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特許7327459溶剤組成物、洗浄方法、塗膜の形成方法、熱移動媒体および熱サイクルシステム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-07
(45)【発行日】2023-08-16
(54)【発明の名称】溶剤組成物、洗浄方法、塗膜の形成方法、熱移動媒体および熱サイクルシステム
(51)【国際特許分類】
   C11D 7/30 20060101AFI20230808BHJP
   B08B 3/08 20060101ALI20230808BHJP
   C09D 7/20 20180101ALI20230808BHJP
   C09D 201/00 20060101ALI20230808BHJP
   C09K 5/04 20060101ALI20230808BHJP
   C11D 7/24 20060101ALI20230808BHJP
   C11D 7/50 20060101ALI20230808BHJP
【FI】
C11D7/30
B08B3/08
C09D7/20
C09D201/00
C09K5/04 C
C11D7/24
C11D7/50
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2021200311
(22)【出願日】2021-12-09
(62)【分割の表示】P 2017561195の分割
【原出願日】2017-01-13
(65)【公開番号】P2022050402
(43)【公開日】2022-03-30
【審査請求日】2021-12-09
(31)【優先権主張番号】P 2016005952
(32)【優先日】2016-01-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000044
【氏名又は名称】AGC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】光岡 宏明
(72)【発明者】
【氏名】三木 寿夫
(72)【発明者】
【氏名】中村 允彦
(72)【発明者】
【氏名】市野川 真理
(72)【発明者】
【氏名】岡本 秀一
(72)【発明者】
【氏名】藤森 厚史
【審査官】柴田 啓二
(56)【参考文献】
【文献】特表2013-504658(JP,A)
【文献】特表2013-506731(JP,A)
【文献】特表2012-506944(JP,A)
【文献】特表2015-508435(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C11D 7/30
C11D 7/50
C09K 5/04
C09D 7/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
1-クロロ-2,3,3-トリフルオロ-1-プロペンと、
不飽和炭化水素を含む安定剤と、
を含み、
前記不飽和炭化水素が、2-メチル-2-ブテン、2-メチル-1-ペンテン、2-メチル-2-ペンテン、3-エチル-2-ブテン、2,3-ジメチル-2-ブテン、2,4,4-トリメチル-1-ペンテン、および2,4,4-トリメチル-2-ペンテンからなる群から選ばれる少なくとも1種である溶剤組成物。
【請求項2】
前記溶剤組成物(100質量%)中の前記安定剤の含有量が1質量ppm~10質量%である、請求項1に記載の溶剤組成物。
【請求項3】
前記溶剤組成物(100質量%)中の1-クロロ-2,3,3-トリフルオロ-1-プロペンの含有量が80質量%以上である、請求項1または2に記載の溶剤組成物。
【請求項4】
前記1-クロロ-2,3,3-トリフルオロ-1-プロペンが、1-クロロ-2,3,3-トリフルオロ-1-プロペンのZ異性体と1-クロロ-2,3,3-トリフルオロ-1-プロペンのE異性体の混合体であり、
前記1-クロロ-2,3,3-トリフルオロ-1-プロペンのZ異性体と前記1-クロロ-2,3,3-トリフルオロ-1-プロペンのE異性体の合計量に対する1-クロロ-2,3,3-トリフルオロ-1-プロペンのZ異性体の含有割合は、80質量%以上100質量%未満である、請求項1~3のいずれか一項に記載の溶剤組成物。
【請求項5】
前記安定剤の沸点が30~120℃である、請求項1~のいずれか一項に記載の溶剤組成物。
【請求項6】
請求項1~のいずれか一項に記載の溶剤組成物を用いて被洗浄物を洗浄することを特徴とする、洗浄方法。
【請求項7】
被洗浄物が繊維製品、医療器具、電気機器、精密機械、光学物品から選ばれる少なくとも1種である、請求項に記載の洗浄方法。
【請求項8】
請求項1~のいずれか一項に記載の溶剤組成物に不揮発性物質を溶解し、得られた不揮発性物質の組成物を被塗布物上に塗布し、前記溶剤組成物を蒸発させ、前記不揮発性物質を主成分とする塗膜を形成することを特徴とする、塗膜の形成方法。
【請求項9】
請求項1~のいずれか一項に記載の溶剤組成物を含む熱移動媒体。
【請求項10】
請求項に記載の熱移動媒体を用いた熱サイクルシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種有機物の溶解性に優れ、かつ地球環境に悪影響を及ぼさず、安定性に優れた溶剤組成物に関する。具体的に本発明の溶剤組成物は、洗浄剤や塗布溶剤、熱移動媒体など、広範囲な用途に用いることができる。
【背景技術】
【0002】
IC、電子部品、精密機械部品、光学部品等の製造では、製造工程、組立工程、最終仕上げ工程等において、部品を洗浄剤によって洗浄し、該部品に付着したフラックス、加工油、ワックス、離型剤、ほこり等を除去することが行われている。また潤滑剤等の各種有機化学物質を含有する塗膜を有する物品の製造方法としては、例えば、該有機化学物質を塗布溶剤に溶解した溶液を調製し、該溶液を被塗布物上に塗布した後に塗布溶剤を蒸発させて塗膜を形成する方法が知られている。塗布溶剤には、有機化学物質を充分に溶解させることができ、また充分な乾燥性を有していることが求められる。
【0003】
このような用途に用いる溶剤としては、不燃性で毒性が小さく、安定性に優れ、金属、プラスチック、エラストマー等の基材を侵さず、化学的および熱的安定性に優れる点から、1,1,2-トリクロロ-1,2,2-トリフルオロエタン等のクロロフルオロカーボン類(以下、「CFC類」と記す。)、2,2-ジクロロ-1,1,1-トリフルオロエタン、1,1-ジクロロ-1-フルオロエタン、3,3-ジクロロ-1,1,1,2,2-ペンタフルオロプロパン、1,3-ジクロロ-1,1,2,2,3-ペンタフルオロプロパン等のハイドロクロロフルオロカーボン類(以下、「HCFC類」と記す。)等を含有するフッ素系溶剤等が使用されていた。
【0004】
しかし、CFC類は、化学的に極めて安定であることから、気化後の対流圏内での寿命が長く、拡散して成層圏にまで達する。そのため、成層圏に到達したCFC類が紫外線により分解され、塩素ラジカルを発生してオゾン層が破壊される問題がある。このことから、CFC類の生産は世界的に規制されており、先進国での生産は既に全廃されている。
【0005】
また、HCFC類も塩素原子を有しており、僅かではあるがオゾン層に悪影響を及ぼすことから、先進国においては2020年に生産が全廃されることになっている。
【0006】
一方、塩素原子を有さず、オゾン層に悪影響を及ぼさない溶剤としては、ペルフルオロカーボン類(以下、「PFC類」と記す。)が知られている。また、CFC類およびHCFC類の代替溶剤として、ハイドロフルオロカーボン類(以下、「HFC類」と記す。)、ハイドロフルオロエーテル類(以下、「HFE類」と記す。)等も開発されている。
【0007】
しかし、HFC類やPFC類は、地球温暖化防止のため、京都議定書の規制対象物質となっている。
【0008】
HFC類、HFE類、PFC類の溶剤に替わる新しい溶剤として、炭素原子-炭素原子間に二重結合を持つフルオロオレフィンが提案されている。これらのフルオロオレフィンは、分解しやすいために大気中での寿命が短く、オゾン破壊係数や地球温暖化係数が小さく、地球環境への影響が小さいという優れた性質を有しているが、反面、分解をしやすいために、安定性に劣り、洗浄剤や塗布溶剤として使用した場合に、使用中に分解して酸性化してしまう問題があった。
【0009】
このような安定性に劣るフルオロオレフィン類としては、特許文献1、2の1,1-ジクロロ-2,3,3,3-テトラフルオロプロペンがあり、特許文献3、4のような安定化技術が示されている。
【0010】
特許文献3、4の他には、炭素原子-炭素原子間に二重結合を持つフルオロオレフィンを安定化する技術の例も開示されている(特許文献5、6、7)が、いかなるフルオロオレフィンも安定化する技術ではなく、フルオロオレフィンの種類や使用目的によってその安定化の技術は異なっている。
このように、フルオロオレフィンの種類によって安定化のための技術が異なることが知られている。仮に先行技術文献に記載された技術を適用したとしても、1-クロロ-2,3,3-トリフルオロ-1-プロペンに対する安定化効果が得られるかどうかは予測できない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2013-224383号公報
【文献】国際公開第2013/161723号
【文献】国際公開第2014/073372号
【文献】国際公開第2015/060261号
【文献】特表2008-531836号公報
【文献】国際公開第2010/098451号
