(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-21
(45)【発行日】2023-08-29
(54)【発明の名称】細胞融合促進剤
(51)【国際特許分類】
C07K 14/00 20060101AFI20230822BHJP
C12N 15/02 20060101ALI20230822BHJP
C12N 15/08 20060101ALI20230822BHJP
C12N 15/06 20060101ALI20230822BHJP
C12N 15/07 20060101ALI20230822BHJP
【FI】
C07K14/00 ZNA
C12N15/02 Z
C12N15/08
C12N15/06
C12N15/07
(21)【出願番号】P 2021527776
(86)(22)【出願日】2020-06-26
(86)【国際出願番号】 JP2020025250
(87)【国際公開番号】W WO2020262617
(87)【国際公開日】2020-12-30
【審査請求日】2022-02-02
(31)【優先権主張番号】P 2019120612
(32)【優先日】2019-06-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 刊行物名:高分子学会予稿集 68巻1号掲載箇所 発表番号:3Pb110、演題「膜融合タンパク質を模倣した細胞表面修飾材による細胞融合」、公開年月日:2019(令和1)年5月14日、にて公開。
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 集会名、開催場所:第68回高分子学会年次大会 グランキューブ大阪(大阪府立国際会議場)(大阪府大阪市北区中之島5丁目3-51)、発表日:2019(令和1)年5月31日、にて発表。
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100137512
【氏名又は名称】奥原 康司
(74)【代理人】
【識別番号】100178571
【氏名又は名称】関本 澄人
(72)【発明者】
【氏名】寺村 裕治
(72)【発明者】
【氏名】吉原 彬文
【審査官】上村 直子
(56)【参考文献】
【文献】Biophysical Journal,2016年,Vol.111,pp.2162-2175
【文献】Langmuir,2017年,Vol.33,pp.12443-12452
【文献】The Journal of Biological Chemistry,2002年,Vol.277, No.40,pp.37272-37279
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K 14/00-19/00
C12N 15/00-15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で表される化合物もしくはその塩、またはそれらの溶媒和物もしくはそれらの水和物。
【化1】
[式(1)中、
Xは配列番号1または配列番号2で表されるアミノ酸配列を含むペプチド、Yは1,2-ジパルミトイル-sn-グリセロ-3-ホスホエタノールアミン(DPPE)または1,2-ジミリストイル-sn-グリセロ-3-ホスホエタノールアミン(DMPE)、Zは分子量5kDa~45kDaであるポリエチレングリコール(PEG)]
【請求項2】
請求項
1に記載される化合物もしくはその塩、またはそれらの溶媒和物もしくはそれらの水和物を含む、細胞融合促進剤。
【請求項3】
前記Xが配列番号1で表されるアミノ酸配列を含むペプチドである請求項2に記載の細胞融合促進剤、および前記Xが配列番号2で表されるアミノ酸配列を含むペプチドである請求項2に記載の細胞融合促進剤を含む、細胞融合促進用キット。
【請求項4】
以下の(a)および(b)を含む、細胞Aと細胞Bを融合させる方法。
(a)
前記Xが配列番号1で表されるアミノ酸配列を含むペプチドである請求項2に記載の細胞融合促進剤で細胞Aを処理する工程、
(b)
前記Xが配列番号2で表されるアミノ酸配列を含むペプチドである請求項2に記載の細胞融合促進剤で細胞Bを処理する工程、および
(c)工程(a)および工程(b)の処理後の細胞Aと細胞Bを混合し、培養する工程
【請求項5】
前記工程(c)において、細胞Aと細胞Bの混合物をPEGで処理することを含む、請求項
4に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞融合を促進する剤、および当該細胞融合促進剤を用いた細胞融合法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞融合は、2つ以上の細胞が融合する現象のことであり、同種細胞間のみならず、異種細胞間においても生じる現象である。特に、異種細胞同士の細胞融合は、融合前の細胞の形質とは異なる新たな形質を持つ細胞を生み出す方法として、以前から利用されてきた。
例えば、モノクローナル抗体を調製するために、抗体産生B細胞とミエローマ細胞を融合させたハイブリドーマは、複製可能であり、かつ、所望の抗体を産生する細胞として、古くから使用されてきた。また、近年では、糖尿病の新たな治療方法として、間葉系細胞と膵島細胞の融合細胞を移植する方法が提唱されている(非特許文献1)。間葉系細胞と膵島細胞の融合細胞は、20日程度の培養後においても膵島機能が維持されており、これをラットに移植すると、3ヶ月程度にわたり血糖低下が認められた。
