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特許7353597計測器具及びそれを用いた標的物質の計測方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-22
(45)【発行日】2023-10-02
(54)【発明の名称】計測器具及びそれを用いた標的物質の計測方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/00 20060101AFI20230925BHJP
   G01N 33/00 20060101ALI20230925BHJP
   G01N 37/00 20060101ALI20230925BHJP
   C12M 1/34 20060101ALI20230925BHJP
【FI】
G01N27/00 Z
G01N33/00 C
G01N37/00 101
C12M1/34 B
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2019183996
(22)【出願日】2019-10-04
(65)【公開番号】P2021060253
(43)【公開日】2021-04-15
【審査請求日】2022-08-10
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構産業技術研究助成事業「新世代ロボット中核技術開発/革新的ロボット要素技術分野/人検知ロボットのための嗅覚受容体を用いた匂いセンサの開発」委託研究 産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】317006683
【氏名又は名称】地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001656
【氏名又は名称】弁理士法人谷川国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山田 哲也
(72)【発明者】
【氏名】大崎 寿久
(72)【発明者】
【氏名】三村 久敏
(72)【発明者】
【氏名】杉浦 広峻
(72)【発明者】
【氏名】竹内 昌治
【審査官】田中 洋介
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-59786(JP,A)
【文献】特開2019-72698(JP,A)
【文献】国際公開第2006/080177(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/00-27/49
G01N 33/00-33/46
G01N 21/03-21/15
G01N 37/00
C12M 1/34
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いに隣接して配置される第1の容器及び第2の容器と、
該第1及び第2の容器間に設けられた隔壁であって、脂質二重膜を形成する透孔を有する隔壁と
を具備する計測器具であって、
前記第1及び第2の容器の少なくとも一方に、表面が疎水性であるガス流路が形成されており、該ガス流路は、入口と出口を有し、該入口及び出口は、それぞれ前記計測器具の外部に連通しており、該ガス流路は、それが設けられている容器内に開口しており、該ガス流路内を流れるガスが、該容器内に充填される液滴に接触する、計測器具。
【請求項2】
複数の前記ガス流路が設けられている、請求項1記載の計測器具。
【請求項3】
前記ガス流路は、溝状の流路である請求項1又は2記載の計測器具。
【請求項4】
前記ガス流路は、前記第1及び第2の容器の少なくとも一方の底面に設けられている、請求項1~3のいずれか1項に記載の計測器具。
【請求項5】
前記第1及び第2の容器が、基板内に設けられたダブルウェルチャンバーの形態にある、請求項1~4のいずれか1項に記載の計測器具。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項に記載の計測器具からなるユニットを複数具備し、各ユニットの各ガス流路の入口が各ガス導入路を介して互いに連通し、使用時には各ユニットに同時にガスを供給できる、計測器具。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1項に記載の計測器具を用いた標的物質の計測方法であって、前記第1及び第2の容器に液滴を充填して前記透孔に前記脂質二重膜を形成し、標的物質を含むガス状の試料を前記ガス流路に流通させながら計測を行う、標的物質の計測方法。
【請求項8】
標的物質を含まないガスを前記ガス流路に流通させ、前記液滴中の標的物質を除去する工程をさらに含む請求項7記載の方法。
【請求項9】
請求項1~6のいずれか1項に記載の計測器具を用いた標的物質の計測において、前記第1及び第2の容器に液滴を充填して前記透孔に前記脂質二重膜を形成し、ガスを前記ガス流路に流通させて、該ガス流路と接触する液滴のかくはんを行う、脂質二重膜を用いた計測における液滴のかくはん方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脂質二重膜を用いて標的物質の計測を行う計測器具並びにそれを用いた標的物質の計測方法及び該計測器具に充填される液滴のかくはん方法に関する。
【背景技術】
【0002】
嗅覚受容体を脂質二重膜に再構成し、匂い・揮発性有機物のセンサとしての応用を目指す研究が行われている。同様に、生体がもつ高い感度・特異性を利用するため、細胞や組織を用いた匂い・揮発性有機物センサの研究も行われている。
【0003】
しかしながら、匂いや揮発性有機物(標的物質)の多くは水に難溶性であり、水溶液中でなければ活性を保てない受容体や細胞に対して標的物質を届ける機構に工夫が必要である。多くの研究では規定量の標的物質を水に溶解してサンプルとし、受容体や細胞を浸潤している水溶液と混合している(非特許文献1)。あるいは、標的物質を受動的に取り込む方法として、アガロースゲルを利用した例がある(特許文献1、非特許文献2~4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2017-83210号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】Nobuo Misawa et al., Proceedings of the National Academy of Sciences, 107, 15340, 2010.