【文献】特表2010-531924号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、各種有機物の溶解性に優れ、かつ地球環境に悪影響を及ぼさず、安定性に優れた溶剤組成物、該溶剤組成物を用いた洗浄方法、該溶剤組成物を用いた塗膜の形成方法、該溶剤組成物を含む熱移動媒体および該熱移動媒体を用いた熱サイクルシステムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは上記の点を鑑み検討を行った結果、本発明を完成した。すなわち本発明は以下よりなる。
【0014】
[1]1-クロロ-2,3,3-トリフルオロ-1-プロペンと、フェノール類、エーテル類、エポキシド類、アミン類、アルコール類および炭化水素類からなる群より選ばれる少なくとも1種の安定剤と、を含む溶剤組成物。
[2]前記溶剤組成物(100質量%)中の前記安定剤の含有量が1質量ppm~10質量%である、[1]に記載の溶剤組成物。
[3]前記溶剤組成物(100質量%)中の1-クロロ-2,3,3-トリフルオロ-1-プロペンの含有量が80質量%以上である、[1]または[2]に記載の溶剤組成物。
【0015】
[4]前記1-クロロ-2,3,3-トリフルオロ-1-プロペンが、1-クロロ-2,3,3-トリフルオロ-1-プロペンのZ異性体と1-クロロ-2,3,3-トリフルオロ-1-プロペンのE異性体の混合体であり、前記1-クロロ-2,3,3-トリフルオロ-1-プロペンのZ異性体と前記1-クロロ-2,3,3-トリフルオロ-1-プロペンのE異性体の合計量に対する前記1-クロロ-2,3,3-トリフルオロ-1-プロペンのZ異性体の含有割合は、80質量%以上100質量%未満である、[1]~[3]のいずれかに記載の溶剤組成物。
[5]前記安定剤の沸点が30~120℃である、[1]~[4]のいずれかに記載の溶剤組成物。
[6]前記安定剤が、メタノール、エタノール、イソプロパノール、2-プロピン-1-オール、1,2-ブチレンオキシド、テトラヒドロフラン、1,4-ジオキサン、n-プロピルアミン、ジイソプロピルアミン、N-メチルモルホリン、N-メチルピロール、2-メチル-2-ブテン、2-メチル-1-ペンテン、2-メチル-2-ペンテン、3-エチル-2-ブテン、2,3-ジメチル-2-ブテン、2,4,4-トリメチル-1-ペンテン、2,4,4-トリメチル-2-ペンテン、n-ヘプタンから選ばれる少なくとも1つを含む、[5]に記載の溶剤組成物。
【0016】
[7][1]~[6]のいずれかに記載の溶剤組成物を用いて被洗浄物を洗浄することを特徴とする、洗浄方法。
[8]被洗浄物が繊維製品、医療器具、電気機器、精密機械、光学物品から選ばれる少なくとも1種である、[7]に記載の洗浄方法。
[9][1]~[6]のいずれかに記載の溶剤組成物に不揮発性物質を溶解し、得られた不揮発性物質の組成物を被塗布物上に塗布し、前記溶剤組成物を蒸発させ、前記不揮発性物質を主成分とする塗膜を形成することを特徴とする、塗膜の形成方法。
[10][1]~[6]のいずれかに記載の溶剤組成物を含む熱移動媒体。
[11][10]に記載の熱移動媒体を用いた熱サイクルシステム。
【発明の効果】
【0017】
本発明の溶剤組成物は、各種有機物の溶解性に優れ、かつ地球環境に悪影響を及ぼさず、安定性に優れる。
本発明の洗浄方法は、地球環境に悪影響を及ぼさず、洗浄性に優れる。
本発明の塗膜の形成方法は、地球環境に悪影響を及ぼさず、均一な塗膜を形成することができる。
本発明の該溶剤組成物を含む熱移動媒体は、地球環境に悪影響を及ぼさず、安定性に優れる。
本発明の該熱移動媒体を用いた熱サイクルシステムは、地球環境に悪影響を及ぼさない。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の溶剤組成物は、1-クロロ-2,3,3-トリフルオロ-1-プロペン(以下「HCFO-1233yd」と記す。)と、フェノール類、エーテル類、エポキシド類、アミン類、アルコール類、および炭化水素類からなる群より選ばれる少なくとも1種の安定剤と、を含む溶剤組成物である。以下、本発明の一実施形態である溶剤組成物について説明する。
【0019】
本明細書において、HCFO-1233ydは、HCFO-1233yd(Z)、HCFO-1233yd(E)、およびHCFO-1233yd(Z)とHCFO-1233yd(E)の混合体のいずれであってもよい。
【0020】
<HCFO-1233yd>
HCFO-1233ydは、炭素原子-炭素原子間に二重結合を持つフルオロオレフィンであるため、大気中での寿命が短く、オゾン破壊係数や地球温暖化係数が小さい。
【0021】
HCFO-1233ydは、Z異性体(以下「HCFO-1233yd(Z)」と記す)およびE異性体(以下「HCFO-1233yd(E)」と記す)の構造異性体が存在する。
【0022】
HCFO-1233yd(Z)の沸点は約54℃、HCFO-1233yd(E)の沸点は48℃であり、ともに乾燥性に優れた物質である。また、沸騰させて蒸気となってもHCFO-1233yd(Z)では約54℃、HCFO-1233yd(E)では48℃であるので、樹脂部品等の熱による影響を受けやすい部品であっても悪影響を及ぼし難い。また、HCFO-1233ydは引火点を持たず、表面張力や粘度も低く浸透性に優れ、室温でも容易に蒸発する等、洗浄剤や塗布溶剤として優れた性能を有している。
【0023】
洗浄剤や塗布溶剤としての実用上の取扱い容易性、沸点および生産容易性から考慮される経済的優位性から、本発明の溶剤組成物には、HCFO-1233ydが適しており、さらにHCFO-1233ydの2種類の構造異性体のうち、HCFO-1233yd(Z)が好ましい。しかしHCFO-1233ydは空気中での安定性に劣り、HCFO-1233ydの沸点下で保管すると数日で分解して塩素イオンを発生する課題がある。
【0024】
HCFO-1233ydは、例えば、工業的に安定的に入手可能な1-クロロ-2,2,3,3-テトラフルオロパン(HCFC-244ca)を脱フッ化水素反応することで製造できる。この方法によると、HCFO-1233ydは、HCFC-244caを塩基の存在下に脱フッ化水素反応を行うことにより生成する。
【0025】
生成したHCFO-1233ydは、構造異性体であるHCFO-1233yd(Z)とHCFO-1233yd(E)の混合体として得られる。また、この製造例においては、HCFO-1233yd(Z)がHCFO-1233yd(E)よりも多く生成する。これらの異性体は、その後の精製工程で分離することができる。この製造例で得られたHCFO-1233yd(Z)には、原料由来の物質であるHCFC-244caやHCFO-1233yd(E)、1,1,2-トリフルオロ-3-クロロプロペン(HCFO-1233yc)、1-クロロ-3,3-ジフルオロプロピンが含まれる場合がある。
本実施形態におけるHCFO-1233ydの純度は99質量%以上が好ましく、99.5質量%以上がより好ましい。
本実施形態の溶剤組成物(100質量%)中のHCFO-1233ydの量は、80~99.9999質量%であることが好ましく、90~99.9995質量%であることが好ましい。上記範囲内であることにより、溶剤組成物の各種有機物の溶解性に優れる。
本実施形態の溶剤組成物において、HCFO-1233ydは、HCFO-1233yd(Z)またはHCFO-1233yd(E)を単独で用いてもよいし、およびHCFO-1233yd(Z)とHCFO-1233yd(E)の混合体を用いてもよい。
HCFO-1233yd(Z)とHCFO-1233yd(E)の混合体を用いる場合、HCFO-1233yd(Z)とHCFO-1233yd(E)の合計量に対するHCFO-1233yd(Z)の含有割合は、80質量%以上100質量%未満であることが好ましく、90質量%以上99質量%以下がより好ましく、95質量%以上98質量%以下がさらに好ましい。HCFO-1233yd(Z)よりHCFO-1233yd(E)の方が、沸点が高いため、HCFO-1233yd(Z)の含有割合が前記下限値以上であれば、溶剤組成物の洗浄剤や塗布溶剤として実用上取扱いやすい。
【0026】
本発明者等が検討した結果、本実施形態の溶剤組成物が、HCFO-1233ydと、フェノール類、エーテル類、エポキシド類、アミン類、アルコール類、および炭化水素類からなる群より選ばれる少なくとも1種の安定剤を含むことにより、HCFO-1233ydの分解を抑えることができ、溶剤組成物が安定化することを見出した。
【0027】
本実施形態における安定剤とは、HCFO-1233yd(Z)およびHCFO-1233yd(E)の分解を抑制する効果を有するものをいう。
【0028】
ここで、安定性は、例えば、HCFO-1233ydに所定の割合で安定剤を溶解させた試験溶液を一定期間保存した後の塩素イオン濃度を指標として評価することができる。塩素イオン濃度は、イオンクロマトグラフで測定する。
【0029】
具体的には、本実施形態の溶剤組成物における安定剤としては、HCFO-1233ydを50℃で3日間保存した際に、溶剤組成物中の塩素イオン濃度が100ppm以下となる安定剤が好ましく、塩素イオン濃度が50ppm以下となる安定剤がより好ましく、塩素イオン濃度が10ppm以下となる安定剤がさらに好ましい。
【0030】
本実施形態の溶剤組成物における安定剤の含有量は、溶剤組成物に対して、1質量ppm以上であることが好ましく、5質量ppm以上であることがより好ましく、10質量ppm以上であることが特に好ましい。また、この安定剤の含有量は、10質量%以下が好ましく、5質量%以下がより好ましく、1質量%以下が特に好ましい。安定剤は上記好ましい範囲内であると、HCFO-1233ydに対する安定性を十分に示すだけでなく、HCFO-1233ydのもつ表面張力や粘度が低く浸透性が良いという特性を損なわない点から特に優れている。
【0031】
