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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-08
(45)【発行日】2023-09-19
(54)【発明の名称】花粉への物質導入方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/64 20060101AFI20230911BHJP
   A01H 1/00 20060101ALI20230911BHJP
   C12N 15/87 20060101ALI20230911BHJP
【FI】
C12N15/64 Z
A01H1/00 A
C12N15/87 Z
【請求項の数】 1
(21)【出願番号】P 2020169978
(22)【出願日】2020-10-07
(65)【公開番号】P2022061807
(43)【公開日】2022-04-19
【審査請求日】2022-04-07
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)2019年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果最適展開支援プログラムA-STEP、産学共同フェーズ シーズ育成タイプ、受託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(73)【特許権者】
【識別番号】000231637
【氏名又は名称】株式会社ニップン
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】弁理士法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】栗原 陽子
(72)【発明者】
【氏名】皆川 吉
(72)【発明者】
【氏名】村田 翔太朗
(72)【発明者】
【氏名】永原 史織
【審査官】福澤 洋光
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-171262(JP,A)
【文献】カナダ国特許出願公開第02989368(CA,A1)
【文献】特表2018-508221(JP,A)
【文献】Nature Communications,2016年,Vol.7:12617,pp.1-8
【文献】日本植物学会第82回大会研究発表記録,2018年,pp.256, PL-069
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01H 1/00-17/00
C12N 1/00-15/90
C12M 1/00- 3/10
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
花粉に物質を導入する方法であって、
パーティクルボンバードメント法により、物質で被覆した微粒子を支持体に載せた花粉に撃ち込む工程を含み、
前記支持体が、親水性ポリテトラフルオロエチレン及び親水性混合セルロースエステルのうちの少なくとも1の高分子を含む支持体であり、
前記物質が、ヌクレオチド及び/又はペプチドであり、かつ
前記微粒子が金又はタングステンからなる微粒子である、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、花粉への物質導入方法に関し、より詳しくは、パーティクルボンバードメント法による花粉への物質導入方法に関する。
【背景技術】
【0002】
核酸、タンパク質等の物質を、細胞内に導入することは、基礎研究のみならず、様々な産業用途においても非常に意義のあることである。しかしながら、植物は固い細胞壁を持ち、動物等に比べ、外部から物質を導入するのが困難である。このような、植物細胞への物質導入に関し、細胞壁を取り除いたプロトプラストの貪食作用を利用する方法(ポリエチレングリコール法)、微細なシリンジを用いて細胞内に物質を導入する方法(マイクロインジェクション法)、電気的に細胞膜に孔を開け、物質を細胞内に流入させる方法(エレクトロポレーション法)、微粒子を物質で覆って、それを細胞内に撃ち込む方法(パーティクルボンバードメント法)が試みられている。このうち、パーティクルボンバードメント法は、簡便で広範な植物に適用可能なことから、植物細胞への物質導入方法として、一般的に用いられている(非特許文献1)。しかも、この方法は、特に固い細胞壁を持つ成熟花粉等に有効であることが、様々な被子植物で報告されている(非特許文献2)。
【0003】
