(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-12
(45)【発行日】2023-09-21
(54)【発明の名称】カーボンナノチューブ線材
(51)【国際特許分類】
D02G 3/16 20060101AFI20230913BHJP
【FI】
D02G3/16
(21)【出願番号】P 2021138346
(22)【出願日】2021-08-26
(62)【分割の表示】P 2018069831の分割
【原出願日】2018-03-30
【審査請求日】2021-09-03
(73)【特許権者】
【識別番号】000005290
【氏名又は名称】古河電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114890
【氏名又は名称】アインゼル・フェリックス=ラインハルト
(74)【代理人】
【識別番号】100116403
【氏名又は名称】前川 純一
(74)【代理人】
【識別番号】100162880
【氏名又は名称】上島 類
(74)【代理人】
【識別番号】100143959
【氏名又は名称】住吉 秀一
(72)【発明者】
【氏名】田中 彰
【審査官】印出 亮太
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/185497(WO,A1)
【文献】特開2014-169521(JP,A)
【文献】特表2014-530964(JP,A)
【文献】特開2010-168679(JP,A)
【文献】特表2007-536434(JP,A)
【文献】特開2011-153392(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0044187(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 32/00 - 32/39
D01D 1/00 - 13/02
D01F 1/00 - 9/32
D02G 1/00 - 3/48
D02J 1/00 - 13/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のカーボンナノチューブで構成されるカーボンナノチューブ集合体の複数が束ねられて形成されているカーボンナノチューブ線材であって、
複数の前記カーボンナノチューブ集合体の配向性を示す小角X線散乱によるアジマスプロットにおけるアジマス角の半値幅Δθが25°以上50°未満であり、
前記カーボンナノチューブ線材の断面において、前記カーボンナノチューブ線材の内部を構成する複数の前記カーボンナノチューブ集合体の配向性を示すアジマス角の半値幅Δθinに対する、前記カーボンナノチューブ線材の外周部を構成する複数の前記カーボンナノチューブ集合体の配向性を示すアジマス角の半値幅Δθoutの比であるΔθout/Δθinが、0.85よりも大きく、
前記カーボンナノチューブ線材が、カーボンナノチューブ原糸の乾燥された線材であり、
前記カーボンナノチューブ原糸
全体において複数の前記カーボンナノチューブ集合体の長軸方向が揃った状態で凝固されていることにより、前記カーボンナノチューブ線材における複数の前記カーボンナノチューブ集合体の長軸方向が揃って配されており、
破断時における引張強度が、500MPaよりも大きい、カーボンナノチューブ線材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数のカーボンナノチューブで構成されるカーボンナノチューブ線材の製造方法、及び該方法によって製造されて複数のカーボンナノチューブ集合体が配向しているカーボンナノチューブ線材に関する。
【背景技術】
【0002】
カーボンナノチューブは、様々な特性を有する素材であり、多くの分野への応用が期待されている。
【0003】
例えば、カーボンナノチューブは、六角形格子の網目構造を有する筒状体の単層、または略同軸で配された多層で構成される3次元網目構造体であり、軽量であると共に、導電性、熱伝導性、機械的強度等の諸特性に優れる。しかし、カーボンナノチューブを線材化することは容易ではなく、カーボンナノチューブを線材として利用する技術は提案されていない。
