(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-07
(45)【発行日】2023-09-15
(54)【発明の名称】抗真菌剤のスクリーニング方法、及び、真菌病原性発現阻害剤である抗真菌剤
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/04 20060101AFI20230908BHJP
A61P 31/10 20060101ALI20230908BHJP
【FI】
C12Q1/04
A61P31/10
(21)【出願番号】P 2019124887
(22)【出願日】2019-07-04
【審査請求日】2022-06-28
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】501481492
【氏名又は名称】株式会社ゲノム創薬研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110002136
【氏名又は名称】弁理士法人たかはし国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大矢 禎一
(72)【発明者】
【氏名】加藤 大騎
(72)【発明者】
【氏名】長田 裕之
(72)【発明者】
【氏名】平野 弘之
(72)【発明者】
【氏名】関水 和久
【審査官】山本 晋也
(56)【参考文献】
【文献】特表2004-511756(JP,A)
【文献】国際公開第2008/156048(WO,A1)
【文献】Shinsuke OHNUKI et al.,“High-Content,Image-Based Screening for Drug Targets in Yeast”,PLoS ONE,2010年04月14日,Vol. 5, No. 4,p.e10177,DOI: 10.1371/journal.pone.0010177
【文献】Yoshikazu OHYA et al.,“High-dimensional andlarge-scale phenotyping of yeast mutants”,Proceedings of the National Academy of Sciences,2005年12月19日,Vol. 102, No. 52,p.19015-19020,DOI: 10.1073/pnas.0509436102
【文献】Yasuhiko MATSUMOTO et al.,“A Silkworm InfectionModel to Evaluate Antifungal Drugs for Cryptococcosis”,Medical Mycology Journal,2017年,Vol. 58, No. 4,p.E131-E137,DOI:10.3314/mmj.17.016
【文献】Hiroshi KOYAMA et al.,“Stimulation of RNA polymerase II transcript cleavage activity contributes to maintain transcriptional fidelity in yeast”,Genes to Cells,2007年05月,Vol. 12, No. 5,p.547-559,DOI:10.1111/j.1365-2443.2007.01072.x
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q
A61K
A61P
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
タンパク質Bを標的とする抗真菌剤のスクリーニング方法であって、
「『タンパク質Bをコードする遺伝子Bの欠損株bΔ』に対して合成致死を示さないが負の遺伝的相互作用を示す『タンパク質Dをコードする遺伝子Dの欠損株dΔ』に、評価対象化合物を作用させて得られる出芽酵母の形態」
と「出芽酵母の欠損株dΔbΔの形態」と
の類似
の程度を基準にして、該評価対象化合物
が、該タンパク質Bを標的とする抗真菌剤
になるか否かを決めることを特徴とする抗真菌剤のスクリーニング方法。
【請求項2】
上記タンパク質Bは、抗真菌剤によって阻害されても増殖率の低下でスクリーニング可能なまでに増殖率が低下しない抗真菌剤の標的である請求項1に記載の抗真菌剤のスクリーニング方法。
【請求項3】
上記欠損株bΔの増殖率は、野生型株の増殖率に対して実質的に低下していない請求項1又は請求項2に記載の抗真菌剤のスクリーニング方法。
【請求項4】
野生型株に評価対象化合物を作用させても、出芽酵母の形態が変化しない請求項1ないし請求項3の何れかの請求項に記載の抗真菌剤のスクリーニング方法。
【請求項5】
上記欠損株bΔの出芽酵母の形態が、野生型株の出芽酵母の形態に対して変化を示していない請求項1ないし請求項4の何れかの請求項に記載の抗真菌剤のスクリーニング方法。
【請求項6】
欠損株bΔに対して合成致死を示す「タンパク質Fをコードする遺伝子Fの欠損株fΔ」に前評価化合物を作用させ、増殖率の低下の大きさを基準に、該前評価化合物の中から上記評価対象化合物を前選択する請求項1ないし請求項5の何れかの請求項に記載の抗真菌剤のスクリーニング方法。
【請求項7】
真菌の上記タンパク質Bが阻害されたとき、該真菌の増殖率は低下しないが、該真菌の病原性は低下する請求項1ないし請求項6の何れかの請求項に記載の抗真菌剤のスクリーニング方法。
【請求項8】
上記タンパク質Bが真菌の転写伸長因子S-IIである請求項1ないし請求項7の何れかの請求項に記載の抗真菌剤のスクリーニング方法。
【請求項9】
上記タンパク質Bを阻害することで、真菌の増殖は阻害しないが該真菌の病原性発現は阻害する真菌病原性発現阻害剤のスクリーニング方法である請求項1ないし請求項8の何れかの請求項に記載の抗真菌剤のスクリーニング方法。
【請求項10】
請求項1ないし請求項9の何れかの請求項に記載の抗真菌剤のスクリーニング方法を利用することを特徴とする抗真菌剤の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗真菌剤のスクリーニング方法、該スクリーニング方法を用いて得られた抗真菌剤、特に、真菌の病原性発現阻害剤である抗真菌剤に関する。
【背景技術】
【0002】
肺、肝臓、腎臓、脳等に真菌が入り込む深在性真菌症により、世界で年間約160万人が亡くなっているが、この深在性真菌症の治療に用いられている抗真菌剤としては、作用別に約4種類、計約11種類が存在しているに過ぎなく、十分な数の抗真菌剤があるとは言えない。
【0003】
また、同一の抗真菌剤を用い続けると薬剤耐性菌が生まれてしまうことが知られており、病原性真菌の種類によっては効果を示さない抗真菌剤も存在することも知られており、その上、強い副作用がある抗真菌剤も存在する。そのため、新しい抗真菌剤を常に開発していく必要がある。
【0004】
一方、本発明者らは、酵母の形態情報を利用した形態学的アプローチによって、薬剤の標的の同定を行ってきた(非特許文献1、2等)。
酵母は遺伝子を欠損することで、その遺伝子に特異的な形態の変化を示す。本発明者らは、細胞壁、アクチン及び核DNAが染色された酵母細胞の蛍光顕微鏡画像から、酵母の形態学的特徴を定量化できる画像解析ソフトウェアを開発し、これを用いて酵母の非必須遺伝子欠損株4718株の形態情報を取得してある(非特許文献1、2等)。
また、酵母は全ゲノム配列が明らかにされており、遺伝子欠損株を用いた種々の評価が可能である。
【0005】
また、出芽酵母を用いた化学遺伝学的解析により、1522化合物の標的分子が予測されており、化合物の存在下で培養された310の代表的な一倍体遺伝子変異体を用いて薬剤感受性株と薬剤耐性株のデータを取得し、遺伝子相互作用プロファイルと比較することで化合物の標的が予測されている(非特許文献3)。
しかし、この方法では310の変異株しか使っておらず、かつ酵母の増殖のみに着目していることから、標的予測の精度がそれほど高くなかった。従って、化学遺伝学的解析にもまだ改善の余地があると考えられている。
【0006】
一方、真菌の転写伸長因子S-IIは、RNAポリメラーゼIIの伸長活性を促進するタンパク質である(非特許文献4等)。このS-IIは、欠損しても増殖は可能であるが(非特許文献5)、病原性真菌であるCryptococcus neoformansに必須であることから、S-IIを阻害することで真菌の病原性が下がる可能性があり、従って、S-IIを標的とする化合物は、真菌の病原性を阻害する優れた抗真菌剤となる可能性がある。
【0007】
しかしながら、真菌のS-IIなるタンパク質をコードする遺伝子DST1の欠損株dst1Δは、増殖が可能であり、その増殖率は野生型株の増殖率に対して実質的に低下しない上に、上記欠損株の出芽酵母の形態は、野生型株の出芽酵母の形態に対して変化を示さなかった。
従って、前記した「酵母の形態情報を利用した形態学的アプローチ」のみによっては、S-IIを標的とする(真菌の病原性を阻害する)優れた抗真菌剤はスクリーニングできない。
【0008】
更に、非特許文献2等に記載の化学遺伝学的解析に従って、上記欠損株dst1Δに対して合成致死を示す「遺伝子TAF14の欠損株taf14Δ」に、抗真菌剤としての候補化合物を作用させ、増殖率の低下の大きさを基準に、抗真菌剤をスクリーニングしても、増殖率感受性の高い候補化合物ほど優れた「真菌の病原性を阻害する抗真菌剤」になるとは限らないため、完全には候補化合物を絞り切れなかった。
【0009】
このように、阻害されても、増殖率を低下させず、出芽酵母の形態にも変化をもたらさないタンパク質を標的とする抗真菌剤のスクリーニングには、新しい発想と更なる開発が必要であった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【文献】Ohnuki, S., Oka. S., Nogami, S., et al., PLoS One 5, (2010)
【文献】Ohya, Y., Sese, J., Yukawa, M. et al., Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 102, (2005).
