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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-21
(45)【発行日】2023-09-29
(54)【発明の名称】医療用Pt-Co系合金
(51)【国際特許分類】
   C22C 5/04 20060101AFI20230922BHJP
   A61B 17/12 20060101ALI20230922BHJP
   A61F 2/01 20060101ALI20230922BHJP
   A61F 2/06 20130101ALI20230922BHJP
   A61F 2/86 20130101ALI20230922BHJP
   A61L 29/02 20060101ALI20230922BHJP
   A61L 31/02 20060101ALI20230922BHJP
   A61L 33/02 20060101ALI20230922BHJP
   A61M 25/00 20060101ALI20230922BHJP
   A61M 25/09 20060101ALI20230922BHJP
   A61N 1/05 20060101ALI20230922BHJP
   A61N 1/372 20060101ALI20230922BHJP
   C22C 30/00 20060101ALI20230922BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20230922BHJP
   C22F 1/14 20060101ALN20230922BHJP
   C22F 1/16 20060101ALN20230922BHJP
【FI】
C22C5/04
A61B17/12
A61F2/01
A61F2/06
A61F2/86
A61L29/02
A61L31/02
A61L33/02
A61M25/00
A61M25/09
A61N1/05
A61N1/372
C22C30/00
C22F1/00 623
C22F1/00 624
C22F1/00 625
C22F1/00 630A
C22F1/00 630F
C22F1/00 630K
C22F1/00 630Z
C22F1/00 640A
C22F1/00 670
C22F1/00 675
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 685A
C22F1/00 685Z
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 694A
C22F1/00 694B
C22F1/14
C22F1/16 Z
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2020558362
(86)(22)【出願日】2019-11-18
(86)【国際出願番号】 JP2019045003
(87)【国際公開番号】W WO2020105570
(87)【国際公開日】2020-05-28
【審査請求日】2022-06-16
(31)【優先権主張番号】P 2018219040
(32)【優先日】2018-11-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】509352945
【氏名又は名称】田中貴金属工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000268
【氏名又は名称】オリジネイト弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】ヤダブ シュブハム
(72)【発明者】
【氏名】加藤 佑弥
(72)【発明者】
【氏名】後藤 研滋
(72)【発明者】
【氏名】嶋 邦弘
【審査官】櫻井 雄介
(56)【参考文献】
【文献】特表2015-517035(JP,A)
【文献】特表2015-515353(JP,A)
【文献】特開平05-086456(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 5/04
A61B 17/12
A61F 2/01
A61F 2/06
A61F 2/86
A61L 29/02
A61L 31/02
A61L 33/02
A61M 25/00
A61M 25/09
A61N 1/05
A61N 1/372
