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特許7350289トリクロロエチレン及び1,1,2-トリクロロエタンをエチレンに分解するデハロコッコイデス属細菌、浄化剤、及び浄化方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-15
(45)【発行日】2023-09-26
(54)【発明の名称】トリクロロエチレン及び1,1,2-トリクロロエタンをエチレンに分解するデハロコッコイデス属細菌、浄化剤、及び浄化方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/20 20060101AFI20230919BHJP
   C02F 3/34 20230101ALI20230919BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20230919BHJP
   B09C 1/10 20060101ALN20230919BHJP
【FI】
C12N1/20 A ZNA
C02F3/34 Z
C12N15/09 Z
B09C1/10
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2019115452
(22)【出願日】2019-06-21
(65)【公開番号】P2021000031
(43)【公開日】2021-01-07
【審査請求日】2022-06-16
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成30年10月30日発行 一般社団法人土壌環境センター「第24回地下水・土壌汚染とその防止対策に関する研究集会」講演集(第588~589頁)にて公開
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成30年10月31日とうほう・みんなの分化センター 大ホールで開催された 一般社団法人土壌環境センター「第24回地下水・土壌汚染とその防止対策に関する研究集会」(講演番号S6-01)で発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成31年3月1日発行 公益社団法人日本水環境学会「第53回日本水環境学会年会」講演集(第201頁)にて公開
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成31年3月8日山梨大学甲府キャンパスで開催された 公益社団法人日本水環境学会「第53回日本水環境学会年会」(講演番号2-J-09-3)で発表
【微生物の受託番号】NPMD  NITE P-02893
(73)【特許権者】
【識別番号】304021277
【氏名又は名称】国立大学法人 名古屋工業大学
(72)【発明者】
【氏名】吉田 奈央子
【審査官】太田 雄三
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-108061(JP,A)
【文献】特開2013-172666(JP,A)
【文献】特開2012-086191(JP,A)
【文献】日下部俊弥,土木学会優秀研究発表賞受賞!!,国立大 学法人名古屋工業大学社会工学科環境都市分野水環境微生物工学研究室ウェブページ,<URL:http://yoshidana.web.nitech.ac.jp/category/society/award/>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00
C12N 15/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
1,1,2-トリクロロエタンを含む汚染物を浄化する方法であって、受託番号がNITE P-02893であるデハロコッコイデス属細菌を用い、前記1,1,2-トリクロロエタンがエチレンに分解されることにより、前記汚染物に含まれる前記エチレン濃度が増加する、1,1,2-トリクロロエタンを含む汚染物を浄化する方法
【請求項2】
前記汚染物に含まれる前記1,1,2-トリクロロエタンの濃度は、270μmol/L以下である、請求項1に記載の1,1,2-トリクロロエタンを含む汚染物を浄化する方法
【請求項3】
トリクロロエチレンを含む汚染物を浄化する方法であって、受託番号がNITE P-02893であるデハロコッコイデス属細菌を用い、前記トリクロロエチレンの濃度は4mmоl/L~3mmоl/Lであり、前記デハロコッコイデス属細菌を初期細胞密度3.4×10 cells/mL~8.1×10 cells/mLで接種し、所定日数の後には、前記汚染物に含まれる前記トリクロロエチレンの濃度が0mmоl/Lとなる、トリクロロエチレンを含む汚染物を浄化する方法
【請求項4】
