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特許7339471癌転移抑制用のVIPR2アンタゴニストペプチド
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-28
(45)【発行日】2023-09-05
(54)【発明の名称】癌転移抑制用のVIPR2アンタゴニストペプチド
(51)【国際特許分類】
   A61K 38/10 20060101AFI20230829BHJP
   A61P 35/04 20060101ALI20230829BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20230829BHJP
   C07K 7/08 20060101ALI20230829BHJP
【FI】
A61K38/10
A61P35/04
A61P43/00 111
C07K7/08 ZNA
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2023528145
(86)(22)【出願日】2022-12-26
(86)【国際出願番号】 JP2022047969
【審査請求日】2023-05-10
(31)【優先権主張番号】P 2022027791
(32)【優先日】2022-02-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和3年3月5日、日本薬学会第141年会Web要旨集(URL:https://confit.atlas.jp/guide/event-img/pharm141/28PC2_02-09/public/pdf?type=in)で発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和3年3月28日、日本薬学会第141年会(オンライン学会)で発表
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000119472
【氏名又は名称】一丸ファルコス株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(74)【代理人】
【識別番号】100110973
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 洋
(74)【代理人】
【識別番号】110002697
【氏名又は名称】めぶき弁理士法人
(74)【代理人】
【識別番号】100116528
【弁理士】
【氏名又は名称】三宅 俊男
(72)【発明者】
【氏名】吾郷 由希夫
(72)【発明者】
【氏名】浅野 智志
(72)【発明者】
【氏名】坂元 孝太郎
【審査官】渡邉 潤也
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2021/200259(WO,A1)
【文献】浅野 智志, 吾郷 由希夫,神経ペプチドVIP-VPAC2 受容体シグナルは,がん細胞遊走を制御する新規の分子機構である,J Oral Biosci.,2021年,Suppl.,p.282, 3-P1-P77
【文献】SAKAMOTO K. et al.,Generation of KS-133 as a novel bicyclic peptide with a potent and selective VIPR2 antagonist activity that counteracts cognitive decline in a mouse model of psychiatric disorders,Front Pharmacol.,2021年,12,Article 751587, pp.1-15
【文献】LEE Y. et al.,Up-regulation of PI3K/Akt signaling by 17β-estradiol through activation of estrogen receptor-α, but not estrogen receptor-β, and stimulates cell growth in breast cancer cells,Biochemical and Biophysical Research Communications,2005年,336,pp. 1221-1226
【文献】河原崎 哲, 他5名,癌抑制遺伝子PTENの機能解析,Biotherapy,2004年,18(2),pp.151-160
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K
C07K
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(1):
c[X-Pro-X-Tyr-Leu-Pro-c(X-X-Leu-Cys10]-X11)-X12-X13 (1)
(式中、Xは、システインを表し、
は、プロリン又はセリンを表し、
は、リジンを表し、
は、チロシンを表し、
11が、アスパラギン酸を表し
12及びX13は、それぞれ独立にロイシン、イソロイシン又はノルロイシンを表し、
とCys10は、それぞれの側鎖の間でジスルフィド結合を形成し、XとX11は、それぞれの側鎖の間でアミド結合を形成し、それによって式(1)のペプチドは分子内に2つの環状構造を有し、N末端アミノ基がアセチル化され、C末端カルボキシ基がアミド化されている。)で表されるアミノ酸配列からなる環状ペプチド、又は薬理学的に許容されるそれらの塩を含む、癌転移抑制のための組成物。
【請求項2】
PI3K/AKTシグナル伝達経路の活性化された癌細胞を含む対象を治療するための請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記癌細胞内におけるAKTのリン酸化を抑制する請求項2に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【クロスリファレンス】
【0001】
本出願は、2022年2月25日に日本で出願された日本国特許出願第2022-027791号の優先権を主張し、その全体が参照によりここに明示的に組み込まれるものとする。
【技術分野】
【0002】
本発明は癌転移抑制のための組成物に関し、より詳細には、癌転移抑制のためのVIPR2アンタゴニストペプチドを含む組成物に関する。
【背景技術】
【0003】
細胞の遊走は、進化的に保存されたメカニズムであり、胚発生、免疫、血管新生、創傷治癒といった正常なプロセスだけでなく、癌の転移などの病原性のプロセスにおいても役割を果たしている。細胞の遊走は、細胞内のアクチン線維の局在によって制御され、細胞の前縁部にラメリポディア(lamellipodia)と呼ばれる突出した構造(突起)が形成される。成長因子、サイトカイン、ケモカインなどによる細胞外刺激は、ラメリポディアの形成を誘導する。例えば、ケモカインとその受容体であるGタンパク質共役型受容体(GPCR)を介したシグナル伝達の場合、GTPに結合したGαiがSRK様キナーゼを直接活性化し、ホスファチジルイノシトール3キナーゼ(PI3K)シグナルをアップレギュレートする。活性化されたPI3Kは,ホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸[PI(4,5)P]をホスファチジルイノシトール3,4,5-三リン酸[PI(3,4,5)P]に変換する。PI(3,4,5)Pは、AKTのリン酸化を促進すると共に、WASPファミリーのverprolin homologous protein2(WAVE2)の細胞膜への移動を促進し、GEF-Racを介したアクチンフィラメントのリモデリングを制御することで、ラメリポディアの形成を促進する。実際に、PI3Kの機能獲得変異(すなわち、PI3Kのp110触媒サブユニットの変異)は、PI(3,4,5)Pシグナル伝達経路を増強し、乳癌などで頻繁に見られる。活性化されたPI(3,4,5)P経路は、癌細胞の成長と運動性を誘導し、その結果、癌細胞の移動と浸潤が促進される。
【0004】
下垂体アデニル酸シクラーゼ活性化ポリペプチド(PACAP)と近縁の神経ペプチドである血管作動性腸管ペプチド(VIP)は、中枢及び末梢神経系に広く発現している。その受容体であるGタンパク質共役型受容体(GPCR):VIPR1及びVIPR2(VPAC1及びVPAC2とも呼ばれる)は、脳に広く発現しているが、心血管系、腎系、消化器系、免疫系、内分泌系、生殖器系などの多数の末梢標的臓器にも発現している。VIPと腫瘍の増殖との関係については多くの報告がある。注目すべきは、卵巣上皮腫瘍、膠芽腫、浸潤性乳癌などのいくつかの種類の癌において、VIPR2 mRNAの発現及び/又はVIPR2遺伝子のコピー数の増加が報告されていることである。しかし、癌におけるVIPR2の病態生理学的な役割などについては、まだほとんど分かっていない。
【0005】
一方、本発明者らは、新規なVIPR2アンタゴニストペプチド群を見出し、これらについて開示している(非特許文献1及び特許文献1参照)。その中の代表的な二環性ペプチドであるKS-133(非特許文献2に開示。後述する実施例ではSeq-10(配列番号2)と称する。)は、精神疾患モデルマウスにおける認知機能の低下を抑制することも報告している(非特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Sakamoto K et al.,Biochem Biophys Res Commun(2018),503:1973-1979.
