(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-12
(45)【発行日】2023-09-21
(54)【発明の名称】き電吊架線、及びインテグレート架線
(51)【国際特許分類】
B60M 1/22 20060101AFI20230913BHJP
B60M 1/30 20060101ALI20230913BHJP
C22C 9/00 20060101ALI20230913BHJP
H01B 1/02 20060101ALI20230913BHJP
H01B 5/08 20060101ALI20230913BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20230913BHJP
C22F 1/08 20060101ALN20230913BHJP
【FI】
B60M1/22 M
B60M1/30 302
C22C9/00
H01B1/02 A
H01B5/08
C22F1/00 625
C22F1/00 630A
C22F1/00 650A
C22F1/00 661A
C22F1/00 685Z
C22F1/00 694A
C22F1/08 C
(21)【出願番号】P 2019185196
(22)【出願日】2019-10-08
【審査請求日】2022-04-11
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】株式会社プロテリアル
(73)【特許権者】
【識別番号】000221616
【氏名又は名称】東日本旅客鉄道株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002583
【氏名又は名称】弁理士法人平田国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】蛭田 浩義
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 秀一
(72)【発明者】
【氏名】田中 祐太郎
(72)【発明者】
【氏名】加藤 洋
(72)【発明者】
【氏名】藤倉 英聡
(72)【発明者】
【氏名】道本 武泰
(72)【発明者】
【氏名】猿田 裕司
【審査官】岩田 健一
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-140866(JP,A)
【文献】特開2002-275562(JP,A)
【文献】特開2014-159609(JP,A)
【文献】特開2007-172928(JP,A)
【文献】特開2018-118543(JP,A)
【文献】特開平09-190718(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60M 1/22
B60M 1/30
C22C 9/00
H01B 1/02
H01B 5/08
C22F 1/00
C22F 1/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数本の銅合金線を撚り合わせた銅合金撚り線からなるき電吊架線であって、
前記銅合金線の化学成分が、銀が全体の0.08質量%以上、かつ銀と銅の和が全体の99.90質量%以上であ
り、
前記銅合金撚り線の径方向の計算断面積が、196mm
2
以上、230mm
2
以下であり、
許容電流が1000A以上である、
き電吊架線。
【請求項2】
前記銅合金線の素線径が、2.6mm以上、2.8mm以下であり、
前記銅合金撚り線が、37本の前記銅合金線を撚り合わせてなる、
請求項
1に記載のき電吊架線。
【請求項3】
前記銅合金線が、431MPa以上の引張強さ、及びJCS1321に準拠した熱処理後の引張試験における引張強さ残率が95%以上の耐熱性を有する、
請求項
1又は2に記載のき電吊架線。
【請求項4】
前記銅合金撚り線の導体抵抗が、0.1Ω/km以下である、
請求項
1乃至3のいずれか1項に記載のき電吊架線。
【請求項5】
複数本の銅合金線を撚り合わせた銅合金撚り線からなるき電吊架線であって、
