(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-22
(45)【発行日】2023-10-02
(54)【発明の名称】モニタリングシステム、航空機、及びモニタ方法
(51)【国際特許分類】
B64D 45/00 20060101AFI20230925BHJP
【FI】
B64D45/00 Z
(21)【出願番号】P 2022536394
(86)(22)【出願日】2021-07-13
(86)【国際出願番号】 JP2021026320
(87)【国際公開番号】W WO2022014597
(87)【国際公開日】2022-01-20
【審査請求日】2022-08-01
(32)【優先日】2020-07-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、「次世代構造部材創製・加工技術開発/次世代複合材及び軽金属構造部材創製・加工技術開発(第二期)」事業、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000000974
【氏名又は名称】川崎重工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】弁理士法人有古特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】石田 卓也
(72)【発明者】
【氏名】真水 宏
(72)【発明者】
【氏名】池田 祐次
(72)【発明者】
【氏名】水口 周
【審査官】塚本 英隆
(56)【参考文献】
【文献】特表2008-505004(JP,A)
【文献】特表2012-513933(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B64D 45/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
構造体の一又は複数の測定点における物理量を測定するセンサと、
前記センサから
第1のサンプリング周期で測定値を取得
し、当該測定値を前記第1のサンプリング周期よりも長い第2のサンプリング周期の時系列データに変換する演算装置と、
前記センサから取得した測定値が格納されるメモリと、
前記第2のサンプリング周期の時系列データが前記構造体に加わる荷重履歴として記録され、また前記メモリに格納した測定値のうちの1つ又は複数が所定のトリガー条件を満たしているときに前記構造体が衝撃を受けたと判定し、前記トリガー条件を満たすと判定した測定値を含む一定時間範囲内における測定値のデータ群が記録されるデータストレージと、
を備える、モニタリングシステム。
【請求項2】
前記センサは、温度センサを有し、
前記演算装置は、
前記温度センサから前記第1のサンプリング周期で測定値を取得した後、当該測定値を前記第2のサンプリング周期の時系列データに変換し、前記構造体に加わる温度履歴として前記データストレージに記録する、請求項
1に記載のモニタリングシステム。
【請求項3】
前記演算装置は、
取得した測定値のうちの1つ又は複数が予め設定した上限閾値を超えたとき又は予め設定した下限閾値を下回ったとき、前記トリガー条件を満たしていると判定する、請求項1
又は2のいずれか一の項に記載のモニタリングシステム。
【請求項4】
前記上限閾値及び前記下限閾値は、判定対象である測定値を取得した時刻の所定時間前に取得した測定値に基づいて設定される、請求項
3に記載のモニタリングシステム。
【請求項5】
前記センサは、
前記構造体の複数の測定点におけるひずみを測定し、
前記演算装置は、
取得したひずみのうちの1つ又は複数が所定のトリガー条件を満たしていると判定したとき、各測定点におけるひずみの時間変化の差に基づいて、前記構造体が衝撃を受けた位置を推定する、請求項1乃至
4のうちいずれか一の項に記載のモニタリングシステム。
【請求項6】
前記センサは、
前記構造体の複数の測定点におけるひずみを測定し、
前記演算装置は、
取得したひずみのうちの1つ又は複数が所定のトリガー条件を満たしていると判定したとき、取得したひずみの時間変化の波形をフーリエ変換し、フーリエ変換によって得られた周波数応答の積分値に基づいて、前記構造体が受けた衝撃によって生じた損傷の範囲及び大きさを推定する、請求項1乃至
5のうちいずれか一の項に記載のモニタリングシステム。
【請求項7】
請求項1乃至
6のうちいずれか一の項に記載のモニタリングシステムを搭載した、航空機。
【請求項8】
構造体に加わる物理量の変動を監視し、監視したデータをもとに構造体の損傷及び負荷される荷重をモニタリングする構造体のモニタ方法であって、
構造体の一又は複数の測定点における物理量を測定し、
前記物理量を
第1のサンプリング周期の時系列データである測定値として取得し、
前記測定値を一時的に保持し
