(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-21
(45)【発行日】2023-09-29
(54)【発明の名称】核酸送達用ポリマー化合物
(51)【国際特許分類】
C08G 65/333 20060101AFI20230922BHJP
C08G 65/24 20060101ALI20230922BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20230922BHJP
A61K 48/00 20060101ALI20230922BHJP
A61K 31/7105 20060101ALI20230922BHJP
A61K 31/711 20060101ALI20230922BHJP
A61K 31/713 20060101ALI20230922BHJP
A61K 47/60 20170101ALI20230922BHJP
C12N 15/11 20060101ALI20230922BHJP
C12N 15/88 20060101ALI20230922BHJP
C07K 14/00 20060101ALI20230922BHJP
C08G 65/28 20060101ALI20230922BHJP
【FI】
C08G65/333
C08G65/24
A61P43/00 111
A61K48/00
A61K31/7105
A61K31/711
A61K31/713
A61K47/60
C12N15/11 Z ZNA
C12N15/88 Z
C07K14/00
C08G65/28
(21)【出願番号】P 2019569607
(86)(22)【出願日】2019-02-01
(86)【国際出願番号】 JP2019003617
(87)【国際公開番号】W WO2019151478
(87)【国際公開日】2019-08-08
【審査請求日】2022-01-21
(31)【優先権主張番号】P 2018016798
(32)【優先日】2018-02-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100120134
【氏名又は名称】大森 規雄
(74)【代理人】
【識別番号】100104282
【氏名又は名称】鈴木 康仁
(72)【発明者】
【氏名】カブラル オラシオ
(72)【発明者】
【氏名】内田 智士
(72)【発明者】
【氏名】宮崎 拓也
【審査官】久保田 葵
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2017/0218219(US,A1)
【文献】MEYER et al.,Poly(glycidyl amine) and Copolymers with Glycidol and Glycidyl Amine Repeating Units: Synthesis and Characterization,Macromolecules,2011年,44,pp.4082-4091,DOI:10.1021/ma200757v
【文献】O’Connor et al.,Poly(Ethylene Glycol)-Based Backbones with High Peptide Loading Capacities,Molecules,2014年10月30日,19,pp.17559-17577,DOI:10.3390/molecules191117559
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08G65/00-67/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)のホモポリマー及び(b)のブロック共重合体から選ばれる、ポリマー化合物。
(a)次式I:
【化1】
(式中、R
1は、
【化2】
(R
3
は水素原子、又は
【化3】
(R
4
はプロピル基、置換基を有していてもよいインドリル基、又は置換基を有していてもよいフェニル基を表す。)で示される基を表す。)で示される基を表し、R
5aは、水素原子、ハロゲン原子、又は-OCOCH(NH
2)
R
3’
(
R
3’
は水素原子、又は
【化4】
(R
4は置換基を有していてもよい炭素数1~20の炭化水素基、又は置換基を有していてもよい複素環式官能基を表し、jは1~5の整数を表す。)で示される基を表し、R
5bは、水素原子、ハロゲン原子、又は-COCH(NH
2)
R
3’
(
R
3’
は前記と同様である。)で示される基を表し、mは2~5,000の整数を表す。)
で示されるホモポリマー
(b)前記(a)のホモポリマーとポリエチレングリコール鎖とのブロック共重合体
【請求項2】
ブロック共重合体が、次式II:
【化5】
〔式中、R
1は、
【化6】
(R
3
は水素原子、又は
【化7】
(R
4
はプロピル基、置換基を有していてもよいインドリル基、又は置換基を有していてもよいフェニル基を表す。)で示される基を表す。)で示される基を表し、R
2a及びR
2bは、それぞれ独立して、水素原子、又は
【化8】
(R
20は-O-CH
3で示される基、又はリガンド分子を表し、L
2は連結基を表し、nは5~20,000の整数を表す。)で示される基を表し、
L
1a及びL
1bは、それぞれ独立して連結基を表し、
mは2~5,000の整数を表す。〕
で示されるものである、請求項1に記載のポリマー化合物。
【請求項3】
L
1a及び/又はL
1bが、-CH
2CH
2O-で示されるものである、請求項
2に記載のポリマー化合物。
【請求項4】
R
2aが、
【化9】
(nは5~20,000の整数を表す。)
で示されるものである、請求項
2又は3に記載のポリマー化合物。
【請求項5】
請求項1~
4のいずれか1項に記載のポリマー化合物及び核酸を含む、ポリイオンコンプレックス。
【請求項6】
核酸がRNA又はDNAである請求項
5に記載のポリイオンコンプレックス。
【請求項7】
RNAがsiRNA、mRNA、アンチセンスRNA、RNAアプタマー、self-replicating RNA、miRNA(micro RNA)、又はlncRNA (long non cording RNA)である請求項
6に記載のポリイオンコンプレックス。
【請求項8】
DNAがアンチセンスDNA、DNAアプタマー、pDNA(plasmid DNA)、又はMCDNA(minicircle DNA)である請求項
6に記載のポリイオンコンプレックス。
【請求項9】
請求項1~
4のいずれか1項に記載のポリマー化合物を含む、標的細胞又は組織への核酸送達デバイス作製用キット。
【請求項10】
請求項
5~8のいずれか1項に記載のポリイオンコンプレックスを含む、標的細胞又は組織への核酸送達デバイス。
【請求項11】
次式I:
【化10】
(式中、R
1は、
【化11】
(R
3
は水素原子、又は
【化12】
(R
4
はプロピル基、置換基を有していてもよいインドリル基、又は置換基を有していてもよいフェニル基を表す。)で示される基を表す。)で示される基を表し、R
5aは、水素原子、ハロゲン原子、又は-OCOCH(NH
2)
R
3’
(
R
3’
は水素原子、又は
【化13】
(R
4は置換基を有していてもよい炭素数1~20の炭化水素基、又は置換基を有していてもよい複素環式官能基を表し、jは1~5の整数を表す。)で示される基を表し、R
5bは、水素原子、ハロゲン原子、又は-COCH(NH
2)
R
3’
(
R
3’
は前記と同様である。)で示される基を表し、mは2~5,000の整数を表す。)
で示されるホモポリマーとポリエチレングリコール鎖とのブロック共重合体の製造方法であって、ポリエチレングリコールを脱水した後にエポキシ開環重合を行って、ポリエチレングリコールと、前記式Iで示されるホモポリマーとのブロック共重合体を
得ることを特徴とする、前記方法。
【請求項12】
脱水がトルエンを用いて行われるものである、請求項
11に記載の方法。
【請求項13】
エポキシ開環重合が、1,2-エポキシ-5-ヘキセン又はエピクロロヒドリンを用いて行われるものである、請求項
11又は12に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、標的細胞または組織への核酸のデリバリーに関する技術分野に属し、より具体的には、ポリカチオン荷電性ポリマーの核酸デリバリー用キャリアとしての使用および新規なポリカチオン荷電性ポリマーに関する。
【背景技術】
【0002】
mRNAは、細胞質において治療用タンパク質を翻訳することから、核酸医薬として注目されている。また、核酸医薬の1つであるプラスミドDNAに関してはホストゲノムDNAへの挿入や細胞核への輸送の必要性から、mRNAのプラスミドDNAに対する優位性が確認されている(例えば、非特許文献1)。しかしながら、mRNA単体を全身投与しても、酵素による分解を速やかに受けること、リン酸基由来の負電荷により細胞に取り込まれにくいこと、免疫反応を受けることなどから、mRNA輸送担体の開発が必要とされている(例えば、非特許文献2)。
【0003】
mRNA輸送担体の1つとして、ポリイオンコンプレックス(PIC)型高分子ミセルの開発が進められている。例えば、ポリエチレングリコールとポリカチオンからなるブロック共重合体を輸送担体としてこれにmRNAを加えると、ブロック共重合体とmRNAとは静電相互作用により高分子ミセルを形成し、mRNAをコアに内包できることが確認されている(例えば、非特許文献3)。また、ブロック共重合体としてポリエチレングリコールとポリアミノ酸からなるブロック共重合体を用いることにより、mRNAの酵素分解の抑制、電荷中和による細胞取り込み量の増加、高い遺伝子発現量を達成している(例えば、非特許文献3)。
しかしながら、生体への応用に向けては、さらなる酵素分解や生体に豊富に存在するポリアニオンに対する安定性の向上が重要である。
【0004】
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】U. Sahin et. al., Nat. Rev. Drug Discovery 13 (2014) 759-780.
【文献】N. B. Tsui et. al., Clin. Chem. 48 (2002) 1647-1653.