前記銅合金線の化学成分が、銀が全体の0.08質量%以上、かつ銀と銅の和が全体の99.90質量%以上であ
り、
前記銅合金撚り線の径方向の計算断面積が、395mm
2
以上、412mm
2
以下であり、
許容電流が1600A以上である、
き電吊架線。
【請求項6】
前記銅合金線の素線径が、2.87mm以上、2.93mm以下であり、
前記銅合金撚り線が、61本の前記銅合金線を撚り合わせてなる、
請求項5に記載のき電吊架線。
【請求項7】
前記銅合金線が、431MPa以上の引張強さ、及びJCS1321に準拠した熱処理後の引張試験における引張強さ残率が95%以上の耐熱性を有する、
請求項
5又は6に記載のき電吊架線。
【請求項8】
前記銅合金撚り線の導体抵抗が、0.1Ω/km以下である、
請求項
5乃至7のいずれか1項に記載のき電吊架線。
【請求項9】
断面積が147mm
2以上、174mm
2以下のトロリ線と、
前記トロリ線に電気を供給しつつ、これを支持する2本の請求項1乃至4のいずれか1項に記載のき電吊架線と、
を備
え、
前記き電吊架線の架高が0.71m以下である、
インテグレート架線。
【請求項10】
断面積が147mm
2以上、174mm
2以下のトロリ線と、
前記トロリ線に電気を供給しつつ、これを支持する1本の請求項
5乃至8のいずれか1項に記載のき電吊架線と、
を備
え、
前記き電吊架線の架高が0.71m以下である、
インテグレート架線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、き電吊架線、及びインテグレート架線に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、首都圏近郊における電車線路(電車に電気を供給する設備)は、ツインシンプル架線やコンパウンド架線が主流であった。ツインシンプル架線は、電線の本数が合計6本(き電線2本、吊架線2本、トロリ線2本)であり、コンパウンド架線は、電線の本数が合計5本(き電線2本、吊架線1本、補助吊架線1本、トロリ線1本)であり、これらの設備は部品点数が多く、電路設備の簡素化、統合化が課題となっていた。
【0003】
近年、ツインシンプル架線などの既存設備の老朽時期に併せて、機能は同じでありながら構成する設備の部品点数が少なくスリム化されたインテグレート架線への移行が進められている。インテグレート架線は、き電線と吊架線の代わりに両方の機能を併せ持つき電吊架線を用いる架線方式であり、例えば、電線の本数が合計3本(き電吊架線2本、トロリ線1本)となっている。
【0004】
従来のインテグレート架線は、356sq(公称断面積356mm2)の硬銅撚り線からなるき電吊架線2本と、170sq(公称断面積170mm2)のトロリ線1本から構成される(例えば、非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】常本、「き電ちょう架式コンパウンド架線の開発」、鉄道総研報告、2013年8月、Vol.27、No.8、p.24
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、インテグレート架線に用いられるき電吊架線には、上述のように、太径の銅撚り線が使用されており、2本のき電吊架線の合計断面積は712mm2であり、合計質量も6486kg/kmと大きい。このため、架線した際の弛度が大きく、必要とされる架高(支持点におけるき電吊架線とトロリ線の高さの差)が大きくなる。具体的には、ツインシンプル架線の架高が例えば710mmであるのに対し、インテグレート架線の架高は例えば850mmである。このため、支柱による支持点の高さを、従来の方式の架線(例えばツインシンプル架線)よりも高くする必要がある。
【0007】
また、従来のインテグレート架線におけるき電吊架線、トロリ線及びハンガーのトータル重量は、ツインシンプル架線などの既存設備の吊架線、トロリ線及びハンガーのトータル重量よりも重いため、それらを支える支柱などの構造物は、既存設備以上の強度を有することが必要であった。
【0008】