【文献】Sakamoto K et al.,Frontiers in Pharmacology(2021),12:751587
【文献】Biochemical and Biophysical Research Communications 552(2021)106-113
【特許文献】
【0007】
【文献】国際公開WO2021/200259号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、例えば、癌細胞の遊走に影響を及ぼすVIPR2シグナルの役割とそのメカニズムを調べることにより、癌転移抑制手段を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであって、VIP-VIPR2シグナルが、PI(3,4,5)Pの合成を介してWAVE2によるラメリポディア形成のためのアクチンの局在と伸長を制御することにより、インビトロ及びインビボでの癌細胞の遊走を制御していることの発見に基づき、創作された。すなわち、本発明はVIPR2の機能を阻害することにより癌転移を抑制する手段を提供するものであり、具体的には以下の実施形態を含む。
【0010】
式(1):
c[X-Pro-X-Tyr-Leu-Pro-c(X-X-Leu-Cys10]-X11)-X12-X13 (1)
(式中、Xは、システイン、Mpa(3-メルカプトプロピオン酸)又はD体システインを表し、Xは、N-メチル化グリシン、N-メチル化アラニン、2-アゼチジン-2-カルボン酸、プロリン、ヒドロキシプロリン、3,4-デヒドロプロリン、ピペコリン酸、セリン又はリジンを表し、Xは、チロシン、プロリン又はアルギニンを表し、X及びX11は、リジンとアスパラギン酸、オルニチンとグルタミン酸、アスパラギン酸とリジン、グルタミン酸とオルニチン、リジンとグルタミン酸、又はグルタミン酸とリジンのいずれかの組み合わせを表し、X12及びX13は、それぞれ独立にロイシン、イソロイシン又はノルロイシンを表し、XとCys10は、それぞれの側鎖の間でジスルフィド結合を形成し、XとX11は、それぞれの側鎖の間でアミド結合を形成し、それによって式(1)のペプチドは分子内に2つの環状構造を有し、N末端アミノ基及びC末端カルボキシ基は、修飾されていても欠失していてもよい。)で表されるアミノ酸配列からなる環状ペプチド、その誘導体若しくは修飾体又は薬理学的に許容されるそれらの塩を含む、癌転移抑制のための組成物。
【0011】
上記式(I)の環状ペプチドにおいて、Xが、システインを表し、Xが、プロリン又はセリンを表し、Xが、リジンを表し、Xが、チロシンを表し、X11が、アスパラギン酸を表し、X12及びX13が、それぞれ独立にロイシン、イソロイシン又はノルロイシンを表し、N末端アミノ基がアセチル化され、C末端カルボキシ基がアミド化されていることが好ましい。
【0012】
当該組成物は、例えば、VIPR2を介して、AKTやWAVE2といったPI3K下流のシグナル伝達経路が活性化された癌細胞を含む対象を治療するために用いることもでき、VIPR2を介しての癌細胞内におけるAKTのリン酸化を抑制するために用いることもできる。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る環状ペプチドを含む組成物は、例えば、VIPR2の機能を阻害することにより、癌転移を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、MCF-7及びMDA-MB-231乳癌細胞におけるAKTのリン酸化に対するVIPの影響を調べた結果である。
図2図2は、MCF-7及びVIPR2-EGFPを過剰発現させたMCF-7乳癌細胞における細胞運動性を評価した結果である。
図3図3は、トランスウェル遊走アッセイを用いて、EGFP又はVIPR2-EGFPを過剰発現させたMDA-MB-231乳癌細胞の遊走運動を測定した結果である。
図4図4は、ラメリポディアの面積を定量化した結果である。
図5図5は、VIPR2-EGFPを過剰発現させたMDA-MB-231乳癌細胞の遊走活性をin vivoで評価した結果である。
図6図6は、VIPR2-EGFPを過剰発現させたMDA-MB-231乳癌細胞に対してVIPR2選択的なアンタゴニストペプチドを添加し、AKTのリン酸化を評価した結果である。
図7図7は、VIPR2-EGFPを過剰発現させたMDA-MB-231乳癌細胞における細胞運動性の評価に用いたトランスウェルの構造を示す模式図である。
図8図8は、VIPR2-EGFPを過剰発現させたMDA-MB-231乳癌細胞の遊走に対するVIPR2選択的なアンタゴニストペプチドの抑制効果を評価した結果である。
図9図9は、VIPR2を過剰発現したMCF-7細胞において、VIPR2アンタゴニストであるKS-133を添加したとき(KS-133群)又はKS-133を添加しなかったとき(Control群)の細胞増殖効果を確認した結果である。当該確認は、各群(Control群、KS-133)N=4で行った。グラフの数値(各群の平均値)を、表3に示す。データは平均値±SDで示した。Day0と比べて、*:p<0.05、**:p<0.01、***:p<0.001を示す(Mann-Whitney U検定)。VIPR2を過剰発現したMCF-7細胞では、KS-133の添加によって、培養2日目以降から細胞増殖が著しく抑制された。一方、コントロール群では、経日的な細胞増殖が確認された。
【発明を実施するための形態】
【0015】
次に、本発明の各実施形態について、図面を参照して説明する。なお、以下に説明する各実施形態は、特許請求の範囲に係る発明を限定するものではなく、また、各実施形態の中で説明されている諸要素及びその組み合わせの全てが本発明の解決手段に必須であるとは限らない。
【0016】
(定義)
本明細書においてペプチドは、2つ以上のアミノ酸がアミド結合(ペプチド結合)で結合しているものを指し、例えば2~20アミノ酸がアミド結合したものとすることができる。また、ペプチド標記の慣例に従って左端がN末端(アミノ末端)、右端がC末端(カルボキシ末端)である。ペプチド結合を形成するカルボニル基に隣接する1番目の炭素原子をCα炭素と称する。
【0017】