前記トリクロロエチレンの濃度が4mmоl/Lであるときには、前記所定日数は40日である、請求項3に記載のトリクロロエチレンを含む汚染物を浄化する方法
【請求項5】
前記トリクロロエチレンの濃度が3mmоl/Lであるときには、前記所定日数は25日である、請求項3に記載のトリクロロエチレンを含む汚染物を浄化する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トリクロロエチレン及び1,1,2-トリクロロエタンをエチレンに分解するデハロコッコイデス属細菌、浄化剤、及び浄化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
トリクロロエチレンやトリクロロエタンなどの塩素化脂肪族化合物は、安価で油に対する親和性の高い溶剤として、幅広い分野で使用されている。その一方で、これらの塩素化脂肪族化合物による土壌汚染や地下水汚染について多くの報告があり、社会問題となっている。
【0003】
土壌汚染や地下水汚染を浄化する方法の一つとして、微生物により浄化する技術(バイオレメディエーション)が、環境負荷及び浄化コストが小さい方法として着目されている(例えば、特許文献1)。
【0004】
特許文献1には、デハロコッコイデス属細菌が含まれる微生物群を用いて、クロロエテン類の脱塩素化を行う技術が開示されている。特許文献2には、デハロコッコイデス属細菌によりクロロエチレン及びクロロエタンの脱塩素化を行う技術が開示されている。また、非特許文献1には、デハロコッコイデス属細菌によりトリクロロエチレンの脱塩素化を行う技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2017-55757号公報
【文献】特開2014-108061号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】Siyan Zhao, Jianzhong He, “Reductive dechlorination of high concentrations of chloroethenes by a Dehalococcoides mccartyi strain 11G”, FEMS Microbiology Ecology, Volume 95, Issue 1, January 2019
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、特許文献1に記載の技術では、脱塩素化能を得るために複数の微生物から形成される微生物群を用いており、微生物群の構成比率を管理する必要があるため管理が煩雑であるという課題があった。また、特許文献2に記載の細菌は、微生物群を形成しないと安定性が低いという課題があり、微生物群にすると管理が煩雑であるという課題があった。
【0008】
また、非特許文献1に記載の細菌では、トリクロロエタンの脱塩素化ができないという課題があり、トリクロロエチレンについても3.5mmol/Lまでしか脱塩素化できないという課題があった。
【0009】
このため、微生物単体でも十分な脱塩素化能が発揮でき、かつ、トリクロロエタンの脱塩素化についても可能な微生物が望まれており、このような微生物を用いた浄化方法についても望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上述の課題を解決するためになされたものであり、以下の形態として実現することが可能である。
【0011】
(1)本発明の一形態によれば、デハロコッコイデス属細菌が提供される。このデハロコッコイデス属細菌は、以下の特徴を備える。
(i)4mmоl/Lのトリクロロエチレンをエチレンに分解する;
(ii)1,1,2-トリクロロエタンをエチレンに分解する;
【0012】
(2)上述のデハロコッコイデス属細菌は、16S rRNA遺伝子の配列が、配列番号1に示す配列であってもよい。
【0013】
(3)上述のデハロコッコイデス属細菌は、受託番号がNITE P-02893であってもよい。
【0014】
(4)本発明の他の形態によれば、浄化剤が提供される。この浄化剤は、上述のデハロコッコイデス属細菌を含有する。
【0015】
(5)本発明の他の形態によれば、浄化する方法が提供される。この浄化する方法は、上述のデハロコッコイデス属細菌を用いて、塩素化エチレン類と塩素化エタン類との少なくとも一方を含む汚染物を浄化する。
【0016】
(6)本発明の他の形態によれば、浄化する方法が提供される。この浄化する方法は、上述のデハロコッコイデス属細菌を用いて、塩素化ビフェニルと、塩素化ベンゼンと、塩素化フェノールと、塩素化ジベンゾ-p-ジオキシンと、塩素化ジベンゾフランと、塩素化ナフタレンと、塩素化アニリンと、の少なくとも一つを含む汚染物を浄化する。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】NIT01株の16S rNA遺伝子に基づく進化系統樹を示す図。
