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特許7352553嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊、及びその製造方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-20
(45)【発行日】2023-09-28
(54)【発明の名称】嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊、及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/079 20100101AFI20230921BHJP
   A61K 35/30 20150101ALI20230921BHJP
   A61P 11/02 20060101ALI20230921BHJP
   C12N 5/0735 20100101ALN20230921BHJP
   C12N 5/10 20060101ALN20230921BHJP
【FI】
C12N5/079
A61K35/30
A61P11/02
C12N5/0735
C12N5/10
【請求項の数】 51
(21)【出願番号】P 2020538205
(86)(22)【出願日】2019-06-24
(86)【国際出願番号】 JP2019024964
(87)【国際公開番号】W WO2020039732
(87)【国際公開日】2020-02-27
【審査請求日】2022-05-23
(31)【優先権主張番号】P 2018157653
(32)【優先日】2018-08-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002093
【氏名又は名称】住友化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中野 徳重
【審査官】加藤 幹
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-076048(JP,A)
【文献】Experimental Neurology,2011年,Vol. 229,pp. 308-323
【文献】Stem Cell Research,2013年,Vol. 11,pp. 1178-1190
【文献】Stem Cell Research,2015年,Vol. 15,pp. 23-29
【文献】Molecular Brain,2011年,Vol. 4, No. 34,pp. 1-16
【文献】J Cell Sci.,2011年,Vol. 124, No. 9,pp. 1553-1563
【文献】The Journal of Neuroscience,2003年,Vol. 23, No. 3,pp. 895-906
【文献】Laryngoscope,2011年,Vol. 121,pp. 1687-1701
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記工程(1)~(3)を含む、嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の製造方法:
多能性幹細胞を、第一Wntシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養し、細胞凝集体を形成させる工程(1)、
前記工程(1)で得られた細胞凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下で浮遊培養する工程(2)、
前記工程(2)で得られた細胞凝集体を浮遊培養して、前記細胞塊を得る工程(3)であって、
FGFシグナル伝達経路作用物質の存在下で浮遊培養する工程(3a)、
BMPシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養する工程(3b)、及び
FGFシグナル伝達経路作用物質及びBMPシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養する工程(3c)
からなる群より選ばれる少なくとも1つの工程を含む、工程(3)。
【請求項2】
前記工程(3)は前記工程(3a)を含み、前記工程(3a)の後に、前記工程(3c)をさらに含む、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記工程(3)は、前記工程(3b)又は前記工程(3c)を含み、前記工程(3b)又は前記工程(3c)の後に、BMPシグナル伝達経路阻害物質の非存在下で浮遊培養する工程(3d)をさらに含む、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記工程(3)において、EGFシグナル伝達経路作用物質がさらに存在する、請求項1~3のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
前記工程(1)の前に、前記多能性幹細胞をフィーダー細胞非存在下で、1)TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質からなる群より選ばれる少なくとも1つと、2)未分化維持因子と、を含む培地で培養する工程(a)をさらに含む、請求項1~4のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項6】
前記BMPシグナル伝達経路作用物質は、BMP2、BMP4、BMP7、BMP13及びGDF7からなる群より選ばれる少なくとも1つのタンパク質を含む、請求項1~5のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項7】
前記工程(3)は、前記工程(3a)及び前記工程(3c)からなる群より選ばれる少なくとも1つの工程を含み、前記FGFシグナル伝達経路作用物質は、FGF2及びFGF8、並びに、これらの改変体からなる群より選ばれる少なくとも1つを含む、請求項1~6のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項8】
前記工程(3)の開始時期は、前記工程(2)のBMPシグナル伝達経路作用物質添加から12時間以降72時間以内である、請求項1~7のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項9】
前記工程(2)及び前記工程(3)からなる群より選ばれる少なくとも1つの工程において、前記第一Wntシグナル伝達経路阻害物質が存在する、請求項1~8のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項10】
前記第一Wntシグナル伝達経路阻害物質は、非古典的Wnt経路に対する阻害活性を有する物質を含む、請求項1~9のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項11】
前記第一Wntシグナル伝達経路阻害物質は、PORCN阻害剤を含む、請求項1~10のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項12】
前記第一Wntシグナル伝達経路阻害物質は、KY02111及びKY03-Iからなる群より選ばれる少なくとも1つを含む、請求項1~11のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項13】
前記工程(3)は、前記工程(3b)及び前記工程(3c)からなる群より選ばれる少なくとも1つの工程を含み、前記BMPシグナル伝達経路阻害物質は、I型BMP受容体阻害剤を含む、請求項1~12のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項14】
前記工程(1)、前記工程(2)及び前記工程(3)からなる群より選ばれる少なくとも1つの工程において、TGFβシグナル伝達経路阻害物質がさらに存在する、請求項1~13のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項15】
前記TGFβシグナル伝達経路阻害物質は、Alk5/TGFβR1阻害剤を含む、請求項14に記載の製造方法。
【請求項16】
前記工程(1)、前記工程(2)及び前記工程(3)からなる群より選ばれる少なくとも1つの工程において、Wntシグナル伝達経路作用物質がさらに存在する、請求項1~15のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項17】
前記Wntシグナル伝達経路作用物質は、前記第一Wntシグナル伝達経路阻害物質の作用点よりも下流のシグナル伝達因子に作用する、請求項16に記載の製造方法。
【請求項18】
前記Wntシグナル伝達経路作用物質は、Wnt-Canonical経路を活性化させる物質を含む、請求項16又は17に記載の製造方法。
【請求項19】
前記Wnt-Canonical経路を活性化させる物質は、βカテニンの分解を阻害又はβカテニンの安定化を促進する、請求項18に記載の製造方法。
【請求項20】
前記Wntシグナル伝達経路作用物質はGSK3阻害剤を含む、請求項16~19のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項21】
前記第一Wntシグナル伝達経路阻害物質はPORCN阻害剤を含み、前記Wntシグナル伝達経路作用物質はGSK3阻害剤を含む、請求項16~20のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項22】
前記工程(3)において、TAK1阻害物質がさらに存在する、請求項1~21のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項23】
前記工程(3)は、前記工程(3a)、前記工程(3b)又は前記工程(3c)の後に、さらに培養を行う工程(3e)を含む、請求項1~22のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項24】
前記工程(3e)において、BMPシグナル伝達経路阻害物質、TGFβシグナル伝達経路阻害物質、Wntシグナル伝達経路作用物質、FGFシグナル伝達経路作用物質及びEGFシグナル伝達経路作用物質からなる群より選ばれる少なくとも1つが存在する、請求項23に記載の製造方法。
【請求項25】
前記工程(3e)において、レチノイン酸伝達経路作用物質、血清、インスリン様成長因子受容体作用物質、神経栄養因子受容体作用物質からなる群より選ばれる少なくとも1つがさらに存在する、請求項23又は24に記載の製造方法。
【請求項26】
前記工程(3e)を、増粘剤を含む培地中で行う、請求項23~25のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項27】
前記増粘剤を含む培地は、100mPa・s以上の粘度を有する、請求項26に記載の製造方法。
【請求項28】
前記工程(3e)において、接着培養を行う、請求項23~27のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項29】
細胞外基質、基底膜標品及び合成細胞接着分子からなる群より選ばれる少なくとも1つでコートされた培養器材上で前記接着培養を行う、請求項28に記載の製造方法。
【請求項30】
前記工程(3e)において、気相液相境界面培養法により培養を行う、請求項23~29のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項31】
前記工程(3)において、細胞凝集体をゲル中に包埋して培養する工程を含む、請求項1~30のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項32】
前記ゲルはマトリゲルである、請求項31に記載の製造方法。
【請求項33】
前記工程(3)において、基底膜標品を含有する培地中で浮遊培養を行う工程を含む、請求項1~32のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項34】
前記基底膜標品がマトリゲルであり、培地中の前記マトリゲルの濃度が0.5%~4%である、請求項33に記載の製造方法。
【請求項35】
前記工程(3)において、前記第一Wntシグナル伝達経路阻害物質とは異なる第二Wntシグナル伝達経路阻害物質がさらに存在する、請求項1~34のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項36】
前記第二Wntシグナル伝達経路阻害物質は、古典的Wnt経路に対する阻害活性を有する物質を含む、請求項35に記載の製造方法。
【請求項37】
前記第二Wntシグナル伝達経路阻害物質は、Tankyrase阻害剤を含む、請求項35又は36に記載の製造方法。
【請求項38】
1)嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む非神経上皮組織部、及び、
2)神経系細胞又はその前駆細胞を含む神経組織部を含み、
前記神経系細胞又はその前駆細胞は、中枢神経系を構成する神経系細胞又はその前駆細胞を含み、前記神経組織部の表面の少なくとも一部が前記非神経上皮組織部で被覆されている、細胞塊。
【請求項39】
前記嗅神経細胞又はその前駆細胞は、Tuj1、EpCAM及びLhx2を発現している、請求項38に記載の細胞塊。
【請求項40】
非神経上皮組織部は基底膜様構造をさらに含み、前記基底膜様構造は前記非神経上皮組織部と前記神経組織部との間に形成されている、請求項38又は39に記載の細胞塊。
【請求項41】
前記非神経上皮組織部は、多列上皮又は重層上皮を形成している、請求項38に記載の細胞塊。
【請求項42】
前記非神経上皮組織部は、嗅上皮様組織を含み、前記嗅神経細胞又はその前駆細胞は、前記嗅上皮様組織に含まれる、請求項38~41のいずれか1項に記載の細胞塊。
【請求項43】
前記嗅上皮様組織は、基底細胞又はその前駆細胞を含む、請求項42に記載の細胞塊。
【請求項44】
前記嗅上皮様組織は、前記神経組織部に対向している基底面と、前記基底面とは反対側に位置する頂端面とを有し、
前記基底面は基底膜に面し、
前記頂端面はPKCζ又はEzrin陽性である、請求項42又は43に記載の細胞塊。
【請求項45】
前記嗅上皮様組織は、嗅上皮内側部と、前記嗅上皮内側部の周囲に設けられた嗅上皮周縁部とを含み、
前記嗅上皮内側部は、Sox2、Tuj1及びAscl1陽性細胞を含み、
前記嗅上皮周縁部は、Pax6及びPbx陽性細胞を含む、請求項42~44のいずれか1項に記載の細胞塊。
【請求項46】
前記嗅上皮様組織は、嗅神経鞘細胞又はその前駆細胞をさらに含む、請求項42~45のいずれか1項に記載の細胞塊。
【請求項47】
前記非神経上皮組織部は、前記嗅上皮様組織以外の非神経上皮組織をさらに含む、請求項42~46のいずれか1項に記載の細胞塊。
【請求項48】
前記神経系細胞又はその前駆細胞は、網膜を構成する細胞又はその前駆細胞をさらに含む、請求項38~47のいずれか1項に記載の細胞塊。
【請求項49】
前記神経系細胞又はその前駆細胞は大脳を含む、請求項38~48のいずれか1項に記載の細胞塊。
【請求項50】
請求項38~49のいずれか1項に記載の細胞塊に含まれる細胞又は組織を含む、嗅覚系の障害に基づく疾患の治療薬。
【請求項51】
請求項38~49のいずれか1項に記載の細胞塊に含まれる細胞又は組織を含む、神経組織の障害に基づく疾患の治療薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インビトロにおいて嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊、及びその製造方法に関するものである。さらに、細胞塊中に神経系細胞と非神経上皮組織をともに含んでいる、嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊に関するものである。
【背景技術】
【0002】
Int J Clin Exp Pathol 2017;10(7):8072-8081(非特許文献1)において、マウスiPS細胞から形成させた胚様体を、マウスから採取した嗅上皮又は嗅球の初代培養細胞と共培養することにより、一部の嗅神経細胞マーカーを発現する神経細胞が分化誘導されることが報告されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】Int J Clin Exp Pathol 2017;10(7):8072-8081
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、多能性幹細胞から嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊を効率よく製造する手法を提供することである。特に、フィーダーフリー培養された多能性幹細胞を出発材料として、生体から分離された嗅上皮又は嗅球の初代培養細胞を用いることなく、効率よく嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊を製造する手法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、上記課題を解決すべく検討を重ねたところ、多能性幹細胞を第一Wntシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養し、一度BMPシグナル伝達経路作用物質を添加して一定期間培養したのちに、さらにFGFシグナル伝達経路作用物質及びBMPシグナル伝達経路阻害物質の少なくとも1つを添加することにより、嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊を効率よく製造できることを見出した。加えて、BMPシグナル伝達経路作用物質、FGFシグナル伝達経路作用物質及びBMPシグナル伝達経路阻害物質の添加条件を最適化し、BMPシグナル伝達経路作用物質を多能性幹細胞の浮遊培養開始から72時間以内に添加し、続けてFGFシグナル伝達経路作用物質あるいはBMPシグナル伝達経路阻害物質をBMPシグナル伝達経路作用物質の添加から96時間以内に添加するという最適な添加時期を同定することにより、嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊のより効率的な製造に成功した。加えて、多能性幹細胞をフィーダー細胞非存在下で、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質からなる群より選ばれる少なくとも1つで前培養することにより、嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の製造効率を改善できることを見出した。すなわち、本発明は以下に例示されるものに関する。
【0006】
[1]下記工程(1)~(3)を含む、嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の製造方法:
多能性幹細胞を、第一Wntシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養し、細胞凝集体を形成させる工程(1)、
前記工程(1)で得られた細胞凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下で浮遊培養する工程(2)、
前記工程(2)で得られた細胞凝集体を浮遊培養して、前記細胞塊を得る工程(3)であって、
FGFシグナル伝達経路作用物質の存在下で浮遊培養する工程(3a)、
BMPシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養する工程(3b)、及び
FGFシグナル伝達経路作用物質及びBMPシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養する工程(3c)
からなる群より選ばれる少なくとも1つの工程を含む、工程(3)。
[2]前記工程(3)は前記工程(3a)を含み、前記工程(3a)の後に、前記工程(3c)をさらに含む、[1]に記載の製造方法。
[3]前記工程(1)において、前記多能性幹細胞は単一細胞に分散されている、[1]又は[2]に記載の製造方法。
[4]前記工程(3)は、前記工程(3b)又は前記工程(3c)を含み、前記工程(3b)又は前記工程(3c)の後に、BMPシグナル伝達経路阻害物質の非存在下で浮遊培養する工程(3d)をさらに含む、[1]~[3]のいずれかに記載の製造方法。
[5]前記工程(3)において、EGFシグナル伝達経路作用物質がさらに存在する、[1]~[4]のいずれかに記載の製造方法。
[6]前記工程(1)の前に、前記多能性幹細胞をフィーダー細胞非存在下で、1)TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質からなる群より選ばれる少なくとも1つと、2)未分化維持因子と、を含む培地で培養する工程(a)をさらに含む、[1]~[5]のいずれかに記載の製造方法。
[7]前記工程(2)の開始時期は、前記工程(1)における多能性幹細胞の浮遊培養開始から0.5時間以降72時間以内である、[1]~[6]のいずれかに記載の製造方法。
[8]前記工程(2)の開始時期は、前記工程(1)において形成された前記細胞凝集体の表層における1割以上の細胞が互いに密着結合を形成している時期である、[1]~[7]のいずれかに記載の製造方法。
[9]前記BMPシグナル伝達経路作用物質は、BMP2、BMP4、BMP7、BMP13及びGDF7からなる群より選ばれる少なくとも1つのタンパク質を含む、[1]~[8]のいずれかに記載の製造方法。
[10]前記BMPシグナル伝達経路作用物質はBMP4を含み、前記BMP4の濃度が25pM~5nMである培地中で前記工程(2)の培養を開始する、[1]~[9]のいずれかに記載の製造方法。
[11]前記工程(3)は、前記工程(3a)及び前記工程(3c)からなる群より選ばれる少なくとも1つの工程を含み、前記FGFシグナル伝達経路作用物質は、FGF2及びFGF8、並びに、これらの改変体からなる群より選ばれる少なくとも1つを含む、[1]~[10]のいずれかに記載の製造方法。
[12]前記工程(3)の開始時期は、前記工程(2)のBMPシグナル伝達経路作用物質添加から12時間以降72時間以内である、[1]~[11]のいずれかに記載の製造方法。
[13]前記工程(2)及び前記工程(3)からなる群より選ばれる少なくとも1つの工程において、前記第一Wntシグナル伝達経路阻害物質が存在する、[1]~[12]のいずれかに記載の製造方法。
[14]前記第一Wntシグナル伝達経路阻害物質は、非古典的Wnt経路に対する阻害活性を有する物質を含む、[1]~[13]のいずれかに記載の製造方法。
[15]前記第一Wntシグナル伝達経路阻害物質は、PORCN阻害剤を含む、[1]~[14]のいずれかに記載の製造方法。
[16]前記PORCN阻害剤は、IWP-2、IWP-3、IWP-4、IWP-L6、IWP-12、LGK-974、Wnt-C59、ETC-159及びGNF-6231からなる群より選ばれる少なくとも1つを含む、[15]に記載の製造方法。
[17]前記PORCN阻害剤はIWP-2を含み、前記IWP-2の濃度が10nM~50μMである培地中で前記工程(1)の培養を開始する、[15]又は[16]に記載の製造方法。
[18]前記第一Wntシグナル伝達経路阻害物質は、KY02111及びKY03-Iからなる群より選ばれる少なくとも1つを含む、[1]~[17]のいずれかに記載の製造方法。
[19]前記第一Wntシグナル伝達経路阻害物質はKY02111を含み、前記KY02111の濃度が10nM~50μMである培地中で前記工程(1)の培養を開始する、[1]~[18]のいずれかに記載の製造方法。
[20]前記工程(3)は、前記工程(3b)及び前記工程(3c)からなる群より選ばれる少なくとも1つの工程を含み、前記BMPシグナル伝達経路阻害物質は、I型BMP受容体阻害剤を含む、[1]~[19]のいずれかに記載の製造方法。
[21]前記I型BMP受容体阻害剤は、K02288、Dorsomorphin、LDN-193189、LDN-212854、LDN-214117、ML347、DMH1及びDMH2からなる群より選ばれる少なくとも1つを含む、[20]に記載の製造方法。
[22]前記I型BMP受容体阻害剤はK02288を含み、前記K02288の濃度が10nM~50μMである培地中で前記工程(3)を開始する、[20]又は[21]に記載の製造方法。
[23]前記工程(1)、前記工程(2)及び前記工程(3)からなる群より選ばれる少なくとも1つの工程において、TGFβシグナル伝達経路阻害物質がさらに存在する、[1]~[22]のいずれかに記載の製造方法。
[24]前記TGFβシグナル伝達経路阻害物質は、Alk5/TGFβR1阻害剤を含む、[23]に記載の製造方法。
[25]前記Alk5/TGFβR1阻害剤は、SB431542、SB505124、SB525334、LY2157299、GW788388、LY364947、SD-208、EW-7197、A83-01、RepSoxからなる群より選ばれる少なくとも1つを含む、[24]に記載の製造方法。
[26]前記Alk5/TGFβR1阻害剤はSB431542を含み、培地中の前記SB431542の濃度が10nM~100μMである、[24]又は[25]に記載の製造方法。
[27]前記ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質がSAG、Purmorphamine及びGSA-10からなる群から選ばれる少なくとも1つを含む、[6]に記載の製造方法。
[28]前記ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質は、10nMから700nMのSAGに相当するソニック・ヘッジホッグシグナル伝達促進活性を有する濃度である、[6]又は[27]に記載の製造方法。
[29]前記工程(1)、前記工程(2)及び前記工程(3)からなる群より選ばれる少なくとも1つの工程において、Wntシグナル伝達経路作用物質がさらに存在する、[1]~[28]のいずれかに記載の製造方法。
[30]前記Wntシグナル伝達経路作用物質は、前記第一Wntシグナル伝達経路阻害物質の作用点よりも下流のシグナル伝達因子に作用する、[29]に記載の製造方法。
[31]前記Wntシグナル伝達経路作用物質は、Wnt-Canonical経路を活性化させる物質を含む、[29]又は[30]に記載の製造方法。
[32]前記Wnt-Canonical経路を活性化させる物質は、βカテニンの分解を阻害又はβカテニンの安定化を促進する、[31]に記載の製造方法。
[33]前記Wntシグナル伝達経路作用物質はGSK3阻害剤を含む、[29]~[32]のいずれかに記載の製造方法。
[34]前記第一Wntシグナル伝達経路阻害物質はPORCN阻害剤を含み、前記Wntシグナル伝達経路作用物質はGSK3阻害剤を含む、[29]~[33]のいずれかに記載の製造方法。
[35]前記GSK3阻害剤は、CHIR99021、CHIR98014、TWS119、SB216763、SB415286、BIO、AZD2858、AZD1080、AR-A014418、TDZD-8、LY2090314、IM-12、Indirubin、Bikinin、A 1070722、3F8、Kenpaullone、10Z-Hymenialdisine、Indirubin-3’-oxime、NSC 693868、TC-G 24、TCS 2002、TCS 21311、CP21R7及びこれらの化合物の誘導体からなる群より選ばれる少なくとも1つを含む、[33]又は[34]に記載の製造方法。
[36]前記GSK3阻害剤はCHIR99021を含み、培地中の前記CHIR99021の濃度が10nM~50μMである、[33]~[35]のいずれかに記載の製造方法。
[37]前記Wntシグナル伝達経路作用物質は、BML-284、SKL2001からなる群より選ばれる少なくとも1つを含む、[29]~[36]のいずれかに記載の製造方法。
[38]前記工程(3)において、TAK1阻害物質がさらに存在する、[1]~[37]のいずれかに記載の製造方法。
[39]前記TAK1阻害物質は、(5Z)-7-Oxozeaenol、N-Des(aminocarbonyl)AZ-TAK1 inhibitor、Takinib、NG25及びこれら化合物の誘導体からなる群より選ばれる少なくとも1つを含む、[38]に記載の製造方法。
[40]前記TAK1阻害物質は、(5Z)-7-Oxozeaenolを含み、培地中の前記(5Z)-7-Oxozeaenolの濃度が10nM~50μMである、[38]又は[39]に記載の製造方法。
[41]前記工程(3)は、前記工程(3a)、前記工程(3b)又は前記工程(3c)の後に、さらに培養を行う工程(3e)を含む、[1]~[40]のいずれかに記載の製造方法。
[42]前記工程(3e)において、BMPシグナル伝達経路阻害物質、TGFβシグナル伝達経路阻害物質、Wntシグナル伝達経路作用物質、FGFシグナル伝達経路作用物質及びEGFシグナル伝達経路作用物質からなる群より選ばれる少なくとも1つが存在する、[41]に記載の製造方法。
[43]前記工程(3e)において、レチノイン酸伝達経路作用物質がさらに存在する、[41]又は[42]に記載の製造方法。
[44]前記レチノイン酸伝達経路作用物質は、オールトランスレチノイン酸、イソトレチノイン、9-cisレチノイン酸、TTNPB、Ch55、EC19、EC23、Fenretinide、Acitretin、Trifarotene、Adapaleneからなる群より選ばれる少なくとも1つを含む、[43]に記載の製造方法。
[45]前記レチノイン酸伝達経路作用物質は、EC23を含み、培地中の前記EC23の濃度が10pM~10μMである、[43]又は[44]に記載の製造方法。
[46]前記工程(3e)において、血清がさらに存在する、[41]~[45]のいずれかに記載の製造方法。
[47]培地中の前記血清の濃度が1%~20%である、[46]に記載の製造方法。
[48]前記工程(3e)において、インスリン様成長因子受容体作用物質がさらに存在する、[41]~[47]のいずれかに記載の製造方法。
[49]前記工程(3e)において、神経栄養因子受容体作用物質がさらに存在する、[41]~[48]のいずれかに記載の製造方法。
[50]前記工程(3e)を、増粘剤を含む培地中で行う、[41]~[49]のいずれかに記載の製造方法。
[51]前記増粘剤を含む培地は、100mPa・s以上の粘度を有する、[50]に記載の製造方法。
[52]前記増粘剤は、メチルセルロース、ペクチン、グアーガム、キサンタンガム、タマリンドガム、カラギーナン、ローカストビーンガム、ジェランガム、デキストリン、ダイユータンガム、デンプン、タラガム、アルギン酸、カードラン、カゼインナトリウム、カロブビーンガム、キチン、キトサン、グルコサミン、プルラン、アガロース、食物繊維及びこれらの化学修飾された物質又は誘導体からなる群より選ばれる少なくとも1つを含む、[50]又は[51]に記載の製造方法。
[53]前記増粘剤はメチルセルロースを含み、培地中の前記メチルセルロースの濃度が1%以上である、[50]~[52]のいずれかに記載の製造方法。
[54]前記工程(3e)において、接着培養を行う、[41]~[53]のいずれかに記載の製造方法。
[55]細胞外基質、基底膜標品及び合成細胞接着分子からなる群より選ばれる少なくとも1つでコートされた培養器材上で前記接着培養を行う、[54]に記載の製造方法。
[56]前記工程(3e)において、セルカルチャーインサート又は多孔性メンブレン上で培養を行う、[41]~[55]のいずれかに記載の製造方法。
[57]前記工程(3e)において、気相液相境界面培養法により培養を行う、請求項[41]~[56]のいずれかに記載の製造方法。
[58]前記工程(3)において、細胞凝集体をゲル中に包埋して培養する工程を含む、[1]~[57]のいずれかに記載の製造方法。
[59]前記ゲルはマトリゲルである、[58]に記載の製造方法。
[60]前記工程(3)において、基底膜標品を含有する培地中で浮遊培養を行う工程を含む、[1]~[59]のいずれかに記載の製造方法。
[61]前記基底膜標品がマトリゲルであり、培地中の前記マトリゲルの濃度が0.5%~4%である、[60]に記載の製造方法。
[62]前記工程(3)において、前記第一Wntシグナル伝達経路阻害物質とは異なる第二Wntシグナル伝達経路阻害物質がさらに存在する、[1]~[61]のいずれかに記載の製造方法。
[63]前記第二Wntシグナル伝達経路阻害物質は、古典的Wnt経路に対する阻害活性を有する物質を含む、[62]に記載の製造方法。
[64]前記第二Wntシグナル伝達経路阻害物質は、Tankyrase阻害剤を含む、[62]又は[63]に記載の製造方法。
[65]前記Tankyrase阻害剤は、XAV939、IWR1-endo、MN-64、WIKI4、TC-E 5001、JW 55及びAZ6102からなる群より選ばれる少なくとも1つを含む、[64]に記載の製造方法。
[66]前記Tankyrase阻害剤はXAV939を含み、培地中の前記XAV939の濃度が10nM~50μMである、[64]又は[65]に記載の製造方法。
[67]前記第二Wntシグナル伝達経路阻害物質は、前記工程(1)における浮遊培養開始から28日以内に培地に添加される、[62]~[66]のいずれかに記載の製造方法。
[68]前記工程(1)、前記工程(2)及び前記工程(3)からなる群より選ばれる少なくとも1つの工程を、マトリゲルの非存在下で行う、[1]~[58]のいずれかに記載の製造方法。
[69][1]~[68]のいずれかに記載の製造方法により得られる嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊。
[70]1)嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む非神経上皮組織部、及び、
2)神経系細胞又はその前駆細胞を含む神経組織部を含み、
前記神経系細胞又はその前駆細胞は、中枢神経系を構成する神経系細胞又はその前駆細胞を含み、前記神経組織部の表面の少なくとも一部が前記非神経上皮組織部で被覆されている、細胞塊。
[71]前記嗅神経細胞又はその前駆細胞は、Tuj1、EpCAM及びLhx2を発現している、[70]に記載の細胞塊。
[72]非神経上皮組織部は基底膜様構造をさらに含み、前記基底膜様構造は前記非神経上皮組織部と前記神経組織部との間に形成されている、[70]又は[71]に記載の細胞塊。
[73]前記非神経上皮組織部は、多列上皮又は重層上皮を形成している、[70]に記載の細胞塊。
[74]前記非神経上皮組織部は、嗅上皮様組織を含み、前記嗅神経細胞又はその前駆細胞は、前記嗅上皮様組織に含まれる、[70]~[73]のいずれかに記載の細胞塊。
[75]前記嗅上皮様組織は、支持細胞、基底細胞及びボーマン腺細胞、並びにこれらの前駆細胞からなる群より選ばれる少なくとも2種の細胞をさらに含む、[74]に記載の細胞塊。
[76]前記嗅上皮様組織は、基底細胞又はその前駆細胞を含む、[74]又は[75]に記載の細胞塊。
[77]前記嗅上皮様組織は、前記神経組織部に対向している基底面と、前記基底面とは反対側に位置する頂端面とを有し、
前記基底面は基底膜に面し、
前記頂端面はPKCζ陽性である、[74]~[76]のいずれかに記載の細胞塊。
[78]前記嗅上皮様組織は、嗅上皮内側部と、前記嗅上皮内側部の周囲に設けられた嗅上皮周縁部とを含み、
前記嗅上皮内側部は、Sox2、Tuj1及びAscl1陽性細胞を含み、
前記嗅上皮周縁部は、Pax6及びPbx陽性細胞を含む、[74]~[77]のいずれかに記載の細胞塊。
[79]前記嗅上皮様組織は、嗅神経鞘細胞又はその前駆細胞をさらに含む、[74]~[78]のいずれかに記載の細胞塊。
[80]前記非神経上皮組織部は、前記嗅上皮様組織以外の非神経上皮組織をさらに含む、[74]~[79]のいずれかに記載の細胞塊。
[81]前記非神経上皮組織は、呼吸器上皮細胞を含む、[80]に記載の細胞塊。
[82]前記神経組織部は、上皮構造を形成している、[70]~[81]のいずれかに記載の細胞塊。
[83]前記神経系細胞又はその前駆細胞は、網膜を構成する細胞又はその前駆細胞をさらに含む、[70]~[82]のいずれかに記載の細胞塊。
[84]前記神経系細胞又はその前駆細胞は大脳を含む、[70]~[83]のいずれかに記載の細胞塊。
[85]前記大脳は嗅球を含む、[84]に記載の細胞塊。
[86]骨組織を含まない、[70]~[85]のいずれかに記載の細胞塊。
[87][69]~[86]のいずれかに記載の細胞塊に含まれる細胞又は組織を含む、嗅覚系の障害に基づく疾患の治療薬。
[88][69]~[86]のいずれかに記載の細胞塊に含まれる細胞又は組織を含む、神経組織の障害に基づく疾患の治療薬。
[89][69]~[86]のいずれかに記載の細胞塊に含まれる神経細胞又は神経組織を含む、神経毒性又は薬効評価用キット。
[90][69]~[86]のいずれかに記載の細胞塊に含まれる嗅神経細胞又は嗅上皮様組織を含む、嗅覚受容体のスクリーニングキット。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、多能性幹細胞から嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊を効率よく製造することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】Aは嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の構造を模式的に表した図である。BはA中の点線で囲った部分を拡大した模式図である。C~Eは、本発明の細胞塊の別の様態を模式的に表した図である。
図2】上段は、予備実験1において、培養28日目の細胞塊の凍結切片の抗Lhx2抗体による蛍光免疫染色結果を示す。下段は、上段中の線分A-A’で示す関心領域の線形の蛍光強度プロファイルを出力したグラフである。
図3】上段は、比較実験1において、ヒトES細胞から神経細胞を含む細胞凝集体を作製する際の手順を模式的に示した図である。下段Aは比較実験1において浮遊培養開始28日後の細胞凝集体の倒立顕微鏡の明視野観察像を示す図である。下段B~Gは、浮遊培養開始28日後の凝集体における各細胞マーカーの発現状況を蛍光免疫染色により調べた結果を示す図である。B~Eは、Dlx5、Sox1、PanCKの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。F及びGは、Tuj1の染色像とその核染色像をそれぞれ示す。A中のスケールバーは500μmを、B中のスケールバーは200μmを、F中のスケールバーは100μmを示す。Hは培養28日目の細胞凝集体の構造を模式的に表した図である。
図4】上段は、比較実験2において、ヒトES細胞から神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞凝集体を作製する際の手順を模式的に示した図である。下段Aは比較実験2において浮遊培養開始28日後の細胞塊の倒立顕微鏡の明視野観察像を示す図である。下段B~Mは、浮遊培養開始28日後の細胞塊における各細胞マーカーの発現状況を蛍光免疫染色により調べた結果を示す図である。B~Eは、Tuj1、Sox2、PanCKの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。F~Iは、Six1、Sp8、N-Cadherinの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。J~Mは、EpCAM、Pax6、Chx10の染色像とその核染色像をそれぞれ示す。A、B、F、J中のスケールバーは200μmを示す。
図5】O~Uは、比較実験2において浮遊培養開始28日後の細胞凝集体における各細胞マーカーの発現状況を蛍光免疫染色により調べた結果を示す図である。O及びPはCrystalline αAの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。Q及びRはProx1の染色像とその核染色像をそれぞれ示す。S~UはC-Maf、Sox1の染色像とその核染色像をそれぞれ示す。O、S中のスケールバーは100μmを示す。下段Vは培養28日目の細胞凝集体の構造を模式的に表した図である。
