(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-07
(45)【発行日】2023-08-16
(54)【発明の名称】銅合金板材およびその製造方法、ならびに電子部品および絞り加工品
(51)【国際特許分類】
C22C 9/06 20060101AFI20230808BHJP
C22C 9/10 20060101ALI20230808BHJP
C22F 1/08 20060101ALI20230808BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20230808BHJP
【FI】
C22C9/06
C22C9/10
C22F1/08 B
C22F1/00 604
C22F1/00 623
C22F1/00 630A
C22F1/00 630K
C22F1/00 651A
C22F1/00 661A
C22F1/00 673
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 685Z
C22F1/00 686A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 692A
C22F1/00 694A
C22F1/00 694B
C22F1/00 694Z
(21)【出願番号】P 2023512030
(86)(22)【出願日】2022-12-05
(86)【国際出願番号】 JP2022044745
【審査請求日】2023-02-16
(31)【優先権主張番号】P 2021198962
(32)【優先日】2021-12-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000005290
【氏名又は名称】古河電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114292
【氏名又は名称】来間 清志
(74)【代理人】
【識別番号】100145713
【氏名又は名称】加藤 竜太
(72)【発明者】
【氏名】秋谷 俊太
(72)【発明者】
【氏名】雨宮 雄太郎
(72)【発明者】
【氏名】川田 紳悟
(72)【発明者】
【氏名】菅原 親人
(72)【発明者】
【氏名】高澤 司
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-136726(JP,A)
【文献】特開2018-162510(JP,A)
【文献】国際公開第2017/168803(WO,A1)
【文献】特開2015-101760(JP,A)
【文献】特開2016-180131(JP,A)
【文献】特開2012-122114(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 9/06
C22C 9/10
C22F 1/08
C22F 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
NiとCoのうち一方または両方を1.00質量%以上5.00質量%以下、Siを0.20質量%以上1.50質量%以下の範囲で含有し、残部がCuおよび不可避不純物からなる合金組成を有する銅合金板材であって、
引張強さが550MPa以上であり、かつ、
SEM-EBSD法の結晶方位解析データから得られるGAM値が0.1°以上0.8°以下の範囲である結晶粒の面積割合は30%以上90%以下の範囲である、銅合金
板材。
【請求項2】
加工硬化指数(n値)が、0.10以上0.20以下の範囲である、請求項1に記載の銅合金板材。
【請求項3】
SEM-EBSD法の結晶方位解析データから得られる、結晶粒の平均結晶粒径が4μm以上25μm以下の範囲であり、かつ、前記平均結晶粒径の標準偏差が6μm以下である、請求項1に記載の銅合金板材。
【請求項4】
前記合金組成は、Zn
:0.10質量%以上0.50質量%以下、Sn
:0.10質量%以上0.30質量%以下、Mg
:0.10質量%以上0.30質量%以下、Cr
:0.05質量%以上0.30質量%以下およびFe
:0.05質量%以上0.30質量%以下からなる群から選択される、少なくとも1種の任意添加成分を、合計で0.10質量%以上1.00質量%以下の範囲でさらに含有する、請求項1に記載の銅合金板材。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか1項に記載の銅合金板材を用いて形成された電子部品。
【請求項6】
請求項1から4のいずれか1項に記載の銅合金板材を絞り加工して得られた絞り加工品。
【請求項7】
請求項1から4のいずれか一項に記載の銅合金板材の製造方法であって、
前記合金組成と同等の合金組成を有する銅合金素材に、溶解鋳造工程[工程1]、再熱工程[工程2]、熱間圧延工程[工程3]、第一冷間圧延工程[工程4]、第一焼鈍工程[工程5]、第二冷間圧延工程[工程6]、第二焼鈍工程[工程7]、第三焼鈍工程[工程8]、第三冷間圧延工程[工程9]および第四焼鈍工程[工程10]を順次行ない、
前記第一焼鈍工程[工程5]では、到達温度を800℃以上1000℃以下の範囲および保持時間を5秒以上30秒以下の範囲とし、
前記第二冷間圧延工程[工程6]では、1パス当たりの加工率[%]と、圧延ロール径[mm]との積を2000[%・mm]以下とし、
前記第三冷間圧延工程[工程9]では、総加工率を1%以上10%以下の範囲とし、
前記第四焼鈍工程[工程10]では、到達温度(T)を400℃以上600℃以下の範囲とし、かつ、前記到達温度(T(℃))との関係で、式(I)に示す不等式の関係を満たす張力(F(kgf/mm
2))を付与しながら焼鈍する、銅合金板材の製造方法。
-0.0015×T+
1.20≦F≦-0.0015×T+
1.80 ・・・式(I)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銅合金板材およびその製造方法、ならびに電子部品および絞り加工品に関する。
【背景技術】
【0002】
銅合金板材は、例えば、電気・電子部品用のコネクタ、リードフレーム、リレー、スイッチ、ソケット、シールドケース、シールドキャン、カメラモジュールケース、液晶や有機ELディスプレイの放熱部品、補強板、シャーシ、自動車車載用のコネクタ、シールドケース、シールドキャンなどに用いられ、打ち抜き、曲げ、絞り、張り出し等のプレス加工が施されることが多い。