図2】NIT01株の走査顕微鏡写真。
図3】NIT01株による1,1,2-TCAの脱塩素化の結果を示す図。
図4】NIT01株によるTCEの脱塩素化の結果を示す図。
図5】NIT01株の細胞密度の変化を示す図。
図6】NIT01株による塩素化エチレンの推定分解経路を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の一実施形態であるデハロコッコイデス(Dehalococcoides)属細菌は、以下の特徴(1)及び(2)によって特徴づけられる。
(1)4mmоl/Lのトリクロロエチレンをエチレンに分解する。
(2)1,1,2-トリクロロエタンをエチレンに分解する。
【0019】
特徴(1)及び(2)は、本実施形態の最大の特徴である。これらの特徴を備えることから、本細菌は、トリクロロエチレン及び1,1,2-トリクロロエタンの無毒化に極めて有用である。本細菌によれば、菌単独でトリクロロエチレン及び1,1,2-トリクロロエタンの分解することができるため、微生物群を維持管理する必要がない。本明細書において、「トリクロロエチレン又はトリクロロエタンをエチレンに分解すること」を、「トリクロロエチレン又はトリクロロエタンの無毒化」とも表現する。
【0020】
さらに、本細菌は、有機ハロゲン存在下でのみ限定的に増殖可能である。このため、土壌汚染や地下水汚染を浄化した後、速やかに菌数が減少することが予測される。このような性質により、浄化後の本細菌による土壌や地下水への影響を軽減できる。
【0021】
本発明者は、後述の実施例に示す通り、特性(1)及び(2)を示すデハロコッコイデス属細菌を分離・同定することに成功し、当該細菌をDehalococcoides mccartyi NIT01株と命名した。この株を、以下、「NIT01株」とも呼ぶ。NIT01株は、以下のとおり、所定の寄託機関に寄託されており、容易に入手可能である。
寄託機関:独立行政法人三条技術総合研究所 特許生物寄託センター
寄託日(受領日):2019年2月25日
受託番号:NITE P-02893
【0022】
後述の実施例に示す通り、16S rRNA遺伝子に基づく構造解析の結果、NIT01株はDehalococcoide mccartyi CBDB1等に最類縁であることが判明した。
【0023】
本発明のデハロコッコイデス属細菌は、後述の実施例に示す集積方法及び単離方法に従って、あるいは諸条件(出発材料、生育状態など)に応じてこれらの方法に必要な修正を加えた方法に従って、単離した状態に調製することができる。
【0024】
本発明のデハロコッコイデス属細菌には、NIT01株のほか、4mmоl/Lのトリクロロエチレンをエチレンに分解する分解能及び1,1,2-トリクロロエタンをエチレンに分解する分解能を有するNIT01株の近縁の菌株も含まれる。後述する配列番号1に記載の塩基配列と98%以上の相同性、好ましくは99%以上の相同性、さらに好ましくは100%の相同性を有する塩基配列からなる16S rRNA遺伝子を有する微生物は、NIT01株の近縁の菌株に含まれる。
【0025】
また、本発明のデハロコッコイデス属細菌は、NIT01株の突然変異体(変異株)であってもよい。変異株は、従来からよく用いられている変異剤であるエチルメタンスルホン酸による変異処理、ニトロソグアニジン、メチルメタンスルホン酸などの他の化学物質処理、紫外線照射、あるいは、変異剤処理無しで得られる、いわゆる自然突然変異によって取得することも可能である。
【0026】
本発明の他の実施形態として、本発明のデハロコッコイデス属細菌を用いて、塩素化エチレン類と塩素化エタン類との少なくとも一方を含む汚染物を浄化する方法が挙げられる。この形態の浄化方法によれば、本発明のデハロコッコイデス属細菌の働きにより、汚染物を浄化することができる。
【0027】
また、本発明の他の実施形態として、本発明のデハロコッコイデス属細菌を含有する浄化剤が挙げられる。この浄化剤によれば、本発明のデハロコッコイデス属細菌の働きにより、塩素化エチレン類と塩素化エタン類との少なくとも一方を含む汚染物を浄化することができる。
【0028】
本明細書において、塩素化エチレン類としては、例えば、テトラクロロエチレン、トリクロロエチレン、ジクロロエチレン、塩化ビニル等が挙げられる。また、塩素化エタン類としては、例えば、1,2-ジクロロエタン、1,1,2-トリクロロエタン、1,1,1-トリクロロエタン等が挙げられる。
【0029】