【0003】
以上のように、細胞融合は、研究分野および医療分野において広く利用されている。細胞同士を融合する方法としては、主として、センダイウイルス法、PEG(ポリエチレングリコール)法および電気的融合法が知られている。
センダイウイルス法は、センダイウイルスが細胞膜同士の橋渡しとなり融合を促進すると考えられている。この方法は、融合細胞の画分へのウイルスの混入を完全に回避することが難しく、融合した細胞の医療への使用にはあまり適していない。
PEG法は、専用機器を必要とせず、試薬も安価であり、従来から主に用いられてきた方法である。しかしながら、この方法は、細胞融合効率および再現性が低く、また細胞の種類によっても細胞融合効率が大きく異なる。
電気的融合法は、交流電圧を印加することで、電極間に存在する細胞を接触させ、次いで直流パルス電圧を印加することで、細胞膜に穿孔が開け、接触している細胞同士の融合を引き起こす方法である。この方法は、前記2つの方法よりも効率良く細胞を融合することができる。しかし、この方法は、特別な装置が必要であること、電圧の印加により細胞の生存率が低下するなどの問題点を有している。また、細胞の選択性に乏しく、異種同士の細胞を融合させることは困難である。
【0004】
また、近年、一本鎖ポリDNAをPEG-脂質複合体に結合させ、これを接着させたい細胞に導入し、一本鎖DNAの相補配列を利用して細胞同士を接着させる方法(非特許文献2および非特許文献3)が報告されている。この方法は、細胞同士を接着させる上では有効な方法であるが、この方法では、当該分子が接着箇所以外には存在しないため(非特許文献3のFig.2など参照のこと)、1個の細胞に対し複数(3以上)の細胞を融合させることは難しいと考えられる。
以上のような状況において、従来法の問題点を克服した効率のよい細胞融合法の確立が望まれている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Yanaiら, PLOS ONE Volume 8 Issue 5 e54499 2013
【文献】Teramuraら, Biomaterials 31:2229-2235 2010
【文献】Teramuraら, Biomaterials 48:119-128 2015
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記事情に鑑み、本発明は、細胞移植などの医療分野においても使用可能であり、従来法よりも効率良く細胞融合が可能になる方法、およびそのような方法に使用される細胞融合促進剤の開発を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
発明者らは、2量体を形成するペプチド、ポリエチレングリコール(PEG)および脂質からなる化合物(以下、「細胞融合促進化合物」とする)を細胞と混合したところ、従来のPEG法よりも高効率で細胞融合を誘導することができることを見いだし、本発明を完成させた。
本発明に係る細胞融合促進化合物は、細胞膜と相互作用する脂質部分と2量体を形成するペプチドペアの1つを保持するペプチド部分および脂質部分とペプチド部分をつなげる部分(例えば、PEG)からなる。例えば、互いに結合するペプチドをA
1およびA
2とした場合(A
1とA
2は結合する)、A
1を有する細胞融合促進化合物で細胞1を処理し、A
2を有する細胞融合促進化合物で細胞2を処理すると、細胞1の細胞表面上にA
1を有する細胞融合促進化合物が、細胞2の細胞表面上にA
2を有する細胞融合促進化合物が、各々、導入される。その後、細胞1と細胞2を混合するとA
1とA
2の相互作用により、細胞1と細胞2が接近し、互いの融合が促進される。しかも、一本鎖DNAを使用する従来の分子(非特許文献2および非特許文献3)とは異なり、本発明にかかる細胞融合促進化合物は、細胞同士の接着箇所に集積することなく、1個の細胞に対し複数の細胞の融合も誘導することができる(例えば、
図1の右下図)。
【0008】
すなわち、本発明の以下の(1)~(13)である
(1)下記式(1)で表される化合物もしくはその塩、またはそれらの溶媒和物もしくはそれらの水和物。
【化1】
[式(1)中、Xは他のペプチドと2量体を形成するペプチドを含む原子団、Yは酸素、硫黄、リンまたは窒素を含んでいてもよい炭化水素基、Zは高分子電解質または水溶性高分子]
(2)前記ペプチドが、以下の式(2)で表される7残基のアミノ酸の繰り返しを含むペプチドであることを特徴とする上記(1)に記載の化合物もしくはその塩、またはそれらの溶媒和物もしくはそれらの水和物。
【化2】
[式(2)中、aおよびdは疎水性アミノ酸であり、e、fおよびgは荷電アミノ酸であり、bはセリン、アスパラギン、グルタミンおよびトレオニンのいずれかであり、cは、アラニンである]
(3)前記Yが酸素、硫黄、リンまたは窒素を含んでいてもよい炭素数10~50の鎖状炭化水素基であることを特徴とする上記(1)または(2)のいずれかに記載の化合物もしくはその塩、またはそれらの溶媒和物もしくは水和物。
(4)前記Yが酸素、硫黄、リンまたは窒素を含んでいてもよい脂質からなる炭化水素基であることを特徴とする上記(3)に記載の化合物もしくはその塩、またはそれらの溶媒和物もしくは水和物。
(5)前記脂質が、リン脂質であることを特徴とする上記(4)に記載の化合物もしくはその塩、またはそれらの溶媒和物もしくはそれらの水和物。