C22C 30/00
C22F 1/00
C22F 1/14
C22F 1/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Pt、Co、Cr、Ni、Moからなる医療用合金であって、
10原子%以上30原子%以下のPt、
20原子%以上31原子%以下のCr、
5原子%以上24原子%以下のNi、
4原子%以上8原子%以下のMo、
及び残部Coと、不可避不純物とからなり、
Ni含有量(CNi)とPt含有量(CPt)との比CNi/CPtが1.5以下である医療用合金。
【請求項2】
Pt有量が14原子%以上30原子%以下である請求項1記載の医療用合金。
【請求項3】
Wを含み、Wの含有量とMoの含有量との合計が4原子%以上8原子%以下である請求項1又は請求項2記載の医療用合金。
【請求項4】
更に、Ti、V、Mn、Fe、Zr、Nb、Taの少なくともいずれかを含み、これらの元素の合計含有量が10原子%以下である請求項1~請求項3のいずれかに記載の医療用合金。
【請求項5】
弾性率が240GPa以上である請求項1~請求項4のいずれかに記載の医療用合金。
【請求項6】
降伏応力が1680MPa以上である請求項1~請求項4のいずれかに記載の医療用合金。
【請求項7】
少なくとも一部が請求項1~請求項5のいずれかに記載の医療用合金からなる線材よりなる医療器具であって、
ステント、コイル、ガイドワイヤー、デリバリーワイヤーのいずれかとして使用される医療器具。
【請求項8】
請求項1~請求項6のいずれかに記載の医療用合金からなる医療用デバイスの部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステント、動脈瘤コイル、大静脈フィルタ、グラフト、ペースメーカー等の各種インプラント医療器具の構成材料として、また、カテーテル、ガイドワイヤー、ステントレトリーバー等の各種医療器具の構成材料として好適な医療用金属合金に関する。特に、前記医療器具の機能を確保するために要求される機械的性質、X線視認性、加工性に優れた医療用合金に関する。
【背景技術】
【0002】
各種ステント、動脈瘤コイル、カテーテル等の医療機器の構成材料として従来から各種の金属材料が知られている。例えば、ASTM F562で規定されている医療用のCo-Cr系合金が知られている。この規格を満足する35NLT合金(Cr:19~21質量%、Ni:33~37質量%、Mo:9~10.5質量%、残部Co)として知られるCo-Cr系合金は、近年より人工関節やステント等に利用されている。Co-Cr系医療用合金の他の例としては、特許文献1も挙げられる。また、Co-Cr系合金以外の医療用合金として、ASTM A276で規定されるSUS系合金やNi-Ti系合金も古くから知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開平10-043314号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
医療器具を構成する医療用合金においては、その用途及び使用態様等を考慮して様々な特性が要求される。具体的には、以下のとおり、化学的安定性(耐食性)、機械的性質(強度、弾性率等)、X線視認性(X線吸収係数)、加工性が要求される。
【0005】
医療器具は、人体に直接的に接触し、ときには人体内に埋め込まれる器具である。そのため化学的安定性(耐食性)が要求される。そして、ステントのように、永久的に脈動・拍動する血管内に挿入され留置される医療器具に対しては、高い機械的性質も要求される。また、カテーテル、ステント、動脈瘤コイル等の医療器具を用いた検査・治療においては、X線撮像を行いつつ人体への挿入や器具の位置確認をして行われる。そのため、医療用材料は、X線視認性を備えていることが好ましい。
【0006】
更に、ステント、カテーテル等の医療器具は、極細線・極薄材に加工され、更に、編み込みやコイリング、押し出し加工、レーザー加工等によってステントチューブ形状、コイル形状、バルブ形状などに2次加工して製造されている。そのため、医療用合金には高い加工性も要求される。
【0007】
上記した従来の医療用合金は、各種医療器具の構成材料として一定の要件は具備している。特に、上記したCo-Cr系合金である35NLT合金は、高強度で高耐食性の合金であり、この特性によりステント等への応用実績を有する。
【0008】