本実施形態における安定剤は、それぞれ安定化作用が異なると考えられる。たとえば、フェノール類や炭化水素類は酸化防止作用によりHCFO-1233ydの分解を抑制し、エポキシド類は発生した酸や塩素イオンを捕捉することにより、また、アミン類は分解によって生じた酸性物質を中和することにより、それぞれ酸性物質によるHCFO-1233ydの分解促進を抑制すると推測される。したがって必要に応じて2種類以上の安定剤を含有することにより、各安定剤の相乗効果が得られる。
【0032】
本実施形態におけるフェノール類とは、芳香族炭化水素核に1個以上のヒドロキシ基を有する芳香族ヒドロキシ化合物をいう。芳香族ヒドロキシ化合物としてはHCFO-1233ydに溶解することが好ましい。芳香族炭化水素核としてはベンゼン核が好ましい。芳香族炭化水素核には水素原子以外に1つ以上の置換基が結合していてもよい。置換基としては、炭化水素基、アルコキシ基、アシル基、カルボニル基などが挙げられる。また、芳香族炭化水素核に結合している1つ以上の水素原子がハロゲン原子に置換されていてもよい。炭化水素基には、アルキル基、アルケニル基、芳香族炭化水素基、アラルキル基などが挙げられる。
【0033】
このうち、アルキル基、アルケニル基、アルコキシ基、アシル基、カルボニル基の炭素数は6以下が好ましく、芳香族炭化水素基や、アラルキル基の炭素数は10以下が好ましい。炭化水素基としてはアルキル基やアルケニル基が好ましく、特にアルキル基が好ましい。さらに、芳香族炭化水素核のヒドロキシ基に対してオルト位にアルキル基やアルコキシ基を有していることが好ましい。オルト位のアルキル基としてはターシャリーブチル基などの分岐アルキル基が好ましい。オルト位が2つ存在する場合はそのいずれにもアルキル基が存在していてもよい。
【0034】
フェノール類としては、具体的には、フェノール、1,2-ベンゼンジオール、1,3-ベンゼンジオール、1,4-ベンゼンジオール、1,3,5-ベンゼントリオール、2,6-ジターシャリーブチル-4-メチルフェノール、2,4,6-トリターシャリーブチルフェノール、2-ターシャリーブチルフェノール、3-ターシャリーブチルフェノール、4-ターシャリーブチルフェノール、2,4-ジターシャリーブチルフェノール、2,6-ジターシャリーブチルフェノール、4,6-ジターシャリーブチルフェノール、o-クレゾール、m-クレゾール、p-クレゾール、2,3-ジメチルフェノール、2,4-ジメチルフェノール、2,5-ジメチルフェノール、2,6-ジメチルフェノール、2,3,6-トリメチルフェノール、2,4,6-トリメチルフェノール、2,5,6-トリメチルフェノール、3-イソプロピルフェノール、2-イソプロピル-5-メチルフェノール、2-メトキシフェノール、3-メトキシフェノール、4-メトキシフェノール、2-エトキシフェノール、3-エトキシフェノール、4-エトキシフェノール、2-プロポキシフェノール、3-プロポキシフェノール、4-プロポキシフェノール、α-トコフェロール、β-トコフェロール、γ-トコフェロールおよび4-ターシャリーブチルカテコールが挙げられる。
【0035】
なかでも、フェノール、1,2-ベンゼンジオール、2,6-ジターシャリーブチル-4-メチルフェノール、m-クレゾール、2-イソプロピル-5-メチルフェノール、α-トコフェロールおよび2-メトキシフェノールがより好ましい。
【0036】
本実施形態の溶剤組成物における上記フェノール類の含有量は、本実施形態の溶剤組成物に対して1質量ppm~10質量%が好ましく、5質量ppm~5質量%がより好ましく、さらに好ましくは10質量ppm~1質量%である。フェノール類の含有量が上記好ましい範囲内であると、HCFO-1233ydに対する十分な安定性を示すことに加え、HCFO-1233ydのもつ表面張力や粘度が低く、浸透性が良いという特性を阻害しない点から特に優れている。
【0037】
また本実施形態におけるエーテル類とは、酸素原子に2つの炭化水素基が結合した鎖状エーテルと環を構成する原子として酸素原子を有する環状エーテル(ただし、3員環状エーテルであるエポキシ環を除く)とをいう。鎖状エーテルと環状エーテルにおけるエーテル性酸素原子の数は2以上であってもよい。エーテル類の炭素数は12以下が好ましい。また、エーテルを構成する炭化水素基の炭素原子にはハロゲン原子、ヒドロキシ基等の置換基を有していてもよい。ただし、エポキシ基を有するエーテル類はエポキシド類とみなす。
【0038】
エーテル類としては、具体的には、ジメチルエーテル、ジエチルエーテル、ジプロピルエーテル、ジイソプロピルエーテル、ジブチルエーテル、ジペンチルエーテル、ジイソペンチルエーテル、ジアリルエーテル、エチルメチルエーテル、エチルプロピルエーテル、エチルイソプロピルエーテル、エチルイソブチルエーテル、エチルイソペンチルエーテル、エチルビニルエーテル、アリルエチルエーテル、エチルフェニルエーテル、エチルナフチルエーテル、エチルプロパルギルエーテル、1,4-ジオキサン、1,3-ジオキサン、1,3,5-トリオキサン、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノブチルエーテル、エチレングリコールモノフェニルエーテル、エチレングリコールモノベンジルエーテル、エチレングリコールジメチルエーテル、エチレングリコールジエチルエーテル、エチレングリコールジフェニルエーテル、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールモノエチルエーテル、ジプロピレングリコールメチルエーテル、アニソール、アネトール、トリメトキシエタン、トリエトキシエタン、フラン、2-メチルフランおよびテトラヒドロフランが挙げられる。
【0039】
エーテル類としては4~6員環の環状エーテルが好ましく、なかでも、1,4-ジオキサン、1,3-ジオキサン、1,3,5-トリオキサン、2-メチルフランおよびテトラヒドロフランが好ましい。
【0040】
本実施形態の溶剤組成物における上記エーテル類の含有量は本実施形態の溶剤組成物に対して1質量ppm~10質量%が好ましく、10質量ppm~7質量%がより好ましく、0.01質量%~5質量%がさらに好ましい。エーテル類の含有量が上記好ましい範囲内であると、HCFO-1233ydに対する十分な安定性を示すことに加え、HCFO-1233ydのもつ表面張力や粘度が低く、浸透性が良いという特性を阻害しない点から特に優れている。
【0041】
また本実施形態におけるエポキシド類とは、3員環状エーテルであるエポキシ基を1個以上有する化合物をいう。エポキシド類は、エポキシ基を1分子中に2個以上有していてもよく、また、ハロゲン原子、エーテル性酸素原子、ヒドロキシ基等の置換基を有していてもよい。エポキシド類の炭素原子数は12以下が好ましい。
【0042】
エポキシド類としては、具体的には、1,2-プロピレンオキシド、1,2-ブチレンオキシド、1,2-エポキシ-3-フェノキシプロパン、ブチルグリシジルエーテル、メチルグリシジルエーテル、エチルグリシジルエーテル、ブチルグリシジルエーテル、ビニルグリシジルエーテル、アリルグリシジルエーテル、ジエチレングリコールジグリシジルエーテル、エピクロロヒドリン、d-リモネンオキシドおよびl-リモネンオキシドが挙げられる。なかでも、1,2-プロピレンオキシド、1,2-ブチレンオキシドおよびブチルグリシジルエーテルが好ましい。
【0043】
本実施形態の溶剤組成物における上記エポキシド類の含有量は、本実施形態の溶剤組成物に対して1質量ppm~10質量%が好ましく、10質量ppm~7質量%がより好ましく、0.01質量%~5質量%がさらに好ましい。エポキシド類の含有量が上記好ましい範囲内であると、HCFO-1233ydに対する十分な安定性を示すことに加え、HCFO-1233ydのもつ表面張力や粘度が低く、浸透性が良いという特性を阻害しない点から特に優れている。
【0044】
また本実施形態におけるアミン類とは、置換または無置換のアミノ基を1個以上有する化合物(第1級~第3級アミン)をいう。また、アミン類は非環状のアミン類であっても環状アミン類(アミノ酸の窒素原子が環を構成する原子である環状化合物)であってもよい。第2級アミンや第3級アミンの窒素原子に結合している基としては、炭素数6以下のアルキル基やヒドロキシアルキル基が好ましい。非環状のアミン類としては脂肪族アミンや芳香族アミンが挙げられる。脂肪族アミンとしては置換または無置換のアミノ基を1個以上有するベンゼン核含有化合物が挙げられる。環状アミン類としては、環を構成する窒素原子の数が1~3個の4~6員環化合物が挙げられる。また、アミン類の炭素原子数は16以下が好ましく、10以下がより好ましい。
【0045】
アミン類としては、具体的には、メチルアミン、ジメチルアミン、トリメチルアミン、エチルアミン、ジエチルアミン、トリエチルアミン、n-プロピルアミン、ジ-n-プロピルアミン、イソプロピルアミン、ジイソプロピルアミン、ブチルアミン、ジブチルアミン、トリブチルアミン、イソブチルアミン、ジイソブチルアミン、セカンダリー-ブチルアミン、ターシャリー-ブチルアミン、ペンチルアミン、ジペンチルアミン、トリペンチルアミン、ヘキシルアミン、2-エチルヘキシルアミン、アリルアミン、ジアリルアミン、トリアリルアミン、アニリン、N-メチルアニリン、N,N-ジメチルアニリン、N,N-ジエチルアニリン、ピリジン、ピコリン、モルホリン、N-メチルモルホリン、ベンジルアミン、ジベンジルアミン、α-メチルベンジルアミン、プロピレンジアミン、ジエチルヒドロキシアミン、ピロール、N-メチルピロール、2-メチルピリジン、3-メチルピリジン、4-メチルピリジン、エタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、プロパノールアミン、ジプロパノールアミン、イソプロパノールアミン、ジイソプロパノールアミン、N-メチルエタノールアミン、N,N-ジメチルエタノールアミン、N-エチルモルホリン、ジフェニルアミンおよびエチレンジアミンが挙げられる。