(6)前記リン脂質が下記の式(3)で表されるものであることを特徴とする上記(5)に記載の化合物もしくはその塩、またはそれらの溶媒和物もしくはそれらの水和物。
【化3】
[式(3)中、Wは、二重結合を含んでもよい炭素数10~20の炭化水素鎖]
(7)前記Zが酸素、硫黄または窒素を含んでいてもよい炭素数150~4000の水溶性の炭化水素鎖であることを特徴とする上記(1)ないし(6)のいずれかに記載の化合物もしくはその塩、またはそれらの溶媒和物もしくはそれらの水和物。
(8)前記Zが下記の式(4)であることを特徴とする上記(7)に記載の化合物もしくはその塩、またはそれらの溶媒和物もしくはそれらの水和物。
【化4】
[式(4)中、nは50以上1250以下の整数]
(9)前記Yが下記式(3)を含む置換基であり、前記Zが下記式(4)で表される酸素を含む炭化水素鎖であることを特徴とする上記(1)ないし(8)のいずれかに記載の化合物もしくはその塩、またはそれらの溶媒和物もしくはそれらの水和物。
【化5】
[式(3)中、Wは、二重結合を含んでもよい炭素数10~20の炭化水素鎖]
【化6】
[式(4)中、nは50以上1250以下の整数]
(10)上記(1)ないし(9)のいずれかに記載される化合物もしくはその塩、またはそれらの溶媒和物もしくはそれらの水和物を含む、細胞融合促進剤。
(11)上記(10)に記載される少なくとも2種類の細胞融合促進剤を含む細胞融合促進用キット。
(12)以下の(a)および(b)を含む、細胞Aと細胞Bを融合させる方法。
(a)上記(10)に記載の細胞融合促進剤で細胞Aを処理する工程、
(b)上記(10)に記載の細胞融合促進剤であって、工程(a)で用いた細胞融合促進剤と結合する細胞融合促進剤で細胞Bを処理する工程、および
(c)工程(a)および工程(b)の処理後の細胞Aと細胞Bを混合し、培養する工程
(13)前記工程(C)において、細胞Aと細胞Bの混合物をPEGで処理することを含む、上記(12)に記載の方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によると、従来法よりも効率のよい細胞融合を誘導することができる。
【0010】
また、本発明によると、1個の細胞に対して複数の細胞を融合させることができ、かつ、同種細胞同士のみならず異種細胞同士の細胞を融合させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明にかかる細胞融合促進化合物の1例(上図)、細胞融合促進化合物による細胞表面の修飾を模式的に示した図(左下図)および本発明にかかる細胞融合促進方法により細胞融合した細胞の1例(右下図)を示す。
【
図2】FITC-fuP1-PEG-lipidで細胞表面修飾した細胞の経時的な蛍光顕微鏡写真(A)およびFITC-fuP1-PEG-lipidの細胞表面上における存在量をフローサイトメトリーにより測定した結果(B)を示す。Control(コントロール)はFITC-fuP1-PEG-lipidで細胞表面修飾を行わなかった場合である。値は3回の実験の平均である。
【
図3】fuP1-PEG-lipidに対するfuP2の相互作用を評価した結果を示す。水晶振動子マイクロバランス装置(QCM-D)にfuP1-PEG-lipid、BSA、fuP2 peptideの順に流した結果(A)とBSA、fuP2 peptideの順に流した結果(B)である。
【
図4】fuP1-PEG-lipidとfuP2-PEG-lipidを用いた細胞接着の様子を観察した結果を示す。
【
図5】fuP1-PEG-lipidとfuP2-PEG-lipidを用いた細胞接着頻度(A)および細胞接着面積(B)を測定した結果を示す。値は3回の実験の平均である。
【
図6】ペプチド-PEG-lipidによる細胞表面修飾(以下「細胞修飾法」とも記載する)とPEG処理(PEG法)を併せて行い細胞融合(同種の細胞同士の細胞融合)を誘導した細胞を蛍光顕微鏡で観察した結果を示す。上図は細胞融合直後、下図は細胞融合から24時間後の結果である。
【
図7】
図6に示す細胞融合から24時間後の細胞について、細胞融合率をフローサイトメトリーで測定した結果を示す。Aはフローサイトメトリーのヒストグラムを、Bは細胞融合率を数値化した結果である。ここで、融合した細胞とみなした数は、ゲートP1とゲートP2に囲まれていない細胞数を示し、融合率は、全体からP1とP2の割合を差し引いたものである。値は3回の実験の平均である。
【
図8】
図6に示す細胞融合から24時間後の細胞の生存率をトリパンブルー染色で測定した結果を示す。Control(コントロール)はペプチド-PEG-lipidで細胞表面修飾を行わなかった場合である。値は3回の実験の平均である。
【
図9】ペプチド-PEG-lipidによる細胞表面修飾とPEG処理(PEG法)を併せて行い細胞融合(異種の細胞同士の細胞融合)を誘導した細胞を共焦点レーザー顕微鏡で観察した結果を示す。上図は細胞融合直後、下図は細胞融合から24時間後の結果である。
【
図10】
図9に示す細胞融合から24時間後の細胞について、細胞融合率をフローサイトメトリーで測定した結果を示す。値は3回の実験の平均である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の第1の実施形態は、下記式(1)で表される化合物もしくはその塩、またはそれらの溶媒和物もしくはそれらの水和物である(以下「本発明の細胞融合促進化合物等」とも記載する)。
