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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-08
(45)【発行日】2023-08-17
(54)【発明の名称】ダイズの土壌伝染性病害防除方法
(51)【国際特許分類】
   A01N 37/44 20060101AFI20230809BHJP
   A01C 1/08 20060101ALI20230809BHJP
   A01G 7/00 20060101ALI20230809BHJP
   A01G 7/06 20060101ALI20230809BHJP
   A01N 25/00 20060101ALI20230809BHJP
   A01N 63/27 20200101ALI20230809BHJP
   A01P 3/00 20060101ALI20230809BHJP
【FI】
A01N37/44
A01C1/08
A01G7/00 605Z
A01G7/06 A
A01N25/00 102
A01N63/27
A01P3/00
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2020045151
(22)【出願日】2020-03-16
(65)【公開番号】P2021147320
(43)【公開日】2021-09-27
【審査請求日】2022-09-29
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【弁理士】
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【氏名又は名称】中西 基晴
(74)【代理人】
【識別番号】100163784
【弁理士】
【氏名又は名称】武田 健志
(72)【発明者】
【氏名】竹内 香純
(72)【発明者】
【氏名】姜 昌杰
(72)【発明者】
【氏名】瀬尾 茂美
【審査官】藤代 亮
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/198735(WO,A1)
【文献】特開2000-290117(JP,A)
【文献】特開平9-124427(JP,A)
【文献】特開2011-200155(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
・IPC
A01N 37/44
A01C 1/08
A01G 7/00
A01G 7/06
A01N 25/00
A01N 63/27
A01P 3/00
・DB
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
グルタミン酸をダイズ又はダイズを含む土に付与する工程を含む、ダイズにおける茎疫病の防除方法。
【請求項2】
シュードモナス属細菌をダイズ又はダイズを含む土に付与する工程をさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ダイズが種子又は幼苗の状態である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
ダイズの播種前又は播種後3日以内にグルタミン酸を付与する、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
ダイズの播種前又は播種後3日以内にシュードモナス属細菌を付与する、請求項2~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
グルタミン酸及びシュードモナス属細菌を同時に付与する、請求項2~5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
グルタミン酸及びシュードモナス属細菌を付与した後でさらにグルタミン酸を付与する工程を含む、請求項2~6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
グルタミン酸を含む、ダイズにおける茎疫病の防除用組成物。
【請求項9】
シュードモナス属細菌をさらに含む、請求項8に記載の組成物。
【請求項10】
グルタミン酸を含む、ダイズにおける茎疫病の防除用キット。
【請求項11】
シュードモナス属細菌をさらに含む、請求項10に記載のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ダイズを土壌伝染性病害から防除する方法に関する。より具体的には、本発明は、グルタミン酸を利用したダイズ茎疫病の防除方法、並びに当該方法に利用可能な組成物及びキットに関する。