【0046】
アミン類としては、アルキルアミンと環状アミン類が好ましく、なかでも、ピロール、N-メチルピロール、2-メチルピリジン、n-プロピルアミン、ジイソプロピルアミン、N-メチルモルホリンおよびN-エチルモルホリンが好ましい。
【0047】
本実施形態の溶剤組成物における上記アミン類の含有量は、本実施形態の溶剤組成物に対して1質量ppm~10質量%が好ましく、5質量ppm~5質量%がより好ましく、さらに好ましくは10質量ppm~1質量%であり、0.001~0.1質量%が最も好ましい。アミン類の含有量が上記好ましい範囲内であると、HCFO-1233ydに対する十分な安定性を示すことに加え、HCFO-1233ydのもつ表面張力や粘度が低く、浸透性が良いという特性を阻害しない点から特に優れている。
【0048】
さらに、上記アミン類には緩衝作用があるため、HCFO-1233ydが分解する際に生じる酸を捕捉して、酸分上昇を防ぎさらなる分解反応を抑制する効果があり、外部から持ち込まれた酸分を捕捉することで外部要因による影響を小さくすることができる。
【0049】
また、本実施形態におけるアルコール類とは、直鎖、分岐鎖または環状構造の炭化水素にヒドロキシ基が結合した有機化合物のことをいう。本実施形態におけるアルコール類とは、HCFO-1233ydへの溶解性があり、揮発性がありHCFO-1233ydとともに揮発して物品の表面に残留しにくいという特徴から、炭素数が1~3のアルコール類が好ましい。
【0050】
アルコール類としては、具体的には、メタノール、エタノール、1-プロパノール、イソプロパノール、1-ブタノール、2-ブタノール、2-メチル-1-プロパノール、2-メチル-2-プロパノール、1-ペンタノール、2-ペンタノール、1-エチル-1-プロパノール、2-メチル-1-ブタノール、3-メチル-1-ブタノール、3-メチル-2-ブタノール、ネオペンチルアルコール、1-ヘキサノール、2-メチル-1-ペンタノール、4-メチル-2-ペンタノール、2-エチル-1-ブタノール、1-ヘプタノール、2-ヘプタノール、3-ヘプタノール、1-オクタノール、2-オクタノール、2-エチル-1-ヘキサノール、1-ノナノール、3,5,5-トリメチル-1-ヘキサノール、1-デカノール、1-ウンデカノール、1-ドデカノール、アリルアルコール、ベンジルアルコール、シクロヘキサノール、1-メチルシクロヘキサノール、2-メチルシクロヘキサノール、3-メチルシクロヘキサノール、4-メチルシクロヘキサノール、α-テルピネオール、2,6-ジメチル-4-ヘプタノール、ノニルアルコール、テトラデシルアルコール、2-プロピン-1-オール等が挙げられる。なかでも、炭素数が1~3の直鎖または分岐鎖のアルコールであるメタノール、エタノール、イソプロパノール、2-プロピン-1-オールがより好ましい。
【0051】
本実施形態の溶剤組成物における上記アルコール類の含有量は、本実施形態の溶剤組成物に対して1質量ppm~10質量%が好ましく、5質量ppm~5質量%がより好ましく、さらに好ましくは10質量ppm~1質量%であり、0.001~0.1質量%が最も好ましい。アルコール類の含有量が上記好ましい範囲内であると、HCFO-1233ydに対する十分な安定性を示すことに加え、HCFO-1233ydのもつ表面張力や粘度が低く、浸透性が良いという特性を阻害しない点から特に優れている。
【0052】
また、本実施形態における炭化水素類とは、直鎖、分岐鎖または環状構造の炭化水素分子を有する有機化合物である。本実施形態において、炭化水素類は、飽和炭化水素でもよく、炭素-炭素結合の少なくとも一つが不飽和結合である不飽和炭化水素でもよい。本実施形態における炭化水素類としては、HCFO-1233ydへの溶解性があり、揮発性があって、HCFO-1233ydとともに揮発して物品の表面に残留しにくい点で、炭素数が5~9の鎖状または環状の炭化水素類が好ましい。
【0053】
飽和炭化水素類としては、具体的には、n-ペンタン、n-ヘキサン、2-メチルペンタン、3-メチルペンタン、2,2-ジメチルブタン、2,3-ジメチルブタン、n-ヘプタン、2-メチルヘキサン、3-メチルヘキサン、2,4-ジメチルペンタン、2-メチルヘプタン、3-メチルヘプタン、4-メチルヘプタン、2,2-ジメチルヘキサン、2,5-ジメチルヘキサン、3,3-ジメチルヘキサン、2-メチル-3-エチルペンタン、3-メチル-3-エチルペンタン、2,3,3-トリメチルペンタン、2,3,4-トリメチルペンタン、2,2,3-トリメチルペンタン、2-メチルヘプタン、2,2,4-トリメチルペンタン、シクロペンタン、メチルシクロペンタン、シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン等が挙げられる。なかでも、n-ペンタン、シクロペンタン、n-ヘキサン、シクロヘキサン、n-ヘプタンがより好ましい。
【0054】
不飽和炭化水素としては、具体的には、1-ペンテン、2-ペンテン、2-メチル-1-ブテン、3-メチル-1-ブテン、2-メチル-2-ブテン等のペンテン異性体、1-ヘキセン、2-ヘキセン、3-ヘキセン、2-メチル-1-ペンテン、3-メチル-1-ペンテン、4-メチル-1-ペンテン、2-エチル-1-ブテン、3-エチル-1-ブテン、3-エチル-2-ブテン、2-メチル-2-ペンテン、3-メチル-2-ペンテン、4-メチル-2-ペンテン、2,3-ジメチル-2-ブテン等のヘキセン異性体、1-ヘプテン、2-ヘプテン、3-ヘプテン、4-ヘプテン、3-エチル-2-ペンテン等のへプテン異性体、1-オクテン、2,4,4-トリメチル-1-ペンテン、2,4,4-トリメチル-2-ペンテン等のオクテン異性体、1-ノネン等のノネン異性体、また、ブタジエン、イソプレン、ヘキサジエン、ヘプタジエン、オクタジエン等のジエン化合物、シクロヘキセン、シクロヘキサジエン、シクロヘプテン、シクロヘプタジエン、シクロオクテン、シクロオクタジエン等の不飽和環状化合物が挙げられる。本実施形態では、特に2-メチル-2-ブテン、2-メチル-1-ペンテン、2-メチル-2-ペンテン、3-エチル-2-ブテン、2,3-ジメチル-2-ブテン、2,4,4-トリメチル-1-ペンテン、2,4,4-トリメチル-2-ペンテンが好ましい。
【0055】
上記炭化水素類のうち、酸素捕捉による酸化防止作用は不飽和炭化水素が飽和炭化水素よりも高いため、不飽和炭化水素がHCFO-1233ydの安定剤としてより好ましい。
本実施形態の溶剤組成物における上記炭化水素類の含有量としては、本実施形態の溶剤組成物に対して1質量ppm~10質量%が好ましく、より好ましくは5質量ppm~7質量%、さらに好ましくは10質量ppm~5質量%であり、0.001~0.1質量%が最も好ましい。炭化水素類の含有量が上記好ましい範囲内であると、HCFO-1233ydに対する十分な安定性を示すことに加え、HCFO-1233ydのもつ表面張力や粘度が低く、浸透性が良いという特性を阻害しない点から特に優れている。
【0056】
本実施形態の溶剤組成物は沸点が30~120℃である少なくとも1種類の安定剤を含むことが好ましい。沸点が30~120℃の安定剤のうち少なくとも1種類の上記安定剤を含むことで、乾燥性に優れたものとなる。これにより、洗浄後の物品表面や、物品表面に形成された被膜に、本実施形態の溶剤組成物由来の成分が残留することがない。
【0057】
この観点から好ましい安定剤としては、メタノール(沸点:64.5℃)、エタノール(沸点:78.4℃)、イソプロパノール(沸点:84℃)、2-プロピン-1-オール(沸点:112℃)、1,2-ブチレンオキシド(沸点:63.2℃)、テトラヒドロフラン(沸点:66℃)、1,4-ジオキサン(沸点:101℃)、n-プロピルアミン(沸点:48℃)、ジイソプロピルアミン(沸点:84℃)、N-メチルモルホリン(沸点:115℃)、N-メチルピロール(沸点:112℃)、2-メチル-2-ブテン(沸点:39℃)、2-メチル-1-ペンテン(沸点;62℃)、2-メチル-2-ペンテン(沸点:67℃)、3-エチル-2-ブテン(沸点:73℃)、2,3-ジメチル-2-ブテン(沸点:73℃)、2,4,4-トリメチル-1-ペンテン(沸点:112℃)、2,4,4-トリメチル-2-ペンテン(沸点:112℃)、n-ヘプタン(沸点:98℃)が挙げられる。
【0058】
なかでも、溶剤組成物の安定性の点から、エタノール、イソプロパノール、2-プロピン-1-オール、2-メチル-1-ペンテン、2-メチル-2-ペンテン、3-エチル-2-ブテン、2,3-ジメチル-2-ブテン、2,4,4-トリメチル-1-ペンテン、2,4,4-トリメチル-2-ペンテン、N-メチルピロールがより好ましく、2-プロピン-1-オール、2-メチル-1-ペンテン、2-メチル-2-ペンテン、3-エチル-2-ブテン、2,3-ジメチル-2-ブテン、2,4,4-トリメチル-1-ペンテン、2,4,4-トリメチル-2-ペンテン、N-メチルピロールがさらに好ましい。
上記化合物を安定剤として用いることにより、HCFO-1233ydの分解を引き起こす原因物質、例えば酸素ラジカル等の過酸化物、の発生を抑えられる。また、酸素ラジカルが発生してHCFO-1233ydの還元体を生成した場合でも、還元体を再度酸化させてHCFO-1233ydを生成することができる。
【0059】
本実施形態の溶剤組成物は、異なる種類の沸点が30~120℃の安定剤を2種以上含むことにより、優れた乾燥性を維持しながら、安定性がさらに向上する。安定剤の組合せとしては、アルコール類、不飽和炭化水素類、アミン類のうち、2種類以上の安定剤の組合せが好ましい。例えば、アルコール類と不飽和炭化水素類、アルコール類とアミン類、不飽和炭化水素類とアミン類の組合せが挙げられる。同じ類に属する化合物を複数含んでもよい。