また、本発明の他の実施形態として、本発明のデハロコッコイデス属細菌を用いて、塩素化ビフェニルと、塩素化ベンゼンと、塩素化フェノールと、塩素化ジベンゾ-p-ジオキシンと、塩素化ジベンゾフランと、塩素化ナフタレンと、塩素化アニリンと、の少なくとも一つを含む汚染物を浄化する方法が挙げられる。この形態の浄化方法によれば、本発明のデハロコッコイデス属細菌の働きにより、汚染物を浄化することができる。この効果を奏する推定メカニズムは、以下のように考えられる。つまり、NIT01株と同様に、塩素化エチレンを脱塩素化するデハロコッコイデス属細菌としては、これまでに、塩素化ビフェニル(参考文献:Sarah L LaRoe et al., “Dehalococcoides mccartyi Strain JNA in Pure Culture Extensively Dechlorinates Aroclor 1260 According to Polychlorinated Biphenyl (PCB) Dechlorination Process N” Environmental Science and Technology 2014, 48, 9187-9196; Donne F Fennell et al., “Dehalococcoides ethenogenes Strain 195 Reductively Dechlorinates Diverse Chlorinated Aromatic Pollutants” Environmental Science and Technology 2004, 38, 2075-2081)、塩素化ベンゼン(参考文献:Lorenz Adrian et al., “Bacterial dehalorespiration with chlorinated benzenes” Nature. VOL408, 30 November 2000, 580-583)、塩素化エタン(参考文献:Xavier Maymo-Gatell et al., “Isolation of a Bacterium That Reductively Dechlorinates Tetrachloroethene to Ethene” Science, VOL. 276, 6 JUNE 1997, 1568-1571)、塩素化フェノール(参考文献:Lorenz Adrian et al., “Growth of Dehalococcoides Strains with Chlorophenols as Electron Acceptors” Environmental Science and Technology 2007, 41, 2318-2323)、塩素化ジベンゾ-p-ジオキンン、塩素化ジベンゾフラン、塩素化ナフタレン(参考文献:Donne F Fennell et al., “Dehalococcoides ethenogenes Strain 195 Reductively Dechlorinates Diverse Chlorinated Aromatic Pollutants” Environmental Science and Technology 2004, 38, 2075-2081)、塩素化アニリン(参考文献:Shangwei Zhang et al., “Anaerobic Dehalogenation of Chloroanilines by Dehalococcoides
mccartyi Strain CBDB1 and Dehalobacter Strain 14DCB1 via Different Pathways as Related to Molecular Electronic Structure” Environmental Science and Technology 2017, 51, 3714-3724)を脱塩素化する菌が報告されている。これらのデハロコッコイデス属細菌のゲノム配列には11~32の還元的脱ハロゲン化酵素遺伝子が存在し、NIT01株には19の還元的脱ハロゲン化酵素遺伝子が存在することから、既報と同様に、上記の有機ハロゲンを脱ハロゲン化することが推定される。
【0030】
本明細書における汚染物は、特に限定されないが、例えば、河川水、地下水、工業廃液、工業廃水、生活排水、工業廃棄物、汚染土壌等が挙げられる。本発明のデハロコッコイデス属細菌を汚染物に作用させるための方法としては、特に限定されないが、汚染物の形態に合わせて、本発明のデハロコッコイデス属細菌を汚染物に直接、添加又は混合等させてもよく、本発明のデハロコッコイデス属細菌を含有する浄化剤を汚染物に散布してもよい。本発明のデハロコッコイデス属細菌の適用量は、任意に設定可能である。例えば、地下水に本発明のデハロコッコイデス属細菌を10cells/ml添加してもよい。また、予備実験を通じて汚染物に適した適用量を設定することができる。また、本発明のデハロコッコイデス属細菌を支持体に固定化又は担持させた状態で用いてもよい。
【実施例
【0031】
<単離及び特性の検討>
1.方法
(1)分離方法
