(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-15
(45)【発行日】2023-09-26
(54)【発明の名称】物質検出装置
(51)【国際特許分類】
G01N 33/558 20060101AFI20230919BHJP
G01N 33/543 20060101ALI20230919BHJP
【FI】
G01N33/558
G01N33/543 551M
G01N33/543 521
(21)【出願番号】P 2021521902
(86)(22)【出願日】2020-05-29
(86)【国際出願番号】 JP2020021458
(87)【国際公開番号】W WO2020241871
(87)【国際公開日】2020-12-03
【審査請求日】2021-09-09
(31)【優先権主張番号】P 2019101208
(32)【優先日】2019-05-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(73)【特許権者】
【識別番号】591030237
【氏名又は名称】BIPROGY株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001841
【氏名又は名称】弁理士法人ATEN
(72)【発明者】
【氏名】石田 晃彦
(72)【発明者】
【氏名】渡慶次 学
【審査官】三木 隆
(56)【参考文献】
【文献】特許第4719669(JP,B2)
【文献】特表平09-500443(JP,A)
【文献】特表2018-533002(JP,A)
【文献】特開2016-185119(JP,A)
【文献】特開2015-230221(JP,A)
【文献】特開2016-191658(JP,A)
【文献】特開2020-020601(JP,A)
【文献】前田陵我,ペーパーデバイスによるPOCTのための高感度競合イムノアッセイの実現,化学とマイクロ・ナノシステム学会研究会講演要旨集,2018年10月30日,Vol.38th,Page.45
【文献】前田陵我,ペーパーデバイスによる懸濁試料の簡易・迅速分析のための前処理ユニットの開発,分析化学討論会講演要旨集,2020年05月15日,Vol.80th,P2028
【文献】Takeshi Komatsu,Dip-Type Paper-Based Analytical Device for Straightforward Quantitative Detection without Precise Sample Introduction,ACS Sens,2021年04月04日,Vol.6 No.3,Page. 1094-1102
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/543
G01N 33/558
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酵素と基質の作用に起因して発生する発色の強度に基づいて検体中の被検出物質を検出する物質検出装置であって、
親水性領域と当該親水性領域の外縁を画定する疎水性領域とを有
し、少なくとも前記親水性領域が紙の繊維で構成されたシートを備えており、
前記親水性領域に、
前記検体を含んだ試料液が供給される試料供給部と、
前記基質を含んだ発色部と、
前記試料供給部から前記発色部までを結ぶ中間流路と、が形成されており、
前記検体に由来しない前記被検出物質が前記酵素によって標識された複合物である第1標識物質が、前記試料液、前記試料供給部及び前記中間流路の少なくともいずれかに、固定されずに含まれており、
前記被検出物質に結合する物質である捕捉物質が、前記試料供給部及び前記中間流路の少なくともいずれかに、固定されずに含まれており、
前記中間流路が、前記第1標識物質が前記中間流路中を移動する速度を
、前記第1標識物質と前記捕捉物質との複合物である第2標識物質が前記中間流路中を移動する速度より大きくする速度調節物質
である界面活性剤を含んで
おり、
前記速度調節物質が、前記第1標識物質及び前記第2標識物質と前記シートの前記親水性領域を構成する紙の繊維との相互作用を調節することで、前記第1標識物質及び前記第2標識物質同士で前記速度の差を生じさせるものであり、
前記試料液が前記試料供給部に供給された際に、前記第1標識物質と前記検体中の前記被検出物質とが、前記試料供給部及び前記中間流路の少なくともいずれかにおいて競争的に前記捕捉物質と結合することにより、前記第1標識物質と前記第2標識物質とが、前記第1標識物質の濃度が前記検体中の前記被検出物質の濃度に応じた大きさとなりつつ前記中間流路に存在することとなることを特徴とする物質検出装置。
【請求項2】
前記試料液が、前記第1標識物質が前記発色部に到達し且つ前記第2標識物質が前記発色部に到達しない量に調整されていることを特徴とする請求項
1に記載の物質検出装置。
【請求項3】
前記親水性領域及び前記疎水性領域を有する複数のシートが積層された積層体を備えていることを特徴とする請求項1
又は2に記載の物質検出装置。
【請求項4】
前記発色部が、前記複数のシートにおける前記中間流路とは別のシートに形成されていることを特徴とする請求項
3に記載の物質検出装置。
【請求項5】
前記第1標識物質
が、前記試料液に含まれて
いることを特徴とする請求項1~
4のいずれか1項に記載の物質検出装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シートを使用した物質検出装置に関する。
【背景技術】
【0002】
物質検出の一手法として、酵素免疫測定の一つである競合法がある。この手法では、反応容器(ウェル)内において、濃度の検出対象となる検体由来の抗原(目的抗原)に、酵素を標識した検体由来でない抗原(標識抗原)を加えて、この二者間で抗体との反応を競争的に行わせる。反応のあと抗体に結合した標識抗原の量を酵素反応による発色を利用して測定するために、未反応の目的抗原および標識抗原を洗浄によって反応容器から除去する。この洗浄過程で、反応した標識抗原が洗い出されないようにするため、抗体は始めから反応容器の底に固定されている必要がある。このように、従来の競合法では、一般的には未反応の標識抗原と抗体に結合した標識抗原が明確に分離されることが不可欠である。なお、従来の反応容器としては、ポリスチレン製のマイクロタイタープレートが一般的に利用されている。