【0060】
安定剤としては、下記i)の群、ii)の群、iii)の群のうち少なくとも2以上の群から安定剤を選び、組合せることがより好ましい。また、各群から選ぶ安定剤は、1つでもよく、2つ以上でもよい。これらの安定剤を組合せて用いることで、安定剤の相乗効果により溶剤組成物の長期の安定性に優れる。
i)メタノール、エタノール、イソプロパノール、2-プロピン-1-オール
ii)2-メチル-1-ペンテン、2-メチル-2-ペンテン、3-エチル-2-ブテン、2,3-ジメチル-2-ブテン、2,4,4-トリメチル-1-ペンテン、2,4,4-トリメチル-2-ペンテン、n-ヘプタン
iii)N-メチルピロール、N-メチルモルホリン、n-プロピルアミン、ジイソプロピルアミン
【0061】
本実施形態の溶剤組成物を洗浄装置で使用する場合には、洗浄装置内や溶剤再生装置での蒸留再生が繰り返されるため、溶剤組成物は連続的に過酷な条件にさらされる。また、本実施形態の溶剤組成物を不揮発性溶質の塗布溶剤として使用する場合には、揮発した溶剤組成物を活性炭の吸脱着による回収を行う際、活性炭からの脱着時に溶剤成分が過熱水蒸気と接触し、溶剤組成物は過酷な条件にさらされる。さらに、本実施形態の溶剤組成物を熱移動媒体として熱サイクルシステムで使用する場合には、溶剤組成物は圧縮膨張を繰り返す過酷な条件にさらされる。このように、本実施形態の溶剤組成物を溶剤組成物の相変化を伴う用途に使用する場合には、本実施形態の溶剤組成物は、安定剤としてフェノール類と、沸点が30~120℃の安定剤を含むことが好ましい。
【0062】
本実施形態の溶剤組成物が、銅または銅合金と接触する場合には、それらの金属の腐食を避けるために、ニトロ化合物類やトリアゾール類を含有してもよい。ニトロ化合物類は、ニトロメタン、ニトロエタン、1-ニトロプロパン、2-ニトロプロパン、1-ニトロエチレンである。より好ましくは、ニトロメタンまたはニトロエタンである。トリアゾール類は、2-(2′-ヒドロキシ-5′-メチルフェニル)ベンゾトリアゾール、2-(2′-ヒドロキシ-3′-ターシャリー-ブチル-5′-メチルフェニル)-5-クロロベンゾトリアゾール、1,2,3-ベンゾトリアゾール、1-[(N,N-ビス-2-エチルヘキシル)アミノメチル]ベンゾトリアゾール等から選ばれるものであり、より好ましくは1,2,3-ベンゾトリアゾールである。上記ニトロ化合物類やトリアゾール類の含有量は、溶剤組成物に対して10質量ppm~1質量%が好ましい。
【0063】
本実施形態の溶剤組成物は、HCFO-1233ydに加えて、さらに溶解性を高める、揮発速度を調節する等の各種の目的に応じて、HCFO-1233ydに可溶な溶剤(以下、「溶剤(A)」と記す。)を含んでもよい。なお、HCFO-1233ydに可溶な溶剤とは、所望の濃度となるようにHCFO-1233ydに混合して、常温(25℃)で撹拌することにより二層分離や濁りを起こさずに均一に溶解できる溶剤を意味する。
本実施形態の溶剤組成物に含まれる溶剤(A)は、1種であってもよく、2種以上であってもよい。
【0064】
溶剤(A)としては、炭化水素類、アルコール類、ケトン類、エーテル類、エステル類、クロロカーボン類、HFC類、HFE類、HCFO類、CFO類からなる群より選ばれる少なくとも1種の溶剤が好ましい。
【0065】
上記本実施形態における安定剤のうちには溶剤(A)として使用できる化合物がある(たとえばn-ヘプタンなど)。そのような安定剤は、安定化効果を発揮するために充分な量を超えて本実施形態の溶剤組成物中に含有されていてもよい。その場合、安定化効果を発揮するために充分な量を超えた量の安定剤については溶剤(A)とみなすものとする。
【0066】
溶剤(A)である炭化水素類としては、炭素数が5以上の炭化水素類が好ましい。炭素数が5以上の炭化水素類あれば、鎖状であっても環状であってもよく、また飽和炭化水素類であっても、不飽和炭化水素類であってもよい。
【0067】
炭化水素類としては、具体的には、n-ペンタン、2-メチルブタン、n-ヘキサン、2-メチルペンタン、2,2-ジメチルブタン、2,3-ジメチルブタン、n-ヘプタン、2-メチルヘキサン、3-メチルヘキサン、2,4-ジメチルペンタン、n-オクタン、2-メチルヘプタン、3-メチルヘプタン、4-メチルヘプタン、2,2-ジメチルヘキサン、2,5-ジメチルヘキサン、3,3-ジメチルヘキサン、2-メチル-3-エチルペンタン、3-メチル-3-エチルペンタン、2,3,3-トリメチルペンタン、2,3,4-トリメチルペンタン、2,2,3-トリメチルペンタン、2-メチルヘプタン、2,2,4-トリメチルペンタン、n-ノナン、2,2,5-トリメチルヘキサン、n-デカン、n-ドデカン、シクロペンタン、メチルシクロペンタン、シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン、エチルシクロヘキサン、ビシクロヘキサン、α-ピネン、ジペンテン、デカリン、テトラリン、アミルナフタレン等が挙げられる。なかでも、n-ペンタン、シクロペンタン、n-ヘキサン、シクロヘキサン、n-ヘプタンがより好ましい。
【0068】
溶剤(A)であるアルコール類としては、炭素数1~16のアルコール類が好ましい。炭素数1~16のアルコール類であれば、鎖状であっても環状であってもよく、また飽和アルコール類であっても、不飽和アルコール類であってもよい。
【0069】
アルコール類としては、具体的には、メタノール、エタノール、1-プロパノール、イソプロパノール、1-ブタノール、2-ブタノール、1-メチル-1-プロパノール、2-メチル-2-プロパノール、1-ペンタノール、2-ペンタノール、1-エチル-1-プロパノール、2-メチル-1-ブタノール、3-メチル-1-ブタノール、3-メチル-2-ブタノール、ネオペンチルアルコール、1-ヘキサノール、2-メチル-1-ペンタノール、4-メチル-2-ペンタノール、2-エチル-1-ブタノール、1-ヘプタノール、2-ヘプタノール、3-ヘプタノール、1-オクタノール、2-オクタノール、2-エチル-1-ヘキサノール、1-ノナノール、3,5,5-トリメチル-1-ヘキサノール、1-デカノール、1-ウンデカノール、1-ドデカノール、アリルアルコール、2-プロピン-1-オール、ベンジルアルコール、シクロヘキサノール、1-メチルシクロヘキサノール、2-メチルシクロヘキサノール、3-メチルシクロヘキサノール、4-メチルシクロヘキサノール、α-テルピネオール、2,6-ジメチル-4-ヘプタノール、ノニルアルコール、テトラデシルアルコール等が挙げられる。なかでも、メタノール、エタノール、イソプロパノールがより好ましい。
【0070】
溶剤(A)であるケトン類としては、炭素数3~9のケトン類が好ましい。炭素数3~9のケトン類であれば、鎖状であっても環状であってもよく、また飽和ケトン類であっても、不飽和ケトン類であってもよい。
【0071】
ケトン類としては、具体的には、アセトン、メチルエチルケトン、2-ペンタノン、3-ペンタノン、2-ヘキサノン、メチルイソブチルケトン、2-ヘプタノン、3-ヘプタノン、4-ヘプタノン、ジイソブチルケトン、メシチルオキシド、ホロン、2-オクタノン、シクロヘキサノン、メチルシクロヘキサノン、イソホロン、2,4-ペンタンジオン、2,5-ヘキサンジオン、ジアセトンアルコール、アセトフェノン等が挙げられる。なかでも、アセトン、メチルエチルケトンがより好ましい。
【0072】
溶剤(A)であるエーテル類としては、炭素数2~8のエーテル類が好ましい。炭素数2~8のエーテル類であれば、鎖状であっても環状であってもよく、また飽和エーテル類であっても、不飽和エーテル類であってもよい。
【0073】
エーテル類としては、具体的には、ジエチルエーテル、ジプロピルエーテル、ジイソプロピルエーテル、ジブチルエーテル、エチルビニルエーテル、ブチルビニルエーテル、アニソール、フェネトール、メチルアニソール、フラン、メチルフラン、テトラヒドロフラン等が挙げられる。なかでも、ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、テトラヒドロフランがより好ましい。
【0074】
溶剤(A)であるエステル類としては、炭素数2~19のエステル類が好ましい。炭素数2~19のエステル類であれば、鎖状であっても環状であってもよく、また飽和エステル類であっても、不飽和エステル類であってもよい。
【0075】
エステル類としては、具体的には、ギ酸メチル、ギ酸エチル、ギ酸プロピル、ギ酸ブチル、ギ酸イソブチル、ギ酸ペンチル、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸プロピル、酢酸イソプロピル、酢酸ブチル、酢酸イソブチル、酢酸sec-ブチル、酢酸ペンチル、酢酸メトキシブチル、酢酸sec-ヘキシル、酢酸2-エチルブチル、酢酸2-エチルヘキシル、酢酸シクロヘキシル、酢酸ベンジル、プロピオン酸メチル、プロピオン酸エチル、プロピオン酸ブチル、酪酸メチル、酪酸エチル、酪酸ブチル、イソ酪酸イソブチル、2-ヒドロキシ-2-メチルプロピオン酸エチル、安息香酸メチル、安息香酸エチル、安息香酸プロピル、安息香酸ブチル、安息香酸ベンジル、γ-ブチロラクトン、シュウ酸ジエチル、シュウ酸ジブチル、シュウ酸ジペンチル、マロン酸ジエチル、マレイン酸ジメチル、マレイン酸ジエチル、マレイン酸ジブチル、酒石酸ジブチル、クエン酸トリブチル、セバシン酸ジブチル、フタル酸ジメチル、フタル酸ジエチル、フタル酸ジブチル等が挙げられる。なかでも、酢酸メチル、酢酸エチルがより好ましい。
【0076】
溶剤(A)であるクロロカーボン類としては、炭素数1~3のクロロカーボン類が好ましい。炭素数1~3のクロロカーボン類であれば、鎖状であっても環状であってもよく、また飽和クロロカーボン類であっても、不飽和クロロカーボン類であってもよい。
