IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 大学共同利用機関法人自然科学研究機構の特許一覧

<>
  • 特許-レーザ発振器 図1
  • 特許-レーザ発振器 図2
  • 特許-レーザ発振器 図3
  • 特許-レーザ発振器 図4
  • 特許-レーザ発振器 図5
  • 特許-レーザ発振器 図6
  • 特許-レーザ発振器 図7
  • 特許-レーザ発振器 図8
  • 特許-レーザ発振器 図9
  • 特許-レーザ発振器 図10
  • 特許-レーザ発振器 図11
  • 特許-レーザ発振器 図12
  • 特許-レーザ発振器 図13
  • 特許-レーザ発振器 図14
  • 特許-レーザ発振器 図15
  • 特許-レーザ発振器 図16
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-05
(45)【発行日】2023-09-13
(54)【発明の名称】レーザ発振器
(51)【国際特許分類】
   H01S 3/16 20060101AFI20230906BHJP
   H01S 3/113 20060101ALI20230906BHJP
   H01S 3/0941 20060101ALI20230906BHJP
   H01S 3/081 20060101ALI20230906BHJP
   G02F 1/37 20060101ALI20230906BHJP
【FI】
H01S3/16
H01S3/113
H01S3/0941
H01S3/081
G02F1/37
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2021004189
(22)【出願日】2021-01-14
(65)【公開番号】P2022108941
(43)【公開日】2022-07-27
【審査請求日】2021-09-24
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 ウェブサイトのアドレス:https://www.osapublishing.org/ol/abstract.cfm?uri=ol-45-19-5558&origin=search、ウェブサイトの掲載日:令和2年9月2日
(73)【特許権者】
【識別番号】504261077
【氏名又は名称】大学共同利用機関法人自然科学研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100132883
【弁理士】
【氏名又は名称】森川 泰司
(74)【代理人】
【識別番号】100181593
【弁理士】
【氏名又は名称】庄野 寿晃
(74)【代理人】
【識別番号】100165489
【弁理士】
【氏名又は名称】榊原 靖
(72)【発明者】
【氏名】安原 亮
(72)【発明者】
【氏名】チェン エンジュン
(72)【発明者】
【氏名】上原 日和
【審査官】百瀬 正之
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2006/0098698(US,A1)
【文献】特表2018-534789(JP,A)
【文献】特開平05-251807(JP,A)
【文献】特開2000-169182(JP,A)
【文献】特開2008-147700(JP,A)
【文献】特開2008-258627(JP,A)
【文献】特開2009-010220(JP,A)
【文献】特表2000-517481(JP,A)
【文献】特開2009-054651(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2006/0268950(US,A1)
【文献】特開2000-200931(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01S 3/00-3/30
H01S 5/00-5/50
G02F 1/00-1/125
G02F 1/21-7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
共振器と、
前記共振器中に配置され、Tb3+を含み、誘導放出により第1の波長領域の光を放出するレーザ媒質と、
前記レーザ媒質により誘導放出された前記第1の波長領域の光を前記第1の波長領域より短い第2の波長領域の光に変換する非線形光学素子と、
前記共振器中に配置された可飽和吸収体と、
を備え
前記可飽和吸収体の吸収損失は、0.84%ΔT以上5.3%ΔT以下であ
ことを特徴とするレーザ発振器。
【請求項2】