したがって、本発明の目的は、従来のものよりもトータル質量が軽く、必要な架高が小さいインテグレート架線用のき電吊架線、及びそれを用いたインテグレート架線を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、上記課題を解決することを目的として、複数本の銅合金線を撚り合わせた銅合金撚り線からなるき電吊架線であって、前記銅合金線の化学成分が、銀が全体の0.08質量%以上、かつ銀と銅の和が全体の99.90質量%以上であり、前記銅合金撚り線の径方向の計算断面積が、196mm
2
以上、230mm
2
以下であり、許容電流が1000A以上である、き電吊架線を提供する。
また、本発明は、上記課題を解決することを目的として、複数本の銅合金線を撚り合わせた銅合金撚り線からなるき電吊架線であって、前記銅合金線の化学成分が、銀が全体の0.08質量%以上、かつ銀と銅の和が全体の99.90質量%以上であり、前記銅合金撚り線の径方向の計算断面積が、395mm
2
以上、412mm
2
以下であり、許容電流が1600A以上である、き電吊架線を提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、従来のものよりもトータル質量が軽く、必要な架高が小さいインテグレート架線用のき電吊架線、及びそれを用いたインテグレート架線を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1(a)は、本発明の第1の実施の形態に係るインテグレート架線の構成を概略的に示す側面図である。
図1(b)は、インテグレート架線の垂直断面図である。
【
図2】
図2は、実施の形態に係るき電吊架線の径方向の断面図である。
【
図3】
図3は、本発明の第2の実施の形態に係るインテグレート架線の垂直断面図である。
【
図4】
図4は、第2の実施の形態に係るき電吊架線の径方向の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
〔第1の実施の形態〕
(インテグレート架線の構造)
図1(a)は、本発明の第1の実施の形態に係るインテグレート架線1の構成を概略的に示す側面図である。
図1(b)は、インテグレート架線1の垂直断面図である。インテグレート架線1においては、鉄道車両に電力を供給するためのトロリ線11が、2本のき電吊架線10からハンガー12により吊り下げられる。
【0013】
トロリ線11を構成する線条の種類は、特に限定されないが、典型的には、公称断面積が150mm2(150SQ)や170mm2(170SQ)のJIS E 2101に規定されたみぞ付硬銅トロリ線である。トロリ線11の断面積は、製造ばらつきを考慮して、例えば、公称断面積が150mm2(150SQ)の場合は、147mm2以上、153mm2以下であり、公称断面積が170mm2(170SQ)の場合は、167mm2以上、173mm2以下である。
【0014】
図1(a)における“S”は、き電吊架線10の径間(き電吊架線10の隣接する支持点の間の距離)を示す。“D”は、き電吊架線10の弛度(き電吊架線10の支持点と最低点の高さの差)を示す。また、“H”は、架高(支持点におけるき電吊架線10とトロリ線11の高さの差)を示す。
【0015】
(き電吊架線の構造)
図2は、第1の実施の形態に係るき電吊架線10の径方向の断面図である。き電吊架線10は、素線としての複数本の銅合金線100を撚り合わせた銅合金撚り線からなる。
【0016】
必要架高を0.71m以下とする場合は、き電吊架線10の径方向の計算断面積(き電吊架線10を構成する銅合金線100の断面積の合計)は、き電吊架線10の質量を抑えるため、230mm2以下に設定される。また、細すぎると高速鉄道用の吊架線として十分な引張荷重(引張試験において材料が耐えうる最大の荷重)を確保することが困難になるため、き電吊架線10の断面積は196mm2以上に設定するのが好ましい。
【0017】
き電吊架線10の1m当たりの質量は、例えば、撚り込み率が2.5%であり、銅合金線100の比重が8.89である場合、1786g以上、2096g以下の範囲内とするのが好ましい。き電吊架線10の質量は、(き電吊架線10の計算断面積)×(銅合金線100の比重)×(100+撚り込み率)/100により算出することができる。