【0077】
クロロカーボン類としては、具体的には、塩化メチレン、1,1-ジクロロエタン、1,2-ジクロロエタン、1,1,2-トリクロロエタン、1,1,1,2-テトラクロロエタン、1,1,2,2-テトラクロロエタン、ペンタクロロエタン、1,1-ジクロロエチレン、cis-1,2-ジクロロエチレン、trans-1,2-ジクロロエチレン、トリクロロエチレン、テトラクロロエチレン、1,2-ジクロロプロパン等が挙げられる。なかでも、塩化メチレン、trans-1,2-ジクロロエチレン、トリクロロエチレンがより好ましい。
【0078】
溶剤(A)であるHFC類としては、炭素数4~8の鎖状または環状のHFC類が好ましく、1分子中のフッ素原子数が水素原子数以上であるHFC類に含まれる溶剤がより好ましい。
【0079】
HFC類としては、具体的には、1,1,1,3,3-ペンタフルオロブタン、1,1,1,2,2,3,4,5,5,5-デカフルオロペンタン、1,1,2,2,3,3,4-ヘプタフルオロシクロペンタン、1,1,1,2,2,3,3,4,4-ノナフルオロヘキサン、1,1,1,2,2,3,3,4,4,5,5,6,6-トリデカフルオロヘキサン、1,1,1,2,2,3,3,4,4,5,5,6,6-トリデカフルオロオクタン等が挙げられる。なかでも、1,1,1,2,2,3,4,5,5,5-デカフルオロペンタン、1,1,1,2,2,3,3,4,4-ノナフルオロヘキサン、1,1,1,2,2,3,3,4,4,5,5,6,6-トリデカフルオロヘキサンがさらに好ましい。
【0080】
溶剤(A)であるHFE類としては、例えば、(ペルフルオロブトキシ)メタン、(ペルフルオロブトキシ)エタン、1,1,2,2-テトラフルオロ-1-(2,2,2-トリフルオロエトキシ)エタン等が挙げられる。なかでも、(ペルフルオロブトキシ)メタン、1,1,2,2-テトラフルオロ-1-(2,2,2-トリフルオロエトキシ)エタンが好ましい。
【0081】
溶剤(A)であるHCFO類としては、1-クロロ-3,3,3-トリフルオロ-1-プロペンのE異性体およびZ異性体、1,1-ジクロロ-3,3,3-トリフルオロ-1-プロペン、1,2-ジクロロ-3,3,3-トリフルオロ-1-プロペンのE異性体およびZ異性体が挙げられる。なかでも、1-クロロ-3,3,3-トリフルオロ-1-プロペンのZ異性体が好ましい。
【0082】
溶剤(A)であるCFO類としては、1,1-ジクロロ-2,3,3,3-テトラフルオロ-1-プロペンが挙げられる。
【0083】
溶剤(A)は引火点を持たない溶剤であることがさらに好ましい。引火点を持たない溶剤(A)としては、1,1,1,2,2,3,4,5,5,5-デカフルオロペンタン、1,1,1,2,2,3,3,4,4-ノナフルオロヘキサン、1,1,1,2,2,3,3,4,4,5,5,6,6-トリデカフルオロヘキサン等のHFC類や、(ペルフルオロブトキシ)メタン、1,1,2,2-テトラフルオロ-1-(2,2,2-トリフルオロエトキシ)エタン等のHFE類、1-クロロ-3,3,3-トリフルオロ-1-プロペンのE異性体およびZ異性体、1,1-ジクロロ-3,3,3-トリフルオロ-1-プロペン、1,2-ジクロロ-3,3,3-トリフルオロ-1-プロペンのE異性体およびZ異性体等のHCFO類、1,1-ジクロロ-2,3,3,3-テトラフルオロ-1-プロペン等のCFO類が挙げられる。溶剤(A)として引火点を有する溶剤を用いる場合でも、本実施形態の溶剤組成物として引火点を持たない範囲でHCFO-1233ydと混合して用いることが好ましい。
【0084】
また、HCFO-1233ydと溶剤(A)が共沸組成を形成する場合は、共沸組成での使用も可能である。
【0085】
本実施形態の溶剤組成物が溶剤(A)を含有する場合、本実施形態の溶剤組成物中の溶剤(A)の含有量は、HCFO-1233ydと溶剤(A)の合計量100質量部に対して溶剤(A)が0.1~50質量部であることが好ましく、0.5~20質量部であることがより好ましく、1~10質量部であることがさらに好ましい。
【0086】
溶剤(A)の含有量が上記下限値以上であれば、溶剤(A)による効果が充分に得られる。溶剤(A)の含有量が上記上限値以下であれば、HCFO-1233ydの持つ優れた乾燥性を阻害することがない。
【0087】
以上説明した本実施形態の溶剤組成物は、各種有機物の溶解性に優れ、かつ地球環境に悪影響を及ぼさず、安定化されて分解しない安定な溶剤組成物である。
【0088】
本実施形態の溶剤組成物は、金属、プラスチック、エラストマー、ガラス、セラミックス等の広範囲の材質の接触物に対して使用できる。
【0089】
本実施形態の溶剤組成物は、特に、被洗浄物を洗浄するための洗浄剤、不揮発性溶質を溶解して被塗布物に塗布するための塗布溶剤、物品を加熱や冷却するために用いられる熱サイクルシステム用の熱移動媒体などとして適している。
【0090】
<洗浄方法>
本実施形態の溶剤組成物を用いた被洗浄物の洗浄方法は、本実施形態の溶剤組成物を用いて被洗浄物となる物品の表面に本実施形態の溶剤組成物を接触させて物品に付着する汚れを除去すること以外は特に限定されない。例えば、手拭き洗浄、浸漬洗浄、スプレー洗浄、浸漬揺動洗浄、浸漬超音波洗浄、蒸気洗浄、およびこれらを組み合わせた方法等を採用すればよい。洗浄装置、洗浄条件等も公知のものを適宜選択でき、分解することなく長期間繰り返し使用することができる。
【0091】
この溶剤組成物が適用可能な物品の材質としては、金属、樹脂、ゴム、繊維、ガラス、セラミックスおよびこれらの複合材料が挙げられる。複合材料としては、金属と樹脂の積層体等が挙げられる。
【0092】
本実施形態の溶剤組成物を用いる洗浄用途を例示すると、各種の被洗浄物に付着したフラックス、加工油、ワックス、離型剤、ほこり等の洗浄除去が挙げられる。ここで、被洗浄物のより具体的な例としては、繊維製品、医療器具、電気機器、精密機械、光学物品およびそれらの部品等が挙げられる。電気機器、精密機械、光学物品およびそれらの部品の具体例としては、IC、コンデンサ、プリント基板、マイクロモーター、リレー、ベアリング、光学レンズ、ガラス基板等が挙げられる。また、たとえば、国際公開第2008/149907号に示される洗浄装置、および洗浄方法が挙げられる。
【0093】
本実施形態の溶剤組成物を用いて国際公開第2008/149907号に示される洗浄装置にて洗浄を行う場合、第1浸漬槽内の本実施形態の溶剤組成物の温度を25℃以上、溶剤組成物の沸点未満とすることが好ましい。上記範囲内であれば、加工油等の脱脂洗浄を容易に行うことができ、超音波による洗浄効果が高い。また、第2浸漬槽内の本実施形態の溶剤組成物の温度を10~45℃とすることが好ましい。上記範囲内であれば、蒸気洗浄工程において、物品の温度と溶剤蒸気の温度差が十分に得られるため、蒸気洗浄のために十分量の溶剤が物品表面で凝縮できるためすすぎ洗浄効果が高い。また洗浄性の点から第2浸漬槽の溶剤組成物の温度より第1浸漬槽内の本実施形態の溶剤組成物の温度が高いことが好ましい。
【0094】
<ドライクリーニング方法>
本実施形態の溶剤組成物は、衣類の洗浄剤、すなわち、ドライクリーニング用溶剤、として適している。
【0095】
本実施形態の溶剤組成物を用いるドライクリーニング用途は、シャツ、セーター、ジャケット、スカート、ズボン、ジャンパー、手袋、マフラー、ストール等の衣類に付着した汚れの洗浄除去が挙げられる。
【0096】
さらに、本実施形態の溶剤組成物は、綿、麻、ウール、レーヨン、ポリエステル、アクリル、ナイロン等といった繊維からなる衣類のドライクリーニングに適用できる。
【0097】
また、本実施形態の溶剤組成物に含まれるHCFO-1233ydは、分子に塩素原子を含むため汚れの溶解性が高く、幅広い溶解力があるHCFC-225等のHCFC類と同程度の油脂汚れに対する洗浄力があることが分かっている。
【0098】
さらに、本実施形態の溶剤組成物をドライクリーニング用溶剤として使用するには、汗や泥等の水溶性汚れの除去性能を高めるためにソープを配合することができる。ソープとはドライクリーニングに用いられる界面活性剤を示し、カチオン系、ノニオン系、アニオン系、および両イオン性界面活性剤を使用することが好ましい。HCFO-1233ydは、分子に塩素原子を有するため様々な有機化合物に幅広い溶解性を持つことが分かっており、HFE類、HFC類のように、溶剤によってソープを最適化する必要がなく、様々なソープが使用できる。このように、本実施形態の溶剤組成物には、カチオン系、ノニオン系、アニオン系、および両イオン性界面活性剤からなる群から選ばれる少なくとも1種の界面活性剤を含むことができる。
【0099】
ソープの具体例には、カチオン性界面活性剤ではドデシルジメチルアンモニウムクロライド、トリメチルアンモニウムクロライド等の第四級アンモニウム塩が挙げられる。ノニオン性界面活性剤ではポリオキシアルキレンノニルフェニルエーテル、ポリオキシアルキレンアルキルエーテル、脂肪酸アルカノールアミド、グリセリン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステル、リン酸と脂肪酸のエステル等の界面活性剤が挙げられる。アニオン性界面活性剤では、ポリオキシエチレンアルキル硫酸エステル塩などのアルキル硫酸エステル塩、脂肪酸塩(せっけん)などのカルボン酸塩、αオレフィンスルホン酸塩、ラウリル硫酸塩等のスルホン酸塩が挙げられる。両イオン性界面活性剤では、アルキルベタイン等のベタイン化合物が挙げられる。
【0100】
ドライクリーニング用溶剤組成物中のソープの含有割合は0.01~10質量%、好ましくは0.1~5質量%、さらに好ましくは0.2~2質量%である。
【0101】
<塗布溶剤用途>