【文献】S. Uchida et. al., Biomaterials 82 (2016) 221-228.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、RNAなどの核酸送達のためのポリマーを提供することを目的とする。
【0007】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、ポリエチレングリコールとポリグリシジルアミンからなるブロック共重合体を設計し、ポリグリシジル鎖の側鎖に1級アミンを導入することにより、上記課題を解決することに成功し、本発明を完成するに至った。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち、本発明は以下の通りである。
(1)以下の(a)のホモポリマー及び(b)のブロック共重合体から選ばれる、ポリマー化合物。
(a)1級アミンを含む側鎖を有するポリグリシジル鎖からなるホモポリマー
(b)1級アミンを含む側鎖を有するポリグリシジル鎖とポリエチレングリコール鎖とのブロック共重合体
【0009】
(2)ホモポリマーが、次式I:
【化1】
(式中、R
1は、メチレン基又はエステル結合を介した1級アミンを表し、R
5a及びR
5bは、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、又は-OCOCH(NH
2)R
3(R
3は水素原子、又は
【化2】
(R
4は置換基を有していてもよい炭素数1~20の炭化水素基、又は置換基を有していてもよい複素環式官能基を表し、jは0~5の整数を表す。)で示される基を表し、mは2~5,000の整数を表す。)
で示されるものである、(1)に記載のポリマー化合物。
【0010】
(3)メチレン基又はエステル結合を介した1級アミンが、次式:
【化3】
(R
3は水素原子、又は
【化4】
(R
4は置換基を有していてもよい炭素数1~20の炭化水素基、又は置換基を有していてもよい複素環式官能基を表し、jは0~5の整数を表す。)で示される基を表すか、又はR
3及びR
4は、それぞれ独立して、任意のアミノ酸のタンパク質における側鎖構造を表し、R
6は、水素原子、又は1若しくは複数の任意のアミノ酸を表し、kは0~5の整数を表す。)
で示されるものである、(2)に記載のポリマー化合物。
【0011】
(4)ブロック共重合体が、次式II:
【化5】
〔式中、R
1は、メチレン基又はエステル結合を介した1級アミンを表し、R
2a及びR
2bは、それぞれ独立して、水素原子、又は
【化6】
(R
20は-O-CH
3で示される基、又はリガンド分子を表し、L
2は連結基を表し、nは5~20,000の整数を表す。)で示される基を表し、
L
1a及びL
1bは、それぞれ独立して連結基を表し、
mは2~5,000の整数を表す。〕
で示されるものである、(1)に記載のポリマー化合物。
【0012】
(5)メチレン基又はエステル結合を介した1級アミンが、次式:
【化7】
(R
3は水素原子、又は
【化8】
(R
4は置換基を有していてもよい炭素数1~20の炭化水素基、又は置換基を有していてもよい複素環式官能基を表し、jは0~5の整数を表す。)で示される基を表すか、又はR
3及びR
4は、それぞれ独立して、任意のアミノ酸の側鎖を表し、R
6は、水素原子、又は1若しくは複数の任意のアミノ酸を表し、kは0~5の整数を表す。)で示されるものである、(4)に記載のポリマー化合物。
【0013】
(6)R
1が-CH
2NH
2又は-CH
2CH
2CH
2CH
2NH
2で示されるものである、(2)~(5)のいずれか1項に記載の化合物。
(7)R
1が
【化9】
(R
3は水素原子、又は
【化10】
(R
4はプロピル基、置換基を有していてもよいインドリル基、又は置換基を有していてもよいフェニル基を表す。)で示される基を表す。)で示されるものである、(2)~(5)のいずれか1項に記載の化合物。
(8)L
1a及び/又はL
1bが、-CH
2CH
2O-で示されるものである、(4)~(7)のいずれか1項に記載の化合物。
(9)R
2が、
【化11】
(nは5~20,000の整数を表す。)
で示されるものである、(4)~(8)のいずれか1項に記載の化合物。
【0014】
(10)(1)~(7)のいずれか1項に記載のポリマー化合物及び核酸を含む、ポリイオンコンプレックス。
(11)核酸がRNA又はDNAである(10)に記載のポリイオンコンプレックス。
(12)RNAがsiRNA、mRNA、アンチセンスRNA、RNAアプタマー、self-replicating RNA、miRNA(micro RNA)、又はlncRNA (long non cording RNA)である(11)に記載のポリイオンコンプレックス。
(13)DNAがアンチセンスDNA、DNAアプタマー、pDNA(plasmid DNA)、又はMCDNA(minicircle DNA)である(11)に記載のポリイオンコンプレックス。
(14)(1)~(9)のいずれか1項に記載のポリマー化合物を含む、標的細胞又は組織への核酸送達デバイス作製用キット。
【0015】
(15)(10)~(13)のいずれか1項に記載のポリイオンコンプレックスを含む、標的細胞又は組織への核酸送達デバイス。
(16)1級アミンを含む側鎖を有するポリグリシジル鎖とポリエチレングリコール鎖とのブロック共重合体の製造方法であって、ポリエチレングリコールを脱水した後にエポキシ開環重合を行って、ポリエチレングリコールと、側鎖を有するポリグリシジル鎖とのブロック共重合体を得、当該ポリグリシジル鎖の側鎖に1級アミンを導入することを特徴とする、前記方法。
(17)脱水がトルエンを用いて行われるものである、(16)に記載の方法。
(18)エポキシ開環重合が、1,2-エポキシ-5-ヘキセン又はエピクロロヒドリンを用いて行われるものである、(16)又は(17)に記載の方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、RNA医薬の医療への応用が可能となった。例えば、siRNAでは生体内で疾患の原因となる遺伝子の発現を抑制することができ、mRNAでは、治療用タンパク質を安全かつ持続的に供給することができる。さらに、RNAの酵素分解を著明に抑制し、RNA導入効率を高めることが可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】PEG-PLL、PEG-PGBA、PEG-PGMA、PEG-PGLeuからなる高分子ミセルの分解酵素に対する安定性試験を行った結果を示す図である。
【
図2】PEG-PLL、PEG-PGBA、PEG-PGMAを用いた培養細胞への遺伝子導入試験結果を示す図である。
【
図3】PEG-PLL、PEG-PGBA、PEG-PGMA、PEG-PGGly、PEG-PGLeu、PEG-PGTry、PEG-PGTyrを用いたヘパリン中でのポリアニオン耐性試験を行った結果を示す図である。
【
図4】PEG-PLL、PEG-PGBA、PEG-PGMA、PEG-PGGly、PEG-PGLeu、PEG-PGTry、PEG-PGTyrを用いたヘパリン中でのポリアニオン耐性試験を行った結果を示す図である。
【
図5】PEG-PLL、PEG-PGBA、PEG-PGMAを用いた生体内における安定性試験を行った結果を示す図である。
【
図6】PEG-PLLおよびPEG-PGLeuを用いた加水分解試験を行った結果を示す図である。
【
図7】PEG-PLL、PEG-PGLeuを用いた培養細胞に対する毒性試験を行った結果を示す図である。
【
図9】PEG-PGTrpポリマーおよびミセルの蛍光強度を示す図である。
【
図10】PEG-PGTyrポリマーおよびミセルの蛍光強度を示す図である。
【
図11】mRNAミセルの血清中での酵素分解に対する安定性を示す図である。
【
図12】mRNAミセルの培養細胞へのルシフェラーゼ遺伝子の導入を示す図である。
【
図13】mRNA内包ミセルの血中滞留性を示す図である。
【
図14】mRNA内包ミセルによるルシフェラーゼ遺伝子の導入を示す図である。
【
図15】mRNA内包ミセルによるルシフェラーゼ遺伝子の導入を示す図である。
【
図16】生理塩条件下におけるポリマー中の1級アミン量を示す図である。
【
図17】生理塩条件下におけるポリマー中の1級アミン量を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明は、ポリエチレングリコールとポリグリシジルアミンからなるブロック共重合体、又はポリグリシジルアミンからなるホモポリマーに関するものであり、ポリグリシジル鎖の側鎖に1級アミンを導入したものである。
【0019】
本発明者等はブロック共重合体の主鎖の化学構造に注目した。プラスミドDNAなどの柔軟性の低い2本鎖核酸と柔軟性の低いポリアミノ酸からなるポリイオンコンプレックスにおいては、高分子ミセルの形成前後でエントロピーの変化は見られないが、mRNAなどの柔軟性の高い1本鎖核酸と柔軟性の低いポリアミノ酸からなるポリイオンコンプレックスにおいては、高分子ミセルの形成後にポリアミノ酸によりmRNAの動きが大きく制限されることからエントロピーが大きく減少すると考えられる(例えば、K. Hayashi et. al., Macromol. Rapid Commun. 37 (2016) 486-493.)。
【0020】
