IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社クラレの特許一覧

<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-28
(45)【発行日】2023-09-05
(54)【発明の名称】多孔質炭素および多孔質炭素の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C01B 32/00 20170101AFI20230829BHJP
   B01J 20/20 20060101ALI20230829BHJP
   B01J 20/28 20060101ALI20230829BHJP
   B01J 20/30 20060101ALI20230829BHJP
   C01B 32/05 20170101ALI20230829BHJP
【FI】
C01B32/00
B01J20/20 A
B01J20/28 Z
B01J20/30
C01B32/05
【請求項の数】 15
(21)【出願番号】P 2019040911
(22)【出願日】2019-03-06
(65)【公開番号】P2020142960
(43)【公開日】2020-09-10
【審査請求日】2021-11-09
(73)【特許権者】
【識別番号】000001085
【氏名又は名称】株式会社クラレ
(74)【代理人】
【識別番号】110002745
【氏名又は名称】弁理士法人河崎特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小林 祥平
(72)【発明者】
【氏名】岩崎 秀治
【審査官】磯部 香
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-013394(JP,A)
【文献】特表2015-516373(JP,A)
【文献】特開2019-069866(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第104108712(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第104108707(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第104140097(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第104108710(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 32/00
B01J 20/20
B01J 20/28
B01J 20/30
C01B 32/05
JSTPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
BET法による比表面積が、200m/g以上650m/g以下であり、
BJH法によるマクロ孔容積が、0.67cm/g以上であり、
63MPaに加圧された状態における粉体導電率が、20S/cm以上であり、
ホウ素ドープ、硫黄ドープ、リンドープ、および窒素ドープがされていない、多孔質炭素。
【請求項2】
BET法による比表面積が、200m/g以上650m/g以下であり、
BJH法によるマクロ孔容積が、0.67cm/g以上であり、
63MPaに加圧された状態における粉体導電率が、51S/cm以上である、多孔質炭素。
【請求項3】
BJH法による全細孔容積に占める前記マクロ孔容積の割合が、60%以上である、請求項1または2に記載の多孔質炭素。
【請求項4】
前記マクロ孔容積が、0.67cm/g以上1.2cm/g以下である、請求項1~3のいずれか1項に記載の多孔質炭素。
【請求項5】
前記比表面積が、200m/g以上500m/g以下である、請求項1~4のいずれか1項に記載の多孔質炭素。
【請求項6】
DFT法によるマイクロ孔容積が、0.2cm/g以下である、請求項1~5のいずれか1項に記載の多孔質炭素。
【請求項7】
前記粉体導電率が、25S/cm以上である、請求項1に記載の多孔質炭素。
【請求項8】
以下の工程:
(1)有機酸塩と第1有機酸とを混合して混合物を得る工程と、
(2)不活性ガス雰囲気中で前記混合物を熱処理して、炭化物を得る工程と、
(3)前記炭化物から多孔質炭素を得る工程と、を含み、
前記工程(3)が、前記炭化物を酸洗浄する工程を含み、