【0018】
ここで、撚り込み率は、き電吊架線10のピッチ(撚り合わされた銅合金線100が1周するき電吊架線10の長さ)に対する1ピッチ当たりの銅合金線100の実際の長さを百分率で表したものである。撚り込み率は、例えば、き電吊架線10が37本の銅合金線100で構成される場合は1.7~2.5%であり、き電吊架線10が61本の銅合金線100で構成される場合は2.0~2.9%である。
【0019】
なお、従来のインテグレート架線のき電吊架線として一般的に用いられる公称断面積が356mm2(356SQ)の硬銅撚り線の1m当たりの質量は、およそ3243gである。
【0020】
き電吊架線10を構成する銅合金線100の本数は、き電吊架線10の計算断面積が例えば196mm2以上かつ230mm2以下になるように、銅合金線100の断面積に応じて決定される。例えば、直径が2.6mmの銅合金線100が37本撚り合わされることにより、断面積が196.4mm2のき電吊架線10が形成される。
【0021】
き電吊架線10を構成する銅合金線100は、同心撚りで多層に撚り合わされていることが好ましい。例えば、き電吊架線10は、中心の1本の銅合金線100と、その中心の銅合金線100の外周に複数本の銅合金線100を同心円上に撚り合わせてなる複数の層を有する。撚線の撚り方向は、右撚り、左撚りのいずれでもよい。また、撚線を構成する各層は、右撚りの層と左撚りの層とを交互に多段配置させた異方向撚りで構成されていることが好ましい。さらに、撚線は、その表面が圧縮されていない形状であることが好ましい。また、撚線の撚りピッチは、例えば、最外層の撚りピッチが層心径の20倍以下であるように調整される。
【0022】
(銅合金線の特性)
き電吊架線10を構成する銅合金線100の化学成分は、“JCS1321 耐熱硬銅より線”の規格を満たすものである。すなわち、銅合金線100の化学成分は、銀が全体の0.08質量%以上、かつ銀と銅の和が全体の99.90質量%以上である。銅合金線100は、例えば、“8AgTPC”と呼ばれる銀入りタフピッチ銅や、“8AgOFC”と呼ばれる銀入り無酸素銅からなる。銅合金線100の比重は、およそ8.89である。
【0023】
なお、銅合金線100の銀含有量は、銅合金線100の長さ方向に沿って、例えば0.08~0.10質量%の範囲でばらつき得る。
【0024】
従来の銀を含まない銅合金線100の耐熱温度(連続的に使用可能な温度の上限)は90℃であるが、0.08質量%以上の銀を含むことにより、銅合金線100の耐熱温度は150℃となる。なお、銅合金線100の銀含有量を0.08質量%から増加させても耐熱温度に大きな変化はなく、銀の含有量が多いほど高価になることから、銅合金線100の銀含有量は0.1質量%以下とすることが好ましい。
【0025】
また、銅合金線100においては、銀を含有することによる強度の変化はほとんどないため、強度については、銀を含まない通常の硬銅線と同じものとして設計することが可能である。
【0026】
銅合金線100は、“JCS1321 耐熱硬銅より線”の規格を満たす耐熱性を有する。すなわち、JCS1321に準拠した熱処理及びその前後の引張試験により得られる引張強さ残率(熱処理後の引張強さの、熱処理前の引張強さに対する比率)が95%以上である。より具体的には、試験片を200±10℃の均一加熱炉に1時間保持した後、常温で実施される引張試験により測定される引張強さから得られる引張強さ残率が95%以上である。ここで、引張強さは、“JIS C 3002の5”に規定される方法により測定される。
【0027】
高い耐熱性を有する銅合金線100から構成されるき電吊架線10は、高い耐熱性を有するため、許容電流値を大幅に上げることが可能である。例えば、き電吊架線10は、従来のインテグレート架線に用いられるき電吊架線と同等の電流容量となるように構成した場合、約40%も断面積を小さくし、軽量化することができる。ここで、1本のき電吊架線10の許容電流は、1000A以上とするのが好ましい。
【0028】
