(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-13
(45)【発行日】2023-09-22
(54)【発明の名称】固体高分子形燃料電池用触媒の選定方法
(51)【国際特許分類】
H01M 4/92 20060101AFI20230914BHJP
B01J 23/42 20060101ALI20230914BHJP
B01J 23/89 20060101ALI20230914BHJP
B01J 27/12 20060101ALI20230914BHJP
H01M 4/86 20060101ALI20230914BHJP
H01M 8/10 20160101ALI20230914BHJP
【FI】
H01M4/92
B01J23/42 M
B01J23/89 M
B01J27/12 M
H01M4/86 M
H01M8/10 101
(21)【出願番号】P 2020538346
(86)(22)【出願日】2019-08-15
(86)【国際出願番号】 JP2019032067
(87)【国際公開番号】W WO2020040040
(87)【国際公開日】2020-02-27
【審査請求日】2022-02-08
(31)【優先権主張番号】P 2018155107
(32)【優先日】2018-08-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】509352945
【氏名又は名称】田中貴金属工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000268
【氏名又は名称】オリジネイト弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】石田 稔
【審査官】高木 康晴
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/070149(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/021399(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/126077(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/194007(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/194008(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/194009(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/065443(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/86-4/98
H01M 8/10
B01J 23/42
B01J 23/89
B01J 27/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
任意の方法で製造された触媒について、固体高分子形燃料電池の電極に使用する触媒を選定するための方法であって、
前記触媒を過塩素酸溶液中で1.2V(vs.RHE)で10分間電位保持処理する工程と、
前記電位保持処理後の触媒をX線光電子分光法により分析し、前期触媒の触媒粒子表面のPtスペクトルを測定する工程と、
前記分析により全Ptに対する0価Ptが占める割合を算出し、その値が75%以上である場合に使用に適した触媒であると判定する固体高分子形燃料電池用触媒の選定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子形燃料電池用の触媒に関する。特に、固体高分子形燃料電池のカソード(空気極)での使用に有用な触媒に関する。
【背景技術】
【0002】
かつては次世代の発電システムと称された燃料電池は、実用化が現実的なものとなっており、現在はその普及を図るべき段階になっている。燃料電池には、いくつかの形式があるが、その中でも特に固体高分子形燃料電池は動作温度が低く、かつコンパクトであるという利点がある。そして、これらのメリットから、固体高分子形燃料電池は自動車用電源や家庭用電源として有望視されている。固体高分子形燃料電池は、水素極(アノード)及び空気極(カソード)と、これらの電極に挟持される固体高分子電解質膜とからなる積層構造を有する。そして、水素極へは水素を含む燃料が、空気極へは酸素又は空気がそれぞれ供給され、各電極で生じる酸化、還元反応により電力を取り出すようにしている。また、両電極共に、電気化学的反応を促進させるための触媒と固体電解質との混合体が一般に適用されている。
【0003】
燃料電池用電極を構成する触媒として、貴金属、特に、白金(Pt)を触媒金属として担持させた白金触媒(Pt触媒)が従来から広く用いられている。触媒金属としてのPtは、燃料極及び水素極の双方における電極反応を促進させる上で高い活性を有するからである。そして、Pt使用量の低減による触媒コストの低減や、触媒活性の向上を図るため、Ptと他の遷移金属との合金が担持された合金触媒についての検討例も増えている。例えば、Ptとコバルト(Co)との合金を触媒粒子とするPt-Co触媒は、Pt使用量を低減しつつもPt触媒以上の活性を発揮し得るものとして知られている(特許文献1)。また、前記Pt-Co触媒を更に改良するため、本願出願人によって、コバルトに加えてマンガン等の他の遷移金属を合金化した3元系合金触媒も報告されている(特許文献2)。
【0004】
また、固体高分子形燃料電池触媒の特性の検討に関しては、触媒活性(初期活性)の向上へ向けたものが主流であるが、最近では高い初期活性であることに加えて耐久性の改善のための検討例が増えている。触媒は、時間経過と共に活性低下(失活)が生じ、それ自体は回避できない。よって、触媒の耐久性を高め、失活するまでの時間を増大させることは燃料電池の実用化・普及に向けて必須といえる。
【0005】
