(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-04
(45)【発行日】2023-08-15
(54)【発明の名称】エナメル線
(51)【国際特許分類】
H01B 7/02 20060101AFI20230807BHJP
G01N 3/08 20060101ALN20230807BHJP
【FI】
H01B7/02 G
G01N3/08
(21)【出願番号】P 2020057398
(22)【出願日】2020-03-27
【審査請求日】2022-04-18
【審判番号】
【審判請求日】2022-11-01
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】株式会社プロテリアル
(74)【代理人】
【識別番号】110002583
【氏名又は名称】弁理士法人平田国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】西 甫
(72)【発明者】
【氏名】牛渡 剛真
(72)【発明者】
【氏名】本田 祐樹
(72)【発明者】
【氏名】安藤 郁美
【合議体】
【審判長】恩田 春香
【審判官】河本 充雄
【審判官】松永 稔
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B 7/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体と、
前記導体の周囲に設けられた、空孔を有する絶縁被膜と、
を備え、
前記絶縁被膜が、発泡剤としての高沸点溶媒又はポリマ微粒子を含む、ジアミン成分及び酸成分が溶剤としてのジメチルアセトアミドに溶解したポリアミック酸溶液であるポリイミド塗料を材料とするポリイミドで構成され、
前記ジアミン成分が、4,4’-ジアミノジフェニルエーテルに加えて、3,4’-ジアミノジフェニルエーテル、1,4-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼン、1,3-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼン、4,4’-ビス(4-アミノフェノキシ)ビフェニル、2,2-ビス{4-(4-アミノフェノキシ)フェニル}プロパン、又は2,2-ビス{4-(4-アミノフェノキシ)フェニル}ヘキサフロロプロパンを含み、
前記酸成分が、ピロメリット酸二無水物に加えて、4,4’-オキシジフタル酸無水物、2,2-ビス(3,4-アンハイドロジカルボキシル)-ヘキサフロロプロパン、3,3’,4,4’-ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物、又は3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物を含み、
下記式1によって求められる変形率が10%未満である、
エナメル線。
式1
:変形率(%)=(第2の変位量-第1の変位量)×100/(前記絶縁被膜の膜厚×2)
第1の変位量:
熱機械分析装置を用いて測定される、22~23℃の条件下で、試料台の上面に
対して円柱形の治具の端面を鉛直上方から接触させ、前記治具によって鉛直下方の向きの力(初期値)を前記試料台に加えたときの前記治具の前記端面の鉛直方向の位置と、前記力を10分間加えたときの前記治具の前記端面の鉛直方向の位置との差
第2の変位量:
前記熱機械分析装置を用いて測定される、22~23℃の条件下で、試料台の上面に横たえられたエナメル線に対して前記治具の端面を鉛直上方から接触させ、前記治具によって鉛直下方の向きの力(初期値)を前記エナメル線に加えたときの前記治具の前記端面の鉛直方向の位置と、前記力を10分間加えたときの前記治具の前記端面の鉛直方向の位置との差
鉛直下方の向きの力:5mNを初期値として、98mN/分の増加率で増加させる力
【請求項2】
前記絶縁被膜の空孔率が25%未満である、
請求項1に記載のエナメル線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エナメル線に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、部分放電の発生を抑制するため、空孔を有するポリイミドからなる絶縁被膜を導体上に備えた絶縁電線が知られている(例えば、特許文献1参照)。空気はポリイミドよりも比誘電率が低いため、空孔を有する絶縁被膜は、空孔を有しない絶縁被膜と比較して比誘電率が低くなり、絶縁電線の部分放電を効果的に抑制することができる。特許文献1に記載の絶縁電線においては、絶縁被膜の空孔率は、例えば5体積%以上80体積%以下という広い範囲で設定される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、絶縁被膜に空孔が存在すると、絶縁被膜が変形しやすくなる(耐変形性が低下する)という問題がある。