前記レーザ媒質は、Tbを含む化合物からなる、
ことを特徴とする請求項1に記載のレーザ発振器。
【請求項3】
前記レーザ媒質は、
酸化物、フッ化物、塩化物、臭化物、カルコゲン化物からなる群から選択される1つの化合物またはこれらの2以上の混合物を含む母材と、
前記母材に0.1at%~50at%の割合で含まれるTb3+と、
を含む、
ことを特徴とする請求項1に記載のレーザ発振器。
【請求項4】
前記可飽和吸収体は、前記第1の波長領域の光において、強度が低い入射光に対して吸収体として作用し、強度が高い入射光に対して吸収体としての能力が飽和することで透明体として作用する、
ことを特徴とする請求項1から3の何れか1項に記載のレーザ発振器。
【請求項5】
前記可飽和吸収体は、Co添加スピネル結晶を含む、
ことを特徴とする請求項1から4の何れか1項に記載のレーザ発振器。
【請求項6】
前記非線形光学素子は、前記レーザ媒質により誘導放出された前記第1の波長領域の光を、前記第1の波長領域の光の波長の2分の1の前記第2の波長領域の光に変換する、
ことを特徴とする請求項1からの何れか1項に記載のレーザ発振器。
【請求項7】
前記非線形光学素子は、BaB非線形結晶を含む、
ことを特徴とする請求項1からの何れか1項に記載のレーザ発振器。
【請求項8】
前記共振器は、前記レーザ媒質により誘導放出された前記第1の波長領域の光を反射し、前記非線形光学素子により変換された前記第2の波長領域の光を透過する出力鏡を有する、
ことを特徴とする請求項1からの何れか1項に記載のレーザ発振器。
【請求項9】
前記共振器は、第1の反射鏡と、第2の反射鏡と、第3の反射鏡と、を備え、
前記レーザ媒質および可飽和吸収体は、前記第1の反射鏡と前記第2の反射鏡との間に配置され、
前記非線形光学素子は、前記第2の反射鏡と前記第3の反射鏡との間に配置され、
前記第2の反射鏡は、前記レーザ媒質により誘導放出された前記第1の波長領域の光を前記第3の反射鏡に反射し、前記第3の反射鏡に反射された前記第1の波長領域の光を前記第1の反射鏡に反射し、前記非線形光学素子により変換された前記第2の波長領域の光を透過する、
ことを特徴とする請求項1からの何れか1項に記載のレーザ発振器。
【請求項10】
前記レーザ媒質に励起光を照射する半導体レーザを有する励起用光源を備える、
ことを特徴とする請求項1からの何れか1項に記載のレーザ発振器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザ発振器に関する。
【背景技術】
【0002】
レーザ(LASER:Light Amplification by Stimulated Emission of Radiation)加工の微細化や高いフォトンエネルギーによる非熱加工への要求から紫外線の波長領域のレーザが着目されている。また、紫外線の波長領域のレーザの有用性には、材料処理、医療、分光法、レーザ冷却、および核融合プラズマ診断が含まれる。例えば、紫外線の波長領域のレーザとしては、248nmの波長の光を放出するKrFエキシマレーザが知られている。
【0003】
特許文献1は、リア側ミラーと出力側ミラーとからなる共振器と、該共振器中に配置されレーザガスが封入されたレーザチャンバーと、レーザチャンバー内のレーザガスを励起する励起手段とを備え、紫外線の波長領域のレーザ光を放出するガスレーザ装置を開示する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2011-233918号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に開示されたガスレーザ装置は、励起手段として放電電極を備える必要があり、また、レーザチャンバーにフッ素ガス、クリプトンガス等を導入するガス供給系を備える必要があり、構造が複雑であり、装置サイズが大きくなるという問題がある。また、このガスレーザ装置は、投入されるエネルギーに対して放出されるレーザのエネルギーが小さく低効率であるという問題がある。このため、コンパクトかつ高効率なレーザ発振器が求められている。
【0006】
本発明は、上記のような課題を解決するためになされたものであり、紫外線の波長領域のレーザ光を高い効率で発振するコンパクトなレーザ発振器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の目的を達成するため、本発明に係るレーザ発振器の一様態は、
共振器と、
前記共振器中に配置され、Tb3+を含み、誘導放出により第1の波長領域の光を放出するレーザ媒質と、