そこで本発明者は、柔軟性の高いブロック共重合体により高分子ミセル形成後のmRNAの運動性を高め、エントロピー減少を低減できるのではないかと考えた。具体的には、ポリカチオン鎖に関して主鎖の構造をエーテル結合からなるポリグリシジル鎖とすることにより、柔軟性の高いブロック共重合体を設計した。また、ポリカチオン鎖の側鎖メチレン基数の少ないブロック共重合体を設計することにより、側鎖メチレン基数の安定性に対する影響を確認した。さらに、生体への医療応用に向けて、生分解性ポリマーの設計を行った。具体的には、生分解性エステル結合を介してポリグリシジル鎖の側鎖構造にアミノ酸を導入した。
【0021】
1.ポリマー化合物
本発明は、以下の(a)のホモポリマー及び(b)のブロック共重合体から選ばれる、ポリマー化合物である。
(a)1級アミンを含む側鎖を有するポリグリシジル鎖からなるホモポリマー
(b)1級アミンを含む側鎖を有するポリグリシジル鎖とポリエチレングリコール鎖とのブロック共重合体
本発明のポリマー化合物は、例えば次式I又はIIに示されるものである。
【0022】
(a)1級アミンを含む側鎖を有するポリグリシジル鎖からなるホモポリマー:
次式I:
【化12】
(式中、R
1は、メチレン基又はエステル結合を介した1級アミンを表し、R
5a及びR
5bは、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、又は-OCOCH(NH
2)R
3(R
3は水素原子、又は
【化13】
(R
4は置換基を有していてもよい炭素数1~20の炭化水素基、又は置換基を有していてもよい複素環式官能基を表し、jは0~5の整数を表す。)で示される基を表し、mは2~5,000の整数を表す。)
で示されるホモポリマー。
【0023】
上記式Iに示されるポリマーにおいて、メチレン基を介した1級アミン又はエステル結合を介した1級アミンとしては、例えば次式:
【化14】
(R
3は水素原子、又は
【化15】
(R
4は置換基を有していてもよい炭素数1~20の炭化水素基、又は置換基を有していてもよい複素環式官能基を表し、jは0~5の整数を表す。)で示される基を表すか、又はR
3及びR
4は、それぞれ独立して、任意のアミノ酸のタンパク質における側鎖構造を表し、R
6は、水素原子、又は1若しくは複数の任意のアミノ酸を表し、kは0~5の整数を表す。)
で示されるものが挙げられる。
R
3及びR
4は、例えば任意のアミノ酸(例えば20種類のアミノ酸)のタンパク質における側鎖構造である。
【0024】
また本発明においては、-NHR6のR6を任意のアミノ酸(例えば20種類の天然アミノ酸や人工アミノ酸)とし、ジペプチド、トリペプチド、テトラペプチド等にすることもできる。また、R6を1若しくは複数の任意のアミノ酸とする場合には、アミド結合を形成させて付加することができる。
【0025】
例えば、実施例に記載のPGLeu, PGGTryのロイシンやトリプトファンに代えて、システイン、ヒスチジン、その他塩基性アミノ酸(例えばリジン、アルギニン)にすることができる。システインにすると、ジスルフィド架橋が可能となり、またヒスチジンにすると、ポリマーにエンドソーム脱出能を付与することができる。塩基性アミノ酸にすると、カチオン電荷を増やすことが可能となる。また、PGLeuにトリプトファンを結合したジペプチド(PGLeu-Trp)、PGLeuにシステインを結合したジペプチド(PGLeu-Cys)、PGLeuにヒスチジンを結合したジペプチド(PGLeu-His)とすることもできる。
任意のアミノ酸を結合させると、-NHR6のNH部分は1級アミンではなくなるが、結合したアミノ酸が1級アミンを有しているので、これらの化合物も本発明における「エステル結合を介した1級アミン」に包含される。
本発明において、-NHR6のR6は、-(COCR3NH)p-Hで示されるものが挙げられる。R3は前記と同様である。pは繰り返し単位であり、1~10,000の整数を表す。
【0026】
ここで、置換基を有していてもよい複素環式官能基としては、例えばインドリル環、ピロリドン基、フラン環、ピリジン環、モルホリン環、エポキシ環、プリン環、ピリミジン環等が挙げられる。
また、式Iにおいて、ハロゲン原子としてはF、Cl、Br、Iなどが挙げられる。
式Iに示されるポリマーにおいて、R5a及びR5bは、メチレン基を介した1級アミンの場合はBr(臭素)、エステル結合を介した1級アミンの場合は-OCOCH(NH)R3の構造をとることができる。
【0027】
(b)1級アミンを含む側鎖を有するポリグリシジル鎖とポリエチレングリコール鎖とのブロック共重合体:
【化16】
【0028】
式IIにおいて、R1は、メチレン基を介した1級アミン又はエステル結合を介した1級アミンを表すが、これらの1級アミンの詳細は前記と同様である。
【0029】
R
2a及びR
2bは、それぞれ独立して、水素原子、又は親水性基を表す。親水性基としては、例えば、
【化17】
(R
20は-O-CH
3で示される基、又はリガンド分子を表し、L
2は連結基を表し、nは5~20,000の整数を表す。)で示される基(例えばポリエチレングリコール)が挙げられる。
【0030】
R2a及びR2bは、上記式で示される基(ポリエチレングリコール)のほか、他の親水性基(親水性ポリマー)とすることもできる。そのような親水性基としては、例えば、ポリエチレンイミン、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、2-アクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、N-(2-メタクリルアミド)エチルホスホリルコリン、4-メタクリロイルオキシブチルホスホリルコリンなどが挙げられる。
【0031】
リガンド分子は、特定の生体分子を標的する目的で使用される化合物を意味し、例えば抗体、タンパク質、アミノ酸、低分子薬剤、生体高分子のモノマーなどが挙げられる。
【0032】
本発明において、L1a及びL1bは、それぞれ独立して連結基を表し、mは2~5,000の整数を表す。連結基は、ブロック共重合体の各ブロック間のスペーサーを意味し、例えば単結合又は-CH2CH2O-で示される基を表すことができる。
【0033】
R
1としては、例えば-CH
2NH
2又は-CH
2CH
2CH
2CH
2NH
2で示されるものが挙げられる。また、R
1は、
【化18】
(R
3は水素原子、又は
【化19】
(R
4はプロピル基、置換基を有していてもよいインドリル基、又は置換基を有していてもよいフェニル基を表す。)で示される基を表す。)で示されるものが挙げられる。
【0034】
R
2a及び/又はR
2bは、例えば次式:
【化20】
(nは5~20,000の整数を表す。)
で示されるものが挙げられる。
【0035】
<炭化水素基、置換基等について>
炭化水素基は、飽和又は不飽和の非環式又は環式である。炭化水素基が非環式の場合には、直鎖状でも分岐状でもよい。炭化水素基には、炭素数1~20(「C1-20」と表記する。他の炭素数の場合も同様。)アルキル基、C2-20アルケニル基、C2-20アルキニル基、C4-20アルキルジエニル基、C6-18アリール基、C7-20アルキルアリール基、C7-20アリールアルキル基、C3-20シクロアルキル基、C3-20シクロアルケニル基、C1-20アルコキシ基、C6-20アリールオキシ基、C7-20アルキルアリールオキシ基、C2-20アルコキシカルボニル基などが含まれる。
【0036】
C1-6アルキル基としては、例えばメチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、n‐ブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基等が挙げられる。
C1-20アルキル基としては、例えばメチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、n‐ブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基等が挙げられる。
C2-20アルケニル基としては、例えばビニル基、アリル基、プロペニル基、イソプロペニル基、2-メチル-1-プロペニル基、2-メチルアリル基、2-ブテニル基等が挙げられる。
【0037】
C2-20アルキニル基としては、例えばエチニル基、プロピニル基、ブチニル基等が挙げられる。
C4-20アルキルジエニル基としては、例えば1,3-ブタジエニル基等が挙げられる。
C6-18アリール基としては、例えばフェニル基、1-ナフチル基、2-ナフチル基、インデニル基、ビフェニル基、アントリル基、フェナントリル基等が挙げられる。
【0038】
C7-20アルキルアリール基としては、例えばo-トリル基、m-トリル基、p-トリル基、2,3-キシリル基、2,5-キシリル基、o-クメニル基、m-クメニル基、p-クメニル基、メシチル基等が挙げられる。
C7-20アリールアルキル基としては、例えばベンジル基、フェネチル基、1-ナフチルメチル基、2-ナフチルメチル基、1-フェニルエチル基、フェニルプロピル基、フェニルブチル基、フェニルペンチル基、フェニルヘキシル基、メチルベンジル基、ジメチルベンジル基、トリメチルベンジル基、エチルベンジル基、メチルフェネチル基、ジメチルフェネチル基、ジエチルベンジル基等が挙げられる。
【0039】
