ましい。これにより、胚1と第1の代理卵殻4とをより確実に接触させることができる。その後、胚1および卵黄2のみが第1の代理卵殻4内に移す。
【0064】
〔S3〕
S3では、胚1および卵黄2が入れられた第1の代理卵殻4の開口部から卵白組成物3を注入して第1の代理卵殻内を開口部の淵まで卵白組成物3で満たしたのち、第1の代理卵殻4の開口部を密封する。この際、代理卵殻4の内容物内に気泡が入らないように密封する。また、あらかじめ卵白組成物3の一部を第1の代理卵殻4に入れておき、胚1および卵黄2を第1の代理卵殻4に移してから、卵白組成物3で第1の代理卵殻4を満たしてもよい。
【0065】
第1の代理卵殻4の開口部は、たとえば、開口部をプラスチックフィルム5で覆ってプラスチックフィルム5の周辺部を代理卵殻に接着させることによって密封する。プラスチックフィルム5としては、たとえば、ポリエチレンフィルム、ポリプロピレンフィルム、ポリエステルフィルムなどを使用することができる。開口部を覆うプラスチックフィルム5は、たとえば、合成接着剤や水様性卵白を用いて卵殻に接着させてもよい。水様性卵白を用いる場合には、プラスチックフィルム5の周辺部の内側に水様性卵白を塗ったあと、プラスチック製等の保定用プラスチックリング6および輪ゴム7を用いて、
図2に示すようにプラスチックフィルム5を第1の卵殻4に固定することができる。
【0066】
〔S4〕
S4では、胚1が入れられた第1の代理卵殻4を、第1の代理卵殻4の長軸が水平になるように自動転卵機能が付いた孵卵器内に置き、たとえば、温度37℃~40℃、湿度50%~80%で保温する。保温は、第1の代理卵殻4内の胚1の発生段階がHHステージ9~20又はそれに相当するステージに達するまで行う。第1の代理卵殻4は保温時に転卵されることが好ましい。転卵の角度は40°~120°であることが好ましく、転卵の頻度は15分に1回~1時間に1回であることが好ましい。
【0067】
受精卵中の胚1の高い孵化率を得るためには、胚1を工程Aにより産卵直後からHHステージ9~20又はそれに相当するステージまで培養し、その後、胚由来の個体が孵化するまでの間、つぎに述べる工程Bにより培養することが好ましい。鳥類胚を工程Aにより培養した後に工程Bによる培養を開始する時期は、鳥類胚の発生ステージがHHステージ9~20まで又はそれに相当するステージである時期であり、HHステージ11~18まで又はそれに相当する発生ステージである時期がより好ましく、HHステージ14~16まで又はそれに相当するステージである時期であることがさらに好ましい。この時期に工程Aから工程Bへ切り替えることによって、培養された胚由来の個体の孵化率が高くなる。
【0068】
〔工程B〕
次に、工程Bについて説明する。
図3は、工程Bの人工培養法を模式的に示す図である。
図1に示すように、工程Bでは、第1の代理卵殻の内容物を第2の代理卵殻に移す工程(S5)と、胚を第2の代理卵殻内で保温する工程(S6)を行う。
【0069】
〔S5〕
S5では、まず、第1の代理卵殻4内の胚1、卵黄2および卵白8を、第2の代理卵殻9内に移す。第1の代理卵殻4内の内容物を第2の代理卵殻9に移した後、開口部を上側にして第2の代理卵殻9を直立させた場合、内容物の表面と第2の代理卵殻9の開口部が形成する平面との間に空気層10があることが好ましい。空気層の幅は、第2の代理卵殻を転卵した際に卵内容物が第2の代理卵殻の開口部の淵まで到達しない程度の幅とする。
【0070】
胚1が移されたのちに第2代理卵殻9の開口部を密封する。開口部は、たとえば、プラスチックフィルム5を開口部にかぶせる前に、プラスチックフィルム5の周辺部を開口部の周縁部の卵殻にプラスチックモデル用セメントや水様性卵白を塗布して接着させることによって密封できる。プラスチックフィルム5としては、たとえば、ポリエチレンフィルム、ポリプロピレンフィルム、ポリエステルフィルムなどを使用することができる。
【0071】
〔S6〕
S6では、胚1が入れられた第2の代理卵殻9を、開口部を上側にして第2の代理卵殻9の長軸が垂直になるように、自動転卵機能が付いた孵卵器内に置き、温度37℃~40℃、湿度50%~80%で保温する。保温は、第2の代理卵殻9内の胚1由来の産子が孵化するまで行う。第2の代理卵殻9は、胚1由来の産子の孵化予定日の5日前まで転卵されることが好ましい。
【0072】
転卵の角度は40°~80°であることが好ましく、転卵の頻度は15分に1回~1時間に1回であることが好ましい。胚1由来の産子の孵化予定日の5日前以降は、転卵を停止することが好ましい。また、孵化予定日の1日前には、第2の代理卵殻9の開口部を密封しているフィルムに穴をあけ、または、フィルムを外して開口部にプラスチック製の蓋を置いて、産子が肺呼吸に移行することを助けることが好ましい。
【0073】
また、本実施形態の作出方法の変法として、工程Aにより発生初期の鳥類胚を第1の代理卵殻内で培養し、ついで、S5において、第1の代理卵殻から適当量の卵白を除去した後に第1の代理卵殻を密封し、第1の代理卵殻を第2の代理卵殻として用いてS6の保温工程を行うことができる。ここで「適当量の卵白を除去」するとは、S6において第2の代理卵殻として用いられる第1の代理卵殻を転卵したときに卵内容物が第1の代理卵殻の開口部周縁まで達しない程度にまで卵白の量を減らすという意味である。この方法も本実施形態の作出方法に含まれる。
【0074】