本明細書において「任意のアミノ酸、又はその誘導体」は、その最も広い意味で用いられ、天然アミノ酸に加え、非天然構造を有する人工のアミノ酸、アミノ酸の特徴である当業界で公知の特性を有する化学的に合成された化合物、さらに官能基を有するカルボン酸も含む。非天然アミノ酸の例として、D体アミノ酸、主鎖の構造が天然型と異なるα/α-二置換アミノ酸(2-アミノイソ酪酸といったα-メチル化アミノ酸など)、N-アルキル-アミノ酸(N-メチル化アミノ酸など)、N-置換グリシン(ペプトイド)、主鎖が伸長しているアミノ酸(βホモアミノ酸やγホモアミノ酸)、側鎖の構造が天然型と異なるアミノ酸(シクロヘキシルアラニンやアリルグリシンや2-(2-ピリジル)-グリシンや3-(1H-ベンゾイミダゾール-2-イル)-アラニンなど)、側鎖の一部が置換されているアミノ酸(ノルロイシンやジアミノプロパン酸や3-(2-ピリジル)-アラニンなど)、側鎖に余分の官能基を有するアミノ酸;側鎖に余分のCやアルキル基やメチル基を有するアミノ酸(ホモノルロイシンやγ-メチルロイシンなど)、側鎖にハロゲン原子(F、Cl、Br、I)を有するアミノ酸(3-クロロ-アラニンなど)、側鎖にハロゲン原子(F、Cl、Br、I)を有するカルボン酸(3-クロロプロパン酸など)、側鎖に官能基を有するカルボン酸(3-ブテン酸など)、側鎖に余分のNやアミノ基を有するアミノ酸(β-アジドアラニンやオルニチンなど)、側鎖に余分のOやメトキシ基を有するアミノ酸(O-メチル-セリンやO-メチル-スレオニンなど)、側鎖に余分のヒドロキシ基を有するアミノ酸(3-ヒドロキシ-フェニルアラニンなど)、側鎖に余分のカルボキシ基(-COOH)を有するアミノ酸(3-カルボキシ-フェニルアラニンなど)、側鎖に余分のSを有するアミノ酸(エチオニンなど)、側鎖中のカルボン酸官能基がエステルで保護されているアミノ酸(アスパラギン酸-4-メチルエステルなど)、側鎖のチオ基(-S-)が酸化されてスルフィニル基(-S(=O)-)やスルホニル基(-S(=O)-)に変換されているアミノ酸(メチオニンスルホキシド)などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0018】
本明細書において、「VIPR2」はマウス、ラット、イヌ、サル、ヒトなどの哺乳類のタンパク質、「血管作動性腸管ペプチド受容体2」を意味する。
【0019】
本明細書において、「癌転移抑制」は、例えば、原発性の腫瘍が未だ転移していない場合における腫瘍の転移を抑制すること、又は既に腫瘍が転移している場合におけるさらなる腫瘍の転移を抑制することの何れか又は両方を意味する。癌細胞の転移は、癌細胞が発生した場所(原発巣)から移動して、遠隔部位に再び腫瘍を形成することをいう。そのメカニズムは種々の研究報告があるが、例えば、癌細胞の1)原発巣での増殖、2)原発巣からの癌細胞の離脱と脈管(血管やリンパ管)への浸潤、3)脈管内での移動、4)転移臓器の血管内皮への接着、5)転移臓器への浸潤、6)転移臓器内での増殖などの過程から構成されている。これらの過程における癌細胞の移動には細胞の遊走が重要な役割を果たしており、これを阻害することによって癌転移を抑制することができると考えられる。
【0020】
(環状ペプチド)
本発明の1つの有効成分である環状ペプチドは特許文献1に開示されており、その内容は全て参照により本願に組み込まれるものとする。特許文献1に開示されたペプチドは、非特許文献1に開示されたVIpep-3のVIPR2結合活性にかかわる特徴(ファーマコフォア)を維持又は増強しつつ、二環状化により安定化されたものである。これらの文献に開示されたペプチドはいずれも本発明の新規用途に用いることが可能である。
【0021】
これらの環状ペプチドの中でも、癌転移抑制のために特に適した実施形態の環状ペプチドは、下記式(1):
c[X-Pro-X-Tyr-Leu-Pro-c(X-X-Leu-Cys10]-X11)-X12-X13 (1)で表されるアミノ酸配列からなる。式(1)において、Xは、システイン、Mpa(3-メルカプトプロピオン酸)又はD体システインを表し、Xは、N-メチル化グリシン、N-メチル化アラニン、2-アゼチジン-2-カルボン酸、プロリン、ヒドロキシプロリン、3,4-デヒドロプロリン、ピペコリン酸、セリン又はリジンを表し、Xは、チロシン、プロリン又はアルギニンを表し、X及びX11は、リジンとアスパラギン酸、オルニチンとグルタミン酸、アスパラギン酸とリジン、グルタミン酸とオルニチン、リジンとグルタミン酸、又はグルタミン酸とリジンのいずれかの組み合わせを表し、X12及びX13は、それぞれ独立にロイシン、イソロイシン又はノルロイシンを表し、XとCys10は、それぞれの側鎖の間でジスルフィド結合を形成し、XとX11は、それぞれの側鎖の間でアミド結合を形成し、それによって式(1)のペプチドは分子内に2つの環状構造を有し、N末端アミノ基及びC末端カルボキシ基は、修飾されていても欠失していてもよい。
【0022】
さらに好ましい実施形態の環状ペプチドは、上記式(1)において、Xが、システインを表し、Xが、プロリン又はセリンを表し、Xが、リジンを表し、Xが、チロシンを表し、X11が、アスパラギン酸を表し、そして、X12及びX13が、それぞれ独立にロイシン、イソロイシン又はノルロイシンを表す。N末端アミノ基はアセチル化され、C末端カルボキシ基はアミド化されている。
【0023】
上記式(1)に含まれる個々の環状ペプチドとしては、例えば、以下のような例を挙げることができる。
c(Mpa-Pro-Pro-Tyr-Leu-Pro-c[Lys-Tyr-Leu-Cys)-Asp]-Leu-Ile-NH(配列番号1)
Ac-c[Cys-Pro-Pro-Tyr-Leu-Pro-c(Lys-Tyr-Leu-Cys10]-Asp11)-Leu12-Ile13-NH(配列番号2)及び特許文献1の段落0056から段落0059に記載されたペプチドである。
【0024】
本発明に係るペプチドは、上記式(1)で表されるアミノ酸配列において、1~数個のアミノ酸が欠失、付加、及び/又は置換された相同性を有するペプチドであっても、VIPR2に対する結合活性を有するものは包含する。本明細書において、「1~数個のアミノ酸が欠失、付加、及び/又は置換されているペプチド」という場合、それらのアミノ酸の個数は、そのペプチドがVIPR2結合活性を有する限りは特に限定されないが、好ましくは1~5個、さらに好ましくは1個若しくは2個である。欠失、付加、及び/又は置換されている場所は、ペプチドの末端であっても、中間であってもよく、1ヶ所であっても2ヶ所以上であってもよい。