【化7】
[式(1)中、Xは他のペプチドと2量体を形成するペプチドを含む原子団、Yは酸素、硫黄、リンまたは窒素を含んでいてもよい炭化水素基、Zは高分子電解質または水溶性高分子]
本明細書中、細胞の「融合」とは、単に、細胞表面(細胞膜)同士の接着に止まらず、細胞膜同士の融合ならびに細胞質の混合が生じている状態を意味する。
一般式(1)において、Xに含まれる「他のペプチド2量体を形成するペプチド」とは、例えば、ペプチドAとペプチドBが結合して2量体を形成する場合、ペプチドAまたはペプチドBのことである。
ここで、「他のペプチドと2量体を形成するペプチド」(以下「2量体形成ペプチド」とも記載する)について、上記ペプチドAとペプチドBを例にして説明を行う。また、その長さも使用し易い長さであれば特に限定されず、例えば、アミノ酸が5~100残基、好ましくは10~50残基、より好ましくは20~50残基である。
2量体を形成するペプチドとしては、例えば、以下の式(2)ペプチドを挙げることができる。なお、「a」がN末端側である。
【化8】
式(2)中、aおよびdは、同一または相異なる疎水性アミノ酸で、例えば、アラニン、バリン、グリシン、イソロイシン、ロイシン、フェニルアラニン、プロリン、トリプトファンおよびチロシンからなるグループから選択されるアミノ酸である。e、fおよびgは、同一または相異なる荷電アミノ酸で、例えば、アルギニン、アスパラギン酸、グルタミン酸、リジンおよびヒスチジンからなるグループから選択されるアミノ酸である。eおよびfは異なる荷電であることが望ましい。また、bは特に限定はされないが、極性の大きい非荷電のアミノ酸で、例えば、セリン、アスパラギン、グルタミンおよびトレオニンからなるグループから選択されるアミノ酸などが好ましい。さらに、cは、特に限定されないが、アラニンなどを例として挙げることができる。
上記式(2)のペプチドとして、例えば、実施例に記載される配列番号1および配列番号2で表されるアミノ酸配列を含むペプチドを挙げることができる。さらに、上記式(2)のペプチドの典型的な例として、限定はしないが、2重コイル(coiled-coil)構造を有するペプチドを挙げることができる。2重コイル構造を有するペプチドとして、例えば、Hodgesら, J. Peptide Res., 58:477-492 2001のTable1などに記載されているペプチドなど、当該技術分野において多数のペプチドが知られており、これらに限定されるものではないことは言うまでもない。
【0013】
式(1)のXには、2量体形成ペプチドの他、Zと2量体形成ペプチドを結合するためのリンカー(またはその一部)が含まれていてもよい。例えば、マレイミド基をリンカーとして2量体形成ペプチドとZを結合させた場合には、マレイミド基を含むリンカーまたはその一部がXに含まれていてもよく、その他、チオール基、アミノ基、カルボキシル基、ヒドロキシル基、アジド基などを含むリンカーまたはその一部がXに含まれていてもよい。
【0014】
式(1)のYは「酸素、硫黄、リンまたは窒素を含んでいてもよい炭化水素基」である。Yの「炭化水素」とは、鎖状炭化水素(直鎖型または分岐型のいずれであってもよい)、環状炭化水素、芳香族炭化水素など、特にその構造は限定されず、また、飽和炭化水素であっても不飽和炭化水素であってもよく、特に、疎水性または親油性が高い炭化水素が好ましい。
本実施形態におけるYの「酸素、硫黄、リンまたは窒素を含んでいてもよい炭化水素基」として、限定はしないが、例えば、炭素数10~50の炭化水素であって、場合によっては酸素、硫黄、リンまたは窒素が含まれる置換基、特に、炭素数10~50の炭化水素であって、場合によっては酸素、硫黄、リンまたは窒素を含む鎖状炭化水素からなる置換基などを挙げることができる。
より具体的には、本実施形態におけるYの「酸素、硫黄、リンまたは窒素を含んでいてもよい炭化水素基」として、脂質からなる(脂質を含んでなる)置換基を挙げることができる。さらに、前記脂質としては、例えば、アシルグリセロール、セラミドなどの単純脂質、リン脂質、糖脂質、リポタンパク質、スルホ脂質などの複合脂質、脂肪酸、テルペノイド、ステロイド(ステロール、コレステロールなど)、カロテノイドなどを挙げることができる。中でも、好ましくは、リン脂質、セラミド、ステロイドなどで、特に好ましくはリン脂質である。
【0015】
上記リン脂質のより具体的な例として、式(3)のリン脂質を挙げることができる。
【化9】
[式(3)中、Wは、二重結合を含んでもよい炭素数10~20の炭化水素鎖]
より具体的には、特に限定はしないが、例えば、
1,2-ジパルミトイル-sn-グリセロ-3-ホスホエタノールアミン
(1,2-Dipalmitoyl-
sn-Glycero-3-Phosphoethanolamine(DPPE))、
1,2-ジステアロイル-sn-グリセロ-3-ホスホエタノールアミン
(1,2-Distearoyl-
sn-Glycero-3-Phosphoethanolamine(DSPE))、
1,2-ジミリストイル-sn-グリセロ-3-ホスホエタノールアミン
(1,2-Dimyristoyl-
sn-Glycero-3-Phosphoethanolamine(DMPE))、
1,2-ジオレオイル-sn-グリセロ-3-ホスホエタノールアミン
(1,2-Dioleoyl-
sn-Glycero-3-Phosphoethanolamine(DOPE))などを挙げることができる。
【0016】