【0003】
一方、濾紙のようなシートにウェルや流路を印刷することで作製された2次元的な反応容器の中で様々な反応を行う手法も報告されている。これによると酵素免疫測定を安価、簡便、迅速に実施できることから、近年、かかるシート状の酵素免疫測定法や免疫測定用紙製チップが世界中で活発に開発されている。シート状の酵素免疫測定法については、すでに多くの報告がある。そのうちの一部である非特許文献1~5では、抗体は、紙繊維に塗布されたキトサンに架橋試薬(グルタルアルデヒド)を用いて固定化されている。抗体の固定化工程は、キトサンの塗布、乾燥、グルタルアルデヒドの塗布、キトサンとグルタルアルデヒドの反応、未反応グルタルアルデヒドの洗浄、乾燥、抗体の塗布、抗体とグルタルアルデヒドの反応、未反応抗体の洗浄除去等からなる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】L.S.A.ブサ他(Busa, L. S. A.; Mohammadi, S.; Maeki, M.; Ishida, A.; Tani, H.; Tokeshi)著「低分子の微小流体式紙ベースの分析的検出のための競合イムノアッセイシステム(A competitive immunoassay system for microfluidic paper-based analytical detection of small size molecules)」、Analyst、2016年、141、p.6598~6603
【文献】ウォン,S他(Wang, S.; Ge, L.; Song, X.; Yu, J.; Ge, S.; Huang, J.; Zeng, F.)著「紙ベースの化学ルミネセンスELISA:キトサン修飾された紙デバイス及びワックス・スクリーン印刷に基づくラボオンペーパー(Paper-Based Chemiluminescence ELISA: Lab-on-Paper Based on Chitosan Modified Paper Device and Wax-Screen-Printing.)」、Biosens. Bioelectron.、2012年、31(1)、p.212-218
【文献】ガー,L他(Ge, L.; Yan, J.; Song, X.; Yan, M.; Ge, S.; Yu, J. )著「バイオマーカー及びPOCTの多検体測定用の電気化学発光法を用いた3次元紙ベースの免疫測定デバイス(Three-Dimensional Paper-Based Electrochemiluminescence Immunodevice for Multiplexed Measurement of Biomarkers and Point-of-Care Testing.)」、Biomaterials、2012年、33(4)、1024~1031
【文献】リウ,W他(Liu, W.; Cassano, C. L.; Xu, X.; Fan, Z. H.)著「マウス血清中のコチニン分析用の化学ルミネセンス免疫測定法による折り畳み式積層紙ベースの分析デバイス(LPAD)(Laminated Paper-Based Analytical Devices (LPAD) with Origami-Enabled Chemiluminescence Immunoassay for Cotinine Detection in Mouse Serum.)」 Anal. Chem. 2013、85(21)、p.10270~10276.
【文献】キム,S他(Khim, S.; Soon, T. A.)著「麦わら紙をベースとした比色抗体-抗原センサー(Straw-Housed Paper-based Colorimetric Antibody-Antigen Sensor)」Analytical methods、2016、p.1~10
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
非特許文献1~5では、上記のような抗体の固定工程に多くの操作と長い時間を要する。また、固定化工程において実施される洗浄液の除去は、従来のポリスチレン製の反応容器で行われていたような吸引や振り払いでは困難であるため、実験用ワイパーのような紙等に吸い取ることで行う。このように、シート状の物質検出装置では、製造工程が煩雑であることが製品化の課題となっていた。
【0006】
本発明の目的は、シートを用いた場合でも製造が容易である物質検出装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の物質検出装置は、酵素と基質の作用に起因して発生する発色の強度に基づいて検体中の被検出物質を検出する物質検出装置であって、親水性領域と当該親水性領域の外縁を画定する疎水性領域とを有し、少なくとも前記親水性領域が紙の繊維で構成されたシートを備えており、前記親水性領域に、前記検体を含んだ試料液が供給される試料供給部と、前記基質を含んだ発色部と、前記試料供給部から前記発色部までを結ぶ中間流路と、が形成されており、前記検体に由来しない前記被検出物質が前記酵素によって標識された複合物である第1標識物質が、前記試料液、前記試料供給部及び前記中間流路の少なくともいずれかに、固定されずに含まれており、前記被検出物質に結合する物質である捕捉物質が、前記試料供給部及び前記中間流路の少なくともいずれかに、固定されずに含まれており、前記中間流路が、前記第1標識物質が前記中間流路中を移動する速度を、前記第1標識物質と前記捕捉物質との複合物である第2標識物質が前記中間流路中を移動する速度より大きくする速度調節物質である界面活性剤を含んでおり、前記速度調節物質が、前記第1標識物質及び前記第2標識物質と前記シートの前記親水性領域を構成する紙の繊維との相互作用を調節することで、前記第1標識物質及び前記第2標識物質同士で前記速度の差を生じさせるものであり、前記試料液が前記試料供給部に供給された際に、前記第1標識物質と前記検体中の前記被検出物質とが、前記試料供給部及び前記中間流路の少なくともいずれかにおいて競争的に前記捕捉物質と結合することにより、前記第1標識物質と前記第2標識物質とが、前記第1標識物質の濃度が前記検体中の前記被検出物質の濃度に応じた大きさとなりつつ前記中間流路に存在することとなる。
【0008】