【文献】Piotrowski, J. S., Li, C. S., Deshpande, R., et al., Nature Chemical Biology 13, (2017)
【文献】Natori, S., The Journal of Biochemistry 72, (1972).
【文献】Koyama, H., Ito, T., Nakanishi, T., et al., Genes to Cells 12, (2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の課題は、真菌における特定の標的を阻害する化合物の優れたスクリーニング方法を提供することにある。特に該標的を阻害しても真菌の増殖率が実質的に低下しない場合であっても、該標的を阻害する化合物を選択できる優れたスクリーニング方法を提供することにある。
【0012】
また、真菌の転写伸長因子S-IIを標的とする化合物をスクリーニングする方法を提供し、実際に、S-IIを標的とする真菌病原性発現阻害剤と言った優れた抗真菌剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、上記の課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、負の遺伝的相互作用を利用する化学遺伝学的アプローチの考え方と、酵母の欠損株の形態情報を用いる形態学的アプローチの考え方とを組み合わせることによって、標的が阻害されても増殖率が低下せず、出芽酵母の形態も変化しないような場合であっても、該標的を阻害する化合物の優れたスクリーニング方法を見出して本発明を完成するに至った。
【0014】
すなわち、本発明は、タンパク質Bを標的とする抗真菌剤のスクリーニング方法であって、
「『タンパク質Bをコードする遺伝子Bの欠損株bΔ』に対して合成致死を示さないが負の遺伝的相互作用を示す『タンパク質Dをコードする遺伝子Dの欠損株dΔ』に、評価対象化合物を作用させて得られる出芽酵母の形態」が「出芽酵母の欠損株dΔbΔの形態」と類似している評価対象化合物を、該タンパク質Bを標的とする抗真菌剤として選択することを特徴とする抗真菌剤のスクリーニング方法を提供するものである。
【0015】
また、本発明は、上記タンパク質Bは、抗真菌剤によって阻害されても増殖率の低下でスクリーニング可能なまでに増殖率が低下しない抗真菌剤の標的である上記の抗真菌剤のスクリーニング方法を提供するものである。
【0016】
また、本発明は、上記欠損株bΔの出芽酵母の形態が、野生型株の出芽酵母の形態に対して変化を示していない上記の抗真菌剤のスクリーニング方法を提供するものである。
【0017】
また、本発明は、真菌の上記タンパク質Bが阻害されたとき、該真菌の増殖率は低下しないが、該真菌の病原性は低下する上記の抗真菌剤のスクリーニング方法を提供するものである。
【0018】
また、本発明は、上記タンパク質Bが真菌の転写伸長因子S-IIである上記の抗真菌剤のスクリーニング方法を提供するものである。
【0019】
また、本発明は、上記タンパク質Bを阻害することで、真菌の増殖は阻害しないが該真菌の病原性発現は阻害する真菌病原性発現阻害剤のスクリーニング方法である上記の抗真菌剤のスクリーニング方法を提供するものである。
【0020】
また、本発明は、下記化学式(1)又は(2)で表される化合物であることを特徴とする抗真菌剤を提供するものである。
【0021】
【0022】
【0023】
また、本発明は、真菌病原性発現阻害剤である上記の抗真菌剤を提供するものである。
【0024】
また、本発明は、上記の抗真菌剤のスクリーニング方法を利用することを特徴とする抗真菌剤の製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、真菌における特定の標的を阻害する抗真菌剤の優れたスクリーニング方法を提供することができる。
特に、標的を阻害しても増殖率が低下しない場合であっても、優れた抗真菌剤がスクリーニングできる。言い換えれば、「阻害しても増殖率が低下しないような標的」を標的とする抗真菌剤であってもスクリーニングができる。
また、抗真菌剤の中でも、真菌の増殖率を下げずに病原性を下げる真菌病原性発現阻害剤のスクリーニングができる。
【0026】
酵母は、全ゲノム配列が明らかにされており、遺伝子欠損株のコレクションも豊富である。更に、本発明者らによって、細胞壁、アクチン、核DNAが染色された酵母細胞の蛍光顕微鏡画像から形態学的特徴を定量化できる画像解析ソフトウェアが開発されている。
このように、出芽酵母を用いると、標的(タンパク質)と化合物(抗真菌剤)との関係で、研究・開発・検討等が極めて有利である。
【0027】
本発明は、上記のような酵母において、単独欠損株を用いて行われていた形態学的アプローチに、増殖率で判断していた化学遺伝学的アプローチにおける考え方である負の遺伝的相互作用を取り入れたものである。
すなわち、本発明は、負の遺伝的相互作用をする2つの遺伝子を同時に欠損した二重欠損株(dΔbΔ)の形態情報と、化合物を添加した単独欠損株(dΔ)の形態情報を比較し、両者の形態情報が類似しているならば、該化合物の標的がタンパク質Bである可能性が高いことを利用したものである(
図2、
図5)。
2つの遺伝子を同時に欠損するとき、該2つの遺伝子の欠損に負の相互作用がある場合、単独欠損株では観察されなかった新たな形態変化を検出できる可能性がある。本発明は、そのことを利用したものである。
【0028】
一般に、出芽酵母の形態情報を用いることによって、特定の標的に対して阻害効果のある化合物をスクリーニングするためには、通常は、該化合物の添加によって該形態が変化しなくてはならない。
本発明によれば、特に、該標的を化合物の添加で阻害しても出芽酵母の形態が変化しない場合であっても、出芽酵母の形態学的解析によって、該化合物の選択ができ、優れた抗真菌剤がスクリーニングできる。
【0029】
出芽酵母の形態情報を用いることによって、特定の標的に対して阻害効果のある化合物をスクリーニングするためには、通常は、該標的となるタンパク質をコードする遺伝子の欠損株の形態と、野生型株の形態が異なっていなくてはならない。
本発明によれば、該標的タンパク質をコードする遺伝子の欠損株の形態と、野生型株の形態が同一であっても、出芽酵母の形態学的解析によって、該化合物の選択ができ、優れた抗真菌剤がスクリーニングできる。
【0030】
標的(タンパク質)が特定された場合、該標的(タンパク質)Bをコードする遺伝子Bを欠損することで、出芽酵母は、その欠損遺伝子に特異的な形態変化を示すことが多い。