【0003】
従来の銅合金板材では、このようなプレス加工によって、本来は実現困難なはずの難加工形状を実現するためには、機械的な特性を犠牲にせざるを得なかった。ここでいう「難加工形状」とは、例えば、絞り加工品を製造する際に、コーナーやエッジ部の曲率半径が通常よりも小さい、ポンチ等の治具で加工した場合に成形される形状を意味する。また、「絞り加工品」とは、絞り加工によって成形された加工品を意味し、成形された加工品につなぎ目を有しないことが特徴である。また、「絞り加工」とは、金属板成形法の一種であり、典型的には、一枚の金属の薄板にパンチを押し込んで、円筒、角筒および円錐などの種々の形状の底付容器を形成する加工法を意味する。なお、「絞り加工品」には、絞り加工とは異なる他の加工法、例えば曲げ加工、つぶし加工、ねじり加工などと、絞り加工とを併用することで成形される加工品も含まれる。
【0004】
このような難加工形状を有する絞り加工品を製造する場合、銅合金板材が本来有している機械的特性が、十分に生かされているとはいえない。また、銅合金板材の機械的特性を重視した場合には、目的とする難加工形状に加工することが難しくなるため、電子機器などの小型化に対する要求を満足することが困難である。これは、治具(ポンチ)の曲率半径をある程度大きくせざるを得ない結果、電子部品などを構成する絞り加工品の実装空間が自ずと大きくなってしまうことがひとつの原因である。さらには、絞り加工品の形状を最適化することにより、絞り加工性を重視した分だけ犠牲にした放熱性を向上させる余地はあるものの、その最適形状への絞り加工は、困難であることが多い。
【0005】
これに関し、特許文献1には、1.0~3.0質量%のNiを含有し、Niの質量%濃度に対して1/6~1/4の濃度のSiを含有し、残部がCu及び不可避的不純物からなり、後方散乱電子回折像システム付の走査型電子顕微鏡によるEBSD法にて、ステップサイズ0.5μmにて表面の測定面積内の全ピクセルの方位を測定し、隣接するピクセル間の方位差が5°以上である境界を結晶粒界とみなした場合の、結晶粒内の全ピクセル間の平均方位差が4°未満である結晶粒の面積割合が、測定面積の45~55%であり、測定面積内に存在する結晶粒の面積平均GAMが0.8~1.6°であり、粒径が100nmを超えるNi-Si析出物粒子の個数が0.2~0.7個/μm2であり、かつ、結晶粒内に固溶しているSiの濃度が0.1~0.4質量%である、Cu-Ni-Si系銅合金板が開示されている。特許文献1では、結晶粒内の平均方位差や、NiSi化合物の粒径を制御することで、銅合金板のばね特性を向上できるとしている。また、特許文献1では、結晶粒の面積平均GAMの値や、Siの固溶濃度を制御することで、銅合金板の曲げ加工後の耐疲労特性を向上できるとしている。
【0006】
また、特許文献2には、1.0~3.0質量%のNiを含有し、Niの質量%濃度に対して1/6~1/4の濃度のSiを含有し、残部がCu及び不可避的不純物からなり、表面の算術平均粗さ(Ra)が0.02~0.2μmで、表面粗さ平均線を基準とした時の各々の山部と谷部の値の絶対値についての標準偏差が0.1μm以下であり、合金組織中の結晶粒のアスペクト比(結晶粒の短径/結晶粒の長径)の平均値が0.4~0.6であり、後方散乱電子回折像システム付の走査型電子顕微鏡によるEBSD法にて測定面積範囲内の全ピクセルの方位を測定し、隣接するピクセル間の方位差が5°以上である境界を結晶粒界とみなした場合の、GOSの全結晶粒における平均値が1.2~1.5°であり、結晶粒界の全粒界長さLに対する特殊粒界の全特殊粒界長さLσの比率(Lσ/L)が60~70%であり、ばね限界値が450~600N/mm2であるCu-Ni-Si系銅合金板が開示されている。特許文献2の銅合金板では、Lσ/Lの比率を60~70%とすることで、深絞り加工性を高められるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2012-136726号公報
【文献】国際公開第2012/160726号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
近年の電気・電子部品や自動車車載用部品の小型化および軽薄化に伴い、それらを構成する部品の一つであるプレス加工製品には、より高い機械的特性が強く求められるようになってきた。特に、電子機器に搭載される、深絞り加工により製造されるコネクタ(コネクタのシェルやホールドダウンなどの固定金具を含む)やモジュールケース(小型カメラモジュールケース、シールドケース、電池モジュールケースなど)、シャーシ、部分的に絞り加工がされる補強板や放熱板などにおいて、より高い引張強さと絞り加工性の両立レベルが求められている。
【0009】
これに関し、特許文献1は、絞り加工性については何ら検討されておらず、ましてや、高い引張強さと優れた絞り加工性とをバランスよく両立させることについては開示もなく、これらの特性の評価結果も示されていない。
【0010】
また、特許文献2には、結晶粒界の全粒界長さLに対する特殊粒界の全特殊粒界長さLσの比率(Lσ/L)を所定範囲内にすることで、深絞り加工性を向上できるとあるが、比較的緩い絞り加工を行なったときの絞り加工試験を行なっているに過ぎないため、高い引張強さと優れた絞り加工性とのバランス性能をより一層高めることが望ましい。
【0011】
したがって、本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、高い引張強さを有するとともに、優れた絞り加工性を安定して得ることが可能な、銅合金板材およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、NiとCoのうち一方または両方を1.00質量%以上5.00質量%以下、Siを0.20質量%以上1.50質量%以下の範囲で含有し、残部がCuおよび不可避不純物からなる合金組成を有する銅合金板材において、引張強さを550MPa以上とし、かつ、SEM-EBSD法の結晶方位解析データから得られるGAM値が0.1°以上0.8°以下の範囲である結晶粒の面積割合を30%以上90%以下の範囲にすることで、銅合金板材の引張強さが高められるとともに、絞り加工性、特に絞り品の形状の均一性を高めることができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