前記混合物は、ホウ素ドープ、硫黄ドープ、リンドープ、および窒素ドープのための物質を含まない、多孔質炭素の製造方法。
【請求項9】
前記工程(2)は、第1温度で熱処理する一次熱処理工程を含み、
前記第1温度は、600℃以上800℃以下である、請求項8に記載の多孔質炭素の製造方法。
【請求項10】
前記工程(3)は、さらに、前記酸洗浄工程の後、前記第1温度よりも高い第2温度で熱処理する二次熱処理工程を含む、請求項9に記載の多孔質炭素の製造方法。
【請求項11】
前記第2温度は、900℃以下である、請求項10に記載の多孔質炭素の製造方法。
【請求項12】
以下の工程:
(1)有機酸塩と第1有機酸とを混合して混合物を得る工程と、
(2)不活性ガス雰囲気中で前記混合物を熱処理して、炭化物を得る工程と、
(3)前記炭化物から多孔質炭素を得る工程と、を含み、
前記工程(2)は、第1温度で熱処理する一次熱処理工程を含み、
前記第1温度は、600℃以上800℃以下であり、
前記工程(3)は、前記炭化物を酸洗浄する工程と、前記酸洗浄工程の後、前記第1温度よりも高い第2温度で熱処理する二次熱処理工程とを含む、多孔質炭素の製造方法。
【請求項13】
前記第1有機酸は、多価カルボン酸およびヒドロキシカルボン酸からなる群より選択される少なくとも一種であり、
前記第1有機酸の炭素数は、6以下である、請求項8~12のいずれか1項に記載の多孔質炭素の製造方法。
【請求項14】
前記有機酸塩は、アルカリ金属および周期表第2族金属からなる群より選択される少なくとも一種と第2有機酸との塩である、請求項8~13のいずれか1項に記載の多孔質炭素の製造方法。
【請求項15】
前記第2有機酸は、多価カルボン酸およびヒドロキシカルボン酸からなる群より選択される少なくとも一種であり、
前記第2有機酸の炭素数は、6以下である、請求項14に記載の多孔質炭素の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マクロ孔容積が大きく、かつ導電性が高い多孔質炭素およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
多孔質炭素の細孔は、細孔の大きさが、2nm未満のマイクロ孔、2nm以上50nm未満のメソ孔、50nm以上のマクロ孔に分類される。マクロ孔を有する多孔質炭素は、マクロ孔を利用した巨大分子の吸着性に優れており、近年では、次世代の高容量電池として期待されるリチウム硫黄電池の導電材への利用が検討されている。
【0003】
マクロ孔を有する多孔質炭素は、(1)ポリマーブレンドを焼成する方法、(2)粒子径を制御したポリマー微粒子を鋳型として利用する方法、(3)有機酸塩を焼成する方法等により製造することができる。
【0004】
(1)の方法では、多孔質炭素は、熱硬化性樹脂と熱可塑性樹脂とを混合して、熱硬化性樹脂を硬化し、次いで溶剤によって熱可塑性樹脂を溶出させて除去した後、焼成することにより製造される(例えば、特許文献1)。
【0005】
(2)の方法では、多孔質炭素は、ポリマー微粒子のコロイド結晶に炭素源を含有する溶液を付与し、次いで熱処理を行うことによりコロイド結晶間に炭素源の重合物を生成させ、高温で焼成することにより製造される(例えば、特許文献2)。
【0006】
(3)の方法では、多孔質炭素は、有機酸塩を焼成し、生成した無機塩を酸洗浄により除去することにより製造される(例えば、非特許文献1、非特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2004-026954号公報
【文献】特開2012-101355号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】J.MATER.CHEM.A(2013)13738-13741
【文献】RSC ADVANCE(2015)57576-57580
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記(1)および(2)の方法では、多孔質炭素の大きなマクロ孔容積と高導電性とを両立することが難しい。上記(1)および(2)の方法では、多孔質炭素の比表面積および多孔質構造を制御し難いことに加え、導電性を高めるには高温での焼成が必要となるが、高温で焼成を行うとマクロ孔が減少し易くなるためである。また、上記(1)および(2)の方法は、多くの工程を含み、操作が煩雑であるため、工業的な製造には適さない。上記(3)の方法では、上記(1)および(2)の方法に比較すると、比表面積および多孔質構造を制御し易く、比較的低温でも高伝導性が得られ易い。そのため、得られる多孔質炭素は、有機酸塩に由来してマクロ孔がある程度形成されるが、マクロ孔容積は未だ小さい。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記に鑑み、本発明の一側面は、BET法による比表面積が、200m/g以上650m/g以下であり、
