(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-14
(45)【発行日】2023-08-22
(54)【発明の名称】フッ素置換基を有する多環芳香族炭化水素化合物の製法
(51)【国際特許分類】
C07C 23/18 20060101AFI20230815BHJP
C07C 17/35 20060101ALI20230815BHJP
【FI】
C07C23/18 CSP
C07C17/35
(21)【出願番号】P 2019206327
(22)【出願日】2019-11-14
【審査請求日】2022-10-04
(73)【特許権者】
【識別番号】504203572
【氏名又は名称】国立大学法人茨城大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000229117
【氏名又は名称】日本ゼオン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100150360
【氏名又は名称】寺嶋 勇太
(74)【代理人】
【識別番号】100173473
【氏名又は名称】高井良 克己
(72)【発明者】
【氏名】吾郷 友宏
(72)【発明者】
【氏名】福元 博基
(72)【発明者】
【氏名】久保田 俊夫
(72)【発明者】
【氏名】杉本 達也
【審査官】高森 ひとみ
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-060722(JP,A)
【文献】特開2016-084448(JP,A)
【文献】GOTSU,O. et al.,Fluorine-Containing Dibenzoanthracene and Benzoperylene-Type Polycyclic Aromatic Hydrocarbons: Synthesis, Structure, and Basic Chemical Properties,Molecules,2018年,Vol.23, No.12,DOI:10.3390/molecules23123337,Article No.3337
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
構造式(I)で示される、含フッ素ヘリセン化合物。
【化1】
【請求項2】
構造式(II)で示される、含フッ素ヘリセン化合物。
【化2】
【請求項3】
構造式(III)で示される、含フッ素ヘリセン化合物。
【化3】
【請求項4】
構造式(IV)で示される、含フッ素ジナフトアントラセン化合物。
【化4】
【請求項5】
含フッ素化合物の製造方法であって、
前記含フッ素化合物は、請求項1に記載の含フッ素ヘリセン化合物及び請求項4に記載の含フッ素ジナフトアントラセン化合物の少なくとも一方を含み、
ヨウ素及びヨウ化水素捕捉剤の存在下で、構造式(V)で示される含フッ素ジスチルベン化合物に対して光照射を行い、環化させる工程を含む、含フッ素化合物の製造方法。
【化5】
【請求項6】
ヨウ素及びヨウ化水素捕捉剤の存在下で、構造式(VI)で示される含フッ素ジスチルベン化合物に対して光照射を行い、環化させる工程を含む、
請求項2に記載の含フッ素ヘリセン化合物の製造方法。
【化6】
【請求項7】
ヨウ素及びヨウ化水素捕捉剤の存在下で、構造式(VII)で示される含フッ素ジスチルベン化合物に対して光照射を行い、環化させる工程を含む、
請求項3に記載の含フッ素ヘリセン化合物の製造方法。
【化7】
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、含フッ素ヘリセン化合物及び含フッ素ジナフトアントラセン化合物等の、複数の含フッ素環状構造ユニットが導入された多環芳香族炭化水素化合物及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、芳香環がらせん状に結合した化合物として、様々なヘリセン化合物が合成され、報告がなされている。芳香環の数としては、5個のペンタヘリセンから、最近では、14個のテトラデカヘリセンや16個のヘキサデカヘリセン等の長大なヘリセン化合物も知られている。
【0003】
芳香環の数が7個のヘプタヘリセンについても報告がなされており、例えば、非特許文献1には、フェナントレンから誘導される1,2-ビス(3-フェナントリルエチレン)に対して、ヨウ素存在下で、光照射を行うことにより、黄色の結晶としてヘプタヘリセンが得られたことが記載されている。
【0004】
非特許文献2には、ヘリセン骨格の芳香環の一部をヘテロ環構造に変更したアザ[7]ヘリセンが記載されている。具体的には、ジヨードカルバゾールとスチレンを、パラジウム触媒存在下でカップリングさせて、対応するスチルベン化合物に変換し、この化合物に、ヨウ素存在下で、光照射を行うことにより、アザ[7]ヘリセンが合成できた旨の記載がある。
【0005】
非特許文献3には、ジメチルシラ[7]ヘリセンの合成が記載されている。具体的には、フェニルアセチレン基を2つ有する、9位がケイ素置換されたフルオレン化合物を、塩化白金下で環化させることにより、分子内にアントラセン骨格を形成させてジメチルシラ[7]ヘリセンを合成でき、また、ルミネセンス現象を発現する旨の記載がある。
【0006】
非特許文献4には、含フッ素[7]-チアヘリセンが記載されている。この文献には、この物質について、紫外光を照射すると、閉環反応が起こり、7個の環が連なったらせん構造に変換されるが、可視光を照射すると、開環反応が起こり、元の分子構造に戻ることが記載され、ジアリールエテン誘導体のフォトクロミズム材料としての評価がなされている。
【0007】