(1)NiとCoのうち一方または両方を1.00質量%以上5.00質量%以下、Siを0.20質量%以上1.50質量%以下の範囲で含有し、残部がCuおよび不可避不純物からなる合金組成を有する銅合金板材であって、引張強さが550MPa以上であり、かつ、SEM-EBSD法の結晶方位解析データから得られるGAM値が0.1°以上0.8°以下の範囲である結晶粒の面積割合は30%以上90%以下の範囲である、銅合金板材。
【0014】
(2)加工硬化指数(n値)が、0.10以上0.20以下の範囲である、上記(1)に記載の銅合金板材。
【0015】
(3)SEM-EBSD法の結晶方位解析データから得られる、結晶粒の平均結晶粒径が4μm以上25μm以下の範囲であり、かつ、前記平均結晶粒径の標準偏差が6μm以下である、上記(1)または(2)に記載の銅合金板材。
【0016】
(4)前記合金組成は、Zn、Sn、Mg、CrおよびFeからなる群から選択される、少なくとも1種の任意添加成分を、合計で0.10質量%以上1.00質量%以下の範囲でさらに含有する、上記(1)から(3)のいずれか1項に記載の銅合金板材。
【0017】
(5)上記(1)から(4)のいずれか1項に記載の銅合金板材を用いて形成された電子部品。
【0018】
(6)上記(1)から(4)のいずれか1項に記載の銅合金板材を絞り加工して得られた絞り加工品。
【0019】
(7)上記(1)から(4)のいずれか一項に記載の銅合金板材の製造方法であって、前記合金組成と同等の合金組成を有する銅合金素材に、溶解鋳造工程[工程1]、再熱工程[工程2]、熱間圧延工程[工程3]、第一冷間圧延工程[工程4]、第一焼鈍工程[工程5]、第二冷間圧延工程[工程6]、第二焼鈍工程[工程7]、第三焼鈍工程[工程8]、第三冷間圧延工程[工程9]および第四焼鈍工程[工程10]を順次行ない、前記第一焼鈍工程[工程5]では、到達温度を800℃以上1000℃以下の範囲および保持時間を5秒以上30秒以下の範囲とし、前記第二冷間圧延工程[工程6]では、1パス当たりの加工率[%]と、圧延ロール径[mm]との積を2000[%・mm]以下とし、前記第三冷間圧延工程[工程9]では、総加工率を1%以上10%以下の範囲とし、前記第四焼鈍工程[工程10]では、到達温度(T)を400℃以上600℃以下の範囲とし、かつ、前記到達温度(T(℃))との関係で、式(I)に示す不等式の関係を満たす張力(F(kgf/mm2))を付与しながら焼鈍する、銅合金板材の製造方法。
-0.0015×T+1.20≦F≦-0.0015×T+1.80 ・・・式(I)
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、高い引張強さを有するとともに、優れた絞り加工性を安定して得ることが可能な、銅合金板材およびその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】
図1は、深絞り試験機で絞り加工性を評価するため、試験板材Wの中央部を、先端部が円柱状でかつコーナー部の曲率半径Rが小さいパンチで押し込んだときの状態を概念的に示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
次に、本発明の実施の形態を説明する。以下の説明は、本発明における実施の形態の例を示したものであって、特許請求の範囲を限定するものではない。
【0023】
本発明に従う銅合金板材は、NiとCoのうち一方または両方を1.00質量%以上5.00質量%以下、Siを0.20質量%以上1.50質量%以下の範囲で含有し、残部がCuおよび不可避不純物からなる合金組成を有するものであり、引張強さが550MPa以上であり、かつ、SEM-EBSD法の結晶方位解析データから得られるGAM値が0.1°以上0.8°以下の範囲である結晶粒の面積割合が30%以上90%以下の範囲である。
【0024】
本発明の銅合金板材は、NiとCoのうち一方または両方とSiとをそれぞれ適正量含有させるとともに、適正な製造条件で製造されることによって、Si化合物の残存による結晶粒径のばらつきを低減しながら、銅合金板材の引張強さ、特に引張強さを高めることができる。また、SEM-EBSD法の結晶方位解析データから得られるGAM値が0.1°以上0.8°以下の範囲である結晶粒の面積割合を、30%以上90%以下の範囲にすることで、銅合金板材の引張強さが高められるとともに、絞り加工性、特に絞り品の形状の均一性を高めることができる。したがって、本発明の銅合金板材によることで、高い引張強さを有するとともに、優れた絞り加工性を安定して得ることが可能な、銅合金板材およびその製造方法を提供することができる。
【0025】
[1]銅合金板材の合金組成
本発明の銅合金板材の合金組成は、必須含有成分として、NiとCoのうち一方または両方を1.00質量%以上5.00質量%以下、Siを0.20質量%以上1.50質量%以下の範囲で含有するものである。
以下、銅合金板材の合金組成の限定理由について説明する。
【0026】
(NiとCo:合計で1.00質量%以上5.00質量%以下)
Ni(ニッケル)とCo(コバルト)は、ともに銅合金板材の引張強さを高める作用を有する重要な成分である。かかる作用を発揮させる観点から、NiとCoのうち一方又は両方を添加し、これらを合計で1.00質量%以上5.00質量%以下の範囲で含有することが必要である。ここで、NiとCoの合計量が5.00質量%を超えると、後述する第一焼鈍工程[工程5]でSi化合物が残存することで、結晶粒径のばらつきが大きくなりやすくなる。したがって、NiとCoの合計量は、1.50質量%以上4.00質量%以下の範囲にすることが好ましい。
【0027】
(Si:0.20質量%以上1.50質量%以下)
Si(珪素)は、銅合金板材の引張強さを高める作用を有する重要な成分である。かかる作用を発揮させる観点から、Si含有量を0.20質量%以上とすることが必要である。他方で、Si含有量が1.50質量%を超えると、導電率の低下が顕著になり、また、結晶粒径のばらつきが大きくなることから、Si含有量の上限は1.50質量%にすることが必要である。
【0028】
<任意添加成分>