しかしながら、35NLT合金等のCo-Cr系合金も上述の要求特性の全てを満足しているわけではない。X線視認性に関していえば、Co-Cr系合金は不十分であるという問題がある。そのため、Co-Cr系合金をステントに適用する場合には、部分的にX線視認性が良好な金属(Pt-W合金等)を編み込み、或いは溶接してX線視認性を付与している。
【0009】
また、ステントやカテーテル等の医療器具やこれらを用いた治療法は、現在も改良、新開発が進展しており、その適用範囲も広がっている。これに伴い、医療用合金に対する上記要求特性は、より高水準なものとなっている。
【0010】
例えば、近年、未破裂脳動脈瘤の治療法として、フローダイバーター留置術の普及が期待されている。この治療法は、極細線のワイヤーを高密度で編みこんだステント(フローダイバーターステント)を脳動脈瘤の入口を覆うようにして血管内に留置する方法である。フローダイバーターステントの留置により、脳動脈瘤内への血液流入を減少させ、脳動脈瘤が血栓化することで脳動脈瘤を縮小できる。このフローダイバーターステントは、血管内に留置する際の柔軟性や、留置後にずれることなく安定して留まるための適度な強度・弾性を発揮する必要がある。また、フローダイバーターステントの製造には、極細線加工が必要であり、これまで以上に高い加工性も要求される。
【0011】
また、アテローム性動脈硬化症などの治療に、バルーン拡張型ステントが使用されている。この医療器具においては、バルーン拡張時にステントが塑性変形するため、適切な降伏応力、高いX線視認性が要求される。加えて、ステント拡張後に病変部の血管を適切に支持するためには高い弾性特性・破断応力が必要となる。
【0012】
上記のフローダイバーターステント等の最新の医療器具への適用を考えたとき、Co-Cr系合金等の従来合金は、それらの要請に十分に応えることができるとは限らない。本発明は、このような背景のもとにしてなされたものであり、医療用合金として要求される機械的性質、X線視認性、加工性等において優れた特性を有するものを提供することを目的とする。特に、フローダイバーターステント等のような、前記特性においてより高度のラディアルフォースと視認性の向上を要求される医療用合金に好適なものを開示する。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者等は、上記課題を解決すべく、フローダイバーターステント等の医療器具において、その形状・形態、使用態様、使用条件等を基に実際に要求される特性をシミュレートした。その解析結果に基づく材料特性に関して後述するが、本発明者等は、好適な医療用合金にはCo-Cr系合金等の従来合金に対し、それらよりも高い弾性率(ヤング率)と弾性歪限界を付与した合金開発が必要であると考察した。そこで、本発明者等は、Co-Cr系合金である35NLT合金をベースとし、ここに適切な金属元素を添加しつつ新たな合金開発を行うこととした。
【0014】
具体的な検討内容として、35NLT合金を構成するNiの一部を他の金属元素で置換しつつ、全体的な合金組成を調整することとした。この検討においては、添加する新たな金属元素の種類を選定する共に、弾性率等の機械的性質の向上とX線視認性や加工性の確保とをバランスすることに留意した。そして、検討の結果、Co-Cr系合金に添加元素としてPt(白金)を添加しながら、Ni等の他の構成元素の組成を調整することで、これまでにない機械的性質と諸特性を具備する医療用合金を見出し、本発明に想到した。
【0015】
即ち、本発明は、Pt、Co、Cr、Ni、Moからなる医療用合金であって、10原子%以上30原子%以下のPt、20原子%以上31原子%以下のCr、5原子%以上24原子%以下のNi、4原子%以上8原子%以下のMo、及び残部Coと、不可避不純物とからなり、Ni含有量(CNi)とPt含有量(CPt)との比CNi/CPtが1.5以下の医療用合金である。
【0016】
上記のとおり、本発明は、従来のCo-Cr系合金(35NLT合金)にPtを添加しつつ全体組成を調整した合金(Pt-Co-Cr-Ni-Mo合金)である。以下、本発明に係る医療用合金について詳細に説明する。まず、この合金を構成する各金属元素について説明する。
【0017】
(A)本発明に係る医療用合金の合金組成
・Pt:10原子%以上30原子%以下
Ptは、Co-Cr系合金に対して機械強度、弾性率の向上作用を有する。また、Ptは原子量が大きく、いわゆる重い金属である。よって、PtはX線視認性の向上の作用も有する。Pt含有量は、10原子%未満では、上記した特性改善の効果が少ない。Ptが30原子%を超えると、Co-Ptなどの金属間加工物が生成し、加工性が低下する。このため、極細線などの微細加工品の製造が難しくなる。