式(1)のYには、「酸素、硫黄、リンまたは窒素を含んでもよい炭化水素」以外に、YとZを結合するためのリンカー(またはその一部)が含まれていてもよい。例えば、マレイミド基、チオール基、アミノ基、カルボキシル基、ヒドロキシル基、アジド基などを含むリンカーまたはその一部がYに含まれていてもよい。
【0017】
式(1)中、Zは高分子電解質または水溶性高分子である。より具体的には、酸素、硫黄または窒素を含んでいてもよい炭素数100~4000、好ましくは炭素数150~3500、より好ましくは炭素数200~2500の直鎖型または分岐型の水溶性の炭化水素鎖である。
Zとして使用可能な「酸素、硫黄または窒素を含んでいてもよい水溶性の炭化水素鎖」としては、特に限定はしないが、糖鎖などの水溶性高分子の他、例えば、下記の式(4)で示されるポリエチレングリコール(polyethylene glycol:PEG)などが好ましい。
【化10】
式(1)のZがPEGの場合、その分子量は、例えば、好ましくは2kDa~50kDa、より好ましくは4kDa~45kDa程度が好ましく、この場合、式(2)中のnは整数であって、好ましくは50≦n≦1250、より好ましくは100≦n≦1125程度である。
【0018】
式(1)のZがPEGの場合に、一般式(1)の化合物は、下記の一般式(1’)として表すことができる。
【化11】
[式(1’)中、Xは他のペプチドと2量体を形成するペプチドを含む原子団、Yは酸素、硫黄、リンまたは窒素を含んでいてもよい炭化水素基、nは50以上1250以下の整数]
【0019】
式(1)のZの炭化水素鎖と、Xに含まれる2量体形成ペプチドを結合させる場合、適当なリンカーを介して結合させても、直接結合させてもよい。2量体形成ペプチドとZは、当該技術分野における周知技術を用いることで、容易に結合させることができる。2量体形成ペプチドとZの炭化水素鎖を結合させる方法について、ZがPEGの場合について、以下に例を挙げて説明する。
1.マレイミド基とチオール基の反応を利用する方法
マレイミド基を導入したPEGとチオール基を有する2量体形成ペプチドを反応させる方法である。この方法によると、マレイミド基がリンカーとして機能する。すなわち、マイケル付加反応によりPEGに導入されたマレイミド基と2量体形成ペプチドのチオール基が反応して、PEGと2量体形成ペプチドが結合する。2量体形成ペプチドへのチオール基の導入は、如何なる方法を用いてもよいが、例えば、システインを2量体形成ペプチドに付加することで、チオール基を2量体形成ペプチドに導入することができる。
あるいは、架橋剤であるN-(6-Maleimidocaproyloxy)succinimide(EMCS)などを用いて、2量体形成ペプチドのアミノ基(N末端のアミノ基または、2量体形成ペプチドに付加したリシン残基のアミノ基など)にマレイミド基を導入する。このマレイミドを導入した2量体形成ペプチドとチオール基を導入したPEGを反応させることで、PEGと2量体形成ペプチドを結合させることができる。
マレイミド基を導入したPEG、チオール基を導入したPEGは、当該技術分野における周知技術を用いて調製可能であり、また、市販のもの(日油株式会社など)を使用してもよい。
【0020】
2.PEGのCOOH基を利用する方法
COOHを有するPEGと、2量体形成ペプチドのアミノ基またはOH基とのカップリング反応を利用して、PEGと2量体形成ペプチドを結合させることができる(アミド結合またはエステル結合を形成)。例えば、N,N’-ジクロロヘキシルカルボジイミド(DCC)などのカップリング試薬を用いて、PEGのCOOH基を活性化し、2量体形成ペプチドのアミノ基(Lysのアミノ基やN末端アミノ基など)またはOH基(SerやThrのOH基など)と結合させることができる。
【0021】
3.PEGのNH2基を利用する方法
PEGのNH2基と2量体形成ペプチドのCOOH基とのカップリング反応を利用して、PEGと2量体形成ペプチドを結合させることができる(アミド結合を形成)。例えば、N,N’-ジクロロヘキシルカルボジイミド(DCC)などのカップリング試薬を用いて、2量体形成ペプチドのCOOH基を活性化し、PEGのアミノ基と結合させることができる。
【0022】
4.PEGのOH基を利用する方法
PEGのOH基と2量体形成ペプチドのCOOH基とのカップリング反応を利用して、PEGと2量体形成ペプチドを結合させることができる(エステル結合を形成)。例えば、N,N’-ジクロロヘキシルカルボジイミド(DCC)などのカップリング試薬を用いて、2量体形成ペプチドのCOOH基を活性化し、PEGのOH基と結合させることができる。
【0023】
5.PEGの-N3とプロパルギル基との反応を利用する方法
クリック反応により、PEGのアジド基(N3)とプロパルギル基を銅触媒存在下で結合させる。プロパルギル基を有するアミノ酸を含有する2量体形成ペプチドを調製し、アジド基を末端に有するPEGと反応させ、PEGと2量体形成ペプチドを結合させることができる。
【0024】
式(1)のZとYを結合させる場合、適当なリンカーを介して結合させても、直接結合させてもよい。
YがCOOH基を有しZがアミノ基もしくはヒドロキシル基を有する場合、または、Yがアミノ基もしくはヒドロキシル基を有しZがCOOH基を有する場合には、COOHを利用したカップリング反応によりYとZを結合させることができる。例えば、Yがカルボン酸を有するアルキル鎖からなる場合、YのCOOH基をN,N’-ジクロロヘキシルカルボジイミド(DCC)などのカップリング試薬で活性化した後、Zのアミノ基またはヒドロキシル基と結合させることができる。