一方、特許文献1及び2、並びに非特許文献5には、含フッ素窒素複素環化合物及び含フッ素縮合多環芳香族化合物として、フェナントロリン化合物及びフェナントレン化合物を、マロリー反応を利用して合成したことが記載されている。具体的には、1,2-ジ(2-ブロモピリジル)ヘキサフルオロシクロペンテン、1,2-ジ(3-ブロモフェニル)ヘキサフルオロシクロペンテン及び1,2-ジ(4-ブロモフェニル)ヘキサフルオロシクロペンテン等のビアリール化合物を有機溶媒に溶解し、得られた溶液に酸化剤を添加した後、溶液に光を照射することにより、ビアリール化合物の芳香環同士を結合させて、フェナントロリン化合物及びフェナントレン化合物に変換することが記載されている。これらの文献には、上記化合物をポリマー合成に応用し、有機発光素子の発光材料、電気化学素子の電極材料等への展開を図ることも記載されている。また、これらの含フッ素芳香族化合物は、π電子共役性を十分に発現し、有機溶媒に対する溶解性が高いので、成膜性に優れることも言及されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2016-60722号公報
【文献】特開2016-84448号公報
【非特許文献】
【0009】
【文献】M.Flammang-Barbieux et.al、“SYNTHESIS OF HEPTAHELICENE(1) BENZO[c]PHENANTHRO[4,3-g]PHENANTHRENE”、Tetrahedron Letters、1967年、Vol.8、p.743-744
【文献】G.M.Upadhyay et.al、“Synthesis of carbazole derived aza[7]helicenes”、Tetrahedron Letters、2014年、Vol.55、p.5394-5399
【文献】H.Oyama et.al、“Facile Synthetic Route to Highly Luminescent Sila[7]helicene”、Organic Letters、2013年、Vol.15、No.9、p.2104-2107
【文献】T.B.Norsten et.al、“Reversible [7]-Thiahelicene Formation Using a 1,2-Dithienylcyclopentene Photochrome”、Journal of American Chemical Society、2001年、Vol.123、p.7447-7448
【文献】H.Fukumoto et.al、“Efficient Synthesis of Fluorinated Phenanthrene Monomers Using Mallory Reaction and Their Copolymerization”、2017年、Macromolecules、Vol.50、No.3、p.865-871
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記の背景によりなされたものであり、複数の含フッ素5員環ユニットが導入された、新規な含フッ素ヘリセン化合物、含フッ素ジナフトアントラセン化合物、及びそれらの製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、含フッ素5員環化合物に、スチルベン骨格を有する官能基を結合した化合物(以下「含フッ素ジスチルベン化合物」ともいう。)を原料にして、光反応による環化反応を検討したところ、分子内に新しい芳香環が3つ一挙に構築され、[7]ヘリセン構造を有する新規な含フッ素化合物に変換できることをすでに見出し、報告をしている。
ここで、原料である含フッ素ジスチルベン化合物は、フッ素原子を有する5員環構造を骨格に持つ化合物であるため、フッ素原子の強い電子求引性により、スチルベン骨格上の電子密度が低下し、環化反応に供する原料としては非常に不利であるようにも考えられる。しかしながら、本発明者らが詳細な検討を行ったところ、斯かる含フッ素ジスチルベン化合物であっても、非常に円滑に環化反応を進行させることが可能なことを見出した(特願2019-46369号)。
【0012】
本発明は、上記の含フッ素5員環ユニットを1つ含む[7]ヘリセン構造化合物で培った技術をさらに発展させたものであり、複数の含フッ素5員環ユニットを含むスチルベン骨格を有していても、同様にして、複数の含フッ素5員環ユニットを含む新規な[7]ヘリセン構造化合が製造可能なことを見出した。本発明によれば、構造式(I)、(II)、及び(III)で示される含フッ素ヘリセン化合物及び構造式(IV)で示される含フッ素ジナフトアントラセン化合物が提供される。これらのうち、構造式(I)、(II)、及び(III)で示される含フッ素ヘリセン化合物は、ラセミ体である。
【化1】
【化2】
【化3】
【化4】
【0013】
さらに、本発明によれば、ヨウ素及びヨウ化水素捕捉剤の存在下で、構造式(V)、(VI)、又は(VII)で示される含フッ素ジスチルベン化合物に対して光照射を行い、環化させる工程を含む、上記の構造式(I)、(II)、(III)で示される含フッ素ヘリセン化合物又は構造式(IV)で示される含フッ素ジナフトアントラセン化合物の製造方法が提供される。
【化5】
【化6】
【化7】
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、複数の含フッ素5員環ユニットを含む、新規な含フッ素ヘリセン化合物及び含フッ素ジナフトアントラセン化合物が提供される。本発明に係る複数の含フッ素5員環ユニットを含む含フッ素ヘリセン化合物は、ラセミ体として提供される。本発明に係る複数の含フッ素5員環ユニットを含む、含フッ素ヘリセン化合物及び含フッ素ジナフトアントラセン化合物は、フッ素を含むため、フッ素非含有のヘリセン化合物及びジナフトアントラセン化合物に対して、溶媒への溶解性、特に、非極性溶媒に対する溶解度が向上していることが推測される。また、この化合物は耐酸化性が高く、劣化し難いことが推測されると同時に、多くのフッ素原子を含有する化合物であるため、撥水性が高く、耐久性の高い材料として、特に、偏光材料、n型半導体材料等への応用が期待される。さらに、本発明に係る複数の含フッ素5員環ユニットを含む、含フッ素ヘリセン化合物及び含フッ素ジナフトアントラセン化合物は、光ルミネセンス現象を発現できる化合物であることが確認されたため、発光材料への展開も期待される。本発明によれば、これらの新規な含フッ素ヘリセン化合物及び含フッ素ジナフトアントラセン化合物を簡便な方法で製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