なお、き電吊架線10においては、銀を含有することによる導電率の低下はほとんどないものの、従来のき電吊架線と比較して、断面積が小さいために電気抵抗値が大きくなっている。しかしながら、上述のように、銅合金線100の耐熱温度は150℃であり、従来のき電吊架線の耐熱温度である90℃よりも高いため、従来のき電吊架線と同等の電流を流すことができる。ここで、1本のき電吊架線10の導体抵抗は、許容電流から換算して、0.1Ω/km以下とするのが好ましい。
【0029】
銅合金線100は、所定の径の荒引線を引抜加工で伸線することにより形成されるため、直径が小さいほど強度が向上する。例えば、銅合金線100の直径を3.7mmから2.6mmに変更することにより、強度を約3%以上向上させることができる。このため、銅合金線100の直径は2.6mm以上、2.8mm以下の範囲にあることが好ましい。
【0030】
き電吊架線10は、従来のインテグレート架線に用いられるき電吊架線と比較して断面積が小さいので、銅合金線100を細径化し、撚り本数を増やすことで、従来のものからの強度の低下を抑えることが好ましい。
【0031】
銅合金線100は、“JCS1321 耐熱硬銅より線”の規格を満たす引張強さ(素線強度)を有する。例えば、直径が2.6mmのときは引張強さが434MPa以上、直径が2.7mmのときは引張強さが433MPa以上、直径が2.8mmのときは引張強さが432MPa以上である。
【0032】
また、き電吊架線10の引張荷重をより大きくするため、銅合金線100の直径が2.6mm以上、2.8mm以下の範囲にあるとき、450MPa以上の引張強さを有することが好ましい。
【0033】
(き電吊架線の製造工程)
以下に、実施の形態に係るき電吊架線10の製造工程の一例を示す。
【0034】
まず、連続鋳造圧延法によって、0.08質量%以上の銀が含まれた銅銀合金からなる荒引線を作製する。
【0035】
次いで、この荒引線に冷間引抜き加工を施し、直径が2.8mm以下の銅合金線100を得る。銅合金線100の引張強さを432MPa以上とするためには、この冷間引抜き加工における冷間加工度が80%以上であることが好ましい。
【0036】
次いで、撚線機を用いて複数の銅合金線100を撚り合わせ、計算断面積が196mm2以上、230mm2以下の撚線を形成し、き電吊架線10を得る。
【0037】
(第1の実施の形態の効果)
上記第1の実施の形態に係るき電吊架線10は、高い耐熱性を有するため、許容電流値を大幅に上げることが可能である。このため、従来のインテグレート架線に用いられるき電吊架線と同等の電流容量を確保しつつ、断面積を小さくし、軽量化することができる。また、き電吊架線10は、従来のインテグレート架線に用いられるき電吊架線と比較して断面積が小さいが、銅合金線100を細径化し、撚り本数を増やすことで、従来のものからの強度の低下を抑えている。このため、き電吊架線10を用いることにより、必要な架高を小さくすることができ、既存の支柱を建て替えることなく、電車線路をインテグレート架線化することも可能である。
【0038】
〔第2の実施の形態〕
本発明の第2の実施の形態は、1本のき電吊架線がインテグレート架線に用いられる点において、第1の実施の形態と相違する。1本のき電ちょう架線であれば、従来よりも高い架線張力条件である4トン(標準張力4000kgf)で架線することができるために、1本の質量が重くても弛度抑制することが可能である。なお、第1の実施の形態と同様の点については、その説明を省略又は簡略化する。
【0039】
(インテグレート架線の構造)
図3は、本発明の第2の実施の形態に係るインテグレート架線2の垂直断面図である。インテグレート架線2においては、鉄道車両に電力を供給するためのトロリ線11が、1本のき電吊架線20からハンガー22により吊り下げられる。
【0040】
(き電吊架線の構造)
図4は、第2の実施の形態に係るき電吊架線20の径方向の断面図である。
き電吊架線20は、素線としての複数本の銅合金線200を撚り合わせた銅合金撚り線からなる。
【0041】