また、酵母の欠損株bΔに対して合成致死を示す酵母の「遺伝子Fの欠損株fΔ」に、化合物を作用させたときの酵母の増殖率の低下(致死の程度)を基に、タンパク質Bを標的とする抗真菌剤がスクリーニングできることが多い(非特許文献3参照)。
【0031】
このように、出芽酵母を用いると、前者の形態学的解析によっても、又は、後者の化学遺伝学的解析によっても、特定のタンパク質を標的とする化合物を選択(スクリーニング)できることは多い。
【0032】
しかしながら、標的(タンパク質)Bをコードする遺伝子Bを欠損しても、形態変化を示さない場合もある。また、野生型株(非欠損株)に対して化合物を作用させても形態変化を引き起こさない場合もある。
また、遺伝子Bの欠損株bΔに対して合成致死を示す欠損株fΔに、化合物を作用させたときの酵母の増殖率の低下(致死の程度)を基に化合物を絞り込もうとしても、完全には絞り込めないことがある。
【0033】
本発明は、そのような場合であっても、抗真菌剤となり得る化合物を好適に絞り込むことができ、その結果、優れた抗菌剤を得ることができる。特に、阻害されても増殖率が実質的に低下せず、阻害されることによって病原性が下がるようなタンパク質を標的する抗菌剤(すなわち、真菌病原性発現阻害剤)のスクリーニングが可能である。
【0034】
上記のような標的に、真菌の転写伸長因子S-IIがある。
本発明の「抗真菌剤のスクリーニング方法」を用いると、S-IIを標的とする抗菌剤、特に真菌病原性発現阻害剤を得ることが可能である。
S-IIは標的として新規であるから、こうして得られた抗菌剤(真菌病原性発現阻害剤)も新規である。
【0035】
抗真菌剤としては、現在、作用別に約4種類、計約11種類が存在しているに過ぎなく、十分な数の抗真菌剤があるとは言えない。その上、病原性真菌の種類によっては効果を示さない抗真菌剤も存在し、更に副作用の強い抗真菌剤も存在する。また、耐性菌ができると、既存の抗真菌剤が効かなくなる恐れもある。
本発明によれば、致命的でない標的であっても、あらゆる標的を標的とした新規な抗菌剤の発見に極めて有効であり、すなわち、好適な抗真菌剤のスクリーニング方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【
図1】本発明の有効性を示す図であり、RNR4を標的とするヒドロキシウレア(HU)を、欠損株rnr4Δと負の相互作用をする欠損株vma2Δに添加したときの、二重欠損株vma2Δrnr4Δとの形態変化を示す図である。
【
図2】本発明の有効性を示す図であり、vma2ΔにHU(ポジティブコントロール)、又は、TCM(ネガティブコントロール)を添加したときの形態と、二重欠損株(vma2Δrnr4Δ)の形態との比較を示す図である。 (A)発芽酵母の形態写真とユークリッド距離(Euclidean distance)とT検定結果 (B)形態を記述するための二軸プロット
【
図3】S-IIを標的として、前選択の更に前段階として、非特許文献3に記載の「網羅的な化学遺伝学的アプローチ」によって選ばれた29種の前評価化合物の化学構造を示す図である。
【
図4】S-IIをコードする遺伝子の欠損株dst1Δ(bΔ)に対して合成致死を示す欠損株taf14Δ(fΔ)に、前評価化合物29種を作用させ、増殖率の低下の大きさを基準に、本発明に用いる評価対象化合物8種を前選択した結果を示す図である。
【
図5】S-IIを標的としたときの、本発明の態様を示す図であり、S-IIをコードする遺伝子の欠損株dst1Δ(bΔ)に対して合成致死を示さないが、負の相互作用を示す欠損株elp2Δ(dΔ)に、評価対象化合物8種を作用させ、形態を基準にスクリーニングする説明図である。
【
図6】本発明によって、二重欠損株elp2Δdst1Δ(dΔbΔ)と高い形態類似性を示す2種の化合物が選択されたことを示す図である。
【
図7】本発明の抗真菌剤のスクリーニング方法を使用して選択された、S-IIを標的とする新たな化合物2種の化学構造を示す図であり、本発明の抗菌剤、真菌病原性発現阻害剤の化学構造を示す図である。
【
図8】S-IIをコードするDST1の欠損株(dst1Δ)と野生型株の形態が明瞭な形態変化を引き起こしていないことを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下、本発明について説明するが、本発明は、以下の具体的態様に限定されるものではなく、技術的思想の範囲内で任意に変形することができる。
【0038】
本発明の抗真菌剤のスクリーニング方法は、タンパク質Bを標的とする抗真菌剤のスクリーニング方法であって、
「『タンパク質Bをコードする遺伝子Bの欠損株bΔ』に対して合成致死を示さないが負の遺伝的相互作用を示す『タンパク質Dをコードする遺伝子Dの欠損株dΔ』に、評価対象化合物を作用させて得られる出芽酵母の形態」が「出芽酵母の欠損株dΔbΔの形態」と類似している評価対象化合物を、該タンパク質Bを標的とする抗真菌剤として選択することを特徴とする。
以下、『 』内を、単に「bΔ」、「dΔ」と略記し、その二重欠損株を、単に「dΔbΔ」と略記することがある。
【0039】
本発明によって選択(スクリーニング)される抗真菌剤の標的(ターゲット)は、タンパク質Bである。
本発明では、「標的であるタンパク質Bをコードする遺伝子Bの欠損株bΔ」に対して負の遺伝的相互作用を示す欠損株dΔに、評価対象化合物を作用させ、そのときの形態と、二重欠損株dΔbΔの形態とを比較する。
本発明は、dΔbΔの形態と、dΔに「遺伝子bがコードするタンパク質Bを阻害する化合物」を作用させたときの形態とが類似している可能性が高いことを利用している。
そのことによって、前記したような性質を有する標的、例えば形態変化を起こし難い標的に対しても、好適な化合物(抗菌剤)のスクリーニングが可能である。
【0040】
すなわち、本発明は、言い換えると、タンパク質Bを標的とする抗真菌剤のスクリーニング方法であって、
出芽酵母の欠損株dΔbΔの形態と、評価対象化合物の存在下での出芽酵母の欠損株dΔの形態とを比較して類似性を評価すること、及び、前記類似性に基づいて、評価対象化合物が抗真菌剤として適しているか否かを判定すること、を含む抗真菌剤のスクリーニング方法(ただし、bΔは、「タンパク質Bをコードする遺伝子Bの欠損株」であり、dΔは、bΔに対して合成致死を示さないが負の遺伝的相互作用を示す「タンパク質Dをコードする遺伝子Dの欠損株」である)である。
【0041】
