(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-22
(45)【発行日】2023-10-02
(54)【発明の名称】海藻細胞の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/12 20060101AFI20230925BHJP
A01H 13/00 20060101ALI20230925BHJP
A01G 33/00 20060101ALI20230925BHJP
C12R 1/89 20060101ALN20230925BHJP
【FI】
C12N1/12 A
A01H13/00
A01G33/00
C12R1:89
(21)【出願番号】P 2020533507
(86)(22)【出願日】2019-07-26
(86)【国際出願番号】 JP2019029542
(87)【国際公開番号】W WO2020027002
(87)【国際公開日】2020-02-06
【審査請求日】2022-06-15
(31)【優先権主張番号】P 2018145027
(32)【優先日】2018-08-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504174180
【氏名又は名称】国立大学法人高知大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】平岡 雅規
(72)【発明者】
【氏名】田中 幸記
【審査官】馬場 亮人
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/013671(WO,A1)
【文献】特開2002-176866(JP,A)
【文献】特開2012-213351(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/12
A01H 13/00
A01G 33/00
C12R 1/89
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)海藻の胞子、該胞子由来の単細胞、並びに該胞子及び/又は該単細胞の細胞塊からなる群より選択される少なくとも1種を、海藻形態形成誘導因子を実質的に含有しない培地1中で、攪拌条件下で培養する工程、
を含む、海藻細胞の製造方法。
【請求項2】
前記海藻がヒビミドロ目に属する海藻である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記海藻がヒトエグサ属に属する海藻である、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記海藻細胞が単細胞を含む、請求項1~3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
(A1)海藻の胞子を前記培地1中で培養する工程、及び
(A2)工程A1の培養物を、前記培地1中で、攪拌しながら培養する工程、
を含む、請求項1~4のいずれかに記載の製造方法。
【請求項6】
前記工程A1における培養が静置培養である、請求項5に記載の製造方法。
【請求項7】
前記培地1が人工海水培地である、請求項1~6のいずれかに記載の製造方法。
【請求項8】
前記海藻が食用海藻である、請求項1~7のいずれかに記載の製造方法。
【請求項9】
前記攪拌条件下での培養が通気培養である、請求項1~8のいずれかに記載の製造方法。
【請求項10】
請求項1~9のいずれかに記載の製造方法で海藻細胞を得る工程、及び得られた海藻細胞を、海藻形態形成誘導因子を含有する培地2中で培養する工程、
を含む、海藻の製造方法。
【請求項11】
付着根を有しない、
多細胞生物である緑藻葉状体又は緑藻。
【請求項12】
ヒトエグサ属に属する海藻又はその葉状体である、請求項11に記載の緑藻葉状体又は緑藻。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、海藻細胞の製造方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
海藻の養殖は、一般的には、海藻の母藻体を育て、そこから得られた胞子から種苗を作製することによって行われる。
【0003】
種苗は、通常、胞子を糸や平板等の固相に付着させることによって作製される。しかしながら、この方法では、海藻は固相に付着した状態で生育するので、収穫時に海藻を固相から取外す作業が必要になり、煩雑である。一方で、特許文献1では、海藻の胞子を平板に高密度で播種して胞子同士を互いに付着させ、得られた集塊を培養することによる海藻養殖方法が開示されている。この方法であれば、海藻を培地中に浮遊させた状態で生育させることができるので、簡便に収穫することができる。