あるいは、Yが活性エステル基であるN-ヒドロキシルスクシンイミド基(NHS)を有しZがアミノ基もしくはヒドロキシル基を有する場合、または、Yがアミノ基もしくはヒドロキシル基を有しZが活性エステル基であるN-ヒドロキシルスクシンイミド基(NHS)を有する場合、NHSを利用して、アミノ基もしくはヒドロキシル基との反応を利用して、YとZを結合させることができる。例えば、実施例で示すように、Yが、アミノ基を有するDPPEやDSPEなどの場合には、活性エステル基であるN-ヒドロキシルスクシンイミド基(NHS)を持つZと結合させることができる。
なお、YまたはZに対する、アミノ基、ヒドロキシル基、カルボキシル基またはN-ヒドロキシルスクシンイミド基の導入は、当該技術分野における周知の方法によって容易に実施することができる。
また、式(1)のZには、「高分子電解質または水溶性高分子」以外に、ZとX、および/または、ZとYを結合するためのリンカー(またはその一部)が含まれていてもよい。例えば、マレイミド基、チオール基、アミノ基、カルボキシル基、ヒドロキシル基、アジド基などを含むリンカーまたはその一部がYに含まれていてもよい。
【0025】
本発明の第2の実施形態は、本発明の細胞融合促進化合物等を含む細胞融合促進剤(以下「本発明の細胞融合促進剤)である。本実施形態は、式(1)で示される細胞融合促進化合物が細胞膜同士の融合ならびに細胞同士の融合を促進する効果を有することに基づいており、所望の細胞同士の融合を行う際に、融合を促進するための試薬等として使用することができる。本実施形態の細胞融合促進剤は、細胞融合促進化合物等のみを含むものであっても、適当な溶媒に溶解したものであってもよい。
本発明の細胞融合促進剤を用いて細胞融合を行う場合、互いに結合する2種類の細胞融合促進化合物等を、別々に含む2種類の細胞融合促進剤を、各々、融合させる各細胞に対して使用する。従って、本発明の細胞融合促進剤で細胞融合を促進する場合には、2種類の細胞融合促進剤(互いに結合する細胞融合促進化合物等を含む)を1組にして使用する。
【0026】
本発明の第3の実施形態は、少なくとも2種類の本発明の細胞融合促進剤を含む細胞融合促進用キットである。
本発明にかかる細胞融合促進用キットは、互いに結合する細胞融合促進化合物等を、別々に含む2種の細胞融合促進剤を少なくとも含むことを特徴とする。また、細胞融合を実施する上で必要な試薬等(例えば、PBS、PEGおよび培地など)が含まれていてもよい。
本発明にかかる細胞融合促進用キットには、使用説明書が含まれていてもよく、または、当該使用方法を掲載したウェッブサイトなどの情報が記載された情報書面等が含まれていてもよい。使用説明書は、CDやDVDなどの記録媒体に記録されて添付されてもよい。
【0027】
本発明の第4の実施形態は、融合させる2細胞を、本発明の細胞融合促進化合剤であって互いに結合する細胞融合促進化合物等(ペプチド同士の結合を介して)を別々に含む2種類の細胞融合促進剤で、各々、処理した後、当該2細胞を混合して共培養し、当該2細胞を融合させる方法である。
本実施形態は、融合させたい細胞を細胞Aおよび細胞Bとした場合、以下の(a)および(b)を含む、細胞融合方法である。
(a)本発明の細胞融合促進剤で細胞Aを処理する工程、
(b)工程(a)で用いた細胞融合促進剤に含まれる細胞融合促進化合物等と結合する細胞融合促進化合物等を含む細胞融合促進剤で細胞Bを処理する工程、および
(c)工程(a)および工程(b)の処理後の細胞Aと細胞Bを混合し、培養する工程
【0028】
ここで「細胞」とは、株化された細胞のみならず、動物(ヒトおよび非ヒト動物)の組織から採取した初代培養細胞(プライマリー細胞)であってもよく、細胞が由来する組織も限定されない。また、融合させる細胞は、同種細胞同士であっても、異種細胞同士であってもよい。
第4の実施形態にかかる細胞融合方法では、まず、融合させる2つの細胞を、各々、細胞融合促進剤で処理を行う。具体的には、細胞と細胞融合促進剤を混合し、当該細胞に悪影響を及ぼさない温度(例えば、4℃~37℃程度)にて、適当な時間(例えば、15分間~1時間程度)インキュベートし、式(1)のYの部分を細胞膜に導入させ、Xの部分を細胞表面上に提示させる。細胞融合促進化合物等が細胞膜へ導入されたことの確認は、例えば、蛍光標識等を施した細胞融合促進化合物等が細胞表面に局在することを指標にしてもよい。
細胞と細胞融合促進剤との混合比率は、特に限定されないが、例えば、104~106 程度の細胞に対して、細胞融合促進化合物等の終濃度が0.05 mg/mL以上、好ましくは0.1 mg/mL以上となるように加えて混合してもよい。融合させる細胞同士を播種する前に、余分な細胞融合促進剤を除去するために、適当な溶液(例えば、PBSなど)で洗浄してもよい。細胞を播種する際の細胞密度は、適宜、当該細胞の使用目的および当該細胞の性質に応じて、自由に選択することができる。
【0029】
第4の実施形態において、融合させる細胞の混合物をPEGで処理した後、共培養してもよい。具体的には、細胞の混合物を遠心等で回収し、適当な濃度のPEG溶液(例えば、10wt%~50wt%程度)と細胞混合物を混合し、細胞をPEG溶液中に拡散させ、短時間(例えば、数分間)インキュベートしたのち、遠心等でPEGを除去し、共培養を行ってもよい。
【0030】