【0005】
したがって、本発明の目的は、空孔を含む絶縁被膜を導体上に備えた、耐変形性に優れたエナメル線を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記課題を解決することを目的として、導体と、前記導体の周囲に設けられた、空孔を有する絶縁被膜と、を備え、前記絶縁被膜が、発泡剤としての高沸点溶媒又はポリマ微粒子を含む、ジアミン成分及び酸成分が溶剤としてのジメチルアセトアミドに溶解したポリアミック酸溶液であるポリイミド塗料を材料とするポリイミドで構成され、前記ジアミン成分が、4,4’-ジアミノジフェニルエーテルに加えて、3,4’-ジアミノジフェニルエーテル、1,4-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼン、1,3-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼン、4,4’-ビス(4-アミノフェノキシ)ビフェニル、2,2-ビス{4-(4-アミノフェノキシ)フェニル}プロパン、又は2,2-ビス{4-(4-アミノフェノキシ)フェニル}ヘキサフロロプロパンを含み、前記酸成分が、ピロメリット酸二無水物に加えて、4,4’-オキシジフタル酸無水物、2,2-ビス(3,4-アンハイドロジカルボキシル)-ヘキサフロロプロパン、3,3’,4,4’-ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物、又は3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物を含み、下記式1によって求められる変形率が10%未満である、エナメル線を提供する。
式1:変形率(%)=(第2の変位量-第1の変位量)×100/(前記絶縁被膜の膜厚×2)
第1の変位量:熱機械分析装置を用いて測定される、22~23℃の条件下で、試料台の上面に対して円柱形の治具の端面を鉛直上方から接触させ、前記治具によって鉛直下方の向きの力(初期値)を前記試料台に加えたときの前記治具の前記端面の鉛直方向の位置と、前記力を10分間加えたときの前記治具の前記端面の鉛直方向の位置との差
第2の変位量:前記熱機械分析装置を用いて測定される、22~23℃の条件下で、試料台の上面に横たえられたエナメル線に対して前記治具の端面を鉛直上方から接触させ、前記治具によって鉛直下方の向きの力(初期値)を前記エナメル線に加えたときの前記治具の前記端面の鉛直方向の位置と、前記力を10分間加えたときの前記治具の前記端面の鉛直方向の位置との差
鉛直下方の向きの力:5mNを初期値として、98mN/分の増加率で増加させる力
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、空孔を含む絶縁被膜を導体上に備えた、耐変形性に優れたエナメル線を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】
図1(a)、(b)は、本発明の実施の形態に係るエナメル線の長手方向に垂直な断面図である。
【
図2】
図2は、エナメル線の変形率を測定する様子を示す模式図である。
【
図3】
図3は、エナメル線の変形率の測定結果の例を示すグラフである。
【
図4】
図4は、試料A~Jの空孔率と変形率の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
[実施の形態]
図1(a)は、本発明の実施の形態に係るエナメル線1の長手方向に垂直な断面図である。エナメル線1は、導体10と、導体10の周囲に設けられた、空孔111を有する絶縁被膜11とを備え、その変形率が10%未満である。なお、変形率については後述する。
【0010】
導体10は、銅または銅合金、アルミニウムまたはアルミニウム合金などの導電性材料からなる線状の金属線であり、例えば、無酸素銅や低酸素銅からなる銅線である。また、導体10の構成はこれに限定されるものではなく、例えば、金属線の外周にニッケル等の金属めっきを施したものを導体10として用いてもよい。
図1に示す導体10の長手方向に垂直な断面形状は、円形であるが、これに限定されず、例えば、四角形であってもよい。
【0011】