【0004】
カーボンナノチューブ線材を製造する方法としては、例えば、カーボンナノチューブと、カルボキシメチルセルロース及びポリビニルピロリドンからなる群から選ばれる増粘剤を含む分散液を凝固浴中に吐出して紡糸し、延伸し、得られた延伸糸を増粘剤が溶解可能な溶媒により処理して増粘剤を除去する方法が開示されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記従来の技術では、押出式紡糸方法にて分散液を凝固浴中に吐出することにより湿式紡糸して紡糸原糸を得て、ドライヤーにて熱風をかけながら該紡糸原糸を延伸機により延伸することにより、カーボンナノチューブ線材を得ている。そして、上記従来技術では、その延伸倍率が1.1~3倍程度と開示されており、紡糸原糸を凝固液中から取り出した後に加熱しながら延伸する場合、CNTは凝固過程がおよそ終了し強く凝集した状態であり、線方向に力を加えてもCNT同士の配置はほとんど変化せず、必要以上に力を加えるとCNT間の相互作用および絡み合いが弱い箇所を起点に破断しやすい。このため、上記従来技術では延伸倍率を大きくするのは困難であり、カーボンナノチューブ線材を構成する複数のカーボンナノチューブ集合体の配向性が不十分となり、カーボンナノチューブ線材の機械的強度の向上に限界がある。また、紡糸処理後のカーボンナノチューブ線材に熱を加えながら延伸しても、紡糸原糸は僅かに延伸する程度であり、カーボンナノチューブ線材を構成する複数のカーボンナノチューブ集合体の配向性を向上させることは困難である。
【0007】
本発明の目的は、複数のカーボンナノチューブ集合体を高配向させることができ、カーボンナノチューブ線材の機械的強度を高めることができるカーボンナノチューブ線材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明のカーボンナノチューブ線材の製造方法は、複数のカーボンナノチューブを含有する分散液を凝固液中に吐出してカーボンナノチューブ原糸
(A)を作製する工程と、前記カーボンナノチューブ原糸(A)を前記凝固液中で延伸処理してカーボンナノチューブ原糸(B)を作製することを特徴とする。
【0009】
前記カーボンナノチューブ原糸(A)の延伸方向に関して下流側に配置された第2搬送部の搬送速度V2を、前記延伸方向に関して上流側に配置された第1搬送部の搬送速度V1よりも大きくして、前記第1搬送部及び前記第2搬送部の双方で前記カーボンナノチューブ原糸(A)を挟持しながら延伸するのが好ましい。
【0010】
前記第1搬送部は、前記凝固液中に配置された第1の一対の挟持ローラであり、前記第2搬送部は、前記凝固液中に配置された第2の一対の挟持ローラであり、前記第1の一対の挟持ローラの前記搬送速度V1に対する前記第2の一対の挟持ローラの搬送速度V2の比であるV2/V1が、3以上10以下であるのが好ましい。
【0011】
上記目的を達成するために、本発明のカーボンナノチューブ線材は、複数のカーボンナノチューブで構成されるカーボンナノチューブ集合体の複数が束ねられて形成されているカーボンナノチューブ線材であって、複数の前記カーボンナノチューブ集合体の配向性を示す小角X線散乱によるアジマスプロットにおけるアジマス角の半値幅Δθが25°以上50°未満であることを特徴とする。
【0012】
前記カーボンナノチューブ線材の断面において、前記カーボンナノチューブ線材の内部を構成する複数の前記カーボンナノチューブ集合体の配向性を示すアジマス角の半値幅Δθinに対する、前記カーボンナノチューブ線材の外周部を構成する複数の前記カーボンナノチューブ集合体の配向性を示すアジマス角の半値幅Δθoutの比であるΔθout/Δθinが、0.85よりも大きいことが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、複数のカーボンナノチューブを含有する分散液を凝固液中に吐出してカーボンナノチューブ原糸(A)を形成し、カーボンナノチューブ原糸(A)を前記凝固液中で延伸処理してカーボンナノチューブ原糸(B)を形成するので、カーボンナノチューブ原糸(B)を構成する複数のカーボンナノチューブ集合体を高配向させることができ、CNT原糸(B)から得られるカーボンナノチューブ線材の機械的強度を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の実施形態に係るカーボンナノチューブ線材の製造方法の一例を示すフローチャートである。