また本実施形態の溶剤組成物を、例えば不揮発性溶質成分を物品表面に塗布する溶剤として使用する場合には、溶質成分を本実施形態の溶剤組成物に溶解した溶液とし、その溶液を被塗布物上に塗布し、溶剤組成物を蒸発させ、上記被塗布物上に不揮発性成分塗膜を形成させる。
【0102】
ここでいう不揮発性成分とは、物品に潤滑性を付与するための潤滑剤、金属部品の防錆効果を付与するための防錆剤、物品にはっ水性を付与するための防湿コート剤、物品への防汚性能を付与するための指紋付着防止剤等が挙げられる。
【0103】
本実施形態の溶剤組成物に潤滑剤を溶解させて潤滑剤溶液とすることもできる。
潤滑剤とは、2つの部材が互いの面を接触させた状態で運動するときに、接触面における摩擦を軽減し、熱の発生や摩耗損傷を防ぐために用いるものを意味する。潤滑剤は、液体(オイル)、半固体(グリース)、固体のいずれの形態であってもよい。
【0104】
潤滑剤としては、HCFO-1233ydへの溶解性が優れる点から、フッ素系潤滑剤またはシリコーン系潤滑剤が好ましい。なお、フッ素系潤滑剤とは、分子内にフッ素原子を有する潤滑剤を意味する。また、シリコーン系潤滑剤とは、シリコーンを含む潤滑剤を意味する。
【0105】
上記潤滑剤溶液に含まれる潤滑剤は、1種であってもよく、2種以上であってもよい。フッ素系潤滑剤とシリコーン系潤滑剤は、それぞれを単独で使用してもよく、それらを併用してもよい。
【0106】
フッ素系潤滑剤としては、フッ素オイル、フッ素グリース、ポリテトラフルオロエチレンの樹脂粉末等のフッ素系固体潤滑剤が挙げられる。フッ素オイルとしては、パーフルオロポリエーテルやクロロトリフルオロエチレンの低重合物が好ましい。例えば、製品名「クライトックス(登録商標)GPL102」(デュポン株式会社製)、「ダイフロイル#1」、「ダイフロイル#3」、「ダイフロイル#10」、「ダイフロイル#20」、「ダイフロイル#50」、「ダイフロイル#100」、「デムナムS-65」(以上、ダイキン工業株式会社製)等が挙げられる。フッ素グリースとしては、パーフルオロポリエーテルやクロロトリフルオロエチレンの低重合物等のフッ素オイルを基油として、ポリテトラフルオロエチレンの粉末やその他の増ちょう剤を配合したものが好ましい。例えば、製品名「クライトックス(登録商標)グリース240AC」(デュポン株式会社製)、「ダイフロイルグリースDG-203」、「デムナムL65」、「デムナムL100」、「デムナムL200」(以上、ダイキン株式会社製)、「スミテックF936」(住鉱潤滑剤株式会社製)、「モリコート(登録商標)HP-300」、「モリコート(登録商標)HP-500」、「モリコート(登録商標)HP-870」、「モリコート(登録商標)6169」(以上、東レ・ダウコーニング株式会社製)等が挙げられる。
【0107】
シリコーン系潤滑剤としては、シリコーンオイルやシリコーングリースが挙げられる。シリコーンオイルとしては、ジメチルシリコーン、メチルハイドロジェンシリコーン、メチルフェニルシリコーン、環状ジメチルシリコーン、側鎖や末端に有機基を導入した変性シリコーンオイルが好ましい。例えば、製品名「信越シリコーンKF-96」、「信越シリコーンKF-965」、「信越シリコーンKF-968」、「信越シリコーンKF-99」、「信越シリコーンKF-50」、「信越シリコーンKF-54」、「信越シリコーンHIVAC F-4」、「信越シリコーンHIVAC F-5」、「信越シリコーンKF-56A」、「信越シリコーンKF-995」(以上、信越化学工業株式会社製)、「SH200」(東レ・ダウコーニング株式会社製)等が挙げられる。シリコーングリースとしては、上記に挙げた種々のシリコーンオイルを基油として、金属石けん等の増ちょう剤、各種添加剤を配合した製品が好ましい。例えば、製品名「信越シリコーンG-30シリーズ」、「信越シリコーンG-40シリーズ」、「信越シリコーンFG-720シリーズ」、「信越シリコーンG-411」、「信越シリコーンG-501」、「信越シリコーンG-6500」、「信越シリコーンG-330」、「信越シリコーンG-340」、「信越シリコーンG-350」、「信越シリコーンG-630」(以上、信越化学工業株式会社製)、「モリコート(登録商標)SH33L」、「モリコート(登録商標)41」、「モリコート(登録商標)44」、「モリコート(登録商標)822M」、「モリコート(登録商標)111」、「モリコート(登録商標)高真空用グリース」、「モリコート(登録商標)熱拡散コンパウンド」(以上、東レ・ダウコーニング株式会社製)等が挙げられる。
【0108】
またフッ素系潤滑剤としても、シリコーン系潤滑剤としても例示できるものとして、末端または側鎖をフルオロアルキル基で置換した変性シリコーンオイルであるフロロシリコーンオイルが挙げられる。例えば、製品名「ユニダイン(登録商標)TG-5601」(ダイキン工業株式会社製)、「モリコート(登録商標)3451」、「モリコート(登録商標)3452」(以上、東レ・ダウコーニング株式会社製)、「信越シリコーンFL-5」、「信越シリコーンX-22-821」、「信越シリコーンX-22-822」、「信越シリコーンFL-100」(以上、信越化学工業株式会社製)等が挙げられる。
【0109】
これら潤滑剤溶液は、フッ素系潤滑剤が用いられる産業機器、パーソナルコンピュータやオーディオ機器におけるCDやDVDのトレー部品、プリンタ、コピー機器、フラックス機器等の家庭用機器やオフィス用機器等に使用できる。また、シリコーン系潤滑剤が用いられる注射器の注射針やシリンダ、医療用チューブ部品等に使用できる。
【0110】
上記潤滑剤溶液(100質量%)中の潤滑剤の含有量は、0.01~50質量%が好ましく、0.05~30質量%がより好ましく、0.1~20質量%がさらに好ましい。潤滑剤の含有量が上記範囲内であれば、潤滑剤溶液を塗布したときの塗布膜の膜厚、および乾燥後の潤滑剤塗膜の厚さを適正範囲に調製しやすい。同様に、防錆剤溶液における防錆剤の含有量も上記と同じ範囲であることが好ましい。
【0111】
潤滑剤溶液の塗布方法としては、たとえば、刷毛による塗布、スプレーによる塗布、物品を潤滑剤溶液に浸漬することによる塗布、潤滑剤溶液を吸い上げることによりチューブや注射針の内壁に潤滑剤溶液を接触させる塗布方法等が挙げられる。
【0112】
本実施形態における防錆剤とは、空気中の酸素によって容易に酸化されて錆を生じる金属の表面を覆い、金属表面と酸素を遮断することで金属材料の錆を防止する物質のことを言う。防錆剤としては、鉱物油、やポリオールエステル類、ポリアルキレングリコール類、ポリビニルエーテル類のような合成油が挙げられる。
【0113】
防錆剤の塗布方法は潤滑油と同様であり、刷毛による塗布、スプレーによる塗布、物品を防錆剤溶液に浸漬することによる塗布等が挙げられる。
【0114】
その他、プラスチック、ゴム、金属、ガラス、実装回路板への防湿性や防汚性を付与するための防湿コート剤や指紋付着防止剤についても同様の方法で物品表面に塗布することができる。防湿コート剤の製品例としてはトパス5013、トパス6013、トパス8007(ポリプラスチックス社製品)、ゼオノア1020R、ゼオノア1060R(日本ゼオン社製品)、アペル6011T、アペル8008T(三井化学社製品)、SFE-DP02H、SNF-DP20H(セイミケミカル社製品)が挙げられる。指紋付着防止剤等の防汚コート剤の製品例としては、オプツールDSX、オプツールDAC(ダイキン工業社製品)、フロロサーフFG-5000(フロロテクノロジー社製品)、SR-4000A(セイミケミカル社製品)等が挙げられる。
【0115】
潤滑剤や防錆剤、防湿コート剤、指紋付着防止剤、が塗布される被塗布物としては、金属、プラスチック、エラストマー、ガラス、セラミックス等、様々な材質の被塗布物を採用できる。
【0116】
これら潤滑剤や防錆剤、防湿コート剤、指紋付着防止剤等を溶解する前の本実施形態の溶剤組成物の状態でも、上記溶液の状態でも、保管中や使用中に分解することなく使用することができる。以上説明した本実施形態の溶剤組成物は、大気中の寿命が短く、かつ溶解性に優れ、地球環境に悪影響を及ぼさずに、分解することなく安定な状態で使用することができる。
【0117】
<熱移動媒体用途>
本実施形態の熱移動媒体用途は、熱サイクルシステムに本実施形態の溶剤組成物を作動媒体(熱移動媒体)として用いることができる。これにより物質を加熱したり冷却したりすることができる。
【0118】
熱サイクルシステムとしては、ランキンサイクルシステム、ヒートポンプサイクルシステム、冷凍サイクルシステム、熱輸送システム、二次冷媒冷却システム等が挙げられる。
以下、熱サイクルシステムの一例として、冷凍サイクルシステムについて説明する。
【0119】
冷凍サイクルシステムとは、蒸発器において作動媒体が負荷流体より熱エネルギーを除去することにより、負荷流体を冷却し、より低い温度に冷却するシステムである。冷凍サイクルシステムでは、作動媒体蒸気Aを圧縮して高温高圧の作動媒体蒸気Bとする圧縮機と、圧縮された作動媒体蒸気Bを冷却し、液化して低温高圧の作動媒体Cとする凝縮器と、凝縮器から排出された作動媒体Cを膨張させて低温低圧の作動媒体Dとする膨張弁と、膨張弁から排出された作動媒体Dを加熱して高温低圧の作動媒体蒸気Aとする蒸発器と、蒸発器に負荷流体Eを供給するポンプと、凝縮器に流体Fを供給するポンプとから構成されるシステムである。
【0120】
さらに、本実施形態の作動媒体には潤滑油を使用することができる。潤滑油には、熱サイクルシステムに用いられる公知の潤滑油が用いられる。潤滑油としては、含酸素系合成油(エステル系潤滑油、エーテル系潤滑油等)、フッ素系潤滑油、鉱物油、炭化水素系合成油等が挙げられる。
【0121】
さらに、本実施形態の作動媒体は二次循環冷却システムにも適用できる。