【0018】
Ptは、上記した複数の特性の改善効果があることから、本発明の合金にとって特徴的であり必須的な構成金属元素である。より好ましくは、Pt含有量は、14原子%以上30原子%以下とする。合金の加工性を確保しつつ、強度を最大限にするためである。加えて、Pt含有量を比較的増大させることで、耐食性を向上させることが出来る。
【0019】
尚、Ptは、貴金属に属する金属であるが、他の貴金属であるAu、Irは本発明の合金の添加元素としては不適である。Au、Irを添加したCo-Cr系合金においては、加工性が大きく低下するからである。この点は、本発明者等による予備的な試験によって確認されている。
【0020】
・Cr:20原子%以上31原子%以下
Crは、医療用合金の機械的性質の改善と共に生体適合性を向上させる効果を担う元素である。Cr添加によって合金表面に化学的に安定なCr酸化層を形成させ、人体内における腐食を抑制することを想定している。Cr含有量が20原子%未満であると、Cr酸化層の効果が不十分となる。また、Cr含有量が上記の範囲外になると、機械的性質にも不足が生じる。更に、CrはCoのhcp相を安定化させる効果を有し、Cr含有量が過剰となると加工性が低下するおそれがある。以上を勘案して、本発明のCrの濃度の適切範囲は20原子%以上31原子%以下とする。
【0021】
・Ni:5原子%以上24原子%以下
本発明において、Niには合金の加工性確保という重要な効果がある。これまで述べたように、本発明は、Co-Cr系合金(35NLT合金)のNiをPtで置換することで、機械的性質やX線視認性の向上を図っている。但し、Ptは、Au、Ir、Taほどではないものの、加工性を低下させる作用がある。そして、Co-Cr系合金のNi全体をPt置換した合金、即ち、Niを含有しない合金においては、加工性が大きく低下して線材等への加工が困難となる。合金の加工性確保の観点から、適正量のNiを含有させることが必須となる。Ni含有量を5原子%以上24原子%以下としたのは、5原子%未満では加工性が著しく低下するからであり、24原子%を超えると、弾性率が240GPa未満に低下する問題が生じるからである。尚、後述するとおり、Ni含有量とPt含有量との間において、一定の関係を具備することが要求される。
【0022】
・Mo:4原子%以上8原子%以下
本発明に係る合金においては、従来の医療用合金にはない高強度・高弾性率を示すことが要求される。Moは、かかる強度・弾性率を確保するための必須の構成金属である。Moは、4原子%以上8原子%以下とする。4原子%未満では従来技術と同程度の強度となり、8原子%を超えると、弾性率が240GPa未満に低下する問題が生じるからである。
【0023】
・Co:残部
本発明に係る合金は、Co-Cr系合金(35NLT合金)を基礎としつつ、新たに開発された合金である。そのため、Coは本発明の合金の基本となる構成元素である。Coのマトリクス相が合金の機械的・化学的性質であって、医療用途で要求される最低限の基準をクリアするための必須の構成金属である。そして、Pt添加量を考慮しつつ、Co含有量が調整され、合金組成の残部として定義する。
【0024】
・Ni含有量とPt含有量との関係
以上のとおり、本発明に係る医療用合金は、Pt-Co-Cr-Ni-Mo合金を基本とし、各構成元素の含有量の範囲は以上で説明したとおりである。ここで本発明においては、各構成金属の組成範囲と共に、Ni含有量とPt含有量との関係について一定の要件が設定される。上記のとおり、Ptは合金の機械的性質やX線視認性の改善効果がある必須の金属元素であるが、加工性低下の要因となることが懸念される。そこで、Niを一定以上含有させることで、加工性を確保・向上させている。よって、PtとNiとは、相互に関連性を有する構成金属である。そして、本発明者等の検討によれば、Ni含有量及びPt含有量を単純に増減させるのではなく、両者の関係に一定の要件を設定することで、最適な機械的性質と加工性を得ることができる。
【0025】
この一定の要件とは、Ni含有量(CNi)とPt含有量(CPt)について、それらの比であるCNi/CPtを1.5以下とすることである。本発明者等によれば、合金のCNi/CPtを参照してその弾性率を見たとき、一定範囲内でピークが生じる。即ち、CNi/CPtが1.5を超える合金は、従来技術と同等又はそれ以下の弾性率となる。尚、CNi/CPtの下限値については0.17とすることが好ましい。CNi/CPtが0.17未満となると、加工性が懸念される。CNi/CPtについては、0.3以上1.5以下とすることがより好ましい。