【0025】
このような上記アミノ酸配列において1~数個のアミノ酸が欠失、付加、及び/又は置換されたアミノ酸配列として、前記アミノ酸配列と、BLAST(Basic Local Alignment Search Tool at the National Center for Biological Information(米国国立生物学情報センターの基本ローカルアラインメント検索ツール))等(例えば、デフォルトすなわち初期設定のパラメータを用いて)を用いて計算したときに、少なくとも50%以上、好ましくは70%以上、さらに好ましくは80%以上、特に好ましくは90%以上の相同性を有しているものが挙げられる。
【0026】
本発明に係るペプチドは、本発明の課題を解決するものである限り、その種々の誘導体、及び/又は修飾体も包含する。係る誘導体としては、ペプチドの飽和脂肪鎖が不飽和脂肪鎖に置換されているもの、ペプチドの原子の一部が放射性または非放射性の同位体原子を含む他の原子に置換されているもの、ペプチドのアミド結合がチオアミド結合(-NH-C(=S)-)に置換されているもの、ペプチドのアミド結合がアルケン(-C=C-)に置換されているもの、ペプチドのアミド結合がアルキル(-C-C-)に置換されているもの、ペプチドのアミド結合がヒドロキシエチレン(-C(-OH)-C-)に置換されているもの、ペプチドのアミド結合がエステル(-O-C(=O)-)に置換されているもの、ペプチドのアミド結合がアルケン(-C=C-)に置換されているもの、ペプチドのアミド結合が(-C-NH-)に置換されているもの、又はペプチドのアミド結合が(-C(=O)-C-)に置換されているものなどが挙げられ、係る修飾体としては、ペプチドのα位炭素が二置換されているもの、ペプチドのアミド結合がN-アルキル化されているもの、ペプチドの官能基の一部がハロゲン化、シアノ化、ニトロ化、オキソ化、ヒドロキシ化、アミノ化、デアミノ化、デヒドロ化、アミド化、アセチル化、メトキシ化、プレニル化、アルキル化などの修飾を受けているもの(例えば、ペプチドのアミノ基の一部がアセチル化、ホルミル化、ミリストイル化、パルミトイル化、ピログルタミン酸化、アルキル化又はデアミノ化されているもの、ペプチドのカルボキシ基の一部がN-ピロリジニル化やN-ピペリジニル化されていたり、アミド(アミド、メチルアミド、エチルアミド、p-ニトロアニリド、β-ナフチルアミド等)やエステル(メチルエステル、エチルエステル、チオエステル等)になっているものなど)、ペプチドのSがスルホキシドS(=O)又はスルホンS(=O)になっているもの、ペプチドがケミカルリンカーを介して多量体化しているもの、ペプチドがビオチン標識化されているもの、ペプチドが蛍光標識化されているもの、ペプチドが発光標識化されているもの、さらにはアルキル鎖、ポリエチレングリコール、抗体、レクチン類、糖鎖、酵素、膜透過性ペプチド、低分子化合物、又はタンパク質のユビキチン化を誘導する分子などとペプチドを融合させたもの等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0027】
本発明に係るペプチドは、ペプチドの塩も包含する。ペプチドの塩としては、生理学的に許容される塩基や酸との塩が用いられ、例えば、無機酸(塩酸、臭化水素酸、ヨウ化水素酸、硫酸、リン酸等)の付加塩、有機酸(p-トルエンスルホン酸、メタンスルホン酸、シュウ酸、p-ブロモフェニルスルホン酸、カルボン酸、コハク酸、クエン酸、安息香酸、酢酸等)の付加塩、無機塩基(水酸化アンモニウム、又はアルカリ、若しくはアルカリ土類金属水酸化物、炭酸塩、重炭酸塩等)、アミノ酸の付加塩等が挙げられる。
【0028】
本発明に係るペプチドは、プロドラッグであってもよい。プロドラッグは、生体内における生理条件下で酵素や胃酸などによる反応によって本発明に係るペプチドに変換される化合物、すなわち酵素的に酸化、還元、加水分解などを起こして本発明に係るペプチドに変化する化合物、胃酸などにより加水分解などを起こして本発明に係るペプチドに変化する化合物をいう。
【0029】
本発明に係るペプチドのプロドラッグとしては、本発明に係るペプチドのアミノ基がアシル化、アルキル化またはリン酸化された化合物(例えば、本発明に係るペプチドのアミノ基がエイコサノイル化、アラニル化、ペンチルアミノカルボニル化、(5-メチル-2-オキソ-1,3-ジオキソレン-4-イル)メトキシカルボニル化、テトラヒドロフラニル化、ピロリジルメチル化、ピバロイルオキシメチル化、又はtert-ブチル化された化合物)、本発明に係るペプチドのヒドロキシ基がアシル化、アルキル化、リン酸化、又はホウ酸化された化合物(例えば、本発明に係るペプチドのヒドロキシ基がアセチル化、パルミトイル化、プロパノイル化、ピバロイル化、スクシニル化、フマリル化、アラニル化、又はジメチルアミノメチルカルボニル化された化合物)、本発明に係るペプチドのヒドロキシ基やカルボキシ基がエステル化、又はアミド化された化合物(例えば、本発明に係るペプチドのヒドロキシ基やカルボキシ基がC1-6アルキルエステル化、フェニルエステル化、カルボキシメチルエステル化、ジメチルアミノメチルエステル化、ピバロイルオキシメチルエステル化、エトキシカルボニルオキシエチルエステル化、フタリジルエステル化、(5-メチル-2-オキソ-1,3-ジオキソレン-4-イル)メチルエステル化、シクロヘキシルオキシカルボニルエチルエステル化、又はメチルアミド化された化合物)などが挙げられるが、これらに限定されない。これらの化合物は自体公知の方法によって本発明に係るペプチドから製造することができる。
【0030】
本発明に係るペプチドのプロドラッグは、広川書店1990年刊「医薬品の開発」第7巻分子設計163~198頁に記載されているような生理的条件で本発明に係るペプチドに変化するものであってもよい。
【0031】
本明細書において、プロドラッグは塩を形成していてもよく、係る塩としては、本発明に係るペプチドの塩として例示したものが挙げられる。
【0032】
本発明に係るペプチドは、結晶であってもよく、結晶形が単一であっても結晶形混合物であっても本発明に係るペプチドに包含される。結晶は、自体公知の結晶化法を適用して、結晶化することによって製造することができる。
【0033】