絶縁被膜11は、テトラグライムなどの発泡剤を含むポリイミド塗料を前駆体として形成される。例えば、発泡剤を含むポリイミド塗料を導体10の表面に塗布し、これを300℃から500℃の炉内で加熱する。これを複数回繰り返して、ポリイミドからなる絶縁被膜11を得る。なお、絶縁被膜11の厚さは、例えば、30μm以上200μm以下である。
【0012】
ここで、炉内でポリイミド塗料が加熱されると、溶媒が除去され、ポリアミック酸のイミド化反応が進むとともに、発泡剤の沸点や分解開始温度よりも高い温度で加熱された際に、発泡剤が揮散(例えば、テトラグライムからなる発泡剤の場合は、沸点275℃以上の温度で揮散)又は熱分解(例えば、ポリメタクリル酸メチルポリマ微粒子からなる発泡剤の場合は、分解開始温度230℃以上の温度で熱分解)されることにより、空孔を含むポリイミドが形成される。なお、発泡剤は、例えば、ポリイミド塗料に含まれる樹脂分に対して1phr~300phrの範囲の添加量でポリイミド塗料に添加される。このような添加量で発泡剤が添加された場合には、絶縁被膜11に形成される空孔111の空孔率を適宜調整するのに有効である。
【0013】
絶縁被膜11の前駆体であるポリイミド塗料としては、例えば、4,4’-ジアミノジフェニルエーテルからなるジアミン成分と、ピロメリット酸二無水物からなる酸成分とが溶剤としてのDMAc(ジメチルアセトアミド)に溶解したポリアミック酸溶液であるポリイミド塗料(以下、第1のポリイミド塗料と呼ぶ)を用いることができる。
【0014】
また、エナメル線1の部分放電開始電圧を特に高めるため、例えば、4,4’-ジアミノジフェニルエーテル、ピロメリット酸二無水物に加えて、ジアミン成分として、3,4’-ジアミノジフェニルエーテル、1,4-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼン、1,3-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼン、4,4’-ビス(4-アミノフェノキシ)ビフェニル、2,2-ビス{4-(4-アミノフェノキシ)フェニル}プロパン、2,2-ビス{4-(4-アミノフェノキシ)フェニル}ヘキサフロロプロパンなど、酸成分として、4,4’-オキシジフタル酸無水物、2,2-ビス(3,4-アンハイドロジカルボキシル)-ヘキサフロロプロパン、3,3’,4,4’-ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物、3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物などがDMAcに溶解したポリアミック酸溶液であるポリイミド塗料(以下、第2のポリイミド塗料と呼ぶ)を用いることができる。
【0015】
この第2のポリイミド塗料から絶縁被膜11を形成した場合は、上記第1のポリイミド塗料から形成した場合と比較して、絶縁被膜11の誘電率が低いためエナメル線1の部分放電開始電圧を高くすることができる。また、第2のポリイミド塗料によって絶縁被膜11を導体の周囲に直接形成した場合は、第1のポリイミド塗料によって絶縁被膜11を導体の周囲に直接形成した場合と比較して、絶縁被膜11の剥離を抑えることができる。
【0016】
ポリイミド塗料に含まれる発泡剤としては、テトラグライムなどからなる高沸点溶媒やポリメタクリル酸メチルなどからなるポリマ微粒子など、炉内の加熱処理によって揮散又は熱分解することにより、絶縁被膜11に空孔111を形成することができるものが用いられる。また、高沸点溶媒やポリマ微粒子の代わりに、熱膨張性マイクロカプセルをポリイミド塗料に混合することで空孔111を形成してもよい。この場合では、導体10の外周に塗布されたポリイミド塗料が炉内で加熱されたときに、ポリイミド塗料に含まれる熱膨張性マイクロカプセルが膨張又は発泡することにより、空孔111を含む絶縁被膜11が形成される。また、空孔111は、中空フィラーをポリイミド塗料に混合することによって形成されてもよい。この場合では、中空フィラーの内部の空洞部分が絶縁被膜11に含まれる空孔111となる。
【0017】
図1(b)は、本発明の実施の形態に係るエナメル線2の長手方向に垂直な断面図である。エナメル線2は、導体10と、導体10の周囲に設けられた、空孔213を有する、ポリイミドからなる絶縁被膜21とを備え、その変形率が10%未満である。より好ましくは、変形率が1%以上8%以下である。
【0018】