【0026】
・任意的添加元素
本発明に係る合金は、Pt、Co、Cr、Ni、Moからなる5元系合金を基本とし、これら5元素のみからなるものでも良いが、下記の特定の添加元素を任意的に添加することも許容される。
【0027】
・W
本発明者等の検討によれば、Moと同じ第6族元素であるWは、本発明に係る合金においてMoと同様の効果を有する添加元素である。即ち、Wの添加により強度・弾性率の向上が期待される。この任意的添加元素であるWは、Moと共に添加することができ、Wの含有量とMoの含有量との合計が4原子%以上8原子%以下となるように添加される。Wを添加するときには、0.01原子%以上とするのが好ましい。
【0028】
・fcc安定化元素
本発明に係る合金の基本構成元素であるCoは、室温でhcp構造を示し、高温でfcc構造に相変態する元素である。hcp構造は、比較的脆いので合金の加工性に影響を及ぼし、fcc構造の方が延性がある。他の元素との合金化により、本発明におけるCoの相変態温度が変動するが、所定の添加元素(fcc安定化元素)により相変態温度を低下させてfcc構造を安定化することができる。これにより合金の加工性向上を図ることができる。このfcc安定化元素としては、Ti、V、Mn、Fe、Zr、Nb、Taが挙げられる。本発明者等の検討によれば、本発明に係る合金は、これらの元素の少なくともいずれかを合計で0.01原子%以上10原子%以下添加したとき、これらの元素による機械特性の向上が期待される。但し、合計で10原子%を超えて添加すると、機械特性の低下が生じる。これらの元素は、Niに置換することが予測されている。これにより合金の加工性向上を図ることができる。
【0029】
・他の任意的添加元素
本発明に係る合金は、上記したW及びfcc安定化元素の他、B、C、N、Siを含むことができる。これらの添加元素は、粒界強化の作用を有する。B、C、N、Siは、合計で0.01原子%以上2原子%以下含むことができる。B、C、N、Siは、本発明の合金においてCo、Crの一部に置換して含有されると考えられる。
【0030】
・不純物元素
また、本発明に係る合金は、不可避不純物を含有する場合もある。本発明に係る合金の不可避不純物としては、Al、P、S、Ca、Cu、Ceが挙げられ、これらが合計で0.01原子%以上1原子%以下含まれる可能性がある。これら不可避不純物元素も、本発明の合金においてCo、Crの一部に置換して含有されると考えられる。
【0031】
(B)本発明に係る医療用合金の機械的性質
本発明者等は、本発明を見出す過程で、フローダイバーターステント等の医療器具による治療方法において、各段階における医療器具の変形状況や負荷等をシミュレートした。
【0032】
例えば、フローダイバーターステント等のステント類は、線材(ワイヤー)をチューブ状に編み込み加工し成形された医療器具である。ステントは、内径を縮小させてカテーテルに挿入し、カテーテルと共に血管内を治療部位(動脈瘤等)まで移送される。治療部位に到達したステントは、カテーテルから押し出された後に血管内で拡張して留置される。ステントを構成するワイヤーは、この過程の各段階で負荷を受け変形している。
【0033】
上記のステント以外にも塞栓コイルは、1次コイル加工と2次コイル加工によって製造され、使用時(治療時)において、その弾性能が利用されている。このように医療器具はその製造・使用過程で大きな変形・応力負荷を受けることが予測される。
【0034】
本発明者等は、医療器具適用時のシミュレートの解析結果から、医療用合金として要求される機械的性質としていくつかの基準を画定した。以下、この要求される機械的性質について説明する。本発明に係る医療用合金は、これらの基準をクリアするものである。
【0035】
・弾性率(ヤング率)
上記のステントによる治療では、血管内で放出され拡張したステントが、その弾性力によって血管内壁を適度に押圧しながら固定される。ステントは、安定して治療部位に留置されること好ましく、適度な拡張力が要求される。このステントの半径方向への力(拡張力)は、ラディアルフォースと称されることがある。
【0036】