本明細書が英語に翻訳されて、単数形の「a」、「an」、および「the」の単語が含まれる場合、文脈から明らかにそうでないことが示されていない限り、単数のみならず複数も含むものとする。
以下に実施例を示してさらに本発明の説明を行うが、本実施例は、あくまでも本発明の実施形態の例示にすぎず、本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例】
【0031】
1.材料
1,2-ジパルミトイル-sn-グリセロ-3-ホスホエタノールアミン(1,2-Dipalmitoyl-sn-Glycero-3-Phosphoethanolamine(DPPE))、1,2-ジミリストイル-sn-グリセロ-3-ホスホエタノールアミン(1,2-Dimyristoyl-sn-Glycero-3-Phosphoethanolamine(DMPE))、およびα-N-ヒドロキシスクシンイミジル-ω-マレイミジル ポリ(エチレングリコール)(α-N-hydroxysuccinimidyl-ω-maleimidyl poly(ethylene glycol))(NHS-PEG-Mal, Mw: 5000)は、 日油株式会社から購入した。
以下の合成ペプチドは、GenScript(Piscataway, NJ, USA)にその合成を委託した。
fuP1:EIAALEKEIAALEKEIAALEKGGGC(配列番号1)
fuP2:KIAALKEKIAALKEKIAALKEGGGC(配列番号2)
FITC-fuP1:FITC-EIAALEKEIAALEKEIAALEKGGGC
ジエチルエーテル、ジクロロメタン、ジメチルスルホキシド(DMSO)およびトリエチルアミンは、関東化学株式会社から購入した。
【0032】
2.実験方法と実験結果
1-2.ペプチド結合PEG脂質の合成
Mal-PEG-DPPEを合成し、細胞の表面修飾に使用した。ジクロロメタン中でNHS-PEG-Mal(180 mg)、トリエチルアミン(50 mg)、DPPE(20 mg)を混合し、室温で36時間反応させた。ジエチルエーテルを用いた再沈殿により、Mal-PEG-DPPEが白色粉末として得られた。また、Mal-PEG-DMPEを合成し、SP2/O細胞(メラノーマ)の細胞表面修飾に使用した。ジクロロメタン中でNHS-PEG-Mal(180 mg)、トリエチルアミン(50 mg)、DMPE(19 mg)を混合し、室温で36時間反応させた。ジエチルエーテルを用いた再沈殿により、Mal-PEG-DMPEが白色粉末として得られた。
3種類のペプチド(fuP1、fuP2およびFITC-fuP1)を、それぞれ、Mal-PEG-DPPEに結合させた。チオール-マレイミド反応を介してペプチドをMal-PEG-DPPEに結合させるため、ペプチドのC末端にシステインを加えた。1 mgのMal-PEG-DPPEをfuP1、fuP2、FITC-fuP1ペプチド(それぞれ0.51 mg、0.51 mg、0.61 mg)と1 mL DMSO中で混合した。室温で24時間インキュベートし、スピンカラムで精製した。これらの材料を細胞の表面修飾に使用した。また、SP2/O細胞(メラノーマ)には、fuP1-PEG-DMPEを使用した。1 mgのMal-PEG-DMPEをfuP1ペプチド(それぞれ0.51 mg)と1 mL DMSO中で混合した。室温で24時間インキュベートし、スピンカラムで精製した。
図1にペプチド結合PEG脂質の構造(上図)、ペプチド結合PEG脂質によって修飾される細胞表面の模式図(下左図)およびペプチド結合脂質を介して接着した細胞の代表的な顕微鏡写真を示す(右下図)を示す。
【0033】
1-3.細胞表面上のプチド結合PEG脂質の定量分析
CCRF-CEM細胞の細胞膜に修飾されたペプチド結合PEG脂質の分子数を評価した。FITC-fuP1-PEG-DPPE溶液(50μL, 1, 0.1, 0.01, 0.001 mg/mL in PBS)をCCRF-CEM細胞のペレット(1.0 × 10
6 cells)に加え、室温で30分インキュベートした。遠心によってPBSでリンスしたのち、細胞を溶血させるため細胞ペレットに0.2 mLの純水を加えた。溶血した細胞の溶液の蛍光強度を蛍光光度計にて測定し、FITC-fuP1の測定によって得られた検量線からFITC-fuP1-PEG-DPPEの分子数を計算した。
細胞表面に修飾されたペプチド結合PEG脂質の安定性を評価した。上記で述べた通りに、CCRF-CEM細胞を1 mg/mL FITC-fuP1-PEG-DPPE溶液で修飾し、培地で懸濁したのち、37℃でインキュベートした。インキュベート開始から0時間後、3時間後、24時間後にそれぞれ細胞をフローサイトメーターで解析し(
図2B)、共焦点顕微鏡で観察した(
図2A)。
ペプチド結合PEG脂質で細胞を処理すると、処理した時点で細胞表面上に蛍光が観察され、ペプチド結合脂質で細胞表面が修飾されたことが確認できた(
図2AおよびB、0h)。細胞表面上のペプチド結合脂質は、時間経過に伴って脱離することが確認された(
図2AおよびB、3h、24h)
【0034】
1-4.QCM-D法によるfuP2およびfuP1-PEG-脂質間の相互作用の解析
fuP1ペプチドとfuP2ペプチドの結合性を調べるため、水晶振動子マイクロバランス装置(QCM-D)による測定を行った。測定には、1-ドデカンチオール(1-dodecanethiol)で修飾しCH