BJH法によるマクロ孔容積が、0.5cm/g以上であり、
粉体導電率が、20S/cm以上である、多孔質炭素に関する。
【0011】
本発明の他の側面は、以下の工程:
(1)有機酸塩と第1有機酸とを混合して混合物を得る工程と、
(2)不活性ガス雰囲気中で前記混合物を熱処理して、炭化物を得る工程と、
(3)前記炭化物から多孔質炭素を得る工程と、を含み、
前記工程(3)が、前記炭化物を酸洗浄する工程を含む、多孔質炭素の製造方法に関する。
【発明の効果】
【0012】
大きなマクロ孔容積を有しながらも、高い導電性を確保することができる多孔質炭素を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。なお、本発明の範囲はここで説明する実施の形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を損なわない範囲で種々の変更を加えることができる。
【0014】
本発明の一側面に係る多孔質炭素は、BET法による比表面積が、200m/g以上650m/g以下であり、BJH法によるマクロ孔容積が、0.5cm/g以上であり、粉体導電率が、20S/cm以上である。
【0015】
多孔質炭素は、例えば、以下の工程:
(1)有機酸塩と有機酸(第1有機酸)とを混合して混合物を得る工程と、
(2)不活性ガス雰囲気中で前記混合物を熱処理して、炭化物を得る工程と、
(3)炭化物から多孔質炭素を得る工程と、を含み、
工程(3)が、炭化物を酸洗浄する工程を含む、多孔質炭素の製造方法により製造できる。本発明の他の側面には、このような製造方法も包含される。
【0016】
有機酸塩を用いて炭化物を形成すると、有機酸塩を核にして炭素骨格が成長する。このとき、第1有機酸が共存することで、有機酸塩の核を中心に第1有機酸に由来する炭素成長も起こる。これにより、有機酸塩に由来する炭素骨格の周囲に第1有機酸に由来する炭素骨格が成長することになる。第1有機酸は、有機酸塩に比べて水蒸気や炭酸ガスなどのガスを発生し易いため、このガスにより、第1有機酸に由来して炭素が成長する間に、マクロ孔などの比較的大きな細孔が多く形成されることになる。よって、得られる多孔質炭素のマクロ孔容積を大きくすることができる。また、孔径が大きな細孔が多くなると、通常は導電性が低下する傾向があるが、多孔質炭素の比表面積および多孔質構造が最適化されるためか、導電性(粉体導電率)の低下を抑制でき、高い導電性を確保することができる。
【0017】
本発明の上記側面によれば、マクロ孔容積が大きくなることで、マクロ孔容積の割合を高めることもできる。BJH法による全細孔容積に占めるマクロ孔容積の割合は、例えば、50%以上であり、60%以上にまで高めることもできる。
【0018】
また、本発明の上記側面によれば、多孔質炭素の高い導電性を確保することができる。多孔質炭素の導電性は、粉体導電率により評価することができる。多孔質炭素の粉体導電率は、20S/cm以上であり、25S/m以上の高い値を確保することもできる。
【0019】
一方、有機酸塩を用い、第1有機酸を用いない場合には、マクロ孔容積自体が小さくなる。また、有機酸塩を用いずに、第1有機酸を用いる場合には、マクロ孔源となる有機酸塩由来の金属化合物が形成されないため、マクロ孔はほとんど形成されないと考えられる。
【0020】
なお、比表面積、細孔容積、および粉体導電率は、次のような手順で求められる。
(比表面積)
多孔質炭素のBET法による比表面積(以下、単にBET比表面積と称することがある。)は、窒素ガスを用いるガス吸着法により多孔質炭素について測定される吸着等温線からBETの式を用いて求められる比表面積である。BET比表面積は、より具体的には以下の手順で求められる。
【0021】