【
図2】
図1の製造方法において凝固液中でカーボンナノチューブ原糸(A)に延伸処理を施す工程を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態を、図面を参照しながら説明する。
【0016】
図1は、本実施形態に係るカーボンナノチューブ線材の製造方法の一例を示すフローチャートである。本実施形態では、カーボンナノチューブ線材の製造方法として、湿式紡糸法によってカーボンナノチューブを紡糸する。
図1に示すように、先ず、浮遊触媒法(特許第5819888号)や、基板法(特許第5590603号)などの手法で作製したカーボンナノチューブ(以下、「CNT」)を準備し、複数のCNTと溶媒とを混合して、複数のCNTを含有する分散液を作製する(ステップS1)。分散液の溶媒としては、例えばトルエン、Nーメチルピロリドン(NMP)、ドデシルスルホン酸ナトリウム、ジメチルスルホキシド(DMSO)、N,N-ジメチルホルムア
ミド(DMF)、メチルイソブチルケトン(MIBK)の有機溶媒の他、界面活性剤を含む水溶液が用いられる。界面活性剤としては、アルキルベンゼンスルホン酸塩、アルキル硫酸塩などの陰イオン性界面活性剤、テトラアルキルアンモニウムハライドなどの陽イオン性界面活性剤を用いることができる。分散液中におけるカーボンナノチューブの含有量は、例えば0.05~20質量%である。
【0017】
上記分散液には、粘性を増大させるための増粘剤が含有されてもよい。増粘剤としては、例えばカルボキシメチルセルロース(CMC)、ポリビニルピロリドン(PVP)、グリセリン、エチレングリコールが用いられる。分散液中における増粘剤の含有量は、例えば0.05~5質量%である。
【0018】
次に、
図2に示すように、複数のCNTを含有する上記分散液を、シリンジなどの吐出部2から凝固液で満たされた凝固浴1中に吐出してカーボンナノチューブ原糸(以下、「CNT原糸」ともいう)(A)を作製する(ステップS2)。分散液が凝固液中に吐出された際に当該凝固液と接触することで、複数のCNT集合体が線状に形成される。このとき、CNT原糸(A)は、CNT集合体の複数が撚り合わされた構成であってもよいし、複数のCNT集合体の長手方向とCNT原糸(A)の長手方向が同一或いは実質的に同一である状態を含んでいてもよい。すなわち、CNT原糸(A)は、CNT集合体の複数が撚り合わされていない状態で束ねられているものを含んでいてもよい。
【0019】
凝固液としては、例えばNMP、N,N-ジメチルアセトアミド(DMA)、DMF、水、メタノール、エタノール、プロパノールなど、分散溶媒との親和性が異なるものを適宜選択して用いる。
【0020】
次いで、
図2に示すように、CNT原糸(A)を凝固浴1中で延伸処理し、カーボンナノチューブ原糸(以下、「CNT原糸」ともいう)(B)を作製する(ステップS3)。この延伸処理は、例えば、上記吐出工程で分散液を凝固液中に吐出した後、同凝固液中で連続的に行われる。
【0021】
CNT原糸(A)を延伸する方法としては、例えば、凝固浴1中に、CNT原糸(A)の延伸方向Xに関して上流側に第1搬送部3を、上記延伸方向Xに関して下流側に第2搬送部4をそれぞれ配置する。そして、CNT原糸(A)の延伸方向Xに関して下流側に配置された第2搬送部の搬送速度V2を、上記延伸方向Xに関して上流側に配置された第1搬送部3の搬送速度V1よりも大きくして、第1搬送部3及び第2搬送部4の双方でCNT原糸(A)を挟持しながら延伸する。第2搬送部4の搬送速度V2を第1搬送部3の搬送速度V1よりも大きくすることで、凝固浴1中で、CNT原糸(A)にその長手方向に沿う引張応力を付与することができる。
【0022】
