(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-07
(45)【発行日】2023-08-16
(54)【発明の名称】合金材、合金材を用いた合金製造物、及び合金製造物を備える機械装置
(51)【国際特許分類】
C22C 30/00 20060101AFI20230808BHJP
B22F 10/64 20210101ALI20230808BHJP
B22F 1/00 20220101ALI20230808BHJP
B22F 10/20 20210101ALN20230808BHJP
【FI】
C22C30/00
B22F10/64
B22F1/00 Z
B22F10/20
(21)【出願番号】P 2023505975
(86)(22)【出願日】2022-06-07
(86)【国際出願番号】 JP2022022984
(87)【国際公開番号】W WO2022260044
(87)【国際公開日】2022-12-15
【審査請求日】2023-01-27
(31)【優先権主張番号】P 2021096053
(32)【優先日】2021-06-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】株式会社プロテリアル
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】木村 達哉
(72)【発明者】
【氏名】白鳥 浩史
(72)【発明者】
【氏名】桑原 孝介
【審査官】川村 裕二
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/088157(WO,A1)
【文献】特表2019-534374(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第112792346(CN,A)
【文献】特公昭32-003255(JP,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 30/00-30/06
B22F 1/00- 1/18
B22F 10/00-12/90
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Co、Cr、Fe、及びNiをそれぞれ5原子%以上40原子%以下の範囲で含み、Moを0原子%超8原子%以下の範囲で含み、Tiを1原子%以上10原子%以下の範囲で含み、Bを0原子%超0.15原子%未満の範囲で含み、Ta及びNbの少なくとも一種を4原子%以下で含むか又は含まず、残部が不可避的不純物からなることを特徴とする合金材。
【請求項2】
前記Bを0.03原子%以上0.12原子%以下の範囲で含むことを特徴とする請求項1に記載の合金材。
【請求項3】
Ta及びNbの少なくとも一種を4原子%以下で含むことを特徴とする請求項1又は2に記載の合金材。
【請求項4】
前記Tiと、前記Ta及びNbの少なくとも一種との合計が3原子%以上10原子%以下であることを特徴とする請求項3に記載の合金材。
【請求項5】
前記Coを25原子%以上38原子%以下の範囲で含み、前記Crを16原子%以上23原子%以下の範囲で含み、前記Feを12原子%以上20原子%以下の範囲で含み、前記Niを17原子%以上28原子%以下の範囲で含み、前記Moを1原子%以上7原子%以下の範囲で含み、前記Tiを2原子%以上9原子%以下の範囲で含むことを特徴とする
請求項1又は2に記載の合金材。
【請求項6】
請求項1又は2に記載の合金材を用いた合金製造物であって、
前記合金製造物の母相結晶粒中に平均粒径130nm以下の極小粒子が分散析出していることを特徴とする合金製造物。
【請求項7】
請求項6に記載の合金製造物を備える機械装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ハイエントロピー合金と称される合金材、該合金材を用いた合金製造物、及び該合金製造物を備える機械装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、従来の合金(例えば、1~3種類の主要成分元素に複数種の副成分元素を微量添加した合金)の技術思想とは一線を画した新しい技術思想の合金として、ハイエントロピー合金(HEA)や多種主要元素合金(MPEA)が提唱されている。
【0003】
HEAやMPEAは、少なくとも4種類の主要金属元素(それぞれが過半を占めない、例えば、5原子%以上35原子%以下の範囲)から構成された合金と定義されている。HEAやMPEAについては、例えば、(a)ギブスの自由エネルギー式における混合エントロピー項が負に増大することに起因する混合状態の安定化、(b)複雑な微細構造による拡散の遅延、(c)構成原子のサイズ差に起因する高格子歪みに起因する機械的特性の向上、(d)多種元素共存による複合影響(カクテル効果とも言う)による耐熱性の向上などの特徴が発現することが知られている。
【0004】
HEAやMPEAから構成される合金部材や合金製造物として、例えば、特許文献1には、ハイエントロピー合金を用いた合金部材であって、Co(コバルト)、Ni(ニッケル)、Cr(クロム)、Fe(鉄)、及びTi(チタン)の各元素をそれぞれ5原子%以上35原子%以下の範囲で含み、かつMo(モリブデン)を0原子%超8原子%以下の範囲で含み、残部が不可避的不純物からなり、母相結晶中に平均粒径40nm以下の極小粒子が分散析出している合金部材が記載されている。特許文献1によれば、高機械的強度を有するハイエントロピー合金を用い、合金組成及び微細組織の均質性に優れ、かつ形状制御性に優れた合金部材を提供できるとされている。
【0005】
また、特許文献2には、ハイエントロピー合金を用いた合金材であって、Co、Cr、Fe、Ni、及びTiの各元素をそれぞれ5原子%以上35原子%以下の範囲で含み、Moを0原子%超8原子%未満の範囲で含み、かつCo、Cr、Fe及びNiの原子半径に比してより大きい原子半径を有する元素を0原子%超4原子%以下の範囲で含み、残部が不可避的不純物からなる合金材が記載されている。特許文献2によれば、特許文献1の合金をベースとし、より大きい原子半径を有する元素としてTa、Nb、Hf、Zr及びYのうちの一種以上を添加することによって、合金製造物が高い機械的特性を示す合金材を提供できるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開第2017/138191号