本実施形態の作出方法によれば、第1の卵殻内での培養において、胚を卵殻に接触させた状態で培養しているため、遺伝子改変鳥類のメスが産卵する受精卵から産子を得ることができる。また、遺伝子改変がホモになされた新規の遺伝子改変鳥類を得ることができる。
【0075】
(第2の実施形態)
本発明の第2の実施形態に係る作出方法は、遺伝子改変鳥類のメスが産卵する受精卵中の胚を、その発生初期において、胚を卵殻に接触させた状態で第1の代理卵殻内で培養する工程(以下「工程C」という。)、および、その発生後期において、プラスチックフィルム成形体内で培養する工程(以下「工程D」という。)を含む方法である。なお、プラスチックフィルム成形体およびそれを備える人工培養容器については、後に説明する。
【0076】
図4は本実施形態の作出方法を示すフローチャートであり、
図5は、
図4に示す工程Dにおける人工培養法を示す図である。
【0077】
図4に示すように、工程Cでは、例えば、受精卵を割卵し受精卵の内容物を容器に移す工程(S11)と、受精卵の内容物中の胚と卵黄のみを第1の代理卵殻に移す工程(S12)と、第1の代理卵殻を卵白組成物で満たし密封する工程(S13)と、胚を第1の代理卵殻内で保温する工程(S14)を行う。工程Dでは、例えば、第1の代理卵殻の内容物をプラスチックフィルム成形体内に移す工程(S15)と、胚をプラスチックフィルム成形体内で保温する工程(S16)を行う。
【0078】
本実施形態の作出方法の材料、装置および操作は、発生後期において胚1が第2の代理卵殻内ではなくプラスチックフィルム成形体内で培養される点を除き、第1の実施形態の作出方法の材料、装置および操作と同じである。したがって、本実施形態の作出方法のうち、発生後期において胚1がプラスチック成形体内で培養される工程(工程D)についてのみ説明する。
【0079】
工程Dにおいて、胚1は、プラスチックフィルム成形体を備える人工培養容器内で培養される。当該人工培養容器は、外側容器12、および、外側容器12内に懸架されたプラスチックフィルム成形体11とからなる。外側容器12は、上部が開口したカップ状の容器である。外側容器12の底面の形状は、平面状であっても半球状等であってもよい。外側容器12の材質は特に限定されないが、透明な熱可塑性プラスチック製のものが好ましい。
【0080】
外側容器12は透明な蓋14がついたものであることが好ましい。外側容器12の大きさは、遺伝子改変鳥類メスが産卵する受精卵の内容積に応じて決めることができる。遺伝子改変鳥類がニワトリの場合には、上部開口部の内径が80mm程度であり、高さが120mm程度とすることができる。また、遺伝子改変鳥類がウズラの場合には、上部開口部の内径が30mm程度であり、高さが45mm程度とすることができる。外側容器12には、胚1への十分な酸素供給の観点から、少なくとも一つの空気孔13をあけておくことが好ましい。また、空気孔13には綿栓を詰めておくことが好ましい。さらに、外側容器12の底部には、雑菌の購入防止と水分の補給のために塩化ベンザルコニウム等の殺菌剤が入った蒸留水15を入れておくことが好ましい。
【0081】
プラスチックフィルム成形体11とは、透明なプラスチックフィルムを凹状に延伸成形して形成されたものであり、その凹状部の内部に、胚および卵内容物が収納される。プラスチックフィルムとしては、特に限定されないが、通気性の観点から、ポリメチルペンテンフィルムが好ましい。プラスチックフィルム成形体11は、プラスチックフィルムを凸状の押し型に押し当てて局所的にプラスチックフィルムを延伸して凹状に塑性変形させることにより作製できる。
【0082】
プラスチックフィルム成形体11の凹状部の大きさは、遺伝子改変鳥類メスが産卵する受精卵の内容積に応じて決めることができる。遺伝子改変鳥類がニワトリの場合には、上部開口部の内径が80mm程度であり上部開口部から凹状部最下部までの距離が80mm程度とすることができる。また、遺伝子改変鳥類がウズラの場合には、上部開口部の内径が30mm程度であり、上部開口部から凹状部最下部までの距離が30mm程度とすることができる。これにより、凹状部に胚1を含む卵内容物を収納した際に、卵内容物と上部開口部との間に十分な幅の空気層を設けることができる。
【0083】
プラスチックフィルム成形体11は、外側容器12の開口部に懸架する。プラスチックフィルム成形体11の周縁部を外側容器の蓋14と外側容器12の開口部の周縁との間に挟み込むことで、プラスチックフィルム成形体11を外側容器12内に懸架してもよい。また、プラスチックフィルム成形体11を、外側容器12内に懸架される、逆円錐台上のかご状の台座内に配置してもよい。
【0084】
つぎに、工程Dについて説明する。
〔S15〕
S15では、人工培養容器に備えられたプラスチックフィルム成形体11の凹状部に乳酸カルシウム粉末および蒸留水を入れる。遺伝子改変ニワトリのメスが産卵する受精卵内の胚1を培養する場合には、乳酸カルシウム粉末の質量を、0.25g~0.3gとし、蒸留水の体積を、2.5ml~3.0mlとすることができる。また、遺伝子改変ウズラのメスが産卵する受精卵内の胚1を培養する場合には、乳酸カルシウム粉末の質量を、0.025g~0.1gとし、蒸留水の体積を、0.25ml~1.0mlとすることができる。
【0085】