本願出願人は、固体高分子形燃料電池触媒の耐久性改善への取り組みとして、上記した合金触媒(特許文献2)については、所定のフッ素化合物を触媒に担持して撥水層を有する触媒を開示している(特許文献3)。この触媒では、燃料電池反応によって生成した水を、撥水層により速やかに排出し、水が介在する触媒金属の溶解を抑制することで耐久性を確保している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2010-27364号公報
【文献】特許第5152942号明細書
【文献】特許第6053223号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
燃料電池の普及が現実的なものとなっている最近の状況に鑑みれば、固体高分子形燃料電池触媒の特性改善に対する要求に限りはないといえ、更なる研究が必要であることは明らかである。耐久性の問題についても、上記従来技術で十分とはいい難くより高耐久の触媒が望まれる。
【0008】
本発明は、上記のような背景のもとになされたものであり、Ptを必須の触媒金属として適用する固体高分子形燃料電池用触媒について、初期活性は維持しつつ、耐久性において更なる改善がなされたものを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記目的を達成すべく、従来の固体高分子形燃料電池用触媒であるPt触媒やPt合金触媒(特許文献1~3)について、製造方法の改良等の観点から耐久性向上の検討を行った。この検討過程において、所定の動的特性と耐久性との関連に着目した。所定の動的特性とは、触媒を電解液中で特定の電位で保持後(分極後)の触媒粒子の表面状態であり、詳しくは、触媒粒子表面に存在する全てのPtに対して、0価(ゼロ価)のPt(原子状Pt)が占める割合である。
【0010】
本発明者の検討によれば、同じ組成の触媒粒子を有する触媒であっても、その製造方法等によっては耐久性に差異が生じ得ることが確認されている。例えば、上記した特許文献3の触媒のような耐久性確保のための撥水層を備える触媒について、同じ組成の触媒金属(Pt-Co-Mn等)に同量のフッ素化合物(撥水層)を付与した触媒であっても、場合によって耐久性が特段に優れたものが得られることが確認されている。そして、本発明者の検討では、耐久性に特に優れた触媒は、上記動的特性において所定範囲を示すことが確認されている。
【0011】
以上の検討結果に基づき、本発明者は、Ptを必須の触媒金属とする固体高分子形燃料電池用触媒であって、上記課題を解決できるものを見出し本発明に想到するに至った。
【0012】
即ち、本発明は、Ptを必須の触媒金属として含む触媒粒子が炭素粉末担体上に担持されてなる固体高分子形燃料電池用触媒において、過塩素酸溶液中で1.2V(vs.RHE)で10分間電位保持後、X線光電子分光法による分析をしたとき、前記分析により測定される、全Ptに対する0価Ptが占める割合が75%以上95%以下であることを特徴とする固体高分子形燃料電池用触媒である。
【0013】
本発明は、上記のとおり、特定の電解液(過塩素酸溶液)で特定の電位(1.2V(vs.RHE))で電位保持したときの触媒粒子の表面状態によって特定される。そして、本発明の触媒における触媒粒子は、Ptを必須の触媒金属とするが、それ以外の組成(触媒金属の種類)や撥水層等の付加的構成の有無についての限定はなく、これらについては従来の触媒と同等となる。以下、本発明に係る固体高分子形燃料電池用触媒について、その特定のための条件から詳細に説明する。
【0014】
(A)本発明に係る固体高分子形燃料電池用触媒の動的特性
本発明に係る触媒は、過塩素酸溶液中で1.2V(vs.RHE)で10分間電位保持後の触媒粒子の表面状態によって規定される。この触媒粒子の表面状態は、X線光電子分光法による分析によって特定可能であり、その分析結果として全Ptに対する0価Ptが占める割合によって特定される。
【0015】
固体高分子形燃料電池駆動時の触媒における触媒粒子は、燃料電池反応による酸化の影響を受ける。この触媒粒子の酸化は、触媒の活性低下に繋がると考えられる。また、触媒の触媒活性を担う成分(金属)は、主としてPtである。従って、触媒の耐久性は、触媒粒子表面のPtの状態に強い関連があるといえる。そして、本発明者によれば、過塩素酸溶液中で1.2V(vs.RHE)で電位保持したときの触媒において、触媒粒子表面の全Ptに対する0価Ptが75%以上となるような触媒とすることで、耐久性の更なる改善を図ることができる。この理由の断定は困難であるが、本発明者は、組成や撥水層等の有無等で従来技術と同等の触媒粒子であっても、既知の方法では特定できない何らかの構造変化(Pt原子の配列、Ptと合金原子との結合状態の変化、フッ素化合物等の撥水層の構造変化等)を生じることがあり、これが上記電位保持条件によって検知されたものと考察する。
【0016】
過塩素酸溶液中で1.2V(vs.RHE)で電位保持後の触媒粒子表面の0価Ptの割合を75%以上とするのは、本発明者による検証結果に基づくものである。本発明者によれば、電位保持後の触媒粒子表面の0価Ptの割合が75%以上となる触媒において、従来技術を超える耐久性を示すことになるからである。この0価Ptの割合は、より好ましくは、80%以上とする。また、0価Ptの割合の上限に関しては、理想としては100%であるが、現実的には95%を上限として設定することが好ましい。
【0017】
ここで、固体高分子形燃料電池触媒を過塩素酸溶液中で電位保持後の触媒粒子表面のPtの状態としては、0価の金属状Ptの他、2価のPt(Pt2+)や4価のPt(Pt4+)が観察される。また、これら以外に酸素(O)又は水酸化物(OH)が吸着した結果、金属状Ptと電子状態が相違する状態のPtも観察される。触媒を高電位下で保持すると、触媒粒子表面のPtは、「0価Pt(原子状Pt)→O又はOHの吸着→2価のPt→4価のPt」といった状態変化が生じていると考えられる。そして、4価のPt(Pt4+)となった段階が触媒の劣化状態に相当すると考えられる。従って、上記条件により電位保持された後の触媒の触媒粒子表面において、4価のPtの割合が低くなる触媒が好ましいといえる。具体的には、上記電位保持及び分析により測定される、全Ptに対する4価Ptが占める割合が1.5%以下であることが好ましい。4価Ptの割合が1.5%を超える触媒は、燃料電池電極として実使用したとき、従来技術と同等以下の耐久性となることがある。