【文献】国際公開第2019/088157号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1や特許文献2などに記載された従来のハイエントロピー合金を用いた合金材は、母相結晶粒中に極小粒子が分散析出しており、合金製造物の機械的特性に関して他のNi基合金やステンレス鋼などと同等以上に優れた特性を有するとされている。しかしながら、それらの合金材を用いた合金製造物は、例えば、700℃程度の高温環境下における機械的特性(例えば、引張強度、破断伸び等)が低下する傾向がある。中でも、従来のハイエントロピー合金を用いた合金粉末(合金材)から積層造形プロセスで成形された積層造形体に対して擬溶体化熱処理が行われた合金造形物では、環境温度が、例えば、700℃程度の高温環境下において、破断伸びが低いと言う課題がある。
【0008】
したがって、本発明の目的は、高温環境下における機械的特性を向上できる合金材、合金材を用いた合金製造物、及び合金製造物を備える機械装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(I)本発明の一態様は、Co、Cr、Fe、及びNiをそれぞれ5原子%以上40原子%以下の範囲で含み、Moを0原子%超8原子%以下の範囲で含み、Tiを1原子%以上10原子%以下の範囲で含み、Bを0原子%超0.15原子%未満の範囲で含み、Ta及びNbの少なくとも一種を4原子%以下で含むか又は含まず、残部が不可避的不純物からなることを特徴とする合金材である。
【0010】
本発明は、上記合金材(I)において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(i)前記Bを0.03原子%以上0.12原子%以下の範囲で含む。
(ii)Ta及びNbの少なくとも一種を4原子%以下で含む。
(iii)前記Tiと、前記Ta及びNbの少なくとも一種との合計が3原子%以上10原子%以下である。
(iv)前記Coを25原子%以上38原子%以下の範囲で含み、前記Crを16原子%以上23原子%以下の範囲で含み、前記Feを12原子%以上20原子%以下の範囲で含み、前記Niを17原子%以上28原子%以下の範囲で含み、前記Moを1原子%以上7原子%以下の範囲で含み、前記Tiを2原子%以上9原子%以下の範囲で含む。
【0011】
(II)本発明の他の一態様は、上記の合金材を用いた合金製造物であって、
上記合金製造物の母相結晶粒中に平均粒径130nm以下の極小粒子が分散析出していることを特徴とする合金製造物である。
【0012】
(III)本発明のさらに他の一態様は、上記の合金製造物を備える機械装置である。
本明細書は本願の優先権の基礎となる日本国特許出願番号2021-096053号の開示内容を包含する。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、合金材、合金材を用いた合金製造物、及び合金製造物を備える機械装置の高温環境下における機械的特性を向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】実施形態に係る合金製造物の製造方法の一例を示す概略工程図である。
【
図2A】合金加工物W1の切断片の処理断面のSEM観察により得られる二次電子像である。
【
図2B】合金加工物W3の切断片の処理断面のSEM観察により得られる二次電子像である。
【
図3A】STEM観察により得られる母相結晶粒の電子回折パターンである。
【
図3B】STEM観察により得られる母相結晶粒の暗視野像(DF-STEM)である。
【
図4】エネルギー分散型X線分光法(EDX:Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)により母相結晶粒中の極小粒子の元素マッピングを行った結果を示す画像である。
【
図5】SIMS(Secondary Ion Mass Spectroscopy)による元素分布の定性評価により得られるBO
2
-イオン強度分布を示す画像である。
【
図6】
図5の各図のBO
2
-イオン強度分布に挿入した矢印に沿う各位置のBO
2
-イオン強度分布を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明者等は、従来の合金材をベースにして、様々な応用を検討した。その結果、環境温度が高くなるに従い、合金製造物の機械的特性が低下することが確認された。その要因について種々調査し考察した結果、この現象は、環境温度が高くなるに従い、破壊起点となる結晶粒界の強度が低下することが影響していると考えた。その上で、特定の組成とすることにより、結晶粒界の強度を向上させることができ、高温環境下における合金製造物の機械的特性を向上できることに想到した。本発明はこれらの知見を元になされたものである。
【0016】
(本発明の基本思想)
上記のように従来のハイエントロピー合金を用いた合金材から製造された合金製造物では、環境温度が高くなるにつれて、機械的特性が低下する傾向がある。その要因について種々調査し考察した結果、この現象は、環境温度が高くなるにつれて結晶粒界の強度が低下することが影響していると考えられた。
【0017】
一方、合金製造物の信頼性の観点から、合金製造物が高温環境下(例えば、700℃)においても高い機械的特性を有することが好ましく、そのためには、高温環境下において破壊起点となり得る結晶粒界の強度を向上させることが望ましい。
【0018】
そこで、本発明者等は、結晶粒界の強度を向上させるため、異種元素を添加した際の金属組織の変化や高温環境下における合金製造物の機械的特性の変化を鋭意研究した。その結果、B(ホウ素)を適切な範囲で含有させることで、結晶粒界の強度を向上させることができることを見出した。これにより、高温環境下における機械的特性(例えば、引張強度、破断伸び等)を向上できた。本発明は、当該知見と結果に基づくものである。
【0019】