さらに、本発明の銅合金板材は、任意添加成分として、Zn、Sn、Mg、CrおよびFeからなる群から選択される、少なくとも1種の任意添加成分を、合計で0.10質量%以上1.00質量%以下の範囲でさらに含有することができる。
【0029】
(Zn:0.10質量%以上0.50質量%以下)
Zn(亜鉛)は、Snめっきの密着性やマイグレーション特性を改善する作用を有する成分である。かかる作用を発揮させる場合には、Zn含有量を0.10質量%以上とすることが好ましい。一方、Zn含有量が0.50質量%を超えると、導電性が低下する傾向がある。このため、Zn含有量は、0.10質量%以上0.50質量%以下の範囲にあることが好ましい。
【0030】
(Sn:0.10質量%以上0.30質量%以下)
Sn(錫)は、耐応力緩和特性を向上する作用を有する成分である。かかる作用を発揮させる場合には、Sn含有量は0.10質量%以上とすることが好ましい。一方、Sn含有量が0.30質量%を超えると、導電性が低下する傾向がある。このため、Sn含有量は、0.10質量%以上0.30質量%以下の範囲にあることが好ましい。
【0031】
(Mg:0.10質量%以上0.30質量%以下)
Mg(マグネシウム)は、耐応力緩和特性を向上させる作用を有する成分である。かかる作用を発揮させる場合には、Mg含有量を0.10質量%以上とすることが好ましい。一方、Mg含有量が0.30質量%を超えると、導電率が低下する傾向がある。このため、Mg含有量は、0.10質量%以上0.30質量%以下の範囲にあることが好ましい。
【0032】
(Cr:0.05質量%以上0.30質量%以下)
Cr(クロム)は、溶体化熱処理における結晶粒の粗大化を抑制する作用を有する成分である。この作用を発揮させる場合には、Cr含有量を0.05質量%以上とすることが好ましい。また、Cr含有量が0.30質量%を超えると、鋳造時にCrを含んだ粗大な晶出物を生じ易くなることで、クラックの起点が形成されやすくなる。このため、Cr含有量は、0.05質量%以上0.30質量%以下の範囲にあることが好ましい。
【0033】
(Fe:0.05質量%以上0.30質量%以下)
Fe(鉄)は、溶体化熱処理における結晶粒の粗大化を抑制する作用を有する成分である。この作用を発揮させる場合には、Fe含有量を0.05質量%以上とすることが好ましい。また、Fe含有量が0.30質量%を超えると、鋳造時にFeを含んだ粗大な晶出物を生じ易くなることで、クラックの起点が形成されやすくなる。このため、Fe含有量は、0.05質量%以上0.30質量%以下の範囲にあることが好ましい。
【0034】
(任意添加成分の合計含有量:0.10質量%以上1.00質量%以下)
これらの任意添加成分は、上述した任意添加成分による効果を得るため、合計で0.10質量%以上含有することが好ましい。他方で、これらの任意添加成分は、多量に含むと必須含有成分との間で化合物を生じやすくなるため、合計で1.00質量%以下にすることが好ましい。
【0035】
(残部:Cuおよび不可避不純物)
銅合金板材を構成するCu合金は、上述した成分以外は、残部がCu(銅)および不可避不純物からなる合金組成を有する。なお、ここでいう「不可避不純物」とは、おおむね金属製品において、原料中に存在するものや、製造工程において不可避的に混入するもので、本来は不要なものであるが、微量であり、金属製品の特性に影響を及ぼさないため許容されている不純物である。不可避不純物として挙げられる成分としては、例えば、硫黄(S)、炭素(C)、酸素(O)などの非金属元素や、アンチモン(Sb)などの金属元素などが挙げられる。なお、これらの成分含有量の上限は、例えば上記成分ごとに0.05質量%、上記成分の総量で0.20質量%とすることができる。
【0036】
[2]銅合金板材の引張強さ
本発明の銅合金板材は、圧延方向と平行な方向に引っ張ったときの引張強さが550MPa以上であることが必要である。これにより、銅合金板材を電気・電子部品や自動車車載用部品などの小型の部品や薄型の部品に用いた場合であっても、所望の引張強さが得られるため、これらの用途に銅合金板材を好適に用いることができる。ここで、引張強さの測定は、圧延方向と平行な方向が長手方向になるように切り出した、JIS Z2241に規定されている13B号の2本の試験片で行ない、2本の試験片から得られた引張強さの平均値を、引張強さの測定値とする。
【0037】
[3]銅合金板材のGAM値およびその面積割合
GAM(grain average misorientation)値は、SEM-EBSD法の結晶方位解析データから得られる値であり、15°以上の方位差を有する大角度粒界で区別される結晶粒内において、測定点間の距離(以下、ステップサイズともいう)を0.5μmで測定して隣り合った測定点ごとの方位差を計算し、計算された方位差を同一結晶粒内で平均値として算出した値である。
【0038】
GAM値が小さい場合、1つの結晶粒内の平均方位差が小さくなるため、ひずみの少ない均一な結晶粒が生成しているか、または結晶粒内が連続的な方位勾配を有する。他方で、GAM値が大きい場合、結晶粒内の平均方位差が大きくなるため、1つの結晶粒内の局所的なひずみが大きくなる。
【0039】
本発明の銅合金板材は、SEM-EBSD法で観察して得られる結晶方位解析データにおいて、GAM値が0.1°以上0.8°以下の範囲である結晶粒の面積割合は、30%以上90%以下の範囲である。これにより、銅合金板材の引張強さが高められるとともに、絞り品の形状の均一性を高めることができる。特に、この面積割合を30%以上にすることで、結晶粒内の方位差が小さい結晶粒が、銅合金板材の結晶粒に占める割合が増加することで、銅合金板材の結晶粒の方位が安定になるため、銅合金板材の絞り加工性、特に絞り品の形状の均一性を高めることができる。他方で、この面積割合を90%以下にすることで、銅合金板材の引張強さの低下を抑えることができる。
【0040】