図6】上段は、実験1において、ヒトES細胞から嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊を作製する際の手順を模式的に示した図である。下段Aは実験1において浮遊培養開始13日後の細胞塊の倒立顕微鏡の明視野観察像を示す図である。B~Lは、実験1において浮遊培養開始13日後の細胞塊における各細胞マーカーの発現状況を蛍光免疫染色により調べた結果を示す図である。B~Eは、Dlx5、Sox1、PanCKの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。F~Iは、Pax6、AP2α、E-Cadherinの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。J~Lは、Otx2、Sox2の染色像とその核染色像をそれぞれ示す。A中のスケールバーは500μmを示す。B中のスケールバーは100μmを、F、J中のスケールバーは200μmを示す。
図7】M~Rは、実験1において浮遊培養開始13日後の細胞凝集体における各細胞マーカーの発現状況を蛍光免疫染色により調べた結果を示す図である。M~Oは、Six1、Sp8の染色像とその核染色像をそれぞれ示す。P~Rは、Sox3、N-Cadherinの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。M、P中のスケールバーは200μmを示す。下段Sは、培養13日目のプラコード由来組織を含む細胞凝集体の構造を模式的に表した図である。
図8】上段は、実験2において、ヒトES細胞から嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊を作製する際の手順を模式的に示した図である。下段Aは実験2において浮遊培養開始28日後の細胞塊の倒立顕微鏡の明視野観察像を示す図である。B~Mは、実験2において浮遊培養開始28日後の細胞塊における各細胞マーカーの発現状況を蛍光免疫染色により調べた結果を示す図である。B~Eは、Bf1、Sp8、Sox2の染色像とその核染色像をそれぞれ示す。F~Iは、Six1、Ebf2、NCAMの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。J~Mは、Otx2、NeuroD、Tuj1の染色像とその核染色像をそれぞれ示す。A中のスケールバーは500μmを、B、F、J中のスケールバーは100μmを示す。
図9】N~AIは、実験2において浮遊培養開始28日後の細胞塊における各細胞マーカーの発現状況を蛍光免疫染色により調べた結果を示す図である。N~Qは、Pax6、Pbx1/2/3/4、E-Cadherinの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。R~Uは、Dlx5、Emx2、PanCKの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。V~Xは、Chx10、N-Cadherinの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。Y~AAは、Lhx2、Calretininの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。AB~AEは、図8のF~Iの一部を拡大した図をそれぞれ示す。AF~ALは、図8のJ~Mの一部を拡大した図をそれぞれ示す。N、R、V、Y中のスケールバーは100μmを、AB、AF中のスケールバーは50μmを示す。
図10】Aは培養28日目の嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の構造を模式的に表した図である。BはA中の点線で囲った部分を拡大した模式図である。
図11】上段は、実験3において、ヒトiPS細胞から嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊を作製する際の手順を模式的に示した図である。下段A及びBは実験3において浮遊培養開始21日後の細胞塊の倒立顕微鏡の明視野観察像を示す図である。C~Nは、実験3において浮遊培養開始28日後の細胞塊における各細胞マーカーの発現状況を蛍光免疫染色により調べた結果を示す図である。C~Fは、Tuj1、Sox2、PanCKの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。G~Jは、Six1、Sp8、N-Cadherinの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。K~Nは、Pax6、Chx10、EpCAMの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。A、B中のスケールバーは500μmを、C、G、K中のスケールバーは100μmを示す。
図12】O~Zは、実験3において浮遊培養開始21日後の細胞塊における各細胞マーカーの発現状況を蛍光免疫染色により調べた結果を示す図である。O~Rは、Otx2、NCAM、E-Cadherinの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。S~Vは、Tuj1、Ebf1、PanCKの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。W~Zは、Six1、Ebf2、NCAMの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。O中のスケールバーは100μmを、S、W中のスケールバーは50μmを示す。下段AAは、培養21日目の嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の構造を模式的に表した図である。
図13】上段は、実験4において、ヒトiPS細胞から嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊を作製する際の手順を模式的に示した図である。下段Aは実験3において浮遊培養開始28日後の細胞塊の倒立顕微鏡の明視野観察像を示す図である。B~Mは、実験3において浮遊培養開始28日後の細胞塊における各細胞マーカーの発現状況を蛍光免疫染色により調べた結果を示す図である。B~Eは、Dlx5、NeuroD1、NCAMの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。F~Iは、p63、Sox2、E-Cadherinの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。J~Mは、Pax6、Chx10、N-Cadherinの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。A中のスケールバーは500μmを、B、F中のスケールバーは100μmを、J中のスケールバーは50μmを示す。
図14】N~Uは、実験4において浮遊培養開始28日後の細胞塊における各細胞マーカーの発現状況を蛍光免疫染色により調べた結果を示す図である。N~Qは、Six1、Sp8、EpCAMの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。R~Uは、Tuj1、Ebf2、PanCKの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。N、R中のスケールバーは100μmを示す。Vは、実験4に記載の方法によって製造された培養28日目の嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の構造を模式的に表した図である。
図15】上段は、実験5において、ヒトiPS細胞から嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊を作製する際の手順を模式的に示した図である。下段Aは実験5において浮遊培養開始28日後の細胞塊の倒立顕微鏡の明視野観察像を示す図である。B~Mは、実験5において浮遊培養開始28日後の細胞塊における各細胞マーカーの発現状況を蛍光免疫染色により調べた結果を示す図である。B~Eは、Dlx5、NeuroD1、NCAMの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。F~Iは、p63、Sox2、E-Cadherinの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。J~Mは、Pax6、Chx10、N-Cadherinの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。A中のスケールバーは500μmを、B、F、J中のスケールバーは100μmを表す。
図16】N~Uは、実験5において浮遊培養開始28日後の細胞塊における各細胞マーカーの発現状況を蛍光免疫染色により調べた結果を示す図である。N~Qは、Six1、Sp8、EpCAMの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。R~Uは、Tuj1、Ebf2、PanCKの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。N、R中のスケールバーは100μmを表す。
図17】上段は、実験6において、ヒトiPS細胞から嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊を作製する際の手順を模式的に示した図である。下段Aは実験6において浮遊培養開始28日後の細胞塊の倒立顕微鏡の明視野観察像を示す図である。B~Mは、実験6において浮遊培養開始28日後の細胞塊における各細胞マーカーの発現状況を蛍光免疫染色により調べた結果を示す図である。B~Eは、Dlx5、NeuroD1、NCAMの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。F~Iは、p63、Sox2、E-Cadherinの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。J~Mは、Pax6、Chx10、N-Cadherinの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。A中のスケールバーは500μmを、B中のスケールバーは100μmを表す。
図18】N~AEは、実験6において浮遊培養開始28日後の細胞塊における各細胞マーカーの発現状況を蛍光免疫染色により調べた結果を示す図である。N~Qは、Six1、Sp8、EpCAMの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。R~Uは、Tuj1、Ebf2、PanCKの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。V~Yは、Nestin、Islet、β-Cateninの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。Z~ABは、PKCζ、Lamininの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。AC~AEは、Lhx2、Calretininの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。N、R、V、Z、AC中のスケールバーは100μmを表す。
図19】AF~AJは、実験6において浮遊培養開始28日後の細胞塊における各細胞マーカーの発現状況を蛍光免疫染色により調べた結果を示す図である。AF~AHは、Otx2、CK8の染色像とその核染色像をそれぞれ示す。AI、AJはEya2の染色像とその核染色像をそれぞれ示す。AKは実験6に記載の方法によって製造された培養28日目の嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の構造を模式的に表した図である。AF、AI中のスケールバーは100μmを表す。
図20】上段のA~Dは、実験7においてヒトES細胞から嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊を作製する際に、BMP4の添加濃度を変化させた時の浮遊培養開始28日後の細胞塊の倒立顕微鏡の明視野観察像を示す図である。Aは、Grade1の細胞塊、Bは、Grade2の細胞塊、Cは、Grade3の細胞塊、Grade4の細胞塊の例である。Eは各BMP4濃度において形成された細胞塊の品質評価結果をグラフ化したものである。
図21】上段は、実験8において、ヒトiPS細胞から嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の製造における分化誘導に供するヒトiPS細胞の化合物前処理の効果を調べる手順を模式的に示した図である。下段A~Gは実験8において浮遊培養開始13日後の凝集体の倒立顕微鏡の明視野観察像を示す図である。AからDは前処理として溶媒であるDMSOのみを添加したコントロールの、E~Gはそれぞれ異なる条件で前処理を行ったヒトiPS細胞から形成された浮遊培養開始後13日目の細胞塊の倒立顕微鏡の明視野観察像を示す図である。A及びE中のスケールバーは500μmを示す。Hは各前処理条件において形成された細胞塊の品質評価結果をグラフ化したものである。
図22】上段は、実験9において、ヒトiPS細胞から嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の製造における各第一Wntシグナル伝達経路阻害物質の効果を調べる手順を模式的に示した図である。下段A~Fは実験9において浮遊培養開始28日後の凝集体の倒立顕微鏡の明視野観察像を示す図である。Aは第一Wntシグナル伝達経路阻害物質を添加しないコントロールの、B~Fは浮遊培養開始時に第一Wntシグナル伝達経路阻害物質をその種類を変えて添加した時の、浮遊培養開始後28日目の細胞塊の倒立顕微鏡の明視野観察像を示す図である。A中のスケールバーは、500μmを示す。
図23】Gは、実験9において、浮遊培養開始後28日の細胞塊における各細胞マーカーの発現状況を蛍光免疫染色により調べた結果を示す図である。パネルの行は第一Wntシグナル伝達経路阻害物質の条件、パネルの列は左から順にそれぞれSix1、Sox2、汎サイトケラチン(PanCK)とその核染色像をそれぞれ示す。左上のパネル中のスケールバーは、100μmを表す。
図24】上段は、実験10において、三次元培養器を用いてヒトiPS細胞から嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊を製造する手順を模式的に示した図である。下段A及びBは実験10において浮遊培養開始21日後の凝集体の倒立顕微鏡の明視野観察像を示す図である。A中のスケールバーは500μm、B中のスケールバーは200μmを示す。
図25】上段は、実験11において、ヒトiPS細胞から嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の製造におけるBMPシグナル伝達経路作用物質の添加時期の差による効果を調べる手順を模式的に示した図である。下段A~Eは実験11において浮遊培養開始13日後の細胞凝集体の倒立顕微鏡の明視野観察像を示す図である。A及びD中のスケールバーは500μmを示す。
図26】上段は、実験12において、ヒトiPS細胞から嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の製造におけるBMPシグナル伝達経路作用物質の最適な添加時期を調べる手順を模式的に示した図である。下段A~Dは実験12において浮遊培養開始2日から6日後の凝集体の倒立顕微鏡の明視野観察像を示す図である。E~Hは、浮遊培養開始2日から6日後の細胞凝集体のZO-1染色像を示し、I~Lは、それぞれの核の対比染色像を示す図である。A中のスケールバーは500μmを、E及びI中のスケールバーは100μmを表す。
図27】A~Pは、実験13において、ラット胎生14.5日胚の冠状切片を作製し、各マーカーの発現を免疫染色により解析した結果である。Aは低倍率の核染色の染色図である。B~Sは、Aの破線部の領域に相当する領域の連続切片の高倍率の染色図である。B~EはTuj1、Ebf2、PanCKの染色像とその核染色像、F~IはOtx2、Ebf1、β-Cateninの染色像とその核染色像、J~LはE-Cadherin、Sox2の染色像とその核染色像、MとNはDlx5の染色像とその核染色像、OとPはPKCζの染色像とその核染色像、Q~Sはラミニン、EpCAMの染色像とその核染色像を示す図である。A中のスケールバーは500μmを、B、F、J、M、Q中のスケールバーは100μmを表す。
図28】上段は、実験14において、ヒトiPS細胞から嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の製造におけるWntシグナル伝達経路阻害物質とWntシグナル伝達経路作用物質との併用条件を模式的に示した図である。下段A、Bは実験14において浮遊培養開始21日目の細胞塊の倒立顕微鏡の明視野観察像を示す図である。A中のスケールバーは500μmを、B中のスケールバーは200μmを表す。
図29】上段は、実験15において、ヒトiPS細胞から嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の製造におけるTAK1阻害物質の使用条件を模式的に示した図である。下段A、Bは実験15において浮遊培養開始21日目の細胞塊の倒立顕微鏡の明視野観察像を示す図である。A中のスケールバーは500μmを、B中のスケールバーは200μmを表す。
図30】上段は、実験16において、ヒトiPS細胞から製造した嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊を、粘性を有する培地中で培養した手順を表す図である。下段Aは実験16において浮遊培養開始45日目の細胞塊の倒立顕微鏡の明視野観察像を示す図である。A中のスケールバーは200μmを表す。
図31】上段は、実験17において、ヒトiPS細胞から嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の製造における基底膜標品の添加条件を模式的に示した図である。下段A~Dは実験17において浮遊培養開始21日目の細胞塊の倒立顕微鏡の明視野観察像を示す図である。A中のスケールバーは500μmを表す。
図32】上段は、実験18において、ヒトiPS細胞から嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊を基底膜標品中で包埋培養した手順を模式的に示した図である。下段Aは実験18において浮遊培養開始21日目の細胞塊の倒立顕微鏡の明視野観察像を示す図である。A中のスケールバーは500μmを表す。
【発明を実施するための形態】
【0009】
[1.定義]
「幹細胞」とは、分化能及び増殖能(特に自己複製能)を有する未分化な細胞を意味する。幹細胞には、分化能力に応じて、多能性幹細胞(pluripotent stem cell)、複能性幹細胞(multipotent stem cell)、単能性幹細胞(unipotent stem cell)等の亜集団が含まれる。多能性幹細胞とは、インビトロにおいて培養することが可能で、かつ、生体を構成するすべての細胞(三胚葉(外胚葉、中胚葉、内胚葉)由来の組織)に分化しうる能力(分化多能性(pluripotency))を有する幹細胞をいう。複能性幹細胞とは、全ての種類ではないが、複数種の組織及び細胞へ分化し得る能力を有する幹細胞を意味する。単能性幹細胞とは、特定の組織や細胞へ分化し得る能力を有する幹細胞を意味する。
【0010】
多能性幹細胞は、受精卵、クローン胚、生殖幹細胞、組織内幹細胞、体細胞等から誘導することができる。多能性幹細胞としては、胚性幹細胞(ES細胞:Embryonic stem cell)、EG細胞(Embryonic germ cell)、人工多能性幹細胞(iPS細胞:induced pluripotent stem cell)等を挙げることができる。間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell:MSC)から得られるMuse細胞(Multi-lineage differentiating Stress Enduring cell)や、生殖細胞(例えば精巣)から作製されたGS細胞も多能性幹細胞に包含される。
【0011】
胚性幹細胞は、1981年に初めて樹立され、1989年以降ノックアウトマウス作製にも応用されている。1998年にはヒト胚性幹細胞が樹立されており、再生医学にも利用されつつある。ES細胞は、内部細胞塊をフィーダー細胞上又はleukemia inhibitory factor(LIF)を含む培地中で培養することにより製造することができる。ES細胞の製造方法は、例えば国際公開第96/22362号、国際公開第02/101057号、米国特許第5,843,780号明細書、米国特許第6,200,806号明細書、米国特許第6,280,718号明細書等に記載されている。胚性幹細胞は、所定の機関より入手でき、また、市販品を購入することもできる。例えばヒト胚性幹細胞であるKhES-1、KhES-2及びKhES-3は、京都大学再生医科学研究所より入手可能である。いずれもマウス胚性幹細胞である、EB5細胞は国立研究開発法人理化学研究所より、D3株はATCCより、入手可能である。ヒト胚を破壊すること無く、ヒト胚性幹細胞培養(細胞株)を提供する方法が、例えばCell Stem Cell,2008:2(2):113-117、国際公開第03/046141号に記載されている。ES細胞の一つである核移植ES細胞(ntES細胞)は、細胞株を取り除いた卵子に体細胞の細胞核を移植して作ったクローン胚から樹立することができる。
【0012】
EG細胞は、始原生殖細胞をmSCF、LIF及びbFGFを含む培地中で培養することにより製造することができる(Cell,70:841-847,1992)。
【0013】
「人工多能性幹細胞」とは、体細胞を、公知の方法等により初期化(reprogramming)することにより、多能性を誘導した細胞である。具体的には、線維芽細胞や末梢血単核球等分化した体細胞をOct3/4、Sox2、Klf4、Myc(c-Myc、N-Myc、L-Myc)、Glis1、Nanog、Sall4、lin28、Esrrb等を含む初期化遺伝子群から選ばれる複数の遺伝子の組み合わせのいずれかの発現により初期化して多分化能を誘導した細胞が挙げられる。2006年、山中らによりマウス細胞で人工多能性幹細胞が樹立された(Cell,2006,126(4)pp.663-676)。人工多能性幹細胞は、2007年にヒト線維芽細胞でも樹立され、胚性幹細胞と同様に多能性と自己複製能を有する(Cell,2007,131(5) pp.861-872;Science,2007,318(5858) pp.1917-1920;Nat. Biotechnol.,2008,26(1) pp.101-106)。人工多能性幹細胞として、遺伝子発現による直接初期化で製造する方法以外に、化合物の添加等により体細胞より人工多能性幹細胞を誘導することもできる(Science,2013,341 pp.651-654)。
【0014】
人工多能性幹細胞を製造する際に用いられる体細胞としては、特に限定は無いが、組織由来の線維芽細胞、血球系細胞(例えば末梢血単核球やT細胞)、肝細胞、膵臓細胞、腸上皮細胞、平滑筋細胞、等が挙げられる。
【0015】
人工多能性幹細胞を製造する際に、数種類の遺伝子(例、Oct3/4、Sox2、Klf4及びMycの4因子)の発現により初期化する場合、遺伝子の発現させるための手段は特に限定されない。前記手段としては、ウイルスベクター(例えばレトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、センダイウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター)を用いた感染法、プラスミドベクター(例えばプラスミドベクター、エピソーマルベクター)を用いた遺伝子導入法(例えばリン酸カルシウム法、リポフェクション法、レトロネクチン法、エレクトロポレーション法)、RNAベクターを用いた遺伝子導入法(例えばリン酸カルシウム法、リポフェクション法、エレクトロポレーション法)、タンパク質の直接注入法、等が挙げられる。
【0016】
人工多能性幹細胞は、所定の機関より入手でき、また、市販品を購入することもできる。例えばヒト人工多能性幹細胞株201B7株は京都大学より、HC-6#10株は国立研究開発法人理化学研究所より入手できる。
【0017】
本発明に用いられる多能性幹細胞は、好ましくは胚性幹細胞又は人工多能性幹細胞である。
【0018】
複能性幹細胞としては、造血幹細胞、神経幹細胞、網膜幹細胞、間葉系幹細胞等の組織幹細胞(組織性幹細胞、組織特異的幹細胞又は体性幹細胞とも呼ばれる)を挙げることができる。
【0019】
遺伝子改変された多能性幹細胞は、例えば相同組換え技術を用いることにより作製できる。改変される染色体上の遺伝子としては、例えば細胞マーカー遺伝子、組織適合性抗原の遺伝子、神経系細胞の障害に基づく疾患関連遺伝子等があげられる。染色体上の標的遺伝子の改変は、Manipulating the Mouse Embryo,A Laboratory Manual,Second Edition,Cold Spring Harbor Laboratory Press(1994)、Gene Targeting,A Practical Approach,IRL Press at Oxford University Press(1993)、バイオマニュアルシリーズ8,ジーンターゲッティング,ES細胞を用いた変異マウスの作製、羊土社(1995)等に記載の方法を用いて行うことができる。
【0020】
具体的には、例えば改変する標的遺伝子(例えば細胞マーカー遺伝子、組織適合性抗原の遺伝子や疾患関連遺伝子等)のゲノム遺伝子を単離し、単離されたゲノム遺伝子を用いて標的遺伝子を相同組換えするためのターゲットベクターを作製する。作製されたターゲットベクターを幹細胞に導入し、標的遺伝子とターゲットベクターの間で相同組換えを起こした細胞を選択することにより、染色体上の遺伝子が改変された幹細胞を作製することができる。
【0021】
標的遺伝子のゲノム遺伝子を単離する方法としては、Molecular Cloning,A Laboratory Manual,Second Edition,Cold Spring Harbor Laboratory Press(1989)やCurrent Protocols in Molecular Biology,John Wiley&Sons(1987-1997)等に記載された公知の方法があげられる。ゲノムDNAライブラリースクリーニングシステム(Genome Systems製)やUniversal GenomeWalker Kits(CLONTECH製)等を用いることにより、標的遺伝子のゲノム遺伝子を単離することもできる。
【0022】
標的遺伝子を相同組換えするためのターゲットベクターの作製、及び相同組換え体の効率的な選別は、Gene Targeting,A Practical Approach,IRL Press at Oxford University Press(1993)、バイオマニュアルシリーズ8,ジーンターゲッティング,ES細胞を用いた変異マウスの作製,羊土社(1995)等に記載の方法にしたがって行うことができる。ターゲットベクターは、リプレースメント型又はインサーション型のいずれでも用いることができる。選別方法としては、ポジティブ選択、プロモーター選択、ネガティブ選択、又はポリA選択等の方法を用いることができる。
選別した細胞株の中から目的とする相同組換え体を選択する方法としては、ゲノムDNAに対するサザンハイブリダイゼーション法やPCR法等があげられる。
【0023】
「哺乳動物」には、げっ歯類、有蹄類、ネコ目、霊長類等が包含される。げっ歯類には、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等が包含される。有蹄類には、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ等が包含される。ネコ目には、イヌ、ネコ等が包含される。「霊長類」とは、霊長目に属するほ乳類動物をいい、霊長類としては、キツネザルやロリス、ツバイ等の原猿亜目と、サル、類人猿、ヒト等の真猿亜目が挙げられる。
【0024】
本発明に用いる多能性幹細胞は、哺乳動物の多能性幹細胞であり、好ましくはげっ歯類(例えばマウス、ラット)又は霊長類(例えばヒト、サル)の多能性幹細胞であり、最も好ましくはヒトの多能性幹細胞である。
【0025】
「細胞接着(Cell adhesion)」とは、細胞と細胞同士の接着、及び細胞と細胞外マトリックスとの接着を言う。インビトロの人工培養環境下で生じる、細胞の培養器材等への接着も細胞接着に含有される。細胞接着の種類として、固定結合(anchoring junction)、連絡結合(communicating junction)、閉鎖結合(occluding junction)が挙げられる。
【0026】
「密着結合(Tight junction)」とは、細胞間の接着のうち、脊椎動物及び脊索動物で見られる閉鎖結合のことを表す。密着結合は上皮細胞間に形成される。生体由来の組織中及び本発明の製造方法等で作製された細胞塊中に密着結合が存在しているかどうかは、例えば密着接合の構成成分に対する抗体(抗クローディン抗体、抗ZO-1抗体等)を用いた免疫組織化学等の手法により検出することができる。
【0027】
本発明における「浮遊培養」とは、細胞、細胞凝集体又は細胞塊が培養液に浮遊して存在する状態を維持しつつ培養することを言う。すなわち浮遊培養は、細胞、細胞凝集体又は細胞塊を培養器材等に接着させない条件で行われ、培養器材等に接着させる条件で行われる培養(接着培養)は、浮遊培養の範疇に含まれない。この場合、細胞が接着するとは、細胞、細胞凝集体又は細胞塊と培養器材との間に、細胞接着の一種である強固な細胞-基質間結合(cell-substratum junction)ができることをいう。より詳細には、浮遊培養とは、細胞、細胞凝集体又は細胞塊と培養器材等との間に強固な細胞-基質間結合を作らせない条件での培養をいい、接着培養とは、細胞、細胞凝集体又は細胞塊と培養器材等との間に強固な細胞-基質間結合を作らせる条件での培養をいう。
【0028】
浮遊培養中の細胞凝集体又は細胞塊においては、細胞と細胞とが面接着する。浮遊培養中の細胞凝集体又は細胞塊では、細胞-基質間結合が細胞と培養器材等との間にはほとんど形成されないか、形成されていてもその寄与が小さい。一部の態様では、浮遊培養中の細胞凝集体又は細胞塊では、内在の細胞-基質間結合が凝集体又は細胞塊の内部に存在するが、細胞-基質間結合が細胞と培養器材等との間にはほとんど形成されないか、形成されていてもその寄与が小さい。
細胞と細胞とが面接着(plane attachment)するとは、細胞と細胞とが面で接着することをいう。より詳細には、細胞と細胞とが面接着するとは、ある細胞の表面積のうち別の細胞の表面と接着している割合が、例えば1%以上、好ましくは3%以上、より好ましくは5%以上であることをいう。細胞の表面は、膜を染色する試薬(例えばDiI)による染色、細胞接着因子(例えばE-cadherin、N-cadherin)の免疫染色等により、観察できる。
【0029】
浮遊培養を行う際に用いられる培養器は、「浮遊培養する」ことが可能なものであれば特に限定されず、当業者であれば適宜決定することが可能である。このような培養器としては、例えばフラスコ、組織培養用フラスコ、ディッシュ、ペトリデッシュ、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウェルプレート、マイクロポア、マルチプレート、マルチウェルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、スピナーフラスコ又はローラーボトルが挙げられる。これらの培養器は、浮遊培養を可能とするために、細胞非接着性であることが好ましい。細胞非接着性の培養器としては、培養器の表面が、細胞との接着性を向上させる目的で人工的に処理(例えば基底膜標品、ラミニン、エンタクチン、コラーゲン、ゼラチン等の細胞外マトリクス、もしくはポリリジン、ポリオルニチン等の高分子を用いたコーティング処理、又は正電荷処理等の表面加工)されていないものなどを使用できる。細胞非接着性の培養器としては、培養器の表面が、細胞との接着性を低下させる目的で人工的に処理(例えば2‐methacryloyloxyethyl phosphorylcholine(MPC)ポリマー等の超親水性処理、タンパク低吸着処理等)されたものなどを使用できる。スピナーフラスコやローラーボトル等を用いて回転培養してもよい。培養器の培養面は、平底でもよいし、凹凸があってもよい。
【0030】
浮遊培養を行う際に生じる剪断力等の物理的ストレスから細胞凝集体を保護し、また細胞が分泌する増殖因子・サイトカイン類の局所濃度を高め、組織の発達を促進する目的から、細胞凝集体をゲルに包埋、又は物質透過性のあるカプセルに封入したのちに浮遊培養を実施することもできる(Nature,2013,501.7467:373)。包埋に用いるゲル又はカプセルは生体由来又は合成高分子製のいずれであってもよい。このような目的に用いるゲル又はカプセルとしては、例えばマトリゲル(Corning社製)、PuraMatrix(3D Matrix社製)、VitroGel 3D(TheWell Bioscience社製)、コラーゲンゲル(新田ゼラチン株式会社製)、アルギン酸ゲル(株式会社PGリサーチ製)、Cell-in-a-Box(Austrianova社製)等が挙げられる。
【0031】
細胞の培養に用いられる培地は、動物細胞の培養に通常用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えばBasal Medium Eagle(BME)、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow Minimum Essential Medium(Glasgow MEM)、Improved MEM Zinc Option、Iscove’s Modified Dulbecco’s Medium(IMDM)、Medium 199、Eagle Minimum Essential Medium(Eagle MEM)、Alpha Modified Eagle Minimum Essential Medium(αMEM)、Dulbecco’s Modified Eagle Medium(DMEM)、F-12培地、DMEM/F12、IMDM/F12、ハム培地、RPMI 1640、Fischer’s培地、又はこれらの混合培地等が挙げられる。
多能性幹細胞の培養には、上記基礎培地をベースとした多能性幹細胞培養用の培地、好ましくは公知の胚性幹細胞又は人工多能性幹細胞の培地、フィーダーフリー下で多能性幹細胞を培養するための培地(フィーダーフリー培地)等を用いることができる。フィーダーフリー培地としては、例えばEssential 8培地、TeSR培地、mTeSR培地、mTeSR-E8培地、StemFit培地等を挙げることができる。
【0032】
本発明における「無血清培地」とは、無調整又は未精製の血清を含まない培地を意味する。本発明では、精製された血液由来成分や動物組織由来成分(例えば増殖因子)が混入している培地も、無調整又は未精製の血清を含まない限り無血清培地に含まれる。
【0033】
無血清培地は、血清代替物を含有していてもよい。血清代替物としては、例えばアルブミン、トランスフェリン、脂肪酸、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール、3’チオールグリセロール又はこれらの均等物等を適宜含有するものを挙げることができる。かかる血清代替物は、例えばWO98/30679に記載の方法により調製することができる。血清代替物としては市販品を利用してもよい。市販の血清代替物としては、例えばKnockout Serum Replacement(Thermo Fisher Scientific社製:以下、「KSR」と記すこともある。)、Chemically-defined Lipid concentrated(Thermo Fisher Scientific社製)、Glutamax(Thermo Fisher Scientific社製)、B27 Supplement(Thermo Fisher Scientific社製)、N2 Supplement(Thermo Fisher Scientific社製)等が挙げられる。
【0034】
浮遊培養で用いる無血清培地は、適宜、脂肪酸又は脂質、アミノ酸(例えば非必須アミノ酸)、ビタミン、増殖因子、サイトカイン、抗酸化剤、2-メルカプトエタノール、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類等を含有してもよい。
【0035】
調製の煩雑さを回避するために、無血清培地として、市販のKSR(Thermo Fisher Scientific社製)を適量(例えば約0.5%から約30%、好ましくは約1%から約20%)添加した無血清培地(例えばF-12培地とIMDM培地の1:1混合液に1×chemically-defined Lipid concentrated、5%KSR及び450μM 1-モノチオグリセロールを添加した培地)を使用してもよい。また、KSR同等品として特表2001-508302に開示された培地が挙げられる。
【0036】
本発明における「血清培地」とは、無調整又は未精製の血清を含む培地を意味する。当該培地は、脂肪酸又は脂質、アミノ酸(例えば非必須アミノ酸)、ビタミン、増殖因子、サイトカイン、抗酸化剤、2-メルカプトエタノール、1-モノチオグリセロール、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類等を含有してもよい。例えばマトリゲル等の基底膜標品を使用して多能性幹細胞を網膜組織等に分化誘導する場合には、血清培地を用いることができる(Cell Stem Cell,10(6),771-775(2012))。
【0037】
本発明における培養は、好ましくはゼノフリー条件で行われる。「ゼノフリー」とは、培養対象の細胞の生物種とは異なる生物種由来の成分が排除された条件を意味する。
【0038】
本発明に用いる培地は、化学的に未決定な成分の混入を回避する観点から、好ましくは含有成分が化学的に決定された培地(Chemically defined medium:CDM)である。
【0039】
「基底膜(Basement membrane)様構造」とは、細胞外マトリックスより構成される薄い膜状の構造を意味する。基底膜は生体においては、上皮細胞の基底側(basal)に形成される。基底膜の成分としては、IV型コラーゲン、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン(パールカン)、エンタクチン/ニドゲン、サイトカイン、成長因子等が挙げられる。生体由来の組織中並びに本発明の製造方法等で作製された細胞塊中に基底膜が存在しているかどうかは、例えばPAM染色等の組織染色、並びに基底膜の構成成分に対する抗体(抗ラミニン抗体、抗IV型コラーゲン抗体等)を用いた免疫組織化学等の手法により検出することができる。
【0040】