本発明の物質検出装置によると、第1標識物質及び第2標識物質は酵素によって標識されており、発色部は基質を含んでいる。したがって、発色部にこれらの標識物質が到達すると、標識物質中の酵素と基質との作用に応じて発色部が発色する。発色部における発色は、発色部に到達したこれらの標識物質の濃度に応じた強度となる。
【0009】
一方、中間流路に含まれている速度調節物質により、第1標識物質は第2標識物質より早く発色部に到達する。したがって、第1標識物質が発色部に到達してから第2標識物質が発色部に到達するまでに発色部において発生する発色の強度を評価することで、第1標識物質の濃度を評価することができる。中間流路中の第1標識物質の濃度は、検体中の被検出物質の濃度に応じた大きさとなる。このため、発色部の発色の強度を評価することで、検体中の被検出物質の濃度を評価できる。
【0010】
さらに、本発明においては、被検出物質と結合させるための捕捉物質がシートに固定されていない。したがって、本発明の物質検出装置は、製造工程において捕捉物質の固定化工程を必要としない。よって、かかる固定化工程を必要とする従来技術と比べ、製造が容易である。
【0011】
なお、本発明における「固定されずに含まれている」とは、装置の使用時にシート上で物質が移動しないようにこれをシートに固定するための化学的な固定手段(例えば、キトサン及びグルタルアルデヒドを用いた、抗体(捕捉物質)のシートへの従来の固定手段)が用いられずに含まれていることを示す。また、本発明における「被検出物質」は、特に限定がない限り、検体由来のものとそうでないものとのいずれにも該当し得る。また、第1標識物質及び捕捉物質の両方が、試料液、試料供給部及び中間流路の少なくともいずれかに含まれている態様においては、第1標識物質と捕捉物質で含まれている箇所が異なっていても、同じであってもよい。
【0012】
また、被検出物質と捕捉物質の組み合わせは、例えば、抗原と抗体の組み合わせであってもよいし、アプタマーとその標的分子の組み合わせ、酵素と基質の組み合わせ、あるいは、酵素とその阻害剤の組み合わせであってもよい。
【0013】
また、速度調節物質が界面活性剤であることにより、後述の実施例に示すように、第1標識物質と第2標識物質の間で中間流路中を移動する速度に適切に差を生じることができる。
【0014】
また、本発明においては、前記試料液が、前記第1標識物質が前記発色部に到達し且つ前記第2標識物質が前記発色部に到達しない量に調整されていることが好ましい。これによると、第2標識物質が発色部に到達しないので、第1標識物質が発色部を発色させる強度に基づき、検体中の被検出物質の濃度を適切に評価できる。
【0015】
また、本発明においては、前記親水性領域及び前記疎水性領域を有する複数のシートが積層された積層体を備えていることが好ましい。これによると、複数のシートが積層されることにより、親水性領域において乾燥が過度に進むのが抑制される。
【0016】
また、本発明においては、前記発色部が、前記複数のシートにおける前記中間流路とは別のシートに形成されていることが好ましい。仮に、1つのシートに中間流路と発色部の両方が形成されているとすると、1枚のシートに沿った方向に関する試料液の浸透のみによって中間流路から発色部への試料液の浸透が進んでいく。これによって、発色部における発色が進行する。したがって、シートに沿った方向に関する発色のむらが生じやすい。これに対し、発色部が中間流路とは別のシートに形成されていると、中間流路から発色部へとシート間を跨ぐように試料液の浸透が進むことによって発色が進んでいくことになる。よって、シートに沿った方向に関する発色のむらが生じにくい。したがって、発色部の発色強度に基づいて検体中の被検出物質の濃度を適切に評価できる。
【0017】
また、本発明においては、前記第1標識物質が、前記検体に由来しない前記被検出物質が前記酵素によって標識された複合物であって、前記試料液に含まれており、前記捕捉物質が、前記試料供給部及び前記中間流路の少なくともいずれかに含まれており、前記第2標識物質が、前記第1標識物質と前記捕捉物質との反応により生成されてもよい。これによると、検体中の被検出物質と第1標識物質とが捕捉物質と競争的に反応する。したがって、第1標識物質が検体中の被検出物質の濃度に応じた濃度で適切に中間流路中に存在することとなる。
【0018】
また、本発明においては、前記第1標識物質が、前記試料液に含まれていてもよい。これによると、第2標識物質は検体中の被検出物質の濃度に応じて発生する。したがって、被検出物質と結合していない第1標識物質が検体中の被検出物質の濃度に応じた濃度で適切に中間流路中に存在することとなる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明の一実施形態である第1の実施形態に係る紙デバイスの分解斜視図である。
【
図2】
図1の紙デバイスのII-II線断面図である。
【
図3】
図1の紙デバイスの使用方法を示すフロー図である。
【
図4】目的抗原をプロゲステロンとした
図1の紙デバイスの一実施例に係る結果を示すグラフである。
【
図5】目的抗原(プロゲステロン)を含むものと含まないものとの2種類の試料液を用いると共に界面活性剤の濃度を変更しつつ行った
図1の紙デバイスの別の一実施例に係る結果を示すグラフである。
【
図6】本発明の別の一実施形態である第2の実施形態に係る紙デバイスの分解斜視図である。
【
図7】第1の実施形態の変形例に係る紙デバイスの分解斜視図である。
【
図8】第1の実施形態の別の変形例に係る紙デバイスを用いて行った検査結果を示すグラフである。
【
図9】第1の実施形態の別の変形例に係る紙デバイスの分解斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
<第1の実施形態>