ステントのラディアルフォースは、その構成材料の弾性率(ヤング率)により制御することができる。そして、本発明者等の解析結果から、好ましい弾性率は240GPa以上である。この点、従来のCo-Cr系合金である35NLT合金の弾性率は、約230GPaである。本発明においては、Ptの添加、CNi/CPtの規定(1.5以下)、Moの適切な添加によって、弾性率を240GPaとすることができる。尚、弾性率の上限に関しては、特に制限することはないが、350GPa以下とするのが好ましい。
【0037】
・降伏応力
また、合金材料の基本的な機械的性質として、降伏応力(引張降伏応力)が向上されていることも好ましい。降伏応力は、弾性範囲内における強度を示す。各種医療器具は、人体内に埋め込まれ、筋肉や血管等の運動や脈動・拍動による応力を長期間にわたって受けている。かかる使用環境下で、変形や破損なく機能し続けるために高い降伏応力が必要となる。具体的には、降伏応力は1680MPa以上とするのが好ましい。本発明に係る合金は、この基準もクリアすることができる。
【0038】
・弾性歪限界(弾性限度)
上記の弾性率と降伏応力は、合金材料の基本的な機械的性質として知られるところである。ここで、本発明においては、医療用合金としての用途を考慮して、他の機械的性質の改善を図ることがより好ましい。例えば、ステントは、ワイヤー状の合金をチューブ形状に編み込んで製造される。また、人体に挿入する前のステントは、径を縮小させてカテーテルに挿入される。このようなステントの製造・使用過程において、合金ワイヤーには曲げ応力が発生し歪が蓄積する。蓄積した歪が弾性限度を超えると、その箇所で塑性変形が生じるため、カテーテルからステントを放出しても十分な拡張せず、本来の機能が発揮されないおそれがある。
【0039】
そこで、医療用合金には、歪蓄積に対する耐性を発揮させるべく、弾性歪限界が高いことがより好ましいといえる。具体的には、弾性歪限界が0.7%以上とするのが好ましい。本発明に係る合金は、この基準もクリアすることができる。
【0040】
・破断応力
更に、バルーン拡張型ステント等のような塑性変形することが予定されている医療器具においては、塑性変形後も破断することなく機能維持するため、適切な破断応力が必要となる。
【0041】
具体的には、バルーン拡張型ステントは、アニールされた状態の合金素材により作製されることがあることから、アニール後の状態(アニール条件は、例えば、1000℃で1時間)における破断応力を1000MPa以上であるものが好ましい。また、加工上がりの状態の破断応力については、2000MPa以上とであるものが好ましい。本発明に係る合金は、これらの基準も満たすことができる。
【0042】
(C)本発明に係る医療用合金の利用形態
以上説明した本発明の医療用合金は、各種医療器具の構成材料として板材、棒材・角材・中空棒材、線材等の各種の形態で利用することができる。特に、ステント、塞栓コイル、ガイドワイヤー等のように、線材或いは線材を編み込んだ形態であるものが多い。本発明に係る合金は、その良好な加工性によって、線材での供給・使用が可能である。
【0043】
本発明の医療用合金は、直径1.6mm以下の合金線材に加工することができ、各種用途に適用可能である。この医療用Pt-Co合金線材の好ましい直径は、0.2mm以下が好ましく、0.05mm以下がより好ましい。尚、合金線材の直径の下限値は、できるだけ小さいことが好ましいが、その用途や加工性を考慮して0.005mm以上とするのが好ましい。この合金線材は、加工上がりの状態において、上記した機械的性質を具備していることが好ましい。
【0044】
以上説明した本発明に係る医療用合金は、各種の医療器具に応用できる。本発明が特に有用な医療器具として、例えば、フローダイバーターステントやステントリトリーバー等のステント、バルーンカテーテル等のカテーテル、塞栓コイル等のコイル、ガイドワイヤー、デリバリーワイヤー、歯列矯正具、クラスプ、人工歯根、クリップ、ステープル、ボーンプレート、神経刺激電極、ペースメーカー用リード、放射線マーカー等が挙げられる。
【0045】
これらの例において、フローダイバーターステント等のステント類は、線材を編機で編込んで作製される。塞栓コイルは、脳動脈瘤内に充填して動脈瘤孔を塞栓する器具であり、線材を巻線機で加工してコイル形状に作製される。ステントリトリーバーは、パイプ材・チューブ材と作製した後にレーザー加工で成形して作製される
【0046】
本発明に係る医療用合金は、上記した各種医療機具の少なくとも一部ないし全部や、医療用デバイスの部品を構成することができる。
【0047】
(D)本発明に係る医療用合金の製造方法