C3-20シクロアルキル基としては、例えばシクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、シクロヘプチル基、シクロオクチル基等が挙げられる。
C3-20シクロアルケニル基としては、例えばシクロプロペニル基、シクロブテニル基、シクロペンテニル基、シクロペンタジエニル基、シクロヘキセニル基等が挙げられる。
C1-20アルコキシ基としては、例えばメトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、ブトキシ基、ペンチルオキシ基等が挙げられる。
【0040】
C6-20アリールオキシ基としては、例えばフェニルオキシ基、ナフチルオキシ基、ビフェニルオキシ基等が挙げられる。
C7-20アルキルアリールオキシ基としては、例えばメチルフェニルオキシ基、エチルフェニルオキシ基、プロピルフェニルオキシ基、ブチルフェニルオキシ基、ジメチルフェニルオキシ基、ジエチルフェニルオキシ基、ジプロピルフェニルオキシ基、ジブチルフェニルオキシ基、メチルエチルフェニルオキシ基、メチルプロピルフェニルオキシ基、エチルプロピルフェニルオキシ基等が挙げられる。
【0041】
C2-20アルコキシカルボニル基としては、例えばメトキシカルボニル基、エトキシカルボニル基、2‐メトキシカルボニル基、t‐ブトキシカルボニル基等が挙げられる。
【0042】
置換基を有していてもよい炭化水素基、置換基を有していてもよい複素環式官能基における置換基の具体例としては、例えば、ハロゲン原子(F,Cl,Br,I)、水酸基、チオール基、ニトロ基、シアノ基、ホルミル基、カルボキシル基、アミノ基、シリル基、メタンスルホニル基、C1-6アルキル基、C2-6アルケニル基、C2-6アルキニル基、C3-8シクロアルキル基、C6-10アリール基、C1-6アルコキシ基、C1-7アシル基又はC2-7アルコキシカルボニル基などを挙げることができる。
本発明においては、置換基を有していてもよいフェニル基、置換基を有していてもよい複素環式官能基が好ましいが、これらに限定されるものではない。
【0043】
式Iで示されるポリマーの分子量(Mn)は、限定はされないが、200~500,000であり、好ましくは1,000~100,000である。
また、式IIで示されるブロックコポリマーの分子量(Mn)は、限定はされないが、400~1,400,000であり、好ましくは1,000~144,000である。また、個々のブロック部分については、PEG部分の分子量は、例えば200~200,000であり、好ましくは200~44,000である。ポリグリシジル鎖部分の分子量は、例えば200~500,000であり、好ましくは1,000~100,000である。
【0044】
2.ポリマー化合物の製造
(1)式Iで示されるポリマーの製造
式Iで示されるポリマーの製造方法を以下に示す。
テトラ-n-オクチルアンモニウムブロミドを開始剤とするエポキシ開環重合により、側鎖を有するポリグリシジル鎖からなるホモポリマーを得る。エポキシ開環重合は、重合モノマーとしてエポキシ基の構造を有する限り特に限定されるものではなく、例えば、エピクロロヒドリン、1,2-エポキシ-5-ヘキセン、1-アリル-2,3-エポキシプロパン、エピブロモヒドリン、3,4-エポキシ-1-ブタン、1,2-エポキシ-9-デセン、2,3-エポキシプロピルプロパルギルエーテル、などを使用することができる。
重合後は、化学合成したブロック共重合体の分子量分布及び重合度を分析しておくことが好ましい。
さらに、RNAとの静電相互作用によるポリプレックスを調製するため、得られたブロック共重合体のポリグリシジル鎖の側鎖に1級アミンを導入する。ポリグリシジル鎖の側鎖への1級アミンの導入については、ヒドロホウ素化アミノ化において溶媒を適切に選択することで、高い収率を達成することができる。このようにして得られた、側鎖に1級アミンを導入したポリグリシジル鎖を、ポリグリシジルアミンともいう。
【0045】
(2)式IIで示されるポリマーの製造
式IIで示されるポリマーの製造方法を以下に示す。
ブロック共重合体の化学合成に関して、開始剤であるポリエチレングリコール鎖の吸水性が重合を阻害することが考えられる。そこで、ポリエチレングリコールを重合前に共沸により脱水する。次いで、エポキシ開環重合を行って、ポリエチレングリコールと、側鎖を有するポリグリシジル鎖とのブロック共重合体を得る。この場合、ポリエチレングリコールをトルエン等により脱水することにより、エポキシ開環重合が進行し、分子量分布及び重合度の制御されたブロック共重合体を合成することができる。エポキシ開環重合は、重合モノマーとしてエポキシ基の構造を有する限り特に限定されるものではなく、例えば、エピクロロヒドリン、1,2-エポキシ-5-ヘキセン、1-アリル-2,3-エポキシプロパン、エピブロモヒドリン、3,4-エポキシ-1-ブタン、1,2-エポキシ-9-デセン、2,3-エポキシプロピルプロパルギルエーテル、などを使用することができる。
重合後は、化学合成したブロック共重合体の分子量分布及び重合度を分析しておくことが好ましい。
【0046】
さらに、RNAとの静電相互作用による高分子ミセルを調製するため、得られたブロック共重合体のポリグリシジル鎖の側鎖に1級アミンを導入する。ポリグリシジル鎖の側鎖への1級アミンの導入については、ヒドロホウ素化アミノ化において溶媒を適切に選択することで、高い収率を達成することができる。このようにして得られた、側鎖に1級アミンを導入したポリグリシジル鎖を、ポリグリシジルアミンともいう。
本発明においては、式IIで示されるポリマー化合物の具体例として、後述の製造例2~7に記載のポリマーを挙げることができる。
【0047】
3.ポリイオンコンプレックス
本発明のポリイオンコンプレックス(ポリマー複合体)は、核酸と本発明のポリマー化合物とを緩衝液中で混合することにより得ることができる高分子化合物の複合体であり、ポリイオンコンプレックス(PIC)、又はポリイオンコンプレックス型高分子ミセル(PICミセル)とも呼ばれる。
【0048】
本発明のポリイオンコンプレックスを形成するポリマーがPEGとポリグリシジルアミンからなるブロック共重合体の場合は、核酸とポリカチオン部分とが静電的相互作用をしてコア部分を形成し、その外側をPEGが覆う形態となっている。
本発明のポリマー複合体は、例えば、核酸とポリマー化合物とを任意のバッファー中で混合することにより容易に調製することができる。
本発明のPICの大きさは、例えば、動的光散乱測定法(DLS)による粒径が60~80nmである。
【0049】
ポリマー化合物と核酸との混合比は限定されるものではなく、例えば、ブロックコポリマー中のカチオン性基(例えばアミノ基)の総数(N)と、核酸中のリン酸基の総数(P)との比(N/P比)が、1~30であることが好ましく、より好ましくは1~10、さらに好ましくは1~3である。
当該製造方法の具体例としては、後述する実施例に記載の合成スキームを参照することができる。
【0050】
本発明のポリイオンコンプレックスにおいて、核酸の輸送担体としての機能は、血清中での安定性及びタンパク質翻訳効率を指標として評価することができる。また、生体内に豊富に存在するポリアニオンに対する安定性の評価、あるいはin vivo環境における輸送担体としての機能は、血中滞留性を指標として評価することができる。
【0051】
本発明の別の態様では、臨床応用に向けた生分解性輸送担体の設計のため、ポリグリシジル鎖の側鎖にエステル結合を介してアミノ酸を導入した生分解性ブロック共重合体を設計することもできる。この場合、エステル結合の開裂により、生体内におけるポリマーの毒性が減少する。エステル結合の開裂は、生理塩条件におけるポリマー内の1級アミンの定量を行うことで評価できる。ポリマー毒性の評価には、生細胞を用いて行うことも可能である。
【0052】
例えば、アミノ酸の一つであるロイシンを導入した生分解性ポリマーについて、RNAの輸送担体としての機能評価として、生体内に豊富に存在するポリアニオン及び血清中での安定性の評価を行う。ここでは、ロイシン中のイソブチル基によりポリイオンコンプレックスの疎水性相互作用が高まる。
【0053】
さらに、本願発明のミセルの血清中における安定性を評価したところ、ポリリジン鎖からなるミセルよりも著明な安定性を示し、結果的に高い翻訳効率を示した。さらに、生体内に豊富に存在するポリアニオンに対する安定性も向上したことから、生体内において高い安定性を示すことが期待される。とりわけ酵素耐性が大きな問題となるmRNAを用いて、in vivo環境における血中滞留性を評価した。すると、本願発明のミセルでは、ポリリジン鎖を有するミセルよりも優れた血中滞留性を示した。このことから、ひずみの小さなエーテル結合を有するポリグリシジル鎖の導入により、生体内でのmRNAの酵素分解に対する耐性向上が達成された。
【0054】
生分解性輸送担体について、ポリマーとアミノ酸との間に導入したエステル結合の生理塩条件における開裂を評価したところ、加水分解に伴う1級アミンの減少が確認され、培養細胞に対する毒性が減少した。また、疎水性アミノ酸の一つであるロイシンを導入した生分解性ポリマーからなる高分子ミセルについて生体内に豊富に存在するポリアニオンに対する安定性を評価したところ、疎水性官能基であるイソブチル基を持たないポリマーよりもさらなる安定性の向上が示された。このことから、生体内において高い安定性及び低い毒性を有する輸送担体の開発に成功した。
【0055】
4.核酸