本発明に係るペプチドは、薬学的に許容され得る共結晶や共結晶塩であってもよい。ここで共結晶、又は共結晶塩とは、各々が異なる物理的特性(例えば、構造、融点、融解熱、吸湿性、溶解性及び安定性等)を持つ、室温で二種、又はそれ以上の独特な固体から構成される結晶性物質を意味する。共結晶、又は共結晶塩は、自体公知の共結晶化法に従い製造することができる。
【0034】
(環状ペプチドを含む組成物)
本発明の1つの有効成分としての環状ペプチド、その誘導体若しくは修飾体は、医薬、診断薬、研究用試薬として組成物の形態で使用することが可能である。組成物(例えば、医薬組成物)の投与形態は特に限定されず、経口的投与でも非経口的投与でもよい。非経口投与としては、例えば、経粘膜投与(経鼻、経口腔、経眼、経肺、経膣、又は経直腸投与)、注射投与(静脈内注射、皮下注射、筋肉内注射等)、経皮投与等が挙げられる。組成物中のペプチドは、代謝及び排泄されやすい性質に鑑みて、各種の修飾を行うことができる。例えば、ペプチドにアルキル鎖、ポリエチレングリコール、又は糖鎖などを付加することで、血中滞留時間を長くする、抗原性を低下させることができる。また、ポリ乳酸・グリコール(PLGA)などの生体内分解性の高分子化合、多孔性ヒドロキシアパタイト、リポソーム、表面修飾リポソーム、不飽和脂肪酸で調製したエマルジョン、ナノパーティクル、ナノスフェア等を徐放化基剤として用い、これにペプチドを内包させてもよい。経皮投与する場合、弱い電流を皮膚表面に流して角質層を透過させることもできる(イオントフォレシス法)。
【0035】
上記の組成物は、有効成分をそのまま用いてもよいし、薬学的に許容できる担体、賦形剤、添加剤等を加えて製剤化してもよい。剤形としては、例えば、液剤(注射剤など)、分散剤、懸濁剤、錠剤、丸剤、粉末剤、坐剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、カプセル剤、シロップ剤、トローチ剤、吸入剤、軟膏剤、点眼剤、点鼻剤、点耳剤、パップ剤等が挙げられる。これらの製剤は、速放性製剤又は徐放性製剤等の放出制御製剤(徐放性マイクロカプセルなど)であってもよい。製剤化は、例えば、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、溶解剤、溶解補助剤、着色剤、矯味矯臭剤、安定化剤、乳化剤、吸収促進剤、界面活性剤、pH調整剤、防腐剤、抗酸化剤などを適宜使用し、常法により行うことができる。製剤化に用いられる成分の例としては、精製水、食塩水、リン酸緩衝液、デキストロース、グリセロール、エタノール等の薬学的に許容される有機溶剤、動植物油、乳糖、マンニトール、ブドウ糖、ソルビトール、結晶セルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、デンプン、コーンスターチ、無水ケイ酸、ケイ酸アルミニウムマグネシウム、コラーゲン、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシビニルポリマー、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ポリアクリル酸ナトリウム、アルギン酸ナトリウム、水溶性デキストラン、カルボキシメチルスターチナトリウム、ぺクチン、メチルセルロース、エチルセルロース、キサンタンガム、アラビアゴム、トラガント、カゼイン、寒天、ポリエチレングリコール、ジグリセリン、グリセリン、プロピレングリコール、ワセリン、パラフィン、ミリスチン酸オクチルドデシル、ミリスチン酸イソプロピル、高級アルコール、ステアリルアルコール、ステアリン酸、ヒト血清アルブミン等が挙げられるが、これらに限定されない。ペプチドが経粘膜吸収されにくい場合は、難吸収性薬物の吸収を改善する吸収促進剤として、ポリオキシエチレンラウリルエーテル類、ラウリル硫酸ナトリウム、サポニン等の界面活性剤;グリココール酸、デオキシコール酸、タウロコール酸等の胆汁酸塩;EDTA、サリチル酸類等のキレート剤;カプロン酸、カプリン酸、ラウリン酸、オレイン酸、リノール酸、混合ミセル等の脂肪酸類;エナミン誘導体、N-アシルコラーゲンペプチド、N-アシルアミノ酸、シクロデキストリン類、キトサン類、一酸化窒素供与体等を用いてもよい。
【0036】
丸剤又は錠剤は、糖衣、胃溶性、腸溶性物質で被覆することもできる。注射剤は、注射用蒸留水、生理食塩水、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、植物油、アルコール類等を含むことができる。さらに、湿潤剤、乳化剤、分散剤、安定化剤、溶解剤、溶解補助剤、防腐剤等を加えることができる。必要に応じ、通常の防腐剤、抗酸化剤、着色剤、甘味剤、吸着剤、湿潤剤等の添加物を適宜、適量用いることもできる。
【0037】
本発明の組成物は、癌転移抑制作用を有することから、腫瘍が転移した患者及び腫瘍が転移するリスクが高い患者に投与することができる。従って、当該組成物は、腫瘍の転移が発生する前に被験体に投与してもよく、腫瘍の転移が発生した後に被験体に投与してもよい。当該被検体における適用対象は、細胞であれば特に限定されないが、腫瘍細胞が好ましい。癌の種類に制限はなく、例としては、頭頚部癌、胃癌、結腸癌、直腸癌、大腸癌、肝臓癌、胆のう・胆管癌、膵臓癌、肺癌、乳癌、膀胱癌、前立腺癌、子宮癌、口腔癌、咽頭癌、咽喉癌、舌癌、食道癌、腎癌、卵巣癌等が挙げられる。
【0038】
本発明の組成物は、上記疾患に有用な各種の化学療法、外科的治療、放射線療法といった他の医薬や治療法と組み合わせて併用してもよい。
【0039】
本発明の組成物を哺乳類(例えば、ヒト、マウス、ラット、モルモット、ウサギ、イヌ、ウマ、サル、ブタ等)、特にヒトに投与する場合の投与量は、症状、患者の年齢、性別、体重、感受性差、投与方法、投与間隔、有効成分の種類、製剤の種類によって異なり、特に限定されないが、例えば、30μg~1000mg、100μg~500mg、100μg~100mgを1回、又は数回に分けて投与することができる。
【0040】
以下に示す実施例は、単なる例示であって、上述した実施形態と共に本発明を詳細に説明することのみを意図しており、本発明を限定するものではない。当業者は、本発明の意義を逸脱することなく様々な態様に本発明を変更することができ、係る変更も本発明の範囲に含まれる。
【実施例
【0041】
(ペプチド合成)