【0018】
尚、本発明では、上記条件で電位保持後の触媒粒子表面の状態を規定するものであり、製造直後及び電位保持前の触媒の状態は特に限定されない。つまり、製造直後や上記条件で電位保持される前の触媒において、触媒粒子の0価Ptの割合が75%以上である必要はない。もっとも、過塩素酸溶液中における1.2V(vs.RHE)での電位保持の処理は、触媒粒子を酸化させる処理であり、当該電位保持処理中に0価Ptの割合が増えることはないことから、製造直後や電位保持前の状態も0価Ptの割合が高いことが好ましい。具体的には、0価Ptの割合が75%以上であることは好ましく、より好ましくは90%以上である。
【0019】
触媒粒子表面における各種状態のPt(0価Ptや4価Pt)の割合は、X線光電子分光分析(XPS)によって特定される。XPSが物質の極表面の状態を定性的・定量的に分析可能な手段である。そして、触媒粒子表面の各種状態のPtのそれぞれを分析することができる。XPSによる触媒粒子表面の0価Ptの割合の測定の具体的な方法は、触媒から測定されるPt4fスペクトルに基づくのが好ましい。このとき、得られるスペクトルの波形は、0価Pt、2価Pt、4価Ptのそれぞれの状態由来のスペクトルの混合波形であるので、各状態に対応するピーク位置に基づき、測定スペクトルの波形分離を行い、個々のピーク面積を算出し、それらに基づき全Ptに対する0価のPt原子の割合が計算できる。尚、XPS分析の際、Pt4fスペクトルは67eVから87eVの範囲で測定できる。そして、波形分離においては、71.6eV(0価Pt)、72.2eV(O、OH吸着状態のPt)、74.0eV(2価Pt)、75.2eV(4価Pt)のピーク位置を設定することで、0価Ptの割合(ピーク面積比)を得ることができる。
【0020】
(B)本発明に係る固体高分子形燃料電池用触媒の触媒粒子の組成
本発明に係る固体高分子形燃料電池用触媒は、上記した所定条件での電位保持後の表面状態において特徴を有し、Ptを触媒粒子の必須の構成金属とすること以外に組成上・構成上の必須条件はない。Ptを必須の触媒金属とするのは、Ptが高活性であること、特に初期活性が高いことに基づく。本発明に係る固体高分子形燃料電池用触媒は、触媒粒子としてPtからなるものの他、Ptに他の金属が合金化したPt合金からなるものが適用される。
【0021】
Pt合金からなる触媒粒子としては、触媒金属としてPtと金属M1とを含み、金属M1としてCo、Ni、Feのいずれかが合金化された2元系Pt合金が挙げられる。これらの金属を合金化することで、触媒金属のPt使用量を低減しつつ高活性の触媒とすることができる。好ましくは、Pt-Co合金触媒、Pt-Ni合金触媒等が挙げられる。
【0022】
また、Ptに上記金属M1と、更に金属M2を合金化した3元系以上のPt合金も触媒金属として好ましい。ここで、金属M2は、Ni、Fe、Mn、Ti,Zr、Snのすくなくともいずれかが合金化される。尚、金属M2は、金属M1と相違する金属である。例えば、Pt-Co-Mn合金触媒、Pt-Co-Zr合金触媒、Pt-Co-Ni合金触媒等が挙げられる。
【0023】
Pt合金からなる触媒粒子が適用されるとき、合金組成は従来技術の組成を適用することができる。例えば、2元系合金のPt-Co合金触媒では、モル比でPt:Co=1:0.14~0.67の組成とするのが好ましい。
【0024】
また、3元系合金のPt-Co-Mn合金触媒では、モル比でPt:Co:Mn=1:0.25~0.28:0.07~0.10が好ましく、より好ましくはPt:Co:Mn=1:0.26~0.27:0.08~0.09とする。同じく、3元系合金のPt-Co-Zr合金触媒では、モル比でPt:Co:Zr=3:0.5~1.5:0.1~3.0とするのが好ましく、より好ましくはPt:Co:Zr=3:0.5~1.5:0.2~1.8とする。これらの3元系合金触媒は、Pt-Co触媒にMn、Zrを添加することでPt-Co触媒より高い初期活性を発揮させた触媒である。但し、Mn、Coの過剰添加は却って活性を低下させることから、上記範囲を適正範囲とする。
【0025】
(C)本発明に係る固体高分子形燃料電池用触媒の他の構成
(C-1)撥水層
また、本発明に係る触媒では、上記した従来技術で開示された撥水層等の付加的構造を備えることもできる。特に、特許文献3で開示されたC-F結合を有するフッ素化合物からなる撥水層は、触媒の耐久性向上のために好適な構成である。
【0026】
触媒の経時的な活性低下が生じる要因には、触媒粒子の粗大化等いくつかの現象が知られており、その一つとして触媒粒子を構成する金属(Pt、Co等の金属M1、Mn等金属M2)の溶出による劣化が挙げられる。この劣化機構は、カソード側の燃料電池反応で生成した水が介在する各金属の電気化学的溶解による触媒金属の消失である。
【0027】
C-F結合という高い結合力を有するフッ素化合物は、安定性が高く、撥水性等の特異な性質を有することが知られている。フッ素化合物からなる撥水層は、生成した水を速やかに触媒粒子表面から排出させ、水が介在する触媒金属の溶解を抑制することで活性低下を防ぎ、耐久性の向上が期待できる。
【0028】
撥水層を構成するフッ素化合物としては、撥水性高分子材料であるフッ素樹脂、フッ素系界面活性剤等がある。例えば、テフロン(登録商標)として知られる、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、テトラフルオロエチレン・エチレン共重合体(ETFE)、ポリビニリデンフルオライド(PVDF)、ポリクロロトリフルオロエチレン(PCTFE)や、ナフィオン(登録商標)として知られているパーフルオロスルホン酸系ポリマ、フッ化アクリレートとして知られているパーフルオロアクリル酸エステルが挙げられる。また、フッ素系界面活性剤としてパーフルオロブタンスルホン酸基(PFBS)系の界面活性剤も効果がある。
【0029】