「基底膜標品」とは、その上に基底膜形成能を有する所望の細胞を播種して培養した場合に、上皮細胞様の細胞形態、分化、増殖、運動、機能発現等を制御する機能を有する基底膜構成成分を含むものをいう。例えば本発明により製造された細胞及び組織を分散させ、さらに接着培養を行う際には、基底膜標品存在下で培養することができる。ここで、「基底膜構成成分」とは、動物の組織において、上皮細胞層と間質細胞層等との間に存在する薄い膜状をした細胞外マトリクス分子をいう。基底膜標品は、例えば基底膜を介して支持体上に接着している基底膜形成能を有する細胞を、該細胞の脂質溶解能を有する溶液やアルカリ溶液等を用いて支持体から除去することで作製することができる。基底膜標品としては、基底膜調製物として市販されている商品(例えばMatrigel(Corning社製:以下、マトリゲルと記すこともある))やGeltrex(Thermo Fisher Scientific社製)、基底膜成分として公知の細胞外マトリックス分子(例えばラミニン、IV型コラーゲン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクチン等)を含むものが挙げられる。
【0041】
本発明において、Engelbreth-Holm-Swarm(EHS)マウス肉腫等の組織又は細胞から抽出、可溶化されたマトリゲル(Corning社製)等の基底膜標品を細胞又は組織の培養に用いることができる。同様に細胞培養に用いる基底膜成分として、ヒト可溶化羊膜(株式会社生物資源応用研究所製)、HEK293細胞に産生させたヒト組み換えラミニン(BioLamina社製)、ヒト組み換えラミニン断片(ニッピ社製)、ヒト組み換えビトロネクチン(Thermo Fisher Scientific社製)等も用いることができるが、異なる生物種由来の成分混入を回避する観点、及び感染症のリスクを回避する観点から、好ましくは成分の明らかな組み換えタンパク質である。
【0042】
本発明において、「物質Xを含む培地」「物質Xの存在下」とは、外来性(exogenous)の物質Xが添加された培地もしくは外来性の物質Xを含む培地、又は外来性の物質Xの存在下を意味する。すなわち、当該培地中に存在する細胞又は組織が当該物質Xを内在的(endogenous)に発現、分泌又は産生していても、内在的な物質Xは外来性の物質Xとは区別され、外来性の物質Xを含んでいない培地は「物質Xを含む培地」の範疇には該当しないと解する。また、培地中の物質Xは、物質Xの分解又は培地の蒸発による微量な濃度の変化が起こっていてもよい。
例えば「ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含む培地」とは、外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質が添加された培地又は外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含む培地である。
【0043】
物質Xの濃度がYである培地中での培養開始時とは、好ましくは培地中の物質Xの濃度がYで均一となった時点を指すが、培養容器が十分に小さい(例えば96ウェルプレートや、培養液が200μL以下での培養)場合、濃度がYとなるように後述する培地添加操作、半量培地交換操作又は全量培地交換操作を行った時点を濃度Yでの培養開始時と解釈する。また、培地中の物質Xの濃度がYであるとは、一定の培養期間を通じたXの平均の濃度がYである場合、物質XをYの濃度で含む期間が培養期間の50%以上である場合、物質XをYの濃度で含む期間が各工程において想定される培養期間のうち最も短い期間以上である場合等を含む。
【0044】
本発明において、「物質Xの非存在下」とは、外来性(exogenous)の物質Xが添加されていない培地もしくは外来性の物質Xを含まない培地、又は外来性の物質Xの存在しない状態を意味する。
【0045】
本発明において、「A時間(A日)以降」とはA時間(A日)を含み、A時間(A日)から後のことをいう。「B時間(B日)以内」とは、B時間(B日)を含み、B時間(B日)から前のことをいう。
【0046】
本発明において、フィーダー細胞とは、幹細胞を培養するときに共存させる当該幹細胞以外の細胞を指す。多能性幹細胞の未分化維持培養に用いられるフィーダー細胞としては、例えばマウス線維芽細胞(MEF)、ヒト線維芽細胞、SNL細胞等が挙げられる。フィーダー細胞としては、増殖抑制処理したフィーダー細胞が好ましい。増殖抑制処理としては、増殖抑制剤(例えばマイトマイシンC等)処理又はUV照射等が挙げられる。多能性幹細胞の未分化維持培養に用いられるフィーダー細胞は、液性因子(好ましくは未分化維持因子)の分泌や、細胞接着用の足場(細胞外基質)の作製により、多能性幹細胞の未分化維持に貢献する。
【0047】
本発明において、フィーダー細胞非存在下(フィーダーフリー)とは、フィーダー細胞非存在下にて培養することである。フィーダー細胞非存在下とは、例えばフィーダー細胞を添加していない条件、又はフィーダー細胞を実質的に含まない(例えば全細胞数に対するフィーダー細胞数の割合が3%以下)の条件が挙げられる。
【0048】
本発明において、「細胞凝集体」(cell aggregate)とは、培地中に分散していた細胞が集合して形成された塊であって、細胞同士が接着している塊をいう。胚様体(Embryoid body)、スフェア(Sphere)、スフェロイド(Spheroid)、オルガノイド(Organoid)も細胞凝集体に包含される。好ましくは細胞凝集体において、細胞同士が面接着している。一部の態様において、凝集体の一部分又は全部において、細胞同士が細胞-細胞間結合(cell-cell junction)又は細胞接着(cell adhesion)、例えば接着結合(adherence junction)を形成している場合がある。本発明における「細胞凝集体」として具体的には、後述する「2.嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の製造方法」における、工程(1)で生成する、浮遊培養開始時に分散していた細胞が形成する凝集体が挙げられる。
【0049】
本発明において、「均一な凝集体」とは、複数の凝集体を培養する際に各凝集体の大きさが一定であることを意味し、凝集体の大きさを最大径の長さで評価する場合、均一な凝集体とは、最大径の長さの分散が小さいことを意味する。より具体的には、凝集体の集団全体のうちの75%以上の凝集体が、当該凝集体の集団における最大径の平均値±100%、好ましくは平均値±50%の範囲内、より好ましくは平均値±20%の範囲内であることを意味する。
【0050】
本発明において、「均一な凝集体を形成させる」とは、細胞を集合させて細胞凝集体を形成させ浮遊培養する際に、「一定数の分散した細胞を迅速に凝集」させることで大きさが均一な細胞凝集体を形成させることをいう。
【0051】
分散とは、細胞や組織を酵素処理や物理処理等の分散処理により、小さな細胞片(2細胞以上100細胞以下、好ましくは50細胞以下)又は単一細胞まで分離させることをいう。一定数の分散した細胞とは、細胞片又は単一細胞を一定数集めたもののことをいう。
多能性幹細胞を分散させる方法としては、例えば機械的分散処理、細胞分散液処理、細胞保護剤添加処理等が挙げられる。これらの処理を組み合わせて行ってもよい。好ましくは細胞分散液処理を行い、次いで機械的分散処理をするとよい。
【0052】
機械的分散処理の方法としては、ピペッティング処理、スクレーパーでの掻き取り操作等が挙げられる。
細胞分散液処理に用いられる細胞分散液としては、例えばトリプシン、コラゲナーゼ、ヒアルロニダーゼ、エラスターゼ、プロナーゼ、DNase、パパイン等の酵素類や、エチレンジアミン四酢酸等のキレート剤のいずれかを含む溶液等を挙げることができる。市販の細胞分散液、例えばAccumax(Innovative cell technologies社製)やTripLE Select (Thermo Fisher Scientific社製)を用いることもできる。
細胞保護剤添加処理に用いられる細胞保護剤としては、FGFシグナル伝達経路作用物質、ヘパリン、Rho-associated protein kinase(ROCK)阻害物質、血清、血清代替物等を挙げることができる。好ましい細胞保護剤としては、ROCK阻害物質が挙げられる。
多能性幹細胞を分散させる方法としては、例えば多能性幹細胞のコロニーをROCK阻害物質の存在下で細胞分散液(Accumax)で処理し、さらにピペッティングにより分散させる方法が挙げられる。
【0053】
本発明の製造方法においては、多能性幹細胞を迅速に集合させて多能性幹細胞の凝集体を形成させることが好ましい。このように多能性幹細胞の凝集体を形成させると、形成された凝集体から分化誘導される細胞において上皮様構造を再現性よく形成させることができる。細胞の凝集体を形成させる実験的な操作としては、例えばウェルの小さなプレート(例えばウェルの底面積が平底換算で0.1~2.0cm程度のプレート)やマイクロポア等を用いて小さいスペースに細胞を閉じ込める方法、小さな遠心チューブを用いて短時間遠心することで細胞を凝集させる方法が挙げられる。ウェルの小さなプレートとして、例えば24ウェルプレート(面積が平底換算で1.88cm程度)、48ウェルプレート(面積が平底換算で1.0cm程度)、96ウェルプレート(面積が平底換算で0.35cm程度、内径6~8mm程度)、384ウェルプレートが挙げられる。好ましくは96ウェルプレートが挙げられる。ウェルの小さなプレートの形状として、ウェルを上から見たときの底面の形状としては、多角形、長方形、楕円、真円が挙げられ、好ましくは真円が挙げられる。ウェルの小さなプレートの形状として、ウェルを横から見たときの底面の形状としては、外周部が高く内凹部が低くくぼんだ構造が好ましく、例えばU底、V底、M底が挙げられ、好ましくはU底又はV底、最も好ましくはV底が挙げられる。ウェルの小さなプレートとして、細胞培養皿(例えば60mm~150mmディッシュ、カルチャーフラスコ)の底面に凹凸又はくぼみがあるものを用いてもよい。ウェルの小さなプレートの底面は、細胞非接着性の底面、好ましくは上記の細胞非接着性コートした底面を用いるのが好ましい。
【0054】
多能性幹細胞の凝集体が形成されたことや、凝集体を形成する各細胞において上皮様構造が形成されたことは、凝集体のサイズ及び細胞数、巨視的形態、組織染色解析による微視的形態及びその均一性、分化及び未分化マーカーの発現並びにその均一性、分化マーカーの発現制御及びその同期性、分化効率の凝集体間の再現性等に基づき判断することが可能である。
【0055】
「組織」とは、形態や性質が異なる複数種類の細胞が一定のパターンで立体的に配置した構造を有する細胞集団の構造体をさす。
【0056】
「神経組織」とは、発生期又は成体期の大脳、中脳、小脳、脊髄、網膜、感覚神経、末梢神経等の、神経系細胞によって構成される組織を意味する。
本発明において、「神経上皮組織」とは、神経組織が層構造をもつ上皮構造を形成したもののことをいい、神経組織中の神経上皮組織は光学顕微鏡を用いた明視野観察等により存在量を評価することができる。
【0057】
「中枢神経系」とは、神経組織が集積し、情報処理の中心をなす領域を表す。脊椎動物では、脳と脊髄が中枢神経系に含まれる。
【0058】
「神経系細胞(Neural cell)」とは、外胚葉由来組織のうち表皮系細胞以外の細胞を表す。すなわち、神経系細胞には、神経系前駆細胞、ニューロン(神経細胞)、グリア細胞、神経幹細胞、ニューロン前駆細胞、グリア前駆細胞等の細胞を含む。神経系細胞には、後述する網膜組織を構成する細胞(網膜細胞)、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞、神経網膜細胞、網膜色素上皮細胞も包含される。神経系細胞は、Nestin、βIIIチューブリン(Tuj1)、PSA-NCAM、N-cadherin等をマーカーとして同定することができる。
【0059】
ニューロンは、神経回路を形成し情報伝達に貢献する機能的な細胞であり、TuJ1、Dcx、HuC/D等の幼若神経細胞マーカー、及び/又はMap2、NeuN等の成熟神経細胞マーカーの発現を指標に同定することができる。
【0060】
グリア細胞としては、アストロサイト、オリゴデンドロサイト、ミュラーグリア等が挙げられる。アストロサイトのマーカーとしてはGFAP、オリゴデンドロサイトのマーカーとしてはO4、ミュラーグリアのマーカーとしてはCRALBP等が挙げられる。
【0061】
神経幹細胞とは、神経細胞及びグリア細胞への分化能(多分化能)と、多分化能を維持した増殖能(自己複製能ということもある)を持つ細胞である。神経幹細胞のマーカーとしてはNestin、Sox2、Musashi、Hesファミリー、CD133等が挙げられるが、これらのマーカーは前駆細胞全般のマーカーであり神経幹細胞特異的なマーカーとは考えられていない。神経幹細胞の数は、ニューロスフェアアッセイやクローナルアッセイ等により評価することができる。
【0062】
ニューロン前駆細胞とは、増殖能をもち、神経細胞を産生し、グリア細胞を産生しない細胞である。ニューロン前駆細胞のマーカーとしては、Tbr2、Tα1等が挙げられる。あるいは、幼若神経細胞マーカー(TuJ1、Dcx、HuC/D)陽性かつ増殖マーカー(Ki67、pH3、MCM)陽性の細胞を、ニューロン前駆細胞として同定することもできる。
グリア前駆細胞とは、増殖能もち、グリア細胞を産生し、神経細胞を産生しない細胞である。
【0063】
神経系前駆細胞(Neural Precursor cell)は、神経幹細胞、ニューロン前駆細胞及びグリア前駆細胞を含む前駆細胞の集合体であり、増殖能とニューロン及びグリア産生能をもつ。神経系前駆細胞はNestin、GLAST、Sox2、Sox1、Musashi、Pax6等をマーカーとして同定することができる。神経系細胞のマーカー陽性かつ増殖マーカー(Ki67、pH3、MCM)陽性の細胞を、神経系前駆細胞として同定することもできる。
【0064】
「網膜組織」とは、生体網膜において各網膜層を構成する視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、網膜神経節細胞、これらの前駆細胞、又は網膜前駆細胞等の細胞が、少なくとも複数種類、層状で立体的に配列した網膜組織を意味する。それぞれの細胞がいずれの網膜層を構成する細胞であるかは、公知の方法、例えば細胞マーカーの発現有無、その程度等により確認できる。
【0065】
「網膜前駆細胞」とは、視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、網膜神経節細胞、網膜色素上皮細胞のいずれの成熟な網膜細胞にも分化しうる前駆細胞をいう。
視細胞前駆細胞、水平細胞前駆細胞、双極細胞前駆細胞、アマクリン細胞前駆細胞、網膜節細胞前駆細胞、網膜色素上皮前駆細胞とは、それぞれ、視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、網膜神経節細胞、網膜色素上皮細胞への分化が決定付けられている前駆細胞をいう。
【0066】
「網膜層特異的神経細胞」とは、網膜層を構成する細胞であって網膜層に特異的な神経細胞を意味する。網膜層特異的神経細胞としては、双極細胞、網膜神経節節細胞、アマクリン細胞、水平細胞、視細胞、網膜色素上皮細胞、杆体細胞及び錐体細胞を挙げることができる。
【0067】
「網膜細胞」には、上述の網膜前駆細胞及び網膜層特異的神経細胞が包含される。
網膜細胞マーカーとしては、網膜前駆細胞で発現するRx(Raxとも言う)、Aldh1a3、及びPax6、視床下部ニューロンの前駆細胞では発現するが網膜前駆細胞では発現しないNkx2.1、視床下部神経上皮で発現し網膜では発現しないSox1、視細胞の前駆細胞で発現するCrx、Blimp1等が挙げられる。網膜層特異的神経細胞のマーカーとしては、双極細胞で発現するChx10、PKCα及びL7、網膜神経節細胞で発現するTuj1及びBrn3、アマクリン細胞で発現するCalretinin、水平細胞で発現するCalbindin、成熟視細胞で発現するRhodopsin及びRecoverin、杆体細胞で発現するNrl、錐体細胞で発現するRxr-gamma、網膜色素上皮細胞で発現するREP65及びMitf等が挙げられる。
【0068】
「大脳組織」とは、胎児期又は成体の大脳を構成する細胞(例えば大脳神経系前駆細胞(cortical neural precursor cell)、背側大脳神経系前駆細胞、腹側大脳神経系前駆細胞、大脳層構造特異的神経細胞(ニューロン)、第一層ニューロン、第二層ニューロン、第三層ニューロン、第四層ニューロン、第五層ニューロン、第六層ニューロン、グリア細胞(アストロサイト及びオリゴデンドロサイト)、これらの前駆細胞等)が、一種類又は複数種類、層状で立体的に配列した組織を意味する。胎児期の大脳は、前脳又は終脳とも呼ばれる。それぞれの細胞の存在は、公知の方法、例えば細胞マーカーの発現有無、その程度等により確認できる。
【0069】
「大脳層」とは、成体大脳又は胎児期大脳を構成する各層を意味し、具体的には、分子層、外顆粒層、外錐体細胞層、内顆粒層、神経細胞層(内錐体細胞層)、多型細胞層、第一層、第二層、第三層、第四層、第五層、第六層、皮質帯、中間帯、脳室下帯及び脳室帯(ventricular zone)を挙げることができる。
【0070】
「大脳神経系前駆細胞」としては、ニューロン前駆細胞、第一層ニューロン前駆細胞、第二層ニューロン前駆細胞、第三層ニューロン前駆細胞、第四層ニューロン前駆細胞、第五層ニューロン前駆細胞、第六層ニューロン前駆細胞、アストロサイト前駆細胞、オリゴデンドロサイト前駆細胞等を挙げることができる。それぞれの細胞は、第一層ニューロン、第二層ニューロン、第三層ニューロン、第四層ニューロン、第五層ニューロン、第六層ニューロン、アストロサイト、及びオリゴデンドロサイトへの分化が決定付けられている前駆細胞である。
「大脳神経系前駆細胞」は、第一層ニューロン、第二層ニューロン、第三層ニューロン、第四層ニューロン、第五層ニューロン、第六層ニューロン、アストロサイト、及びオリゴデンドロサイトのうちの少なくとも複数の分化系譜への分化能(多分化能)をもつ複能性幹細胞(複能性神経幹細胞、multi-potent neural stem cell)を含む。
【0071】
「大脳層特異的神経細胞」とは、大脳層を構成する細胞であって大脳層に特異的な神経細胞を意味する。大脳層特異的神経細胞としては、第一層ニューロン、第二層ニューロン、第三層ニューロン、第四層ニューロン、第五層ニューロン、第六層ニューロン、大脳興奮性ニューロン、大脳抑制性ニューロン等を挙げることができる。
【0072】
大脳細胞マーカーとしては、大脳細胞で発現するFoxG1(別名Bf1)、大脳神経系前駆細胞で発現するSox2及びNestin、背側大脳神経系前駆細胞で発現するPax6及びEmx2、腹側大脳神経系前駆細胞で発現するDlx1、Dlx2及びNkx2.1、ニューロン前駆細胞で発現するTbr2、Nex、Svet1、第六層ニューロンで発現するTbr1、第五層ニューロンで発現するCtip2、第四層ニューロンで発現するRORβ、第三層ニューロン又は第二層ニューロンで発現するCux1又はBrn2、第一層ニューロンで発現するReelin等が挙げられる。
【0073】
「嗅皮質」とは、嗅球からの単シナプス性入力を受け、嗅覚情報の処理に関わる大脳の一領域である。
嗅皮質で発現する遺伝子及びマーカーとしては、Tbr1、FoxP2、Ctip2、Nor1(NR4a3)、DAARP-32、CUX1、Brn2、CART等が挙げられる。
【0074】
「大脳基底核」とは、大脳の一領域に存在する神経核の集合体である。大脳基底核に含まれる神経核として、線条体、淡蒼球、視床下核、黒質等が挙げられる。
「大脳基底核原基」とは、発生中の胚の脳室内に形成される神経系細胞からなる構造である。大脳基底核原基は成体の大脳基底核の基となることに加え、複数種の神経細胞を産生し、それらの細胞は発生中に中枢神経系の各所へと遊走する。
【0075】
「吻側移動経路(rostral migratory stream)」とは、脳室下帯の神経幹細胞から産生された新生ニューロンが、嗅球へと遊走する現象及びその経路を表す。吻側移動経路を移動中のニューロンは、例えばPSA-NCAM、Dcxのような遊走中の神経細胞マーカーを用いて検出することができる。
【0076】
「嗅球」とは、大脳の先端部に存在し、嗅上皮に存在する嗅覚受容細胞から入力を受け、嗅覚情報の処理に関わる中枢神経系の一領域を意味する。嗅球に存在する細胞は層構造を形成しており、表層から順に、嗅神経層(olfactory nerve layer)、糸球体層(glomerular layer)、外網状層(external plexiform layer)、僧帽細胞層(mitral cell layer)、内網状層(internal plexiform layer)、顆粒細胞層(granule cell layer)と呼称される。嗅球の神経細胞には、興奮性ニューロンとして僧帽細胞(mitral cell)と房飾細胞(tufted cell)があり、抑制性ニューロン(介在ニューロン)として傍糸球体細胞(periglomerular cell)と顆粒細胞(granule cell)がある。
嗅球で発現する遺伝子及びマーカーとしては、Arx、Tbr1、Tbr2/EOMES、Tbx21、Iba1等が挙げられる。
【0077】
「非神経上皮組織」とは、上皮構造を有する組織のうち神経上皮組織以外の組織を表す。上皮組織は外胚葉、中胚葉、内胚葉、栄養外胚葉のいずれの胚葉からも形成される。上皮組織には上皮、中皮、内皮が含まれる。非神経上皮組織に含まれる組織の例としては、表皮、角膜上皮、鼻腔上皮(嗅上皮を含む)、口腔上皮、気管上皮、気管支上皮、気道上皮、腎上皮、腎皮質上皮、胎盤上皮等が挙げられる。
上皮組織は通常種々の細胞間結合によりつながれており、単層又は重層化した層構造を有する組織を形成する。これら上皮組織の有無の確認、存在量の定量は光学顕微鏡による観察か、上皮細胞マーカーに対する抗体(抗E-Cadherin抗体、抗N-Cadherin抗体、抗EpCAM抗体等)を用いた免疫組織化学等の手法により可能である。
【0078】
「プラコード(placode)」とは、主に脊椎動物の発生過程において表皮外胚葉の一部が肥厚して形成される器官の原基のことを表す。プラコードに由来する組織としては、水晶体、嗅上皮、内耳、三叉神経、下垂体等が挙げられる。プラコード又はその前駆組織である前プラコード領域(preplacode region)のマーカーとしては、Six1、Six4、Dlx5、Eya2等が挙げられる。
【0079】
「嗅上皮」とは鼻腔中にある上皮組織であり、生体が匂いの情報を感知する嗅覚器官を表す。嗅上皮はプラコードに由来する組織の一つであり、嗅覚受容体を発現し、空気中の揮発性分子を感知する嗅神経細胞と、嗅神経細胞を支える支持細胞、嗅上皮の幹細胞及び前駆細胞である基底細胞、粘液を分泌するボーマン腺細胞等の細胞から構成されている。嗅上皮は形態的に表層・中間層・基底層に分類され、表層には支持細胞、中間層には嗅神経細胞、基底層には基底細胞が存在する。ボーマン腺は嗅上皮内に分枝管状の胞状腺を形成し、点在している。
【0080】
「嗅上皮の前駆組織」とは嗅上皮プラコードを含む。嗅上皮及び嗅上皮プラコードで発現する遺伝子及びマーカーとしては、前記したプラコード領域及び前プラコード領域のマーカーに加え、Pax6、Otx2、FoxG1(別名Bf1)、Sox2、Pou2f1、Sp8、Chd7、N-Cadherin、E-Cadherin、EpCAM、CK18、PDGFRβ等が挙げられる。
【0081】
鋤鼻器は嗅覚系組織の一種であり、生体が嗅上皮とは別に持つ嗅覚器官である。鋤鼻器はヤコブソン器官あるいはヤコプソン器官とも称される。哺乳類における鋤鼻器は、一般的な揮発性物資を感知する嗅上皮とは役割が異なり、フェロモン様物質を受容する神経細胞がより多く存在している。
【0082】
「嗅覚系組織」とは、胎児期又は成体の嗅覚系組織、例えば嗅上皮を構成する細胞(例えば嗅神経細胞、支持細胞、基底細胞、ボーマン腺細胞、嗅神経鞘細胞及びこれらの前駆細胞等)、嗅球を構成する細胞、嗅皮質を構成する細胞等が、一種類又は少なくとも複数種類、層状で立体的に配列した組織を意味する。それぞれの細胞の存在は、公知の方法、例えば細胞特異的遺伝子の発現有無若しくはその程度等により確認できる。
【0083】
「嗅神経細胞」(olfactory receptor neuron:ORN)とは、鼻腔粘膜の嗅上皮中間層にある嗅覚を受容する神経細胞のことを表す。嗅神経細胞は表面の線毛にある嗅覚受容体で空気中の揮発性分子をとらえる。嗅神経細胞は双極性の感覚細胞であり、末梢側で発現している嗅覚受容体でとらえられた嗅覚情報は中枢側の嗅糸と呼ばれる神経軸索に伝搬される。嗅糸は数十本ずつ集まって一つの束を形成し、嗅神経はこれらの束すべてを指す。嗅糸は頭蓋骨の篩骨篩板にある篩骨孔を通って脳の嗅球に達し、そこで僧帽細胞等にシナプス結合して、脳内の嗅覚中枢へ嗅覚情報を伝達する。
【0084】
嗅神経細胞及び前駆細胞で発現する遺伝子及びマーカーとしては、環状ヌクレオチド感受性チャンネルα2サブユニット(CNGA2)、環状ヌクレオチド感受性チャンネルα4サブユニット(CNGA4)、環状ヌクレオチド感受性チャンネルβ1bサブユニット、嗅覚特異性Gタンパク質(Golf)アデニル酸シクラーゼ、Olfactory Marker protein(OMP)、NCAM、OCAM(NCAM-2)、Ebf1、Ebf2、Ebf3、NeuroD、PGP9.5、Neuron Specific Enolase(NSE)、Growth Associated Protein 43(GAP-43/B50)、ビメンチン、Lhx2、Id3、β-Tubulin III(Tuj)、Calretinin、TrkB、Ctip2、Uncx及び嗅覚受容体(olfactory receptor:OR)等が挙げられる。
【0085】
「支持細胞」(Supporting Cell)とは、嗅上皮の最も頂端面側に存在する多列円柱上皮様の細胞を表す。支持細胞は嗅神経細胞等の他の細胞の機能の発揮、生存や上皮構造の維持等に関わる。嗅上皮の支持細胞は、支持細胞(Sustentacular Cell)及び微絨毛細胞(Microvillar cell)の二種の細胞から構成されている。
支持細胞で発現する遺伝子及びマーカーとしては、Notch2、Notch3、Carbonyl reductase 2(Cbr2)、S-100、Ezrin、Reep6、Sox2、Tyro3、CYP2A6、SUS-1、SUS-4、EPAS1等が挙げられる。
【0086】
「基底細胞」(basal cell)とは、嗅上皮の基底層に存在する細胞を表す。基底細胞は形態的に球状基底細胞(globose basal cell:GBC)と水平基底細胞(horizontal basal cell:HBC)に分けられる。これら二種の細胞のうち、球状基底細胞は恒常的に細胞分裂を生じ、新しい嗅神経細胞を供給する活動中の前駆細胞、幹細胞である。一方で、水平基底細胞は通常では細胞分裂の細胞周期が停止した状態にあり、嗅上皮の大規模な損傷等が生じた際に活性化される休眠状態の幹細胞である。
水平基底細胞で発現する遺伝子及びマーカーとしては、p63、サイトケラチン5、サイトケラチン14、ICAM-1等が挙げられる。
球状基底細胞で発現する遺伝子及びマーカーとしては、GAP43、GBC-1、Lgr5、Ascl1、LSD1、SEC8等が挙げられる。
【0087】
「ボーマン腺細胞」(Bowman’s gland cell)とは、ボーマン腺(嗅腺)を構成する細胞を表す。ボーマン腺は嗅上皮に存在する分岐した細い管上の組織であり、嗅上皮を保護する粘液の分泌等の機能を有する。
ボーマン腺細胞で発現する遺伝子及びマーカーとしては、Sox9、E-Cadherin、Aquaporin5、Ascl3、サイトケラチン18等が挙げられる。
【0088】
「嗅神経鞘細胞」(olfactory ensheating glia:OEG)とは、嗅上皮及び嗅球に存在するグリア細胞の一種を表す。嗅神経鞘細胞はBDNF、NGF等の神経栄養因子を放出し、嗅神経の恒常的な再生に関わる細胞である。
嗅神経鞘細胞で発現する遺伝子及びマーカーとしては、p75NTR、S100β、Sox10、GFAP、BLBP、Aquaporin1、Integrin α7等が挙げられる。
【0089】
「嗅上皮周縁部」(lateral olfactory epithelium)とは、嗅上皮の周縁の領域であり、嗅上皮以外の非神経上皮と連続している領域を表す。本発明における「嗅上皮内側部」(medial olfactory epithelium)とは、嗅上皮周縁部に囲われた嗅上皮の中心領域を表す。嗅上皮周縁部と嗅上皮内側部では構成している細胞の割合が異なることが知られている(Development,2010,137:2471-2481)。嗅上皮周縁部で発現が高い遺伝子としてPbx1/2/3、Meis1、βIVTubulinが挙げられる。嗅上皮内側部で発現が高い遺伝子としてTuj1、Ascl1、Sox2が挙げられる。
【0090】
「性腺刺激ホルモン放出ホルモン陽性神経細胞」とは、主として中枢神経系の視床下部に存在し、生殖系の器官の制御に関与する性腺刺激ホルモン放出ホルモン(gonadotropin releasing hormone:GnRH)を分泌する神経細胞である。性腺刺激ホルモン放出ホルモン陽性神経細胞は胎生期に嗅上皮で発生したのちに、中枢神経系へと移動する。
性腺刺激ホルモン放出ホルモンで発現する遺伝子及びマーカーとしては、性腺刺激ホルモン放出ホルモン(gonadotropin releasing hormone:GnRH)等が挙げられる。
【0091】
「骨組織」とは、骨を構成する細胞と、リン酸カルシウム、I型コラーゲン等から構成される骨基質を表す。骨を構成する細胞には、骨細胞、破骨細胞、骨芽細胞等が含まれる。
【0092】
「頭蓋骨」とは、頭部に存在する骨組織を表す。頭蓋骨は顔面及び頭部の形態及び構造の維持、中枢神経系の保護等の機能を有する。
【0093】
「篩骨」とは、頭蓋骨を構成する骨組織のうちの一つを表す。ヒトの篩骨は両眼窩の間に存在する。
【0094】
頭蓋骨を含む骨を構成する細胞で発現する遺伝子及びマーカーとしては、Msx2、Runx2、Osterix、Osteocalcin、Osteopontin等が挙げられる。加えて、アリザリンレッド染色、アルカリホスファターゼ染色等の手法により、組織中に骨組織が存在するかどうか判別することができる。
【0095】
「受容体タンパク質」とは、細胞膜、細胞質又は核内にあるタンパク質であり、ホルモン、サイトカイン、細胞増殖因子、化合物等の物質と結合し、各種の細胞の反応を惹起するタンパク質を表す。
【0096】
「嗅覚受容体」とは、嗅神経細胞及びその他の細胞で発現し、化合物等の感知に関わる受容体タンパク質を表す。
【0097】
[2.嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の製造方法]
本発明は、嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の製造方法を提供する。以下、本発明の製造方法とも称する。
本発明の製造方法の一態様は、下記工程を含む嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の製造方法である。
多能性幹細胞を、第一Wntシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養し、細胞凝集体を形成させる工程(1)、
工程(1)で得られた細胞凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下で浮遊培養する工程(2)、
工程(2)で得られた細胞凝集体を、FGFシグナル伝達経路作用物質の存在下で浮遊培養し、上記細胞塊を得る工程(3a)。
【0098】
本発明の製造方法の好ましい一態様は、下記工程を含む、嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の製造方法である。
工程(1)の前に、多能性幹細胞をフィーダー細胞非存在下で、1)TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質からなる群より選ばれる少なくとも1つと、2)未分化維持因子と、を含む培地で培養する工程(a)、
多能性幹細胞を、第一Wntシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養し、細胞凝集体を形成させる工程(1)、
工程(1)で得られた細胞凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下で浮遊培養する工程(2)、
工程(2)で得られた細胞凝集体を、FGFシグナル伝達経路作用物質の存在下で浮遊培養し、上記細胞塊を得る工程(3a)。
【0099】
本発明の製造方法の好ましい一態様は、下記工程を含む、嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の製造方法である。
多能性幹細胞を、第一Wntシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養し、細胞凝集体を形成させる工程(1)、
工程(1)で得られた細胞凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下で浮遊培養する工程(2)、
工程(2)で得られた細胞凝集体を、FGFシグナル伝達経路作用物質の存在下で浮遊培養する工程(3a)、
工程(3a)で得られた細胞凝集体を、FGFシグナル伝達経路作用物質及びBMPシグナル伝達経路阻害物質の存在下で培養し、上記細胞塊を得る工程(3c)。
【0100】
本発明の製造方法の好ましい一態様は、下記工程を含む、嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の製造方法である。
工程(1)の前に、多能性幹細胞をフィーダー細胞非存在下で、1)TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質からなる群より選ばれる少なくとも1つと、2)未分化維持因子と、を含む培地で培養する工程(a)、
多能性幹細胞を、第一Wntシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養し、細胞凝集体を形成させる工程(1)、
工程(1)で得られた細胞凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下で浮遊培養する工程(2)、
工程(2)で得られた細胞凝集体を、FGFシグナル伝達経路作用物質の存在下で浮遊培養する工程(3a)、
工程(3a)で得られた細胞凝集体を、FGFシグナル伝達経路作用物質及びBMPシグナル伝達経路阻害物質の存在下で培養し、上記細胞塊を得る工程(3c)。
【0101】
本発明の製造方法のさらなる一態様は、下記工程を含む、嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の製造方法である。
多能性幹細胞を、第一Wntシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養し、細胞凝集体を形成させる工程(1)、
工程(1)で得られた細胞凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下で浮遊培養する工程(2)、
工程(2)で得られた細胞凝集体を、BMPシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養し、上記細胞塊を得る工程(3b)。
【0102】
本発明の製造方法の好ましい一態様は、下記工程を含む、嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の製造方法である。
多能性幹細胞を、第一Wntシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養し、細胞凝集体を形成させる工程(1)、
工程(1)で得られた細胞凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下で浮遊培養する工程(2)、
工程(2)で得られた細胞凝集体を、BMPシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養する工程(3b)、
工程(3b)で得られた細胞凝集体を、BMPシグナル伝達経路阻害物質の非存在下で浮遊培養し、上記細胞塊を得る工程(3d)。
【0103】
本発明の製造方法のより好ましい一態様は、下記工程を含む、嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の製造方法である。
工程(1)の前に、多能性幹細胞をフィーダー細胞非存在下で、1)TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質からなる群より選ばれる少なくとも1つと、2)未分化維持因子と、を含む培地で培養する工程(a)、
多能性幹細胞を、第一Wntシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養し、細胞凝集体を形成させる工程(1)、
工程(1)で得られた細胞凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下で浮遊培養する工程(2)、
工程(2)で得られた細胞凝集体を、BMPシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養し、上記細胞塊を得る工程(3b)。
【0104】
本発明の製造方法のさらに好ましい一態様は、下記工程を含む、嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の製造方法である。
工程(1)の前に、多能性幹細胞をフィーダー細胞非存在下で、1)TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質からなる群より選ばれる少なくとも1つと、2)未分化維持因子と、を含む培地で培養する工程(a)、
多能性幹細胞を、第一Wntシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養し、細胞凝集体を形成させる工程(1)、
工程(1)で得られた細胞凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下で浮遊培養する工程(2)、
工程(2)で得られた細胞凝集体を、BMPシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養する工程(3b)、
工程(3b)で得られた細胞凝集体を、BMPシグナル伝達経路阻害物質の非存在下で浮遊培養し、上記細胞塊を得る工程(3d)。
【0105】
本発明の製造方法のさらなる一態様は、下記工程を含む、嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の製造方法である。
多能性幹細胞を、第一Wntシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養し、細胞凝集体を形成させる工程(1)、
工程(1)で得られた細胞凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下で浮遊培養する工程(2)、
工程(2)で得られた細胞凝集体を、FGFシグナル伝達経路作用物質及びBMPシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養し、上記細胞塊を得る工程(3c)。
【0106】
本発明の製造方法の好ましい一態様は、下記工程を含む、嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の製造方法である。
多能性幹細胞を、第一Wntシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養し、細胞凝集体を形成させる工程(1)、
工程(1)で得られた細胞凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下で浮遊培養する工程(2)、
工程(2)で得られた細胞凝集体を、FGFシグナル伝達経路作用物質及びBMPシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養する工程(3c)、
工程(3c)で得られた細胞凝集体を、BMPシグナル伝達経路阻害物質の非存在下で浮遊培養し、上記細胞塊を得る工程(3d)。
【0107】
本発明の製造方法のより好ましい一態様は、下記工程を含む、嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の製造方法である。