【背景技術】
【0002】
ダイズは、日本でも生産されている重要な食用作物の一つである。近年では、ダイズは水田の転換作物として特に重要な品目となっており、日本国内で生産されるダイズの約80%は水田転換畑で栽培されていると言われている。しかし、水田転換畑は排水性が悪く、降雨が続く場合には、水田転換畑で栽培されるダイズは湿害や土壌病害による被害を受けやすい。特に、停滞水を好むダイズ茎疫病は日本各地で発生が増加傾向にあり、ダイズの土壌病害として大きな問題となっている。
【0003】
ダイズ茎疫病は、卵菌類に属するPhytophthora属の細菌によって引き起こされる病害であり、ダイズの生育全般を通じて発生する。茎疫病に罹ったダイズは、茎の地際部或いはそれよりも上位の主茎や分枝に水浸状の条斑又は楕円形の病変部を生じ、感染後1週間程度で萎凋し、最終的に枯死する。ダイズ茎疫病の感染菌は卵胞子の状態で長期間土壌に残存することができるため、茎疫病の被害は長期にわたることが特徴的である。また、土壌に残存する茎疫病の感染菌は、さらなる伝染源ともなり得る。
【0004】
現状では、ダイズ茎疫病の防除方法に関する技術は極めて限定的である。ダイズ茎疫病を防除するために高畦栽培や排水対策などの処置がとられることがあるが、必ずしもその効果は高いとはいえず、労力の面からも容易に行うことはできない。また、ダイズ茎疫病の防除用の化学農薬として、シアゾファミド剤やアミスルブロム剤などを成分とする薬剤が登録されている。しかしながらダイズ茎疫病に関しては、既存の化学農薬ではあまり効果が見られないこともあり、さらに非天然の化学農薬は、環境への負荷が高かったり、残留農薬や農薬曝露によって植物や人体に悪影響を及ぼしたりする可能性があることも懸念されている。
【0005】
このような観点から近年では、有効性が高いだけではなく、安全性も高く、且つ低環境負荷型のダイズ茎疫病の防除技術が強く求められており、その一例として、Trichoderma属の細菌を利用したダイズ茎疫病の防除技術が報告されている(特許文献1)。このように生物農薬として細菌を利用することは最近では特に注目されており、Pseudomonas属の細菌を利用して、Pythium属細菌やFusarium属細菌を病原菌とする土壌病害に対して防除効果が見られたという結果もこれまでに報告されている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2008-137946号公報
【文献】国際公開第2019/198735号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述したように、ダイズにおける茎疫病の防除技術は限定的であり、高い有効性と安全性とを兼ね備え、且つ低環境負荷型のダイズ茎疫病の防除技術が強く求められている。そこで、本発明は、非天然の化学農薬を用いることなく効果的にダイズにおける茎疫病を防除することのできる方法、組成物及びキットを提供することを目的とする。
【課題を解決しようとする手段】
【0008】
本発明者は、上記の課題に鑑みて鋭意検討した結果、天然化合物としてアミノ酸の利用に着目し、その中から特にグルタミン酸がダイズ茎疫病の防除に有効であることを見出した。また、かかる防除効果は、グルタミン酸にシュードモナス属細菌を併用することによりさらに高められることを本発明者は見出した。これらの知見に基づき、本発明者は、本発明を完成するに至った。
【0009】
本発明は、好ましくは以下に記載するような態様により行われるが、これに限定されるものではない。
[態様1]グルタミン酸をダイズ又はダイズを含む土に付与する工程を含む、ダイズにおける茎疫病の防除方法。
[態様2]シュードモナス属細菌をダイズ又はダイズを含む土に付与する工程をさらに含む、態様1に記載の方法。
[態様3]ダイズが種子又は幼苗の状態である、態様1又は2に記載の方法。
[態様4]ダイズの播種前又は播種後3日以内にグルタミン酸を付与する、態様1~3のいずれか1に記載の方法。
[態様5]ダイズの播種前又は播種後3日以内にシュードモナス属細菌を付与する、態様2~4のいずれか1に記載の方法。
[態様6]グルタミン酸及びシュードモナス属細菌を同時に付与する、態様2~5のいずれか1に記載の方法。
[態様7]グルタミン酸及びシュードモナス属細菌を付与した後でさらにグルタミン酸を付与する工程を含む、態様2~6のいずれか1に記載の方法。
[態様8]グルタミン酸を含む、ダイズにおける茎疫病の防除用組成物。
[態様9]シュードモナス属細菌をさらに含む、態様8に記載の組成物。