つぎに、HHステージ9~20又はそれに相当するステージまで発生した胚1を第1の代理卵殻4内の卵黄2および卵白8とともにプラスチックフィルム成形体11の凹状部内に移す。ついで、プラスチックフィルム成形体11の凹状部の卵内容物と接しない部分に、少なくとも1個、好ましくは6個~12個の空気孔13を、半田ごて等を用いて開ける。その後、外側容器12の上面を、たとえば、透明な蓋14により密封する。
【0086】
〔S16〕
S16では、胚1が入れられた人工培養容器を孵卵器内で、たとえば、温度37℃~40℃、湿度50%~80%で保温する。胚1が入れられた人工培養容器は保温中に転動されることが好ましい。人工培養容器の転動は、たとえば、人工培養容器の長軸を地表面に垂直な軸に対して8°程度傾けておき、人工培養容器の長軸を、地表面に垂直な軸の周りで120°づつ歳差運動させることによって行うことが好ましい。転動の間隔は、1日に1回~2回である。孵卵条件をこのようにすることで産子のより高い孵化率が得られる。
【0087】
胚1が入れられた人工培養容器に、工程Dによる培養開始から胚由来の産子の孵化までの期間の最後の10%の期間、さらに好ましくは、最後の20%の期間に加湿酸素を供給する。加湿酸素の供給は、外側容器に開けられた空気孔13を介して行う。加湿酸素の供給量は、特に限定されないが、通常、300ml/hr~1000ml/hr程度、好ましくは、400ml/hr~600ml/hr程度である。このような条件で加湿酸素の供給を行うことにより産子のより高い孵化率が得られる。
【0088】
本実施形態の作出方法によれば、第1の卵殻内での培養において、胚を卵殻に接触させた状態で培養しているため、遺伝子改変鳥類のメスが産卵する受精卵から産子を得ることができる。また、遺伝子改変がホモになされた新規の遺伝子改変鳥類を得ることができる。
【0089】
(第3の実施形態)
本発明の第3の実施形態に係る作出方法は、遺伝子改変鳥類のメスが産卵する受精卵中の胚を、その発生初期において、胚を卵殻に接触させた状態で第1の代理卵殻内で培養する工程(以下「工程E」という。)、および、その発生後期において、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)膜成形体内で培養する工程(以下「工程F」という。)を含む方法である。なお、PTFE膜成形体およびそれを備える人工培養容器については、後に説明する。
【0090】
図6は本実施形態の作出方法のフローチャートであり、
図7は、
図6に示す工程Fにおける人工培養法を示す模式図である。
【0091】
図6に示すように、工程Eでは、受精卵を割卵し受精卵の内容物を容器に移す工程(S21)と、受精卵の内容物中の胚と卵黄のみを第1の代理卵殻に移す工程(S22)と、第1の代理卵殻を卵白組成物で満たし密封する工程(S23)と、胚を第1の代理卵殻内で保温する工程(S24)を行う。また、工程Fでは、第1の代理卵殻の内容物をPTFE膜成形体内に移す工程(S25)と、胚をPTFE膜成形体内で保温する工程(S26)を行う。
【0092】
本実施形態の作出方法の材料、装置および操作は、発生後期において胚1が第2の代理卵殻内ではなくPTFE膜成形体内で培養される点を除き、第1の実施形態の作出方法の材料、装置および操作と同じである。したがって、本実施形態の作出方法のうち、発生後期において胚1がPTFE膜成形体内で培養される工程(工程F)についてのみ説明する。
【0093】
工程Fにおいて、胚1は、PTFE膜成形体を備える人工培養容器内で培養される。当該人工培養容器は、外側容器12、外側容器12内に懸架され、凹状部を有するメッシュ状部材17、および、メッシュ状部材17の凹状部内に保持されるPTFE膜成形体16とから構成される。外側容器12は、上部が開口したカップ状の容器である。外部容器12の底面の形状は、平面状であっても半球状等であってもよい。外側容器12の材質は特に限定されないが、透明なガラス製又はプラスチック製であることが好ましい。
【0094】
外側容器12の大きさは、遺伝子改変鳥類メスが産卵する受精卵の内容積に応じて決めることができる。遺伝子改変鳥類がニワトリの場合には、上部開口部の内径が80mm程度であり、高さが120mm程度とすることができる。また、遺伝子改変鳥類がウズラの場合には、上部開口部の内径が30mm程度であり、高さが45mm程度とすることができる。外側容器12には、十分な酸素供給の観点から、少なくとも一つの空気孔13をあけておくことが好ましい。外側容器の底部には、雑菌の購入防止と水分の補給のために塩化ベンザルコニウム等の殺菌剤を含む蒸留水15を入れておくことが好ましい。
【0095】
PTFE膜成形体16とは、ガス透過性の多孔質PTFE膜を凹状に延伸成形して形成されたものであり、その凹状部の内部に胚を含む卵内容物が収納される。PTFE膜成形体16は、PTFE膜を凸状の押し型に押し当ててPTFE膜を凹状に塑性変形させることにより作製できる。PTFE膜成形体16の凹状部の大きさは、第2の実施形態の作出方法におけるプラスチックフィルム成形体の凹状部の大きさと同様である。
【0096】
メッシュ状部材17は、PTFE膜成形体の外側に配置されてPTFE膜の凹状部の形態を保持するための部材である。メッシュ状部材17の材質は、特に限定されるものではなく、PTFE膜成形体の凹状部の形状を保持できる程度の剛性を有したものであればよい。
【0097】
次に、工程Fについて説明する。
〔S25〕
S25では、HHステージ9~20又はそれに相当ステージまで発生した胚1を第1の代理卵殻4内の卵黄2および卵白8とともに人工培養容器に備えられたPTFE膜成形体16の凹状部内に移す。