絶縁被膜21は、導体10に接触する第1の層211と、第1の層211の外側に設けられた第2の層212を有する。第1の層211は、第2の層212よりも比誘電率が低いことがよい。また、導体10に接触する第1の層211は、導体10に対する密着性が高いことがよい。第1の層211が導体10に対して密着性が高いと、第1の層211を内側の層として用いて導体10と密着させることにより、絶縁被膜21の導体10からの剥離を抑えることができる。
【0019】
第2の層212が第1の層211よりも比誘電率が高いポリイミド塗料(例えば、第1のポリイミド塗料)で形成された場合、第1の層211(例えば、第2のポリイミド塗料で形成された第1の層211)と比較して、発泡剤による空孔213の形成が容易(空孔率を高くし易い)であり、また、コストが低い絶縁被膜21とすることができるという優位点がある。このため、第1の層211と第2の層212を併用することにより、絶縁被膜21の導体10からの剥離を抑えつつ空孔213の形成を容易にし、かつ比誘電率やコストを所望の範囲に調整することができる。
【0020】
第1の層211と第2の層212は、例えば、それぞれ上記第2のポリイミド塗料と第1のポリイミド塗料を前駆体として形成することができる。なお、絶縁被膜21の全体の厚さは、例えば、30μm以上200μm以下である。
【0021】
絶縁被膜21は、絶縁被膜11が空孔111を有するのと同様に空孔213を有するが、第1の層211と第2の層212の少なくとも一方が含んでいればよい。上述のように第2の層212の方が第1の層211よりも空孔213の形成が容易であるため、第1の層211と第2の層212の一方に空孔213を形成する場合は、第2の層212に空孔213を形成することが好ましい。
【0022】
上述のように、エナメル線1の絶縁被膜11、エナメル線2の絶縁被膜21はそれぞれ空孔111、空孔213を有している。空孔111、213の部分は、ポリイミドよりも比誘電率が低い。そのため、絶縁被膜11、21の空孔111、213は、絶縁被膜11、21の比誘電率を低減し、それによってエナメル線1、2の部分放電開始電圧が高くなる。
【0023】
なお、絶縁被膜11、21の機械的強度を低下しにくくするため、本実施の形態においては、絶縁被膜11、21の空孔率は、エナメル線1、2の変形率が10%未満となる範囲内で設定されることが好ましい。例えば、エナメル線1、2の変形率が10%未満となる範囲内で、絶縁被膜11、21の空孔率が25%未満に設定されることが好ましい。
【0024】
絶縁被膜11、21の空孔率が高すぎると加工時に絶縁被膜11、21が変形しやすくなる。このとき、絶縁被膜11、21の空孔111、213が潰れて本来の品質(比誘電率)が発揮されないおそれがある。空孔111、213の潰れを抑え、絶縁被膜11、21を変形しにくくするためには、空孔率が25%未満であることが好ましい。絶縁被膜11、21の空孔率は、次の式(1)により算出される。
【0025】
【0026】
ここで、ρ1は空孔111、213が存在しない場合の絶縁被膜11、21の比重であり、ρ2は空孔111、213を含んだ絶縁被膜11、21の比重である。なお、絶縁被膜21の比重は、第1の層211と第2の層212を含む絶縁被膜21全体としての比重を指すものとする。
【0027】
また、エナメル線1の絶縁被膜11、エナメル線2の絶縁被膜21を構成するポリイミドに比誘電率の低いものを用いることにより、空孔率を抑えつつ誘電率を低くすることが容易になる。すなわち、絶縁被膜11、21の機械的強度の低下を抑えつつ誘電率を低減することが容易になる。例えば、絶縁被膜11、21の比誘電率は3以下であることが好ましい。なお、絶縁被膜21の比誘電率は、第1の層211と第2の層212を含む絶縁被膜21全体としての比誘電率を指すものとする。
【0028】
図2は、エナメル線1の変形率を測定する様子を示す模式図である。以下、
図2を用いてエナメル線1の変形率の測定方法を説明する。なお、エナメル線2の変形率も、以下に説明するエナメル線1の変形率の測定方法と同様の方法により測定することができる。
【0029】
まず、22℃~23℃の条件下で、TMA炉(熱機械分析装置の炉)内に配置された石英からなる試料台41の上面に治具42の端面を鉛直上方から直接接触させる。治具42の端面を試料台41の上面に直接接触させた状態で、治具42によって鉛直下方の向きの力Fを試料台に10分間加える。この鉛直下方の向きの力Fの大きさは、5mNを初期値として、98mN/分の増加率で増加させる。増加を初めてから10分後の力Fの大きさは985mNである。
【0030】
