(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-15
(45)【発行日】2023-08-23
(54)【発明の名称】細胞操作システム及び細胞操作方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/02 20060101AFI20230816BHJP
C12M 1/04 20060101ALI20230816BHJP
C12N 1/00 20060101ALI20230816BHJP
C12N 5/07 20100101ALN20230816BHJP
【FI】
C12N1/02
C12M1/04
C12N1/00 K
C12N5/07
(21)【出願番号】P 2021509515
(86)(22)【出願日】2020-03-25
(86)【国際出願番号】 JP2020013367
(87)【国際公開番号】W WO2020196635
(87)【国際公開日】2020-10-01
【審査請求日】2021-09-24
(31)【優先権主張番号】P 2019055986
(32)【優先日】2019-03-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004112
【氏名又は名称】株式会社ニコン
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【氏名又は名称】小林 淳一
(72)【発明者】
【氏名】森山 真樹
(72)【発明者】
【氏名】川野 武志
【審査官】山▲崎▼ 真奈
(56)【参考文献】
【文献】実開平03-050900(JP,U)
【文献】国際公開第2015/098919(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2018/0298318(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M
C12N
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞を液体中で培養する工程と、
気体を導入可能な流路を前記液体中に配置する工程と、
前記流路の端部に気泡を形成する工程と、
前記端部に保持された気泡に前記細胞を付着させる工程と、を含む、細胞操作方法であって、
前記細胞は、固相の表面で培養された接着細胞であり、
前記流路の端部に形成する気泡により前記接着細胞を剥離する工程を更に含み、
前記接着細胞を剥離する工程は、
前記接着細胞に、前記気泡を形成する気体と前記液体との界面を接触させることと、
前記界面を移動させることで前記接着細胞を前記固相から剥離することと、を含む、細胞操作方法。
【請求項2】
前記界面を移動させることが、前記気泡の体積を変化させることによって行われる、請求項1に記載の細胞操作方法。
【請求項3】
前記界面を移動させることが、前記端部と前記接着細胞の距離を変化させることによって行われる、請求項1又は請求項2に記載の細胞操作方法。
【請求項4】
前記界面を移動させることが、前記気泡を前記表面に沿って移動させることによって行われる、請求項1~3のいずれか一項に記載の細胞操作方法。
【請求項5】
前記流路内の気体を吸引することにより、前記固相から剥離した接着細胞又は前記気泡に付着した細胞のいずれかを回収する工程を含む、請求項1~4のいずれか一項に記載の細胞操作方法。
【請求項6】
細胞を液体中で培養する工程と、
気体を導入可能な流路を前記液体中に配置する工程と、
前記流路の端部に気泡を形成する工程と、
前記端部に保持された気泡に前記細胞を付着させる工程と、
前記流路内の気体を吸引することにより、前記気泡に付着した細胞を回収する工程と、を含む、細胞操作方法であって、
前記細胞は、前記液体中に含まれる浮遊細胞であり、
前記付着させる工程は、
前記細胞に、前記気泡を形成する気体と前記液体との界面を接触させることにより行う、細胞操作方法。
【請求項7】
前記端部の開口面積は、前記細胞1個の接着面積よりも大きい、請求項1~
6のいずれか一項に記載の細胞操作方法。
【請求項8】
前記流路は、前記流路を内腔に含む筒状部を更に備える、請求項1~
7のいずれか一項に記載の細胞操作方法。
【請求項9】
前記筒状部は、内筒と外筒を含み、
前記気泡は前記外筒と前記内筒の間を通過する気体により生成され、前記内筒は細胞を回収する流路として用いられる、請求項
8に記載の細胞操作方法。
【請求項10】
