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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-28
(45)【発行日】2023-09-05
(54)【発明の名称】高硬度耐水素脆化鋼
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230829BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20230829BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/60
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2019197017
(22)【出願日】2019-10-30
(65)【公開番号】P2021070839
(43)【公開日】2021-05-06
【審査請求日】2022-08-02
(73)【特許権者】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100185258
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 宏理
(74)【代理人】
【識別番号】100101085
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 健至
(74)【代理人】
【識別番号】100134131
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 知理
(72)【発明者】
【氏名】細田 孝
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-049036(JP,A)
【文献】特開2016-183372(JP,A)
【文献】特開2016-014180(JP,A)
【文献】特開2012-219367(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2014/0234153(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2015/0167134(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.10超~0.60%、Si:0.05~0.80%、Mn:2.0~10.0%、P:0.050%以下、S:0.050%以下、Ni:8.0~18.0%、Cr:8.0~18.0%、Mo:0.01~0.50%、Cu:0.05~1.00%、V:0.50超~3.00%、Al:0.001~0.100%、N:0.100超~0.250%を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなり、
下記の式1、式2および式3の値が、式1:0.2~1.5、式2:-100以下、式3:4.0以上であることを満足することを特徴とする高硬度耐水素脆化鋼。
式1:V/{4([C]+[N])}、
式2:551-462([C]+[N]-0.07[V])-9.2[Si]-8.1[Mn]-13.7[Cr]-29([Ni]+[Cu])-18.5[Mo]、
式3:2.3[Ni]+3.0[Mo]+5.0[Al]+5.6[Cu]-[Cr]-[Si]-1.2[Mn]。
なお、式中の[元素記号]には、対応する成分組成の質量%の値を代入する。
【請求項2】
請求項1に記載の鋼成分に加えて、さらに、質量%で、B:0.010%以下、Ca:0.050%以下、Mg:0.050%以下のうち、少なくともいずれか1種以上を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなり、
下記の式1、式2および式3の値が、式1:0.2~1.5、式2:-100以下、式3:4.0以上であることを満足することを特徴とする高硬度耐水素脆化鋼。
式1:V/{4([C]+[N])}、
式2:551-462([C]+[N]-0.07[V])-9.2[Si]-8.1[Mn]-13.7[Cr]-29([Ni]+[Cu])-18.5[Mo]、