ここで、GAM値は、高分解能走査型分析電子顕微鏡(日本電子株式会社製、JSM-7001FA)に付属するEBSD検出器を用いて連続して測定した結晶方位データから解析ソフト(TSL社製、OIM Analysis)を用いて算出した結晶方位解析データから得ることができる。また、「EBSD」とは、Electron BackScatter Diffractionの略で、走査型電子顕微鏡(SEM)内で試料である銅板材に電子線を照射したときに生じる反射電子菊池線回折を利用した結晶方位解析技術のことである。「OIM Analysis」とは、EBSDにより測定されたデータの解析ソフトである。測定は、約400μm×800μmの視野においてステップサイズ0.5μmで行う。測定は、銅合金板材を樹脂埋めし、機械研磨およびバフ研磨(コロイダルシリカ)で仕上げされた、圧延方向に沿った断面で行なうことができる。また、測定は、電解研磨された銅合金板材の表面で行なってもよい。これらの断面および表面における測定領域は、約400μm×800μmとする。断面および表面の両方の測定においてサンプルサイズによって上記の視野サイズが得られない場合は、複数の視野で測定して平均した値を使用してもよい。GAM値の解析は、結晶粒界を15°以上の方位差を有するものと定義し、結晶粒界に含まれる、信頼性指数CI値が0.1以上となる測定点を解析の対象とする。
【0041】
[4]銅合金板材の結晶粒の平均結晶粒径およびその標準偏差
本発明の銅合金板材は、SEM-EBSD法の結晶方位解析データから得られる、結晶粒の平均結晶粒径が4μm以上25μm以下の範囲であり、かつ、平均結晶粒径の標準偏差が6μm以下であることが好ましい。ここで、平均結晶粒径の解析は、結晶粒界を15°以上の方位差を有するものと定義し、2ピクセル以上の大きさを有する結晶粒を解析の対象とする。
【0042】
特に、結晶粒の平均結晶粒径を4μm以上にすることで、銅合金板材の絞り加工性をより一層高めることができる。他方で、結晶粒の平均結晶粒径が25μmより大きいと、リジングによって絞り加工品の外観を損なう恐れがある。したがって、銅合金板材の結晶粒の平均結晶粒径は、4μm以上25μm以下の範囲であることが好ましい。
【0043】
また、平均結晶粒径の標準偏差を6μm以下とすることで、銅合金板材の結晶粒の粒径におけるばらつきが低減されることで、絞り加工時における応力の集中が起こり難くなるため、銅合金板材の絞り加工性をより一層高めることができる。
【0044】
銅合金板材の結晶粒の平均結晶粒径およびその標準偏差は、上述のSEM-EBSD法で観察して得られる結晶方位解析データから、任意に抽出される500個以上の結晶粒の直径の加重平均と、その標準偏差とすることができる。
【0045】
[5]銅合金板材の加工硬化指数(n値)
本発明の銅合金板材は、加工硬化指数(n値)が、0.10以上0.20以下の範囲であることが好ましい。加工硬化指数をこの範囲にすることで、銅合金板材の絞り加工性を損なうことなく、銅合金板材により一層高い引張強さをもたらすことができる。他方で、加工硬化指数は0.10より低いと、銅合金板材の絞り加工性が低下しやすくなる。
【0046】
加工硬化指数(n値)は、JIS Z2253;2011に規定されている試験方法により求めることができる。その一例として、真ひずみが2%以上8%以下の範囲にあるデータから、加工硬化指数(n値)を算出することができる。
【0047】
[6]銅合金板材の製造方法の一例
上述した銅合金板材は、合金組成や製造プロセスを組み合わせて制御することによって実現することができ、その製造プロセスは特に限定されない。その中でも、このような高い引張強さを有するとともに、安定して優れた絞り加工性を得ることが可能な、製造プロセスの一例として、以下の方法を挙げることができる。
【0048】
本発明の銅合金板材の製造方法の一例は、上述した銅合金板材の合金組成と同等の合金組成を有する銅合金素材に、少なくとも、溶解鋳造工程[工程1]、再熱工程[工程2]、熱間圧延工程[工程3]、第一冷間圧延工程[工程4]、第一焼鈍工程[工程5]、第二冷間圧延工程[工程6]、第二焼鈍工程[工程7]、第三焼鈍工程[工程8]、第三冷間圧延工程[工程9]および第四焼鈍工程[工程10]を順次行なうものである。このうち、第一焼鈍工程[工程5]では、到達温度を800℃以上1000℃以下の範囲および保持時間を5秒以上30秒以下の範囲とする。また、第二冷間圧延工程[工程6]では、1パス当たりの加工率[%]と、圧延ロール径[mm]との積を2000[%・mm]以下とする。また、第三冷間圧延工程[工程9]では、総加工率を1%以上10%以下の範囲とする。また、第四焼鈍工程[工程10]では、到達温度(T)を400℃以上600℃以下の範囲とし、かつ、前記到達温度(T(℃))との関係で、式(I)に示す不等式の関係を満たす張力(F(kgf/mm2))を付与しながら焼鈍する。
-0.0015×T+1.20≦F≦-0.0015×T+1.80 ・・・式(I)
【0049】
(i)溶解鋳造工程[工程1]
溶解鋳造工程[工程1]は、上述の合金組成と同等の合金組成を有する銅合金素材を溶融させ、これを鋳造することによって、所定形状(例えば厚さ30mm、幅100mm、長さ150mm)の鋳塊(インゴット)を作製する。溶解鋳造工程[工程1]は、高周波溶解炉を用いて、大気中、不活性ガス雰囲気中または真空中で、銅合金素材を溶融および鋳造することが好ましい。なお、銅合金素材の合金組成は、製造の各工程において、添加成分によっては溶解炉に付着したり揮発したりして製造される銅合金板材の合金組成とは必ずしも完全には一致しない場合があるが、銅合金板材の合金組成と実質的に同じ合金組成を有している。
【0050】
(ii)再熱工程[工程2]
再熱工程[工程2]は、鋳造工程[工程1]を行なった後の鋳塊に対して、熱処理を行なう工程である。再熱工程[工程2]における熱処理の条件は、通常行なわれている条件であればよく、特に限定はしない。ここでの熱処理の条件の一例を挙げると、到達温度が850℃以上1000℃以下の範囲、到達温度での保持時間が1時間以上5時間以下の範囲である。
【0051】
(iii)熱間圧延工程[工程3]
熱間圧延工程[工程3]は、再熱工程[工程2]を行った鋳塊に対して、所定の厚さになるまで熱間圧延を施して熱延材を作製する工程である。熱間圧延工程[工程3]では、例えば、圧延温度を700℃以上とし、かつ総加工率(合計圧下率)を50%以上とすることが好ましい。
【0052】
ここで、「加工率」(圧下率)は、圧延前の断面積から圧延後の断面積を引いた値を圧延前の断面積で除して100を乗じ、パーセントで表した値であり、下記式で表される。
[加工率]={([圧延前の断面積]-[圧延後の断面積])/[圧延前の断面積]}×100(%)
【0053】