前記レーザ媒質により誘導放出された前記第1の波長領域の光を前記第1の波長領域より短い第2の波長領域の光に変換する非線形光学素子と、
前記共振器中に配置された可飽和吸収体と、
を備え
前記可飽和吸収体の吸収損失は、0.84%ΔT以上5.3%ΔT以下であ
ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、紫外線の波長領域のレーザ光を高い効率で発振するコンパクトなレーザ発振器を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本発明の第1の実施の形態に係るレーザ発振器を示す図である。
図2】本発明の第1の実施の形態に係るレーザ発振器が短パルスレーザを発振する原理を説明する図である。
図3】本発明の第1の実施の形態に係るレーザ発振器が短パルスレーザを発振する原理を説明する図である。
図4】本発明の第2の実施の形態に係るレーザ発振器を示す図である。
図5】本発明の第3の実施の形態に係るレーザ発振器を示す図である。
図6】本発明の第4の実施の形態に係るレーザ発振器を示す図である。
図7】本発明の第5の実施の形態に係るレーザ発振器を示す図である。
図8】本発明の実施例に係るレーザ光の強度の時間変化を示す図である。
図9】本発明の実施例に係るレーザ光の強度の時間変化を示す図である。
図10】本発明の実施例に係る単一パルスの波形を示す図である。
図11】本発明の実施例に係る単一パルスの波形を示す図である。
図12】本発明の実施例に係る繰り返し率およびパルス幅を示す図である。
図13】本発明の実施例に係る繰り返し率およびパルス幅を示す図である。
図14】本発明の実施例に係るパルスエネルギーおよびピーク電力を示す図である。
図15】本発明の実施例に係るパルスエネルギーおよびピーク電力を示す図である。
図16】本発明の実施例に係る平均紫外線出力パワーと吸収パワーとの関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明を実施するための形態に係る可飽和吸収体およびレーザ(LASER:Light Amplification by Stimulated Emission of Radiation)発振器について図面を参照しながら説明する。
【0011】
(第1の実施の形態)
第1の実施の形態に係るレーザ発振器100は、図1に示すように、レーザ媒質10と、可飽和吸収体(SA:Saturable Absorber)20と、非線形光学素子30と、共振器(cavity)40と、レーザ媒質10に励起光を供給する励起用光源50と、を備える。レーザ発振器100は、受動Qスイッチング(Passive Q-switching)により265nm~280nmの波長域の紫外線の短パルスレーザを発振するものである。
【0012】
レーザ媒質10は、Tb3+を含み、励起用光源50から照射された励起光ELを吸収して誘導放出を起こすことで光を増幅し、第1の波長領域の光を放出する。レーザ媒質10は、特定の波長の光を吸収し、当該特定の波長に基づいた他の波長で発光する蛍光体から形成されている。レーザ媒質10は、Tb3+を含む化合物であってもよく、例えば、LiTbF、TbFを含む。また、レーザ媒質10は、母材と、母材に含まれるTb3+とを有してもよい。母材は、酸化物、フッ化物、塩化物、臭化物、カルコゲン化物からなる群から選択される1つの化合物またはこれらの2以上の混合物を含む。Tb3+は、好ましくは、母材に0.1at%~50at%の割合で含まれる。例えば、レーザ媒質10は、Tb:LiYF(YLF)等の結晶体である。Tb:YLFは、LiYFにテルビウム(Tb)をドープしてイットリウム(Y)の一部を置き換えたものであり、544nmの波長の光を発振する。Tb:LiYF等の結晶体は、増幅特性や透明性が良好であるため、これらの結晶体を用いることでレーザ発振器の高出力化を実現できる。なお、レーザ媒質10は、YLFの結晶体以外にであっても、励起光ELおよび誘導放出される光の波長領域の光を透過する母材にTbをドープしたものであってもよい。レーザ媒質10は、例えば、Tb:CaF、Tb:LiF、Tb:LiLuF(LLF)、Tb:KY10等であってもよい。これらの場合、Tb3+は、好ましくは、母材に0.1at%~50at%の割合で含まれる。以下、レーザ媒質10として、Tb:YLFを用いる場合について説明する。
【0013】