【文献】Satoshi Fujii et al., Lab on a Chip, 17, 2421,2017.
【文献】Nobuo Misawa et al., ACS sensors,4, 711,2018.
【文献】Koji Sato et al., Angewandte Chemie International Edition,53, 11798, 2014.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
受容体等を利用したセンサを形成する水溶液に匂いや揮発性有機物等の標的物質を気相から溶解する場合、問題となるのが標的物質の難溶性(あるいは気液間での低い分配係数)および溶液内の遅い拡散速度である。溶液内の拡散係数はおよそ10-9m2/s程度であり、自由拡散では水溶液内全体が気液平衡に到達するまでには長い時間を要するため、センサ素子である受容体等に標的物質が十分な濃度で届くまでの時間も延び、検出時間が長くなる(あるいは感度が低下する)と考えられる。また、上記のとおり、これまでにアガロースゲルを利用した人工細胞膜センサにより揮発性分子を検出した例はあるが、一度、水溶液内に溶け込んだ標的物質は滞留するため、動的な濃度変化を検出することは困難であった。
【0007】
本発明の目的は、脂質二重膜を用いた計測において、液滴内に標的物質を効率良く導入させることができる計測器具並びにそれを用いた標的物質の計測方法及び該計測器具に充填される液滴のかくはん方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、脂質二重膜を用いた標的物質の計測において、液滴を充填する容器に表面が疎水性のガス流路を設け、該ガス流路に標的物質を含むガス状試料を流通させることにより、該液滴内に効率良く標的物質を導入することができることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は以下のものを提供する。
(1) 互いに隣接して配置される第1の容器及び第2の容器と、
該第1及び第2の容器間に設けられた隔壁であって、脂質二重膜を形成する透孔を有する隔壁と
を具備する計測器具であって、
前記第1及び第2の容器の少なくとも一方に、表面が疎水性であるガス流路が形成されており、該ガス流路は、入口と出口を有し、該入口及び出口は、それぞれ前記計測器具の外部に連通しており、該ガス流路は、それが設けられている容器内に開口しており、該ガス流路内を流れるガスが、該容器内に充填される液滴に接触する、計測器具。
(2) 複数の前記ガス流路が設けられている、(1)記載の計測器具。
(3) 前記ガス流路は、溝状の流路である(1)又は(2)記載の計測器具。
(4) 前記ガス流路は、前記第1及び第2の容器の少なくとも一方の底面に設けられている、(1)~(3)のいずれか1項に記載の計測器具。
(5) 前記第1及び第2の容器が、基板内に設けられたダブルウェルチャンバーの形態にある、(1)~(4)のいずれか1項に記載の計測器具。
(6) (1)~(5)のいずれか1項に記載の計測器具からなるユニットを複数具備し、各ユニットの各ガス流路の入口が各ガス導入路を介して互いに連通し、使用時には各ユニットに同時にガスを供給できる、計測器具。
(7) (1)~(6)のいずれか1項に記載の計測器具を用いた標的物質の計測方法であって、前記第1及び第2の容器に液滴を充填して前記透孔に前記脂質二重膜を形成し、標的物質を含むガス状の試料を前記ガス流路に流通させながら計測を行う、標的物質の計測方法。
(8) 標的物質を含まないガスを前記ガス流路に流通させ、前記液滴中の標的物質を除去する工程をさらに含む(7)記載の方法。