工程(1)の前に、多能性幹細胞をフィーダー細胞非存在下で、1)TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質からなる群より選ばれる少なくとも1つと、2)未分化維持因子と、を含む培地で培養する工程(a)、
多能性幹細胞を、第一Wntシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養し、細胞凝集体を形成させる工程(1)、
工程(1)で得られた細胞凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下で浮遊培養する工程(2)、
工程(2)で得られた細胞凝集体を、FGFシグナル伝達経路作用物質及びBMPシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養し、上記細胞塊を得る工程(3c)。
【0108】
本発明の製造方法のさらに好ましい一態様は、下記工程を含む、嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の製造方法である。
工程(1)の前に、多能性幹細胞をフィーダー細胞非存在下で、1)TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質からなる群より選ばれる少なくとも1つと、2)未分化維持因子と、を含む培地で培養する工程(a)、
多能性幹細胞を、第一Wntシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養し、細胞凝集体を形成させる工程(1)、
工程(1)で得られた細胞凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下で浮遊培養する工程(2)、
工程(2)で得られた細胞凝集体を、FGFシグナル伝達経路作用物質及びBMPシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養する工程(3c)、
工程(3c)で得られた細胞凝集体を、BMPシグナル伝達経路阻害物質の非存在下で浮遊培養し、上記細胞塊を得る工程(3d)。
【0109】
上記の製造方法によって製造される細胞塊とは、後述する「3.嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊」に記載するとおりである。
【0110】
<工程(a)>
多能性幹細胞をフィーダー細胞非存在下で、1)TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質からなる群より選ばれる少なくとも1つと、2)未分化維持因子と、を含む培地で培養する工程(a)について説明する。
【0111】
工程(a)において、多能性幹細胞をTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質からなる群より選ばれる少なくとも1つの存在下で培養してから、工程(1)の浮遊培養に付すことにより、多能性幹細胞の状態が変わり、非神経上皮組織の形成効率が改善し、凝集体の質が向上し、分化しやすく、細胞死が生じにくく、凝集体の内部が密な未分化性を維持した細胞凝集体を高効率で製造することができる。
【0112】
工程(a)は、フィーダー細胞非存在下で実施する。本発明におけるフィーダー細胞非存在下(フィーダーフリー)とは、フィーダー細胞を実質的に含まない(例えば全細胞数に対するフィーダー細胞数の割合が3%以下である)条件を意味する。
【0113】
工程(a)において用いられる培地は、フィーダーフリー条件下で、多能性幹細胞の未分化維持培養を可能にする培地(フィーダーフリー培地)であれば、特に限定されない。
フィーダーフリー培地として、多くの合成培地が開発・市販されており、例えばEssential 8培地が挙げられる。Essential 8培地は、DMEM/F12培地に、添加剤として、L-ascorbic acid-2-phosphate magnesium(64mg/l)、sodium selenium(14μg/1),insulin(19.4mg/l)、NaHCO(543mg/l)、transferrin(10.7mg/l)、bFGF(100ng/mL)、及びTGFβファミリーシグナル伝達経路作用物質(TGFβ1(2ng/mL)又はNodal(100ng/mL))を含む(Nature Methods,8,424-429(2011))。市販のフィーダーフリー培地としては、例えばEssential 8(Thermo Fisher Scientific社製)、S-medium(DSファーマバイオメディカル株式会社製)、StemPro(Thermo Fisher Scientific社製)、hESF9、mTeSR1(STEMCELL Technologies社製)、mTeSR2(STEMCELL Technologies社製)、TeSR-E8(STEMCELL Technologies社製)、StemFit(味の素株式会社製)等が挙げられる。工程(a)ではこれらを用いることにより、簡便に本発明を実施することができる。StemFit培地は未分化維持成分としてbFGFを含有する(Scientific Reports(2014)4,3594)。
【0114】
工程(a)において用いられる培地は、血清培地であっても無血清培地であってもよい。化学的に未決定な成分の混入を回避する観点から、工程(a)において用いられる培地は、好ましくは無血清培地である。培地は、血清代替物を含んでいてもよい。
【0115】
工程(a)において用いられる培地は、未分化維持培養を可能にするため、未分化維持因子を含む。未分化維持因子は、多能性幹細胞の分化を抑制する作用を有する物質であれば特に限定されない。当業者に汎用されている未分化維持因子としては、プライムド多能性幹細胞(Primed pluripotent stem cells)(例えばヒトES細胞、ヒトiPS細胞)の場合、FGFシグナル伝達経路作用物質、TGFβファミリーシグナル伝達経路作用物質、insulin等を挙げることができる。FGFシグナル伝達経路作用物質として具体的には、線維芽細胞増殖因子(例えばbFGF、FGF4やFGF8)が挙げられる。また、TGFβファミリーシグナル伝達経路作用物質としては、TGFβシグナル伝達経路作用物質、Nodal/Activinシグナル伝達経路作用物質が挙げられる。TGFβシグナル伝達経路作用物質としては、例えばTGFβ1、TGFβ2が挙げられる。Nodal/Activinシグナル伝達経路作用物質としては、例えばNodal、ActivinA、ActivinBが挙げられる。これらの物質は単独又は組み合わせて用いてもよい。ヒト多能性幹細胞(例えばヒトES細胞、ヒトiPS細胞)を培養する場合、工程(a)における培地は、好ましくは未分化維持因子として、bFGFを含む。
【0116】
本発明に用いる未分化維持因子は、通常哺乳動物の未分化維持因子である。哺乳動物としては、上記のものを挙げることができる。未分化維持因子は、哺乳動物の種間で交差反応性を有し得るので、培養対象の多能性幹細胞の未分化状態を維持可能な限り、いずれの哺乳動物の未分化維持因子を用いてもよい。本発明に用いる未分化維持因子は、好ましくは培養する細胞と同一種の哺乳動物の未分化維持因子である。例えばヒト多能性幹細胞の培養には、ヒト未分化維持因子(例えばbFGF、FGF4、FGF8、EGF、Nodal、ActivinA、ActivinB、TGFβ1、TGFβ2等)が用いられる。ここで「ヒトタンパク質X」とは、タンパク質X(未分化維持因子等)が、ヒト生体内で天然に発現するタンパク質Xのアミノ酸配列を有することを意味する。
【0117】
本発明に用いる未分化維持因子は、好ましくは単離されている。
「単離」とは、目的とする成分や細胞以外の因子を除去する操作がなされ、天然に存在する状態を脱していることを意味する。従って、「単離されたタンパク質X」には、培養対象の細胞や組織から産生され細胞や組織及び培地中に含まれている内在性のタンパク質Xは包含されない。「単離されたタンパク質X」の純度(総タンパク質重量に占めるタンパク質Xの重量の百分率)は、通常70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは99%以上、最も好ましくは100%である。
本発明は、一態様において、単離された未分化維持因子を提供する工程を含む。また、一態様において、工程(a)に用いる培地中へ、単離された未分化維持因子を外来的(又は外因的)に添加する工程を含む。あるいは、工程(a)に用いる培地に予め未分化維持因子が添加されていてもよい。
【0118】
工程(a)において用いられる培地中の未分化維持因子濃度は、培養する多能性幹細胞の未分化状態を維持可能な濃度であり、当業者であれば適宜設定することができる。例えばフィーダー細胞非存在下で未分化維持因子としてbFGFを用いる場合、その濃度は、通常約4ng/mL~約500ng/mL、好ましくは約10ng/mL~約200ng/mL、より好ましくは約30ng/mL~約150ng/mLである。
【0119】
工程(a)における多能性幹細胞の培養は、浮遊培養及び接着培養のいずれの条件で行われてもよいが、好ましくは接着培養により行われる。
【0120】
工程(a)におけるフィーダーフリー条件での多能性幹細胞の培養においては、フィーダー細胞に代わる足場を多能性幹細胞に提供するため、適切なマトリクスを足場として用いてもよい。足場であるマトリクスにより、表面をコーティングした細胞容器中で、多能性幹細胞を接着培養する。
【0121】
足場として用いることのできるマトリクスとしては、ラミニン(Nat Biotechnol. 28,611-615(2010))、ラミニン断片(Nat Commun 3,1236(2012))、基底膜標品(Nat Biotechnol 19,971-974(2001))、ゼラチン、コラーゲン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクチン、ビトロネクチン(Vitronectin)等が挙げられる。
【0122】
「ラミニン」とは、α、β、γ鎖からなるヘテロ三量体分子であり、サブユニット鎖の組成が異なるアイソフォームが存在する細胞外マトリックスタンパク質である。具体的には、ラミニンは、5種のα鎖、4種のβ鎖及び3種のγ鎖のヘテロ三量体の組合せで約15種類のアイソフォームを有する。α鎖(α1~α5)、β鎖(β1~β4)及びγ鎖(γ1~γ4)のそれぞれの数字を組み合わせて、ラミニンの名称が定められている。例えばα5鎖、β1鎖、γ1鎖の組合せによるラミニンをラミニン511という。本発明においては、好ましくはラミニン511が用いられる(Nat Biotechnol 28,611-615(2010))。
【0123】
本発明で用いるラミニン断片は、多能性幹細胞への接着性を有しており、フィーダーフリー条件での多能性幹細胞の維持培養を可能とするものであれば特に限定されないが、好ましくはE8フラグメントである。ラミニンE8フラグメントは、ラミニン511をエラスターゼで消化して得られたフラグメントの中で、強い細胞接着活性をもつフラグメントとして同定されたものである(EMBO J.,3:1463-1468,1984、J. Cell Biol.,105:589-598,1987)。本発明においては、好ましくはラミニン511のE8フラグメントが用いられる(Nat Commun 3,1236(2012)、Scientific Reports 4,3549(2014))。本発明に用いられるラミニンE8フラグメントは、ラミニンのエラスターゼ消化産物であることを要するものではなく、組換え体であってもよい。あるいは、遺伝子組み換え動物(カイコ等)に産生させたものであってもよい。未同定成分の混入を回避する観点から、本発明においては、好ましくは組換え体のラミニン断片が用いられる。ラミニン511のE8フラグメントは市販されており、例えばニッピ株式会社等から購入可能である。
【0124】
未同定成分の混入を回避する観点から、本発明において用いられるラミニン又はラミニン断片は、単離されていることが好ましい。
【0125】
工程(a)におけるフィーダーフリー条件での多能性幹細胞の培養においては、好ましくは単離されたラミニン511又はラミニン511のE8フラグメントによって、より好ましくはラミニン511のE8フラグメントによって表面をコーティングした細胞容器中で、多能性幹細胞を接着培養する。
【0126】
工程(a)における多能性幹細胞の培養時間は、続く工程(1)において形成される凝集体の質を向上させる効果が達成可能な範囲で特に限定されないが、通常0.5~144時間、好ましくは2~96時間、より好ましくは6~48時間、さらに好ましくは12~48時間、特に好ましくは18~28時間であり、例えば24時間である。
すなわち、工程(1)開始の0.5~144時間、好ましくは18~28時間前に工程(a)を開始し、工程(a)を完了した後引き続き工程(1)が行われる。
【0127】
工程(a)における培養温度、CO濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、例えば約30℃から約40℃、好ましくは約37℃である。またCO濃度は、例えば約1%から約10%、好ましくは約5%である。
【0128】
好ましい一態様において、ヒト多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下で、bFGFを含有する無血清培地中で、接着培養する。当該接着培養は、好ましくはラミニン511、ラミニン511のE8フラグメント又はビトロネクチンで表面をコーティングした細胞容器中で実施される。当該接着培養は、好ましくはフィーダーフリー培地としてStemFitを用いて実施される。
【0129】
好ましい一態様において、ヒト多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下で、bFGFを含有する無血清培地中で、浮遊培養する。当該浮遊培養では、ヒト多能性幹細胞は、ヒト多能性幹細胞の凝集体を形成してもよい。
【0130】
ソニック・ヘッジホッグシグナル(以下、「Shh」と記すことがある。)伝達経路作用物質とは、Shhにより媒介されるシグナル伝達を増強し得る物質である。Shhシグナル伝達経路作用物質としては、例えばHedgehogファミリーに属するタンパク質(例えばShhやIhh)、Shh受容体、Shh受容体アゴニスト、Smoアゴニスト、Purmorphamine(9-cyclohexyl-N-[4-(morpholinyl)phenyl]-2-(1-naphthalenyloxy)-9H-purin-6-amine)、GSA-10(Propyl 4-(1-hexyl-4-hydroxy-2-oxo-1,2-dihydroquinoline-3-carboxamido)benzoate)、Hh-Ag1.5、20(S)-Hydroxycholesterol、SAG(Smoothened Agonist:N-Methyl-N’-(3-pyridinylbenzyl)-N’-(3-chlorobenzo[b]thiophene-2-carbonyl)-1,4-diaminocyclohexane)等が挙げられる。これらの物質は単独又は組み合わせて用いてもよい。
【0131】
Shhシグナル伝達経路作用物質は、好ましくはSAG、Purmorphamine、GSA-10からなる群より含まれる少なくとも1つを含み、より好ましくはSAGを含む。培地中のShhシグナル伝達経路作用物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で適宜設定することが可能である。SAGは、工程(a)においては通常約1nM~約2000nM、好ましくは約10nM~約1000nM、より好ましくは約10nM~約700nM、さらに好ましくは約50nM~約700nM、特に好ましくは約100nM~約600nM、最も好ましくは約100nM~約500nMの濃度で使用される。また、SAG以外のShhシグナル伝達経路作用物質を使用する場合、前記濃度のSAGと同等のShhシグナル伝達促進活性を示す濃度で用いられることが望ましい。ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達促進活性は、当業者に周知の方法、例えばGli1遺伝子の発現に着目したレポータージーンアッセイにて決定することができる(Oncogene(2007)26,5163-5168)。
【0132】
TGFβファミリーシグナル伝達経路(すなわちTGFβスーパーファミリーシグナル伝達経路)とは、形質転換増殖因子β(TGFβ)、Nodal/Activin、又はBMPをリガンドとし、細胞内でSmadファミリーにより伝達されるシグナル伝達経路である。
【0133】
TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質とは、TGFβファミリーシグナル伝達経路、すなわちSmadファミリーにより伝達されるシグナル伝達経路を阻害する物質を表し、具体的にはTGFβシグナル伝達経路阻害物質、Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質及びBMPシグナル伝達経路阻害物質を挙げることができる。TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質としては、TGFβシグナル伝達経路阻害物質が好ましい。
【0134】
TGFβシグナル伝達経路阻害物質としては、TGFβに起因するシグナル伝達経路を阻害する物質であれば特に限定は無く、核酸、タンパク質、低分子有機化合物のいずれであってもよい。当該物質として例えばTGFβに直接作用する物質(例えばタンパク質、抗体、アプタマー等)、TGFβをコードする遺伝子の発現を抑制する物質(例えばアンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNA等)、TGFβ受容体とTGFβの結合を阻害する物質、TGFβ受容体によるシグナル伝達に起因する生理活性を阻害する物質(例えばTGFβ受容体の阻害剤、Smadの阻害剤等)を挙げることができる。TGFβシグナル伝達経路阻害物質として知られているタンパク質として、Lefty等が挙げられる。
【0135】
TGFβシグナル伝達経路阻害物質として、当業者に周知の化合物を使用することができる。具体的には、SB431542(本明細書及び図面中、SB431と略記する場合がある)(4-[4-(3,4-Methylenedioxyphenyl)-5-(2-pyridyl)-1H-imidazol-2-yl]benzamide)、SB505124(2-[4-(1,3-Benzodioxol-5-yl)-2-(1,1-dimethylethyl)-1H-imidazol-5-yl]-6-methylpyridine)、SB525334(6-[2-(1,1-Dimethylethyl)-5-(6-methyl-2-pyridinyl)-1H-imidazol-4-yl]quinoxaline)、LY2157299(4-[5,6-Dihydro-2-(6-methyl-2-pyridinyl)-4H-pyrrolo[1,2-b]pyrazol-3-yl]-6-quinolinecarboxamide)、LY2109761(4-[5,6-dihydro-2-(2-pyridinyl)-4H-pyrrolo[1,2-b]pyrazol-3-yl]-7-[2-(4-morpholinyl)ethoxy]-quinoline)、GW788388(4-{4-[3-(Pyridin-2-yl)-1H-pyrazol-4-yl]-pyridin-2-yl}-N-(tetrahydro-2H-pyran-4-yl)benzamide)、LY364947(4-[3-(2-Pyridinyl)-1H-pyrazol-4-yl]quinoline)、SD-208(2-(5-Chloro-2-fluorophenyl)pteridin-4-yl)pyridin-4-yl amine)、EW-7197(N-(2-fluorophenyl)-5-(6-methyl-2-pyridinyl)-4-[1,2,4]triazolo[1,5-a]pyridin-6-yl-1H-Imidazole-2-methanamine)、A83-01(3-(6-Methylpyridin-2-yl)-4-(4-quinolyl)-1-phenylthiocarbamoyl-1H-pyrazole)、RepSox(2-[5-(6-Methylpyridin-2-yl)-1H-pyrazol-4-yl]-1,5-naphthyridine)等のAlk5/TGFβR1阻害剤、SIS3(1-(3,4-dihydro-6,7-dimethoxy-2(1H)-isoquinolinyl)-3-(1-methyl-2-phenyl-1H-pyrrolo[2,3-b]pyridin-3-yl)-2-propen-1-one)等のSMAD3阻害剤が挙げられる。これらの物質は単独又は組み合わせて用いてもよい。ここでSB431542は、TGFβ受容体(ALK5)及びActivin受容体(ALK4/7)の阻害剤(すなわちTGFβR阻害剤)として公知の化合物である。SIS3は、TGFβ受容体の制御下にある細胞内シグナル伝達因子であるSMAD3のリン酸化を阻害するTGFβシグナル伝達経路阻害物質である。
【0136】
本発明で用いられるTGFβシグナル伝達経路阻害物質は、好ましくはAlk5/TGFβR1阻害剤を含む。Alk5/TGFβR1阻害剤は、好ましくはSB431542、SB505124、SB525334、LY2157299、GW788388、LY364947、SD-208、EW-7197、A83-01、RepSoxからなる群より選ばれる少なくとも1つを含み、さらに好ましくはSB431542又はA83-01を含む。
【0137】
培地中のTGFβシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で適宜設定することが可能である。工程(a)におけるTGFβ伝達経路阻害物質としてSB431542を用いる場合は、通常約1nM~約100μM、好ましくは約10nM~100μM、より好ましくは約10nM~約50μM、さらに好ましくは約100nM~約50μM、特に好ましくは約1μM~約10μMの濃度で使用される。また、SB431542以外のTGFβシグナル伝達経路阻害物質を使用する場合、前記濃度のSB431542と同等のTGFβシグナル伝達経路阻害活性を示す濃度で用いられることが望ましい。
【0138】
工程(a)及び下記工程(1)~(3)における培養温度、CO濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、例えば約30℃から約40℃、好ましくは約37℃である。CO濃度は、例えば約1%から約10%、好ましくは約5%である。
【0139】
<工程(1)>
未分化で維持された多能性幹細胞、好ましくは工程(a)で培養した多能性幹細胞を、第一Wntシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養し、細胞凝集体を形成させる工程(1)について説明する。
【0140】
本発明中において、後掲する第二Wntシグナル伝達経路阻害物質と区別するために、工程(1)において添加されるWntシグナル伝達経路阻害物質を第一Wntシグナル伝達経路阻害物質とも呼称する。
【0141】
Wntシグナル伝達経路とは、Wntファミリー・タンパク質をリガンドとし、主としてFrizzledを受容体とするシグナル伝達経路である。当該シグナル経路としては、β-Cateninによって伝達される古典的Wnt経路(Canonical Wnt pathway)、非古典的Wnt経路(Non-Canonical Wnt pathway)等が挙げられる。非古典的Wnt経路としては、Planar Cell Polarity(PCP)経路、Wnt/Calcium経路、Wnt-RAP1経路、Wnt-Ror2経路、Wnt-PKA経路、Wnt-GSK3MT経路、Wnt-aPKC経路、Wnt-RYK経路、Wnt-mTOR経路等が挙げられる。非古典的Wnt経路では、Wnt以外の他のシグナル伝達経路でも活性化される共通のシグナル伝達因子が存在するが、本発明ではそれらの因子もWntシグナル伝達経路の構成因子とし、それらの因子に対する阻害物質もWntシグナル伝達経路阻害物質に含まれる。
【0142】
本発明において、Wntシグナル伝達経路阻害物質とはWntファミリー・タンパク質により惹起されるシグナル伝達を抑制し得るものである限り限定されない。阻害物質は、核酸、タンパク質、低分子有機化合物のいずれであってもよい。当該物質として例えばWntのプロセシングと細胞外への分泌を阻害する物質、Wntに直接作用する物質(例えばタンパク質、抗体、アプタマー等)、Wntをコードする遺伝子の発現を抑制する物質(例えばアンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNA等)、Wnt受容体とWntの結合を阻害する物質、Wnt受容体によるシグナル伝達に起因する生理活性を阻害する物質を挙げることができる。
【0143】
Wntシグナル伝達経路阻害物質として知られているタンパク質として、secreted Frizzled Related Protein(sFRP)クラスに属するタンパク質(sFRP1~5、Wnt Inhibitory Factor-1(WIF-1)、Cerberus)、Dickkopf(Dkk)クラスに属するタンパク質(Dkk1~4、Kremen)等が挙げられる。
【0144】
Wntシグナル伝達経路阻害物質としては、当業者に周知の化合物を使用することができる。Wntシグナル伝達経路阻害物質として例えばPorcupine(PORCN)阻害剤、Frizzled阻害剤、Dishevelled(Dvl)阻害剤、Tankyrase(TANK)阻害剤、カゼインキナーゼ1阻害剤、カテニン応答性転写阻害剤、p300阻害剤、CREB-binding protein(CBP)阻害剤、BCL-9阻害剤(Am J Cancer Res. 2015;5(8):2344-2360)等が挙げられる。また、非古典的Wnt経路の阻害物質として、例えばCalcium/calmodulin-dependent protein kinase II(CaMKII)阻害剤、(TGF-β-activated kinase 1(TAK1)阻害剤、Nemo-Like Kinase(NLK)阻害剤、LIM Kinase阻害剤、mammalian target of rapamycin(mTOR)阻害剤、c-Jun NH 2-terminal kinase(JNK)阻害剤、protein kinase C(PKC)阻害剤、Methionine Aminopeptidase 2(MetAP2)阻害剤、Calcineurin阻害剤、nuclear factor of activated T cells(NFAT)阻害剤、ROCK阻害剤等が挙げられる。また、作用機序は報告されていないが、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてKY02111(N-(6-Chloro-2-benzothiazolyl)-3,4-dimethoxybenzenepropanamide)、KY03-I(2-(4-(3,4-dimethoxyphenyl)butanamide)-6-Iodobenzothiazole)が挙げられる。これらの物質は単独又は組み合わせて用いてもよい。
【0145】
PORCN阻害剤として例えばIWP-2(N-(6-Methyl-2-benzothiazolyl)-2-[(3,4,6,7-tetrahydro-4-oxo-3-phenylthieno[3,2-d]pyrimidin-2-yl)thio]-acetamide)、IWP-3(2-[[3-(4-fluorophenyl)-3,4,6,7-tetrahydro-4-oxothieno[3,2-d]pyrimidin-2-yl]thio]-N-(6-methyl-2-benzothiazolyl)-acetamide)、IWP-4(N-(6-methyl-2-benzothiazolyl)-2-[[3,4,6,7-tetrahydro-3-(2-methoxyphenyl)-4-oxothieno[3,2-d]pyrimidin-2-yl]thio]-acetamide)、IWP-L6(N-(5-phenyl-2-pyridinyl)-2-[(3,4,6,7-tetrahydro-4-oxo-3-phenylthieno[3,2-d]pyrimidin-2-yl)thio]-acetamide)、IWP-12(N-(6-Methyl-2-benzothiazolyl)-2-[(3,4,6,7-tetrahydro-3,6-dimethyl-4-oxothieno[3,2-d]pyrimidin-2-yl)thio]acetamide)、LGK-974(2-(2’,3-Dimethyl-2,4’-bipyridin-5-yl)-N-(5-(pyrazin-2-yl)pyridin-2-yl)acetamide)、Wnt-C59(2-[4-(2-Methylpyridin-4-yl)phenyl]-N-[4-(pyridin-3-yl)phenyl]acetamide)、ETC-159(1,2,3,6-Tetrahydro-1,3-dimethyl-2,6-dioxo-N-(6-phenyl-3-pyridazinyl)-7H-purine-7-acetamide)、GNF-6231(N-[5-(4-Acetyl-1-piperazinyl)-2-pyridinyl]-2’-fluoro-3-methyl[2,4’-bipyridine]-5-acetamide)等が挙げられる。これらの物質は単独又は組み合わせて用いてもよい。
【0146】
本発明で用いられる第一Wntシグナル伝達経路阻害物質は、好ましくはPORCN阻害剤、KY02111及びKY03-Iからなる群より選ばれる少なくとも1つを含み、より好ましくはPORCN阻害剤を含む。第一Wntシグナル伝達経路阻害物質は、Wntの非古典的Wnt経路への阻害活性を有する物質を含むこともまた好ましい。本発明で用いられるPORCN阻害剤は、好ましくはIWP-2、IWP-3、IWP-4、IWP-L6、IWP-12、LGK-974、Wnt-C59、ETC-159及びGNF-6231からなる群より選ばれる少なくとも1つを含み、より好ましくはIWP-2又はWnt-C59を含み、さらに好ましくはIWP-2を含む。
【0147】
培地中の第一Wntシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で適宜設定することが可能である。嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の製造効率の観点からは、例えば第一Wntシグナル伝達経路阻害物質としてPORCN阻害剤の1種であるIWP-2を用いる場合は、その濃度は通常約10nM~約50μMであり、好ましくは約10nM~約30μMであり、さらに好ましくは約100nM~約10μMであり、最も好ましくは約2μMである。PORCN阻害剤の1種であるWnt-C59を用いる場合は、その濃度は通常約10nM~約30μMであり、好ましくは約20nM~約10μMであり、より好ましくは約500nMである。KY02111を用いる場合は、その濃度は通常約10nM~約50μMであり、好ましくは10nM~約30μMであり、より好ましくは約100nM~約10μMであり、さらに好ましくは約5μMである。
【0148】
第一Wntシグナル伝達経路阻害物質の添加時期は、通常工程(1)の多能性幹細胞の浮遊培養開始より48時間以内、好ましくは24時間以内、より好ましくは12時間以内、さらに好ましくは浮遊培養開始と同時である。
【0149】
工程(1)の培地中には、TGFβシグナル伝達経路阻害物質がさらに存在することが好ましい。
工程(1)において用いられるTGFβシグナル伝達経路阻害物質としては工程(a)で例示したものと同様のものが用いられる。工程(a)及び工程(1)のTGFβシグナル伝達経路阻害物質は同一であっても異なっていてもよいが、好ましくは同一である。
培地中のTGFβシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で適宜設定することが可能である。TGFβ伝達経路阻害物質としてSB431542を用いる場合は、通常約1nM~約100μM、好ましくは約10nM~約100μM、より好ましくは約100nM~約50μM、さらに好ましくは約500nM~約10μMの濃度で使用される。また、SB431542以外のTGFβシグナル伝達経路阻害物質を使用する場合、前記濃度のSB431542と同等のTGFβシグナル伝達経路阻害活性を示す濃度で用いられることが望ましい。
【0150】
工程(1)において用いられる培地は、上記定義の項で記載したようなものである限り特に限定されない。工程(1)において用いられる培地は血清培地又は無血清培地であり得る。化学的に未決定な成分の混入を回避する観点から、本発明においては、無血清培地が好適に用いられる。調製の煩雑さを回避するには、例えば市販のKSR等の血清代替物を適量添加した無血清培地(例えばIMDMとF-12の1:1の混合液に5%KSR、450μM 1-モノチオグリセロール及び1xChemically Defined Lipid Concentrateが添加された培地、又はGMEMに5%~20%KSR、NEAA、ピルビン酸、2-メルカプトエタノールが添加された培地)を使用することが好ましい。無血清培地へのKSRの添加量としては、例えばヒトES細胞の場合は、通常約1%から約30%であり、好ましくは約2%から約20%である。
【0151】
工程(1)の開始時において、多能性幹細胞は単一細胞に分散されていることが好ましい。このために、工程(1)の開始前に、工程(a)で得られた多能性幹細胞を単一細胞に分散する操作(工程(b)とも呼ぶ)を行うことが好ましい。「単一細胞に分散されている」とは、例えば全細胞の7割以上が単一細胞であり、2~50細胞の塊が3割以下存在する状態が挙げられる。単一細胞に分散された細胞として、好ましくは8割以上が単一細胞であり、2~50細胞の塊が2割以下存在する状態が挙げられる。単一細胞に分散された細胞とは、細胞同士の接着(例えば面接着)がほとんどなくなった状態が挙げられる。一部の態様において、単一細胞に分散された細胞とは、細胞―細胞間結合(例えば接着結合)がほとんどなくなった状態が挙げられる。
【0152】
工程(a)で得られた多能性幹細胞の分散操作は、前述した、機械的分散処理、細胞分散液処理、細胞保護剤添加処理を含んでよい。これらの処理を組み合わせて行ってもよい。好ましくは細胞保護剤添加処理と同時に、細胞分散液処理を行い、次いで機械的分散処理をするとよい。
【0153】
細胞保護剤添加処理に用いられる細胞保護剤としては、FGFシグナル伝達経路作用物質、ヘパリン、ROCK阻害物質、ミオシン阻害物質、血清、又は血清代替物を挙げることができる。好ましい細胞保護剤としては、ROCK阻害物質が挙げられる。分散により誘導される多能性幹細胞(特に、ヒトの多能性幹細胞)の細胞死を抑制するために、ROCK阻害物質を工程(1)の培養開始時から添加してもよい。ROCK阻害物質としては、Y-27632((R)-(+)-trans-4-(1-Aminoethyl)-N-(4-pyridyl)cyclohexanecarboxamide,dihydrochloride)、Fasudil(HA1077)(1-(5-Isoquinolinylsulfonyl)homopiperazine,hydrochloride)、H-1152(5-[[(2S)-hexahydro-2-methyl-1H-1,4-diazepin-1-yl]sulfonyl]-4-methyl-isoquinoline,dihydrochloride)、HA-1100(Hydroxyfasudil)([1-(1-Hydroxy-5-isoquinolinesulfonyl)homopiperazine,hydrochloride)等を挙げることができる。細胞保護材としては、調製済みの細胞保護剤を用いることもできる。調製済みの細胞保護剤としては、例えばRevitaCell Supplement(Thermo Fisher Scientific社製)、CloneR(Stemcell Technologies社製)が挙げられる。これらの物質は単独又は組み合わせて用いてもよい。
【0154】
細胞分散液処理に用いられる細胞分散液としては、トリプシン、コラゲナーゼ、ヒアルロニダーゼ、エラスターゼ、プロナーゼ、DNase、パパイン等の酵素及びエチレンジアミン四酢酸等のキレート剤の少なくとも1つを含む溶液を挙げることができる。市販の細胞分散液、例えばTripLE Select(Thermo Fisher Scientific社製)やTripLE Express(Thermo Fisher Scientific社製)、Accumax(Innovative Cell Technologies社製)を用いることもできる。
【0155】
機械的分散処理の方法としては、ピペッティング処理又はスクレーパーでの掻き取り操作が挙げられる。分散された細胞は上記培地中に懸濁される。
【0156】
そして、分散された多能性幹細胞の懸濁液を上記培養器中に播き、分散させた多能性幹細胞を、培養器に対して非接着性の条件下で培養することにより、複数の細胞を集合及び凝集させて細胞凝集体を形成する。
【0157】
この際、分散された多能性幹細胞を、10cmディッシュのような比較的大きな培養容器に播種することにより、1つの培養器中に複数の細胞凝集体を同時に形成させてもよいが、凝集体ごとの大きさのばらつきを生じにくくする観点で、例えば非細胞接着性の96ウェルマイクロプレートのようなマルチウェルプレート(U底、V底)の各ウェルに一定数の分散された多能性幹細胞を播種することが好ましい。これを静置培養すると、細胞が迅速に凝集することにより、各ウェルに1個の細胞凝集体を形成させることができる。マルチウェルプレートとしては、例えばPrimeSurface 96V底プレート(MS-9096V、住友ベークライト株式会社製)が挙げられる。より迅速に細胞凝集体を形成させるために遠心操作を行ってもよい。各ウェルで形成された凝集体を複数のウェルから回収することにより、均一な凝集体の集団を得ることができる。
【0158】
培養容器としては、各ウェル内に細胞凝集体又は細胞塊が入ったままの状態でプレート全体の培地を一度に交換することが可能な三次元細胞培養容器を用いることもまた好ましい。このような三次元細胞培養容器としては、例えばPrimeSurface 96スリットウェルプレート(住友ベークライト株式会社製)等が挙げられる。このプレートには96ウェルのそれぞれの上部に培地が出入りできる細い開口部(スリット)が設けられている。スリットは細胞凝集体又は細胞塊が通過しにくい幅に設定されているため、細胞凝集体又は細胞塊同士の癒着を防止しながら、プレート全体の培地を一度に交換することができ、操作の効率性及び細胞塊の質を向上させることができる。
【0159】
工程(1)における多能性幹細胞の濃度は、細胞凝集体をより均一に、効率的に形成させるように適宜設定することができる。例えば96ウェルマイクロウェルプレートを用いてヒト多能性幹細胞(例えば工程(a)から得られたヒトiPS細胞)を浮遊培養する場合、1ウェルあたり通常約1×10から約1×10細胞、好ましくは約3×10から約5×10細胞、より好ましくは約4×10から約2×10細胞、さらに好ましくは約4×10から約1.6×10細胞、特に好ましくは約8×10から約1.2×10細胞となるように調製した液を各ウェルに添加し、プレートを静置して凝集体を形成させる。細胞数は、血球計算盤で計数することによって求めることができる。
【0160】
工程(1)及び以降の工程において、培地交換操作を行う場合、例えば元ある培地を捨てずに新しい培地を加える操作(培地添加操作)、元ある培地を半量程度(元ある培地の体積量の30~90%程度、例えば40~60%程度)捨てて新しい培地を半量程度(元ある培地の体積量の30~90%、例えば40~60%程度)加える操作(半量培地交換操作)、元ある培地を全量程度(元ある培地の体積量の90%以上)捨てて新しい培地を全量程度(元ある培地の体積量の90%以上)加える操作(全量培地交換操作)が挙げられる。