パーティクルボンバードメント法では、通常、花粉管伸長(培養)用の液体培地等に成熟花粉を懸濁し、花粉に吸水させた状態で、バキュームポンプで吸引しながらろ紙やナイロンメンブレン等の支持体上に花粉を集約し、導入する方法が主に用いられている(非特許文献3、非特許文献4)。また、寒天培地を支持体として用いる方法も用いられている(非特許文献5、6)。
【0004】
しかしながら、これらを支持体として用いたパーティクルボンバードメント法では、花粉への物質導入効率が低く、また正常に花粉管を発芽しない花粉も多い(すなわち導入処理後の生存率が低い)という問題点があった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】J Finer,J.ら、Curr Top Microbiol Immunol.、1999年、240巻、59~80ページ
【文献】Schreiber,D.N.ら、Plant Molecular Biology Reporter、2003年、1巻、31~41ページ
【文献】Seguin,A.ら、Plant Tissue Culture Manual、1996年、417~462ページ
【文献】Hao Wangら、Nature protocols、2011年、6巻、4号、419~426ページ
【文献】Boavida,L.C.ら、Plant J.、2007年、52巻、570~582ページ
【文献】Mizuta Y.ら、Plant J.、2014年、78巻、516~526ページ
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、前記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、導入効率及び生存率高く、花粉に物質を導入することが可能なパーティクルボンバードメント法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、前記目的を達成すべく、様々な人工膜を、花粉を載せるための支持体として用い、当該花粉に対し、パーティクルボンバードメント法による物質導入を行なった。その結果、親水性ポリテトラフルオロエチレン(親水性PTFE)又は親水性混合セルロースエステル(親水性MCE、すなわち、ニトロセルロース及びセルロースアセテートの混合物)を支持体として用いた場合には、物質が導入され、かつ生存して花粉管を発芽している花粉数が、他の支持体よりも顕著に多くなるということが明らかになった。
【0008】
一方、PTFEであっても、疎水性PTFEを支持体として用いた場合は、親水性のそれよりも、前記花粉数は少なかった。また、ニトロセルロース又はセルロースアセテートのみを支持体として用いた場合は、それらによって構成される親水性MCEよりも、前記花粉数は顕著に少なかった。また、従前より支持体として用いられている、ろ紙、ナイロン、寒天培地も、親水性PTFE又は親水性MCEと比して、物質が導入され、かつ生存して花粉管を発芽している花粉数は少なかった。さらに、親水性PTFEを支持体として用いた場合に、花粉の中にある雄原細胞にまで、高い効率と生存率にて物質を導入できることを見出した。
【0009】
すなわち、本発明は、花粉への物質導入方法に関し、より詳しくは、以下に記載の、パーティクルボンバードメント法による花粉への物質導入方法を提供する。
<1> 花粉に物質を導入する方法であって、
パーティクルボンバードメント法により、物質で被覆した微粒子を支持体に載せた花粉に撃ち込む工程を含み、かつ
前記支持体が、親水性ポリテトラフルオロエチレン及び親水性混合セルロースエステルのうちの少なくとも1の高分子を含む支持体である、方法。
<2> 前記物質が、ヌクレオチド及び/又はペプチドである、<1>に記載の方法。
<3> 前記微粒子が金属微粒子である、<1>又は<2>に記載の方法。
<4> 親水性ポリテトラフルオロエチレン及び親水性混合セルロースエステルのうちの少なくとも1の高分子を含む、パーティクルボンバードメント用花粉支持材。
<5> <4>に記載のパーティクルボンバードメント用花粉支持材を備える、パーティクルボンバードメント用装置。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、導入効率及び生存率高く、花粉に物質を導入することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1A】本発明のパーティクルボンバードメント法(物質を花粉に撃ち込む前)の概要を示す図である。
図1B】本発明のパーティクルボンバードメント法(物質を花粉に撃ち込む時)の概要を示す図である。
図2】花粉を載せるために用いた支持体と、それら各種支持体を用いたパーティクルボンバードメント法によって、物質(プラスミドDNA)が導入され、生存していた花粉の数とを示す、グラフである。