このとき、治具42によって鉛直下方の向きの力Fを5mN(初期値)加えて試料台41の上面に治具42の端面が接触している状態(初期状態)のときの治具42の端面の鉛直方向の位置(高さ)と、試料台41の上面に下向きの力Fを増加させ始めてから10分経過したときの治具42の端面の鉛直方向の位置(高さ)との差を第1の変位量とする。すなわち、第1の変位量は、試料台41の上面に対して鉛直下方の向きの力F(初期値)を治具42によって加えたときの試料台41に接触する治具42の端面の位置と、力Fを10分間加えたときの試料台41に接触する治具42の端面の鉛直方向の位置との差の絶対値である。
【0031】
次に、
図2に示すように、22℃~23℃の条件下で、TMA炉(熱機械分析装置の炉)内に配置された石英からなる試料台41の上面にエナメル線1を横たえられた状態で配置する。ここで、横たえられたとは、エナメル線1の長さ方向が試料台41の上面に平行になるように設置することを意味する。次に、試料台41の上面に横たえられたエナメル線1に円柱形の治具(石英プローブ)42の端面を鉛直上方から接触させた状態で、鉛直下方の向きの力Fを10分間加える。この鉛直下方の向きの力Fの大きさは、5mNを初期値として、98mN/分の増加率で増加させる。増加を初めてから10分後の力Fの大きさは985mNである。
【0032】
このとき、治具42によって鉛直下方の向きの力Fを5mN(初期値)加えてエナメル線1に接触している状態(初期状態)のときの治具42の端面の鉛直方向の位置(高さ)と、エナメル線1に鉛直下方の向きの力Fを上記増加率で増加し始めてから10分経過したときの治具42の端面の鉛直方向の位置(高さ)との差を第2の変位量とする。すなわち、第2の変位量は、エナメル線1に対して鉛直下方の向きの力F(初期値)を治具42によって加えたときのエナメル線1に接触する治具42の端面の位置と、力Fを10分間加えたときのエナメル線1に接触する治具42の端面の鉛直方向の位置の差の絶対値である。
【0033】
第2の変位量を測定した後、力Fを除荷し、試料台41からエナメル線1を除去する。
【0034】
そして、エナメル線1の変形率は、(第2の変位量-第1の変位量)×100/(絶縁被膜11の膜厚×2)の式により求められる。ここで、第1の変位量、第2の変位量、絶縁被膜11の膜厚の単位は同じである。なお、膜厚は、絶縁被膜11の厚さである。また、エナメル線2を試料として用いた場合は、絶縁被膜21全体の厚さが膜厚となる。
【0035】
なお、エナメル線1、2の変形率の評価は、3回以上の測定により得られた複数の変形率の測定値の平均値により行う。すなわち、エナメル線1、2の変形率を3回以上測定し、得られた複数の測定値の平均値が10%に満たない場合に、エナメル線1、2の変形率が10%未満であると判定する。
【0036】
図3は、エナメル線1の変形率の測定結果の例を示すグラフである。
図3の“荷重”は、治具42と接触するエナメル線1又は試料台41の上面に作用する力(鉛直上方向の成分を正としたときの鉛直下方の向きの力Fの大きさ)の時間的変化を示す直線である。また、
図3の“ブランク”は、治具42の端面を試料台41の上面に直接接触させ、上記第1の変位量を取得するための測定を行ったときに得られる、治具42の端面の鉛直方向の位置の変位量の時間的変化を示す。
【0037】
また、
図3の“試料1”は、上述した第2のポリイミド塗料からなる絶縁被膜11を備えたエナメル線1に対して治具42の端面を直接接触させ、上記第2の変位量を取得するための測定を行ったときに得られる、治具42の端面の鉛直方向の位置の変位量の時間的変化を示す。
【0038】
図3に係る変形率の測定においては、直径0.8mmの銅線が導体10として用いられた、長さ5mmに切断されたエナメル線1を用いた。試料1では、第2のポリイミド塗料からなる絶縁被膜11の膜厚が33.5μmであった。このときの変形率は、約8.4%であった。
【0039】
以下の表1に、絶縁被膜(絶縁被膜11又は絶縁被膜21)を構成する材料が異なる10種のエナメル線(エナメル線1又はエナメル線2)の変形率、絶縁被膜の空孔率、絶縁被膜の膜厚を示す。各試料は、直径0.8mmの銅線を導体10として備え、長さ5mmに切断されたものである。
【0040】
【0041】
ここで、表1のポリイミド“a”は第2のポリイミド塗料からなり、ポリイミド“b”は第1のポリイミド塗料からなる。
【0042】
また、表1の発泡剤“d”は高沸点溶媒、発泡剤“e”はポリマ微粒子(粒子径:1μm)である。
【0043】
試料B~E、I~Jは、エナメル線1に相当し、その絶縁被膜は絶縁被膜11に相当する。試料B~E、I~Jの絶縁被膜11は、発泡剤が含まれている第2のポリイミド塗料を15回塗り重ねることにより形成した。試料Aの絶縁被膜は、発泡剤が含まれていない第2のポリイミド塗料を15回塗り重ねることにより形成した。
