(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-21
(45)【発行日】2023-08-29
(54)【発明の名称】EMS/AHPNDに対する防御効果を提供するIgY抗体含有餌料
(51)【国際特許分類】
A61K 39/395 20060101AFI20230822BHJP
A61P 31/04 20060101ALI20230822BHJP
A23K 50/80 20160101ALI20230822BHJP
A23K 10/16 20160101ALI20230822BHJP
A61K 35/54 20150101ALN20230822BHJP
【FI】
A61K39/395 D
A61K39/395 Y
A61P31/04 171
A23K50/80
A23K10/16
A61K35/54
(21)【出願番号】P 2019521341
(86)(22)【出願日】2018-06-01
(86)【国際出願番号】 JP2018021145
(87)【国際公開番号】W WO2018221716
(87)【国際公開日】2018-12-06
【審査請求日】2021-01-28
(31)【優先権主張番号】P 2017110122
(32)【優先日】2017-06-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】504196300
【氏名又は名称】国立大学法人東京海洋大学
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100122644
【氏名又は名称】寺地 拓己
(72)【発明者】
【氏名】廣野 育生
(72)【発明者】
【氏名】近藤 秀裕
(72)【発明者】
【氏名】中村 梨夏
(72)【発明者】
【氏名】山本 雅一
【審査官】濱田 光浩
(56)【参考文献】
【文献】特開平05-255113(JP,A)
【文献】Development of monoclonal antibodies specific to ToxA and ToxB of Vibrio parahaemolyticus that cause acute hepatopancreatic necrosis disease,Aquaculture,2017年03月23日,Vol. 474,p. 75-81,http://dx.doi.org/10.1016/j.aquacuculture.2017.03.039
【文献】Biotechnology Advances,2011年,Vol. 29,p. 860-868,doi: 10.1016/j.biotechadv.2011.07.003
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 39/395
A61P 31/04
A23K 50/80
A23K 10/16
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
毒素Aに対するIgY抗体を含む、毒素AおよびBを発現するビブリオ属細菌によるエビ類の感染症を防除するための組成物であって、感染症が、エビ類の早期死亡症候群/急性肝すい臓壊死病(EMS/AHPND)であ
り、前記抗体が、鶏卵抗体である、前記組成物。
【請求項2】
毒素AおよびBを発現するビブリオ属細菌が、毒素AおよびBを発現するビブリオ・パラヘモリティカス(Vibrio parahaemolyticus)、ビブリオ・オウェンジー(Vibrio owensii)、ビブリオ・ハーベイ(Vibrio harveyi)、またはビブリオ・カンプベリイ(Vibrio campbellii)である、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
組成物がエビ類餌料である、請求項1または2に記載の組成物。
【請求項4】
毒素Aに対する抗体を含む全卵粉末を、組成物重量に対して0.1%~20%含む、