き電吊架線20の径方向の計算断面積(き電吊架線20を構成する銅合金線200の断面積の合計)は、き電吊架線として施工性などを考慮すると、単位長さ当たりの質量が4kg/m以下となるように、416mm2以下に設定するのが好ましい。また、細すぎると高速鉄道用の吊架線として十分な引張荷重(引張試験において材料が耐えうる最大の荷重)や電流容量の確保が困難になるため、き電吊架線20の断面積は394mm2以上に設定するのが好ましい。
【0042】
き電吊架線20の1m当たりの質量は、例えば、撚り込み率が2.9%であり、銅合金線200の比重が8.89である場合、3609g以上、3762g以下の範囲内にある。き電吊架線20の質量は、(き電吊架線20の計算断面積)×(銅合金線200の比重)×(100+撚り込み率)/100により算出することができる。
【0043】
なお、従来のインテグレート架線のき電吊架線として一般的に用いられる公称断面積が356mm2(356SQ)の硬銅撚り線の1m当たりの質量は、およそ3243gであり、2本トータルでは6486gとなる。
【0044】
き電吊架線20を構成する銅合金線200の本数は、き電吊架線20の計算断面積が394mm2以上かつ416mm2以下になるように、銅合金線200の断面積に応じて決定するのが好ましい。例えば、直径が2.9mmの銅合金線200が61本撚り合わされることにより、断面積が402.9mm2のき電吊架線20が形成される。
【0045】
き電吊架線20を構成する銅合金線200は、同心撚りで多層に撚り合わされていることが好ましい。例えば、き電吊架線20は、中心の1本の銅合金線200と、その中心の銅合金線200の外周に複数本の銅合金線200を同心円上に撚り合わせてなる複数の層を有する。撚線の撚り方向は、右撚り、左撚りのいずれでもよい。また、撚線を構成する各層は、右撚りの層と左撚りの層とを交互に多段配置させた異方向撚りで構成されていることが好ましい。さらに、撚線は、その表面が圧縮されていない形状であることが好ましい。また、撚線の撚りピッチは、例えば、最外層の撚りピッチが層心径の20倍以下であるように調整される。
【0046】
(銅合金線の特性)
本実施の形態に係る銅合金線200は、第1の実施の形態に係る銅合金線200と同じものであり、高い耐熱性を有する。
【0047】
高い耐熱性を有する銅合金線200から構成されるき電吊架線20は、高い耐熱性を有するため、許容電流値を大幅に上げることが可能である。このため、き電吊架線20は、1本のき電吊架線20の許容電流を1600A以上として、従来のインテグレート架線に用いられる2本のき電吊架線と比較してトータルの断面積を約42~45%小さくし、軽量化することができる。
【0048】
なお、き電吊架線20においては、銀を含有することによる導電率の低下はほとんどない。1本のき電吊架線20の導体抵抗は、0.05Ω/km以下とするのが好ましい。
【0049】
銅合金線200は、“JCS1321 耐熱硬銅より線”の規格を満たす引張強さ(素線強度)を有する。例えば、直径が2.6mmのときは引張強さが434MPa以上、直径が2.7mmのときは引張強さが433MPa以上、直径が2.9mmのときは引張強さが431MPa以上である。
【0050】
(き電吊架線の製造工程)
以下に、実施の形態に係るき電吊架線20の製造工程の一例を示す。
【0051】
まず、連続鋳造圧延法によって、0.08質量%以上の銀が含まれた銅銀合金からなる荒引線を作製する。
【0052】
次いで、この荒引線に冷間引抜き加工を施し、直径が2.93mm以下の銅合金線200を得る。銅合金線200の引張強さを431MPa以上とするためには、この冷間引抜き加工における冷間加工度が80%以上であることが好ましい。
【0053】
次いで、撚線機を用いて複数の銅合金線200を撚り合わせ、計算断面積が394mm2以上、412mm2以下の撚線を形成し、き電吊架線20を得る。
【0054】
(第2の実施の形態の効果)
上記第2の実施の形態に係るき電吊架線20は、高い耐熱性を有するため、許容電流値を大幅に上げることが可能である。き電吊架線20は、従来のインテグレート架線の2本で用いられるき電吊架線と比較して、(1本当たりの)断面積を大きくし、銅合金線200を細径化し、撚り本数を増やすことで、強度が向上している。そのため、インテグレート架線2においては、1本のき電吊架線20を用いて架線張力を4トンで架線が可能となり、それによって、き電吊架線のトータル質量が従来のものよりも軽減されている。また、従来よりも弛度が抑制されている。このため、き電吊架線20を用いることにより、必要な架高を小さくすることができ、既存の支柱を建て替えることなく、電車線路をインテグレート架線化することも可能である。