ここで、前述の従来技術においては、凝固過程が終了しているCNTが強く凝集した状態での延伸のため、延伸倍率を高くすることは困難である。一方で、本発明においては、凝固液中で延伸しており、CNTおよびCNT集合体は分散媒に囲まれた状態で、線方向に力を加えてもCNT集合体同士は分散媒を介して配置を変えることができるため、従来技術に比べて破断せず高延伸倍率を出すことができる。
また、CNT線材の凝固処理では、通常、CNT線材の外周部から分散液が染み出して凝固が進行するため、CNT線材の内部を構成する複数のCNT集合体の密度が、CNT線材の外周部を構成する複数のCNT集合体の密度よりも小さくなる傾向がある。よって、凝固処理後に延伸処理を施す従来方法の場合において、凝固処理によって凝固が完了したCNT線材では、CNT線材の内部を構成する複数のCNT集合体の密度が、CNT線材の外周部を構成する複数のCNT集合体の密度よりも小さくなっていると想定される。また、この密度差が生じているCNT線材に加熱しながら延伸処理を施すと、CNT集合
体の密度が小さいCNT線材の内部では、隣接するCNT集合体からの力を受け難く、CNT集合体の密度が大きい外周部と比較して配向性が低くなる。
【0023】
一方、本実施形態のように、凝固液中でCNT原糸(A)に延伸処理を施すと、CNT原糸(A)の外周部から内部に向かって徐々に凝固が進行するときに当該CNT原糸(A)を延伸するので、CNT原糸(A)の内部を構成する複数のCNT集合体の密度の低下が抑制され、CNT原糸(A)の内部を構成する複数のCNT集合体の密度と、CNT原糸(A)の外周部を構成する複数のCNT集合体の密度との差が小さくなる。また、延伸処理中にCNT原糸(A)を加熱しないので、外周部の凝固の進行を抑制することができる。よって、上記延伸処理においてCNT原糸(A)の外周部を構成する複数のCNT集合体の長軸方向と、CNT原糸(A)の内部を構成する複数のCNT集合体の長軸方向とが揃い易くなり、CNT原糸(A)全体での複数のCNT集合体の長軸方向がほぼ揃った状態で、当該複数のCNT集合体の凝固が完了する。これにより、CNT原糸(B)を構成する複数のCNT集合体全体の配向性が向上する。
【0024】
上記の第1搬送部3は、例えば凝固浴1などの凝固液中に配置された第1の一対の挟持ローラ3a,3bであり、第2搬送部4は、例えば凝固浴1などの凝固液中に配置された第2の一対の挟持ローラ4a,4bである。第1の一対の挟持ローラ3a,3bは、凝固液中で所定回転数で回転可能に構成されており、所定回転数に基づいて被搬送体であるCNT原糸(A)の搬送速度が設定或いは調整される。第2の一対の挟持ローラ4a,4bも同様、所定回転数で回転可能に構成されており、所定回転数に基づいて被搬送体であるCNT原糸(A)の搬送速度が設定或いは調整される。
【0025】
第1の一対の挟持ローラ3a,3bの搬送速度をV1、第2の一対の挟持ローラ4a,4bの搬送速度をV2としたとき、第1の一対の挟持ローラ3a,3bの搬送速度V1に対する第2の一対の挟持ローラ4a,4bの搬送速度V2の比であるV2/V1が、例えば3以上10以下であり、好ましくは4以上10以下、より好ましくは6以上10以下である。これにより、CNT原糸(A)に付与される引張応力がより増大し、CNT原糸(A)の内部を構成する複数のCNT集合体の密度と、CNT原糸(A)の外周部を構成する複数のCNT集合体の密度との差をより小さくすることができ、CNT原糸(B)を構成する複数のCNT集合体の配向性が更に向上する。
【0026】
上記工程を経た後、CNT原糸(B)を乾燥させ、必要に応じて加熱することで、本実施形態に係るCNT線材が製造される。
【0027】
[CNT線材の構成]
上記の製造方法によって製造されるCNT線材は、複数のCNTで構成されるCNT集合体の複数が束ねられて形成されている。ここで、CNT線材とはCNTの割合が90質量%以上のCNT線材を意味する。なお、CNT線材におけるCNT割合の算定においては、メッキやドーパントの質量は除く。CNT集合体の長手方向が、CNT線材の長手方向を形成している。従って、CNT集合体は、線状となっている。CNT線材における複数のCNT集合体は、その長軸方向がほぼ揃って配されている。従って、CNT線材における複数のCNT集合体は、配向している。素線であるCNT線材の円相当直径は、特に限定されないが、例えば、0.01mm以上1.0mm以下である。また、CNT線材は、CNT集合体が、複数、束ねられて構成されていてもよい。撚り線とした1本のCNT線材の円相当直径は、特に限定されないが、例えば、0.05mm以上5mm以下である。複数のCNT線材からCNT線材を構成した場合もCNT線材と称し、この場合には断面積の上限は限定されない。