図3】花粉を載せるために用いた支持体と、それら各種支持体を用いたパーティクルボンバードメント法によって、物質(プラスミドDNA)が導入され、生存していた雄原細胞の数とを示す、グラフである。
図4A】本発明のパーティクルボンバードメント法により、四分子及び小胞子にGFP発現ベクターを導入し、蛍光顕微鏡にて観察した結果を示す写真である。図中、下の写真は蛍光観察した結果を示し、上の写真は当該蛍光観察結果と明視野観察とを重ね合わせた結果を示す。図中のスケールバーは100μmを表す。点線の丸で囲んだ箇所は、四分子においてGFP蛍光が検出されたことを示す。
図4B】本発明のパーティクルボンバードメント法により、小胞子にGFP発現ベクターを導入し、蛍光顕微鏡にて観察した結果を示す写真である。図中の表記については、図4Aと同様である。
図4C】本発明のパーティクルボンバードメント法により、未熟花粉(2核)にGFP発現ベクターを導入し、蛍光顕微鏡にて観察した結果を示す写真である。図中の表記については、図4Aと同様である。
図5】本発明のパーティクルボンバードメント法により、成熟花粉に、カルボキシフルオレセイン(FAM)標識したRNAを含むRNAタンパク質複合体を導入し、蛍光顕微鏡にて観察した結果を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の花粉に物質を導入する方法は、パーティクルボンバードメント法により、物質で被覆した微粒子を支持体に載せた花粉に撃ち込む工程を含み、かつ前記支持体が、親水性ポリテトラフルオロエチレン及び親水性混合セルロースエステルのうちの少なくとも1の高分子を含む支持体である、方法である。
【0013】
本発明において、「花粉」は、植物の雄性配偶子を意味し、成熟花粉のみならず、未成熟花粉も含まれる。未成熟花粉には、花粉母細胞、四分子(花粉四分子)、小胞子、2核の未熟花粉も含まれる。また、花粉を構成する細胞(雄原細胞、精細胞、花粉管細胞(栄養細胞)等)も、本発明の物質導入の対象となる花粉に含まれる。花粉の由来となる「植物」については特に制限はなく、例えば、双子葉植物及び単子葉植物を含む被子植物、裸子植物、草本植物、並びに木本植物が挙げられる。植物のより具体的な例としては、トマト、タバコ、ピーマン、トウガラシ、ナス等のナス類;キュウリ、カボチャ、スイカ等のウリ類;キャベツ、ブロッコリー、ハクサイ、シロイヌナズナ等の菜類;セルリ一、パセリ一、レタス等の生菜・香辛菜類;ネギ、タマネギ、ニンニク等のネギ類;ダイズ、ラッカセイ、インゲン、エンドウ、アズキ、リョクトウ、ササゲ、ソラマメ等の豆類;イチゴ、メロン等のその他果菜類;ダイコン、カブ、ニンジン、ゴボウ等の直根類;サトイモ、キャッサバ、ジャガイモ、サツマイモ、ナガイモ等のイモ類;イネ、トウモロコシ、コムギ、ソルガム、オオムギ、ライムギ、ミナトカモジグサ、ソバ等の穀類;アスパラガス、ホウレンソウ、ミツバ等の柔菜類;ユリ、トルコギキョウ、ストック、カーネーション、キク等の花弁類;ベントグラス、コウライシバ等の芝類;ナタネ、ラッカセイ、セイヨウアブラナ、ナンヨウアブラギリ等の油料作物類;ワ夕、イグサ等の繊維料作物類;クローバー、デントコーン、タルウマゴヤシ等の飼料作物類;リンゴ、ナシ、ブドウ、モモ、キウイフルーツ等の落葉性果樹類;ウンシュウミカン、オレンジ、レモン、グレープフルーツ等の柑橘類;サツキ、ツツジ、スギ、ポプラ、パラゴムノキ、イチョウ、マツ等の木本類等が挙げられる。
【0014】
前記の花粉に導入される「物質」としては特に制限はなく、例えば、ヌクレオチド(DNA、RNA)、ペプチド、糖、脂質等の生体高分子、蛍光色素等の低分子化合物が挙げられる。ヌクレオチドには、オリゴヌクレオチド、ポリヌクレオチド及び核酸が含まれ、ペプチドには、オリゴペプチド、ポリペプチド及びタンパク質が含まれ、糖には、オリゴ糖及び糖鎖が含まれる。また、本発明に係る「生体高分子」には、天然に存在するもののみならず、それらの誘導体(例えば、架橋型ヌクレオチド、非天然型アミノ酸)も含まれ、さらにそれらの複合体(例えば、糖タンパク質、糖脂質、RNA-タンパク質複合体)も含まれる。
【0015】
本発明の花粉への物質導入方法においては、上記のとおり、パーティクルボンバードメント法により、前記物質で被覆した微粒子を支持体に載せた対象(本発明においては、花粉)に撃ち込む方法が用いられる。なお、「パーティクルボンバードメント法」は、パーティクルガン法、遺伝子銃法、微粒子銃法、微粒子射出法、パーティクルデリバリー法とも称される方法であり、DNA等の物質で被覆した微粒子を高速で射出して対象の細胞内に導入する方法を意味する。以下、図1A及び1Bを参照しながら本発明のパーティクルボンバードメント法の実施態様の例について説明する。