可飽和吸収体20は、第1の波長領域の光において、強度が低い入射光に対して吸収体として作用し、強度が高い入射光に対して吸収体としての能力が飽和することで透明体として作用するものである。例えば、可飽和吸収体20は、Co添加スピネル(Spinel)結晶を含む。スピネル結晶は、MgAlを含む。可飽和吸収体20は、Co添加スピネル結晶を含む場合、500nm以上700nm以下の波長の光において、可飽和吸収特性および660nsの回復時間を有する。可飽和吸収体20は、Co添加スピネル結晶を含む場合、レーザ媒質10にできるだけ近くに配置するとよい。例えば、可飽和吸収体20とレーザ媒質10との距離はたとえば2mm以下であるとよい。また、可飽和吸収体20は、Ti添加サファイア、グラフェン、硫化モリブデン(MoS)、硫化タングステン(WS)を用いてもよい。
【0014】
非線形光学素子30は、第1の波長領域の光を、第1の波長領域より短い第2の波長領域の光に変換するものであり、好ましくは、第1の波長領域の光を第1の波長領域の光の波長の2分の1である第2の波長領域の光に変換するものである。例えば、非線形光学素子30は、BaB非線形結晶を含む。非線形光学素子30が、BaB非線形結晶である場合、例えば、544nmの波長の光を272nmの波長の光に変換する。また、非線形光学素子30は、CsLiB10(CLBO)、LiB(LBO)、YCaO(BO(YCOB)、リン酸二水素カリウム(KDP)、リン酸二重水素カリウム(DKDP)を用いてもよい。
【0015】
共振器40は、レーザ媒質10および可飽和吸収体20を挟み込むように配置され、第1の反射鏡41と、第2の反射鏡42と、第3の反射鏡43と、を備え、第2の反射鏡42を頂点とするV字型共振器である。第1の反射鏡41と第2の反射鏡42を結ぶ線と、第2の反射鏡42と第3の反射鏡43を結ぶ線の為す角度θは、好ましくは、10°以上30°以下である。第1の反射鏡41、第2の反射鏡42および第3の反射鏡43は、それぞれ平面鏡であってもよく、凹面鏡であってもよい。たとえば、第1の反射鏡41、第2の反射鏡42および第3の反射鏡43は、順に、平面鏡、凹面鏡および平面鏡であってもよく、平面鏡、凹面鏡および凹面鏡であってもよく、凹面鏡、凹面鏡および平面鏡であってもよく、凹面鏡、凹面鏡および凹面鏡であってもよい。図1では、第1の反射鏡41、第2の反射鏡42および第3の反射鏡43が、凹面鏡、凹面鏡および凹面鏡である例について示している。
【0016】
第1の反射鏡41は、レーザ媒質10と励起用光源50との間に配置され、透明板と透明板に形成された誘電体膜とを有し、励起用光源50から照射された励起光ELを透過し第1および第2の波長領域の光を反射するものである。
【0017】
第2の反射鏡42は、レーザ媒質10および可飽和吸収体20を挟んで第1の反射鏡41と対向する位置に配置される出力鏡である。この配置により、レーザ媒質10および可飽和吸収体20は、第1の反射鏡41と第2の反射鏡42との間に配置される。また、第2の反射鏡42は、透明板と透明板に形成された誘電体膜とを有し、レーザ媒質10により誘導放出された第1の波長領域の光を第3の反射鏡43に反射し、第3の反射鏡43に反射された第1の波長領域の光を第1の反射鏡41に反射し、非線形光学素子30により変換された第2の波長領域の光を透過する。第2の反射鏡42を透過した第2の波長領域の光は、フィルタ60を透過し、外部に放出される。
【0018】
第3の反射鏡43は、非線形光学素子30を挟んで第2の反射鏡42と対向する位置に配置され、透明板と透明板に形成された誘電体膜とを有し、第1および第2の波長領域の光を反射する。この配置により、非線形光学素子30は、第2の反射鏡42と第3の反射鏡43との間に配置される。
【0019】
共振器40が上記構造を有することで、レーザ発振器100は、第1の反射鏡41と、第2の反射鏡42と、第3の反射鏡43と、の間でレーザ光を繰り返し反射させることで、レーザ光がレーザ媒質10および可飽和吸収体20を通過するたびに誘導放出によりレーザ光を増幅させ、第2の反射鏡42を通じて非線形光学素子30により変換された第2の波長領域のレーザ光を放出することができる。また、上記構成により、第2の波長領域のレーザ光は、第2の反射鏡42から透過されるため、可飽和吸収体20に照射されにくくなり、可飽和吸収体20の誤動作を防ぐことができる。
【0020】
励起用光源50は、窒化ガリウムを含む半導体レーザを備え、第1の反射鏡41に対向するように配置されている。励起用光源50は、レーザ光を励起光ELとして共振器40内に配置されたレーザ媒質10に照射する。励起用光源50から照射された励起光ELは、第1の反射鏡41を透過してレーザ媒質10に供給される。例えば、レーザ媒質10にTb:YLFを用いる場合、488nmの励起光ELを照射する励起用光源50を用いる。
【0021】