(9) (1)~(6)のいずれか1項に記載の計測器具を用いた標的物質の計測において、前記第1及び第2の容器に液滴を充填して前記透孔に前記脂質二重膜を形成し、ガスを前記ガス流路に流通させて、該ガス流路と接触する液滴のかくはんを行う、脂質二重膜を用いた計測における液滴のかくはん方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の計測器具を用いて計測を行うことにより、液滴内に標的物質を効率良く拡散させることができる。また、標的物質を含まないガスをガス流路に流通させることにより、液滴内の標的物質を除去することもできる。標的物質を除去後に再度、標的物質を含む新たな試料を加えることにより、試料中の標的物質の動的な濃度変化を検出することも可能になる。さらに、ガスをガス流路に流通させることにより、該ガス流路が接触する液滴をかくはんすることもできる。下記実施例に具体的に示されるように、液滴のかくはんにより、シグナルの検出効率が大幅に増大する。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1(a)】本発明の計測器具の模式平面図である。
図1(b)】図1(a)のb-b'切断部端面図である。
図2(a)】下記実施例で作製した、本発明の計測器具の一具体例の模式平面図である。
図2(b)】図2(a)の計測器具に回路を接続した図である。
図3図2に示す計測器具の作製に用いた下部基板を示す模式平面図である。
図4図2に示す計測器具の作製に用いた上部基板を示す模式平面図である。
図5】下記実施例及び比較例で行った、ガス流路にオクテノールガスを流通させた場合と、液滴にオクテノールガスを自然拡散させた場合の液滴内のオクテノール濃度の経時変化を比較して示す図である。
図6】下記実施例及び比較例で行った、本発明の実施例になる、16チャネルのデバイスを用いた場合と、従来の1チャネルのデバイスを用いた場合の計測時間とシグナル検出確率との関係を示す図である。
図7】下記実施例において行った、導入ガスをオクテノールガスから窒素ガスに変更し、再びオクテノールガスに変更し、再び窒素ガスに変更した場合の、時間と液滴内のオクテノール濃度又はイオンチャネルのオープン率との関係を示す図である。
図8】下記実施例において行った、窒素ガスを導入した場合と、導入を止めた場合における、α-ヘモリシンのナノポアをシクロデキストリンが閉塞する頻度を調べた結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面に基づき、本発明の好ましい実施形態について説明する。なお、計測器具を図示している図面は、発明を説明するための模式図であり、現実の計測器具とは各部分の寸法比率は異なる。
【0013】
図1(a)は、ダブルウェルチャンバー(DWC)の形態にある、本発明の好ましい一実施形態になる計測器具の模式平面図、図1(b)は、図1(a)中のb-b'切断部端面図である。なお、DWCは、基板中に2つのウェルを隣接して配置したもので、脂質二重膜を用いる計測器具として周知のものであり、特許文献1等にも記載されている。図1に示す器具は、基板10と、基板10内に設けられた第1の容器である第1のウェル14と、基板10内に設けられ、ウェル14に隣接する第2の容器である第2のウェル16と、ウェル14とウェル16の間に設けられ、これらを隔てる隔壁12を具備する。隔壁12内には、使用時に脂質二重膜を形成する透孔18が設けられている(図1(b)参照)。ウェル14の底面には、溝状のガス流路20が複数形成されている。ガス流路20の数は1本でもよいが、複数ある方が、ガスと液滴との接触を増やすことができるので好ましい。ガス流路20の数は、特に限定されないが、好ましくは、1本~50本程度である。また、ガス流路20の幅は、通常、0.001 mm~2 mm程度、好ましくは0.01 mm~0.5 mm程度、深さは通常、0.01 mm~2 mm程度、好ましくは0.2 mm~0.8 mm程度である。各ガス流路20はそれぞれ入口と出口を有し、使用時にガス流は入口から入って出口から出る。