[態様10]グルタミン酸を含む、ダイズにおける茎疫病の防除用キット。
[態様11]シュードモナス属細菌をさらに含む、態様10に記載のキット。
【発明の効果】
【0010】
本発明を利用することによって、非天然の化学農薬を使用することなく効果的にダイズにおける茎疫病を防除することができる。本発明において用いられるグルタミン酸は、天然アミノ酸のうちの一種であり、一般的な非天然の化学農薬よりも高い安全性を有するものと考えられる。また、本発明において使用されるシュードモナス属細菌も、生物農薬としての使用実績があり、グルタミン酸と同様に安全性は高いことが考えられる。また、本発明では化学物質1成分、或いはこれと1種類の細菌とを組み合わせた合計2成分のみでダイズ茎疫病の防除効果が得られることから、本発明の技術は簡便に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、2週間の栽培後におけるダイズ植物体の重量を示すグラフである。
図2図2は、栽培期間中のダイズの生存数を示すグラフである。グラフの横軸は栽培期間(日)を表し、グラフの縦軸はダイズの生存数(個)を表す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に、本発明について詳述するが、本発明はこれらに限定されるものではない。本明細書で特段に定義されない限り、本発明に関連して用いられる科学用語及び技術用語は、当業者によって一般に理解される意味を有するものである。
【0013】
(1)ダイズにおける茎疫病の防除方法
本発明の一態様は、グルタミン酸をダイズ又はダイズを含む土に付与する工程を含む、ダイズにおける茎疫病の防除方法である。本明細書においてダイズとは、マメ目マメ科ダイズ属の植物の一種であり、学名でGlycine maxと称される植物である。
【0014】
グルタミン酸は、アミノ酸の一種であり、化学式HOOC(CHCH(NH)COOH(又はCNO)で表される化合物である。また、グルタミン酸は、親水性アミノ酸、極性アミノ酸、極性電荷アミノ酸(極性負電荷アミノ酸)、又は酸性アミノ酸に分類され、Glu又はEの略号で表されることもある。グルタミン酸は、植物及び動物に含まれており、具体的には海藻、小麦粉、大豆、サトウキビ等に含まれることが知られている。
【0015】
本発明においてグルタミン酸は、D体(D-グルタミン酸)、L体(L-グルタミン酸)、及びDL体(DL-グルタミン酸)のいずれもが使用可能であり、特に限定されない。本発明では、L体のグルタミン酸(L-グルタミン酸)が好ましい。なお、D体のグルタミン酸のCAS番号は6893-26-1であり、L体のグルタミン酸のCAS番号は56-86-0である。
【0016】
グルタミン酸について、その入手方法は特に限定されず、動物や植物から単離精製された天然のもの、或いは化学合成法や発酵法等により得られたもののいずれであってもよい。グルタミン酸は、自ら精製したものを使用してもよいし、或いは市販品を使用してもよく、その使用に関しては特に限定されない。本発明では、好ましくは市販されているグルタミン酸が用いられる。
【0017】
本発明の方法ではまた、シュードモナス属細菌をダイズ又はダイズを含む土に付与する工程がさらに含まれていてもよい。シュードモナス(Pseudomonas)属細菌は、プロテオバクテリア門ガンマプロテオバクテリア綱シュードモナス科に属する細菌であり、グラム陰性好気性桿菌であることを特徴とする。シュードモナス属細菌の生育域は幅広く、土壌、淡水、海水、植物、又は動物に生息することが知られている。
【0018】
本発明におけるシュードモナス属細菌は特に限定されないが、その具体例としては、シュードモナス プロテゲンス(Pseudomonas protegens)、シュードモナス フルオレッセンス(Pseudomonas fluorescens)、シュードモナス シリンゲ(Pseudomonas syringae)、シュードモナス クロロラフィス(Pseudomonas chlororaphis)、シュードモナス シンキサンタ(Pseudomonas synxantha)、シュードモナス ブラシカセアルム(Pseudomonas brassicacearum)、シュードモナス プチダ(Pseudomonas putida)、及びシュードモナス ロデシア(Pseudomonasrhodeside)等が挙げられる。