ここで、「2種類の欠損株が負の遺伝的相互作用を示す」とは、それぞれ単独の欠損株の影響が独立に現れるよりも二重欠損株の方が、よりシビアな表現型になることと定義される。
具体的には、例えば、片方の遺伝子破壊株(欠損株)の増殖表現型(増殖率)が、野生型の0.7倍であり、もう一方の遺伝子破壊株の増殖表現型(増殖率)が野生型の0.8倍であった場合には、0.7×0.8=0.56倍が相互作用せずに独立に現れる場合だが、二重欠損株の表現型が0.56倍よりも小さい場合に、「負の遺伝的相互作用を示す」と言う。
非必須遺伝子の場合では、2種類の欠損した遺伝子がコードするタンパク質の間に、平行して機能する生育に重要な働きがあるような関係がある場合にこれが起こる。
負の遺伝的相互作用があるときの二重欠損株では、細胞増殖を指標にして合成致死や増殖率の実質的な低下が起こることが多いが、野生型株と同じ増殖率の場合もあり、本発明では、その後者の方(が起る系)に好適に適用される。
【0042】
ここでの「負の遺伝的相互作用」が合成致死である場合には、出芽酵母の二重欠損株dΔbΔが死んでしまい形態観察ができないので、ここでの「負の遺伝的相互作用」から「合成致死」は除かれる。ただし、形態観察ができる程度の小さい増殖率の低下は、「合成致死」とは言えず、ここでの「負の遺伝的相互作用」に含まれる。
本発明において、「合成致死を示さないが負の遺伝的相互作用」があると言える増殖率は、野生型との比較で、50%以上であることが、形態観察で形態の類否を好適に判定できるために好ましい。特に好ましくは70%以上である。
【0043】
酵母の場合、タンパク質と欠損株の対応関係は多く分かっているので、それらが利用できる。
また、欠損株bΔと、該欠損株bΔに対して負の遺伝的相互作用を示す欠損株dΔの組み合わせが分かっているものは、その情報が利用できる。
【0044】
本発明においては、欠損株bΔに対して合成致死を示さないが負の遺伝的相互作用を示す欠損株dΔに、評価対象化合物を作用させたときの形態と、二重欠損株dΔbΔの形態とを比較する。
形態の比較は、以下に限定される訳ではないが、発芽酵母の、細胞壁、アクチン、核DNA等を染色し、染色された酵母細胞の蛍光顕微鏡画像を読み取り、専用の画像解析ソフトウェアを用いて解析することで行うことが好ましい。
本発明者らは、既に酵母の形態学的特徴を定量化できるシステムを開発している(非特許文献2等)ので、それを利用することが好ましい。画像解析ソフトウェアとして、限定はされないが、本発明者らの開発した「CalMorph」を使用することが好ましい。
【0045】
形態の観察・測定は、1条件での個数(n数)が、200個以上500個以下が好ましく、250個以上300個以下が特に好ましい。少な過ぎると画像解析ソフトで解析できない場合や精度が落ちる場合があり、多過ぎると無駄になる場合がある。
形態の比較は、限定はされないが、ピアソンの相関係数(R)、ユークリッド距離(Euclidean distance)等を比較することで行うことが好ましい。
【0046】
本発明の「抗真菌剤のスクリーニング方法」が正しいこと(すなわち抗真菌剤のスクリーニングができること)、標的が特殊なためにスクリーニングし難い場合に特に有効であること等は、ポジティブコントロールとネガティブコントロールを用いた実施例1(の特に
図2)で確かめられている。
また、本発明の「抗真菌剤のスクリーニング方法」を用いて、新たな抗真菌剤が見つかったことを実施例2に示したことからも、本発明の成立性・有効性は明らかである。
【0047】
本発明において、標的であるタンパク質Bは、それが単純に阻害されても増殖率の実質的低下を起こさないものであることが好ましい。言い換えると、上記タンパク質Bは、抗真菌剤によって阻害されたとき、「増殖率の低下でスクリーニング可能」なまでに増殖率が低下しない「抗真菌剤の標的」であることが好ましい。
増殖率が低下するようなものであれば、本発明の抗真菌剤のスクリーニング方法を用いるまでもないからである。
【0048】
本発明において、限定はされないが、上記欠損株bΔの増殖率は、野生型株の増殖率に対して実質的に低下していないものであることが好ましい。低下している場合は、本発明の抗真菌剤のスクリーニング方法を用いるまでもない場合がある。すなわち、野生型株に評価対象化合物を作用させると増殖率が低下するので、本発明の抗真菌剤のスクリーニング方法を用いるまでもない場合がある。
【0049】
また、限定はされないが、上記欠損株dΔの増殖率は、野生型株の増殖率に対して実質的に低下していないものであることが好ましい。評価対象化合物を作用させないのに死亡や増殖率が低下している場合は、形態の比較ができない場合がある。
【0050】
また、限定はされないが、上記欠損株dΔbΔの増殖率は、野生型株の増殖率に対して実質的に低下していないことが好ましい。死亡や増殖率が低下している場合は、形態の比較ができない場合がある。
【0051】
ここで、「実質的に低下していない」とは、出芽酵母の形態の観察ができて、形態学的特徴を定量化できて、統計(数理)処理ができる程度に増殖していることを言う。具体的には、増殖率を、野生型の増殖速度との比較で定義したときに、増殖率が50%以下しか低下していない(増殖率が50%以上である)ことを言う。
【0052】
本発明は、野生型株に評価対象化合物を作用させても、出芽酵母の形態が変化しない系に用いられることが好ましい。変化する場合は、特定のタンパク質Bとは別のタンパク質を標的とする化合物である場合がある。また、該評価対象化合物がタンパク質Bを標的としているのであれば、野生型株に評価対象化合物を作用させると形態が変化するので、本発明の抗真菌剤のスクリーニング方法を用いるまでもない場合がある。
【0053】
本発明は、上記欠損株bΔの出芽酵母の形態が、野生型株の出芽酵母の形態に対して変化を示していない系に用いられることが好ましい。変化を示す場合は、本発明の抗真菌剤のスクリーニング方法を用いるまでもない場合がある。
【0054】
上記の種々の条件を満たすような、(対応する)遺伝子、欠損株、二重欠損株等が存在するタンパク質を標的として評価対象化合物をスクリーニングするときに、本発明は特に効果を発揮する、又は、本発明が成立する。
本発明の「抗真菌剤のスクリーニング方法」は、真菌において、標的となる上記タンパク質Bが阻害されたとき、該真菌の増殖率は低下しないが、該真菌の病原性は低下する場合に、特に好適に用いられる。本発明は、そのようなタンパク質を標的とする抗真菌剤をスクリーングするときに特に有用である。
【0055】