【実施例】
【0055】
本発明の第1の実施の形態に係るき電吊架線10の実施例に係る6本のき電吊架線(実施例1~6)、及び比較例に係る1本のき電吊架線(比較例1)を製造し、その評価を行った。次の表1に、実施例1~6の特性及び評価結果を示す。また、次の表2に、比較例1の特性及び評価結果を示す。
【0056】
【0057】
【0058】
表1、2の“w1(吊架線)”は、単位架線長さ当りのき電吊架線1本の質量、“w2(トロリ線+ハンガー)”は、単位架線長さ当りのトロリ線とハンガーの質量の和、“システム質量W0”は、単位架線長さ当りのき電吊架線1本が負担する質量、すなわちw1+w2/2、“トータル質量W”は、単位架線長さ当りの総重量、すなわちw1×2+w2をそれぞれ意味する。トロリ線(公称断面積170mm2)とハンガーは、全ての実施例、比較例について、同じものを用いた。
【0059】
実施例1~6、及び比較例1は、銅合金線100、すなわち全体の0.08質量%以上の銀を含み、かつ全体に対する銀と銅の和の割合が99.90質量%以上である銅合金線を素線として用いた。この銅合金線の銀の含有量は、長さ方向に沿って0.082~0.085質量%の範囲でばらついていた。
【0060】
比較例1は、従来のインテグレート架線用のき電吊架線であり、純銅線を素線として用いた。
【0061】
本評価では、実施例1~6、及び比較例1に係るき電吊架線を用いて、き電吊架線の径間Sが50m、標準張力Tが2000kgf、ハンガー最小長さ(き電吊架線に取り付けられたハンガーのうち最も短いもの、すなわちき電吊架線の最低点近くに取り付けられたハンガーの長さ)が0.15mの条件でインテグレート架線を形成し、弛度Dを求めた。計算式は、D=(W0×S2)/(8×T)とした。そして、弛度Dに張力変動を考慮した値とハンガー最小長さの合計を必要架高Hとして求めた。
【0062】
実施例1~6は、比較例1よりもトータル質量が軽く、必要な架高が小さいことが分かる。特に実施例1~4は、必要架高が0.71m以下の条件を満たしており、支持点の高さが公称0.71mの支柱を用いて架線することができるため、き電吊架線を既存の設備に適用できる。すなわち実施例1~4では既存のツインシンプル架線の支持物をそのまま用いて架線できる。なお、支持点の高さが公称0.71mの支柱とは、支持点の高さの規格値が0.71mである支柱であり、支柱の製造誤差や設置誤差により支持点の高さが0.71mからずれたものを含む。
【0063】
本発明の第2の実施の形態に係るき電吊架線20の実施例に係る3本のき電吊架線(実施例7~9)を製造し、その評価を行った。次の表3に、実施例7~9の特性及び評価結果を示す。
【0064】
【0065】
表3の“システム質量W0”は、単位架線長さ当りのき電吊架線1本が負担する質量、すなわちw1+w2、“トータル質量W”は、単位架線長さ当りの総重量、すなわちw1×1+w2をそれぞれ意味する。トロリ線(公称断面積170mm2)とハンガーは、全ての実施例について、同じものを用いた。
【0066】
実施例7~9は、銅合金線200、すなわち全体の0.08質量%以上の銀を含み、かつ全体に対する銀と銅の和の割合が99.90質量%以上である銅合金線を素線として用いた。この銅合金線の銀の含有量は、長さ方向に沿って0.082~0.085質量%の範囲でばらついていた。
【0067】
本評価では、実施例7~9に係るき電吊架線を用いて、き電吊架線の径間Sが50m、標準張力Tが4000kgf、ハンガー最小長さ(き電吊架線に取り付けられたハンガーのうち最も短いもの、すなわちき電吊架線の最低点近くに取り付けられたハンガーの長さ)が0.15mの条件でインテグレート架線を形成し、弛度Dを求めた。計算式は、D=(W0×S2)/(8×T)とした。そして、弛度Dに張力変動を考慮した値とハンガー最小長さの合計を必要架高Hとして求めた。