熱間加工工程[工程3]後の熱延材は、冷却することが好ましい。ここで、熱延材に対する冷却の手段は、特に限定されないが、例えば結晶粒の粗大化を起こり難くすることができる観点では、できるだけ冷却速度を大きくする手段であることが好ましく、例えば水冷などの手段により、冷却速度を10℃/秒以上にすることが好ましい。
【0054】
ここで、冷却後の熱延材に対して、表面を削り取る面削を行なってもよい。面削を行なうことで、熱間加工工程[工程3]で生じた表面の酸化膜や欠陥を除去することができる。面削の条件は、通常行なわれている条件であればよく、特に限定されない。面削により熱延材の表面から削り取る量は、熱間加工工程[工程3]の条件に基づいて適宜調整することができ、例えば熱延材の表面から0.5mm~4mm程度とすることができる。
【0055】
(iv)第一冷間圧延工程[工程4]
第一冷間圧延工程[工程4]は、熱間加工工程[工程3]を行なった後の熱延材に、冷間圧延を施す工程である。第一冷間圧延工程[工程4]における圧延は、製品板厚に合わせて任意の圧下率で行なうことができ、例えば、総加工率を50%以上99%以下の範囲にすることができる。
【0056】
(v)第一焼鈍工程[工程5]
第一焼鈍工程[工程5]は、第一冷間圧延工程[工程4]を行なった後の冷延材に対して、合金組成に応じて熱処理を施す工程である。
【0057】
第一焼鈍工程[工程5]での焼鈍条件は、到達温度を800℃以上1000℃以下の範囲および保持時間を5秒以上30秒以下の範囲とすることによって、Si化合物を固溶させることができ、その結果、未固溶のSi化合物の分布が均一になり、再結晶時の結晶粒の均一性が高まる。到達温度が800℃未満であるか、あるいは保持時間が5秒未満であると、未固溶のSi化合物の分布が不均一になり再結晶時の結晶粒の均一性が低下する傾向がある。一方、到達温度が1000℃超えであるか、あるいは保持時間が30秒を超えると、結晶粒の粗大化や異常粒成長による特性のばらつきの問題が生じるので好ましくない。
【0058】
(vi)第二冷間圧延工程[工程6]
第二冷間圧延工程[工程6]は、第一焼鈍工程[工程5]を行なった後の冷延材に対して、圧延ワークロールを用いてさらに冷間圧延を施す工程である。第二冷間圧延工程[工程6]では、1パス当たりの加工率[%]と、圧延ワークロールの直径(圧延ロール径)[mm]との積を2000[%・mm]以下とする。この積が2000[%・mm]よりも大きいと、銅合金板材の表面のみにせん断変形が起きやすくなることで、板材の内部との間で変形量や結晶方位に差が生じるため、以降の熱処理によって再結晶させる際に、結晶粒径の均一性が低下する。したがって、第二冷間圧延工程[工程6]における、1パス当たりの加工率[%]と圧延ロール径[mm]の積は、好ましくは1600[%・mm]以下、さらに好ましくは1000[%・mm]以下である。
【0059】
また、第二冷間圧延工程[工程6]で用いられる圧延ワークロールの直径は、60mm以上400mm以下の範囲にしてもよい。また、第二冷間圧延工程[工程6]における、1パスあたりの加工率は、5%以上50%以下の範囲にしてもよい。また、第二冷間圧延工程[工程6]における総加工率は、5%以上70%以下の範囲にしてもよい。
【0060】
(vii)第二焼鈍工程[工程7]
第二焼鈍工程[工程7]は、第二冷間圧延工程[工程6]を行なった後の冷延材に対して熱処理を施して再結晶させる焼鈍の工程である。ここで、第二焼鈍工程[工程7]における熱処理の条件は、例えば、到達温度が800℃以上1000℃以下の範囲であり、かつ到達温度での保持時間が5秒以上30秒以下の範囲にすることができる。ここで、到達温度が1000℃を超える場合や、保持時間が30秒を超える場合、結晶粒が粗大化し易い。また、保持時間が30秒を超える場合、結晶粒径にばらつきが生じ易くなることで、平均結晶粒径の標準偏差が大きくなり、それにより、絞り加工時に応力が集中して加工性の低下を招き易い。また、到達温度が800℃未満の場合や、保持時間が5秒未満の場合、固溶量が低下することで析出強化量が低下する。
【0061】
第二焼鈍工程[工程7]後の冷延材は、すぐに冷却することが好ましい。ここで、熱延材に対する冷却の手段は、特に限定されないが、例えば結晶粒の粗大化による引張強さの低下を起こり難くすることができる観点では、できるだけ冷却速度を大きくする手段であることが好ましく、例えば水冷などの手段により、冷却速度を50℃/秒以上にすることが好ましい。
【0062】
(viii)第三焼鈍工程[工程8]
第三焼鈍工程[工程8]は、冷却後の冷延材に対して熱処理を施して再結晶させる焼鈍の工程である。ここで、第三焼鈍工程[工程8]における熱処理の条件は、到達温度が450℃以上600℃以下の範囲であり、かつ到達温度での保持時間が1時間以上5時間以下の範囲である。ここで、到達温度が450℃未満の場合や、保持時間が1時間未満の場合、析出強化が得られ難くなる。
【0063】
(ix)第三冷間圧延工程[工程9]
第三冷間圧延工程[工程9]は、第三焼鈍工程[工程8]を行なった後の冷延材に対して、さらに冷間圧延を施す工程である。第三冷間圧延工程[工程9]における総加工率は、1%以上10%以下の範囲とする。ここで、総加工率が1%未満の場合、銅合金板材の引張強さを向上する効果が小さくなる。また、総加工率が10%より大きい場合、銅合金板材の絞り加工性が低下する。
【0064】
(x)第四焼鈍工程[工程10]
第四焼鈍工程[工程10]は、第三冷間圧延工程[工程9]を行なった後の冷延材に対して熱処理を施して、転位の不動化や回復による板材の機械的特性の調質を行なう焼鈍の工程である。
【0065】
ここで、第四焼鈍工程[工程10]における熱処理の条件は、到達温度(T)を400℃以上600℃以下の範囲とし、かつ、到達温度(T(℃))との関係で、式(I)に示す不等式の関係を満たす張力(F(kgf/mm
2
))を付与しながら焼鈍する。また、到達温度(T)での保持時間は、5秒以上30秒以下の範囲であることが好ましい。
-0.0015×T+1.20≦F≦-0.0015×T+1.80・・式(I)
【0066】