本発明において、撥水層を形成するフッ素化合物の担持量は、触媒全体の質量を基準として3~20質量%とする。3質量%未満では上記の効果はなく、20質量%を超えると電極反応促進という触媒本来の機能が発揮できなくなるおそれがある。より好ましくは、8~20質量%であり、更に好ましくは、8~11質量%である。撥水層は、全ての触媒粒子について全面に対して形成されている必要はなく、部分的なもので良い。また、触媒粒子のみに形成されていても良いが、担体に対してフッ素化合物が担持されていても触媒活性に影響は生じない。
【0030】
以上説明したフッ素化合物からなる撥水層は、Pt合金触媒に有用であり、特に、3元系合金であるPt-Co-Mn合金触媒、Pt-Co-Zr合金触媒で有用である。上述の触媒金属の溶出の問題が生じ易いからである。但し、これら3元系合金の触媒に限定されるわけではない。また、本発明においては、フッ素化合物からなる撥水層を有する触媒であっても、過塩素酸溶液中で1.2Vで電位保持後の触媒粒子の0価Ptの割合が75%以上であることが当然に要求される。そのため、同じ量のフッ素化合物を含む同一組成の触媒であっても、この条件を具備するか否かで耐久性に差異が生じ得る。この差異は、触媒金属の担持工程や撥水層形成の処理工程の相違によって、組成やフッ素化合物等に関する分析・解析結果からは想起できない何らかの構造的相違が触媒間で生じていると推定される。
【0031】
(C-2)触媒粒子の平均粒径
本発明に係る触媒の触媒粒子の粒径は、平均粒径2~10nmであるものが好ましい。2nm未満は長時間の活性持続特性が明確に得られなくなるからであり、10nmを超えると触媒の初期活性が十分に得られなくなるからである。
【0032】
触媒粒子の平均粒子径は、例えば、TEM等の電子顕微鏡観察による映像に基づき、複数の触媒粒子の粒子径を測定することで平均値を算出して得ることができる。観察像における粒子径の測定は、目視の他に画像解析によって測定できる。尚、触媒粒子の平均粒子径は、100個以上の触媒粒子を任意に選択して測定することが好ましい。
【0033】
(C-3)炭素微粉末担体と担持密度
担体である炭素粉末は、比表面積が250~1200m2/gの炭素粉末を適用するのが好ましい。250m2/g以上とすることで、触媒が付着する面積を増加させることができるので触媒粒子を高い状態で分散させ有効表面積を高くすることができる一方、1200m2/gを超えると、電極を形成する際にイオン交換樹脂の浸入しにくい超微細孔(約20Å未満)の存在割合が高くなり触媒粒子の利用効率が低くなるからである。
【0034】
また、本発明に係る触媒は、固体高分子形燃料電池の電極としての性能を考慮し、触媒粒子の担持密度を30~70%とするのが好ましい。ここでの担持密度とは、担体に担持させる触媒粒子質量(担持させた白金、遷移金属M1、M2の合計質量)の触媒全体の質量に対する比をいう。
【0035】
(D)本発明に係る固体高分子形燃料電池の触媒の製造方法
次に、本発明に係る固体高分子形燃料電池の触媒の製造方法について説明する。本発明に係る触媒は、Pt又はPt合金(Pt-M1合金、Pt-M1-M2合金)からなる触媒粒子を炭素微粉末担体に担時して構成される。ここで、Pt触媒は、炭素微粉末担体にPtを適切に担持することで製造可能であり、適宜に熱処理等の後処理を経て製造することができる。一方、Pt合金触媒は、そのようにして製造されるPt触媒を前駆体とし、ここに合金化する金属(M1、M2)を担持し、熱処理等を経て製造される。よって、本発明に係る触媒の製造方法は、Pt触媒の製造工程が基礎となり、ここにPt合金触媒とするための金属(M1、M2)の担持工程、更に、熱処理や撥水層形成等のための後処理工程が組み合わされる。以下、これらの各工程について説明する。
【0036】
(D-1)Pt触媒の製造方法
(D-1-1)Ptの担持方法
Pt触媒の製造方法は、基本的工程として一般的な液相還元法に基づく。液相還元法では、炭素粉末担体とPt化合物溶液とを混合して混合溶液を製造し、この混合溶液に還元剤を添加してPtを還元・析出させて炭素粉末担体に担持することでPt触媒を製造することができる。但し、本発明では、耐久性良好なPt触媒を得るため、炭素粉末担体とPt化合物溶液との混合溶液の製造工程で、担体を粉砕しながらPt化合物溶液を添加している。
【0037】
触媒金属であるPtの原料となるPt化合物溶液としては、ジニトロジアンミンPt硝酸溶液、塩化Pt酸水溶液、塩化Pt酸カリウム水溶液、ヘキサアンミンPt水酸塩溶液が好ましい。水を溶媒として用いることから、水溶液中で安定であるこれらのPt錯体が好ましい。そして、このPt化合物溶液に担体となる炭素粉末を混合するが、上記のとおり、本発明では炭素粉末を粉砕しつつPt化合物溶液を混合することを必須の操作とする。この混合工程は、Pt化合物溶液のPtイオンを担体に担持する工程であり、Ptイオンの分散性、担持状態を決定付ける。本発明者によれば、この混合工程で担体を粉砕することで、Ptイオンの分散状態を好適なものとすることができる。
【0038】
粉砕処理の条件としては、炭素粉末の重量とPt化合物溶液の重量との比率が1:75から1:1000となるように、Pt化合物溶液の濃度を調整して粉砕処理をするのが好ましい。炭素粉末1gに対し、水が75gより少ないと混合溶液の粘度が高くなり、その後の還元処理の差異に不規則な反応が生じる可能性がある。また、水が1000gより多くなると混合溶液中のPt濃度が低すぎて還元反応が生じ難くなるからである。
【0039】
粉砕処理における粉砕器具としては、特に限定されないが、コロイドミルや遊星ボールミル等が適用できる。そして、混合溶液の粉砕時間は、3分間以上60分間以下とするのが好ましい。
【0040】
そして、粉砕処理後のPt化合物溶液と担体との混合溶液に対して、還元剤を添加する。還元剤は、アルコール(メタノール、エタノール等)が好ましい。エタノールに少量のメタノールを混合した、いわゆる変性アルコールも使用できる。還元剤の添加量は、混合溶液中のPt1molに対して4mol以上280mol以下とし、混合液に対して1体積%以上60体積%以下の濃度にしたものを添加するのが好ましい。
【0041】
