IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社J−オイルミルズの特許一覧

特許7334038バター風味増強方法及びバター風味増強剤
<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-18
(45)【発行日】2023-08-28
(54)【発明の名称】バター風味増強方法及びバター風味増強剤
(51)【国際特許分類】
   A23D 9/00 20060101AFI20230821BHJP
   A23L 15/00 20160101ALN20230821BHJP
【FI】
A23D9/00 504
A23D9/00 508
A23L15/00 D
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2018231620
(22)【出願日】2018-12-11
(65)【公開番号】P2020092625
(43)【公開日】2020-06-18
【審査請求日】2021-11-29
(73)【特許権者】
【識別番号】302042678
【氏名又は名称】株式会社J-オイルミルズ
(72)【発明者】
【氏名】奈良 淑子
(72)【発明者】
【氏名】平岡 香織
(72)【発明者】
【氏名】藤井 九達
(72)【発明者】
【氏名】田中 利佳
【審査官】川崎 良平
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-288314(JP,A)
【文献】特開2012-125152(JP,A)
【文献】特開2002-171903(JP,A)
【文献】特開2018-019619(JP,A)
【文献】特開2018-164444(JP,A)
【文献】特開2011-109960(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23D 7/00- 9/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
バター風味を有する油脂組成物(但し、常温で固型状の油脂組成物を除く)のバター風味増強方法であって、
前記油脂組成物中の水の含有量が1質量%以下であり、
レシチンを含有させることを特徴とする、前記増強方法。
【請求項2】
前記レシチンを0.02質量%以上5質量%以下含有させる、請求項1に記載の増強方法。
【請求項3】
前記油脂組成物は離形用途に用いられる、請求項1又は2に記載の増強方法。
【請求項4】
バター風味を有する油脂組成物(但し、常温で固型状の油脂組成物を除く)のバター風味増強剤であって、
前記油脂組成物中の水の含有量が1質量%以下であり、
レシチンを有効成分とする、前記増強剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バター風味を有する油脂組成物のバター風味増強方法及びバター風味増強剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、乳原料の価格高騰にともない、食品の価格維持のために乳原料の使用量削減が望まれている。ところが、バターは、味だけでなくその風味の強さも重要視されるため、使用量削減により食品の品質を低下させる恐れがあった。
そこで、食品の品質を維持するために、バター風味の代替材料として、香料としてのバターフレーバーが存在する。しかしながら、このような香料は、風味を向上させるものの、添加しすぎると異味を生じさせるという問題を有していた。
特許文献1には、高甘味度甘味料であるスクラロースによってバター風味を向上させることが記載されている。
【0003】
一方、レシチンは、天然の乳化剤として食品、工業用品、化粧品、医薬品などに幅広く使用されている。食品に対しては、従来より、油の飛び跳ね防止(特許文献2を参照)や離型剤(特許文献3を参照)の目的で用いられてきた。しかしながら、特許文献2及び特許文献3には、レシチンによってバター風味を増強できる点についての記載はなく、示唆もない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2018-019707号公報
【0005】
【文献】特開2017-035023号公報
【0006】
【文献】特開2017-123882号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載の方法においては、甘味を付与したくない食品へ適用することが難しい。また、高甘味度甘味料特有の異風味を食品に生じさせる可能性を有している。
【0008】