塩素化エチレン類を含む河川堆積物を接種源とし、後述する表1に記載した液体培地Aに500μMのcis-1,2-ジクロロエチレンと0.01質量%の酵母エキスと0.01質量%のペプトンとを加えた培地で3年間、約1か月ごとに1回の頻度で5%植え継ぎを行った。さらに、この培地から酵母エキス及びペプトンを除いた培地Bを用い、さらに1.5年間、約1か月ごとに1回の頻度で5%植え継ぎを行った。その後、集積培養物について、限界希釈培養によって、本発明のデハロコッコイデス属細菌の分離を行った。
【0032】
【表1】
【0033】
(2)16S rRNA遺伝子塩基配列に基づく系統解析
分離したデハロコッコイデス属細菌を同定する目的で、16S rRNA遺伝子の全長シーケンシングを行った。具体的には、大腸菌(E.coli)の16S rRNA遺伝子位置で8-1492に相当する部位を27f(配列番号2)および1492r(配列番号3)プライマーを用いてPCR増幅した。PCRは、培養物から遠心により集菌した細胞をプロテアーゼ処理により溶菌後、ボイルした溶菌液を鋳型とし、exTaq(タカラバイオ社製)を用いて行った。PCRサーマルサイクルプログラムには、95℃で2分の熱変性の後、95℃で1分、50℃で30秒、72℃で1分30秒を1サイクルとして30サイクル繰り返し、最後に72℃で2分保温するプログラムを用いた。得られたPCR産物は、QIAquick PCR purification kit(キアゲン社製)を用いて精製し、さらにBigDye(登録商標)Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kit(アプライドバイオシステムズ社製)を用いてシーケンス反応を行い、反応物をABI PRISM(登録商標)3100-genetic analyzer (アプライドバイオシステムズ社製)で泳動し、塩基配列を決定した。塩基配列データはGENETYX(登録商標) ver 7.0 program (ゼネティックス社製)を用いて解析し、オンラインBLAST解析ツール(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/BLAST/)を用いて、データベースと照合することで同定した。
【0034】
NIT01株の16S rRNA遺伝子の塩基配列を配列番号1に示す。図1は、分離したデハロコッコイデス属細菌であるNIT01株及び類縁菌の16S rNA遺伝子に基づく進化系統樹を示す図である。図1におけるC、V及びPは、それぞれCornellグループ、Victoriaグループ、Pinellasグループを示す。また、スケールバーは、100bp.あたり2bp.の塩基置換を示す。
【0035】
NIT01株は、16S rRNA遺伝子の塩基配列の解析結果において、Chloroflexi門Dehalococcoidaceae科Dehalococcoides属Dehalococcoides mccartyiに類縁であることが分かった。また、16S rRNA遺伝子配列に基づく進化系統樹において、NIT01株は、Pinellasグループと呼ばれるサブクラスターに属することが示された。また、NIT01株は、Dehalococcoides mccartyi CBDB1株等の既存株に100%一致した。以上より、NIT01株は、Dehalococcoides mccartyiに属する株であると同定される。
【0036】
(3)外形等の特徴
図2は、NIT01株の走査顕微鏡写真を示す。図2は、30,000倍に拡大した写真である。NIT01株は、直径1μm程度の円盤形状をしており、運動性はないことが分かった。また、基質利用性試験を行った結果、NIT01株は、硝酸、亜硝酸、硫酸、亜硫酸、チオ硫酸、酸素の還元能をもたず、塩素化エチレン類等の有機ハロゲンの還元的脱塩素化によってのみ生育可能であることが分かった。
【0037】
2.分解能を示す実験条件及び実験結果
(1)1,1,2-トリクロロエタンの分解能を示す実験結果及び実験条件
(i)実験条件
無機塩類、ビタミン類、酢酸ナトリウムおよび1,1,2-トリクロロエタン(1,1,2-TCA)を含む培地(気相ガス組成 H:CO=4:1(v/v))にNIT01株を接種した後、28℃で静置培養した。培養物の1,1,2-TCAの濃度は、270μmol/Lとした。そして、一定期間毎に、GC(ガスクロマトグラフィー,GC-2014,島津製作所社製)により密閉瓶気相の測定を行った。本実験の反復数は4である。
【0038】
(ii)実験結果
図3は、NIT01株による1,1,2-TCAの脱塩素化の結果を示す図である。図3の縦軸は、1,1,2-トリクロロエタン(1,1,2-TCA)、塩化ビニル(VC)、エチレンの各濃度[mmol/L]を示す。図3の横軸は、経過日数[days]を示す。
【0039】