還元剤添加後の還流(還元)の条件は、混合液の温度を60℃以上沸点以下として、還元時間を3時間以上6時間以下とするのが好ましい。還元処理によってPt粒子が担体上に担持される。
【0042】
(D-1-2)Pt触媒に対する熱処理
上記の還元処理後のPt触媒は、Pt合金触媒を製造するための前駆体として利用することができる。そして、この状態のPt触媒を本発明に係る固体高分子形燃料電池触媒とするためには、所定の熱処理が必要となる。
【0043】
この熱処理は、上記のようにして粉砕処理を伴う担持工程によって適切な分散状態とした触媒粒子(Pt粒子)について、その表面状態を調整して耐久性良好なPt触媒を形成するための処理である。この熱処理の温度は、800℃以上1200℃以下の比較的高温域に加熱温度が設定される。800℃未満では、耐久性良好な触媒となり難い。また、1200℃を超える熱処理は、触媒粒子の粗大化による初期活性の低下が懸念される。
【0044】
熱処理は、還元性ガス雰囲気や不活性ガス雰囲気等の非酸化性雰囲気で行うのが好ましく、還元性ガス雰囲気が特に好ましい。具体的には、水素ガス雰囲気(水素ガス50%以上)が好ましい。熱処理時間は、3分以上3時間以下とするのが好ましい。かかる高温での熱処理を行うことにより、本発明に係る固体高分子形燃料電池用触媒であってPt粒子を触媒粒子とするものが製造される。
【0045】
(D-2)Pt合金触媒の製造方法
(D-2-1)M1、M2の担持方法
Pt合金(Pt-M1合金、Pt-M1-M2合金)を触媒粒子とするPt合金触媒は、上記のようにして製造されたPt触媒に、金属M1、M2を担持し、合金化のための熱処理をすることで製造できる。ここで、金属M1、M2の担持も一般的な液相還元法が適用できる。即ち、Pt触媒に金属M1、M2の金属塩溶液を接触させ、還元処理してPt粒子の近傍に金属状態のM1、M2を析出させる。
【0046】
金属M1、M2の金属塩溶液としては、各金属の塩化物、硝酸塩、酢酸塩、硫酸塩の水溶液が適用できる。例えば、金属M1がCoの場合、その金属塩溶液としては塩化コバルト6水和物、硝酸コバルト、酢酸コバルト4水和物等が使用できる。金属M2がMnの場合、その金属塩溶液としては塩化マンガン4水和物、硝酸マンガン6水和物、酢酸マンガン4水和物等が使用できる。金属M1と金属M2の2つ以上の金属をPt触媒に担持する場合、Pt触媒に金属塩溶液を接触の順序は、特に限定されることはない。M1、M2の金属塩溶液を順次接触させても良いし、M1の金属塩溶液とM2との混合溶液を調整し、混合溶液とPt触媒とを接触させても良い。
【0047】
尚、金属M1、M2の担持量は、触媒粒子であるPt合金の組成(モル比)に対応する。よって、上記担持工程において、Pt触媒のPt担持量を考慮しながら、金属M1、M2の金属塩溶液の濃度及び量を設定して触媒粒子の組成を調節することができる。また、後述の酸化性溶液による処理を行う場合には、金属M1、M2の担持量を、設定した触媒粒子の組成(構成比率)に対して1.5~5倍程度になるように多めに担持させると良い。
【0048】
(D-2-2)M1、M2の合金化熱処理
Pt触媒への金属M1、M2の担持後、必要に応じて乾燥した後、熱処理してPtと金属M1、M2の各金属を合金化させる。この熱処理温度は、700~1200℃とする。700℃未満の熱処理では各金属間の合金化が不十分であり活性に乏しい触媒となる。また、1200℃を超える熱処理は、触媒粒子の粗大化が懸念されること、及び、設備的にも困難となることからこれを上限とした。この熱処理は非酸化性雰囲気で行うのが好ましく、特に還元雰囲気(水素ガス雰囲気等)で行うのが好ましい。熱処理時間は、30分以上5時間以下とするのが好ましい。
【0049】
(D-3)触媒粒子形成後の後処理
以上のようにして製造された本発明に係る触媒は、耐久性、初期活性等の触媒特性向上のための追加的・補完的な後処理の実施が許容される。具体的な処理としては、撥水層形成のためのフッ素化合物による処理、酸化性溶液による処理が挙げられる。特に、撥水層の形成は、上記条件での電位保持後の触媒粒子表面における0価Ptの割合を高める作用があり、触媒の耐久性向上の効果がある。
【0050】
(D-3-1)撥水層の形成処理(撥水処理)
撥水層の形成は、上記した熱処理により触媒粒子を形成した触媒に対して実施される。この撥水処理は、触媒をフッ素化合物溶液に浸漬し、フッ素化合物を触媒に担持させながら溶媒を揮発・蒸発させる処理である。ここで使用されるフッ素化合物溶液とは、上述したフッ素化合物を溶媒に溶解させた溶液である。この溶媒は、フッ素化合物を可溶な液体であり、フッ素系溶媒でも良いし非フッ素系溶媒でも良い。
【0051】
この撥水処理の好適な工程としては、まず、溶媒に触媒を浸漬・混合して分散液を調整し、分散液を室温で撹拌して触媒と溶媒とを馴染ませる。この際の溶媒の量は、触媒1gに対して10mL以上100mL以下とするのが好ましい。また、触媒と溶媒とを十分に馴染ませるため、分散液の攪拌時間を10分以上3時間以下とするのが好ましい。そして、分散液にフッ素化合物溶液を滴下する。このとき滴下するフッ素化合物溶液中のフッ素化合物の含有量は、触媒に担持させるフッ素化合物の目的量と等しくなるようする。また、このとき滴下するフッ素化合物溶液の溶媒量は、触媒1gに対して10mL以上100mL以下とするのが好ましい。以上の撥水処理の工程において、最初にフッ素化合物を含まない溶媒と触媒とを接触させ馴染ませるのは、その後のフッ素化合物溶液の滴下の際、フッ素化合物を好適な状態で触媒表面に担持させるためである。この点、まずフッ素化合物溶液を調整し、そこに触媒を浸漬・混合して処理してもフッ素化合物を担持することでき。しかし、その場合、フッ素化合物の担持状態の最適化は望めない。
【0052】
そして、以上のようにして製造したフッ素化合物溶液と触媒との混合液を加熱しながら撹拌することで、溶媒を除去して触媒にフッ素化合物を担持する。このときの加熱温度は、30℃以上150℃以下とし、溶媒の種類により設定される。フッ素化合物の好適な担持状態を発現させるため、この加熱温度は40℃以上90℃以下とするのがより好ましい。また、このときの攪拌時間は、30分以上3時間以下とする。攪拌は、溶媒がほぼ除去されるまで行っても良いが、前記の温度及び時間での攪拌後であれば、溶媒が残留した状態で攪拌を終了しても良い。攪拌後は、溶媒を完全に除去するため、乾燥機等で40℃以上150℃以下加温しても良い。