〔含フッ素多環芳香族炭化水素化合物〕
本発明によれば、上記構造式(I)、(II)、(III)で示される、複数の含フッ素5員環ユニットを含む含フッ素ヘリセン化合物、及び上記構造式(IV)で示される、複数の含フッ素5員環ユニットを含む含フッ素ジナフトアントラセン化合物(以上をまとめて「含フッ素多環芳香族炭化水素化合物」ともいう。)が提供される。以下、上記構造式(I)、(II)、(III)で示される化合物及び上記構造式(IV)で示される化合物は、それぞれ、「含フッ素ヘリセン化合物(I)、(II)、(III)」及び「含フッ素ジナフトアントラセン化合物(IV)」ということもある。これらのうち、含フッ素ヘリセン化合物(I)、(II)、(III)はラセミ体である。
【0016】
〔含フッ素多環芳香族炭化水素化合物の製造方法〕
<原料(前駆体化合物)の製造>
含フッ素多環芳香族炭化水素化合物は、含フッ素ジスチルベン化合物を原料(前駆体化合物)とした光環化反応により製造することができる。本明細書中「含フッ素ジスチルベン化合物」とは、2個のスチルベン骨格構造(芳香族炭化水素環-エテン-芳香族炭化水素環構造)及びフッ素原子を含む化合物をいう。スチルベン骨格構造における芳香族炭化水素環としては、例えば、ベンゼン環及びベンゼン環縮合型芳香族炭化水素環(例、ナフタレン環、フェナントレン環)が挙げられる。スチルベン骨格構造は、含フッ素環状構造ユニット(例えば、フルオロシクロペンテン環)を含んでいてもよい。2個のスチルベン骨格構造は、同じ芳香族炭化水素環を共有していてもよい。スチルベン骨格構造におけるエテンは、炭素間二重結合を含む環構造(例えば、フルオロシクロペンテン環等の含フッ素環状構造ユニット)を形成してもよい。以下、含フッ素多環芳香族炭化水素化合物の製造における原料(前駆体化合物)としての含フッ素ジスチルベン化合物の製造、および、当該含フッ素ジスチルベン化合物を用いた含フッ素多環芳香族炭化水素化合物の製造について説明する。
【0017】
〔含フッ素ヘリセン化合物(I)及び含フッ素ジナフトアントラセン化合物(IV)の製造方法〕
<原料(前駆体化合物(V))の製造>
構造式(I)で示される含フッ素ヘリセン化合物及び構造式(IV)で示される含フッ素ジナフトアントラセン化合物の製造における原料としては、構造式(V)で示されるナフチル基を有する含フッ素ジスチルベン化合物を用いることができる。この含フッ素ジスチルベン化合物のスチルベン骨格は、2段階の反応を経た合成により構築することができる。第1工程では、1,4-ジブロモベンゼンの臭素原子をt-ブチルリチウムでリチオ化し、そこへ、オクタフルオロシクロペンテン(C
5F
8)を反応させて、下記の構造式(1)で示させる1,4-ビス(ヘプタフルオロシクロペンテニル)ベンゼン(化合物(1))を得る。この反応で同時に得られる構造式(2)で示される化合物(化合物(2))は、後述する含フッ素ヘリセン化合物(II)の製造方法で用いることができる。次いで、第2工程で、2-ブロモナフタレンの臭素原子を、n-ブチルリチウムにより、リチオ化してナフチルリチウムを調製し、そこへ、第1段階の反応で得られた1,4-ビス(ヘプタフルオロシクロペンテニル)ベンゼン(化合物(1))を反応させて、光環化反応の原料(化合物(I)及び(IV)の前駆体化合物)となる、含フッ素ジスチルベン化合物(V)を得ることができる。
【化8】
【0018】
<環化反応工程による最終生成物(I)及び(IV)の製造>
上記で得られた前駆体化合物である含フッ素ジスチルベン化合物(V)を光環化反応させて、最終生成物である含フッ素ヘリセン化合物(I)及び含フッ素ジナフトアントラセン化合物(IV)を得ることができる。光環化反応は、マロリー反応を用いて、例えば下記に示される反応式で行うことができる。光環化反応の条件としては、例えば、後述のものを用いることができる。
【化9】
【0019】
〔含フッ素ヘリセン化合物(II)の製造方法〕
<原料(前駆体化合物(VI))の製造>
構造式(II)で示される含フッ素ヘリセン化合物の製造における原料としては、構造式(VI)で示されるフェナトレン骨格を有する含フッ素ジスチルベン化合物を用いることができる。この含フッ素ジスチルベン化合物のスチルベン骨格は、3段階の反応を経た合成により構築することができる。第1工程では、先の前駆体化合物(V)の製造と同様に、1,4-ジブロモベンゼンの臭素原子をt-ブチルリチウムでリチオ化し、そこへ、オクタフルオロシクロペンテン(C
5F
8)を反応させて、下記の構造式(1)で示される1,4-ビス(ヘプタフルオロシクロペンテニル)ベンゼン(化合物(1)、上述した、含フッ素ヘリセン化合物(I)及び含フッ素ジナフトアントラセン化合物(IV)の製造方法で用いることができる)と、下記の構造式(2)で示される、含フッ素5員環化合物を3つ含むスチルベン骨格化合物(化合物(2))とを得る。第2工程では、ヨウ素及びヨウ化水素捕捉剤存在下に、化合物(2)に光照射を行って光環化反応(マロリー反応)を行うことにより、下記の構造式(3)で示される含フッ素フェナントレン骨格構造を有する化合物(化合物(3))を得る。次いで、第3工程では、第2工程で得られた含フッ素フェナントレン骨格構造を有する化合物(3)に2当量のフェニルリチウムを反応させることにより、光環化反応の原料(化合物(II)の前駆体化合物)となる、含フッ素ジスチルベン化合物(VI)を得ることできる。
【化10】
【0020】
<環化反応工程による最終生成物(II)の製造>
上記で得られた前駆体化合物である含フッ素ジスチルベン化合物(VI)を光環化反応させて、最終生成物である含フッ素ヘリセン化合物(II)を得ることができる。光環化反応は、マロリー反応を用いて、例えば下記に示される反応式で行うことができる。光環化反応の条件としては、例えば、後述のものを用いることができる。