以下、本発明の合金材、合金製造物、及び機械装置に係る実施形態について図面を参照しながら具体的に説明する。ただし、本発明は、ここで取り挙げた実施形態に限定されるものではなく、その発明の技術的思想を逸脱しない範囲で公知技術と適宜組み合わせたり公知技術に基づいて改良したりすることができる。
【0020】
[合金材の組成]
実施形態に係る合金材は、Co、Cr、Fe、及びNiをそれぞれ5原子%以上40原子%以下の範囲で含み、Moを0原子%超8原子%以下の範囲で含み、Tiを1原子%以上10原子%以下の範囲で含み、Bを0原子%超0.15原子%未満の範囲で含み、Ta及びNbの少なくとも一種を4原子%以下で含むか又は含まず、残部が不可避的不純物からなる。
【0021】
Co、Cr、Fe、及びNiは、基本的に合金材又は合金製造物の母相結晶粒を構成する主成分元素であり、カクテル効果による耐腐食性の向上に寄与していると考えられる。以下、合金材におけるこれらの成分元素の含有量について具体的に説明する。なお、下記する成分元素の上限値と下限値は任意に組み合わせることができる。また、好ましい範囲、より好ましい範囲、及びさらに好ましい範囲も適宜組み合わせることができる。
【0022】
Coの含有量は、20原子%以上40原子%以下が好ましく、25原子%以上38原子%以下がより好ましく、30原子%以上36原子%以下がさらに好ましい。
【0023】
Crの含有量は、10原子%以上25原子%以下が好ましく、16原子%以上23原子%以下がより好ましく、18原子%以上21原子%以下がさらに好ましい。
【0024】
Feの含有量は、10原子%以上25原子%以下が好ましく、12原子%以上20原子%以下がより好ましく、14原子%以上17原子%以下がさらに好ましい。
【0025】
Niの含有量は、15原子%以上30原子%以下が好ましく、17原子%以上28原子%以下がより好ましく、21原子%以上26原子%以下がさらに好ましい。
【0026】
Moは、Crと共に耐腐食性の向上に寄与していると考えられる。合金材におけるMoの含有量は、1原子%以上7原子%以下がより好ましく、2原子%以上5原子%以下がさらに好ましい。
【0027】
Tiは、母相結晶粒の中に分散析出する極小粒子を構成する成分であり、合金材の強度向上に寄与していると考えられる。しかし、含有量が高くなると所定の金属間化合物相の粗大粒成長や凝集析出を誘発し易くなる。具体的にはしたがって、合金材におけるTiの含有量は、1原子%以上10原子%以下が良く、1原子%以上9原子%以下が好ましく、2原子%以上9原子%以下がより好ましく、2原子%以上7原子%以下がさらに好ましい。2原子%以上5原子%以下がさらにより好ましい。
【0028】
B(ボロン)は、結晶粒界の電子構造を改善するなどの作用を生じさせることにより、結晶粒界の強度の向上に寄与していると考えられる。このため、合金材が、Bを0原子%超0.15原子%未満の範囲で含む場合には、高温環境下における合金製造物の機械的特性を向上できる。また、Bの含有量が0.15原子%未満である場合には、合金製造物に粗大な析出物が生成することを抑制することができ、室温環境下における合金製造物の機械的特性の低下を抑制できる。さらに、この場合には、積層造形プロセスでの積層造形体(成形体)の造形時だけでなく他のプロセスでの成形体の成形時においても、Bの含有を原因とする割れが成形体に生成することを抑制できる。Bの含有量は、極微量(0.01原子%程度)でも上記の効果を得られるが、0.03原子%以上0.12原子%以下が好ましく、0.05原子%以上0.10原子%以下がより好ましい。また、Bを0.15原子%以上添加した場合、粗大粒子ができる場合があり、温度に限らず機械的特性、特に伸びが低下する可能性がある。
【0029】
合金材は、Ta及びNbの少なくとも一種をさらに含むことができる。原子サイズの大きいTa及びNbの少なくとも一種を添加することにより、固溶強化により合金材を用いた合金製造物の機械的特性をさらに向上できる。さらに、合金材の不働態皮膜が強化され耐孔食性が改善する効果も有する。一方で、Ta及びNbはTiと同様に所定の金属間化合物相を構成する成分であるため、Ta、Nb、Tiの合計量を所定値以下とすることにより金属間化合物相の析出を制御することが良い。よって、合金材にTa及びNbの少なくとも一種を含む場合には、Ta及びNbの少なくとも一種の含有量(Ta及びNbの二種を含む場合には、Ta及びNbの合計の含有量)は、0原子%より大きく4原子%以下の範囲とするのが良い。0.5原子%以上3原子%以下の範囲がより好ましく、1原子%以上2.5原子%以下の範囲がさらに好ましい。また、合金材は、Ta及びNbの少なくとも一種を4原子%以下で含む場合には、Tiと、Ta及びNbの少なくとも一種とを共に含む金属間化合物の析出量を制御するために、Tiと、Ta及びNbの少なくとも一種との合計が3原子%以上10原子%以下であるものがよい。なお、合金材としては、Ta及びNbの少なくとも一種をさらに含むものの中でも、Taをさらに含むものが好ましい。Taをさらに含むことで、CrMoによる不動態被膜を強化でき、合金の耐食性向上効果が得られるからである。
【0030】
合金材は、主成分として、上記Coを25原子%以上38原子%以下の範囲で含み、上記Crを16原子%以上23原子%以下の範囲で含み、上記Feを12原子%以上20原子%以下の範囲で含み、上記Niを17原子%以上28原子%以下の範囲で含み、副成分として、上記Moを1原子%以上7原子%以下の範囲で含み、上記Tiを2原子%以上9原子%以下の範囲で含むものがより好ましい。
【0031】
「不可避的不純物」とは、完全に除去することは困難であるが可能な限り低減することが望ましい成分元素を言う。不可避的不純物としては、例えば、Si(ケイ素)、P(リン)、S(硫黄)、N(窒素)、O(酸素)等が挙げられる。合金材に含まれる不可避的不純物の合計の含有量は、1質量%以下が好ましい。言い換えると、合金材に意図的に含有させる成分元素の合計の含有量は、99質量%以上が好ましい。以下、合金材に含まれる不可避的不純物の含有量についてより具体的に説明する。
【0032】