各入口は、ガス導入路22に連通しており、各出口はガス排出路24に連通している。使用時にガス導入路22から導入されたガスは、図1(a)の矢印で示されるように、各ガス流路の入口から各ガス流路20に入り、各ガス流路20の各出口からガス排出路24に排出される。なお、DWCの各ウェルのサイズは、従来と同様でよく、直径が通常、1 mm~10 mm程度、好ましくは2 mm~6 mm程度、深さが通常、1 mm~10 mm程度、好ましくは2 mm~6 mm程度である。また、隔壁12内の透孔18の直径も従来と同様であり、通常、0.5 μm~1000μm程度、好ましくは10 μm~600 μm程度である。
【0014】
各ガス流路20は、少なくともその表面が疎水性である。この疎水性により、使用時にウェル14内に液滴を充填しても、各ガス流路20が液で塞がれることがなく、ガスが流通するスペースが維持される。疎水性は、ガス流路20を疎水化処理することにより容易に付与することができる。疎水化処理は、例えば、フッ素系コーティング剤を塗布することにより行うことができる。
【0015】
図1に示すDWCは、ガス流路20、ガス導入路22及びガス排出路24を切削加工により形成した下部基板と、各ウェル14、16の側面を構成する上部基板を貼り合わせ、各ウェル14、16の間に隔壁12を挿入して設置することにより作製することができる。隔壁12の挿入は、第1のウェル14と第2のウェル16の隣接部に隔壁12を挿入する溝又は孔(図4の42)を形成しておき、ここに隔壁12を挿入することにより行うことができる。なお、隔壁12は、公知のとおり、小さな透孔を形成しやすいパリレンフィルム等により構成することが好ましい。
【0016】
ガス流路20は、ウェル14の底面に溝を切削加工することにより容易に形成することができるが、これに限定されるものではなく、繊維状や多孔質状、板状、柱状の部材を底面上に配置したりすること等によっても形成することができる。また、ガス流路20は、底面に形成する必要はなく、ウェルの側面に形成してもよいし、ウェルの頂部を蓋で覆い、該蓋の下面に形成することも可能である。もっとも底面に切削加工により形成することが容易で好ましい。また、上記実施形態では、ガス流路は第1のウェル14内にのみ形成したが、第2のウェル16内にも形成してもよい。
【0017】
また、周知のとおり、各ウェルには、電極を接続する透孔(図3の38及び40)が形成されており、使用時には、各電極が、各ウェル内に充填される液滴と接触し、両ウェル間に所定の電圧を印加し、流れる電流を増幅して計測する回路が各電極に接続される。このような回路は周知であり、下記実施例にも具体的に記載されている(図2(b)参照)。
【0018】
使用時には、周知の液滴接触法により、隔壁12内の透孔18に脂質二重膜を形成する。脂質二重膜の形成方法は周知であり、特許文献1にも記載されている。一方のウェルに充填する液に、脂質二重膜に再構成すべき受容体タンパク質等を添加しておくと、脂質二重膜に該タンパク質が自然に再構成(保持)される。タンパク質としては、各種受容体タンパク質、α-ヘモリシン、グラミシジン、アラメチシンなどのペプチドタンパク質類、各種イオンチャンネル、ABCトランスポータタンパク質等を挙げることができるがこれらに限定されるものではない。
【0019】
脂質二重膜形成後、ガス導入路22から、標的物質を含む試料ガスを導入する。試料ガスは、ポンプやシリンジ等により、ガス導入路22に導入することができる。これにより、各ガス流路20に試料ガスが流通し、ガス排出路24から排出される。この際、各ガス流路20を流れる試料ガス中の標的物質が、ウェル14内に充填されている液滴内に拡散する。この状態で、両ウェル間に流れる電流を測定することにより、試料ガス中の標的物質を検出することができる。ガス流路20に導入するガスの量は、特に限定されず、適宜選択することができるが、ガス導入路20に導入するガスの流速として、通常、0.001 L/分~3 L/分、好ましくは0.05 L/分~1 L/分である。