【化11】
【0021】
〔含フッ素ヘリセン化合物(III)の製造方法〕
<原料(前駆体化合物(VII))の製造>
構造式(III)で示される含フッ素ヘリセン化合物(以下、「ヘリセン化合物(III)」又は「フェナントレンヘリセン化合物(III)」ともいう。)の製造における原料としては、構造式(VII)で示されるフェナトレン及びナフタレン骨格を有する含フッ素ジスチルベン化合物を用いることができる。この含フッ素ジスチルベン化合物のスチルベン骨格は、1段階の合成反応で構築することができる。
2-ブロモナフタレンの臭素原子を、n-ブチルリチウムにより、リチオ化してナフチルリチウムを調製し、そこへ、先の前駆体化合物(VI)の製造と同様にしてで得られた、下記の含フッ素フェナントレン骨格構造を有する化合物(3)を添加して、光環化反応の原料(化合物(III)の前駆体化合物)となる、所望のフェナトレンとナフタレン骨格を有する含フッ素ジスチルベン化合物(VII)を得ることができる。
【化12】
【0022】
<環化反応工程による最終生成物(III)の製造>
上記で得られた前駆体化合物である含フッ素ジスチルベン化合物(VII)を光環化反応させて、最終生成物である含フッ素ヘリセン化合物(III)を得ることができる。光環化反応は、マロリー反応を用いて、例えば下記に示される反応式で行うことができる。光環化反応の条件としては、例えば、後述のものを用いることができる。
【化13】
【0023】
<環化反応工程による前駆体化合物からの含フッ素多環芳香族炭化水素化合物の製造>
環化反応工程では、構造式(V)、(VI)、又は(VII)で示される含フッ素ジスチルベン化合物を光環化反応させて、構造式(I)、(II)、(III)、又は(IV)で示される含フッ素ヘリセン化合物又は含フッ素ジナフトアントラセン化合物を得ることができる。環化反応工程には、マロリー反応を用いることができる。
【0024】
マロリー反応を伴う環化反応工程では、ヨウ素及びヨウ化水素捕捉剤の存在下で、構造式(V)、(VI)、又は(VII)で示される含フッ素ジスチルベン化合物に対して光照射を行い、分子内で環化させて、構造式(I)、(II)、(III)、又は(IV)で示される化合物を得ることができる。環化は、溶媒の存在下で行うことが好ましい。
【0025】
(1)酸化剤としてのヨウ素
ヨウ素(I2)は、マロリー反応を伴う環化反応工程において酸化剤として作用する。より詳細には、まず、光照射により、含フッ素ジスチルベン化合物に含まれる、芳香環同士の間で閉環反応が起こり、閉環体が形成される。ヨウ素は、これらの閉環体を酸化する酸化剤として作用し、芳香環の2位又は3位の水素原子と反応してヨウ化水素を生成させる。生成したヨウ化水素は、環化反応物から遊離する。反応系中に存在する遊離ヨウ化水素は、光照射により分解されるなどして、副反応を併発するおそれがある。そのため、反応系中にヨウ化水素捕捉剤を配合して、ヨウ化水素を捕捉してもよい。
【0026】
(2)ヨウ化水素捕捉剤
ヨウ化水素捕捉剤としては、エポキシ化合物等の酸素含有化合物を用いることができる。エポキシ化合物としては、マロリー反応を伴う環化反応工程において、生成するヨウ化水素を効率的に捕捉可能なエポキシ化合物であれば、特に限定されない。エポキシ化合物としては、例えば、エチレンオキシド、プロピレンオキシド、1,2-ブチレンオキシド、2,3-ブチレンオキシド、イソブチレンオキシド、1,3-ブタジエンジオキシド、1,2-ヘキシレンオキシド、シクロペンテンオキシド、シクロヘキセンオキシド、シクロペンタデセンオキシド、1,4-エポキシシクロヘキサン、1,2-エポキシ-1-メチルシクロヘキサン等の脂肪族炭化水素系エポキシ化合物、塩化アリルオキシド、臭化アリルオキシド、2-(クロロメチル)-1,2-プロピレンオキシド等のハロゲン含有エポキシ化合物、2-フェニルプロピレンオキシド、2,3-ジフェニルエチレンオキシド、1-ベンジルオキシ-2,3-エポキシプロパン等の芳香族系エポキシ化合物、2,3-エポキシプロピルイソプロピルエーテル、イソホロンオキシド等のエポキシ化合物を挙げることができる。
【0027】
これらの中でも、脂肪族炭化水素系エポキシ化合物が好ましく、中でも、エチレンオキシド、プロピレンオキシド、1,2-ブチレンオキシド、2,3-ブチレンオキシド、イソブチレンオキシド、1,2-ヘキシレンオキシド、シクロペンテンオキシド及びシクロヘキセンオキシドが、取扱い易さ及び経済性の観点でより好ましい。
【0028】
(3)溶媒
マロリー反応を伴う環化反応工程は、溶媒の存在下で行うことが好ましい。溶媒としては、原料としての含フッ素ジスチルベン化合物を溶解可能であるとともに、照射される光に対して透明(光透過率が80%以上)であり、反応に対して不活性な溶媒であれば、特に限定されない。溶媒としては、ベンゼン、トルエン、o-キシレン、m-キシレン、p-キシレン、これら3種の異性体(o-キシレン、m-キシレン、及びp-キシレン)の混合物、1,3,5-トリメチルベンゼン、エチルベンゼン、ベンゾトリフルオリド、ヘキサフルオロ-m-キシレン、クロロベンゼン及び1,2-ジクロロベンゼン等の芳香族化合物が挙げられる。これらの中でも、トルエン、o-キシレン、m-キシレン、p-キシレン、これら3異性体の混合物、1,3,5-トリメチルベンゼンが取扱い易さの点でより好ましい。
【0029】
(4)各成分の添加(使用)量
ヨウ素(I2)の量は、原料である含フッ素ジスチルベン化合物1モルに対して、1.5モル以上が好ましく、1.8モル以上がより好ましく、6.0モル以下が好ましく、4.5モル以下がより好ましい。上記下限値以上であれば、上述したような閉環体の酸化反応を十分に進行させることができ、結果的に、環化反応物の収率を高めることができる。また、上記上限値以下であれば、光照射による芳香族骨格のヨウ素化反応等の副反応が生じ難い。
【0030】