そこで、本発明は、バター風味を有する油脂組成物のバター風味増強方法及びバター風味増強剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は、鋭意検討を行い、バター風味を有する油脂組成物中にレシチンを含有させることにより、当該バター風味を増強可能であることを見出し、本発明を完成させた。
【0010】
本発明のバター風味増強方法は、バター風味を有する油脂組成物のバター風味増強方法であって、レシチンを含有させることを特徴とする。
【0011】
また、前記レシチンを0.02質量%以上5質量%以下含有させることが好ましい。
【0012】
本発明のバター風味増強剤は、バター風味を有する油脂組成物のバター風味増強剤であって、レシチンを有効成分とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明のバター風味増強方法及びバター風味増強剤は、バター風味を有する油脂組成物のバター風味を増強することを可能とする。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に、本発明のバター風味増強方法及びバター風味増強剤の具体的な実施形態について説明する。
【0015】
まず、本発明における「バター風味を有する油脂組成物」とは、油脂組成物に対して、生乳から作られたバターの風味、当該バターを加熱した際に生じるローストバターの風味、及び生クリームを発酵させて作られた発酵バターの風味などの「バター風味」が、予め、付与されている油脂組成物のことである。
なお、油脂組成物に当該バター風味を付与する方法は、特に限定するものではないが、例えば、バター風味原料として、生乳由来のバター及びその加工品、発酵バター及びその加工品、バターフレーバーを有する香料、ローストバターフレーバーを有する香料、及び発酵バターフレーバーを有する香料から選ばれる1種又は2種以上を選択して含有させるものである。好ましくはバターフレーバーを有する香料及びローストバターフレーバーを有する香料から選ばれる1種又は2種である。バター風味を有する油脂組成物中におけるバター風味原料の含有量は、特に限定するものではなく、好ましくは0.005質量%以上2質量%以下であり、より好ましくは0.01質量%以上2質量%以下であり、さらに好ましくは0.01質量%以上1質量%以下であり、さらにより好ましくは0.01質量%以上0.5質量%以下である。少なくとも食用油脂、バター風味原料及びレシチンを合わせて100質量%以下である。
【0016】
本発明のバター風味増強方法は、バター風味を有する油脂組成物に対して、レシチンを含有させるものである。
【0017】
ここで、レシチンとは、各種リン脂質を主体とする混合物の総称であり、主要な成分は、ホスファチジルコリン(PC)、ホスファチジルエタノールアミン(PE)、ホスファチジルイノシトール(PI)、ホスファチジルセリン(PS)、ホスファチジルグリセロール(PG)、ホスファチジン酸(PA)及びこれらのリン脂質に結合しているsn-1位あるいはsn-2位の脂肪酸が加水分解されたリゾ体を含むアシルグリセロ型リン脂質である。このようなレシチンは、動物、植物、微生物などの生体内に幅広く分布しており、特に、動物の脳や肝臓、それに卵黄、パーム、落花生、大豆、ヒマワリ、菜種及び酵母などに多く含まれている。本発明におけるレシチンの原料は、特に限定するものではないが、例えば、卵黄、大豆、ヒマワリ及び菜種であることが好ましく、大豆であることがより好ましい。
【0018】
レシチンには、製造方法又はリン脂質の純度に応じて、クルードレシチン(粗製レシチンやペーストレシチンとも称する);脱油レシチン(粉末レシチンとも称する);分別レシチン(精製レシチンとも称する);酵素処理レシチン等がある。本発明においては、植物原料由来のクルードレシチンを用いることが好ましい。
【0019】
なお、本明細書において、レシチンの含有量は、食品添加物公定法分析試験法により定められた、アセトン不溶物に換算した値を意味する。レシチン原料中のアセトン不溶物の含有割合は、具体的には以下の測定により求められる。
(レシチン原料中のアセトン不溶物の含有割合の測定方法)
(1)レシチン約2gの質量を精密に量り質量(A)を得る。
(2)量りとったレシチンを50mL目盛付き共栓遠心管に入れ、石油エーテル3mLを加えて溶かす。
(3)(2)にアセトン15mLを加えてよく撹拌した後、氷水中に15分間静置する。
(4)(3)に予め0℃以上5℃以下に冷却したアセトンを加えて50mLとし、よく撹拌して氷水中に15分間静置した後、毎分3000回転で10分間遠心分離し、上層液をフラスコに採る。