本実施例に使用した全てのペプチドの化学合成は、株式会社スクラム(東京、日本)に委託し、9-フルオレニルメトキシカルボニル基(Fmoc基)をαアミノ基の保護基として用いる標準的な固相合成法を自動合成機SyroII(Biotage社製)で実施した。C末端に位置する側鎖保護アミノ酸-レジンを合成カラムに入れて、装置をセットした。続いて、Fmoc基で保護した次アミノ酸に1-[ビス(ジメチルアミノ)メチレン]-1H-1,2,3-トリアゾロ[4,5-b]ピリジニウム3-オキシドヘキサフルオロフォスフェート(HATU)/ジイソプロピルエチルアミン(DIEA)を加えて活性化し、カラムに入れて反応させた。反応終了後に洗浄し、20%ピペリジンを用いて、Fmoc基を脱保護した。本工程を繰り返すことで、ペプチド鎖を伸長し、最終アミノ酸のFmoc基を脱保護した後、装置からペプチドレジンを取り出した。
【0042】
ペプチドの環状化は、Biopolymers.2016,106(6):843-852;Chem Soc Rev.2015,44(1)91-102;Nat Chem.2014,6(11)1009-1016等に記載の手法を参考とした。例として、Seq-1とSeq-10の環状化を以下に示す。直鎖の側鎖保護ペプチドレジンをジメチルホルムアミド(DMF)にて膨潤させ、2%ヒドラジン溶液中で5~10分間反応させることで、リジンの側鎖の保護基(Dde)とアスパラギン酸の側鎖の保護基(ODmab)を脱保護した後、カップリング試薬であるOxima Pureとジイソプロピルカルボジイミド(DIC)を加え、50℃で3時間反応させた。レジンを洗浄後、TFAを加えて、チオール基の保護基を脱保護すると同時にレジンから単環ペプチドを切り出した。SunFire C18カラム(10×150mm)(Waters社製)を用いたRT-HPLCによって、単環ペプチドを精製した後、凍結乾燥した。単環ペプチドをTris-HClバッファー(pH8.5)とアセトニトリルの混液に溶解後、DMSOを添加し、室温で36時間撹拌することで、ジスルフィド結合によって、ペプチドを環状化した。SunFire C18カラム(10×150mm)(Waters社製)を用いたRT-HPLCによって、二環ペプチドであるSeq-1とSeq-10を精製した後、凍結乾燥した。最終的に得られたペプチドの分子量は、microflex(Bruker社)を用いて測定し、目的物を同定した。
【0043】
本実施例で合成したペプチドの理論分子量、実測分子量、純度、環状化タイプ、配列を表1に示す。また、これらの中でSeq-1及びSeq-10のアミノ酸配列を以下に示す。なお、表1及び以下のアミノ酸配列において、D体表記のないアミノ酸はL体を示す。
【0044】
【表1】
【0045】
Seq-1:c(Mpa-Pro-Pro-Tyr-Leu-Pro-c[Lys-Tyr-Leu-Cys)-Asp]-Leu-Ile-NH(配列番号1)
Seq-10:Ac-c[Cys-Pro-Pro-Tyr-Leu-Pro-c(Lys-Tyr-Leu-Cys10]-Asp11)-Leu12-Ile13-NH (配列番号2)
【0046】
Seq-1とSeq-10は、VIpep-3(非特許文献1参照)のC末端3残基(Leu-Arg-Ser)を除去し、1位-10位間のS-S結合と7位-11位間のアミド結合によって二環化したペプチドである。
【0047】
(参考例)VIPR2シグナルによる癌細胞の遊走メカニズムの解析
材料と方法
<プラスミドとsiRNA>
pCMV6-AN-Myc-DDKベクター(PS100016)及びネガティブコントロールsiRNA(S10C-0600)は、コスモ・バイオ株式会社から購入した。pEGFP-N2ベクターは、Takara Clontech社から購入した。pCMV6-VIPR2-Myc-DDKプラスミドは,pCMV6-AN-Myc-DDKベクターとVIPR2cDNAから構築した。得られたプラスミドからVIPR2-Myc領域をpEGFP-N2ベクターにクローニングした。ヒトVIPR2-siRNA(si1、3024813653-000080及び-000090;si2、3024813653-000020及び-000030;si3、3024813653-000050及び-000060)は、シグマ・アルドリッチ社から購入した。
【0048】
<抗体>
抗GAPDH抗体(#2118)、抗WAVE2抗体(#3659)、抗パンAKT抗体(#4691)、抗リン酸化AKT抗体(Ser473;#4060)、抗リン酸化AKT抗体(Thr308;#2965)は、Cell Signaling Technology社から購入した。
【0049】
<VIPR2-EGFP過剰発現細胞の作製>
MCF-7及びMDA-MB-231細胞株は、JCRB Cell Bank(国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所)から購入した。リポフェクタミン3000(インビトロジェン社)を用いて、メーカーの推奨に従って、コントロールsiRNA及びVIPR2siRNAをトランスフェクトした。MCF-7及びMDA-MB-231細胞にVIPR2-EGFPをコードする発現ベクター又はコントロールのEGFP発現ベクターをトランスフェクトし、1mg/mLのG418(ナカライテスク社)の存在下で14日間培養することで、安定的にVIPR2-EGFP又はEGFPを発現する細胞株を樹立した。
【0050】
<ウェスタンブロッティング>
ウエスタンブロッティングは、以前に記載した方法(Asano et al.2014,Biol.Open3,463-474;Asano et al.2019,Sci.Rep.9,12729)に従って実施した。
【0051】
<ランダム遊走試験とトランスウェル遊走試験>
MCF-7細胞(1.5×10個)を無血清培地で35mm培養皿に播種し、接着するまで培養した後、100nMのVIP(Cayman Chemical Company)で刺激した。移動アッセイでは、サーモプレート(株式会社東海ヒット製)を用いて、37℃で1時間ごとに12時間、ライブセルイメージング(BZ-X800;株式会社キーエンス)により細胞をモニターした。細胞のトラッキング解析は、Image-Pro premier ver.9.4(Media Cybernetics,Inc.)を用いて行った。
【0052】