以下、本発明の一実施形態である第1の実施形態に係る紙デバイス1について説明する。紙デバイス1は、検体中の抗原(以下、目的抗原という。)の濃度を検出する装置である。本装置は、例えば、動物の血液等の検体に含まれるプロゲステロンを検出するために用いられる。目的抗原(本発明における被検出物質)としては、抗原抗体反応における抗原となり得る物質であれば、どのような物質であってもよい。プロゲステロンの他、例えば、ビオチン、コルチゾール、エストロゲン、テストステロン、プロラクチン、ANP(心房性ナトリウム利尿ペプチド)、BNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)、アフラトキシン、オクラトキシン、パツリン、デオキシニバレノール、ニバレノール等が対象とされてよい。なお、目的抗原と抗体(本発明における捕捉物質)の組み合わせの代わりに、アプタマーとその標的分子の組み合わせ、酵素と基質の組み合わせ、酵素とその阻害剤の組み合わせ等が用いられてもよい。アプタマーとしては、核酸アプタマー及びペプチドアプタマーのいずれでもよい。アプタマーの標的分子としては、例えば、金属イオン、複素環分子、アミノ酸、ヌクレオシド、ヌクレオチド、糖質、ペプチド、タンパク質、リボソーム等のタンパク質複合体、ウイルス、バクテリア、がん細胞等があり得る。このように、検出の対象となる物質(本発明における被検出物質)とその物質に結合する物質(本発明における捕捉物質)との組み合わせであれば、様々な物質の組み合わせが用いられてよい。
【0021】
紙デバイス1においては、少なくとも2つの物質が関わって生じる発色が利用されている。2つの物質の一方は酵素であり、後述の通り、抗原と結合した複合体として試料液に含まれた状態で用いられる。2つの物質の他方は発色基質1(色原体)であり、後述の通り、紙デバイス1に部分的に含まれている。酵素及び発色基質1の組み合わせによっては、発色のために発色基質2が必要となる場合がある。この場合、発色基質2は、後述の通り、例えば、試料液に含まれた状態で用いられる。かかる酵素、発色基質1及び2としては、表1に掲げる物質が使用されてもよい。表1に示すように、酵素の候補として西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)、β-ガラクトシダーゼ(β-GAL)等のいずれか1つが使用可能であり、酵素の各候補に対して複数の発色基質1の候補が存在する。例えば、HRPに対しては1,2-フェニレンジアミン、3,3’,5,5’-テトラメチルベンジジン(TMB)等のいずれか1つが使用可能である。発色基質2としては、酵素及び発色基質1の組み合わせに応じて決定される。例えば、酵素及び発色基質1としてHRP及び3,3’-ジアミノベンジジン(DAB)が使用される場合、発色基質2としてH2O2が使用される。また、酵素及び発色基質1としてHRP及びN-エチル-N-(3-スルホプロピル)アニリンナトリウム(ALPS)が使用される場合、発色基質2としてH2O2及び4-アミノアンチピリン(4-AA)の両方が使用される。一方、例えば、酵素及び発色基質1としてアルカリホスファターゼ(ALP)及びD-グルコース-6-リン酸(NADP)が用いられる場合、発色基質2は不要である。
【0022】
【0023】
次に、紙デバイス1の構成について、
図1及び
図2を参照しつつ説明する。以下、
図2の左右方向をA方向とする。紙デバイス1は、濾紙等の吸水性を有するシートからなるシート10、20及び30が積層した積層体2を備えている。以下、シートが積層された方向を積層方向という。積層体2は、互いに分離した2枚のシートが積層することで構成されてもよいし、1つのシートが2つに折り畳まれることで構成されていてもよい。後者の場合、例えば、シート10~30が互いに一列に繋がって1枚のシートを構成する。そして、この1枚のシートが、シート10、20及び30の互いの境界線を折れ線として折り畳まれることで、シート10~30が積層した積層体2が形成される。
【0024】
積層体2は、
図2に示すように、左上から右下に向かう方向に沿った斜線からなるハッチングの領域2aと、右上から左下に向かう方向に沿った斜線からなるハッチングの領域2bとを含んでいる。領域2bは、疎水性のインクを含侵させた疎水性を有する領域である。以下、領域2bを疎水性領域2bという。これに対し、領域2aにはかかるインクを含侵させていない。このため、領域2aは親水性を有する領域である。以下、領域2aを親水性領域2aという。親水性領域2aの一か所に水や水溶液からなる液体を含ませると、その液体は、時間の経過に伴ってその一か所から周囲へと浸透していくことによって広がっていく。液体の広がりは、親水性領域2aと疎水性領域2bとの境界に到達するまで継続する。シート10及び20のそれぞれは親水性領域2a及び疎水性領域2bの両方を含んでいる。シート30は全体が疎水性領域2bによって形成されている。
【0025】
疎水性領域2bのパターンは、例えば、疎水性のソリッドインクを用い、ソリッドインク用のインクジェットプリンターを使用してシート上に印刷することで形成する。パターンの印刷後、乾燥機を用いてシートを加熱することにより、シート上のインクを融解させつつシート中に浸透させる。これにより、シートの一方の表面から他方の表面まで疎水性のインクを含浸した疎水性領域2bが形成される。疎水性領域2bは、疎水性のインクの乾燥物がシート中に存在した状態となる。なお、シート上へのパターンの形成には、ソリッドインク式以外のインクジェットプリンターの他、スクリーン印刷、フォトリソグラフィー等が使用されてもよい。
【0026】
積層体2は、
図1及び
図2に示すように、親水性領域2aによって形成された流路40を有している。流路40は、シート10及び20のそれぞれの親水性領域2aが互いに連通することで形成されている。シート10には、A方向に沿って一列に並んだ導入孔11及び発色部12が形成されている。導入孔11は、
図2においてシート10の右端部寄りの位置に配置されている。導入孔11は、
図1に示すように円板形状を有している。導入孔11には試料液が導入される。試料液は、目的抗原を含んだ水溶液である検体に、酵素によって標識された、検体由来でない抗原からなる複合体(本発明における第1標識物質)の水溶液を混合させたものである。以下、この複合体を標識抗原という。標識抗原における抗原としては、目的抗原と同じ物質が用いられる。また、発色のために発色基質2も必要となる場合、試料液はさらに発色基質2を含んだものとする。また、シート10には発色部12が形成されている。発色部12は流路40の一部である。発色部12は、
図2においてシート10の左端部寄りの位置に配置されている。発色部12は、
図1に示すように、導入孔11と同じ円板形状を有している。発色部12には発色基質1が含まれている。
【0027】
シート20には、流路40の一部である試料供給部21、2つの中間部22及び2つの連通部24が形成されている。これらは、