本発明のポリイオンコンプレックスにおいて、コア部分の構成成分として内包する核酸は、1つの態様ではDNA又はRNAである。RNAとしては、mRNA、siRNA(small interfering RNA)、アンチセンス核酸(アンチセンスRNA)、アプタマー(RNAアプタマー)、self-replicating RNA、miRNA(micro RNA)、lncRNA (long non cording RNA)などが挙げられる。DNAとしては、アンチセンス核酸(アンチセンスDNA)、アプタマー(DNAアプタマー)、pDNA(plasmid DNA)、MCDNA(minicircle DNA)などが挙げられる。
siRNAは、RNA干渉(RNAi:RNA interference)利用して目的の遺伝子の発現を抑制し得るものであればよく、例えば、目的遺伝子としては、癌(腫瘍)遺伝子、抗アポトーシス遺伝子、細胞周期関連遺伝子、増殖シグナル遺伝子等が好ましく挙げられる。また、siRNAの塩基長は、通常、30塩基未満(例えば19~21塩基)であればよく、限定はされない。
siRNA等の核酸分子はポリアニオンとなるため、前記ブロックコポリマーのポリカチオン部分の側鎖と、静電的相互作用により結合(会合)することができる。
【0056】
5.核酸送達デバイス用キット
本発明の核酸送達デバイス用キットは、本発明のポリマー化合物を含むことを特徴とするものである。当該キットは、例えば各種標的細胞に対してRNAiを利用した遺伝子治療、mRNAを利用したタンパク質治療に好ましく用いることができる。
本発明のキットにおいて、ポリマーの保存状態は、限定はされず、その安定性(保存性)及び使用容易性等を考慮して溶液状又は粉末状等の状態を選択できる。
【0057】
本発明のキットは、前記ポリマー化合物以外に他の構成要素を含んでいてもよい。他の構成要素としては、例えば、細胞内に導入する核酸、溶解用又は希釈用等の各種バッファー、溶解用バッファー、各種タンパク質、及び使用説明書(使用マニュアル)等を挙げることができ、使用目的と使用するポリマーの種類に応じて、適宜選択することができる。
本発明のキットは、標的細胞内に導入する所望の核酸(例えばmRNA又はsiRNA)をコア部分としたポリイオンコンプレックス(PIC)を調製するために使用され、調製したPICは、標的細胞への核酸送達デバイスとして有効に用いることができる。
【0058】
6.核酸送達デバイス
本発明においては、上述したポリイオンコンプレックスを含む核酸送達デバイスが提供される。本発明の送達デバイスは、標的細胞内へ安定したまま送達することが困難であった核酸を、酵素による分解に対して耐性を向上させ安定化状態にすることができる。
【0059】
本発明の送達デバイスは、ヒト、マウス、ラット、ウサギ、ブタ、イヌ、ネコ等の各種動物に適用することができ、限定はされない。被験動物への投与方法は、通常、点滴静注などの非経口用法が採用され、投与量、投与回数及び投与期間などの各条件は、被験動物の種類及び状態に合わせて適宜設定することができる。
本発明の送達デバイスは、各種疾患の原因となる細胞に所望の核酸を導入する治療(遺伝子治療)に用いることができる。よって本発明は、前記ポリプレックスを含む各種疾患の治療用の医薬組成物、当該医薬組成物を有効成分として含む各種疾患用の遺伝子治療剤、及び、前述したPICを用いる各種疾患の治療方法(特に遺伝子治療方法)を提供することもできる。
【0060】
投与の方法及び条件は前記と同様である。また、各種疾患としては、例えば、癌(例えば、肺癌、膵臓癌、脳腫瘍、肝癌、乳癌、大腸癌、神経芽細胞腫 及び膀胱癌等)、循環器疾患、運動器疾患、及び中枢系疾患等が挙げられ、特に限定されるものではない。
上記医薬組成物については、薬剤製造上一般に用いられる賦形剤、充填剤、増量剤、結合剤、湿潤剤、崩壊剤、潤滑剤、界面活性剤、分散剤、緩衝剤、保存剤、溶解補助剤、防腐剤、矯味矯臭剤、無痛化剤、安定化剤及び等張化剤等を適宜選択して使用し、常法により調製することができる。また、医薬組成物の形態は、通常、静脈内注射剤(点滴を含む)が採用され、例えば、単位投与量アンプル又は多投与量容器の状態等で提供される。
【0061】
実施例
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の範囲はこれらの実施例により限定されるものではない。
【実施例1】
【0062】
各種ポリマーの合成
製造例1:ポリエチレングリコール-block-ポリ(L-リジン)の合成
合成スキーム:
【化21】
【0063】
アミノ基を末端に有するポリエチレングリコールを真空乾燥により脱水し、重合モノマーであるε-トリフルオロ酢酸-L-リジン-N-カルボン酸無水物(Lys(TFA)-NCA)をN, N-ジメチルホルムアミド(DMF)に溶解し、35°Cで1晩重合反応を行った。反応後にジエチルエーテルを用いた再沈殿法により精製を行い、真空乾燥により粉末状のポリマーが得られた。次に、ポリマーをメタノールに溶解し、水酸化ナトリウム水溶液を加えて室温で1晩反応させた。反応後に水に対する透析を行い精製を行い、凍結乾燥により粉末状のポリマーが得られた。得られたポリマー(以下、PEG-PLLともいう)は以下の構造式で表すことのできるポリマーであり、n=272、m=83であった。
【化22】
【0064】
製造例2:ポリエチレングリコール-block-ポリ(グリシジルブチルアミン)の合成
合成スキーム:
【化23】
【0065】
ヒドロキシル基を末端に有するポリエチレングリコールをトルエンに溶解し、180°Cで1時間加熱することによりポリエチレングリコールを脱水した。重合モノマーである1, 2-エポキシ-5-ヘキセンおよび触媒であるトリイソブチルアルミニウムを加えて、室温で1晩重合反応を行った。反応後にジエチルエーテルを用いた再沈殿法により精製を行い、真空乾燥により粉末状のポリマーが得られた。次に、ポリマーをテトラヒドロフランに溶解し、ボランを加えて66°Cで1晩還流した。粉末状のヒドロキシルアミン-O-スルホン酸を加えて室温で1晩反応させた。反応後に水に対する透析を行い精製を行い、凍結乾燥により粉末状のポリマーが得られた。得られたポリマー(以下、PEG-PGBAともいう)は以下の構造式で表すことのできるポリマーであり、n=272、m=93であった。
【化24】
【0066】
製造例3:ポリエチレングリコール-block-ポリ(グリシジルメチルアミン)の合成
合成スキーム:
【化25】
【0067】
ヒドロキシル基を末端に有するポリエチレングリコールをトルエンに溶解し、180°Cで1時間加熱することによりポリエチレングリコールを脱水した。重合モノマーであるエピクロロヒドリンおよび触媒であるトリイソブチルアルミニウムを加えて、室温で1晩重合反応を行った。反応後にジエチルエーテルを用いた再沈殿法により精製を行い、真空乾燥により粉末状のポリマーが得られた。次に、ポリマーをDMFに溶解し、アジ化ナトリウムを加えて180°Cで1晩反応させた。反応後にジエチルエーテルを用いた再沈殿法により精製を行い、真空乾燥により粉末状のポリマーが得られた。さらに、ポリマーをDMFに溶解し、トリフェニルフォスフィンを加えて室温で1晩反応させた。反応後に水を加えて1晩反応させて、反応後に水に対する透析を行い精製を行い、凍結乾燥により粉末状のポリマーが得られた。得られたポリマー(以下、PEG-PGMAともいう)は以下の構造式で表すことのできるポリマーであり、n=272、m=81であった。
【化26】
【0068】
製造例4:ポリエチレングリコール-block-ポリ(グリシジルグリシン)の合成
合成スキーム:
【化27】
【0069】
ヒドロキシル基を末端に有するポリエチレングリコールをトルエンに溶解し、180°Cで1時間加熱することによりポリエチレングリコールを脱水した。重合モノマーであるエピクロロヒドリンおよび触媒であるトリイソブチルアルミニウムを加えて、室温で1晩重合反応を行った。反応後にジエチルエーテルを用いた再沈殿法により精製を行い、真空乾燥により粉末状のポリマーが得られた。次に、水酸化ナトリウム水溶液を加えて1晩反応させて、反応後に水に対する透析を行い精製を行い、凍結乾燥により粉末状のポリマーが得られた。さらに、ポリマーをDMFに溶解し、N-[(9H-フルオレン-9-イルメトキシ)カルボニル]-L-グリシンおよびジメチルアミノピリジン、1-(3-ジメチルアミノプロピル)-3-エチルカルボジイミドを加えて1晩反応させた。反応後にジエチルエーテルを用いた再沈殿法により精製を行い、真空乾燥により粉末状のポリマーが得られた。次に、ポリマーをDMFに溶解し、ピペリジンを加えて1晩反応させた。反応後に水に対する透析を行い精製を行い、凍結乾燥により粉末状のポリマーが得られた。得られたポリマー(以下、PEG-PGGlyともいう)は以下の構造式で表すことのできるポリマーであり、n=272、m=81であった。
【化28】
【0070】
製造例5:ポリエチレングリコール-block-ポリ(グリシジルロイシン)の合成
合成スキーム:
【化29】
【0071】