ここで、「病原性」とは、体内に入り込んだ真菌により、ヒトの健康状態が損なわれる場合やヒトの活動が著しく抑制される場合と定義される。ヒトに対して病原性を示したときの症状としては、具体的には、例えば、後記するものが挙げられる。
【0056】
上記の種々の条件を満たす場合として、具体的には、例えば、上記タンパク質Bが真菌の転写伸長因子S-IIである場合が挙げられる。
標的がS-IIのとき、上記した条件を全て満たすので、本発明のスクリーニング方法が好適に適用できる。
【0057】
例えば、S-IIをコードするDST1の欠損株(dst1Δ)は、野生型株と比較して、形態変化の指標であるユークリッド距離(Euclidean distance)が8.53であり、統計的に有意に形態変化しているとされる閾値は9.86であるので、実質的な形態変化を引き起こしていない(
図8参照)。
従って、S-IIを標的とする抗真菌剤(S-II阻害剤)のスクリーニングは、現状の形態学的アプローチのみからは困難であり、本発明のスクリーニング方法が好適に適用される。
【0058】
また、S-IIが阻害されたとき、真菌の病原性は低下するが、増殖率は低下しない。
本発明は、スクリーニングで選ばれる上記抗真菌剤が、「増殖率は低下しないが病原性は低下する真菌病原性発現阻害剤」であるときに特に有用である。
すなわち、本発明は、上記タンパク質Bを阻害することで、真菌の増殖は阻害しないが該真菌の病原性発現は阻害する真菌病原性発現阻害剤のスクリーニング方法であることが特に好ましい。
【0059】
実施例2において、標的がS-II、S-IIをコードする遺伝子BがDST1、その欠損株bΔが「dst1Δ」の場合、欠損株bΔ(dst1Δ)に対して合成致死を示さないが負の遺伝的相互作用を示す欠損株dΔを「elp2Δ」とした場合に、本発明のスクリーニング方法を適用し、評価対象化合物のスクリーニングを行って、下記2種の化合物を選択した。
【0060】
本発明は、下記化学式(1)又は(2)で表される化合物を含有することを特徴とする抗真菌剤でもある。
【化3】
【化4】
【0061】
上記2種の化合物は、真菌の増殖は阻害しないが病原性発現は阻害する真菌病原性発現阻害剤である。S-IIが標的としては知られていないので、上記2種の化合物は、標的が既知の抗真菌剤とは異なって、新系統に属する新規な抗菌剤である。
【0062】
また、本発明は、上記の抗真菌剤のスクリーニング方法を利用することを特徴とする抗真菌剤の製造方法でもある。
【0063】
本発明における抗真菌剤の対象となる真菌としては、クリプトコッカス属、アスペルギルス属、カンジダ属、コクシジオイデス属、ヒストプラスマ属等に属する真菌が挙げられる。中でも、クリプトコッカス属の真菌、特にクリプトコッカス ネオフォルマンス(Cryptococcus neoformans)に有用である。
【0064】
本発明の抗真菌剤や真菌病原性発現阻害剤により、真菌症の予防及び/又は治療をすることができる。
該真菌症の例として、例えば、黄癬、白癬、瘢風、渦状癬、皮膚カンジダ症等の皮膚真菌症(表在性真菌症);クリプトコッカス症、放線菌症、ノルカジア症、ムコール症、アスペルギルス症、カンジダ症、コクシジオイデス症、ヒストプラスマ症等の内臓真菌症(深在性真菌症);等が挙げられる。
【0065】
本発明の「抗真菌剤のスクリーニング方法」においては、複数の評価対象化合物の中から、上記した本発明の抗真菌剤のスクリーニング方法を使用して評価対象化合物を絞り込む(選択する)前に、前段階として、更に多い前評価化合物の中から、該「複数の評価対象化合物」を前選択することも好ましい。
【0066】
前選択の方法としては、化学構造から明らかに抗真菌剤となり得ないものを落とす方法、明らかに副作用を示すものを落とす方法、標的の如何にかかわらず酵母が死んでしまうものを落とす方法等、公知の方法が挙げられる。
【0067】
中でも、欠損株bΔと合成致死を示す欠損株fΔは、標的であるタンパク質Bの阻害剤に、(増殖率の低下と言った)感受性を示すことが予想されるため、本発明は以下に限定はされないが、該欠損株fΔに前評価化合物を作用させて前選択をしておくことが特に好ましい。
すなわち、本発明の特に好ましい態様として、欠損株bΔに対して合成致死を示す「タンパク質Fをコードする遺伝子Fの欠損株fΔ」に前評価化合物を作用させ、増殖率の低下の大きさを基準に、該前評価化合物の中から上記評価対象化合物を前選択する前記の抗真菌剤のスクリーニング方法が挙げられる。
このような組み合わせとして、例えば、標的がS-IIの場合には、実施例2の<<前選択>>で挙げたもの等が挙げられる。
【0068】
本発明の抗真菌剤は、医薬品(薬剤)、医薬部外品等に利用できる。
剤形としては、特に制限はなく、例えば、後述するような所望の投与方法に応じて適宜選択することができる。
具体的には、例えば、経口固形剤(錠剤、被覆錠剤、顆粒剤、散剤、ハードカプセル剤、ソフトカプセル剤等)、経口液剤(内服液剤、シロップ剤、エリキシル剤等)、注射剤(溶剤、懸濁剤等)、軟膏剤、貼付剤、ゲル剤、クリーム剤、外用散剤、スプレー剤、吸入散布剤等が挙げられる。
【0069】
上記医薬品(薬剤)、医薬部外品等は、前記抗菌剤(真菌病原性発現阻害剤)に、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤、矯味・矯臭剤等の添加剤を加え、常法により製造することができる。
【0070】
該賦形剤としては、例えば、乳糖、白糖、塩化ナトリウム、ブドウ糖、デンプン、炭酸カルシウム、カオリン、微結晶セルロース、珪酸等が挙げられる。
該結合剤としては、例えば、水、エタノール、プロパノール、単シロップ、ブドウ糖液、デンプン液、ゼラチン液、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルスターチ、メチルセルロース、エチルセルロース、シェラック、リン酸カルシウム、ポリビニルピロリドン等が挙げられる。
該崩壊剤としては、例えば、乾燥デンプン、アルギン酸ナトリウム、カンテン末、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、ラウリル硫酸ナトリウム、ステアリン酸モノグリセリド、乳糖等が挙げられる。
該滑沢剤としては、例えば、精製タルク、ステアリン酸塩、ホウ砂、ポリエチレングリコール等が挙げられる。
該着色剤としては、例えば、酸化チタン、酸化鉄等が挙げられる。
該矯味・矯臭剤としては、例えば、白糖、橙皮、クエン酸、酒石酸等が挙げられる。
該緩衝剤としては、例えば、クエン酸ナトリウム等が挙げられる。