【0044】
試料F、G、Hは、エナメル線2に相当し、その絶縁被膜は第1の層211と第2の層212から構成される絶縁被膜21に相当する。表1の試料F、G、Hのポリイミド“a/b”は、第1の層211と第2の層212の材料がそれぞれ“a”と“b”であることを示している。試料Gの第1の層211は、発泡剤入りポリイミド塗料を2回塗り重ねることにより形成し、試料F、Hの第1の層211は、発泡剤を含まないポリイミド塗料を2回塗り重ねることにより形成した。また、試料F、G、Hの第2の層212は、発泡剤入りポリイミド塗料を13回塗り重ねることにより形成した。表1の試料F、G、Hの発泡剤“d”は、第2の層212のポリイミド塗料に含まれる発泡剤である。
【0045】
また、表1の試料A~Jの変形率の平均値は、3回の測定により得られたものである。
【0046】
また、表1の各試料の絶縁被膜の空孔率は、絶縁被膜全体の空孔率を、上述した式(1)を用いて算出したものである。試料F、G、Hの絶縁被膜21の空孔率は、第1の層211と第2の層212とからなる絶縁被膜21全体の空孔率を、上述した式(1)を用いて算出したものである。
【0047】
図4は、試料A~Jの空孔率と変形率の関係を示すグラフである。グラフ上の各点は、それぞれの空孔率における変形率の平均値を表している。
図4は、絶縁被膜の空孔率が25%未満の範囲の試料B~Hでは、エナメル線の変形率に大きな差がなく、およそ10%未満になることを示している。そして、表1から、発泡剤が含まれている試料B~Hでは、発泡剤が含まれていない試料Aと同等の変形率となることがわかる。すなわち、空孔を含む絶縁被膜が導体の外周に形成されたエナメル線(試料B~H)では、空孔を含まない絶縁被膜が導体の外周に形成されたエナメル線(試料A)と同等の変形率を有していることがわかる。
【0048】
(実施の形態の効果)
以上説明した本発明の実施の形態によれば、エナメル線の部分放電開始電圧を上げるために空孔を含む絶縁被膜を用い、かつ絶縁被膜の機械的強度の低下を抑えるためにエナメル線が所定の変形率を満たす。これによって、空孔を含む絶縁被膜を導体上に備え、耐部分放電性と耐変形性に優れたエナメル線を提供することができる。
【0049】
(実施の形態のまとめ)
次に、以上説明した実施の形態から把握される技術思想について、実施の形態における符号等を援用して記載する。ただし、以下の記載における各符号等は、特許請求の範囲における構成要素を実施の形態に具体的に示した部材等に限定するものではない。
【0050】
[1]導体(10)と、導体(10)の周囲に設けられた、空孔(111、213)を有する絶縁被膜(11、21)と、を備え、下記式1によって求められる変形率が10%未満である、エナメル線(1、2)。
式1 変形率(%)=(第2の変位量-第1の変位量)×100/(前記絶縁被膜の膜厚×2)
第1の変位量:22~23℃の条件下で、試料台(41)の上面に円柱形の治具(42)の端面を鉛直上方から接触させ、前記治具によって鉛直下方の向きの力(F)(初期値)を前記試料台(41)に加えたときの治具(42)の端面の鉛直方向の位置と、前記力(F)を10分間加えたときの治具(42)の端面の鉛直方向の位置との差
第2の変位量:22~23℃の条件下で、試料台(41)の上面に横たえられたエナメル線(1、2)に対して治具(42)の端面を鉛直上方から接触させ、治具(42)によって鉛直下方の向きの力(F)(初期値)をエナメル線(1、2)に加えたときの治具(42)の端面の鉛直方向の位置と、力(F)を10分間加えたときの治具(42)の端面の鉛直方向の位置との差
鉛直下方の向きの力(F):5mNを初期値として、98mN/分の増加率で増加させる力
【0051】
[2]絶縁被膜(11、21)の空孔率が25%未満である、上記[1]に記載のエナメル線(1、2)。
【0052】
[3]絶縁被膜(11、21)が、ポリイミドからなる、上記[1]または[2]に記載のエナメル線(1、2)。
【0053】
以上、本発明の実施の形態を説明したが、本発明は、上記実施の形態に限定されず、発明の主旨を逸脱しない範囲内において適宜変形して実施することが可能である。
【0054】
また、上記に記載した実施の形態は特許請求の範囲に係る発明を限定するものではない。また、実施の形態の中で説明した特徴の組合せの全てが発明の課題を解決するための手段に必須であるとは限らない点に留意すべきである。
【符号の説明】
【0055】
1、2…エナメル線
10…導体
11、21…絶縁被膜
211…第1の層
212…第2の層