【0016】
パーティクルボンバードメント法においては、例えば、物質を撃ち込む前に、パーティクルボンバードメント装置1内を陰圧にした上で、ガス加速管2にガスをラプチャーディスク3が破壊圧力に達するまで供給される。次いで、図1Bに示すとおり、ラプチャーディスク3が破裂すること(破裂後のラプチャーディスク3a及び3b)によって発生するガス衝撃圧力により、前記物質で被覆した微粒子5が下面に付着しているマクロキャリア4が、対象(花粉7)の方向に移動することとなる。そして、マクロキャリア4がストッピングスクリーン6で停止し、付着していた前記微粒子5のみが、支持体8に載せた対象(花粉7)へ撃ち込まれることとなる。
【0017】
本発明のパーティクルボンバードメント法において、花粉を載せるための支持体(「パーティクルボンバードメント用花粉支持材」とも称する)は、後記の実施例において示すとおり、花粉への物質の導入効率、及び該導入後の花粉の生存率が高いという観点から、親水性ポリテトラフルオロエチレン及び親水性混合セルロースエステルのうちの少なくとも1の高分子を含む支持体である。
【0018】
本発明において、「親水性」とは、水接触角度が90度未満であることを意味する(なお、水接触角度とは、大気中、室温における水滴に対する静的接触角度のことである)。「親水性ポリテトラフルオロエチレン」は、疎水性であるポリテトラフルオロエチレン(PTFE)に親水処理を施すことによって調製される。「親水処理」としては、特に制限はなく、例えば、水酸基等の置換基を導入する方法、ポリビニルアルコール(PVA)等の親水性樹脂を含浸させた後、これを架橋する方法、膜の表面にヒドロキシプロピルアクリル酸、テトラエチレングリコールアクリル酸、ポリエチレングリコールジアクリレート等で表面処理する方法、メタノール、エタノール、2-プロパノール等のアルコール類又はその他の表面張力の低い液体に浸漬する方法、電子線等のエネルギー線を照射することにより改質する方法、アルカリ金属材料による表面改質法が挙げられる。「親水性混合セルロースエステル(親水性MCE)」は、ニトロセルロースとセルロースアセテートとの混合物であり、そもそも親水性である。
【0019】
これら親水性高分子は、当業者であれば公知の製造方法により適宜調製することができる。また、多々市販もされているので、それらを購入することによっても用意することができる。例えば、親水性PTFEは、MERCK社から「製品名:Omnipore(登録商標)」が市販されており、ADVANTEC社から「製品名:親水性PTFEメンブレンフィルタ」が市販されている。親水性MCEは、MERCK社から「製品名:MF-Millipore(登録商標)」が市販されており、ADVANTEC社から「製品名:セルロース混合エステルタイプ メンブレンフィルター」が市販されており、Cytiva社(旧:GEヘルスケア社)から「製品名:セルロース混合エステルメンブレン」が市販されている。
【0020】
本発明に係る「支持体」は、緻密質であっても、多孔質であってもよいが、花粉が発芽するのに適した水分量を安定的に保つ観点から、多孔質であることが好ましい。「支持体」の形状は、特に制限されず、メンブレン状、フィルム状、シート状、板状であってもよいが、花粉の置床や、ボンバードメント後の培養が容易であるといった観点から、メンブレン状であることが好ましい。また、その形状にもよるが、図1Aに例示するように、花粉は通常、支持体の一方の表面上に載せられる。本発明に係る「支持体」としては、花粉を載せるその表面の少なくとも一部が親水性PTFE及び/又は親水性MCEとなっていることが望ましく、他の素材を含んでいてもよい。ここで「一部」としては、支持体の一方の全表面の50%以上、好ましくは70%以上、より好ましくは85%以上である。また、かかる他の素材としては、親水性PTFE及び/又は親水性MCEを裏打ちするための、プラスチック板(材質:ポリスチレン等)、親水性MCE及び親水性PTFE以外の高分子からなるメンブレン(例えば、表1~3に記載のメンブレン)、ろ紙、寒天培地、ガラス板、金属板(アルミ板、ステンレス板等)、シリコーン樹脂(PDMS等)等が挙げられる。
【0021】
支持体が多孔質メンブレン状の親水性PTFE及び/又は親水性MCEを含む場合には、親水性PTFE及び/又は親水性MCEの孔径が、通常0.1~100μmであり、好ましくは0.2~50μmであり、より好ましくは0.8~10μmである。さらに、支持体における親水性PTFE及び/又は親水性MCEの厚さは、通常10~500μmであり、好ましくは15~300μmであり、より好ましくは19~150μmである。
【0022】