【0098】
ついで、PTFE膜成形体16の凹状部内の卵内容物に、カルシウムの有機酸塩を加える。カルシウムの有機酸塩としては、乳酸カルシウムが好ましい。凹状部内の卵内容物に加えられる乳酸カルシウムの量は、遺伝子改変ウズラのメスが産卵する受精卵中の胚を培養する場合には、25mg~45mgであることが好ましい。また、遺伝子改変ニワトリのメスが産卵する受精卵中の胚を培養する場合には、125mg~225mgであることが好ましい。これにより、発生過程の胚に対して適度な量のカルシウムを供給することができる。
【0099】
ついで、外側容器12の上面を密封する。密封は、たとえば、プラスチックフィルム5で外側容器12の上面を覆い、ついで、水様性卵白を接着剤として使用してプラスチックフィルム5の周縁部を外側容器12の外側上縁部に接着させることによって行うことができる。
【0100】
〔S26〕
S26において、胚1が入れられた人工培養容器を孵卵器内で、鳥類胚で適した温度および湿度条件下、たとえば、温度37℃~40℃、湿度50%~80%で保温する。胚1が入れられた人工培養容器は保温中に転動されることが好ましい。転動は、人工培養容器を所定の角度傾けることによって行う。転動の角度は、30°が好ましく、転動の間隔は、1日に1回~2回である。これによって、より高い産子の孵化率が得られる。
【0101】
胚1が入れられた人工培養容器には、工程Fによる培養開始から胚由来の産子の孵化までの期間、酸素を供給する。酸素の供給は、酸素を孵卵器内に供給することによって行う。酸素の供給量は、特に限定されないが、培養開始から孵化予定日の5日前までは0.25L/分、孵化予定日の5日前から2日前までは0.5L/分、孵化予定日の2日前から前日までは0.75L/分であることが好ましい。これにより、胚1に適度な量の酸素を供給できる。また、産子の肺呼吸への移行を助けるために、孵化予定日の前日には転動を止め培養容器上面のプラスチックフィルムに穴をあけることが好ましい。
【0102】
本実施形態の作出方法によれば、第1の卵殻内での培養において胚1を卵殻に接触させた状態で培養するので、遺伝子改変鳥類のメスが産卵する受精卵から産子を得ることができる。また、遺伝子改変がホモになされた新規の遺伝子改変鳥類を得ることができる。
【0103】
(第4の実施形態)
本発明の第4の実施形態に係る遺伝子改変鳥類は、上記第1~3の実施形態に係る作出方法によって作出された遺伝子改変鳥類である。
【0104】
本発明の第4の実施形態に係る遺伝子改変鳥類は、第1の内因性卵白タンパク質遺伝子に第1の外因性構造遺伝子がホモにノックインされている遺伝子改変鳥類であることが好ましい。当該ノックインを有する遺伝子改変鳥類のメスが産卵する受精卵においては、外因性構造遺伝子の遺伝子産物が卵白中に高濃度に存在することにより、卵白の比重が卵黄の比重と比べて同じか又はより小さくなる可能性がより高いからである。
【0105】
この遺伝子改変鳥類のメスは、前記第1の外因性構造遺伝子がヘテロにノックインされたメスが産卵する卵(受精卵又は未受精卵)よりも外因性構造遺伝子の遺伝子産物をより多く含む卵を産卵することが期待される。また、この遺伝子改変鳥類のオスを野生型鳥類のメスと交配することにより、野生型鳥類のメスが産卵する受精卵中の胚に由来するメスの産子のすべてが、前記第1の外因性構造遺伝子をヘテロに有する遺伝子改変鳥類となり、当該外因性構造遺伝子の遺伝子産物を卵白中に含む卵を産卵する。これにより、外因性構造遺伝子の遺伝子産物を卵白中に含む卵の生産をより効率的に行うことができる。
【0106】
本発明の第4の実施形態に係る遺伝子改変鳥類は、第2の内因性卵白タンパク質遺伝子がホモでノックアウトされている遺伝子改変鳥類であることが好ましい。当該ノックアウトを有する遺伝子改変鳥類のメスが産卵する受精卵においては、ノックアウトされた内因性卵白タンパク質遺伝子の遺伝子産物が発現しないことから卵白の組成が大きく変化することにより、卵白の比重が卵黄の比重と比べて同じか又はより小さくなる可能性がより高いからである。
【0107】
オバルブミンやオボトランスフェリン等の卵白タンパク質は、卵アレルギーのアレルゲンとして知られている。本発明に係る遺伝子改変鳥類の作出方法を用いることにより、オバルブミン遺伝子やオボトランスフェリン遺伝子等の内因性卵白タンパク質遺伝子がホモにノックアウトされた遺伝子改変鳥類のメスが得られれば、アレルゲンである卵白タンパク質を含まない点で安全な卵を提供することができる。
【0108】
本発明の第4の実施形態に係る遺伝子改変鳥類は、第3の内因性卵白タンパク質遺伝子由来の発現調節配列に機能的に接続した第2の外因性構造遺伝子がゲノムにホモで非特異的挿入されている遺伝子改変鳥類であることが好ましい。当該非特異的挿入を有する遺伝子改変鳥類のメスが産卵する受精卵においては、外因性構造遺伝子の遺伝子産物が卵白中に高濃度に存在することにより、卵白の比重が卵黄の比重と比べて同じか又はより小さくなる可能性がより高いからである。
【0109】
この遺伝子改変鳥類のメスは、前記第2の外因性構造遺伝子がゲノムに対しヘテロに非特異的挿入がされたメスが産卵する卵(受精卵又は未受精卵)よりも前記第2の外因性構造遺伝子の遺伝子産物をより多く含む卵を産卵することが期待される。また、この遺伝子改変鳥類のオスを野生型鳥類のメスと交配することにより、野生型鳥類のメスが産卵する受精卵中の胚に由来するメスの産子のすべてが、前記第2の外因性構造遺伝子をヘテロに有する遺伝子改変鳥類となり、当該外因性構造遺伝子の遺伝子産物を卵白中に含む卵を産卵する。これにより、外因性構造遺伝子の遺伝子産物を卵白中に含む卵の生産をより効率的に行うことができる。