図2に示すように、右から試料供給部21、連通部24、中間部22、連通部24及び中間部22の順に、A方向に沿って一列に並んでいる。これらのうち、試料供給部21及び中間部22は、
図1に示すように、シート10の導入孔11及び発色部12と同じ円板形状を有している。試料供給部21は、積層方向から見てシート10の導入孔11とちょうど重なる位置に配置されている。試料供給部21には、目的抗原に対する抗体(以下、単に抗体という。)が固定されずに含まれている。なお、「固定されずに」とは、紙デバイス1の使用時に抗体が移動しないようにこれをシート20に固定するための化学的な固定手段が用いられていないことをいう。試料供給部21に試料液が供給されると、試料液中の目的抗原及び標識抗原が試料供給部21に含まれた抗体と反応する。これにより、試料液中には、目的抗原-抗体複合体、標識抗原-抗体複合体(第2標識物質)、未反応の目的抗原及び未反応の標識抗原の4成分が生じる。
【0028】
図2において最も左端に位置した中間部22は、積層方向から見てシート10の発色部12とちょうど重なる位置に配置されている。この中間部22と発色部12は、積層方向に関して互いに接触している。各連通部24は、
図1に示すようにA方向に沿って直線状に延びている。2つの連通部24は、試料供給部21及び2つの中間部22同士をA方向に連通させている。試料供給部21、2つの中間部22及び2つの連通部24が互いに連通することにより、試料供給部21から発色部12に至る試料液の流路が形成されている。なお、2つの中間部22及び2つの連通部24からなる流路は、本発明における中間流路に対応する。
【0029】
試料供給部21、2つの中間部22及び2つの連通部24には、全体に速度調節剤(本発明における速度調節物質に対応)が含まれている。速度調節剤は、流路40を構成する紙繊維と上記4成分との相互作用を調節し、4成分の間に移動速度の差を生じさせるものである。上記4成分は、互いに分子サイズが異なると共に分子構造に起因する親水性が異なることから、紙繊維との間に作用する相互作用の大きさが異なる。速度調節剤は、これを利用し、成分同士で移動速度に差を生じさせるものである。速度調節剤には、未反応の標識抗原が標識抗原-抗体複合体より先に移動していくようにこれらの成分の移動速度に差を生じさせるものが選択されればよい。4成分中のその他の成分については速度差が生じても生じなくてもよい。速度調節剤として、例えば、PBST(Phosphate buffered saline with Tween-20)等の界面活性剤が用いられてよい。
【0030】
[紙デバイス1の使用方法]
以下、紙デバイス1の使用方法について
図3を参照しつつ説明する。まず、試料液を調製する(ステップS1)。試料液の調製においては、標識抗原の水溶液を準備する。この水溶液は、あらかじめ設定された所定の濃度及び所定量とする。そして、この水溶液に、目的抗原を含んだ検体を所定量、混合する。このように取得した標識抗原及び目的抗原の水溶液を、必要に応じて発色基質2の水溶液をさらに混合して試料液とする。
【0031】
次に、調製した試料液を、
図1に示すように導入孔11から試料供給部21に導入する(ステップS2)。試料液は、試料供給部21から、2つの中間部22及び2つの連通部24を経て、発色部12に向かって浸透していく。試料液中では、目的抗原及び標識抗原は、試料供給部21に含まれた抗体と反応する。これにより、試料液中には、上記の通り、目的抗原-抗体複合体、標識抗原-抗体複合体、未反応の目的抗原及び未反応の標識抗原の4成分が生じる。目的抗原及び標識抗原は、互いに競争的に抗体と反応するので、試料液中、未反応の標識抗原の濃度は、検体中に元々含まれていた目的抗原の濃度に応じた大きさとなる。上記4成分は、発色部12に向かって浸透していく試料液の流れに乗って移動する。一方、試料供給部21、2つの中間部22及び2つの連通部24には速度調節剤が含まれている。この速度調節剤は、上記の通り、未反応の標識抗原が標識抗原-抗体複合体より先に移動していくようにこれらの間に速度差を生じさせる。これにより、未反応の標識抗原が標識抗原-抗体複合体より先に発色部12に到達する。
【0032】
なお、速度調節剤により速度差が生じた結果、上記4成分は、流路40中で互いに異なる範囲に分布することになる。この上記4成分の流路40での分布は、互いに明瞭に区別がつくほど狭いバンドを形成している必要はなく、広いバンドを形成してその一部が重なっていてもよい。試料供給部21に滴下する試料液の体積は、流路40全体をちょうど濡らす程度にすることにより、試料液が発色部12に到達したときに試料液の流れが停止するとともに成分の移動も停止する。さらに、流路40の乾燥が進むことにより、異なる速度で移動した成分が、流路40内の各領域に互いに分離されることになる。未反応の標識抗原が発色部12に到達すると、その標識抗原に標識された酵素と発色部12の発色基質1とが(場合によって発色基質2も含めて)反応することで、発色部12が発色する。発色の強度は、発色部12に到達する未反応の標識抗原の濃度に応じた大きさとなる。一方、未反応の標識抗原の濃度は、上記の通り、検体中に元々含まれていた目的抗原の濃度に応じた大きさとなる。したがって、発色部12の発色は、目的抗原の濃度が高いほど強くなる。
【0033】
次に、紙デバイス1をデジタルカメラで撮影する(ステップS3)。撮影は、発色部12が発色した状況が撮影範囲に含まれるように実施される。次に、ステップS3の撮影結果に基づいて、検体中の目的抗原の濃度に関する分析が実行される(ステップS4)。ステップS4の分析には、コンピュータによるデジタル画像解析が用いられる。具体的には、例えば、撮影画像における発色部12に対応する領域内に存在する各画素の画素値(例えば、レッド、グリーン及びブルー(RGB)値)を演算した値として、発色に対応する色成分の強度を示す発色強度値(例えば、シアン、マゼンタ及びイエロー(CMY)のうちのシアン(C)値)が導出される。次に、発色部12に対応する領域内の画素に関して発色強度値の平均値が算出される。次に、コンピュータは、発色強度値の平均値を所定の参照データと照らし合わせることで検体中の目的抗原の濃度を導出する。参照データは、濃度と発色強度の平均値との関係を示すデータである。参照データは、例えば、互いに異なる既知の濃度の目的抗原を含んだ複数の検体に関してステップS1及びS2と同様に発色部12を発色させた結果に基づいてあらかじめ取得される。上記のように導出された目的抗原の濃度は、コンピュータに接続された、又はコンピュータに搭載されたディスプレイ等の出力装置によって出力される。