液体中で培養される細胞を操作するシステムであって、
液体中に配置され、前記液体中に気体を導入可能な流路と、
前記流路に前記気体を導入又は排出することで前記流路の端部に気泡を形成する制御部と、を備え、
前記制御部は、前記端部に形成される前記気泡を保持し、前記気泡に前記細胞を付着させる、細胞操作システム。
【請求項11】
前記制御部は、前記端部に形成され保持される気泡により前記細胞を剥離可能である、請求項
10に記載の細胞操作システム。
【請求項12】
前記制御部は、前記気泡の体積を制御可能である、請求項
10又は請求項
11に記載の細胞操作システム。
【請求項13】
前記端部と、前記細胞との距離を変更可能である、請求項
10~
12のいずれか一項に記載の細胞操作システム。
【請求項14】
前記細胞は、培養容器の表面で培養された細胞であって、
前記流路の前記端部は、前記表面に沿って移動可能である、請求項
10~
13のいずれか一項に細胞操作システム。
【請求項15】
前記流路は、前記気泡に付着した細胞を回収可能である、請求項
10~
14のいずれか一項に記載の細胞操作システム。
【請求項16】
前記流路を内腔に含む筒状部を備える、請求項
10~
15のいずれか一項に記載の細胞操作システム。
【請求項17】
前記筒状部は、内筒部と外筒部を含み、
前記気泡は前記外筒部と前記内筒部の間を通過する気体により生成され、前記内筒部は前記気泡に付着した細胞を回収する流路として用いられる、請求項
16に記載の細胞操作システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は細胞操作デバイス及び細胞操作方法に関する。本願は、2019年3月25日に、日本に出願された特願2019-055986号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
従来、細胞培養において、シャーレ等の培養容器に接着した細胞を剥離する場合には、トリプシンやコラゲナーゼ等のタンパク質分解酵素が用いられている。タンパク質分解酵素は、培養容器内壁面に細胞を付着させているインテグリン等の接着因子や、細胞同士を接着させているカドヘリン等の接着因子を切断するため、培養容器に接着した細胞を剥離させることができる。また、足場材料を局所的に加熱するとともに、衝撃波を照射して細胞を剥離する方法と装置も提案されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【0004】
しかしながら、タンパク質分解酵素を用いる場合、容器内の細胞がすべて剥離され、選択的に剥離することができない。また、足場材料を局所的に加熱する方法は、予め所定の足場材料でコーティングした培養容器を用いなければならず、衝撃波を与える方法は、大掛かりな装置が必要である。
【発明の概要】
【0005】
一実施形態に係る、接着操作方法は、細胞を液体中で培養する工程と、気体を導入可能な流路を前記液体中に配置する工程と、前記流路の端部に気泡を形成する工程と、前記気泡に前記細胞を付着させる工程とを含む。
【0006】
一実施形態に係る、細胞操作デバイスは、液体中で培養された細胞を剥離し、気泡に付着させる細胞操作デバイスであって、前記液体中に配置され、前記液体中に気体を導入可能な流路と、を備え、前記流路の端部に前記気泡を形成可能である。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図2】(a)~(c)は、一実施形態に係る細胞剥離デバイス(細胞操作デバイス)の構造を示す模式図である。
【
図3】(a)~(c)は、一実施形態に係る細胞剥離デバイスの構造を示す模式図である。
【
図4】(a)~(c)は、一実施形態に係る細胞剥離デバイスの構造を示す模式図である。
【
図5】(a)~(c)は、細胞を剥離する方法(細胞操作方法)の一例を説明する模式図である。
【
図6】(a)及び(b)は、細胞を剥離する方法の一例を説明する模式図である。
【
図7】(a)及び(b)は、細胞を剥離する方法の一例を説明する模式図である。
【
図8】(a)及び(b)は、細胞を剥離する方法の一例を説明する模式図である。
【
図9】(a)~(e)は、実験例1において、細胞培養容器の流路を撮影した顕微鏡写真である。
【
図10】(a)~(c)は、実験例2において、細胞の剥離実験の様子を撮影した顕微鏡写真である。
【