ヒドロキシル基を末端に有するポリエチレングリコールをトルエンに溶解し、180°Cで1時間加熱することによりポリエチレングリコールを脱水した。重合モノマーであるエピクロロヒドリンおよび触媒であるトリイソブチルアルミニウムを加えて、室温で1晩重合反応を行った。反応後にジエチルエーテルを用いた再沈殿法により精製を行い、真空乾燥により粉末状のポリマーが得られた。次に、水酸化ナトリウム水溶液を加えて1晩反応させて、反応後に水に対する透析を行い精製を行い、凍結乾燥により粉末状のポリマーが得られた。さらに、ポリマーをDMFに溶解し、N-[(9H-フルオレン-9-イルメトキシ)カルボニル]-L-ロイシンおよびジメチルアミノピリジン、1-(3-ジメチルアミノプロピル)-3-エチルカルボジイミドを加えて1晩反応させた。反応後にジエチルエーテルを用いた再沈殿法により精製を行い、真空乾燥により粉末状のポリマーが得られた。次に、ポリマーをDMFに溶解し、ピペリジンを加えて1晩反応させた。反応後に水に対する透析を行い精製を行い、凍結乾燥により粉末状のポリマーが得られた。得られたポリマー(以下、PEG-PGLeuともいう)は以下の構造式で表すことのできるポリマーであり、n=272、m=81であった。
【化30】
【0072】
製造例6:ポリエチレングリコール-block-ポリ(グリシジルトリプトファン)の合成
合成スキーム:
【化31】
【0073】
ヒドロキシル基を末端に有するポリエチレングリコールをトルエンに溶解し、180°Cで1時間加熱することによりポリエチレングリコールを脱水した。重合モノマーであるエピクロロヒドリンおよび触媒であるトリイソブチルアルミニウムを加えて、室温で1晩重合反応を行った。反応後にジエチルエーテルを用いた再沈殿法により精製を行い、真空乾燥により粉末状のポリマーが得られた。次に、水酸化ナトリウム水溶液を加えて1晩反応させて、反応後に水に対する透析を行い精製を行い、凍結乾燥により粉末状のポリマーが得られた。さらに、ポリマーをDMFに溶解し、N-[(9H-フルオレン-9-イルメトキシ)カルボニル]-L-トリプトファンおよびジメチルアミノピリジン、1-(3-ジメチルアミノプロピル)-3-エチルカルボジイミドを加えて1晩反応させた。反応後にジエチルエーテルを用いた再沈殿法により精製を行い、真空乾燥により粉末状のポリマーが得られた。次に、ポリマーをDMFに溶解し、ピペリジンを加えて1晩反応させた。反応後に水に対する透析を行い精製を行い、凍結乾燥により粉末状のポリマーが得られた。得られたポリマー(以下、PEG-PGTryともいう)は以下の構造式で表すことのできるポリマーであり、n=272、m=81であった。
【化32】
【0074】
製造例7:ポリエチレングリコール-block-ポリ(グリシジルチロシン)の合成
合成スキーム:
【化33】
【0075】
ヒドロキシル基を末端に有するポリエチレングリコールをトルエンに溶解し、180°Cで1時間加熱することによりポリエチレングリコールを脱水した。重合モノマーであるエピクロロヒドリンおよび触媒であるトリイソブチルアルミニウムを加えて、室温で1晩重合反応を行った。反応後にジエチルエーテルを用いた再沈殿法により精製を行い、真空乾燥により粉末状のポリマーが得られた。次に、水酸化ナトリウム水溶液を加えて1晩反応させて、反応後に水に対する透析を行い精製を行い、凍結乾燥により粉末状のポリマーが得られた。さらに、ポリマーをDMFに溶解し、N-[(9H-フルオレン-9-イルメトキシ)カルボニル]-L-チロシンおよびジメチルアミノピリジン、1-(3-ジメチルアミノプロピル)-3-エチルカルボジイミドを加えて1晩反応させた。反応後にジエチルエーテルを用いた再沈殿法により精製を行い、真空乾燥により粉末状のポリマーが得られた。次に、ポリマーをDMFに溶解し、ピペリジンを加えて1晩反応させた。反応後に水に対する透析を行い精製を行い、凍結乾燥により粉末状のポリマーが得られた。得られたポリマー(以下、PEG-PGTyrともいう)は以下の構造式で表すことのできるポリマーであり、n=272、m=81であった。
【化34】
【実施例2】
【0076】
PEG-PLL、PEG-PGBA、PEG-PGMA、PEG-PGLeuを用いた血清中での酵素耐性試験
この実施例では、PEG-PLL、PEG-PGBA、PEG-PGMA、PEG-PGLeuからなる高分子ミセルの分解酵素に対する安定性を、ウシ胎児血清(FBS)により評価する。
<材料および方法>
PEG-PLL、PEG-PGBA、PEG-PGMA、PEG-PGLeuおよびルシフェラーゼmRNAとのミセルは、PEG-PLL、PEG-PGBA、PEG-PGMA、PEG-PGLeu溶液とmRNA溶液をN/P比が3となるように混合することによって調製した。なお、ここで言うN/P比とは、次式によって定義される量であり、以後断りの無い限り、N/P比とはこの量の事を指す。
【0077】
N/P比=(溶液中のポリマーのアミノ基の総数)/(溶液中の核酸のリン酸基の総数)
FBSを10 mM HEPES buffer (pH 7.3)で50%となるよう希釈し、そこにミセル溶液添加したのち、37°Cで15分静置した。その後、RNeasy Mini Kit (QIAGEN)を用いて溶液よりmRNAを抽出した。抽出したmRNAをコンプリメンタリーDNA (cDNA)に逆転写した後、qRT-PCRにより残存しているcDNAを定量評価した。FBS存在下で37°C静置を行わなかった場合のmRNA量を100%として、相対値を示した。
【0078】
<結果>
図1に示すように、PEG-PGBAからなるミセルは、PEG-PLLからなるミセルよりも高い酵素耐性を示した。このことは、PEG-PGBAの柔軟なポリグリシジル鎖により酵素耐性が向上されたことを示すものである。一方、PEG-PGMAからなるミセルは、PEG-PGBAからなるミセルと同程度の酵素耐性を示したことから、側鎖メチレン基数は酵素耐性に影響を与えないことが確認された。さらに、PEG-PGLeuからなるミセルは、PEG-PGBAからなるミセルよりも高い酵素耐性を示した。このことは、PEG-PGLeuの疎水的なイソブチル基により酵素耐性が向上されたことを示すものである。
【実施例3】
【0079】
PEG-PLL、PEG-PGBA、PEG-PGMAを用いた培養細胞への遺伝子導入
この実施例では、PEG-PLL、PEG-PGBA、またはPEG-PGMAからなる高分子ミセルの培養細胞への遺伝子導入能を、ルシフェラーゼmRNAにより評価する。
【0080】
<材料および方法>
PEG-PLL、PEG-PGBA、PEG-PGMAおよびルシフェラーゼmRNAとのミセルは、PEG-PLL、PEG-PGBA、PEG-PGMA溶液とmRNA溶液をN/P比が3となるように混合することによって調製した。
細胞の準備として、HuH-7細胞を96wellプレートに1.0×104 cells/well播き、10%FBS入りDMEMに交換し(200 μL/well)、調製した各ミセル溶液を培地中に滴下することによって、トランスフェクションを行った。mRNA量として200 ng/well投与した。そのまま24時間インキュベートした後、培地中の発光強度を測定した。
【0081】
<結果>
図2に示すように、PEG-PGBAからなるミセルがPEG-PLLからなるミセルよりも高い遺伝子発現を示した。このことは、PEG-PGBAの柔軟なポリグリシジル鎖により酵素耐性が向上し、mRNAが細胞内へ送達されたことを示すものである。一方、PEG-PGMAからなるミセルはPEG-PGBAからなるミセルと同程度の遺伝子発現効率を示したことから、側鎖メチレン基数は遺伝子発現効率に影響を与えないことが確認された。
【実施例4】
【0082】
PEG-PLL、PEG-PGBA、PEG-PGMA、PEG-PGGly、PEG-PGLeu、PEG-PGTry、PEG-PGTyrを用いたヘパリン中でのポリアニオン耐性試験
この実施例では、PEG-PLL、PEG-PGBA、PEG-PGMA、PEG-PGGly、PEG-PGLeu、PEG-PGTry、PEG-PGTyrからなる高分子ミセルのポリアニオンに対する安定性を、ヘパリンにより評価する。
【0083】
<材料および方法>
PEG-PLL、PEG-PGBA、PEG-PGMA、PEG-PGGly、PEG-PGLeu、PEG-PGTry、PEG-PGTyrおよび蛍光標識ルシフェラーゼmRNAとのミセルは、PEG-PLL、PEG-PGBA、PEG-PGMA、PEG-PGGly、PEG-PGLeu、PEG-PGTry、PEG-PGTyr溶液とmRNA溶液をN/P比が3となるように混合することによって調製した。
ヘパリンを10 mM HEPES buffer (pH 7.3)で希釈し、ミセル溶液と種々のS/P比で混合し、室温で6時間静置した。なお、ここで言うS/P比とは、次式によって定義される量である。
S/P比=(溶液中のヘパリンのアニオンの総数)/(溶液中の核酸のリン酸基の総数)
ミセル溶液を10 mM HEPES buffer (pH 7.3)で希釈し、蛍光相関分光法により蛍光標識mRNAの拡散係数を測定した。
【0084】
<結果>
図3に示すように、PEG-PGBAからなるミセルは、PEG-PLLからなるミセルよりも高いポリアニオン耐性を示した。このことは、PEG-PGBAの柔軟なポリグリシジル鎖によりポリアニオン耐性が向上されたことを示すものである。一方、PEG-PGMAからなるミセルはPEG-PGBAからなるミセルと同様の拡散係数を示したことから、側鎖メチレン基数はポリアニオン耐性に影響を与えないことが確認された。
また、