、
前記測定値を前記第1のサンプリング周期よりも長い第2のサンプリング周期の時系列データに変換し、前記構造体に加わる荷重履歴として記録し、
前記一時的に保持した測定値のうちの1つ又は複数が所定のトリガー条件を満たしているときに前記構造体が衝撃を受けたと判定し、前記トリガー条件を満たすと判定した測定値を含む一定時間範囲内における測定値のデータ群を記録する、構造体のモニタ方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、モニタリングシステム、航空機、及びモニタ方法に関する。
【背景技術】
【0002】
航空機の分野では、機体に設けられたセンサから取得した測定値を蓄積し、蓄積した測定値に基づいて機体の状況を把握する構造ヘルスモニタリング(SHM:Structural Health Monitoring)システムが考案されている(例えば特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
前述のようなモニタリングシステムでは、一例として、比較的長い周期(例えば、1秒おき)で測定値が取得される。この比較的長い周期の連続測定値から構造体のひずみを解析することで、例えば構造体やその部品の疲労損傷の蓄積状況を把握できる。一方で、測定値を比較的短い周期で取得することで、把握できる事象も存在する。例えば、ある期間における構造体のひずみを比較的短い周期(例えば、1000分の1秒おき)で取得すれば、構造体に衝撃が加わったか否かや、その衝撃が発生した位置や衝撃によって構造体に与えられた損傷の程度等も把握することができる。しかしながら、後述の方法を実施する場合、保持するべきデータ容量は莫大となる。モニタリングシステムの外部に大型の記憶装置を持つ場合にはモニタリングシステム自身が大容量のデータを保持する必要は生じないが、例えば航空機等の移動装置で独自に完結したモニタリングシステムを必要とする場合、記憶装置に蓄積できるデータの容量には限りがあるため、短い周期で取得した測定値を全てモニタリングシステム内の記憶装置に保存することは実質的に不可能である。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本開示の一態様に係るモニタリングシステムは、構造体の一又は複数の測定点における物理量を測定するセンサと、前記センサから測定値を取得する演算装置と、前記センサから取得した測定値が格納されるメモリと、前記メモリに格納した測定値のうちの1つ又は複数が所定のトリガー条件を満たしているときに前記構造体が衝撃を受けたと判定し、前記トリガー条件を満たすと判定した測定値を含む一定時間範囲内における測定値のデータ群が記録されるデータストレージと、を備える。
【0006】
この構成では、データの最終的な保存先であるデータストレージに保存するのは、トリガー条件を満たしたある測定値を含む、その前後の限られた期間におけるデータ群である。構造体の運用時間すべてで経時的に得られたデータを記録するのではなく、トリガー条件によって構造体における衝撃発生を検知したタイミングで、そのデータを含む一定期間のデータのみを記録することで、構造体の衝撃イベント判定とその情報は確保しながら、データストレージに蓄積する測定値のデータ量を抑制することができる。
【0007】
また本開示では、構造体の一又は複数の測定点における物理量を測定し、前記物理量を所定のサンプリング周期の時系列データである測定値として取得し、前記測定値を一時的に保持し、前記一時的に保持した測定値のうちの1つ又は複数が所定のトリガー条件を満たしているときに前記構造体が衝撃を受けたと判定し、前記トリガー条件を満たすと判定した測定値を含む一定時間範囲内における測定値のデータ群を記録する、構造体のモニタ手法も開示する。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】
図1は、モニタリングシステムのブロック図である。
【
図3】
図3は、上限閾値及び下限閾値を説明する図である。
【
図4】
図4は、ひずみの時間変化の波形を示す図である。
【
図5】
図5は、
図4に示す波形をフーリエ変換した結果を示す図である。
【
図6】
図6は、変形例に係るデータ変換処理のフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
<全体構成>
以下、実施形態に係るモニタリングシステム100について説明する。はじめに、モニタリングシステム100の全体構成について説明する。
【0010】