本発明に係る医療用合金は、一般的な溶解鋳造工程を経て製造することができる。溶解鋳造工程では、所望の組成の合金溶湯を調整し、鋳造してインゴット形状等の母合金を製造する。溶解鋳造工程後の母合金は、熱間加工、温間加工、及び冷間加工を適宜に組み合せて所望の形状にすることができる。加工処理は、スウェージング加工、鍛造加工、圧延加工等、特に制限されることはない。尚、溶解鋳造工程後の母合金について、750℃以上1300℃以下の温度で2時間以上48時間以下加熱する均質化熱処理を行い、それから加工処理を実施しても良い。
【0048】
また、合金線材は、上記のようにして鋳造及び加工した合金素材を伸線加工して製造できる。伸線加工は、スウェージング加工や引き抜き加工(ドローベンチ加工)適宜に組み合わせる。伸線加工1回(1パス)における加工率は4%以上20%以下とするのが好ましい。また、伸線加工は熱間で行うことができる。加工温度は、500℃以上1300℃以下とするのが好ましい。
【発明の効果】
【0049】
以上説明したように、本発明に係る医療用合金は、医療器具の構成材料として要求される機械的性質、X線視認性を具備し、更に、加工性も確保されている。医療器具の進歩は目覚しいものがあり、フローダイバーターステント等のように、これまで以上にシビアな環境・条件下で使用されるものもある。本発明に係る医療用合金は、それら最新の医療器具の構成材料としても有用である。更に、従来の35NLT合金よりNi濃度が低く、その結果としてNiイオンの溶出量も減少する。つまり、本発明に係る医療用合金は、Niアレルギーの要因にもなり難く、生体適合性も良好である。
【発明を実施するための形態】
【0050】
以下、本発明の実施形態について説明する。本実施形態では、Pt、Co、Cr、Ni、Moの含有量を調整した複数のPt-Co系合金(Pt-Co-Cr-Ni-Mo合金)を製造した。そして、各合金の機械的性質(弾性率、弾性歪限界、降伏応力)を測定し、更に、X線視認性を評価した。
【0051】
[合金製造]
Pt-Co系合金の製造は、各金属の高純度原料を秤量混合してアルゴンアーク溶解で溶解鋳造して合金インゴットを作成した。そして、合金インゴットを1200℃で12時間加熱して均質化処理をした。均質化熱処理後、熱間スウェージング加工し直径3mmの線材を製造した。この線材を母材として、引張試験用のサンプル、弾性率測定用のサンプル、X線視認性評価用のサンプルを製造した。
【0052】
尚、以上製造した各種合金については、その合金組成を正確に把握するための定量分析を行った。この分析は、加工途中の線径0.5mmの合金線材から長さ1mmの試料を採取し、スパークICP(装置商品名:RIGAKU SPECTRO-SASSY/CIROS-MarkII)により定量分析した。結晶組織の微視的な観察は、各種合金ワイヤー断面のSEM-EDX分析によって行った。EDX分析の測定点は、各サンプル3点以上とした。全てのサンプルはICP分析値とSEM-EDX分析値との差が±20%以内であり、局所的な偏析などは認められなかった。
【0053】
[弾性率測定]
上記で製造した直径3mmの母材を圧延加工して板材(60mm×10mm、厚さ1mm)を作製し、これを歪取りのための熱処理をして弾性率測定用のサンプルとした。歪取り熱処理は、真空電気炉により1200℃で4時間加熱した。弾性率測定は、常温弾性率測定装置JE-RTで室温大気下での自由共振法で行った。
【0054】
[加工性評価と引張試験(降伏応力測定)]
上記で製造した直径3mmの母材を超硬ダイスで直径0.6mmまで冷間伸線し、更に、ダイヤモンドダイスで直径0.25mmまで冷間伸線した。これらの冷間伸線加工においては、潤滑剤としてカーボン系潤滑剤を使用した。この線材への加工は、同一工程を繰返し3回行い、1回でも加工途中で割れ又は断線が生じた合金を場合には、その合金について加工性「不良(×)」と判定した。そして、3回の加工全てにおいて、の直径0.25mmまでの冷間伸線可能であった合金を加工性「良(○)」と判定した。
【0055】
上記の冷間伸線加工で製造した合金線材を引張試験用のサンプルとして引張試験を行った。引張試験は、極細線用引張試験機(東洋精機製作所 ストログラフE3-S)を用いて引張試験を行った。試験条件は、ゲージ長150mm、クロスヘッド速度10mm/minとした。この引張試験にて、降伏応力を測定した。また、同時に弾性歪限界と破断応力も測定した。
【0056】
[X線視認性評価]