図4に示すように、PEG-PGLeuからなるミセルは、PEG-PGGlyからなるミセルよりも高いポリアニオン耐性を示した。このことは、PEG-PGLeuの疎水的なイソブチル基によりポリアニオン耐性が向上されたことを示すものである。また、PEG-PGTryからなるミセルがPEG-PGGlyからなるミセルよりも高いポリアニオン耐性を示した。このことは、PEG-PGTry のmRNA中のプリン塩基との相互作用によりポリアニオン耐性が向上されたことを示すものである。さらに、PEG-PGTyrからなるミセルは、PEG-PGGlyからなるミセルよりも高いポリアニオン耐性を示した。このことは、PEG-PGTry のmRNA中のピリミジン塩基との相互作用によりポリアニオン耐性が向上されたことを示すものである。
【実施例5】
【0085】
PEG-PLL、PEG-PGBA、PEG-PGMAを用いた生体内における安定性試験
この実施例では、PEG-PLL、PEG-PGBA、PEG-PGMA、からなる高分子ミセルの生体内における安定性を、マウス血中における滞留性により評価する。
【0086】
<材料および方法>
PEG-PLL、PEG-PGBA、PEG-PGMAおよびルシフェラーゼmRNAとのミセルは、PEG-PLL、PEG-PGBA、PEG-PGMA溶液とmRNA溶液をN/P比が3となるように混合することによって調製した。
Balb/Cマウスの尾静脈より、40 μgのmRNAを含むミセル溶液を200 μL投与した。2.5、5、10分後に尾静脈より2 μLの血液を採血した。採血した血液から、RNeasy Mini Kit (QIAGEN)を用いてmRNAを抽出し、抽出したmRNAをcDNAに逆転写した後、qRT-PCRによりcDNAを定量評価した。
【0087】
<結果>
図5に示すように、PEG-PGBAからなるミセルは、PEG-PLLからなるミセルよりも優れた血中滞留性を示した。このことは、PEG-PGBAの柔軟なポリグリシジル鎖により酵素耐性およびポリアニオン耐性が向上され、生体における安定性が向上されたことを示すものである。一方、PEG-PGMAからなるミセルは、PEG-PGBAからなるミセルと同様の血中滞留性を示したことから、側鎖メチレン基数は血中滞留性に影響を与えないことが確認された。
【実施例6】
【0088】
PEG-PLLおよびPEG-PGLeuを用いた加水分解試験
この実施例では、PEG-PLLおよびPEG-PGLeuの生理塩条件における加水分解の時間依存性を、フルオレスカミン法によるポリマー内の1級アミンの定量により評価した。
【0089】
<材料および方法>
PEG-PLLおよびPEG-PGLeuをPBS (pH 7.4)に溶解し、37°Cで1、3、6、24時間静置した。その後、限外濾過により加水分解により脱離したL-ロイシンを除去し、凍結乾燥により粉末状のポリマーを得た。
ポリマーをPBSに溶解し、PBSに溶解したフルオレスカミンを加えて、蛍光強度を測定した。N-ブチルアミンをもとに蛍光強度を1級アミン数に変換し、ポリマー内の1級アミン数とした。
【0090】
<結果>
図6に示すように、PEG-PLLにおいては1級アミン数の変化は見られなかったが、PEG-PGLeuにおいては1級アミン数が減少した。このことは、PEG-PGLeuが生理条件においてエステル結合の開裂により安全なポリエチレングリコール-block-ポリグリセロール(以下、PEG-PGlycerolともいう)とL-ロイシンに加水分解されたことを示すものである。
【実施例7】
【0091】
PEG-PLL、PEG-PGLeuを用いた培養細胞に対する毒性試験
この実施例では、PEG-PLLおよびPEG-PGLeuの培養細胞に対する毒性を、ポリマー添加後の細胞生存率により評価した。
【0092】
<材料および方法>
PEG-PLL、PEG-PGLeuを10 mM HEPES buffer (pH 7.3)に溶解し、ポリマー溶液の希釈系列を作成した。
細胞の準備として、HEK293細胞を96wellプレートに1.0×104 cells/well播き、10%FBS入りDMEMに交換し(200 μL/well)、各ポリマー溶液を培地中に滴下した。そのまま24時間インキュベートした後、10%FBS入りDMEMに交換し、Cell counting kit-8 (CCK-8) 法により細胞生存数を測定した。ポリマー溶液の代わりに10 mM HEPES bufferを添加したものを100%とし、細胞生存率を算出した。
【0093】
<結果>
図7に示すように、PEG-PLLにおいては高濃度のポリマー溶液の添加により細胞生存率の減少が確認されたが、PEG-PGLeuにおいては高濃度のポリマー溶液の添加によっても細胞生存率の減少は確認されなかった。このことは、PEG-PGLeuが培地中で安全なPEG-PGlycerolとL-ロイシンに加水分解されて、ポリマー中の正電荷の電荷密度の減少により細胞毒性が減少したことを示すものである。
【実施例8】
【0094】
PEG-PGBA, PEG-PLLを用いたmRNAミセルの熱力学的安定性の評価
この実施例では、PEG-PGBA, PEG-PLLからなる高分子ミセルの熱力学的安定性を、等温滴定熱測定(ITC)により評価する。
【0095】
実験方法
mRNA溶液(11 μM, 10 mM HEPES buffer (pH 7.3))にPEG-PGBAまたはPEG-PLL溶液(110 μM, 10 mM HEPES buffer (pH 7.3))を滴下し、PIC形成に伴う反応熱をiTC200 (GE Healthcare)により測定した。また、得られた測定データをORIGIN7ソフトにより解析することにより、結合比、エンタルピー、エントロピー、結合定数を算出した。
【0096】
結果
図8および表1に示すように、PEG-PGBAからなるミセルは、PEG-PLLからなるミセルよりも低いエンタルピー変化および高いエントロピー変化を示した。このことは、柔軟なPGBA鎖によりmRNAとの接触面積が増加し表面エネルギーが減少したこと、およびmRNAとのイオン対形成が促進し自由水の放出が促進されたことを示すものである。その結果、PEG-PGBAとmRNAとの結合定数が増大した。
【表1】
【実施例9】
【0097】
PEG-PGTrp, PEG-PGTyrを用いたmRNAとの相互作用の評価
この実施例では、PEG-PGTrp, PEG-PGTyrからなる高分子ミセル中のポリマーとmRNAとの相互作用を、蛍光強度を測定することにより評価した。
【0098】
実験方法
PEG-PGTrp, PEG-PGTyrおよびルシフェラーゼmRNAとのミセルは、PEG-PGTrp, PEG-PGTyr溶液とmRNA溶液をN/P比が3となるように混合することによって調製した。また、 PEG-PGTrp, PEG-PGTyrおよびHomo-poly(L-aspartate) (Homo-PAsp, PAsp鎖の重合度は80)とのミセルは、PEG-PGTrp, PEG-PGTyr溶液とHomo-PAsp溶液をN/P比が3となるように混合することによって調製した。ここで、Homo-PAspは、PEG-PLLと同様にn-ブチルアミンを開始剤とするNCA重合法により合成した。
ポリマーおよび調製したミセル溶液の蛍光強度(Ex/Em = 280/350 nm)をNanodrop (Thermo Fisher Scientific, USA)により測定した。得られた蛍光強度はポリマーの蛍光強度を1として規格化した。
【0099】
結果
図9および
図10に示すように、mRNAのポリマーへの添加により蛍光強度が減少した。このことは、ポリマー中のトリプトファンおよびチロシンが他のポリマーまたはmRNA中の塩基とπ-π相互作用していることを示すものである。また、塩基を持たないHomo-PAspの添加により蛍光強度が増加した。このことは、ポリマー中のトリプトファンおよびチロシンがmRNA中の塩基とπ-π相互作用していることを示すものである。
【実施例10】
【0100】
PEG-PGLeu, PEG-PGTrp, PEG-PGTyr, PEG-PGGlyを用いた血清中での酵素耐性試験
この実施例では、PEG-PGTrp, PEG-PGTyrからなる高分子ミセルの分解酵素に対する安定性を、ウシ胎児血清(FBS)により評価する。
【0101】
実験方法
PEG-PGLeu, PEG-PGTrp, PEG-PGTyr, PEG-PGGlyおよびルシフェラーゼmRNAとのミセルは、PEG-PGLeu, PEG-PGTrp, PEG-PGTyr, PEG-PGGly溶液とmRNA溶液をN/P比が3となるように混合することによって調製した。
FBSを10 mM HEPES buffer (pH 7.3)で50%となるよう希釈し、そこにミセル溶液添加したのち、37°Cで15分静置した。その後、RNeasy Mini Kit (QIAGEN)を用いて溶液よりmRNAを抽出した。抽出したmRNAをコンプリメンタリーDNA (cDNA)に逆転写した後、qRT-PCRにより残存しているcDNAを定量評価した。FBS存在下で37°C静置を行わなかった場合のmRNA量を100%として、相対値を示した。
【0102】
結果
図11に示すように、PEG-PGLeuからなるミセルは、PEG-PGGlyからなるミセルよりも優れた安定性を示した。このことは、PEG-PGLeuの疎水的なイソブチル基により酵素耐性が向上されたことを示すものである。また、PEG-PGTrpおよびPEG-PGTyrからなるミセルは、PEG-PGGlyからなるミセルよりも優れた安定性を示した。このことは、トリプトファンおよびチロシンとmRNA中の塩基とのπ-π相互作用により酵素耐性が向上されたことを示すものである。
【実施例11】
【0103】