Siの含有量は、0.2質量%以下が好ましく、0.1質量%以下がより好ましく、0.05質量%以下がさらに好ましい。Pの含有量は、0.1質量%以下が好ましく、0.05質量%以下がより好ましく、0.02質量%以下がさらに好ましい。Sの含有量は、0.1質量%以下が好ましく、0.05質量%以下がより好ましく、0.02質量%以下がさらに好ましい。Nの含有量は、0.1質量%以下が好ましく、0.05質量%以下がより好ましく、0.02質量%以下がさらに好ましい。Oの含有量は、0.2質量%以下が好ましく、0.1質量%以下がより好ましく、0.05質量%以下がさらに好ましい。
【0033】
[合金材を用いた合金製造物]
実施形態に係る合金製造物は、上記の実施形態に係る合金材を用いた合金製造物であって、母相結晶粒を含む微細組織を有するものである。合金製造物では、合金材がBを含んでいるため、結晶粒界の強度を向上させることができる。よって、高温環境下における機械的特性が向上した合金製造物である。
【0034】
(微細組織)
合金製造物の微細組織は、母相結晶粒を含むものであれば特に限定されないが、母相結晶粒中に極小粒子が分散析出しているものが好ましい。機械的特性等がより向上するからである。積層造形による合金製造物の場合、極小粒子が析出し易いと言う特徴がある。
【0035】
極小粒子は、母相結晶粒中において他の部分より所定の成分元素が濃化しているL12型規則相の結晶性粒子であり、例えば、母相結晶粒中において他の部分よりNi及びTiが濃化している結晶性粒子である。極小粒子の平均粒径は、例えば、130nm以下が好ましく、10nm以上130nm以下がより好ましく、20nm以上100nm以下がさらに好ましい。極小粒子の平均粒径がこれらの範囲であることにより、機械的特性等がよりいっそう向上するからである。ここで、極小粒子の平均粒径は、例えば、STEM観察により得られる母相結晶粒の暗視野像(DF-STEM)等の観察像において、最大径(最大長さ)が5nm以上の少なくとも5つの極小粒子を選択した上で、それらの少なくとも5つの極小粒子の最大径(最大長さ)を測定し、それらの最大径の平均として求められる。
【0036】
母相結晶粒は、特に限定されないが、例えば、結晶構造として面心立方晶(FCC)を有し、平均結晶粒径が300μm以下であるものが好ましい。面心立方晶は最密充填構造の一種であるため、母相結晶粒が結晶構造として面心立方晶を有する場合、機械的特性等が向上するからである。平均結晶粒径が300μm以下の場合、機械的特性や耐腐食性等が向上する。平均結晶粒径は、200μm以下がより好ましく、150μm以下がさらに好ましい。機械的特性や耐腐食性等がさらに向上するからである。なお、母相結晶粒は、結晶構造として、面心立方晶に加えて、単純立方晶(SC)を有するものでもよい。
【0037】
実施形態に係る合金製造物としては、高温環境下における機械的特性を改良できることから、高温環境下で高い機械的特性が求められる部材が好ましい。このような部材としては、例えば、タービンブレード等を含むタービン用部材、ボイラ用部材、エンジン用部材、ノズル用部材、ケーシング、配管、バルブ等を含めたプラント用構造部材、発電機用構造部材、原子炉用構造部材、航空宇宙用構造部材、油圧機器用部材、軸受、ピストン、歯車、回転軸等の各種機器の機構部材などが好ましい。さらに、合金製造物としては、例えば、インペラ等の他の部材でもよい。
【0038】
[合金製造物を備える機械装置]
実施形態に係る機械装置としては、高温環境下における機械的特性を改良できることから、高温環境下で高い機械的特性が求められる機械装置が好ましい。このような機械装置としては、例えば、タービン、ボイラ、エンジン、ノズル、プラント、発電機、原子炉、航空宇宙用装置、油圧機器、動力伝達装置、その他の各種機器などが好ましい。
【0039】
[合金製造物の製造方法]
図1は、実施形態に係る合金製造物の製造方法の一例を示す概略工程図である。
実施形態に係る合金製造物の製造方法は、
図1に示す一例のように、概略的に、合金材作製工程S1と成形加工工程S2とを少なくとも備え、成形加工プロセスに応じて擬溶体化熱処理工程S3又は焼結工程S4をさらに備える。さらに、実施形態に係る合金製造物の製造方法は、
図1に示す一例のように、擬溶体化熱処理工程S3をさらに備える場合には、時効熱処理工程S5を備えることもできる。以下、各工程をより具体的に説明する。
【0040】
(合金材作製工程)
合金材作製工程S1では、合金製造物の材料となる合金材を作製する。合金材作製工程S1は、所望の合金製造物を製造できる合金材が得られる限り詳細手順に特段の限定はないが、例えば、所望の合金組成となるように原料金属を混合し、溶解して溶湯を得る原料混合溶解工程S1aと、溶湯を凝固させて合金材を得る合金凝固工程S1bとを含む工程である。
【0041】
原料混合溶解工程S1aは、原料金属を混合し、溶解して溶湯が得られる工程であれば特段の限定はないが、例えば、合金中の不純物成分の含有率をより低減する(合金を精錬する)ため、原料金属を混合し、一旦溶解して溶湯を得る溶解工程と、該溶湯を一旦凝固させて再溶解用合金塊を形成する合金塊形成工程と、該再溶解用合金塊を再溶解して清浄化された溶湯を得る再溶解工程とを含む工程でもよい。再溶解方法は、合金の清浄度を高められる限り特段の限定はないが、例えば、真空アーク再溶解(VAR)等が好ましい。
【0042】
合金凝固工程S1bで溶湯を凝固させる方法としては、成形加工工程S2で用いるのに適した形態(例えば、合金塊(インゴット)、合金粉末等)の合金材が得られる限り特段の限定はないが、例えば、鋳造法により、溶湯を凝固させることで合金材として合金塊を得る方法、アトマイズ法により、溶湯を飛散、凝固させて合金材として合金粉末を得る方法などが好ましい。
【0043】
アトマイズ法により合金粉末を得る場合、次工程の成形加工工程S2で合金粉末を用いた成形加工(例えば、粉末冶金プロセス、積層造形プロセス等)を行う際の合金粉末の流動性や充填性の観点から、合金粉末の平均粒径を5μm以上200μm以下の範囲とすることが好ましく、10μm以上100μm以下の範囲とすることがより好ましく、10μm以上50μm以下の範囲とすることがさらに好ましい。合金粉末の平均粒径を5μm以上とすることで、成形加工工程S2で合金粉末の流動性が保たれ、成形物の形状精度への影響が少ない。一方、合金粉末の平均粒径を200μm以下とすることで、成形加工工程S2で合金粉末の充填性が保たれ、充填性の悪化に伴う成形物の内部空隙や表面粗化の発生を抑制できる。なお、このようなことから、合金粉末の平均粒径を5μm以上200μm以下の範囲に分級する分級工程を、アトマイズ法により合金粉末を得た後にさらに行ってもよい。分級工程は必須の工程ではないが、合金粉末の利用性向上の観点から行うことが好ましい。なお、合金粉末の粒径分布を測定した結果、所望の範囲内にあることを確認した場合も、分級工程を行ったものと見なすことができる。