本実施形態に係るモニタリングシステム100は、構造体101の状況を把握するシステムである。本実施形態における構造体101の状況とは、主に構造体101運用の中で発生する構造体101での衝撃の発生や荷重履歴、より詳細には、衝撃や疲労損傷の原因である繰り返し荷重の発生頻度、発生位置、衝撃による損傷の程度等を指すがこれに限定されない。また、本実施形態に係るモニタリングシステム100が状況を把握しようとする構造体101は、複合材料で形成された航空機の機体である。ただし、構造体101は航空機の機体に限定されず、例えば船体、配管、建造物などであってもよい。また、構造体101を形成する材料も特に限定されない。
【0011】
図1は、本実施形態に係るモニタリングシステム100のブロック図である。
図1に示すように、本実施形態に係るモニタリングシステム100は、測定装置10と、演算装置20と、メモリ21と、データストレージ30と、を備えている。なお、測定装置10、演算装置20、メモリ21、及び、データストレージ30は、いずれも構造体101である機体に搭載されている。以下、各構成要素について順に説明する。
【0012】
測定装置10は、構造体101の測定点P1~P4における物理量を測定する装置である。本実施形態の測定装置10は、構造体101の複数の測定点P1~P4におけるひずみを測定する。なお、本実施形態では、測定点が4点である場合について説明しているが、測定点は4点に限定されない。測定装置10は、構造体101に埋め込まれて測定点P1~P4を通過する光ファイバセンサ11と、光ファイバセンサ11から送信される信号をひずみに変換する信号処理部12と、を有している。また、本実施形態の測定装置10は、光ファイバセンサ11を用いてひずみを測定しているが、その他のセンサ、例えばひずみゲージを用いてひずみを測定してもよい。なお、センサの種類は測定する物理量の種類によって適宜変更することができ、複数種類のセンサを併用することもできる。適用するセンサの種類の例としては、例えば温度センサ等が挙げられる。
【0013】
演算装置20は、測定装置10から測定値を取得し、種々の演算処理を行う装置である。本実施形態では、演算装置20は、メモリ21と一体に形成されている。なお、演算装置20とメモリ21とは必ずしも一体に形成されている必要はなく、別々の構成としていてもよい。演算装置20は、プロセッサ、揮発性メモリ、不揮発性メモリ、及び、I/Oインターフェース等を有している。メモリ21は、測定装置10から取得した測定値を一時的に記憶(格納)する。また、演算装置20の不揮発性メモリには、各種プログラム、及び、各種データが保存されており、プロセッサが各種プログラムに基づき揮発性メモリを用いて演算処理を行う。演算装置20が行う演算処理には、データ取得処理及びデータ変換処理が含まれる。これらの処理については後述する。
【0014】
データストレージ30は、演算装置20が処理した種々のデータを最終的に保存する装置である。また、データストレージ30は外部機器と接続可能であって、データストレージ30に保存されたデータを外部機器に取り出すこともできる。後述の通り、本実施形態におけるメモリ21は演算装置20のトリガー条件判定や種々のデータ処理のためのデータの一時格納を行うための記憶装置であり、データストレージ30はトリガー条件判定実施後のデータや種々のデータ処理を終えたデータを最終的に保存するための記憶装置である。なお、データストレージ30についても、演算装置20と一体に形成されていてもよい。
【0015】
なお、本明細書で開示する要素の機能は、開示された機能を実行するよう構成またはプログラムされた汎用プロセッサ、専用プロセッサ、集積回路、ASIC(Application Specific Integrated Circuits)、従来の回路、および/または、それらの組合せ、を含む回路または処理回路を使用して実行できる。プロセッサは、トランジスタやその他の回路を含むため、処理回路または回路と見なされる。本開示において、回路、ユニット、または手段は、列挙された機能を実行するハードウェアであるか、または、列挙された機能を実行するようにプログラムされたハードウェアである。ハードウェアは、本明細書に開示されているハードウェアであってもよいし、あるいは、列挙された機能を実行するようにプログラムまたは構成されているその他の既知のハードウェアであってもよい。ハードウェアが回路の一種と考えられるプロセッサである場合、回路、手段、またはユニットはハードウェアとソフトウェアの組合せであり、ソフトウェアはハードウェアおよび/またはプロセッサの構成に使用される。
【0016】
<データ取得処理>