(5)(3)で共栓遠心管に残った沈殿物に0℃以上5℃以下のアセトンを加えて50mLとし、氷水中で冷却しながらよく撹拌した後、毎分3000回転で10分間遠心分離する。
(6)分離した上層液を(3)のフラスコに合わせ、水浴上で蒸留し、残留物を105℃で1時間乾燥し、その質量を精密に量り質量(B)を得る。
(7)得られた質量(A)及び(B)を以下の式(1)に代入して、レシチン原料中のアセトン不溶物の含有割合を算出する。
アセトン不溶物(質量%)=(1-B/A)×100 ・・・ (1)
【0020】
本発明のバター風味増強方法においては、バター風味を有する油脂組成物に対して、レシチンを0.02質量%以上5質量%以下含有させることが好ましく、0.05質量%以上5質量%以下含有させることがより好ましく、0.1質量%以上5質量%以下含有させることがさらに好ましく、0.2質量%以上4質量%以下含有させることがさらにより好ましく、0.3質量%以上4質量%以下含有させることがより一層好ましく、0.6質量%以上3質量%以下含有させることがさらに一層好ましく、1質量%以上3質量%以下含有させることがことさらに好ましく、1.2質量%以上3質量%以下含有させることが特に好ましく、1.2質量%以上2.5質量%以下含有させることが最も好ましい。
【0021】
本発明におけるバター風味を有する油脂組成物は、少なくとも食用油脂と、バター風味原料とを含むものである。好ましくは、水の含有量が1質量%以下である。
【0022】
食用油脂は、特に限定するものではないが、例えば、大豆油、菜種油、コーン油、パーム油、パーム核油、ヒマワリ油、オリーブ油、綿実油、紅花油、亜麻仁油、ゴマ油、米油、落花生油、ヤシ油等の植物油脂、豚脂、牛脂、鶏脂等の動物油脂、中鎖脂肪酸トリグリセリド並びにこれらに分別、水素添加、エステル交換等を施した加工油脂が挙げられる。これらの食用油脂は、1種単独でも2種以上の併用でもよい。好ましくは大豆油、菜種油、コーン油、パーム油、パーム核油、ヒマワリ油及びオリーブ油から選ばれる1種又は2種以上を当該食用油脂中に60質量%以上、好ましくは80質量%以上、より好ましくは90質量%以上含むものであり、上限は特にないが100質量%以下である。さらに食用油脂は、より好ましくは大豆油、菜種油及びコーン油から選ばれる1種又は2種以上を当該食用油脂中に60質量%以上、好ましくは80質量%以上、より好ましくは90質量%以上含むものであり、上限は特にないが100質量%以下である。食用油脂は、バター風味を有する油脂組成物中に、85質量%以上含まれていることが好ましく、90質量%以上含まれていることがより好ましく、95質量%以上含まれていることがさらに好ましく、少なくとも、食用油脂、バター風味原料及びレシチンを合わせて100質量%以下である。なお、食用油脂は、油脂組成物に適度な粘度をもたせるために、パーム核油、大豆や菜種油などの極度硬化油を1質量%以上6質量%以下含有してもよい。
【0023】
また、バター風味を有する油脂組成物は、上記のレシチン、食用油脂及びバター風味原料以外にも、レシチンの効果を阻害しない範囲においてその他の原料を含んでもよい。その他の原料としては、例えば、レシチン以外の乳化剤;塩などの調味料;酸化防止剤;着色料等が挙げられる。
【0024】
バター風味を有する油脂組成物は、食品を加熱調理する際の敷き油や炒め油等の離形用途、食品に混錬する練り込み用途、そのまま食品に塗る生食用途などに用いることができる。適用する食品としては、イングリッシュマフィン等のパン、ドーナッツ、クッキー、スポンジケーキ、目玉焼き、玉子焼き、スクランブルエッグなどが挙げられる。
【0025】
本発明のバター風味増強剤は、バター風味を有する油脂組成物のバター風味を増強するものであり、レシチンを有効成分として含有する。なお、レシチンについての説明は、上述しているので省略する。
【0026】
本発明のバター風味増強剤は、レシチンを5質量%以上100質量%以下含有していることが好ましく、20質量%以上100質量%以下含有していることがより好ましく、50質量%以上100質量%以下含有していることがさらに好ましく、70質量%以上100質量%以下含有していることがさらにより好ましく、80質量%以上100質量%以下含有していることが特に好ましい。
【0027】
本発明のバター風味増強剤は、レシチン以外にも、発明の効果を損ねない範囲でその他の成分を含んでもよく、例えば、レシチン以外の乳化剤;食用油脂;酸化防止剤;着色料等が挙げられる。
【0028】