また、本発明では、シュードモナス(Pseudomonas)sp. Os17株、及びシュードモナス(Pseudomonas)sp. St29株も利用することができ、これらの細菌は独立行政法人製品評価技術基盤機構(National Institute of Technology and Evaluation(NITE)) バイオテクノロジーセンター 特許微生物寄託センター(NPMD)(日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)において、それぞれ受託番号NITE P-02053(受託日:2015年5月20日)及び受託番号NITE P-02054(受託日:2015年5月20日)として寄託されている。好ましくは、シュードモナス プロテゲンス、シュードモナスsp. Os17株、及びシュードモナスsp. St29株が本発明において使用される。シュードモナス プロテゲンスの細菌株のうち、好ましくはシュードモナス プロテゲンスCHA0株、及びシュードモナス プロテゲンスCab57株が用いられるが、特にこれらに限定されない。
【0019】
シュードモナス属細菌は、自ら単離してきたものを使用してもよく、施設から分譲されたものを使用してもよく、或いは生物農薬製品として市場で利用可能なシュードモナス属細菌(即ち、市販品)を使用してもよく、その使用に関しては特に限定されない。
【0020】
本発明の方法において、グルタミン酸及びシュードモナス属細菌はいずれも、ダイズ又はダイズを含む土に付与される。ここで、本明細書において「土」とは、ダイズが生育可能な土壌を意味する。本発明で用いられる土は、例えば、培土、培養土、育苗土、又は育苗培土等の名称で示されるものであってよい。また、何らの処理も行われていない山野の土をそのまま用いてもよい。土の粒度も特に限定されず、ダイズが生育可能である限りいかなる土であってもよい。本発明では、バーミキュライト等の人工の土壌改良用の土を用いてもよいが、種々の土の中でも育苗培土を用いることが特に好ましい。育苗培土は、栽培のベースとなる肥料を含む土であり、床土に分類される。本発明で使用される育苗培土には、窒素、リン酸、及びカリウムが含まれていてよく、さらに有機酸が含まれていることが好ましい。本発明で使用される育苗培土には、酸化ケイ素、酸化マグネシウム、酸化アルミニウムなどの鉱物が多量に含まれていないことが好ましい。また、本発明で使用される育苗培土は、800℃以上の温度で熱処理されていない育苗培土であることが好ましい。
【0021】
本発明において、ダイズを含む土とは、ダイズが土の中、或いは土の上に存在する状態の土であることを意味する。ダイズが土の中に存在する場合、当該ダイズはその全体が土に埋入されていてもよく、或いはダイズの一部が土に埋入され、残りの部分が土の外に出ている状態であってもよい。本発明において付与対象とされる土は、ダイズの近辺の土(例えば、ダイズから10cm以内の範囲にある土)であることが好ましい。
【0022】
本発明において付与対象とされるダイズの状態は特に限定されず、種子若しくは幼苗、又は既にダイズが生育した状態であってよいが、好ましくは種子又は幼苗の状態であり、より好ましくは種子の状態である。種子や幼苗といった生育初期の段階であることにより、茎疫病の罹りはじめを抑制することができ、より効果的にダイズにおける茎疫病の防除を行うことができる。また、ダイズの組織が幼若であることにより、グルタミン酸及びシュードモナス属細菌はダイズの内部に浸透しやすくなり、その点でも茎疫病の防除をより効果的に行うことができる。本発明において付与対象とされるダイズは、発根した種子の状態であってもよく、発根していない種子の状態であってもよいが、発根していない種子の状態であることが好ましい。なお、既にダイズが生育した状態である場合は、ダイズの根、葉、主茎、又は分枝等のいずれの部位に対してもグルタミン酸及びシュードモナス属細菌の付与を行うことができる。
【0023】
上述したグルタミン酸及びシュードモナス属細菌はダイズ又はダイズを含む土に対して付与されるが、その付与に関する方法及び手段は、本発明の効果が得られる限りにおいて特に限定されない。例えば、グルタミン酸及びシュードモナス属細菌を共に、又は別々に、懸濁又は溶解した水(水溶液)を準備して、その準備した水(水溶液)をダイズ又はダイズを含む土に接触させることにより付与操作を行うことができる。
【0024】
グルタミン酸及びシュードモナス属細菌の形態は、液体であってもよいし、固体であってもよい。当該形態が液体である場合は、吹き付け、滴下、又は浸漬等の操作によって、グルタミン酸及びシュードモナス属細菌をダイズ又はダイズを含む土に付与することができる。浸漬操作の場合には、容器を別途準備して、当該液体が入った容器の中に、ダイズ又はダイズを含む土が入った穴あき容器を入れて作業を行ってもよい。グルタミン酸及びシュードモナス属細菌の形態が固体である場合は、土の上又は土の中に当該固体を置くことによって付与してもよいし、或いはダイズの表面に当該固体を接触させることによって付与してもよい。