次に、演算装置20が実施するデータ取得処理について説明する。データ取得処理は、演算装置20が測定装置10から所定のサンプリング周期(以下、「第1のサンプリング周期」と称する)で測定値を取得する処理である。本実施形態の第1のサンプリング周期は例えば1.25~80μ秒である(サンプリングレートに換算すれば12.5kHz~800kHz)。ただし、第1のサンプリング周期は、これに限定されない。さらに、本実施形態に係るデータ取得処理では、測定装置10から第1のサンプリング周期で取得し、さらにある一定期間(例えば10秒)で区切った時系列データ(以下、「高レート時系列データ」と称する)としてメモリ21に格納する。後述の通り、本実施形態においては、高レート時系列データはこのデータ取得処理によってメモリ21に格納された後、場合によってはさらに処理されてデータストレージ30に保存される等した後、メモリ21から削除される。その後、次の高レート時系列データがメモリ21に格納され、というように、高レート時系列データが順次メモリ21に格納され、削除されるという流れを繰り返す。なお、前述の一定期間は10秒に限らない。
【0017】
また高レート時系列データのメモリ21への格納は、この繰り返しにおいてデータの時系列が損なわれない限りにおいて、様々な形態を包含する。例えば、メモリ21が格納可能なデータ容量に対し、それよりも小さいデータ量(例えば前述の第1のサンプリング周期でサンプリングしたデータ)を逐次メモリ21に格納していき、その格納するデータ量と同じデータ量を古い順に逐次削除していく方式でもよいし、第1のサンプリング周期でのサンプリングデータを演算装置20内のメモリ21とは別の記憶装置または揮発性メモリあるいは不揮発性メモリを用いてメモリ21の容量と同量となるまで一時的に格納したのちにそのデータ群をまとめてメモリ21に格納し、メモリ21に格納したデータの削除はそのデータ群を一つのパッケージとしてまとめて削除するという方式でもよい。どちらの方法でも、あるタイミングにおいてメモリ21に格納されるデータと削除されるデータの総量は同量であり、またメモリ21に格納されているデータ群は時系列の関係が確保されている。また、どのタイミングにおいてもメモリ21に格納されたデータ量の総量は不変である。ただし、後者の方式では、メモリ21のほかに、第1のサンプリング周期でサンプリングした時系列データ群を一時的に保存してパッケージ化するための記憶装置または揮発性あるいは不揮発性メモリを別途必要とする。
【0018】
<データ変換処理>
次に、演算装置20が実施するデータ変換処理について説明する。データ変換処理は、上述したデータ取得処理と並行して実施される。
【0019】
図2は、データ変換処理のフロー図である。本実施形態では、データ変換処理が開始されると、演算装置20は、前述のメモリ21に格納している高レート時系列データを第1のサンプリング周期よりも長い周期(以下、「第2のサンプリング周期」と称する)の時系列データ(以降「低レート時系列データ」と称する)に変換する(ステップS1)。第2のサンプリング周期は、例えば0.0005~10秒である(サンプリングレートに換算すれば0.1Hz~2000Hz)。本実施形態では、メモリ21に格納されている高レート時系列データから一部を間引くことにより、低レート時系列データを生成する。ただし、低レート時系列データは前述の方法以外で生成されてもよい。例えば、高レート時系列データを平均処理することによって低レート時系列データに変換するなどしてもよいし、ローパスフィルタ処理を行ってもよく、高レート時系列データを用いずに測定装置10から別系統で直接第2のサンプリング周期で取得した時系列データを低レート時系列データとして蓄積してもよい。あるいはメモリ21よりも記憶容量の大きい記憶装置または揮発性あるいは不揮発性メモリを別途用意し、高レート時系列データあるいは測定装置10から直接取得した第1のサンプリング周期でのサンプリングデータ群を格納していき、所定の間隔で格納したデータ群をまとめて低レート時系列データに変換してもよい。
【0020】
続いて、演算装置20は、低レート時系列データをデータストレージ30に記憶する(ステップS2)。前述のとおり、第2のサンプリング周期は第1のサンプリング周期よりも長いため、同じ期間における低レート時系列データは、高レート時系列データに比べてデータ量が小さい。そのため、低レート時系列データであれば、構造体101の運用中を通して経時的にデータストレージ30に蓄積することができる。本実施形態においては、以上の処理を持って測定値である構造体101におけるひずみの低レート時系列データ、すなわち構造体101に入力された荷重履歴を蓄積することができる。このデータを用いて構造体101である機体の運用履歴や荷重履歴を把握することができ、それらの履歴から、例えば各部の疲労蓄積状況等を把握できる。なお、構造体101に作用する荷重と構造体101の各部に発生するひずみの相関関係を予め構築しておくことで、取得したひずみから構造体101中の発生荷重を求めることができる。また構造体101に発生するひずみは、ひずみが発生する際の構造体101の温度により影響を受けるため、構造体101中の発生荷重算出に際し、温度を用いて補正したひずみの数値を用いることで、より精度の高い発生荷重を得ることができる。このように、本開示における荷重履歴にはひずみの時系列データだけでなく、構造体101の温度時系列データ(温度履歴)など、発生する荷重を算出するために必要な種々の時系列データが含まれる。