図11】(a)~(c)は、実験例3において、細胞の剥離実験の様子を撮影した顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、場合により図面を参照しつつ、本発明の実施形態について詳細に説明する。なお、図面中、同一又は相当部分には同一又は対応する符号を付し、重複する説明は省略する。なお、各図における寸法比は、説明のため誇張している部分があり、必ずしも実際の寸法比とは一致しない。
【0009】
[細胞を操作する方法(第1実施形態)]
一実施形態において、本発明は、細胞を液体中で培養する工程と、気体を導入可能な流路を前記液体中に配置する工程と、前記流路の端部に気泡を形成する工程と、前記気泡に前記細胞を付着させる工程と、を含む、細胞操作方法を提供する。本実施形態の方法は、固相の表面で培養された接着細胞に、気体と液体の界面を接触させることと、前記界面を前記表面に沿って移動させることと、を含む、前記接着細胞を前記固相から剥離する方法であるということもできる。
【0010】
実施例において後述するように、発明者らは、本実施形態の方法により、タンパク質分解酵素等を用いることなく、接着細胞を固相から剥離することができることを見出した。
【0011】
本明細書において、接着細胞とは、固相に接着した細胞を意味する。本明細書では、本来浮遊状態で培養する浮遊細胞であっても、固相に接着する条件で培養された場合には接着細胞として扱うものとする。
【0012】
本実施形態の方法において、気体としては、特に限定されず、空気、窒素等が挙げられる。気体は滅菌されていてもよい。気体の滅菌方法としては特に限定されず、例えば、ポアサイズ0.22μm程度以下のフィルターを通すこと等が挙げられる。また、液体としては、細胞の培地、緩衝液等が用いられる。気体と液体の界面は、気体と液体が接している面である限り特に限定されないが、例えば、気体により形成された気泡の周縁又は気泡の表面、流体デバイスに液体を流した後に気体を流したときの液体と気体の境界面、流体デバイスに気体を流した後に液体を流したときの液体と気体の境界面等であり得る。
【0013】
(第1実施形態)
第1実施形態に係る細胞を剥離する方法においては、前記固相の少なくとも一部が流路を形成している。また、前記接着細胞に気体と液体の界面を接触させること、及び、前記界面を前記表面に沿った方向に移動させることが、前記流路に気泡を流すことにより行われる。
【0014】
図1は、細胞培養容器の一例を示す写真である。
図1に示す細胞培養容器では、固相が流路を形成しており、流路に培地を供給して固相の表面で接着細胞を培養することができる。流路には導入口及び排出口が備えられている。培地、細胞、気体等を導入口から導入することができ、排出口から排出することができる。
【0015】
第1実施形態に係る細胞を剥離する方法によれば、
図1に例示する細胞培養容器の導入口から気体を導入し、排出口に向けて流すことにより、気体と培地の界面が接着細胞に接触し、流路の表面に沿って移動するので、細胞培養容器の流路の表面で培養した接着細胞を剥離することができる。気体は、流路の表面の細胞に、気体と液体の界面が接触する程度の量導入する必要がある。
【0016】
気体と液体の界面を移動させる方法として、流路の導入口から気体を導入し続けてもよいし、流路の導入口から気体を導入して気泡を形成させた後、流路の導入口から更に液体又は気体を導入し、当該気泡を排出口に向けて移動させてもよい。液体としては、細胞の培地のほか、緩衝液等であってもよい。これにより、接着細胞に気体と液体の界面が接触し、更に、界面が流路の表面に沿った方向に移動し、細胞が固相から剥離する。
【0017】
第1実施形態に係る細胞を剥離する方法においては、固相の少なくとも一部が流路に配置されていてもよい。固相の表面とは、接着細胞を接着させて培養できる表面をいい、ガラス;ポリスチレン等の樹脂;金属;コラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン、ポリリシン等から選択される1種以上の細胞外マトリックスの成分でコーティングされた表面;各種ポリマー(例えば、親水性や細胞への吸着性を制御可能なポリマー)でコーティングした表面等が挙げられるがこれらに限定されない。
【0018】
[細胞操作デバイス]
一実施形態において、本発明は、液体中に配置され、前記液体中に気体を導入可能な流路を備え、前記流路の端部に前記気泡を形成可能であり、前記液体中で培養された細胞を剥離し、気泡に付着させる、細胞操作デバイスを提供する。本実施形態の細胞操作デバイスは、端部が液体中に配置された場合に前記端部に気泡を生成可能な筒状部を備えた、細胞剥離デバイスであるということもできる。本実施形態の細胞剥離デバイスは、前記気泡が、固相の表面で培養された接着細胞に接触可能に構成されている。