つぎに、以上の構成を有するレーザ発振器100が受動Qスイッチングにより短パルスレーザを発振する原理につて、レーザ媒質10としてTb:YLF、可飽和吸収体20として、Co添加スピネル結晶、非線形光学素子30として、BaB非線形結晶を用い、励起用光源50は、488nmのレーザ光を照射する例について説明する。
【0022】
可飽和吸収体20のCo添加スピネル結晶は、上述したように、488nmの光の吸収は小さく、光の強度が低い場合544nmの光を吸収し、光の強度が高い場合透明体として作用するものである。レーザ媒質10のTb:YLFは、488nmの励起光ELを吸収して誘導放出を起こすことで544nmのレーザ光を発振する。
【0023】
励起用光源50からレーザ媒質10に励起光が照射されると、図2に示すように、共振器40内の光の強度が低いとき、可飽和吸収体20に光が吸収されるため、共振器40の光損失が大きく、レーザ発振せずエネルギーがレーザ媒質10に蓄積される。なお、可飽和吸収体20は、励起光ELの吸収は小さいため、可飽和吸収の誤作動を防ぐことができる。
【0024】
共振器40内の光の強度が高くなると、図3に示すように、可飽和吸収体20が透明体として働き、共振器40の閉じ込め効率が高くなり、発振蓄積されていたエネルギーが一気に放出される。これにより、共振器40内で544nmの短パルスレーザが生じる。この544nmの短パルスレーザは、第2の反射鏡42に反射され、非線形光学素子30に導かれる。544nmの短パルスレーザが非線形光学素子30を通過すると、544nmの短パルスレーザを272nmの短パルスレーザに変換する。272nmの短パルスレーザは、第3の反射鏡43に反射され、第2の反射鏡42およびフィルタ60を透過し、外部に放出される。レーザが放出されると、共振器40内の光の強度が低くなり、再度エネルギーがレーザ媒質10に蓄積される。
【0025】
以上のように、レーザ発振器100は、エネルギーの蓄積と放出が繰り返され544nmの短パルスレーザが発振し、544nmの短パルスレーザは非線形光学素子30を通過すると272nmの短パルスレーザに変換される。また、パルス幅は、例えば、ナノ秒~マイクロ秒、繰り返しは、数10~数100kHz、パルスエネルギーは、マイクロ~ミリジュール級、ピーク出力は、ワット~キロワット級である。
【0026】
以上のように、本実施の形態のレーザ発振器100は、Tb3+を含むレーザ媒質10と、非線形光学素子30と、を備えることで、紫外線の波長域のレーザを発振することができる。詳細には、Tb3+を含むレーザ媒質10と、非線形光学素子30と、を備えることで、励起用光源50から488nmのレーザ光がレーザ媒質10に照射されると、共振器40内で544nmのレーザ光が生じ、この544nmのレーザ光は、非線形光学素子30により紫外線の272nmのレーザ光に変換される。また、レーザ媒質10としてTb:YLFの結晶体以外のTbを含む物質に変更することで、265nm~280nmの紫外線の波長域のレーザを発振することが可能であると考えられる。また、可飽和吸収体20としてCo添加スピネル結晶を用いることで、受動Qスイッチングにより短パルスレーザを発振することができる。また、レーザ発振器100は、励起用光源50に窒化ガリウムを用いた青色半導体レーザを用いることで、100マイクロジュールもの大パルスエネルギーを出力することができる。従って、レーザ発振器100は、紫外線の波長領域のレーザ光を高い効率で発振することができる。このため、レーザ発振器100は、核融合研究における同位体計測またはプラズマ診断などに用いるレーザ装置として適している。また、レーザ発振器100は、固体のレーザ媒質10を用いることができるため、エキシマレーザなどのガスレーザ装置に比べて、コンパクトかつ低コスト化が可能である。また、Tb3+などの希土類金属イオンは、内殻軌道の電子遷移によって光吸収することから、吸収波長帯の母材(ホスト材)依存が少ない。そのため、後述する実施例で用いたYLFに限らず、母材の選択性に富んでいることも利点のひとつである。
【0027】
(第2の実施の形態)
第2の実施の形態に係るレーザ発振器200は、図4に示すように、レーザ媒質10と、可飽和吸収体20と、非線形光学素子30と、レーザ媒質10および可飽和吸収体20を挟み込むように配置される共振器40と、レーザ媒質10に励起光を供給する励起用光源50と、ヒートシンク70と、を備える。レーザ発振器200は、一般にディスクレーザに分類されるものである。第2の実施の形態のレーザ媒質10、可飽和吸収体20、非線形光学素子30および励起用光源50は、第1の実施の形態と同様のものを用いる。
【0028】