このような本発明のバター風味増強剤の添加量は、バター風味を有する油脂組成物中にレシチンが、0.02質量%以上5質量%以下となることが好ましく、0.05質量%以上5質量%以下となることがより好ましく、0.1質量%以上5質量%以下となることがさらに好ましく、0.2質量%以上4質量%以下となることがさらにより好ましく、0.3質量%以上4質量%以下となることがより一層好ましく、0.6質量%以上3質量%以下となることがさらに一層好ましく、1質量%以上3質量%以下となることがことさらに好ましく、1.2質量%以上3質量%以下となることが特に好ましく、1.2質量%以上2.5質量%以下となることが最も好ましい。
【実施例
【0029】
以下に、本発明のバター風味増強方法及びバター風味増強剤の実施例を説明する。
【0030】
まず、本実施例において用いた食用油脂、バター風味原料及びレシチンを以下に挙げる。
(食用油脂)(いずれも水の含有量は1質量%以下である。)
1.大豆油:AJINOMOTO コクとうまみの大豆の油、株式会社J-オイルミルズ製
2.菜種油:AJINOMOTO さらさらキャノーラ油、株式会社J-オイルミルズ製
3.コーン油:AJINOMOTO 胚芽の恵みコーン油、株式会社J-オイルミルズ製
(バター風味原料)
4.バターフレーバー:バターフレーバーAJ-5916、長谷川香料株式会社製
5.ローストバターフレーバー:ローストバターコンクSC681491、アイ・エフ・エフ日本株式会社製
(レシチン)
6.レシチン:レシチンAY、大豆由来、クルードレシチン、アセトン不溶物含有割合60質量%以上(食品添加物公定法分析試験法)、株式会社J-オイルミルズ製
【0031】
表1に示す配合にてバター風味を有する油脂組成物(試験油)を調製した。
【0032】
<1.イングリッシュマフィンによる試験>
比較例1、比較例2及び実施例1乃至11の試験油をイングリッシュマフィン(イングリッシュマフィン、敷島製パン株式会社製)に2g塗り広げて、以下の評価指標に基づいて専門パネラー2名にてバター風味の強度について0.5刻みで官能評価を行った。例えば、バター風味の強度が、4と5の間の場合には、評価値を4.5とした。実施例1乃至6は比較例1を対照として評価し、実施例7乃至11は比較例2を対照として評価した。得られた2名の点数の平均点を評価値として表1に示す。
【0033】
(評価指標)
5:比較例1又は比較例2と比較して風味が非常に強い
4:比較例1又は比較例2と比較して風味が強い
3:比較例1又は比較例2と比較して風味が少し強い
2:比較例1又は比較例2と同等の風味である
1:比較例1又は比較例2と比較して風味が弱い
【0034】
【表1】
【0035】
表1に示すように、実施例1乃至11の試験油は、レシチンを添加していない比較例1又は比較例2と比較して、いずれもバター風味が増強されていることが分かる。なお、異風味については、いずれの実施例においても感じられなかった。
【0036】
また、本発明のバター風味増強方法においては、バター風味を有する油脂組成物中にレシチンを0.1質量%以上2質量%以下含有させることで、バター風味の増強効果が得られた。特に、レシチンを0.3質量%以上2質量%以下含有させた実施例2乃至6及び実施例8乃至11において、顕著なバター風味増強効果が得られた。
【0037】
さらに、本発明のバター風味増強方法においては、バター風味を有する油脂組成物の食用油脂が、大豆油、菜種油及びコーン油のいずれにおいても優れたバター風味の増強効果が得られた。特に、実施例8、10及び11を比較すると、バター風味を有する油脂組成物の食用油脂が菜種油又はコーン油である場合に、より顕著なバター風味増強効果が得られることが分かった。
【0038】
そして、本発明のバター風味増強方法においては、バター風味を有する油脂組成物中におけるバターフレーバー及びローストバターフレーバーのバター風味の増強効果が明らかとなった。特に、実施例1及び7を比較すると、バター風味原料としてローストバターフレーバーを用いた場合に、より顕著なバター風味増強効果が得られた。
【0039】
<2.スクランブルエッグによる試験>
表1における比較例1、実施例1、3及び4の試験油を用いてスクランブルエッグを調製し、バター風味の増強効果について検討した。
スクランブルエッグは、熱したフライパンに試験油5gを広げて、溶き卵50mlを入れ、2分間加熱しながらすばやく撹拌して調製した。得られたスクランブルエッグを専門パネラー2名にて官能評価した。
【0040】
実施例1,3及び4の試験油を用いて調製したスクランブルエッグは、比較例1を用いて調製したスクランブルエッグと比較して、バター風味が強く感じられた。この結果から、本実施例の試験油をスクランブルエッグに適用した場合においても、バター風味の増強効果が認められた。
【0041】
本発明のバター風味増強方法及びバター風味増強剤は、上述の実施形態及び実施例に限定されるものではなく、発明の効果を損ねない範囲において、種々の変更が可能である。