【0020】
下記実施例において具体的に記載するように、ガス流路20から液滴内に拡散する標的物質の拡散速度は、従来法における自然拡散と比べてはるかに大きい。このため、効率良く計測を行うことができる。また、下記実施例により明らかになったとおり、ガス流路20に、標的物質を含まないガス、例えば、不活性なガスである窒素ガス等を流通させることにより、液滴中に含まれる標的物質を少なくとも部分的に除去することができる。この除去後、再度、標的物質を含む試料ガスを流通させることにより、試料ガス中の標的物質の経時的な濃度変化を連続的に計測することも可能になる。
【0021】
さらに、下記実施例に具体的に記載するように、ガス流路20内にガスを流通させることにより、ガス流路20と接触する液滴がかくはんされることが明らかになった。従来、脂質二重膜を用いた計測において、小さな液滴内のかくはんを行う方法は知られていなかった。したがって、本発明は、上記した本発明の計測器具を用いた標的物質の計測において、前記第1及び第2の容器に液滴を充填して前記器具に前記脂質二重膜を形成し、ガスを前記ガス流路に流通させて、該ガス流路と接触する液滴のかくはんを行う、脂質二重膜を用いた計測における液滴のかくはん方法をも提供するものである。なお、下記実施例に具体的に示されるように、液滴のかくはんにより、シグナルの検出効率が大幅に増大するので、ガス導入によるかくはんは、脂質二重膜を用いる計測の効率を大幅に向上させるものである。
【0022】
なお、上記の実施形態では、基板10内にDWCが1個形成されているが、単一の基板内にDWCを複数形成し、それらの各ガス導入路22を1つの流路に合流させ、各DWCに同時に同じガスを流通させて、同時に計測を行うこともできる(下記実施例及び図4参照)。この場合、各ガス導入路が合流している大元のガス導入幹路(図2の26)にガスを導入することにより、各DWCのガス導入路22にガスが導入され、各ガス流路20を通って、ガス排出路24から排出される。各ガス排出路24は合流してガス排出幹路(図2の30、34)となり、基板10から排出される。
【0023】
このように、第1の容器、第2の容器、隔壁を含むユニットを複数連結して同時に計測を行うことにより、標的物質の検出効率を向上させることができ、検出操作に必要な時間を短縮することができる。
【0024】
以下、本発明を実施例に基づき具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0025】
実施例1
1.計測器具の作製
図1を参照して上記したDWCを基板10内に16個設けた計測器具を作製した(図2)。各DWCは、上記のとおり、第1のウェル14と、第2のウェル16と、隔壁12を具備する。第1のウェル14の底面には、上記した溝状のガス流路が設けられている。各ガス導入路22は合流してガス導入幹路26となり、ガス導入幹路26はガス導入孔28に連通している。一方、図2の下半分に位置する8個のDWCの各ガス排出路24は合流してガス排出幹路30となり、ガス排出孔32に連通している。同様に、図2の上半分に位置する8個のDWCの各ガス排出路24は合流してガス排出幹路34となり、ガス排出孔36に連通している。
【0026】