図3に示す結果によれば、エチレン濃度が0.00mmol/L(経過日数:0日)から0.05mmol/Lに増加している。このため、NIT01株は、1,1,2-TCAをエチレンまで分解可能であることが分かった。
【0040】
(2)トリクロロエチレンの分解能を示す実験結果及び実験条件
(i)実験条件
無機塩類、ビタミン類、酢酸ナトリウム及び4mmol/Lのトリクロロエチレン(TCE)を含む培地(気相ガス組成 H:CO=4:1(v/v))にNIT01株を接種した後、28℃で静置培養した。そして、一定期間毎に、GC(ガスクロマトグラフィー,GC-2014,島津製作所社製)により密閉瓶気相の測定を行うとともに、落射蛍光顕微鏡観察により培養液中の菌体密度を計測した。本実験の反復数は3である。
【0041】
(ii)実験結果
図4は、NIT01株によるTCEの脱塩素化の結果を示す図である。図4の縦軸は、トリクロロエチレン(TCE)、ジクロロエチレン(DCE)、塩化ビニル(VC)、エチレンの各濃度[mmol/L]を示す。図4の横軸は、経過日数[days]を示す。
【0042】
図5は、この実験でのNIT01株の細胞密度の変化を示す図である。図5の縦軸は、NIT01株の細胞密度[cells/mL]を示す。図5の横軸は、経過日数[days]を示す。
【0043】
図4の結果から以下のことが分かった。つまり、トリクロロエチレンの濃度が、40日経過後に0mmol/Lまで減少していることが分かった。また、エチレン濃度が、0mmol/L(経過日数:0日)から4mmol/L(経過日数:40日)に増加していることが分かった。このことから、この実験では、40日間で4mmol/LのトリクロロエチレンをすべてエチレンまでNIT01株が脱塩素化したことが分かった。また、図5の結果から、NIT01株の細胞密度が、この実験期間において増えていることが分かった。
【0044】
また、その他の実験において、NIT01株の初期細胞密度を3.4×10cells/mLから8.1×10cells/mL接種した場合、2mmol/Lのトリクロロエチレンは2週間以内にすべてエチレンまで分解され、3mmol/Lのトリクロロエチレンは25日間ですべてエチレンまで分解された。また、その他の実験において、NIT01株は、1,1-ジクロロエチレン、trans-1,2-ジクロロエチレン、テトラクロロエチレン(PCE)を脱塩素化することが分かった。
【0045】
図6は、NIT01株による塩素化エチレンの推定分解経路を示す図である。図6では、実線の矢印で示した経路において、NIT01株は増殖しながら分解を行うと推定され、破線の矢印で示す経路において、NIT01株は増殖せずに共代謝により分解を行うと推定される。
【0046】
図6は、以下の推定を示している。NIT01株は、共代謝により、テトラクロロエチレン(PCE)をトリクロロエチレン(TCE)に分解すると推定される。また、NIT01株は、増殖により、トリクロロエチレン(TCE)をcis-1,2-ジクロロエチレン(DCE)に分解すると推定される。また、NIT01株は、増殖によって、1,1-ジクロロエチレン(DCE)及びcis-1,2-ジクロロエチレン(DCE)を塩化ビニル(VC)に分解するとともに、塩化ビニル(VC)をエチレンに分解すると推定される。また、NIT01株は、共代謝により、trans-1,2-ジクロロエチレン(DCE)を塩化ビニル(VC)に分解すると推定される。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明のデハロコッコイデス属細菌は、4mmol/Lのトリクロロエチレンをエチレンに分解するとともに、1,1,2-トリクロロエタンをエチレンに分解する。このため、トリクロロエチレンと1,1,2-トリクロロエタンとの少なくとも一方により汚染された汚染物(例えば、河川水、地下水、排水、土壌等)の浄化(バイオレメディエーション)に有用である。塩素化エチレン類を分解可能な他の微生物と併用し、様々な塩素化エチレン類を同時に分解することも可能であり、様々な汚染物の浄化への適用が期待される。
【0048】
本発明は、上述の実施形態に限られるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において種々の構成で実現することができる。例えば、発明の概要の欄に記載した各形態中の技術的特徴に対応する実施形態、実施例中の技術的特徴は、上述の課題の一部または全部を解決するために、あるいは、上述の効果の一部または全部を達成するために、適宜、差し替えや、組み合わせを行うことが可能である。また、その技術的特徴が本明細書中に必須なものとして説明されていなければ、適宜、削除することが可能である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
【配列表】
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