【0044】
(成形加工工程)
成形加工工程S2では、合金材作製工程S1で得られた合金材から所望形状の成形体を成形する。なお。実施形態に係る合金製造物の製造方法は、成形加工工程S2で成形された成形体をそのまま合金製造物として製造するものでもよい。
【0045】
合金材から成形体を成形する方法としては、所望形状の成形体が成形できる限り特段の限定はなく、合金材の種類により異なるが、例えば、合金材が合金塊の場合、合金材から成形体を成形する方法としては、切断加工、塑性加工(例えば、鍛造加工、引抜加工、圧延加工等)、機械加工(例えば、打抜加工、切削加工等)などを施して合金加工体を成形体として成形する方法でもよい。
【0046】
一方、合金材が合金粉末の場合、合金材から成形体を成形する方法としては、例えば、積層造形プロセス、粉末冶金プロセスなどが好ましい。積層造形プロセスは、特段の限定はなく、従前のプロセスを適宜利用できる。例えば、付加製造法(Additive manufacturing:AM法)により、合金粉末から所望形状を積層造形して積層造形体を成形するプロセスが挙げられる。これにより、焼結ではなく局所的に溶融し、急速に凝固(以下、「溶融凝固」ということがある。)することでニアネットシェイプの合金製造物を製造できる。積層造形プロセスは、鍛造材と同程度以上の機械的特性とともに複雑形状を有する三次元部材を直接的に製造できるという特徴がある。AM法としては、特段の限定はなく、従前のプロセスを適宜利用できる。例えば、選択的レーザ溶融法(Selective Laser Melting:SLM)、電子ビーム積層造形法(Electron Beam Melting:EBM)、レーザビーム粉末肉盛法(Laser Metal Deposition:LMD)、指向性エネルギー堆積法(Directed energy deposition:DED)等を用いることができる。
【0047】
AM法としてSLMを用いる積層造形プロセスを簡単に説明する。本積層造形プロセスは、合金粉末を敷き詰めて所定厚さの合金粉末床を用意する合金粉末床用意工程と、該合金粉末床の所定の領域にレーザ光を照射してこの領域の合金粉末を局所的に溶融し、急速に凝固させるレーザ溶融凝固工程と、を繰り返して積層造形体を形成する積層造形プロセスである。
【0048】
より具体的には、積層造形体の密度及び形状精度ができるだけ高くなるように、例えば、合金粉末床の厚さhを0.02mm以上0.2mm以下の範囲から選定し、レーザ光の出力Pを50W以上1000W以下の範囲から選定し、レーザ光の走査速度Sを50mm/s以上10000mm/s以下の範囲から選定し、レーザ光の走査間隔Lを0.05mm以上0.2mm以下の範囲から選定する。そして、「E=P/(h×S×L)」で表される局所溶融の体積エネルギー密度Eを20J/mm3以上200J/mm3以下の範囲で制御することが好ましく、40J/mm3以上150J/mm3以下の範囲で制御することがより好ましい。
【0049】
レーザ溶融凝固工程で造形した積層造形体は合金粉末床中に埋没している。このため、この積層造形プロセスは、レーザ溶融凝固工程の次に、合金粉末床から積層造形体を取り出す取出工程を備えていてもよい。積層造形体の取り出し方法は、特段の限定はなく従前の方法を利用できる。尚、EBM法では、合金粉末を用いたサンドブラストを好ましく用いることができる。合金粉末を用いたサンドブラストは、除去した合金粉末床を吹き付けた合金粉末と共に解砕することで、合金粉末として再利用することができる利点がある。
【0050】
粉末冶金プロセスとしては、特段の限定はなく、従前のプロセスを適宜利用できる。また、合金材が合金粉末の場合、成形物の形状精度を高めるため、積層造形プロセスや粉末冶金プロセス等による成形体に対して、切断加工、塑性加工、機械加工などをさらに行ってもよい。
【0051】
(擬溶体化熱処理工程)
擬溶体化熱処理工程S3では、合金塊から成形した成形体(合金加工体)又は合金粉末から積層造形プロセスで成形した成形体(積層造形体)に対して擬溶体化熱処理を行う。擬溶体化熱処理では、成形体を加熱することで所定温度に一定時間だけ保持する。これにより、成形体中に残存する偏析物や組成分布を均質化し、合金加工体から得られる合金加工物又は積層造形体から得られる合金造形物を合金製造物として製造する。なお、本発明の合金材については、現段階で学術的に確立された相平衡状態図等の知見が存在せず、偏析物が完全に溶体化する温度を正確に規定できない。このため、本熱処理の名称を擬溶体化熱処理と称している。
【0052】
擬溶体化熱処理の温度は、特段の限定はないが、例えば、1000℃以上1250℃以下の範囲が好ましく、1050℃以上1200℃以下の範囲がより好ましく、1100℃以上1180℃以下の範囲がさらに好ましい。擬溶体化熱処理の温度が1000℃以上であれば、十分な均質化が可能である。また、擬溶体化熱処理の温度が1250℃以下であれば、母相結晶粒が粗大化せず、耐腐食性や機械的特性が向上する。擬溶体化熱処理の雰囲気は、特段の限定はなく、大気雰囲気でもよいし、非酸化性雰囲気(実質的に酸素がほとんど存在しない雰囲気、例えば、真空中や高純度アルゴン雰囲気や高純度窒素雰囲気等)でもよい。
【0053】
擬溶体化熱処理の保持時間は、被熱処理体の体積や熱容量及び熱処理の温度等を考慮しながら、0.1時間以上100時間以下の範囲に適宜設定すればよい。なお、極小粒子の平均粒径を制御する観点から、擬溶体化熱処理での成形体の昇温過程では、金属間化合物相が成長し易い温度領域(例えば、800℃以上900℃以下の範囲)を可能な限り速く通過させることが好ましい。
【0054】