請求項3に記載の組成物。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載の組成物をエビ類に投与する、または摂取させることを含む、毒素AおよびBを発現するビブリオ属細菌によるエビ類の感染症を処置する方法であって、感染症が、エビ類の早期死亡症候群/急性肝すい臓壊死病(EMS/AHPND)である、前記方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、毒素Aおよび毒素Bを発現するビブリオ属細菌によるエビ類の感染症を防除するための組成物、および当該組成物をエビ類に投与するまたは摂取させることを含むエビ類毒素Aおよび毒素Bを発現するビブリオ属細菌によるエビ類の感染症を防除する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
EMSまたはAHPND(早期死亡症候群または急性肝すい臓壊死病;以下、本明細書においてEMS/AHPNDと表記することがある。)は、近年被害が拡大しているエビ類の感染症で、その原因菌は特殊タイプの腸炎ビブリオ(ビブリオ・パラヘモリティカス(Vibrio parahaemolyticus))である。
【0003】
一般的に、海水中にはビブリオ・パラヘモリティカスが常在しているが、特殊タイプのビブリオ・パラヘモリティカスのみがエビ類に病原性を示すことが分かっており、この特殊タイプの腸炎ビブリオが産生する毒素Aおよび毒素Bがエビへの致死因子として働く可能性が報告されている(非特許文献1、2)。また、毒素Aまたは毒素Bの組換え体を用いた試験では、毒素Aおよび毒素Bの両方が存在する場合に、EMS/AHPNDの病態が生じ、用量依存的に死亡率が上昇するが、毒素Aまたは毒素Bいずれかが単独で存在する場合には死亡率は認められないことが報告されている(非特許文献3)。
【0004】
また、ビブリオ属の他の種である、ビブリオ・オウェンジー(Vibrio owensii)、ビブリオ・ハーベイ(Vibrio harveyi)、またはビブリオ・カンプベリイ(Vibrio campbellii)も、毒素AおよびBを発現し、EMS/AHPNDを引き起こすことが報告されている(非特許文献4~6)。
【0005】
エビ類においては、抗体を介した特異的免疫機能が存在しないといわれており、エビ類の感染症に対して能動免疫による感染防除効果は期待できない。エビ類における感染症に対する防除対策として抗生物質を用いる方法があるが、抗生物質の多用に伴い耐性菌の出現といった問題点もある。
【0006】
エビ類における感染症に対するその他の防除対策として、受動免疫が注目されている。受動免疫による感染症の防除方法は、病原体に対する抗体を対象に投与するまたは摂取させることにより、当該病原体による感染症を防除する手法である。エビ類について、病原体を抗原とした鶏卵由来IgYを経口投与することで感染症防除効果が得られたことが報告されている(特許文献1、非特許文献7)。IgYとは、鶏が持つ免疫グロブリンであり、主に卵黄に存在する。抗原を用いて鶏に免疫した際に、当該抗原に特異的なIgYが作られた後、卵内の卵黄に移行することから、動物の命を犠牲にすることなく特異的抗体を大量かつ安価に生産できる手法として注目されている。
【0007】
ここで、非特許文献7は、ビブリオ・パラヘモリティカスの菌体そのものを抗原としたIgYを用いることを記載している。しかし、その生存率は60%程度(すなわち、IgY摂取により致死率が40%程度に抑制された)にとどまっている。
【0008】
エビ類におけるEMS/AHPNDについて、より高い生存率を達成するために有効な防除方法が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【非特許文献】
【0010】
【文献】Tinwongger, S., et al., J. Appl. Microbiol., 2016 Dec;121(6):1755-1765
【文献】Lee, C. T., et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 2015 Aug 25; 112(34):10798-803
【文献】Sirikharin, R., et al., PLOS ONE, 2015 May 27; 10(5): e0126987
【文献】Liu, L., et al., Genome Announc., 2015 Dec 3; 3(6):e01395-15
【文献】Kondo, H., et al., Genome Announc., 2015 Sep 17; 3(5):e00978-15