【0019】
図2(a)~(c)は、一実施形態に係る細胞剥離デバイスの構造を示す模式図である。
図2(a)及び(c)に示すように、細胞剥離デバイス200は、気体210が流れる流路220を備える筒状部230を有し、流路220に気体210を導入又は排出することにより、筒状部230の端部231が液体240中に配置された場合に、端部231に気泡211を生成することができる。
図2(a)に示される細胞剥離デバイス200は、流路220に導入又は排出する気体210の量を制御することにより気泡211の体積を手動又は自動で制御する制御部250に接続されて、細胞剥離システムを構成している。このため、気泡211の体積を制御可能である。また、細胞剥離デバイス200は、手動又は自動で、端部231の固相又は細胞からの距離を変更可能であり、且つ、端部231を固相表面に沿って移動させることができる。
【0020】
制御部250は、例えばシリンジ、ポンプ等から構成されていてもよい。細胞剥離デバイス200においては、流路220は筒状部230の内腔である。
【0021】
図2(b)は、
図2(a)に示す筒状部230のb-b’線における矢視断面図である。
図2(b)に示すように、細胞剥離デバイス200の筒状部230は、筒状部の軸方向に垂直な面における断面が円である流路220を備えている。
【0022】
流路220の端部231における開口面積は、細胞を剥離することができる限り特に限定されないが、例えば、細胞1個の接着面積程度よりも大きい面積とすることができる。また、流路220の先端の形状は特に限定されず、流路220の内径は、先端まで同じにしてもよく、先端に向かって漸増させてもよく、先端に向かって漸減させてもよい。また、端面は、流路220の軸に垂直な面としてもよく、流路220の軸と垂直でない面にしてもよい。
【0023】
また、細胞剥離デバイス200においては、流路220を細胞の回収に用いることもできるが、筒状部230は、剥離した細胞を回収する第2の流路を更に備えていてもよい。
【0024】
(変形例1)
図3(a)~(c)は、一実施形態に係る細胞剥離デバイスの構造を示す模式図である。
図3(a)に示すように、細胞剥離デバイス300の筒状部230は、外筒221と内筒261の二重構造となっており、外筒221と内筒261の間が、気体210が流れる第1の流路220であり、内筒261の内部が、剥離した細胞を回収する第2の流路260である。細胞剥離デバイス300は、第1の流路220に気体210を導入又は排出することにより、筒状部230の端部231が液体240中に配置された場合に、端部231に気泡211を配置し又は気泡211の体積を制御する制御部P
1に接続されて、細胞剥離システムを構成していてもよい。制御部P
1は、例えばポンプからなる。また、
図3(a)に示すように、細胞剥離デバイス300は、第2の流路260内の液体の流れを制御する制御部P
2に接続されていてもよい。
【0025】
図3(b)は、
図3(a)に示す筒状部230のb-b’線における矢視断面図である。
図3(b)に示すように、細胞剥離デバイス300の筒状部230は、断面がドーナツ形状の第1の流路220と、第1の流路220に囲まれた第2の流路260とを備えている。
【0026】
上述の例では、第1の流路220に気体210を導入又は排出し、第2の流路260で剥離した細胞を回収することとしたが、第2の流路260に気体210を導入又は排出し、第1の流路220で細胞を回収してもよい。細胞剥離デバイス300は、細胞剥離デバイス200と比較すると、気泡を形成させるために気体210を流す第1の流路220と、細胞を回収するための第2の流路260が独立している点において主に異なる。
【0027】
また、
図3(c)に示すように、細胞剥離デバイス300の筒状部230の端部231に配置される気泡211の形状はドーナツ形状になる。細胞剥離デバイス300によれば、第1の流路220と第2の流路260が独立していることから、第1の流路220の端部231に配置した気泡211で細胞を剥離しながら、剥離した細胞を第2の流路260を通じて回収することができる。
【0028】
(変形例2)
図4(a)~(c)は、一実施形態に係る細胞剥離デバイスの構造を示す模式図である。