レーザ媒質10は、薄い板状の形状を有し、反射鏡44を介してヒートシンク70に取り付けられている。レーザ媒質10が薄い板状の形状を有し、ヒートシンク70に取り付けられることで、レーザ発振時に生じた熱を容易に放出することができる。なお、レーザ媒質10の形状は、板状であれば限定されず、円板形状、楕円板形状または角板形状などであってもよい。好ましくは、Tb:YAl12(YAG:Yttrium Aluminum Garnet)等の結晶体である。なお、レーザ媒質10は、第1の実施の形態で示したものであってもよい。
【0029】
可飽和吸収体20は、レーザ媒質10と同様の薄い板状の形状を有し、レーザ媒質10に隣接して取り付けられている。
【0030】
非線形光学素子30は、レーザ媒質10と同様の薄い板状の形状を有し、可飽和吸収体20に隣接して取り付けられている。
【0031】
共振器40は、誘導放出された光を反射する反射鏡44と、レーザ光の一部を外部に取り出すことができる出力鏡45と、を備える。反射鏡44と出力鏡45とは、レーザ媒質10、可飽和吸収体20および非線形光学素子30を挟んで互いに対向するように配置されている。反射鏡44は、透明板と透明板に形成された誘電体膜とを有する鏡であり、励起用光源50から放出された励起光EL、レーザ媒質10から誘導放出された第1の波長領域の光、および非線形光学素子30に変換された第2の波長領域の光を反射するものである。出力鏡45は、透明板と透明板に形成された誘電体膜とを有する鏡であり、第1の波長領域の光を反射し、励起用光源50から放出された励起光ELおよび第2の波長領域の光を透過するものである。レーザ発振器200は、出力鏡45を透過して照射された励起光ELにより、反射鏡44と出力鏡45との間でレーザ光を繰り返し反射させることで、レーザ光がレーザ媒質10および可飽和吸収体20を通過するたびに誘導放出によりレーザ光を増幅させる。増幅されたレーザ光は、非線形光学素子30により第2の波長領域の光に変換され、出力鏡45からレーザ光としての一部を放出する。
【0032】
励起用光源50は、出力鏡45を介して、励起光ELをレーザ媒質10に照射する位置に配置される。
【0033】
ヒートシンク70は、熱伝導率の高い金属またはセラミック等により作製され、空冷または水冷により冷却されるものである。ヒートシンク70によりレーザ媒質10を冷却することで、大出力のレーザを長時間放出した場合に発生する熱を放出することが可能となる。
【0034】
以上のように、本実施の形態のレーザ発振器200によれば、レーザ媒質10が薄い板状の形状を有することで、誘導放出されたレーザ光が分散することで、大出力のレーザを放出することが可能である。また、レーザ媒質10はヒートシンク70により冷却されることで、長時間使用したとしても、発熱を抑えることが可能となる。その他の利点は、第1の実施の形態と同様である。
【0035】
(第3の実施の形態)
第3の実施の形態に係るレーザ発振器300は、図5に示すように、レーザ媒質10と、可飽和吸収体20と、非線形光学素子30と、共振器40と、レーザ媒質10に励起光を供給する励起用光源50と、を備える。第3の実施の形態のレーザ媒質10、可飽和吸収体20、非線形光学素子30および励起用光源50は、第1の実施の形態と同様のものを用いる。
【0036】
共振器40は、誘導放出された光を反射する反射鏡46と、レーザ光の一部を外部に取り出すことができる出力鏡47と、を備える。反射鏡46と出力鏡47とは、レーザ媒質10および可飽和吸収体20を挟んで互いに対向するように配置されている。非線形光学素子30は、出力鏡47から放出されたレーザ光が通過する経路に配置されている。反射鏡46は、透明板と透明板に形成された誘電体膜とを有する鏡であり、励起用光源50から放出された励起光ELを透過し、レーザ媒質10から誘導放出された第1の波長領域の光を反射するものである。出力鏡47は、透明板と透明板に形成された誘電体膜とを有し、第1の波長領域の光の一部を透過し、残りを反射するものである。この構成により、反射鏡46と出力鏡47との間でレーザ光を繰り返し反射させることで、レーザ光がレーザ媒質10および可飽和吸収体20を通過するたびに誘導放出によりレーザ光を増幅させる。出力鏡47から透過した第1の波長領域のレーザ光は、非線形光学素子30を透過することにより、第2の波長領域のレーザ光に変換される。
【0037】
以上のように、本実施の形態のレーザ発振器300によれば、反射鏡46と出力鏡47とを有する共振器40を備えることで、第1の実施の形態で示したV字型共振器に比べてさらにコンパクトかつ低コスト化が可能である。その他の利点は、第1の実施の形態と同様である。
【0038】
(第4の実施の形態)