【文献】Xiao J., et al., Sci. Rep., 2017 Feb 7; 7:42177
【文献】Gao, X., et al., Int. J. Mol. Sci., 2016 May; 17(5): 723
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、毒素Aおよび毒素Bを発現するビブリオ属細菌によるエビ類の感染症を防除するための組成物、および当該組成物をエビ類に投与するまたは摂取させることを含むエビ類毒素Aおよび毒素Bを発現するビブリオ属細菌によるエビ類の感染症を防除する方法を提供する。本明細書において、処置方法は、防除方法、治療方法および予防方法を包含する。防除方法は、治療方法および予防方法を包含する。
【課題を解決するための手段】
【0012】
以上に鑑み、本件の発明者は、特殊タイプの腸炎ビブリオが産生する毒素Aおよび毒素Bに注目し、研究を開始した。鋭意検討の結果、毒素Aに対するIgYが、エビ類のEMS/AHPNDによる死亡率を劇的に低減することを見いだした。当該知見に基づいて、本発明は完成された。
【0013】
すなわち、一態様において、本発明は以下のとおりであってよい。
[1]毒素AおよびBを発現するビブリオ属細菌によるエビ類の感染症を防除するための組成物であって、毒素Aに対する抗体を含む、前記組成物。
[2]毒素AおよびBを発現するビブリオ属細菌が、毒素AおよびBを発現するビブリオ・パラヘモリティカス(Vibrio parahaemolyticus)、ビブリオ・オウェンジー(Vibrio owensii)、ビブリオ・ハーベイ(Vibrio harveyi)、またはビブリオ・カンプベリイ(Vibrio campbellii)である、上記[1]に記載の組成物。
[3]毒素Aに対する抗体が、毒素Aで免疫した鶏の卵より得られる鶏卵抗体である、上記[1]または[2]に記載の組成物。
[4]毒素Aに対する抗体が、毒素Aに対するIgY抗体である、上記[1]または[2]に記載の組成物。
[5]感染症が、エビ類の早期死亡症候群/急性肝すい臓壊死病(EMS/AHPND)である、上記[1]または[2]のいずれか1項に記載の組成物。
[6]組成物がエビ類餌料である、上記[1]または[2]に記載の組成物。
[7]毒素Aに対する抗体を含む全卵粉末を、組成物重量に対して0.1%~20%含む、上記[6]に記載の組成物。
[8]上記[1]~[7]のいずれか1項に記載の組成物をエビ類に投与する、または摂取させることを含む、毒素AおよびBを発現するビブリオ属細菌によるエビ類の感染症を防除する方法。
[9]上記[1]~[8]のいずれか1項に記載の組成物をエビ類に投与する、または摂取させることを含む、毒素AおよびBを発現するビブリオ属細菌によるエビ類の感染症を処置する方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、ビブリオ属細菌の毒素Aに対する抗体を含む組成物が、毒素AおよびBを発現するビブリオ属細菌による感染症を防除するために有効であることが示された。本発明の組成物は、EMS/AHPNDによるエビ類の死亡率を20%以下にまで低減することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1は、感染実験の結果を示すグラフである。縦軸は累積死亡率を示し、横軸はAHPND菌体を浸漬感染させた後の時間を示す。グラフ中、Controlは、免疫していないニワトリ由来の鶏卵粉末を給餌した区;Aは、試験区Aの全卵粉末を含む餌料を給餌した区;Bは、試験区Bの全卵粉末を含む餌料を給餌した区;ABは、試験区ABの全卵粉末を含む餌料を給餌した区
;を示す。
【
図2】
図2は、感染実験の結果を示すグラフである。縦軸は累積死亡率を示し、横軸はAHPND菌体を浸漬感染させた後の時間(日数)を示す。グラフ中、コントロール-1は、免疫していないニワトリ由来の全卵粉末を1重量%含む餌料を与えた区;コントロール-10は、免疫していないニワトリ由来の全卵粉末を10重量%含む餌料を与えた区;toxinA-1は、試験区Aの全卵粉末を1重量%含む餌料を与えた区;toxinA-10は、試験区Aの全卵粉末を10重量%含む餌料を与えた区;を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。本明細書で特段に定義されない限り、本発明に関連して用いられる科学用語および技術用語は、当業者によって一般に理解される意味を有するものとする。