【0021】
続いて、演算装置20は、高レート時系列データに含まれるひずみが所定のトリガー条件を満たしているか否かを判定する(ステップS3)。本実施形態のトリガー条件は、構造体101が衝撃を受けたとき、ひずみがトリガー条件を満たすように設定される。詳細には、高レート時系列データに含まれるひずみが予め設定した上限閾値を超えたとき又は予め設定した下限閾値を下回ったとき、演算装置20はトリガー条件を満たしたと判定する。この上限閾値及び下限閾値は、固定値であってもよい。ただし、本実施形態の上限閾値及び下限閾値は変動値である。具体的には、判定対象であるひずみの上限閾値及び下限閾値は、そのひずみを取得した時刻の所定時間前に取得したひずみに基づいて設定される。
【0022】
図3は、本実施形態における上限閾値及び下限閾値を説明する図である。
図3の波形Xは、演算装置20が取得したある測定点(例えば、測定点P1)におけるひずみの時間変化(時系列データ)を示している。
図3の横軸は時間(ひずみを取得した時刻)であり、縦軸がひずみである。また、波形X1は上限閾値を示しており、波形X2は下限閾値を示している。
図3の波形X1は、波形Xを値が大きい方に所定量Δs移動させ、所定時間Δt遅らせたものである(図中の黒点を参照)。また、波形X2は、波形Xを値が小さい方に所定量Δs移動させ、所定時間Δt遅らせたものである。
【0023】
図3において、波形Xが波形X1よりも上方に位置しているとき、ひずみは上限閾値を超えていると判断され、波形Xが波形X2の下方に位置しているとき、ひずみは下限閾値を下回っていると判断される。例えば、
図3の時刻Tでは、ひずみは下限閾値を下回っていることから、演算装置20は、時刻Tで取得したひずみがトリガー条件を満たしていると判定する。このように、本実施形態では、上限閾値及び下限閾値を判定対象である測定値を取得した時刻の所定時間(Δt)前に取得した測定値に基づいて設定するため、取得したひずみがトリガー条件を満たしているか否かの判定において、構造体101において通常運用にて発生するひずみと衝撃によって発生するひずみとを切り分けることができる。例えば、構造体101が航空機であった場合、旋回機動などで部分的に構造体101がたわみ、ひずみが発生することが考えられる。前述の上限閾値及び下限閾値が固定値である場合、旋回機動によってあらかじめ構造がある程度ひずんでいる状態で入る衝撃について判定することとなる。この場合、ひずみの定常値が旋回機動を行っていない場合と比較して上限閾値あるいは下限閾値の側にずれているため、正確な衝撃検知を行うことができない。本実施形態においては、このような定常運用内でのひずみのゼロ点を補正し、正しく衝撃検知を行うことができる。
【0024】
なお、本実施形態では、複数ある測定点のうち1つの測定点でもひずみが上限閾値を超え又は下限閾値を下回ったとき、トリガー条件を満たしたと判定する。ただし、複数の測定点におけるひずみが上限閾値を超え又は下限閾値を下回ったときに、はじめてトリガー条件を満たしたと判定してもよい。さらに、本実施形態では、複数の時刻のうちの1つの時刻でもひずみが上限閾値を超え又は下限閾値を下回ったとき、トリガー条件を満たしたと判定する。ただし、複数の時刻においてひずみが上限閾値を超え又は下限閾値を下回ったときに、はじめてトリガー条件を満たしたと判定してもよい。
【0025】
図2に戻り、演算装置20は、ステップS3において、ひずみがトリガー条件を満たしていないと判定した場合(ステップS3でNO)、ステップS1に戻る。なお、メモリ21に格納されている高レート時系列データであるひずみのデータ群は、取得時期の古いデータから順次削除されても良いし、ひずみがトリガー条件を満たしてない場合と判定した場合に削除されても良い。このように、データが定期的に削除されるため、メモリ21の容量も抑えることができる。特に後者の場合、一時的にメモリ21に格納した高レート時系列データは、適切なタイミングで削除され、最終的にデータストレージに保存されるデータが取捨選択されることとなる。これにより、データストレージに蓄積する測定値のデータ量を抑制することができる。
【0026】
一方、演算装置20は、ステップS3において、ひずみがトリガー条件を満たしていると判定した場合(ステップS3でYES)、構造体101が衝撃を受けたと考えられることから、構造体101が衝撃を受けた位置を推定する(ステップS4)。各測定点P1~P4におけるひずみの時間変化は、構造体101が衝撃を受けた位置からの距離によって異なる。例えば、