図4(a)に示すように、細胞剥離デバイス400は、気体210が流れる流路220を備える筒状部230と、流路220に気体210を導入又は排出することにより、筒状部230の端部231が液体240中に配置された場合に、端部231に気泡211を配置し又は気泡211の体積を制御する制御部P
1に接続されて、細胞剥離システムを構成していてもよい。制御部P
1は、例えばポンプからなる。
【0029】
細胞剥離デバイス400においては、流路220は、細胞を回収するための流路を兼ねている。
【0030】
図4(b)は、
図4(a)に示す筒状部230のb-b’線における矢視断面図である。
図4(b)に示すように、細胞剥離デバイス400の筒状部230は、上述した細胞剥離デバイス200と比較すると、筒状部230の軸方向に垂直な面における断面形状が主に異なる。
【0031】
図4(c)は、細胞剥離デバイス400の筒状部230の端部231に気泡211が配置された状態を示す斜視図である。
図4(c)に示すように、細胞剥離デバイス400の筒状部230の端部231に形成される気泡211は一方向に長い。このため、より広範囲の接着細胞を剥離することが容易である。特に、筒状部230の長手方向と垂直な方向に筒状部230を移動させることにより、接着細胞を効率よく剥離することができる。
【0032】
細胞剥離デバイス400では、流路220が細胞を回収するための流路を兼ねているが、これに限定されず、流路220と細胞回収用流路260は独立していてもよい。この場合、例えば、流路220の内部に細胞回収用流路260が配置されていてもよいし、細胞回収用流路260の内部に流路220が配置されていてもよいし、流路220と細胞回収用流路260が同じ形状あり、隣接して配置されていてもよい。
【0033】
[細胞を操作する方法(第2~4実施形態)]
(第2実施形態)
第2実施形態に係る細胞を剥離する方法は、固相の表面で培養された接着細胞に、気体と液体の界面を接触させることと、前記界面を前記表面に沿って移動させることとを含む。そして、接着細胞に気体と液体の界面を接触させることが、筒状部を備える細胞剥離デバイスの前記筒状部の端部に生成された気泡を、接着細胞に接触させることにより行われる。また、界面を表面に沿って移動させることが、気泡を固相の表面に沿って移動させることにより行われる。
【0034】
図5(a)~(c)は、第2実施形態の方法の一例を説明する模式図である。ここでは、上述した細胞剥離デバイス200を用いて細胞を剥離する場合を説明する。
図5(a)は培養容器500の表面で接着細胞510を培養している状態を示している。接着細胞510は、培地(液体)240中で培養されている。
【0035】
まず、
図5(a)に示すように、細胞剥離デバイス200の流路220に気体210を導入し、筒状部230の端部231に気泡211を配置する。そして、気泡211を接着細胞510に接触させる。これにより、気体210と液体240の界面212(気泡211と培養容器500の接触面の周囲)が接着細胞510に接触することになる。
【0036】
続いて、接着細胞510に気泡211を接触させたまま、細胞剥離デバイス200を培養容器(固相)の表面に沿った方向に移動させる。
図5(a)に、細胞剥離デバイス200の移動方向を矢印で示す。固相の表面に沿った方向は、固相の表面に平行な方向であれば特に限定されず、あらゆる方向であってよい。
【0037】
実施例において後述するように、意外なことに、以上の操作により、接着細胞510を培養容器500から剥離することができる。
【0038】
図5(b)は、接着細胞510が剥離した状態を示す模式図である。細胞剥離デバイス200を、線を描くように動かせば、接着細胞510をライン状に剥離することができる。また、気泡211の大きさを変えることにより、所望の太さのライン状に接着細胞510を剥離することができる。さらに、
図5(b)に示すように、発明者らは、剥離した接着細胞510が、気泡211の表面に付着することを見出した。
【0039】
ここで、
図5(c)に示すように、流路220の気体210を吸引することにより、気泡211の表面に付着した細胞510を回収してもよい。本実施形態によれば、簡易な構成の装置によって細胞を選択的に剥離させることができ、さらに回収することも可能である。
【0040】
図6(a)及び(b)は、第2実施形態の方法の一例を説明する模式図である。ここでは、上述した細胞剥離デバイス400を用いて細胞を剥離する場合を説明する。
図6(a)は培養容器500の表面で接着細胞510を培養している状態を示す上面図である。接着細胞510は、培地(液体)240中で培養されている。