【0028】
CNT線材は、CNT集合体の複数が撚り合わされた構成であってもよいし、CNT集
合体の長手方向とCNT線材の長手方向が同一或いは実質的に同一である状態を含んでいてもよい。すなわち、CNT線材は、CNT集合体の複数が撚り合わされていない状態で束ねられているものを含んでいてもよい。
【0029】
CNT集合体は、1層以上の層構造を有するCNTの束である。CNTの長手方向が、CNT集合体の長手方向を形成している。CNT集合体における複数のCNTは、その長軸方向がほぼ揃って配されている。従って、CNT集合体における複数のCNTは、配向している。CNT集合体の円相当直径は、例えば、20nm以上1000nm以下であり、より典型的には、20nm以上80nm以下である。CNTの最外層の幅寸法は、例えば、1.0nm以上20nm以下である。
【0030】
CNT集合体を構成するCNTは、単層構造又は複層構造を有する筒状体であり、それぞれ、SWNT(single-walled nanotube)、MWNT(multi-walled nanotube)と呼
ばれる。CNT集合体には、3層構造以上の層構造を有するCNTや単層構造の層構造を有するCNTも含まれていてもよく、3層構造以上の層構造を有するCNTまたは単層構造の層構造を有するCNTから形成されていてもよい。
【0031】
2層構造を有するCNTでは、六角形格子の網目構造を有する2つの筒状体が略同軸で配された3次元網目構造体となっており、DWNT(Double-walled nanotube)と呼ばれる。構成単位である六角形格子は、その頂点に炭素原子が配された六員環であり、他の六員環と隣接してこれらが連続的に結合している。
【0032】
次に、CNT線材におけるCNT及びCNT集合体の配向性について説明する。
【0033】
小角X線散乱(SAXS)は、数nm~数十nmの大きさの構造等を評価するのに適している。例えば、SAXSを用いて、以下の方法でX線散乱画像の情報を分析することで、外径が数十nmであるCNT集合体の配向性を評価することができる。複数のCNT集合体が良好な配向性を有していることで、従来のCNT線材と比較して引張強度などの機械的強度を一層高めることができる。なお、配向性とは、CNTを撚り集めて作製した撚り線の長手方向へのベクトルVに対する内部のCNT及びCNT集合体のベクトルの角度差のことを指す。
【0034】
本実施形態では、複数のCNT集合体の配向性を示す小角X線散乱(SAXS)のアジマスプロットにおけるアジマス角の半値幅Δθにより示される一定以上の配向性を得ることで、CNT線材の機械的強度を高める点から、アジマス角の半値幅Δθは25°以上50°未満であり、好ましくは29°以上45°以下である。
【0035】
また、本実施形態では、CNT線材の断面において、CNT線材の内部を構成する複数のCNT集合体の配向性を示すアジマス角の半値幅Δθinに対する、上記CNT線材の外周部を構成する複数のCNT集合体の配向性を示すアジマス角の半値幅Δθoutの比であ
るΔθout/Δθinが、0.85よりも大きく、好ましくは0.89以上である。CNT
線材の内部とは、幅方向断面内の中心から円相当半径の半分よりも内側の領域を指し、CNT線材の外周部とは、当該CNT線材の内部以外の部分であって、幅方向断面内の中心から円相当半径の半分よりも外側の領域を指す。Δθout/Δθinが、0.85以上であ
ると、CNT線材の内部におけるCNT集合体の配向性とその外周部における複数のCNT集合体の配向性との差が小さくなり、CNT線材の引張強度などの機械的特性が向上する。
【0036】
CNT線材には、その外周部を被覆する絶縁被覆層が設けられてもよい。その場合、CNT線材及び絶縁被覆層は、CNT被覆電線を構成する。
【0037】