【0161】
ある時点で、特定の成分を添加する場合、例えば終濃度を計算した上で、元ある培地を半量程度捨てて、特定の成分を終濃度よりも高い濃度で含む新しい培地を半量程度加える操作(半量培地交換操作)を行ってもよい。
ある時点で、元の培地に含まれる成分を希釈して濃度を下げる場合、例えば培地交換操作を、1日に複数回、好ましくは1時間以内に複数回(例えば2~3回)行ってもよい。また、ある時点で、元の培地に含まれる成分を希釈して濃度を下げる場合、細胞又は凝集体を別の培養容器に移してもよい。
培地交換操作に用いる道具は特に限定されないが、例えばピペッター、ピペットマン(登録商標)、マルチチャンネルピペット、連続分注器等が挙げられる。例えば培養容器として96ウェルプレートを用いる場合、マルチチャンネルピペットを使ってもよい。
【0162】
細胞凝集体を形成させるために必要な浮遊培養の時間は、用いる多能性幹細胞によって適宜決定可能であるが、均一な細胞凝集体を形成するためにはできる限り短時間であることが望ましい。分散された細胞が、細胞凝集体が形成されるに至るまでの工程は、細胞が集合する工程、及び集合した細胞が凝集体を形成する工程にわけられる。分散された細胞を播種する時点(すなわち浮遊培養開始時)から細胞が集合するまでは、例えばヒト多能性幹細胞(ヒトiPS細胞等)の場合には、好ましくは約24時間以内、より好ましくは約12時間以内に集合した細胞を形成させる。分散された細胞を播種する時点(すなわち浮遊培養開始時)から細胞凝集体が形成されるまでの工程では、例えばヒト多能性幹細胞(ヒトiPS細胞等)の場合には、好ましくは約72時間以内、より好ましくは約48時間以内に凝集体が形成される。この凝集体形成までの時間は、細胞を凝集させる用具や、遠心条件等を調整することにより適宜調節することが可能である。
【0163】
細胞凝集体が形成されたことは、凝集体のサイズ及び細胞数、巨視的形態、組織染色解析による微視的形態及びその均一性、分化及び未分化マーカーの発現及びその均一性、分化マーカーの発現制御及びその同期性、分化効率の凝集体間の再現性等に基づき判断することが可能である。
【0164】
細胞凝集体が形成された後、そのまま、凝集体の培養を継続してもよい。工程(1)における浮遊培養の時間は、通常8時間~6日間程度、好ましくは12時間~48時間程度である。
【0165】
細胞塊内部の神経系細胞又は組織の生存及び増殖を促進する観点から、工程(1)~(3)のいずれか1つ以上の工程を、Wntシグナル伝達経路作用物質の存在下で行うこともできる。前述の通り、Wntシグナル伝達経路として古典的Wnt経路(Canonical Wnt pathway)、非古典的Wnt経路(Non-Canonical Wnt pathway)等が挙げられる。非古典的Wnt経路としては、Planar Cell Polarity(PCP)経路、Wnt/Calcium経路、Wnt-RAP1経路、Wnt-Ror2経路、Wnt-PKA経路、Wnt-GSK3MT経路、Wnt-aPKC経路、Wnt-RYK経路、Wnt-mTOR経路等が挙げられる。
【0166】
Wntシグナル伝達経路作用物質とはWntファミリー・タンパク質により惹起されるシグナル伝達を活性化し得るものである限り限定されない。核酸、タンパク質、低分子有機化合物のいずれであってもよい。当該物質として例えば、Wntの自己分泌を促進する物質、Wntを安定化させて分解を抑制する物質、Wntの組み換えタンパク質、Wntの部分配列ペプチド及びその派生物や誘導体、Wnt受容体に作用し活性化させる物質、Wntの細胞内シグナル伝達機構を活性化させる物質、Wntの細胞内シグナル伝達因子及びその改変体(β-Catenin S33Y等)、Wnt応答配列下流の遺伝子発現を活性化させる物質等を挙げることができる。Wntシグナル伝達経路作用物質として知られているタンパク質として、Wnt、R-Spondin等が挙げられる。
【0167】
Wntシグナル伝達経路作用物質として、当業者に周知の化合物を使用することもできる。Wntシグナル伝達経路作用物質としての活性を有する化合物として例えば塩化リチウム、AMBMP hydrochloride、SGC AAK1 1、Foxy 5、CHIR99021、CHIR98014、TWS119、SB216763、SB415286、BIO、AZD2858、AZD1080、AR-A014418、TDZD-8、LY2090314、IM-12、Indirubin、Bikinin、A 1070722、3F8、Kenpaullone、10Z-Hymenialdisine、Indirubin-3’-oxime、NSC 693868、TC-G 24、TCS 2002、TCS 21311、CP21R7、BML-284、SKL2001、WAY 262611、IIIC3a、Methyl Vanillate、IQ-1及びこれら化合物の誘導体等が挙げられる。
【0168】
工程(1)において、第一Wntシグナル伝達経路阻害物質を添加しているが、作用点の異なるWntシグナル伝達経路作用物質とWntシグナル伝達経路阻害物質を併用することで、前述の複数あるWntシグナル伝達経路のうち特定の経路のみを活性化、あるいは阻害することができる。Wntシグナル伝達経路作用物質は、工程(1)にて添加する第一Wntシグナル伝達経路阻害物質の下流の因子に作用する物質であることが好ましい。添加するWntシグナル伝達経路作用物質が古典的Wnt経路(Canonical Wnt pathway)を活性化させる物質であることもまた好ましく、細胞内のWntシグナル伝達因子であるβカテニンの分解の阻害、安定化作用によりWntシグナル伝達経路を活性化させる物質であることがさらに好ましい。βカテニンの分解の阻害、安定化作用を有する物質としては、例えばGSK3阻害剤及びBML-284、SKL2001等が挙げられる。添加するWntシグナル伝達経路作用物質がβカテニン応答性転写(β-catenin responsive transcription:CRT)を促進又は活性化させる物質であることもまた好ましい。
【0169】
GSK3阻害剤としては、CHIR99021、CHIR98014、TWS119、SB216763、SB415286、BIO、AZD2858、AZD1080、AR-A014418、TDZD-8、LY2090314、IM-12、Indirubin、Bikinin、A 1070722、3F8、Kenpaullone、10Z-Hymenialdisine、Indirubin-3’-oxime、NSC 693868、TC-G 24、TCS 2002、TCS 21311、CP21R7及びこれらの化合物の誘導体が挙げられる。
【0170】
好ましいWntシグナル伝達経路作用物質と第一Wntシグナル伝達経路阻害物質との組み合わせとして、GSK3阻害剤とPORCN阻害剤が挙げられる。GSK3阻害剤とPORCN阻害剤を併用した場合、古典的Wnt経路は活性化され、非古典的Wnt経路は阻害される。GSK3阻害剤とPORCN阻害剤とを併用した場合、GSK3阻害剤は、好ましくはCHIR99021、CHIR98014、SB216763、SB415286、BIOからなる群より選ばれる少なくとも1つを含み、さらに好ましくはCHIR99021を含む。GSK3阻害剤とPORCN阻害剤とを併用した場合、PORCN阻害剤は、好ましくはIWP-2、IWP-3、IWP-4、IWP-L6、IWP-12、LGK-974、ETC-159、GNF-6231、Wnt-C59からなる群より選ばれる少なくとも1つを含み、さらに好ましくはIWP-2を含む。また、GSK3阻害剤とKY02111乃至その誘導体等を組み合わせて用いてもよい。GSK3阻害剤とは作用機序の異なるβカテニンの分解の阻害、安定化作用を有する物質としては例えばBML-284、SKL2001が挙げられ、これら化合物及びその誘導体もPORCN阻害剤、KY02111乃至その誘導体等と組み合わせて用いてもよい。
【0171】
培地中のWntシグナル伝達経路作用物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で適宜設定することが可能である。細胞塊内部の神経系細胞又は組織の生存及び増殖の促進の観点からは、Wntシグナル伝達経路作用物質としてCHIR99021を用いる場合は、通常約10pM~約10mM、好ましくは約100pM~約1mM、より好ましくは約1nM~約100μM、さらに好ましくは約10nM~約30μM、最も好ましくは約100nM~約3μMの濃度で使用される。また、CHIR99021以外のWntシグナル伝達経路作用物質を使用する場合、上記濃度のCHIR99021と同等のWntシグナル伝達経路促進活性を示す濃度で用いられることが望ましい。
【0172】
<工程(2)>
工程(1)で得られた細胞凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下で浮遊培養する工程(2)について説明する。
【0173】
BMPシグナル伝達経路作用物質とは、BMP(骨形成タンパク質)により媒介されるシグナル伝達経路を増強し得る物質である。BMPシグナル伝達経路作用物質としては、例えばBMP2、BMP4もしくはBMP7等のBMPタンパク質、GDF7等のGDFタンパク質、抗BMP受容体抗体、又はBMP部分ペプチド等が挙げられる。これらの物質は単独又は組み合わせて用いてもよい。生物学的活性の見地からのBMPシグナル伝達経路作用物質の定義として、例えばマウス前駆軟骨細胞株ATDC5、マウス頭蓋冠由来細胞株MC3T3-E1、マウス横紋筋由来細胞株C2C12等の細胞に対する骨芽細胞様細胞への分化誘導能、及びアルカリホスファターゼ産生誘導能を有する物質が挙げられる。上記活性を有する物質としては、例えばBMP-2、BMP-4、BMP-5、BMP-6、BMP-7、BMP-9、BMP-10、BMP-13/GDF-6、BMP-14/GDF-5、GDF-7等が挙げられる。
【0174】
BMP2タンパク質及びBMP4タンパク質は例えばR&D Systemsから、BMP7タンパク質は例えばBiolegend社から、GDF7タンパク質は例えば富士フィルム和光純薬株式会社から入手可能である。BMPシグナル伝達経路作用物質は、好ましくはBMP2、BMP4、BMP7、BMP13及びGDF7からなる群より選ばれる少なくとも1つのタンパク質を含み、より好ましくはBMP4を含む。
【0175】
培地中のBMPシグナル伝達経路作用物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で適宜設定することが可能である。嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の製造効率の観点から、BMPシグナル伝達経路作用物質としてBMP4を用いる場合は、通常約1pM~約100nM、好ましくは約10pM~約50nM、より好ましくは約25pM~約25nM、さらに好ましくは約25pM~約5nM、特に好ましくは約100pM~約5nM、最も好ましくは約500pM~約2nMの濃度で使用される。また、BMP4以外のBMPシグナル伝達経路作用物質を使用する場合、上述の濃度のBMP4と同等のBMPシグナル伝達経路促進活性を示す濃度で用いられることが望ましい。当業者であれば、BMPシグナル伝達経路作用物質として例えば市販の組み換えBMPタンパク質等を用いる場合、製品添付書類に記載の活性、例えばマウス前駆軟骨細胞株ATDC5に対するアルカリホスファターゼ産生誘導能のED50等の値と上述のBMP4の濃度と活性を比較することにより、添加するBMPシグナル伝達経路作用物質濃度を容易に決定することができる。
【0176】
工程(2)において用いられる培地は、BMPシグナル伝達経路作用物質を含む限り特に限定されない。工程(2)において用いられる培地は血清培地又は無血清培地であり得る。化学的に未決定な成分の混入を回避する観点から、無血清培地が好適に用いられる。調製の煩雑さを回避するには、例えば市販のKSR等の血清代替物を適量添加した無血清培地(例えばIMDMとF-12の1:1の混合液に5%KSR、450μM1-モノチオグリセロール及び1xChemically Defined Lipid Concentrateが添加された培地、又はGMEMに5%~20%KSR、NEAA、ピルビン酸、2-メルカプトエタノールが添加された培地)を使用することが好ましい。無血清培地へのKSRの添加量としては、例えばヒトES細胞の場合は、通常約1%から約30%であり、好ましくは約2%から約20%である。
【0177】
嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の製造効率の観点から、工程(2)の開始時期は、工程(1)における浮遊培養開始から好ましくは0.5時間以降6日以内であり、より好ましくは0.5時間以降72時間以内であり、さらに好ましくは24時間以降60時間以内である。
【0178】
嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の製造効率の観点から、工程(2)の開始時期は、好ましくは工程(1)において形成された凝集体の表層における1割以上10割以下、より好ましくは3割以上10割以下、さらに好ましくは5割以上10割以下の細胞が互いに密着結合を形成している時期である。
【0179】
工程(2)におけるBMPシグナル伝達経路作用物質の存在下での培養開始は、工程(1)を行った培養容器を用いて、上述の培地交換操作(例えば培地添加操作、半量培地交換操作、全量培地交換操作等)を行ってもよいし、細胞凝集体を別の培養容器に移してもよい。
【0180】
工程(2)におけるBMPシグナル伝達経路作用物質を含む培地での浮遊培養の期間は、適宜設定できる。工程(2)における浮遊培養の時間は、通常8時間~6日間程度、好ましくは10時間~96時間程度、より好ましくは12時間~72時間程度、さらに好ましくは14時間~48時間程度、最も好ましくは16時間~36時間程度である。
【0181】
工程(2)において、工程(a)又は工程(1)において用いた添加物、例えばShhシグナル伝達経路作用物質、第一Wntシグナル伝達経路阻害物質、Wntシグナル伝達経路作用物質、TGFβシグナル伝達経路阻害物質等を引き続き添加することもまた好ましい。工程(2)で添加するShhシグナル伝達経路作用物質、第一Wntシグナル伝達経路阻害物質、Wntシグナル伝達経路作用物質又はTGFβシグナル伝達経路阻害物質は、それ以前の工程に用いられた物質と同一であっても異なっていてもよいが、好ましくは同一である。添加物の濃度及び種類については、適宜調整することができる。これらの物質の添加時期は、工程(2)の開始と同時であってもよいし、異なっていてもよい。
【0182】
<工程(3)>
工程(2)で得られた細胞凝集体を浮遊培養する工程を含み、嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊を得る工程(3)について説明する。工程(3)は、FGFシグナル伝達経路作用物質の存在下で培養する工程(3a)、BMPシグナル伝達経路阻害物質の存在下で培養する工程(3b)及びFGFシグナル伝達経路作用物質及びBMPシグナル伝達経路阻害物質の存在下で培養する工程(3c)からなる群より選ばれる少なくとも1つの工程を含む。
【0183】
<工程(3a)>
工程(2)で得られた細胞凝集体を、FGFシグナル伝達経路作用物質の存在下で浮遊培養する工程(3a)について説明する。工程(3a)は、外的要因に基づくBMPシグナル伝達経路阻害物質の非存在下で行う。さらに外的要因に基づくBMPシグナル伝達経路阻害物質の存在下で行う場合は、工程(3c)として後述する。ここで、「外的要因に基づく」とは、人為的に添加することに起因することを意味する。
【0184】
FGFシグナル伝達経路作用物質とは、FGF(線維芽細胞増殖因子)により媒介されるシグナル伝達経路を増強し得る物質である限り特に限定はされない。FGFシグナル伝達経路作用物質としては、例えばFGF1、FGF2(bFGFと称することもある)、FGF8等のFGFタンパク質、抗FGF受容体抗体、FGF部分ペプチド等が挙げられる。これらの物質は単独又は組み合わせて用いてもよい。
【0185】
FGF2タンパク質及びFGF8タンパク質は、例えば富士フィルム和光純薬株式会社から入手可能である。FGFシグナル伝達経路作用物質は、好ましくはFGF2及びFGF8、並びに、これらの改変体からなる群より選ばれる少なくとも1つを含み、より好ましくはFGF2を含み、さらに好ましくは組み換えヒトFGF2を含む。
【0186】
培地中のFGFシグナル伝達経路作用物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で適宜設定することが可能である。神経組織部の上皮構造形成、プラコードへの分化及び細胞の生存と増殖の促進の観点からは、FGFシグナル伝達経路作用物質としてFGF2を用いる場合は、通常約1pg/ml~約100μg/ml、好ましくは約10pg/ml~約50μg/ml、より好ましくは約100pg/ml~約10μg/ml、さらに好ましくは約500pg/ml~約1μg/ml、最も好ましくは約1ng/ml~約200ng/mlの濃度で使用される。また、FGF2以外のFGFシグナル伝達経路作用物質を使用する場合、上記濃度のFGF2と同等のFGFシグナル伝達経路促進活性を示す濃度で用いられることが望ましい。
【0187】
培地中でのFGFタンパク質の活性を保持する目的から、FGFタンパク質を含む培地中にヘパリン、ヘパラン硫酸を添加することも好ましい。ヘパリンはナトリウム塩として例えば富士フィルム和光純薬株式会社から入手可能である。培地中のヘパリン又はヘパラン硫酸の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で適宜設定することが可能である。培地中のヘパリンナトリウムの濃度は、通常約1ng/ml~約100mg/ml、好ましくは約10ng/ml~約50mg/ml、より好ましくは約100ng/ml~約10mg/ml、さらに好ましくは約500ng/ml~約1mg/ml、最も好ましくは約1μg/ml~約200μg/mlである。ヘパラン硫酸を用いる場合、上記濃度のヘパリンと同様のFGFタンパク質保護の活性をもつ濃度であることが好ましい。37℃等での細胞培養環境下でFGFタンパク質の活性を保持する目的から、例えば米国特許US8772460B2号に記載のThermostable FGF2等のFGFの改変体や生分解性ポリマーにFGF2を結合させたStemBeads FGF2等のFGF2徐放性ビーズを用いることもまた好ましい。Thermostable FGF2は、例えばHumanZyme社から入手可能である。StemBeads FGF2は例えばStemCulture社から入手可能である。
【0188】
<工程(3b)>
工程(2)で得られた細胞凝集体を、BMPシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養する工程(3b)について説明する。工程(3b)は、外的要因に基づくFGFシグナル伝達経路作用物質の非存在下で行う。さらに外的要因に基づくFGFシグナル伝達経路作用物質の存在下で行う場合は、工程(3c)として後述する。
【0189】
BMPシグナル伝達経路阻害物質とはBMPファミリータンパク質により惹起されるシグナル伝達を抑制し得るものである限り限定されない。核酸、タンパク質、低分子有機化合物のいずれであってもよい。当該物質として例えばBMPのプロセシングと細胞外への分泌を阻害する物質、BMPに直接作用する物質(例えばタンパク質、抗体、アプタマー等)、BMPをコードする遺伝子の発現を抑制する物質(例えばアンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNA等)、BMP受容体とBMPの結合を阻害する物質、BMP受容体によるシグナル伝達に起因する生理活性を阻害する物質を挙げることができる。BMP受容体にはI型BMP受容体とII型BMP受容体が存在し、I型BMP受容体としてはBMPR1A、BMPR1B、ACVR、II型BMP受容体としてはTGF-beta R-II、ActR-II、ActR-IIB、BMPR2、MISR-IIが知られている。
【0190】
BMPシグナル伝達経路阻害物質として知られているタンパク質として、例えばNoggin、Chordin、Follistatin、Gremlin、Inhibin、Twisted Gastrulation、Coco、DANファミリーに属する分泌タンパク質等が挙げられる。上記工程(2)において培養液中にBMPシグナル伝達経路作用物質を添加していることから、以降のBMPシグナル伝達経路をより効果的に阻害するという観点から、工程(3b)におけるBMPシグナル伝達経路阻害物質は、細胞外へのBMPの分泌よりも後のシグナル伝達経路を阻害する物質、例えばBMP受容体とBMPの結合を阻害する物質、BMP受容体によるシグナル伝達に起因する生理活性を阻害する物質等を含むことが好ましく、より好ましくはI型BMP受容体の阻害剤を含む。
【0191】
BMPシグナル伝達経路阻害物質として、当業者に周知の化合物を使用することもできる。BMPシグナル伝達経路阻害物質としては、例えばK02288(3-[(6-Amino-5-(3,4,5-trimethoxyphenyl)-3-pyridinyl]phenol,3-[6-Amino-5-(3,4,5-trimethoxyphenyl)-3-pyridinyl]-phenol)、Dorsomorphin(6-[4-[2-(1-Piperidinyl)ethoxy]phenyl]-3-(4-pyridinyl)pyrazolo[1,5-a]pyrimidine)、LDN-193189(4-[6-[4-(1-Piperazinyl)phenyl]pyrazolo[1,5-a]pyrimidin-3-yl]quinoline dihydrochloride)、LDN-212854(5-[6-[4-(1-Piperazinyl)phenyl]pyrazolo[1,5-a]pyriMidin-3-yl]quinoline)、LDN-214117(1-(4-(6-methyl-5-(3,4,5-trimethoxyphenyl)pyridin-3-yl)phenyl)piperazine)、ML347(5-[6-(4-Methoxyphenyl)pyrazolo[1,5-a]pyrimidin-3-yl]quinoline))、DMH1(4-(6-(4-Isopropoxyphenyl)pyrazolo[1,5-a]pyrimidin-3-yl)quinoline)、DMH2(4-[6-[4-[2-(4-Morpholinyl)ethoxy]phenyl]pyrazolo[1,5-a]pyrimidin-3-yl]-quinoline)等が挙げられる。これらの物質は単独又は組み合わせて用いてもよい。
【0192】
本発明で用いられるBMPシグナル伝達経路阻害物質は、好ましくはI型BMP受容体阻害剤であり、より好ましくはK02288、Dorsomorphin、LDN-193189、LDN-212854、LDN-214117、ML347、DMH1及びDMH2からなる群より選ばれる少なくとも1つを含み、さらに好ましくはK02288を含む。
【0193】
培地中のBMPシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で適宜設定することが可能である。嗅上皮様組織の形成効率の観点から、工程(3b)におけるBMP伝達経路阻害物質としてK02288を用いる場合は、通常約1nM~約100μM、好ましくは約10nM~約50μM、より好ましくは約100nM~約50μM、さらに好ましくは約500nM~約25μMの濃度で使用される。BMP伝達経路阻害物質としてLDN-193189を用いる場合は、通常約1nM~約100μM、好ましくは約10nM~約10μM、より好ましくは約25nM~約1μM、さらに好ましくは約100nM~約500nMの濃度で使用される。BMP伝達経路阻害物質としてLDN-212854を用いる場合は、通常約1nM~約100μM、好ましくは約10nM~約10μM、より好ましくは約25nM~約5μM、さらに好ましくは約250nM~約3μMの濃度で使用される。BMP伝達経路阻害物質としてML-347を用いる場合は、通常約1nM~約100μM、好ましくは約10nM~約50μM、より好ましくは約100nM~約50μM、さらに好ましくは約1μM~約25μMの濃度で使用される。BMP伝達経路阻害物質としてDMH2を用いる場合は、通常約1nM~約100μM、好ましくは約10nM~約10μM、より好ましくは約25nM~約5μM、さらに好ましくは約250nM~約3μMの濃度で使用される。また、K02288以外のBMPシグナル伝達経路阻害物質を使用する場合、上記濃度のK02288と同等のBMPシグナル伝達経路阻害活性を示す濃度で用いられることが望ましい。
【0194】
<工程(3c)>
工程(2)で得られた細胞凝集体を、FGFシグナル伝達経路作用物質及びBMPシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養する工程(3c)について説明する。
【0195】
工程(3c)に用いられるFGFシグナル伝達経路作用物質及びBMPシグナル伝達経路阻害物質の種類、濃度等は、工程(3a)又は工程(3b)と同様の条件で行うこともできるし、異なる条件で実施することもできる。工程(3c)において、FGFシグナル伝達経路作用物質としてFGF2を用いる場合は、通常約1pg/ml~約100μg/ml、好ましくは約10pg/ml~約50μg/ml、より好ましくは約100pg/ml~約10μg/ml、さらに好ましくは約500pg/ml~約1μg/ml、最も好ましくは約1ng/ml~約200ng/mlの濃度で使用される。工程(3c)において、BMP伝達経路阻害物質としてK02288を用いる場合は、通常約1nM~約100μM、好ましくは約10nM~約50μM、より好ましくは約50nM~約50μM、さらに好ましくは約100nM~約25μMの濃度で使用される。
【0196】
工程(3c)は、工程(3a)又は工程(3b)の後に行ってもよいし、工程(3c)のみを行ってもよい。細胞塊中に網膜組織を形成させることを企図しない場合は、工程(3c)を最初から行うことが好ましい。細胞塊中に網膜組織を形成させることを企図する場合は、まず工程(3a)を行い、その後工程(3c)を行うことが好ましい。工程(3a)を行ってから工程(3c)を行う場合は、工程(3a)の培養期間は通常1日~40日、好ましくは2日~30日、より好ましくは3日~25日、さらに好ましくは6日~25日間培養である。その際に用いるFGFシグナル伝達経路作用物質の種類、濃度等は、工程(3a)のみを行うときと同様の条件でもよいし、異なる条件でもよい。
【0197】
細胞塊中に網膜組織を形成させることを企図し、工程(3a)を行ってから工程(3c)を行う場合は、工程(3a)の培養期間は細胞塊中に網膜組織が形成されるまで実施することが好ましい。細胞塊中に網膜組織が形成されたかどうかを調べるためには、顕微鏡等により細胞塊内部に上皮様の組織が形成されたかを観察、又は細胞塊の切片を作製し、Rx、Chx10、N-Cadherin等の網膜組織で発現するマーカーに対する蛍光免疫染色等の手法により行うことができる。
【0198】
嗅上皮様組織の形成効率の観点から、工程(3a)、工程(3b)又は工程(3c)の開始時期は、工程(2)のBMPシグナル伝達経路作用物質の添加から好ましくは0.5時間以降96時間以内であり、より好ましくは12時間以降72時間以内であり、さらに好ましくは12時間以降48時間以内である。
【0199】
嗅上皮様組織の形成効率の観点から、工程(3a)、工程(3b)又は工程(3c)の開始時期は、工程(2)のBMPシグナル伝達経路作用物質の添加後に細胞塊の表面に非神経上皮組織が形成されるよりも前に開始することが好ましい。細胞塊の表面に非神経上皮組織が形成されたかを調べるためには、顕微鏡等により細胞塊表面に上皮様の組織が形成されたかを観察、又は細胞塊の切片を作製し、サイトケラチン、E-Cadherin、EpCAM等の非神経上皮組織で発現するマーカーに対する蛍光免疫染色等の手法により行うことができる。
【0200】
工程(3a)、工程(3b)又は工程(3c)の培養開始は、工程(2)を行った培養容器を用いて、上述の培地交換操作(例えば培地添加操作、半量培地交換操作、全量培地交換操作等)を行ってもよいし、細胞凝集体を別の培養容器に移してもよい。
【0201】
工程(3a)、工程(3b)又は工程(3c)の浮遊培養の期間は、適宜設定できる。工程(3a)、工程(3b)又は工程(3c)における浮遊培養の時間は、通常8時間~200日間程度、好ましくは10時間~180日間程度、より好ましくは12時間~150日間程度、さらに好ましくは14時間~120日間程度、最も好ましくは20時間~100日間程度である。工程(3b)又は工程(3c)の後に下記工程(3d)を実施する場合、工程(3b)又は工程(3c)における浮遊培養の時間は、通常8時間~12日間程度、好ましくは10時間~6日間程度である。
【0202】
<工程(3d)>
工程(3)は、工程(3b)又は工程(3c)の後に、BMPシグナル伝達経路阻害物質の非存在下で浮遊培養する工程(3d)をさらに含んでもよい。すなわち、工程(3b)又は工程(3c)で得られた細胞凝集体を、BMPシグナル伝達経路阻害物質の非存在下で浮遊培養して細胞塊を得る工程(3d)について説明する。工程(3b)又は工程(3c)で得られた細胞塊を、さらにBMPシグナル伝達経路阻害物質の非存在下で浮遊培養してもよい。
【0203】
工程(3d)においてBMPシグナル伝達経路阻害物質の非存在下で浮遊培養を行うためには、工程(3b)又は工程(3c)にて添加されたBMPシグナル伝達経路阻害物質を培養環境中より除く必要がある。その為の操作として、例えば半量培地交換操作、全量培地交換操作が挙げられる。上記の培地交換操作を、1日に複数回、好ましくは1時間以内に複数回(例えば2~3回)行ってもよい。培地交換操作を複数回行う際の最終回、工程(3d)以降の培養を行う培地以外は、細胞塊の製造にかかる費用を低減する観点から、例えば生理食塩水、KSR及び増殖因子等の添加物を含まない培地等を用いてもよい。
【0204】
また、BMPシグナル伝達経路阻害物質の非存在下で浮遊培養を行うための別の操作として、細胞凝集体を別の滅菌済み容器(15mlチューブ、浮遊培養用シャーレ等)に回収し、培地又は生理食塩水等で洗浄したのちに、BMPシグナル伝達経路阻害物質の非存在下の培養環境に移す操作(細胞凝集体の移設操作)が挙げられる。その際の移設後の培養に用いる培養容器は、工程(3b)又は工程(3c)までで用いていたものと同様の物(96ウェルプレート等)でもよいし、別の容器(浮遊培養用ディッシュ等)でもよい。
【0205】
工程(3d)においてBMPシグナル伝達経路阻害物質の非存在下での浮遊培養を実施するに当たり、培地交換操作又は細胞塊の移設操作の煩雑さを回避する観点から、各ウェル内に細胞凝集体又は細胞塊が入ったままの状態でプレート全体の培地を一度に交換することが可能な三次元細胞培養容器を用いることもまた好ましい。
【0206】
工程(3d)において、工程(3b)又は工程(3c)で得られた細胞凝集体を、BMPシグナル伝達経路阻害物質の非存在下で浮遊培養することで、細胞死が生じにくく、細胞の増殖がより促進され、嗅上皮様組織の形成効率及び神経組織部の上皮構造形成効率が向上した細胞塊を得ることができる。
【0207】
工程(3d)において、好ましくはFGFシグナル伝達経路作用物質が存在する。工程(3d)で添加するFGFシグナル伝達経路作用物質は、工程(3a)又は(3c)において用いられた物質と同一であっても異なっていてもよいが、好ましくは同一である。FGFシグナル伝達経路作用物質の濃度及び種類については、適宜調整することができる。
【0208】
神経組織の上皮構造形成及び増殖の促進の観点からは、工程(3d)の開始時期は、工程(3b)又は(3c)のBMPシグナル伝達経路阻害物質の添加から好ましくは0.5時間以降60日以内であり、より好ましくは0.5時間以降30日以内であり、さらに好ましくは12時間以降96時間以内である。
【0209】
工程(3d)におけるBMPシグナル伝達経路阻害物質の非存在下での浮遊培養の期間は、適宜設定できる。工程(3d)における浮遊培養の時間は、通常8時間~200日間程度、好ましくは10時間~180日間程度、より好ましくは12時間~150日間程度、さらに好ましくは14時間~120日間程度、最も好ましくは20日間~100日間程度である。
【0210】
工程(3)において用いられる培地は、特に限定されないが、血清培地又は無血清培地であり得る。化学的に未決定な成分の混入を回避する観点から、無血清培地が好適に用いられる。調製の煩雑さを回避するには、例えば市販のKSR等の血清代替物を適量添加した無血清培地を用いることが好ましい。無血清培地へのKSRの添加量としては、例えばヒトES細胞の場合は、通常約1%から約30%であり、好ましくは約2%から約20%である。工程(3)に用いられる培地としては、例えばIMDMとF-12の1:1の混合液に5%KSR、450μM 1-モノチオグリセロール及び1xChemically Defined Lipid Concentrateが添加された培地、GMEMに5%~20%KSR、NEAA、ピルビン酸、2-メルカプトエタノールが添加された培地、NeurobasalにB27 Supplementが添加された培地、DMEM/F-12にN2 Supplementが添加された培地、StemPro NSC SFM 無血清ヒト神経幹細胞培養培地(Thermo Fisher Scientific社製)等の調製済の神経細胞培養用の培地が挙げられる。
【0211】
工程(3)において、工程(a)、工程(1)及び工程(2)の何れかの工程において細胞塊の製造に用いた添加物、例えばShhシグナル伝達経路作用物質、第一Wntシグナル伝達経路阻害物質、Wntシグナル伝達経路作用物質、TGFβシグナル伝達経路阻害物質等を引き続き添加することもまた好ましい。工程(3)で添加するShhシグナル伝達経路作用物質、第一Wntシグナル伝達経路阻害物質、Wntシグナル伝達経路作用物質及びTGFβシグナル伝達経路阻害物質は、それぞれ工程(a)、工程(1)及び工程(2)の何れかの工程において用いられた物質と同一であっても異なっていてもよいが、好ましくは同一である。添加物の濃度及び種類については、適宜調整することができる。工程(3)において使用される添加物は、より好ましくは第一Wntシグナル伝達経路阻害物質を含み、さらに好ましくは第一Wntシグナル伝達経路阻害物質、Wntシグナル伝達経路作用物質及びTGFβシグナル伝達経路阻害物質を含む。
【0212】
神経組織部の上皮構造形成並びに細胞の生存及び増殖促進の観点からは、工程(3)は、EGFシグナル伝達経路作用物質の存在下で行うこともまた好ましい。EGFシグナル伝達経路作用物質とは、上皮成長因子(EGF)により媒介されるシグナル伝達経路を増強し得る物質である。EGFシグナル伝達経路作用物質としては、例えばEGF、TGF-α、AR(アンフィレギュリン)、EPG、HB-EGF(ヘパリン結合EGF様増殖因子)、BTC(ベータセルリン)、EPR(エピレグリン)等のEGFRリガンドタンパク質、NRG(ニューレグリン)1~4のErbB3/4(上皮成長因子受容体、HRE)リガンドタンパク質、アルプレノール、カルベジロール等の低分子化合物等が挙げられる。これらの物質は単独又は組み合わせて用いてもよい。EGFタンパク質は例えばThermo Fisher Scientific社及びPrimeGene社から入手可能である。HB-EGFタンパク質は、例えばR&D Systems社から入手可能である。EGFシグナル伝達経路作用物質は、好ましくはEGFを含む。
【0213】
培地中のEGFシグナル伝達経路作用物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で適宜設定することが可能である。EGFシグナル伝達経路作用物質としてEGFを用いる場合は、通常約1pg/ml~約100μg/ml、好ましくは約10pg/ml~約50μg/ml、より好ましくは約100pg/ml~約10μg/ml、さらに好ましくは約500pg/ml~約1μg/ml、最も好ましくは約1ng/ml~約200ng/mlの濃度で使用される。またEGF以外のEGFシグナル伝達経路作用物質を使用する場合、上記濃度のEGFと同等のEGFシグナル伝達経路促進活性を示す濃度で用いられることが望ましい。
【0214】
上記の物質は、工程(3)のうち、工程(3a)~(3d)からなる群より選ばれる少なくとも1つの工程において存在してもよいし、工程(3a)~(3d)の全ての工程において存在してもよい。上記の物質の添加時期は、工程(3a)、工程(3b)、工程(3c)又は工程(3d)の開始と同時であってもよいし、異なっていてもよい。
【0215】
工程(3)において、製造された細胞塊を長期培養することにより、分化の進んだ細胞を含む、より成熟した細胞塊を得ることもできる。このような培養を成熟培養とも称する。工程(3)の成熟培養過程において、化学的に未決定な成分の混入を回避する観点から、無血清培地が好適に用いられる。工程(3)の成熟培養において、用いる培地は工程(1)から工程(3)で用いたものと同様の物を用いることもできる。また、神経細胞等の培養に用いる既知の培地、例えばDMEM/F-12培地とNeurobasal培地の1:1混合液に0.5% N2 Supplementと1% B27 supplementが添加された培地(N2B27培地)、Knockout DMEM/F-12培地にStemPro NSC SFM Supplementが添加された培地(StemPro NSC SFM培地)等を用いることもできる。成熟培養を実施する際には、浮遊培養の開始時に用いた培養容器で培養を継続することもできる。また、新しい培養容器、例えば浮遊培養用ディッシュ、浮遊培養用フラスコ等に細胞塊を移し培養を実施することもできる。成熟培養過程において、培養条件を大きく変更する場合は、特に工程(3e)として後述する。
【0216】
<工程(3e)>
工程(3)は、前記工程(3a)、前記工程(3b)又は前記工程(3c)の後に、さらに培養を行う工程(3e)を含んでもよい。工程(3d)の後に、工程(3e)を含んでもよい。工程(3e)により、より分化段階が進んだ嗅神経細胞を得ることができる。
【0217】
工程(3e)において、用いる培地は工程(1)から工程(3)、あるいは工程(3)の成熟培養で用いたものと同様の物を用いることもできる。また、神経細胞等の培養に用いる既知の培地、例えばDMEM/F-12培地とNeurobasal培地の1:1混合液に0.5% N2 Supplementと1% B27 supplementが添加された培地(N2B27培地)、Knockout DMEM/F-12培地にStemPro NSC SFM Supplementが添加された培地(StemPro NSC SFM培地)、中枢神経系オルガノイド用の培地(STEMdiff Cerebral Organoid Maturation Kit)、上皮細胞培養用の培地(PneumoCult ALI medium、CnT-Prime、Epithelial Culture Medium)等を用いることもできる。
【0218】
工程(3e)において、上記工程の何れかの工程において細胞塊の製造に用いた添加物、例えばBMPシグナル伝達経路阻害物質、TGFβシグナル伝達経路阻害物質、Shhシグナル伝達経路作用物質、第一Wntシグナル伝達経路阻害物質、Wntシグナル伝達経路作用物質、FGFシグナル伝達経路作用物質、EGFシグナル伝達経路作用物質等を引き続き添加することもまた好ましい。工程(3e)で添加するこれらの物質は、それぞれ上記工程の何れかの工程において用いられた物質と同一であっても異なっていてもよいが、好ましくは同一である。添加物の濃度及び種類については、適宜調整することができる。工程(3e)において使用される添加物は、より好ましくはBMPシグナル伝達経路阻害物質、TGFβシグナル伝達経路阻害物質、Wntシグナル伝達経路作用物質、FGFシグナル伝達経路作用物質及びEGFシグナル伝達経路作用物質からなる群より選ばれる少なくとも1つを含む。
【0219】