式3:2.3[Ni]+3.0[Mo]+5.0[Al]+5.6[Cu]-[Cr]-[Si]-1.2[Mn]。
なお、式中の[元素記号]には、対応する成分組成の質量%の値を代入する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素製造プラント、貯蔵施設、各種の水素運搬手段(船舶やトレーラー等)、また水素ステーションや燃料電池自動車といった水素エネルギー利用設備の部材(バルブ、配管、継手、ノズル、圧縮機、蓄圧器、計測機器など)、さらに水冷孔を有して高温に曝される熱間金型やロール等の、材料中への水素侵入が促される環境下(以下「水素侵入環境下」ともいう。)において、好適に使用することが可能な高硬度耐水素脆化鋼からなる鋼材に関する。
【背景技術】
【0002】
高硬度で耐水素脆性に優れる材料として、成分である各合金元素の添加量とそのバランスを調整することでオーステナイト組織の安定化した安価で優れた耐水素脆性の非磁性耐水素脆性である高硬度で耐食性に優れた非磁性の鋼が提案されている(特許文献1参照。)。
しかし、この提案の鋼では、Nの添加による粗大炭窒化物の生成による耐食性の劣化を考慮して、Nの添加量は0.1000%以下としている。そこで、これを上回る大量のNの添加により安価にγ安定度を高めて高強度化し、かつ耐食性を改善するといった観点や作用効果については言及や示唆はなされていない。また、この提案のものは、平滑破面を抑制することについても言及や示唆はなく、水素脆化感受性も高いものであった。
【0003】
また、高硬度で耐水素脆性に優れる材料として、積層欠陥エネルギー(stacking fault energy:以下「SFE」ともいう。)をコントロールし、より耐水素脆化感受性を抑えた鋼が提案されている(特許文献2参照。)。
しかし、この提案でも、Nの添加による粗大炭窒化物の生成による耐食性の劣化を考慮して、Nの含有量は0.1000%以下と少なく規定しており、これを上回る大量のNの添加によって安価にγ安定度を高めて高強度化し、かつ耐食性を改善するといった効果については言及や示唆はなされていない。
【0004】
また、高強度および耐硫化物応力腐食割れ性に優れた材料が提案されている(特許文献3参照。)。しかし、この提案の材料はMnとVの添加に特徴があり、MoやAlの添加はなく、Niも必須とされていない。また積層欠陥エネルギーの調整による平滑破壊の発現抑制に関する言及や示唆もみあたらない。そして、延性、耐食性、過酷な水素侵入環境への耐性については不明である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2016-183372号公報
【文献】特開2019-49036号公報
【文献】特開平9-249940号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
高圧の水素ガス使用設備のノズルや水冷孔を有した金型等に用いられる鋼材には、水素の侵入しやすい環境下に曝されつつも耐久性が求められている。こうした場面に適用可能な部材として使用可能な鋼材があれば、水素エネルギーを利用する社会の構築を促進することができる。そこで、優れた耐水素脆性を有し、高硬度で高強度であり、高耐候性を有し、比較的安価な鋼材が望まれている。
【0007】
ここでいう強度とは、高圧水素環境下での使用が認められているSUS316やASTMのXM19系の鋼材を遥かに上回り、かつ高価なSUH660の時効硬化材と同等以上の高強度である。
ところが、SUH660のように、オーステナイト安定度が高くても強度が高い鋼は、水素脆化感受性が高いものであった。こうした水素脆化感受性を抑制するためには、高いオーステナイト安定度を維持しつつも、加工組織の均質化および積層欠陥エネルギー(SFE)を向上させることが有効であると考えられる。SFEが高いと、積層欠陥を導入するのにエネルギーが必要となるからである。
【0008】
そして、水素利用アプリケーションに向けの材料には、十分な耐水素脆性を有しつつ、安価、高強度、優れた耐食性という要求事項に応え得ることが望まれているが、上記の従来の技術では、全ての要求に応えるのは難しい状況である。
【0009】