カンタクローム社製「Autosorb-iQ-MP」を用いて、以下のようにして液体窒素温度における多孔質炭素への窒素の吸着量を測定する。測定試料である多孔質炭素を試料管に充填し、試料管を-196℃に冷却した状態で、一旦減圧し、その後所望の相対圧にて測定試料に窒素(純度99.999%)を吸着させ、吸着等温線を測定する。得られた吸着等温線から相対圧0.05~0.1の範囲での多点法(例えば、3点)によりBET比表面積が求められる。
【0022】
(細孔容積)
BET比表面積を求める際に測定される多孔質炭素の吸着等温線を、BJH(Barrett Joyner Hallenda)法により解析し、孔径が50nm以上200nm以下の細孔容積をマクロ孔容積とし、2nm以上50nm未満の細孔容積をメソ孔容積とする。多孔質炭素の吸着等温線をDFT(Density Functional Theory)法により解析し、孔径が2nm未満の細孔容積をマイクロ孔容積とする。DFT法としては、より具体的には、QS-DFT法(Slit pore、Equilibrium Model)が採用される。
また、BJH法の全細孔容積は、多孔質炭素の吸着等温線をBJH法により解析した細孔径分布から得られる細孔容積の積算値である。
【0023】
(粉体導電率)
粉体導電率は、市販の粉体抵抗測定装置を用いて測定される多孔質炭素の体積抵抗率の逆数である。体積抵抗率は、三菱化学アナリテック社製の粉体抵抗率測定ユニット「MCP-PD51」および抵抗率計「ロレスターGP MCP-T610」を用いて、測定試料である多孔質炭素を63MPaに加圧した状態にて測定される。
【0024】
以下、本発明の実施形態に係る多孔質炭素およびその製造方法についてより詳細に説明する。
【0025】
[多孔質炭素]
多孔質炭素のBJH法によるマクロ孔容積は、0.5cm/g以上であり、0.55cm/g以上または0.6cm/g以上と大きくすることができる。マクロ孔容積がこのような範囲であることで、マクロ孔による高い吸着性を確保することができる。マクロ孔容積は、例えば、1.2cm/g以下であり、1cm/g以下であってもよい。マクロ孔容積がこのような範囲である場合、導電性の低下をより抑制し易くなる。
【0026】
本実施形態に係る多孔質炭素では、メソ孔やマクロ孔などのサイズの大きな細孔が多く形成され、一方でマイクロ孔が少なくなる傾向がある。多孔質炭素のDFT法によるマイクロ孔容積は、例えば、0.25cm/g以下であり、0.2cm/g以下であってもよい。マイクロ孔容積がこのような範囲である場合、マクロ孔の容積の割合を高め易くなり、マクロ孔による効果(例えば、高い吸着性および液体浸透性など)が発揮され易くなる。マイクロ孔容積の下限は特に制限されないが、例えば、0.05cm/g以上であり、0.1cm/g以上であってもよい。マイクロ孔容積がこのような範囲である場合、多孔質炭素のBET比表面積を制御し易くなり、高い導電性を確保し易くなる。
【0027】
本実施形態によれば、マクロ孔の容積を大きくすることができるため、マクロ孔の割合を高めることができる。BJH法による全細孔容積に占めるマクロ孔容積の割合は、例えば、50%以上であり、55%以上であってもよい。また、マクロ孔容積の割合を60%以上にまで高めることもできる。マクロ孔の割合がこのような範囲である場合、マクロ孔による効果が発揮され易くなる。マクロ孔の割合の上限は特に制限されないが、高い導電性を確保し易い観点からは、80%以下が好ましく、75%以下としてもよい。
【0028】
多孔質炭素のBET比表面積は、200m/g以上であり、250m/g以上または300m/g以上であってもよい。BET比表面積がこのような範囲である場合、より高い導電性が得られ易い。BET比表面積は、650m/g以下であり、500m/g以下であってもよい。BET比表面積がこのような範囲である場合、マクロ孔の容積の割合を高め易いため、マクロ孔による効果が発揮され易くなる。
【0029】
多孔質炭素は、高い導電性を示し、その粉体導電率は、20S/cm以上であり、25S/cm以上であってもよく、40S/m以上または50S/m以上の高い値を得ることもできる。粉体導電率は高いほど導電性に優れ、上限は特に制限されないが、例えば、100S/cm以下であってもよい。
【0030】
多孔質炭素は、多くのマクロ孔を有するため、X線回折スペクトルにより求められる(002)面の平均面間隔d002は、結晶性が高い黒鉛などと比べて大きくなる。多孔質炭素のd002は、例えば、0.36nm以上である。より高い導電性を確保し易い観点からは、d002は、0.38nm以下が好ましい。
【0031】
d002は、CuKα線を用いる広角X線回折法により下記のBragg式から求められる。