絶縁被覆層の材料としては、芯線として金属を用いた被覆電線の絶縁被覆層に用いる材料を使用することができ、例えば、熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂を挙げることができる。熱可塑性樹脂としては、例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリアセタール、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリフェニレンサルファイド、ポリエーテルエーテルケトン、ポリカーボネート、ポリアミド、ポリ塩化ビニル、ポリメチルメタクリレート、ポリウレタン等を挙げることができる。また、熱硬化性樹脂としては、例えばポリイミド、フェノール樹脂等を挙げることができる。これらは、単独で使用してもよく、2種以上を適宜混合して使用してもよい。
【0038】
CNT被覆電線が高圧電線の場合、熱可塑性樹脂としては、ポリエチレン、ポリ塩化ビニルが好ましく、特に、架橋ポリエチレン、軟質ポリ塩化ビニルが好ましい。
【0039】
絶縁被覆層は、一層としてもよく、これに代えて、二層以上としてもよい。また、必要に応じて、絶縁被覆層上に、さらに、熱硬化性樹脂の層が設けられていてもよい。また、上記熱硬化性樹脂が、繊維形状或いは粒子形状を有する充填材を含有していてもよい。
【0040】
絶縁被覆層は、例えば、CNT線材の外周部全体を覆うように、CNT線材の長手方向の全体に亘って形成される。絶縁被覆層を形成する方法としては、アルミニウムや銅の芯線に絶縁被覆層を被覆する方法を使用でき、例えば、絶縁被覆層の原料である熱可塑性樹脂を溶融させ、CNT線材の周りに押し出して被覆する方法や、或いはCNT線材の周りに塗布する方法を挙げることができる。
【0041】
本実施形態に係るCNT線材、或いはCNT被覆電線は、ワイヤハーネス等の一般電線として使用することができ、また、CNT線材或いはCN被覆電線を使用した一般電線からケーブルを作製してもよい。
【0042】
上述したように、本実施形態によれば、複数のCNTを含有する分散液を凝固液中に吐出してCNT原糸(A)を形成し、CNT原糸(A)を凝固液中で延伸処理してCNT原糸(B)を形成するので、CNT原糸(B)を構成する複数のCNT集合体を高配向させることができ、CNT原糸(B)から得られるCNT線材の機械的強度を高めることができる。
【0043】
また、上記製造方法にて製造されたCNT線材は、複数のCNTで構成されるCNT集合体の複数が束ねられて形成されおり、複数のCNT集合体の配向性を示す小角X線散乱によるアジマスプロットにおけるアジマス角の半値幅Δθが25°以上50°未満であるので、CNT線材を構成する複数のCNT集合体の配向性が良好であり、機械的強度の高いCNT線材を提供することができる。
【実施例】
【0044】
次に、本発明の実施例を説明するが、本発明の趣旨を超えない限り、下記実施例に限定されるものではない。
【0045】
(実施例1)
先ず、浮遊触媒法でCNTを作製し、CNTおよびドデシルスルホン酸ナトリウムを各0.5質量%含む水溶液を作製し、30分超音波処理を行い分散液とした。
【0046】
次に、凝固液としてエタノールを準備し、複数のCNTを含有する上記分散液を、シリンジから凝固浴中に吐出してCNT原糸(A)を形成した。次いで、第1の一対の挟持ロ
ーラの搬送速度V1、第2の一対の挟持ローラの搬送速度V2及びV2/V1がそれぞれ表1に示す値となるように設定し、CNT原糸(A)を第1の一対の挟持ローラ及び第2の一対の挟持ローラでこの順で挟持並びに搬送して、CNT原糸(A)を凝固液中で延伸処理し、CNT原糸(B)を作製した。その後、CNT原糸(B)を乾燥させて円相当直径50μm~300μmのCNT線材を得た。
【0047】
(実施例2)
第2の一対の挟持ローラの搬送速度V2及びV2/V1を変えたこと以外は、実施例1と同様にしてCNT線材を作製した。
【0048】
(実施例3)
第2の一対の挟持ローラの搬送速度V2及びV2/V1を変えたこと以外は、実施例1と同様にしてCNT線材を作製した。
【0049】
(実施例4)
第2の一対の挟持ローラの搬送速度V2及びV2/V1を変えたこと以外は、実施例1と同様にしてCNT線材を作製した。