【0053】
(D-3-2)酸化性溶液処理
触媒に対する追加的処理としては、触媒を少なくとも1回、酸化性溶液に接触させても良い。固体高分子形燃料電池は、触媒表面で生じるプロトンが、水分及び電解質を介して伝導することによって発電が生じる。そのため、固体高分子形燃料電池用触媒には、触媒活性の観点から、ある程度の親水性(濡れ性)がある方が好ましい。そこで、本発明に係るPt触媒に対して、酸化性溶液に接触させることで、触媒の担体表面に親水基(ヒドロキシル基、ラクトン基、カルボキシル基等)が結合させて、親水性を付与し初期活性を向上させることができる。また、酸化性溶液は、Pt合金からなる触媒粒子に対して金属M1、M2の一部を溶出させる作用がある。そのため、酸化性溶液で処理することで金属M1、M2の担持量を調整することも可能となる。
【0054】
この処理で使用される酸化性溶液としては、硫酸、硝酸、亜リン酸、過マグネシウム酸カリウム、過酸化水素、塩酸、塩素酸、次亜塩素酸、クロム酸等の溶液が好ましい。これらの酸化性溶液の濃度は、0.1~1mol/Lとするのが好ましく、溶液に触媒を浸漬するのが好ましい。
【0055】
酸化性溶液による処理の条件としては、接触時間は、1~30時間が好ましく、2時間以上とするのがより好ましい。また、処理温度は、40~110℃が好ましく、60℃以上がより好ましい。尚、酸化性溶液処理は、触媒を酸化性溶液に1回接触させる場合のみならず、複数回繰り返し行っても良い。また、複数回の酸処理を行う場合には、処理ごとに溶液の種類を変更しても良い。
【0056】
酸化性溶液処理の実施のタイミングは、触媒金属(Pt、M1、M2)の担持及び熱処理後に行うことが好ましい。また、上記のフッ素化合物による処理を行う触媒については、フッ素化合物処理前に行うことが好ましい。尚、酸化性溶液処理は、複数回繰り返しても良いし、1回のみ実施しても良い。
【0057】
以上説明した後処理の実施により、本発明に係る触媒を製造することができる。
【0058】
(E)本発明に係る固体高分子形燃料電池用触媒の選定方法
上述したとおり、本発明に係る触媒は、過塩素酸溶液中で1.2V(vs.RHE)で電位保持後の触媒粒子の表面状態によって規定される。そして、当該電位保持処理後の触媒表面における、全Ptに対する0価Ptが占める割合を測定することにより、本発明の触媒であるか否かが判定される。全Ptに対する0価Ptが占める割合が75%以上95%以下であるならば、本発明の触媒であると判定される。この判定プロセスは、耐久性良好な固体高分子形燃料電池用触媒の選定方法としての側面を有する。即ち、任意の固体高分子形燃料電池用触媒について、この選定方法を適用することで好適な触媒を選定することができる。
【0059】
この選定方法は、触媒の電位保持処理とXPSによる分析処理と、分析結果の解析及び0価Ptの割合の算出と、更に、基準値をクリアしているか判断と、から構成される。
【0060】
触媒の電位保持処理は、上述したように、過塩素酸溶液中で1.2V(vs.RHE)、10分間電位保持する処理である。このとき過塩素酸溶液の濃度は、0.1mol/Lが好ましい。また、電解液は、予めアルゴンや窒素等の不活性ガスで脱気されたものが好ましい。電位保持処理時の対極は、Pt電極が適用できる。参照電極はAg/AgClが好ましい。触媒は粉末状態にあることから、電位保持処理・分析用のサンプル形態に調整することが好ましい。このサンプルは、例えば、Nafion(登録商標)等の固体電解質溶液に触媒を分散させ、これをガラス状カーボン電極等のバルク状電極に塗布・固定して調製することができる。
【0061】
過塩素酸溶液中での触媒試料の電位保持は、自然電極電位から1.2V(vs.RHE)まで速やかに印加しても良いが、1.2V(vs.RHE)以下の数点の電位で段階的に保持しながら1.2V(vs.RHE)まで印加しても良い。いずれにおいても1.2V(vs.RHE)の電位で10分間保持することを要する。1.2V(vs.RHE)で10分間電位保持後、速やかに通電を遮断してXPS分析を行う。
【0062】
触媒の電位保持からXPS分析までの間、触媒は酸素に触れないようにすることが必須である。従って、触媒の電気化学制御装置とXPS分析装置の分析室(チャンバー)とが、真空状態で連通していることが好ましい。この電解-XPS分析装置の具体例は後述する。XPS分析に関しては、分析装置の通常の分析条件、分析方法(使用方法)で分析可能である。
【0063】
XPS分析の結果の解析では、上述のとおり、Pt4fスペクトルに基づくのが好ましい。得られるスペクトルについて、公知の方法で適宜にソフトウエアの使用をして波形分離を行い、0価Pt、2価Pt、4価Ptの各状態に波形分離を行い、個々のピーク面積を算出し、それらに基づき全Ptに対する0価のPt原子の割合を計算する。そして、全Ptに対する0価Pt原子の割合の基準値75%をクリアしているかを判定する。選定対象の触媒の0価Pt原子の割合が75%未満である場合、これを固体高分子形燃料電池の電極としたとき耐久性に乏しい可能性があると推定される。
【0064】
以上の本発明に係る固体高分子形燃料電池用触媒の選定方法は、対象となる触媒を実際に燃料電池に組み込むことなく耐久性を評価するものであり、選定方法として簡便かつ低コストとなる方法である。
【発明の効果】
【0065】
以上説明したように本発明は、従来のPtを含む触媒粒子が担持された固体高分子形燃料電池用触媒に関し、耐久性が特に優れたものを提供する。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【
図1】本実施形態で使用した電解処理/XPS分析のための複合装置の構成を説明する図。
【発明を実施するための形態】
【0067】
以下、本発明の好適な実施形態を説明する。本実施形態では、固体高分子形燃料電池用触媒として、Pt触媒、Pt-Co合金触媒、Pt-Co-Mn合金触媒の3種の触媒を製造し、それらの動的特性と触媒特性を測定・評価した。