λ=2d×sinθ
λ:CuKα線の波長(=0.15418nm)
d:(002)面の平均面間隔d002
θ:重心法による求められるピーク位置の2θの1/2の角度
広角X線回折は、株式会社リガク製「MiniFlexII」を用い、Niフィルターにより単色化したCuKα線を線源として、試料ホルダーに充填した多孔質炭素の粉末について行われる。得られる回折図形では、重心法(回折線の重心位置を求め、これに対応する2θ値でピーク位置を求める方法)によりピーク位置を求め、標準物質用高純度シリコン粉末の(111)面の回折ピークを用いて補正する。
【0032】
[多孔質炭素の製造方法]
本実施形態によれば、有機酸塩と第1有機酸とを用いることで、マクロ孔容積が大きく高い導電性を備える多孔質炭素を、簡便な方法で製造することができる。また、本実施形態に係る製造方法は、安価な原料を用いることができ、工程数も少なく、技術的に難易度が高い工程も含まないため、コスト的に有利であるとともに、安全面でも優れており、工業的な製造にも適している。
以下、各工程について説明する。
【0033】
(1)混合工程
本工程では、多孔質炭素の原料となる有機酸塩と第1有機酸とを混合する。有機酸塩を用いることで、有機酸塩が核となって炭化により炭素骨格が形成され易くなり、炭素骨格の構造を制御し易くなる。また、第1有機酸を用いることで、有機酸塩に由来する炭素骨格の周囲で第1有機酸に由来する炭素成長が進行し、マクロ孔を多く形成することができる。有機酸塩と第1有機酸との組み合わせにより、炭素骨格の構造および細孔構造が最適化されるとともに、高い導電性を確保することができる。
【0034】
(第1有機酸)
第1有機酸としては、特に制限されないが、有機酸塩の分解温度以下の融点を有するものを用いることが好ましい。このような第1有機酸は、工程(2)において有機酸塩に由来する炭素骨格が形成される際に、水蒸気および/または炭酸ガスを生成し易い。よってこのような第1有機酸を用いることで、マクロ孔の容積を大きくすることができる。また、第1有機酸として室温(例えば、20℃以上35℃以下)で固体のものを用いると乾式混合により混合することができ、簡便である。
【0035】
第1有機酸としては、カルボキシ基およびヒドロキシ基からなる群より選択される官能基を2つ以上有するもの(ただし、少なくとも1つのカルボキシ基を有する)が好ましい。このような第1有機酸としては、多価カルボン酸およびヒドロキシカルボン酸などが挙げられる。第1有機酸において、1分子当たりのカルボキシ基およびヒドロキシ基の総数は、例えば、2以上であり、3以上が好ましい。第1有機酸において、1分子当たりのカルボキシ基およびヒドロキシ基の総数は、例えば、8以下であり、6以下または4以下であってもよい。第1有機酸は、アルキル基などの他の官能基(例えば、カルボキシ基およびヒドロキシ基以外の1価の官能基)を有していてもよいが、炭化が進行し易く、炭素骨格の構造を制御し易いことに加え、多孔質炭素のより高い導電性を確保し易い観点からは、他の官能基を有さないものが好ましい。同様の理由で、脂肪族カルボン酸(特に鎖状の脂肪族カルボン酸)が好ましい。
【0036】
ヒドロキシカルボン酸は、1つのカルボキシ基を有していればよいが、2つ以上有すること(つまり、ヒドロキシ基を有する多価カルボン酸であること)が好ましい。ヒドロキシカルボン酸としては、例えば、リンゴ酸、クエン酸、グルコン酸などが挙げられる。ヒドロキシ基を有さない多価カルボン酸としては、マロン酸、コハク酸、マレイン酸などが挙げられる。また、多価カルボン酸は、多価のケトカルボン酸であってもよい。多価のケトカルボン酸としては、多価のβ-ケトカルボン酸(オキサロ酢酸、アセトンジカルボン酸など)などが挙げられる。
【0037】
第1有機酸の炭素数は、例えば、8以下または7以下であってもよいが、炭化が進行し易く、炭素骨格の構造を制御し易いことに加え、多孔質炭素のより高い導電性を確保し易い観点からは、6以下であることが好ましい。炭化の際に、第1有機酸の分解によりガス発生のタイミングを制御し易い観点からは、第1有機酸の炭素数は3以上が好ましく、4以上であってもよい。
【0038】
第1有機酸は、一種を単独で用いてもよく、二種以上を組み合わせて使用してもよい。
第1有機酸として、少なくともクエン酸を用いることが好ましい。クエン酸は、入手が容易で、安価であり、安全性にも優れている。また、クエン酸を用いることで、特に、有機酸塩が炭化される際のガス発生のタイミングの制御が容易になる。よって、マクロ孔の容積を大きくすることが容易になる。