【0068】
実施例7~9は、比較例1よりもトータル質量が軽く、必要な架高が小さいことが分かる。また、実施例7~9は、必要架高が0.71m以下の条件を満たしており、支持点の高さが公称0.71mの支柱を用いて架線することができるため、き電吊架線を既存の設備に適用できる。すなわち実施例7~9では既存のツインシンプル架線の支持物をそのまま用いて架線できる。
【0069】
(実施の形態のまとめ)
次に、以上説明した実施の形態から把握される技術思想について、実施の形態における符号等を援用して記載する。ただし、以下の記載における各符号等は、特許請求の範囲における構成要素を実施の形態に具体的に示した部材等に限定するものではない。
【0070】
[1]複数本の銅合金線(100)を撚り合わせた銅合金撚り線からなるき電吊架線であって、銅合金線(100)の化学成分が、銀が全体の0.08質量%以上、かつ銀と銅の和が全体の99.90質量%以上であり、前記銅合金撚り線の径方向の計算断面積が、196mm
2
以上、230mm
2
以下であり、許容電流が1000A以上である、き電吊架線(10)。
【0071】
[2]銅合金線(100)の素線径が、2.6mm以上、2.8mm以下であり、前記銅合金撚り線が、37本の銅合金線(100)を撚り合わせてなる、上記[1]に記載のき電吊架線(10)。
【0072】
[3]銅合金線(100)が、431MPa以上の引張強さ、及びJCS1321に準拠した熱処理後の引張試験における引張強さ残率が95%以上の耐熱性を有する、上記[1]又は[2]に記載のき電吊架線(10)。
【0073】
[4]前記銅合金撚り線の導体抵抗が、0.1Ω/km以下である、上記[1]乃至[3]のいずれか1項に記載のき電吊架線(10)。
【0074】
[5]複数本の銅合金線(200)を撚り合わせた銅合金撚り線からなるき電吊架線であって、銅合金線(200)の化学成分が、銀が全体の0.08質量%以上、かつ銀と銅の和が全体の99.90質量%以上であり、前記銅合金撚り線の径方向の計算断面積が、395mm
2
以上、412mm
2
以下であり、許容電流が1600A以上である、き電吊架線(20)。
【0075】
[6]銅合金線(200)の素線径が、2.87mm以上、2.93mm以下であり、前記銅合金撚り線が、61本の前記銅合金線を撚り合わせてなる、上記[5]に記載のき電吊架線(20)。
【0076】
[7]銅合金線(200)が、431MPa以上の引張強さ、及びJCS1321に準拠した熱処理後の引張試験における引張強さ残率が95%以上の耐熱性を有する、上記[5]又は[6]に記載のき電吊架線(20)。
【0077】
[8]前記銅合金撚り線の導体抵抗が、0.1Ω/km以下である、上記[5]乃至[7]のいずれか1項に記載のき電吊架線(20)。
【0078】
[9]断面積が147mm
2
以上、174mm
2
以下のトロリ線(11)と、トロリ線(11)に電気を供給しつつ、これを支持する2本の上記[1]乃至[4]のいずれか1項に記載のき電吊架線(10)と、を備え、き電吊架線(10)の架高が0.71m以下である、インテグレート架線(1)。
【0079】
[10]断面積が147mm
2
以上、174mm
2
以下のトロリ線(11)と、トロリ線(11)に電気を供給しつつ、これを支持する1本の上記[5]乃至[8]のいずれか1項に記載のき電吊架線(20)と、を備え、き電吊架線(20)の架高が0.71m以下である、インテグレート架線(2)。
【0080】
以上、本発明の実施の形態及び実施例を説明したが、本発明は、上記実施の形態及び実施例に限定されず、発明の主旨を逸脱しない範囲内において種々変形実施が可能である。
【0081】
また、上記に記載した実施の形態及び実施例は特許請求の範囲に係る発明を限定するものではない。また、実施の形態及び実施例の中で説明した特徴の組合せの全てが発明の課題を解決するための手段に必須であるとは限らない点に留意すべきである。
【符号の説明】
【0082】
1、2 インテグレート架線
10、20 き電吊架線
11 トロリ線
12、22 ハンガー
100、200 銅合金線