【0004】
しかし、いずれの方法でも、海藻製造原料である胞子を得るために、母藻体を育て、そこから胞子を得るという煩雑な作業を要してしまう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、簡便且つ効率的に海藻を製造するための技術を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は上記課題に鑑みて鋭意研究を進めた結果、海藻の胞子、該胞子由来の単細胞、並びに該胞子及び/又は該単細胞の細胞塊からなる群より選択される少なくとも1種を、海藻形態形成誘導因子を実質的に含有しない培地1中で、攪拌条件下で培養することにより、海藻製造原料として利用可能な海藻細胞を簡便且つ効率的に製造できることを見出した。この知見に基づいてさらに研究を進めた結果、本発明が完成した。
【0008】
即ち、本発明は、下記の態様を包含する。
【0009】
項1. (A)海藻の胞子、該胞子由来の単細胞、並びに該胞子及び/又は該単細胞の細胞塊からなる群より選択される少なくとも1種を、海藻形態形成誘導因子を実質的に含有しない培地1中で、攪拌条件下で培養する工程、
を含む、海藻細胞の製造方法。
【0010】
項2. 前記海藻がヒビミドロ目に属する海藻である、項1に記載の製造方法。
【0011】
項3. 前記海藻がヒトエグサ属に属する海藻である、項1又は2に記載の製造方法。
【0012】
項4. 前記海藻細胞が単細胞を含む、項1~3のいずれかに記載の製造方法。
【0013】
項5. (A1)海藻の胞子を前記培地1中で培養する工程、及び
(A2)工程A1の培養物を、前記培地1中で、攪拌しながら培養する工程、
を含む、項1~4のいずれかに記載の製造方法。
【0014】
項6. 前記工程A1における培養が静置培養である、項5に記載の製造方法。
【0015】
項7. 前記培地1が人工海水培地である、項1~6のいずれかに記載の製造方法。
【0016】
項8. 前記海藻が食用海藻である、項1~7のいずれかに記載の製造方法。
【0017】
項9. 前記攪拌条件下での培養が通気培養である、項1~8のいずれかに記載の製造方法。
【0018】
項10. 項1~9のいずれかに記載の製造方法で得られた海藻細胞を、海藻形態形成誘導因子を含有する培地2中で培養する工程、
を含む、海藻の製造方法。
【0019】
項11. 付着根を有しない、海藻葉状体又は海藻。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、海藻製造原料として利用可能な海藻細胞を簡便且つ効率的に製造することができ、ひいては海藻を簡便且つ効率的に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】
図1は、実施例1のマキヒトエ培養実験における培養32日後のマキヒトエ培養細胞の写真である。
【
図2】
図2は、実施例1のマキヒトエ培養実験と同時並行して実施した培養で、形態形成物質を添加した場合の培養32日後のマキヒトエ培養細胞の写真である。
【
図3】
図3は形態形成誘導因子が存在しない培地で培養したマキヒトエの単細胞群の増殖曲線である。
【
図4】
図4は
図3の吸光度データを対数変換した増殖曲線である。培養2日目から7日目まで直線増加を示しており対数期とみなせる。一方、0-2日目と8-9日目は直線から外れ、それぞれ誘導期、定常期への移行期とみなされる。
【
図5】
図5は実施例2の形態形成誘導因子が存在しない培地で培養したヒロハノヒトエグサの単細胞群の対数期の増殖曲線である。
【
図6】
図6は実施例4の培養後に得られた葉状体の写真である。
【
図7】
図7は実施例4の培養後に得られた葉状体をスライドガラス上で広げて撮影した写真である。
【
図8】
図8は胞子から生長した通常のヒトエグサの葉状体の写真である。矢印は付着根を示す。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本明細書中において、「含有」及び「含む」なる表現については、「含有」、「含む」、「実質的にからなる」及び「のみからなる」という概念を含む。
【0023】
1.海藻細胞の製造方法
本発明は、その一態様において、(A)海藻の胞子、該胞子由来の単細胞、並びに該胞子及び/又は該単細胞の細胞塊からなる群より選択される少なくとも1種を、海藻形態形成誘導因子を実質的に含有しない培地1中で、攪拌条件下で培養する工程、を含む、海藻細胞の製造方法(本明細書において、「本発明の海藻細胞製造方法」と示すこともある。)に関する。以下、これについて説明する。
【0024】