ヨウ素は、ヨウ素の添加(使用)量の全部の量(以下、「全ヨウ素添加量」ともいう。)を、反応開始時点の前に、一括で反応器内に添加してもよいし、反応開始時点を挟んで、複数回に分割して反応器内に添加してもよいし、反応開始時点より前の時点から、反応開始時点の後の時点までの所定の期間にわたって少量ずつ連続的に添加してもよい。ここで、反応開始時点とは、原料、酸化剤、光照射等、反応に必要な全ての要素がそろった時点をいうこととする。
【0031】
ヨウ素は、全ヨウ素添加量の少なくとも一部を反応開始時点の後に添加することが好ましい。これにより、光照射により励起されたヨウ素が、含フッ素ジスチルベン化合物等に含まれる芳香環をヨウ素化する等の副反応を効果的に抑制することができる。また、反応開始時点の前に、反応器内にヨウ素を一括添加した場合のように、反応器内におけるヨウ素濃度が一時的に高まり、ヨウ素によって照射された光の大部分が吸収され、マロリー反応の効率が低下することを回避できる。反応開始時点の後に添加するヨウ素の量は、全ヨウ素添加量を100質量%として、30質量%以上70質量%以下であることが好ましい。具体的には、反応開始時点の前に、全ヨウ素添加量の一部(例えば、30質量%以上70質量%以下)を反応器に添加し、反応開始時点から所定時間(例えば、0.5時間又は全反応時間の1/5相当の時間)経過後に、全ヨウ素添加量の残部を添加してもよい。
【0032】
ヨウ化水素捕捉剤の量は、ヨウ素(I2)1モルに対して、2モル以上が好ましく、8モル以上がより好ましく、50モル以下が好ましく、35モル以下がより好ましい。上記下限値以上であれば、副生成物であるヨウ化水素を充分に捕捉することができ、副反応を効果的に抑制することができる。また、上記上限値以下であれば、光照射及びヨウ化水素等の作用により、過剰量のヨウ化水素捕捉剤が重合反応するといった望ましくない反応を十分抑制することができる。
【0033】
溶媒の量は、原料である含フッ素ジスチルベン化合物1gに対して、500mL以上5000mL以下であることが好ましい。上記下限値以上であれば、反応系内の反応性成分の濃度が過度に高くならず、副生成物であるヨウ化水素とその他の成分との接触頻度が過度に高まることが回避でき、副反応の発生を十分に低減又は抑制することができる。また、上記上限値以下であれば、反応系が過度に希薄にならず、反応完了までの時間が過度に長くなることを回避することができる。
【0034】
(5)光照射
ヨウ素及びヨウ化水素捕捉剤の存在下で、原料である含フッ素ジスチルベン化合物に光照射する。ここで、照射される光は、環化反応させるために十分な光エネルギーを与えることができる波長の活性エネルギー線であれば、特に限定されない。365nmの波長を含む活性エネルギー線が好ましく、例えば、紫外線が挙げられる。紫外線の照射源としては、高圧水銀ランプ、超高圧水銀ランプ、メタルハライドランプ等を用いることができ、中でも高圧水銀ランプが好ましい。照射源より発せられる紫外線は、そのまま照射してもよいし、フィルタ等の波長選択能を有する部材等を用いて、365nmの以外の波長域の光をカットして、照射してもよい。カットする波長域は、例えば、波長365nm未満の短波長領域であり得る。照射する光の強度は、特に限定されないが、例えば、1000lx以上5000lx以下とすることができる。
【0035】
照射時間は、反応規模、基質(原料)の濃度にもより、変動させることができ、0.5時間以上とすることができ、2時間以上が好ましく、20時間以下とすることができ、10時間以下が好ましい。照射時間が上記下限値以上であれば、反応を充分に進行させることができ、原料を環化反応物に充分に変換することができる。また、上記上限値以下であれば、過剰照射に起因する副反応が充分に抑制できる。
【0036】
(6)反応条件
反応は、0℃以上30℃以下の温度範囲で実施することができる。上記下限値以上であれば、環化反応が完結するまでに要する時間が過度に長くなることを回避できる。また、上記上限値以下であれば、好ましくない副反応の併発を抑制できる。
【0037】
反応時間は、例えば、反応系から環化反応物を含む反応液を採取して、液体クロマトグラフィーにて分析し、反応液中に原料が確認されなくなった時点を反応終了時点とし、反応開始時点からの時間を求めることで決定できる。例えば、反応時間は、反応の規模や使用する反応装置にもよるが、0.5時間以上20時間以下であり得る。
【0038】
(7)反応の手順の一例
本工程を実施する際の手順の一例は、以下のとおりである。
光照射源(例えば、高圧水銀ランプ)及び撹拌機(撹拌子)を付した反応器(例えば、パイレックス(登録商標)硝子製反応容器)に原料、ヨウ化水素捕捉剤、及び溶媒を仕込む。
次いで、反応器内の温度を任意の反応温度(例えば、0℃以上30℃以下)に設定して、撹拌を開始する。
高圧水銀ランプによる光照射を開始し、ヨウ素を複数回にわたり分割添加しながら反応を継続させる。
所定の反応時間経過後(例えば、0.5~2時間経過後)に光照射を停止し、反応液を静置する。
反応系から環化反応物を含む反応液を採取して、液体クロマトグラフィーにて分析し、反応液中に原料が確認されなくなって時点をもって反応終了とする。
【0039】
(8)後処理
環化反応後の反応液に、チオ硫酸ナトリウム、亜硫酸水素ナトリウム水溶液等の還元剤を添加して、未反応のヨウ素を中和することができる。さらに、中和後の反応液を、飽和塩化ナトリウム水溶液等の洗浄液で洗浄した後、有機層を分液し、得られた有機層を、無水硫酸ナトリウム、無水硫酸マグネシウム等の乾燥剤で乾燥させて、構造式(I)で示される環状化合物を得ることができる。さらに、カラムクロマトグラフィーによる精製を加え、純度を高めることができる。得られる化合物はラセミ体である。
【実施例】
【0040】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例によってその範囲を限定されるものではない。
なお、各実施例で得られた物質についての各種の測定及び分析は、以下の方法に従って行った。
【0041】
<NMR測定>
ブルカー・バイオスピン社製の核磁気共鳴装置「Bruker Avance III 400型」を用いて測定を行った。
<UV測定>