【0034】
[本実施形態の概要]
以上説明した第1の実施形態によると、未反応の標識抗原及び標識抗原-抗体複合体は酵素によって標識されており、発色部12には発色基質1が含まれている。したがって、発色部12にこれらの標識物質が到達すると、標識物質中の酵素と発色基質1との作用(場合によって発色基質2も含めた作用)に応じて発色部12が発色する。発色部12における発色は、発色部12に到達したこれらの標識物質の濃度に応じた強度となる。
【0035】
一方、流路に含まれている速度調節剤により、未反応の標識抗原は標識抗原-抗体複合体より前に発色部に到達する。したがって、未反応の標識抗原が発色部12に到達してから標識抗原-抗体複合体が発色部12に到達するまでに発色部12において発生する発色の強度を評価することで、未反応の標識抗原の濃度を評価することができる。流路40中の未反応の標識抗原の濃度は、検体中の抗原の濃度に応じた大きさとなる。このため、発色部12の発色の強度を評価することで、検体中の抗原の濃度を評価できる。
【0036】
さらに、本実施形態においては、抗体が流路40に固定されず、試料供給部21に含まれている。したがって、本実施形態に係る紙デバイス1は、製造工程において固定化工程を必要としない。よって、固定化工程を必要とする従来技術と比べ、製造が容易である。
【0037】
また、本実施形態においては、試料液が発色部12に到達したときに試料液の流れが停止するとともに成分の移動が停止するように試料液の量が調整されている。つまり、標識抗原-抗体複合体が発色部12に到達しない。よって、未反応の標識抗原が発色部12を発色させる強度に基づき、検体中の抗原の濃度を適切に評価できる。
【0038】
また、本実施形態においては、シート10~30が積層された積層体2中に親水性領域2aからなる流路40が形成されている。このため、流路40において試料液の乾燥が過度に進むのが抑制される。特に、シート30は全体が疎水性領域によって形成されている。このため、シート20の下面からの試料液の乾燥がシート30によって抑制されている。
【0039】
また、本実施形態においては、発色部12はシート10に形成されている一方で、試料供給部21、2つの中間部22及び2つの連通部24はシート20に形成されている。つまり、流路40は、発色部12と他の部分とが互いに別のシートに形成されている。仮に、流路40全体が1つのシートに形成されているとすると、1枚のシートに沿った方向に関する浸透のみによって発色部12への試料液の浸透が進んでいく。これによって、発色部12における発色が進行する。したがって、シートに沿った方向に関する発色のむらが生じやすい。これに対し、本実施形態においては、シート10の中間部22からシート20の発色部12へと、シート間を跨ぐように試料液の浸透が進むことによって発色が進んでいく。よって、シートに沿った方向に関する発色のむらが生じにくい。したがって、発色部12の発色強度に基づいて検体中の抗原の濃度を適切に評価できる。
【0040】
[実施例1]
以下、第1の実施形態に関する実施例1について説明する。実施例1では、目的抗原をプロゲステロン、標識抗原をプロゲステロン-HRP複合体、抗体を抗プロゲステロン抗体とした。発色基質1はTMB、発色基質2はH2O2とした。
【0041】
まず、紙デバイス1を以下の通りに作製した。ソリッドインク式のインクジェットプリンターを用い、
図1に示すパターンを濾紙に形成した。その後、パターンを形成した濾紙を加熱することで、濾紙上で固化したソリッドインクを融解し、濾紙中に浸透させた。これにより、親水性領域からなる流路40の外縁を画定する疎水性領域のパターンを濾紙上に形成した。次に、濾紙の流路40に対応する領域に所定の濃度のPBSTを含侵させた。次に、抗体溶液を試料供給部21に滴下した後、濾紙を所定時間乾燥させた。次に、濾紙の発色部12に対応する領域にTMB溶液を滴下した後、濾紙を乾燥させた。
【0042】
以上のように作製された紙デバイス1を用いた検査を次の通りに行った。まず、目的抗原、標識抗原及びH
2O
2を含む試料液を調製し、その適量を、導入孔11を通じて試料供給部21に滴下した。滴下した試料液が発色部12に到達した後に所定時間待って紙デバイス1の画像をデジタルカメラで撮影した。上記ステップS4と同様、撮影画像をデジタル解析することにより、特定の色み(シアン)の濃さを発色強度として取得した。
図4は、目的抗原(プロゲステロン)の濃度が異なる試料液を使用して上記検査を行った場合の発色強度の違いを表している。
図4によると、プロゲステロンの濃度が高くなるのに応じて発色強度も高くなっている。これは、目的抗原の濃度を上記検査により定量的に測定できることを示している。
【0043】
[実施例2]
流路40にPBSTを含侵させないこと以外、実施例1と同様に紙デバイス1を作製した。また、Tween-20を様々な濃度としたPBSTを流路40に含侵させた複数の紙デバイス1を実施例1と同様に作製した。これらの紙デバイス1に関して、目的抗原の濃度を0ng/mLとしたもの(つまり、目的抗原を含まない試料液)及び5ng/mLとしたものの2種類の試料液を実施例1と同様に調製して実施例1の検査を行った。
図5の白丸(〇)は、濃度を0ng/mLとした試料液に関して各紙デバイス1を用いた検査の結果(4回の検査結果の平均値)を示している。
図5の黒丸(●)は、濃度を5ng/mLとした試料液に関して各紙デバイス1を用いた検査の結果(4回の検査結果の平均値)を示している。
図5の「未処理」は、流路40に何も含侵させない紙デバイス1に対応する。
図5の界面活性剤の濃度0%は、界面活性剤を含まないPBSを含浸させた紙デバイス1に対応する。
図5の〇に示すように、界面活性剤の濃度が大きくなると発色強度が増加する。これは、界面活性剤の濃度が低いときに発色部12に到達するのは、未反応の標識抗原がほとんどであるのに対し、界面活性剤の濃度が高くなると、抗体と反応した標識抗原も発色部12に到達するようになるためである。この結果は、界面活性剤の濃度を調節することによって発色部12まで到達できる未反応の標識抗原の量を調節できることを表している。また、