【実施例】
【0110】
以下、実施例に基づいて本発明をさらに詳細に説明する。なお、以下に説明する実施例は、本技術の代表的な実施例の一例を示したものであり、これにより本技術の範囲が狭く解釈されることはない。
【0111】
1.ヒトインターフェロンβ構造遺伝子ノックインニワトリ
(1-1)インターフェロンβ構造遺伝子ノックインのためのドナープラスミドの構築
配列番号1に示される塩基配列を有するドナーDNAを調製した。このドナーDNAの塩基配列は、ニワトリオバルブミン遺伝子におけるタンパク翻訳開始コドンの直上流から5‘側約2.8キロベースまでの塩基配列、ヒトインターフェロンβ構造遺伝子の塩基配列、ピュロマイシン耐性遺伝子ユニットの塩基配列、および、ニワトリオバルブミン遺伝子におけるタンパク質翻訳開始コドンの直上流から3’側約3.0キロベースまでの塩基配列から構成される。このドナーDNAをプラスミドpBlueScriptII (SK+)(Stratagene社(現Agilent Technologies社))に挿入してドナープラスミドpBS-IFNbetaを調製した。
【0112】
(1-2)ヒトインターフェロンβ構造遺伝子ノックインニワトリの作出
横斑プリマスロック由来の株化されたニワトリPGCに、pBS-IFNbetaおよびpx330-Neor-OVATg1をトランスフェクトし、その後細胞をピュロマイシンで選択することにより、ドナーDNAがノックインされている遺伝子改変PGCを含むPGC集団を得た。px330-Neor-OVATg1は、内因性オバルブミン遺伝子内の翻訳開始コドン直上流にある塩基配列を標的配列とするガイドRNAおよびDNA分解酵素Cas9を発現するプラスミドである。こうして得られたPGC集団の一部を、レシピエント胚(白色レグホン)に移植して生殖細胞キメラニワトリ(以下「G0ニワトリ」という。)を作出した。
【0113】
G0ニワトリのオスが性成熟した後、それらから精子を採取し、それにドナーDNAがノックインされた遺伝子改変精子が含まれているか否かを、採取された精子から調製したDNAを鋳型とし、配列番号2の塩基配列を有するオリゴヌクレオチドプライマー(以下「プライマー」という。)P1、および、配列番号3の塩基配列を有するプライマーP2からなるプライマー対、配列番号4の塩基配列を有するプライマーP3および配列番号5の塩基配列を有するプライマーP4からなるプライマー対、並びに、プライマーP1および配列番号6の塩基配列を有するプライマーP5からなるプライマー対をそれぞれ用いたPCRを行って調べた。
【0114】
遺伝子改変精子を有するオスのG0ニワトリを野生型ニワトリ(白色レグホンまたは横斑プリマスロック)のメスと交配し、当該メスニワトリが産卵した受精卵を通常の孵卵条件下で孵卵して産子を得ることにより、G0ニワトリの複数の後代を得た。後代が、ドナーDNAがノックインされた遺伝子改変ニワトリであるか否かを、後代の羽軸から調製したDNAを鋳型として、上述のPCR法により調べた。その結果、ドナーDNAがノックインされた遺伝子改変ニワトリ(以下「G1ニワトリ」という。)のオスおよびメスが得られた。
【0115】
さらに、性成熟したG1ニワトリのオスを野生型ニワトリ(白色レグホン)のメスと交配することにより、後代を得た。当該後代のうち、ドナーDNAがノックインされた個体(以下「G2ニワトリ」という。)を上述のPCR法を用いて選抜した。
【0116】
(1-3)後代ニワトリのメスが産卵した卵
G1ニワトリのメスは、性成熟後に未受精卵を産卵した。産卵直後における未受精卵においては、卵黄の周囲の白濁した卵白、および、粘性の低い比較的少量の水様性卵白があることが確認された。白濁した卵白中のヒトインターフェロンβの量を、抗ヒトインターフェロンβ抗体を用いたELISA法(VeriKine Human Interferon Beta ELISA kit, PBL Assay Science社)で検査した。卵白には、1.8~3.5mg/mlの濃度のヒトインターフェロンβが含まれていた。
【0117】
また、G2ニワトリのメスは、性成熟後に未受精卵を産卵した。G2ニワトリのメスが産卵した未受精卵中の白濁した卵白におけるヒトインターフェロンβの濃度は、G1ニワトリのメスが産卵した未受精卵中の白濁した卵白におけるヒトインターフェロンβの濃度と同程度だった。
【0118】
G1ニワトリおよびG1ニワトリのメスが産卵した受精卵の通常の孵卵条件下における孵化率を以下のように調べた。G1ニワトリ又はG2ニワトリのメスをG1ニワトリのオスの精液で人工授精した後に当該メスが産卵した受精卵を計16個採取した。また、野生型ニワトリ(白色レグホン)のメスを野生型ニワトリ(白色レグホン)の精液で人工授精した後に当該メスが産卵した受精卵を計18個採取した。産卵直後の受精卵を、自動転卵装置付き孵卵器(Type P-008、昭和フランキ社製)内で、温度38.5℃、湿度60%、転卵角度90°、転卵間隔30分の条件で保温した。
【0119】
その結果、ヒトインターフェロンβ構造遺伝子ヘテロノックインニワトリのメスが産卵した受精卵の孵化率は0%(0/16)であり、野生型ニワトリのメスが産卵した受精卵の孵化率は100%(18/18)であった。