なお、擬溶体化熱処理では、成形体を加熱することで所定温度に一定時間だけ保持した後に、空冷等により急冷してもよい。
【0055】
(時効熱処理工程)
なお、実施形態に係る合金製造物の製造方法では、擬溶体化熱処理工程S3の後には、合金塊から成形した成形体(合金加工体)又は合金粉末から積層造形プロセスで成形した成形体(積層造形体)に対して時効熱処理を施す時効熱処理工程S5を追加することもできる。時効熱処理工程S5において、時効熱処理の対象は擬溶体化熱処理を施した成形体としても良い。時効熱処理では、成形体を加熱することで所定温度に一定時間だけ保持する。これにより、成形体中の母相結晶粒中に極小粒子他の析出物を生成または成長させる。このようにして、合金加工体から得られる合金加工物又は積層造形体から得られる合金造形物を合金製造物として製造する。
【0056】
時効熱処理の温度は、特段の限定はないが、例えば、500℃以上900℃以下の範囲が好ましく、600℃以上850℃以下の範囲がより好ましい。時効熱処理の温度が500℃以上であれば、成形体中の母相結晶粒中の析出物に変化が生じる。また、擬溶体化熱処理の温度が900℃以下であれば、析出物が過度に生成せず、耐腐食性や機械的特性が向上する。擬溶体化熱処理の雰囲気は、特段の限定はなく、大気雰囲気でもよいし、非酸化性雰囲気(実質的に酸素がほとんど存在しない雰囲気、例えば、真空中や高純度アルゴン雰囲気や高純度窒素雰囲気等)でもよい。
【0057】
時効熱処理の保持時間は、被熱処理体の体積や熱容量及び熱処理の温度等を考慮しながら、0.5時間以上24時間以下の範囲に適宜設定すればよい。なお、時効熱処理では、成形体を加熱することで所定温度に一定時間だけ保持した後に、空冷等により急冷してもよい。
【0058】
(焼結工程)
焼結工程S4では、合金粉末から粉末冶金プロセスで成形した成形体を焼結する。これにより、合金焼結物を合金製造物として製造する。焼結方法としては、特段の限定はなく、従前の方法を適宜利用できる。焼結方法としては、成形加工工程S2と焼結工程S4とを完全に独立させて行う方法(成形加工工程S2で成形のみを行い、焼結工程S4で焼結のみを行う方法)でもよいし、例えば、熱間等方圧加圧法(HIP)等のように成形加工工程S2と焼結工程S4とを一体的に行う方法でもよい。なお、前述の積層造形体については、焼結工程S4は省略することができる。他方HIPは実施することができる。HIPにより積層造形体中に内在する可能性のある空隙を減少することも可能である。
【0059】
焼結温度としては、特段の限定はないが、例えば、擬溶体化熱処理工程S3と同様の温度領域でよい。すなわち、焼結温度としては、例えば、1000℃以上1250℃以下の範囲が好ましく、1050℃以上1200℃以下の範囲がより好ましく、1100℃以上1180℃以下の範囲がさらに好ましい。HIPを含む焼結工程後は空冷などのように出来る限り早く冷却することが好ましい。焼結工程で用いる設備の制約により十分な冷却速度が得られない場合は焼結工程の後に前述の擬溶体化処理工程S3を追加して、空冷等により急冷しても良い。
【0060】
(仕上工程)
実施形態に係る合金製造物の製造方法は、
図1に図示していないが、擬溶体化熱処理工程S3又は焼結工程S4で得られた合金製造物に対して表面仕上げ等を行う仕上げ工程を必要に応じてさらに備えてもよい。
【実施例】
【0061】
以下、本発明を実施例及び比較例に基づいて具体的に説明する。なお、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0062】
[実験1]
(合金材A1~A4の作製)
まず、下記表1に示す合金材A1~A4の名目組成で原料金属を混合し、合金材A1~A4を作製するための混合原料をそれぞれ用意した。次に、合金材A1~A4の混合原料それぞれについて、自動アーク溶解炉(大亜真空株式会社製)を使用し、アーク溶解法により、減圧Ar雰囲気中で水冷銅ハース上に配置した混合原料を溶解することで溶湯を得て、溶湯を凝固させて合金塊(直径約34mm、約50g)を作製した。さらに、合金塊の均質化のために、合金塊をそれぞれ反転させながら再溶解を6回繰り返すことで合金塊の合金材A1~A4を作製した(合金材作製工程)。
【0063】
【0064】
上記表1に示すように、合金材A1及びA2は、B(ボロン)を本発明に係る含有量の範囲内で含むHEA合金材(実施例)であり、合金材A3は、Bを本発明に係る含有量の範囲外で含むHEA合金材(比較例)であり、合金材A4は、Bを含まないHEA合金材(比較例)である。
【0065】
(合金加工物W1~W4の作製)
続いて、合金材A1~A4それぞれに対して機械加工を施して合金加工体を成形体(10mm×10mm×40mmの直方体)として成形した(成形加工工程)。次に、合金材A1~A4から成形した合金加工体それぞれに対して擬溶体化熱処理を行った(擬溶体化熱処理工程)。擬溶体化熱処理では、大気雰囲気中で合金加工体を1120℃に1時間保持した後、急冷した。急冷方法としては、800℃以上900℃以下の平均冷却速度を約10℃/sとする空冷を採用した。これにより、合金材A1~A4から合金加工物W1~W4をそれぞれ合金製造物として製造した。なお、擬溶体化熱処理工程は1000℃~1180℃で0.1時間以上100時間以下の範囲で、行うことができる。
【0066】
[実験2]
(合金粉末P1~P4の作製)
まず、下記表2に示す合金粉末P1~P4の名目組成で原料金属を混合し、合金粉末P1~P4を作製するための混合原料をそれぞれ用意した。次に、合金粉末P1~P4の混合原料それぞれについて、高周波溶解炉を使用し、混合原料を溶解することで溶湯を得た(原料混合溶解工程)。次に、ガスアトマイズ法により、それぞれの溶湯を飛散、凝固させて合金材として合金粉末を得た(合金凝固工程)。
【0067】
次に、得られた合金粉末それぞれをふるいにより分級することで粒径20μm以上45μm以下に選別し、合金粉末P1~P4を作製した(合金材作製工程)。レーザ回折式粒度分布測定装置を用いて、合金粉末P1~P4の粒度分布を測定したところ、それぞれの平均粒径は約30μmであった。
【0068】
【0069】