【0017】
定義
本明細書において「エビ類」とは、クルマエビ科(family Panaeidae)に属するエビをいう。クルマエビ科に属するエビは、例えばバナメイエビ、ブラックタイガー、クルマエビであってもよい。
【0018】
本明細書において「毒素AおよびBを発現するビブリオ属細菌」とは、ビブリオ属細菌であって、毒素Aおよび毒素Bを発現する細菌を意味する。そのような細菌には、ビブリオ・パラヘモリティカス、ビブリオ・オウェンジー、ビブリオ・ハーベイ、またはビブリオ・カンプベリイであって、毒素AおよびBを発現する細菌が含まれる。好ましい態様において、「毒素AおよびBを発現するビブリオ属細菌」は、毒素AおよびBを発現するビブリオ・パラヘモリティカスであってもよい。
【0019】
本明細書において「毒素AおよびBを発現するビブリオ属細菌によるエビ類の感染症」とは、毒素AおよびBを発現するビブリオ属細菌の感染により引き起こされるエビ類の疾病であれば特に限定されない。当該感染症にはエビ類のEMS/AHPNDが含まれる。「毒素AおよびBを発現するビブリオ属細菌によるエビ類の感染症」を、本明細書において単に「エビ類の感染症」と表記することがある。
【0020】
本明細書において「毒素A」とは、ビブリオ・パラヘモリティカス由来の毒素A(アミノ酸配列は配列番号2に示され、それをコードする塩基配列は配列番号1に示される)、またはその変異体もしくはホモログである。ビブリオ・パラヘモリティカス由来の毒素Aは、GenBankアクセッション番号AB972427.1に開示される塩基配列の1119~1454番目のヌクレオチドによりコードされる。
【0021】
本明細書において「毒素B」とは、ビブリオ・パラヘモリティカス由来の毒素B(アミノ酸配列は配列番号4に示され、それをコードする塩基配列は配列番号3に示される)、またはその変異体もしくはホモログである。ビブリオ・パラヘモリティカス由来の毒素Bは、GenBankアクセッション番号AB972427.1に開示される塩基配列の1467~2783番目のヌクレオチドによりコードされる。
【0022】
本明細書において「変異体」とは、元となるタンパク質のアミノ酸配列に対して、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、挿入もしくは付加された配列を有するタンパク質を意味してもよい。「1もしくは数個のアミノ酸が欠失、挿入もしくは付加された」とは、対象となるアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸(例えば、アミノ酸配列の全長に対して30%、好ましくは25%、20%、15%、10%、5%、3%、2%または1%のアミノ酸)が欠失しているか、他のアミノ酸に置換されているか、他のアミノ酸が挿入されているか、および/または他のアミノ酸が付加されていることを意味する。
【0023】
上記のうち置換は、好ましくは保存的置換である。保存的置換とは、特定のアミノ酸残基を類似の物理化学的特徴を有する残基で置き換えることであるが、もとの配列の構造に関する特徴を実質的に変化させなければいかなる置換であってもよく、例えば、置換アミノ酸が、もとの配列に存在するらせんを破壊したり、もとの配列を特徴付ける他の種類の二次構造を破壊したりしなければいかなる置換であってもよい。以下に、アミノ酸残基の保存的置換について置換可能な残基ごとに分類して例示するが、置換可能なアミノ酸残基は以下に記載されているものに限定されるものではない。
A群:ロイシン、イソロイシン、バリン、アラニン、メチオニン
B群:アスパラギン酸、グルタミン酸
C群:アスパラギン、グルタミン
D群:リジン、アルギニン、
E群:セリン、スレオニン
F群:フェニルアラニン、チロシン
【0024】