【0120】
2.ヒト抗体構造遺伝子ノックインニワトリ
(2-1)ヒト抗体構造遺伝子ノックインのためのドナープラスミドの構築
配列番号7に示される塩基配列を有するドナーDNAを調製した。このドナーDNAの塩基配列は、ニワトリオバルブミン遺伝子におけるタンパク翻訳開始コドンの直上流から5‘側約2.8キロベースまでの塩基配列、卵白リゾチーム由来のシグナルペプチドをコードするDNAの塩基配列、ヒト免疫グロブリン(IgG1)重鎖構造遺伝子の塩基配列、furinタンパク質切断標的配列をコードするDNAの塩基配列、2A自己プロセッシング性ペプチドをコードするDNAの塩基配列、卵白リゾチーム由来のシグナルペプチドをコードするDNAの塩基配列、ヒト免疫グロブリン(IgG1)軽鎖構造遺伝子の塩基配列、ピュロマイシン耐性遺伝子ユニットの塩基配列、および、ニワトリオバルブミン遺伝子におけるタンパク質翻訳開始コドンの直上流から3’側約3.0キロベースまでの塩基配列から構成されている。
【0121】
このドナーDNA中のタンパク質コード領域が転写、翻訳されることにより生産されたポリぺプチドがその後プロセッシングされることによって、免疫グロブリンの重鎖と軽鎖からなるヒト抗体が発現する。このドナーDNAをプラスミドpBlueScriptII (SK+)(Stratagene社(現Agilent Technologies社))に挿入してドナープラスミドpBS-Ig(H+L)を調製した。
【0122】
(2-2)ヒト抗体構造遺伝子ノックインニワトリの作出
横斑プリマスロック由来の株化されたニワトリPGCに、pBS-Ig(H+L)およびpx330-Neor-OVATg1をトランスフェクトし、その後細胞をピュロマイシンで選択することにより、ドナーDNAがノックインされている遺伝子改変PGCを含むPGC集団を得た。PGC集団に遺伝子改変PGCが含まれていることをPCR法により確認した。すなわち、PGCから調製したDNAを鋳型として、第1に、プライマーP1および配列番号8の塩基配列を有するプライマーP6を用いてPCRを行い、それにより得られた増幅産物を鋳型として、配列番号9の塩基配列を有するプライマーP7および配列番号10の塩基配列を有するプライマーP8を用いてPCRを行った。
【0123】
第2に、プライマーP3およびプライマーP4を用いたPCRを行い、それにより得られた増幅産物を鋳型として、配列番号11の塩基配列を有するプライマーP9および配列番号12の塩基配列を有するプライマーP10を用いたPCRを行った。こうして得られたPGC集団の一部を、レシピエント胚(白色レグホン)に移植した結果、交配可能なオスのG0ニワトリが1羽得られた。当該G0ニワトリを野生型ニワトリ(白色レグホン)と交配し、G0ニワトリの複数の後代を得た。
【0124】
後代が、ドナーDNAがノックインされた遺伝子改変ニワトリであるか否かを調べた。すなわち、後代ニワトリの羽軸から調製したDNAを鋳型として、プライマーP1およびプライマーP6を用いてPCRを行い、それにより得られた増幅産物を鋳型として、プライマーP7およびプライマーP8を用いてPCRを行った。
【0125】
その結果、ドナーDNAがノックインされた遺伝子改変ニワトリ(以下「G1ニワトリ」という。)のオスおよびメスが得られた。性成熟したG1ニワトリのオスを野生型ニワトリ(白色レグホン)のメスと交配することにより、後代を得た。当該後代のうち、ドナーDNAがノックインされた個体(以下「G2ニワトリ」という。)を上述のPCR法を用いて選抜した。
【0126】
(2-3)後代ニワトリのメスが産卵した卵
G2ニワトリのメスは、性成熟後に未受精卵を産卵した。産卵直後における未受精卵の水様性卵白および濃厚卵白をともに超音波処理し、得られた標品の一部を、7%ポリアクリルアミドゲルを用いた非還元条件でのSDSゲル電気泳動法(レムリー法)により分析した。ポリアクリルアミドゲルには標準品として精製ヒトIgG1(アブカム社)もロードした。
【0127】
電気泳動後、ヤギ抗ヒトIgG1抗体(Jackson ImmunoResearch社製)を1次抗体としたウエスタンブロット解析を行った。その結果、卵白中に分子量約200万のヒト抗体の存在が確認された。また、ブロット上のヒト抗体および標準ヒトIgG1のバンドの染色強度の比較から、卵白中におけるヒト抗体の濃度は約0.13mg/mlであることがわかった。
【0128】
G1ニワトリのメスをG1ニワトリのオスの精液で人工授精した後に当該メスが産卵した受精卵を19個採取した。産卵直後の受精卵を、自動転卵装置付き孵卵器(Type P-008,昭和フランキ社製)内で、温度38.5℃、湿度60%、転卵角度90°、転卵間隔30分の条件で保温した。その結果、ヒト抗体構造遺伝子ヘテロノックインニワトリ(G1ニワトリ)のメスが産卵した受精卵の孵化率は0%(0/19)であった。
【0129】
3.ノックインニワトリのメスが産卵した受精卵中の卵白の比重
インターフェロンβ構造遺伝子ヘテロノックインニワトリ(G2又はG3ニワトリ)のメスをインターフェロンβ構造遺伝子ヘテロノックインニワトリ(G1又はG2ニワトリ)のオスの精液で人工受精した後に当該ノックインニワトリのメスが産卵した受精卵を採取した。ヒト抗体構造遺伝子ヘテロノックインニワトリ(G1又はG2ニワトリ)のメスをヒト抗体構造遺伝子ヘテロノックインニワトリ(G1又はG2ニワトリ)のオスの精液で人工受精した後に当該ノックインニワトリのメスが産卵した受精卵を採取した。野生型ニワトリ(白色レグホン)のメスを野生型ニワトリ(白色レグホン)のオスの精液で人工授精した後に当該野生型ニワトリのメスが産卵した受精卵を採取した。