【0041】
まず、
図6(a)に示すように、細胞剥離デバイス400の流路220に気体210を導入し、筒状部230の端部231に気泡211を配置する。そして、気泡211を接着細胞510に接触させる。これにより、気体210と液体240の界面212が接着細胞510に接触することになる。
【0042】
続いて、接着細胞510に気泡211を接触させたまま、細胞剥離デバイス400を培養容器(固相)の表面に沿った方向に移動させる。
図6(a)に、細胞剥離デバイス200の移動方向を矢印で示す。固相の表面に沿った方向は、固相の表面に平行な方向であれば特に限定されず、あらゆる方向であってよい。
【0043】
図6(b)は、接着細胞510が剥離した状態を示す模式図である。この後、剥離した接着細胞510を、流路260を通して回収してもよい。
【0044】
以上、細胞剥離デバイス200及び400を用いる場合を例に第2実施形態の方法を説明した。しかしながら、第2実施形態の方法では、細胞剥離デバイスとして、細胞剥離デバイス200、400以外の細胞剥離デバイスを用いてもよい。細胞剥離デバイス200、400以外の細胞剥離デバイスとしては、例えば、上述した細胞剥離デバイス300等が挙げられるがこれに限定されない。
【0045】
(第3実施形態)
第3実施形態に係る細胞を剥離する方法は、固相の表面で培養された接着細胞に、気体と液体の界面を接触させることと、前記界面を前記表面に沿った方向に移動させることとを含む。そして、接着細胞に気体と液体の界面を接触させることが、端部に気泡が配置された、上述した細胞剥離デバイスの気泡を、接着細胞に接触させることにより行われる。また、界面を表面に沿った方向に移動させることが、細胞剥離デバイスの気泡の体積を変化させることにより行われる。
【0046】
図7(a)及び(b)は、第3実施形態の方法の一例を説明する模式図である。ここでは、上述した細胞剥離デバイス200を用いて細胞を剥離する場合を説明する。
図7(a)は培養容器500の表面で接着細胞510を培養している状態を示している。接着細胞510は、培地(液体)240中で培養されている。
【0047】
まず、
図7(a)に示すように、細胞剥離デバイス200の流路220に気体210を導入し、筒状部230の端部231に気泡211を配置する。そして、気泡211を接着細胞510に接触させる。これにより、気体210と液体240の界面212が接着細胞510に接触することになる。
【0048】
続いて、細胞剥離デバイス200の気泡211の体積を変化させる。具体的には、
図7(b)に示すように、流路220に気体210を導入し、気泡211の体積を増大させる。
【0049】
その結果、気体と液体の界面212(気泡211と培養容器500の接触面の周囲)が、培養容器の表面に沿った方向に移動することになる。すなわち、気泡の表面が、流路220の直下に存在していた接着細胞510を中心として、周囲の全方向に移動する。
【0050】
実施例において後述するように、以上の操作によっても、接着細胞510を培養容器500から剥離することができる。また、
図7(b)に示すように、発明者らは、剥離した接着細胞510が、気泡211の表面に付着することを見出した。
【0051】
ここで、流路220内の気体210を吸引することにより、気泡211の表面に付着した細胞510を回収してもよい。
【0052】
以上、細胞剥離デバイス200を用いる場合を例に第3実施形態の方法を説明した。しかしながら、第3実施形態の方法では、細胞剥離デバイスとして、細胞剥離デバイス200以外の細胞剥離デバイスを用いてもよい。細胞剥離デバイス200以外の細胞剥離デバイスとしては、例えば、上述した細胞剥離デバイス300、細胞剥離デバイス400等が挙げられるがこれらに限定されない。
【0053】
(第4実施形態)
第4実施形態に係る細胞を剥離する方法は、固相の表面で培養された接着細胞に、気体と液体の界面を接触させることと、前記界面を前記表面に沿った方向に移動させることとを含む。そして、接着細胞に気体と液体の界面を接触させることが、端部に気泡が配置された、上述した細胞剥離デバイスの気泡を、接着細胞に接触させることにより行われる。また、界面を表面に沿った方向に移動させることが、細胞剥離デバイスと接着細胞との間の距離を変化させることにより行われる。
【0054】
図8(a)及び(b)は、第4実施形態の方法の一例を説明する模式図である。ここでは、上述した細胞剥離デバイス200を用いて細胞を剥離する場合を説明する。