図5の〇及び●を比較すると、界面活性剤の濃度0.01%において発色強度に差異が発生している。これは、界面活性剤の濃度が大きくなるのに伴って目的抗原の濃度0ng/mL及び5ng/mLの間で発色強度の差異が生じることを示している。なお、
図5において、界面活性剤の濃度が0.001%のときに、目的抗原の濃度0ng/mLの発色強度が目的抗原の濃度5ng/mLの濃度より大きくなっている。これは、目的抗原の濃度0ng/mLに関する4回の検査のうちの1回において高い発色強度が検出された結果である。残り3回の検査においては、目的抗原の濃度5ng/mLにおける結果とほぼ同じ値となった。
【0044】
なお、
図5には示していないが、さらに界面活性剤の濃度を増加させると、発色強度は、目的抗原の濃度0ng/mL及び5ng/mLのいずれにおいても最大となると共に、両方の目的抗原濃度に関して同じ大きさ且つ界面活性剤の濃度に対して一定値となった。これらのことは、ある範囲の濃度の界面活性剤で処理することにより、目的抗原の濃度に応じた発色強度が得られることを示している。つまり、目的抗原の濃度に依存した発色強度の差が生じるためには、界面活性剤の濃度がC1以上且つC2(>C1)以下である必要がある。ここで、C1は、界面活性剤の濃度がこの値より低いと発色強度が小さいため目的抗原の濃度に依存した発色強度が観測しにくくなるような下限値である(
図5参照)。また、C2は、上記の通り、界面活性剤の濃度がこの値より高いと、目的抗原濃度に関わらず最大の発色強度となるような上限値である。
【0045】
<第2の実施形態>
以下、本発明の一実施形態である第2の実施形態に関して説明する。第2の実施形態は、第1の実施形態に係る紙デバイス1において、試料供給部21に抗体が含まれていないものが用いられる。また、試料液の調製には、標識抗原の代わりに、酵素によって標識された抗体(以下、標識抗体という。)からなる複合体(本発明における第1標識物質)が用いられる。この場合、試料液中には、目的抗原と標識抗体との反応によって生じる標識抗体-目的抗原複合体、未反応の標識抗体及び未反応の目的抗原の3成分が生じることになる。かかる試料液が試料供給部21に供給されると、流路40中の速度調節剤の作用により、未反応の標識抗体と標識抗体-目的抗原複合体との間で流路40中の移動速度に差が生じる。これによって、未反応の標識抗体のみが発色部12に到達することで、第1の実施形態と同様、検体中の目的抗原の濃度に応じた強度で発色部12が発色することになる。したがって、上記ステップS3及びS4と同様に、紙デバイス1の撮影結果のデジタル画像解析に基づき、検体中の目的抗原の濃度が導出可能である。
【0046】
第2の実施形態において、目的抗原の分子サイズが小さいために、未反応の標識抗体と流路40の紙繊維の相互作用と、標識抗体-目的抗原複合体と流路40の紙繊維の相互作用との間に十分な差が生じない(よって、移動速度にも差が生じにくい)場合には、
図6に示す紙デバイス100が採用されてもよい。紙デバイス100は、濾紙製のシート110及び120が積層した積層体102を備えている。積層体102には、紙デバイス1と同様、疎水性領域によって外縁が画定された、親水性領域からなる流路140が形成されている。シート110には、A方向に沿って一列に並んだ導入孔111及び流路140の一部である発色部112が形成されている。発色部112には発色基質1が含まれている。シート120には、流路140の一部である試料供給部121、抗体設置部122、2つの中間部123及び3つの連通部124が形成されている。これらは、A方向に関する一端から他端に向かって、試料供給部121、連通部124、抗体設置部122、連通部124、中間部123、連通部124及び中間部123の順にA方向に沿って一列に並んでいる。試料供給部121は、積層方向から見てシート110の導入孔111とちょうど重なる位置に配置されている。また、A方向に関して最も外側の中間部123は、積層方向から見て発色部112とちょうど重なる位置に配置されている。この中間部123と発色部112は、積層方向に関して互いに接触している。
【0047】
試料供給部121、抗体設置部122、2つの中間部123及び3つの連通部124には、速度調節剤が全体に含まれている。速度調節剤として、例えば、PBST等の界面活性剤が用いられてよい。抗体設置部122には、標識抗体に使用される抗体とは異なる、目的抗原に対する第2抗体が固定されずに含まれている。第2抗体とは、標識抗体と未反応の目的抗原のみならず、標識抗体-目的抗原複合体中の目的抗原とも結合可能な抗体である。
【0048】
標識抗体-目的抗原複合体、未反応の標識抗体及び未反応の目的抗原の3成分を含んだ試料液が、導入孔111を通じて試料供給部121に滴下されると、試料液が抗体設置部122に到達した際、試料液中の物質と第2抗体とが反応する。これにより、流路140には、標識抗体-目的抗原-第2抗体複合体、標識抗体-目的抗原複合体、目的抗原-第2抗体複合体、未反応の標識抗体、未反応の第2抗体及び未反応の目的抗原の6成分が生じることになる。ここで、試料液中の物質に対する第2抗体の量を調整することにより、標識抗体-目的抗原複合体の量を無視できるほど小さくなるようにする。また、速度調節剤の濃度を調節することで、標識抗体-目的抗原-第2抗体複合体と未反応の標識抗体の間で流路140中の移動速度に差が生じるようにする。そして、試料液中の標識抗体を所定量とすることで、検体中の目的抗原の濃度に応じた濃度で標識抗体-目的抗原-第2抗体複合体と未反応の標識抗体が流路140に存在することになる。したがって、発色部112に到達した未反応の標識抗体の量を第1の実施形態と同様に測定すれば、検体中の目的抗原の濃度を求めることができる。本構成によれば、標識抗体-目的抗原-第2抗体複合体と未反応の標識抗体の間で分子サイズの差が生じやすい。このため、未反応の標識抗体と流路40の紙繊維の相互作用と、標識抗体-目的抗原複合体と流路40の紙繊維の相互作用との間で十分な差が生じやすく、移動速度にも差が生じやすい。
【0049】
<変形例>
以上は、本発明の好適な実施形態についての説明であるが、本発明は上述の実施形態に限られるものではなく、課題を解決するための手段に記載された範囲の限りにおいて様々な変更が可能なものである。
【0050】
例えば、上述の第1の実施形態に係る紙デバイス1の代わりに、