そこで、本発明が解決しようとする課題は、MnおよびNの添加によってγ安定化元素のNi代替によるコストダウンを図ること、さらに、V(C,N)析出物によって高硬度化すること、各合金元素の添加による引張特性、コスト、耐食性、そして高強度材特有の水素脆化感受性(平滑破面の発現)に及ぼす影響を把握し、添加量と組成バランスを調整することで、安価で優れた耐水素脆性、引張特性および耐食性も兼ね備えた材料を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
さて、安価で優れた耐水素脆性、引張特性および耐食性も兼ね備えた鋼材料を提供するための、上記の課題を解決するための手段は、
その第1の手段では、質量%で、C:0.10超~0.60%、Si:0.05~0.80%、Mn:2.0~10.0%、P:0.050%以下、S:0.050%以下、Ni:8.0~18.0%、Cr:8.0~18.0%、Mo:0.01~0.50%、Cu:0.05~1.00%、V:0.50超~3.00%、Al:0.001~0.100%、N:0.100超~0.250%を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなり、
下記の式1、式2および式3の値が、式1:0.2~1.5、式2:-100以下、式3:4.0以上であることを満足することを特徴とする高硬度耐水素脆化鋼である。
式1:V/{4([C]+[N])}
式2:551-462([C]+[N]-0.07[V])-9.2[Si]-8.1[Mn]-13.7[Cr]-29([Ni]+[Cu])-18.5[Mo]
式3:2.3[Ni]+3.0[Mo]+5.0[Al]+5.6[Cu]-[Cr]-[Si]-1.2[Mn]
なお、式中の[元素記号]には、対応する成分組成の質量%の値を代入する。
【0011】
第2の手段では、第1の手段に記載の成分に加えて、
さらに、質量%で、B:0.010%以下、Ca:0.050%以下、Mg:0.050%以下のうち、少なくともいずれか1種以上を含有し、
残部Feおよび不可避不純物からなり、
下記の式1、式2および式3の値が、式1:0.2~1.5、式2:-100以下、式3:4.0以上であることを満足することを特徴とする高硬度耐水素脆化鋼である。
式1:V/{4([C]+[N])}
式2:551-462([C]+[N]-0.07[V])-9.2[Si]-8.1[Mn]-13.7[Cr]-29([Ni]+[Cu])-18.5[Mo]
式3:2.3[Ni]+3.0[Mo]+5.0[Al]+5.6[Cu]-[Cr]-[Si]-1.2[Mn]
なお、式中の[元素記号]には、対応する成分組成の質量%の値を代入する。
【発明の効果】
【0012】
上記の本願の手段によると、式1の値を0.2~1.5に規定することで、V、CおよびNを効果的に析出硬化に利用でき、V(C,N)の析出物によって安価で高硬度な鋼を得ることができるので、安価で高硬度ならびに優れた引張特性を備えた鋼を得ることができる。本願の発明では、Mnに加え、Nを0.100%超と大量に添加することによって、安価にγ安定度を高めて高強度化し、かつ耐食性を改善しており、これによりNi代替によるコストダウンもはかれている。
【0013】
また、式2の値を-100以下に規定することで、耐水素脆性に優れるγ組織の安定性を示す鋼とすることができ、値が低いほどγ組織が安定できることから、優れた耐水素脆性を得ることができる。
【0014】
また、式3の値を4.0以上に規定することで、高いSFEを確保でき局所すべりの発生が抑制でき、その結果、水素脆化感受性の要因となる平滑破面の発現を抑制し、常温・常圧・大気雰囲気での延性を向上させ、高強度材でみられる水素脆化感受性の上昇を抑制することができる。
【0015】
そこで、式1~3値を規定範囲内とするよう各合金元素の添加成分を調整することで、安価で優れた耐水素脆性、引張特性および耐食性も兼ね備えた材料を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
発明を実施するための形態の記載に先立って、本願の発明に係る手段における成分組成、式1~3の式および値を規定する理由について、以下に順次説明する。なお、化学成分における%は、質量%である。
【0017】
C:0.10超~0.60%
Cは、VおよびNと化合して、鋼中にV(C,N)[バナジウム炭窒化物]を生成して析出強化する元素である。このためには、Cは0.10%超が必要である。
一方、Cは0.60%を超えて含有されると、粗大なバナジウム炭窒化物を生成してしまい、鋼の耐食性を劣化させる。