図8(a)は培養容器500の表面で接着細胞510を培養している状態を示している。接着細胞510は、培地(液体)240中で培養されている。
【0055】
まず、
図8(a)に示すように、細胞剥離デバイス200の流路220に気体210を導入し、筒状部230の端部231に気泡211を配置する。そして、気泡211を接着細胞510に接触させる。これにより、気体210と液体240の界面212が接着細胞510に接触することになる。
【0056】
続いて、細胞剥離デバイスと接着細胞との間の距離を変化させる。具体的には、
図8(b)に示すように、筒状部230を培養容器の表面に近づける。この結果、気泡211が変形する。
【0057】
その結果、気体と液体の界面212(気泡211と培養容器500の接触面の周囲)が、培養容器の表面に沿った方向に移動することになる。すなわち、気泡の表面が、流路220の直下に存在していた接着細胞510を中心として、周囲の全方向に移動する。
【0058】
以上の操作によっても、接着細胞510を培養容器500から剥離することができる。また、
図8(b)に示すように、発明者らは、剥離した接着細胞510が、気泡211の表面に付着することを見出した。
【0059】
ここで、流路220内の気体210を吸引することにより、気泡211の表面に付着した細胞510を回収してもよい。
【0060】
以上、細胞剥離デバイス200を用いる場合を例に第4実施形態の方法を説明した。しかしながら、第4実施形態の方法では、細胞剥離デバイスとして、細胞剥離デバイス200以外の細胞剥離デバイスを用いてもよい。細胞剥離デバイス200以外の細胞剥離デバイスとしては、例えば、上述した細胞剥離デバイス300、細胞剥離デバイス400等が挙げられるがこれらに限定されない。
【0061】
上記各実施形態では、固相に接着した接着細胞を剥離する技術について説明したが、本発明の実施形態はこれらに限定されない。例えば、剥離した接着細胞は、気泡と接触することで気泡の表面に付着するが、気泡の表面への細胞の付着は、培養液中に浮遊している浮遊細胞に対しても適用することができる。
【0062】
[細胞操作システム]
一実施形態において、本発明は、(i)端部が液体中に配置された場合に前記端部に気泡を生成可能な筒状部を備えた、細胞剥離デバイスと、(ii)前記細胞剥離デバイスの筒状部に前記気体を導入又は排出することにより、前記気泡の生成を制御する制御部と、を備える細胞剥離システムを提供する。
【0063】
制御部は、上述したものと同様であり、例えば、シリンジ、ポンプ、これらを制御するCPU等から構成されていてもよい。本実施形態の細胞剥離システムにより、上述した細胞剥離方法を効率よく実施することができる。剥離した細胞は回収することもできる。
【0064】
[流体デバイスシステム]
一実施形態において、本発明は、表面で接着細胞を培養可能な固相が流路内に配置される流体デバイスと、上述した細胞剥離システムと、を備える流体デバイスシステムを提供する。本実施形態の流体デバイスシステムにより、接着細胞を培養し、更に細胞を剥離することができる。剥離した細胞は回収することもできる。
【0065】
以上のように、細胞剥離デバイス、細胞剥離システム、流体デバイスシステムは、簡易な構成の装置で、細胞を選択的に剥離し、回収することが可能である。したがって、例えば、フィーダー細胞上で目的細胞を培養したときに、不要なフィーダー細胞のみ除くことに利用することができ、再生医療に応用することができる。また、細胞を剥離回収した部分への細胞遊走性速度を評価するスクラッチアッセイにも有用である。
【実施例】
【0066】
次に実施例を示して本実施形態を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0067】
[実験例1]
(流路での細胞の剥離)
《培養容器の作製》
図1に写真を示す細胞培養容器を作製した。具体的には、ガラス基板上に、厚さ0.1mmの第1のポリジメチルシロキサン(PDMS)シート、厚さ2mmの第1のアクリル板、厚さ0.1mmの第2のPDMSシート、厚さ2mmの第2のアクリル板をこの順に積層して細胞培養容器を作製した。
【0068】
第1及び第2のPDMSシート及び第1のアクリル板は、レーザ加工機(型式「VLS2.30」、ヨコハマシステムズ社)を用いて、
図1に示す形状の流路パターンをくり抜いて積層した。また、第2のアクリル板には、導入口及び排出口となる孔を形成して積層した。続いて、導入口及び排出口に