【0039】
第1有機酸と有機酸塩との総量(100質量%)に占める第1有機酸の比率は、例えば、10質量%以上であり、15質量%以上または20質量%以上が好ましい。第1有機酸の比率は、例えば、60質量%以下である。第1有機酸の比率がこのような範囲である場合、多孔質炭素におけるマクロ孔容積の割合を高めることができる。第1有機酸の比率は、55質量%以下が好ましく、45質量%以下または30質量%以下がより好ましい。第1有機酸の比率がこのような範囲である場合、導電性の低下を抑制する効果をさらに高めることができる。
【0040】
(有機酸塩)
第1有機酸の炭素成長の際に、有機酸塩が核となりやすいように、有機酸塩は、有機酸(第2有機酸)と金属との塩が好ましい。第2有機酸としては、炭化が進行し易い観点から、第1有機酸について例示したもの(多価カルボン酸、ヒドロキシカルボン酸など)が好ましい。
【0041】
有機酸塩を構成する金属としては、遷移金属などであってもよいが、炭化物を酸洗浄する際に除去し易いように、アルカリ金属および周期表第2族金属などが好ましい。アルカリ金属としては、リチウム、ナトリウム、カリウムなどが挙げられる。周期表第2族金属としては、マグネシウム、およびアルカリ土類金属(カルシウムなど)が好ましい。安価で除去し易い観点からは、アルカリ金属(ナトリウム、カリウムなど)、マグネシウム、カルシウムなどが好ましく、特にアルカリ金属が好ましい。有機酸塩は、金属を一種含んでもよく、二種以上含んでもよい。金属および/または第2有機酸の種類が異なる二種以上の有機酸塩を併用してもよい。
【0042】
有機酸塩の具体例としては、例えば、クエン酸塩(クエン酸ナトリウム、クエン酸カリウム、クエン酸リチウムなど)、グルコン酸塩(グルコン酸ナトリウム、グルコン酸カリウム、グルコン酸リチウムなど)、マレイン酸塩(マレイン酸ナトリウム、マレイン酸カリウム、マレイン酸リチウムなど)、マロン酸塩(マロン酸ナトリウム、マロン酸カリウム、マロン酸リチウムなど)、コハク酸塩(コハク酸ナトリウム、コハク酸カリウム、コハク酸リチウムなど)、リンゴ酸塩(リンゴ酸ナトリウム、リンゴ酸カリウム、リンゴ酸リチウムなど)が挙げられるが、これらに限定されるものではない。入手が容易で安価である観点からは、クエン酸のアルカリ金属塩(特に、クエン酸ナトリウム)が好ましい。
【0043】
(その他)
有機酸塩と第1有機酸との混合方法には、両成分を混合できる限り特に制限されず、乾式混合および湿式混合のいずれを採用してもよい。
【0044】
室温で固体の第1有機酸を用いる場合、乾式混合が利用できる。乾式混合では、第1有機酸と有機酸塩とをより均一に混合する観点から、例えば、これらの成分を乳鉢ですり潰したり、ボールミルで粉砕しながら粉末状にしたりすることにより混合することが好ましい。これらの場合に特に限定されず、公知の乾式の混合機を用いてもよい。
【0045】
第1有機酸が室温で液状の場合、湿式混合が利用される。また、溶媒を用いて湿式混合を行ってもよい。例えば、溶媒に、有機酸塩および/または第1有機酸を溶解させた状態で両成分を混合することができる。有機酸塩および第1有機酸の一方の成分を溶媒に溶解させた溶液に他方の成分を添加して混合してもよく、溶液を他方の成分に散布(スプレー散布等)することで両成分を混合してもよい。両成分を湿式混合した後は、必要に応じて溶媒を揮発させることにより除去してもよい。
【0046】
溶媒としては、特に制限されず、例えば、水、有機溶媒、またはこれらの混合物などが挙げられる。有機溶媒としては、アルコール(エタノール、メタノール、イソプロピルアルコール、エチレングリコール等)、エーテル(テトラヒドロフラン、1,4-ジオキサン、ジメトキシエタン等)などが例示されるが、これらに限定されるものではない。溶媒は、第1有機酸および/または有機酸塩の種類に応じて選択される。溶媒は、一種を単独で用いてもよく、二種以上を組み合わせてもよい。有機酸塩と有機酸のいずれも溶解し易く、設備の簡略化がし易い等の理由から、溶媒として水を用いることが好ましく、水と有機溶媒(好ましくは水溶性有機溶媒)との混合物を用いてもよい。
【0047】
(2)炭化物を得る工程
本工程では、上記(1)の工程により得られる混合物を熱処理することにより炭化物を生成させる。熱処理は、不活性ガス雰囲気下で行われる。不活性ガスとしては、例えば、窒素、および/またはアルゴンが挙げられる。