島津製作所製「紫外可視近赤外分光光度計 UV-3101PC」を用いて測定を行った。
<フォトルミネセンス評価>
日立製作所社製「蛍光分光光度計F-4500」を用いて評価を行った。
【0042】
[製造例1]1,4-ビス(ヘプタフルオロシクロペンテニル)ベンゼン(化合物(1))及び1,2-ビス(ヘプタフルオロシクロペンテニルフェニル)-ヘキサフルオロシクロペンテン(化合物(2))の合成
【化14】
窒素雰囲気下、1,4-ジブロモベンゼン(0.71g、3mmol)とテトラヒドロフラン(12mL)を入れた二口フラスコを-78℃に冷却した。次に、1.7mol/L濃度のt-ブチルリチウム-ペンタン溶液(7.5mL、12mmol)をガラス製シリンジで滴下し、-78℃で1時間撹拌した。この溶液を窒素雰囲気下、オクタフルオロシクロペンテン(3.9mL、30mmol)をテトラヒドロフラン(10mL)に溶解させた溶液をカニュラーを介して加え、-78℃で1時間、25℃で20時間撹拌した。飽和塩化アンモニウム水溶液(40mL)を加えて反応を停止させ、酢酸エチルを用いて3回水層を抽出した。有機層を無水硫酸マグネシウムで乾燥した後、ロータリーエバポレーターにより溶媒を減圧留去した。粗生成物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒:ヘキサン)により精製し、無色の固体として化合物(1)及び(2)がそれぞれ、0.82g(収率59%)及び0.19g(収率17%)得られた。
【0043】
化合物(1)及び(2)について、NMR測定を実施した。
化合物(1):1H NMR (400 MHz, CDCl3) δ 7.87 (s, 4H); 19F NMR (376 MHz, CDCl3) δ -107.71 (d, J = 9.1 Hz, 4F), -118.44 (d, J = 14.3 Hz, 4F), -127.63--127.80 (m, 2F), -130.12 (quint, J = 3.0 Hz, 4F).
化合物(2):1H NMR (400 MHz, CDCl3) δ 7.75 (d, J = 8.4 Hz, 2H), 7.47 (d, J = 8.4 Hz, 2H); 19F NMR (376 MHz, CDCl3) δ -107.68 (d, J = 10.9 Hz, 4F), -110.36 (t, J = 4.9 Hz, 4F) -118.44 (d, J = 14.4 Hz, 4F), -127.75-127.84 (m, 2F), -130.19 (quint, J = 3.2 Hz, 4F), -131.52 (quint, J = 4.0 Hz, 4F).
【0044】
[製造例2]含フッ素ジスチルベン化合物(V)の合成
【化15】
窒素雰囲気下、2-ブロモナフタレン(0.2g、0.95mmol)とテトラヒドロフラン(15mL)を入れた二口フラスコを-78℃に冷却した。次に、1.6mol/L濃度のn-ブチルリチウム-へキサン溶液(0.65mL、1.1mmol)をガラス製シリンジで滴下し、-78℃で1時間撹拌した。カニュラーを用いてこの溶液を、窒素雰囲気下に、化合物(1)(0.2g、0.43mmol)とテトラヒドロフラン(15mL)が入った二口フラスコに加え、-78℃で1時間、さらに25℃で20時間撹拌した。飽和塩化アンモニウム水溶液(40mL)を加えて反応を停止させ、酢酸エチルを用いて3回水層を抽出した。有機層を無水硫酸マグネシウムで乾燥した後、ロータリーエバポレーターにより溶媒を減圧留去した。得られた混合物をヘキサンから再結晶したところ、黄色の固体として含フッ素ジスチルベン化合物(V)が0.17g(収率95%)得られた。
【0045】
含フッ素ジスチルベン化合物(V)について、NMR測定を実施した。
化合物(V):1H NMR (400 MHz, CDCl3) δ 7.89 (s, 1H), 7.78 (t, J = 8.9 Hz, 2H), 7.68 (d, J = 8.6 Hz, 1H), 7.59-7.50 (m, 2H), 7.32 (s, 2H), 7.18 (dd, J = 8.6 Hz, 1.2 Hz, 1H); 19F NMR (376 MHz, CDCl3) δ -110.08 (s, 4F), -110.39 (s, 4F), -131.60 (quint, J = 5.4 Hz, 4F).
【0046】
[製造例3]含フッ素フェナントレン化合物(化合物(3))の合成
【化16】
窒素雰囲気下、製造例1で得られた化合物(2)(0.19g、0.26mmol)とヨウ素(20mg、0.08mmol)を入れたシュレンク管に、ガラス製シリンジでトルエン(100mL)を加え、原料及びヨウ素が溶解するまで撹拌を継続した。次に、1,2-エポキシブタン(0.76mL、8.8mmol)をガラス製シリンジで加え、25℃で超高圧水銀ランプ(500W、ウシオ製)により光照射を行った。反応開始後30分後及び1時間後にそれぞれヨウ素(25mg、0.1mmol)を加えて、合計で2時間光照射を行った。反応混合物を飽和チオ硫酸ナトリウム水溶液、蒸留水、飽和塩化ナトリウム水溶液でそれぞれ1回ずつ洗浄し、有機層を無水硫酸ナトリウムで乾燥した後、溶媒を減圧留去した。得られた混合物をヘキサンから再結晶することで黄色の固体として化合物(3)が0.17g(収率93%)得られた。
【0047】
化合物(3)について、NMR測定を実施した。
化合物(3):1H NMR (400 MHz, CDCl3) δ 9.10 (s, 1H), 8.57 (d, J = 8.7 Hz, 1H), 8.17 (d, J = 8.7 Hz, 1H); 19F NMR (376 MHz, CDCl3) δ -105.85 (t, J = 4.2 Hz, 4F), -107.33 (d, J = 11.5 Hz, 4F) -118.34 (d, J = 16.2 Hz, 4F), -127.15-127.23 (m, 2F), -128.89 (quint, J = 4.1 Hz, 2F), -129.94 (quint, J = 4.1 Hz, 4F).