【0130】
各ニワトリ系統の産卵直後の受精卵から、卵白(濃厚卵白、外水様性卵白および内水様性卵白)を採取し、それぞれを超音波処理して非粘性化した。超音波処理は、超音波強度を8~10に設定した超音波発生機(UR-20P、トミー精工社製)のプローブを卵白に差し込み、3分間超音波処理することにより行った。非粘性化された卵白を、それぞれ、100mlのビーカーに入れ、それに野生型ニワトリの受精卵から採取した胚および卵黄を加えて静置した。
【0131】
その結果、インターフェロンβ構造遺伝子ノックインニワトリ由来の卵白またはヒト抗体構造遺伝子ノックインニワトリ由来の卵白に加えられた卵黄はビーカーの底に沈み、一方、野生型ニワトリ由来の卵白に加えられた卵黄は、浮上して卵白表面に位置していた。これにより、インターフェロンβ構造遺伝子ヘテロノックインニワトリ由来の卵白およびヒト抗体構造遺伝子ヘテロノックインニワトリ由来の卵白の比重は、卵黄の比重と比べてより小さいことが示された。一方、野生型ニワトリ由来の卵白の比重は、卵黄の比重と比べてより大きいことが示された。
【0132】
4.ノックインニワトリのメスが産卵した受精卵中の胚の人工培養
ヒトインターフェロンβ構造遺伝子ヘテロノックインニワトリおよびヒト抗体構造遺伝子ヘテロノックインニワトリのメスが産卵した受精卵中の胚を、第1の代理卵殻および第2の代理卵殻を用いた人工培養法により培養して産子の孵化率を調べた。
【0133】
ヒトインターフェロンβ構造遺伝子ヘテロノックインニワトリ(G2ニワトリ)のメスをヒトインターフェロンβ構造遺伝子ヘテロノックインニワトリ(G1又はG2ニワトリ)のオスの精液で人工授精した後、当該メスニワトリが産卵した受精卵32個を採取した。ヒト抗体構造遺伝子ヘテロノックインニワトリ(G1又はG2ニワトリ)のメスをヒト抗体構造遺伝子ヘテロノックインニワトリ(G1又はG2ニワトリ)のオスの精液で人工授精した後、当該メスニワトリが産卵した受精卵81個を採取した。これらの産卵直後の受精卵を人工培養の出発材料とした。
【0134】
ダイヤモンドカッターを取り付けたミニター(ミニター株式会社製)を用いて、野生型ニワトリ(白色レグホン)の未受精卵(卵重55g~60g)の鋭端側に、周縁が形成する平面が卵の長軸に対して垂直であり周縁部の直径が約35mmである円形の開口部を設けた。開口部から未受精卵の内容物を取り出したのち、卵殻を第1の代理卵殻として用いた。同様に、野生型ニワトリの未受精卵(卵中70g以上)の鈍端側に直径約40mmの円形の開口部を設けた。開口部から未受精卵の内容物を取り出したのち、卵殻を第2の代理卵殻として用いた。
【0135】
第1の卵殻内での培養において、野生型ニワトリ(白色レグホン)の未受精卵から採取した水様性卵白を卵白組成物として用いた。
受精卵を割卵し卵内容物をガラス製蒸発皿に移した。注射筒(テルモシリンジ(登録商標)、テルモ社製)を用いて濃厚卵白、水様性卵白およびカラザを吸引除去して胚および卵黄のみを残した。ヒトインターフェロンβ構造遺伝子ヘテロノックインニワトリおよびヒト抗体構造遺伝子ヘテロノックインニワトリのメスが産卵した受精卵については、さらに、スパーテルを用いて卵黄に付着する濃厚卵白を注意深く掻きとることにより卵黄から濃厚卵白を除去した。
【0136】
あらかじめ約20mlの卵白組成物を入れた第1の代理卵殻に胚および卵黄を移した。次いで、第1の代理卵殻を卵白組成物で満たした。4.5cm四方に切ったプラスチックフィルム(ワンラップ(登録商標)、日本製紙社製)で開口部を覆い、2個の保定用プラスチックリング(外形5.5cm、内径3.5cm、厚さ5mm、4か所にネジ径2mm、長さ1mmのネジが取り付けられている)と輪ゴムを用いてプラスチックフィルムと卵殻を固定した。ついで、胚が入れられた第1の代理卵殻を、自動転卵装置付き孵卵器(Type P-008、昭和フランキ社製)内に置き、温度38,5℃、湿度60%、転卵角度90°、転卵間隔30分の条件で約2日半保温した。
【0137】
第1の代理卵殻内でHHステージ13~18まで発生した胚を、第1の卵殻の内容物すべてとともに第2の代理卵殻に移した。水様性卵白を第2の代理卵殻の開口部周縁部に塗ったのちに、4.5cm四方に切ったワンラップ(登録商標)を周縁部に張り付けることで開口部を密封した。
【0138】
胚が入れられた第2の代理卵殻を、自動転卵装置付き孵卵器(Type P-008、昭和フランキ社製)内に置き、温度38,5℃、湿度60%、転卵角度60°、転卵間隔30分の条件で人工培養開始後19日目まで保温した。人工培養開始後19日目に、胚の肺呼吸を助けるためプラスチックフィルムに穴をあけた。人工培養開始後21日目には、プスチックフィルムを取り除き、第2の代理卵殻の開口部に直径60mmのプラスチックシャーレをかぶせた状態で保温した。
【0139】
その結果、人工培養された胚からは、人工培養開始後21日目から22日目にかけて産子が孵化した。ヒトインターフェロンβ構造遺伝子ヘテロノックインニワトリのメスが産卵した受精卵中の胚由来の産子が3羽孵化した(孵化率:9.4%)。ヒト抗体構造遺伝子ヘテロノックインニワトリのメスが産卵した受精卵中の胚由来の産子が14羽孵化した(孵化率:17.3%)。
【0140】