また、ボイデンチャンバーを用いて、以前に記載した方法(Asano et al.2012,Mol.Cell Biol.32,3242-3252)に従って実施した。ウェルには、200nMのVIPを含む600μLの無血清培養液を加えた。細胞(1×10個)を100μLの無血清培養液に懸濁し、インサートに加えた。37℃で30時間または48時間、細胞を遊走させた。膜の上面に付着した非移動性の細胞を除去し、下面に付着した移動性の細胞を4%パラホルムアルデヒドで固定し、蛍光顕微鏡でカウントした。
【0053】
<マウス腹腔内転移試験>
MDA-MB-231乳癌細胞の腹腔内転移は、CabralらがHeLa細胞を用いて行った方法を改変して評価した(Cabralら、2007年、J.Control Release.121,146-155)。簡単に説明すると、5週齢の年齢を合わせた雌のヌードマウス(BALB/c-nu;日本チャールズリバー株式会社)に、VIPR2-EGFPを安定的に発現するMDA-MB-231細胞又はEGFPを安定的に発現するMDA-MB-231細胞(6×10個/200μL)を腹腔内に接種した(n=3/グループ)。腫瘍の成長と転移は,NightOWL(Berthold Technologies社製)を用いたライブアニマルイメージングで可視化し、6週間にわたり毎週モニタリングした。
【0054】
<統計解析>
統計解析にはGraphPad Prismを使用した。ノンパラメトリックMann-Whitney U検定(2群の場合)及びKruskal-Wallis検定(2群以上の場合)に加え、Dunnの多重比較検定を用いた。p値が0.05未満の場合、統計的に有意であると判断した。
【0055】
結果
<VIP-VIPR2シグナルはMCF-7及びMDA-MB-231乳癌細胞のPI3K/PI(3,4,5)P経路を促進する>
VIPがPI3K/PI(3,4,5)P経路を介した細胞移動に関与しているかどうかを調べるために、癌細胞におけるPI3K/PI(3,4,5)P経路の下流シグナルであるAKTのリン酸化をウェスタンブロッティングで評価した。図1Aに示すように、MCF-7細胞を3時間飢餓状態にした後、0~1000nMのVIPで10分間刺激すると、VIPの添加濃度依存的にAKTがリン酸化した。図1Bに示すように、このAKTのリン酸化は、VIPR2に対するsiRNAで強力に抑制された。図1Cに示すように、このAKTのリン酸化は、VIPR2-EGFPを安定的に発現させたMDA-MB-231細胞において顕著に増大した。すべての実験は独立して少なくとも3回実施し、同様のデータが得られた。代表的な画像を図1A-Cに示した。これらの結果は、MCF-7やMDA-MB-231といった乳癌細胞において、VIPで誘導されるPI3K/PI(3,4,5)P経路の活性化が、VIPR2を介していることを示している。
【0056】
<VIP-VIPR2シグナルは、MCF-7乳癌細胞の細胞遊走を促進する>
VIPR2の発現が癌細胞の運動性に影響を与えるかどうかを調べるために、MCF-7細胞の細胞遊走を調べた。図2Aに示すように、100nMのVIP存在下において、MCF-7細胞は培養時間の経過と共に移動するが、この移動はVIPR2に対するsiRNAで強力に抑制された。一方、VIPR2-EGFPを安定的に発現させたMCF-7細胞では、細胞の移動に加えて、細胞の形態が変化し、仮足が顕著に観察された。図2Bは、コントロールsiRNA及びVIPR2siRNAをトランスフェクトしたMCF-7細胞のトラックプロットを分析し、グラフ化した結果である。個々の細胞の開始点を図の中央にすると、MCF-7細胞の移動がVIPR2に対するsiRNAで強力に抑制されることが示された。図2Cは、移動速度の比較を棒グラフで示す。MCF-7細胞の移動速度は、VIPR2に対するsiRNAで強力に抑制され、反対にVIPR2-EGFPを安定的に発現させたMCF-7細胞では有意に加速した。データは平均値±SDで示した。表示されたグループ間で***:p<0.001(Kruskal-Wallis test followed by Dunn′s multiple comparison test)。
【0057】
図7に示したトランスウェルチャンバーアッセイを用いて、MDA-MB-231細胞の移動能を評価した。細胞を無血清培地に懸濁した(1×10cells/100mL)。200nMのVIPを含む無血清培地6を各wellに600μLずつ加え、3μmの細孔5を有するインサート3をwellに沈めた後、懸濁した細胞1をインサート3に加え、37℃、5%CO条件下で培養した。30時間後、細胞を固定し、インサート3表面の細胞を除いた後、VIPに誘導されて裏面に移動した細胞2のEGFPの蛍光を蛍光顕微鏡によって検出した。蛍光画像を基にインサートの裏面に移動した細胞数をグラフ化した。図3は、EGFP又はVIPR2-EGFPを安定発現するMDA-MB-231細胞の移動を、トランスウェルチャンバーアッセイを用いて測定した結果である。VIP(200nM)をウェルに加え、細胞をインサートに加え、37℃で30時間インキュベートし、インサートの裏側に移動した細胞を定量化してグラフに示した。VIP存在下において、インサートの裏側に移動した細胞の数が増加し、VIPR2-EGFPを発現させた細胞ではその移動が更に顕著に亢進した。データは平均値±SDで示した。表示されたグループ間で*:p<0.05、***:p<0.001を示す(Kruskal-Wallis検定の後、Dunnの多重比較検定)。これらの結果は、VIPによって誘導される細胞移動が、VIPR2の発現量に依存して促進されることを示している。
【0058】
<VIPR2を過剰発現させるとWAVE2豊富なラメリポディアが形成される>
EGFP又はVIPR2-EGFPを安定発現するMDA-MB-231細胞(2×10cells)をコラーゲンコートカバーグラスに播種し、37℃、5%CO条件下でインキュベートした。24時間後、無血清培地で洗浄し、新しい無血清培地を加えて細胞をインキュベートした(37℃、5%CO条件下)。3時間後、100nMのVIPを含む無血清培地に置き換え、30分間インキュベートした。4%パラホルムアルデヒドで固定し、抗WAVE2抗体を用いて免疫染色を行った。その蛍光染色像から細胞膜直下のWAVE2 rich領域の表面積を測定しグラフ化した。
【0059】