【0050】
(実施例5)
第1の一対の挟持ローラの搬送速度V1及び第2の一対の挟持ローラの搬送速度V2を変えたこと以外は、実施例3と同様にしてCNT線材を作製した。
【0051】
(実施例6)
第1の一対の挟持ローラの搬送速度V1及び第2の一対の挟持ローラの搬送速度V2を変えたこと以外は、実施例4と同様にしてCNT線材を作製した。
【0052】
(比較例1)
第2の一対の挟持ローラの搬送速度V2及びV2/V1を変えたこと以外は、実施例1と同様にしてCNT線材を作製した。
【0053】
(比較例2)
特開2010-168679号公報に記載の製造方法により、延伸倍率を1.2倍として加熱しながら延伸処理を行い、CNT線材を作製した。
【0054】
次に、上記のようにして作製したCNT線材について、以下の測定、評価を行った。
【0055】
(a)CNT集合体の配向度
収束イオンビーム(FIB)を用いてCNT線材の断面方向に50μm厚に薄くスライスした。小角X線散乱装置を用いて、このスライス片の面に対して垂直方向にX線を入射し、得られた散乱ピークのアジマスプロット(方位角)をガウス関数もしくはローレンツ関数でフィッティングし、アジマス角の半値幅Δθを求めた。
【0056】
(b)配向性内外比
マイクロビーム小角X線を用いて、前記と同様にCNT線材より切り出したスライス片の面に対して垂直方向に、それぞれビームサイズを10μmに絞ったX線を入射し、前記と同様にしてアジマス角の半値幅Δθを求めた。上記面におけるCNT線材の外周部および内部にX線を入射した際のアジマス角の半値幅をそれぞれΔθout、Δθinとし、Δθout/Δθinを配向性内外比αとして評価した。
【0057】
(c)引張強度
引張試験機を用い、CNT線材の長手方向における引張強度を測定した。破断時における引張強度が600MPaよりも大きい場合を極めて良好「◎」、500MPaよりも大きく600MPa以下である場合を良好「〇」、400MPaよりも大きく500MPa以下である場合を概ね良好「△」、400MPa以下である場合を不良「×」とした。
【0058】
CNT被覆電線の上記各測定及び評価の結果を、下記表1に示す。
【0059】
【0060】
表1に示すように、実施例1では、第1の一対の挟持ローラの搬送速度V1に対する第2の一対の挟持ローラの搬送速度V2の比であるV2/V1が10であり、配向度が29°、配向性内外比が0.95、引張強度が714MPaであり、機械的強度が極めて良好であった。
【0061】
実施例2では、V2/V1が6であり、配向度が37°、配向性内外比が0.93、引張強度が625MPaであり、機械的強度が極めて良好であった。
【0062】
実施例3では、V2/V1が4であり、配向度が44°、配向性内外比が0.89、引張強度が511MPaであり、機械的強度が良好であった。
【0063】
実施例4では、V2/V1が3であり、配向度が48°、配向性内外比が0.91、引張強度が402MPaであり、機械的強度が概ね良好であった。
【0064】
実施例5では、V1が0.4m/min、V2が1.6m/min、V2/V1が4であり、配向度が42°、配向性内外比が0.94、引張強度が523MPaであり、機械的強度が良好であった。
【0065】
実施例6では、V1が0.4m/min、V2が1.2m/min、V2/V1が3であり、配向度が47°、配向性内外比が0.88、引張強度が419MPaであり、機械的強度が概ね良好であった。
【0066】
一方、比較例1では、第1の一対の挟持ローラの搬送速度V1は実施例1と同じものの、第2の一対の挟持ローラの搬送速度V2が実施例1よりも小さく、V2/V1が1.5であり、配向度が50°、配向性内外比が0.83、引張強度が376MPaであり、機械的強度が劣った。
【0067】
また、比較例2では、延伸倍率を1.2倍として加熱しながら延伸処理を行ったところ
、配向度が52°、配向性内外比が0.85、引張強度が345MPaであり、機械的強度が劣った。
【符号の説明】
【0068】
1 凝固浴
2 吐出部
3 第1搬送部
3a,3a 第1の一対の挟持ローラ
4 第2搬送部
4a,4a 第2の一対の挟持ローラ
X 延伸方向
(A) CNT原糸
(B) CNT原糸