嗅上皮様組織の成熟促進の観点からは、工程(3e)において、好ましくはレチノイン酸伝達経路作用物質がさらに存在する。レチノイン酸伝達経路作用物質としては、例えばオールトランスレチノイン酸、イソトレチノイン、9-cisレチノイン酸、TTNPB、Ch55、EC19、EC23、Fenretinide、Acitretin、Trifarotene、Adapalene等が挙げられる。これらの物質は単独又は組み合わせて用いてもよい。
【0220】
レチノイン酸伝達経路作用物質は、好ましくはEC23を含む。培地中のレチノイン酸伝達経路作用物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲であれば特に限定されないが、レチノイン酸伝達経路作用物質としてEC23を用いる場合は、例えばEC23の濃度が約10pM~約10μMであり、好ましくは約100pM~約5μMであり、より好ましくは約1nM~約1μMであり、さらに好ましくは約10nM~約500nMである。また、EC23以外のレチノイン酸伝達経路作用物質を使用する場合、上記濃度のEC23と同等のレチノイン酸伝達経路作用物質を示す濃度で用いられることが望ましい。
【0221】
嗅上皮様組織の成熟促進の観点からは、工程(3e)において、好ましくは血清がさらに存在する。血清としては特に限定されないが、細胞培養において通常用いられる血清を用いることができる。培地中の血清の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲であれば特に限定されないが、例えば約1%~20%であり、好ましくは約3%~約15%である。
【0222】
工程(3e)において、細胞の保護と生体の物理的環境を模して嗅上皮様組織の製造効率を向上させる観点から、増粘剤を含有し、粘性を有する培地中で細胞塊を培養することが好ましい。
【0223】
培地に粘性を付与する手段は特に制限されないが、例えば、一般に増粘剤として知られる物質を適当な濃度で培地に添加することにより実施されうる。増粘剤としては、培地に上記の適度な粘度を付与し得るものであって、当該粘度を付与し得る濃度範囲において、細胞に悪影響を及ぼさない(細胞毒性がない)ものであれば、いかなる増粘剤も使用することができる。増粘剤としては、例えばメチルセルロース、ペクチン、グアーガム、キサンタンガム、タマリンドガム、カラギーナン、ローカストビーンガム、ジェランガム、デキストリン、ダイユータンガム、デンプン、タラガム、アルギン酸、カードラン、カゼインナトリウム、カロブビーンガム、キチン、キトサン、グルコサミン、プルラン、アガロース、食物繊維及びこれらの化学修飾された物質又は誘導体、セルロース、アガロースなどの多糖、エチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシエチルメチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシエチルエチルセルロース、ヒドロキシプロピルエチルセルロース、エチルヒドロキシエチルセルロース、ジヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシエチルヒドロキシプロピルセルロースなどの多糖のエーテル、ポリアクリルアミド、ポリエチレンオキシド、及びポリビニルピロリドン、エチレングリコール/プロピレングリコール共重合体、ポリエチレンイミンポリビニルメチルエーテル、ポリビニルアルコール、ポリアクリル酸、マレイン酸共重合体などの合成高分子、コラーゲン、ゼラチン、ヒアルロン酸、デキストラン、カラゲーナンなどの生体高分子、あるいはそれらを模倣した人工高分子(例えば、エラスチン様ペプチドなど)が挙げられる。好ましくは、これら増粘剤は単独で用いてもよいし、何種類かの増粘剤の混合物として用いることもできる。また、増粘剤として用いられる水溶性高分子の共重合体を用いてもよい。好ましくは、メチルセルロース、ポリエチレングリコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルセルロースまたはそれらの混合物、より好ましくはメチルセルロースを用いることができる。
【0224】
粘性を有する培地は、培養環境として好適に用いられる37℃条件下で、通常100mPa・S以上、好ましくは500mPa・S以上、より好ましくは1000mPa・S以上、さらに好ましくは2000mPa・S以上の粘性を有するものが用いられる。
【0225】
培地に添加される増粘剤の濃度は、粘性を付与可能であり細胞に対する障害性を有しない限り適宜調製可能である。増粘剤としてメチルセルロース(4000cP)を用いる場合は、通常0.5%から10%、好ましくは1%から7.5%、さらに好ましくは2%から5%の濃度で用いられる。
【0226】
工程(3e)において、形成された細胞塊中の嗅神経細胞を含む組織の菲薄化を抑制し、組織の製造効率を向上させる観点から、形成された細胞凝集体を接着培養することもまた好ましい。
【0227】
細胞を接着させる培養器材として平面の細胞培養ディッシュ、あるいはTranswell等の薄膜状の細胞培養器材のいずれの形態でも用いることができる。これら細胞培養ディッシュもしくは細胞培養器材は、細胞の接着を促進するために基底膜標品、ラミニン等の細胞外基質、ポリ-D-リジン等の合成細胞接着分子等でコーティングされていてもよい。
【0228】
工程(3e)において、細胞塊中の嗅神経細胞を含む組織の生存及び成熟を促進する観点から、細胞凝集体を気相液相境界面培養法で培養することもまた好ましい。気相液相境界面培養法(Air liquid interface culture)とは、細胞又は組織の少なくとも一面が大気に暴露されているか、極めて近い位置にある条件での培養を表す。気相液相境界面培養法を実施するためには、例えば細胞又は組織を多孔性メンブレン上又はカルチャーインサート内で培養し、インサート内(内腔側)の培養液を抜き取り、インサート外側のウェル内の培養液のみで培養する、あるいはアガロース等のハイドロゲルを培養ディッシュ内に置き、その上に細胞又は組織等を置いてディッシュ内の培地から露出しつつ乾燥しない条件下で培養する等の方法が挙げられる。主として酸素による大気への暴露の毒性を軽減する目的から、PDMS等の酸素透過性の膜や板を細胞又は組織等の上に置き、暴露条件を調節することもできる。
【0229】
嗅上皮様組織の成熟及び増殖の促進の観点からは、工程(3e)の開始時期は、工程(3)の開始から例えば60日以内であり、好ましくは30日以内であり、例えば12時間以降であり、好ましくは96時間以降である。
【0230】
工程(3e)における培養の期間は、適宜設定できる。工程(3e)における培養期間は、通常8時間~200日間程度、好ましくは1日~150日間程度、さらに好ましくは2日~120日間程度、最も好ましくは4日間~100日間程度である。
【0231】
工程(3)において、嗅神経細胞及び中枢神経系細胞の成熟促進の観点から、細胞凝集体をゲル中に包埋して培養する工程を含んでもよい。ゲルとしては、例えばアガロース、メチルセルロース、コラーゲン、マトリゲル等を用いたゲルが挙げられ、マトリゲルを用いることが好ましい。
【0232】
異種成分及び未決定因子の混入を回避する観点からは、工程(1)、工程(2)及び工程(3)からなる群より選ばれる少なくとも1つの工程をマウス肉腫由来基底膜標品(マトリゲル)の非存在下で行うことが好ましい。嗅上皮様組織の成長促進の観点からは、工程(3)は、マトリゲルの存在下で行ってもよい。培地中の基底膜標品の濃度は、マトリゲルを用いた場合には好ましくは0.5%以上4%以下であり、実験操作の点からより好ましくは0.5%以上1.5%以下である。基底膜標品の添加時期は、細胞凝集体の状態により異なるが、例えば工程(1)の開始から7日以降であり、より好ましくは9日目以降である。基底膜標品の添加時期は、例えば工程(3a)、(3b)又は(3c)の開始から4日目以降であり、6日目以降である。
【0233】
細胞塊の表面に形成された嗅上皮様組織の菲薄化及びプラコード由来組織以外の組織への分化転換の抑止の観点から、工程(3)において、工程(1)、工程(2)及び/又は工程(3)において添加された第一Wntシグナル伝達経路阻害物質とは異なるWntシグナル伝達経路阻害物質(本発明において、第二Wntシグナル伝達経路阻害物質とも呼ぶ)が存在していてもよい。第二Wntシグナル伝達経路阻害物質は、好ましくは第一Wntシグナル伝達経路阻害物質とは作用機序が異なり、工程(1)において第一Wntシグナル伝達経路阻害物質としてPORCN阻害剤を用いた場合は、第二Wntシグナル伝達経路阻害物質は、好ましくは古典的Wnt経路(canonical-Wnt pathway)に対する阻害活性を有する物質を含み、より好ましくはTANK阻害剤を含む。第二Wntシグナル伝達経路阻害物質を添加する際には、工程(1)においてWntシグナル伝達経路作用物質が添加されていないことが好ましい。
【0234】
古典的Wnt経路の細胞内シグナル伝達機構に対する阻害活性を有する物質として、例えばFrizzled阻害剤、Dvl阻害剤、TANK阻害剤、カゼインキナーゼ1阻害剤、カテニン応答性転写阻害剤、p300阻害剤、CBP阻害剤、BCL-9阻害剤が挙げられる。
【0235】
TANK阻害剤としては、例えばIWR1-endo(4-[(3aR,4S,7R,7aS)-1,3,3a,4,7,7a-hexahydro-1,3-dioxo-4,7-methano-2H-isoindol-2-yl]-N-8-quinolinyl-benzamide)、XAV939(3,5,7,8-Tetrahydro-2-[4-(trifluoromethyl)phenyl]-4H-thiopyrano[4,3-d]pyrimidin-4-one)、MN-64(2-[4-(1-methylethyl)phenyl]-4H-1-benzopyran-4-one)、WIKI4(1-[(1S)-1-(4-Chloro-3-fluorophenyl)-2-hydroxyethyl]-4-[2-[(2-methylpyrazol-3-yl)amino]pyrimidin-4-yl]pyridin-2-one)、TC-E 5001(3-(4-methoxyphenyl)-5-[[[4-(4-methoxyphenyl)-5-methyl-4h-1,2,4-triazol-3-yl]thio]methyl]-1,2,4-oxadiazole)、JW 55(N-[4-[[[[Tetrahydro-4-(4-methoxyphenyl)-2H-pyran-4-yl]methyl]amino]carbonyl]phenyl]-2-furancarboxamide)、AZ6102(rel-2-[4-[6-[(3R,5S)-3,5-Dimethyl-1-piperazinyl]-4-methyl-3-pyridinyl]phenyl]-3,7-dihydro-7-methyl-4H-pyrrolo[2,3-d]pyrimidin-4-one)等が挙げられる。これらの物質は単独又は組み合わせて用いてもよい。
【0236】
第二Wntシグナル伝達経路阻害物質として用いられるTANK阻害剤は、好ましくはIWR1-endo、XAV939及びMN-64からなる群より選ばれる少なくとも1つを含み、より好ましくはXAV939を含む。培地中の第二Wntシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で適宜設定することが可能である。プラコード様組織の維持と菲薄化の防止の観点からは、例えば第二Wntシグナル伝達経路阻害物質としてTANK阻害剤の1種であるXAV939を用いる場合は、その濃度は通常約0.01μM~約30μMであり、好ましくは約0.1μM~約30μMであり、より好ましくは約0.3μMである。
【0237】
第二Wntシグナル伝達経路阻害物質の添加時期は、工程(3)において細胞塊表面のプラコード様組織の菲薄化と分化転換が起きるよりも前の段階であればよく、工程(1)の多能性幹細胞の浮遊培養開始から通常12時間以降であり、通常28日以内であり、好ましくは24日以内であり、より好ましくは21日以内である。
【0238】
工程(3)において、第一Wntシグナル伝達経路阻害物質と第二Wntシグナル伝達経路阻害物質とは同時に培地中に存在しても良いし、第二Wntシグナル伝達経路阻害物質のみが培地中に添加されていてもよい。また、半量培地交換時に第二Wntシグナル伝達経路阻害物質のみを添加することにより、第一Wntシグナル伝達経路阻害物質を段階的に希釈しても良い。
【0239】
第二Wntシグナル伝達経路阻害物質は、工程(3)のうち、工程(3a)~(3d)からなる群より選ばれる少なくとも1つの工程において存在してもよいし、工程(3a)~(3d)の全ての工程において存在してもよい。第二Wntシグナル伝達経路阻害物質の添加時期は、工程(3a)、工程(3b)、工程(3c)又は工程(3d)の開始と同時であってもよいし、異なっていてもよい。
【0240】
工程(3)において、中内胚葉への分化を抑制し、プラコードへの分化効率と嗅上皮様組織の製造効率を向上させる観点から、Transforming growth factor-β-activated kinase 1(TAK1)に対する阻害物質を添加することもまた好ましい。TAK1はTGFβ、骨形成タンパク質(BMP)、インターロイキン1(IL-1)、TNF-α等により活性化されるシグナル伝達を媒介する、MAP キナーゼキナーゼキナーゼ(MAPKKK)ファミリーのセリンスレオニンタンパク質キナーゼである。
【0241】
TAK1阻害物質とはTAK1が媒介するシグナル伝達を抑制し得るものである限り限定されない。核酸、タンパク質、低分子有機化合物のいずれであってもよい。当該物質として例えばTAK1と基質の結合を阻害する物質、TAK1のリン酸化を阻害する物質、TAK1の脱リン酸化を促進する物質、TAK1の転写や翻訳を阻害する物質、TAK1の分解を促進する物質等が挙げられる。
【0242】
TAK1阻害物質として例えば(5Z)-7-Oxozeaenol((3S,5Z,8S,9S,11E)-3,4,9,10-tetrahydro-8,9,16-trihydroxy-14-methoxy-3-methyl-1H-2-benzoxacyclotetradecin-1,7(8H)-dione)、N-Des(aminocarbonyl) AZ-TAK1 inhibitor(3-Amino-5-[4-(4-morpholinylmethyl)phenyl]-2-thiophenecarboxamide)、Takinib(N1-(1-Propyl-1H-benzimidazol-2-yl)-1,3-benzenedicarboxamide)、NG25(N-[4-[(4-Ethyl-1-piperazinyl)methyl]-3-(trifluoromethyl)phenyl]-4-methyl-3-(1H-pyrrolo[2,3-b]pyridin-4-yloxy)-benzamide trihydrochloride)及びこれら化合物の誘導体、類縁体が挙げられる。これらの物質は単独又は組み合わせて用いてもよい。
【0243】
本発明で用いられるTAK1阻害物質は、好ましくは(5Z)-7-Oxozeaenolである。工程(3)におけるTAK1阻害物質として(5Z)-7-Oxozeaenolを用いる場合は、通常約1nM~約100μM、好ましくは約10nM~約50μM、より好ましくは約100nM~約25μM、さらに好ましくは約500nM~約10μMの濃度で使用される。また、(5Z)-7-Oxozeaenol以外のTAK1阻害物質を使用する場合、上記濃度の(5Z)-7-Oxozeaenolと同等のTAK1阻害活性を示す濃度で用いられることが好ましい。
【0244】
工程(3)において、細胞死を抑制し、細胞の増殖を促進する観点から、培地中にさらなる増殖因子を添加することもまた好ましい。添加される増殖因子の種類は、上記目的を達成可能な限り特に限定されない。かかる目的で用いられる増殖因子としては、インスリン様成長因子(Insulin-like growth factor:IGF)、神経成長因子(Nerve growth factor:NGF)、脳由来神経栄養因子(Brain-derived neurotrophic factor:BDNF)、ニューロトロフィン3、ニューロトロフィン4/5、毛様体神経栄養因子(Ciliary neurotrophic factor:CNTF)、血管内皮細胞増殖因子(Vesicular endothelial growth factor:VEGF)、色素上皮由来因子(Pigment epithelium-derived factor:PEDF)、肝細胞増殖因子(Hepatocyte growth factor:HGF)等が挙げられる。これらの増殖因子は、上記目的を達成可能な濃度で添加すればよい。
【0245】
工程(3)において、細胞死を抑制し、細胞の増殖を促進する観点から、血小板由来成長因子(Platelet-derived growth factor:PDGF)等の血小板由来成長因子受容体作用物質を培地中に添加することもまた好ましい。PDGFにはA、B、C、Dの四種類の遺伝子が存在し、AA、AB、BB、CC、DDのホモまたは特定の組み合わせのヘテロの二量体を形成してリガンドとして機能する。PDGF受容体にはα及びβの二種類の遺伝子が存在し、αα、αβ、ββの組み合わせのホモ又はヘテロの二量体を形成して受容体として機能する。このうち、プラコードを含む非神経外胚葉ではPDGFRβがよく発現しており、本発明で用いる血小板由来成長因子受容体作用物質は好ましくはPDGFRββ又はPDGFRαβに対する作用を有しており、より好ましくはPDGF-AB、PDGF-BB、PDGF-CC及びPDGF-DDのからなる群より選ばれる少なくとも1つを含み、さらに好ましくはPDGF-BB及びPDGF-CCからなる群より選ばれる少なくとも1つを含む。PDGF-AB、PDGF-BB、PDGF-CC及びPDGF-DDは、組み換えタンパク質としてR&D systems社、GenScript社等から入手可能である。
【0246】
工程(1)、工程(2)及び/又は工程(3)において、嗅上皮様組織の製造効率を向上させる観点から、プラコード領域への分化を促進する化合物を添加することもまた好ましい。上記のような作用を有する化合物として、例えば米国特許US20160326491A1号に記載のBRL-54443、Phenanthroline、Parthenolide等が挙げられる。プラコード領域への分化を促進する化合物としてBRL-54443を用いる場合は通常10nM~100μM、Phenanthrolineを用いる場合は通常10nM~100μM、Parthenolideを用いる場合は通常10nM~100μMの濃度で用いられる。
【0247】
工程(3)において、細胞死を抑制し、細胞の増殖を促進する観点から、高酸素の雰囲気下で培養することもまた好ましい。培養過程における高酸素条件は、例えば細胞を培養するインキュベーターに酸素ボンベを接続し、人工的に酸素を供給することにより実現できる。かかる目的での酸素濃度は、通常25%から80%であり、より好ましくは30%から60%である。
【0248】
工程(3)において、細胞塊を培養する培地中への酸素供給量を増やす観点から、ガス交換効率の高い培養器材を用いることもできる。このような培養器材の例として、細胞培養ディッシュ、プレートの底面をガス透過性のフィルムとしたLumoxディッシュ(ザルスタット株式会社製)、VECELL 96well plate(株式会社ベセル製)等が挙げられる。
【0249】
[3.嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊]
本発明において、「細胞」及び「組織」という表記は、それぞれ生体内に存在する対応する細胞及び組織と同様のマーカーによる免疫染色その他特定の方法によってその存在を確認することができるが、「細胞」及び「組織」の機能、構造等は生体内に存在する細胞及び組織と必ずしも同一であるとは限らない。例えば、本発明の細胞塊に含まれる「嗅神経細胞」は、生体内に存在する嗅神経細胞と同様のマーカーで染色することができるが、その遺伝子発現の状態やシナプス結合は、必ずしも生体内の嗅神経細胞と同一の状態にあるとは限らない。
【0250】
本発明における細胞塊とは、
1)嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む非神経上皮組織部、及び、
2)神経系細胞又はその前駆細胞を含む神経組織部を含み、
上記神経系細胞又はその前駆細胞は、中枢神経系を構成する神経系細胞又はその前駆細胞を含み、
上記神経組織部の表面の少なくとも一部が上記非神経上皮組織部で被覆されている凝集体をいう。
【0251】
細胞塊は、人工的に形成された細胞の集団であり、一定の細胞種、細胞数、形状及び構成を有する。本発明の細胞塊を構成する細胞数は特に限定されないが、複数の細胞種からなる細胞塊を形成する観点からは、好ましくは30個以上、より好ましくは500個以上である。本発明の細胞塊の形状は特に限定されず、球状、楕円状、シート状であってもよいが、好ましくは球状である。本発明の細胞塊は、好ましくは上記の本発明の製造方法により製造することができる。
【0252】
以下、本発明に係る細胞塊を図1を適宜用いて説明する。本発明に係る細胞塊の一形態を図1のA~Eに示す。細胞塊は非神経上皮組織部と、神経組織部とを含む。神経組織部の少なくとも一部は非神経上皮組織部に覆われている。神経組織部の表面は、好ましくは3割以上、より好ましくは6割以上、さらに好ましくは8割以上、最も好ましくは全体が非神経上皮組織部に覆われている。非神経上皮組織部と神経組織部の間の少なくとも一部に間隙が形成されていてもよい。非神経上皮組織部は、嗅神経細胞又は嗅神経前駆細胞を含む。神経組織部は中枢神経系を構成する神経系細胞又はその前駆細胞を含み、網膜を構成する神経系細胞又はその前駆細胞を含んでもよい。
【0253】
<嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む非神経上皮組織部>
本発明の細胞塊は、非神経上皮組織部を含む。非神経上皮組織部は、上皮構造を有する組織であって、神経上皮組織を含まないものをいう。上皮構造とは細胞同士が細胞間結合によりつながれており、層を形成している構造をいう。層は単層であってもよいし、多層であってもよいが、好ましくは2層以上5層以下であり、より好ましくは3層以上4層以下である。また、上皮構造の一部が多層であってもよい。本発明の細胞塊に係る非神経上皮組織部は、非神経上皮組織部のうち、好ましくは5割以上9割以下、より好ましくは8割以上10割以下、最も好ましくは全体が上皮構造を有する。非神経上皮組織部は、細胞外基質を含んでいてもよい。
【0254】
非神経上皮組織部は、嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む。嗅神経細胞又はその前駆細胞は、神経系細胞のマーカーであるTuj1、NCAM、N-Cadherin、Calretininからなる群より選ばれる少なくとも1つと、非神経系細胞のマーカーであるEpCAM、E-Cadherin、サイトケラチンからなる群より選ばれる少なくとも1つとを同時に発現している細胞と定義することができ、嗅神経細胞又はその前駆細胞で特異的に発現する転写因子であるEbf1、Ebf2、Ebf3、NeuroD、Lhx2、Ascl1からなる群より選ばれる少なくとも1つをさらに発現していることが好ましい。非神経上皮組織部に含まれる嗅神経細胞は、好ましくは嗅覚受容体を発現しており、より好ましくは生体内の嗅上皮に局在する嗅神経細胞と同様に嗅覚情報を受容し、中枢神経系へ情報を伝達することができる。嗅神経細胞の前駆細胞とは、成熟すると嗅神経細胞となる細胞を指し、嗅神経細胞への分化能を有する細胞も含む。嗅神経細胞の前駆細胞は、好ましくは嗅上皮プラコードに存在する神経細胞と同様の性質を示す。非神経上皮組織部を構成する細胞のうち、好ましくは1%以上、より好ましくは5%以上、さらに好ましくは10%以上50%以下の細胞が嗅神経細胞又はその前駆細胞である。
【0255】
非神経上皮組織部は、基底膜様構造をさらに含むことが好ましく、基底膜様構造は非神経上皮組織部と神経組織部との間に形成されていることがより好ましく、基底膜様構造上に非神経上皮組織部に含まれる細胞が接着していることがさらに好ましい。基底膜様構造とは細胞外マトリックスより構成される薄い膜状の構造を指し、ラミニンの免疫染色によって判断することができる。基底膜様構造は、好ましくは生体内の基底膜と同様に非神経上皮組織部の構造の維持、非神経上皮組織部と神経組織部との機械的な分離、物質の選択的透過等に寄与する。
【0256】
非神経上皮組織部は、好ましくは多列上皮又は重層上皮を形成しており、より好ましくは多列上皮を形成している。多列上皮とは細胞が基底膜様構造上で複数の層を形成しているが、すべての細胞は突起を伸ばして基底膜様構造に接触している上皮構造であり、偽重層上皮とも称される。重層上皮とは、細胞が基底膜様構造上で複数の層を形成している上皮構造をいう。非神経上皮組織部の一部が多列上皮又は重層上皮を形成していてもよいし、全体が多列上皮又は重層上皮を形成していてもよい。
【0257】
非神経上皮組織部は、嗅上皮様組織を含み、嗅神経細胞又はその前駆細胞は嗅上皮様組織に含まれることが好ましい。嗅上皮様組織は嗅上皮又はその前駆組織(嗅上皮プラコード)で発現するSix1、Sp8、Sox2、Sox3、Dlx5、Emx2、Pax6、Otx2、PDGFRβ、サイトケラチン、EpCAM、E-Cadherin及びN-Cadherinからなる群より選ばれる少なくとも1つを発現している領域を指し、Otx2、Sp8、Sox2、EpCAM、E-Cadherin及びサイトケラチンを発現していることが好ましい。
【0258】
嗅上皮様組織は、支持細胞、基底細胞及びボーマン腺細胞、並びにこれらの前駆細胞からなる群より選ばれる少なくとも2種の細胞をさらに含むことが好ましく、基底細胞又はその前駆細胞を含むことがより好ましい。支持細胞又はその前駆細胞は、HIF2α、Sox2、Hes1、Hes5及びSix1からなる群より選ばれる少なくとも1つを発現している細胞を指す。基底細胞又はその前駆細胞は、p63、Wt1及びLgr5からなる群より選ばれる少なくとも1つを発現している細胞を指す。ボーマン腺細胞又はその前駆細胞は、サイトケラチン及びAscl3からなる群より選ばれる少なくとも1つを発現している細胞を指す。
また、嗅上皮様組織は、嗅神経鞘細胞又はその前駆細胞をさらに含んでいることが好ましい。嗅神経鞘細胞又はその前駆細胞はS100、Sox10及びビメンチンからなる群より選ばれる少なくとも1つを発現している細胞を指す。嗅神経鞘細胞又はその前駆細胞のマーカーとして、例えばBrain Structure and Function 222.4(2017):1877-1895.に記載のマーカーを用いることもできる。
支持細胞、基底細胞、ボーマン腺細胞もしくは嗅神経鞘細胞又はこれらの前駆細胞は、好ましくは生体内の嗅上皮又は嗅上皮プラコードに存在する支持細胞、基底細胞、ボーマン腺細胞もしくは嗅神経鞘細胞又はこれらの前駆細胞と同様の性質を示す。
【0259】
嗅上皮様組織は、好ましくは基底膜様構造を含み、より好ましくは多列上皮構造又は重層上皮構造を形成している。嗅上皮様組織は、神経組織部に対向している基底面と、基底面とは反対側に位置する頂端面とを有し、基底面は嗅神経前駆細胞及び基底細胞を含み、頂端面は支持細胞及び嗅神経細胞を含むことが好ましい。基底面(又は嗅神経前駆細胞)はラミニン陽性の非細胞性の構造である基底膜に接していることが好ましい。頂端面に存在する細胞はPKCζを発現していることが好ましい。
【0260】
本発明に係る細胞塊の一形態の非神経上皮組織部を拡大した様子を図1のBに示す。図1のBを参照して、非神経上皮組織部は、好ましくは神経組織部に対向する基底面と、基底面とは反対側に位置する頂端面とを有する。基底面には、好ましくは嗅神経細胞の前駆細胞(嗅神経前駆細胞)が存在する。
【0261】
嗅上皮様組織は、嗅上皮内側部と、前記嗅上皮内側部の周囲に設けられた嗅上皮周縁部とを含み、Lateral-Medialの領域化が生じていることが好ましい。嗅上皮様組織は、嗅上皮内側部及び嗅上皮周縁部からなってもよい。嗅上皮内側部は、Sox2、Tuj1及びAscl1からなる群より選ばれる少なくとも1つを発現している細胞が局在している領域を指す。嗅上皮周縁部は、Pbx、Meis1、Pax6、βIVtubulinからなる群より選ばれる少なくとも1つ、好ましくはPax6及びPbxを発現している細胞が局在している領域を指す。
【0262】
非神経上皮組織部は、嗅上皮様組織以外の非神経上皮組織を含んでいてもよい。非神経上皮組織は、嗅神経細胞又はその前駆細胞を含まず、サイトケラチン、E-Cadherin及びEpCAMからなる群より選ばれる少なくとも1つを発現し、Ebf1、Ebf2、Ebf3、NeuroD、Lhx2、Ascl1を発現していない領域を指す。非神経上皮組織は、呼吸器上皮及び角膜細胞、並びにこれらの前駆細胞細胞を含むことが好ましい。
【0263】
本発明に係る細胞塊の一形態を図1のCに示す。図1のCを参照して、細胞塊は、神経組織部の全体が非神経上皮組織部に覆われており、非神経上皮組織部の一部に嗅上皮様組織が形成されていてもよい。嗅上皮様組織は、嗅上皮内側部と、前記嗅上皮内側部の周囲に設けられた嗅上皮周縁部とを含んでもよい。非神経上皮組織部で覆われた細胞塊の表面の60%以上80%以下が嗅上皮内側部であってもよい。嗅上皮様組織及び非神経上皮組織の構造、大きさ及び位置関係等は特に限定されない。嗅上皮様組織と非神経上皮組織部との間に間隙が形成されていてもよい。また、図1のDに示すように、神経組織部の一部が非神経上皮組織部に覆われていてもよい。
【0264】
<神経系細胞又はその前駆細胞を含む神経組織部>
本発明の細胞塊は神経組織部を含む。神経組織部は神経系細胞又はその前駆細胞を含む。神経系細胞又はその前駆細胞は、中枢神経系を構成する神経系細胞又はその前駆細胞を含む。中枢神経系を構成する神経系細胞又はその前駆細胞は、Pax6、Bf1、Sp8、Sox1、Sox2、Emx2、Tuj1、N-Cadherinからなる群より選ばれる少なくとも1つを発現し、かつサイトケラチンを発現していない細胞と定義することができ、Pax6、Sox2及びTuj1を発現していることが好ましい。中枢神経系を構成する神経系細胞又はその前駆細胞は、好ましくは生体内の中枢神経系における神経細胞、グリア細胞、神経幹細胞等又はこれらの前駆細胞と同様の性質を示す。
【0265】
神経組織部は、上皮構造を形成していてもよい。本発明に係る細胞塊の一形態を図1のEに示す。神経組織部は非神経上皮組織部に覆われており、神経組織部は上皮構造を形成している。上皮構造は、神経組織部の一部に形成されていてもよいし、全体に形成されていてもよい。非神経上皮組織部と神経組織部の間の少なくとも一部に間隙が形成されていてもよい。
【0266】
神経系細胞又はその前駆細胞は、好ましくは網膜を構成する神経系細胞又はその前駆細胞を含む。網膜を構成する神経系細胞又はその前駆細胞はRax、Six3、Chx10、Pax6、Lhx2、Aldh1a3からなる群より選ばれる少なくとも1つを発現している細胞と定義することができ、Rax及びChx10を発現していることが好ましい。網膜を構成する神経系細胞又はその前駆細胞は、好ましくは生体内の網膜細胞、網膜前駆細胞、網膜特異的神経細胞等又はこれらの前駆細胞と同様の性質を示す。
【0267】
中枢神経系は大脳を含むことが好ましい。大脳(大脳を構成している細胞を含む)は、Emxファミリー遺伝子、Otx2、Bf1及びPax6からなる群より選ばれる少なくとも1つを発現している組織を指す。また、大脳は層構造を有していることが好ましい。
大脳は、嗅皮質を含むことが好ましい。嗅皮質は、Tbr1、Ctip2及びFoxP2からなる群より選ばれる少なくとも1つを発現している組織を指す。
大脳は、大脳基底核又はその原基を含むことが好ましい。大脳基底核又はその原基はDlxファミリー遺伝子、Gsh2、Nkx2.1及びIslet1からなる群より選ばれる少なくとも1つを発現している組織を指す。
大脳基底核又はその原基は外側基底核原基であることが好ましい。外側基底核原基はEr81及びIslet1からなる群より選ばれる少なくとも1つを発現している組織を指す。
大脳は、嗅球又はその前駆組織を含むことが好ましい。嗅球又はその前駆組織はArx、Tbr1及びTbx21からなる群より選ばれる少なくとも1つを発現している組織を指す。
【0268】
細胞塊は、性腺刺激ホルモン放出ホルモン陽性神経細胞を含むことが好ましい。性腺刺激ホルモン放出ホルモン陽性神経細胞は、性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)を発現している細胞及びその前駆細胞を指す。
【0269】
生体の鼻腔組織と異なり、本発明の細胞塊には通常骨組織は形成されないが、細胞塊中に骨組織を含んでいてもよい。骨組織、骨細胞又はその前駆細胞はRunx2、Osterix及びATFからなる群より選ばれる少なくとも1つを発現していることが好ましい。形成された細胞塊中に骨組織が形成されているか否かは、当業者に周知の方法、例えばアリザリンレッド染色、アルカリホスファターゼ染色、又は上記骨組織特異的遺伝子に対する免疫染色等の手法により判別できる。
【0270】
製造された細胞塊中に含まれる細胞及び組織を検出する手法については特に限定されないが、信頼性と再現性が高く簡便に実施できる手法が好ましい。一例として顕微鏡による光学的な観察、各細胞又は組織マーカーに対する抗体を用いた免疫染色、マーカー遺伝子に対するリアルタイムPCR法等の遺伝子発現解析、嗅覚受容体作用物質を用いた機能アッセイ、マウス、ラット等への移植等が挙げられ、好ましくは上記記載のマーカーに対する抗体を用いた免疫染色である。
【0271】
免疫染色の結果の解釈は、当業者の目視による判別、あるいは撮影した画像に対する画像解析ソフト等を用いた定量的な解析等、当業者に周知の方法により行うことができる。免疫染色の結果の解釈に当たっては、例えば蛋白質核酸酵素Vol.54 No.2(2009)P185-192等を参照し、自家蛍光、二次抗体の非特異的吸着、多重染色時の蛍光の漏れこみ等により生じる偽陽性を排除せねばならない。本発明において、タンパク質の発現の有無は、後述の予備実験1に示す方法に従って判断した。
【0272】
[4.嗅覚受容体作用物質評価用試薬としての使用方法]
本発明は、上述の「嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊」を用いた嗅覚受容体作用物質の評価方法を提供することができる。
嗅覚受容体作用物質の評価方法として、例えば上記細胞塊より調製した嗅神経細胞又は嗅上皮様組織と被験物質とを接触させる工程と、該被験物質が該細胞又は該組織に及ぼす影響を検定する工程とを含む嗅覚受容体作用物質の評価方法であり、評価対象の化合物に反応する特定の嗅覚受容体の同定方法である。本発明の嗅覚受容体作用物質評価の実施方法の一態様として、例えばScientific Reports 6,19934(2016)に記載の方法を参考に実施することができる。
本発明の嗅覚受容体作用物質評価の実施方法の一態様は、下記工程(A)~(D)を含む、嗅覚受容体作用物質評価の実施方法である。
(A)嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊から嗅覚受容体を発現している細胞を分取する工程、
(B)分取した嗅覚受容体を発現している細胞に被検物質を接触させる工程、
(C)被検物質との接触により活性化された細胞を同定する工程、
(D)被検物質との接触により活性化された細胞に発現している嗅覚受容体を同定する工程。
【0273】
<工程(A)>
嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊から嗅覚受容体を発現している細胞を分取する工程について説明する。
【0274】
嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊において、嗅覚受容体を発現しているのは嗅神経細胞であるから、工程(A)における分取方法は細胞塊より嗅神経細胞を分取できる方法であればよい。分取方法は細胞へ与えるダメージが少なく、目的外の細胞の混入が少ないことが望ましい。工程(A)における分取方法の一態様として、組織を処理し単一細胞へと分散する工程を含んでいてもよい。上記分散方法として、例えばタンパク質分解酵素を用いた酵素処理による分散、カルシウムキレート剤処理による分散、機械的分散等が挙げられ、望ましくは酵素処理による分散である。分取方法の一態様として、細胞表面マーカーを用いて目的の細胞のみを精製、分取することもできる。上記目的の細胞の分取方法として、例えば嗅神経細胞特異的細胞表面マーカーに対する抗体を用いた蛍光活性化セルソーティング(fluorescence activated cell sorting:FACS)、磁気細胞分離(MACS)が挙げられる。嗅神経細胞特異的細胞表面マーカーとして、例えばOCAMが挙げられる。あるいはPloS one,10(1),e0113170等を参考に嗅神経細胞の細胞膜に発現しているタンパク質、糖鎖、脂質等をマーカーにすることもできる。分取した細胞は、通常の細胞培養に用いる培地中で培養することができる。その際に、細胞死を抑制するために、増殖因子及び細胞保護剤を添加することもできる。
【0275】
また、細胞塊から嗅上皮様組織を分離して評価に用いることもできる。上述の細胞塊からは、顕微鏡観察下でピンセット等を用い、細胞塊の外側に形成される嗅上皮様組織を剥離・回収することができる。嗅上皮様組織は、例えばNature communications,2016,7.に記載されているように、得られた細胞塊の表層にある半透明な薄い上皮として判別することができる。嗅上皮様組織の回収方法として、凍結融解、好ましくは緩慢凍結法を用いることもできる。当該方法は、外側に嗅上皮様組織及び内側に神経上皮組織を有する細胞塊を凍結融解することで物理的処理を施すことなく外側の嗅上皮様組織が細胞塊から剥離されるというものである。
【0276】
<工程(B)>
分取した嗅覚受容体を発現している細胞又は組織に被検物質を接触させる工程について説明する。
【0277】
工程(B)で被検物質と接触させる細胞又は組織は、浮遊状態、接着状態のいずれでもよいが、嗅神経細胞の生存率を高め、後の工程の洗浄等の作業を行いやすくする観点から、接着状態の細胞が好ましい。細胞を接着させる培養器材として平面の細胞培養ディッシュ、あるいはTranswell等の薄膜状の細胞培養器材のいずれの形態でも用いることができる。これら細胞培養ディッシュもしくは細胞培養器材は、細胞の接着を促進するためにラミニン等の細胞外基質、ポリ-D-リジン等の合成基質等でコーティングされていてもよい。
工程(B)で用いる被験物質は原体のまま、あるいは溶媒で希釈して用いることもできる。その際に用いる希釈に用いる溶媒としては、試験結果に影響を与えないものが好ましく、例えば生理食塩水、Phosphate buffered saline(PBS)、Hanks’ Balanced Salt Solution(HBSS)、DMEM等の細胞培養用の培地を用いることができる。被験物質が培養液に不溶で、かつ良好な懸濁性が得られない場合には、必要に応じてDMSO、エタノール、ミネラルオイル等を可溶化溶媒として用いることができる。
【0278】
工程(B)における被験物質の曝露条件における培養温度、CO濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、例えば約30℃から約40℃、好ましくは約37℃である。またCO濃度は、例えば約1%から約10%、好ましくは約5%である。工程(B)における被験物質の曝露期間についても適宜設定できる。曝露期間は、例えば30秒から2日間であり、好ましくは1分間から1日間である。
【0279】
<工程(C)>
被検物質との接触により活性化された細胞を同定する工程について説明する。
【0280】
工程(C)で実施する手法は、被検物質との接触により活性化された細胞を同定できる限り限定はされないが、簡便で低コストに大量の検体を一度に処理できる手法が好ましい。一例として、膜電位の変化を検出する手法、遺伝子発現の変化を検出する手法、細胞内イオン濃度の変化を検出する手法等が挙げられ、好ましくはFluo4 AM等のカルシウム指示薬を用いた細胞内イオン濃度の変化を検出する手法である。
【0281】
<工程(D)>
被検物質との接触により活性化された細胞に発現している嗅覚受容体を同定する工程について説明する。
【0282】