図2に示す計測器具は、次のようにして作製した。図3に示すように、まず、厚さ1mmのアクリル板から成る下部基板10aを準備した。第1のウェル14の底面となる領域に、互いに平行に複数の溝状のガス流路を切削加工して形成した。ガス流路は、直径0.2mmのミルを用いて切削し、深さ0.5mmとした。溝状の各ガス流路の間隔は0.3mmとした。また、溝状のガス流路の長さは3 mm~8 mmであり、全体として長円状になるように加工した。第1のウェル14の底面となる領域の中央及び第2のウェル16の底面となる領域の中央に、それぞれ電極挿入用の、直径0.56mmの透孔38及び40を形成した。さらに、ガス導入路22、ガス導入幹路26、ガス排出路24、ガス排出幹路30、34を図3に示す形状に切削加工した。これらのガス流路は、直径0.5mmのミルで切削加工して形成し、深さは0.5mmとした。さらに、各ガス流路の入口部分に、直径1mmのミルで深さ0.8mmの流路を切削加工して、各ガス流路の入口を連通させ、ガス導入路22と接続した。また、同様に、各ガス流路の出口部分に、直径1mmのミルで深さ0.8mmの流路を切削加工して、各ガス流路の出口を連通させ、ガス排出路24と接続した。
【0027】
一方、図4に示すように、厚さ3mmのアクリル板から成る上部基板10bを準備した。第1のウェル14及び第2のウェル16である各ウェルとなる透孔(直径4.0 mm)を切削加工により形成した。さらに、隔壁12を挿入するための透孔42(直径1.0 mm)を、各ウェルの接続部にそれぞれ一対ずつ形成した。
【0028】
図3に示す下部基板10aと図4に示す上部基板10bとを積層して熱圧着した。この状態で、一対の透孔42にパリレンフィルムから成る隔壁12を挿入した。なお、隔壁12内には、脂質二重膜を形成するための、直径100 μmの透孔が11個設けられている。さらに、この状態で、第1のウェルの底面を疎水化剤で処理し、溝状のガス流路を疎水化した。なお、疎水化剤としては、エスエフコート SFE-B002H (AGCセイミケミカル株式会社)を用い、これを溝を有するウェルに3~6μL滴下することにより、疎水化処理を行った。以上の操作により、本発明の計測器具を作製した。
【0029】
さらに、電極挿入用の透孔38、40にそれぞれ電極を挿入し、各第2のウェルを接地し、各第1のウェルに電圧印加及び増幅回路を接続した。電圧印加及び増幅回路を図2(b)に示す。なお、図2(b)では、簡潔性のために右上の1個のDWCのみに回路が接続されているが、実際には、16個のDWCの全てについて、それぞれ同様な回路を接続した。
【0030】
実施例2 16個のDWCにガスが均一に導入されるか否かの確認試験
第2のウェルに、脂質DOPC(1,2-ジオレオイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン):DOPE(1,2-ジオレオイル-sn-グリセロ-3-ホスホエタノールアミン)混合物(質量比1:3 , 20 mg/ml濃度でn-デカンに溶解) を5μL滴下した。次いで、第2のウェルにバッファー1を23μL滴下した。バッファー1の組成は、NaCl(96 mM), KCl(2mM), MgCl2(5mM), CaCl2(0.8mM) HEPES(5 mM)/pH7.6であった。一方、第1のウェルにフェノールフタレイン 0.1 w/vol%水溶液を28μL滴下した。これにより、隔壁12内の透孔18に脂質二重膜を形成した。
【0031】
一方、アンモニア溶液(25%)1mLをバイアルに入れて密閉した。バイアルの気相部位からシリンジでアンモニアガスを30mL採取した。アンモニアガス30mLをシリンジでガス導入孔28(図2参照)内に注入した (流速:約0.5 ml/s)。アンモニアガスを注入する前(0秒)及び注入後、5秒毎に25秒後まで写真を撮影した。フェノールフタレインは、酸塩基指示薬であり、塩基性のアンモニアガスと接触すると赤紫色を呈する。
【0032】
その結果、16個のDWCの全てにおいて、第1のウェル中の溶液の色が赤紫色に同程度に変色し、経時的に赤紫色が濃くなった。これにより、ガス導入孔28から注入されたアンモニアガスが、全てのDWCの第1のウェルに均一に導入されたことが確認された。
【0033】
実施例3、比較例1 ガス流通による標的物質の導入効率の向上確認試験