このような不等式の関係を満たすように張力(F)を冷延材に付与することで、得られる銅合金板材について、引張強さ、導電性、絞り加工性のバランスを向上することができる。特に、張力(F)を冷延材に付与しながら焼鈍することで、少ない張力でも銅合金板材に残留する歪が減少しやすくなるため、銅合金板材の絞り加工性を高めることができる。ここで、張力や、熱処理の温度や時間が不足する場合、銅合金板材に残留する歪が多くなることで、銅合金板材に含まれる結晶粒の方位のばらつきが大きくなるため、銅合金板材のGAM値が高くなり、その結果、絞り加工性が低下する。また、銅合金板材に残留する歪が多くなることで、銅合金板材の加工硬化指数が低下し、それによっても銅合金板材の絞り加工性も低下する。また、張力や、熱処理の温度や時間が過剰になると、引張強さが低下し、第二冷間圧延工程[工程6]による効果が失われる。
【0067】
[7]銅合金板材の用途
本発明の銅合金板材は、特に絞り加工を施して絞り加工品を得るのに好適であり、例えば、電気・電子部品や自動車車載用部品などを形成するのに適している。より具体的には、特に小型化および軽薄化の必要がある、電気・電子部品用のコネクタ、リードフレーム、リレー、スイッチ、ソケット、シールドケース、シールドキャン、カメラモジュールケース、液晶や有機ELディスプレイの放熱部品、補強板、シャーシ、自動車車載用のコネクタ、シールドケース、シールドキャンなどに用いるのに適している。
【0068】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の概念および特許請求の範囲に含まれるあらゆる態様を含み、本発明の範囲内で種々に改変することができる。
【実施例】
【0069】
次に、本発明の効果をさらに明確にするために、本発明例および比較例について説明するが、本発明はこれら本発明例に限定されるものではない。
【0070】
(本発明例1~32および比較例1~12)
表1に示す合金組成を有する種々の銅合金素材を溶解し、これを大気雰囲気で冷却して鋳造する溶解鋳造工程[工程1]を行なって鋳塊を得た。この鋳塊に対して、900℃以上1000℃以下の範囲の保持温度および1時間以上2時間以下の範囲の保持時間で熱処理を行う再熱工程[工程2]を行なった後、直ちに、総加工率が50%以上になるように、鋳塊の長手方向が圧延方向になるように圧延する熱間圧延工程[工程3]を行なって熱延材を得た。その後、水冷により室温まで冷却した。
【0071】
冷却後の熱延材に対して、面削を行なって表裏両面から1mm~4mm程度を削り取って表面の酸化膜を除去した後、総加工率が80%以上99%以下の範囲になる条件で、熱延材の長手方向が圧延方向になるようにして圧延する、第一冷間圧延工程[工程4]を行なった。
【0072】
第一冷間圧延工程[工程4]を行なった後の圧延材に対して、表2に記載される到達温度および保持時間で熱処理を行う第一焼鈍工程[工程5]を行ない、次いで、表2に記載される、1パス当たりの加工率[%]と、圧延ワークロールの直径(圧延ロール径)[mm]、1パス当たりの加工率と圧延ロール径の積[%・mm]の条件で、5%以上70%以下の総加工率で、圧延材の長手方向が圧延方向になるようにして圧延する第二冷間圧延工程[工程6]を行なった。
【0073】
第二冷間圧延工程[工程6]を行なった後の圧延材に対して、800℃以上1000℃以下の範囲の到達温度および10秒以上30秒以下の範囲の保持時間で熱処理を行う第二焼鈍工程[工程7]を行ない、すぐに水冷により室温まで冷却した。
【0074】
冷却後の圧延材について、450℃以上550℃以下の範囲の到達温度および2時間の保持時間で熱処理を行う第三焼鈍工程[工程8]を行ない、次いで、表2に記載される総加工率の条件で、長手方向が圧延方向になるようにして圧延する第三冷間圧延工程[工程9]を行なった。ここで、比較例4については、第三冷間圧延工程[工程9]を行なわずに、後述する第四焼鈍工程[工程10]を行なった。
【0075】
第三冷間圧延工程[工程9]を行なった後の圧延材に対して、表2に記載される到達温度で、張力(F)をかけながら、5秒以上30秒以下の範囲の保持時間で熱処理を行う第四焼鈍工程[工程10]を行ない、本発明の銅合金板材を作製した。ここで、圧延材にかける張力(F)は、表2に記載されるように、式(I)に示す不等式の範囲内になるようにした。
【0076】
なお、表1では、銅(Cu)、Ni(ニッケル)、Co(コバルト)、Si(珪素)以外の構成成分を、任意添加成分として記載した。また、表1では、銅合金素材の合金組成に含まれない成分の欄には横線「-」を記載し、該当する成分を含まない、または含有していたしても検出限界値未満であることを明らかにした。
【0077】
[各種測定および評価方法]
上記本発明例および比較例に係る銅合金板材を用いて、下記に示す特性評価を行なった。各特性の評価条件は下記のとおりである。
【0078】
[1]銅合金板材の引張強さの測定
引張強さの測定は、圧延方向に対して平行な方向が長手方向になるように供試材を切り出した、JIS Z2241に規定されている13B号の2本の試験片で行ない、2本の試験片から得られた引張強さの平均値を測定値とした。なお、本実施例では、引張強さが550MPa以上を合格レベルとした。結果を表3に示す。
【0079】
[2]銅合金板材のGAM値およびその面積割合
銅合金板材のGAM値は、本発明例および比較例で得られた銅合金板材に対して、高分解能走査型分析電子顕微鏡(日本電子株式会社製、JSM-7001FA)に付属するEBSD検出器を用いて連続して測定した結晶方位データから解析ソフト(TSL社製、OIM Analysis)を用いて算出した結晶方位解析データから得た。測定は、約400μm×800μmの視野においてステップサイズ0.5μmで行った。また、測定は、銅合金板材を樹脂埋めし、機械研磨およびバフ研磨(コロイダルシリカ)で仕上げされた、圧延方向に沿った断面で行い、結晶粒界を15°以上の方位差を有するものと定義し、結晶粒界に含まれる、信頼性指数CI値が0.1以上となる測定点を解析の対象とした。このようにして得られる、GAM値が0.1°以上0.8°以下の範囲である結晶粒の面積の、測定対象であるSEM画像全体の面積に占める面積割合を求めた。なお、本実施例では、GAM値が0.1°以上0.8°以下の範囲である結晶粒の面積割合が、30%以上90%以下の範囲であるものを合格レベルとした。結果を表3に示す。
【0080】
[3]銅合金板材の結晶粒の平均結晶粒径およびその標準偏差
銅合金板材の結晶粒の平均結晶粒径とその標準偏差は、上述のSEM-EBSD法で観察して得られる結晶方位解析データから、任意に抽出される500個以上の結晶粒の直径の加重平均と、その標準偏差を求めた。ここで、平均結晶粒径の解析は、結晶粒界を15°以上の方位差を有するものと定義し、2ピクセル以上の大きさを有する結晶粒を解析の対象とした。結果を表3に示す。