3-SAMが作製された金センサーチップを用いた。最初に、PBSでシグナルの安定化を行った。続いて、fuP1-PEG-DPPE溶液 (1 mg/mL in PBS)、BSA溶液 (1 mg/mL in PBS)、fuP2 ペプチド溶液 (5, 10, 100μg/mL in PBS)を順にセンサーチップに流した。この際、各ステップでPBSによるリンスを行った。振動数変化から、導入されたfuP1-PEG-DPPE量およびfuP2ペプチドの吸着量を評価した。fuP1-PEG-DPPE、BSA、fuP2ペプチドの順に流した場合には振動数変化は検出されたが(
図3A)、fuP1-PEG-DPPEを流さなかった場合には検出されなかった(
図3B)。この結果から、fuP1-PEG-DPPEとfuP2ペプチドが特異的に結合することが確認できた。
【0035】
1-5.細胞間接着の確認
CCRF-CEM細胞をCelltracker Green(緑色)またはCelltracker Orange(赤色)によって染色した。遠心によってPBSでリンスしたのち、50μLのfuP1-PEG-DPPE溶液(1, 0.1, 0.01, 0.001 mg/mL in PBS)およびfuP2-PEG-DPPE溶液(1, 0.1, 0.01, 0.001 mg/mL in PBS)を、それぞれCelltracker Greenラベル化細胞、Celltracker Orangeラベル化細胞に加え、室温で30分インキュベートした。PBSでリンスしたのち、培地で懸濁した。以上のようにして、ペプチド結合PEG脂質修飾細胞を用意した。
1.0 × 10
6個のfuP1-PEG-DPPE修飾CCRF-CEM細胞と、同数のfuP2-PEG-DPPE修飾CCRF-CEM細胞を2 mL培地中で混合し、ガラスボトムディッシュ中で5分間インキュベートした。その後、細胞を共焦点顕微鏡で観察し(
図4)、細胞接着頻度(
図5A)および細胞接着面積を評価した(
図5B)。細胞接着面積は、接着部の長さをImage J測定し、測定した長さを直径とした面積で近似した。
fuP1-PEG-DPPE修飾CCRF-CEM細胞とfuP2-PEG-DPPE修飾CCRF-CEM細胞が選択的に接着することが確認され、ペプチドPEG脂質の濃度(または、ペプチドPEG脂質の導入分子数)が高くなるにつれて、細胞接着頻度が高くなった(
図4および
図5A)。また、細胞接着面積は、ペプチドPEG脂質の導入分子数に依存することが分かった(
図5B)。
【0036】
1-6.同種細胞同士の融合
同種細胞の融合実験を行った。CCRF-CEM細胞をDiOまたはDiIによって染色した。上記の通りに1.0 × 10
6個のDiOラベル化fuP1-PEG-DPPE修飾CCRF-CEM細胞と、同数のDiIラベル化fuP2-PEG-DPPE修飾CCRF-CEM細胞を用意してガラスボトムディッシュ中で接着させたのち、懸濁液を15 mLファルコンチューブに穏やかに移し、瞬間的に遠心した。上清をほとんど取り除き、先端の口を切って広げたピペットチップで細胞を吸い、1mLのPEG溶液(PEG分子量:6kDa、50 wt% in PBS)中に加えた。1分間穏やかに攪拌したのち、10 mLの培地を加え、遠心によってPEGを取り除き、2 mLの培地で再懸濁してガラスボトムディッシュに移した。直後および24時間後に共焦点顕微鏡にて細胞を観察し(
図6)、24時間後の細胞をフローサイトメトリーにて評価した(
図7)。また、24時間後の細胞の生存率をトリパンブルー染色にて測定した(
図8)。
ペプチド結合PEG脂質で細胞表面を修飾し(細胞表面修飾法)、さらに、PEG溶液で処理すると(PEG法)、PEG単独処理と比較して、細胞融合効率が明らかに上昇した(
図7B)。また、5kDaのPEGを含むペプチド結合PEG脂質で処理した場合には、PEG法を併用しなくても、PEG単独処理の場合よりも、細胞融合効率は優れていた(
図7B)。ペプチド結合PEG脂質とPEG法を併用すると、細胞の生存率が若干減少するが、大きな影響ではないと言える(
図8)。
【0037】
1-7.異種細胞同士の融合
異種細胞の融合実験を行った。SP2/O細胞(メラノーマ)をDiOで、ラット脾臓細胞をDiIで染色した。CCRF-CEM細胞と同様の方法で、1.0 × 10
6個のDiOラベル化fuP1-PEG-DMPE修飾SP2/O細胞と、1.0 × 10
7個のDiIラベル化fuP2-PEG-DPPE修飾ラット脾臓細胞を用意してガラスボトムディッシュ中で接着させたのち、懸濁液を15 mLファルコンチューブに穏やかに移し、瞬間的に遠心した。上清をほとんど取り除き、先端の口を切って広げたピペットチップで細胞を吸い、1 mLの50 wt% PEG溶液 (in PBS) 中に加えた。1分間穏やかに攪拌したのち、10 mLの培地を加え、遠心によってPEGを取り除き、2 mLの培地で再懸濁してガラスボトムディッシュに移した。直後および24時間後に共焦点顕微鏡にて細胞を観察し(
図9)、24時間後の細胞をフローサイトメトリーにて評価した(
図10)。
その結果、PEG単独処理と比較して、ペプチド結合PEG脂質単独処理およびペプチド結合PEG脂質とPEG併用処理を行った細胞の融合効率の方が、細胞融合効率が優れていた(
図10)。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明は、細胞同士を効率的に融合させる技術を提供する。従って、本発明は、細胞生物学等に関連する分野および医学分野における利用が期待される。
【配列表】