図1に示すアダプターを取り付け、細胞培養容器を得た。
【0069】
《細胞の培養》
作製した細胞培養容器の流路内で細胞を培養した。細胞としては、ヒト胃癌細胞株であるKatoIII細胞を使用した。
【0070】
《細胞の剥離》
培養開始から約1日後に、細胞培養容器の流路に空気を流し、続いて培地を流し、顕微鏡で観察した。
図9(a)~(e)は、細胞培養容器の流路を撮影した顕微鏡写真である。倍率は4倍である。
図9(a)は、空気を導入する前の流路の写真である。
図9(b)は、流路の観察領域に空気が流入している途中の状態を撮影した写真である。
図9(c)は、流路の観察領域が完全に空気で満たされた状態を撮影した写真である。
図9(d)は、流路の観察領域から空気が流出している途中の状態を撮影した写真である。
図9(e)は、流路の観察領域が再び培地で満たされた状態を撮影した写真である。
【0071】
この結果、
図9(e)において、流路内の細胞が剥離して観察領域外に流出する様子が確認された。この結果から、固相の表面で培養された接着細胞に、気体と液体の界面を接触させ、続いて、界面を表面に沿った方向に移動させることにより、接着細胞を固相から剥離することができることが明らかとなった。
【0072】
[実験例2]
(細胞剥離デバイスを用いた細胞の剥離1)
上述した細胞剥離デバイス200と同様の構成を有する細胞剥離デバイスを用いて接着細胞の剥離を行った。
【0073】
まず、細胞培養用ディッシュを用いて細胞を培養した。細胞としては、ヒト子宮頸癌由来細胞株であるHeLa細胞を使用した。細胞がコンフルエント状態になるまで培養した後、剥離実験を行った。
【0074】
図10(a)~(c)は、細胞の剥離実験の様子を撮影した顕微鏡写真である。倍率は4倍である。まず、
図10(a)に示すように、細胞剥離デバイスの端部を細胞に接近させた。矢印は細胞剥離デバイスの端部を示す。
【0075】
続いて、
図10(b)に示すように、細胞剥離デバイスの端部に空気の気泡を形成して細胞と接触させ、細胞剥離デバイスを細胞培養用ディッシュの底面に平行な方向に移動させた。
図10(b)中、矢印は細胞剥離デバイスの端部を示す。
【0076】
図10(c)は、細胞が剥離した後の状態を撮影した写真である。
図10(c)中、点線で囲んだ部分は、細胞が剥離した領域を示す。気泡が移動したとおり、ライン状に細胞が剥離したことがわかる。この結果は、固相の表面で培養された接着細胞に、気体と液体の界面を接触させ、続いて、界面を表面に沿った方向に移動させることにより、接着細胞を固相から剥離することができることを更に支持するものである。
【0077】
[実験例3]
(細胞剥離デバイスを用いた細胞の剥離2)
上述した細胞剥離デバイス200と同様の構成を有する細胞剥離デバイスを用いて接着細胞の剥離を行った。
【0078】
まず、細胞培養用ディッシュを用いて細胞を培養した。細胞としては、ヒト子宮頸癌由来細胞株であるHeLa細胞を使用した。細胞がコンフルエント状態になるまで培養した後、剥離実験を行った。
【0079】
図11(a)~(c)は、細胞の剥離実験の様子を撮影した顕微鏡写真である。倍率は4倍である。まず、
図11(a)に示すように、細胞剥離デバイスの端部を細胞に接近させた。
図11(a)中、矢印は細胞剥離デバイスの端部を示す。
【0080】
続いて、
図11(b)に示すように、細胞剥離デバイスの端部に気泡を形成し、細胞剥離デバイスの流路に導入する空気の量を増加させ、気泡の体積を増大させた。
図11(b)中、矢印は細胞剥離デバイスの端部を示す。同様の操作を4回行った。また、気泡の体積を毎回変化させた。
【0081】
図11(c)は、細胞が剥離した後の状態を撮影した写真である。
図11(c)中、点線で囲んだ部分は、細胞が剥離した領域を示す。気泡の周囲が通過した略円形の領域の細胞が剥離した。気泡の体積を変化させることにより、細胞が剥離する面積を制御できることが明らかとなった。この結果は、固相の表面で培養された接着細胞に、気体と液体の界面を接触させ、続いて、界面を表面に沿った方向に移動させることにより、接着細胞を固相から剥離することができることを更に支持するものである。
【符号の説明】
【0082】
200,300,400…細胞剥離デバイス(細胞操作デバイス)、210…気体、211…気泡、212…界面、220…流路(第1の流路)、221…外筒、230…筒状部、231…端部、240…液体、250,P1,P2…制御部、260…第2の流路、261…内筒、500…培養容器、510…接着細胞。