二次循環冷却システムとは、アンモニアや炭化水素冷媒からなる一次冷媒を冷却する一次冷却手段と、二次循環冷却システム用二次冷媒(以下、「二次冷媒」という。)を循環させて被冷却物を冷却する二次循環冷却手段と、一次冷媒と二次冷媒とを熱交換させ、二次冷媒を冷却する熱交換器と、を有するシステムである。この二次循環冷却システムにより、被冷却物を冷却できる。本実施形態の作動媒体は、二次冷媒としての使用に好適である。
【実施例
【0122】
(参考例:HCFO-1233ydの製造)
2000gのHCFC-244caを原料にして、テトラ-n-ブチルアンモニウムクロリドの19.9gを入れ、反応温度を50℃に保ち、40質量%水酸化カリウム水溶液の2792gを30分かけて滴下した。その後、52時間反応を続け、有機層を回収した。回収した有機層を精製した結果、純度99.9質量%のHCFO-1233yd(Z)を1520g、純度99.9質量%のHCFO-1233yd(E)を140g得た。この反応を繰返し実施し、必要量のHCFO-1233yd(Z)またはHCFO-1233yd(E)を製造した。
また、同様の反応により得られた、HCFO-1233yd(Z)とHCFO-1233yd(E)とを混合物として分離し、HCFO-1233yd(Z)とHCFO-1233yd(E)の異性体混合物も製造した。このとき得られた異性体混合物は、HCFO-1233yd(Z)95質量%、HCFO-1233yd(E)5質量%であった。
【0123】
(実施例:溶剤組成物の製造)
純度99.9質量%のHCFO-1233yd(Z)、HCFO-1233yd(E)またはHCFO-1233ydの異性体混合物に、表1~3に示すように安定剤を所定の濃度になるように添加して、溶剤組成物をそれぞれ100gずつ調製した。なお、表3~6において、前記参考例により得られたHCFO-1233ydの異性体混合物は、単に「HCFO-1233yd」と示した。
【0124】
(試験例1:安定性試験)
得られた溶剤組成物を50℃で3日間保存した。
調製直後と保存後の塩素イオン濃度を測定した結果を表1~3に示す。評価の指標はいずれも塩素イオン濃度である。
【0125】
<評価の指標>
「A(優良):10質量ppm未満」
「B(良):10質量ppm以上50ppm未満」
「C(やや不良):50質量ppm以上100ppm未満」
「D(不良):100質量ppm以上」
【0126】
塩素イオン濃度測定は、各溶剤組成物40gとイオン交換水40gとを、200ml容分液漏斗に入れ、1分間振盪し、その後静置して2層分離した上層の水相を分取して、その水相の塩素イオン濃度をイオンクロマトグラフ(型番:ICS-1000、日本ダイオネクス株式会社製、陰イオン分析用カラム:Dionex IonPac AS12A)で測定した。
【0127】
表1~3に示した例3~82は実施例を、例1、2は比較例を示す。本実施例より、本実施形態の溶剤組成物は、いずれも安定性が高いことが示された。
【0128】
さらに、乾燥性について、例1~82の溶剤組成物を、室温下で鏡面仕上げSUS板上にパスツールピペットを用いて1滴滴下して、揮発させた際の痕跡の残り方により評価した。
【0129】
<評価の指標>
「A(優良):溶剤組成物が完全に揮発して跡が残らない」
「B(良):溶剤組成物がほぼ揮発して跡が残らない」
「C(可):若干の残留物は認められるが実用上問題ない」
「D(不良):明らかな残留物が認められる」
【0130】
沸点が30~120℃の安定剤を含む溶剤組成物である例3~43,49~71、78~82では、跡が残らず揮発することが示された。一方で、沸点が120℃超の安定剤を含む例44~48,72~77では、揮発後に若干の残留物は認められるが実用上問題のない程度であった。
【0131】
【表1】
【0132】
【表2】
【0133】
【表3】
【0134】
(試験例2:加速酸化試験による安定性評価試験)
上記の例4、14、19、20、27、28、50、52、55、60、78、80(実施例)、例1、2(比較例)の溶剤組成物について、日本工業規格JIS K 1508-1982の加速酸化試験に準拠し、還流時間を48時間における安定性を確認する試験を実施した。各200mlの溶剤組成物中に、気相と液相に機械構造用炭素鋼(S20C)試験片を共存させた条件下で、水分を飽和させた酸素気泡を通しながら、電球で光を照射し、その電球の発熱で還流した。
【0135】
試験前後の塩素イオン濃度と試験片外観の評価結果を表4に示す。なお、塩素イオン濃度の評価は、以下の通りである。
「A(優良):10質量ppm未満」
「B(良):10質量ppm以上50ppm未満」
「C(やや不良):50質量ppm以上100ppm未満」
「D(不良):100質量ppm以上」
【0136】
また、試験片外観の評価基準は以下のとおりである。
「A(優良):試験前後で変化なし」
「B(良):わずかに光沢が失われたが、実用上問題ない」
「C(やや不良):表面がわずかに錆びている」
「D(不良):表面の全面に錆びがみとめられる」
【0137】
【表4】
【0138】
本試験結果により、実施例はいずれも比較例よりも安定性に優れていることが明らかになった。さらに、例19、20、27、28、52、55、60、78、80では、より安定性に優れることが判明した。
【0139】
(試験例3:洗浄性能の評価)
実施例で得られた一部の溶剤組成物について、以下の各洗浄試験を行い、その結果を表5に示した。
【0140】
[洗浄試験A]
SUS-304のテストピース(25mm×30mm×2mm)を、切削油である製品名「ダフニーマーグプラスHT-10」(出光興産株式会社製)中に浸漬した後、各例の溶剤組成物50mL中に1分間浸漬し、引き上げて切削油が除去された度合を観察した。洗浄性の評価は以下の基準に従って行った。
【0141】
「A(優良):切削油が完全に除去される。」
「B(良好):切削油がほぼ除去される。」
「C(やや不良):切削油が微量に残存する。」
「D(不良):切削油がかなり残存する。」
【0142】
[洗浄試験B]
切削油として製品名「ダフニーマーグプラスAM20」(出光興産株式会社製)を使用した以外は洗浄試験Aと同様に試験し、同じ基準で洗浄性を評価した。
【0143】
[洗浄試験C]
切削油として製品名「ダフニーマーグプラスHM25」(出光興産株式会社製)を使用した以外は洗浄試験Aと同様に試験し、同じ基準で洗浄性を評価した。
【0144】
[洗浄試験D]
切削油として製品名「G-6318FK」(日本工作油株式会社製)を使用した以外は洗浄試験Aと同様に試験し、同じ基準で洗浄性を評価した。
【0145】
表5に示すように、本実施形態の溶剤組成物は、いずれの洗浄試験においても安定剤を添加していない例1および2と同様に切削油を充分に洗浄除去でき、優れた洗浄性があることを示した。
【0146】
【表5】
【0147】
(試験例4:塗布溶剤としての性能の評価)
実施例で得られた一部の溶剤組成物とフッ素系潤滑剤である製品名「クライトックス(登録商標)GPL102」(デュポン株式会社製、フッ素系オイル)を混合し、塗布溶剤として該フッ素系潤滑剤の含有量が0.5質量%である潤滑剤溶液を調製した。
【0148】
次に、鉄製の板にアルミニウムを蒸着させたアルミニウム蒸着板の表面に、得られた潤滑剤溶液を厚み0.4mmで塗布し、19~21℃の条件下で風乾することにより、アルミニウム蒸着板表面に潤滑剤塗膜を形成した。潤滑剤溶液の溶解状態の評価、および潤滑剤塗膜としての性能の評価は以下のように行い、その結果を表6に示した。
【0149】
[溶解状態]
各例の潤滑剤溶液の溶解状態を目視で確認し、以下の基準で評価した。
「A(優良):直ちに均一に溶解し、透明になる。」
「B(良好):振盪すれば均一に溶解し、透明になる。」
「C(やや不良):若干白濁する。」
「D(不良):白濁もしくは相分離する。」
【0150】
[塗膜状態]
各例における潤滑剤塗膜の状態を目視で確認して以下の基準で評価した。
「A(優良):均一な塗膜である。」
「B(良好):ほぼ均一な塗膜である。」
「C(やや不良):塗膜に部分的にムラが見られる。」
「D(不良):塗膜にかなりムラが見られる。」
【0151】
表6に示すように、本実施形態の塗布溶剤は、いずれの塗布試験においても安定剤のない例1および2と同様に潤滑剤の溶解性に優れ、均一な潤滑剤塗膜を簡便に形成できることが明らかになった。
【0152】
【表6】
【0153】
(試験例5:衣類の洗浄性と風合いの評価)
本実施形態の溶剤組成物を用いて、ウール生地の白色カーディガンを洗浄して洗浄性、風合いの状態を以下のように評価した。
【0154】
始めに例50の溶剤組成物を10L(15kg)調製した。さらに、ソープとしてNF-98(日華化学株式会社製:商品名「NF-98」)を75g(0.5質量%)加えてよく撹拌し、洗浄試験に使用する試験溶剤とした。
【0155】
着用して汚れた上記カーディガンを半分に切断し、その一方を洗浄試験に使用した。洗浄試験は、ドライクリーニング試験機(商品名:DC-1A、大栄科学精器製作所製)を用いて、約11Lの洗浄槽に上記試験溶剤と被洗浄物を入れて、室温で10分間洗浄を行った。その後、洗浄したカーディガンを洗浄槽から取り出して十分に乾燥させ、洗浄しなかった残り半分のカーディガンと比較して洗浄性能および風合いを評価した。比較例として同様の洗浄試験を従来の洗浄剤であるHFC-365mfcとHFE-347pc-fについて行った。
【0156】
その結果、例50の溶剤組成物をベースにした試験溶剤で洗浄したカーディガンは従来の溶剤で洗浄した場合と同等の洗浄性と風合いであった。
【産業上の利用可能性】
【0157】
本発明の溶剤組成物は、各種有機物の溶解性に優れ、かつ地球環境に悪影響を及ぼさず、安定化されて分解しない安定な溶剤組成物である。この溶剤組成物は、洗浄や塗布用途等の広範囲の工業用途に有用であり、金属、プラスチック、エラストマー等の様々な材質の物品に対し、悪影響を与えることなく使用することができる。