海藻は、特に制限されるものではなく、通常、緑藻である。海藻としては、海藻細胞の製造効率をより高めることができるという観点から、ヒビミドロ目に属する海藻が好ましい。ヒビミドロ目に属する海藻としては、例えばカイミドリ科、マキヒトエグサ科、カプサアオノリ科、ランソウモドキ科、ヒビミドロ科等に属する海藻が挙げられ、好ましくはカイミドリ科、マキヒトエグサ科等に属する海藻が挙げられ、より好ましくはカイミドリ科に属する海藻が挙げられる。カイミドリ科に属する海藻としては、例えばヒトエグサ属、カイミドリ属等に属する海藻が挙げられ、好ましくはヒトエグサ属に属する海藻が挙げられる。ヒトエグサ属に属する海藻としては、例えばヒロハノヒトエグサ、ヒトエグサ、ウスヒトエグサ、エゾヒトエグサ、シンカイヒトエグサ、アツバヒトエ、アツカワヒトエ等が挙げられ、好ましくはヒロハノヒトエグサ等の食用の海藻が挙げられる。海藻は、1種単独であっても、2種以上の組合せであってもよい。
【0025】
胞子は、海藻から得られる胞子であるものであり、特に制限されない。胞子とは、生殖細胞のことである。胞子の状態は特に制限されず、胞子としては例えば遊走子、配偶子、接合子、四胞子、果胞子、単子嚢遊走子、中性遊走子等が挙げられる。胞子は、1種単独であっても、2種以上の組合せであってもよい。
【0026】
胞子由来の単細胞は、胞子に由来する未分化の単細胞(分化した葉状体を構成する細胞は、ここでいう「単細胞」に包含されない。)である限り特に制限されない。単細胞は、通常、ほぼ球形である。単細胞の直径は、例えば3~20μm、5~15μmである。単細胞は、1種単独であっても、2種以上の組み合わせであってもよい。
【0027】
細胞塊は、上記胞子及び上記単細胞からなる群より選択される少なくとも1種が集合して形成されたものであり、分化した葉状体を構成する細胞塊を包含しない限り、特に制限されない。細胞塊を構成する細胞数は、例えば2~300個、5~200個、10~100個程度である。細胞塊を構成する細胞は、通常、ほぼ球形である。細胞塊の直径は、例えば10~500μm、20~300μm、30~200μmである。細胞塊は1種単独であっても、2種以上の組合せであってもよい。
【0028】
本発明の海藻細胞製造方法は、上記した胞子、単細胞、及び細胞塊からなる群より選択される少なくとも1種を、出発材料として使用する。
【0029】
海藻形態形成誘導因子は、これまで各種報告されており、特に制限されない。緑藻類等の海藻を、海水を使用せずに合成培地で培養すると形態形成ができずに或いは形態を維持できずに藻体が崩れるという現象が知られていたところ、この原因が、海水中に存在する微生物が生産する物質(海藻形態形成誘導因子)であることが分かっている(国際公開第2004/007510号、特開第2003-189845号公報等)。この微生物としては、例えばフラボバクテリウム属、ゾベリア属、テナシバキュラム属等のCytophaga-Flavobacterium-Bacteriodes complexに属する菌株や、これらの菌株に由来する変異株を挙げることができる。海藻形態形成誘導因子としては、例えばサルーシン等が挙げられる。
【0030】
本発明の海藻細胞製造方法で使用する培地(培地1)は、この海藻形態形成誘導因子を実質的に含有しない。ここで、「実質的に含有しない」とは、不可避的に海藻形態形成誘導因子が混入する場合を考慮したものであり、このような場合は海藻形態形成誘導因子を「実質的に含有しない」といえる。換言すれば、海藻形態形成誘導因子を実質的に含有しない培地とは、海藻形態形成誘導因子及び/又はそれを産生する微生物が添加されていない(例えば、天然海水や天然海水の成分が添加されていない)培地であるといえる。海藻形態形成誘導因子及びそれを産生する微生物は海水中に含まれるため、培地1としては、例えば、これらを含有しない人工海水培地を使用することができる。人工海水培地としては、特に制限されず、例えば人工海水そのもの、人工海水に必要に応じて栄養成分(海藻形態形成誘導因子及びそれを産生する微生物は除く)を適宜添加してなる培地等が挙げられる。
【0031】
培養は、攪拌条件下で行われる。攪拌条件下での培養は、培地の一部又は全体が攪拌される態様である限り特に制限されないが、例えば、エアレーションポンプ等で培地中に通気すること(通気培養)、ポンプ等で培地中に液体(例えば、培地等)を通液すること、攪拌子を運動(例えば、回転等)させること、培養容器を振とうすること等によって行われる。培養中、細胞は、浮遊した状態で生育する。
【0032】
培養温度は、海藻が生育可能な温度である限り特に制限されず、例えば5~35℃、好ましくは10~30℃、より好ましくは15~25℃である。
【0033】