【0048】
[製造例4]含フッ素ジスチルベン化合物(VI)の合成
【化17】
窒素雰囲気下、製造例3で得られた化合物(3)(0.1g、0.14mmol)とテロラヒドロフラン(20mL)を入れた二口フラスコを-78℃に冷却した。次に、1.8mol/L濃度のフェニルリチウム-ジブチルエーテル溶液(0.19mL、0.31mmol)をガラス製シリンジで滴下し、-78℃で1時間、さらに25℃で20時間撹拌した。飽和塩化アンモニウム水溶液を(40mL)を加えて反応を停止させ、酢酸エチルを用いて3回水層を抽出した。有機層を無水硫酸マグネシウムで乾燥した後、ロータリーエバポレーターにより溶媒を減圧留去した。粗生成物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒/ヘキサン:酢酸エチル= 90:10)により精製し、黄色の固体として含フッ素ジスチルベン化合物(VI)が0.11g(収率90%)得られた。
【0049】
含フッ素ジスチルベン化合物(VI)について、NMR測定を実施した。
化合物(VI):1H NMR (400 MHz, CDCl3) δ 8.33 (s, 2H), 7.73 (d, J = 8.4 Hz, 2H), 7.47-7.34 (m, 12H); 19F NMR (376 MHz, CDCl3) δ -105.89 (t, J = 3.7 Hz, 4F), -109.70 (s, 4F), -110.68 (s, 4F), -128.97 (quint, J = 4.2 Hz, 2F), -131.42 (quint, J = 4.6 Hz, 4F).
【0050】
[製造例5]含フッ素ジスチルベン化合物(VII)の合成
【化18】
窒素雰囲気下、2-ブロモナフタレン(0.13g、0.63mmol)とテトラヒドロフラン(20mL)を入れた二口フラスコを-78℃に冷却した。次に、1.6mol/L濃度のn-ブチルリチウム-ヘキサン溶液(0.48mL、0.76mmol)をガラス製シリンジで滴下し、-78℃で1時間撹拌した。窒素雰囲気下、この溶液をカニュラーを介して、化合物(3)(0.22g、0.32mmol)をテトラヒドロフラン(20mL)に溶解させた溶液が入った二口フラスコに加え、-78℃で1時間、さらに25℃で20時間撹拌した。飽和塩化アンモニウム水溶液(40mL)を加えて反応を停止させ、酢酸エチルを用いて3回水層を抽出した。有機層を無水硫酸マグネシウムで乾燥した後、ロータリーエバポレーターにより溶媒を減圧留去した。粗生成物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒/ヘキサン:酢酸エチル=90:10)により精製し、黄色の固体として含フッ素ジスチルベン化合物(VII)が0.16g(収率55%)得られた。
【0051】
含フッ素ジスチルベン化合物(VII)について、NMR測定を実施した。
化合物(VII):1H NMR (400 MHz, CDCl3) δ 8.40 (s, H), 8.26 (d, J = 8.8 Hz, 2H), 7.55 (d, J = 8.2 Hz, 2H), 7.44-7.40 (m, 2H), 7.82-7.64 (m, 12H); 19F NMR (376 MHz, CDCl3) δ -105.91 (t, J = 3.9 Hz, 4F), -109.60 (s, 4F), -110.32 (s, 4F), -129.01 (quint, J = 3.6 Hz, 2F), -131.15 (quint, J = 4.6 Hz, 4F).
【0052】
[実施例1]含フッ素ヘリセン化合物(I)及び含フッ素ジナフトアントラセン化合物(IV)の合成
【化19】
窒素雰囲気下、製造例2で得られた含フッ素ジスチルベン化合物(V)(0.12g、0.17mmol)とヨウ素(40mg、0.16mmol)を入れたシュレンク管に、ガラス製シリンジでトルエン(100mL)を加え、原料及びヨウ素が溶解するまで撹拌を継続した。次に、1,2-エポキシブタン(0.5mL、5.8mmol)をガラス製シリンジで加え、25℃で超高圧水銀ランプ(500W、ウシオ製)より光照射を行った。反応開始後30分後及び1時間後にそれぞれヨウ素(20mg、0.08mmol)を加えて、合計で2時間光照射を行った。反応混合物を飽和チオ硫酸ナトリウム水溶液、蒸留水、飽和塩化ナトリウム水溶液でそれぞれ1回ずつ洗浄し、有機層を無水硫酸マグネシウムで乾燥した後、ロータリーエバポレーターにより溶媒を減圧留去した。粗生成物を分取薄層クロマトグラフィー(展開溶媒/ヘキサン:酢酸エチル=90:10)により精製し、黄色の固体として、目的化合物(I)及び(IV)が、それぞれ44mg(収率38%)及び42mg(収率36%)得られた。
【0053】
含フッ素ヘリセン化合物(I)及び含フッ素ジナフトアントラセン化合物(IV)について、NMR測定を実施した。
化合物(I):1H NMR (400 MHz, CDCl3) δ 8.67 (s, 1H), 8.13 (d, J = 8.8 Hz, 1H), 7.67 (d, J = 8.8 Hz, 1H), 7.38 (d, J = 7.8 Hz, 1H), 7.08-7.04 (m, 2H), 6.59 (t, J = 7.9 Hz, 1H); 19F NMR (376 MHz, CDCl3) δ -101.93 (d, J = 262.30 Hz, 2F), -103.88 (d, J = 262.69 Hz, 2F), -104.92 (d, J = 263.19 Hz, 2F), -105.83 (d, J = 262.39 Hz, 2F), -127.11 (d, J = 242.59 Hz, 2F), -129.03 (d, J = 242.53 Hz, 2F).