図1において、構造体101が位置Aにおいて衝撃を受けたとすると、衝撃が構造体101の中を、構造体101の材質及び構造形状固有の一定速度で伝播していく。このため、各測定点P1~P4のうち位置Aから最も近い測定点P1においてひずみが最も早くピークに達し、位置Aから最も遠い測定点P3においてひずみが最も遅くピークに達する。前述の構造体101における材料内の衝撃伝播速度と、各測定点P1~P4におけるひずみの時間変化の差に基づけば、構造体101が衝撃を受けた位置を推定することができる。
【0027】
なお、構造体101が衝撃を受けた位置を推定する方法は、前述のものに限定されない。例えば、各測定点P1~P4のうち位置Aから最も近い測定点P1においてひずみが最も大きくなり、位置Aから最も遠い測定点P3においてひずみが最も小さくなることが考えられる。そのため、各測定点P1~P4におけるひずみの差に基づいて、構造体101が衝撃を受けた位置を推定してもよい。また、予め構造体101の様々な箇所に衝撃を与え、そのときに各測定点P1~P4に生じるひずみを測定した試験データを用いて、衝撃を与えた位置と各測定点のひずみの相関関係を機械学習などにより導出し、構造体101が衝撃を受けた位置を推定してもよい。
【0028】
続いて、演算装置20は、構造体101が受けた衝撃によって生じた損傷の範囲及び大きさを推定する(ステップS5)。ここで、
図4は、構造体101が衝撃を受けたときの、ある測定点(例えば、測定点P1)における、ひずみの時間変化の波形を示した図である(
図3の波形Xに相当)。この波形を所定の時間範囲(例えば、時間t1から時間t2までの範囲)においてフーリエ変換すると、例えば
図5に示すようなパワースペクトル密度に代表される周波数応答スペクトルに変換される。そして、この周波数の波形のうち所定の周波数範囲(例えば、周波数f1から周波数f2までの範囲)を積分すれば、周波数応答の積分値を得ることができる。
【0029】
なお、前述の損傷の範囲とは、例えば平板構造に垂直に衝撃が入力される場合の平板構造の面内方向への損傷の広がりを指し、損傷の大きさとは面外方向、すなわち板厚方向への損傷の広がりを指す。構造体への衝撃は入力地点から三次元的に伝播するため、損傷もこの伝播範囲に沿って発生し、分布する可能性がある。ただし、例えば樹脂と繊維によるプリプレグを積層して製造される繊維強化積層プラスチックによる構造等では、構造体表面の衝撃の入力点に対して、内部で前述の範囲方向に広がる層状剥離が、前述の大きさ方向に複数層並ぶような損傷を起こす場合がある。この場合、各層の剥離面の広がりを損傷範囲、衝撃を受けた構造体表面から損傷剥離が起こっている最も深い位置までの深さを損傷の大きさと定義する。このような損傷は構造体の表面からはその位置に損傷が存在することが確認しにくい場合がある。なお、様々な形状を持つ構造体に対し、垂直でない方向に衝撃が入ることが想定されるが、この場合、損傷の範囲と大きさは、衝撃入力の構造体に対する垂直成分をもとに定義され、また範囲方向に関しては、構造体表面の曲面形状や凹凸形状にある程度沿うものとする。
【0030】
この周波数応答の積分値と、構造体101の衝撃をうけた位置から測定点までの距離と、構造体101が受けた衝撃によって生じた損傷の範囲及び大きさとの間には、相関関係があることが判明した。そのため、構造体101の様々な位置に、様々な損傷の範囲と大きさを生み出す衝撃を加える試験を事前に行えば、これらの相関関係を把握することができる。そうすると、「周波数応答の積分値」はひずみの時系列データから求めることができ、「構造体101の衝撃をうけた位置から測定点までの距離」はステップS4で推定した構造体101が衝撃を受けた位置から求めることができる。したがって、前述の相関関係に基づけば、構造体101が受けた衝撃によって生じた損傷の範囲及び大きさを推定することができる。なお、予め構造体101を用いて破壊試験を行った結果を用いて、衝撃の入力方向やその大きさと損傷の範囲及び大きさとの相関関係を機械学習させることにより、損傷の範囲及び大きさが推定されてもよい。
【0031】
続いて、演算装置20は、高レート時系列データをデータストレージ30に保存する(ステップS6)。前述のとおり、本実施形態では、演算装置20のメモリ21に高レート時系列データが格納されているため、このデータをそのままデータストレージ30に保存する。なお、このときデータストレージ30に保存するのは、トリガー条件を満たすと判定した測定値を含む一定時間範囲内におけるデータである。ここでいう「一定時間範囲」は特に限定されず、例えば、トリガー条件を満たすと判定された測定値を取得した時刻から1秒後までの範囲であってもよく、トリガー条件を満たすと判定された測定値の取得時刻の0.5秒前から0.5秒後までの範囲であってもよい。
【0032】
また、演算装置20は、前述の高レート時系列データをデータストレージ30に記憶することに加え、ステップS4で推定した構造体101が衝撃を受けた位置の情報(衝撃位置情報)、及び、ステップS5で推定した構造体101が受けた衝撃によって生じた損傷の範囲及び大きさの情報(損傷範囲情報)もデータストレージ30に保存する(ステップS6)。