該安定化剤としては、例えば、トラガント、アラビアゴム、ゼラチン等が挙げられる。
【0071】
上記注射剤としては、例えば、上記有効成分に、pH調節剤、緩衝剤、安定化剤、等張化剤、局所麻酔剤等を添加し、常法により皮下用、筋肉内用、静脈内用等の注射剤を製造することができる。
該pH調節剤及び該緩衝剤としては、例えば、クエン酸ナトリウム、酢酸ナトリウム、リン酸ナトリウム等が挙げられる。
該安定化剤としては、例えば、ピロ亜硫酸ナトリウム、EDTA、チオグリコール酸、チオ乳酸等が挙げられる。
該等張化剤としては、例えば、塩化ナトリウム、ブドウ糖等が挙げられる。
該局所麻酔剤としては、例えば、塩酸プロカイン、塩酸リドカイン等が挙げられる。
【0072】
上記軟膏剤としては、例えば、上記有効成分に、公知の基剤、安定剤、湿潤剤、保存剤等を配合し、常法により混合し、製造することができる。
該基剤としては、例えば、流動パラフィン、白色ワセリン、サラシミツロウ、オクチルドデシルアルコール、パラフィン等が挙げられる。
該保存剤としては、例えば、パラオキシ安息香酸メチル、パラオキシ安息香酸エチル、パラオキシ安息香酸プロピル等が挙げられる。
【0073】
上記貼付剤としては、例えば、公知の支持体に上記軟膏剤としてのクリーム剤、ゲル剤、ペースト剤等を、常法により塗布し、製造することができる。
該支持体としては、例えば、綿、スフ、化学繊維からなる織布若しくは不織布;ポリ塩化ビニル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエステル、ポリウレタン等のフィルム若しくは発泡体シート;等が挙げられる。
【0074】
本発明の抗真菌剤、それを含有する医薬品、医薬部外品等は、例えば、真菌に起因する疾患の予防又は治療を必要とする個体等に対して好適に使用できる。
該個体としては、限定はないが、例えば、ヒト;マウス、ラット等の実験動物;サル;ウマ;ウシ、ブタ、ヤギ、ニワトリ等の家畜;ネコ、イヌ等のペット;等が挙げられる。
【0075】
また、上記抗真菌剤の投与方法としては、特に制限はなく、例えば、上記した剤形等に応じ、適宜選択することができ、経口投与、皮膚への投与、腹腔内投与、血液中への注射、腸内への注入等が挙げられる。
【0076】
上記抗真菌剤の投与量としては、特に制限・限定はなく、投与対象である個体の年齢、体重、所望の効果の程度等に応じて適宜選択することができる。
また、投与時期としても、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
【実施例】
【0077】
以下、実施例及び検討例に基づき本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例等の具体的範囲に限定されるものではない。以下、「%」と言う記載は、それが質量に関するものについては「質量%」を意味する。
【0078】
調製・測定例1
<材料・方法>
本発明で使用した、共通の材料、培養条件、使用株、試薬、酵母細胞の形態情報の取得方法等は、以下の通りである。
【0079】
<<使用株と培養条件>>
本発明で使用した酵母株を表1に記載する。
【0080】
【0081】
酵母細胞の培養は、YPD培地を用いて、25℃の培養温度条件で行った。YPD培地の組成は、1% Bacto Yeast Extract (BD Biosciences:米国)、2% Bacto Peptone (BD Biosciences)、2% D-グルコース(ナカライテスク株式会社:日本)である。
固体培地は、2%の菌体培地用寒天(有限会社松栄寒天:日本)を用いて作製した。
【0082】
<<試薬、候補化合物>>
Hydroxyurea(HU)、Tunicamycin(TMC)は、何れも、SIGMA-ALDRICH社製を用いた。
スクリーニングに用いた化合物群、すなわち、前評価化合物、評価対象化合物、S-II阻害剤にまで絞り込む前の最初の候補化合物13524種は、国立研究開発法人理化学研究所のケミカルゲノミクスチームより入手した。
【0083】
<<酵母細胞の形態情報の取得>>
出芽酵母株の細胞の高次元形態情報は、本発明者らによる非特許文献2に従った。
薬剤(Hydroxyurea(HU):40mM、Tunicamycin(TMC):40ng/mL、NPD231:10μM、その他の候補化合物:50μM)を加えたYPD培地で、25℃の温度条件で対数増殖期(4×106~1×107cells/mL)になるまで培養した。
【0084】
細胞を3.7%のホルムアルデヒド処理によって固定した後、アクチン、細胞壁、核DNAをそれぞれ可視化するため、それぞれを特異的に染色する蛍光試薬の Rhodamine phalloidin (MolecularProbes:米国)、FITC-ConA (Sigma-Aldrich:米国)、4’,6-diamidino-2-phenylindole (Sigma-Aldrich)を用いて三重染色した。
蛍光顕微鏡画像の撮影については、顕微鏡は、Axio-imager M3(Carl Zeiss:ドイツ)、レンズは、×100 EC plan-Neofluar (Carl Zeiss)、CCDカメラは、CoolSNAPHQ cooled-CCD (Roper Scientific Photometrics:米国)をそれぞれ用いた。
【0085】
各サンプルについて、300細胞以上の蛍光顕微鏡画像を撮影した。蛍光顕微鏡画像から、CalMorph (ver. 1.2 for501)を用いて、501の形態パラメータに基いた高次元形態情報を取得した。
【0086】
実施例1
<本発明のスクリーニング方法>
<化学遺伝学的解析を組み合わせた形態学的解析によるスクリーニング方法>
ヒドロキシ尿素(Hydroxyurea)(以下、「HU」と略記することがある)は、RNR複合体を標的とすることが分かっている。HUは、リボヌクレオチドリダクターゼであるRNR複合体をターゲットにしている。
【0087】
「欠損株rnr4Δと負の相互作用を示す変異株」としてvma2Δを用い、そこにHUを添加することによって変化した形態と、二重欠損株vma2Δrnr4Δの形態を比較した。「vma2Δ」は、rnr4Δと遺伝的に関係がある、液胞ATPaseの遺伝子欠損株である。
vma2Δは、HUに対して感受性を示すことから、rnr4Δとvma2Δの間には、遺伝的に相乗的な関係が、つまり、負の遺伝的相互作用があると考えられる。
【0088】
すなわち、「欠損株bΔ」として「rnr4Δ」を用い、「欠損株dΔ」として「vma2Δ」を用いた。そして、該標的のサブユニット遺伝子が欠損したvma2Δに対して、HUを添加して酵母の形態を観察した。