【0025】
ダイズ又はダイズを含む土に付与するグルタミン酸及びシュードモナス属細菌の量は、特に限定されず、付与形態等に応じて適宜設定することができる。例えば、ダイズに対してグルタミン酸を付与する場合は、ダイズ1個体に対して1回あたり0.01mM~1M、好ましくは0.1mM~100mMの量で付与することができる。また、ダイズに対してシュードモナス属細菌を付与する場合は、ダイズ1個体に対して1回あたり10~1020CFU、好ましくは10~1010CFUの細菌数で付与することができる。グルタミン酸及びシュードモナス属細菌の付与量は、これらを含む製剤中の濃度と当該製剤の付与量によって調整することができる。なお、グルタミン酸が塩である場合は、その遊離体(グルタミン酸イオン)に相当する分子量をもってグルタミン酸の量を計算することができる。
【0026】
土に対してグルタミン酸を付与する場合は、例えば、1cmの土に対して1回あたり0.01mM~1M、好ましくは0.1mM~100mMの量で付与することができる。また、土に対してシュードモナス属細菌を付与する場合は、1cmの土に対して1回あたり10~1020CFU、好ましくは10~1010CFUの細菌数で付与することができる。上記と同様に、グルタミン酸及びシュードモナス属細菌の付与量は、これらを含む製剤中の濃度と当該製剤の付与量によって調整することができる。
【0027】
グルタミン酸及びシュードモナス属細菌についてはいずれも、それらのダイズ又はダイズを含む土への付与時期は、ダイズの播種前、播種時、及び播種後(育苗期、定植期等を含む)のいずれであってもよく、特に限定されないが、好ましくはダイズの播種前又は播種後3日以内である。ここで、本明細書において「播種」とは、生育の出発点としてダイズを土壌に植えることを意味し、例えば、土壌への種まきや土壌に苗を植えること等が包含される。
【0028】
グルタミン酸及びシュードモナス属細菌について、ダイズの播種前に付与する場合、その具体的な時期は特に限定されないが、例えば、播種前7日以内、播種前6日以内、播種前5日以内、播種前4日以内、播種前3日以内、播種前2日以内、播種前1日以内、播種前12時間以内、播種前6時間以内、播種前3時間以内、播種前1時間以内、播種前30分以内、播種前10分以内、播種前5分以内、播種前1分以内、又は播種前30秒以内である。また、ダイズの播種後に付与する場合、その付与時期は、播種後7日以内、播種後6日以内、播種後5日以内、又は播種後4日以内としてもよく、或いは、播種後2日以内、播種後1日以内、播種後12時間以内、播種後6時間以内、播種後3時間以内、播種後1時間以内、播種後30分以内、播種後10分以内、播種後5分以内、播種後1分以内、又は播種後30秒以内としてもよい。上記の付与時期は、典型的には播種前後7日以内である。本発明では、グルタミン酸及びシュードモナス属細菌はいずれもダイズの生育初期段階でダイズと接触することが好ましいため、そのような観点から上記の付与時期とダイズ播種時期との間の期間は短い方が好ましく、例えば、少なくとも播種前後3日以内、或いは少なくとも播種前後1日以内に付与を行うのが好ましい。
【0029】
本発明の方法においては、グルタミン酸及びシュードモナス属細菌は同時に付与されてもよいし、別々に付与されてもよい。本発明の方法では、好ましくは、グルタミン酸及びシュードモナス属細菌は同時に付与される。両成分が同時に付与されるといっても、ある程度の時間間隔は許容される。その場合の時間間隔としては、例えば、10分以内、5分以内、3分以内、1分以内、又は30秒以内である。
【0030】
また、本発明の方法では、特に限定されないが、グルタミン酸及びシュードモナス属細菌のうちいずれか一方を付与した後でその3日以内に他方を付与することができる。双方の付与時期の間隔は、2日以内、1日以内、12時間以内、6時間以内、3時間以内、又は1時間以内であってもよい。このようにグルタミン酸及びシュードモナス属細菌を別々に付与する場合、双方の付与時期の間隔は、例えば30分以上、1時間以上、6時間以上、又は12時間以上とすることができる。本発明においてシュードモナス属細菌は、グルタミン酸のダイズ茎疫病防除作用を増強させる働きを有していると考えられることから、双方の付与時期の間隔は長くならない方が好ましい。そのような観点から、グルタミン酸とシュードモナス属細菌とを付与する場合の双方の付与時期の間隔は、少なくとも1日以内であることが好ましい。なお、上述したダイズの播種に対するグルタミン酸及びシュードモナス属細菌の付与時期は、いずれか一方が付与される時期として適用され、他方は当該付与後3日以内に付与することができる。