【0033】
このように、本実施形態では、高レート時系列データに含まれるひずみがトリガー条件を満たしていると判定された場合、構造体101が衝撃を受けたと判定し、データストレージ30にひずみを短い周期の時系列データ(高レート時系列データ)として保存されるとともに、このデータを用いて算定した衝撃を受けた位置、並びに、損傷の範囲及び大きさの情報が保存される。それ以外の場合では、高レート時系列データに対してサンプリング周期を落とした低レート時系列データのみをデータストレージ30に保存する。そのため、構造体101の通常運用時はデータ量を削減した低レート時系列データが記録され、衝撃が発生したと判定した場合にのみ、衝撃発生判定がなされたデータを含む、ある一定期間に限定した高レート時系列データを保存することができる。これにより、データストレージ30の保持するデータ量の総量を大きく削減しつつ、構造体101の衝撃発生検知、衝撃発生位置推定、衝撃損傷範囲推定を実現することができる。さらに、構造体101が複合材料で形成されている場合、衝撃によって内部に破損が生じていたとしても損傷が表面に現れないことがある。そのため、損傷の発生タイミング情報、発生位置情報、衝撃損傷範囲情報を取得できる本開示由来のモニタリングシステムは、特に構造体101が複合材料で形成されている場合において好適に運用できる。前述の通り複合材料で形成された構造体に損傷が生じている否かは外部から目視で確認することが難しい場合も多い。そのため、一般的には一定の間隔で定期的に機体を検査し健全性を診断している。これに対して、本開示のモニタリングシステムを用いれば、衝撃発生判定が記録された場合にのみ、非破壊検査等により追加検査を行えば良いので、検査のための工数を削減することができる。また、本開示のモニタリングシステムを用いれば、衝撃が発生したことについて乗務員や整備員からの申告がなくても衝撃発生を検出できるので、より安全性を向上させることができる。さらに、衝撃による損傷の範囲や大きさがあらかじめ定めた値を下回る場合は損傷軽微と判断し追加検査を省略したり、衝撃による損傷位置によっては追加検査を必要とする部位を絞り込むことができるので、さらなる検査工数を削減できたり、構造体自体の稼働率を向上させたりすることができる。
【0034】
ステップS6を経た後は、ステップS1に戻って上述した各ステップを繰り返す。
【0035】
以上、モニタリングシステム100について説明したが、モニタリングシステム100の構成は前述のものに限定されない。例えば、前述の実施形態では、演算装置20が取得する測定値がひずみである場合について説明したが、演算装置20はひずみに代えて又はひずみに加えて温度等を取得してもよい。例えば、構造体101の温度変化のデータに基づけば構造体101の熱応力による疲労蓄積状況を把握できる。また構造体101の各測定点において短い周期で温度変化情報を取得すれば、構造体101に雷が落ちたか否かを把握することができるとともに、雷が落ちた位置を推定することができる。本項に述べた変形例においても、独立したモニタリングシステム運用が前提であれば、前述した場合分けによる保存データの総量削減は好適に効果を発揮する。
【0036】
また、以上の説明および
図2で述べた各種処理の順番は、本開示の意図する結果を損ねない範囲で適宜変更が可能である。例えば、データ取得処理及びデータ変換処理では低レート時系列データと高レート時系列データがデータストレージ30に保存され、これらの処理と平行して進行する第3の処理により、データストレージ30に保存された高レート時系列データを用いて衝撃位置情報、損傷範囲情報の算出が実施されてもよい。つまり、
図2におけるステップS4及びS5をそれ以外のステップの後に又は並行に処理し、データ変換処理からステップS4及びS5を省略してもよい。この場合、データ変換処理は
図6に示すように実施されることになる。
【0037】
加えて、以上で説明したモニタリングシステム100では、データストレージ30に高レート時系列データ、低レート時系列データ、衝撃位置情報、損傷範囲情報のすべてを保存するが、モニタリングシステムの都合により保存する対象情報は適宜選択されてよい。本開示は測定装置10から出力される信号の一時格納と最終的な保存との工程をともに持つことを特徴としており、最終的に保存される情報の種別によらず適用が可能である。例えば、本開示によるモニタリングシステムが最終的に低レート時系列データと高レート時系列データのみを保存するように構成されてもよいし、低レート時系列データと衝撃位置情報のみを保存されるように構成されていてもよい。モニタリングシステムやモニタリングシステムが適用される構造体の都合により最終的な保存情報の選択が行われることで、より最適化されたモニタリングシステムの設計・構築が可能となる。
【0038】