【0081】
[4]銅合金板材の加工硬化指数(n値)の測定
銅合金板材の加工硬化指数(n値)は、JIS Z2253;2011に規定されている試験方法により求めた。特に、本発明例および比較例では、真ひずみが2%以上8%以下の範囲にあるデータから、加工硬化指数(n値)を算出した。
【0082】
[5]銅合金板材の絞り加工性の評価
銅合金板材の絞り加工性は、
図3に示すように、深絞り試験機(例えばエリクセン社製薄板成形試験機)10を用いて、試験板材Wの縁部を、ダイ12としわ押さえ部材16の間で締め付けた後に、試験板材Wの中央部を、先端部が円柱状でかつコーナー部の曲率半径Rが小さいパンチ14で押し込んでいき、円筒型カップを成形した。このとき、割れの生じないパンチ14の先端のコーナー部の曲率半径Rの最小値の結果と、割れの生じない最小のパンチ径で絞り加工したときの絞り加工品の縁のうねり高さを、圧延方向から円周に沿って45°間隔で測定したときの、角度(°)とうねり高さ(μm)の関係のプロットにおける最小二乗法による直線近似式の傾きの絶対値(うねりのばらつき)の結果について、以下の評価基準に沿って評価した。ここで、試験板材Wの板厚を0.15mm、試験板材Wの直径を61mm、パンチ14の直径を33mm、パンチ14の先端のコーナー部の曲率半径Rを0.30mm、0.50mm、0.75mm、0.90mm、1.00mmの6種類とし、パンチ14とダイ12のクリアランスを0.35mm、ダイ12の肩部の曲率半径を1.0mmとし、試験板材Wのパンチ14側の表面に潤滑油(商品名:プレトンR-303P、スギムラ化学工業社製)を塗布した。結果を表3に示す。なお、引張試験で強度が不足した例(引張強さが550MPa未満の例)については、絞り加工性の評価は行なわなかった。また、パンチ14の先端のコーナー部の曲率半径Rの最小値の結果が「×」と評価された例については、絞り加工品の縁のうねり高さの評価は行なわなかった。
【0083】
(a)パンチ14の先端のコーナー部の曲率半径Rの最小値の評価基準
◎(優):曲率半径Rの最小値が0.5mm以下の場合
○(良):曲率半径Rの最小値が0.5mm超え0.75mm以下の場合
×(不可):曲率半径Rの最小値が0.75mm超えの場合
【0084】
(b)絞り加工品の縁のうねりの評価基準
◎(優):うねりのばらつきが0.5mm以下の場合
○(良):うねりのばらつきが0.5mm超え0.7mm以下の場合
△(可):うねりのばらつきが0.7mm超え1.0mm以下の場合
×(不可):うねりのばらつきが1.0mm超えの場合
【0085】
<絞り加工性の総合評価>
◎(優):前記(a)および(b)の評価のいずれもが「◎」である場合
○(良):前記(a)および(b)の評価のいずれもが「◎」、「○」または「△」である場合
×(不可):前記(a)および(b)の評価のうち少なくとも一方が「×」である場合
【0086】
【0087】
【0088】
【0089】
表1~表3の結果から、本発明例1~32の銅合金板材は、合金組成が本発明の適正範囲内であるとともに、引張強さが550MPa以上であり、かつ、SEM-EBSD法の結晶方位解析データから得られるGAM値が0.1°以上0.8°以下の範囲である結晶粒の面積割合は30%以上90%以下の範囲であり、このときに、絞り加工性の評価も「◎」または「〇」と評価されるものであった。
【0090】
したがって、本発明例1~32の銅合金板材は、高い引張強さを有するとともに、優れた絞り加工性を安定して得ることが可能であった。
【0091】
特に、本発明例4の銅合金板材は、第二冷間圧延工程[工程6]での1パス当たりの加工率と圧延ロール径の積が小さく、表面せん断の影響を受けにくかったことで、再結晶後の結晶粒径が均一であり、絞り加工性の評価で得られるうねりのばらつきも小さくなったと考えられる。
【0092】
また、本発明例9の銅合金板材は、第三冷間圧延工程[工程9]の総加工率が小さく、または、第四焼鈍工程[工程10]で冷延材に付与する張力が小さかったことで、引張強さと絞り成形性のバランスに優れていると考えられる。
【0093】
また、本発明例13~15の銅合金板材は、NiとCoの合計量が多く、第三冷間圧延工程[工程9]の総加工率が小さく、または、第四焼鈍工程[工程10]で冷延材に付与する張力が小さかったことで、引張強さと絞り成形性のバランスに優れていると考えられる。
【0094】
また、本発明例16の銅合金板材は、第三冷間圧延工程[工程9]の総加工率が小さく、または、第四焼鈍工程[工程10]で冷延材に付与する張力が小さかったことで、引張強さと絞り成形性のバランスに優れていると考えられる。さらに、本発明例16の銅合金板材は、第二冷間圧延工程[工程6]での1パス当たりの加工率と圧延ロール径の積が小さかったことで、絞り加工性の評価で得られるねりのばらつきが小さくなったと考えられる。
【0095】
また、本発明例18の銅合金板材は、第二冷間圧延工程[工程6]での1パス当たりの加工率と圧延ロール径の積が小さく、または、第四焼鈍工程[工程10]で冷延材に付与する張力が小さかったことで、絞り成形性とうねりのばらつきの評価結果が優れていると考えられる。
【0096】
他方で、比較例1~12の銅合金板材は、いずれも、合金組成、引張強さ、およびGAM値が0.1°以上0.8°以下の範囲である結晶粒の面積割合のうち、少なくともいずれかが本発明の適正範囲外であるため、引張強さが合格レベルに達していないか、または、絞り加工性の総合評価が「×」と評価されるものであった。
【符号の説明】
【0097】
10 深絞り試験機
12 ダイ
14 パンチ(ポンチ)
16 しわ押さえ部材
W 試験板材
R パンチのコーナー部の曲率半径
【要約】
高い引張強さを有するとともに、優れた絞り加工性を安定して得ることが可能な、銅合金板材およびその製造方法を提供する。
銅合金板材は、NiとCoのうち一方または両方を1.00質量%以上5.00質量%以下、Siを0.20質量%以上1.50質量%以下の範囲で含有し、残部がCuおよび不可避不純物からなる合金組成を有する銅合金板材であって、引張強さが550MPa以上であり、かつ、SEM-EBSD法の結晶方位解析データから得られるGAM値が0.1°以上0.8°以下の範囲である結晶粒の面積割合は30%以上90%以下の範囲である。