そこで、Cは、0.10超~0.60%とする。
【0018】
Si:0.05~0.80%
Siは、製鋼段階での脱酸材として添加される元素である。そこで、Siは鋼中に0.05%以上含有される。一方、Siは鋼中に0.80%を超えて含有されると、鋼の延性が劣化し、かつフェライト生成によって耐水素脆性が劣化する。そこで、Siは0.05~0.80%とする。
【0019】
Mn:2.0~10.0%
Mnは、γ組織を安定化する元素で、優れた耐水素脆性を有する元素である。そこで、Mnは2.0%以上が必要である。一方、Mnは10.0%を超えて含有されると、積層欠陥エネルギー(SFE)が低下するので、平滑破面の発生が促進される。そこで、Mnは2.0~10.0%とする。
【0020】
P:0.050%以下
Pは、不純物元素であり、通常の精錬では含有されている元素である。しかし、Pは0.050%を超えて含有されると、得られた鋼の延性、靭性および熱間加工性が劣化する。そこで、Pは0.050%以下とする。
【0021】
S:0.050%以下
Sは、不純物元素であり、通常の精錬では含有されている元素である。しかし、Sは0.050%を超えて含有されると、得られた鋼の延性、靭性および熱間加工性を劣化する。そこで、Sは0.050%以下とする。
【0022】
Ni:8.0~18.0%
Niは、オーステナイトを安定化し、SFEを上昇させ、優れた耐水素脆性をもたらす元素である。そこで、Niは8.0%以上が含有される。しかし、Niが18.0%を超えて含有されるとその効果は飽和に向かい、また、Niは高価な元素であるので高コストとなる。そこで、Niは8.0~18.0%とする。
【0023】
Cr:8.0~18.0%
Crは、耐食性を向上させる元素である。そこで、Crは8.0%以上が必要である。しかし、Crは18.0%を超えて含有されると、Crの耐食性の向上の効果は飽和に向かい、フェライト生成により耐水素脆性が劣化してくる。そこで、Crは8.0~18.0%とする。
【0024】
Mo:0.01~0.50%
Moは、耐食性が向上し、SFEを上昇させ、優れた耐水素脆性をもたらす元素である。そこで、Moは0.01%以上とする。しかし、Moは0.50%を超えて含有されると、高い元素であるので高コスト化する。そこで、Moは0.01~0.50%とする。
【0025】
Cu:0.05~1.00%
Cuは、オーステナイトを安定化し、SFEを上昇させ、優れた耐水素脆性をもたらす元素である。そこで、Cuは0.05%以上とする。しかし、Cuは1.00%を超えて含有されると、熱間加工性が劣化する。そこで、Cuは0.05~1.00%とする。
【0026】
V:0.50超~3.00%
Vは、バナジウム炭窒化物[V(C,N)]の生成により鋼を析出強化する元素である。そこで、Vは0.50%超を含有するものとする。しかし、Vは3.00%を超えて含有されると、粗大な炭窒化物が生成され、耐食性が劣化する。またVは高価な元素であるので高コスト化する。そこで、Vは0.50超~3.00%とする。
【0027】
Al:0.001~0.100%
Alは、精錬時の脱酸および鋼としてのSFEを上昇させる元素である。そこで、Alは0.001%以上とする。しかし、Alは0.100%を超えて含有されると、延性が低下され、フェライトの生成により耐水素脆性が劣化する。そこで、Alは0.001~0.100%とする。
【0028】
N:0.100超~0.250%
Nは、強力なオーステナイト安定化元素である。またマトリクスに固溶している状態のものは固溶によるマトリクス強化と耐食性を向上させる。さらに、時効熱処理を施すことでV(C,N)を生成して析出強化を付与する元素である。
そこで、Nは0.100%超含有するものとする。このようにNを大量に添加することによって、コスト高なNiに代替として安価にγ安定度を高め、さらに固溶強化と析出強化にて鋼材を高強度化し、かつ耐食性を改善することを意図している。
しかし、Nは0.250%を超えて含有されると、粗大な炭窒化物生成により耐食性が劣化され、かつ窒化物の生成によって延性が低下され、製造コストも増大することからこれを回避する必要がある。そこで、Nは0.100超~0.250%とする。
【0029】
さらに、任意的付加成分について説明する。B,Ca,Mgは、本発明ではいずれか1種以上を任意に付加してもよい。