【0031】
グルタミン酸とシュードモナス属細菌とは、いずれを先に付与してもよい。すなわち、グルタミン酸を先に付与し、次いでシュードモナス属細菌を付与してもよいし、或いはシュードモナス属細菌を先に付与し、次いでグルタミン酸を付与してもよい。
【0032】
本発明の方法はまた、グルタミン酸及びシュードモナス属細菌を付与した後でさらにグルタミン酸を付与する工程を含むことができる。グルタミン酸の更なる付与により、グルタミン酸及びシュードモナス属細菌のダイズ茎疫病防除作用の増強効果を持続できると考えられ、さらに効果的にダイズ茎疫病を防除できることが期待される。グルタミン酸の更なる付与は1回以上行うことができ、2回以上、3回以上、4回以上、又は5回以上としてもよい。グルタミン酸の更なる付与は、典型的には1~20回、好ましくは2~10回、より好ましくは3~8回である。
【0033】
グルタミン酸の更なる付与は継続的に行うことができる。グルタミン酸をさらに付与する時期の間隔は、特に限定されないが、例えば、6時間以上、12時間以上、1日以上、2日以上、3日以上、又は4日以上とすることができ、また、10日以下、7日以下、6日以下、5日以下、4日以下、3日以下、2日以下、1日以下、又は12時間以下としてもよい。グルタミン酸をさらに付与する時期の間隔は、典型的には6時間~10日、好ましくは12時間~7日、より好ましくは1~3日である。
【0034】
グルタミン酸をさらに付与する形態や手段は特に限定されず、上述した内容と同様にすることができる。また、グルタミン酸をさらに付与する量も特に限定されず、上記と同様にすることができる。
【0035】
ダイズにおける茎疫病は、通常、ファイトフトラ(Phytophthora)属の菌類により引き起こされる。ファイトフトラ属菌は、真菌の中の卵菌綱に属する菌類であり、感染後植物組織の中で成長する土壌真菌であることが知られている。ダイズにおける茎疫病を引き起こすファイトフトラ属菌の代表例は、Phytophthora sojae(より具体的には、Phytophthora sojae N1)である。
【0036】
(2)ダイズにおける茎疫病の防除用組成物
本発明の一態様は、グルタミン酸を含む、ダイズにおける茎疫病の防除用組成物である。本発明の組成物は、シュードモナス属細菌をさらに含むこともできる。
【0037】
本発明の組成物に用いられるグルタミン酸及びシュードモナス属細菌については、上述した通りである。
【0038】
本発明の組成物に含まれるグルタミン酸の量は、剤形の種類等に応じて適宜設定することができる。本発明の組成物中のグルタミン酸の含有量は、例えば、組成物100g当たり0.01mM~1M、好ましくは0.1mM~100mMであるが、特に限定されるわけではない。
【0039】
本発明の組成物に含まれるシュードモナス属細菌の量は、細菌種、細菌の性質(耐乾燥性など)、剤形の種類等に応じて適宜設定することができる。本発明の組成物中のシュードモナス属細菌の含有量は、例えば、組成物100g当たり10~1020CFU、好ましくは10~1012CFUであるが、特に限定されるわけではない。
【0040】
本発明の組成物へのシュードモナス属細菌の添加方法は特に限定されず、そのまま添加してもよい。例えば、当業者に公知の方法でシュードモナス属細菌を培養し、液体培地であれば遠心分離等で回収し、固体培地であれば形成コロニーを白金耳等で回収して、本発明の組成物に添加することができる。或いは、液体中に保存していた状態から自体公知の方法で凍結乾燥処理を行い、シュードモナス属細菌を固体物として本発明の組成物に添加してもよい。
【0041】
本発明の組成物は、賦形剤、増粘剤、結合剤、安定化剤、防腐剤、pH調整剤、着色剤、着香剤等の添加剤を含んでいてもよい。各種の添加剤は、特に限定されないが、生物農薬の技術分野において公知の材料を用いることができ、その配合量は、当業者の公知技術に基づいて適宜調整することができる。また、本発明の組成物の形態は、液体、固体、ゲル、ペースト等のいずれの形態であってもよく、使用状況等に応じて適宜設定することができる。
【0042】
本発明の組成物は、濃縮物の状態であってもよい。その場合の濃縮倍率は特に限定されず、例えば、2~1000倍、5~100倍、又は10~50倍とすることができる。本発明の組成物が濃縮物である場合は、水等の溶媒を用いて適宜希釈を行い、その希釈物をダイズ又はダイズを含む土に付与することができる。グルタミン酸及びシュードモナス属細菌について、本発明の組成物におけるそれらの含有量は、濃縮倍率に応じて設定することができる。