【0068】
実施例1(Pt触媒):
[Pt触媒の製造]
製造容器にジニトロジアンミンPt硝酸溶液996.42mL(Pt含有量:50.00g)と純水3793mLを投入した。そして、担体となる炭素微粉末(比表面積800m2/g、商品名:KB)50.00gを粉砕しながら添加した。その後、還元剤として変性アルコール(95%エタノール+5%メタノール)を540mL(10.8体積%)加えて混合した。この混合溶液を約95℃で6時間還流反応させてPtを還元した。その後、濾過、乾燥(60℃ 15時間)し洗浄した。
【0069】
[熱処理]
このPt触媒について熱処理を行った。熱処理は、100%水素ガス中で熱処理温度を1050℃として2時間行った。この熱処理により、実施例1となるPt触媒を得た。白金触媒の担持密度は52%であった。触媒粒子の平均粒径は4.2nmであった。
【0070】
実施例2(Pt-Co合金触媒):
Pt-Co合金触媒は、実施例1のPt触媒の製造工程で得られた、熱処理前の前駆体であるPt触媒にCoを担持して合金化して製造した。
【0071】
[Coの担持]
前駆体となるPt触媒を、塩化コバルト(CoCl2・6H2O)1.6gをイオン交換水100mLに溶解させた金属塩溶液に浸漬し、マグネティックスターラーにて攪拌した。そして、この溶液に濃度1質量%の水素化ホウ素ナトリウム(SBH)溶液500mLを滴下し攪拌して還元処理し、Pt触媒にCoを担持した。その後、ろ過・洗浄・乾燥した。
【0072】
[合金化熱処理]
Coを担持したPt触媒について合金化のための熱処理を行った。この熱処理は、100%水素ガス中で熱処理温度を1000℃として30分の熱処理を行った。
【0073】
[酸化性溶液による処理]
合金化熱処理後の触媒について酸化性溶液処理を行った。この処理は、熱処理後の触媒を、0.2mol/Lの硫酸水溶液中80℃にて2時間処理した後、濾過・洗浄・乾燥した。その後1.0mol/Lの硝酸水溶液(溶存酸素量0.01cm3/cm3(STP換算))中70℃にて2時間処理した後、濾過・洗浄・乾燥した。以上の工程により、Pt-Co合金触媒を得た(触媒金属の担持率50%)。
【0074】
この実施例2のPt-Co触媒について、重量分析及び蛍光X線分析による組成分析を行った。重量分析は、触媒を50mg秤量して空気中にて加熱してカーボン担体を燃焼・除去させ、残ったPt金属成分及びCo金属成分を水素還元した後にその重量を測定することで触媒中の金属成分を算出した。蛍光X線分析では、Pt-Co触媒中のCo量(質量%)を分析した。以上より、重量分析によって得られたPtCo金属成分量から蛍光X線分析で求めたCo量(質量%)を差し引くことで、Pt量(質量%)を算出した。その結果、実施例2の触媒粒子の組成は、Pt:Co=約1:0.33であることを確認した。また、触媒粒子の平均粒径は4.5nmであった。
【0075】
実施例3(Pt-Co-Mn合金触媒):
Pt-Co-Mn合金触媒は、実施例1のPt触媒前駆体に、Co及びMnを担持して合金化した後、フッ素化合物で処理して撥水層を形成して製造した。
【0076】
[Co、Mnの担持]
前駆体となるPt触媒を、塩化コバルト(CoCl2・6H2O)1.6gと塩化マンガン(MnCl2・4H2O)0.8gの双方をイオン交換水100mLに溶解させた金属塩溶液に浸漬し、マグネティックスターラーにて攪拌した。そして、この溶液に濃度1質量%の水素化ホウ素ナトリウム(SBH)溶液500mLを滴下し攪拌して還元処理し、Pt触媒にCo、Mnを担持した。その後、ろ過・洗浄・乾燥した。
【0077】
Co及びMnを担持したPt触媒について、実施例2と同じ条件で合金化熱処理を行った。更に、実施例2と同じ条件で酸化性溶液処理を行った。
【0078】
[撥水層の形成]
上記で製造したPt-Co-Mn3元系触媒について、フッ素化合物溶液で処理して撥水層を形成した。本実施形態では、フッ素化合物として、市販のフッ素樹脂材料(商品名:EGC-1700、住友スリーエム(株)製、フッ素樹脂含有量1~3%)を使用した。また、溶媒として、市販の希釈溶媒であるハイドロフルオロエーテル(商品名:Novec7100:住友スリーエム(株)製)を使用した。
【0079】
撥水処理は、まず、触媒5gを上記溶媒100mLに浸漬し、この分散液を室温で1時間攪拌した。そして、攪拌後の分散液に、上記フッ素化合物20mLを溶媒200mLに溶解させたフッ素化合物溶液を滴下した。フッ素化合物溶液を滴下後、混合溶液を60℃に加温し、この温度で1時間攪拌した。その後、乾燥機にて60℃で保持し、溶媒が完全になくなるまで蒸発させた。この処理により、フッ素化合物が触媒に担持され撥水層を有する触媒が製造された。この触媒におけるフッ素化合物の担持量は、触媒全体の質量を基準として8.6質量%であった。
【0080】
実施例3のPt-Co-Mn3元系触媒について、実施例2と同様にして組成分析を行ったところ、Pt合金の組成は、Pt:Co:Mn=1:0.33:0.07であった。また、触媒粒子の平均粒径は3.3nmであった。
【0081】
比較例1(Pt触媒):
ここでは、実施例1に対比すべきPt触媒を製造した。実施例1において、ジニトロジアンミン白金硝酸溶液に炭素微粉末担体を導入し、粉砕処理ではなく攪拌のみでスラリーを製造した。そして、実施例1と同様に還元処理して熱処理は行わずに白金触媒とした。このPt触媒の担持密度は50%であり、触媒粒子の平均粒径は2.5nmであった。
【0082】
比較例2(Pt-Co-Mn合金触媒):
次に、実施例3に対比すべきPt-Co-Mn3元系触媒を製造した。実施例3と同様にして、Pt触媒にCo及びMnを担持し、熱処理・酸化性溶液処理を行った後、撥水処理を行った。
【0083】
比較例2の撥水処理は、実施例3と同じフッ素化合物20mL及び溶媒200mLでフッ素化合物溶液を調整し、この溶液に触媒5gを浸漬して直ちに60℃に加温して1時間攪拌した。その後、乾燥機にて60℃で溶剤を除去して触媒を製造した。尚、この比較例2の触媒のPt合金の組成は、Pt:Co:Mn=1:0.33:0.07であった。また、触媒粒子の平均粒径は3.3nmであった。