培養時の光条件としては、海藻が生育可能な光条件である限り特に制限されず、例えば自然光の明暗周期条件、人工光条件、人工光明暗周期条件等が挙げられる。
【0034】
培養期間は、特に制限されるものではないが、例えば1~数十日間、2~7日間である。
【0035】
本発明の海藻細胞製造方法は、一態様として、以下の2工程を含む。
(A1)海藻の胞子を前記培地1中で培養する工程、及び
(A2)工程A1の培養物を、前記培地1中で、攪拌しながら培養する工程。
【0036】
工程A1における培養は、好ましくは静置培養である。また、工程A1における培養期間は、例えば10日間~数ヶ月間、20日間~1.5ヶ月間である。工程A1により、胞子由来の単細胞や細胞塊を含む培養物が得られる。その他の用語の定義等については、上記と同様である。
【0037】
斯かる本発明の海藻細胞製造方法によって、海藻製造原料として利用可能な海藻細胞(主に、胞子由来の単細胞を含む)を増殖させ、簡便且つ効率的に大量に得ることが可能である。
【0038】
従来、海藻製造原料(胞子)を得るには、母藻体を育て、そこから胞子を得るという煩雑な作業を要していた。一方、本発明によれば、少量の胞子から、海藻製造原料となる海藻細胞を大量に調製することが可能である。また、得られた海藻細胞を少量用意して、そこから大量の海藻製造原料を調製することが可能である。すなわち、本発明によれば、海藻製造原料(胞子)を得るには、母藻体を育て、そこから胞子を得るという煩雑な作業を経ずに、或いは該作業を必要最小限に留め、大量の海藻製造原料を調製することが可能である。
【0039】
得られた海藻細胞は、後述の海藻の製造に(海藻製造用細胞として)使用することができる。他にも、例えば食用、バイオ燃料の原材料等として利用することも可能である。
【0040】
2.海藻の製造方法
本発明は、その一態様において、本発明の製造方法で得られた海藻細胞を、海藻形態形成誘導因子を含有する培地2中で培養する工程、を含む、海藻の製造方法(本明細書において、「本発明の海藻製造方法」と示すこともある。)に関する。以下、これについて説明する。
【0041】
海藻形態形成誘導因子を含有する培地2としては、特に制限されないが、例えば天然海水そのものや、天然海水に必要に応じて栄養成分を適宜添加してなる培地等が挙げられる。或いは、培地2としては、培地1に対して、海藻形態形成誘導因子、それを産生する微生物等を添加してなる培地を使用することもできる。
【0042】
本発明の海藻製造法における培養の態様は、特に制限されない。例えば、特許文献1に記載のように、海藻細胞を平板に高密度で播種して海藻細胞同士を互いに付着させ、得られた集塊を浮遊培養することによって、海藻を製造してもよい。或いは、従来法のように、海藻細胞を比較的低密度で播種して、糸や平板等の固相に付着させ、その状態で培養することによって、海藻を製造してもよい。また、海藻細胞を浮遊状態で(好ましくは攪拌条件下で)培養してもよい。培養温度、光条件等については、上記工程(A)と同様である。
【0043】
本発明の一態様においては、本発明の海藻製造方法により、付着根を有さない葉状体や海藻を得ることも可能である。
【0044】
得られた海藻は、例えば食用、バイオ燃料の原材料等として利用することが可能である。
【実施例】
【0045】
以下に、実施例に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0046】
実施例1
多細胞緑藻マキヒトエの成熟藻体から鞭毛によって遊泳できる胞子(遊走子)を、滅菌海水で満たしたガラスシャーレ内で放出させた。一方向から光を照射すると、負の走光性をもつ遊走子は光照射側とは反対の方向に集合する。この走光性を利用し、無菌海水中を泳がせて遊走子を無菌的に単離した。
【0047】
単離した遊走子(200-300個)を、栄養補強滅菌海水で満たした滅菌プラスチックシャーレ(直径6cm)に播種し、培養庫内に静置して培養した。栄養補強滅菌海水は、人工海水1Lに対しES培地用栄養剤を20mL添加して作製した。ES培地用栄養剤は、Algal culturing techniques (R.A. Andersen編集、2005年出版、Elsevier Academic Press)の501-502ページに記載の処方で作製した。人工海水は、人工海水作製用粉末(マリンアートSF-1・25L用、富田製薬)を蒸留水25Lに溶解し、121℃、1気圧で5分間蒸気滅菌して作製した。培養条件は、白色蛍光灯を光源として光量100μmol s-1 m2、明暗周期12時間/12時間、温度20℃に設定した。
【0048】
この培養条件でマキヒトエの胞子は