実施例1で作製したデバイスのガス導入孔28から窒素ガスを0.5L/分の流速で注入した。第2のウェルに実施例2と同じ脂質溶液を5μL滴下し、さらに、実施例2と同じバッファー1を23μL滴下した。一方、第1のウェルにバッファー1を28μL滴下した。これにより、隔壁12内の透孔18に脂質二重膜を形成した。
【0034】
この状態で、窒素ガスの注入を止め、オクテノール濃度が5ppmのガスを、0.5L/分の流速でガス導入孔28から注入した。注入前(0分)、及び注入後10分毎に30分後まで第1のウェル内の液滴の一部をサンプリングしてガスクロマトグラフィーにより解析し、オクテノール濃度を測定した。
【0035】
自然拡散を模した場合と比較するため、ガスは注入せず、デバイス全体の上面を、オクテノール濃度が15ppmのガス(流速:0.5L/分)に連続的に暴露した(比較例1)。曝露前(0分)、及び曝露後10分毎に30分後まで第1のウェル内の液滴の一部をサンプリングしてガスクロマトグラフィーにより解析し、オクテノール濃度を測定した。結果を図5に示す。
【0036】
図5に示すように、第1のウェル内の液滴中のオクテノール濃度は、比較例1の場合よりも3倍以上高くなり、かつ、注入開始後10分後には、ほぼ飽和に達していた。ちなみに、比較例1の場合のオクテノール濃度は15ppmであり、流通ガスにオクテノールを含ませる実施例3の場合(5ppm)の3倍の濃度であるにもかかわらず、このような結果となった。これにより、流通ガス内の標的物質は、自然拡散の場合よりもはるかに効率よく第1のウェル内の液滴中に拡散されることが確認された。
【0037】
実施例4、比較例2 ガス流通及び16チャネル化(DWCを16個設けた)による標的物質の導入効率の向上確認試験
実施例1で作製したデバイスのガス導入孔28から窒素ガスを0.25L/分の流速で注入した。第2のウェルに実施例2と同じ脂質溶液を5μL滴下し、さらに、実施例2と同じバッファー1に、嗅覚受容体タンパク質を含んだリポソームを混合した溶液を23μL滴下した。一方、第1のウェルに、実施例2と同じバッファー1を28μL滴下した。これにより、隔壁12内の透孔18に脂質二重膜を形成するとともに、脂質二重膜に嗅覚受容体タンパク質が再構成された。
【0038】
この状態で、電気計測を開始した。計測10分後から0.5~1ppmのオクテノールガスをガス導入孔28から注入した。流速は0.25 L/minで流した。嗅覚受容体タンパク質にオクテノールが捕捉されると、ウェル間に電流が流れ、電流シグナルとして検出される。シグナルが得られた時点を時系列的にプロットし、検出確率を見積もった。なお、ここでの検出確率とは母集団を計測回数とする。(例えば、4回の独立した計測を行ったとき、10分、20分、30分、40分でシグナルが出たとすると、10分後を1/4 = 25%, 20分後を2/4 = 50%, 30分後を3/4 = 75%、40分後を4/4 = 100%と計算する。)
【0039】
一方、比較のため、基板内にDWCを1個形成した従来の計測デバイスを用いて、比較例1と同様に自然拡散を模してオクテノールガスにデバイスを暴露した。結果を図6に示す。
【0040】
図6に示すように、16チャネルでガス流路にガスを流通させる実施例1のデバイスを用いた場合には、1チャンネルでガス流路を持たない従来のデバイスを用いた場合に比べ、はるかに検出確率が高くなった。
【0041】
実施例5 約1時間の動的な連続検出
実施例1で作製したデバイスのガス導入孔28から窒素ガスを0.5L/分の流速で注入した。第2のウェルに実施例2と同じ脂質溶液を5μL滴下し、さらに、実施例2と同じバッファー1に、嗅覚受容体タンパク質を含んだリポソームを混合した溶液23μL滴下した。一方、第1のウェルに、バッファー1を28μL滴下した。これにより、隔壁12内の透孔18に脂質二重膜を形成するとともに、脂質二重膜に嗅覚受容体タンパク質が再構成された。