【0084】
[動的特性の評価(電位保持処理-XPS分析)]
以上の実施例1~実施例3、比較例1、比較例2に係る触媒について、電位保持処理後の触媒粒子表面のPtの状態に関する特性を検討した。この電位保持処理とXPS分析は、
図1に示す複合装置にて実施した。
図1の複合装置は、触媒試料の電位保持処理チャンバーとXPS分析チャンバーが中間チャンバーを介して連結された構造を有する。まず、電位保持処理チャンバーにて、予め調整された触媒試料を電位保持処理する。電位保持チャンバー内では、触媒試料表面に脱気された0.1M過塩素酸溶液を供給しつつ、所定電位で保持する。そして、電位保持処理後の触媒試料は、真空排気された中間チャンバーを経て、真空の分析チャンバーに移送されてXPS分析装置にて分析される。
【0085】
本実施形態では、0.1M過塩素酸溶液で電位保持処理を行い、電位を1.2V(vs.RHE)に設定し(対極:白金電極)、電位保持時間を10分間として電位保持後分析に供した。XPS分析は、X線源を単色化Al―Kα線(1486.6eV)、出力を300W、測定範囲2mm×0.8mmとした。この分析において、発生した光電子のエネルギーを検出し広域光電子スペクトル(ワイドスペクトル)を取得した。
【0086】
そして、XPSにより得られたPt4fスペクトルに対して、電位保持後の触媒粒子表面における0価Ptの割合を算出するため、アルバック・ファイ株式会社ソフトウエア(MultiPak)を用いてデータ解析を行った。この解析では、「Pt」に3種の化学状態(0価Pt(0)、2価Pt(II)、4価Pt(IV))を想定した。そして、各状態のメインピーク位置を、0価Pt(0):71.6eV、2価Pt(II):74.0eV、4価Pt(IV):75.2eVとし、ソフトウエアにて測定されたPt4fスペクトルのピーク分離を行った。ピーク分離をし、各状態のピークの面積比から、それぞれの比率を算出した。
【0087】
次に、各触媒についての触媒特性の評価を行った。本実施形態では、初期活性の測定を行った後、電位サイクル試験によって触媒を劣化させたときの活性を測定して耐久性を評価した。
【0088】
[初期活性試験]
各実施例及び比較例及の触媒について、初期活性試験を行った。この性能試験は、Mass Activityを測定することにより行った。実験には単セルを用い、プロトン伝導性高分子電解質膜を電極面積5cm×5cm=25cm2のカソード及びアノード電極で挟み合わせた膜/電極接合体(Membrane Electrode Assembly、MEA)を作製し評価した(設定利用効率:40%)。前処理として、水素流量=1000mL/min、酸素流量=1000mL/min、セル温度=80℃、アノード加湿温度=90℃、カソード加湿温度=30℃の条件にて電流/電圧曲線を引いた。その後、本測定として、Mass Activityを測定した。試験方法は0.9Vでの電流値(A)を測定し、電極上に塗布したPt重量からPt1gあたりの電流値(A/g-Pt)を求めてMass Activityを算出した。
【0089】
[耐久試験]
更に、各触媒に対して耐久性を評価するための耐久試験(劣化試験)を行った。耐久試験は、上記の初期活性試験後の膜/電極接合体(MEA)に対して電位サイクル試験を行った。電位サイクル試験では、650-1050mVの間を掃引速度40mV/sで20時間(3600サイクル)掃引して前処理した。その後、650-1050mVの間を掃引速度100mV/sで掃引する本処理を行った。この本処理を24時間(10800サイクル)行い、更に、24時間(21600サイクル)掃引して触媒を劣化させた。この劣化した触媒(21600サイクル後)についてMass Activityを測定した。
【0090】
以上の特性評価及び初期活性試験と耐久試験の結果について、表1に示す。
【0091】
【0092】
本実施形態で検討する電位保持処理後の触媒粒子表面状態(0価Ptの割合)を規定することの効果は、基本的に同等の組成の触媒の対比によって確認できる。この点、Pt触媒である実施例1と比較例1との対比、及びPt-Co-Mn3元系触媒である実施例3と比較例2との対比から、電位保持処理後の0価Ptの割合が75%以上の触媒とすることで、耐久試験後の活性維持率が上昇し、耐久性が向上することが確認できる。実施例3と比較例2との対比から、同じ組成の触媒でも撥水処理の最適化によって、電位保持処理後の0価Ptの割合に差異が生じると考えられる。また、これらの実施例と比較例との対比結果をみると、電位保持処理後の0価Ptの割合を75%とすることは、初期活性を向上させる作用は少ないと考えられる。
【0093】
また、初期活性のみをみると、実施例1のPt触媒よりも、Pt合金(実施例2のPt-Co、実施例3のPt-Co-Mn)が高活性である。但し、Pt触媒は、初期活性はさほど高くないが、耐久試験後の活性維持率は比較例1でも比較的高い。即ち、Pt触媒は、本来的に耐久性が高い触媒と見受けられる。
【0094】
本発明の主題事項である、電解処理後の触媒粒子表面状態で規定することの技術的意義は、Pt合金触媒、特にPt-Co-Mn触媒のような3元系合金の触媒といえる。比較例2のPt-Co-Mn触媒は、初期活性は高いが、耐久試験後の活性維持率が極めて低い(26.3%)。これは、Pt-Co-Mn触媒は、耐久性が低くなる傾向があることを意味する。そして、このPt-Co-Mn触媒について、電位保持処理後の0価Ptの割合が高くなるようにすると、活性維持率が56.4%倍以上となる(実施例3)。そして、この実施例3の触媒は、初期活性と耐久試験後の活性のいずれもが最大である。このように、触媒粒子の組成と撥水層の設定に加えて、これらから直接認識し難い表面状態の最適化をおこなうことで初期活性と耐久性の双方を好適にできることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0095】
本発明によれば、固体高分子形燃料電池の電極触媒として、良好な初期活性を維持して、耐久性の改善を達成することができる。本発明は、燃料電池の普及に資するものであり、ひいては環境問題解決の基礎となるものである。