【0043】
シュードモナス属細菌を用いる場合、本発明の組成物は、グルタミン酸及びシュードモナス属細菌が含まれる単一の製剤として構成されていてもよく、或いは、グルタミン酸及びシュードモナス属細菌とが別々に含まれる二つの製剤として構成されていてもよい。本発明の組成物が二つの製剤として構成される場合は、当該二つの製剤は併用されること(即ち、併用剤であること)が好ましい。また、本発明の組成物が二つの製剤として構成される場合、当該二つの製剤は異なる種類の剤形であってもよいし、同一種類の剤形であってもよい。
【0044】
本発明の組成物は、ダイズにおける茎疫病の防除用として用いられる。シュードモナス属細菌を用いる場合、本発明の組成物は、生物農薬又は微生物農薬としても使用することができる。そのため、シュードモナス属細菌を用いる場合、本発明の組成物は農薬組成物と称することもできる。
【0045】
(3)ダイズにおける茎疫病の防除用キット
本発明の一態様は、グルタミン酸を含む、ダイズにおける茎疫病の防除用キットである。本発明のキットは、シュードモナス属細菌をさらに含むこともできる。
【0046】
本発明のキットに用いられるグルタミン酸及びシュードモナス属細菌については、上述した通りである。
【0047】
グルタミン酸及びシュードモナス属細菌について、それらの形態は試薬であってもよいし、或いは調製物であってもよく、特に限定されない。また、シュードモナス属細菌を用いる場合、グルタミン酸及びシュードモナス属細菌は、双方が同一の製剤に含まれていてもよいし、別個の製剤にそれぞれ分けて含まれていてもよい。グルタミン酸及びシュードモナス属細菌が別個の製剤に分けられている場合、当該製剤は異なる種類の剤形であってもよいし、同一種類の剤形であってもよい。
【0048】
本発明のキットにおいて用いられる製剤の形態は特に限定されず、液体、固体、ゲル、ペースト等のいずれの形態であってもよい。また、グルタミン酸及びシュードモナス属細菌について、製剤中のそれらの含有量も特に限定されず、上述した本発明の組成物に準じて任意に設定することができる。
【0049】
本発明のキットにおいて用いられる製剤は、シングルユースとして一回当たりの使用量が個別に包装されていてもよいし、複数回(例えば、2回、3回、4回、5回、10回、又はそれ以上)の使用量を含んだ形態で包装されていてもよい。使用される容器も特に限定されず、製剤の使用量等に応じて適宜設定することができる。
【0050】
本発明のキットにおいてグルタミン酸及びシュードモナス属細菌が別個の試薬又は製剤に分けられている場合、双方は同一のパッケージに組み込まれている必要はなく、別々にパッケージングされていて使用時に併用されるものであってもよい。また、本発明のキットは、グルタミン酸及びシュードモナス属細菌の使用に関する取扱説明書を含んでいてもよい。
【0051】
本発明のキットは、ダイズにおける茎疫病の防除用として用いられる。シュードモナス属細菌を用いる場合、本発明のキットは、生物農薬又は微生物農薬としても使用することができる。
【実施例
【0052】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の技術的範囲を限定するためのものではない。当業者は本明細書の記載に基づいて容易に本発明に修飾及び変更を加えることができ、それらも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0053】
<材料>
供試植物:ダイズの種子(品種:エンレイ)
ダイズ茎疫病の感染菌(ファイトフトラ属菌):Phytophthora sojae N1
シュードモナス属細菌:Pseudomonas protegens Cab57
土:育苗培土(プランテーションイワモト)
【0054】
V8培地:
(培地組成)
V8野菜ジュースOriginal(キャンベル) 40mL
CaCO 0.6g
O V8野菜ジュースとCaCOの混合物の上清35mLに対し315mL
Agar,Powder(Wako) 4.36g
(調製方法)
1)100mL容ビーカーにV8野菜ジュースOriginal 40mLとCaCO 0.6gとを投入し、5~10分スターラーで撹拌した。
2)1)で得られた溶液を50mL容ファルコンチューブに移し、遠心分離した(3,000rpm、3分間)。
3)500mL容ビーカーに上清を35mL回収し、純水315mLを加えた。