上記表2に示すように、合金粉末P1は、Bを含まないHEA合金粉末(比較例)であり、基準試料として用意した。合金粉末P2は、Bを含むHEA合金粉末(実施例)であり、合金粉末P3は、B及びTaを含むHEA合金粉末(実施例)である。合金粉末P4は、Bを含まずTaを含むHEA合金粉末(比較例)である。なお、合金粉末P2の組成からTiの含有量を10.7原子%に上げた試作粉末も作製したが、下記の積層造形の際に割れが生じる結果となった。この試作結果からTiの含有量の上限は10原子%とした。
【0070】
(合金造形物M1~M5の作製)
続いて、合金粉末P1~P4それぞれについて、積層造形装置(EOS GmbH製、型式:EOSINT M280)を使用し、SLM法により、合金粉末から所望形状を有する積層造形体(高さ方向が積層方向である縦25mm×横25mm×高さ70mmの角柱材)を成形体として形成した。この際、SLMの条件は、合金粉末床の厚さhを0.04mmとし、体積エネルギー密度Eが40J/mm3以上100J/mm3以下となるようにレーザ光の出力Pとレーザ光の走査速度Sとレーザ光の走査間隔Lとを制御した。
【0071】
次に、合金粉末P1~P4から成形した積層造形体のそれぞれを合金粉末床から取り出した。その後、積層造形体それぞれに対して擬溶体化熱処理を行った(擬溶体化熱処理工程)。擬溶体化熱処理では、大気雰囲気中で積層造形体を1120℃で3時間保持した後、急冷した。急冷方法としては、800℃以上900℃以下の平均冷却速度を約10℃/sとする空冷を採用した。これにより、合金粉末P1~P4からそれぞれ合金造形物M1~M4を合金製造物として製造した。なお、擬溶体化熱処理工程は1000℃~1180℃で0.1時間以上100時間以下の範囲で行うことができる。また、合金粉末P3から得た擬溶体化熱処理を施した合金造形物M3について、さらに大気雰囲気中で積層造形体を650℃で8時間保持した時効熱処理を施し、その後炉中で冷却した合金造形物M5を合わせて得た。
【0072】
[実験3]
(合金加工物W1~W4及び合金造形物M1~M5の試験及び評価)
(機械的特性評価)
合金加工物(合金製造物)W1~W4及び合金造形物(合金製造物)M1~M5のそれぞれについて、所定形状の試験体に加工した。この試験体の700℃の高温環境下における機械的特性として引張強度及び破断伸びを測定し評価した。評価方法は、ASTM E21に準拠し、引張速度は耐力まで0.5%/min、耐力以降破断までを5%/minとした。合金加工物W1~W4については、引張強度に関し、900MPa以上の場合を「優秀」と評価し、800MPa以上の場合を「合格」とし、800MPa未満の場合を「不合格」とした。また、破断伸びに関しては、8%以上の場合を「優秀」と評価し、7%以上の場合を「合格」とし、7%未満の場合を「不合格」とした。合金造形物M1~M5については、合金加工物よりも凝固組織が微細となるためより高い特性が見込まれる。そのため、引張強度に関しては、1000MPa以上の場合を「合格」と評価し、それ未満の場合を「不合格」とした。また、破断伸びに関しては、10%以上の場合を「合格」とし、それ未満の場合を「不合格」とした。これらの結果を表3に示す。
【0073】
【0074】
また、合金造形物(合金製造物)M1~M5の所定形状の試験体について、常温~850℃までの各環境温度での機械的特性(引張強度及び破断伸び)を測定し評価した。評価方法は、上記と同様とした。結果を表4に示す。
【0075】
【0076】
上記表3に示すように、Bを本発明に係る含有量の範囲で含む合金加工物W1及びW2は、Bを含まない合金加工物W4と比較して高温環境下における機械的特性が向上したことがわかる。さらに、Bを本発明に係る含有量の範囲外(0.15原子%以上)で含む合金加工物W3は、合金加工物W1及びW2よりも破断伸びが低下した。また、Bを含む合金造形物M2及びM3(実施例)は、Bを含まない合金造形物M1(比較例)と比べ高温環境下における機械的特性が向上したことがわかる。
【0077】
上記表4に示すように、合金造形物M1では、環境温度が700℃以上となると試験体の機械的特性が顕著に低下した。また、合金造形物M4では、合金造形物M1よりも延性は優れていたが、同様に環境温度が700℃となると機械的特性が低下した。一方、合金造形物M2及びM3では、試験体の機械的特性は、低下する傾向が見られるものの、700℃を超えても維持が可能であることが確認された。そして、M2及びM3では、700℃における破断伸びは実用に供される程度の数値が得られている。さらに、BとTaを同時に含有するM3では、850℃のより高温でも破断伸びの低下が抑制されることが分かった。M3に時効熱処理を施したM5はM3と同等の優れた高温での機械特性を保持しつつ、低温部の強度向上の効果が見られた。
【0078】
(微細組織観察1)
まず、合金加工物W1~W4及び合金造形物M1~M5のそれぞれに対して、X線回折(XRD)測定を行い、母相結晶粒の結晶構造及び析出相の同定を行った。その結果、合金加工物W1~W4及び合金造形物M1~M5の全てにおいて、母相結晶粒の結晶構造は主に面心立方晶(FCC)からなると判断された。ただし、X線回折測定では、面心立方晶(FCC)と単純立方晶(SC)とを完全に区別することは困難なため、単純立方晶を含まないとは断定できない。
【0079】
次に、合金加工物W1~W4及び合金造形物M1~M5のそれぞれについて、切断して切断片の断面を鏡面研磨し、当該断面に対して10質量%のシュウ酸水溶液を使用し、3V×0.2Aの電界条件で電解エッチング処理を行った。その上で、それぞれの切断片の処理断面に対してSEM観察を行った。析出物は合金製造物に応力が作用した場合に割れの起点となり、析出物のサイズが大きいほど割れの起点となりやすい傾向にある。そこで、処理断面を400μm×300μmの範囲で観察した場合において、この観察範囲にサイズが10μm以上の析出物が観察されなかった場合を「優秀」と評価し、サイズが50μm以上の粗大な析出物が観察されなかった場合を「合格」とし、サイズが50μm以上の粗大な析出物が観察された場合を「不合格」とした。これらの結果を表5に示す。さらに、
図2Aは、合金加工物W1の処理断面のSEM観察により得られる二次電子像である。
図2Bは、合金加工物W3の処理断面のSEM観察により得られる二次電子像である。
【0080】
【0081】