この結果から、人工培養により、ヒトインターフェロンβ構造遺伝子ヘテロノックインニワトリおよびヒト抗体構造遺伝子ヘテロノックインニワトリのメスが産卵した受精卵からの産子が得られることが示された。
【0141】
5.ノックインニワトリのメスが産卵した受精卵中の胚に由来する産子の遺伝子型
実施例4で得られたヒトインターフェロンβ構造遺伝子ヘテロノックインニワトリのメスが産卵した受精卵中の胚由来の産子の遺伝子型を、産子の羽軸から調製したDNAを鋳型としたPCRを行って調べた。すなわち、プライマーP1およびP2を用いてPCRを行い、それにより得られた増幅産物を鋳型として、P7および配列番号13の塩基配列を有するプライマーP11を用いてPCRを行った。また、プライマーP1およびプライマーP5を用いてPCRを行った。
【0142】
ヒト抗体構造遺伝子ヘテロノックインニワトリのメスが産卵した受精卵中の胚由来の産子の遺伝子型を、産子の羽軸から調製したDNAを鋳型としたPCRを行って調べた。すなわち、プライマーP1およびP6を用いてPCRを行い、それにより得られた増幅産物を鋳型として、プライマーP7およびプライマーP8を用いてPCRを行った。また、プライマーP1およびプライマーP5を用いてPCRを行った。
【0143】
その結果、ヒトインターフェロンβ構造遺伝子ヘテロノックインニワトリのメスが産卵した受精卵中の胚由来の産子(3羽)のうち、2羽がヘテロノックインニワトリであり、1羽が野生型ニワトリであることがわかった。また、ヒト抗体構造遺伝子ヘテロノックインニワトリのメスが産卵した受精卵中の胚由来の産子14羽のうち、2羽がホモノックインニワトリであり、9羽がヘテロノックインニワトリであり、3羽が野生型ニワトリであることがわかった。この結果から、人工培養により、外因性構造遺伝子がホモにノックインされた形質転換ニワトリが得られることが示された。
【0144】
6.ノックインニワトリのメスが産卵した受精卵の卵白を用いた人工培養
ヒトインターフェロンβ構造遺伝子ヘテロノックインニワトリおよびヒト抗体構造遺伝子ヘテロノックインニワトリのメスが産卵した卵の卵白が胚の発生に及ぼす影響を調べるため、これら遺伝子改変ニワトリのメスが産卵した受精卵の卵白を含む卵白組成物を用いて野生型ニワトリ由来の胚の人工培養を行った。
【0145】
野生型ニワトリ(白色レグホン)のメスを野生型ニワトリ(白色レグホン)のオスの精液で人工授精した後、当該メスが産卵した受精卵を試験材料とした。ヒトインターフェロンβ構造遺伝子ヘテロノックインニワトリ(G2又はG3ニワトリ)およびヒト抗体構造遺伝子ヘテロノックインニワトリ(G1又はG2ニワトリ)のメスが産卵した受精卵または未受精卵から卵白(濃厚卵白、内水様性卵白および外水様性卵白)を採取した。採取された卵白を超音波処理して非粘性化した。また、野生型ニワトリ(白色レグホン)のメスが産卵した未受精卵から外水様性卵白を採取した。上記遺伝子改変ニワトリ由来の非粘性化された卵白を、野生型ニワトリ由来の水様性卵白と下記表1に示す混合比で混合して卵白組成物を調製し第1の卵殻内での培養において用いた。
【0146】
野生型ニワトリのメスが産卵した受精卵中の胚を試験に供したこと、および、第1の卵殻内の培養において上記の卵白組成物を用いたことを除き、(4-2)と同様の操作を行った。その結果得られた胚由来の産子の孵化率を下記表1に示す。
【0147】
【0148】
上記表1に示すように、卵白組成物として、ヒトインターフェロンβ構造遺伝子ヘテロノックインニワトリまたはヒト抗体構造遺伝子ヘテロノックインニワトリのメスが産卵した未受精卵又は受精卵由来の非粘性化された卵白のみからなる卵白組成物を第1の卵殻内での培養に用いた場合(表1中の「混合比」が100%)には、培養された胚由来の産子は得られなかった。
【0149】
一方、ヒトインターフェロンβ構造遺伝子ヘテロノックインニワトリのメスが産卵した未受精卵由来の非粘性化された卵白と野生型ニワトリの未受精卵由来の水様性卵白とを50%:50%、または、20%:80%の体積比で混合して得られた卵白組成物を用いた場合(表1中の「混合比」が50%または20%)には、培養された胚由来の産子が得られた。
【0150】
また、ヒト抗体構造遺伝子ヘテロノックインニワトリのメスが産卵した未受精卵由来の非粘性化された卵白と野生型ニワトリの未受精卵由来の水様性卵白とを50%:50%の体積比で混合して得られた卵白組成物を用いた場合(表1中の「混合比」が50%)にも、培養された胚由来の産子が得られた。
【0151】
実施例3と同様の方法により、本実施例で用いた卵白組成物の比重を調べたところ、ヒトインターフェロンβ構造遺伝子ヘテロノックインニワトリまたはヒト抗体構造遺伝子ヘテロノックインニワトリ由来の非粘性化された卵白と野生型ニワトリ由来の水様性卵白とを50%:50%の体積比で混合して得られた卵白組成物の比重は、ともに、卵黄の比重と比べて大きかった。
【0152】
以上のことから、人工培養によって胚由来の産子が得られるか否かは、主に、人工培養に用いる卵白組成物の比重によって決まることが示された。
【符号の説明】
【0153】
1 胚、2 卵黄、3卵白組成物、4 第1の代理卵殻、5 プラスチックフィルム、6 保定用プラスチックリング、7 輪ゴム、8 卵白、9 第2の代理卵殻、10 空気層、11 プラスチックフィルム成形体、12 外側容器、13 空気孔、14 蓋、15 蒸留水、16 PTFE膜成形体、17 メッシュ状部材
【配列表】