【0089】
また、HUに代えて、ネガティブコントロールとして、N-グリコシレーションを標的とするツニカマイシン(Tunicamycin(以下、「TCM」と略記することがある)を用いた。
【0090】
ポジティブコントロールであるHU、ネガティブコントロールであるTCMを、それぞれ単独欠損株であるvma2Δに添加して、発芽酵母の形態を比較した。
vma2Δ+HU、vma2Δ+TCM、vma2Δrnr4Δの形態を、ユークリッド距離(Euclidean distance)とピアソンの相関係数を用いて調べて、それぞれの数値を比較した。
【0091】
ユークリッド距離(Euclidean distance)の解析を行うために、形態パラメータの正規化を行った。パラメータの正規化は、各変異株のパラメータ値について、Ohya et al. 2018で報告された野生型(n=109)を基準としたワルドの検定統計量(Z値)を計算することで行った。
ユークリッド距離(Euclidean distance)は、Suzuki et al., BMC Genomics 19, (2018)で報告された方法で行った。
【0092】
まず、二重欠損株(vma2Δ rnr4Δ)がvma2Δと比較して顕著な形態変化を引き起こすことを確認した。rnr4Δとvma2Δを作製し、vma2Δと二重欠損株(vma2Δ rnr4Δ)の形態変化(Euclidean distance)を測定した。その結果、二重欠損株(vma2Δrnr4Δ)とvma2Δを比較した時のEuclidean distanceは27.822であった(
図2(A)、T検定:P=6.58×10
-16)。この結果から二重欠損株は単独欠損株と比べて大きな形態変化を示すことが明らかとなった。
【0093】
次に、vma2Δに、HU(ポジティブコントロール)と、TCM(ネカディブコントロール)を添加した株の形態情報を取得した。
各化合物添加時のEuclidean distanceを求めた結果、HUを加えた場合は、21.328(T検定:P=1.35×10
-10)であり、TCMを加えた場合は、9.290(T検定:P=8.48×10
-6)であった(
図2(A))。
【0094】
二重欠損株(vma2Δrnr4Δ)と、「HUやTCMを加えたvma2Δ」のピアソンの相関係数を求めた結果、HUを加えたvma2Δと二重欠損株(vma2Δrnr4Δ)の相関係数Rは、0.936であり、TCMを加えたvma2Δと二重欠損株(vma2Δrnr4Δ)の相関係数Rは、0.227であった(
図2(A))。
【0095】
次に、主成分分析により、取得された主成分得点のPC1とPC2を用いて、野生型株(his3Δ)、vma2Δ、vma2Δ+HU、vma2Δ+TCM、二重欠損株(vma2Δrnr4Δ)の形態を記述するために二軸プロットを行った(
図2(B))。
vma2Δを中心としたときに、vma2Δ+HUと、二重欠損株(vma2Δrnr4Δ)が同じ方向に形態が変化していることが明らかになった。この結果は、先の相関係数の結果を支持しており、HU処理とRNR4欠損による影響は類似することが明らかになった。
【0096】
最後に、vma2Δ+HU、vma2Δ+TCM、二重欠損株(vma2Δrnr4Δ)が具体的にどのような形態変化を引き起こしているのかを統計的に解析した(尤度比検定:FDR=0.05)。
その結果、vma2Δ+TCMは、vma2Δに比べて細胞が丸くなり、細胞の大きさが小さくなり、ネック幅が狭くなるという特徴を持つことが明らかとなった。
一方で、vma2Δ+HUは、vma2Δに比べて細胞が細長くなり大きくなり、ネック幅が広がり、核とアクチンの輝度が上がるという特徴を持つことが明らかとなった。
二重欠損株(vma2Δrnr4Δ)は、ここでもvma2Δ+HUと同様の形態的特徴を示したことから、本発明の有効性が確認できた。
【0097】
以上を要約すると、二重欠損株vma2Δrnr4Δは、単独欠損株であるvma2Δとは異なる形態をしていた。
【0098】
HUを添加した単独欠損株vma2Δの形態は、二重欠損株vma2Δrnr4Δの形態と類似していた(
図1)。すなわち、「vma2Δ+HU」と「vma2Δrnr4Δ」の形態は類似していた(
図1)。
一方で、TCMのように、RNR複合体が標的ではない化合物を添加した場合には、TCMを添加した単独欠損株vma2Δの形態は、二重欠損株vma2Δrnr4Δの形態と類似していなかった(
図1)。すなわち、「vma2Δ+TCM」と「vma2Δrnr4Δ」の形態は類似していなかった(
図1)。
【0099】
このことから、本発明の「抗真菌剤のスクリーニング方法」を用いれば、標的がRNR4だった場合、適切な抗真菌剤であることが既に分かっているHUが選択できたことになり、従って、本発明の「抗真菌剤のスクリーニング方法」が有効であることを示すことができた。
【0100】
実施例2
<標的をS-IIとした本発明のスクリーニング方法>
実施例1等で実際に有用性が確認された本発明のスクリーニング方法を用いて、上記条件を満たす標的として、真菌の転写伸長因子S-IIを選び、S-IIを標的とする抗真菌剤のスクリーニングを行った。
すなわち、標的、すなわちタンパク質BをS-IIとし、タンパク質B(S-II)をコードする遺伝子BをDST1とし、その欠損株bΔを「dst1Δ」とし、欠損株bΔ(dst1Δ)に対して負の遺伝的相互作用を示す欠損株dΔを「elp2Δ」として、本発明のスクリーニング方法を用いて、評価対象化合物のスクリーニングを行った。
抗真菌剤の標的としては今までに知られていないS-IIを標的としているので、新規な抗真菌剤、特に真菌病原性発現阻害剤が見つかると考えられる。
【0101】
<<前評価化合物の選択>>
その前に、まず、上記した理化学研究所から入手した候補化合物13524種の中から標的予測できたと判断された化合物1522種を選択した。
【0102】
次いで、上記1522種の中から、更に、非特許文献3(Piotrowski, J. et al)に記載の「網羅的な化学遺伝学的アプローチ」によって、「本発明の抗真菌剤のスクリーニング方法に用いる評価対象化合物」を選択する更に前段階として、前評価化合物を29種にまで絞り込んだ(
図3)。
【0103】
<<前選択>>