【0048】
熱処理は、少なくとも、600℃以上800℃以下の温度(第1温度)で行うことが好ましい。このような温度で熱処理することで、マイクロ孔容積の増加を抑制してマクロ孔容積の比率を高めることができるとともに、多孔質炭素の高い導電性を確保し易くなる。また、洗浄工程で有機酸塩由来の金属成分の除去が容易になる。第1温度は、650℃以上780℃以下が好ましく、650℃以上750℃以下がさらに好ましい。
【0049】
熱処理は、一段階で行ってもよく、多段階で行ってもよく、昇温しながら行ってもよい。多段階や昇温しながら熱処理する場合でも、少なくとも第1温度での熱処理を行うことが好ましい。つまり、上記工程(2)は、第1温度で熱処理する工程(一次熱処理工程)を少なくとも含むことが好ましい。
【0050】
一次熱処理の時間は、例えば、30分以上4時間以下であり、30分以上2時間以下であってもよい。
【0051】
工程(2)は、一次熱処理工程の前に第1温度より低い温度での予備の熱処理工程を含んでもよい。予備の熱処理工程における温度は、第1温度より低ければよく、650℃未満であってもよく、600℃以下または600℃未満であってもよい。予備の熱処理工程における温度は、例えば、400℃以上または500℃以上である。このような予備の熱処理工程を行うことで、より均質な物性を有する炭化物を得ることができる。予備の熱処理工程は、上記と同様に不活性ガス雰囲気下で行われる。
【0052】
(3)多孔質炭素を形成する工程
工程(3)は、工程(2)で得られる炭化物を洗浄する工程を含む。炭化物の洗浄は少なくとも酸洗浄により行われる。酸洗浄により、炭化物中の有機酸塩の残渣(金属成分など)が除去され、多孔質炭素が得られる。炭化物は、酸洗浄の後、通常水洗される。酸洗浄と水洗とは、炭化物中の有機酸塩の残渣を十分に除去できるまで繰り返し行うことが好ましい。
【0053】
酸洗浄に用いられる洗浄液は、通常、酸の水溶液である。洗浄に用いられる酸としては、無機酸が好適である。無機酸としては、例えば、塩酸、硝酸、および/または硫酸などが挙げられる。有機酸塩の残渣を溶解し易く、炭化物の酸化を抑制し易い観点からは、塩酸が好ましい。洗浄液中のプロトン(または塩酸)の濃度は、例えば、0.01mol/L以上1.0mol/L以下であり、0.05mol/L以上0.5mol/L以下が好ましい。洗浄液中のプロトン(または酸)の濃度を調節することで、酸洗浄の回数を少なくすることができ、炭化物中に残留する酸の量を少なくすることができる。
【0054】
酸洗浄および水洗は、室温(例えば、20℃以上35℃以下)で行ってもよいが、洗浄を効率よく行う観点からは、40℃以上(特に60℃以上)の温度で行うことが好ましい。酸洗浄および水洗の温度は、通常、100℃未満であり、90℃以下であってもよい。
【0055】
酸洗浄および水洗後により得られる炭化物(多孔質炭素)は、乾燥してもよい。乾燥は、例えば、加熱下で行ってもよく(例えば、熱風乾燥機を利用してもよく)、減圧下で行ってもよい。乾燥には、公知の乾燥機を利用できる。乾燥温度は、例えば、50℃以上150℃以下である。このような温度で乾燥すると、多孔質炭素の酸化を抑制しながらも、比較的短時間で乾燥を行うことができる。
【0056】
工程(3)は、酸洗浄工程の後に、必要に応じて第2温度で多孔質炭素を熱処理する二次熱処理工程を含むことができる。二次熱処理工程は、酸洗浄および水洗の後に行うことが好ましい。必要に応じて、二次熱処理の前に上記の乾燥を行ってもよい。二次熱処理前の乾燥を行うことで、二次熱処理における吸着水による多孔質炭素の酸化を抑制することができる。
【0057】
第2温度は、例えば、650℃以上であり、650℃以上1000℃以下であってもよい。第2温度は、第1温度以下であってもよいが、より高い導電性が得られる観点からは、第1温度よりも高いことが好ましい。第2温度は、例えば、750℃以上(または780℃以上)であり、750℃(または780℃)よりも高いことが好ましく、800℃以上であってもよい。加熱による炭素構造の収縮を抑制して、マクロ孔の減少を抑制する観点からは、第2温度は、950℃以下が好ましく、900℃以下であってもよい。
【0058】
二次熱処理は、多孔質炭素の酸化が進行しないように、不活性ガス雰囲気下で行うことが好ましい。不活性ガスとしては、窒素、および/またはアルゴンなどが挙げられる。
【0059】
二次熱処理の時間は、例えば、30分以上4時間以下であり、30分以上2時間以下であってもよい。