上記で製造した直径3mmの母材を圧延加工して板材(10mm×10mm、厚さ0.3mm)を作製し、X線視認性評価用のサンプルとした。このサンプルに対し、移動式CアームX線システム(シーメンスジャパン GEN2)を用いて、63kv×2.4mAの条件でX線透過試験を行った。X線視認性の評価は、従来合金である35NLT(下記表1のNo.12)のGray-Scale値を基準とした。35NLTの数値より低い合金をX線視認性「良(○)」と判定し、35NLTの数値以上の合金をX線視認性「不良(×)」と判定した。
【0057】
本実施形態で製造した各種組成の合金について、評価試験の結果を表1に示す。評価試験は、従来の医療合金である35NLT合金についても行った。
【0058】
【表1】
【0059】
表1から、本発明で規定した組成範囲内であり、Ni含有量(CNi)とPt含有量(CPt)との比(CNi/CPt)も好適なPt-Co系合金(No.1~No.9、No.19~No.20)は、いずれも240MPa以上の好適な弾性率を示すと共に、X線視認性及び加工性が良好であった。また、弾性歪限界も0.7%を超えていた。破断応力に関しては、測定サンプルは冷間加工後の合金線材であり、いずれも2000MPaを超えていた。この点、No.5の合金について、合金線材を更にアニールして破断応力をしたとき、1000MPa以上であることも確認している。
【0060】
以上の実施例の合金に対して、本発明の規定外の合金は、いずれかの特性において劣っていた。
従来例である35NLT合金に相当するNo.21の合金は、弾性率が240MPa未満と低く、X線視認性にも乏しい。本発明は、この従来合金であるCo-Cr系合金にPtを添加しつつ、Ni等の他の構成元素の組成を好適化した合金である。但し、No.10の合金のように、Ptを添加するとしてもその含有量が低い合金は、弾性率が明確に低く、従来例(No.21)よりも低くなった。Ptを添加するとしても適正量を添加すべきである。
【0061】
また、Niの作用についてみると、Ni添加のない合金(No.11)は、加工性が悪く線材への加工ができなかった。本発明の医療用合金は、線材等への加工が必須ともいえ、そのためにはNiは必須といえる。但し、Niを添加するとしても、No.12の合金のようにその添加量が5原子%未満であると、加工性の改善は見られても弾性率は低い。よって、Ni添加量にも適正範囲があると考えられる。
【0062】
ここで、Ni含有量(CNi)とPt含有量(CPt)との比(CNi/CPt)について検討する。この検討は、Pt、Mo以外の添加元素(Cr、Mo)の含有量が近似しているNo.1~No.5、No.17、No.18の合金を対比して行う。
【0063】
No.1の合金は、Pt含有量がその上限付近で、Ni含有量がその下限付近の組成の合金であって、CNi/CPtの値が最も低い合金である(CNi/CPt=0.17)。この合金は、弾性率及び加工性等が合格であった。そして、CNi/CPtの値の増大に応じて弾性率が上昇する。但し、No.17、18の合金ように、CNi/CPtが本発明規定の上限値(1.5)を超えて2.0付近以上になると弾性率が低下し240MPa未満となる。よって、本発明の組成範囲の合金であっても、CNi/CPtの適切にすることの必要性が確認された。
【0064】
本発明ではMoも必須の構成金属であるが、Mo以外の構成元素の含有量が近似している合金であるNo.5、No.8、No.15、No.16の合金を対比すると、Moが多くても少なくても弾性率が低くなる傾向があることがわかる。本発明のPt-Co系合金(Pt-Co-Cr-Ni-Mo合金)においては、Mo量に4原子%以上8原子%以下の最適範囲が存在することが確認できる。
【0065】
更に、本発明では、Moと同様の効果がある元素としてWを挙げているが、No.19、No.20の合金の結果から、Wを添加した合金でも良好な強度、加工性等を示すことが確認された。
【0066】
尚、No.13、No.14の合金の結果から、Crの含有量に関しても本発明の規定範囲外となると、弾性率が240MPa未満となることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明に係る医療用合金は、機械的性質、X線視認性、加工性が良好なPt-Co系合金である。本発明は、フローダイバーターステントやステントリトリーバー等のステント、バルーンカテーテル等のカテーテル、塞栓コイル等のコイル、ガイドワイヤー、デリバリーワイヤー、歯列矯正具、クラスプ、人工歯根、クリップ、ステープル、ボーンプレート、神経刺激電極、ペースメーカー用リード、放射線マーカー等の各種の医療器具への応用が期待できる。