第4の実施の形態に係るレーザ発振器400は、図6に示すように、レーザ媒質10と、可飽和吸収体20と、非線形光学素子30、共振器40と、励起用光源50と、を備えるマイクロチップレーザである。第4の実施の形態のレーザ媒質10、可飽和吸収体20、非線形光学素子30および励起用光源50は、第1の実施の形態と同様のものを用いる。
【0039】
レーザ媒質10、可飽和吸収体20および非線形光学素子30は、例えば、いずれも円盤形状であり、同一の外径で形成され接合されている。レーザ媒質10および可飽和吸収体20の外径は、例えば、約0.5mm~約300mmであり、好ましくは約10mm~約100mmである。
【0040】
共振器40は、誘導放出された光を反射する反射鏡48と、レーザ光の一部を外部に取り出すことができる出力鏡49と、を備える。反射鏡48と出力鏡49とは、レーザ媒質10、可飽和吸収体20および非線形光学素子30を挟んで互いに対向するように配置されている。反射鏡48から出力鏡49の光軸方向の長さは、例えば1mm~10mmである。反射鏡48は、透明板と透明板に形成された誘電体膜とを有する鏡であり、励起用光源50から放出された励起光ELを透過し、レーザ媒質10から誘導放出された第1の波長領域の光、および非線形光学素子30に変換された第2の波長領域の光を反射するものである。出力鏡49は、透明板と透明板に形成された誘電体膜とを有する鏡であり、励起用光源50から放出された励起光ELおよび第1の波長領域の光を反射し、第2の波長領域の光を透過するものである。レーザ発振器200は、反射鏡48を透過して照射された励起光ELにより、反射鏡48と出力鏡49との間でレーザ光を繰り返し反射させることで、レーザ光がレーザ媒質10および可飽和吸収体20を通過するたびに誘導放出によりレーザ光を増幅させる。増幅されたレーザ光は、非線形光学素子30により第2の波長領域の光に変換され、出力鏡49からレーザ光として一部を放出する。
【0041】
以上のように、本実施の形態のレーザ発振器400によれば、レーザ媒質10と可飽和吸収体20とを接合していることで、装置のサイズを小さくできるという利点がある。また、受動Qスイッチングにより短パルスレーザを発振する場合、パルス幅は共振器40の長さに比例するため、パルス幅を短くすることが可能になる。
【0042】
(第5の実施の形態)
第5の実施の形態に係るレーザ発振器500は、図7に示すように、レーザ媒質10と、非線形光学素子30と、共振器40と、レーザ媒質10に励起光を供給する励起用光源50と、を備える。第5の実施の形態のレーザ媒質10、非線形光学素子30および励起用光源50は、第1の実施の形態と同様のものを用いる。第5の実施の形態に係るレーザ発振器500は、第1~第4の実施形態のレーザ発信器100~400と比較して、可飽和吸収体20を有さない点で異なる。このため、第5の実施の形態に係るレーザ発振器500は、パルスレーザではなく通常のレーザを発振することができる。また、第1~第4の実施形態のレーザ発信器100~400において、可飽和吸収体20を取り除いた場合、同様に、パルスレーザではなく通常のレーザを発振することができる。
【実施例
【0043】
以下、Tb3+を含むレーザ媒質10を代表して、レーザ媒質10としてTb:YLFを用いたレーザ発振器100の効果を実証した。Tb:YLFは、LiYFにテルビウム(Tb)をドープしてイットリウム(Y)の一部を置き換えたものである。この実施例は、本開示の一実施態様を示すものであり、本開示は何らこれらに限定されるものではない。
【0044】
レーザ媒質10としてTb:YLF、可飽和吸収体20としてCo添加スピネル結晶、非線形光学素子30としてBaB非線形結晶および488nmのレーザ光を照射する励起用光源50を用いて、図1に示すレーザ発振器100を作製した。
【0045】
実施例1のレーザ発振器100には、可飽和吸収体20として、1.0%ΔTのCo添加スピネル結晶を用い、実施例2のレーザ発振器100には、可飽和吸収体20として、5.3%ΔTCo添加スピネル結晶を用いた。なお、1.0%ΔTおよび5.3%ΔTはそれぞれの可飽和吸収体20の吸収損失である。
【0046】
図8に実施例1、図9に実施例2のレーザ発振器100から放出されたレーザ光の強度の時間変化を示す。実施例1のレーザ発振器100では、比較的安定したQスイッチングによるパルスレーザ(変動が30%未満)を得ることができた。一方、実施例2のレーザ発振器100では、しきい値をわずかに超える電力レベルでもパルスレーザが生成された。
【0047】