【0060】
(その他)
多孔質炭素は、用途に応じて、粉砕して用いてもよい。粉砕には、特に制限されず、例えば、公知の粉砕機(例えば、ボールミル、遠心ロールミル、リングロールミル、遠心ボールミルなど)を用いることができる。粉砕は、粒子表面が酸化されるのを防ぐため、不活性ガス雰囲気下で行うことが好ましい。多孔質炭素は、必要に応じて、分級により粒度分布をコントロールしてもよい。
【0061】
多孔質炭素の平均粒子径は、用途に応じて決定される。多孔質炭素の平均粒子径は、例えば、2μm以上30μm以下であってもよい。
なお、多孔質炭素の平均粒子径は、レーザ回折・散乱方式の粒度分布測定装置により求められる体積基準の粒度分布において累積体積が50%になるメディアン径(D50)である。
【0062】
[実施例]
以下、本発明を実施例および比較例に基づいて具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0063】
《実施例1~3および比較例1》
表1に示す原料を表1に示す割合で乳鉢を用いて混合した。得られた混合物を、窒素ガス雰囲気中、表1に示す第1温度まで昇温速度5℃/分で昇温した。次いで第1温度で60分間熱処理することにより炭化物を得た。炭化物を0.1mol/L濃度の塩酸水溶液で80℃にて30分洗浄し(酸洗浄)、水洗した。酸洗浄と水洗とを合計3回繰り返した。80℃で熱風乾燥することで、多孔質炭素を得た。有機酸塩としては、クエン酸三ナトリウム二水和物を用い、有機酸(第1有機酸)としてはクエン酸を用いた。
【0064】
《実施例4~5》
実施例1で得られた多孔質炭素を、窒素ガス雰囲気中、昇温速度10℃/分で表1に示す第2温度まで昇温した。次いで、窒素ガス気流下、第2温度で60分間熱処理(二次熱処理)することにより多孔質炭素を得た。
【0065】
《比較例2》
第1有機酸に代えてグルコースを用いる以外は、実施例1と同様に多孔質炭素を作製した。
【0066】
[評価]
実施例および比較例で得られた多孔質炭素について、既述の手順でBET比表面積、各細孔容積、マクロ孔容積の割合、粉体導電率、およびd002を求めた。
結果を表2に示す。表1および表2中、A1~A5は実施例1~5であり、B1~B2は比較例1~2である。
【0067】
【表1】
【0068】
【表2】
【0069】
表2に示されるように、有機酸の代わりにグルコースを用いて作製された比較例3の多孔質炭素では、緻密な多孔質構造が形成された。具体的には、マクロ孔容積が0.20cm/gと小さく、その割合も40%と低く、粉体導電率も14S/cmと低くなった。それに対し、有機酸塩と第1有機酸とを組み合わせることで、実施例の多孔質炭素では、20S/m以上の高い粉体導電率を確保しながらも、0.5cm/g以上の大きなマクロ孔容積を確保することができる。また、実施例では、50%以上(さらには60%以上)と高いマクロ孔容積の割合を確保することもできる。
【0070】
有機酸塩のみを用いた比較例1に比べて、実施例1では、メソ孔容積およびマクロ孔容積が大きく、マイクロ孔容積が小さいことから、小さな細孔よりも大きな細孔が生じやすくなっていると言える。他の実施例でも、メソ孔容積およびマクロ孔容積は大きいことから、実施例1と同様に、第1有機酸を用いることで大きな細孔が形成され易くなっていると言える。
【0071】
より高温での熱処理を行うと、多孔質炭素の結晶性が高まり易いため、導電性は向上するが、メソ孔およびマクロ孔は減少し、マイクロ孔が増加すると考えられる。しかし、実施例では、有機酸塩と第1有機酸とを併用することで、炭素骨格の構造が最適化されるためか、マクロ孔容積の減少を抑制することができる(実施例4および5)。
【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明の一側面に係る製造方法によれば、有機酸塩と有機酸とを併用することで、マクロ孔容積が大きく導電性が高い多孔質炭素を容易に製造できる。多孔質炭素は高い導電性を有するため、導電材として利用するのに適している。また、多孔質炭素は、比較的大きなBET比表面積を有するとともに、マクロ孔容積が大きいため、電解液などの液体に対する親和性も高い。よって、電解液を用いる電池やコンデンサなどの電極材料に用いることができる。多孔質炭素は、吸着性が高く、サイズの大きな分子(巨大分子なども含む)を吸着することもできるため、吸着材などとしての利用の他、リチウム硫黄電池の導電材としての利用も期待される。