また、花粉の生存に適した水分量を安定的に保つ観点から、支持体において親水性PTFE及び/又は親水性MCEは、液体を含んでいることが望ましい。かかる液体としては、例えば、花粉維持用培地(花粉管伸長培地、雄性配偶子初期培地等)、生理食塩水、リン酸緩衝液(PBS)等の緩衝液が挙げられる。また、液体の含有率は、対象(花粉)の種類等によって当業者であれば適宜調整され得、特に制限されないが、例えば、0.01~10μL/mm(1~3μL/mm等)が挙げられる。
【0023】
本発明のパーティクルボンバードメント法において、前記物質によって被覆される「微粒子」の素材は、特に制限されず、例えば、金、タングステン、磁性粒子(四酸化三鉄等)等の金属からなる微粒子(金属微粒子)が挙げられる。これらの中でも、金粒子が好ましい。微粒子の粒子径は、特に制限されないが、例えば0.05~5μmであり、好ましくは0.1~3μmであり、より好ましくは0.2~l.5μmであり、さらに好ましくは0.4~0.8μmである。
【0024】
本発明に係る「被覆」には、微粒子表面の全部が前記物質によって覆われていることのみならず、その一部が覆われている〈微粒子表面の一部に前記物質が付着している)状態も含まれる。ここで「一部」としては、微粒子表面の50%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくはほぼ全面(例えば、95%以上)である。また「物質で被覆した微粒子」は、物質と微粒子との混合物の形態であってもよい。
【0025】
微粒子への前記物質の被覆方法は、特に制限されず、公知の方法に従った方法を採用することができる。例えば、微粒子と導入物を接触させることにより被覆することができる。この際に、プラスミドベクター等の立体構造解消のためにプラスチャージの物質(例えば、スペルミジン等のポリアミン)や、導入物の微粒子への付着や微粒子の沈殿を促進する物質(例えば、塩化カルシウム等の塩)を添加することによって、より効率的に被覆することができる。
【0026】
物質で被覆した微粒子は、通常、マイクロピペット等を用いてマクロキャリアに可能な限り均一に塗布した後、クリーンベンチ等の無菌環境中で乾燥させることによって、前記物質で被覆した微粒子が下面に付着しているマクロキャリアは調製される。
【0027】
前記物質で被覆した微粒子を撃ち込む方法は特に制限されないが、上記のとおり、通常、一定の圧力に設定されたガスにより射出する方法が採られる。ガスは、不活性ガスが好ましく用いられ、例えばヘリウムガスが採用される。
【0028】
ガス圧としては、好ましくは30~2200psi、より好ましくは450~1200psiである。なお、ガス圧は、微粒子の種類、対象(花粉)の種類、対象との距離等に応じて、一過的発現実験等により、適宜最適な圧力を決定することができる。
【0029】
ラプチャーディスクとマクロキャリアとの距離としては、好ましくは2~12cm、より好ましくは2~4cmである。また、マクロキャリアと対象(花粉)との距離としては、好ましくは2~12cm、より好ましくは3~6cmである。なお、これらの距離は、微粒子の種類、対象(花粉)の種類等に応じて、一過的発現実験等により、適宜最適な圧力を決定することができる。
【0030】
花粉に微粒子を撃ち込む回数としては、少なくとも1回(例えば、1回、2回)あれば良い。なお、撃ち込む回数についても、一過的発現実験等により、適宜最適な回数を決定することができる。
【0031】
以上、本発明のパーティクルボンバードメント法の好適な実施形態について、図1A及びBに示した概略図に沿って説明したが、本発明は、当該図に示した形態のパーティクルボンバードメント装置に限定されることなく、物質を被覆した微粒子を高速で射出できる装置(所謂、遺伝子銃、パーティクルデリバリーシステム)であれば、その形態、射出形式等を問わず、利用することができる。より具体的には、チャンバー式、据え置き型、箱型又は設置型の遺伝子銃等(例えば、BIO-RAD社製 PDS-1000/Heシステム)に限定されることなく、ハンドヘルド型の遺伝子銃等(例えば、BIO-RAD社製 Helios Gene Gunシステム)であっても、当業者であれば、適宜その装置に合わせた条件等を設定し、本発明を実施し得る。
【実施例
【0032】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0033】
(実施例1)
パーティクルボンバードメント法による花粉への物質導入において、適した花粉支持体を見出すべく、プラスミドDNAを金の微粒子表面に被覆して、各種支持体に載せたベンサミアナタバコの花粉に撃ち込んだ。そして、プラスミドDNAが導入され、生存していた花粉数を計測した。具体的には以下のようにして行なった。