図7に示す紙デバイス200が用いられてもよい。紙デバイス200は、濾紙製のシート210及び220並びに上述の実施形態と同じシート20が積層した積層体202を備えている。積層体202には、紙デバイス1と同様、疎水性領域によって外縁が画定された、親水性領域からなる流路240が形成されている。シート210には、A方向に沿って一列に並んだ導入孔211及び検出窓212が形成されている。シート220には、A方向に沿って一列に並んだ基質設置部221及び発色部222が形成されている。基質設置部221は、積層方向から見て導入孔211及び試料供給部21とちょうど重なる位置に配置されており、試料供給部21と積層方向に関して接触している。発色部222は、積層方向から見て検出窓212及びシート20において最も外側の中間部22とちょうど重なる位置に配置されており、中間部22と積層方向に関して接触している。発色部222には発色基質1が含まれている。以上により、シート220の基質設置部221から、シート20の試料供給部21、2つの中間部22及び2つの連通部24を経て、シート220の発色部222に至る流路240が構成されている。
【0051】
紙デバイス200は、例えば、酵素としてHRPを、発色基質2としてH2O2を使用する場合に採用される。この場合、H2O2は、試料液ではなく基質設置部221に含まれている。紙デバイス200の調製時、過酸化水素尿素水溶液を基質設置部221に対応する領域に塗布した後、乾燥させることにより、H2O2が乾燥後も安定に紙デバイス200に保持される。
【0052】
なお、基質設置部として、基質設置部221の代わりに中間部22が用いられてもよい。つまり、紙デバイス200における基質設置部221に対応する箇所にはH2O2が含まれておらず、いずれか1つ又は2つの中間部22にH2O2が含まれていてもよい。例えば、紙デバイス200の調製過程において、いずれかの中間部22の部位に過酸化水素尿素水溶液を塗布して乾燥させることで、中間部22にH2O2を設置することができる。乾燥は、発色基質1の溶液を発色部222の部位に塗布した後に行ってもよい。また、試料供給部21に抗体を設置することに代えて、又は加えて、いずれか1つ又は2つの中間部22に抗体を設置したり、試料供給部21に近い方の中間部22及びその両側の連通部24に抗体を設置したりしてもよい。
【0053】
図8は、紙デバイス200の構成を次の通りに変更した紙デバイスを用いて行った検査結果を示す。本検査に係る紙デバイスでは、試料供給部221に標識抗原を、試料供給部21に近い方の中間部22及びその両側の連通部24に抗体を、試料供給部21に近い方の中間部22にH
2O
2を、それぞれ固定せずに設置した。また、発色部222に発色基質1を設置した。そして、導入孔211を通じて試料供給部221に、濃度の異なる所定の体積のプロゲステロン水溶液を供給した。このときの発色部222における発色強度(シアン値)をプロゲステロン水溶液中のプロゲステロンの濃度に対してプロットしたものが
図8のグラフである。
図8に示す通り、プロゲステロンの濃度が高くなるのに応じて発色強度も高くなっている。
【0054】
また、上述の第1の実施形態に係る紙デバイス1に、
図9に示すコントロール流路70が追加されてもよい。コントロール流路70は、濾紙製のシート50に形成された流路60及びシート50とは別のシートに形成された発色部63からなり、疎水性領域によって外縁が画定された親水性領域からなる流路である。流路60は、シート20に形成された試料供給部21、2つの中間部22及び2つの連通部24からなる流路と同じ形状及び同じ大きさを有している。流路60には、流路40に含まれているものと同じ速度調節剤が含まれているが、抗体は含まれていない。シート50は、流路60の一端部61が導入孔11と試料供給部21の間に配置されるようにシート10及び20の間に挿入されている。流路60の他端部62の上方には、発色部12と同じ形状及び同じ大きさを有する発色部63が設けられる。発色部63には発色基質1が含まれている。以上のように、コントロール流路70は、抗体が含まれていないこと以外、流路40と同様に形成されている。導入孔11を通じて試料液が供給されると、試料液が流路40へと浸透すると共にコントロール流路70にも浸透していく。コントロール流路70には抗体が含まれていないため、発色部63には、検体中の抗原の濃度に関わらず最大量の標識抗原が到達する。したがって、発色部63における発色を発色部12の発色に対する比較対象とすることができる。例えば、発色部63における発色強度に対する発色部12の相対的な発色強度を評価することにより、検体中の抗原の濃度を評価してもよい。
【0055】
また、上述の実施形態では、速度調節剤として界面活性剤、具体例としてPBSTが用いられている。しかし、流路中の成分同士で移動速度に差を生じるようなものであればその他の物質が用いられてもよい。例えば、各種の有機溶媒が候補として挙げられる。ただし、蒸発が早くないものや、抗体・抗原を変性させにくいものが用いられることが好ましい。
【0056】
また、上述の第1の実施形態では、標識抗原-抗体複合体が発色部12に到達しない態様が想定されている。しかし、最終的に標識抗原-抗体複合体も発色部12に到達し得る態様が採用されてもよい。この場合においても、標識抗原-抗体複合体が発色部12に到達する前に未反応の標識抗原による発色部12の発色の強度を評価することで検体中の抗原の濃度を評価できる。
【0057】
なお、上述の実施形態、実施例及び変形例のいずれにおいても、発色基質1、発色基質2、抗体、標識抗原等の物質を紙デバイスに設置する方法は、溶液を塗布後、乾燥することにより行われている。つまり、いずれの物質についても紙デバイスに固定しない(化学的な固定手段を用いない)方法が採用されている。したがって、どの物質もシート(セルロース)と化学結合していない。なお、溶液を塗布後、乾燥するという方法は、化学的な固定手段を用いずにこれらの物質を紙デバイスに設置する方法の一具体例であり、その他の方法が用いられてもよい。
【符号の説明】
【0058】
1、100、200 紙デバイス
2a 親水性領域
2b 疎水性領域
2、102、202 積層体
10、20、50、110、120、210、220 シート
12、112、222 発色部
21、121 試料供給部
122 抗体設置部
221 基質設置部