また、本実施形態では測定点が複数である場合について説明したが、測定点は1つであってもよい。
【0039】
<まとめ>
前述のとおり、本実施形態に係るモニタリングシステムは、構造体の一又は複数の測定点における物理量を測定するセンサと、前記センサから測定値を取得する演算装置と、前記センサから取得した測定値が格納されるメモリと、前記メモリに格納した測定値のうちの1つ又は複数が所定のトリガー条件を満たしているときに前記構造体が衝撃を受けたと判定し、前記トリガー条件を満たすと判定した測定値を含む一定時間範囲内における測定値のデータ群が記録されるデータストレージと、を備える。
【0040】
この構成では、データの最終的な保存先であるデータストレージに保存するのは、トリガー条件を満たしたある測定値を含む、その前後の限られた期間におけるデータ群である。構造体の運用時間すべてで経時的に得られたデータを記録するのではなく、トリガー条件によって構造体における衝撃発生を検知したタイミングで、そのデータを含む一定期間のデータのみを記録することで、構造体の衝撃イベント判定とその情報は確保しながら、データストレージに蓄積する測定値のデータ量を抑制することができる。
【0041】
また、本実施形態に係るモニタリングシステムでは、前記センサから第1のサンプリング周期で測定値を取得した後、当該測定値を前記第1のサンプリング周期よりも長い第2のサンプリング周期の時系列データに変換し、前記構造体に加わる荷重履歴として前記データストレージに記録する。
【0042】
このように、取得した測定値の低レート時系列データを荷重履歴として保存することにより、構造体の疲労蓄積状況など種々の状況を把握することができる。しかも、保存するデータは長い周期の時系列データであるため、データストレージに蓄積する測定値のデータ量を抑制することができる。
【0043】
また、本実施形態に係るモニタリングシステムでは、前記センサは、温度センサを有し、前記演算装置は、前記温度センサから前記第1のサンプリング周期で測定値を取得した後、当該測定値を前記第2のサンプリング周期の時系列データに変換し、前記構造体に加わる温度履歴として前記データストレージに記録する。
【0044】
このように、荷重履歴により得られた構造体の疲労蓄積状況に対して、温度履歴を用いて補正することで、より正確な疲労蓄積状況の把握が可能となる。
【0045】
また、本実施形態に係るモニタリングシステムでは、前記演算装置は、取得した測定値のうちの1つ又は複数が予め設定した上限閾値を超えたとき又は予め設定した下限閾値を下回ったとき、前記トリガー条件を満たしていると判定する。
【0046】
このように、上限閾値及び下限閾値を用いることで、取得した測定値がトリガー条件を満たしているか否かを明確に判定することができる。
【0047】
また、本実施形態に係るモニタリングシステムでは、前記上限閾値及び前記下限閾値は、判定対象である測定値を取得した時刻の所定時間前に取得した測定値に基づいて設定される。
【0048】
このように上限閾値及び下限閾値を設定することで、取得した測定値がトリガー条件を満たしているか否かの判定において、定常運用内でゼロ点を補正でき、正しい判定を行うことができる。
【0049】
また、本実施形態に係るモニタリングシステムでは、前記センサは、前記構造体の複数の測定点におけるひずみを測定し、前記演算装置は、取得したひずみのうちの1つ又は複数が所定のトリガー条件を満たしていると判定したとき、各測定点におけるひずみの時間変化の差に基づいて、前記構造体が衝撃を受けた位置を推定する。
【0050】
このように、構造体が衝撃を受けた位置を推定することにより、その位置を別途検査することで、構造体に損傷が発生しているか否かを把握することができる。
【0051】
また、本実施形態に係るモニタリングシステムでは、前記センサは、前記構造体の複数の測定点におけるひずみを測定し、前記演算装置は、取得したひずみのうちの1つ又は複数が所定のトリガー条件を満たしていると判定したとき、取得したひずみの時間変化の波形をフーリエ変換し、フーリエ変換によって得られた周波数応答の積分値に基づいて、前記構造体が受けた衝撃によって生じた損傷の範囲及び大きさを推定する。
【0052】
このように、構造体が受けた衝撃によって生じた損傷の範囲及び大きさを推定することにより、構造体の損傷について別途検査を行う必要性の有無を判定することができ、結果として別途検査の実施頻度を削減することができる。
【0053】
また、前述の通り本開示によるモニタリングシステムは様々な構造体に適用することが可能であるが、特に航空機のように独立した構造であって運用中に外部との情報の送受信が比較的困難な移動体に好適に適用することができる。
【符号の説明】
【0054】
10 測定装置
11 光ファイバセンサ
12 信号処理部
20 演算装置
21 メモリ
30 データストレージ
100 モニタリングシステム
101 構造体