表5に示すように、合金加工物W1及びW2の切断片には粗大な析出物が観察されなかった。特に、
図2Aに示すように、合金加工物W1の切断片の析出物は400μm×300μmの処理断面領域あたり1個以下であり、ほとんど観察されなかった。一方、表5及
図2Bに示すように、合金加工物W3の切断片には、サイズが50μm以上の粗大な析出物が観察された。このような粗大な析出物が観察される場合には、室温環境下における機械的特性が低下するおそれがある。なお、このような粗大な析出物が生成する組成の合金材を積層造形プロセスに適用しようとすると造形時に粗大な析出物に起因する割れが発生し易いので、積層造形プロセスには不向きである。また、合金加工物W4と合金造形物M1及びM4は、析出物は生成されないが高温での機械的特性に劣る。
【0082】
(微細組織観察2)
合金造形物M2について、母相結晶粒中の極小粒子を評価するために、STEM(Scanning Transmission Electron Microscope)による高倍率観察を行った。
【0083】
まず、上記で得た合金造形物M2の切断片の一面を鏡面研磨し、FIB(Focused Ion Beam)によるマイクロサンプリング法により、研磨面から100nm程度の厚さの試験片を切り出した。この際、マイクロサンプリング法には株式会社日立ハイテク社製FB-2100型を使用した。次に、この試験片について、STEMによる観察を行った。STEMの観察条件は、以下の通りとした。
【0084】
<STEM観察の条件>
試料の厚さ:100nm
装置の機種:日本電子株式会社製 型式JEM-ARM200F
加速電圧:200kV
【0085】
図3Aは、合金造形物M2のSTEM観察により得られる母相結晶粒の電子回折パターンであり、
図3Bは、合金造形物M2のSTEM観察により得られる母相結晶粒の暗視野像(DF-STEM)である。また、
図4は、エネルギー分散型X線分光法(EDX:Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)により合金造形物M2の母相結晶粒中の極小粒子の元素マッピングを行った結果を示す画像である。
【0086】
図3Aの電子回折パターンから、面心立方晶(FCC)相に由来するパターンとγ‘相に由来するパターンとを確認できる。
図3Bの暗視野像から、最大径(最大長さ)のばらつきはほとんどなく50~60nm程度であり、平均粒径が約54nmの極小粒子が分散していることを確認できる。なお、観察像において5つの極小粒子の最大径を測定し、その平均値を平均粒径とした。さらに、
図4に示す元素マッピングを行った結果から、母相結晶粒中において極小粒子には他の部分よりNi及びTiが濃化していることを確認できる。このような極小粒子は、電子回折パターンで観察されたγ’相であると考えられる。γ’相は、結晶粒中における転位の進展に対する抵抗となるために機械特性の改善に寄与する。なお、合金造形物M3並びにM5においても、STEMによる高倍率観察を行ったところ、同様のFCC相から成る母相結晶粒とNi及びTiが濃化した極小粒子からなる微細組織が確認された。
【0087】
(微細組織観察3)
合金造形物M1~M5について、母相結晶粒界におけるBの分布を評価するために、SIMS(Secondary Ion Mass Spectroscopy)による元素分布の定性評価を行った。
【0088】
まず、上記で得た合金造形物M1~M5の切断片の一面を鏡面研磨し、SIMSによる観察を行った。SIMSの観察条件は、以下の通りとした。
【0089】
<SIMS観察の条件>
装置の機種:AMETEK CAMECA社製二次イオン質量分析器 型式IMS-7F
一次イオン条件:Cs+、15kV
分析領域:100μm×100μm
二次イオン極性:負
検出元素:B(BO2
-イオンとして検出)
【0090】
図5は、合金造形物M1~M5のSIMS観察により得られたBO
2
-イオン強度分布を示す画像であり、
図6は、
図5の各図における矢印に沿う各位置のBO
2
-イオン強度分布を示すグラフである。イオン強度の絶対値は装置の測定条件などに依存するため、本検討では上記SIMS観察の条件のように測定条件を定めて各試料を観察し、その際に取得したイオン強度比にて相対的に定性評価を実施した。
【0091】
図5及び
図6からは、M2、M3、及びM5においては、対応する原料粉末(P2及びP3)に含まれるBが造形体に含まれ、Bを含まない原料粉末(P1及びP4)より得たM1及びM4よりも全体として10倍以上の高濃度にてBが存在することが確認された。また、BとTaを含む粉末(P3)より得たM3及びM5では結晶粒界へのBの偏在が見られた。Bを含まずTaのみを含む粉末(P4)でも粒界へのBの偏在が生じたが、そのイオン強度比は低く偏在量は少なかったと見られる。なお、Bを含まない原料粉末(P1及びP4)は、Bの相対二次イオン強度が少なくなっている。これは、Bを含まない原料粉末(P1及びP4)が、名目組成ではBを含まないものの、実際にはBを不純物としてppmオーダーで含んでいることに対応することである。Bを含まない粉末(P4)でもBの偏在が生じているのは、粉末(P4)は、名目組成ではBを含まないものの、実際にはBを不純物としてppmオーダーで含んでいるためである。以上のように、先に示した表3で700℃において優れた機械的性質を示したM2、M3、及びM5が、その他のM1及びM4に比して特に結晶粒界に高い濃度のBが存在することが確認された。この粒界に存在するBは高温での変形様式である粒界滑りに対する抵抗として作用するため、高温機械特性が改善されたと考えられる。
【0092】
上記の実施形態や実験例は、本発明の理解を助けるために説明したものであり、本発明は、記載した具体的な構成のみに限定されるものではない。例えば、実施形態の構成の一部を当業者の技術常識の構成に置き換えることが可能であり、また、実施形態の構成に当業者の技術常識の構成を加えることも可能である。すなわち、本発明は、本明細書の実施形態や実験例の構成の一部について、発明の技術的思想を逸脱しない範囲で、削除・他の構成に置換・他の構成の追加をすることが可能である。
本明細書で引用した全ての刊行物、特許及び特許出願はそのまま引用により本明細書に組み入れられるものとする。