【0030】
B:0.010%以下
Bは、熱間加工性を改善する元素であって、必要に応じて添加できる。しかし、Bは0.010%を超えて含有されると、熱間加工性の改善効果は飽和し、かえって熱間加工性が劣化する。そこで、Bは0.010%以下とする。
【0031】
Ca:0.050%以下
Caは、熱間加工性を改善する元素であって、必要に応じて添加できる。しかし、Caは0.050%を超えて含有されると、熱間加工性の改善効果は飽和し、かえって熱間加工性が劣化する。そこで、Caは0.050%以下とする。
【0032】
Mg:0.050%以下
Mgは、熱間加工性を改善する元素であって、必要に応じて添加できる。しかし、Mgは0.050%を超えて含有されると、熱間加工性の改善効果は飽和し、かえって熱間加工性が劣化する。そこで、Mgは0.050%以下とする。
【0033】
式1:0.2≦V/{4([C]+[N])}≦1.5
式1のV/{4([C]+[N])}の値を0.2~1.5の範囲にすることで、V、C、およびNを析出硬化に効果的に利用できる。式1の値が下限値の0.2未満であると、C、Nの過剰により耐食性が悪化する。一方、式1の値が上限の1.5を超えるとVの過剰により高コストとなる。
そこで、V/{4([C]+[N])}は0.2~1.5とする。
【0034】
式2:551-462([C]+[N]-0.07[V])-9.2[Si]-8.1[Mn]-13.7[Cr]-29([Ni]+[Cu])-18.5[Mo]≦-100
式2は、耐水素脆性に優れるγ組織の安定度を表す指標である。式2の値が低いほどγ組織は安定しており、値が-100以下であればγ組織は安定する。
そこで、式2の551-462([C]+[N]-0.07[V])-9.2[Si]-8.1[Mn]-13.7[Cr]-29([Ni]+[Cu])-18.5[Mo]の値は-100以下とする。
【0035】
式3:2.3[Ni]+3.0[Mo]+5.0[Al]+5.6[Cu]-[Cr]-[Si]-1.2[Mn]≧4.0
式3は、加工組織の安定性の確保を示す式である。この式の値が4.0以上であると、高いSFEが確保されて局所すべりの発生が抑制され、その結果、平滑破面の発現が妨げられる。
そこで、式3の2.3[Ni]+3.0[Mo]+5.0[Al]+5.6[Cu]-[Cr]-[Si]-1.2[Mn]の値は4.0以上とする。
【0036】
本発明の実施の形態について順次に説明する。
表1に示す化学成分を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなる、本願の発明例であるNo.1~17とその比較例であるNo.18~36のそれぞれの供試材の鋼塊を以下に示すようにして溶製した。
【0037】
先ず、表1に示す各No.の発明例と比較例の化学成分からなる鋼塊を100kg真空誘導溶解炉(VIM)で溶製し、これらの鋼塊を1150℃に加熱した後、これらの鋼塊から鍛伸によりそれぞれ直径15mmの棒鋼を作製した。
さらに、これらの棒鋼を1000~1250℃において10分以上加熱した後に水冷することで、固溶化熱処理を行った鋼材とした。
次いで、これらの固溶化熱処理した鋼材をそれぞれ600~900℃に30分以上加熱した後、空冷して時効処理を行った。
これらの時効処理した鋼材から各試験片を作製した。
【0038】
【表1】
【0039】
(熱間加工性)
各種の調査に用いる試験片の上記作製工程のうち、直径15mmの棒鋼の鍛造において、問題なく加工できたものは、表2の「φ15鍛造」の欄に良好な加工性として「○」で表示した。他方、熱間加工性が悪く、割れが多発して加工を続行することが不可となったものは、表2の「φ15棒鋼」の欄に「×」と表示した。なお、×となった比較例については、試験片が適切に得られていないことから、その他の特性の評価については未実施とした。
【0040】
(時効硬さ)
表2における「時効硬さ(HRC)」の評価は、試験片のロックウェル硬さを測定して評価し、硬さが実績値で39HRC以上を良好と評価して「○」と表示し、硬さが35~38HRCを「△」と表示し、硬さが35HRC未満を硬さ不足と評価して「×」と表示した。
【0041】
(引張特性評価)
表2における引張特性の評価として、まず、引張強さについて、各種試験片からさらに平行部のφ6mm×30mmLの棒状の引張試験片へと加工した後、大気中で、ストローク速度1.0mm/minで引張試験を実施した。