【0034】
<プラスミドDNA>
花粉に導入するプラスミドDNAは、シロイヌナズナUBQ10(ポリユビキチン10;AT4G05320)遺伝子プロモーター下流にsGFP遺伝子をつないだ配列(AtUBQ10p::sGFP)を、ベンサミアナタバコ用のバイナリーベクター(Addgene社製、pGreen0029)に挿入し、調製した。当該プラスミドDNAが導入された花粉の細胞質(花粉及び花粉管)にて蛍光タンパク質(GFP)が発現することになるので、これを指標として、プラスミドDNA導入花粉を判別することができる。
【0035】
<プラスミドDNAによる金粒子のコーティング>
0.6μm径の金粒子(BIO-RAD社、#165-2262)を100%エタノールで洗浄し、滅菌水で懸濁して30mg/mL金粒子含有水を調製した。後記のDNA被覆金粒子含有エタノールを1回の撃ち込みにつき10μL使用することとし、当該エタノール中のプラスミドDNAが1回の撃ち込みにつき500ngになるよう混合して加え、撹拌した。この金粒子及びプラスミドDNAの混合液に対し、4μLの0.1Mスペルミジンと10μLの2.5M塩化カルシウムとを撹拌しながら加え、スピンダウンによりプラスミドDNAがコーティングされた金粒子を沈殿させた。その後、上清を除き、20μLの70%エタノールで洗浄したのち、10μLの100%エタノールで再懸濁し、DNA被覆金粒子含有エタノールを調製した。
【0036】
<パーティクルボンバードメント法>
パーティクルボンバードメントによる導入に用いるマクロキャリア1枚につき、前記DNA被覆金粒子含有エタノールを10μL使用した。当該エタノールをマクロキャリア上に滴下し、風乾した後に、導入装置(PDS-1000/He、BIO-RAD社、#165-2257 J1)本体の最上段、すなわちラプチャーディスクからの距離が3cmの位置となるようマクロキャリアを配置した。生育しているベンサミアナタバコの花から成熟花粉(葯3個分、開葯後の葯から採取した雄原細胞を持つ花粉)を採取し、各種支持体上に花粉を散布し、マクロキャリアからの距離が3cm又は6cmの位置に配置した。
【0037】
支持体としては、下記表1~3に示す、花粉管伸長培地で湿らせた各種人工膜及びろ紙、並びに1%アガロースを加えた花粉管伸長培地を用いた。
【0038】
【表1】
【0039】
【表2】
【0040】
【表3】
【0041】
なお、人工膜及びろ紙については、裏打ちするためにプラスチック板を敷いた。また、各種人工膜への単位体積あたりの培地滴下量は、1.35μL/mmとした。また、花粉管伸長培地の組成は以下のとおりである。
花粉管伸長培地の組成:0.01w/v% ホウ酸、1mM 塩化カルシウム、1mM 硝酸カルシウム、1mM 硫酸マグネシウム、10w/v% スクロース(水酸化カリウムにてpH6.5に調整)(Hao Wang & Liwen Jiang、Nature protocols、2011年、6巻、419~426ページ 参照のほど)。
【0042】
1,100psi用のラプチャーディスクを用い、ヘリウムガス圧1,100psi,減圧-25~27inHgで1回ずつ撃ち込みを行なった。その後、人工膜上で撃ち込みを行なったものについては、人工膜ごと花粉を1%アガロースを加えた花粉管伸長培地上に移し、保湿、遮光して室温にて約20時間培養した。
【0043】
そして、蛍光顕微鏡下で花粉及び花粉管のGFP蛍光の発現を観察した。蛍光タンパク質を発現している花粉管を、プラスミドDNAが導入され、かつ生存して花粉管を発芽している花粉として計測し、支持体間にてその数を比較した。得られた結果を図2に示す。
【0044】
図2に示した結果から明らかなように、親水性ポリテトラフルオロエチレン(親水性PTFE)又は親水性混合セルロースエステル(親水性MCE)を支持体として用いた場合には、プラスミドDNAが導入され、かつ生存して花粉管を発芽している花粉数が、他の支持体よりも顕著に多かった(図2の1.、2.及び5. 参照)。
【0045】
一方、PTFEであっても、疎水性PTFEは、親水性のそれよりも、前記花粉数は少なかった(図2の3.及び4. 参照)。また、ニトロセルロース又はセルロースアセテートのみでは、それらによって構成される混合セルロースエステルよりも、前記花粉数は顕著に少なかった(図2の6.~9. 参照)。また、従前より支持体として用いられている、ろ紙、ナイロン、寒天培地(1%アガロース)も、親水性PTFE又は混合セルロースエステルと比して、プラスミドDNAが導入され、かつ生存して花粉管を発芽している花粉数は少なかった。
【0046】
(実施例2)