化合物(IV):1H NMR (400 MHz, CDCl3) δ 10.19 (s, 1H), 9.19 (d, J = 8.5 Hz, 1H), 8.39(d, J = 8.6 Hz, 1H), 8.26-8.20 (m, 2H), 7.95-7.85 (m, 2H); 19F NMR (376 MHz, CDCl3) δ -104.83 (s, 4F), -105.40 (s, 4F), -128.50 (quint, J = 4.4 Hz, 4F).
【0054】
[実施例2]含フッ素ヘリセン化合物(II)の合成
【化20】
窒素雰囲気下、製造例4で得られた含フッ素ジスチルベン化合物(VI)(70mg、0.085mmol)とヨウ素(14mg、0.055mmol)を入れたシュレンク管に、ガラス製シリンジでトルエン(100mL)を加え、原料及びヨウ素が溶解するまで撹拌を継続した。次に、1,2-エポキシブタン(0.18mL、2.9mmol)をガラス製シリンジで加え、25℃で超高圧水銀ランプ(500W、ウシオ製)により光照射を行った。反応開始後30分後及び1時間後にそれぞれヨウ素(14mg、0.055mmol)を加えて、合計で2時間光照射を行った。反応混合物を飽和チオ硫酸ナトリウム水溶液、蒸留水、飽和塩化ナトリウム水溶液でそれぞれ1回ずつ洗浄し、有機層を無水硫酸ナトリウムで乾燥した後、ロータリーエバポレーターで溶媒を減圧留去した。得られた混合物をヘキサンから再結晶したところ、黄色の固体として含フッ素ヘリセン化合物(II)が17mg(収率25%)得られた。
【0055】
含フッ素ヘリセン化合物(II)について、NMR測定、UV測定、フォトルミネンセンス評価を実施した。
化合物(II):1H NMR (400 MHz, CDCl3) δ 8.64 (d, J = 8.7 Hz, 2H), 8.57 (d, J = 8.7 Hz, 2H), 7.81 (d, J = 8.2 Hz, 2H), 7.25 (t, J = 7.8 Hz, 2H), 7.81 (d, J = 8.4 Hz, 2H), 6.89 (t, J = 8.0 Hz, 2H); 19F NMR (376 MHz, CDCl3) δ -102.50 (d, J = 262.05 Hz, 2F), -102.89 (d, J = 264.80 Hz, 2F), -105.40 (d, J = 264.80 Hz, 2F), -105.55 (d, J = 262.96 Hz, 2F), -106.56 (d, J = 262.96 Hz, 2F), -107.70 (d, J = 264.80 Hz, 2F), -128.06 (d, J = 242.01 Hz, 2F), -130.19 (d, J = 242.70 Hz, 2F).
UV-vis(CH2Cl2):λmax370nm(ε7.8×103)
Fluorescence spectrum:λmax471
【0056】
[実施例3]含フッ素ヘリセン化合物(III)の合成
【化21】
窒素雰囲気下、製造例5で得られた含フッ素ジスチルベン化合物(VII)(68mg、0.073mmol)とヨウ素(14mg、0.055mmol)を入れたシュレンク管に、ガラス製シリンジでトルエン(100mL)を加え、原料及びヨウ素が溶解するまで撹拌を継続した。次に、1,2-エポキシブタン(0.16mL、2.5mmol)をガラス製シリンジで加え、25℃で超高圧水銀ランプ(500W、ウシオ製)により光照射を行った。反応開始後30分後、1時間後、及び2時間後にそれぞれヨウ素(12mg、0.048mmol)を加えて、合計で4時間光照射を行った。反応混合物を飽和チオ硫酸ナトリウム水溶液、蒸留水、飽和塩化ナトリウム水溶液でそれぞれ1回ずつ洗浄し、有機層を無水硫酸ナトリウムで乾燥した後、ロータリーエバポレーターにより溶媒を減圧留去した。得られた混合物をヘキサンから再結晶したところ、黄色の固体として化合物IIIが66mg(収率98%)得られた。
【0057】
含フッ素ヘリセン化合物(III)について、NMR測定、UV測定、フォトルミネンセンス評価を実施した。
化合物(III):1H NMR (400 MHz, CDCl3) δ 9.96 (s, 1H), 9.13 (d, J = 8.3 Hz, 1H), 8.79 (d, J = 8.4 Hz, 1H), 8.69 (d, J = 8.4 Hz, 1H), 8.67 (s, 1H), 8.48 (d, J = 8.9 Hz, 1H), 8.24-8.14 (m, 4H), 7.98-7.93 (m, 1H), 7.89 (d, J = 7.6 Hz, 1H), 7.79 (d, J = 8.2 Hz, 1H), 7.56 (d, J = 8.2 Hz, 1H), 7.07 (t, J = 7.5 Hz, 1H), 6.75 (t, J = 7.5 Hz, 1H);
19F NMR (376 MHz, CDCl3) δ -99.94 ~ -110.08 (m, 12F), -125.43 ~ -131.59 (m, 6F).
UV-vis(CH2Cl2):λmax360nm(ε31.3×103)
Fluorescence spectrum:λmax480
【0058】
実施例2及び3の結果から、含フッ素ヘリセン化合物は光ルミネセンス現象を誘起する材料であることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明に係る新規な含フッ素ヘリセン化合物(ラセミ体)及び含フッ素ジナフトアントラセン化合物は、多数のフッ素を含むため、フッ素非含有のヘリセン化合物及びジナフトアントラセン化合物に対して、非極性溶媒への溶解性が向上していることが推測される。また、複数の含フッ素5員環ユニットを分子内に有するため、耐酸化性がさらに向上し、劣化し難いことが推測されると同時に、撥水性が向上しているので、耐久性の高い材料として、特に、偏光材料、n型半導体材料等への応用が期待される。さらに、本発明に係る含フッ素ヘリセン化合物及び含フッ素ジナフトアントラセン化合物は、光ルミネセンス現象を発現できる化合物であることが確認され、発光材料への展開も期待される。本発明によれば、これらの新規な含フッ素ヘリセン化合物及び含フッ素ジナフトアントラセン化合物を簡便な方法で製造することができる。