次いで、更に、本発明のスクリーニングに入る前に、S-IIをコードする遺伝子の欠損株bΔ(dst1Δ)に対して合成致死を示す欠損株fΔ(taf14Δ)(すなわち、「タンパク質Fをコードする遺伝子Fの欠損株fΔ」が「taf14Δ」)に、前評価化合物29種を作用させ、増殖率の低下の大きさを基準に、本発明に用いる評価対象化合物を前選択した。該前選択の方法に関しては以下に詳述する。
【0104】
<<<taf14Δによる感受性試験方法(化学遺伝学的解析)>>>
本発明の抗真菌剤のスクリーニング方法で使用する評価対象化合物を選択すべく、前評価化合物29種から、下記する方法で、taf14Δの増殖率の低下を基準に、化合物を8種にまで絞り込んだ(
図4)。
【0105】
TAF14が欠損した「taf14Δ」を、YPD液体培地で、25℃にて6~8時間培養した。この培養液を、1.0×106cells/mLの細胞濃度になるように、YPD培地で希釈した。
96穴プレートに希釈した培養液を、100μLずつ分注した。その後、終濃度が50μMとなるように、1mMで希釈していた各化合物とDMSOを各々5μL加え、25℃で3日間培養した。
【0106】
その後、プレートリーダーを用いて、OD600nmを測定した。プレートリーダーは、SPECTRAmax(Molecular Devices:米国)を用いた。
統計解析は、全て、Rソフトウェア Ver.3.3.3(http://www.r-project.org)を用いて行った。
【0107】
<<前選択の結果>>
50%以上の増殖率の低下を引き起こす化合物として、Lovastatin, NPD428, NPD6879, NPD811, NPD5503, NPD231, NPD3530, NPD1011の8種の化合物が得られた(
図4)。
以上の結果から、これら8種類の化合物の中に、S-IIを標的としていて優れた抗真菌剤(特に真菌病原性発現阻害剤)となり得る化合物が含まれている可能性がある。
【0108】
しかしながら、上記した化学遺伝学的アプローチだけでは、S-IIを標的としている化合物であって、更に好適な抗真菌剤(特に真菌病原性発現阻害剤)となり得る化合物を絞り込む(スクリーニングする)ことは難しい。
【0109】
そこで、この8種の化合物を、本発明の「抗真菌剤のスクリーニング方法」における「評価対象化合物」として、本発明のスリーニング方法によって更なる絞り込みを行った。
【0110】
<<elp2Δによる形態解析(化学遺伝学的解析を組み合わせた形態学的解析>>
<<本発明の抗真菌剤のスクリーニング方法>>
真菌の転写伸長因子S-IIは、RNAポリメラーゼIIの伸長活性を促進するタンパク質である(非特許文献4等)。欠損しても増殖可能であるが(非特許文献5)、病原性真菌であるCryptococcus neoformansに必須である。
従って、S-IIを阻害することで真菌の病原性が下がる又はなくなる可能性があるので、S-IIを標的とする化合物は、真菌の病原性を阻害する優れた抗真菌剤(特に真菌病原性発現阻害剤)となる可能性がある。
【0111】
標的をS-IIとし、すなわち「タンパク質B」をS-IIとし、
標的タンパク質B(すなわちS-II)をコードする遺伝子BをDST1とし、
その欠損株bΔを「dst1Δ」とし、
「欠損株bΔ(dst1Δ)に対して合成致死を示さないが負の遺伝的相互作用を示すタンパク質Dをコードする遺伝子Dの欠損株dΔ」を「elp2Δ」として、
上記8種の評価対象化合物の中から、抗真菌剤(特に真菌病原性発現阻害剤)となり得る「S-IIを標的とする化合物」のスクリーニングを行った。
【0112】
ELP2は、転写伸長因子複合体のサブユニットの1つであり、転写伸長におけるヒストンアセチル化に関わっているもので(Dong, C., Lin, Z., Diao, W., et al., Structure 23, (2015))、S-IIをコードする遺伝子DST1と負の遺伝的相互作用を示すものである(Costanzo, M., Vandersluis, B., Koch, N. E., et al., Science 353, (2016))。
【0113】
S-IIは、新たな標的であるので、今までにない抗真菌剤、特に真菌病原性発現阻害剤が見つかると考えられる。
【0114】
まず、dst1Δとelp2Δの二重変異株を作製し、elp2Δと二重欠損株(elp2Δdst1Δ)の形態情報を検出した。二重欠損がより大きな形態変化を引き起こすことを確認するために、ユークリッド距離(Euclidean distance)を求めた。
その結果、二重欠損株(elp2Δdst1Δ)とelp2Δを比較した時のユークリッド距離(Euclidean distance)は6.013であり(T検定、P=0.007)、有意な形態変化を引き起こしていることが明らかになった。
【0115】
次に、elp2Δに、前記の8種類の評価対象化合物をそれぞれ添加した株の形態情報を取得し、二重欠損株(elp2Δdst1Δ)との形態類似度をピアソンの相関係数を用いて比較した(
図5)。
【0116】
その結果、8種類の化合物の中で、式(1)で表されるNPD6879と、式(2)で表されるNPD5503は、二重欠損株(elp2Δdst1Δ)との相関係数が、それぞれ0.771と0.740と高い値を示した(表2、
図6)。
【0117】
【0118】
相関係数の大きかったNPD6879とNPD5503の化学構造式を
図7に示す。
式(1)で表されるNPD6879と式(2)で表されるNPD5503の化学構造式は、29種の化合物の中でも、特に類似した基を有していた(
図7)。
NPD6879(式(1))には、チオセミカルバジド残基が存在しており、NPD5503(式(2))には、ヒドラジド残基が存在していた。チオセミカルバジドは、チオカルバミド酸ヒドラジドであることからも、これら2つの化合物は共通点を有する。
【0119】
この結果から、これらの2種の化合物が、elp2Δに対して同じような形態変化を引き起こすのは、両化合物の化学構造に起因することが考えられ、式(1)で表されるNPD6879と、式(2)で表されるNPD5503は、何れも標的S-IIに働く有力な抗真菌剤であることが示唆された。また、特に増殖率を低下させない、真菌病原性発現阻害剤として有力であることが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0120】
本発明の抗真菌剤のスクリーニング方法は、特定の標的を阻害する化合物を好適にスクリーニングでき、特に、該標的を阻害しても真菌の増殖率が実質的に低下しない場合であっても、該標的を阻害する化合物を好適にスクリーニングできるので、抗真菌剤を、業として開発、製造、販売、使用等をする分野等に広く利用されるものである。