非保存的置換の場合は、上記種類のうち、ある1つのメンバーと他の種類のメンバーとを交換することができる。例えば、不用意な糖鎖修飾を排除するために上記のB、D、E群のアミノ酸をそれ以外の群のアミノ酸に置換してもよい。または、3次構造でタンパク質中に折りたたまれることを防ぐためにシステインを欠失させるか、他のアミノ酸に置換してもよい。あるいは、親水性/疎水性のバランスが保たれるように、または合成を容易にするために親水度を上げるように、アミノ酸に関する疎水性/親水性の指標であるアミノ酸のハイドロパシー指数(J. Kyte およびR. Doolittle, J. Mol. Biol., Vol.157, p.105-132, 1982)を考慮して、アミノ酸を置換してもよい。
【0025】
あるいは、本明細書において「変異体」とは、元となるタンパク質のアミノ酸配列に対して少なくとも70%の配列同一性を有するアミノ酸配列を含むタンパク質を意味してもよい。好ましくは、「変異体」は、元となるタンパク質のアミノ酸配列に対して少なくとも80%、85%、90%、95%、97%、または99%の配列同一性を有するアミノ酸配列を含むタンパク質であってもよい。2つのアミノ酸配列の同一性%は、視覚的検査および数学的計算によって決定することができる。また、コンピュータープログラムを用いて同一性%を決定することもできる。そのようなコンピュータープログラムとしては、例えば、BLASTおよびClustalW等があげられる。特に、BLASTプログラムによる同一性検索の各種条件(パラメーター)は、Altschulら(Nucl. Acids. Res., 25, p.3389-3402, 1997)に記載されたもので、NCBIやDNA Data Bank of Japan(DDBJ)のウェブサイトから公的に入手することができる(BLASTマニュアル、Altschulら NCBI/NLM/NIH Bethesda, MD 20894;Altschulら)。また、遺伝情報処理ソフトウエアGENETYX Ver.7(ゼネティックス)、DNASIS Pro(日立ソフト)、Vector NTI(Infomax)等のプログラムを用いて決定することもできる。
【0026】
本明細書においてビブリオ・パラヘモリティカス由来の毒素Aまたは毒素Bの「ホモログ」とは、他のビブリオ属細菌由来の毒素Aまたは毒素Bであってもよい。好ましくは、ビブリオ・パラヘモリティカス由来の毒素Aまたは毒素Bの「ホモログ」は、ビブリオ・オウェンジー、ビブリオ・ハーベイ、またはビブリオ・カンプベリイ由来の毒素Aまたは毒素Bであってもよい。
【0027】
本明細書において「毒素AおよびBを発現するビブリオ属細菌によるエビ類の感染症を防除する」とは、毒素AおよびBを発現するビブリオ属細菌の感染を防ぎ、毒素AおよびBを発現するビブリオ属細菌によるエビ類の感染症の発症を防ぐ作用を意味する。エビ類の感染症の防除効果は、エビ類の感染症による死亡率の低減効果により評価してもよい。エビ類はEMS/AHPNDによりほぼ100%死滅する。EMS/AHPNDによる死亡率が、処置しない区と比較して低減した場合は、エビ類の感染症を防除したと判断することができる。好ましい態様において、EMS/AHPNDによる死亡率が50%以下、40%以下、30%以下、25%以下、または20%以下に低減した場合に、エビ類の感染症を防除したと判断してもよい。
【0028】
エビ類の感染症を防除するための組成物
本発明は、毒素AおよびBを発現するビブリオ属細菌によるエビ類の感染症を防除するための組成物であって、毒素Aに対する抗体を含む、前記組成物に関する。当該組成物を、以下、本明細書において「本発明の組成物」と表記することがある。各構成についての範囲は、上記「定義」の項目において記載した通りである。
【0029】
毒素Aに対する抗体は、毒素Aに対して特異的な抗体であれば特に限定されない。
【0030】
一態様において、毒素Aに対する抗体は、毒素Aで免疫した鶏の卵より得られる鶏卵抗体である。「鶏卵抗体」とは、鶏の卵に含まれる抗体である。鶏を抗原で免疫することにより、当該抗原に特異的な抗体が作られ、卵内の卵黄に移行することが知られている。また、鶏卵抗体には、主にIgY(免疫グロブリン・クラスY)が含まれることが知られている。好ましい態様において、本発明の組成物に含まれる毒素Aに対する抗体は毒素Aに対するIgY抗体である。
【0031】