実施例1にて花粉(細胞質)への導入数が一番良かった親水性PTFEを用い、花粉内の雄原細胞に対しても効率良く物質を導入できるかにつき、上記AtUBQ10p::sGFPを有するプラスミドDNAの代わりに、花粉の核を標識可能な下記35Sp::H2B-tdTomatoを有するプラスミドDNAを用いた。
【0047】
<プラスミドDNA>
カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)の35Sプロモーター下流に、シロイヌナズナヒストンH2B(AT1G07790)由来の核移行シグナル及びtdTomatoからなる融合タンパク質をコードする遺伝子をつないだ配列(35Sp::H2B-tdTomato)を、SpUCベクターに挿入し、花粉に導入するプラスミドDNAを調製した。当該プラスミドDNAが導入された花粉の核(雄原細胞の核を含む)にて蛍光タンパク質(tdTomato)が発現することになる。
【0048】
さらに、支持体(親水性PTFE又は1%アガロース花粉管伸長培地)とマクロキャリアとの距離を3cmのみにした以外は、実施例1同様に、パーティクルボンバードメントを行ない、蛍光タンパク質を発現している花粉管内の雄原細胞の数を計測し、支持体として、親水性PTFEを用いた場合と、1%アガロース花粉管伸長培地を用いた場合とで比較した。得られた結果を図3に示す。
【0049】
図3に示した結果から明らかなように、親水性PTFEを支持体として用いた場合には、1%アガロースを用いた場合よりも、蛍光タンパク質を発現している花粉管内の雄原細胞の数は多かった。
【0050】
(実施例3)
本発明の方法が、特定の植物種を対象とするものではないことを確認すべく、実施例1に記載と同様の方法にて、トルコギキョウの花粉への物質導入を試みた。
【0051】
具体的には、パーティクルボンバードメント法において、上記ベンサミアナタバコの花からの成熟花粉の代わりに、トルコギキョウの花からの成熟花粉(葯1個分、開葯後の葯から採取した雄原細胞を持つ花粉)を用いた。また、マクロキャリアと支持体との距離は3cmに統一した。さらに、各種人工膜に添加した、花粉管伸長培地の組成を、以下に変更した。
1.6mM ホウ酸、1.8mM 硝酸カルシウム、2mM 酢酸、15w/v% スクロース(水酸化カリウムにてpH5.7に調整)(Park Hee Sung、Journal of Life Science、2004年、14巻6号、1018~1022ページ.参照のほど)。
【0052】
そして、以上の変更以外は、実施例1に記載の方法と同様にしてトルコギキョウの花粉への物質導入を試みた。得られた結果を表4に示す。
【0053】
【表4】
【0054】
表4に示した結果から明らかなように、トルコギキョウの花粉を対象としても、支持体に親水性PTFE又は親水性MCEを用いた場合の方が、従前より支持体として用いられている寒天培地(1%アガロース)と比較して、プラスミドDNAが導入され、かつ生存して花粉管を発芽している花粉数は多かった(表4中の「蛍光」項目を参照のほど)。
【0055】
したがって、本発明の方法によれば、植物の種類によらず、生存率及び導入効率高く、花粉に物質を導入できることが確認された。
【0056】
(実施例4)
本発明の方法が、成熟した花粉のみを対象とするものではないことを確認すべく、未成熟なステージにある雄性配偶子(四分子、小胞子、2核の未熟花粉)への物質導入を、以下に示す方法にて試みた。
【0057】
<パーティクルボンバードメント法>
実施例1に記載と同様にして、前記DNA被覆金粒子が下面に付着しているマクロキャリアを調製し、導入装置において、ラプチャーディスクからの距離が3cmの位置となるよう配置した。
【0058】
物質導入の対象とする雄性配偶子のステージは以下のとおりであり、生育しているベンサミアナタバコの花からそれらの蕾の大きさを指標として調製した。
(1)四分子・小胞子が混在したステージ
(2)小胞子からなるステージ
(3)2核の未熟花粉からなるステージ
なお、(1)及び(2)においては、葯20個分の雄性配偶子を採取した。(3)においては、葯15個分の雄性配偶子を採取した。また、回収後、各雄性配偶子の一部を取り分け、DAPI染色することによって、雄性配偶子内の核の数を観察し、各ステージにあることを確認した。
【0059】
次に、このようにして調製した各雄性配偶子を、下記組成の雄性配偶子初期培地を1.35μL/mmとなるように加えた親水性PTFE支持体(MERCK社製、製品名:Omnipore)上に散布し、マクロキャリアからの距離が3cmの位置に配置した。