工程(D)で実施する手法は、活性化された細胞に発現している嗅覚受容体を同定できる限り限定はされないが、簡便で低コストに大量の検体を一度に処理できる手法が好ましい。一例として、シングルセルRNAシークエンス法が挙げられる。
【0283】
[5.嗅覚受容体作用物質の評価用キット又は嗅覚受容体のスクリーニングキット]
本発明は、上述の「4.嗅覚受容体作用物質評価用試薬としての使用方法」を実施するための嗅覚受容体作用物質の評価用キット又は嗅覚受容体のスクリーニングキットを提供することができる。
本試薬又はキットには、本発明の細胞塊、又は上述の工程(A)等によって細胞塊から分取された嗅神経細胞もしくは嗅上皮様組織と、上述の工程(B)~(D)を行うために用いられる試薬、培養液、培養容器、解析プログラムの少なくとも1つとを含み、好ましくはポジティブコントロール若しくはネガティブコントロールとして用いられる試薬、又は被検物質との接触により活性化された細胞を同定する試薬を含む。本キットには、さらにスクリーニングの手順を記載した書面や説明書が含まれていてもよい。
本発明は、上述の「4.嗅覚受容体作用物質評価用試薬としての使用方法」又は「5.嗅覚受容体作用物質の評価用キット又は嗅覚受容体のスクリーニングキット」と同様に、細胞塊に含まれる神経細胞又は神経組織を被検物質と接触させて、神経毒性又は薬効を評価する方法及びキットを提供することができる。
【0284】
[6.治療薬及び疾患の治療方法]
本発明は、上記細胞塊又は上記細胞塊に含まれる細胞若しくは組織を含む、神経組織の障害又は感覚器の障害、好ましくは嗅覚系の障害に基づく疾患の治療薬を提供することができる。神経組織の障害としては、中枢神経系の障害、例えば脊髄損傷、脳損傷、又は神経変性疾患等が挙げられる。脳損傷としては、例えば出血性発作、虚血性発作、脳症による脳損傷、外傷性脳損傷、脳梗塞や脳出血による脳損傷等が挙げられる。神経変性疾患としては、例えばアルツハイマー病、多発性硬化症(MS)、末梢神経障害、ハンチントン病、筋萎縮性側索硬化症、パーキンソン病等が挙げられる。これらの疾患は、非ヒト動物の疾患であってもよい。嗅上皮に存在する細胞(嗅神経細胞及びその前駆細胞を含む)は、他の神経組織由来の細胞よりも再生能力が高いため、神経損傷の治療薬として優れている。
【0285】
治療薬としては、例えば本発明の細胞塊又は細胞塊に含まれる細胞若しくは組織を含む懸濁液、並びにこれらを含む移植片(移植用担体)が挙げられる。懸濁液としては、例えば細胞塊を人工涙液または生理食塩水に懸濁した液が挙げられる。懸濁液は、細胞塊から単離された非神経上皮細胞を含んでいてもよく、細胞の接着を促進する因子、例えば細胞外基質やヒアルロン酸等を含んでいてもよい。
【0286】
さらに、本発明の細胞塊に含まれる細胞又は組織を、治療上必要とされる有効量、移植を必要とする対象に移植する工程を含む、疾患の治療方法が提供され得る。治療上有効な細胞量の移植により、神経組織が回復し、典型的には、疾患に関連する症状が軽減され得る。
【実施例
【0287】
以下に実施例を示して、本発明をより詳細に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。また、使用する試薬及び材料は特に限定されない限り商業的に入手可能である。
【0288】
[予備実験1:免疫染色結果の定量化と判断基準]
蛍光免疫染色標本の陽性・陰性の判別のための蛍光強度の定量化を行った。染色強度の定量化手法としては、後述する試験例2において作製した培養28日目の細胞塊の凍結切片の抗Lhx2抗体による蛍光免疫染色結果の撮影像(図2の上段)(最大励起波長490nm、最大蛍光波長525nm)に対し、線分A-A’で示す関心領域の線形の蛍光強度プロファイルを出力し、組織の凍結切片がある領域と組織の存在しない領域の蛍光強度を比較した。図2の下段に示した解析結果では、組織の存在しない領域の蛍光強度が219であり、目視で陽性と判別された蛍光強度の強い領域の数値は4053.333、上記よりも蛍光強度の弱い陽性領域の数値は2043.667であった。よって、図2の下段のグラフに破線で示す通り、明視野中で組織が存在しないと確認した領域の蛍光強度の平均値に対し、5倍以上高い数値を示した所を陽性とすることにより、抗原の染色結果の陽性又は陰性の判別を定量的に行えることが分かった。以下の実験は、本予備実験と同様の方法によって発現の陽性又は陰性の判断を行った。
【0289】
[比較実験1:神経組織を含む細胞凝集体の作製]
図3の上段に示す手順に従って、多能性幹細胞をWntシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養し、細胞凝集体を作製した。ヒトES細胞(KhES-1株、京都大学より入手)を、Scientific Reports,4,3594(2014)に記載の方法に準じてフィーダーフリー条件で培養した。フィーダーフリー培地としてはStemFit培地(AK02N、味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いた。
【0290】
具体的な維持培養操作としては、まずサブコンフレントになったヒトES細胞を、PBSにて洗浄後、Accumax(Innovative Cell Technologies社製)を用いて酵素処理を行った後、StemFit培地を添加し、セルスクレーパーを用いて培養ディッシュ表面より細胞を剥がし、ピペッティングにより単一細胞へ分散した。その後、単一細胞へ分散されたヒトES細胞を、Laminin511-E8にてコートしたプラスチック培養ディッシュに播種し、Y27632(ROCK阻害物質、富士フィルム和光純薬株式会社製、10μM)存在下、StemFit培地にてフィーダーフリー培養した。プラスチック培養ディッシュとして、6ウェルプレート(Corning社製、細胞培養用、培養面積9.5cm)を用いた場合、単一細胞へ分散されたヒトES細胞の播種細胞数は1.2×10とした。播種した1日後に、Y27632を含まないStemFit培地に全量培地交換した。以降、1日~2日に1回、Y27632を含まないStemFit培地にて全量培地交換した。播種後7日間、サブコンフレント(培養面積の6割が細胞に覆われる程度)になるまで培養した。
【0291】
培養した細胞を分化誘導に用いる際には、播種した6日後にStemFit培地の培地交換と同時にSB-431542(TGF-βシグナル伝達経路阻害物質、富士フィルム和光純薬株式会社製、終濃度5μM)とSAG(Shhシグナル経路作用物質、Enzo Life Sciences社製、終濃度300nM)を添加して24時間培養した(工程(a))。
【0292】
調製したサブコンフレントのヒトES細胞を、PBSにて洗浄後、Accumaxを用いて酵素処理を行った後、分化誘導用の無血清培地を添加しセルスクレーパーを用いて培養ディッシュ表面から細胞を剥がし、ピペッティングにより単一細胞へ分散した。
その後、単一細胞に分散されたヒトES細胞を非細胞接着性の96ウェル培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート、MS-9096V、住友ベークライト株式会社製)に、1ウェルあたり1.2×10細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%COの条件下で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12+Glutamax培地(Thermo Fisher Scientific社製)とIMDM+Glutamax培地(Thermo Fisher Scientific社製)の体積比1:1混合液に5% Knockout Serum Replacement(Thermo Fisher Scientific社製)、450μM 1-モノチオグリセロール(富士フィルム和光純薬株式会社社製)、1x Chemically defined lipid concentrate(Thermo Fisher Scientific社製)、50unit/mlペニシリン-50μg/mlストレプトマイシン(ナカライテスク株式会社製)を添加した無血清培地を用いた。
【0293】
浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程(1)開始)に、上記無血清培地にY27632(終濃度20μM)、IWP-2(第一Wntシグナル伝達経路阻害物質、Tocris Bioscience社製、終濃度2μM)、SB-431542(TGFシグナル伝達経路阻害物質、富士フィルム和光純薬株式会社製、終濃度1μM)を添加した。
【0294】
その後、浮遊培養開始後3日目にY27632を含まず、IWP-2及びSB-431542(SB431とも略記する)を含む無血清培地を1ウェルあたり100μl加えた。その後、浮遊培養開始後6、10、13、17、21、24日目にY27632を含まず、IWP-2とSB-431542とを含む無血清培地を用いて半量培地交換を行った。
【0295】
浮遊培養開始後28日目に凝集体をディッシュに回収し、倒立顕微鏡(株式会社キーエンス製、BIOREVO)を用いて、明視野観察を行った(図3のA)。その結果、上記分化誘導法によりヒト多能性幹細胞の凝集体が形成された。
【0296】
浮遊培養開始後28日目の細胞凝集体を、先端口径が太い200μlチップで培養用チューブに回収し、PBSで2回洗浄作業を行った後、4%パラホルムアルデヒド・りん酸緩衝液(富士フィルム和光純薬株式会社社製)で室温15分固定した。固定後の細胞凝集体をPBSで3回洗浄した後、20%スクロース/PBSに4℃で一晩浸漬し凍結保護処理を行った。凍結保護処理後の凝集体をクリオモルド<3号>(Sakura Finetek社製)に移し、細胞凝集体の周囲の余分な20%スクロース/PBSをマイクロピペッターで除いた後にO.C.Tコンパウンド(Sakura Finetek社製)に包埋し、ドライアイスで冷却したアルミヒートブロック上で急速凍結し、凍結切片作製用のブロックを作製した。上記凝集体を包埋したブロックからライカCM1950クライオスタット(Leica社製)により10μm厚の凍結切片を作製し、プラチナプロコートスライドグラス(松浪硝子工業株式会社製)に張り付けた。スライドグラス上の凍結切片の周囲をウルトラパップペン(株式会社バイオメディカルサイエンス製)で囲んだ後、0.2%Triton-X100/TBSで室温10分間透過処理し、続けてブロッキング試薬N-102(日油株式会社製)とSuperBlock (TBS) Blocking Buffer(Thermo Fisher Scientific社製)の体積比1:4混合液で室温30分間ブロッキング処理を行った。
【0297】
ブロッキング処理後の凍結切片に関し、Antibody Diluent OP Quanto(Thermo Fisher Scientific社製)で希釈した一次抗体をスライドグラス1枚あたり300μl添加し、湿箱中にて4℃で一晩反応させた。一次抗体処理後の凍結切片を0.05% Tween-20/TBSで室温10分間処理する洗浄操作を3回行った後に、Blocking One Histo(ナカライテスク株式会社製)と0.2%Triton-X100/TBSを体積比1:19の割合で混合した緩衝液で二次抗体を希釈し、希釈液をスライドグラス1枚あたり300μl凍結切片に添加し、室温で1時間反応させた。二次抗体処理後の凍結切片を0.05% Tween-20/TBSで室温10分間処理する洗浄操作を3回行った後に、純水で凍結切片を一回洗浄し、その後、NEOカバーグラス(松浪硝子工業株式会社製)とスライドグラス1枚当たり30μlのProlong Diamond(Thermo Fisher Scientific社製)を用いて凍結切片を封入した。上記封入後の標本を室温の暗所で一晩静置してProlong Diamondを固化させたのち、透明のマニキュアでカバーグラスの周囲をコーティングし室温の暗所で風乾後、蛍光顕微鏡による観察を行った。標本の観察及び画像の取得には正立蛍光顕微鏡Axio Imager M2(Carl Zeiss社製)及び附属ソフトウェアのAxio Visionを用いた。
【0298】
一次抗体としては、表1に記載された、プラコード及び中枢神経系の細胞を染色する抗Dlx5抗体、中枢神経系の細胞を染色する抗Sox1抗体、プラコードを含む非神経組織を染色する汎サイトケラチン(PanCK)抗体、神経細胞を染色する抗Tuj1抗体を用いた。蛍光標識二次抗体としては、表2に記載のAlexa488標識ロバ抗ウサギ抗体、CF555標識ロバ抗ヤギ抗体、CF555標識ロバ抗マウス抗体、Alexa647標識ロバ抗マウス抗体を用いて多重染色を行い、核の対比染色には1μg/mlのHoechst33342(Sigma Aldrich社製)を二次抗体希釈液中に添加した。
【0299】
染色結果を図3に示す。細胞凝集体にはSox1及びDlx5を発現する中枢神経系の細胞が含まれていた(図3のB、C)。また、細胞凝集体の表面に汎サイトケラチン陽性の組織が確認できず、細胞凝集体がTuj1陽性であることから、非神経上皮組織を含まず、中枢神経系の細胞のみからなる細胞凝集体が形成されたことが分かった(図3のD、F)。染色結果から想定される細胞凝集体の模式図を図3のHに示す。
【0300】
[比較実験2:神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞凝集体の作製]
比較実験1にBMPシグナル伝達経路作用物質存在下で培養する工程(工程(2))を追加し、図4の上段に示す手順に従って、細胞凝集体を作製した。まず、ヒトES細胞(KhES-1株)を、比較実験1と同様の操作で維持培養及び工程(a)を行った後、Y27632(終濃度20μM)、IWP-2(終濃度2μM)及びSB-431542(終濃度1μM)存在下で浮遊培養を開始した(浮遊培養開始後0日目、工程(1)開始)。
【0301】
浮遊培養開始後2日目にY27632を含まず、IWP-2、SB-431542及びBMP4(BMPシグナル伝達経路作用物質、R&D Systems社製)を含む無血清培地を1ウェルあたり100μl加えた(工程(2)開始)。BMP4は添加する培地に3nM添加し、ウェル中の終濃度が1.5nMとなるようにした。その後、浮遊培養開始後6、10、13、17、21、24日目にY27632とBMP4を含まず、IWP-2とSB-431542とを含む無血清培地を用いて半量培地交換を行った。
【0302】
浮遊培養開始後28日目に細胞凝集体をディッシュに回収し、倒立顕微鏡を用いて、明視野観察を行った(図4のA)。その結果、上記分化誘導法によりヒトES細胞から神経組織及び非神経上皮組織を含む凝集体が形成され、さらに浮遊培養21日目から28日目にかけて外側の非神経上皮組織が急速に膨張し、内側の神経組織との間に空間が形成されることが分かった。
【0303】
比較実験1と同様の方法に従って、浮遊培養開始後28日目の細胞凝集体を蛍光免疫染色を行った。一次抗体としては、表1に記載された、神経細胞を染色する抗Tuj1抗体、プラコード及び中枢神経系を染色する抗Sox2抗体、プラコードを含む非神経上皮組織を染色する抗PanCK抗体、抗Six1抗体及び抗EpCAM抗体、嗅上皮プラコード及び中枢神経系を染色する抗Sp8抗体、プラコード及び神経上皮組織を染色する抗N-Cadherin抗体、網膜を含む中枢神経系並びにプラコード及び嗅上皮周縁部を染色する抗Pax6抗体、網膜を染色する抗Chx10抗体、水晶体プラコードを染色する抗Prox1抗体、抗C-Maf抗体及び抗CrystallineαA抗体、水晶体プラコード及び中枢神経系を染色する抗Sox1抗体を用いた。蛍光標識二次抗体としては、表2に記載のAlexa488標識ロバ抗ウサギ抗体、CF555標識ロバ抗マウス抗体、CF555標識ロバ抗ヤギ抗体、Alexa647標識ロバ抗マウス抗体、Alexa647標識ロバ抗ヤギ抗体を用いて多重染色を行い、核の対比染色にはHoechst33342を用いた。
【0304】
染色結果を図4及び図5に示す。上記培養方法で製造された浮遊培養開始後28日目の細胞凝集体の内側はTuj1、N-Cadherin、Pax6、Chx10陽性の神経網膜の上皮組織であり(図4のB、H、K、L)、外側はEpCAM、Six1、汎サイトケラチン陽性の角膜又は眼表面外胚葉の非神経上皮組織であることが分かった(図4のJ、F、D)。加えて、非神経上皮組織の一部が肥厚しており、肥厚部分はC-Maf、Sox1、Prox1、Crystalline αA陽性(図5のO~U)であることから、上記培養方法により細胞凝集体中に水晶体プラコードが形成されたことが分かった。また、Chx10陽性の内側の網膜組織と汎サイトケラチン陽性の外側の非神経上皮組織との間に、汎サイトケラチン陽性で上皮を形成しない間葉系細胞が存在することが分かった(図4のD、E)。以上の染色結果から想定される細胞凝集体の模式図を図5のVに示す。
【0305】
[実験1:ES細胞から嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の作製]
比較実験2に、BMPシグナル伝達経路阻害物質の存在下で培養する工程(3b)を追加して、図6の上段に示す手順に従って、細胞塊を作製した。実験1では、浮遊培養開始から13日目の細胞凝集体の観察を行った。
【0306】
まず、ヒトES細胞(KhES-1株)を、比較実験1と同様の操作で維持培養及び工程(a)を行った後、Y27632(終濃度20μM)、IWP-2(終濃度2μM)及びSB-431542(終濃度1μM)存在下で、PrimeSurface 96V底プレートを用いて浮遊培養を開始した(浮遊培養開始後0日目、工程(1)開始)。
【0307】
浮遊培養開始後2日目にY27632を含まず、IWP-2、SB-431542、BMP4を含む無血清培地を1ウェルあたり100μl加えた(工程(2)開始)。BMP4は添加する培地に3nM添加し、ウェル中の終濃度が1.5nMとなるようにした。
【0308】
さらに、浮遊培養開始後3日目にY27632とBMP4を含まず、IWP-2、SB-431542及びK02288(BMPシグナル伝達経路阻害物質、AdooQ Bioscience社製)を含む無血清培地を用いて半量培地交換を行った(工程(3b)開始)。K02288は添加する培地に20μM添加し、ウェル中の終濃度が10μMとなるようにした。その後、浮遊培養開始後6日目と10日目にY27632とBMP4を含まず、IWP-2、SB-431542及びK02288を含む無血清培地を用いて半量培地交換を行った。
【0309】
浮遊培養開始後13日目に倒立顕微鏡を用いて、明視野観察を行った(図6のA)。その結果、上記分化誘導法によりヒトES細胞から直径約600μm前後の球状の細胞凝集体が形成されていた。
【0310】
比較実験1と同様の方法に従って、浮遊培養開始後13日目の細胞凝集体の蛍光免疫染色を行った。一次抗体としては、表1に記載された、プラコード及び非神経上皮組織を染色する抗Dlx5抗体、抗Six1抗体、抗汎サイトケラチン(PanCK)抗体及び抗E-Cadherin抗体、プラコード及び神経上皮組織を染色する抗N-Cadherin抗体、プラコード及び神経系細胞を染色する抗Sox1抗体、抗Sox2抗体、抗Sox3抗体、抗Pax6抗体及び抗Sp8抗体、胚発生の早期に外胚葉を染色する抗AP2α抗体、胚の前方領域を染色する抗Otx2抗体を用いた。蛍光標識二次抗体としては、比較実験2に記載の抗体を用いて多重染色を行い、核の対比染色にはHoechst33342を用いた。染色結果の陽性と陰性の判断は、予備実験1と同様に行った。
【0311】
染色結果を図6及び図7に示す。上記分化誘導法で誘導された浮遊培養開始後13日目の細胞凝集体の内側はSox1、Sox2、Sox3、Sp8、N-Cadherin陽性の中枢神経系の細胞又はその前駆細胞より構成される組織であり、外側はDlx5、Pax6、AP2α、Six1、Sp8、Sox2、Sox3、汎サイトケラチン、E-Cadherin、N-Cadherin陽性の非神経上皮組織又はプラコードであることが分かった(図6のB~L、図7のM~R)。外側に形成された上皮組織はほぼ単層であり、肥厚が見られないことから、培養13日目では前プラコード領域及びプラコード前駆細胞の状態であることが分かった。また、いずれの細胞もOtx2陽性であることから、胚の前方領域が誘導されていることが分かった(図6のJ)。内側のSox1陽性の中枢神経系の細胞又はその前駆細胞と、外側に形成された汎サイトケラチン陽性の非神経上皮組織の間とに骨前駆細胞様の細胞は観察できなかった。上記培養方法により形成された細胞凝集体の模式図を図7のSに示す。
【0312】
[実験2:ES細胞から嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の作製]
実験2では、実験1と同様の実験操作を行い、図8の上段に示すように、実験1よりも培養期間を延長して、嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊を作製した。実験1と同様に、工程(a)、工程(1)及び工程(2)を行った後、浮遊培養開始後3日目にY27632とBMP4を含まず、IWP-2、SB-431542、K02288を含む無血清培地を用いて半量培地交換を行った(工程(3b)開始)。その後、浮遊培養開始後6、10、13、17、21、24日目にY27632とBMPを含まず、IWP-2、SB-431542及びK02288を含む無血清培地を用いて半量培地交換を行った。
【0313】
浮遊培養開始後28日目に倒立顕微鏡を用いて明視野観察を行った(図8のA)。その結果、実験1と同様にヒトES細胞から直径約600μm前後の球状の細胞塊が形成されることが分かった。
【0314】
比較実験1と同様の方法に従って、浮遊培養開始後28日目の細胞塊の蛍光免疫染色を行った。一次抗体としては、表1に記載された、嗅上皮プラコードを染色する抗Dlx5抗体、抗Six1抗体、抗汎サイトケラチン(PanCK)抗体、抗E-Cadherin抗体及び抗Otx2抗体、嗅上皮周縁部を染色する抗Pax6抗体及びPbx1/2/3/4、嗅上皮プラコード及び中枢神経系の細胞を染色する抗N-Cadherin抗体、抗Sox2抗体、抗Sp8抗体及び抗Emx2抗体、嗅神経細胞及びその前駆細胞を染色する抗Ebf1抗体、抗NCAM抗体、抗Calretinin抗体及び抗NeuroD抗体、中枢神経系の細胞を染色する抗Bf1抗体、中枢神経系の細胞及び嗅神経細胞を染色する抗Tuj1抗体、神経網膜を染色する抗Chx10抗体、神経網膜及び嗅神経細胞を染色する抗Lhx2抗体を用いた。蛍光標識二次抗体としては比較実験2に記載の抗体を用いて多重染色を行い、核の対比染色にはHoechst33342を用いた。染色結果の陽性と陰性の判断は、予備実験1と同様に行った。
【0315】
染色結果を図8及び図9に示す。浮遊培養開始28日目には、外側がE-Cadherin、N-Cadherin、汎サイトケラチン、Sox2、Six1、Dlx5、Sp8、Pax6、Otx2陽性のプラコード様(嗅上皮様組織)の非神経上皮組織部、内側がE-Cadherin、汎サイトケラチン陰性かつN-Cadherin、Sox2、Sp8、Bf1、Emx2、Tuj1陽性の中枢神経系(大脳)を構成する神経系細胞又はその前駆細胞を含む神経組織部である細胞塊が形成された。また、外側のプラコード様の上皮組織(嗅上皮様組織)中の一部の細胞はLhx2、Ebf2、Tuj1、NCAM、Calretinin陽性の嗅神経細胞又はその未成熟な前駆細胞であった。細胞塊の外側には、Pax6陽性の嗅上皮周縁部が形成されていた。また、嗅上皮様組織の基底面には、NeuroD陽性の細胞がみられた(図8B~M、図9N~AI)。以上より、多能性幹細胞を第一Wntシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養し、得られた細胞凝集体をBMPシグナル伝達経路作用物質の存在下で培養したのちに、さらにBMPシグナル伝達経路阻害物質の存在下で培養することにより、1)嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む非神経上皮組織部、及び、2)神経系細胞又はその前駆細胞を含む神経組織部を含み、神経系細胞又はその前駆細胞は、中枢神経系を構成する神経系細胞又はその前駆細胞を含み、神経組織部の表面の少なくとも一部が非神経上皮組織部で被覆されている細胞塊を製造できることが分かった。また、非神経上皮組織部は嗅神経細胞又はその前駆細胞が存在する嗅上皮様組織を含み、嗅上皮様組織は、嗅上皮内側部と嗅上皮周縁部とを含んでいた。上記製造方法により形成された細胞塊の模式図を図10に示す。
【0316】
[実験3:ヒトiPS細胞から嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の作製]
実験3では、図11の上段に示すように、実験2で行ったBMPシグナル伝達経路阻害物質の存在下での培養工程(3b)の代わりに、FGFシグナル伝達経路作用物質であるFGF2の存在下での培養工程(3a)を行い、嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊を作製した。また、多能性幹細胞として、ヒトiPS細胞(HC-6#10株、理化学研究所より入手)を用いた。加えて、培養期間を21日とした。特に示された操作以外は実験1と同様の操作を行った。
【0317】
具体的には、維持培養されたヒトiPS細胞を用いて、工程(a)、工程(1)及び工程(2)を行った後、浮遊培養開始後3日目にY27632とBMP4を含まず、IWP-2、SB-431542、FGF2及びHeparin Sodiumを含む無血清培地を用いて半量培地交換を行った(工程(3a)開始)。FGF2(FGFシグナル経路作用物質、富士フィルム和光純薬株式会社製)とHeparin Sodium(富士フィルム和光純薬株式会社製)は添加する培地にそれぞれ40ng/ml、20μg/ml添加し、ウェル中の終濃度が20ng/ml、10μg/mlとなるようにした。その後、浮遊培養開始後6、10、13、17日目にY27632とBMP4を含まず、IWP-2、SB-431542、FGF2及びHeparin Sodiumを含む無血清培地を用いて半量培地交換を行った。
【0318】
浮遊培養開始後21日目に倒立顕微鏡を用いて明視野観察を行った(図11のA、B)。その結果、実験1でヒトES細胞から形成された場合と同様に、ヒトiPS細胞から直径約600μm前後の球状の細胞塊が形成されることが分かった。
【0319】
比較実験1と同様の方法に従って、浮遊培養開始後21日目の細胞塊の蛍光免疫染色を行った。一次抗体としては、表1に記載された、神経系の細胞を染色する抗Tuj1抗体及び抗NCAM抗体、神経網膜及びその前駆細胞を染色する抗Chx10抗体、プラコード及び非神経上皮組織を染色する抗Six1抗体、抗汎サイトケラチン(PanCK)抗体、抗E-Cadherin抗体及び抗EpCAM抗体、プラコード及び神経上皮組織を染色する抗N-Cadherin抗体、プラコード及び神経系細胞を染色する抗Sox2抗体及び抗Pax6抗体、嗅上皮プラコード及び中枢神経系細胞を染色する抗Sp8抗体、胚の前方領域を染色する抗Otx2抗体、嗅神経細胞及びその前駆細胞を染色する抗Ebf1抗体及び抗Ebf2抗体用いた。蛍光標識二次抗体として比較実験2に記載の抗体を用いて多重染色を行った。核の対比染色にはHoechst33342を用いた。染色結果の陽性と陰性の判断は、予備実験1と同様に行った。
【0320】
染色結果を図11及び図12に示す。浮遊培養開始21日目には、外側がE-Cadherin、N-Cadherin、汎サイトケラチン、EpCAM、Sox2、Six1、Sp8陽性のプラコード様(嗅上皮様組織)の非神経上皮組織部、内側がE-Cadherin、汎サイトケラチン、EpCAM陰性かつN-Cadherin、NCAM、Tuj1、Chx10陽性の神経網膜の神経上皮組織である細胞塊が形成された。Otx2陽性であることから、胚の前方領域の組織が形成されていることが分かった。また、外側のプラコード様の上皮組織(嗅上皮様組織)中の一部の細胞はEbf1、Ebf2、Tuj1、NCAM陽性の嗅神経細胞又はその未成熟な前駆細胞であった(図11C~N、図12O~Z)。以上より、多能性幹細胞を第一Wntシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養し、得られた細胞凝集体をBMPシグナル伝達経路作用物質の存在下で培養したのちに、さらにFGFシグナル伝達経路作用物質の存在下で培養することにより、1)嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む非神経上皮組織部、及び、2)神経系細胞又はその前駆細胞を含む神経組織部を含み、神経系細胞又はその前駆細胞は、中枢神経系を構成する神経系細胞又はその前駆細胞を含み、神経組織部の表面の少なくとも一部が前記非神経上皮組織部で被覆されている細胞塊が製造できることが分かった。また、細胞塊の内部の神経組織部は上皮構造を形成しており、神経系細胞又はその前駆細胞は網膜を構成する細胞を含んでいることが分かった。上記製造方法により形成された細胞塊の模式図を図12のAAに示す。
【0321】
[実験4:ヒトiPS細胞から嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の作製]
実験4では、図13の上段に示すように、工程(3)において、まずFGFシグナル伝達経路作用物質の存在下で培養する工程(3a)の後に、FGFシグナル伝達経路作用物質及びBMPシグナル伝達経路阻害物質の存在下で培養する工程(3c)を行い、嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊を作製した。培養期間は28日とした。特に示された操作以外は実験3と同様の操作を行った。
【0322】
具体的には、維持培養されたヒトiPS細胞を用いて、工程(a)、工程(1)及び工程(2)を行った後、浮遊培養開始後3日目にY27632とBMP4を含まず、IWP-2、SB-431542、FGF2及びHeparin Sodiumを含む無血清培地を用いて半量培地交換を行った(工程(3a)開始)。FGF2とHeparin Sodiumは添加する培地にそれぞれ40ng/ml、20μg/ml添加し、ウェル中の終濃度が20ng/ml、10μg/mlとなるようにした。その後、浮遊培養開始後6、10日目にY27632とBMP4を含まず、IWP-2、SB-431542、FGF2及びHeparin Sodiumを含む無血清培地を用いて半量培地交換を行った。さらに浮遊培養開始後13日目に上記物質に加えK02288を終濃度1μMを含む培地で培養を開始し(工程(3c)開始)、17、21、24日目にIWP-2、SB-431542、FGF2、Heparin Sodium及びK02288を含む培地で半量培地交換を実施した。
【0323】
浮遊培養開始後28日目に倒立顕微鏡を用いて明視野観察を行った(図13のA)。その結果、実験1でヒトES細胞から形成された場合と同様にヒトiPS細胞から直径約600μm前後の球状の細胞塊が形成されることが分かった。
【0324】
比較実験1と同様の方法に従って、浮遊培養開始後28日目の細胞塊の蛍光免疫染色を行った。一次抗体としては、表1に記載された、Dlx5、NeuroD1、NCAM、p63、Sox2、E-Cadherin、Pax6、Chx10、N-Cadherin、Six1、Sp8、EpCAM、Tuj1、Ebf2、汎サイトケラチンに対する抗体を用いた。蛍光標識二次抗体として比較実験2に記載の抗体を用いて多重染色を行った。核の対比染色には、Hoechst33342を用いた。染色結果の陽性と陰性の判断は、予備実験1と同様に行った。
【0325】
染色結果を図13及び図14に示す。浮遊培養開始28日目には、外側がE-Cadherin、N-Cadherin、汎サイトケラチン、EpCAM、Sox2、Six1、Sp8陽性のプラコード様(嗅上皮様組織)の非神経上皮組織部、内側がE-Cadherin、汎サイトケラチン、EpCAM陰性かつN-Cadherin、NCAM、Tuj1、Chx10陽性の神経網膜の神経上皮組織である細胞塊が形成された。また、外側のプラコード様の上皮組織(嗅上皮様組織)中の一部の細胞はNeuroD1、Ebf2、Tuj1、NCAM陽性の嗅神経細胞又はその未成熟な前駆細胞であった(図13B~M、図14N~U)。以上より、多能性幹細胞を第一Wntシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養し、得られた細胞凝集体をBMPシグナル伝達経路作用物質の存在下で一定期間培養したのちに、FGFシグナル伝達経路作用物質の存在下で培養し、さらにFGFシグナル伝達経路作用物質及びBMPシグナル伝達経路阻害物質の存在下で培養することにより、実験3と同様の細胞塊が製造できた。また、その細胞塊の内部の神経系細胞又はその前駆細胞は神経網膜の神経上皮組織を形成していた。さらに、実験3と比較したところ、浮遊培養開始13日目からFGFシグナル伝達経路作用物質及びBMPシグナル伝達経路阻害物質の両方の存在下で培養することにより、FGFシグナル伝達経路作用物質のみの存在下で培養した時よりも安定して嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む非神経上皮組織部が形成されることが分かった。上記製造法により形成された細胞塊の模式図を図14のVに示す。
【0326】
[実験5:ヒトiPS細胞から嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞の塊の作製]
実験5では、図15の上段に示すように、実験4の条件にさらに工程(3c)においてEGFシグナル伝達経路作用物質を添加して、ヒトiPS細胞から嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊を作製した。特に示された操作以外は実験3と同様の操作を行った。
【0327】
具体的には、維持培養されたヒトiPS細胞を用いて、工程(a)を行った後、細胞を非細胞接着性の96ウェル培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート)に播種して、工程(1)、工程(2)及び工程(3a)を行った後、浮遊培養開始後13日目に上記物質に加えK02288を終濃度1μM、ヒト組み換えEGF(EGFシグナル伝達経路作用物質、PrimeGene社製)を終濃度20ng/mlで添加し(工程(3c)開始)、17、21、24日目にIWP-2、SB-431542、FGF2、Heparin Sodium、K02288及びEGFを含む培地で半量培地交換を実施した。
【0328】
浮遊培養開始後28日目に倒立顕微鏡を用いて明視野観察を行った(図15のA)。その結果、実験1でヒトES細胞から形成された場合と同様にヒトiPS細胞から直径約600μm前後の球状の細胞塊が形成されることが分かった。
【0329】
比較実験1と同様の方法に従って、浮遊培養開始後28日目の細胞塊の蛍光免疫染色を行った。一次抗体としては、表1に記載されたDlx5、NeuroD1、NCAM、p63、Sox2、E-Cadherin、Pax6、Chx10、N-Cadherin、Six1、Sp8、EpCAM、Tuj1、Ebf2、汎サイトケラチンに対する抗体を用いた。蛍光標識二次抗体として、比較実験2に記載の抗体を用いて多重染色を行い、核の対比染色には、Hoechst33342を用いた。染色結果の陽性と陰性の判断は、予備実験1と同様に行った。
【0330】
染色結果を図15及び図16に示す。浮遊培養開始28日目には、外側がE-Cadherin、N-Cadherin、汎サイトケラチン、EpCAM、Sox2、Six1、Sp8陽性のプラコード様(嗅上皮様組織)の非神経上皮組織部、内側がE-Cadherin、汎サイトケラチン、EpCAM陰性かつN-Cadherin、NCAM、Tuj1、Chx10陽性の神経網膜の神経上皮組織である細胞塊が形成された。また、外側のプラコード様の上皮組織(嗅上皮様組織)中の一部の細胞はNeuroD1、Ebf2、Tuj1、NCAM陽性の嗅神経細胞又はその未成熟な前駆細胞であった(図15B~M、図16N~U)。以上より、多能性幹細胞を第一Wntシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養し、得られた細胞凝集体をBMPシグナル伝達経路作用物質の存在下で培養したのちに、さらにFGFシグナル伝達経路作用物質の存在下で一定期間培養したのちに、FGFシグナル伝達経路作用物質、BMPシグナル伝達経路阻害物質及びEGFシグナル伝達経路作用物質の存在下で培養することにより、実験3と同様の細胞塊が製造できた。また、その細胞塊の内部の神経系細胞又はその前駆細胞は神経網膜の神経上皮組織を形成していることが分かった。さらに、実験3と比較したところ、浮遊培養開始13日目からFGFシグナル伝達経路作用物質、BMPシグナル伝達経路阻害物質に加えてEGFシグナ伝達経路作用物質の存在下で培養することにより、FGFシグナル伝達経路作用物質のみの存在下で培養した時に比べて、より安定して嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む非神経上皮組織部が形成されることが分かった。
【0331】
[実験6:ヒトiPS細胞から嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の作製]
実験6では、図17の上段に示すように、工程(3)として最初から工程(3c)を行い、工程(3c)の途中からEGFを添加し、さらにその後第二Wntシグナル伝達経路阻害物質としてXAV939の存在下で培養を行い、嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊を作製した。特に示された操作以外は実験3と同様の操作を行った。
【0332】
具体的には、維持培養されたヒトiPS細胞を用いて、工程(a)、工程(1)及び工程(2)を開始した後、浮遊培養開始後3日目にY27632とBMP4を含まず、IWP-2、SB-431542、FGF2、Heparin Sodium及びK02288を含む無血清培地を用いて半量培地交換を行った(工程(3c)開始)。FGF2とHeparin Sodium及びK02288は、ウェル中の終濃度が20ng/ml、10μg/ml及び1μMとなるようにした。その後、浮遊培養開始後6、10日目にY27632とBMP4を含まず、IWP-2、SB-431542、FGF2、Heparin Sodium及びK02288を含む無血清培地を用いて半量培地交換を行った。さらに浮遊培養開始後13日目に上記因子に加え、EGF(PrimeGene社製)を終濃度20ng/mlとなるように添加した。さらに浮遊培養開始後17日目にIWP-2、SB-431542、FGF2、Heparin Sodium、K02288及びEGFに加え、XAV939(Cayman Chemicals社製)を終濃度300nMとなるように添加し、浮遊培養開始後21日目及び24日目に半量培地交換を実施した。
【0333】
浮遊培養開始後28日目に倒立顕微鏡を用いて明視野観察を行った(図17のA)。その結果、実験1でヒトES細胞から形成された場合と同様にヒトiPS細胞から直径約600μm前後の球状の細胞塊が形成されることが分かった。
【0334】
比較実験1と同様の方法に従って、浮遊培養開始後28日目の細胞塊の蛍光免疫染色を行った。一次抗体として、表1に記載のDlx5、NeuroD1、NCAM、p63、Sox2、E-Cadherin、Pax6、Chx10、N-Cadherin、Six1、Sp8、EpCAM、Tuj1、Ebf2、汎サイトケラチン、Lhx2、Calretinin、Otx2に対する抗体に加え、未成熟な神経細胞及び神経堤を染色する抗Nestin抗体、嗅上皮プラコード及び中枢神経系の一部の神経核を染色する抗Islet-1抗体、上皮細胞を染色する抗β-catenin抗体、頂端面を染色する抗PKCζ抗体、基底膜を染色する抗Laminin抗体、非神経上皮を染色する抗CK8抗体、プラコードを染色する抗Eya2抗体を用いた。蛍光標識二次抗体として比較実験2に記載の抗体を用いて多重染色を行った。核の対比染色には、Hoechst33342を用いた。染色結果の陽性と陰性の判断は、予備実験1と同様に行った。
【0335】