4)200mL容三角フラスコ4個にAgar,Powder 1.09gをそれぞれはかりとり、3)で得られた調製液を87.5mLずつ加え、フラスコの口をアルミホイルで覆ってオートクレーブした(121℃、20分間)。
5)シャーレに分注した。
【0055】
Nutrient Agar(NA)培地:
Blood agar base(Oxoid) 40g
Yeast extract(Oxoid) 5g
O 1000mL
(培地調製後、オートクレーブを行い、シャーレに分注した。)
Nutrient yeast broth(NYB)培地:
Nutrient broth(Oxoid) 25g
Yeast extract(Oxoid) 5g
O 1000mL
(培地調製後、オートクレーブを行った。)
【0056】
<方法>
試験を行う前に、使用する育苗培土をオートクレーブにより滅菌処理し、ファイトフトラ属菌はV8培地を用いて培養しておいた。シュードモナス属細菌については、NA培地で得られたシングルコロニーをNYB培地で液体培養し、培養液を遠心分離処理した後の沈殿物を滅菌水で希釈して、OD600=0.1の細菌懸濁液を調製しておいた。また、試験に供するダイズの種子は保湿箱に入れて、4℃で24時間、暗黒下で保管した。
【0057】
ファイトフトラ属菌を培養したV8培地を10mLシリンジ(注射針(18G)付き)に通して細かくつぶし、当該培養培地を育苗培土に添加して十分に混合した。ファイトフトラ属菌培養V8培地の添加量は、育苗培土1Lに対して4.63gの量とした。V8培地を添加した後、育苗培土を、底部に穴があって水が透過できる育苗用トレイ(1区画あたり6cm四方、深さ5.5cm)に均等に180mLずつ投入した。それから、ダイズの種子を5粒ずつ、胚軸の部分を下にして育苗培土の上に播種した。
【0058】
試験区としては、(a)水のみの付与、(b)シュードモナス属細菌のみの付与、(c)グルタミン酸のみの付与、ならびに(d)グルタミン酸及びシュードモナス属細菌の付与、の4種類を設定した。具体的な手順は以下の通りである。
【0059】
バットに水または10mMグルタミン酸水溶液を入れ、その中に、ダイズの種子が播種された育苗用トレイを浸した。なお、水または10mMグルタミン酸水溶液の量は、育苗用トレイ1区画につき50mLとした。育苗用トレイを浸すとほぼ同時に、滅菌水またはシュードモナス属細菌の細菌懸濁液をダイズの種子にめがけて添加した。滅菌水および細菌懸濁液の添加量は、育苗用トレイ1区画につき5mLとした。上記のグルタミン酸及びシュードモナス属細菌のダイズ又はダイズを含む土への付与は、ダイズの播種後1時間以内に行い、グルタミン酸とシュードモナス属細菌とを付与する間隔は5分以内であった。
【0060】
その後、育苗用トレイをラップフィルムで覆い、植物用インキュベーター内に静置した。明期16時間、暗期8時間に設定し、25℃で2週間、ダイズの栽培を行った。栽培期間中は5日おきに、バット中の水または10mMグルタミン酸水溶液を補給した。なお、補給する水または10mMグルタミン酸水溶液の量は、上記と同様に、育苗用トレイ1区画につき50mLとした。補給時に水または10mMグルタミン酸水溶液がバット中に残っている場合は廃棄し、新たな水または10mMグルタミン酸水溶液を補給した。
【0061】
2週間の栽培後、根に付着した育苗培土を十分に洗い流し、ダイズ植物体から双葉を除去して重量を測定し、平均値を算出した。また、栽培期間中は経時的にダイズの生存数も記録した。
【0062】
栽培後のダイズ植物体の重量は図1に示された通りであり、グルタミン酸を付与することによりダイズ茎疫病の防除効果が得られることがわかり、また、シュードモナス属細菌を併用させることによりその効果が高まることが明らかとなった。
【0063】
また、栽培期間中のダイズの生存数は図2に示した通りである。栽培開始13日後の時点で、水のみを付与した試験区とシュードモナス属細菌のみを付与した試験区ではダイズの生存数は7個となり、これに対してグルタミン酸のみを付与した試験区ではダイズの生存数は9個、グルタミン酸及びシュードモナス属細菌を付与した試験区ではダイズの生存数は10個であった。この結果からも、ダイズ茎疫病の防除効果はグルタミン酸の付与によって得られ、その効果はシュードモナス属細菌を併用させることにより高まることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明により提供される技術は、ダイズの生産に関する農業分野において有用である。また、本発明により提供されるシュードモナス属細菌とグルタミン酸は、農薬分野、特に生物農薬の分野において利用することができる。
図1
図2