毒素Aに対する抗体は、例えば、鶏を毒素Aで免疫し、免疫した鶏から得られた卵の全卵または卵黄より得ることができる。ここで、毒素Aで鶏を免疫する際には、接種源に含まれる抗原は毒素Aのみとする。複数の抗原で鶏を免疫する場合は、他の抗原は、毒素Aを接種した部位とは異なる部位に接種する。鶏を毒素Aで免疫する際の接種回数および接種量は、鶏の卵において毒素Aに対する抗体が生じる条件であれば特に限定されない。例えば、鶏は毒素Aで複数回、例えば、3回、5回、7回、または10回接種することが、鶏卵における抗体価を上げるために好ましい。また、1回あたりの接種量は、0.1~5.0mg/mL、0.3~3.0mg/mL、0.5~1.0mg/mL、または0.7mg/mLであることができる。
【0032】
毒素Aで免疫した鶏から得られた卵の全卵または卵黄を粉末化したものを、毒素Aに対する抗体を含む材料として使用してもよい。毒素Aに対する抗体を含む全卵粉末を用いることが好ましい。全卵粉末を用いることにより、卵を卵白と卵黄とに分離する、IgY抗体を分離する等の工程を減らすことができ、組成物の製造コストの低減を図ることができる。
【0033】
一態様において、本発明の組成物は、エビ類餌料である(以下、「本発明のエビ類餌料」と記載することがある)。エビ類餌料は、毒素Aに対する抗体と公知のエビ類用の餌料(例えば、市販のエビ類用の餌料)と混合することにより得てもよい。例えば、毒素Aに対する抗体を含む全卵粉末と公知のエビ類用の餌料を混合することにより、エビ類餌料を得てもよい。毒素Aに対する抗体を含む全卵粉末を用いる場合、組成物重量に対して全卵粉末を0.1重量%以上、0.5重量%以上、1.0重量%以上、5.0重量%以上、10重量%以上含むように調整してもよい。組成物重量に対する全卵粉末の含有量の上限に特に制限はなく、当業者が適宜設定することができる。組成物の製造コストを考慮する場合、組成物重量に対する全卵粉末の含有量は20重量%以下とすることが好ましい。
【0034】
エビ類の感染症を防除するための方法
本発明は、本発明の組成物をエビ類に投与する、または摂取させることを含む、毒素AおよびBを発現するビブリオ属細菌によるエビ類感染症を防除する方法に関する。以下、本明細書において「本発明のエビ類の感染症を防除するための方法」と表記することがある。各構成についての範囲は、上記「定義」の項目において記載した通りである。また、「本発明の組成物」については上記「エビ類の感染症を防除するための組成物」の項目において説明した通りである。
【0035】
本発明の組成物をエビ類に投与する、または摂取させることを開始する時期は、エビ類の養殖期間内であって、毒素AおよびBを発現するビブリオ属細菌への感染が確認されない段階であればいかなる時期であってもよい。好ましくは孵化直後または養殖開始直後より本発明の組成物のエビ類への投与・摂取を開始する。また、本発明の組成物をエビ類に投与する、または摂取させる期間は、エビ類の養殖期間の全範囲に渡っていてもよい。
【0036】
一態様において、本発明のエビ類の感染症を防除するための方法は、本発明のエビ類餌料をエビ類に摂取させることを含む方法であってもよい。本発明のエビ類餌料については上述の通りである。その際、餌量は、一日あたりエビ類体重の3~10重量%、3~7重量%、4~6重量%、または5重量%を、一日に数回に分けて摂取させてもよい。
【実施例】
【0037】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0038】
実施例1:IgYの調製
ビブリオ・パラヘモリティカス由来の毒素Aおよび毒素Bの組換えタンパク質を、大腸菌を用いて調製した。
【0039】
ニワトリに6週間ごとに組換えタンパク質(毒素Aおよび/または毒素B)を1mL(0.7mg/mL)注射した。注射は計5回行った。1回の注射につき、1mLをニワトリの胸と足の2箇所に分けて注射した。IgYは、免疫したニワトリにおいて作られた後、当該ニワトリの卵内の卵黄に移行する。以下の4つの試験区に分けて、IgYを調製した。
【0040】
試験区A:毒素Aの組換えタンパク質を注射した。
【0041】
試験区B:毒素Bの組換えタンパク質を注射した。
【0042】
試験区AB:毒素Aの組換えタンパク質を1箇所に注射し、毒素Bの組換えタンパク質を別の箇所に注射した。
【0043】
試験区ABmix:毒素Aと毒素Bの組換えタンパク質を混合したものを注射した。
【0044】
実施例2:IgY含有餌料の調製