雄性配偶子初期培地の組成:0.016mM ホウ酸、1mM 硝酸カルシウム、1mM 硫酸マグネシウム、10mM 硝酸カリウム、1w/v% ペプトン、3mM グルタミン、1mM ウリジン、0.5mM シチジン、0.5M スクロース(20mM リン酸緩衝液(pH7.0)にて調整)(Jaroslav Tupy and Ludmila Rihova、Sexual Plant Reproduction、1991年、4巻、284~287ページ.参照のほど)。
【0060】
そして、1,100psi用のラプチャーディスクを用い、ヘリウムガス圧1,100psi,減圧-25~27inHgで1回ずつ撃ち込みを行なった。次いで、親水性PTFE支持体上の花粉を雄性配偶子初期培地にて洗い流すように回収し、当該培地を用い、遮光して室温にて約20時間培養した。その後、蛍光顕微鏡下で各雄性配偶子におけるGFP蛍光の発現を観察した。
【0061】
その結果、図4A~4Cに示すとおり、全てのステージにて、雄性配偶子におけるGFP蛍光が検出され、本発明によれば、成熟、未成熟問わず、花粉に物質を導入できることを確認することができた。
【0062】
(実施例5)
本発明の方法が、ヌクレオチドのみを対象とするものではないことを確認すべく、花粉へのその他の物質(RNAタンパク質複合体)の導入を、以下に示す方法にて試みた。
【0063】
<パーティクルボンバードメント法>
RNAタンパク質複合体(以下「RNP」とも称する)を花粉(成熟花粉)に導入させるために、以下の操作により、RNPを装填したパーティクルボンバードメント用マクロキャリアを調製した。
【0064】
市販品であるCas9タンパク質 3500ng、tracrRNA 467ng及びcrRNA 280ngを、30μlの溶液(20mM Tris-HCl,200mM KCl,2% スクロース)において混合し、RNPを調製した。なお、RNPの導入が検出できるよう、前記tracrRNAは、カルボキシフルオレセイン(FAM:緑色蛍光)で蛍光標識化された市販品(株式会社ファスマック製)を使用した。
【0065】
次いで、限外ろ過法により、前記RNP溶液を、20mM Tris及び2%スクロースからなる溶液に置換し、その後20mM Trisへの置換を行なった。一方、0.6μm径の金粒子(BIO-RAD社製)を100%エタノールで洗浄し、滅菌水で懸濁して30mg/ml金溶液を調製した。そして、前記緩衝液交換後のRNP溶液20μlへ、金溶液を1回の撃ち込みにつき10μlを加え、パーティクルボンバードメント用マクロキャリア(BioRad社製 PDS-1000/He 用マクロキャリア)1枚に、30μl分を装填した。装填したマクロキャリアを約100hPaの減圧下にて(1気圧の約1/10)、25℃、約20分で脱気乾燥してRNPを装填したパーティクルボンバードメント用マクロキャリアを作製した。
【0066】
次に、導入装置(PDS-1000/He、BIO-RAD社、#165-2257 J1)本体の最上段、すなわちラプチャーディスクからの距離が3cmの位置となるよう、前記マクロキャリアを配置した。生育しているベンサミアナタバコの花から成熟花粉(葯3個分、開葯後の葯から採取した雄原細胞を持つ花粉)を採取し、前記雄性配偶子初期培地を1.35μL/mmとなるように加えた親水性PTFE支持体(MERCK社製、製品名:Omnipore)上に散布し、マクロキャリアからの距離が3cmの位置に配置した。
【0067】
そして、1,100psi用のラプチャーディスクを用い、ヘリウムガス圧1,100psi,減圧-25~27inHgで1回ずつ撃ち込みを行なった。次いで、蛍光顕微鏡下で、前記支持体上の花粉におけるFAM蛍光の発現を観察した。
【0068】
その結果、図5に示すとおり、花粉においてFAM蛍光が検出され、本発明によれば、物質の種類を問わず、花粉に導入できることを確認することができた。
【産業上の利用可能性】
【0069】
以上説明したように、本発明によれば、生存率及び導入効率高く、花粉に物質を導入することが可能となる。
【0070】
例えば、体細胞を対象とする遺伝子組換え等による植物の作出においては、長期間の培養を要する。これに対し、本発明においては、花粉を対象とするため、遺伝子系等の物質を導入した花粉を受粉させることによって、より短期間かつ簡便に後代を得ることができる。したがって、生存率及び導入効率高く、花粉に遺伝子等の物質を導入することが可能となり、さらに、受粉法により後代を簡便かつ短期間に作出できることは、農業分野等において大きく貢献するものである。
【符号の説明】
【0071】
1…パーティクルボンバードメント装置、2…ガス加速管、3…ラプチャーディスク、3a…破裂後のラプチャーディスク、3b…破裂後のラプチャーディスク、4…マクロキャリア、5…物質で被覆した微粒子、6…ストッピングスクリーン、7…花粉、8…支持体。
図1A
図1B
図2
図3
図4A
図4B
図4C
図5