その結果を図4に示す。棒グラフは、ラメリポディアの面積を示す。データは平均値±SDで示した。**:p<0.01、***:p<0.001、指示されたグループ間(Kruskal-Wallis検定とDunnの多重比較検定)。n.s.は統計的に有意でないことを示す。VIP刺激によってMDA-MB-231のWAVE2 richなラメリポディアの面積が拡張した。VIPR2-EGFPを安定発現するMDA-MB-231細胞はEGFPの発現するコントロールMDA-MB-231細胞と比較して、ラメリポディアの面積の拡張がより顕著であった。
【0060】
<VIPR2の過剰発現はin vivoでの腫瘍の転移を促進する>
VIPR2が生体内での腫瘍の転移・拡散に役割を果たしているかどうかを調べるために、ヌードマウスの腹腔内にEGFP又はVIPR2-EGFPを安定的に発現するMDA-MB-231細胞を接種した。一週間おきにNightOWLを用いてin vivo蛍光イメージングを行い、癌細胞の全身性の遊走を観察した。その結果を図5Aに示す。パネルは、1週目、4週目、6週目のin vivoでのEGFP又はVIPR2-EGFPを発現するMDA-MB-231細胞の蛍光画像である。図5Bのグラフは、1週目に移植された部分と、次に密集した部分(矢尻)との距離(投与部位から最も遠い細胞集団までの距離)を、表示した週で示している。
【0061】
これらの結果は、VIPR2-EGFPを安定発現するMDA-MB-231細胞はEGFPを安定発現するMDA-MB-231細胞と比較して、腹腔内を遠方に移動したことを示している。以上の結果から、VIPR2の過剰発現は、in vivoでの腫瘍細胞の移動を促進させることが明らかになった。
【0062】
<VIPR2選択的アンタゴニストKS-133はVIPR2-EGFPを安定発現するMDA-MB-231細胞におけるVIPによるPI3K/PI(3,4,5)P経路の活性化を阻害する>
VIPR2-EGFPを安定発現するMDA-MB-231細胞のVIPによるAKTのリン酸化をKS-133の非存在下と存在下で評価した。KS-133は添加濃度依存的にVIPによって誘導されるAKTのリン酸化を強力に抑制した。KS-133はAKTの発現には影響を与えなかった。
【0063】
<VIPR2選択的アンタゴニストKS-133はVIPR2-EGFPを安定発現するMDA-MB-231乳癌細胞の遊走を抑制する>
図7に示したトランスウェルを用いて、VIPR2-EGFPを安定発現するMDA-MB-231乳癌細胞の遊走に対するKS-133の効果を調べた。VIPR2-EGFPを安定発現するMDA-MB-231細胞を、0~1000nMの各濃度のKS-133を含む無血清培地に懸濁した(1×10cells/100μL)。200nMのVIPと上記各濃度のKS-133を含む無血清培地6を各wellに600μLずつ加え、3μmの細孔5を有するインサート3をwellに沈めた後、懸濁した細胞1をインサート3に加え、37℃、5%CO条件下でインキュベートした。48時間後、細胞を固定し、インサート3表面の細胞を除いた後、VIPに誘導されて裏面に移動した細胞2のEGFPの蛍光を蛍光顕微鏡によって検出した。蛍光画像を基にインサートの裏面に移動した細胞数をグラフ化した。その結果を図8に示す。
【0064】
図8Aは、遊走した細胞を示す蛍光顕微鏡写真である。図8B及び表2は、各濃度のKS-133を添加したときの遊走した細胞数を示す。VIPR2-EGFPを安定発現するMDA-MB-231のVIP誘導性の細胞遊走はKS-133の添加によって抑制された(Kruskal-Wallis test, Dunn’s mltiple comparison testの結果、KS-133未添加に対して有意差が認められたのは100nM以上のKS-133添加時のみ)。
【0065】
【表2】
【0066】
<VIPR2を過剰発現したMCF-7細胞において、選択的なVIPR2アンタゴニストであるKS-133を添加したときの細胞増殖抑制効果>
当該効果を確認した。細胞の増殖試験は非特許文献3に準じて実施した。VIPR2-EGFPを過剰発現させたMCF-7細胞を35mm培養ディッシュに1×10cells/dishの密度で6時間播種し、培養液を2%FBS、100nMのVIP、0又は100nMのKS-133を含む新鮮な培地に交換した(0日目)。BZ-X800(Keyence、Kyoto、Japan)蛍光顕微鏡で細胞を観察し、ヘマサイトメーターを用いてトリパンブルー色素染色法により24時間ごとに最大4日間細胞数をカウントした(timecourse experiment)。
【0067】
VIPR2-EGFPを過剰発現させたMCF-7細胞に対して、VIPR2アンタゴニストであるKS-133を添加し(非特許文献2)、当該細胞の増殖効果を確認した。確認した結果を図9及び表3に示す。VIPR2を過剰発現したMCF-7細胞では、KS-133の添加によって、培養2日目以降から細胞増殖が著しく抑制された。一方、コントロール群では、経日的な細胞増殖が確認された。この確認した結果から、VIP-VIPR2シグナルが乳がん細胞の増殖を引き起こすことが明らかとなった。
【0068】
【表3】
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明に係る環状ペプチドを含む組成物は、癌転移抑制剤などの医薬品として使用される可能性がある。
【符号の説明】
【0070】
1 細胞
2 VIPに誘導されて移動した細胞
3 インサート
4 KS-133(あり又はなし)/無血清培地
5 細孔(3μm)
6 200nMのVIP+KS-133(あり又はなし)/無血清培地
【要約】
癌細胞の遊走に影響を及ぼすVIPR2シグナルの役割とそのメカニズムを調べることにより、癌転移抑制手段を開示する。式(1):
c[X-Pro-X-Tyr-Leu-Pro-c(X-X-Leu-Cys10]-X11)-X12-X13 (1)
(X、X、X、X、X11、X12、及びX13は明細書に記載のとおりである。)で表されるアミノ酸配列からなる環状ペプチド、その誘導体若しくは修飾体又は薬理学的に許容されるそれらの塩を含む、癌転移抑制のための組成物が提供される。

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
【配列表】
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