【0042】
次に、ガス発生機で連続的発生させている5ppmのオクテノールガスをガス導入孔28から導入しながら、電気計測を開始した。計測開始7分後に窒素ガスに切り替え、25分でオクテノールガスに切り替え、さらに50分で窒素ガスに切り替えた。嗅覚受容体チャンネルの開状態と閉状態を示す電流シグナルが得られ、それぞれの時間でオープン率(開状態/(開状態+閉状態))を見積もった。一方、 第1のウェル内の液滴中のオクテノール濃度を調べるために、同じ条件で液滴中のオクテノール濃度をガスクロマトグラフィーで計測した。結果を図7に示す。
【0043】
図7に示されるように、流通させるガスがオクテノールガスである場合には、液滴中のオクテノール濃度が増大し、オープン率も増大し、一方、窒素ガスに切り替えると、液滴中のオクテノール濃度がほぼ0になるまで減少し、オープン率も減少することが確認された。すなわち、液滴内の標的物質は、標的物質を含まないガスを流通させることにより、液滴から標的物質を除去できることが確認された。
【0044】
実施例6 ガス導入による液滴溶液のかくはん
実施例1で作製したデバイスの第2のウェルに脂質DPhPC (1,2-ジフィタノイル-sn-グリセロ-3-ホスフォリルコリン(DPhPC)/n-デカン溶液(20 mg/mL)を4.2μL滴下した。第2のウェルに溶液 (KCl 1M, リン酸バッファー10mM pH 7.0)を21μL滴下した。第1のウェルに、マイクロビーズ(ポリスチレンビーズ、直径75μm)を含んだ溶液(KCl 1M, リン酸バッファー10 mM pH 7.0)を25μL滴下した。これにより、隔壁12内の透孔18に脂質二重膜が形成された。
【0045】
この状態で、窒素ガスを0.25 L/分の流速でガス導入孔28から注入し、ガス注入前後のマイクロビーズの動きを液滴の上面から観察した。
【0046】
その結果、窒素ガス導入前のマイクロビーズはほとんど動かないが、窒素ガスを導入するとマイクロビーズが激しく動き始めた。これによりウェル内の液滴を構成する溶液がかくはんされることが示された。
【0047】
実施例7 ガス導入による溶液内かくはんの効果
実施例1で作製したデバイスのガス導入孔28から窒素ガスを0.25L/分の流速で注入した。第2のウェルに脂質DPhPC/n-デカン溶液(20 mg/mL)を4.2μL滴下した。第2のウェルに、1nMのα-ヘモリシンを含む溶液 (KCl 1M, リン酸バッファー10mM pH 7.0)を21μL滴下した。第1のウェルに10 μMのシクロデキストリンを含むバッファー((KCl 1M, リン酸バッファー10 mM pH 7.0)を25μL 滴下した。電気計測を開始し、しばらくするとα-へモリシン由来のナノポアが脂質二重膜中に形成され、シクロデキストリンのブロッキングが見られるようになった。シクロデキストリン由来の閉塞シグナルが観測された後に、窒素ガスの導入をストップさせ、シクロデキストリンの閉塞シグナルの変化を観測した。結果を図8に示す。
【0048】
図8に示されるように、窒素ガスを導入すると、シクロデキストリンによりα-へモリシン由来のナノポアが高頻度で閉塞されるのに対し、窒素ガスの導入をとめると、閉塞の頻度が激減する。これにより、液滴を構成する溶液がかくはんされることにより、シグナルの検出効率が大幅に増大することが確認された。
【符号の説明】
【0049】
10 基板
12 隔壁
14 第1のウェル
16 第2のウェル
18 透孔
20 ガス流路
22 ガス導入路
24 ガス排出路
26 ガス導入幹路
28 ガス導入孔
30 ガス排出幹路
32 ガス排出孔
34 ガス排出幹路
36 ガス排出孔
38 電極を接続する透孔
40 電極を接続する透孔
42 隔壁12を挿入する透孔
図1(a)】
図1(b)】
図2(a)】
図2(b)】
図3
図4
図5
図6
図7
図8