PEG-PGLeu, PEG-PGTrp, PEG-PGTyr, PEG-PGGlyを用いた培養細胞への遺伝子導入
この実施例では、PEG-PGLeu, PEG-PGTrp, PEG-PGTyr, PEG-PGGlyからなる高分子ミセルの培養細胞への遺伝子導入能をルシフェラーゼmRNAにより評価する。
【0104】
実験方法
PEG-PGLeu, PEG-PGTrp, PEG-PGTyr, PEG-PGGlyおよびルシフェラーゼmRNAとのミセルは、PEG-PGLeu, PEG-PGTrp, PEG-PGTyr, PEG-PGGly溶液とmRNA溶液をN/P比が3となるように混合することによって調製した。
細胞の準備として、HuH-7細胞を96wellプレートに1.0×104 cells/well播き、10%FBS入りDMEMに交換し(200 μL/well)、調製した各ミセル溶液を培地中に滴下することによって、トランスフェクションを行った。mRNA量として200 ng/well投与した。そのまま24時間インキュベートした後、培地中の発光強度を測定した。
【0105】
結果
図12に示すように、PEG-PGLeuからなるミセルは、PEG-PGGlyからなるミセルよりも優れた遺伝子発現効率を示した。このことは、PEG-PGLeuの疎水的なイソブチル基により酵素耐性およびポリアニオン耐性が向上され、培養条件における安定性が向上されたことを示すものである。また、PEG-PGTrpおよびPEG-PGTyrからなるミセルは、PEG-PGGlyからなるミセルよりも優れた安定性を示した。このことは、トリプトファンおよびチロシンとmRNA中の塩基とのπ-π相互作用により酵素耐性およびポリアニオン耐性が向上され、培養条件における安定性が向上されたことを示すものである。
【実施例12】
【0106】
PEG-PGLeu, PEG-PGTrp, PEG-PGTyr, PEG-PGGlyを用いた生体内における安定性試験
この実施例では、PEG-PGLeu, PEG-PGTrp, PEG-PGTyr, PEG-PGGlyからなる高分子ミセルの生体内における安定性を、マウス血中における滞留性により評価する。
【0107】
実験方法
PEG-PGLeu, PEG-PGTrp, PEG-PGTyr, PEG-PGGlyおよびルシフェラーゼmRNAとのミセルは、PEG-PGLeu, PEG-PGTrp, PEG-PGTyr, PEG-PGGly溶液とmRNA溶液をN/P比が3となるように混合することによって調製した。
Balb/Cマウスの尾静脈より、40 μgのmRNAを含むミセル溶液を200 μL投与した。2.5、5、10分後に尾静脈より2 μLの血液を採血した。採血した血液から、RNeasy Mini Kit (QIAGEN)を用いてmRNAを抽出し、抽出したmRNAをcDNAに逆転写した後、qRT-PCRによりcDNAを定量評価した。
【0108】
結果
図13に示すように、PEG-PGLeuからなるミセルは、PEG-PGGlyからなるミセルよりも優れた血中滞留性を示した。このことは、PEG-PGLeuの疎水的なイソブチル基により酵素耐性およびポリアニオン耐性が向上され、生体における安定性が向上されたことを示すものであるまた、PEG-PGTrpおよびPEG-PGTyrからなるミセルは、PEG-PGGlyからなるミセルよりも優れた血中滞留性を示した。このことは、トリプトファンおよびチロシンとmRNA中の塩基とのπ-π相互作用により酵素耐性およびポリアニオン耐性が向上され、生体における安定性が向上されたことを示すものである。
【実施例13】
【0109】
PEG-PGBA, PEG-PLLを用いた生体内への遺伝子導入
この実施例では、PEG-PGBA, PEG-PLLからなる高分子ミセルの生体内への遺伝子導入効率を、マウス肺におけるルシフェラーゼ発現効率により評価する。
【0110】
実験方法
PEG-PGBA, PEG-PLLおよびルシフェラーゼmRNAとのミセルは、PEG-PGBA, PEG-PLL溶液とmRNA溶液をN/P比が3となるように混合することによって調製した。
Balb/Cマウスの気管より、67 μgのmRNAを含むミセル溶液を200 μL投与した。24時間後に肺を摘出した。摘出した肺に細胞溶解液(1x passive lysis buffer, Promega, USA)を添加し、マルチビーズショッカー(安井器械株式会社)による破砕後に溶液中の発光強度を測定した。
【0111】
結果
図14に示すように、PEG-PGBAおよびPEG-PLLからなるミセルは、mRNA単体の投与群よりも優れた遺伝子発現効率を示した。このことは、mRNAの高分子ミセルへの内包により酵素耐性およびポリアニオン耐性が向上され、生体における遺伝子導入効率が向上されたことを示すものである。さらに、PEG-PGBAからなるミセルは、PEG-PLLからなるミセルよりも優れた遺伝子発現効率を示した。このことは、PEG-PGBAのポリエーテル骨格により酵素耐性およびポリアニオン耐性が向上され、生体における遺伝子導入効率が向上されたことを示すものである。
【実施例14】
【0112】
PEG-PGTrp, PEG-PGGlyを用いた生体内への遺伝子導入
この実施例では、PEG-PGTrp, PEG-PGGlyからなる高分子ミセルの生体内への遺伝子導入効率を、マウス肺におけるルシフェラーゼ発現効率により評価する。
【0113】
実験方法
PEG-PGTrp, PEG-PGGlyおよびルシフェラーゼmRNAとのミセルは、PEG-PGTrp, PEG-PGGly溶液とmRNA溶液をN/P比が3となるように混合することによって調製した。
Balb/Cマウスの気管より、67 μgのmRNAを含むミセル溶液を200 μL投与した。24時間後に肺を摘出した。摘出した肺に細胞溶解液(1x passive lysis buffer, Promega, USA)を添加し、マルチビーズショッカー(安井器械株式会社)による破砕後に溶液中の発光強度を測定した。
【0114】
結果
図15に示すように、PEG-PGTrpからなるミセルは、PEG-PGGlyからなるミセルよりも優れた遺伝子発現効率を示した。このことは、PEG-PGTrpのトリプトファンとmRNA中の塩基とのπ-π相互作用により酵素耐性およびポリアニオン耐性が向上され、生体における遺伝子導入効率が向上されたことを示すものである。
【実施例15】
【0115】
PEG-PGLeu, PEG-PGTrp, PEG-PGTyr, PEG-PGGlyを用いた加水分解試験
この実施例では、PEG-PGLeu, PEG-PGTrp, PEG-PGTyr, PEG-PGGlyの生理塩条件における加水分解の時間依存性を、フルオレスカミン法によるポリマー内の1級アミンの定量により評価した。
【0116】
実験方法
PEG-PGLeu, PEG-PGTrp, PEG-PGTyr, PEG-PGGlyをPBS (pH 7.4)に溶解し、37°Cで1、3、6、24時間静置した。その後、限外濾過により加水分解により脱離したL-ロイシンを除去し、凍結乾燥により粉末状のポリマーを得た。
ポリマーをPBSに溶解し、PBSに溶解したフルオレスカミンを加えて、蛍光強度を測定した。N-ブチルアミンをもとに蛍光強度を1級アミン数に変換し、ポリマー内の1級アミン数とした。
【0117】
結果
図16に示すように、PEG-PLLにおいては1級アミン数の変化は見られなかったが、PEG-PGLeu, PEG-PGTrp, PEG-PGTyr, PEG-PGGlyにおいては1級アミン数が減少した。このことは、上記ポリマーは生理条件においてエステル結合の開裂により安全なポリエチレングリコール-block-ポリグリセロールとアミノ酸単体に加水分解されたことを示すものである。
【実施例16】
【0118】
PEG-PGLeu, PEG-PGTrp, PEG-PGTyr, PEG-PGGlyを用いた培養細胞に対する毒性試験
この実施例では、PEG-PGLeu, PEG-PGTrp, PEG-PGTyr, PEG-PGGlyの培養細胞に対する毒性を、ポリマー添加後の細胞生存率により評価した。
【0119】
実験方法
PEG-PGLeu, PEG-PGTrp, PEG-PGTyr, PEG-PGGlyを10 mM HEPES buffer (pH 7.3)に溶解し、ポリマー溶液の希釈系列を作成した。
細胞の準備として、HEK293細胞を96wellプレートに1.0×104 cells/well播き、10%FBS含有DMEMに交換し(200 μL/well)、各ポリマー溶液を培地中に滴下した。そのまま24時間インキュベートした後、10%FBS含有DMEMに交換し、Cell counting kit-8 (CCK-8) 法により細胞生存数を測定した。ポリマー溶液の代わりに10 mM HEPES bufferを添加したものを100%とし、細胞生存率を算出した。
【0120】
結果
図17に示すように、PEG-PLLにおいては高濃度のポリマー溶液の添加により細胞生存率の減少が確認されたが、PEG-PGLeu, PEG-PGTrp, PEG-PGTyr, PEG-PGGlyにおいては高濃度のポリマー溶液の添加によっても細胞生存率の減少は確認されなかった。このことは、PEG-PGLeu, PEG-PGTrp, PEG-PGTyr, PEG-PGGlyは培地中で安全なPEG-PGlycerolとアミノ酸単体に加水分解されて、ポリマー中の正電荷の電荷密度の減少により細胞毒性が減少したことを示すものである。