図1に示すように培養約1ヶ月で数10個の細胞が集まった細胞群を形成した。ちなみに、本培養試験と同時並行して実施された形態形成物質を添加した培養試験では、
図2に示すようにマキヒトエの胞子は葉状の形態に発生した。
【0049】
図1の細胞群は、ガラスシャーレ内をガラスピペットでかき混ぜると容易に個別の細胞もしくは少数の細胞が緩やかに繋がった細胞塊に分かれて細胞懸濁液となる。この細胞懸濁液10mLを、栄養補強滅菌海水で満たした1Lフラスコに移して、上述と同じ水温、光条件で、通気により攪拌しながら培養した。培養日数に伴う細胞数の変化を計測するために、フラスコから毎日培養海水を抜き取り吸光度計で波長730nmの吸光度を計測した。
【0050】
その結果、
図3に示すようにマキヒトエ細胞は指数関数的に増殖した。さらに
図4のように対数変換してデータを解析すると、単細胞性の微細藻類や細菌でみられる増殖様式と同様に誘導期、対数期、定常期への移行がみられた。すなわち、フラスコ培養2日目まではゆっくりと増殖し(誘導期)、それ以降から7日目までは安定した対数増殖に入り(対数期)、8日目からは成長速度が低下し始めた(定常期への移行期)。
【0051】
培養2日目から7日目までの対数期の日間比増殖速度は0.55(R2=0.999)であり、毎日1.7倍で増殖した。また、吸光度と細胞密度の関係は血球計算盤を用いた計測により、細胞密度(細胞数/mL)=1830×吸光度の関係式が得られた。この式により培養2日目から7日目の5日間で1Lフラスコ中の細胞数は1.5万個から23万個に増えたと見積もられた。
【0052】
以上のように、マキヒトエを形態形成誘導因子が存在しない無菌培地で攪拌しながら培養することで、多細胞の体を発達させずに単細胞状態の細胞群を大量増殖させることができた。
【0053】
実施例2
食用として日本各地で広く養殖されている葉状の多細胞緑藻ヒロハノヒトエグサを実施例1と同じ方法で培養試験した。ヒロハノヒトエグサは、大型で葉状の配偶体世代と直径約0.05mmの微小な胞子体世代が交代する生活環をもつので、まず微小胞子体を培養して成熟させた。そして成熟した微小胞子体から遊走子を放出させ、培養試験に使用した。
【0054】
その結果、1Lフラスコの培養においてヒロハノヒトエグサの増殖様式はマキヒトエと同様に、誘導期・対数期・定常期への移行期を示した。そのうちの対数期の増殖データを
図5に示す。日間比増殖速度は0.67(R
2=0.989)であり、毎日2.0倍で増殖した。対数期にあるヒロハノヒトエグサの細胞懸濁液10mLを別の1Lフラスコに植え継いで同条件で培養すると同様の比増殖速度で増殖した。
【0055】
すなわち、ヒロハノヒトエグサを形態形成誘導因子が存在しない無菌培地で攪拌しながら培養することで、多細胞の体を発達させずに単細胞状態の細胞群を大量増殖させることができた。また、この細胞群を植え継いで培養することで毎日2倍の高い増殖速度で継続して増殖させることができた。
【0056】
実施例3
実施例2で作製したヒロハノヒトエグサの細胞懸濁液に直径2mmのクレモナ糸20cmを入れて細胞群をよく吸着させた。細胞を吸着したクレモナ糸を、栄養剤を添加した天然濾過海水で満たした500mLビーカーに入れて培養を行った。栄養剤はポルフィランコンコ(第一製網)を使用し、天然濾過海水1Lに対し0.5mLを添加した。光と温度は実施例1の記載と同じ条件に設定し、天然海水培地は毎日交換した。
【0057】
培養1ヶ月後、クレモナ糸から葉状のヒロハノヒトエグサが1cm程度伸長した。これは天然海水中に存在する形態形成誘導因子によって、単細胞状態の細胞から葉状の多細胞体が誘導されたとみなされる。天然海水を使用することで、無菌培地で大量増殖させたヒロハノヒトエグサ単細胞群は、多細胞の体に発達できる能力をもつことが示された。
【0058】
実施例4
実施例2で作製したヒロハノヒトエグサの細胞懸濁液中の各単細胞をサルーシンによって多細胞化させた。具体的には、次のようにして行った。実施例2で作製したヒロハノヒトエグサの細胞懸濁液5mL(細胞数1~5千個)を500mLビーカーに移し、実施例1で使用した栄養補強滅菌海水にサルーシンを1000fmol/L濃度になるように添加した培地500mLで、通気により撹拌しながら培養を行った。光と温度の条件は実施例1と同じに設定した。培養10日後、多細胞から成る葉状体が発生した。
【0059】
培養後に得られた葉状体の写真を
図6に示す。また、葉状体をスライドガラス上で広げて撮影した写真を
図7に示す。一方で、胞子から生長した通常のヒトエグサの葉状体の写真を
図8に示す。
【0060】
通常の方法で得られた葉状体は、岩などに付着するための繊維状の付着根(
図8中、矢印)が発達するのに対して、本実施例で得られた葉状体にはこのような付着根が形成されないことが分かった。