実施例1において免疫したニワトリから得られた卵の全卵を粉末化し、全卵粉末を得た。また、対照区として何も免疫されていない鶏から得られた全卵粉末も用意した。餌料は市販のエビ用餌料と混ぜて作成し、最終的な餌の重量に対し全卵粉末の含有率X重量%(Xは数値)という形で表した。成型には、市販のエビ用餌料と全卵粉末を滅菌蒸留水と混ぜ合わせ、シリンジを用いてトレーに餌の形に整形し、60℃のオーブンで約2時間乾燥させ、4℃で保存した。対照区、試験区合わせて5種類のIgY含有餌料を得た。
【0045】
実施例3:感染実験(1)
方法
感染試験には、AHPND TUMSAT株(発明者が分離したビブリオ・パラヘモリティカスの株であって、毒素Aおよび毒素Bを発現することが確認された株)を用いてバナメイエビを感染させ、実施例2で調製したIgY含有餌料(全卵粉末の含有率20%)を与えて死亡率を確認することにより防除効果を調べた。
【0046】
感染試験を行った際の水槽における条件は、塩分濃度30ppt、水温約24℃、水量10L、餌量は一日にエビ体重の5%を一日に3~4回で行った(n=25)。また、感染実験を行う上で水槽内にバナメイエビを入れ、2日間給餌したのち、浸漬感染させた。給餌は浸漬感染後も6日間継続して行い、死亡率を確認した。
【0047】
結果
結果を
図1に示す。免疫していないニワトリ由来の鶏卵粉末を給餌した区の死亡率は100%であった(対照区(control))。試験区Aの全卵粉末を含む餌料を給餌した区の死亡率は13%、試験区Bの全卵粉末を含む餌料を給餌した区の死亡率は86%、試験区ABmixの全卵粉末を含む餌料を給餌した区の死亡率は82%、そして試験区ABの全卵粉末を含む餌料を給餌した区の死亡率は17%であった。
【0048】
これらの結果から、鶏卵卵黄抗体を用いた経口受動免疫によりAHPNDの防除が可能となることが示された。また、特に試験区Aおよび試験区ABの全卵粉末を含む餌料を給餌した区の死亡率は20%以下に低減されていることから、毒素Aに対して特異的なIgYを含む餌料が、AHPNDに対する防除に特に有効であることが示された。
【0049】
実施例4:感染実験(2)
方法
感染試験には、別途調製したAHPND TUMSAT株(実施例3で使用した物と同じ株)を用いてバナメイエビを感染させ、実施例2で調製したIgY含有全卵粉末を含む餌料として、全卵粉末の含有率1重量%(toxinA-1)および10重量%(toxinA-10)の餌料を与えて死亡率を確認することにより防除効果を調べた。対照として、免疫していないニワトリ由来の全卵粉末を1重量%含む餌料(コントロール-1)を与えた区、および免疫していないニワトリ由来の全卵粉末を10重量%含む餌料(コントロール-10)を与えた区を設定した。
【0050】
感染試験を行った際の水槽における条件は、塩分濃度30ppt、水温約26℃、水量10L、餌量は一日にエビ体重の5%を一日に3~4回で行った(n=25)。また、感染実験を行う上で水槽内にバナメイエビを入れ、2日間給餌したのち、浸漬感染させた。給餌は浸漬感染後も7日間継続して行い、死亡率を確認した。
【0051】
結果
結果を
図2に示す。免疫していないニワトリ由来の鶏卵粉末含む餌料(コントロール-1、およびコントロール-10)を与えた区の死亡率はそれぞれ52%および32%であった。toxinA-1を給餌した区の死亡率は4%、toxinA-10を給餌した区の死亡率は0%であった。
【0052】
これらの結果からも、鶏卵卵黄抗体を用いた経口受動免疫によりAHPNDの防除が可能となることが示された。特に、毒素Aに対して特異的なIgYを含む全卵粉末を1重量%含有する餌料を使用しても、AHPNDに対する防除に特に有効であることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明により、ビブリオ属細菌の毒素Aに対する抗体を含む組成物が、有効に毒素AおよびBを発現するビブリオ属細菌による感染症を防除するために有効であり、EMS/AHPNDによるエビ類の死亡率を20%以下にまで低減できることが示された。エビ類のEMS/AHPNDへの感染は致死率が高く、エビ類の養殖業において甚大な被害を与えるものであるが、本発明はエビ類のEMS/AHPNDによる死亡率を低減し、エビ類の養殖を安定的に行うために有用である。
【配列表】