表2の引張強さの実績値が1200MPa以上のものを良好と評価して「○」と表示し、1200MPa未満で1100MPa以上を「△」と表示し、1100MPa未満を劣るものとして評価し「×」と表示した。
【0042】
次に、表2における引張特性の「絞り」の評価をした。上記の引張試験における、最初の断面積をS0とし、破断後の最小断面積をSとするとき、100(S0-S)/S0で得られる値が、「絞り」(%)である。
測定した絞りの実績値が30%以上のものを良好な引張特性と評価して「○」と表示し、絞りが25~29%を「△」と、25%未満のものを引張特性に劣るものと評して「×」と表示した。
【0043】
(平滑破面率)
表2における「平滑破面率」の評価は、上述の引張特性評価後の破断試料の断面中心部を走査型電子顕微鏡(SEM)にて観察・撮影して行った。SEMで得られた画像からディンプルが認められない箇所を平滑破面と定義し、その2次元的な面積を観察視野面積(50,000μm2)で除した値を平滑破面率として算出した。
表2において「平滑破面率」が15%以下を良好と評価して「○」と表示し、「平滑破面率」が16~20%を「△」と表示し、21%以上を劣るものとして「×」とした。
【0044】
(耐食性)
表2における「耐食性」の評価として、上記の15mmの各種試験片をφ12×21mmLの棒状腐食試験片へ加工した後、塩水噴霧試験(50ppmの希薄塩水を35℃で16hr噴霧)を実施し、その後の試験片の表面を観察し、長径1mm以上の点状錆の数が15個以下のものを良好と評して、「耐食性評価」の欄に「○」と表示し、16個以上のものを劣るものと評して「×」と表示した。
【0045】
(耐水素脆性)
表2における「耐水素脆性」の評価として、(1)水素チャージをした試験片を用いて評価した。まず、上述の引張特性の評価と同様の試験片を用い、端部にNi線を電気溶接し、平行部以外を樹脂被膜で覆って水素の浸入を遮断した。この試験片を、0.01Nの硫酸と0.5g/lのチオシアン酸アンモニウムからなる溶液内に浸漬し、陰極チャージ法にて、68A/mm2、30℃、24hrの条件で、水素チャージを行った。
【0046】
(2)耐水素脆性評価:水素チャージの後、直ちに上述の引張特性の評価と同様の試験を実施して絞りを評価した。結果を表2の「水素チャージ後絞り(%)」の欄に、絞りの値を%で示した。
さらに、水素チャージの有無での絞りの値の変化を、水素チャージ有無の比率である相対絞り比(RRA)で示した。RRAは、[水素チャージ有り材の絞り]/[水素チャージ無し材の絞り]の値である。
RRAが0.80以上を表2の「RRA」の欄においては耐水素脆性に優れるものとして「○」と表示し、RRAが0.80未満のものを耐水素脆性に劣るものとして「×」と表示した。
【0047】
【表2】
【0048】
本発明の発明鋼であるNo.1~17は、表2において示すように、熱間加工性、時効硬さ、引張強さ、絞り、平滑破面率、耐食性評価、RRAのいずれも、評価は良好の○もしくは△であり、すべての評価項目のバランスが確保されるものとなった。そこで、安価でありながら、優れた加工性、引張特性、耐水素脆性、耐食性を兼ね備えた材料が得られている。
【0049】
なおこれらの評価試験は熱間加工性(φ15mm鍛造)、時効硬さ、引張特性(引張強さと絞り)、平滑破面率、耐食性評価、水素チャージ材の絞り(RRA)の順に実施した。比較鋼については、所望の特性が得られない段階で、その後の評価試験の実施に値しないものと判断し、評価を中断した。
【0050】
まず、比較鋼のNo.22,23,26,34~36は、熱間加工性が悪く、φ15鍛造時に割れが発生したため、その後の特性を評価するまでもなかった。
また、比較鋼のNo.18,28,29,31は、時効硬さに不足しており、特性が劣っていたため、その後の試験で特性を評価するまでもなかった。
比較鋼No.20は、引張評価特性の絞りの結果が思わしくなく、その後の特性を評価するまでもなかった。
比較鋼No.21,33は、平滑破面率が高かったので、その後の特性を評価するまでもなかった。
比較鋼No.19,24,30は、塩水噴霧による耐食性に劣っていた。その後の特性を評価するまでもなかった。
比較例No.25,27,32は、水素チャージの前後での相対絞り比(RRA)が小さく、水素の影響を大きく受けるものであった。