染色結果を図17図19に示す。浮遊培養開始28日目には、外側がE-Cadherin、N-Cadherin、汎サイトケラチン、EpCAM、Sox2、Six1、Sp8、Eya2、Islet-1、β-Catenin陽性のプラコード様(嗅上皮様組織)の非神経上皮組織部、内側がE-Cadherin、汎サイトケラチン、EpCAM陰性かつN-Cadherin、NCAM、Tuj1、Chx10陽性の神経網膜の神経上皮組織が一部に形成されている細胞塊が形成された。細胞塊の外側の嗅上皮様組織は、外側がPKCζ陽性の頂端面、内側がLaminin陽性の基底面であり、頂端面-基底面の極性が生じていた。また、外側のプラコード様の上皮組織(嗅上皮様組織)中の一部の細胞はLhx2、NeuroD1、Ebf2、Tuj1、Calretinin及びNCAM陽性の嗅神経細胞又はその未成熟な前駆細胞であった。(図17B~M、図18N~AE、図19AF~AJ)。上記の結果より、多能性幹細胞を第一Wntシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養し、得られた細胞凝集体をBMPシグナル伝達経路作用物質の存在下で培養したのちに、さらにFGFシグナル伝達経路作用物質及びBMPシグナル伝達経路阻害物質の存在下で培養し、また、EGFシグナル伝達経路作用物質及び第二Wntシグナル伝達経路素材物質を添加することで、実験3と同様の細胞塊が製造できることが分かった。また、その細胞塊の内部の神経系細胞又はその前駆細胞は神経網膜の神経上皮組織を形成していることが分かった。さらに、実験3と比較したところ、浮遊培養開始13日目にEGFを添加し、浮遊培養開始17日目に新たな第二のWnt経路阻害物質を添加することにより、これらを添加しない条件よりも安定して嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む非神経上皮組織部が形成されることが分かった。形成された細胞塊の模式図を図19のAKに示す。
【0336】
[実験7:細胞塊の製造におけるBMPシグナル伝達経路作用物質の添加濃度の検討]
実験7では、ヒトES細胞を用いて、工程(2)におけるBMPシグナル伝達経路作用物質の濃度による、細胞塊の製造効率の検討を行った。実験2(図8上段を参照)と同様の実験操作を行い、工程(2)において、BMP4の培地中の濃度は0.025nM、0.1nM、0.25nM、0.5nM、1.5nM、5nM及び無添加コントロールの7条件とした。
【0337】
浮遊培養開始後28日目に倒立顕微鏡を用いて明視野観察を行った。その結果、BMPシグナル伝達経路作用物質を添加しないコントロールを除くいずれのBMP4濃度によっても、実験1と同様にヒトES細胞から直径約600μm前後の球状の細胞塊が形成されることが分かった。
【0338】
さらに、各濃度のBMP4を添加して形成された細胞塊について、全周の80%以上が非神経上皮組織部に被覆されており、球状に近い形態をした細胞塊(Grade1、例=図20のA)、全周40%から80%が非神経上皮組織部に被覆されている細胞塊又は形がいびつな細胞塊(Grade2、例=図20のB)、細胞塊表面の非神経上皮組織部の割合が40%以下である細胞塊(Grade3、例=図20のC)、まったく非神経上皮組織部が形成されていない細胞塊(Grade4、例=図20のD)の4段階に評価した。評価は、倒立顕微鏡を用いた明視野観察により行った。その結果、図20のEに示すように、BMP4を添加しない培養条件では、非神経上皮組織部は観察されなかった。工程(2)において0.5nM以上のBMP4を添加した培養条件では、全周の80%以上が非神経上皮組織部に被覆されており、球状に近い形態をしたGrade1の細胞塊が高効率で形成された。よって、嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む非神経上皮組織部を含む、細胞塊の効率的な製造において、工程(2)において添加するBMP4の濃度は0.5nM以上が好ましいことが分かった。
【0339】
[実験8:細胞塊の製造における分化誘導開始前の前処理の検討]
実験8では、ヒトiPS細胞を用いて、前処理工程(a)の有無による、細胞塊の製造効率の検討を行った。実験は、図21の上段に示す手順に従って行い、特に示された操作以外は実験1と同様の実験操作を行った。維持培養されたヒトiPS細胞を、6ウェルプレートに播種した6日後に、StemFit培地の培地交換と同時に、(1)他の条件と同量のDMSOのみ(control)、(2)300nM SAGのみ、(3)5μM SB-431542のみ、(4)5μM SB431542及び300nM SAGを添加する4つの条件にわけて前処理を行った。
【0340】
工程(a)の開始から24時間後、実験1と同様にしてY27632(終濃度20μM)、SB-431542(終濃度1μM)及びIWP-2(終濃度2μM)の存在下で浮遊培養を開始し(工程(1)開始)、浮遊培養開始後2日目にY27632を含まず、IWP-2、SB-431542及びBMP4(終濃度1.5nM)を含む培地で半量培地交換を行った(工程(2)開始)。浮遊培養開始後3日目にY27632とBMP4を含まず、IWP-2、SB-431542、FGF2、Heparin Sodium及びK02288を含む無血清培地を用いて半量培地交換を行った(工程(3c)開始)。FGF2、Heparin Sodium及びK02288のウェル中の終濃度が20ng/ml、10μg/ml及び1μMとなるようにした。その後、浮遊培養開始後6、10日目にY27632とBMP4を含まず、IWP-2、SB-431542、FGF2、Heparin Sodium及びK02288を含む無血清培地を用いて半量培地交換を行った。
【0341】
浮遊培養開始後13日目に倒立顕微鏡を用いて明視野観察を行った(図21のA~G)。前処理を実施しないヒトiPS細胞より形成された細胞凝集体は、(2)~(4)で前処理を行った細胞凝集体に比べて凝集体の直径が小さかった。また、細胞凝集体の外側の非神経上皮組織の形成具合についても、ウェル間でばらつきが見られ、非神経上皮組織が形成された細胞凝集体も、形成されない細胞凝集体も観察された(図21のA~D)。一方で、(2)SAGのみ、(3)SB-431542のみ、(4)SAG+SB-431542のいずれかの条件で前処理を実施した細胞から形成された細胞凝集体のうち、90%以上はコントロールよりも直径が大きく、表面の非神経上皮組織も効率よく形成されていた(図21のE~G)。
【0342】
さらに、各条件で前処理を行ったヒトiPS細胞から形成された凝集塊について、実験7と同様にGrade1~4の4段階に評価した。その結果、図21のHに示すように、(2)SAGのみ、(3)SB-431542のみ、(4)SAG+SB-431542のいずれかの条件で前処理を実施した場合に、全周の80%以上が非神経上皮組織部に被覆されており、球状に近い形態をしたGrade1の細胞凝集体が高効率に安定して得られた。よって、嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の効率的な製造において、(2)SAGのみ、(3)SB-431542のみ、(4)SAG+SB-431542のいずれかの条件で前処理を実施することが好ましいことが分かった。
【0343】
[実験9:細胞塊の製造における第一Wntシグナル伝達経路阻害物質の検討]
実験9では、ヒトiPS細胞を用いて、第一Wntシグナル伝達経路阻害物質の種類による、細胞塊の製造効率の検討を行った。図22の上段に示す手順に従って実験を行い、特に示された操作以外は、実験3と同様の実験操作を行った。維持培養及び工程(a)を行ったヒトiPS細胞を、第一Wntシグナル伝達経路阻害物質、Y27632(終濃度20μM)及びSB-431542(終濃度1μM)を添加した培地で浮遊培養を開始した。
【0344】
第一Wntシグナル伝達経路阻害物質として、IWP-2(Tocris Bioscience社製、終濃度2μM)、IWP-3(Cayman Chemicals社製、終濃度2μM)、IWP-4(Cayman Chemicals社製、終濃度2μM)、Wnt C-59(Cayman Chemicals社製、終濃度20nM)、KY02111(Cayman Chemicals社製、終濃度1μM)を用いた。第一Wntシグナル伝達経路阻害物質無添加のコントロールとしては、DMSOを添加した。
【0345】
浮遊培養開始後2日目にY27632を含まず、各第一Wntシグナル伝達経路阻害物質、SB-431542及びBMP4(終濃度1.5nM)を含む無血清培地を1ウェルあたり100μl加えた。さらに、浮遊培養開始後3日目にY27632とBMP4を含まず、SB-431542、K02288、FGF2、Heparin Sodium及びEGFを含む無血清培地を用いて半量培地交換を行った。K02288、FGF2、Heparin Sodium、EGFはウェル中の終濃度が10μM、20ng/ml、10μg/ml及び20ng/mlとなるようにした。浮遊培養開始後6、10、13、17、21、24日目にY27632とBMP4を含まず、各第一Wntシグナル伝達経路阻害物質とSB-431542、K02288、FGF2、Heparin Sodium及びEGFを含む無血清培地を用いて半量培地交換を行った。
【0346】
浮遊培養開始後28日目に、倒立顕微鏡を用いて、明視野観察を行った(図22のA~F)。第一Wntシグナル伝達経路阻害物質を添加しない条件を除き、実験3と同様に、外側に非神経上皮様の組織が形成された球状の細胞塊が形成されることが分かった。
【0347】
比較実験1と同様の方法に従って、浮遊培養開始後28日目の細胞塊の蛍光免疫染色を行った。一次抗体として、表1に記載のプラコード及び非神経上皮組織を染色する抗Six1抗体及び抗汎サイトケラチン抗体、プラコード及び神経系細胞を染色する抗Sox2抗体を用いた。蛍光標識二次抗体として、表2に記載のAlexa488標識ロバ抗ウサギ抗体、CF555標識ロバ抗ヤギ抗体及びAlexa647標識ロバ抗マウス抗体を用いて多重染色を行った。核の対比染色にはHoechst33342を用いた。染色結果の陽性と陰性の判断は、予備実験1と同様に行った。
【0348】
染色結果を図23に示す。第一Wntシグナル伝達経路阻害物質を添加しない条件では、浮遊培養開始より2日目にBMP4を添加しても細胞凝集体の表面に非神経上皮組織が形成されなかった。一方で、浮遊培養開始時点よりIWP-2、IWP-3、IWP-4、Wnt C-59、KY02111を添加した各条件では、内側に神経上皮様の凝集体が存在し、表面に非神経上皮組織を有する凝集体が形成された。さらに、蛍光免疫染色の結果、各種の第一Wntシグナル伝達経路阻害物質を添加した条件では、Six1、Sox2、サイトケラチン陽性で肥厚している嗅上皮プラコード様の組織が細胞塊表面の非神経上皮中に形成されることが分かった(図23G)。上記の結果より、第一Wntシグナル伝達経路阻害物質の添加が、BMPシグナル伝達経路作用物質の添加による嗅上皮プラコード様の非神経上皮組織を含む細胞塊の製造に有用であることが分かった。
【0349】
[実験10:三次元培養器を用いた細胞塊の製造]
実験10では、ヒトiPS細胞を実験5とは異なる培養容器を用いて培養し、浮遊培養開始4日目にBMPシグナル伝達経路阻害物質の洗浄を行って細胞塊の製造を行った。実験は、図24の上段に示す手順に従い、特に示された実験操作以外は実験3と同様に行った。
【0350】
具体的には、維持培養されたヒトiPS細胞を用いて、工程(a)を行った後、単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96ウェル三次元培養器(PrimeSurface 96スリットウェルプレート、MS-9096S、住友ベークライト株式会社製)に1ウェルあたり1×10細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%COの条件下で浮遊培養した。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程(1)開始)に、上記無血清培地にY27632(終濃度20μM)、IWP-2(終濃度2μM)、SB-431542(終濃度1μM)を添加した。
【0351】
浮遊培養開始後2日目にY27632を含まず、IWP-2、SB-431542及びBMP4を含む無血清培地を1プレートあたり19.2ml添加した(工程(2)開始)。BMP4は添加する培地に2.25nM添加し、培地中の終濃度が1.5nMとなるようにした。
【0352】
浮遊培養開始後3日目にY27632及びBMP4を含まず、IWP-2、SB-431542、K02288(終濃度10μM)、FGF2(終濃度20ng/ml)、EGF(終濃度20ng/ml)及びHeparin Sodium(終濃度10μg/ml)を含む無血清培地を用いて半量培地交換を行った(工程(3c)開始)。K02288、FGF2、EGF及びHeparin Sodiumは添加する培地に2倍の濃度で添加し、ウェル中の終濃度が記載の濃度となるようにした。次に、浮遊培養開始後4日目にプレート中の培地をピペットで吸引して除き、15mlのIMDMとF-12の1:1混合液による洗浄操作を3回行い、さらにY27632、BMP4及びK02288を含まず、IWP-2、SB-431542、FGF2、EGF及びHeparin Sodiumを含む培地を30ml添加し、プレート中のK02288を可能な限り除去した(工程(3d)開始)。浮遊培養開始後10、13、17日目にY27632、BMP4及びK02288を含まず、IWP-2、SB-431542、FGF2、EGF及びHeparin Sodiumを含む無血清培地を用いて半量培地交換を行った。
【0353】
浮遊培養開始後28日目に、倒立顕微鏡を用いて、明視野観察を行った(図24のA及びB)。三次元培養器であるスリットウェルプレートを用い、培養途中でBMPシグナル伝達経路阻害物質を培地中から除去する分化誘導条件においても、外側に肥厚した嗅上皮様の非神経上皮組織を有する細胞塊が形成された。
【0354】
[実験11:細胞塊の製造におけるBMPシグナル伝達経路作用物質の添加時期の検討]
実験11では、ヒトiPS細胞を用いて、BMPシグナル伝達経路作用物質の添加時期、すなわち工程(2)の開始時期を浮遊培養開始後1日目から6日目まで変化させ、細胞塊の製造効率の検討を行った。実験は、図25上段に示す手順に従って行い、特に記載された実験操作以外は実験1と同様に行った。
【0355】
維持培養されたヒトiPS細胞を用いて、工程(a)を行った後、単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96ウェル三次元培養器(PrimeSurface 96スリットウェルプレート、MS-9096S、住友ベークライト株式会社製)に1ウェルあたり1×10細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%COの条件下で浮遊培養した。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程(1)開始)に、上記無血清培地にY27632(終濃度20μM)、IWP-2(終濃度2μM)、SB-431542(終濃度1μM)を添加した。
【0356】
浮遊培養開始後1、2、3、4、6日目のいずれかの時点でY27632を含まず、IWP-2、SB-431542、BMP4を含む無血清培地を1ウェルあたり100μl加えた(工程(2)開始)。BMP4は添加する培地に3nM添加し、ウェル中の終濃度が1.5nMとなるようにした。
【0357】
さらに、BMP4を含む無血清培地を添加した翌日にY27632とBMP4を含まず、SB-431542、K02288、FGF2及びHeparin Sodium、EGFを含む無血清培地を用いて半量培地交換を行った(工程(3c)開始)。K02288、FGF2、Heparin Sodium及びEGFは添加する培地にそれぞれ20μM、40ng/ml、20μg/ml、40ng/ml添加し、ウェル中の終濃度が10μM、20ng/ml、10μg/ml、20ng/mlとなるようにした。その後、浮遊培養開始後6、10日目にY27632とBMP4を含まず、IWP-2、SB-431542、FGF2、Heparin Sodium及びK02288を含む無血清培地を用いて半量培地交換を行った。浮遊培養開始後4及び6日目にBMP4を添加する条件では、浮遊培養開始後3日目にSB-431542とIWP-2のみを含む培地を100μl添加し、BMP4を添加した培地を加える直前にウェルから100μlの培地を除いた。
【0358】
浮遊培養開始後13日目に倒立顕微鏡を用いて明視野観察を行った(図25のA~E)。浮遊培養開始後1、2、3日目のいずれかの時点でBMP4を添加した条件では、細胞凝集体の表面に非神経上皮組織が形成されており、さらに浮遊培養開始後2日目にBMP4を添加した条件が細胞凝集体の直径がより大きく、最も効率よく安定して表面に非神経上皮組織を有する細胞凝集体が形成されていた(図25のA~C)。一方で、浮遊培養開始後4又は6日目にBMP4を添加した条件では、神経網膜の分厚い神経上皮のみが形成されており、細胞凝集体の表面に非神経上皮組織の形成が見られなかった(図25のD、E)。上記の結果から、神経組織部及び非神経上皮組織部を含む細胞塊を製造するためには、浮遊培養開始後96時間以内にBMPシグナル伝達経路作用物質を添加して工程(2)を開始することが好ましく、遊培養開始後24時間以降72時間以内にBMPシグナル伝達経路作用物質を添加することがより好ましいことが分かった。
【0359】
[実験12:細胞塊の製造における工程(2)の開始時期の検討]
実験12は、浮遊培養開始後2日目から6日目の細胞凝集塊の表面を観察し、BMPシグナル伝達経路作用物質の適切な添加時期の検討を行った。実験は、図26上段に示す手順に従って行い、特に示された実験操作以外は、比較実験1と同様に行った。
【0360】
維持培養されたヒトiPS細胞を用いて、工程(a)を行った後、単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96ウェル三次元培養器(PrimeSurface 96スリットウェルプレート、MS-9096S、住友ベークライト株式会社製)に1ウェルあたり1×10細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%COの条件下で浮遊培養した。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程(1)開始)には、上記無血清培地にY27632(終濃度20μM)、IWP-2(終濃度2μM)及びSB-431542(終濃度1μM)を添加した。
【0361】
浮遊培養開始後2、3、4、6日目のいずれかの時点で倒立顕微鏡を用いて明視野観察を行った(図26のA~D)。浮遊培養開始後2日目の凝集体は表面に凹凸がみられ、歪な形状であるのに対し、浮遊培養開始後3、4、6日目の凝集体は2日目に見られた凹凸が減少し、球体に近い形状を呈していた(図26のB~D)。
【0362】
比較実験1と同様の方法に従って、浮遊培養開始後2、3、4、6日目の細胞塊の蛍光免疫染色を行った。一次抗体としては、表1に記載の密着結合を染色する抗ZO-1抗体を用いた。蛍光標識二次抗体として、Alexa488標識ロバ抗ウサギ抗体を用い、核の対比染色にはHoechst33342を用いた。染色結果の陽性と陰性の判断は、予備実験1と同様に行った。
【0363】
染色結果を図26に示す。浮遊培養開始後2日目の細胞凝集体では、凝集体の最も表層の細胞の一部がZO-1陽性であり、密着結合を形成していた(図26のE)。浮遊培養開始後3、4、6日目の細胞凝集体では、表層のZO-1陽性の細胞の割合が顕著に減少していた(図26のF~H)。実験11に記載の通り、嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の製造において浮遊培養開始後2日目は好ましいBMPシグナル伝達経路作用物質の添加時期であり、実験12の結果より、嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊の製造過程におけるBMPシグナル伝達経路作用物質の添加時期を決定するための手法として、細胞凝集体の最も表層の細胞における密着結合の検出が利用可能であることが分かった。
【0364】
[実験13:生体の嗅上皮において発現している遺伝子の解析]
実験13では、胎生14.5日目ラット胚より嗅上皮を含む頭部の冠状切片を作製し、免疫染色を行い、本願に記載の製造法に製造された嗅上皮と比較した。妊娠14.5日目ラットより子宮内の胚を回収し、PBSで洗浄後、4%パラホルムアルデヒド・りん酸緩衝液(富士フィルム和光純薬株式会社製)で室温1時間固定した。固定後の胚をPBSで洗浄後、凍結時の組織の保護のために10%、20%、30%スクロース/PBS溶液に固定後の胚を沈降するまで順に浸漬した。凍結保護処理後の胚の頸部を解剖用ハサミで切断し、その頭部をクリオモルド<2号>(Sakura Finetek社製)に移し、頭部の周囲の余分な30%スクロース/PBSをマイクロピペッターで除いた後にO.C.Tコンパウンド(Sakura Finetek社製)に包埋し、ドライアイスで冷却したアルミヒートブロック上で急速凍結し、凍結切片作製用のブロックを作製した。上記胚を包埋したブロックからライカCM1950クライオスタット(Leica社製)により10μm厚の凍結切片を作製し、プラチナプロコートスライドグラス(松浪硝子工業株式会社製)に張り付けた。スライドグラス上の凍結切片の周囲をウルトラパップペン(株式会社バイオメディカルサイエンス製)で囲んだ後、0.2%Triton-X100/TBSで室温10分間透過処理し、続けてブロッキング試薬N-102(日油株式会社製)とSuperBlock (TBS) Blocking Buffer(Thermo Fisher Scientific社製)の体積比1:4混合液で室温30分間ブロッキング処理を行った。
【0365】
ブロッキング処理後の凍結切片に関し、Antibody Diluent OP Quanto(Thermo Fisher Scientific社製)で希釈した一次抗体をスライドグラス1枚あたり300μl添加し、湿箱中にて4℃で一晩反応させた。一次抗体処理後の凍結切片を0.05% Tween-20/TBSで室温10分間処理する洗浄操作を3回行った後に、Blocking One Histo(ナカライテスク株式会社製)と0.2%Triton-X100/TBSを1:19の割合で混合した緩衝液で二次抗体を希釈し、希釈液をスライドグラス1枚あたり300μl凍結切片に添加し、室温で1時間反応させた。二次抗体処理後の凍結切片を0.05% Tween-20/TBSで室温10分間処理する洗浄操作を3回行った後に、純水で凍結切片を一回洗浄し、その後、NEOカバーグラス(松浪硝子工業株式会社製)とスライドグラス1枚当たり30μlのProlong Diamond(Thermo Fisher Scientific社製)を用いて凍結切片を封入した。封入後の標本を室温の暗所で一晩静置してProlong Diamondを固化させたのち、透明のマニキュアでカバーグラスの周囲をコーティングし室温の暗所で風乾後、蛍光顕微鏡による観察を行った。標本の観察及び画像の取得には正立蛍光顕微鏡Axio Imager M2(Carl Zeiss社製)及び附属ソフトウェアのAxio Visionを用いた。
【0366】
蛍光免疫染色で用いる一次抗体として、表1に記載のSox2、E-Cadherin、Otx2、β-Catenin、Dlx5、Tuj1、Ebf2、汎サイトケラチン、PKCζ、EpCAM、ラミニンに対する抗体、及び嗅神経細胞を染色する抗Ebf1抗体を用いた。蛍光標識二次抗体としては、表2に記載の抗体を用い、核の対比染色のために1μg/mlのHoechst33342を二次抗体希釈液中に添加した。染色結果の陽性と陰性の判断は、予備実験1と同様に行った。
【0367】
染色結果を図27に示す。生体の嗅上皮はサイトケラチン、EpCAM、β-Catenin、E-Cadherin陽性の非神経上皮であると同時に、Ebf1、Ebf2、Tuj1陽性の嗅神経細胞が存在することが分かった。さらに、Otx2、Dlx5、Sox2といった胚の前方領域のプラコードマーカー遺伝子を発現していた。加えて、嗅上皮の表面はPKCζ陽性の頂端面であり、内側はLaminin陽性の基底面であり、頂端-基底軸の極性があることが分かった。上記の結果と比較したところ、本願に記載の方法で製造された嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊中の組織は、生体の嗅上皮と極めてよく似た構造を再現することに成功していることが分かった。
【0368】
[実験14:細胞塊の製造におけるWntシグナル伝達経路作用物質と阻害物質の併用の検討]
図28上段に示す手順に従って、Wntシグナル伝達経路作用物質と阻害物質とを併用して細胞塊を作製した。ヒトiPS細胞(HC-6#10株、理化学研究所より入手)は、実験1と同様の方法により維持培養及び工程(a)を行った。1ウェルあたりの細胞数が9×10細胞となるようにした以外は、実験1と同様の方法により96ウェル培養プレートにて浮遊培養を開始した。
【0369】
浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程(1)開始)に、上記無血清培地にY27632(終濃度20μM)、IWP-2(終濃度2μM)、SB-431542(終濃度1μM)を添加した。加えて、Wntシグナル伝達経路作用物質としてCHIR99021(Cayman Chemical社製)を終濃度300nMとなるように添加した。Wntシグナル伝達経路阻害物質であるIWP-2とWntシグナル伝達経路作用物質であるCHIR99021とを併用した場合、βカテニン依存的なWnt-Canonical Pathwayは活性化され、βカテニン非依存的なWnt-non-Canonical Pathwayは阻害される。
【0370】
浮遊培養開始後2日目にY27632を含まず、SB-431542、BMP4、IWP-2及びCHIR99021を含む無血清培地を1ウェルあたり100μl加えた(工程(2)開始)。BMP4は添加する培地に3nM添加し、ウェル中の終濃度を1.5nMとした。
【0371】
浮遊培養開始後3日目にY27632及びBMP4を含まず、IWP-2、SB-431542、FGF2及びCHIR99021を含む無血清培地を用いて半量培地交換を行った(工程(3a)開始)。その後、浮遊培養開始後6日目と10日目にY27632及びBMP4を含まず、IWP-2、SB-431542、FGF2、CHIR99021、K02288を含む無血清培地を用いて半量培地交換を行った(工程(3c)開始)。K02288の濃度及び添加時期は、ヒトiPS細胞株HC-6#10株向けに調整し、浮遊培養開始後6日目に添加する培地に2μM添加し、ウェル中の終濃度が1μMとなるようにした。浮遊培養開始後13日目にIWP-2、SB-431542、FGF2、CHIR99021及びK02288を含む培地に、終濃度が20ng/mlになるようにEGFを2倍量添加した培地で半量培地交換を行った。浮遊培養開始後17日目にIWP-2、SB-431542、FGF、CHIR99021、K02288、EGFを含む培地で半量培地交換を行い、浮遊培養開始後21日目まで培養した。浮遊培養開始後21日目に倒立顕微鏡を用いて、得られた細胞塊の明視野観察を行った。
【0372】
ヒトiPS細胞株HC-6#10より上記分化誘導法で誘導された浮遊培養開始後21日目の細胞塊は、Wntシグナル伝達経路阻害物質であるIWP-2を添加した条件でそのシグナル伝達下流のWntシグナル伝達経路活性化物質CHIR99021を添加しても、嗅上皮様組織が細胞塊の外側に形成されることが分かった。さらに、ヒトiPS細胞株由来細胞塊の内部の神経系組織の死細胞が減少し、より高品質な嗅上皮様組織を含む細胞塊が形成されていた(図28のA、B)。この結果から、1)PORCN阻害剤の非神経上皮組織形成促進作用は、βカテニン依存的なWnt-Canonical Pathwayの阻害によるものではないこと、2)一定の程度(3μM CHIR99021以下程度)のβカテニン依存的なWnt-Canonical Pathwayの活性は、細胞塊内部の神経組織の生存と上皮形成の促進に作用し、ES細胞又はiPS細胞の株の性質によってはWntシグナル伝達経路阻害物質とWntシグナル伝達経路活性化物質との併用が、良質な細胞塊の製造に有効であることが示された。
【0373】
[実験15:細胞塊の製造におけるTAK1阻害剤の効果の検討]
図29上段に示す手順に従って、工程(3)においてTAK1阻害剤を添加して細胞塊を作製した。ヒトiPS細胞(HC-6#10株、理化学研究所より入手)は、実験1と同様の方法により維持培養及び工程(a)を行った。1ウェルあたりの細胞数が9×10細胞となるようにした以外は、実験1と同様の方法により96ウェル培養プレートにて浮遊培養を開始した。
【0374】
浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程(1)開始)に、上記無血清培地にY27632(終濃度20μM)、IWP-2(終濃度2μM)、SB-431542(終濃度1μM)及びCHIR99021(終濃度300nM)を添加した。
【0375】
浮遊培養開始後2日目にY27632を含まず、SB-431542、BMP4、IWP-2及びCHIR99021を含む無血清培地を1ウェルあたり100μl加えた(工程(2)開始)。BMP4は添加する培地に3nM添加し、ウェル中の終濃度を1.5nMとした。
【0376】
浮遊培養開始後3日目にY27632及びBMP4を含まず、IWP-2、SB-431542、FGF2、Heparin Sodium及びCHIR99021を含む無血清培地を用いて半量培地交換を行った。さらにTAK1阻害剤である5z-7-oxozeaenol(Cayman Chemical社製)を添加する培地に4μM添加し、ウェル中の終濃度が2μMとなるようにした(工程(3a)開始)。その後、浮遊培養開始後6日目と10日目にY27632とBMP4を含まず、IWP-2、SB-431542、FGF2、Heparin Sodium、CHIR99021、K02288及び5z-7-oxozeaenolを含む無血清培地を用いて半量培地交換を行った(工程(3c)開始)。浮遊培養開始後13日目にIWP-2、SB-431542、FGF2、Heparin Sodium、CHIR99021、K02288及び5z-7-oxozeaenolを含む培地にEGFを終濃度が20ng/mlになるように2倍量添加した培地で半量培地交換を行った。浮遊培養開始後17日目にIWP-2、SB-431542、FGF2、Heparin Sodium、CHIR99021、K02288、5z-7-oxozeaenol及びEGFを含む培地で半量培地交換を行い、浮遊培養開始後21日目まで培養した。浮遊培養開始後21日目に倒立顕微鏡を用いて、得られた細胞塊の明視野観察を行った。
【0377】
ヒトiPS細胞株HC-6#10より上記分化誘導法で誘導された浮遊培養開始後21日目の細胞塊は、TAK1阻害剤を添加しない条件で製造された細胞塊よりもさらに効率よく細胞塊の表面に嗅上皮様組織が形成されていた(図29のA、B)。この結果から、工程(3)において、TGF-β受容体阻害剤、BMP受容体阻害剤に加え、TGF-β受容体とBMP受容体の下流の細胞内シグナル伝達因子であるTAK1を阻害することにより、さらに効率よくプラコードと嗅上皮様組織への分化誘導が生じることが分かった。
【0378】
[実験16:粘性を有する培地での細胞塊の製造及び同培地中での細胞塊の成熟培養]
図30上段に示す方法に従って、細胞塊を粘性を有する培地で成熟培養させた。特許第6176770号公報を参照し、粘性を有する培地を調製した。具体的には、メチルセルロース(Sigma Aldrich社製、viscosity:4000cP、M0512)を3g秤量し、撹拌子を入れた500mlの広口メディウム瓶中でオートクレーブにより滅菌した後、100mlの培地を添加した。培地としては、F-12+Glutamax培地とIMDM+Glutamax培地の体積比1:1混合液に5% Knockout Serum Replacement、10%ウシ胎児血清(Biosera社製)、450μM 1-モノチオグリセロール、1x Chemically defined lipid concentrate、50unit/mlペニシリン-50μg/mlストレプトマイシン、20ng/ml FGF-TS、20ng/ml EGF、20ng/ml IGF-1(R&D Systems社製)、10μg/ml Heparin Sodium、1μM SB431542、1μM K02288、300nM CHIR99021、100nM EC23(レチノイン酸シグナル伝達経路作用物質)を添加した培地を用いた。培地を添加したメチルセルロース入りのメディウム瓶を、低温室内で高粘度液体対応のスターラー(アサヒ理化製作所製、AMG-H)を用いて一晩攪拌した。翌日にメチルセルロースの溶け残りがないか確認した後に、冷蔵庫内に3日間静置し、培養液中の気泡を除去した。この方法により調製された3%メチルセルロースを含有する培地は、水あめ状の高い粘性を有する液体であった。
【0379】
ガス透過性のフィルム底6cmディッシュ(lumoxディッシュ、94.6077.333、ザルスタット社製)に上記方法で調製した粘性を有する培地をポジティブディスプレイスメント方式のピペット(Micoroman M1000、ギルソン社製)を用いて8ml添加し、COインキュベーター内で平衡化した。その後、実験15に記載の方法で調製した培養21日目の細胞塊を96ウェルプレートから15mlチューブへと回収し、5%KSR gfCDM培地で一度洗浄した後、5%KSR gfCDM培地が入った浮遊培養用6cmディッシュへと移した。さらに、広口のピペットチップを用いてディッシュ中の細胞塊を回収し、培地8μlと一緒に粘性を有する培地が入ったディッシュ中に1個ずつ吐出した。6cmディッシュ1枚当たりの細胞塊の数は24個とした。細胞塊を移し終えたディッシュをCOインキュベーター内に戻し、培養した(工程(3e)開始)。培養開始後3日又は4日に一回、400ng/ml FGF-TS、400ng/ml EGFを含む5%KSR gfCDM 500μlを均一になるように滴下した。高粘性培養開始後24日目、分化誘導開始より45日目に倒立顕微鏡を用いて明視野観察を行った。
【0380】
ヒトiPS細胞株HC-6#10より上記分化誘導法で誘導された浮遊培養開始後45日目の細胞塊は、細胞塊の表面により肥厚した嗅上皮様組織が形成されていた(図30のA)。この結果から、粘性を有する培地中で細胞塊を培養することは、組織の物理的損傷を抑制し、長期間の培養に有効であることが分かった。また、その際の培地には、分化誘導の際に用いた因子に加え、IGF、血清及びレチノイン酸シグナル伝達経路作用物質を添加すると嗅上皮様組織をさらに効率よく維持できることが分かった。
【0381】
[実験17:細胞塊の製造における基底膜標品の効果の検討]
図31上段に示す手順に従って、工程(3)において基底膜標品存在下で細胞塊を作製した。ヒトiPS細胞(HC-6#10株、理化学研究所より入手)は、実験1と同様の方法により維持培養及び工程(a)を行った。1ウェルあたりの細胞数が9×10細胞となるようにした以外は、実験1と同様の方法により96ウェル培養プレートにて浮遊培養を開始した。
【0382】
浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程(1)開始)に、上記無血清培地にY27632(終濃度20μM)、IWP-2(終濃度2μM)、SB-431542(終濃度1μM)及びCHIR99021(終濃度300nM)を添加した。
【0383】
浮遊培養開始後2日目にY27632を含まず、SB-431542、BMP4、IWP-2及びCHIR99021を含む無血清培地を1ウェルあたり100μl加えた(工程(2)開始)。BMP4は添加する培地に3nM添加し、ウェル中の終濃度を1.5nMとした。
【0384】
浮遊培養開始後3日目にY27632とBMP4を含まず、IWP-2、SB-431542、FGF2、CHIR99021、Heparin Sodium及び5z-7-oxozeaenolを含む無血清培地を用いて半量培地交換を行った(工程(3a)開始)。その後、浮遊培養開始後6日目と10日目にY27632とBMP4を含まず、IWP-2、SB-431542、FGF2、CHIR99021、Heparin Sodium、K02288及び5z-7-oxozeaenolを含む無血清培地を用いて半量培地交換を行った(工程(3c)開始)。浮遊培養開始後13日目にIWP-2、SB-431542、FGF2、CHIR99021、Heparin Sodium、K02288、5z-7-oxozeaenolを含む培地にEGFを終濃度が20ng/mlになるように2倍量添加した培地で半量培地交換を行った。浮遊培養開始後17日目にIWP-2、SB-431542、FGF2、CHIR99021、Heparin Sodium、K02288、5z-7-oxozeaenol及びEGFを含む培地で半量培地交換を行い、浮遊培養開始後21日目まで培養した。上記培養条件をコントロールとし、浮遊培養開始6、10又は13日目に終濃度が1%となるようにCorning マトリゲル基底膜マトリックスグロースファクターリデュースト(GFR)(Corning社製)を添加した培地で半量培地交換を行った条件と比較した。浮遊培養開始後21日目に倒立顕微鏡を用いて、得られた細胞塊の明視野観察を行った。
【0385】
ヒトiPS細胞株HC-6#10より上記分化誘導法で誘導された浮遊培養開始後21日目の細胞塊において、浮遊培養開始6日目にマトリゲルを添加した条件では無添加のコントロールに対し細胞塊が大きく成長する一方、表面の嗅上皮様の上皮の割合は低下していた(図31のA、B)。浮遊培養開始10日目又は13日目にマトリゲルを添加した条件では表面の嗅上皮様の上皮がおおいに肥厚し、増殖していた(図31のC、D)。上記の結果から、細胞塊の製造工程において基底膜標品を添加することにより嗅上皮様組織の成長を促進できることが分かった。またその際の基底膜標品の濃度は、マトリゲルを用いた際には0.5%以上4%以下であることが好ましく、実験操作の点から0.5%以上1.5%以下である際が最も好ましかった。
【0386】
[実験18:細胞塊の製造における基底膜標品中での包埋培養の効果の検討]
図32上段の手順に従って、マトリゲル包埋培養を行った。実験15に記載の方法で調製した培養10日目又は培養13日目の細胞塊を96ウェルプレートから15mlチューブへと回収し、5%KSR gfCDM培地で一度洗浄した後、5%KSR gfCDM培地が入った浮遊培養用6cmディッシュへと移し、37℃に置いた。4℃で保冷しておいた保冷剤の上に置いた浮遊培養用6cmディッシュ中に氷上で解凍したマトリゲルを30μlずつ滴下し、20個程度の液滴を作成した。回収した上記細胞塊をワイドボアチップにより1個ずつディッシュ中のマトリゲル内に吐出した後、37℃に30分間置き、マトリゲルをゲル化させた。マトリゲルが固まったのち、5%KSR gfCDMに20ng/ml FGF-TS、20ng/ml EGF、10μg/ml Heparin Sodium、2μM IWP-2、1μM SB431542、1μM K02288、300nM CHIR99021、2μM 5z-7-Oxozeaenolを添加した培地を5ml加え、培養した(工程(3e)開始)。マトリゲル包埋培養開始後11日目、分化誘導開始より21日目に倒立顕微鏡を用いて明視野観察を行った。
【0387】
その結果、培養10日目に細胞塊のマトリゲル包埋培養を実施したサンプルでは、嗅上皮様の上皮組織の外側に神経堤細胞又は頭部間葉系細胞様の組織が形成されていた(図32のA)。培養13日目に包埋培養を実施したサンプルでも同様であった。上記の結果から、マトリゲル包埋培養により嗅上皮と中枢神経系に加え将来の嗅神経鞘細胞となる神経堤細胞又は頭部間葉系組織を備えた細胞塊を形成することができることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0388】
本発明によれば、多能性幹細胞から嗅神経細胞又はその前駆細胞を含む細胞塊を低コストに効率よく製造することが可能になる。
【0389】
【表1】


【0390】
【表2】
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24
図25
図26
図27
図28
図29
図30
図31
図32