また、図10に実施例1、図11に実施例2のレーザ発振器100から放出された単一パルスの波形を示す。実施例2のレーザ発振器100から生成されたパルス形状は、実施例1のレーザ発振器100から生成されたパルス形状と比較して、顕著な非対称性を示した。これは、実施例2のレーザ発振器100の場合、2次高調波変換効率が高い状況での非線形結晶のオーバーカップリングに起因する可能性が考えられる。したがって、より短いBaB非線形結晶を将来のQスイッチ動作に使用して、比較的長いBaB非線形結晶に起因するパルスの非対称性および空間的ウォークオフを低減することができることが予測される。
【0048】
また、図12に実施例1、図13に実施例2の繰り返し率およびパルス幅を示す。繰り返し率とパルス幅は、平均出力電力とほぼ線形の相関関係を有することがわかった。
【0049】
また、図14に実施例1、図15に実施例2のパルスエネルギーおよびピーク電力を示す。パルスエネルギーは平均出力電力に対して比較的一定であった。
【0050】
また、図16に実施例3および4の平均紫外線出力パワーと吸収パワーとの関係を示す。なお、実施例3のレーザ発振器100には、可飽和吸収体20として、0.84%ΔTのCo添加スピネル結晶を用い、実施例4のレーザ発振器100には、可飽和吸収体20として、4.6%ΔTCo添加スピネル結晶を用いた。
【0051】
以上の測定結果により、実施例1のレーザ発振器100よりも実施例2のレーザ発振器100によって得られた大幅に短いパルス持続時間(220ns対1.05μs)および長い繰り返し率(2.7kHz対11kHz)は、実施例2のレーザ発振器100の変調深度が大きいことを示す。パルスピークパワーは、非対称のパルス形状のため、実際のパルス関数の積分とパルスエネルギーへの正規化によって計算された。実施例1のレーザ発振器100による比較的安定したQスイッチングによるパルスレーザは、7.6μJの最大パルスエネルギーと6.1Wのピークパワーを発生した。さらに、実施例2のレーザ発振器100を使用した場合の統計的に平均化されたデータは、100μJを超える高いパルスエネルギーを達成する可能性を示す。
【0052】
結論として、約544nmで発光するTb3+を含むレーザ媒質10と、非線形光学素子30として、BaB非線形結晶と、を用いることで、272nmの紫外線コヒーレント放射が生成できることがわかった。実施例1および2のレーザ発振器100は、1μmレーザから従来の第4高調波発生する装置よりもコンパクトでシンプルな共振器設計を有することができる。さらに重要なことは、この主題の動機の1つであるTb:YLFの優れたエネルギー貯蔵能力が、効率的なQスイッチングとそれに続く周波数変換操作につながることも示した。Qスイッチング動作は、基本高調波と2次高調波の両方のCo:スピネル過飽和吸収体で実現される。最大パルスエネルギー7.6Jおよびピーク電力6.1Wは、544nmで1.0%ΔTの過飽和吸収体を使用した安定したQスイッチングにより生成できることがわかった。5.3%ΔTの過飽和吸収体を採用することにより、272nmで平均出力277mWが得られた。これは、吸収されたポンプパワーに関して19%の光から光への効率に相当する。これにより、レーザ発振器100は、紫外線の波長領域のレーザ光を高い効率で発振することができることがわかった。5.3%ΔTの過飽和吸収体を使用したQスイッチングの統計的に平均化されたデータは、このようなレーザーシステムからの数百ワットレベルのピークパワーの見通しを提供できた。また、Tb3+などの希土類金属イオンは、内殻軌道の電子遷移によって光吸収することから、吸収波長帯の母材依存が少ない。そのため、実施例1および2で用いたTb:YLFに限らず、他の母材を選択することやTbを含む化合物を選択することも可能であると考えられる。
【0053】
本発明は、本発明の広義の精神と範囲を逸脱することなく、様々な実施の形態及び変形が可能とされるものである。また、上述した実施の形態は、この発明を説明するためのものであり、本発明の範囲を限定するものではない。すなわち、本発明の範囲は、実施の形態ではなく、特許請求の範囲によって示される。そして、特許請求の範囲内及びそれと同等の発明の意義の範囲内で施される様々な変形が、この発明の範囲内とみなされる。
【符号の説明】
【0054】
10…レーザ媒質、20…可飽和吸収体、30…非線形光学素子、40…共振器、41…第1の反射鏡、42…第2の反射鏡、43…第3の反射鏡、44、46、48…反射鏡、45、47、49…出力鏡、50…励起用光源、60…フィルタ、70…ヒートシンク、100、200、300、400、500…レーザ発振器
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16